ゼロバンゲート 〜Hong Kong nightー 作:茶坊主(ぽんぽん)
1作目 ゼロバンゲート〜枠外からの挑戦者〜
https://syosetu.org/novel/400558/
2作目 ゼロバンゲート〜Re:スタートライン〜
https://syosetu.org/novel/404292/
の続編になります。
過去作のオリキャラ、関係性を引き継いでいますが、
初見の方を置き去りにしないように、後書きに解説を置いていきます。
シリーズ既読の方はもちろん、初見の方でも安心して読み進められる構成になっています。
勝利したゼロの心には、
何も込み上げてくるものがなかった。
歓声も、熱狂も、畏怖も──
すべてが自分から遠い場所で起きているようだった。
まるで画面越しに何かを見ているような、
そんな心地。
ゼロバンゲート
「……」
勝利したという事実だけが、
肩を通り抜けていく。重さもない。
温度もない。
達成感もない。
ただ、
「勝った」という情報が身体を通過しただけ。
賞金を積んだ神輿が運ばれてくる。
影の街の伝統。
勝者を祝福するための儀式。
美しい女性がゼロの手を握る。
祝福の象徴。
王を迎えるための所作。
だが──
ゼロの心は動かない。
ゼロバンゲート
「ここが……俺のゴールか……」
その言葉は、
喜びでも誇りでもない。ただの“確認”。
ゼロは賞金を乱暴に掴み、
空へ向けて放り投げた。
金が宙を舞い、
歓声がさらに膨れ上がる。
影の街の民は狂喜する。
新たな王の誕生を祝う宴が始まる。
だが──
ゼロの胸には、
何も満たされていない。
空虚を埋めるための宴。
それだけだった。
――
タイニィは、ゼロが寝泊まりしていたアパートの鍵をそっと開けた。
付き人としての関係は解消された。
それでも──どうしても気になってしまう。
衣類の洗濯はしているだろうか。
部屋が散らかり放題になっていないだろうか。
ちゃんと食べているだろうか。
そんな“日常の心配”が、胸の奥で渦巻いていた。
扉を開けた瞬間、タイニィは息を呑んだ。
部屋は綺麗だった。
むしろ──誰も生活していないかのように、整いすぎていた。
タイニィ
「……!」
最悪の予想が当たった。
ゼロは出ていってしまったのだ。
自分にも、フェアレディにも、誰にも告げず。
静かに姿を消した。
タイニィの胸に、ぽっかりと穴が空いた。
ゼロが勝利した瞬間、
歓声が街を揺らし、
影の民が新たな王を迎えた。
その裏で──
ゼロは誰にも寄りかからず、
誰にも頼らず、
誰にも告げず、
ただ静かに去った。
タイニィ
「……ゼロさん……」
声にならない声が漏れる。
膝が崩れ、
床に落ちるように倒れ込んだ。
その姿は、
影の街の誰よりもゼロを見てきた少女の、
あまりにも痛々しい“喪失”だった。
タイニィ
「……ゼロさんは……
どこへ行ったんですか……
どうして……何も言ってくれなかったんですか……」
涙は出ない。
ただ、胸の奥が冷たく痛んだ。
――
タイニィは影の街の雑踏の中を歩いていた。
ゼロの部屋が空になっていたあの瞬間から、胸の穴は塞がらないままだった。
それでも──
どこかでゼロを探してしまう。
そんな自分を止められなかった。
人だかりの向こう側
歓声が上がる。
金が舞う。
派手な衣装の女たちが道を開く。
その中心に──
仮面をつけた黒い影がいた。
タイニィ
「……ゼロさん……?」
声にならない声が漏れた。
ゼロは派手な衣装に身を包み、
肩を叩かれ、
貢物を受け取り、
金をまきながら歩いている。
まるで影の街の王の行進。
だが──
タイニィの知っているゼロではなかった。
ゼロの仮面は表情を隠している。
喜んでいるのか、悲しんでいるのか、
怒っているのか、何も感じていないのか。
タイニィには分からない。
だが──
胸の奥が冷たくなる。
タイニィ
「眉を下げて笑っていたゼロさんも……
時々、悲しそうにしていたゼロさんも……
もう、どこにもいない……」
仮面の奥には、
人間の顔が消えていた。
ゼロが去った部屋で感じた胸の穴が、
さらに広がっていく。
タイニィ
「……ゼロさんは……
もう、私の知っているゼロさんじゃない……」
涙は出ない。
ただ、胸が痛い。ゼロの行進は遠ざかっていく。
タイニィはその場に立ち尽くしたまま、
動けなかった。
ーー
数日後。
タイニィは市場で食材を買っていた。
ゼロが食べないほうれん草をどうすれば美味しく食べてもらえるか。
鶏の唐揚げを出した時、子どもみたいに喜んでいたゼロの顔。
その全部が、胸に浮かぶ。
もう彼のために料理を作ることなんてないというのに──それでも、手が勝手に動いてしまう。
振り払われた指はまだ痛む。
ゼロに拒絶されたあの瞬間が、何度も蘇る。
そんな時だった。
市場の喧騒の中に、突然、長身の影が差し込んだ。
???
「なぁ、チビすけ。お前、コイツ知らないか?
ゼロバンゲートって言うんだけどよ。」
タイニィが見上げると──
長い銀髪の、美しいウマ娘が立っていた。
その存在感は、市場の空気を一瞬で支配するほど強烈だった。
???
「あたしの言うこと分かるか?
日本語で喋ってやってるんだぞ。
あー、あたし、こいつ、探してる。OK?」
銀髪のウマ娘は自分を指さし、
次に写真のゼロを指さし、
探しているというジェスチャーなのか、
手のひらを眉にかざしてキョロキョロと首を左右に振った。
???
「あーもう、いいや。
次探すぞ、次!」
去ろうとする背中に、タイニィは思わず声をかけた。
タイニィ
「あの……ゼロさんのお知り合い?」
???
「ゼロさん……だってぇ!?
やっぱり!知ってんだな!
こうやって手当り次第やってたら、当たりを引くって思ってたぜ!あたし天才!」
タイニィ
「え?え?あの、どちら様ですか?」
銀髪のウマ娘は、まるで太陽のように笑った。
???
「あぁ?あたしのこと知らねーの?
ゴールドシップ!
ゼロの姉貴分みたいなもんだよ!覚えときな!」
ゼロの“姉貴分”。
その言葉が胸に刺さる。
タイニィはゼロの近くにいた。
ゼロの食事を作り、
ゼロの走りを見守り、
ゼロの帰りを待ち続けた。だが──
ゼロの“過去”も“家族”も“絆”も、
何一つ知らなかった。
ゴールドシップの登場は、
タイニィの心に新しい影を落とす。
ゼロの世界は、
自分が思っていたよりずっと広くて、
ずっと深くて、
ずっと遠い。そして──
自分はその世界から、
もう外されてしまった。
ゴールドシップ
「なぁ、ゼロバンゲートがどこにいるか知ってるんだろ?案内しろよ。」
タイニィ
「実はもう私は……」
言いかけた声は震えていた。
喉の奥がひりつく。
言葉がうまく出てこない。
ゴールドシップは口角を上げた。
その笑みは、悪戯っぽくて、どこか人の心を試すような色があった。
ゴールドシップ
「おまえ……ゼロバンゲートとはどういう関係だぁ?
彼女かぁ?」
タイニィ
「え!?いえ、そんな……まだそういう話は全然……」
タイニィの声は慌てて震えた。
否定しながらも、胸の奥がざわつく。
“まだ”という言葉が、自分でも驚くほど自然に出てしまった。
ゴールドシップはその一言を聞き逃さない。
ゴールドシップ
「こいつぁ大当たりを引いたな……運が向いてきたぜ!あ、いや、こっちの話だ。」
タイニィ
「え……?」
ゴールドシップは軽く手を振った。
まるで「気にすんな」と言うように。
だがその目は、タイニィの心の奥を覗き込んでいた。
タイニィ
「ゼロさんなら、今夜のレースに出るはずです……」
ゴールドシップ
「ほぉ〜、アイツまだ走ってるんだ?」
その声は軽いのに、
どこか嬉しそうだった。まるで──
“まだ壊れていない”ことに安堵しているような。
ゴールドシップの銀髪が揺れ、
その口角はさらに上がった。
ゴールドシップ
「よかったじゃねぇか。
あいつ、走るのだけはやめねぇんだな。」
タイニィは胸が痛んだ。
ゴールドシップはタイニィの肩を軽く叩いた。
その手は乱暴なのに、どこか優しさがあった。
ゴールドシップ
「と・に・か・く!案内しろよ。
見てみないとわかんねぇだろ?」
その言葉は強引で、
でも不思議と逆らえなかった。
タイニィは唇を噛んだまま、ゆっくりと頷いた。
暗くてシリアスなお話には、ここで一旦幕が下ります。
では、第2幕のカーテンを開けてくれる人物は誰なのか?
もうお分かりですね?
そう、ゴールドシップです!
彼女の再登場は、実はこの物語を構想した段階から決めていました。
この物語において、ゴールドシップは単なるゲストキャラクターではありません。
これから始まる第2幕で、ゼロの物語に大きく関わっていく存在です。
……というより、作者としては準主役と言ってもいいくらいのつもりで登場させています。
果たして彼女は、ゼロに何をもたらすのか。
ここから物語は、また新しい場所へ進んでいきます。