ゼロバンゲート 〜Hong Kong nightー   作:茶坊主(ぽんぽん)

7 / 10

1作目 ゼロバンゲート〜枠外からの挑戦者〜

https://syosetu.org/novel/400558/

2作目 ゼロバンゲート〜Re:スタートライン〜

https://syosetu.org/novel/404292/

の続編になります。
過去作のオリキャラ、関係性を引き継いでいますが、
初見の方を置き去りにしないように、後書きに解説を置いていきます。

シリーズ既読の方はもちろん、初見の方でも安心して読み進められる構成になっています。


第7話 地下への誘い

半開きのシャッターをくぐり、

薄暗い通路を抜けると──

そこは、昼間のレースとはまるで別世界だった。

観客が撒き散らした投票券の破片が床に貼りつき、酒瓶の破片が散乱したいる。

踏むたびに、ガラスが小さく悲鳴を上げた。

初めて足を踏み入れるアンダーグラウンドレースの現場。

ラヴズオンリーユーは息を飲んだ。

 

ラヴズオンリーユー

「こんな世界……本当にあったんだ……」

 

帽子を目深に被り、隠したはずの耳が震えて揺れる。

しっぽは力なく垂れ下がっていた。

光の世界で育った彼女には、この場所の“空気”があまりにも重い。

汗と土と酒と怒号が染みついたターフ。

勝者の歓声ではなく、敗者の叫びがこびりついた観客席。

ここは──普通のウマ娘が決して踏み入れないはずの場所。

 

彼女は知らなかった。

ゼロバンゲートの走りが“影の世界”で磨かれたものだということを。

そして──その影の世界に、

自分が今、招かれてしまったことを。

懐の招待状が、まるで心臓の鼓動に合わせて震えているように感じた。

 

パドックには数名のウマ娘が集まっている。

だが、彼女たちの表情はどこか荒んでいて、

普段見ている世界のウマ娘が持つ華やかさは一切ない。

その中で──彼女は“異質な影”を見つけた。

短いウマ耳。

真っ黒なしっぽ。

体格は明らかに男性のもの。

顔立ちも、女性のウマ娘とは違う鋭さを持っている。

 

ラヴズオンリーユー

「あの人が……ゼロバンゲート……?」

 

耳が震え、しっぽがわずかに揺れた。

彼女は反射的にスマホを持ち上げた。

配信者としての習慣──珍しいものを見たら撮る、記録する、共有する。

だが──指が止まった。

 

ラヴズオンリーユー

「……ここで撮っちゃいけない……」

 

この場所が、この空気が、

安易に踏み込んではいけないものだと教えてくる。

 

昼間のターフとは違う。

ここは“影の世界”。

表の世界のルールは通用しない。

 

ラヴズオンリーユー

「ゼロバンゲートさん……

あなたは……こんな場所で走ってたんだ……」

 

胸の奥がきゅっと締め付けられる。

 

ゲートインまで、もう間もなく。

パドックからターフへ続く通路は、

昼間の喧騒とは違う“静かな熱”に満ちていた。

 

そんな中──オーラがゼロの前に立つ。

 

オーラ

「耳付き。今夜は私が相手だ。

安心しな……今度はぶつかったりしないよ。

馴れ合いをするつもりもないけどね。」

 

顔を近づけてくる。

香水の匂いが鼻をくすぐる。

昼間のレースでは絶対に嗅がない、“影の勝負師”の匂い。

 

ゼロバンゲート

「望むところだ。

つまらない勝負にはしないよ。」

 

静かだが、言葉に芯がある。

 

オーラ

「へぇ、言うようになったね……。」

 

オーラの目が細まり、口角が上がる。

八百長試合を仕掛けてきた時とは違う。

今のオーラは──本気で勝ちに来ている。

勝負師の目が、ゼロをまっすぐに見据えていた。

 

最外周のゲートは、いつしかゼロの定位置になっていた。

 

ゼロバンゲート

(ここから逃げる俺を、誰が先に捉えるか──

最近のレースは一方的だ。

だが、客は入る。)

 

ゼロを捉えに来たウマ娘に賭け金が集まる。

 

ゼロバンゲート

「……不安なんて、もうない。」

 

ゲートの中で肩の力が完全に抜ける。

ただ、開けば飛び出すだけ。

 

号砲。

 

他のウマ娘が半歩踏み出す頃には──

ゼロはすでに3馬身先に抜け出していた。

 

砂が跳ねる。

風が裂ける。

視界が一気に開ける。

 

ラヴズオンリーユー

「速い……!?

記録映像で見た時よりもずっと速い……!」

 

立ち見席の手すりを強く握る。

拳が白くなるほど力が入っていた。

耳が震え、天を向く。

 

ラヴズオンリーユー

「こんなの……普通のレースじゃ見たことない……」

 

ゼロの走りは、

記録ではなく“記憶”に刻みつける走りだった。

 

映像では伝わらない。

空気が震える。

ターフが唸る。

 

そして──

彼女の胸の奥を熱くするには十分だった。

 

ラヴズオンリーユー

「私、嫉妬……しちゃってるのかな……?」

 

自分で言葉にして、胸が少しだけ痛んだ。

でも、それは苦しい痛みじゃない。

勝負師の心が動いた時にだけ生まれる、鋭い熱だった。

 

配信を通じて積み上げてきたコミュメンとの信頼。

その声援を背中に受けて走る自分の姿。

誰もが認めるウマ娘として、競技者としての完成形。

 

ラヴズオンリーユー

(私はもう、そこに居ると思ってた……)

 

光の世界で、彼女は“完成された存在”だった。

愛を届け、愛を受け取り、勝利で応える。

その循環が、彼女の強さだった。

 

ゼロバンゲートの走り。

空気を裂く音。

観客の息が止まる瞬間。

そして、自分の耳が勝手に立ったあの感覚。

 

ラヴズオンリーユー

「……あの存在感、何……?

私の自信を、一瞬で抜き去るなんて……」

 

影の世界で磨かれた走りは、

ラヴズが信じていた“完成形”を、

一瞬だけ置き去りにした。

 

胸が痺れた。

心が震えた。

息が詰まった。

 

ラヴズオンリーユー

 「私の方が速い……って、思いたい……

競走してみたい……」

 

その言葉は、配信者の言葉じゃない。

光の女王の言葉でもない。

勝負師の言葉だった。

 

ラヴズオンリーユー

「皇帝杯ダービーみたいな……

圧倒的なステージで……もしも実現するなら……」 胸の奥で、熱が沸き立つ。

愛想を振りまく配信者の顔は消えていた。

 

 




完全な余談なんですが──
今回ラヴズオンリーユーが足を踏み入れた地下レース場、
普段は入口は閉鎖されていてカムフラージュされています。

影の世界の住人たちは、
その“偽装された入口”を当然のように使いこなしているため、迷うことなく出入りできます。

しかし、ラヴズオンリーユーは違いました。
光の世界の住人である彼女は、
影の街の構造にも、地下レース場の存在にも不慣れで──
かなり苦労してたどり着いたようです。

実はその様子も書いていたのですが、
本編のテンポを優先してカットしました。

影の街の住人たちが
どのように地下へ潜り、
どんな“日常”を送っているのか──そのあたりは、
後々語られるかもしれません。

影の世界はまだ、
ほんの入り口しか描いていませんからね。
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