ゼロバンゲート 〜Hong Kong nightー 作:茶坊主(ぽんぽん)
1作目 ゼロバンゲート〜枠外からの挑戦者〜
https://syosetu.org/novel/400558/
2作目 ゼロバンゲート〜Re:スタートライン〜
https://syosetu.org/novel/404292/
の続編になります。
過去作のオリキャラ、関係性を引き継いでいますが、
初見の方を置き去りにしないように、後書きに解説を置いていきます。
シリーズ既読の方はもちろん、初見の方でも安心して読み進められる構成になっています。
配信が終わったあと、
部屋の空気は静かすぎるほど静かだった。
タイニィが何か言おうとして、
けれど言葉にならず、
そっと口を閉じる。
ゼロはスマホの画面を見つめたまま動けなかった。
—自己顕示欲に取り憑かれたトレーナー。
—利用されトレセン学園から追放されたウマ娘。
その二行が目に入った瞬間、
腹の底から、黒い感情がゆっくりと湧き上がった。
どれも、自分が望んだものではない。
けれど──どれも、自分が生きてきた結果だった。
胸の奥が、ゆっくりと、鈍く痛む。ゼロは知っている。
秋川理事長も、榊原トレーナーも──
自分のために心を砕いてくれたことを。
それでも、自分や恩師のことを
“消費される物語”として扱われることだけは、
どうしても許せなかった。
ギリリ──
奥歯を噛み締める音が、静かな部屋に響く。
タイニィはその音に、びくりと肩を震わせた。
タイニィ
「ゼロさん……疲れてますよね?
もう、やめにしましょうか。」
そう言って、タイニィはそっとスマホを閉じた。
その仕草は、まるでゼロの心を守るようだった。怒りを鎮めるためではなく、
これ以上傷つかないように──
画面の向こうの“光の世界”から、
ゼロをそっと遠ざけるように。
ゼロは息を吐く。
胸の奥の黒い感情はまだ燻っている。
だが、タイニィの小さな手がスマホを閉じた瞬間、
その黒い炎はほんの少しだけ弱まった。
ゼロバンゲート
「……タイニィ。」
怒りではなく、どこか寂しげに聞こえる。
タイニィはゼロの顔を見上げる。
その瞳は不安で揺れているのに、
ゼロを気遣う優しさだけは消えていなかった。
ゼロバンゲート
「……もう1杯、お茶をもらえるかな?」
その声は、怒りの余韻を引きずりながらも、
どこか弱く、頼るような響きがあった。
タイニィは一瞬驚いたように目を見開き、
すぐに柔らかく微笑んだ。
タイニィ
「はい……すぐ淹れますね。」
ケトルの音が静かに部屋に満ちる。
その音だけが、荒れた胸をゆっくりと撫でていく。
湯気の立つ湯飲みが差し出される。
両手で包むように持ち、ゆっくりと口をつけた。
温かい。
優しい。
タイニィの淹れるお茶は、
なぜか心の奥のざわつきを静めてくれる。
耳が、ぺたりと落ちる。
怒りの緊張が解けた証だった。
タイニィはその様子を見て、
ほっとしたように胸を撫で下ろす。
タイニィ
「……よかった。」
その声は小さく、
まるでゼロの心を壊さないように
そっと置かれた言葉だった。
湯飲みを置き、窓の外の街を見つめた。
夜の灯りが揺れている。
屋台の喧騒が遠くに聞こえる。
この街の空気は、
影の怪物だった自分を受け入れてくれた。
ゼロバンゲート
「……もう俺の居場所はここにある。
仲間もいるんだ。それでいいじゃないか……」
その言葉は、誰に向けたものでもなく、
自分自身への静かな宣言だった。
タイニィは何も言わない。
ただ隣に座り、同じ窓の外を見つめていた。
二人の間に流れる沈黙は、
不安ではなく、安らぎの沈黙だった。
ゼロはお茶を飲み干し、深く息を吐いた。
影の世界の怪物は、今だけはただの青年として、
静かな夜を過ごしていた。
——
配信を終えたあと、
ラヴズオンリーユーはスマホを机に置き、深く息を吐いた。
いつもなら、配信の余韻で胸が温かくなる時間だ。
けれど今日は違う。
胸の奥に、小さな棘のような違和感が残っていた。
──ゼロバンゲート。
コメント欄に流れた名前。
画面の端に映った影。
視聴者のざわめき。そして、
自分が一瞬だけ笑顔を止めてしまったこと。
彼女はその瞬間を、
誰よりも鮮明に覚えていた。
「……どうして、あんなに気になったんだろう」
自分でも理由がわからない。
ただ、胸の奥がざわついた。
スマホを手に取り、
貼られていたURLをタップする。
画面に映るのは──皇帝杯ダービー。
覆面のウマ娘。
存在しないはずの走者。
制裁のために用意されたレース。
だが、彼女の視線は、“制裁”ではなく、
ただひとつのものに吸い寄せられた。
──ゼロバンゲートの走り。
スタートゲートが開いた瞬間、
黒い影が弾かれたように飛び出した。
空気が震えた。
観客が息を呑んだ。
画面越しなのに、
その場の温度が変わるのがわかった。
「……すごい……」
思わず漏れた声は、
誰にも聞かれないほど小さかった。
彼女は知っている。
努力して結果を出すことの尊さを。
声援に応える走りの美しさを。
愛されることの重さを。
でも──ゼロバンゲートは違った。
努力の先にある走りではない。
声援を受けるための走りでもない。
ただ、存在そのものを叩きつけるような走りだった。
「……こんな走り、見たことない」
胸が熱くなる。
同時に、冷たいものが背筋を撫でた。
自分はまだ──
“記憶に残る走り”をしていない。
世界中のファンがいても、
数字が積み上がっても、
記録が残っても。
心を奪う走りは、
まだできていない。
ゼロバンゲートは、
たった一度でそれをやってのけた。
「私はまだ……
“あんな走り”を知らない……」
その言葉は、
誰にも聞かれない場所で、
彼女の胸から零れ落ちた。
光の世界の住人であるはずの自分が、
影の怪物に心を揺らされている。
彼女はスマホを胸に抱き、
そっと目を閉じた。
──あの影を、もう一度見たい。
その願いは、
まだ言葉にならないまま、
彼女の心の奥で静かに灯り続けていた。
ラヴズオンリーユーを物語の“対になる存在”として起用したのは、
香港GI制覇という実績以上に、
彼女が“配信者”であることが決め手でした。
ゼロバンゲートは、
逃げ込むように影の街へやってきたウマ娘です。
誰にも見つからない場所で、
誰にも触れられないように生きてきた。
そんなゼロの前に現れるラヴズオンリーユーは──
世界中の視線を浴びる、光の世界の住人。
自分の言葉で人を照らす、配信者。
そして、“愛されること”を仕事にしているウマ娘です。
つまりゼロにとって彼女は、
自分の安全地帯を脅かすかもしれない存在であり、
同時に、かつて自分が憧れていた世界を体現する存在でもあります。
相反する二つの感情が同時に胸へ落ちたとき、
ゼロの心には、必ず“揺れ”が生まれる。
そしてラヴズの側にもまた、
ゼロという“影の怪物”を目にしたことで、
光の世界に生きてきた彼女自身の心に、
小さな揺らぎが生まれ始めます。
二人の立場は、まったく違う。
歩んできた道も、背負っているものも違う。
それでも──
互いの存在が、
互いの心を動かしてしまう。
その複雑な思いの交差が、
この物語をどこへ導いていくのか。
ぜひ、見届けてもらえたら嬉しいです。
ーー
ちなみに
本作のラヴズオンリーユーの扱いについて
アプリゲームで、カレンブーケドール育成の際に
筆者がどうしても勝てなかったので、
別の形で借りを返してやろうといった意図はございません…