それは岩窟であった。
海から感じる潮の香り、ごつごつとした岩壁、海の近くにはフジツボが生えている。ざざぁ、と海の波があがるたび、岩窟にはその音が響いていく。
しかしその岩窟には人の手が加えられていた。
歩くのに支障がないように足場が整えられ、足場を作れない場所では頑丈の木の板で道が作られている。
明りが届きにくいからか、洞窟の所々には松明に火が燃えている。
めらめらと。めらめらと。炎は暗い洞窟を照らしている。
岩窟に足音が響く。
とっとっとっと…と軽快な足音だ。
それは少女の姿だった。
グレーの髪と同じ色をした穴の空いたスカートと、肩にかけた青のケープが特徴的である。顔つきも幼さが目立つが、凛々しさを感じさせる眼が幼い少女である事を忘れてしまいそうになる。
それだけなら素朴ながらも可愛らしい少女でしかないだろう。だが少女には普通の人間にはないものがついている。
鼠のような可愛らしい二つの丸い耳と、これまた鼠のような細長い尻尾。
飾りのように見えるが、飾りではない。なぜなら彼女はヴァナ・ディールの住民ではない、人ならざる者なのだ。
「ここか…」
細長い尻尾は入れ物を支えている。中身は年代を感じさせるワインだ。丁寧に高級そうな布で組まれている。
鼠のような尻尾だとぽっきりと折れてしまいそうだが、特に支障はないようだった。
目の前にある木製で頑丈な扉を開き、中にいる人物と面会する。
「ギルガメッシュ、届け物だ」
鼠少女…ナズーリンは部屋の主に籠に入ったワインを差し出す。
部屋の主は壮年の男だった。
皺のある顔つきと白い髭を生やしている。白を基調にしている派手な服装をしており、見た目は年老いてるはずなのに服の上からも鍛えぬかれている事がわかる。
朱色の眼帯をつけ、もう片方しかないその眼から感じ取れるのは男の持つ絶対的な自信。
例え、如何なる策を使っても男の自信は砕ける事はないだろう。それほどまでに人間でありながら大きく感じる人物。
海の荒くれ者を纏めあげる海賊の頭。
あらゆる禁易品を取引に扱うノーグのボス ギルガメッシュがそこにいた。
「ワインか…何処の出だ?」
「知らないね。沈んだ船を偶然サルベージして偶然見つかったものさ」
「くくく…偶然か」
「ああ、偶然だとも」
ギルガメッシュは知っている。この少女はこの世界の住民ではないことを。そして、このワインは偶然見つかったものではないことを。
彼女の能力を使えば、これを見つけるのは不可能ではないということを。
「ほう………これはグレープワインの712年代ものか。今となっては幻となった名産中の名産だな」
「高いのかい?」
「小さい土地一つが買えるな」
たかが数リットルしか中身がないというのに、随分と高値がつくものだ。ナズーリンは静かにそう思う。
「さて、グラスを用意しなければな…」
「もう飲むのか?」
「ワインは飲むものだろうよ。だいたい、そのために俺に持ってこさせたんじゃないか?」
「カズから確かにボスに持っていけと言われたが…土地を買えるワインをすぐに飲むのは考えが及ばなかったよ」
海に沈んだ船をサルベージし、そのお宝を手に入れたノーグであるが、船員の一人がワインに気付き、ボスであるギルガメッシュに渡すようにナズーリンに雑用させたのだ。
「カズらしいな…あいつめ、価値が皆に知られる前に俺だけに渡して飲ませる気だったか」
「普通であれば点数稼ぎなんだろうが…彼はそんな事は思ってないだろうね」
「可愛い息子だぜ」
グラスを持ってくるとワインのコルクを抜きとる。
何十年も醸造されてきたワインの封を開ける気持ちのいい音が部屋に響き、クレープの匂いが立ちこめてくる。
トクトクとグラスに注がれるだけでその匂いが鼻を刺激し、これは間違いなく美味いものだと理解してしまう。
「お前も一杯飲まないか?今なら一杯だけ奢ってやろう」
「遠慮させてもらうよ。まだ仕事は残ってるし、何よりも海賊の頭である君に何を要求されるかわかったものじゃない」
「よく分かってるじゃねぇか。だが、あまり無理するんじゃねぇぞ。ドザえもんになりかけてまた数日しか経っていないだからよ」
「ああ。分かっている。失礼するよ」
ギルガメッシュの部屋から出ていくと、ナズーリンは溜息を一つ吐く。
決して、悪い人物ではない。
海賊であるが、その器と豪胆さは稀に見る逸材だ。彼もまた、人を引き連れ数多の他人を纏め上げる才覚の持ち主。
だが、極力の信用はできない。
今の関係は助けられた恩を返す事と、ギブアントテイクになっている。
あまり情を入れ過ぎる事と、関わりすぎない事。それがナズーリンの考えだ。
ナズーリンにはやるべきことがある。それを忘れてはいないのだ。
「あらぁ、ナズーリン。こんな所で何してるの?」
茶色の髪をポニーテールにしたタルタルの女性がナズーリンに気づいたのか、とことこと歩いてくる。
小柄な体格であるナズーリンよりも更に小さいタルタル。見た目は幼い女の子であるが、実際の年齢はナズーリンでも分かりづらい。少なくとも大人の年齢は超えているだろうぐらいでしか分からない。
「何、ギルガメッシュに届け物を届けただけさ」
「仕事御熱心ね。お姉さん、いい子いい子してあげる!」
「やめてくれ、子供じゃあるまいし」
小さな身長で背伸びをしながら撫でようとするシヴィヴィに苦笑をするナズーリン。
東方装束…もっと言えば忍者が着るような鎖帷子付きの服装をした彼女はこれでも立派な忍者である。
系列の違う武器を同時に操る二刀流の使い手であるのだが、その使い道はもっぱらフライパン二刀流、包丁二刀流など調理の方面に使われる。
せっかくの技術を無駄使いしてる気もするが、忍者…特に忍術の腕前は本物だ。彼女が忍術を使う際に結ぶ印を組む様は熟練のものだと分かる。
「でもボスを呼び捨てにするのはここじゃあまりしないほうがいいわよ?」
「彼がそう呼んでも構わないって言っていたからね。その好意を無駄にしないためさ」
「好意ねぇ…どちかというと、対等に扱われるみたいな感じね」
女の勘というのは鋭いのか、シヴィヴィの言っている事は間違いではない。
ギルガメッシュは見抜いているのだ。ナズーリンが普通という言葉で収まりきらない"何か"である事を。
海賊とはいえ、ノーグは禁易品を取り扱い、取引をする組織でもある。
ジュノを拠点にした天晶堂を初め、三国同盟であるサンドリア、ウィンダス、バストゥークだって取引をする。
最近では近東の地であるアトルガンにも活動範囲を広めていた。
そして、取引をする上で大事なのはどれだけ相手が目上であっても格下であっても対等である事を認識させる事である。
対等であれば「この者であれば信頼における」と思われる可能性が高いからだ。
当然、全てが全てそうではないが、結果的には海賊という存在でありながらノーグは活動を止める事なく進めてきた。
ギルガメッシュがナズーリンに呼び捨てである事を許しているのはナズーリンとギルガメッシュは対等である事を認識させるため。
それだけギルガメッシュにとって、ナズーリンは切り捨てるのに惜しい人材なのだ。
「そうそう、今日はヨアトルのワインが沢山入ったのよー。暇を見つけたら飲みに来なさいな」
「まぁ…暇を見つけられたらね」
ヨアトルワインとは、エルシモ島の大部分を占める熱帯雨林であるヨアトル大森林から採れる天然の酒だ。
獣人であるトンベリや、野生の魔物が数多くいる危険な場所であるのだが、ノーグの海賊達が満足するような酒はここでしか採れない。
シヴィヴィと別れ、ナズーリンは通路を出ると階段を下りていく。
先を見れば青い大海原。
まだ朝日の出る時間のため、太陽の光に反射してきらきらと青い宝石のように輝いている。
「やれやれ…」
それを見てロマンチックに浸れるほどナズーリンは若くない。
見た目は少女であるが、妖怪である彼女はかなりの年月を生きている。
そもそもロマンチックというにはこの場所は荒くれ者が揃いすぎている。
「まだ…直らないか」
首にかけているペンデュラム。
ナズーリンが能力を使用する際に使われる青い宝石であり、これを使って探し物の距離を把握する事ができる。
だが、今のペンデュラムは見るも無残にも罅が入り、見事に壊れていた。
これでは能力の使用には使えない。
ペンデュラムはただの宝石ではなく、壊れてもある程度の自己再生を持ち合わせている。
だが、まるで"ナズーリンを守った"かのように大半が罅割れているため、完全に修復されるのにはかなりの時間を有するであろう。
溜息を一つ。
主人の忘れ物を探しに、異世界へ、されどもナズーリン自慢の能力が使えない現状には溜息しか出なかった。
一応、ダンジングロッドがあるので、大まかな位置の把握は出来ない事はない。
現にここ海賊の手伝いをする時は、サルベージをするのに海に沈んだ船を探す時に役に立っている。
だが、宝塔を探すのにロッドを動かしてみると、なぜか空だけを示しているだけなのだ。
何もない空を示し続ける先に宝塔はあるのか。だが、今のナズーリンはなぜか空を飛べないし、ヴァナ・ディールの空を飛ぶ船、飛空艇に乗れるほどヴァナ・ディールの金も人脈もない。
そもそも異世界なのでヴァナ・ディールの土地勘すらないのだ。
どんなものでも探せると豪語するナズーリンであるが、今の状況は探す探せない以前に色々と問題がありすぎた。
今頃、主人は何をしているのか。相変わらずドジをしているのか。
「なーに、溜息ついてるのよ」
バシン、と後ろから叩かれた。
何事かと思うが、後ろを叩いた人物を見て納得する。
「別に溜息などついてないさ」
「そう?その割には元気がないわよ」
ナズーリンの背中を叩いたのはヒュームの女性であった。
獅子の如き赤いたてがみの髪をしており、見た目で言えばナズーリンよりも一回り上に見えた。
露出のある黄色の軽装姿であり、短いスカートから覗かせる肌が実にセクシーである。
頭領ギルガメッシュの一人娘であり、ノーグを拠点にしながらも世界を渡り歩く冒険者の一人ライオン。
ナズーリンの命の恩人でもあり、ヴァナ・ディールで生きていけるように何かと世話になっている人であった。
「シャキっとしなさいよ。いつまでも溺れていた事にくよくよしない!」
「溺れてはいないのだがな…」
幻想郷に突如現れた『虚ろ』。
主人の無くした宝塔探しに活性化する虚ろに運悪く巻き込まれてしまい、目を覚ませば…海。しかも大海原のど真ん中であった。
泳げない事はないナズーリンであったが、これにはさすがに驚きは隠せない。
何処までも広がる海に途方に暮れ、しかも能力の大半…それこそ空を飛ぶ事すら困難な理解不能状態な状況に危機感を感じた。
もしも偶然通りかかった海賊…ライオンに拾われる事がなかったら、どんな事になっていたあまり想像したくない。
ヴァナ・ディールは海にも危険な魔物がうようよと生息しているのだ。
ライオンに拾われてすでに四日近くは経ったか。
ここが異世界である事…幻想郷ではない事はライオンからは聞いているし、ライオンにもある程度の自分の事は喋っている。
さすがに人間とは違う、妖怪である事などは喋ってはないが、ライオンはナズーリンが人間とは違う所をうすうす気付いているようである。
血の繋がりはないらしいが、この勘の鋭さは養父のギルガメッシュ譲りとも言えるだろう。
「ほら、行くわよ。さっさと準備しなさい」
「行く?何処にだい?」
手を引っ張られ、ずるずるとされる。
「聞いてないの?今からカザムに用があるから行くのよ」
「今聞いたぞ」
「あら?なら今言ったからいいわね」
「はぁ……」
こういった無茶苦茶な事を言いだすライオンであるが、ノーグの住民には慕われてる。
ベクトルが違えど、彼女もギルガメッシュと同じで人を引き付ける何かを持っているのかもしれない。
「だが、なんで私が必要なんだ?」
「ノーグに籠ってるか、船に出るかで最近元気ないでしょう?気分転換代わりにってね」
ライオンは、ナズーリンがここに来てから日に日に溜息の数が多くなっているのを見ていた。
拾った責任もあるし、これはいかんと外に連れ出すつもりで無理矢理ナズーリンを誘ったのだ。
「それならそうと最初から言ってくれるとありがたいんだけどね」
「ごめんなさいね。善は急げって言うから」
ノーグの出入り口まで進むと、ライオンは近くに立っているチョコガールと話し始めた。
チョコボを借りるために交渉をしているのだ。
世界全国に出張するチョコガールはノーグにも例外無く存在する。
いくら近東の地にも活動を広めているとはいえ、海賊の住処にすらいるとは奇妙な事である。
ノーグが冒険者によって世界に広まってしまった結果と言えるだろう。
チョコボを貸し借りする各国のチョコボ厩舎は、冒険の途中でチョコボを借りれるチョコガールの活動範囲を広めているようにしている。
海賊の拠点であるノーグがあるエルシモ島は無駄に広い上に道も複雑だ。
加えてその環境が生み出す多種多様な魔物がいるため、チョコボがいない時の冒険者は大変苦労したそうだ。
そのため、エルシモ島にもチョコガールが派遣されるようになり、移動も楽になったのだか余所者に厳しいノーグの海賊達がタダでチョコガールを置いておくはずがない。
ノーグでの売り金二割摂取と、ノーグと住民にはタダでチョコボを貸すこと。
それを条件にノーグにチョコガールを置いておく事を許したのだ。
「チョコボを借りれたから行くわよ」
「ん…だが、私はチョコボに乗った事はないんだが…」
ナズーリンは巨大な黄色の鳥であるチョコボを見たのはここに来て初めてである。
当然、乗った事もないので、上手く乗りこなせるかわからない。チョコボを乗るのには本来、ジュノでチョコボ乗り免許証を修得しなければならないのだ。
「何言ってるのよ?ナズーリンは私の後ろよ」
「何?」
何か、嫌な予感がする。
それが見事に的中するのは数分後の事であった。
東方幻想鉄
第三章「奉天の法、画戟の竜」
ユタンガの森は、先を見通す事のできない緑の魔窟だ。
木々の間隔が狭く、しだれる葉は多く、絡まる蔦は天を覆い隠しているようだ。
呼吸をすれば木々の多さから空気の美味さが格別であると同時に、熱い、ねっとりとした空気も混じっている。
空気は美味いのに、息苦しい。
そんな奇妙な感覚に囚われてしまう。
ザクリ、ザクリと音を立てながら何かが駆け抜けていく。
一陣の風のように駆けるのは黄色の巨大鳥。
その背に乗るのはライオンと…背中にいるのはナズーリンであった。
本来、チョコボに二人乗りは危険であるのだが、ライオンがいつも借りるチョコボより少しばかり大型のを借り、小柄なナズーリンが背中に乗っかるようにしているのだ。
ライオンの背中から腹に手を伸ばし、振り落とされないように支えているが、マイペースなナズーリンにしては珍しく余裕が無かった。
「ライ…オン…!もう少し、丁寧に!」
「これでも丁寧にやってるわよ!」
スピードを緩めずに走り続けるのは複雑で道幅も狭いユタンガではかなり危険な事だ。
だが、子供のころからこの地で育ったライオンにとって、ここは庭のような場所。
初めての者が歩けば延々と彷徨い続けるであろう森は、ライオンからして見れば少し大きめの森でしかないのだ。
「これで、丁寧というなら…!君は丁寧という、言葉を辞書で、引きたまえ!」
「そんな無駄口叩けるなら余裕有りね!もっと飛ばすわよ!」
「う、わぁ!」
チョコボは飛べない代わりに、脚力に関しては随一を誇る。
その中で大型のチョコボの超プゥワーは足場の悪い土地であっても、何も問題なく走り続ける。
「お、おい!そっちは崖だぞ!?」
「こっちのが近道なのよ!」
「本当なのか!?うわああぁぁぁぁ!??」
そのままスピードを一切緩めずに崖下に降り立っていく。
チョコボの頑健な足が崖に落ちた際の衝撃を吸収し、休み無しに走り続ける。
ふわりと落ちた感覚に思わず不可抗力とはいえライオンをぎゅっと強く掴んで支えてしまった。
「また崖に行くから、舌噛まないでね!」
「またやるのか!?」
ライオンの荒っぽいチョコボの運転に、ナズーリンは振り回されっぱなしであった。
大森林を超え、数時間のチョコボを飛ばし続けるとようやくカザムが見えてきた。
その間にナズーリンは、ライオンの暴走車染みた運転に揺れに揺らされまくり、顔色が目に見えて青く染まっていた。
もう二度とライオンと共にチョコボを乗らない。そう心に誓いながらチョコボから降り、足に大地が吸いつくように感じるのを味わう。
チョコボに乗っている時はあまり感じなかったが、やはり空気に熱気が籠もっているのがかなり息苦しい。
深く息を吸ったり、吐いたりするが、特に効果は得られない。
草と土の混じりあった緑の匂いが鼻をつく。
ただ、暑い。暑すぎるぐらいに暑い。
気を抜けばあっという間に汗が全身が噴き出る。
ノーグは海が近い岩窟を元に作ったためか、むしろ肌寒く感じたぐらいだが、熱帯雨林が生え揃うこの地ではこれが普通なのだ。
妖怪であるナズーリンですら額に汗が出てくる。これほどの暑さは長く生きてきて中々体験した事はない。
対して、ライオンのほうはケロリとしている。露出があるとはいえ、汗一つ出していない彼女は何者なのか。
それとも、この世界ではこの暑さで汗を出さないのが普通なのか。ナズーリンはそう思ってしまう。
「あ、ナズーリン。あなた、ちゃんとアレ持ってきてる?」
「シグネットの事か?問題はないよ」
ペンディラムの他に、ナズーリンの首にかけられた橙色をした宝石。
それは冒険者の証である《シグネット》であった。世界を渡り歩く冒険者が自由に街中を入れるように、冒険者である事の証明であると同時に、フリーパスにもなる代物である。
本来は国に登録して手に入れる物なのだが、ナズーリンの持つ物はノーグが独自のルートで手に入れた代物である。
《シグネット》に蓄積される戦績などが溜められない代わりに、フリーパスぐらいにはなる"偽造品"だ。
もしも冒険者を監視する立場である誓約の助言者ジュラメント・メントレ…またの名をGMに見つかればただでは済まないだろうが、そのGMですら欺く特別性である。
村のガードに《シグネット》を見せ、ようやく村の中に入る。
村の中はクォン大陸などでは見ない色とりどりの天幕が幾つかも設置されており、近くにはノーグでも見かけたチョコガールがいる。
周りを見渡せばどの家々も木材か何かで作られており、自然に優しい作りになっているようだ。
少しでも風通しをよくするためか、どの建物も地面から高い位置に作られている。
窓や扉も板で閉めたりせずに、紐で繋げたカーテンをかけているだけだ。
南国に相応しく、とても賑やかである。まだ昼間だと言うのに、冒険者らしき者達が、両の肩を晒して、胸に布を巻き付けだけの上半身に、短い丈のスカートを着たミスラの売り子から肉や酒などを注文して食べていた。
「どう?結構楽しそうでしょう?」
約400年前に殖民したとされるミスラの氏族が、築き上げた漁村であり、
南方にあるとされるミスラの本国ガ・ナボ大王国に属しながらも自治が許されているカザム。
陽気なミスラが暮らす村は、冒険者が来るようになってからも変わらず賑やかで有り続けている。
「確かに賑やかではあるが…簡単には割り切れないさ」
「【むむむ。】相変わらず素直じゃないわねぇ…ま、先に行くところに行くわよ」
ライオンがここに来たのはナズーリンの気分転換だけではなく、カザムに用事があるからである。ライオンが先頭に立ち、道案内を始めた。
世界の中心である大国からやってくる飛空艇の港、その東にある崖下へと歩いていく。そこには横穴がぽっかりと開いていた。
「洞窟か?」
「さて、どうかしらね」
ナズーリンの問いに笑みを浮かべるライオン。
横穴からくぐり、洞窟に入るとすぐに外に出た。
ナズーリンは外に出て一回、後ろを向く。そしてようやく頭が理解した。
カザムは崖に囲まれた土地だったのだ。
「まるで空の見える蟻の巣だな…」
「あら、いい表現ね」
区画には幾つか家が建っていた。
床が高く、カーテンを垂らした家だ。
冒険者や観光客が泊まる宿屋と雑貨屋を通り過ぎ、南に開いた横穴を潜り抜ける。
再び空地に出ると中央を貫いている広い通りを、更に南へ。
南国にあるミスラの村カザムの族長ジャコ・ワーコンダロの家は他の家とは変わりないぐらいの大きさであった。
ただ、さすがに重要人物の家だけあってか、護衛であるミスラが二人、館の家に立っていた。
軽装の鎧に身に包み、それなりに戦う者として熟練している事が分かる。
「…海賊の娘か。何の用か」
ライオンとナズーリンに気付いた護衛の一人が詰問口調で尋ねる。
「駄目じゃない、エテ。ライオン様にそんな口を聞いちゃ」
隣の仲間に言われて、問いかけたミスラの顔が渋くなる。
「何言ってるんだよ、パルナ。族長様を惑わすヒュームの娘なんだよ?敬うほうがおかしいっての!」
「惑わすってねぇ…どう見ても族長様のほうが…あ、ごめんなさいね、ライオン様。今すぐお通ししますので」
「あ、こら!何勝手に話を進めてるのさ!」
二人の護衛は暫く話し合いを続けていたが、最後はエテと呼ばれたミスラが折れ、ようやく族長の家に入れるようになった。
「毎回こんな感じなのかい?」
「毎回こんな感じよ。悪い子じゃないのは分かってるからね」
二十年前の大戦争で当時子供であったジャコはタブナジアで傭兵であった母親と暮らしており、獣人軍の戦いでタブナジア没後、母の働きで船に乗って逃亡をするが船は転覆してしまう。
海で漂流している所をギルガメッシュ…ノーグに保護されるようになる。
海賊であるノーグと自然と共に生きるカザムの仲は悪く、縄張り争いが起きた決闘にジャコは参戦し、見事に勝利。
その腕前と才能に前族長に気に入られ、前族長はジャコのカザム移住を条件にノーグとの関係を大幅改善を提案した。
若いながらも族長引退の際に後継者として満場一致で決定される。海賊見習いとして働き、培われた大胆な行動力と飾らないきっぷのよさに好感情を抱かれたためだろう。
族長に就任してから、硬軟とり混ぜた交渉力と旧知の海賊を利用した情報収集力を大いに発揮し、村の経済発展に大いに貢献。それまで一辺境に過ぎなかったカザムをミスラ本国とウィンダスといった大国ですら無視できない独立勢力へと変貌させた。
ライオンはまだカザムで前族長の護衛として仕えていた時からの古い知り合いである事を話した。
「父さん…ギルガメッシュに助けられて所謂惚の字という奴でね、今でも文通を交わしてる仲なのよ。私の用事はその使いっぱしりね」
「それなら別のでもいいんじゃないか?人手はいるだろうに」
「駄目駄目。仮にも族長と海賊の頭がいい仲だなんて誰かに知られたら困るじゃない。さっきの護衛は知っていても、普通に暮らしてる子達はそんな事は知らないんだから」
「そんなもんなのかね」
そう言えば、助けられた時は子供だとすると、人間の年齢で言えば十五歳を行くか行かないかぐらいだろうか?
それから二十年を経っていると過程すると……。
「ストップ、彼女の前に年齢の話を止したほうがいいわ」
「なぜ分かる」
「女の勘よ」
便利なものである。
族長の家は間仕切りのようなものがほとんどなかった。
木の板や、亜麻の布で織られたカーテンで区切られているだけだ。通気性を考えての事だろう。
窓の造りや、床の高さなども他の家々と同じような造りになっている。
部屋の中には族長がいる。若いのか、それとも服装が派手なのか歳が分かりづらかった。
「早かったね、ライオン。今日は小さいのを連れて観光かい?」
「そんな所ね。はい、あの人の手紙よ」
顔には朱で印を描き、髪には羽根の飾りを差している。赤と黒で染め分けた服は、腰のベルトから下はわずかな丈しかない。
長い、しなやかな足が太股の辺りから見えている。
ミスラの例に漏れず、猫のような耳と尻尾は欠かせない。
ライオンから手渡された手紙を受け取り、中身を見始めるとだんたんと顔がやわらくなってくる。
「ふんふん……へぇ、なるほどねぇ……」
いったい何を書かれているのかは彼女とギルガメッシュの二人だけの秘密だろう。
さして興味をなさげにジャコの家をナズーリンは見回すと誰かが窓から家を覗いてるのに気付いた。
(子供…か?)
こちらにも気付いたのかすぐに気配が消える。
体格がそこまで大きく見えなかったので子供なのかも知れないが、ミスラは割と小柄な者が多いので子供と断定するのには分からない。
「それで…ここ最近、おかしいことはなかった?」
「おかしい事…?」
ナズーリンが窓を見つめている間に、ライオンとジャコが話をしていた。
「何でもいいわ。大地が揺れたとか、鳥が変な事をしていたとか」
「ん…そうだねぇ」
なぜライオンがそこまで聞いてくるのか。
ジャコは最近の事を思い出しながら口を開いた。
「そういえば……最近、山の神の気配が消えたり、活性化したりとしてるね」
「山の神って、火山の?」
「あたしもよく分からないんだけど…ウィンダスの研究者が言うには「偉大なる存在」が何を察しているのかも知れないだってさ」
エルシモ島を形成した火山 ユタンガ山の火口。
イフリートの釜では貴重な鉱石が発掘でき、ガス生命体であるボムや、ドラゴンなど危険なモンスターが跋扈しているのだが、その地では「偉大なる存在」と呼ばれる元素の神が眠る場所でもある。
今でも伝承に残る猛将と幼子の物語。
その猛将のなれの果てであり、亡者によって異形へと変貌した炎の神。
今も尚、眠り続ける炎のフリート。
自然と共に生き、自然の息吹を感じ取れるミスラ達は最近の火山に異常を来たしているのを感じ取っていた。
現地調査という名目でやってきたウィンダスから派遣された研究員も同じように火山の異常を察しているが、「偉大なる存在」であるイフリートに何かあったのではないかと仮説を立てるがまだ確定していない事である。
「まさかクリスタルラインが暴走……するってのはないわよね」
「そう何度もぽこじゃか起きて溜まるもんか。だいたい、あれは邪龍が起こした事だから勝手に暴走するって事はないと思うがね。眠れる神もそこまで馬鹿じゃないだろう」
過去に「偉大なる存在」が眠る巨大クリスタル、それらを暴走させ、エネルギーを一点に集める事で神の世界に向かおうとした者達が居た。
今はもう幻獣とも言われる邪龍、水晶大戦以前からの生き残りが行おうとした事は、一万年前の古代人が神が住まう真世界に向かおうとしていた事と同じ事をやろうとしていたのだ。
伝承ではそれは失敗に終わっている。天が裂け、地が割れ、世界が終る…何も残らないという結果だけを残して。
それを止めるべく、ライオンも動いていた事を思い出すが、さすがにクリスタルがそう簡単に暴走するはずがないと考えを改めた。
「ナズーリン」
「ん?話は終わったかい?」
完全に蚊帳の外であったナズーリンはライオンに声をかけられ、答える。
「ごめんなさい、もう少し話が続きそうだから一人で観光を楽しんでもらえないかしら?はい、お駄賃」
「子供か、私は」
親が子供にお小遣いを渡すような感覚にナズーリンは呆れた声が漏れた。
生きた年齢はともかく、自分の身体が世間一般的に見れば子供である事はよく知っている事だが、だからといって完全に子供扱いされるのも癪である。
ライオンから金の入った袋を渡され、静かに立ちあがって、外に出る。
入り口には相変わらず護衛の二人が立っていた。この暑い中で常に立ち続けて鎧を着ながら護衛をするのは大したものである。
「何しに来たんだ…私は…」
炎天下とも言うべき村を適当に歩いていく。
複雑そうな村ではあるが、道がぐるりと繋がっているので意外と単純な構造である事が分かる。
日陰にいればそこまで暑くはないが、汗が止まらない。
喉の渇きを覚え、売り子をしていたミスラからジュースを買い、飲み始めた。
「む…これは中々……」
南国原産、取れ立てのカザムパインから作ったジュースは新鮮な果汁と氷のクリスタルでひんやりとされていて暑いカザムでは大人気の飲み物である。
ややすっぱさのある甘味があり、わずかに残った果肉が舌に残る。
幻想郷ではあまり馴染みのない南国果実のカザムパインであるが、新鮮な味にナズーリンの頬も緩んでいた。
気付けばすぐにジュースが無くなっている。
「………」
あまり主人の事を強く言えないかもな。
そう思いながらもナズーリンは再びパインジュースを注文する。
彼女の主人は大食いであり、そのエンゲル係数は命蓮寺ではトップクラスだ。
たかがジュースと食べ物ではまた別であろうが、美味しいから何度もおかわりをしている事には変わりはない。
主人に見られたら「私も私も!」と買って買ってオーラを出しながら目をきらきらさせるだろう。
「にぅにぅ…おねーさん?」
「ん?」
南国の風に当たりながらジュースを飲んでると、声が聞こえた。
周りを見るとナズーリンより小さな子猫が一人。
他のミスラと同じように露出が激しいが、小さな女の子であるが故に微笑ましく見える。
「にぅ…おねーさんはぞくちょうさまのおともだちなの?」
舌足らずな声であった。
幼いミスラには、稀によくある事である。
「いや。ここの族長とは初めて会ったね。そもそも私がここに来たのは…まぁ、観光みたいなものさ」
「にぅぅぅ…」
なぜか泣きそうな顔をしていた。
(私が何をした……)
とりあえず落ち着かせるために手元に残ったジュースを与える。さすがに自分より小さな子供が泣かれると気分が悪いし、周りの眼も気になる。
子ミスラがジュースを受け取り、喜びながら泣き止むのを見るとナズーリンは気付いた。
(さっき、家を覗いていた子か?)
服装が一致しているので、たぶんそうなのかもしれない。
ジュースを飲み終え、ほっと一息をついた子ミスラは穢れのない瞳をナズーリンに向けながら言った。
「おねーさんはぼうけんしゃさんなの?」
「…まぁ、そうであるかな」
冒険者ではないが、冒険者の証を持っている。
偽造とはいえ、《シグネット》を持っているので、そう答えるのがベストだろう。
もしも《シグネット》が偽物だと分かり、冒険者ではないとバレるとやっかいな事が起きるとライオンに教えられている。
「ぼうけんしゃさん、おねがいをきいてほしいの!」
「うぇ?」
ヴァナ・ディールでは冒険者というのは世界を旅する自由人であるが、基本的に他者から「依頼」を受けたりして路銀を稼いだりする事もある。
無論、金ばかりではなく、困った人を助けるために自ら「依頼」をこなす者だっている。
この子ミスラは完全にナズーリンを冒険者だと思っているため、お願いという名の「依頼」を受けてほしいのだろう。
「いや、しかし私は…」
「うけてくれないの…?」
「ぐっ…」
反則だろう。
涙目で上目使いをしながら必死にせがむ幼女の姿。
(これで断ったらまるで悪役か何かじゃないか…)
とはいえ、流されるような事はしない。
いくら子供といえども見ず知らずの他人をほいほいと手を貸す事はないのがナズーリンだ。
簡単なのであればやぶさかではないが、無理であるならきっぱりと断ろう。
そう考え、ナズーリンは子ミスラから舌足らずながらも一生懸命に説明をする子ミスラの話を聞き始める。
「あのね、わたしのおともだちがどこかにきえちゃったの。おぽおぽのぱっぷるっていうんだけど…」
オポオポというのは南国のユタンガ島では珍しくない猿のような魔物だ。
基本的に温厚で、カザムではペットとして飼われている。
ナズーリンも、この村に来る途中のチョコボの上で、何度か目に入っている。ゆっくりと見ていた暇なんて無かったが。
どうやら子ミスラのお願いとは、いなくなったオポオポを探してほしいらしい。
「探し物か…それなら何とかなるかな」
魔物を倒せなどであれば、あまり戦うのが得意ではないナズーリンは断っていた。
探し物であればナズーリンの能力を使えばどうにかなるはずだ。
正確な距離を測るペンディラムがないとはいえ、それでも大まかな位置と場所ぐらいは分かる。
ダンジングロッドを取り出し、能力を発動させる。
この世界から来てから感じ取りづらい"霊力"であるが、それでも能力だけは不思議と使えた。
黒塗りのロッドは静かに南西の方角へと指し示す。
「南西か…む、ノーグにいるのか?」
「にぅ?」
ロッドの示した方向にあるのは滝に隠れた岩窟。
それは海賊の隠れ家に繋がる秘密の場所だ。
だが、分かるのはそれだけである。探したいものがある程度明確だからここまで分かっていたとはいえ、これ以上になるとさすがにペンディラム無しでは先に探す事はできない。
「ノーグ…いや、岩窟か」
ノーグにいれば話は簡単なのだろうが、その可能性は低いだろう。
なぜなら海賊の隠れ家に行くには海蛇の岩窟にある隠し扉を開いて奥に進まなくてはならないからだ。
ユタンガ島では珍しくない半人半魚の獣人サハギンが長い時間をかけて掘り上げた長大な岩穴。
ノーグから外に出る時は隠し通路を通って行ったので魔物には見つからなかったが、隠し通路を通れるのは基本的にノーグからで外からは入れない仕組みになっている。
冒険者の間では当たり前のような海賊の住処とはいえ、それでも秘密にし続ける事には変わりはない。
そのため、外から直接ノーグに繋がる道を通る事は同じノーグの住民でも許されないのだ。
「困ったな…私は岩窟はそこまで詳しくないし、魔物もいるだろうから…」
海蛇の岩窟には数多くの魔物が跋扈している危険な場所でもある。
獣人を始め、アンデット、海洋類などの手を出さなくても襲い掛かってくるのでいっぱいだ。
海蛇の岩窟は元々、サハギンが築き上げた岩窟。海賊との関係は良好であり、住み分けも出来てるとは言え、それでも不用意に近寄ればノーグの住民であっても容赦はない。
「せめて護衛と道案内がいれば…ライオンに相談してみるか」
子ミスラと一旦、別れ、ライオンがいるであろう族長の家に向かう。
この「依頼」は自分だけでは少しばかり無理がある。
一度ライオンに相談し、それで無理なら断ろう。
別に冒険者はナズーリンだけではない。偽物の冒険者より、本物の冒険者に変わって貰えばいいだろう。そう考えていた。
「ライオン、少しいいか?」
族長の家に入り、まだジャコと話していたであろうライオンに声をかける。
ふと見ればジャコとライオンの間に見慣れぬタルタルの娘がいた。
赤茶の髪色をしており、ノーグの忍者であるシヴィヴィと同じ髪型をしている。
フード付きの胴衣を着ている事から魔道士か何かなのだろう。
首には冒険者の証である《シグネット》をかけている。
「ナズーリン?もう観光終わったの?」
「いや、そうじゃなくてね」
とりあえず先程、子ミスラからのお願いを話してみた。
ジャコとタルタル娘は缶入りの何かを食べているようだった。
後に、ジュノと呼ばれる大国で人気のスィーツ 雪山のロランベリーである事を聞いた。
「ふーん、探し物ね…それなら貴女の得意技じゃない」
「話を聞いてたのか?探すだけならともかく、さすがに海蛇の岩窟は遠すぎるし、危険だろう」
ライオンも、ナズーリンの探し物上手である事を知っているが、それでも海蛇の岩窟を一人で行かすのは危険である事は百も承知だ。
ナズーリンも決してそこらの貧弱一般人には負けはしない。簡単な魔物程度なら返り討ちにできるだろうが、海蛇の岩窟には一級廃人であっても苦戦するような怪物もいる。
「つまる所、道案内と護衛が欲しいって事ね?なら適任が一人いるわよ。ペタ」
「ん?なーに?」
「話、聞いてたでしょ?ナズーリンの手伝いをしてくれないかしら?その間に話を纏めておくから」
ライオンに名前を呼ばれたタルタル娘。
ペタと呼ばれた少女は、ちらりとナズーリンを見つめると、ニッと笑顔を浮かべた。
「いいよー。探し物ならこの名探偵ペタ様にお任せってね!よろしくね、ナズちゃん!」
ヴァナ・ディールでは当たり前のように世界を冒険する者達。
このタルタル少女…ペルタタ・ポルタタ・プロンプタも、その冒険者の一人。
かつて世界をどん底へと陥れた闇の王、その復活の阻止する決戦に多大な貢献を果たした英雄の一人でもあった。
★
「いいのかい、こんな事に付き合わせてしまって」
「ん?なーに?」
カザムに飛空艇が繋がり、ジュノからエルヴァーンのチョコボ調教師連れられたチョコボ達は三ヶ月という時間をかけて島の街道を覚え、貸出が許可されるようになった。
貸出のできるチョコボの大きさは千差万別であり、子供のような体格であるタルタルから熊のような体格を持つガルカまで、どんな客でもいいように、様々な大きさのチョコボを揃えている。
今、タルタルの娘がチョコボを背に乗って、走らせている。
大きさはタルタル娘の大きさに合ってないように見えた。
当然だ。チョコボに乗れないナズーリンを背に乗せているため、少しばかり大きめのチョコボでないと二人乗りが出来ないのだ。
ペタとナズーリン。二人を乗せた黄色の巨鳥は目的の地まで走る走る。
「ライオンと族長の話はまだ続きそうだからね~。私はそれを聞いてウィンダスに持って帰るだけに来ただけなもんだし~。それまで割と暇なんだよね」
ペタはミンダルシア大陸にある魔法国家、ウィンダス連邦の冒険者である事を話した。
ヴァナ・ディールでは不穏の空気に包まれており、その調査をめんどくさい事にミッションとして依頼されたのだ。
別に断ることも出来たのだが、ユタンガ島での調査なら旧知との再会ついでにやる事にしたのだ。
また、生物に関するあらゆる事を調査するウィンダス五大院の一つ、鼻の院の研究員もいるため、自らがそこまで調査する必要もなく、楽に終わるだろう。
そうペタは考えていた。
一応、族長の好物である甘い物をお土産に持ってきたのだが、それなりに纏まるのが長くなりそうな時にナズーリンがやってきたので、暇潰し代わりに手伝いをする事にしたのだ。
「不穏ね…いったい何が起こってるんだい?」
「わかんない」
「えっ」
「だからわかんないだってば。海の幸が採れる量が少ないとか、土の質が悪いとか…そんな自然な現象がすこーしだけ悪い方向になってるのが世界各地で起きてるの」
世界では不自然な現象が起きていた。
ここ最近になって、自然で妙な事が起きているのだ。
海が荒れたかと思えば、風一つ、波一つない状態になる。
氷河では吹雪で一歩も歩けないかと思えば、雪が解けてしまうのではないかと熱くなる。
まだ日が昇る砂漠だと言うのに、肌寒く感じてしまう。
異常気象と一言では片付けられない事が起きていた。
「ま、そんな事は些細な問題なんだけどね」
確かに異常と言える日々が世界に起きているとはいえ、世界が滅亡するような事ではない。
海の幸が採れる量が少なくなっても、飢え死にするわけでもなく、土の質が悪くても元素の力を帯びたクリスタルを肥料代わりに与えれば問題ないからだ。
そもそも、ヴァナ・ディールでは世界が滅亡しかけた事なんていくらでもあるのだから、ペタからしてみればまだ結論が出せない、理由の分からぬ異常気象は「些細な問題」でしかない。
「ライオンからちょとだけ聞いたんだけど…ナズちゃん、虚ろって知ってる?」
「…まぁ、人並みには」
人並みというのがどれだけなのかはナズーリンは知らない。
もしかしたらヴァナ・ディールの住民であっても、虚ろを知らない事だってあり得るのだが、無難な答え方をした。
「ふーん?別世界から虚ろに呑まれたのに?」
「…何処で知った」
「あ、本当にそうなんだ。やー、ペタちゃんの勘はよく当たるね」
引っ掛けられた。こんな簡単な事に引っ掛かるナズーリンは突っ伏してしまいそうになる。
「ごめんごめん、なんか一目見た時に人間の感じがしなくてさー。シャントットが異世界の住民を見たって言ってたけど、本当にいるもんなんだね」
「そこまで分かるものなのかい?」
「魔道士の眼を鍛えてる人や、狩人には見抜かれるかも。ナズちゃんの正体は知らないけど、それが不都合になるならそれらに関わらないほうがいいかもね」
その魔道士が目の前にいるんだけどね。
ナズーリンは心の中でそう思う。
ちなみにシャントットとは、ペタの古い友人らしく、ウィンダスが誇る最狂無敵の暴虐武人の魔道士である事を後にライオンから聞いた。
ペタの話によると、様々な観点から見抜いて弱点を狙ったり、生体の癖を狙う魔道士や、狩人などは「見抜く」力を有してる者が稀にいる。
そういったのは、隠蔽の魔法で隠れていても見抜くため、ナズーリンが人でない事も同様に見抜くこともあり得るそうだ。
「私はこんな感じなのかな~?ってぐらいしか分からないけどね。魔道士に関してはそこまで入れこんでないからそのせいかもしれないけど」
「ん…ライオンから聞いた話だと、ベテラン冒険者らしいじゃないか」
「ふふーん。分かってないなぁ。ナズちゃんは。確かに冒険に魔法の力は必要かもしれないけど、必須でもないの。私の魔法は手段であって、力じゃない。
考えて、先を見据える力があればそれで冒険はできるのよ」
ナズーリンの同行者としてペタがついていく時に、ペタの事はおおまかに聞いている。
冒険者というのが現れ始めた事から冒険を続けている、ベテラン冒険者である事。
かつて災厄を撒き散らすはずだった魔王復活の阻止に動いていた事。
そして、彼女は精霊魔法を使う黒魔道士、霊獣を使役し、操る召喚士、そして近東の地で作られた自動人形の操り手である事。
しかし、冒険者…というより、人は幾つも兼業する事はできないので、今のペタは黒魔道士兼召喚士である事をペタが話した。
「なるほどね…その考えは好感は持てるよ」
力とはあくまで手段の一つ。
ただ一つに固執する事なく、柔軟な考えが出来る者は大成できる。
ペタはそっち側なのだろう。ただ、会ったばかりのナズーリンではあるが、ペタは大成する事自体にはあまり興味がなさそうに見える。
「ありがとうね。あっと、話がずれたわね…この際、ナズちゃんが別世界の住民だとかは置いとくわ。今は虚ろ…これがやっかいなのよね」
幻想郷、ヴァナ・ディール。
二つの世界に現れた虚ろ。
それはいったい何を指し示すのかはナズーリンも分からない。
それが分かるのはヴァナ・ディールの住民ですら極一部なのだから。
「虚ろの確認がされて、世界各国の重要人物は色々と動いてる。当事者の一人でもあったシドとかもその一人ね」
「随分と大ごとなんだな。虚ろというのは」
「まーね。これ以上の話は私の口からじゃ話せないけど…」
割と重い話になりながらも、チョコボは無心に走り続けている。
ドタドタと足音が聞こえるが、あまり気にならない。
「めんどくさい事になるのかはもう確定的なのよねぇ…あーもう、全部チットに丸投げしようかしら」
「チットというのは誰だが知らないが、お察しするよ」
同じウィンダスの冒険者であり、ペタの後輩にも当たるタルタル冒険者に全て丸投げしてしまうかとペタは考える。
だが、昔よりマシとはいえ、今でも臆病である事に代わりの無いアレには無理か、と改めた。
一方その頃、話のネタにされたモンクタイプの彼は、盛大なクシャミをし、食事の途中だったので一部に鼻水がかかってしまった。
「あー、それとだ、ペタ」
「なーに、ナズちゃん」
「その…ナズちゃんと言うのはやめてくれないか?」
ナズーリンは今の今まで、それこそ神の下で働いていた頃からも、ちゃん付けで呼ばれた事など数える事しかない。
だから慣れない。あといきなり略して名を呼ばれるのも同様。
「えー。可愛いのにぃ…じゃあ、ナズ彦、ナズりん、ナズ太郎、ナズ閣下、ナズちん………」
「ナズちゃんでいい…」
「はい、ナズちゃん決定~!」
目的地まで後わずか。チョコボの足の速さはA+と言ったところである。
ナズーリンはこのタルタル娘に勝てる気がしなくなってきた。
放浪の賢者という異名を持ちながらも、その実態は無茶無理無謀を素で行い、行動力が有りすぎる事から「賢者?」と言われる事もある。
その押しの強さ、と言うのはナズーリンには持ち合わせていないものだった。
数時間ほどチョコボを走らせ、ようやく滝の裏側まで辿りついた。
ライオンがノーグからカザムまで一時間を切ってるのと比べると時間がかかっているように感じるが、ライオンの暴走車の如きそれと比べて、ペタのチョコボの走らせ方は良心的だ。
滝の前に付くと、チョコボから降り、背中を叩けばチョコボは厩舎へと戻っていく。
(うん、やはりライオンが間違っていたんだな)
世の冒険者はみな、あのような操り手なのかと思っていたが、それは杞憂のようだ。
「ナズちゃん、一つ聞くけど槍って使った事あるの?」
「使えない事はないね。ただ、手に取るのは久しぶりと言っておこう」
ナズーリンの背にあるのは身長ほどもある両手槍であった。
銀色の穂先が三つに分かれている三叉を持つ槍であり、両手槍のカテゴリではスピア系の属する武器。
その名はトライデント。
槍に手慣れた者なら一度は使った事のある良品だ。
「ライオンも太っ腹だよ。いきなりこれを渡してくるんだから」
「それだけここが危険って事よ。私も最奥まで行くと危ないし」
最初、ナズーリンはそれなりに準備をしてからすぐに向かおうとしていたが、ほとんど丸腰に近いナズーリンにライオンは槍を手渡した。
この世界に来てからライオンに貰った短剣があるのだが、それだけでは魔物の巣である岩窟では心もとないと判断したのだろう。
武神の部下であったナズーリンは、スパイなどを主にしながらもある程度だが、武器の扱いに慣れている。
槍もその一つ。彼女の上司である毘沙門天の弟子も、槍と得意としていた。
だが、ナズーリンの腕前はあくまで齧っている程度に過ぎない。本職の武器の達人である戦士には敵いもしないだろう。
通常通りに弾幕が使えれば、武器を使わずにそれを使っている。
「じゃ、入るわよ。ナズちゃん、お猿さんが何処にいるから把握してね」
「ああ、了解した」
二人は中に入り、獣人の作り上げた岩窟に足を踏み入れた。
外は熱い空気と、蒸すような蒸気だったと言うのに、岩窟の中に入るとひんやりとした肌寒さがしてくる。
しかも魚油の焦げた臭いと、魚介類の腐臭で鼻が曲がりそうだ。
犬の妖怪がこの場にいれば、転がり落ちてもおかしくない悪臭が漂っていた。
「相変わらずきっついわねぇ…」
黒い鼻を抑えながらもペタは岩窟の奥へと進み、ナズーリンは後を追いかける。
「なんでこんなに臭いがするんだ…?ノーグにいた頃はここまで酷い臭いはしなかったぞ」
「そりゃ、魚の獣人が暮らしてる処だもん。魚の臭いがしても不思議じゃないわ」
「それにしてもこれはきついな…」
動物型の妖怪、妖獣は、主に聴覚や嗅覚などに優れている。
ナズーリンは鼠の妖怪。その嗅覚は人間の数万倍とも言われる犬と同等だ。
人間を遥かに凌駕する五感能力が裏目に出る場所であった。
「早く終わらせよう…ずっとこの場にいたら気が狂いそうになる」
腰にかけていたロッドを取り出し、能力を発動させる。
やはりまだ大まかな位置しか出せないが、カザムにいた頃と違って探し猿がすぐ近くにいるためか、今いる場所から近い事がナズーリンに分かる。
道が複雑そうに見える岩窟であるが、そこはペタが案内してくれる。
「南にいるみたいだな…」
「南かぁ…となると隠し扉を使わないと駄目かな…金扉じゃなきゃいいけど」
岩窟の南には、サハギンの仕掛けた隠し扉があり、それを開くには獣人の使う貨幣が必要になる。
それぞれ銀貨、ミスリル貨、金貨の三種類に分かれ、基本的に左から弱い魔物が生息している。
ペタの実力はミスリル貨までなら問題はないが、金貨までになると厳しい。
だが、今そう考えても仕方ないと先に進む事にする。
ミスリル扉ならそれでいいし、金扉ならそれで仕方ないと先に進む。
冒険者なんてそんなものだし、賢者と言われるペタだって全てが全て分かるはずがない。分からないから世界をわざわざ何年も旅しているのだ。
「じゃ、これ使ってね」
「これは?」
「サイレントオイル。無駄な戦闘は避けたいし、これさえあれば戦闘は避けられるから」
ペタが鞄から取り出したのは油の入った小さな壺であった。
錬金術によって作られた潤滑油である。
それを足に付ければ、摩擦という現象を極限までに無くし、音を出さなくなる。
「こういった洞窟にいる魔物は、目の力が弱いから音に反応するのよ。ゴブリンとか、トンベリみたいな例外はいるけど…ここはそういったのはいないしね」
ペタから渡されたオイルを靴に垂らすと、音がしなくなった。
これでサハギンの目の前を通り過ぎても気づかないのだから驚きだろう。
「じゃ、しゅっぱーつ。ナズちゃんの初めての冒険ね!」
「手早く終わる事を祈るよ」
小さな杖を掲げ、ペタはずんずんと奥に進んでいく。
ナズーリンにとって、ヴァナ・ディールでは初となる冒険の始まりであった。
海蛇の岩窟には、水が通っている。
正確には海と繋がっている海水だ。
そこでは貴重な魚などが釣る事ができ、釣り人の間ではメジャーな釣り堀だ。
ただ魔物がいる事には変わりはないので、それなりの実力を持ってる釣り人にしか釣りができない場所でもある。
海水の流れる音がする広場を抜け、地下に繋がる階段を下りていく。南に行くのはこのルートが早いらしい。
途中で様々な魔物を見た。
大きな魚のように見え、背中に巨大なヒレがある。だが、魚と違って手足のある獣人サハギン。
原理は分からないが空中に浮かぶ巨大魚、軟体的な身体を持つスライム、巨大蛭のリーチなどがいる。
襲われれば脅威となりえる魔物であるが、サイレントオイルによって音を出さない二人は、魔物の隣を横切っても気付かれる事はなかった。
「ここまで簡単だと拍子抜けするね」
「そうね。むしろこの臭いが強敵よ」
「違いない」
錬金術によって作られる隠蔽の道具は、魔法の隠蔽に比べて長持ちがすることで知られている。
そのぶん、競売所では常に高価であるのだが、使い勝手はバツ牛ンだ。
魔物に襲われる事もなく進み続け、最初の扉へと辿りついた。
「まずは銀扉ね」
鞄から取り出した銀色の形が整っていないような貨幣を取り出すと、ペタはそれを何もないはずの壁にある窪みに入れる。
そうすると、壁が二つに分かれ、先へと続く道が出来る。
「どんな原理なんだろうな」
「さぁ?貨幣の成分を検出してるとか?シドならわかるかもね」
バストゥークの誇る工業都市として一躍を買っている天才シド。
彼ならサハギンの扉の仕組みを理解できるかもしれないとペタは言った。とはいえ、ナズーリンはシドという人物は知らないのだから相槌をうつ事ぐらいしかできない。
扉の先にもサハギンや魔物がいるが、オイルの効果が続いている限り、魔物に襲われる事はない。
「いないわねぇ。ナズちゃんはどう?」
「…南である事には変わりはないが、ここじゃないな」
行き止まりとなる場所まで進んでみたが、何も見当たらない。
オポオポの姿は影も形もなかった。
「むぅ~。となるとミスリルか、金かなぁ…」
「手間をかけるね」
「いやいや、ナズちゃんじゃなくてお猿さんのほうでしょ」
とりあえず別の隠し扉を向かうために来た道を戻る事にする。
道中、変わり映えのない魔物が通り過ぎていく。
「ところでナズちゃん」
「ん?」
「それって私にも使えるの?」
歩いている途中でペタがナズーリンにロッドを指しながら聞いてきた。
物探しをする際に使っているナズーリンのロッドであるが、好奇心の塊であるペタには興味が注がれたのだろう。
「残念ながらこれを使えるのは私だけさ。私の能力と、ちょっとしたコツがないとね」
「むぅ~。それがあればお宝探しも簡単そうなのにね」
雑談をしながら魔物が蔓延る岩窟で歩くのもシュールだが、さすがに魔物を横切る時は黙っている。
銀貨で開く扉を開け、そこから出ると次はミスリル貨で開く扉だ。
距離で言えばそう遠くはない。数十分も歩けば辿りつけるが、だんだんと魔物の強さが強くなっている事がわかってくる。
「次はミスリルっと」
ミスリル貨を取り出し、銀貨の時と同じように何も無さそうな壁にある窪みに入れる。
そうすると壁が二つに分かれ、道ができる。
「仮に…オポオポだったか。それがこの先にいるとして、どうやって入ったんだろうな」
「んー。サハギンがここを通る時に一緒に入ったとか?」
「そんな簡単に入れるものかね」
「どうだろうねー。基本的に魔物同士って不干渉だし」
オポオポはこの辺りには生息しない魔物であるのだが、仮にこの岩窟にいれば岩窟の主であるサハギンが何かしら行動を示すはずである。
しかし、魔物は不思議な事に、滅多に攻撃しあう事はない。
それこそ食物連鎖で食うか食われるかの関係でもない限り、だ。
サハギンからしれみれば、勝手に入ったオポオポは脅威と言えるものではなく、放置してる可能性も充分にあり得る。
「随分と手の込んだ所に出たな…」
「サハギンは手先が器用だからね。とはいっても、ここはノーグの海賊も関わってるけどさ」
暫く歩いていると、広場に出た。
今まで岩を掘り抜いた通路だったのが一変し、木の板で敷き詰められた部屋となった。
辺りには干された魚から、何に使うか分からない武器や道具などが箱の中に入っていた。
ここは"ノーグ"の海賊がサハギンと共同で作った場であり、主に取引などを行う場でもある。
「んー。ここにもいないかなー」
「みたいだね…いや、待て」
辺りを見回すが猿らしきものは見当たらない。
一旦、戻ろうとするが、ナズーリンは部屋の隅に何かを見つけた。窟だ。
「結構、奥まで進んでる…」
「サハギンが新しいのを掘ったのかしら?行ってみましょう」
岩窟は、今でも新しい部屋の増築のために掘られる事が稀の良くある。
先を注意深く進んでいき、岩壁が青白く輝いてるのが見える。
ゆっくりと、慎重に進むと、通路に靄が立ちこめてくる。
肌寒く感じていた岩窟だったのが、ほんのりと暖かく感じてくる。
通路を出ると、そこは小さめの部屋であった。
部屋の中の靄は、ナズーリンの腰まで届いている。ペタに至っては首から下は靄で覆われている。
「暖かいな…」
部屋を見回すと青白く輝く岩肌がある。
触れるとほんのりとした暖かさが指に伝わってくる。
「ここは」
どんな場所なのか。
そう言おうとした時、ナズーリンは絶句する。
部屋の靄が晴れていき、部屋の中があらわになる。
人工的に作られた台座のような窪み。
それが幾つも幾つも作られている。
そして、その窪みに収まっているのは何十と数のある卵の群れ。
ナズーリンの顔よりも大きい、白の青のまだら模様のある卵があった。
「孵化部屋…って感じかしらね。何の卵かは分からないけど」
同じように卵の群れを見ていたペタは冷静に見つめている。
孵化…いったい何を孵化させる気なのか。
「サハギンの卵か?」
「んー。サハギンが卵から生まれるって知らないしなぁ。クゥダフならそうなんだけど…」
卵から生まれる獣人で言うと、真っ先に浮かぶのは亀の獣人クゥダフである。
だが、さすがのペタもサハギンは卵から生まれるというのは知らない。
そもそも、獣人の生態はイマイチ分かってないのが多いのだ。
「一応、賢者なのだろう?」
ナズーリンの思いつく賢者と言うと、幻想郷の管理人である八雲紫が浮かぶ。
賢者に相応しい知識とそれを使うのに値する頭脳の持ち主。頭脳の天才が何人も集まっても、彼女一人に敵いはしないだろう頭の回転の速さ。
しかし、紫を知る者からすれば、頭のいい人ぶってる、実際は頭の悪い人扱いを受けている。
ナズーリンも、もっと簡単な説明が出来ないのかと少しだけ思ったいたりする。紫は幻想郷の新人には説明下手で知られるようになっているのだ。
「賢者だからって何もかも知ってるわけじゃないよぉ。知らざる事を知る事こそ知る者なり、って言葉があるけど、何でも知ってたら何年も旅なんてやらないって」
「…まぁ、それもそうだな」
ペタの言葉に一瞬だけ虚を突かれながらも、肯定する。
幼女にしか見えないペタであるが、ベテラン冒険者と言われるだけならそれ相応の年齢のはずだ。
異世界であるヴァナ・ディールの地で、ナズーリンの想像もできない事を見ているだろう。
それでも彼女は旅を続ける事をやめない。
世界は謎に満ちている。だから冒険者というのは無くならない。
ペタも、その一人なのだ。好奇心に突き動かされ、世界に溢れる事をもっと知りたいと願う者。
幻想郷にいた冒険者も…そんな気持ちを抱いていたのだろうか。
「あ、あたしの年齢は少女だからそこんとこ宜しく!」
「君はいったい何を言ってるんだ?」
「いや、何か年齢の事を思っていたような…」
鋭い。これも女の勘なのか。
見た目がほとんど変わらない妖怪のナズーリンにとって、年齢など些細な事でしかないのだが、寿命がある人間には敏感なようである。
「さて、どうするんだ?もしこれがサハギンの卵だったら…」
「ほっときましょ。あたし達には何も関係ないわ」
ペタはばっさりと切り捨てた。
「獣人は人間と敵対してるんじゃなかったのか?」
「そうね。少なくとも荒野で出会えば殺し合いの連続よ。情けをかければこっちがやられちゃうもの」
獣人と人間は敵対している。
それは二十年前の水晶大戦、それよりも前の時代から続いている事だ。
「でも、少なくともサハギンはノーグには友好的だし、そこまで考える必要もないわ。ジュノのゴブリンも人間相手に商売もしてるしね」
獣人は敵であっても、利害が一致していれば協力する事もある。
それはここのサハギンとノーグ、そしてジュノで店を開いているゴブリンが良い例と言えるだろう。
「獣人と一区切りせずに、もっと場を広めて見ろ…と言いたいのかい?」
「そんな感じね。だいたい、これがサハギンの卵で壊しちゃったら、疑われるのはまずあたし達人間よ?そうなったらノーグとの関係も悪くなっちゃうもの」
「私も、彼らの卵を壊す趣味も通りもないしね…先を急ごう」
卵部屋を後にしようとするナズーリンとペタ。
……こつん。
音が聞こえた。卵を何かにぶつけたような音。
「なんだ?」
部屋を振り返るナズーリン。
卵達を見つめていると、再び、こつんと音が聞こえる。
こつん………こつ、こつん……こつ。
音は卵から聞こえてくる。他の卵は不気味なまでに静かだ。
理由はすぐにわかった。
こつ、こつ……こつん………ぱきぃ…………こつん。
こつ、ぱきぃ………。
小さな穴が開いた。そこから見えるのは嘴だ。
「まさか…」
同じように卵からの音が聞こえ、ナズーリンと同じように見ていたペタ。
彼女はこの卵がなんであるかを、知っているようだった。
卵はかすかに左右に揺れ、罅割れた卵は二つに分かれる。
小さな小さな生き物が入っていた。まだ萎れた翼は畳まれたまま身体にべったりと張り付いている。
鱗のある身体を持つ、それは静かに鳴いた。
「ウゥゥゥルゥゥゥ」
弱々しげに鳴き、それは何かを見つけるように、首を左右に振っていた。
「飛竜…そうか、ここはサハギンの竜騎士が使役する竜の生産場なんだわ…」
サハギンの中にはヴァナ・ディールの冒険者と同じ竜騎士を歩む者がいる。
槍を使い、飛竜と共に戦うその姿は、アルタナの民の竜騎士と何も変わりはない。
だが、飛竜は一度倒れればそれで終わりだ。
アルタナの民であれば、無理をさせずに瀕死になったら己の心の中にある竜の部屋へと竜の送還を使うだろうが、
基本的に獣人の竜騎士や、獣使いは使役するものは道具でしかないと考えている。
そのため、消費の激しい飛竜の卵を一か所に集め、効率的に孵化していたのだろう。
年々、数を減らしつつある飛竜からしてみれば、迷惑な事である。
卵から生まれたばかりの飛竜の子は小さな足でよちよちと歩いていく。
それとナズーリンは目が合った。まだはっきりと何かを見る事はできないだろう瞳で、ナズーリンの瞳をじっと見つめる。
「ウルゥゥゥ」
そのまま飛竜はナズーリンの足へとすり寄ってきた。
まるで子供が親に甘えるように。
「お、おい。なんだこれは」
「あははは。たぶん、この子はナズちゃんの事をママだと思ってるだね。刷り込みって奴だったかな」
動物の中には、初めて見たモノを親だと思い込む性質がある。
飛竜が初めて見たモノとはナズーリンであり、鱗がない、翼も無い、むしろ鼠の妖怪であるナズーリンを親だと思っているのだ。
「どうするんだ…これは」
「ママになったらやる事なんて一つしかないじゃない。育てれば?」
簡単な事じゃないかと発言するペタにナズーリンは若干嫌そうな顔をした。
そもそも幻想郷、幻想郷が生まれる時代ですら「竜」とは希少であり、絶対的な力の象徴である。
当然、竜なんて育てた経験なんてないナズーリンは、いきなり飛竜を育てろと言われても困る。
鼠であれば何百と育てる自信はあるのだが。
「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃない」
「だがね…」
「大丈夫よ、今はまだ子供だけど…飛竜は成長が早いから」
飛竜の成長は基本的に早熟だ。
生まれてから数時間もしない内に己の翼で飛べるようになり、数日もすれば肉体的に魔物相手に戦えるようになる。
一週間もすればほぼ成竜と同じぐらいに大きくなり、そこから成長が止まると言う。
それから飛竜は、何百年という年月を生き続け、その寿命の長さから卵を産む産卵期は数十年、それこそ生涯に一度のみという飛竜もいる。
飛竜の数が減少しているのもそのためなのだろう。今、竜騎士が友としている飛竜は、たった一匹の飛竜が生んだ子供達なのだ。
「やれやれ…私は鼠なんだがね…」
なぜこうなってしまったのだろうか。
飛竜がナズーリンの足をすり寄っていたのだが、ナズーリンの小声が聞こえたのか、不安げに声を出している。
「…ああ、君を捨てるつもりはないから安心したまえ。しかし竜…竜か。鼠の部下に竜が入るのも中々面白そうだ」
小さな小さな賢将が、小さな小さな竜を抱き抱える。
まだ、生まれたばかりの青き竜は、親に抱き抱える安息感に静かに眠り始めた。
★
子竜を拾った出来事があったものの、探し猿であるオポオポがまだ見つかっていないのも事実。
ミスリル貨で開く隠し扉を後にし、残った金の貨幣で開く隠し扉へと向かった。
「見つかったら、即座に逃げるからねー。一匹ぐらいならスリプルで寝かせられるけど、何匹も来ると危ないから」
ペタが先に歩きながら言う。
金貨幣で開く扉の先、その周辺の魔物の強さは海蛇の岩窟の中ではトップクラスに高い。
場所によっては、タコのような頭足と呼ばれる魔物がおり、一級廃人でも苦戦しかねない敵がいる。
ペタの実力は一級廃人どころか、三級廃人に届いてるかすら怪しいものだ。ナズーリンもそこまで強いわけではない。
襲われれば一溜まりもないので、もしも見つかった場合、すぐに脱出魔法などを使って逃げる作戦を伝えたのだ。
「もしも複数襲われたら?」
「ナズちゃんが挑発持ちならスリプガを使うんだけど…もしも効かなくて一斉にあたしだけに来たらやばいしぃ」
ペタの実力を考えれば、範囲睡眠魔法である"スリプガ"を使えるのだが、元々睡眠魔法などの動きを抑える魔法は効きづらい面がある。
もしも抵抗されてしまえば、敵のほとんどがペタに関心が向いてしまい、戦士やナイトのように敵を引き付ける技を持たないナズーリンでは押さえる事はできなくなってしまう。
「だから複数襲われたら一体はスルプル、もう一体はイーちゃんが押さえるから…もしも、もう一匹以上やってきたらナズちゃんお願いね」
イーちゃん、というのはペタの契約している召喚獣である事を話した。
仮にも神獣である「偉大なる存在」に略称でちゃん付けをするのはペタぐらいだろう。
「了解だ。あまり期待しないでくれよ」
「むぅー。こういう時は「ああ、私に任せてくれ!」と言わないと!」
「私のキャラじゃないね」
軽く笑いながら扉が近くなってくる。
ナズーリンが片手で竜を抱え、もう片方の手でロッドを操る。
小さい竜と言っても、それでも小柄なナズーリンではそれなりに大きさを持つのだが、自らの羽で自由に飛ぶ竜のため、大きさの割には軽かった。
「んん~!開け、ゴマ!」
次に取り出した金色の貨幣を取り出し、窪みに入れる。
そうすると壁は二つに分かれ、道が出来る。
「なんだい、それは」
「知らないの~?どんな閉ざされた扉でも、この魔法の言葉を使えば何だって開くのよ!」
「時々、君が何を考えてるのか分からなくなるよ」
ペタの魔法の言葉(笑)で開いた隠し扉に足を踏み入れる二人。
少しばかり奥に進めば、うようよと魔物がいる。そのどれもが強そうな相手に感じる。
「あまり相手にしたくないね」
「オイルの効果が切れない内に進みましょう。声は出さないでね」
ペタの言葉に頷き、先へと進んでいく。
足音がまったく響かないために、音に反応する魔物を次々と通り過ぎていく。
途中で水溜りに足を踏み入れてしまうが、それすらも音が出なかった。
「近いぞ…」
ロッドの引きが強くなった。
これは探し物が近い時に起きる現象だ。
「じゃ、この先にいるのね…手間かけせてくれるわ」
くねくねとした通路を超え、木の板で地面を敷き詰められた小部屋に辿りつく。
見れば食糧庫のようだ。パママや、パインなどの新鮮な果実などが箱の中に入っている。
「あ、いた!」
ペタが指差した。
その方向には簡単な机に寝転がっている猿の姿が見える。周りには果実の残骸が転がっていた。
「呑気なもんねぇ~」
「これで依頼も完了かな」
猿に近付き、回収をしようとするが、先にオポオポが目を覚ました。
パッチリとしたまん丸とした眼が、ナズーリンとペタを見つめる。
―─キィー!キィキィ!!
威嚇していた。こっちに来るんじゃねぇよ!と言っているように感じる。
「ちょっと、あたし達はあんたを…」
―─キィィィィィィ!!!
「いったぁぁぁぁ!!」
不用意に近付いたペタであったが、飛び付いたオポオポの引っ掻き攻撃に顔を食らってしまう。
そのまま机の上にしゅるしゅると戻り、ドヤ顔のままペタを笑っていた。
「だ、大丈夫か」
「くぅ~~!お、乙女の顔を引っ掻くなんてぇ!ゆ、許せない!絶対にだ!」
ぶつぶつと詠唱を唱え始め、涙目のペタはオポオポに向かって魔法を唱えた。
「乙女の顔を傷つける愚か者に浄化の裁きを!集いて赤き炎となれ!ファイア!!」
―─キィー!??
急速に高められた炎の元素は、火の塊となってオポオポに襲い掛かる。
本気に燃やすつもりじゃなかったのか、炎はオポオポの長い尻尾の先っぽを焦がしてしまった。
「大人げない…」
「女の顔を傷つけるのは敵よ!」
アワレにも尻尾を焦がされ、意気消沈してしまうオポオポ。
傷と言っても、大したことはない。精々、癒しの術を一回かければ完治する程度なのだが、鼻息荒く魔法を唱えたペタの怒りは有頂天であった。
「…ただまぁ、音を出し過ぎたな。来るぞ」
「あう…」
小部屋の入り口から気配を感じ取り、振り返る。
通路から響く足音。靴の履いた人間ではない、もっと別の足音が聞こえる。
「数は、三…匹だな。どうする?」
「どうするもこうするも逃げるしかないわよ。じゃ、手筈通りに一匹お願いね」
「了解」
あれだけ大声を出していたのだ。
魔物の数の多い、隠し扉の中で音をだせばこうなる事ぐらいは分かっている。
飛竜をオポオポの近くに置き、槍を背中から手に持ち変える。飛竜はナズーリンから離れて目を覚ましたようだが、状況が分かっていないようだ。
部屋の扉から人影が映り、全体像があらわになる。
それは人間ではなく、鱗を持つ魚であった。
手足の持つ魚人間。
それぞれ、三本の指に水掻きのついた手には、槍や混などを持っている。
「魔道士と竜騎士…と言ったところかしらね。あたしは魔道士をやるから、ナズちゃんは竜騎士をお願い。飛竜はいないみたいだけど、それなりに強いから気を付けて」
まずは魔道士を確実に眠らせるために抵抗させないために"精霊の印"を発動させ、"スリプルⅡ"を唱える。
迷宮などと言った場所から脱出するための魔法の詠唱はかなりの時間を有する。
あまり長続きのしない"スリプガ"ではなく、単体でかつ効果の高い"スリプルⅡ"を一体に絞るのだ。
ペタの魔法が発動し、部屋に入った瞬間に魔道士のサハギンはこけたように地面に激突し、そのまま夢の世界へと旅立った。
「続けて行くよぉー!ハァァァ!!」
小さな身でありながら、膨大な"魔力"を秘めるタルタルのペタは、次なる魔法を唱えるために"魔力"を解放し、それはペタの周りを包むかのような円陣が生まれる。
その円陣には何十何百何千の魔術文字が刻まれている。注ぎ込まれる"魔力"は無尽蔵に円陣に集中し、更にそれは大きく膨れ上がる。
その魔法こそ、かつて水晶大戦に置いて、数万を超えるヤグード兵士からウィンダスを救った禁呪。
神々の域に達したモノ、世界を構成する元素の王、今は眠りし「偉大なる存在」を呼び起こす召喚魔法。
「ゆえに、我は命ず、命ずるは我なり、きたれ疾く、疾くきたれ、アストラルの地より、ヴァナ・ディールの地へ!」
指を組み合わせ、印を結び、独特の構えから腕を広げ、彼女は己と契約せし、炎の王を呼び起こす。
「我と契約を結びし、イフリートよ!いざっ!」
ユタンガ島の大きな火山、その地で眠る炎の魔人。
いつの間にか赤く染まった魔法陣から、二つの角を持つ赤い身体を持ちしそれが高らかに現れる!
オ―――――オ――――オ――――――!
それは声ならぬ声。
炎の王の喉から放たれた"紅蓮の咆哮"があがる。
その雄叫びは生きる者全てに力を呼び起こす力強さがあった。
全身を赤い鱗に覆われ、だらりと下がった巨大な腕の先には全てを切り裂かんとする鋼の如き爪が生えている。
伝説の存在、それを呼び寄せた者にサハギンは恐れを隠せない。
「イーちゃん、やっちゃえ!」
召喚主であるペタの命を受け、イフリートに呆けるもう一匹のサハギンの魔道士に殴りかかった。
それと同時に、ナズーリンも槍を携え、竜騎士のサハギンを突いた。
『ギッ!』
「ちっ、急所を狙ったんだが…」
槍は胴体の心臓を狙ったのだが、サハギンの動きによって逸れてしまい、肩を少しばかり傷つけるだけで終わった。
人間と同じ位置に内臓器官があるとは限らないのだが、サハギンが身を捻って回避するのだから近い場所にあるのだろう。
この竜騎士の実力はナズーリンを超えている。あまり長続きをしない事を考慮して即殺をするつもりであったのだが、そう簡単にやらせてくれない。
「ぐっ、思いのほかやるじゃないか!」
サハギンが高速で槍を突き、ナズーリンに攻撃を仕掛ける。
ナズーリンより小さな体格をしながらも、その力は並みの人間を凌駕している上に、槍の熟練度も中々だ。
同じ槍使いとはいえ、齧った程度のナズーリンと竜騎士であるサハギンでは差が生じてしまう。
槍が紙一重で服を切り裂き、お返しとばかりに突きを入れるが、相手も回避して反撃をしてくる。
「あまり長続きしないな…早くしてくれよ」
ちらりとペタのほうを向き、すぐにサハギンに向きあう。
実力は相手のほうが上だ。よそ見をしてしまえばこっちがやられてしまう。
一方でペタはイフリートをサハギンに攻撃をさせた後、すぐに脱出魔法を唱えている。
召喚魔法という一年ほど前は禁呪扱いである魔法だが、実はさほど使い勝手のいい魔法ではないのだ。
確かに召喚魔法は神々を召喚し、使役するのだが召喚できる召喚獣はオリジナルとはかけ離れた強さになっている。
それこそ、今ペタが召喚しているイフリートなど、今はイフリートの釜で眠り続ける神獣と比べれば貧弱一般人と一級廃人ぐらいの差がある。
これは単純に、召喚される対象の強さは召喚士の実力と"魔力"に左右されるからである。
現にサハギンとイフリートと殴り合っているが、どちかと言えばサハギン側が優勢に見える。イフリートの鉤爪のある拳がサハギンの顔を殴るが、さほどダメージを負っていない。反撃とばかりに混の一撃が足に当たり、イフリートを構成する"魔力"が分散してしまう。
今、ペタに召喚されたイフリートは人間で言うならば髪の毛一本程度でしかなく、イフリートの強さはペタの強さに直結している。
そのため、ペタより強いサハギンは、ペタによって召喚されたイフリート相手に真っ向から戦える状況になっているのだ。
所詮、人間如きが神々を使役しても、その力を引き出せるのはほんの一滴でしかない。
召喚獣の本体を引き出し、全ての力を使役した偉大なる召喚士は長い歴史を見てもウィンダスの大英雄カラハバルハ一人だけである。
そして、その英雄ですら完全召喚の後には命を落としてしまうほど。ゆえに召喚魔法は二十年近くの間は禁呪とされてきた。
イフリートは長続きはしない。そしてナズーリンもいつまで持つか分からない。
なので、ペタはぶつぶつと無心に脱出の魔法を唱え続けているのだ。
「ぐっ!」
『死ネ!侵入者ハ死ね!』
ついにサハギンの槍はナズーリンを捕らえた。
柔肌の左腕が矛の刃が切り裂き、服が血で滲んでいく。
ようやくナズーリンを傷つける事ができたサハギンは嬉しそうにげらげらと笑う。
「品のない笑い声だ…!」
せめて弾幕が使えればまだ結果も違っていたものを。
余計な傷を負ってしまい、それでも手に持つ槍でサハギンを突き立てる。
『ム駄!お前、弱イ!モう見切っタ!』
その槍はむなしく外れる。
サハギンは上空へと飛び上がり、そのままナズーリンの脳天へと槍を突き付けた。
『バイばイ!』
上を見た頃にはもう遅い。サハギンの槍がナズーリンに突き刺さるその瞬間。
火球弾のようなものがサハギンの横っ腹に命中した。
「何!?」
突然の攻撃に、ナズーリンは驚く。
火球弾を受けてしまったサハギンは吹き飛ばされ、ごろごろと転がってしまう。
後ろを向けば、そこには小さな翼で自ら羽ばたく飛竜の姿があった。
「お前が…助けてくれたんだな」
「ルゥゥゥゥゥゥ」
主人を助けれて事に飛竜は嬉しそうに辺りを舞っている。
それにしてもさっきまでふやふやで飛べそうになかった翼だが、もう飛べるほどまでに成長している。
これが飛竜の成長の早さなのだろう。
「ルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
そのまま飛竜は大きく息を吸い、口から見えるずらりと並ぶ牙を見せながら一気に吐き出した。
それは炎のブレスとなってまだ倒れ込むサハギンを狙っている。
真っ赤な炎がサハギンの身を包みこみ、数秒もすればサハギンの叫び声が聞こえてくる。
炎の丸焼け状態になりながらも、尚も飛竜は吐息を吐き続ける。
飛竜は怒っているのだ。己の親を傷つけようとした輩に対して。
「もういい!もういいんだ!サハギンはもう死んでる!やめるんだ!!」
ナズーリンの声に飛竜は炎のブレスを吐き終え、げふんとゲップのような音を出した。
まだ、生まれたばかりの子竜だと言うのにナズーリンは少しばかり恐ろしく感じた。
炎のブレスを浴び続けたサハギンだが、それはもう炭か何かまでに炭化している。
ナズーリンを苦戦させた獣人をここまでやってしまう程の力。
小さくても竜は竜。
その力は、決して侮れるものではない。
「ナズちゃん、そろそろ魔法を唱え終わるからお猿さんを抱えてて!」
ペタの声が聞こえ、ナズーリンは槍を背中に仕舞うと、机に頭を抱えてふるふる震えるオポオポを片手で抱え、ついでにもう片方の腕で飛竜を同じように抱えた。
脱出魔法である"エスケプ"は、不思議なことに唱えた者が仲間であると認識した対象者であるならすぐ傍にいれば効果は発揮はするが、仲間であっても飛竜や魔物だとちゃんと抱き抱えるかでもしないと効果が発揮されないのだ。
ペタが"エスケプ"が唱え終え、ペタとナズーリンの身体にきらきらと光が舞う。移送魔法の光だ。
光が二人を包むと、その瞬間に海蛇の岩窟から姿を消してしまう。
同時にボロボロに傷ついたイフリートであるが、ペタからの"魔力"が途切れ、姿を保てずに霧散してしまう。アストラル界に眠る本体へと還ったのだ。
後に残ったのは未だに眠るサハギンと、イフリートと戦っていたサハギンのみ。
炭化してしまったサハギンとオポオポに食われた果実を除き、海蛇の岩窟はいつも通りの静寂に戻ったのだった。
★
「ありがとう、おねえさん!ぽっぷるもかってにどっかにいっちゃ、めっ!なの!」
事前に拠点をカザムに《シグネット》に記憶していたため、岩窟から脱出した後はペタの"デジョンⅡ"ですぐに戻れた。
肌寒い岩窟にいたためか、相変わらずの蒸し暑さが更に暑く感じてしまう。
探し猿であるオポオポを届け終え、子ミスラはオポオポを抱えながらくるくると回っていた。
「冒険者というのは凄いね…こんなことを日常的にこなしているんだろう?」
「全てが全てってわけじゃないけどね。中には報酬目当てで依頼を受けたりするし」
子ミスラの依頼を終わったが、報酬らしいものはない。
子供に報酬を期待するほうが間違っているのだが、それでもお人よしの冒険者でもない限り、子ミスラの依頼は受けようともしないだろう。
時刻はすでに昼を過ぎて四時を過ぎている。
カザムから岩窟までチョコボで移動し、更に岩窟内で動きまわっている内に数時間以上は経っているようだ。
「この子も随分と懐いているわねぇ」
ナズーリンの腕の中でごろごろとしている飛竜。
鼠と竜という違いがあるのに、飛竜はそんな事を気にしていないようである。
「名前も決めてあげなくちゃね」
「名前?」
「いつまでも飛竜とか、子竜とかじゃ呼びづらいでしょ?」
ペタの言葉に、頷きながらナズーリンは考える。
名前と突然言われても竜に相応しい名前は早々思いつかない。
そしてそんな事を考えるナズーリンは、本当に自分がこの竜を育てるつもりかと気付いてしまう。
「変わったなぁ…」
「ん?何か言った?」
「何でもないよ、ペタ」
変わった。随分と変わった。
武神に仕え、神の弟子に仕え、様々な事を見続けた自分は随分と変わったと思える。
特に変化の激しいと言えるのは幻想郷だ。
人間と妖怪が共存する、妖怪に優しい箱庭の楽園。そして、異世界と融合した結果、新たな可能性を見せている世界。
幻想郷に来てから、この世界に来てから自分は少しながら変わっている事が分かっている。
なぜなら以前のナズーリンであれば素直に子ミスラの依頼など受けないからだ。ヴァナ・ディールにいる効率厨とは少し違うが、基本的に打算ありきで動いているという自覚もある。
それなのに、ナズーリンは子ミスラの依頼を受けて完遂した。ペタの助けがあったにせよ、それならペタ一人に行かせても良かったぐらいだろう。
よく分からない感情にもやもやとしながら、二人は族長の家へと向かっている。
「ただいまー!」
「早いわね」
「このペタ様の手にかかればお茶の子歳々ですばい」
「何語よ、それ」
族長の家に入れば、ライオンがいる。家主であるジャコが見つからない。
見れば床には幾つもの紙が無造作に散らばっていた。
「まだ話は纏まってないの?」
「いいえ?話自体は終わってるわよ」
「じゃ、何この紙は」
「父さんへの手紙」
「把握」
ペタは適当に紙を拾い上げてるが、達筆した字で色々と書かれている。
例えば、今晩何を食べましたか、今日はこのような夢を見ました、海はスカイブルーの輝きに満ちて美しい…などと世間話系だ。
しかし途中で書かれたのを無造作に破かれており、他の紙も似たような状態であった。
ライオンによると、ギルガメッシュへの手紙が中々上手く書けない状態らしい。
「こうなると長くなりそうなのよね。私は早くノーグに帰りたいんだけど…」
「あたしはどっちでもいいんだけどね~。よし、頑張ったあたしへのご褒美発見!」
煮詰まると長くなるジャコの性格を知っているライオンは、溜息を吐く。
それを知らぬとばかりにペタはまだ床にばら撒かれている缶を手に取ると、取っ手を開き、中からスィーツが見えてきた。
疲れた時には甘いもの、スプーンを手に雪山のロランベリーを口に入れ、美味しく食べていた。
「あ~!何か今日は調子がでない!」
ジャコの荒れた声が聞こえた。カーテンで遮られた部屋から出てきたのは派手な服装をしたミスラの族長だ。
くしゃくしゃとなった紙を携えながら、ペタとナズーリンがいる事に気づいた。
「賢者殿か。見苦しい姿を見せたね」
「いやいやん。ギルガメッシュと族長のらぶらぶちゅっちゅっな姿を見れば悩んじゃうのも分かるわ~」
「ら、らぶらぶ…?ふふん、そうかい?」
「何言ってるのよ…」
ペタのお馬鹿な発言にジャコは歳に似合わない甘い声を出し、ライオンは呆れてる。
「ライオン、手紙はもう暫く時間がかかりそうだから、ちょっとだけ待ってくれよ。後少しで納得のできるのが出来そうなんだ」
「はいはい。父さんならそこまで細かい部分まで気にしないと思うんですけどね」
「馬鹿言え!あの人にそんな事できるかい!…あっと…確かナズーリンだったかな」
「私か?」
突然、名指しに呼ばれた事に、反応が遅れたナズーリン。
「ああ。うちの民の依頼をやってくれたみたいだね。そいつに変わって礼を言うよ」
「大した事じゃない。探しモノなら得意技さ」
「はっはっはっ!いいねぇ!ミスラにはちょいと大雑把なのが多いから、うちにも欲しいぐらいだ!」
ジャコは大きく笑い、立ちあがると壁に掛けている古い手袋のようなものを取り出した。
「報酬代わりにこれをくれてやるよ」
ジャコから手渡されたそれは、ヴァナ・ディールの装備を見慣れていないナズーリンも見ただけで高位の魔法装飾が施されたと分かる一品であった。
一体、何製で作られているのか分からないが、かなり頑丈そうに作られている。
「こんなものを頂いても?見ればかなりのものだと分かるが…」
「別に構いはしないさ。貰い物だし、竜と共に戦う騎士が装備するものらしいから、あたしには無用なもんだ」
聞けばこの手袋は、装備をすると竜の体力を引き上げる効果を持っているらしい。
狩人である事の多いミスラの民。しかも自ら動く事が少ないジャコにとって、貰い物とはいえ高価そうに見えて、ジャコには使い物にならないのだ。
鷹匠ミトンとはその名の通り、鷹を見立てた飛竜の事を指しているのだろう。
「でも結構強い魔法が掛けられているね。ナズちゃんに装備できるの?」
スィーツを食べていたペタが、ナズーリンの手に持つミトンを見てそう言った。
魔法の掛けられた装備品は、そう簡単に装備できるものではない。
魔法の力が強ければ強いほど、それに打ち勝てるぐらいに鍛錬をし続けなければならないのだ。
本人ではなく、飛竜の体力を上昇させる魔法の力が備わったそれは、少しばかり複雑な魔法仕掛けとなっている。
ナズーリンの実力では装備する事はまだ難しいだろう。
「ペタ殿が帰ってきてるなら丁度いい。纏めた分の話をさせてもらうよ」
ジャコがそのまま床に座り込み、纏められた紙を手に取った。
「ペタ殿は地下に眠るクリスタルが自然に影響を与えてるのはもう知っているだろう?」
「クリスタルラインの事ね?」
「ああ、そうだ。世界各地に存在する、神々の眠る道に繋がる巨大クリスタル。自然に影響を与えるのはまずこれに違いない」
バストゥーク大公房のシドが考えたクリスタルライン。
それは各地に眠る巨大なクリスタルから溢れだす膨大な"魔力"が周りにも影響を与えているという理論である。
このユタンガ島の火山にもある巨大クリスタルに加え、南にあるトンベリの遺跡ウガレピの寺院、極北の地にあるフェ・イン、西の果てにあるテリガン岬、東の端にある樹齢数万年に及ぶボヤーダ樹、ガルカの都市であり、蟻の獣人によって廃墟を化した流砂洞。
いずれも冒険者と考古学者が押し寄せる遺跡群であり、その地では「偉大なる存在」が眠る場所へと繋がり、更にクリスタルラインの要となる巨大クリスタルが存在しているのだ。
そして、シドの唱えるクリスタルラインというのはあながち間違いでもないのだ。
「偉大なる存在」…六つの元素の神に位置する彼らは、言ってしまえば世界の原理と司る者達。
水の神獣が海と水を支配し、水の循環が大地を促し、土の神獣がそれを更に発展させていく。
神獣がいるからこそ、世界は緩やかに動き続けている。それは幻想郷で言う龍神に匹敵する存在なのだ。
もしも神獣が何らかの理由で無くなってしまえば、世界の理が乱れ、とてもとても楽しくない地獄絵図が待っている。
対して、ウィンダスの指導者である星の神子と契約したフェンリルは、元々はヴァナ・ディール創生前である真世界に存在した神の獣であり、世界を守護する役割を担っている。
「偉大なる存在」である神獣と、神の獣である霊獣とは似て非なるモノなのだが、今は関係のない話だろう。
「ちょいと頼みたい事があってね。今日はもう遅いから…明日にイフリートの釜で、巨大クリスタルに異常がないか見に行ってもらいたい。ウガレピのほうは別のに任せている」
「火山かぁ…」
「えぇと…虚ろ…だったか。それに関係するかもしれないし、どうだい?」
「うーん。まぁ、別にいいんだけどね」
ちらりとペタはナズーリンを見る。
ナズーリンに抱き抱えられた飛竜は興味が無さそうに欠伸をしていた。
「ナズちゃん、よかったら火山に行ってみない?」
「私もか?話を聞く限りだと私には関係ないだろう」
「ぐっ…ここがアルとかダグラスなら行くって言うのに…でも何も関係のないってわけじゃないと思うよ」
「虚ろか?」
「そそ。世界の異常気象を置いといても、なんで虚ろが出たのか情報が足らなさすぎるし…ナズちゃんの世界にも虚ろがあるのにも何か関わってるかもしれないんだ」
ナズーリンとしては、この世界に来る原因となった虚ろの情報は確かに欲しい。
もしかしたら元の世界である幻想郷に帰れるかもしれないし、例え帰れなくても何かしらの手掛かりと成り得るだろう。
損か得か。
ペタに着いて行ってそれがナズーリンにとって、益になるのかを考える。
「情報は自らの足で掴み取るモノ…だね。分かったよ、ペタ。君に着いて行こう」
「火山ツアーに一名様ご案内~」
「私も一緒に行くわ。ペタはこの辺りの道はまだ全部分からないでしょ?火山までの近道なら知ってるし」
結局、ナズーリンはペタの同行する事に決め、ライオンも道案内として行く事にした。
イフリートの釜に行くには、ユタンガの大森林を更に超えるヨアトルの森林を超えなくてはならず、その道を迷いも無し進められるのは限られている。
ペタとしても、ヨアトルからイフリートの釜までの道は覚えていない事はないが、それでも覚えているのと実際に行ってみるとではかなり違う。
それはユタンガ島の特性を現している。何せ歩けど歩けど同じ道しかないので、地元民でもないと道の把握がしづらいのだ。
族長の計らいで宿を取り、一泊をすることになったナズーリンとペタ、ライオン。
夜になっても暑苦しいカザムの空は、美しいほどに星々が輝いていた。
★
朝日が昇る時間より少し前に三人の冒険者はカザムから出発していた。
火山であるイフリートの釜は遠く、チョコボで行っても半日ほどかかる。
ユタンガ大森林を途中で東に曲がり、ヨアトルへと先に進んでいく。
森の中、チョコボは二匹走っている。
先頭に行くのはライオンのチョコボ、それを着いて行くようにペタと相乗りしているナズーリンのチョコボが険しい道を進んでいた。
走り続けている内に、夜が明ける。
森の中なので徐々にではなく、いきなり葉と葉の間から強い日差しが差し込んできた。
空を見上げれば晴々とするような青空が見え隠れしている。
太陽が日が上ると一気に気温が上昇していく。
チョコボを走らせ、風を感じながらも汗が止まってくれない。
だが、ナズーリンにとってはそれでもよかった。少なくとも、ライオンに相乗りしないだけでも、たかが汗を噴き出す程度なら問題はない。
ヨアトル大森林に入る頃には昼を回っていた。
そこで一旦、休憩を取る。
ユタンガの森よりも更に深い森林、ここから先が長くなるのだ。あまり無理をしていはいけない。
軽い食事をしつつ、飛竜に餌を与えながらナズーリンは疑問を口にしていた。
「一つ疑問に思ったんだが…ペタ、それ、暑くないのかい?」
ナズーリンの疑問とはペタの服装の事だ。
魔道士らしいフードの付いた胴衣だ。
それはまるで真っ赤な胴衣。金色の装飾がされた派手なものであり、それなりに強い魔力を感じる。
しかしいくら冒険者が着る装備品とはいえ、このような蒸し暑い場所で着るには些か苦しいのではないだろうか。
その割には、ペタは汗一つかいてない。
「ふふーん。このクロークは氷のクリスタルで作られてるから快適なんだよー。首筋と袖口に常に涼しい風が入ってくるの」
そういうものもあるのか、とナズーリンは感心していた。
冒険者の着る装備品は、ほとんどが元素の結晶であるクリスタル合成によって作られている。
ペタの着る胴衣もその一つなのだろう。
「こら、嘘を付かないの。バーミリオクロークは土のクリスタルだし、氷のクリスタルは関係ないじゃない」
ライオンにそう叱られ、ナズーリンは呆れた。
「嘘か」
「氷のクリスタルを使って涼んでるのは本当だけどね…使う?」
嘘がばれてしまい、がっくりと項垂れたペタはクリスタルを差出しだした。
薄い、氷のような色をした結晶だ。
本来は合成に使ったり、砕いて氷代わりに飲み物や食べ物の素材を冷やしたりするのだが、ほんの少し力を解放してクリスタルを身に纏めえば、涼しくなるらしい。
ペタにそう言われ、クリスタルに力を注いでみる。
自らの能力を発動させる程度しかない"霊力"に反応し、結晶は高い音と共に霧散していき、それはナズーリンの身に漂ってくる。
確かに涼しくなった。さっきまで蒸し暑いのが嘘のように感じる。
「こんな使い道もあるんだね」
「旅をする時にクリスタルは必需品よ。炎のクリスタルがあれば火の付きにくい場所でも暖かくなれるし、水のクリスタルがあれば水を飲める。
料理の合成をできるなら、必要な素材とクリスタルだけで何時でもご飯が食べられるしね」
「モノは使いようって意味ね。この時だけは賢者らしいのにね」
「ライオン、それってあたしが賢者らしくないって聞こえる」
「あら、ごめんなさい」
暫くの雑談と休憩を終え、三人は火山を目指し、出発した。
山の裾から中腹までは緑の森であった。そこから先は茶けた大地となっている。
火の山が見えてきたのはそこからだ。三角形のてっぺんが水平に切り取ったような形をしている。
頂上が火山口なのだ。
平たい山の上からは白い、煙のようなものが立ち昇っている。
火の山に入り、山肌のある険しい道を昇っていく。森が切れ、傾斜が激しくなるとチョコボでも無理なところまで進むとチョコボから降りた。
背を叩き、チョコボを村へと返していく。
「ここから歩きね。夜になる前に急ぎましょう」
ライオンの言葉にペタとナズーリンは頷いた。飛竜は分かっているのか、分かってないのか首を傾げている。
時刻は夕方。あれだけ青かった空も、今は赤く染まっている。
茶けた大地を昇り始めると、そこからはカザムの住まうミスラが山の神と崇めるものが眠るイフリートの釜に入っている。
昇っていくたびに周りの空気の熱が増してくる。氷のクリスタルの加護を受けているのに、それすら通り抜けて感じ取ってしまう暑さ。
あのライオンですら、額に汗が滲み出ている。
「魔物がいるが…」
昇り進めて行くと、魔物が見えてくる。
蜂を何百倍も大きくしたような魔物がそこらにいる。
「あれは手を出さなければ平気。やっかいなのはもっと奥にいるから」
ペタはそう言って、魔物を無視して先に進んでいく。
言ってる事が本当なのか、魔物の横を通り過ぎても襲い掛かってくる素振りは見せない。
暫くの間、曲がりくねった道を進んでいき、左と真っ直ぐの道に別れている。
巨大クリスタルのある場所は左の場所であるのか、ライオンとペタは左の道に進もうとし、立ち止まった。
「どうした?」
「んー。やっかいなのがいた」
ペタが小さな指で指す方向には、丸い、何かが浮いている。
人の頭ほどもある炎の塊だ。それがふわふわと宙に浮かんでいる。
鬼火のようで、鬼火は青白いのに対して、それは真っ赤な色をしていた。
「ボムね。毎回、この道を通ろうとするといるのよね~」
「ボム?」
ナズーリンは、あまりヴァナ・ディールの魔物には詳しくない。
幻想郷がヴァナ・ディールと融合し、数多の魔物が流れ着いてるとはいえ、それでも全ての魔物がやってくるわけではない。ボムもその一つであり、幻想郷の住民でもボムの名を知る者はあまりいないだろう。
「魔物の一種でね。ガス生命体らしいわ」
「ガス?蒸気みたいなものか?」
「そんな感じ。だからあまり強い衝撃を与えると大爆発しちゃうの」
蒸気とはいえ、一応生命体なのだろう。
幻想郷では常識の通じない連中が多いが、ヴァナ・ディールに生きる魔物もそれに負けず劣らずである事をナズーリンは実感する。
「どうする?戦うにしても爆発してはこっちが危ないだろう」
「そんな時のためにこれを使うのさ~!」
ペタが取り出したのは袋に小分けされた粉であった。
「プリズムパウダー?よく用意できたわね」
「競売所様々だね。これさえあれば、ボムを通り過ぎれるよ」
ライオンはペタから粉入りの袋を受け取り、驚いたように口をしたが、ペタは大した事ではないように返した。
ペタの用意したプリズムパウダーはサイレントオイルと同じような魔法の道具であり、自らの身体に振りかけると細かい粉がまとわりつき、光があちこちに分散し、透明人間のように見えないようにさせる道具であった。
不可視になる魔法の粉であり、白魔道士の使う"インビジ"と同じ効果なのだ。
魔法の使えない者が、魔物を避けて奥地に向かうのには使える道具である。
「さて、アレが来る前に早く…」
ペタが言い切る前に、それはやってきた。
ドン!と高い音が響き、足の突き上げるような感覚になる。
ボムが漂う場所から近くにある大きな亀裂、そこから炎が噴き出したのだ。
吹き出した炎は止まらない。燃え続けている。
行く手を遮ってしまった。
「【むむむ。】なんでこうもタイミングが悪いかなぁ…」
「別の道はないのか?」
「ここからのほうが近いしねぇ…ただ自然に止まるのを待ってたら数時間はかかるかも」
火山では大きな亀裂の下で岩が熔ける程の溶岩が流れており、温泉が噴き出すお湯のように、火山の溶岩もまた、稀によく吹きだしているのだ。
「氷の塊を用意はしてあるけど、ボムがいるからね…さすがにパウダーをかけたまま氷の塊は投げられないし」
ペタが取りだしたのは大きな氷の塊であった。
それは氷のクリスタルの加工前の原石であり、これ以上に元素が高密度に集積している物質は存在しない。
これに溶岩に放り投げれば、一時的にではあるが活動を休止する事も可能だ。
だが、氷の塊を投げるにするには周りにいるボムが邪魔となる。
いくら見つからないようにパウダーをかけていても、精細な行動が求められるのは隠蔽の魔法である"インビジ"もプリズムパウダーも変わりはない。
「せっかくだから倒しちゃうかな。ボムならアレでやれるだろうし。ライオン、ナズちゃんを連れて下がってて」
「頼むわよ」
何をする気なのか、ペタは召喚魔法の構えに入った。
ペタを中心に刻まれる魔法陣。注がれる"魔力"によって、更に円陣は大きく、複雑になっていく。
「ゆえに、我は命ず、命ずるは我なり、きたれ疾く、疾くきたれ、アストラルの地より、ヴァナ・ディールの地へ、我と契約を結びし、カーバンクルよ!いざっ!」
召喚魔法陣が割れ、そこから飛び出たのは蒼い毛並みに覆われたリスのような獣であった。
羽根のように柔らかな、それでいて幾つも重なっているような尾、兎のようにピンとした耳をしている。
特徴的な額に輝くのは紅玉。
霊獣カーバンクルが、ペタの下に召喚されたのだ。
「じゃー、カーちゃん。あいつに攻撃するのよ~。そしてちっさい隕石でも落としてね」
ペタからの命令を受け、攻撃する対象であるボムを見ると嫌そうな顔をしているのが離れたナズーリンも見えた。
召喚士によって召喚された召喚獣は、分霊のようなものなのだが、随分と感情があるように見える。
嫌々しながらカーバンクルはボムに攻撃しようとしない。
"魔力"のラインで繋がってるカーバンクルには分かるのだ。ペタは何をさせようとしているのかを。
「あーもう、さっさと行けー!ゴー!カーちゃん!できるできる絶対できるってば!」
ペタの激励を受け、もうどうにでもなれと言わんばかりにボムへと突っ込んでいく。
カーバンクルに気づいたボムは、攻撃の体勢に構えるが、カーバンクルのほうが早い。
額にある紅玉が輝き、カーバンクルは小さな流星を呼びだす。
次元を超え、空間を超え、カーバンクルが呼んだのは小さな小さな隕石。
"プチメテオ"がボムの脳天へと直撃したのだ。
「撤退~!」
それを見ていたペタは隠れ出した。それはボムの自爆に巻き込まれないためである。
"プチメテオ"を食らってしまい、ボムの身体は震えに震えている。
突如、その震えが止まった。一瞬の静寂、その後に大爆発がイフリートの釜に響いた。
その爆発は広範囲に広がり、周りにいたボムすらも連鎖的に爆発に巻き込んでいく。
近くにいたカーバンクルもそれをまともに食らってしまい、当然肉体が保てずに"魔力"が霧散し、消滅していく。
自爆に巻き込まれないように隠れていたペタが姿を現し、引きつった顔をしながらナズーリン達も出てきた。
「随分と…無茶な事をするもんだね」
「カーちゃんは犠牲になったのよ…あたし達の道を作るための犠牲にね」
分霊なのだから死んではいない。
されど使い捨てのミサイルのようにカーバンクルを突撃させた事に、飛竜はペタを見て静かに震えていた。
亀裂から燃え続ける炎の壁を、氷の塊によって消して先に進んでいく。
プリズムパウダーによって姿を消した一同であるが、事前に会話をする手段を残している。
ペタから渡された連絡用のリンクパールだ。
同じパールを持っていれば、精神と精神を繋げて会話のできる魔法の道具。
これによって、姿を消しても会話をしたり、位置を把握する事が可能になる。
亀裂の先にある洞窟に入り、どんどん先に進んでいく。
道中にもボムはいたが、視覚で感知する魔物であるため、姿の見えない三人に襲い掛かる事はない。
光の無い洞窟を超え、ようやく外に出る。
ここでは妖怪であるが故に、夜目の効くナズーリンが役に立った。
姿が消えてるのを飛竜が道しるべになる事で、ペタとライオンは迷わずに来れたのだ。
洞窟を超える先は、火山の頂だったようだ。
まるですり鉢のようであり、内側はひら底になっている。
ただ底はまったいらではない。よく見てみれば、灼熱の溶岩が底で溜まっている。
中央の火口は、船の一つや二つが入りそうなぐらいに大きく、ぐつぐつと溶岩が煮え滾っている。
神獣イフリートの名を冠するに相応しい火山であった。
硫黄のきつい臭いが漂ってきて、鼻の良いナズーリンには少しばかりきつい。飛竜もあまり嗅ぎたくないようだ。
空を見上げるとすでに夜になっていたようだ。
「ここから先は近いわ。ここの崖を降りて先に洞窟にあるから」
ペタが左の道に進んでいき、道のない所へと降りて行く。
高さで言えばそれなりにあるのだが、ペタは慣れたように下りて行く。
ライオンもそれに続き、ナズーリンも崖の下に落ちた。
落ちた先も道があり、振り返ればすぐそこに洞窟が繋がっている。
三人と一匹は迷わず洞窟の奥を進んでいく。
角灯無しでは見えそうにない暗闇であったために、魔物がいない事を確認して火を灯す。
洞窟の奥を慎重に進んでいくが、ペタは違和感を感じていた。
「おかしいわね。この辺りに来ると薄暗いぐらい明かりが見えるはずのに……」
巨大クリスタルの輝きは冒険者が日常に使っているクリスタルとは比較にならない。
通路の奥へとようやく到達し、ライオンとペタは絶句した。
本来であれば、そこにあるはずのものが、存在していなかったのだ。
「嘘……ど、何処にあるの!?クリスタルがないわ!」
イフリートの釜の奥深くにあるはずの巨大クリスタル。
その膨大な魔力は世界を左右するほどの力を持ち、その地で眠る神々へと繋がる道を作るはずのそれが、完全に消失していた。
呆ける二人、ついていけないのは事情を知らぬナズーリンだけ。
その後、三人の持つリンクパールと同じものを連絡用に持っているジャコからの声が響いた。
―─ウガレピの巨大クリスタル、そして世界各地にあるはずのクリスタルが無くなっていると情報が入った。
世界を構成する神々に繋がるクリスタルの消失。
いったい世界はどうなってしまうのか。そして、この異変はどうなってしまうのか。
ライオンは、嫌な汗が流れていた。またもや世界を脅かす"何か"が起きてしまう前兆であると、感じ取っていた。
★
「じゃ、これでお別れね。ライオンとナズちゃんも元気でね~」
「ああ。ペタも元気で」
「あんまり無茶をしちゃダメよ」
まだ朝日の昇ったばかりのカザム。
飛空艇乗り場には、ジュノからやってきた空飛ぶ艇、飛空艇がやってきた。
最新技術の塊であり、巨大な船の形をしながら空を駆けて行くそれはジュノの象徴だ。
これにペタは乗り、一旦ジュノに帰るらしい。手に入れた情報を国持って帰るためだ。
ナズーリンとライオンが見送り、ペタはそのまま飛空艇の中に入っていく。
少しすると飛空艇の上腕部に付けられたプロペラが高速で回転し始め、ゆっくりと浮かび上がっていく。
そのまま船は空高く飛び上がっていく。たった数時間で他国と他国を結ぶ飛空艇はそのままジュノを目指して行った。
「さ、私達も帰るわよ」
「…ああ」
気乗りはしなかった。
碌に情報を集められなかった事もあるが、ナズーリンはこれから身に待ち受ける事に鬱になりそうだった。
これから海賊の住処であるノーグへと帰る。
だが、帰るのにはチョコボに乗る必要がある。そしてナズーリンにはチョコボが乗れない。
すると必然的にライオンと相乗りする事になり、またあの暴走車染みたチョコボに乗る必要になるのだ。
飛竜は慰めるようにナズーリンの周りを飛んでいる。まだ生まれて一日しか経っていないのだが、少しだけ大きくなっているようだ。
「やれやれ…」
イフリートの釜の巨大クリスタルの消失。
これはジャコに大きな衝撃を与えた。
ミスラとは、暮らす土地で契約し、自然に感謝し、自然の御身を受ける種族だ。
この世の自然全てには神が宿っていると信じられ、ジャコも最新理論を学ぶ好奇心がありながらも、それについては忘れてはいない。
だからこそ、正真正銘の神であるイフリートが眠る道を繋げる巨大クリスタル消失にショックが大きかったのはジャコであったのだ。
そしてこの事はカザムの住民には知らされていない。
ジャコですらそうなのだ。何も知らぬ一般人はそれを知ればどんな反応を見せるか分かったものじゃない。
そして、ジャコに届いた数々の情報。
それは各地に眠る巨大クリスタルの消失。
現状分かっているだけでも、ウガレピの奥地にある水の巨大クリスタル、砂漠に埋もれた遺跡にある土の巨大クリスタル、そして聖地と呼ばれる不可思議な森に聳え立つ巨大樹にある雷の巨大クリスタル。
冒険者によって暴かれた事だ。この情報もすぐさま世界を駆けまわるだろうが、それでもこれは異変である事に違いない。
クリスタルラインの消失がいったい世界にどのような影響を及ぼすか。
今はまだ、軽い事で済んでいる。
だが、それは何時まで待つか分からない。
チョコガールから、チョコボを借り、ライオンと相乗りしたナズーリンを乗せたチョコボが森を駆け抜ける。
ライオンは、事をギルガメッシュに伝えるためによりチョコボのスピードを早める。
一方でナズーリンはそのような余裕は無く、怯える飛竜を抱き抱えながらも吐き気と戦い、早くノーグに着いてくれる事を祈っていたのだった。
……To Be Continued?