ゼロバンゲート 〜Hong Kong nightー   作:茶坊主(ぽんぽん)

10 / 10
1作目 ゼロバンゲート〜枠外からの挑戦者〜

https://syosetu.org/novel/400558/

2作目 ゼロバンゲート〜Re:スタートライン〜

https://syosetu.org/novel/404292/

の続編になります。
過去作のオリキャラ、関係性を引き継いでいますが、
初見の方を置き去りにしないように、後書きに解説を置いていきます。


第10話 冷たくしないで 後

ラヴズオンリーユーの声は震えていた。

それでも──その言葉は、真っ直ぐゼロの胸に届いた。

 

ラヴズオンリーユー

「ねぇ、冷静になって考えよう?

私はあなたの存在にスポットライトを当てるくらいのことしかできないけれど、

それでも……きっと真剣に考えてくれる人がいる。

助言してくれる人が必ずいる。

みんなで力を合わせたら……解決できないことなんてないんだよ?」

 

その瞬間、ゼロの胸がひどく痛んだ。彼女の世界では──

それが“当たり前”なのだろう。

 

誰からも愛されて、

大事にされて、

いつも傍に答えをくれる人がいて、

努力すれば道が開ける世界。

ゼロには、一つも無かった。

ただ一人導いてくれたトレーナーはもういない。

 

ゼロの胸の奥で、黒いものが蠢いた。

 

ゼロバンゲート

「……」

 

ラヴズオンリーユーの言葉は、ゼロの醜さを映し出す鏡だった。

ゼロはギリギリと奥歯を噛む。

苛立ちを隠せない時に出る悪い癖。

 

 

だが今回は違う。

苛立ちではなく──

自分の中の何かが壊れそうで、必死に押し止めている音だった。

 

ラヴズオンリーユー

「あなた……今、とても怖い顔してる……」

 

ゼロバンゲート

「アンタに何が分かるって言うんだ!!」

 

拳がドアに叩きつけられた。

乾いた音が廊下に反響する。

 

ラヴズオンリーユー

「ひっ……!!

ご、ごめんなさい……」

 

肩を震わせ、涙を堪えるラヴズ。

その姿が、ゼロには余計に痛かった。

 

 ラヴズオンリーユー

「ごめんなさい……

傷つけるつもりじゃなかったの……

本当にごめんなさい……」

涙を指で拭いながら、懸命に言葉を絞り出す。

 

ラヴズオンリーユー

「……あなたの走りを見て……

私、自分の走りに足りないものが見えたような気がして……

だから……答えが欲しかった……

あなたが……どう思って走っているのか……

それを知りたかった……」

 

その声は震えているのに、真っ直ぐだった。

光の女王が、影の怪物の走りに心を奪われ、

自分の根幹が揺らいでいる。

 

そして──零れる涙を指で拭いながら、1枚の封筒を差し出した。

 

 ラヴズオンリーユー

「これ……渡されて……

今日のレース、あなたが走るからって……

きっと、これを渡した人は、私に何か伝えたいんだと思った。

そして、あなたにも……何か気づいて貰いたかったんだと思う……」

 

ゼロは封筒を見つめる。

その白さが、妙に眩しい。

 

ゼロバンゲート

「……誰に……渡されたんだ?」

 

彼女は答えない。

答えられない。

 

その沈黙が、ゼロの胸にさらにざわつきを生む。

──これは偶然じゃない。

誰かがラヴズをここへ導いた。

誰かが、俺とラヴズを会わせようとしている。

だが、その“誰か”が誰なのか、ゼロにはまだ分からない。

 

ラヴズオンリーユー

「もう行くね……

本当にごめんなさい。

もしも……また会えるなら……ちゃんとお話したかったな……」

 

その声は、影のレース場の喧騒とは無縁の、

ひどく静かな震えを帯びていた。

ゼロは何も言えない。

ただ、去っていく背中を見送ることしか出来なかった。

控え室のドアが閉まる音が、妙に大きく響いた。

 

――

 

 ゼロバンゲート

「違う……。俺はまた……間違えた。」

 

ラヴズオンリーユーに怒鳴ったのは、

彼女を否定したかったからではない。

自分の弱さを隠したかったからだ。

声を荒らげれば、弱さは見えなくなる。

怒りに変えれば、痛みは誤魔化せる。

 

だが──ゼロは気づいてしまった。

怒鳴った瞬間、自分自身を否定していたことに。

 

タイニィ

「ゼロさん……大丈夫ですか……?」

 

恐る恐る袖を掴む。

その手は小さく震えていた。

ゼロは反射的に、その手を振り払ってしまった。

 

ゼロバンゲート

「……!」 

 

 タイニィ

「……っ」

 

触れられたら、何かが壊れそうだった。

 

ゼロバンゲート

「タイニィ……ごめん。

今日は一人で帰ってくれ……」

 

その声は弱かった。

怒りでも拒絶でもない。

壊れかけた心を守るための、かすれた声。

 

タイニィは胸が痛くなる。

ゼロの背中は、影のレース場で見せる“怪物の背中”ではなく、ただの“傷ついた青年の背中”だった。

 

タイニィ

「……ゼロさん……」

 

伸ばしかけた手を、タイニィはそっと引っ込めた。

 

――

 

 

タイニィは暗い顔のまま、

フェアレディの自室へ辿り着いた。部屋の空気は重たい。

静かで、冷たくて、どこか甘い香りがする。

フェアレディは柔らかい微笑みで出迎えた。

その笑顔は、優しさと残酷さが同居している。

 

 フェアレディ

「あら、おかえりなさい。

ゼロは今日も勝ったのよね。

これは取り分よ。

受け取って。」

 

タイニィは紙幣の入った封筒を受け取る。

握る手が震えていた。

ゼロに拒否された指が、まだ痛む。

 

 タイニィ

「あの……ラヴズオンリーユーさんが、訪ねてきました。」

 

フェアレディ

「……そうでしょうね。」

 

 タイニィ

「……!

そうでしょうねって……

それじゃ、ラヴズオンリーユーさんをゼロさんに引き合わせたのはフェアレディさんなんですか!?」

 

フェアレディ

「ええ、そうよ。何か問題?」

 

その言い方は、

まるで「当然でしょ?」と言わんばかりだった。

 

 タイニィ

「問題に決まってるじゃないですか!?

ゼロさんは、今、とても傷ついています!」

 

フェアレディはワインを飲み干し、

タイニィに一歩近づく。

膝を屈め、タイニィと目線を合わせる。

その目は優しい。

だが、底が見えない。

 

 フェアレディ

「よく聞いて……。

ゼロは勝ちすぎているの。

自分で自覚していないでしょうけどね。

それがどういうことか分かる?」

 

タイニィ

「それは……ゼロさんが毎日努力しているからで……。」

 

フェアレディ

「タイニィ。あなた、ゼロのレースを何度見た?」

 

タイニィ

「……何度も……」

 

フェアレディ

「じゃあ、どうして勝つのかじゃなくて――」

 

タイニィ

「……?」

 

フェアレディ

「どうして、あんなに勝たなければならないのかを考えなさい。」

 

タイニィはゼロをよく見ているようで、

決定的な部分を見逃していた。

 

ゼロが勝ち続ける理由──

タイニィはまだ言葉に出来なかった

 

フェアレディ

「それが分からないんじゃ、付き人失格ね。

別の仕事をあげるわ。

ゼロとあなたの契約は解消。いい?」

 

 タイニィ

「え……そんな……待ってください!!

私、もっと努力します!

だから……だから……!」

 

目に大粒の涙が浮かぶ。

タイニィはゼロとの日々が永遠に続かないことを恐れていた。

考えないようにしていた現実が、突然やってくる

 

フェアレディは微笑んだまま、

タイニィの涙を見つめている。

その微笑みは、子どもを叱る時のように優しく、

しかし──

その裏には冷たい計算があった。

 




これまでの文章で、「母親のような」という表現を何度か使っています。

フェアレディとゼロの関係を考えるうえで、これは単なる比喩ではありません。

第2章で描いたように、フェアレディは過去に自分が組んでいたパートナーとの関係を精算しています。

そのうえで彼女は、ゼロに対して自分が利用していることを隠さず打ち明けました。

それでもゼロは、フェアレディを信頼することをやめなかった。

そのことが、フェアレディの中にある感情を少しずつ変えていきます。

もちろん、ゼロの才能を利用する興行師としての顔は今も変わりません。

けれど同時に、

「この子には、もっと先まで行ってほしい」

「自分が見ている以上のものを見せてほしい」

そんな、才能に対する期待だけでは説明できない感情も生まれている。

それが、これまで描いてきた「母親のような」という表現の裏側です。

だからフェアレディは、ゼロを守ろうとすることもあれば、あえて厳しい言葉を投げることもあります。

優しく抱きしめるだけではなく、ときには突き放す。

それもまた、彼女なりの「親心」なのだと思っています。

ゼロを利用しているという事実と、ゼロの未来を願っている気持ちは、彼女の中では矛盾していません。

むしろ、その両方を抱えているからこそ、フェアレディという人物なのだと思います。
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