東方幻想鉄   作:AmanatuTaruTaru

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第三章:卯「ポケットの中のダイス」

暗闇に呑みこまれ、目覚めたらそこは色とりどりの森林がある場所であった。

少女はまだはっきりとしない頭を振るい、無理矢理、自分がどうなっているのかを確認する。

体調、身体が全体的に重いが、動くのには支障無し。

装備、アーティファクトである海賊のような軽装に異常は見られない。腰にある六つの砲身を持つ銃も問題はない。鞄の中には弾丸もある。

霊力、……なぜか使えない。微弱な程度しか感じ取れないため、これでは弾幕の生成が出来ない。

 

少女……鈴仙・優曇華院・イナバという名の元月兎は、ゆっくりと立ち上がって辺りを見回した。

 

「……たしか、闇に呑まれて……」

 

そこから意識が途切れた。

師匠である八意永琳からの命を受け、力場の異常とやらを見に行ったら、この様だ。

まだ足元がおぼつかないが、ここが何処なのか考える。

 

竹がない、森林が生えているという事は、迷いの竹林ではないだろう。

そして妖怪の山のような場所でもない。

幻想郷の全てを知っているわけでもないが、それでもこの場所には見覚えが無かった。

 

鈴仙は自分の能力を解放する。

月兎である赤い目。それは波長を合わせる事により、対象者を幻覚を見せたり、レーダーのように居場所を把握したりと幅広く使える能力だ。

微弱な程度の霊力を込められた目であるが、鈴仙の顔は芳しくない。

 

「冗談でしょ……範囲が短すぎるわよ……」

 

波長合わせによるレーダー、それは込められた霊力の多さによって範囲が決まる。

今の鈴仙には半径からして二十mから三十m……それだけしか機能として働かなかった。

これなら人間を超える妖獣の知覚能力のほうがもっと先を見通せるぐらいだ。

 

「意味、わかんない!」

 

色々な考えがぐちゃぐちゃに回って、冷静になれない。

急に、心細くなってきた。

ここが幻想郷の何処なのかわからない。いや、そもそも幻想郷であるかすらわからない。

そう思ってくると、自分は永遠亭に帰る事が出来るのか?そう思ってきたのだ。

 

「……考えてても仕方ないわ。まずは動きましょう」

 

霊力が使えないが、武器はある。

これでも月では元軍人。

如何なる状況であっても、そこが生き残れる場所であるなら、泥水を啜ってでも生きる。そう叩きこまれている。

まずは森林を抜けよう。

そう思って、動き出そうとすると、能力を発動させたままのレーダーに何かが引っ掛かる。

 

「敵!?」

 

形状からして人ではない。

鳥のような形をしているが、それなりに大きい。

もしも魔物の一種ならば、即座に対応できるように銃を手にかける。

霊力が使えない今、弾幕は使えない。赤い目による幻覚も難しい。そう考えると、この無骨の鉄の砲身がみょんに頼もしく思える。

 

じりじりと近付いてくる何か。

息を潜め、銃を何時でも抜ける構えを取っていると、それは姿を現した。

 

『いやらしー!』

 

『いやらしぃー!!』

 

ピンク色のいやらしい鳥だった。

大きな身体をしているように見えるが、その大半が身体ではなく、鋭い嘴だ。

ピンク色の身体は細く、いやらしく仲間と一緒に飛んでいる。

 

「コリブリ……?」

 

鈴仙はその鳥を知っている。

コリブリという名前の魔物であり、クリスタル合成で作られた食事効果を吸収するいやらしい鳥だ。

いやらしいながらも、基本的に温厚なので、手を出さなければ襲い掛かってくる事はない。

構えを解き、鈴仙は息を吐いた。

 

「コリブリはいるってことはここは妖怪の山なのかしら……でも私はこんな所を知らないし」

 

幻想郷でもコリブリはいるが、それは数多の妖怪が住まい、天狗を長とする妖怪の山にいる。

しかしここが妖怪の山であれば見覚えがあるはずなのだが、周辺にある妖怪の山では見た事のない木々だ。鈴仙が知らないという可能性があるが。

 

コリブリが出てきた場所を歩いていき、愕然となる。

そこは街道があるのだ。

それも、明らかに人の手が加えられている。

しかもここは山ではない。そして、幻想郷でもこのような場所は見たこともない。

 

「冗談……じゃないわよね……」

 

街道に降り立ち、おっかなびっくりに先に進んでいく。

道の先には大きめの広場が見えた。そこには、数多の魔物が蠢いていた。

頑健な肉体を持ち、鋭い牙と爪を持つ剣虎。大きな身体と大きな牙、その力に偽りのない象のようなマーリド。そして赤色の蜥蜴に、虫のような羽根で羽ばたくプーク。

それも幻想郷で見た事もある魔物達だ。

だが、中には鈴仙の知らない魔物も紛れ込んでいる。巨大な蜘蛛のような魔物がいるのだ。あれは幻想郷、迷いの竹林では見た事のない。

 

「なにこれ……」

 

ここは本当に幻想郷なのか?

まるで異世界に来てしまったかのような環境の違いに、戸惑いは隠せない。

さすがにこの数の敵を一人で相手にするのは無理だ。霊力が使えれば空に飛んで逃げる事も可能だが、今の鈴仙は空を飛ぶ事すらできない。

距離は短いとはいえ、レーダーを維持しながら、魔物を避けていく。

こんな魔物だらけの何処かに居続けるわけにもいかない。

鈴仙は、土地勘すらもない何処かを歩き始めた。

 

 

 

「迷った。どうしてこうなった(泣)」

 

魔物を避けながら数時間。見知らぬ道を歩き続けるが、自分が何処にいるかすら分からなくなる。

所々に明らかに自然で出来たものではない、人の手で作られただろう石段が見える。

近くに人がいるのでないかと思ったが甘かった。

今いる場所は予想以上に複雑だ。

 

「……休もう」

 

休みもなしに歩き続け、少ない霊力で能力も発動し続けたので疲れ気味だ。

魔物がいないことを確認し、地べたに座る。

 

ため息が零れた。

簡単なお使いだったはずなのだ。

異常を確認し、何かあれば師匠に連絡する。その程度のお使い。

だが、ただのお使いが大変なことになってしまった。

鈴仙は考える。

今いる場所を。

幻想郷でも見かける魔物がいる世界。それについては覚えはある。

なぜならその魔物は幻想郷と融合した異世界の住民なのだから。

 

「ヴァナ・ディール……に来たとか?まさかね……」

 

冗談だ、と誰かに言ってほしい。しかし鈴仙も薄々気づいていた。ここが幻想郷とは違う異世界なのかもしれないと。

生きている魔物は幻想郷にいたのと同じでも、環境があまりにも違いすぎるのだ。

 

頼れる者は何もいない。

尊敬する師匠も、麗しき姫も、生意気な兎詐偽も、助けを呼べば何処からともなく駆け付ける騎士も、異変解決のプロである紅白巫女と黒白魔法使いも、それ以外にも騒がしい連中も。

誰も、いない。

広いヴァナ・ディールで、鈴仙ただ一人。

 

「……ふぐ……」

 

ちょっとだけ泣けてきた。

鈴仙は強い妖獣ではない。むしろ、メンタル面で言えば弱い部類だろう。

意地っ張りで、決して他人に弱い部分を見せず、その半面に寂しがり屋で誰かがいないと不安になる。

兎らしい兎と言えるし、そんな自分が嫌になるのも一度や二度じゃない。

 

「行こう……」

 

少し休めば妖獣の身体はすぐに回復する。

これが妖怪であれば更に回復の早さは上がっているだろう。

精神的な疲れはまだあるが、それでも一か所に留まってるのは何も進展しない。

 

目の力を解放し、索敵範囲を広める。

知覚能力と違って、細かな点でも把握できる。

そういった意味では常に気を張り詰めて移動するより、範囲が狭くなったとはいえ、目の力に頼って移動したほうがいい。

 

「え?」

 

赤き目が光ったその瞬間に、すぐ後ろに何かがいる事を把握する。

思わず振り返り、鳥肌が立った。

鈴仙の後ろから近寄ってくる、巨大で醜悪で赤い化け物に。

 

「う……あ……」

 

巨大な切り株に数多の触手と目のようなものが付いている、と言えば分かりやすいだろうか。

植物にようにも見えるが、鋭い牙を何本も生やした巨大な口が見える。

その口から漏れだす悪臭に、鼻が曲がりそうだった。

こんな化け物は見た事もない。

 

「モルボル……?でも、色は緑って聞いたけど……」

 

幻想郷でも数が少ないが、このような怪物は存在する。

悪臭を撒き散らす、冒険者からしても、妖怪ですら「最悪」の二文字を与えられる魔物。

モルボルかと鈴仙は予測するが、実際は違う。

確かに最悪と言われる理由の一つである、とんでもないぐらいの臭い息を撒き散らすのは共通点だが、毒々しいまでに赤い色をしたそれはとある地方にしか存在しないアムルタートと呼ばれるモルボルの亜種であった。

すでにアムルタートは獲物である鈴仙を見つけて触手を動かしながら近寄ってくる。

巨大な蔓のような触手で殴られればただでは済まないだろうし、あの臭い息は、五感の優れた鈴仙にはきつすぎる。

魔物に見つかったのなら仕方がない。

弾幕は使えない。ならば腰にある六連銃であるヘキサンガンを構え、アムルタートに向かって撃ち続けた。

 

「この!この!」

 

霊力の弾丸ではなく、鉛の弾丸がアムルタートを狙い、次々と弾丸の痕を残していく。

弾丸がアムルタートを貫くたびに、アムルタートの体液が飛び散った。その飛び散った体液が木々にかかると腐っていく。どうやら息だけはなく、飛びかかってくる体液にすら気を付けないといけないようだ。

弾丸が切れたらリロードをし、更に撃ち続けて行く。

銃使いは接近されたら終わりだ。離れ過ぎても弾の威力は出せないし、近すぎてもやはり威力は落ちてしまう。なによりも脆い鈴仙があれだけの巨体からの攻撃を受ければただでは済まないのもある。

 

銃を撃つたびにその衝撃が腕に伝わり、火薬の匂いが鼻につく。

倒すつもりはない。精々、足止めぐらいになればいい、と思っていた。

だが、アムルタートはどれだけの弾丸を食らっても鈴仙に近付いてくる。

 

「どんな冗談よ!もう回復してる!?」

 

アムルタートに弾丸を食らわせても、片っ端から傷が再生していった。

魔物の中には、稀によく自らの肉体を再生するのがいるが、アムルタートはその中で強力な再生力リジェネを備えているのだ。

鈴仙の弾丸を食らいながらも近付いてくるアムルタートであるが、意外に足が速い。

このまま撃ち続けても効果はなく、近付かれるだけだ。

そう感じ取った鈴仙の動きは早い。すぐにアムルタートとは別の方向へと逃げる事にした。

 

「ああ、もう!ここがヴァナかどうか分からないけどまた追われる事になるなんてー!」

 

幻想郷で迷いの竹林で魔物達に追いかけられ、そして今は赤い化け物に追いかけられている。

自分の運の無さに呪いつつも、必死に足を動かし、アムルタートから逃亡を開始する。

もちろん、アムルタート以外の敵に襲われないようにルートを考えている。目の力をフルに使い、魔物のいる方向を避けながら走り続ける。

だが、この目の力も長続きしない。それに加えて、ここの土地勘がないのでむやみに走りまわれば更に迷う事になるだろう。

それでも後ろから迫ってくる脅威から逃れるためにひたすら走る。

せめて霊力が使えれば、せめて弾幕が使えれば、せめて目の力を十全に使えれば、せめて空を飛べれば。

様々なIFせめてを考えながらも、そんな事を考えるのが無駄である事に気づくのも早かった。

 

アムルタートから逃れるために走り続けてすでに数分以上。

鈴仙は己の体力を顧みずに全力疾走。

そうしないと触手で動いてる癖に足の速いアムルタートから逃げれないからだ。

並みの人間よりの体力はあるとはいえ、さすがに本気で走り続けるのは疲れるし、同時に能力も使っているのだから尚更だった。

苦しい、息が苦しい。

それに加えて、今いる場所は走ると分かったが暑い。蒸し暑いというほどでもないが、それでも太陽からの日差しで汗が噴き出て、更に体力を奪っていく。

 

「……はぁ!……はぁ!」

 

本来、魔物というのは生息圏から離れ過ぎると追うのを諦めて自分の巣に戻るのが一般的だ。

だが、このアムルタートは何処までも追いかけようとしてくる。

おそらく、はぐれか、もしくは悪名高い魔物ノートリアスモンスターか何かなのだろう。

鈴仙からしてみればいい迷惑であり、逃げ続けた先は大きめの広場であった。

そのまま広場の先にある道を目指そうとし、目の索敵が切れてしまう。

しまった。これではもう、魔物を見極めながら逃げるのはできない。

一瞬だけ足を止めてしまい、アムルタートはその一瞬で近付いてきてしまった。

鞭のように払われた蔓が横薙ぎに振り払われ、無防備となった鈴仙を弾き飛ばす。

 

「あう!」

 

痛い、とんでもなく痛い。

人間とは違う妖獣であっても、伝わる痛みは一緒なものだ。

ごろごろと吹き飛ばされてしまい、少しばかりアムルタートと離れるが、先程の一撃で立ち上がるのが遅れた。

蔓をもろに食らってしまった片腕を押さえ、立ち上がる前には、大きな口を開きながら獲物を食らおうとする怪物がそこにいた。

 

「……あ、あ……」

 

助からない。そう思った。

自分はここで終わってしまうのか?見知らぬ場所で、あっけなく終わってしまうのか?

逃げたくても逃げられない。もう怪物は目と鼻の先。

泣きそうな顔をしながら、鈴仙は助けを求めた。

 

「たす、けて……」

 

謙虚な騎士でもいい。強欲な巫女でもいい。話を聞かない魔法使いでもいい。

 

「たすけ、て……」

 

師匠でもいい。姫様でもいい。この際、因幡の兎だっていい。

 

「たすけて……!」

 

「頭、下げろ!嬢ちゃん!!」

 

突然の声に言われるがままに頭を抱え込みながら下げていく。

その瞬間に響く銃声。

それは、鈴仙のよく知る銃声だった。

当然だ。なぜなら鈴仙も同じ銃を使っているのだから。

だが、それは鈴仙とは違う銃声の響き方だった。

鈴仙が六回の引き金を引いて六発の銃弾を撃つのに対し、先程の銃声は一回しか撃たれてないのに六発の弾丸がアムルタートの触手の一本を千切り取った。

 

驚きに染まり、絶叫をあげながら獲物を前にして後ずさるアムルタート。

鈴仙は後ろを見て、その者を見た。

 

それは銃を構えていた。奇妙な六連砲という形をした銃を持つ男だ。

格好は鈴仙の着ている者と似ている。

崩れた軍服のように見え、長身痩躯のその男にはそれが似合っているようにも見える。いや、着こなしていると表現するべきか。

ひらひらとする白のレースが日の光に乱射して眩しく、上着から見える褐色の肉体が男だと言うのに艶やかだ。

耳が長く、首も長い。男はヴァナ・ディールの五大種族の一つである、エルヴァーンなのだ。

キザな三角帽子を頭に乗せた顔は若い。歳で言えば二十代前半と言ったところか。エルヴァーンの例に漏れない美形であった。

 

鈴仙は知っている。その男の名を。

鈴仙は知っている。その男の正体を。

幻想郷で一度だけの出会いを果たし、鈴仙にダイスを与えたその男の名は―――

 

「クル、タダ……!?なんでここに!」

 

「お、誰かと思えばレイセンじゃねぇか。久しぶりだな」

 

伝説の六連銃ヘキサガンをその手に海を駆ける海賊の船長。

かつてとある皇国を窮地に陥れたコルセアの技を受け継ぎし者。

疾風の二つ名を持つクルタダであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東方幻想鉄~プロマシアの幻影~

第三章「ポケットの中のダイス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで!?なんであんたが!」

 

「あー、まぁ、俺もそれについてはお前に聞きたい事でもあるが……」

 

クルタダの目はアムラタートに向いていく。

 

「まずはこいつの処理だ。行くぜ!」

 

すでにリロードを終えたクルタダはヘキサガンを再度構え、音速に迫る速度でヘキサガンから放たれた弾丸がアムラタートに襲い掛かる。

だが、鈴仙とクルタダの使用する弾丸の違いはあれど、所詮は巨体のアムラタートからすれば豆鉄砲のようなものだ。

本来なら食らった後から即座に再生していくのにも関わらず、クルタダが引き金を引くたびにアムラタートの傷は増え、触手と目のようなものが千切れ飛んでいく。

 

「そらそら!縮こまってるだけか!」

 

神速の抜き撃ちならぬ、神速の早撃ち。

引き金を引くたびにヘキサガンに込められた六発の弾丸が一斉に飛び出るようにアムラタートの肉体を穴だらけにしていく。

そして撃つたびにリロードをしているのだが、そのリロードですら鈴仙の目ですら追えぬ早業。

あまりに早すぎる速射とリロードに、むしろ銃であるヘキサガンが追い付いていないほどだ。銃身から炎が噴き出るように見え、火薬の燃焼速度が追いつかないのだ。

 

一発一発の銃弾は、確かにアムラタートからすれば脆弱かもしれない。

だが、神技と言えるほどに昇華させたクルタダのクイックドロー&クイックリロードの前にはアムラタートは為す術がない。

自慢の再生がまるで追いつかず、また一本、触手が千切れ飛んでアムラタートは絶叫をあげた。

 

「……すごい」

 

あまりの技の凄さに、同じ銃使いである鈴仙は見蕩れてしまう。

単純な早撃ちぐらいなら鈴仙でも出来る。だが、クルタダのそれは早撃ちという言葉では片付けられないほどの代物だ。

鈴仙が一回の引き金を引くころには、クルタダは六発の弾丸を放っている。それほどの差がある。

あれこそが、真のコルセアだけが使える本当の"クイックドロー"なのだ。

 

弾丸を受け続けたアムラタートの触手のほとんどが千切れ飛び、目のような瘤も全て潰れている。

それでも再生をしているのだから呆れた化け物である。強力な再生力を持つ魔物を倒すのなら、それこそバラバラにでもしないと倒せない。

 

「ま、こんなもんか……ボルターズロール!」

 

これでアムラタートは暫く動けない。

くるくると銃を回しながら仕舞い、次に取りだしたのは小さなダイス。

それを上に投げるとダイスの一面一面が剥がれていき、六枚のカードへと変貌する。

 

「まず一枚!」

 

指を銃のように構え、実体のないカードを撃ち抜く。

すると撃ち抜かれたカードはくるくると回っていき、数字を出しながら消えていった。

続けて、二枚、三枚と倍賭けダブルアップを重ねていく。

数字の合計が〈11〉>になった時、クルタダの身から溢れ出る"何か"が力となって、クルタダと傍にいた鈴仙にも降り掛かる。

 

「え!?な、なにこれ」

 

身体が軽くなったような気がした。

今なら普通より早く走れそうな気もする。

戸惑う鈴仙に、クルタダに手を掴まれた。そのままアムラタートに目も暮れずにクルタダが走っていく。

 

「ちょ、何をするのよ!」

 

「いいから着いてこい!コルセアの格好をしてると奴らに疑われたら独房行きだぞ!」

 

「や、奴らって何!?」

 

兎とコルセアの海賊が走る。

 

かつては子供が散歩することもできたバフラウ段丘。

その地を治めるのはアトルガン皇国。

鈴仙のいる場所は、近東、と冒険者に呼ばれる所だったのだ。

 

 

 

二人が走り去って、少しばかり時間が経つ。

あれだけの弾丸を食らい続けたアムラタートだが、すでに肉体の大半を再生し終えていた。

千切れ飛んだ触手は生え変わり、もうじき動き出すだろう。

 

アムラタートが再生する一方で、何者かが近寄ってくる。

人だ。数は二人。青色の装束に、顔が見え隠れするようなスカーフを身に付けている。

青魔道士のアーティファクトを身に付けた彼らは、再生しつつあるアムラタートを見つけ、観察している。

 

『……クルタダはここを通ったみたいだ』

 

『銃痕の後が見える。……だが、もうここにはいない』

 

それは声なのだろうか。

恐ろしく、感情が感じられない無機質な音。

人が言う言葉ではなく、与えられた文章を機械か何かが読み上げる無機質な印象を感じ取られる。

 

『……どうする』

 

『……ここまで逃げ込まれればクルタダはすでに逃げ切っただろう』

 

彼らは人であって、人にあらず。

アトルガン皇国の聖皇を護るための無敵の軍事部隊。

己の身に魔物の肉体と魂を移植し、人でありながら人を超えた力を酷使する者。

即ち青魔道士であり、それらを統括し、部隊となったものは不滅隊と呼ばれ、皇国民ですら恐れられる存在である。

 

彼らに遅れて、また一人の男がやってくる。

青魔道士の衣装ではなく、金の装飾が施され、真っ赤に染められた鎧に身を包んだ男であった。

やや童顔に見える顔立ちをしているヒュームであるが、その眼光に目をつけられた者がどんな実力者であっても震えが止まらなくなるだろう。

 

『ラズファード様……』

 

「クルタダは逃がしたか」

 

『はっ……あの男、存外に足が速い様子で……』

 

「ふん……追うのはもういい。いつまでも海賊風情に構っている暇はないからな」

 

『『…………承知』』

 

男はただの戦士ではない。

皇国の大政を司る、若き宰相であり、皇位継承者でありながらも諸事情で皇位を剥奪され、今では直属の不滅隊を率いて、自ら戦陣に立つ男。

名はラズファード。

青魔道士を率いるだけあって、彼自身も青魔道士なのだ。

 

「皇国に駆け足で成り上がっている者がいる。余所者であるが、皇国に何かしら不審な事をしているようだ。お前達はそれらの監視に当たれ」

 

『名は……』

 

「確か……名字がチェブキーというタルタルだ。若輩だが油断するな。あれにルガジーンが一杯食わされてる。腹の黒さでは議会の翁に匹敵するかもしれん」

 

『ルガジーン殿も……その命、確かに引き受け致します』

 

ラズファードからの命を受け、二人の青魔道士は夢幻かのように消えていく。

人でありながら、人を辞めた彼らに異形の術を行うなど造作もない事。

 

そして後に残ったのはラズファードと再生を終えたアムラタートのみ。

獲物を捕り逃し、目の前にいる無防備な男を食らおうと声を上げながら襲い掛かる。

だが、ラズファードはアムラタートに見てはいない。ただ、己の魂から魔物を呼び起こし、それは影も姿も見えない五つの毒の斬撃となる。

唱えるのはラズファードであれも、放つのはラズファードが己の身に取り込んだ魔物の魂。

"ディセバーメント"が襲い掛かろうとしたアムラタートを切り刻んでいく。

 

「皇国は……まだ腐心のままか……」

 

チェブキーというタルタルが成り上がってる理由は、皇国にいる政治家が原因だ。

賄賂、その者にとって邪魔な者を陥れる、信頼の崩壊……そうした事で甘い蜜を食らい、チェブキーは政治家の手によって成り上がっている。

簡単な事で心が揺れて、甘い蜜を吸い続けようとすればその瞬間に国は腐っていく。

チェブキーのしている事は皇国を腐らせる事であり、同時に元から腐っている部分を露呈している事に他ならない。

だからこそ、余所者であるチェブキーを、あえて泳がせておく。

何が皇国に不利益をもたらすか。チェブキーが動けば動くほど、それは分かっていくのだから手出しはしない。あくまで監視にとどめておく。

 

皇国のトップである聖皇はまだ若い。若すぎるほどに若い。

彼の妹である聖皇はまだ17も行かぬ小娘なのだ。

人を見る目に関してはラズファード以上なために、チェブキーなどの甘言に惑わされないだろうが、それで少しばかり不安が残る。

急いで帰るために、呪符を取り出し、読み上げていく。

黒魔道士の魔法である"デジョン"の魔文字が書かれた呪符であり、読み上げる事で貧弱一般人でも魔法が使える魔法の道具だ。

呪符の効果が発揮され、移送の魔法がラズファードを包み込む。

 

後に残ったのは再生すらできないほどに肉片レベルまでバラバラにされたアムラタートの死骸であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バフラウを走り続け、鈴仙は塩の匂いを感じた。

なぜ塩が?と思うと、森林を超えた先は海だったのだ。塩ではなく、潮の香りがしたのはこれだったのだ。

海自体を見るのは初めてではない。だが、月にある海は始まりの海であるが故に何もない。

目の前にある大海原、スカイブルーに輝く海は、月の海とはまったくの別物。

圧倒される。生命力が溢れている。

月から見ていた地球という星、ほんの少しだけ見る事のできた青い海。

それが、目の前にあった。

 

近くには小船がある。

三人ぐらいは乗れそうな船だ。丁寧な作りをしているのが鈴仙でも分かる。

クルタダは走り続けたにも関わらず、息を切らさずに船に乗り込んだ。

 

「どうした。お前も早く乗れよ」

 

「え?いいの?」

 

「どうせ行く当てないんだろ?せっかくだから招待してやるよ。俺達のホームにな」

 

行く当てがないのを見透かされていた。

ここに来てからどのぐらい経ったか分からないが、土地勘のない鈴仙では何処に行っていいのかも分からない。

少しだけ悩んで、船に乗る。少なくともこの男は悪い奴ではない。

迷いの竹林で出会い、鈴仙はそう感じていた事だ。

 

「よしよし、いい子だ。じゃあ、出るぜ」

 

沖に隣接していた船が動きだし、クルタダは小船の帆を広げた。

小さいながらも、船の機能はそれなりに備わっているようだ。

 

「今日の風速はっと……これなら半日もありゃ、辿りつけるな」

 

舌で指を舐め、風を感じ取る。

海賊ではあるが、一流の船乗りでもあるクルタダにとって、風を速度を確かめるのは造作もない事だ。

 

「やれやれ……ここならようやく休めるな……」

 

「ねぇ、ちょっと聞いていい?」

 

手を頭に乗せて、寝っ転がるクルタダ。容姿が優れ、ワイルドな印象を与えるクルタダがやれば、随分と絵になる光景なのだが、鈴仙は気にせず質問しようとする。

 

「あんた……追いかけられてるみたいだけど、なんで?」

 

「説明してもいいんだが……まずは状況確認だ。レイセン、ここはゲンソウキョウじゃないって事を分かってるな?」

 

「幻想郷、ね。もうここがヴァナである事ぐらい分かってるわよ。海があるのが何よりも証拠だしね」

 

「オーケー、それさえ分かれば問題ない。前に話したよな?ここはアトルガンっつー国だ。恐ろしい蛮族がうようよといる怖い国さ」

 

クルタダがアトルガンである事を説明していく。

ただ彼が言うと恐ろしい、怖いなどがまるで楽しがってるようにも言うのは鈴仙にも分からなかった。

 

「俺がヴァナから幻想郷へ、レイセンは幻想郷からヴァナへ……そして俺と再開するんだから、奇妙な縁だよな?」

 

「まったくね……」

 

クルタダが幻想郷にやってきた時、二日ほど迷いの竹林に迷い続けて餓死をしかけていた。

妖怪や魔物も現れる迷いの竹林で二日も生き延びた彼の実力は半信半疑であったが、アムラタートを完封した腕前を見て男の評価を改めた。

この男の実力は一級廃人を凌駕している強さを持っているのだ。

 

「あの……その……」

 

鈴仙は歯切れが悪い感じに言葉がぼそぼそしている。

アムラタートに襲われ、助けられた。

なら礼を言うのが普通なのだが、他人に礼を言うのが慣れていない鈴仙にはただ一言、言うだけでも難しい。

 

「助けてくれて、あ、ありがとう……」

 

「気にするなよ。将来有望の女を助けたもんだから、俺の男としての格が上がるもんよ」

 

「――!こ、こいつは……!久しぶりに会ったのに何も変わってない!」

 

「俺がそう簡単に変わるかよ。コルセアは自分を通してスタートラインだぜ?」

 

慣れない礼と、クルタダのキザな言い方に顔を真っ赤にしながら、ニヒルな笑みを浮かべるクルタダを見て半年前に出会ったのと何も変わりのない男に溜息を吐く。

 

「おいおい、なんでそこで溜息を吐くんだ」

 

「なんでもないわよ……」

 

太陽が海を照らすが、それと同じように風が船を揺らし、帆がそれを受け止めて広大な海を進んでいく。

空を見上げれば鳥が空を飛びまわり、海に飛び込んでは魚を嘴に取っていた。

 

「海猫だな……ここいらにいるのは珍しいが」

 

クルタダも同じように鳥を見ていて、言葉を零した。

海賊である海猫党を率いるクルタダにとって、あの鳥は思い入れがあるようだ。

 

「さてと……確かなんで俺が追われていたって言うとだ……地上のお忍びで不滅隊に見つかったのが原因だ」

 

「不滅隊?」

 

「皇国の治安維持から聖皇を護る事までやる特殊部隊の集まりだ。その構成員のほとんどが青魔道士でな、どいつもこいつも一癖ありやがる」

 

クルタダが話を続ける。

 

「海に生きる俺がなんでわざわざ地上にお忍びしたっつうのは……ちょいとキナ臭い奴がいるからだ。俺達、海猫党は悪徳で成り上がって稼いでる奴しか狙わねえ。

当然、堅気の奴等には手を出さないんだが……最近、そのキナ臭い奴らが海賊を騙ってるみたいなんだよ」

 

「きな臭いって言ったらあんたも充分……」

 

「それは言うなって。話を戻すぜ。それだけなら別にどうでもいいことさ。貴族や商人と言われてる奴らでも、金のためなら蛮族の武器を中の国に売りつけるのもいたしな。

だが、海賊を気取る割にはやってる事は拉致ばかりだ。最初は中の国か、それとも蛮族に奴隷でも売るためかと思ったんだが……どうも違うらしい」

 

アトルガンに名を馳せる海賊である海猫党であるが、基本的に悪い噂の絶えない肥やしを蓄えた者を中心に狙っていく。

そしてそれで稼いだ金は、親もいない、頼れる者もいない、市民権すらないアルザビに住む子らへと分け与えている。

世間では義賊としても有名であり、政府軍からすれば好き勝手にする迷惑な海賊であっても、アルザビから生きる者からすれば英雄とも言うべき存在なのだ。

 

「しかも、だ……その海賊にゃあ、見た事のない魔物を使役してるみたいなんだよ。俺も噂を聞いただけなんだが、どうも涙を流し続けるらしい」

 

「涙を…流す?」

 

涙を流し続ける魔物なんて聞いた事がない。

それほど細部まで詳しい事まで知ってるわけではないが、妖怪にも涙を流し続けるようなものなんて鈴仙は知らない。

 

「貴族の家に忍び込んで真相を確かめようとしたらこのザマだ。人生ままならねぇもんだなぁ、おい。ま、だからこそ面白いんだがな」

 

何が楽しいのが、クルタダは笑う。

人生に楽なんてありはしない。それは鈴仙もよく知ってる事であり、クルタダはそれを知りながらも受け止め、それすらも面白いと言うのだ。

強い。何処までも強い。

鈴仙にはない、何処までも己を突き通せる力を持つ海賊の頭。

少しだけ、羨ましくなった。

 

「あれから結構経つが、どうだ?ダイスは使えるようになったか?」

 

「…………い」

 

「あん?」

 

「……まだできてない……」

 

ややじと目になりながらクルタダを見つめる。

コルセアとは、ただ早撃ちをしてるだけが特技ではない。

その真の力とは、ダイスに秘められた力を解放し、仲間を鼓舞する事にある。

鈴仙が早く走れるようになったのがそれだ。内に秘める潜在能力をコルセアの運によって目覚めさせる。歌によって力を引き上げる吟遊詩人に近いと言えるだろう。

 

「焦る事はねぇさ。そんな簡単にダイスが使えたら、この世はみんなコルセアだらけだ」

 

「……」

 

ダイスとは、ただ運だけで使えるものではない。

仲間を鼓舞し、仲間に力を与え、自ら目の前の運命を切り裂いて行く力。

それはただ運だけでは片付けられない。己の意志で持って目覚めさせるのがコルセアのダイス。

鈴仙には、そのダイスの真価の意味を理解し切れていなかった。

 

ポケットを探り、クルタダのくれたダイスを取り出す。

白面の表紙に、赤い魔文字が刻まれたダイスなのだが……。

 

「あら?」

 

壊れている。

ダイスの表面に罅が走っており、これでは遊びに使うダイスとしても使えないだろう。

クルタダもダイスが壊れている事に気づいたようだ。

 

「なんだ?随分と無茶な使い方をしてたんだな」

 

「ち、違うわよ!ここに来る前は壊れてなかったし!」

 

虚ろに呑まれる前は確かに壊れていなかった。

そのはずなのに、掌にあるダイスは壊れている。

 

「まさか……虚ろ、とか?」

 

「?」

 

虚ろに呑まれた際にダイスが異常を来たしてしまったのか。

そう思いながらも、船は静かに大海原を駆けて行った。

 

 

 

船が目的地に着いた頃にはすでに夕方を超えて夜になっていた。

太陽からの日差しで暑かったのだが、夜になると不思議と冷え込んでくる。

薄いコルセアの服装だと少し肌寒く感じてきた。

 

段丘から小船で半日ほど時間をかけて辿りついた場所は、そこら中に廃船やその残骸などが見られる海域だった。

夜であることもあるが、かなり不気味な印象が見られる。

おばけが苦手な侍娘がここに来たらリアルでビビッて涙目になる事間違い無しだろう。

 

海の難所として知られ、多くの船が座礁してきた魔の海域。

そのため、かつて皇国によって滅ぼされた王国最後の拠点となっており、海辺の食洞には王国の莫大な財宝がいまだ手つかずで眠っていると今でも語り継がれている。

だが、それを手を出そうとする者はいない。

なぜならアラパゴ暗礁域には死者の群れであるアンデッドは数多く生息し、侵入する事すら困難を極めるからだ。

 

「ここからは歩きだ」

 

船が近くの沖に到着し、船から上がる。

半日ぶりの、地面だ。揺らされ続け、感覚が麻痺しているのか少々、地面が揺れてるようにも感じた。

 

「おっと、海に落ちたら困るぜ」

 

「あ、ごめん……」

 

ふらふらとしてしまい、肩をクルタダの手で押さえられる。

いつもの鈴仙であれば肩を掴む男に対して一言を口にするだろうが、今はそのような気力はない。

地面に慣れてくるとクルタダは先に行き、後を着いて行く。

 

滑りやすい岩肌から、誰かが橋として渡しただろう木の板を渡りながら先に進んでいく。

海のほうに目を向ければ暗礁によって座礁した船の残骸が幾つも見える。ぼろぼろのマスト、ぼろぼろの帆、ぼろぼろの船……見方を変えれば幽霊船のようだ。

よく見ればぼんやりとした何かが漂っているようにも見える。薄気味悪さがマッハであった。

 

「おっと、ちょいと止まりな」

 

「ひゃ!」

 

残骸を見ながら進もうとする鈴仙の細い腰を腕で抱き寄せながら足止めする。

セクハラにも見える行為にクルタダに一発、張り手でも食らわせようとするが、もう片方の手の指を自らの口を押さえながら"声を出さないように"と合図をする。

そのまま指の矛先は進もうとしていた岩肌を指した。

何か、いる。

 

「ドラウガー、だ……。音を立てるなよ。立てたらキスで塞ぐからな?」

 

絶対に声を出さない。そう決めながら先にいる何かを見る。

一言で言えば骸骨がそのまま動きだしている魔物だった。アンデッドの一種であり、何らかの怨念で動きだしたり、もしくは呪術で使役されている。

幻想郷にも似たようなものがいるが、クルタダの言うドラウガーは色々と違う。

まず白い骸骨なのが一般的なのだが、ドラウガーは黒い色をした骸骨であり、その骨には白い模様が描かれている。

まるで刺青だ。あれが骸骨を動かしている術式の要であり、だから操紋骸骨ドラウガーという名を持つのだろう。

腕と頭には生意気にも黄金に輝く鎧を身に付けている。

あれを売ればいくらになるか分からないが、基本的にアンデッドの装備品は、倒したアンデッドと同じように塵となって消えると永遠亭にいる冒険者から聞いているため、ちょっともったいない感じがした。

ドラウガーはきょろきょろと辺りを見回すと、そのまま何処かに消えていく。

ほう、と息を吐いた。

 

「この辺りは、あーいった魔物がいるから気を付けろよ。ラミアはこのあたりにいねぇが、アンデッドは音に反応するからやっかいなんだよ」

 

「わかったわ。だから離してよ」

 

「おっと、悪いな」

 

ドラウガー程度の強さならクルタダには何の問題はない。

肉体を持たないアンデッドであるドラウガーとは、本来、銃の相性が悪いのだが、クルタダの常識外れの早撃ちの前には骨が骨くずになるだろう。

だが、それでも戦わない事を選択したのは、アンデッドは音に反応がするために、大音量の銃声を響かせるヘキサガンをこのアンデッドが蠢く暗礁で放てばどうなるかなんて分かり切ってる事だ。

それなのに、コルセアのアジトとしてここを選ぶのはクルタダなりの考えがあるからなのだろう。

 

ドラウガーがいなくなった後の道を進んでいき、壊れた船を足場にしながら岩場を進む。

慣れない足場であるが、クルタダがわざわざ進みやすい道を歩いてくれるので、そこを辿れば苦労はせずに進んで行ける。

魔物を避けながら数時間ほど歩き続け、ようやく一隻の船が座礁している場所まで辿りついた。

 

「ようこそ、俺達のホームへ。ここがコルセアの誕生の地であり、コルセアの聖地でもある」

 

クルタダがそう言いながら駆け足で船に上がっていく。

遅れて鈴仙も船に上がる。

甲板にはクルタダ以外にも人がいた。

クルタダの同じエルヴァーンの男と女、ヒュームの男が三人に、ミスラもいる。

 

「お頭ーー!し、心配したんですぜ!?いつまで経っても連絡がこねぇし!」

 

「そうっすよ!お頭の連絡が途絶えて、姐さんを取り押さえるのがたいへ、ぐは!」

 

「いらない事を言ってるんじゃないよ、ハッチ!!」

 

エルヴァーンの女性が冴えない小男の頭を殴った。しかもグー。ハッチと呼ばれた男は涙目だ。

 

「殺しても死なないお頭の事だから何とかなると思っていたが……ま、これで安心したね」

 

燃えるような赤毛をしたエルヴァーンの青年アズナーフはやれやれと言った感じに気楽に笑う。

 

「心配かけて済まなかったな。この通り、色男は無事だぜ」

 

「何言ってるだ、この男は」

 

海猫党の船長クルタダのいつも通りの姿に、海猫党ナンバー2のエルヴァーン女性であるズィーハが呆れ、それに皆が笑う。

アトルガンのお忍びに見つかってしまい、たった一人の逃亡から連絡が途絶えてしまったが、いつも通りの姿を見せるクルタダ。

完全に蚊帳の外の鈴仙だが、ミスラがこちらを見て、ようやく鈴仙がいる事に気づいたようだ。

 

「ところで、船長。あの子は誰かな」

 

一斉に視線が鈴仙に集まった。

ビクリとし、身を縮ませようとしてしまう。さすがにここまで赤の他人に視線を受けた事はそうはないからだ。

 

「まだ余所者かい、クルタダ。あんた、最近変なのを拾ってきすぎだろう」

 

黒髪のエルヴァーンは、きつい眼をしながらクルタダを睨んでいる。

変なの呼ばわりされて鈴仙はカチンと来るが、ズィーハに面と向かって言葉を言えない。

女でありながら両の腕の筋肉がすごい。かなり鍛えられているのか、舐めた口を叩けば絞め殺されそうな雰囲気を持っていた。

 

「そう言うなよ。こいつは俺のカンだ。勝負師としてのな。面白い事になるのは確実だぜ?」

 

「それを言ったのは何度目だよ!たくっ、この男はコルセアの技はほいほい伝えるわ、コルセアの衣装を簡単に与えるわ……」

 

「おいおい、レイセンはコルセアの技は使えないし、あの衣装はどうやら自前みたいだぜ?どっから手に入れたのは知らないがな」

 

「はぁ?」

 

コルセアの技が使えないのに、コルセアの衣装をしている。

そんな奇妙な鈴仙を見て、更に変なものを見るような目で見ていた。

 

「……本人に聞けば分かる事か。レイセン、だっけ?あんた、何者だい?」

 

「な、何者って……」

 

「コルセアじゃないのか、コルセアなのか。それを答えな」

 

ズィーハからの質問に、鈴仙はどう答えるか迷った。

自分はコルセアではない。銃は使うが、"クイックドロー"の使い手ではないし、ダイスは使えない。

ただコルセアの衣装を纏った偽物だ。

 

「コルセアじゃないです……」

 

「ふぅん?」

 

ズィーハの迫力に思わず敬語になりながらも、ズィーハはじろじろと鈴仙を見つめていく。

冒険者に限らず、ヴァナ・ディールの住民であるなら誰でも使える相手の強さを調べる見つめ方だ。

 

「確かにコルセアじゃないみたいだね。指もクイックドローに慣れてないし、何よりも自信が無さ過ぎる。そんなんじゃ、コルセアにはなれないね」

 

「……!」

 

簡単に見透かされていた。

別に"クイックドロー"の使い手とかではなく、自らの自信の無さを。

コルセアに大事なのは己を突き通す意志の力、それに連なる大きな自信。

耳にタコが出来るぐらいにクルタダに聞かされたコルセアの条件。

鈴仙には、手に入れる事のできないもの。

 

「姐さん、相変わらず容赦ねーな」

 

「ピリピリしてるっすからね。まさかあの日……」

 

「おいやめろペッシ。姐さんに殺されたいのか」

 

赤毛の青年はズィーハに対して恐ろしいものを見るかのようにくわばらくわばらと言いながら後ろに下がり、

迂闊な発言をするペッシは、隣にいた髭男に殴られていた。

 

「そいつは客人として案内してくれ。前に話した幻想郷で世話になった奴なんでな」

 

「ゲンソウキョウ?それって本当だったんですか?」

 

夜であっても、きらきらと輝くような金色の髪を持つヒュームの青年であるムティーブは、船長に聞くと肯定した。

東の国の伝承で語り継がれるような魔物がいる幻想郷、それは海猫党のクルーにも話したクルタダであったが、信じる者はいなかった。

そんな御伽噺のような世界なんてあるわけがない、と笑い話にされるのが常だったのだ。

 

「最後まで信じなかったお前らの負けだな。ゲームは俺の勝ちだ」

 

「げっ、あれって本気だったのかよ、お頭」

 

海猫党のクルーは賭けていた。

クルタダが行った幻想郷が本当にあるかどうかの賭けだ。

比率は八対二。絶望的である。むしろ二割もクルタダを信じているのが驚きであり、赤毛の青年が賭けていたのは嘘のほうだったのだ。

 

「よーし!今回は俺の帰還と新人の歓迎会でパーティだ!主に負けた奴の奢りでな!!」

 

「ちょ、待ってくださいよ、船長!有りですか、それ!?」

 

「諦めな、ムティーブ。賭けは絶対だよ。行くよ、嬢ちゃん、歓迎するなら盛大にしないとコルセアの恥だからね」

 

「ちょ、そんなに強く引っ張らないで!」

 

「この耳って本物なのかにゃー。触ってもいい?」

 

嘘を掛けていたムティーブはがっくりと肩を下ろす。彼もまた、嘘に賭けていたのだ。

ズィーハはそれに気にせず、鈴仙の手を引っ張っていく。

確かに自信はなさそうで面構えもまだまだだが、銃を扱う者としては十二分である事は彼女は見抜いていた。

鍛えればモノにはなる。そう確信し、クルタダに言われたとおりに歓迎会に連れていくのだ。

 

「くくく……楽しい事になりそうじゃねぇか」

 

クルタダは笑う。

仕事のヘマをしてしまったが、面白い奴が海猫党に加わった。

何処で手に入れたかは知らないが、伝説のコルセアの衣装を身に纏う一人の少女。

アトルガンに名を轟かせる海賊の若き頭の楽しそうな笑みは止まる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寂れ、壊れた船の甲板に向き合っているのは二人の女。

一人は肩の開いた紫色のハーネス鎧を着込む女性。もう一人は兎のような耳を付けた少女。

少女の服装はコルセアのそれではなく、動きやすさを重視した軽い胴衣ローブだった。

 

向き合う二人の周りには、勝負の行方を見守る人の群れ。

海猫党海賊団のクルーだ。決して音を立てずに見守っている。

 

すでに向き合って数分か、それとも何十分もそうしてるか分からない。

鈴仙は腰にあるヘキサガンを何時でも抜く準備をしながらも抜けない状態になっていた。

 

(隙が……なさすぎる……)

 

目の前のズィーハは、ナンバー2に恥じない実力者の持ち主。

早撃ち勝負をしたところで、勝ち目のない事は目に見えている。

だからハンデを貰った。

ズィーハからは仕掛けない。鈴仙が抜いた後に、ズィーハが早撃ちをする事になったのだ。

普通であれば、そんなハンデをすれば勝てるはずがないのだが、コルセアの"クイックドロー"は文字通りの神速の抜き打ち。

後から撃つだけでも、充分に間に合う。

 

隙を見たら抜くつもりだったのだが、ズィーハはまるで隙を見せてくれない。

いや、そもそも隙なんてあるのかすらと思ってしまうほど。

船に響く音は呼吸音だけ。

吸った。吐いた。吸った。吐いた。吸った。吐いた。

 

(今!!)

 

隙は見つからない。だが、呼吸による、ほんの一瞬の間を狙った。

腰にかけられたヘキサガンに手をかけ、高速に抜き取りながら狙いを定めようとし……すでにズィーハのヘキサガンが鈴仙の喉元を突き立てていた。

 

「あ……」

 

「いい反応だったね。でも、これじゃあ、コルセアには届かないよ」

 

先に抜いたのは鈴仙であり、更に隙とは言えなくても一瞬の間を狙いながらもこの差。

これは技術……長年の修練が生み出す明確な差だ。

単純な反応速度では鈴仙も負けてはいない。それでもここまでの差が付くのは、コルセアが生まれて数百年、その間に培われてきた技術が大きな溝を作るのだ。

 

「まだまだこの程度じゃ、コルセアの衣装を着るのは許されないね!」

 

クルタダが着るようなコルセアの衣装であるコルセアアタイアは、コルセアにとっては特別な代物だ。

近海の海を荒らし回り、皇国の艦隊を壊滅するほどまでに暴れ回った集団。

今は失った王国の皇子が団長を務め、その強さは今でも語り継がれる程であり、コルセアはアトルガン国民でありながら子供からすれば英雄のような扱いを受けている。

だからこそ、コルセアの技を受け継いだ海猫党の彼らからすれば、未熟の中の未熟である鈴仙にコルセアの衣装を着るのには似合わないという事で、今は地味な色をした服装をしているわけだ。

ちなみにその服はズィーハのお古であり、意外に手先の器用な彼女が立てなおしたものだ。

 

コルセアゆかりの地にして、海猫党がアジトするアラパゴに住み着いてすでに二日ばかり。

歓迎会から、海猫党の一員にされてしまい、鈴仙はコルセアの修業をさせられていた。

 

「ヘキサガンを抜く速さは進歩したけど、隙を見つけ出す事に力を注ぎすぎたね」

 

ズィーハが鈴仙のしていた事を駄目出ししていく。

早撃ちに勝負に置いて、隙を見つけるのは確かに大事であるが、そのことに集中しすぎた鈴仙は"クイックドロー"の域に届かなかったのだ。

ズィーハはそのまま周囲に群がるクルーに大声で張り上げた。

 

「お前達も見てるだけじゃなくて自分の仕事をしてな!!見せモンじゃないよ!!」

 

その声に群がるクルー達は大慌てで逃げ出していく。

小さな声だが、儲かった、損がしたと聞こえてくる。大方、ズィーハと鈴仙の早撃ち勝負で賭けていたのだろう。

 

「レイセン、自信を持てと今は言わないよ。でもあんたはもっと、少しぐらいは後先考えないぐらいの思いっきりが欲しいね」

 

「うぅ……」

 

少しばかり慎重すぎる。そう言いたいのが鈴仙にも分かった。

そもそも勝てない勝負なのは鈴仙にも分かり切ってる事なのだ。

それなら隙を見つけ出そうとせずに、単純に早撃ちだけに集中したほうがまだ勝率はあるぐらいだろう。

 

ズィーハと鈴仙は別れ、兎耳を付けた少女はぺたんと座りこんだ。

異世界に来てから奇妙な一団に拾われ、その間はコルセアの技術を磨く日々。

今もこうして、わざわざナンバー2であるズィーハが稽古をつけてくれるのだから、コルセアとしては破格の待遇と言えるだろう。

だが、鈴仙は何時までもこの場にいるわけにもいかないのだ。

幻想郷に帰り、師匠に『虚ろ』の事を伝えなくてはいけない。

一度クルタダにどうやって幻想郷からヴァナ・ディールに帰ったのかを聞くと、いつの間にか帰還していたと何とも頼りにならない返答で溜息を吐いた。

 

座り込んだまま動かない鈴仙を見るのはクルタダとズィーハ。

くるくると気障にヘキサガンを回しながら仕舞い、クルタダはズィーハに話しかける。

 

「よう、どんな調子だ」

 

「どうもこうもないね。あの子、本当にコルセアになれると思うかい?」

 

この二日でズィーハは分かった事がある。

鈴仙はあまりにも自分という基盤が作れていない。

何かに怯え、何かに縋り続ける……文字通りに、兎のような少女なのだ。

己の道を貫き通し、己の進む様に飛んでいく海猫のような海賊であるコルセアには向かない事を感じ取っていた。

 

「そう言うなよ。ゲームはまだ始まったばかりだぜ?あいつがそう簡単にストップするはずがないのは俺が一番分かってるんだからよ」

 

「……たくっ、相変わらず女に弱い男だよ、あんたは」

 

それでもクルタダが見抜く者は、男であっても女であっても、何かしら成功をする者ばかりであった。

人を見る眼があるのだろう。

コルセアの域に辿りついていない少女が、コルセアになれる。クルタダはそう確信しているのだ。

 

「それに似たような奴を見てるしな」

 

「似たような奴……ああ、ナルファか」

 

二年近くの前の話だ。

コルセアの技を学びたいというエルヴァーンの女がいた。

しかしその女は、鈴仙とは負けず劣らずの気弱な性格をしており、とてもじゃないがコルセアには向かないタイプであった。

コルセアになる条件である「己の勇気と覚悟を証明する」ために、アラパゴに今でも眠るコルセアが乗り込んでいた船、そこにあるヘキサガンを見つけ出したのだから、根性だけはあったようだが。

最初はダイスの倍賭けダブルアップもしないような自信の無さだったのだが、今では幸運の二つ名が付けられるほどのコルセアに成長している。

噂では、詐欺師を捕まえるのに活躍したと耳に入っている。

 

「だがナルファとレイセンとじゃ前提が違うだろう。あいつは一人でも生きられる力を持っている。でも、あの子には何もない」

 

「それはどうかな?あいつに足りないのは自分の届く範囲での宝だ。それさえ手にしてしまえば……コルセアになれるさ」

 

コルセアに限らず、自分という自信を手に入れるのなら己だけの宝を、護るべき宝を手にするべきだとクルタダは言う。

しかし、そう簡単に見つからないのも世の中だ。

 

「そう簡単に見つかると思えないがね……」

 

「当然だ。簡単に見つかるようなもんなら、コルセアだらけの世界になってしまうからな。だからこそ、俺なりに信じてるのさ」

 

「クルタダ、やっぱ甘いよ、あんた」

 

「そう褒めるなよ」

 

「褒めてない!」

 

のらりくらり、と本気なのか本気じゃないのか。こうなってしまった船長の真意は付き合いの長いズィーハでも分かりづらい。

古めかしい懐中時計を取り出し、時間を確かめ始める。

 

「そろそろ時間だよ。早く行かないと間に合わないんじゃないかい?」

 

「おっと、そりゃまずいな。ナシュモの船はせっかちだからいけねぇよ」

 

さして慌てた様子も見せずに船内に入るために扉を開こうとするクルタダだが、一度振り返る。

 

「いい機会だ。レイセンも連れて行こう」

 

「はあ?」

 

その時のズィーハの顔は、「何を言ってるんだ、この男」と分かりやすく書かれてたという。

 

 

 

濃霧に覆われ、アズーフ島にはナシュモという捨てられた町がある。

かつては皇国海軍の補給基地として管理する町の一つであったのだが、疫病が流行してしまった境に町ごと放棄され、今では人間の代わりに獣人のキキルンが港の一部を運営し、皇国との海港を繋げている。

今では疫病の脅威は無くなったが、元から住んでいた者達は戻ってこない。

アラパゴを訪れる漁師や流れ者相手に細々と商いを営んでいるぐらいである。

 

その町に向かって、ナシュモの東から歩いてきているのは二人の人影だ。

すでに朝日が見えてもおかしくないという時間だというのに、霧が濃くて辺りがよく見えない。

アズーフ島に広がる大沼沢地帯である迷夢カダーバの浮沼。

湿り気の多いこの土地では、一年中にも渡って、霧に覆われている。

陰鬱を思わせる土地なのだが、環境が生み出す灌木とマコモやハス等の挺水植物からなる植生は豊かで、両棲の動物が数多く棲息している。

かつてアトルガン皇国とイフラマド王国の激戦が繰り広げられた古戦場としても知られるが、今となっては王国の代わりに死者の軍団であるラミア、ナシュモのキキルン、そして近東を拠点とするフォモルの一党が、隠然と勢力争いを繰り広げている。

 

霧が少しばかり晴れてきて、二人の影がはっきりと見えてくる。

一人は男のようだった。長身痩躯で、耳が長く、肌も褐色だ。ラフな印象を受ける服装をしており、気の良さそうなあんちゃんと言った感じだろうか。手には大きな荷物を持っている。

もう一人は少女であった。特徴的な兎の耳を頭から生やしている。よく見れば付け耳のようだ。服装も地味ながらも少女らしさを出した胴衣に、膝まで伸びたスカートを履いている。

いつもの服装とは違うクルタダと鈴仙だ。特徴的な三角帽子を身に着けておらず、あまり見る事のないクルタダの銀の髪が晒されていた。

二人はアラパゴから沼地へと続く海底洞窟を潜り抜けてやってきたのだ。

 

クルタダは立ち込める霧の中を、迷いもなく進んでいく。

湿り気のある泥道に沈む事なく、慣れた感じに歩いて行く。

一方で鈴仙は慣れない土地に苦戦をしていた。歩けば滑りそうになったのは一度や二度ではなく、更に霧が濃いために眼の力を解放しなければまともに歩けない環境だった。

本来なら太陽の光が照らしてもおかしくないというのに、濃すぎる霧がそれを遮っているのだ。

 

「ここまでくれば後少しだな。大丈夫か?」

 

「へ、平気……歩きにくいだけだし」

 

鈴仙の眼の力は、解放具合によって消費が違ってくる。

レーダーのように使ったり、幻影を見せる、更に波長を操るとなると今の少ない"霊力"では一時間もかからずに空になる。

逆に赤外線スコープのように単純に見えにくい環境から、見やすくするためぐらいならあまり消費はしない。

現に眼の力無しとすぐ近くにいるはずのクルタダの顔が見えないのだが、赤い眼が光ってる間なら、一級相当の整えられた顔つきがよく見える。

鈴仙とて女である。普段は掴みどころのない男とはいえ、それでも美形に属する顔を見続けるのはちょっとだけ慣れてないのか、すぐに顔を逸らす。

エルヴァーンは顔立ちが整っているのが多いが、クルタダはその中でも高レベルなものだ。

どこぞの常に仏頂面した騎士も整った顔立ちはしていたが、中身はへたれで言葉もアレなので、良くて三枚目に落ち付いてしまう。

 

「手、繋いだほうがいいんじゃねぇか?そっちのが安全だろ」

 

「い、いらないわよ!」

 

「照れるのは分かるが、あまり意地を張るのもどうかと思うぜ?ここじゃ、満足に力出せないんだろ?」

 

「……む」

 

気障な台詞を言いながらも、クルタダの言ってる事は的を得ている。

今の鈴仙には幻想郷で持っていた力のほとんどが失われている。いつも通りであれば、この程度の霧の波長を操作して晴れさせる事ぐらいもやってのける……はずだ。

絶対的なまでに霊力不足。それが鈴仙の悩みの種であった。

 

クルタダは幻想郷に一度だけ来た事があるので、幻想郷の住民である力はある程度は理解してるし、鈴仙の能力も間近で見ている。

だからこそ、霧の中を歩くだけでも一苦労な鈴仙を見て、不調である事を容易に見抜いたのだ。

 

「大丈夫、このぐらいなら私一人でも……」

 

「あまり無理はすんなよ……ここはやっかいなのがいるんだからよ」

 

「だったらこんな所に連れださないでよ……」

 

「違いねぇ」

 

からからと笑うクルタダに溜息一つ。

クルタダの思いつきで、皇国へと行く事になってしまった。

ただ真正面から行くのではなく、島の港であるナシュモから定期船に乗っていく事となった。

良くも悪くも有名人であるクルタダは、今のように変装をしても真正面から行けば兵士に疑われやすい。

そのため、ナシュモの定期船から行く事となったのだ。そもそも、このルートであればわざわざアラパゴから小船で行くよりは早いと鈴仙は聞いた。

 

再度、霧のある沼地を進もうとし、何かが飛びかかってきた。

鈴仙はそれに気付かない。それはあまりにも小さかったからだ。

 

「い、たぁ!?」

 

右腕に激痛が走った。それは何かから攻撃を食らってしまった合図。

思わず腕を振り払い、何かが地面に降り立ち、見た。

虫だ。その奇妙な形に鈴仙は鳥肌が立つ。

 

「な、何これっ」

 

口から嫌悪ま響きをもった声が漏れだしてしまう。

思わず、一歩引いた。右腕が満足に動かないので、左手で隠し持っているヘキサガンを手にかける。

その虫は拳大ほどの大きさでしかなく、だから攻撃を食らうまで近付いていたのを気付かなかったのだ。

しかし、虫とはいえどもかなり大きい。

形としては蚤に似ている。動物の身体に張り付いて血を吸う虫。

身体はほぼ球に近く、ボールのような身体から細い脚が四本伸びている。全身の色は茶色で、顔らしきところには不釣り合いなぐらいに大きな眼が二つ。

その目玉の下には、細く長い、ストローのようなものが生えている。あれで取りついた獲物の血や体液を吸うのだろう。

右腕の袖を捲ると、赤く腫れた傷跡が見える。血を少し吸われたかもしれない。

 

「チゴーか!やっかいなもんがぽこじゃかと出るもんだな!」

 

うめくような声がしたのはクルタダだ。

鈴仙の声に戻ってきたのだろう。

荷物を置き、鈴仙と同じように隠し持っていたヘキサガンを構える。

 

「こいつの外装は頑丈だが、気の帯びた力には弱い。仲間を呼ばれるとやっかいだから一発で仕留めるぜ」

 

そう言いながら、クルタダはいつもの早撃ちではなく、銃を構えながら自らの肉体から"気"を引き出していた。

生きる力、闘気とも言われる力は誰もが持っているものであり、ヴァナ・ディールで戦う者であるならば、使えて当然の技だ。

その"気"を武器に纏わす事で武器ごとに秘められた力を解放し、それは武術という形となって現れる。

 

「スプリットショットだ!」

 

クルタダが溢れ出る"気"は銃に纏い、引き金を引かれて飛び出た弾丸はもはやただの弾丸ではない。

"気"の力を帯びた弾丸は、チゴーの頑丈なはずの外装を引き裂いたのだ。

本来であれば、鍛え抜かれたモンクの拳や、剣などの攻撃すら跳ね返すほどの硬さを持っているというのにだ。

虫は虫らしく、あっけなく倒されて、チゴーの脅威は去る。

しかし武技ウェポンスキルで一撃に倒せるとはいえ、チゴー自体は魔物の中では中々の強さをもっている。

技を外さずに一撃で倒せた事にクルタダは安堵の息を吐いた。

 

「おい、レイセン。傷を見せろ」

 

「え?」

 

銃を仕舞いながらクルタダは鈴仙の腕を掴み、傷口を見た。

傷自体は深くない。虫に刺された程度……の割にはチゴー自体が大きいために、丸型の傷口がくっきりと見えた。

 

「傷は深くないが、チゴーは病原菌や、毒素を持ってるからな。すぐに消毒したほうがいい」

 

「そ、そうなの?」

 

「ああ。アトルガンや、中の国でも猛威を振るった鎖死病もこいつが原因らしい。対処が誤れば国民の半分は激減したみたいだな」

 

「げっ」

 

鈴仙は絶句した。

薬師の師匠がいるからこそ知っているが、病原菌というのは対処を誤れば一気に蔓延していく。

しかも国一つ分の人口を激減せしめた毒素が自分の身体の中にあるかもしれない事にちょっとわずかにビビり始めた。

人間とは違う妖獣とはいえ、病気に対して無敵を誇るわけではない。

身体が弱まれば風邪は引くし、病気もかかる。人間より病気にかかりづらいだけであり、まったくかからないわけではないのだ。

 

「白魔法が使える奴がいればポイゾナの一つでもかけたんだろうが……生憎今は俺達二人だけだしな。ちょっと待ってろ」

 

大きな袋を開き、ごそごそと手を突っ込むと、硝子で出来た瓶を取り出す。

中身は酒だ。度数の高そうな酒であり、酒瓶を持ちながら再度、鈴仙の腕を掴んだ。

 

「ちょいとくすぐったいぞ」

 

「え?ちょ、何を―――!」

 

まだ血が出ている腕を、クルタダはあろう事か、吸いだした。

自分よりも背が大きくて、美形で、男で、海賊で……突然のクルタダの行動に鈴仙の頭は追いつかない。

鈴仙が固まってる間に、吸い続け、口から腕を離し、そのまま口に含んだ血を地面に吐き出した。

そのあと、酒瓶を開き、傷口を酒で消毒していく。

 

「毒素は吸いだすのが早いし、菌は酒で消毒。アトルガンに生きるなら当然の知恵さ」

 

「……あうあうあうあう」

 

顔を真っ赤にしながらも、酒を口に含みながらうがいをする。鈴仙の毒素を吸いだす際に菌を含んだ可能性もあるので、それの消毒代わりだ。

 

「だからって……こ、こ、こんなこと……」

 

「サービスだ。傷の治りが早くなるように色男のキスをな」

 

ニヤリとするクルタダの顔を見て、もう何も言えなくなった。

鈴仙の出来るのは行動をする事だけ。腰にあるヘキサガンを手に掛け、クルタダに目掛けて撃ち続けた。

 

「~~~!死ね!一回死ねぇ!!」

 

「うおぉぉ!?おい、やめろ!それはsYれに……!どわっ!」

 

狙いも糞もない、ただ暴れるように銃を撃ち続け、クルタダはそれを紙一重に回避していく。

自らを色男と自称しながらも、乙女心を理解し切れなかった海賊の頭は鈴仙が落ち着くまで逃げ回っていた。

 

 

 

ナシュモからの定期船からアトルガン皇国まで辿りつくのに約八時間ほどもすれば辿りつく。

朝の八時にナシュモに辿りつき、そのまま船へと乗り込んで八時間。

時刻は十六時と少し。霧の濃い島国から、聖皇が統治する国にようやく着いた。

 

船は港に接舷し、船から次々と乗客が降り立っていく。

ほとんどが冒険者ではなく、ナシュモで出稼ぎに漁をしていた者や、モグラや鼠のような獣人であるキキルンであった。

その中に、クルタダと鈴仙がいる。

距離が離れていた。一方的に鈴仙が距離を取っている。

あの後、銃を乱射し続けた鈴仙であるが、クルタダの謝りに聞く耳持たずであった。

ツーン、と音の聞こえそうな顔立ちにクルタダは息を吐いた。

 

「あー……悪かったって。そんなに怒る事はないだろう?」

 

「…………」

 

もはや意地か何かになっている。

このようなケースはクルタダもそこまで経験がないので、どうしたものかと港から出て、アトルガン皇国へと足を踏み入れた。

 

アトルガンは茶色とミルク色の煉瓦の街並みをしている。

何処もかしこも石積みとなっており、鈴仙は初めて見る異国に目を奪われた。

見知らぬ世界に、見知らぬ街。

文化が違えばここまで築き上げる街も違うのか。

アトルガン白門と呼ばれる街区は今日も賑やかだ。

商人や職人が、行き交う冒険者、皇民相手に商売をしている。

見れば獣人であるはずのキキルンも、同じように商売をしたり、道案内をしているのも見えた。

常に声が行き届き、人が途絶える事のない街区。

鈴仙は少しばかり、圧倒されてしまった。

 

「おい、レイセン。こっちだ」

 

クルタダが鈴仙を呼び寄せる。

女に許されざる事をしたとはいえ、さすがに半日近くも根に持つのはどうかと思い始め、まぁ、彼も反省しているようだし、許してあげようかな。

そう思いながらも、港から噴水広場に向かい、そのまま大通りへと進んでいく。

大通りは広く、横の長さだけでも、先程乗った船がすっぽりと入るかもしれない大きさを持っていた。

そこでも冒険者達がパーティを組んだり、露店を開いた商人が商売をしている。

 

「言い忘れたが、ここでの俺の名前はジャックだ。クルタダなんて呼ぶなよ?」

 

「変装がばれるから……?」

 

「お?ようやく機嫌が直ったみたいだな……ま、そんなところだ。不滅隊に目を付けられたらやべぇが、それ以外の奴らなら名前さえ聞かれなければ案外バレないもんだしな」

 

そう言いながらクルタダは、何処に持っていたのか、黒いレンズをしたサングラスをかける。

服装も相まって、何処かに旅行しにきた軽い男……が鈴仙の頭に思い浮かぶ。

なるほど、服装と眼鏡だけでここまで人は変わるものなのか。

 

「ここは所謂、商人や傭兵……いや、冒険者か。それと市民権の持つ奴が暮らす辺民街区ってとこだ。見ての通り、騒がしい事ありはしない。冒険者が来るようになって更にそうなった」

 

「ふぅん」

 

皇国であるアトルガンは大きく別れて、三つの区画に分類される事をクルタダから大まかだが教えてもらっている。

今いる場所は、クルタダの言った通りの区画の一つであり、アトルガンでは一番に賑やかな場所だろう。

 

「あの門を超えた先が目的地だ。あまり目立った事はすんなよ」

 

「でか……」

 

大通りの先にある巨大な門。

いったいどれだけの時間と人材をかければ出来るのか。それほどの巨大門が二人の前になった。

と、良く見れば普通の人が通れるような普通の門があった。あの門はあくまで壁なのだ。だが、区画を分けてしまう程の巨大門を作り、何か意味があるのだろうか?

そんな事を考えながらも、二人は門を潜っていく。

すぐ近くにはアトルガンの兵士がいるのだが、まさかサングラスをかけたこの男が、アトルガンで名を馳せるクルタダだと思うまい。

 

門の先も白門と同じような大通りであった。

煉瓦による街並みも変わらず、大きく分ける必要性があるのかと思い、人民区アルザビの風景が目に飛び込んでくる。

街並みとしては白門とはほとんど変わらない。

だが、大通りの壁や建物が壊れたままであり、道には魔法の焼け跡らしきものが残っている。

少し進んだ先にある門の壁は、まるで強い力で叩きつけられたかのように粉砕されていた。

 

「一週間ぐらいに前に防衛戦ビシージがあったからな。まだ傷跡が残ってる」

 

これが辺民区画であるアトルガン白門と、人民区画であるアルザビを分ける門がある理由の一つであった。

アトルガンには古くから伝えられる秘宝を持っており、その中でもアルザビの封魔堂に安置される「魔笛」は不可思議な曲を奏で、かつて伝染病で滅亡の危機にあったアトルガンを救った力を持っている。

それを狙うべく、獣人……アトルガンに住まう者から言うと蛮族は「魔笛」を狙っている。

蛮族の力は強大であり、一つの軍勢は一国の軍隊に匹敵すると言えばその脅威は少しでも理解できるだろう。

そして「魔笛」を守るべくアトルガンの兵士、将軍である五蛇将、更に冒険者達が死闘を繰り広げる。

それが市街地で行う小規模の戦争。即ち防衛戦ビシージであり、巨大門は、その戦いに参戦する蛮族を遮るために作られたのだ。

アルザビに暮らす住民は、何らかの理由で市民権を剥奪された者、やっかいなものを抱えてるのが大半であり、防衛戦ビシージが起これば白門に避難する事は敵わない。

防衛戦ビシージが発生して、まだ一週間足らず。それでも完全に復興するのには時間が足りてないらしく、まだ壊れた街並みが痛々しかった。

それでも、住民達の顔つきを見れば明るい事がわかる。

今回の防衛戦ビシージの損害はそこまで出なかったと通りの人々の声が聞こえた。

何度も攻められ、自分達の住む街を破壊され、それでも彼らはいつも通りの日常というものを噛み締めていた。

 

「……強いわね」

 

「ああ。大した奴だろう?」

 

クルタダの言葉に鈴仙は素直に頷く。

蛮族たちは他の獣人と同じように容赦という文字はない。

それらと戦う兵士や、冒険者も情けをかけられない。

ゆえに、彼らの戦いは普通に生きる者からすれば、想像を絶するものになるだろう。

いつ、自分に災厄が降り掛かるか分からない。それでも人民区に暮らす者達は逞しく生きている。

そう、人民区に生きる者は頼れる者がいないからこそ、タフでないと生きて行けない。鈴仙はそう感じた。

 

「だが、この区画に生きる奴はどいつもこいつも強い奴じゃない。どんな街でも、暗闇って奴はあるもんさ」

 

クルタダがそう言いながら、壊れた門を潜りながら歩いて行く。

所々破損はしている部分を除けば、ほとんどが白門とは作りが変わっていない。

恐らく、アルザビと白門は、元々一つの街だったのだろう。

それが蛮族の襲来などで二つに分けられた。鈴仙はそう推測する。

 

(弱い奴は一生、獣人に怯えるんだ……)

 

人民権がないからこそ、この区画に住まう住民は強固な街の中で守られない。

いつ蛮族に見つかるか分からない。いつ蛮族にその凶刃が自分に降り掛かるか分からない。

ふと思った。

鈴仙は、もしも自分がそうなったら耐えられるだろうか、と。

人民区に暮らす住民のように、蛮族に怯える日々に耐えられるのか。

 

(馬鹿みたい……そんな事考えても無駄じゃない)

 

鈴仙と彼らは違う。

常に逃げ出し、臆病者である鈴仙と、例え蛮族に怯えたとしても、力強く生きようとする彼ら。

下らない事を考え、先に行こうとするクルタダに急いで着いて行った。

 

街通りを超えていき、建物の路地裏を通っていく。

嫌な臭いがした。何かが腐った臭いが鼻にこびりつく。

狭い路地裏を何とか抜け、鈴仙はその先にあるものを見て、目を疑った。

 

人民権がなく、いつ蛮族に襲われるか分からない区画に住みながらも全てが全て、逞しく生きている者ばかりではない。

中には頼れる者が誰もおらず、子供の身で野たれ死ぬものも少なくなかった。

アトルガン白門で見た光景は活気があふれていた

アルザビで見た光景は逞しく生きていた

だが、クルタダに連れてこられた場所は悪臭と醜悪の広がる悲惨な場であった。

 

「あんちゃん…?」

 

「あんちゃんだ!」

 

「ジャックにぃがきた!!」

 

薄汚れた格好をしたの子供達がいた。

見た目はバラバラであるが、五歳ぐらいの子もいれば、十歳ほどの子もいる。

子供達は、今はジャックという偽名を使ったクルタダに近寄ってくる。

 

「あんちゃん、今日は何を持って来たんだ!」

 

「眼鏡似合ってなーい」

 

好き勝手に言われるクルタダであるが、さして気にしていないようだ。

鈴仙も、変装とはいえ、少しばかり似合ってないと思った。

 

「俺は何を着ても似合うんだ。これぞいい男の特権ってね」

 

サングラスを外すと、そこにはいつも通りのクルタダの顔がある。

改めて周りを見ると、街区に比べてゴミ山のように感じるほどに汚い。

ハリボテの家に、ハリボテの遊び場。

知識のない素人が作ったと分かるハリボテだらけの家の中には、汚れた毛布などがあり、必要最低限は人が住めるようになっているようだ。

 

「クルタ……ジャック。ここは?」

 

「ここに暮らす奴らは、ほとんどが人民権のない……辺民区画からしてみれば、命の軽い奴らなのさ。そして、そのほとんどがタフに生きてるわけじゃない。

中には頼れる奴がいない、そんなのもいる。それがこれだ。明日を生きるのにも精一杯なのが集う場所……アトルガンの抱える闇の部分だ」

 

アルザビに生きる住民は、国のお情けで暮らしているようなものであり、全てが全て、生きて行けるわけではない。

病気にかかれば治療薬も買えず、医師に見せる事もできない。

碌な食べ物が得られず、飢え死にするのも珍しくない。

そんな環境の中で、幼い子供という存在はあまりにも弱すぎた。

時には病気で、時には防衛戦ビシージで、時には事故で……。

親を失い、天涯孤独の身になる子供も少なくないのがアルザビであり、そうした子供達が一つに集まったのがこの路地裏のハリボテの家なのだ。

 

「ほらよ、今日の食い物だ。仲良く分けろよ」

 

大きな袋の紐をほどき、中身を出した。

袋の中身は食料だった。保存の効いて、栄養のあるものを揃えている。

いつもは食べられるものなら草木や、虫だって食べて生きるアルザビの住民からすれば、クルタダの持ってきた食料だけで三ヶ月は食って行けるだろう。

これには子供達も大喜びだ。

例えそれが偽善から来るものだとしても、生きるために必要な食べる物を得られるのだから。

 

「いつもすまないね、ジャック。こんなに持ってきてくれるなんてさ」

 

子供とは違う、一人の女性がクルタダに礼を言った。

見た目の歳で言えば三十代の前半だろうか。もっと若いかもしれないが、薄汚れた子供達と同じぐらいに汚れているので、分かりづらい。

この女性は子供達の纏め役であり、母のような存在だ。

名はカンナ。

彼女もまた、アルザビに生きる住民だ。

 

「いつもの事さ。気にすんな」

 

そう返した。

クルタダは、海賊でありながらも形ある金銀財宝にはあまり興味の示さない男であった。

彼のとっての宝とは、例え刹那という短い時でも、己の進む様に生きて行ける者たちを示すのだ。

それはコルセアであり、同時にアルザビに生きる者たちでもある。

だから、彼はこの国が……正確に言えばアルザビに生きる者が好きなのだ。

どんなに苦しくても、それでも自分の人生に偽りがないと言えるような、命の輝きを宿した者たちが。

クルタダのしている事はただのお節介に過ぎない事は、クルタダ本人が理解している。

だが、自分の手に入れた金をそのままにしておくのも惜しいと考え、それを元手にアルザビに分け与えたのだ。

これが、クルタダが英雄と呼ばれる一因だろう。カンナもジャックと偽名を名乗るクルタダが、海猫党の船長である事は気付いている。

だが、それを言う事無く、彼女は彼からの支援を受け取った。

彼に必要なのは賞賛でも、礼でもない。

己の生きるままに生きる事。それがクルタダという男だった。

 

「なんだい、ジャック。随分可愛らしい女の子を連れてるね。コレかい?」

 

小指を立て、ニヤリ顔のカンナ。

色男と言いながらも、クルタダは女を引き連れる事はしない。

そもそも海猫党の男女比率的に女が少ない事が上げられるからだろう。

鈴仙の見た目はウサ耳を付けてる事を除けば美少女に通じる。

可愛らしい女の子を珍しく連れて歩くクルタダに、ようやく春が訪れたかと思ったのだ。

 

「何、色男に惹かれた可愛い兎ちゃんだよ」

 

「何適当な事を言ってんのよ!」

 

「はっはっはっはっ!元気があって宜しい事だよ!大事にしてやんな!」

 

「ちょっ、勘違いされてる!?」

 

間違いなく勘違いされている。

鈴仙は必死に弁解するが、カンナは照れているのかと思い、聞く耳を持たない。

どうしてこうなった。

鈴仙の頭の中ではその言葉が鳴り響いた。

 

「うさぎさん……」

 

「え?」

 

ふと気づけば、幼い女の子にぎゅっとスカートを握られていた。

他の子供達と同じように薄汚れていて、朱の混じった黒髪をツインテールに纏めてある。

手にはボロボロとなった兎のぬいぐるみを持っていた。

 

「……なぁに?」

 

「うさぎさん、うさぎさん……」

 

「こら、ヨミ。お姉さんに迷惑かけちゃいけないよ」

 

鈴仙を"うさぎさん"と呼び続ける少女の名前はヨミと言うらしい。

カンナが言うには、ヨミという少女は一時期、人民区の環境が劣悪であった頃に親を失った。

唯一の思い出が兎のぬいぐるみであるらしく、兎耳を付けた鈴仙に大人しい少女の興味が芽生えたのだ。

 

「いい?私の名前は鈴仙。うさぎさんじゃなくて、鈴仙、よ」

 

「れいせん?うさぎさん、れいせん?」

 

「そっ。よく言えました」

 

名前を言えた女の子の頭を撫でる。

感情のなさそうな子だと思っていたが、あくまで見え隠れする程度のようだ。

頭を撫でた時、少しだけ照れてるようにも感じた。

 

「随分手慣れてるな」

 

「元の世界だと、人間じゃないけど子供みたいなのも多いからね。ま、この子みたいに大人しいのじゃなくて、悪ガキもいるけど」

 

永遠亭には兎が多い。

そのほとんどが、迷いの竹林で住んでいた野生、もしくは妖怪兎である。

精神的にまだまだ子供なのも多く、兎たちの隊長である因幡てゐと共々、一種の世話役もしている。

人間とは違うとはいえ、子供の相手をするのは慣れていた。

 

「なぁなぁ、にいちゃん。また見せてくれよ。パチンコをどーんって!」

 

「あん?まーだ、出来ないのか?」

 

「う……結構難しいんだよ」

 

男の子がクルタダに近寄ると、玩具のパチンコを持ってきた。

Yの字になった木の棒に、ゴムを付けただけの簡単なものだ。

この男の子は、パチンコで遊ぶのが好きで射撃の得意なクルタダに教えを受けながらも中々上達していなかった。

 

「そうだなぁ。……おい、レイセン!」

 

「ふえ?」

 

「変な声すんなよ。お前がやってみろ」

 

「ごめん、流れがわからない」

 

「俺がやるのがめんどくさい。だからお前がやれ」

 

「めんどくさいのは私に放り投げないでよ!」

 

「なんだ、ねえちゃん。自信ないのかー」

 

子供の挑発に、むっと来る。

この世界に来てから早撃ち勝負に関してはボロボロだが、的に当てる事に関しては造作もないことだ。

 

「なめんじゃないわよ。この程度、一級月兎の私には即死で瞬殺よ。的は?」

 

「これー」

 

頑丈な紙に、何かが入っていた壊れたビン。これらが的だ。

距離は十歩ほどで、パチンコの弾は小さな木の実だ。

パチンコに弾を装填し、ゴムの引き金を引っ張る。

距離を測り、的を定め、一呼吸を置いて……。

 

「それ!」

 

指を離し、ゴムの反動によって飛ばされた弾はまっすぐと的の中心に当たって、倒れた。

続けて弾を装填し、次々と的を当てていく。

ほんの数分もすれば、幾つもあった的は全て倒れていた。しかも必中である。

 

「ねえちゃん、すっげー!」

 

「全部あてたー!」

 

これには子供達も驚いたようだった。

パチンコというのは慣れるまでは扱いが割と難しい。

そのため、この一同ではパチンコが得意なのはヒーローのような存在とも言えた。

子供達に纏わりつかれ、鈴仙は身動きができない。

たかがパチンコを当てるだけで尊敬のまなざしを受ける事に、戸惑いを覚えた。

 

「おやおや、お嬢さんは随分と人気だねぇ」

 

「まったくだな」

 

それを遠くで見つめるのはクルタダとカンナであった。

 

「カンナ。最近、アトルガンでおかしな事はなかったか?」

 

「おかしな事かい?おかしいと言えないけど防衛戦ビシージに参加する傭兵さんの数が少なくなってる事かねぇ」

 

「冒険者だからな。新たな土地が見つかればそっちを優先するのが彼らの生き方だ」

 

「ま、それでもアルザビを守ってくれる人がいるから無問題だけどね。あとは……中央部に暮らしてたトーマスが行方不明になってることぐらいかね」

 

トーマスという名前を聞いて、クルタダは記憶から引っ張り出した。

確か人民区で調理店に住み込みで働いて暮らす少年だ。

年齢で言えば、この場にいる子供とそう変わらないが、親がいないにも関わらず、強く生きている少年である。

 

「行方不明か……探したのか?」

 

「ああ。傭兵さんと、天将蛇のルガジーン様もお探しに協力してくださったけど……まだ見つかってないよ。ちなみに五日前にいなくなってるね」

 

防衛戦ビシージの際に、アルザビの防衛として五つの将軍が要として存在する。

アトルガン皇国のシンボルでもある蛇の名を冠する五蛇将という者たちがいる。

その中で、五蛇将を束ねる天蛇将であるルガジーンは、民衆のためであるなら己の地位すらも投げ捨てる覚悟を持った人物であり、人民区で行方不明者が現れた時、冒険者共々、手を貸していた事をカンナは話した。

 

「天将が探しても見つからないか……やっかいだな」

 

「まったくだよ。最近、アトルガンで賑やかしてる拉致をする海賊だっけ?それが犯人だと目星がついてるみたいだけどね」

 

天蛇将の地位は軍人でありながらも、アトルガンの軍隊を一手に率いる権限を持っている。

さすがに子供一人に何人の人材を分ける事ができないにしても冒険者も探しても犯人が特定できないでいる。

 

「お前らも気を付けろよ」

 

「肝に銘じておくよ。ま、あたしらはそう簡単にくたばらないけどね!」

 

過酷な環境で生きたカンナ達は、文字通り人間として強い。

このぶんなら心配するだけ無駄か。クルタダはそう思った。

 

「ママ……」

 

「ヨミ?どうかした?」

 

「……これなに?」

 

何時の間にかカンナの隣にいた少女。

ヨミは小さな手にある石ころのようなものを見せた。

 

「それは……ダイスだな」

 

「うん?ああ、本当だ。どこで見つけたんだい?」

 

「……拾った」

 

クルタダはヨミの持っているものがダイスである事を見抜いた。

このアトルガンという国では実は、ダイスは貴重なものではない。

魔法のスクロールが店で売られ、魔道士でしか使えないように、ダイスも同じ事なのだ。

 

「よかったじゃないか。コルセアのダイスは幸運を招くっていうからね。大事に取っておきなさい」

 

「うん」

 

コルセアのダイスはコルセアにしか扱えない。

だがそのダイスは幸運を招くとも言われ、コルセアではなくても、幸運を求めて物好きな客が買っていく事も珍しくなかった。

 

「さてと……俺もそろそろ行くとするかね」

 

「もうかい?もっとゆっくりすればいいじゃないか」

 

「お仕事が詰まっていてね。デキる男はつらいね」

 

「やれやれ……ま、無理をしない程度にがんばんな。疾風のクルタダ」

 

「おう。レイセン!そろそろ帰るぞ!!」

 

「わ、分かった!ちょ、スカート引っ張らないで!」

 

未だに子供達から引っ張りダコであり、ようやく抜け出し、一息つく。

 

「一躍人気者だな。羨ましい限りだぜ」

 

「冗談言わないでよ……」

 

子供達からの別れを受けながら二人は路地裏から這い出る。

服は少しばかり汚れ、匂いを嗅げば少し臭く感じるかもしれない。

 

「さてと……まずはワジャームから集合地点に行くぜ。仕事着はそこで受け取って着替えな」

 

「仕事着って……何するの?」

 

鈴仙の問いに、クルタダはニヤリとした。

 

「海賊のやる事なんて決まってるだろ?」

 

ああ、これはまたやっかい事に巻き込まれる。

鈴仙は確かに感じ取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜか海猫党の一員に加えられた鈴仙の日常は波乱万丈であった。

下っ端とはいえ、海賊として働かせられるようになり、他の海賊からお宝を略奪したり、時にはアトルガンの不滅隊に追っかけられるなどの酷い目にもあった。

その間にも、鈴仙はコルセアとしての修業もさせられていた。

海猫党のクルーであれば、例え下っ端であっても使用できる神速の抜き打ち。

それを修得するためにも頑張っているのだが、今まで"構え、狙い、撃つ"に慣れていた鈴仙にとって、"構える動作を省いて、撃つ"という"クイックドロー"は難しかった。

冴えない男に見えるペッシという男ですら、他のクルーに比べて遅いとはいえ"クイックドロー"ができるのが少しばかりショックであった。

 

「集まったな……誰も付けられてないだろうな?」

 

「ああ、船長。問題はないぜ」

 

人民区には、アトルガン特有の甘い菓子を専門とした店がある。

良心的な値段で甘いものが食べられ、人民区に暮らす者からは長く愛されている。

ただし飲み物はチャイという熱い茶しか出さず、店の名前もチャイ。

 

時刻は夜中。

満月の月明かりが大地を照らす中、すでに店は閉じられ、誰もいない。

誰もいないはずの店の前にいるのは海猫党の一派であった。

船長であるクルタダ、No.2であるズィーハ、赤毛のお調子者であるアズナーフ、金髪に黒色の胴衣を着る青年ムティーブ。

そして、ウサ耳を付けた鈴仙であった。

 

「船長、他の奴らは手筈通りにクレイドル号で待機してるぜ」

 

アズナーフは手に真珠のようなものを持ちながらクルタダに言った。

心と心を繋げ、離れた位置からでも会話のできるリンクパール。

これで彼らの船にいる、残ったクルーと連絡をやりとりしてるのだ。

 

「よし。これからの仕事を言うぜ。まず俺とレイセンが貴族の家に忍び込む。ズィーハはいざという時に監視の目を、アズナーフは逃げる時の道を確保だ。ムティーブは連絡の間をしてくれ」

 

「了解」

 

「任せな、船長!」

 

「わかりました、お頭」

 

ズィーハとアズナーフ、ムティーブは快く答える一方で、鈴仙が挙手を上げた。

 

「質問」

 

「なんだ、レイセン」

 

「なんで私も?」

 

「お前の能力を使えば監視に見つからずに行けると思ってな。夜目が効くってのはそれだけで忍ぶのには最適さ」

 

「……うう、私は船の居残りのほうが良かった……」

 

なにゆえ異世界に来てまで他人の家にお忍びをしなくてはならないのか。

海賊行為に手を染めてるとはいえ、異世界に来てからどんどんそっち方面の道に進んでいる気がしてならない鈴仙であった。

 

「前回は見つかったが、今回は成功させるぜ」

 

「そうだね。前回みたいに一人で突っ走って一人で失敗するなんてごめんだよ」

 

「……痛い所を突くな」

 

ズィーハの手痛いつっこみに顔を顰めるクルタダ。

この五人がわざわざチャイの店で集まっているのは、クルタダが以前に忍び込んだ貴族の館へと再び行くためである。

前回は一人で忍びこみ、失敗してしまったが、今回は準備に準備を重ねての事だ。失敗は許されない。

そしてクルタダは鈴仙を連れていく事にした。

クルタダは鈴仙の能力である赤い眼をある程度を知っている。

レーダーのように使えば、事前に監視の眼を掻い潜る事も可能ではないのかと思ったからだ。

 

「……誰か来る」

 

アズナーフは五人以外の足音が耳に届いたのを感じた。

数は一つ。いったい誰なのかは分からない。

 

「アズナーフ、ヘマしたんじゃないだろうね」

 

「ちょ、姐さん!いきなり俺ですか!?」

 

「大声を立てるな。……来るぜ」

 

四人の気が高まり、誰かがやってくるのを備える。

この時間帯は誰もが寝ているはずだ。

路地裏から何かが出てくる。

子供だった。ボロボロで、傷ついた子供。

 

「子供、だと?」

 

不滅隊か何かだと思った矢先にこれである。

近付けば、その子供は見覚えがあった。

 

「この子……路地裏の……!」

 

「ちっ、おい、坊主!大丈夫か!」

 

「……あ」

 

打撲の傷が痛々しかった。

いったい誰がここまでしたのか。

人民権を持つ白門の住民は、稀によく人民区画の住民にちょっかいをかけるチンピラがいる。

力のない、人権としての権利が最低である人民区画の住民は、人民権を持つ住民に手出しをする事ができないのが原因であった。

 

「あん、ちゃん……」

 

「いったい誰がやった?」

 

「ばけものが……みんなを……う、あぁぁぁぁ……」

 

コルセアの衣装を纏いながらも、少年はクルタダをジャックである事を分かっていた。

知っている者に拾われ、ただ涙を流す。

 

「みんな、だと?……ムティーブ。役割変更だ。お前は坊主の相手を頼む」

 

「わ、わかりました」

 

「ちょいと寄り道だ。路地裏に急ぐぞ」

 

ムティーブ以外の者が傾き、クルタダは路地裏にある親のいない子供が住まう場所へと急いだ。

夜の中、明かりは月の光と街灯だけ。

暗闇の街の中、迷いも無く路地裏へと辿りつき、絶句した。

 

「アズナーフ!あんたはガキどもを!あたしは家の中にいるガキをやる!」

 

「へ、へい!」

 

すぐに指示を出したのはズィーハであった。

路地裏にある、ハリボテの家。そこに住まう子供達。

だが、今はハリボテの家が存在しない。壊され、あとに残っているのは放り投げ出され傷ついた子供達だった。

ズィーハ、アズナーフは傷付いた子供達の怪我を見て、治療を始める。

癒しの術はなく、治療用の道具もそこまでないが、幸い子供達の怪我はそこまで大きくなかった。

クルタダがまず最初に声をかけたのは子供の纏め役であるカンナだった。

子供達と同じように傷ついていたが、命に別状はない。

 

「おい!誰だ!誰がこんな事をした!!」

 

「わからな、い!見た事もない魔物に、襲われて!ヨミが、ヨミが攫われた!」

 

カンナの叫びに、鈴仙は目を見開いた。

ヨミ。親を亡くし、兎のぬいぐるみを離さず持っていた女の子。

鈴仙を"うさぎさん"と言いながら最初に懐いた子であった。

 

「見た事のない魔物だと……」

 

「人型だけど……おかしいんだ。あるはずのない場所に顔が張り付いていた……あと、なぜかずっと泣いていた気もする」

 

それには心当たりがあった。

ここ最近、アトルガンで騒がせる海賊。それは無差別に拉致を繰り返すのだが、それに使われる船員らしき者はあるはずのない場所に顔があり、常に涙を流し続けている事を。

そして、その海賊はこれから攻め入るはずだった貴族と繋がっている可能性がある事を。

 

「ン野郎…!何が目的かしらねぇが舐めた真似をしやがる……この落とし前、キッカリ払ってもらうぜ…!」

 

激昂をしながらも、クルタダの頭は冷静だ。

いったい自分は何をするべきなのか、どう動けばいいのか。

それをただ考えていく。

 

「堅気の連中に手を付けたんだ……命を代償にしてもらうぜ、貴族さんよぉ!」

 

決まっている。

疾風のクルタダは仁義に厚いコルセア。

海賊という家業をしながらも、今を生きるのに必死な者に手を付けるほど腐ってはいない。そして、そんな事をやるのはクルタダのプライドにも関わる。

今すぐに貴族の元に殴り込み、落とし前を付ける。

クルタダは、一度そう決めたら止まらない男であった。

 

 

 

傷ついた子供の治療と避難をズィーハとアズナーフに任せ、クルタダと鈴仙は人民区画から辺民街区へと忍び込み、鈴仙の赤い眼をレーダー能力をフルに使いながら人と兵士を避けていく。

貴族の館があるのは、辺民街区の先にある皇民街区だ。

さすがに貴族や商売人などと言った金持ちが許される街区だけあって、警備も万全である。

しかし、今は鈴仙がいる。

レーダー機能は見えにくい場所にいる警備を見つけ、その死角を狙って危険無く先に進めた。

 

「北西に一人いるわ」

 

「じゃあ、こっちだな」

 

見つからないように夜の街を徘徊する。

それはとてもリスクのある事だ。見つかれば即座に衛兵と不滅隊を相手にしなければならない。

煌びやかな皇民区に辿りつき、貴族の館に急ぐ。

ここまで来ればすぐそこだ。

表面の警戒は厳重であるが、内部の警備はそれほどではない。

兵士の眼を掻い潜り、あっさりと目当ての館へと辿りついた。

ここに来る途中で見た皇民区の家の中では一際目立つほどに大きな館であった。

 

「あっさりと着いたわね……」

 

「皇族民の奴らならともかく、この辺に暮らす奴らは警備が厳重である事に嫌がるからな」

 

ここまで簡単に辿りつけたのは鈴仙の能力が大きい。

何せ見つかる前にほぼ確実にこちらが先に警備兵などを見つけ、避ける事ができるからだ。

狩人にも似たような事が出来るが、確実性に関しては鈴仙の能力が上だろう。

 

「どうだ、館の内部に人はいるか?」

 

「ちょっと待って……」

 

眼の範囲を館に絞り、誰かいないかを確認する。

 

「……?おかしいわね。これだけ大きい館だと使用人がいそうなのに……誰もいないわ」

 

館の内部をある程度スキャンしてみたが、人が一人もいないのだ。

警備をしている者は当然として、館を世話をしたりするはずの使用人すらもいない。

 

「そいつは妙だな……」

 

「待って!二階の部屋に、誰かいる!太った男と……ヨミだわ!」

 

「どうやら拉致の犯人はここの奴で決まりのようだな……行くぜ、レイセン!」

 

大きな扉を力強く蹴飛ばし、内部に入る。

誰もいないのなら大きな音を立てても問題はない。仮にいたとしても、クルタダは無理矢理入って行っただろう。

館の内部は薄暗く、高価そうな絨毯や、壺などが置かれているが、あまり掃除がされていないようにも見えた。

内部に入ってすぐ前にある階段を上り、男とヨミのいる部屋へと急ぐ。

部屋の前の扉を開けようとするが鍵がかかっている。鍵を銃で抉じ開け、部屋へと入った。

部屋の中には……仕立ての良い人民服を着た太った男と、すぐそばには薄汚れた幼い少女がいた。

 

「てめぇが今までの拉致の黒幕だな?」

 

銃を構え、姿を現した貴族に狙いを付ける。

クルタダは瞬時に分かった。この男の眼は、悪い事をして成りあがった貴族である事を。

 

「いきなり銃を突き付けるとは何事かね。君はいったい何処で教育を受けたんだ」

 

「そんな事はどうでもいいわよ!ヨミを離しなさい!」

 

銃を付け付けられているというのに、この余裕。

貴族は大げさな溜息を吐くと、クルタダと向き合った。

 

「ヨミ…ああ、この少女の事かな?所詮、ゴミ溜めに群がるゴミのようなものじゃないか。それを私が好きにして何が悪い?むしろゴミを私という存在に役立てるだけでも名誉な事だぞ?」

 

「ふざけんなよ…てめぇ以外は全部踏み台と言いてぇのか」

 

「ふん。野蛮な海賊には理解できまい。私の尊い理想がな」

 

貴族は更に大げさなまでに声を張り上げる。

まるで自分が物語の主人公と言わんばかりに。

 

「私は全てを手に入れたよ。私の世代で、私は金も名誉も女も手に入れた。人間なら誰もが手にしたいものは掴んだ…見たまえ、この武器を。

魔物すら容易に殺せるであろう大きな剣。この剣だけで1000万ギルもする高値がつく。

見たまえ、このベッド。最高級の素材を使われたこれは200万ギルはする。いや、300万だったかな?どちらにせよ、私には、はした金だな」

 

クルタダから話をある程度は聞いていたとはいえ、かなりの金持ちである事が鈴仙にも理解できた。

幻想郷からやってきて、ヴァナ・ディールの通貨単位も理解してきた鈴仙であるが、300万も金があればアルザビに生きている子供なんて何十年も生きていけるだろう。

こんな、自分勝手な奴に簡単に奪われてしまう子供達の未来に鈴仙は歯軋りしていた。

 

「だが、こんな私にもたった一つだけ、手に入らないものがあった。

如何なる聖人、如何なる偉人、如何なる英雄すら手に入れる事が叶わないもの…そう、不老不死だ」

 

「不老…不死だぁ?」

 

「そうだ!どれだけ栄華を極めても、人の寿命は短すぎる!私にそれが耐えられない!

なら、死ななければいい!

永遠に老いず、永遠に死なず!私はそれになりたいのだ!」

 

馬鹿らしい。

鈴仙はただ冷めた目で貴族を見ていた。

人類の夢かもしれない不老不死。それは事実であり、間違いである事を鈴仙はこの場にいる中で一番理解している。

鈴仙の師匠である蓬莱人の薬師、薬師が仕える永遠の姫君。

彼女らは永遠者になってから何千何万年も生きている。

だが、それは果たして幸せなのだろうか?それは本当に人類の夢なのだろうか?

答えは否、否だ。

永遠には永遠なりの苦痛がある。誰にも理解されない苦しみがある。

永遠に一人で生きて、永遠に死なず、世界の終わりを迎えるその日まで生き続けるだと?

そんなモノ、少なくとも鈴仙には耐えられる気がしない。

もしも師匠がいれば喜んでこの男に不老不死の妙薬である蓬莱の薬を飲ませていただろう。

そして、永遠に生きる苦しみ、永遠に生きたために永遠に死なない苦しみを貴族は味わい続け、その滑稽な姿を姫は嘲笑うに違いない。

それだけ、不老不死というのは重いものなのだ。

たかが数十年生きた程度の人間の欲望如きが手にしていい代物ではない。

 

「それが、ヨミに何の関係があるのよ……!」

 

「大有りだ。こやつらは私が不老不死になるための材料になるのだからなぁ」

 

「!何をする気だ!!」

 

貴族の男を中心に魔法陣が描かれる。

移送の魔法かと思うが、クルタダは改める。あれは移送は移送でも、何かを呼び寄せる魔法だ。

 

「ま、魔物!?」

 

鈴仙が声をあげた。

貴族は何と、自分の家に魔物を召喚したのだ。

しかも、あれは鱗のある人型の獣人。アトルガンでは蛮族と恐れられるマムージャではないか。

 

「見るがいい。これが私の不老不死を行う上での重要な事柄だ」

 

「何をするのかわからねぇがやめろ!!」

 

嫌な予感が猛烈にした。

構えた銃から何発もの銃弾が貴族を狙うが、その全てが光輝く何かに遮られる。

 

「障壁……加護の魔法だと!?」

 

「大人しく見ていたまえ。歴史の瞬間が見れるのだぞ?」

 

クルタダの銃弾を遮ったのは召喚の"魔力"の余波で作り上げた"プロテス"であった。

それも銃弾すら遮る強固な盾である。

 

「やらせない!」

 

鈴仙の眼が妖しく、血のように赤色に染まり、暗闇で分かるほどに輝いていく。

周波数すら操れる鈴仙の能力の前には如何なる加護も無意味となる。

まだ使いこなせていないという弱点もあるが、貴族の魔法は膨大な"魔力"に身を任せただけの大雑把な魔法であった。

この程度であれば、消滅させる事ぐらいは簡単だ。

 

「クルタダ!」

 

「おう!」

 

障壁が解除されたと同時に、クルタダは神速の抜き打ちで少女を掴む貴族の腕を狙い撃った。

鉛の銃弾は肉を突き破り、骨を砕き、容易に貫いていく。

血吹雪が、部屋に舞った。

 

「うお、わ!」

 

「邪魔!!」

 

少女から手を離し、バランスを崩した貴族に鈴仙はしなやかな足で貴族の顔面にハイキックを食らわせ、地面に叩きつけられる貴族に目も暮れずに少女を回収。

そのまま、バックステッポで体勢を整えた。

鈴仙の腕の中で静かに眠る少女。傷一つないところを見ると、特に何かをされてはないようだ。

 

「形勢逆転だな。選ばせてやる。不滅隊に引き渡されるか、それとも俺に殺されるか。どちらか選べ」

 

銃を貴族の脳天に突き付ける。

無論、今ここで殺すわけにもいかない。この貴族に拉致された被害者を聞きだし、可能であれば救出するのも視野に入れている。

だが、それは海猫党より、情報を流してアトルガンの兵士や不滅隊にやらせるのもいいだろう。

 

「貴様……私の遂行なる目的をここまで邪魔をするとは……」

 

「立場分かってるのか?いいからどっちか…」

 

クルタダは見た。

銃弾によって貫かれ、傷ついたはずの男の腕が完治している事に。

癒しの術である"ケアル"でも自分にかけたのか?だが、その素振りを見せなかったし、少しでも怪しい行動を見せれば即座に銃弾で黙らせている。

 

「いいだろう。まだ未完成だが……貴様を実験台代わりにしてやる!」

 

「な、ごぁ!」

 

「クルタダ!」

 

見えなかった。

男が腕を振り払い、それはクルタダの腹にめり込んで大きく吹き飛ばす。

壁に叩きつけられ、血を吐き出した。

 

「ぐ、がぁ……糞!なんだ、今の力は!」

 

明らかに太った貴族が出す力ではない。

腹に手をやるとズキズキと痛みだす。下手すればアバラが折れてるかもしれない。

ヨミを抱きかかえながら鈴仙は急いてクルタダに近寄る。

癒しの術ほどではないが、それなりに即効性のある回復薬を飲ませていく。

 

「来い!今宵の生贄を討ち取れ!討ち取った者は私が楽にしてやるぞ!」

 

まるで誰かを呼ぶように、パンパンと手を叩き始めた。

 

「やだ……なにこれ………」

 

「おい、なんだこの冗談は……」

 

扉から、窓から、地面にあった隠し扉から次々と魔物が現れ始め、囲まれてしまう。

数で言えばざっと十は超えている。

それらは見た事のない魔物であった。

人型である事は共通だ。しかし、その外形は醜悪である。

ぶよぶよとした肉が膨れ上がった肉体、ガリガリとした黄土色をした肉体、骨と皮と膨れた肉のバランスが取れていない肉体、そもそも腕が無くなっている肉体。

中には鱗があったりとマムージャのような肉体を持つ者がいる。

だが、そんなものが気にする事もないような光景があった。

 

『あ、あ、あ、あ、あ……にににに。んげん』

 

『ら、楽になりた……殺し殺殺殺殺して』

 

『ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ』

 

『……………こ……し………あ』

 

泣いている。泣きながら嘆願している。

胴体、腕、足…様々な違いはあれど、人間の顔が張り付いたような人面顔から涙が流れ続けている。

それは、アトルガンの噂に流れる謎の魔物にそっくりであった。

 

「おい、なんだこりゃぁ」

 

「これは私の肉体を構成する材料だよ」

 

鈴仙の蹴りによって砕かれたはずの貴族の顔はすでに元に戻っていた。

凄まじいまでの回復力である。

 

「不老不死になるためにも…私は魔物の肉体にヒントを見いだした。

人間を遥かに超越する魔物の肉体…それを生かせないかと思っていてね」

 

「不滅隊……青魔道士と一緒になるってか?」

 

「それでは駄目だ。あれは魔物の魂の取りこむだけで、不老不死とは程遠い。むしろ魔物の魂に取り殺されてソウルフレアになったら意味がないではないか」

 

魔物の魂を取り込み続け、己の力に変える青魔道士は、常に魔物の魂に負けない強い心を持ち続けなければいけない。

そうしなかえれば人間の魂が魔物の魂に食い殺されてしまい、青魔道士の末路であるソウルフレアになってしまうからだ。

 

「魔物の魂が駄目なんだ。強靭な肉体を支える強い魂が邪魔になる。だから、私は考え、考え抜き、結論に至った」

 

貴族は腕を広げ、歓喜な顔をしながら言う。

 

「魔物の魂があるからいけないのだ。ならば、魔物の魂だけを消して肉体だけを私に移植させる。

そのために、魔物と人間を半強制的に融合させる事によって、魔物の魂を人間の肉体で消し、魔物の肉体を維持させるために人間の魂を定着させたのだ」

 

「それが…こいつらってことかよ」

 

「その通りだ。お陰で成功の兆しが見えてきたよ。彼らの必要である肉体を移植し、貪り、己の肉体に変えていく。

分かる、分かるのだ。魔物の肉体を摂取するたびに己の肉体が不老不死に近付いている事がな。

だが、なんだ。やはり人間の魂で魔物の肉体を維持するのが困難なのか、このようにずっと泣き続けているのだ。困ったものだな。これさえなければ手駒としても役に立つと言うのに」

 

貴族が作り上げたこの魔物達は、元は人間だったのだ。

魔物の魂を消し去り、肉体を維持させるためだけに元となった人間の魂が使われてる。

その結果、人間の魂は常に負荷がかかる状態になって、早く楽になりたい一心で魔物は貴族の男に仕えていた。

食われれば楽になれる。殺されれば楽になれる。ただ、その一心に。

 

「あ、あ、あんた……人の、他人の命を何だと思ってるのよ!!」

 

鈴仙は叫びにも似た声をあげた。

元月人であり、過去には地上に生きる者を見下していた時もあった。

だが、薬師であり、医者である師匠の下で働き続け、命の大事さはそれなりに理解してるつもりだ。

この男は何だ?どうしてここまで他人を弄べる。狂ってるのか。目の前のおぞましい男が理解できない。

 

「他人の命だと?ゴミをどう使おうが私の勝手だと前に言っただろう」

 

「……狂ってる!」

 

狂気を操るはずの鈴仙が断言する。

もはやこいつは人間の尊厳すらない。自らのためなら何だって食い物に出来る奴なのだ。

 

「狂ってる……?違うぜ、レイセン。こいつは狂ってるじゃねぇ……堅気の連中に手を出して、てめぇだけ上に行きたい…ただの"外道"だ!!」

 

傷が回復し、銃を放った。

鉛の弾丸は真っ直ぐと貴族に向かっていくが、魔物が貴族の盾となった。

 

『げふ、げふふふ!あ、あ、あ、ああああ』

 

「な、なんで盾になりやがる!」

 

「無駄だ、海賊。こやつらには私に逆らえないように特別な術式を編んである。私に危機が迫れば盾になってくれる忠実な奴隷なのだ」

 

「どこまで腐ってんのよ、あんたは!!」

 

じりじりと魔物達が迫ってくる。

涙を流しながらやってくるのは恐怖の一言。見れば蛮族が持つようなギザギザの剣を持っている。

あれで切られたら痛いでは済まないだろう。

 

「完全に囲まれてやがる…めんどくせぇ事になりやがった」

 

「救援は呼べないの!?」

 

「ここに来るまでに最低でも数分はかかるぜ…」

 

外にいるクルタダの仲間を今から呼んでも時間がかかる。

そもそも海賊として有名な海猫党の一員を高い階級の住む皇民街区にホイホイと行けるはずがない。

兵士の眼を掻い潜りながらここまで来るのに更に時間がかかるだろう。

 

「さぁ、早くその三人を捉えろ!そして私の理想の礎となるがいい!」

 

「その理想は今日で終わりだ。貴様はやり過ぎた」

 

腕が、飛んだ。

貴族の腕が根元からぼとりと落ち、一瞬の静寂が訪れる。

傍には、赤い、紅蓮に輝くような軽鎧を着込む男が、いた。

腕を切られ、激昂をするかと思いきや、貴族は男を見てわなわなと震えていた。

 

「あ、あ、あなたは!なぜここに!」

 

「あれだけ銃声が聞こえて気付かないと思っていたのか。ある程度の話を聞かせてもらった。貴様……ただで済むと思わない事だな」

 

アトルガン皇国の宰相であり、実質的に皇国の全実権を握っていると噂のある男。

前聖皇ジャルザーンの息子でありながらも、かつて戦争によって起きた瀕死の重傷を治すために魔物の血を輸血した結果、命を取り留めるが皇位継承権を外されるも、自ら不滅隊を率いて、宰相としてアトルガンの未来のために動き続ける者。

ラズファードは、美しい蒼の刀身をもった曲刀を構え、貴族に突き付けた。

 

「如何に貴様が貴族と言えども、同じアトルガンの民を辱めた罪が重い。その罪を己の命で持って償え」

 

「ア、アルサビのゴミをどう使おうが私の勝手でしょうに!あれらは市民権のない人以下ですぞ!」

 

この期に及んでまだそれを言うか。

もはや鈴仙は呆れた顔しかできない。

 

「人以下だと?人の道すら外れた貴様がそれを言うか。アルサビに生きる者とてアトルガンの民に変わりはない」

 

「くっ……なら……死ねぇ!」

 

魔物がラズファードに襲い掛かる。

国の宰相クラスに自分の仕出かした事がバレればただでは済まない事ぐらいは理解している。

ならば目撃者である宰相を殺すという暴挙に出たのだ。

その間に斬り飛ばされた腕を拾い、根元にくっ付けるとすぐに再生したのか、手が動いていた。

 

『う、わああ、ああ、あ』

 

「憐れな……まるで青魔道士の移植に耐えきれなかった者の末路だな」

 

巨大な剣で切りかかってくる魔物であるが、それを受けとめ、即座に切り返す。

曲刀が腹を裂き、魔物特有の青い血を噴き出すが、その傷はすぐに再生していく。

 

「何!」

 

「くくく……無駄だ!それらは私の不老不死のための材料だぞ!?再生能力は他の魔物とは比較にならん!」

 

「だったら、こいつはどうよ!」

 

銃弾が連続して響く。

六連拳銃であるヘキサガンから離れた六発の弾丸。

二発の弾丸が腕の根元をもぎ取り、残りの四発の弾丸は宙に浮かぶ腕を粉々に粉砕していく。

 

「さすがにバラバラになりゃあ……おい、嘘だろ!?」

 

バラバラに砕け散ったはずの魔物の腕が少しずつながらも一つに集まり、再生しようとしている。

ここまでの再生力はクルタダでもお目に掛かった事が無い。それこそ、バラバラの状態から再生するのはアンデッドでも無理な事だ。

 

「駄目、中にいる人間の魂が無理矢理、肉体を超活性化させているんだわ!」

 

鈴仙の眼には魔物の中にいる魂がはっきりと映っている。

それこそ、魔物の肉体を維持するために魂そのものが燃やされているかのような光景が見えていた。

思わず、目を背けてしまいたいぐらいに惨い有様である。

 

「ちっ、ならどうするんだよ」

 

「肉体を維持している魂そのものを砕くか……もしくは……」

 

貴族に目を向ける。

仮にも皇国の宰相を敵に回しながらも余裕たっぷりの表情であった。

 

「術を掛けたあいつを……倒す!」

 

どのような外法の術かは分からないが、魔物の魂と、貴族から"魔力"のラインのようなものを感じる。

あれが魔物の動きをコントロールし、尚且つ人間の魂を消滅させる事なく維持させている糸なのだ。

ならばそれを操る貴族を倒せば、この者達は解放されるかもしれない。

 

「そいつはシンプルで楽勝だな。おい、宰相!」

 

ニヤリと笑みを浮かべ、クルタダはラズファードを呼ぶ。

 

「海賊か……それも疾風のクルタダとはな。あとで貴様も捕らえてやるから大人しくしてろ」

 

「無粋な事を言うなよ。事が事だ。今だけでいい、協力しろ」

 

ラズファードの背後から狙おうとした魔物の腕を狙い撃ち、武器を持つ腕ごと弾き飛ばして地面に落とした。

そのまま追撃の連射で足を破壊していく。例え、今は殺せなくても足止めぐらいになる。

 

「協力だと?不滅隊の隊長である己にそれを言うか。正気か?」

 

「正気も正気だね。あの豚みてぇな豚野郎をとっちめるなら……」

 

神速の抜き打ちで持って放たれた数多の弾丸は、ラズファードを囲んでいた魔物の脳天を撃ち抜いた。

 

「俺とあんたが協力すればイージーモードだ。そう思うだろう?」

 

「ふん、理解し難いな」

 

独特の構えに入り、"魔力"を込め始める。

内に眠る魔物の魂を呼び起こし、具現化するのは魔物の技。

鋭い鎌という名を冠する"シックルスラッシュ"がクルタダを狙い、

 

『ぶしゅっ!?』

 

クルタダの背後に静かに寄っていた魔物を一刀両断にした。

はらりとクルタダの銀色の髪の毛が数本切られただけで、それ以外はクルタダに傷一つついていない。

 

「……ヒュー。やるねぇ……」

 

「…………今回だけだ。今は……」

 

魔物達は脅威を感じたのか、大半が貴族を守る布陣となっていく。

海賊の若頭と皇国の宰相。

二人は己の愛用とする武器を構え、貴族の元へと駆けだした。

 

「奴を仕留める!」

 

「同感だ!」

 

クルタダのヘキサガンが、ラズファードの曲刀と青魔法が、次々と魔物を蹴散らしていく。

戦って分かった事だが、この魔物達は決して強くない。

むしろ再生力を高め過ぎた結果、それ以外の戦闘力が犠牲になっているのだ。

 

「ええい!なぜ宰相が海賊如きに!」

 

貴族は焦っていた。

後少し、後少しで己の理想に届いていたというのに。

不老不死という理想は男の感覚では目と鼻の先まで来ていると感じ取っていた。

如何なる傷を負ってもすぐに回復する。

如何なる病魔にも負けぬ肉体。

あとは、無限の時を歩いていける老化という現象から外れるだけ。

 

「……仕方ない。ここは捨てるか」

 

一代で築き上げた富と名誉。

それは一代で集めるのには破格とも言える量だが、今捕まってしまうよりかは良い。

予備の蓄えは逃げる先にある。それを元手に使えば、今と同じような富が手に入る。

そう決めると、貴族は冷静さを取り戻し、冷めた視線で戦場を見つめていた。

 

銃声が響けば魔物の肉体が弾け飛び、剣が振り払えれば魔物の肉体が切り飛ばされる。

一級廃人を優に超える二人が協力している今、そこまで強くの無い魔物は敵ではない。

 

「数ばかりは多いぜ……!」

 

「再生がやっかいだな……面倒なものだ」

 

だが、どれだけ蹴散らしても中々前に進めない。

単純な攻撃をしてもすぐに再生をするため、切りが無い。

このままでは、貴族の下に辿りつく事が出来ない。

ヘキサガンの弾を打ち終え、時間をかけずにクイックリロード、素早く銃を構えた先を見て、絶句する。

 

「あ……ぁぁ………ぁ」

 

「……トーマス!」

 

顔が付いていた。魔物の身体に。

それは、クルタダの知る少年の顔にそっくりであった。人民区で行方不明になっていた、少年に。

 

「糞がぁ!!」

 

それをクルタダは躊躇いも無く撃った。

呼吸も瞬きも許されず、わずか一瞬の間に放たれた弾丸の数はヘキサガンの砲身と同じ六発。

続けてリロードをしながら、更に六発。

リロード、撃つ。リロード、撃つ。

計二十四発の弾丸が数秒の内に放たれ、魔物の両腕両足は千切れ飛ぶ。

 

「躊躇いも無く撃つか。それがお前のやり方か?」

 

「ふざけるな。俺は……人を殺すために武器を取ったことなどない」

 

ラズファードはクルタダの行いを見ながらの言葉に、そう返した。

さすがに四肢が千切れ飛ぶと再生するのが時間がかかるのか、すぐには回復しない。

それでも幼い男の子の顔が苦しみながら涙を流し続ける光景に、クルタダは元凶を力強く睨みつけた。

 

「てめぇの企みなら幼子の命も安く扱うか……その賭けがどれだけ重いが教えてやるぜ」

 

魔物の動きは一瞬のうちに四割以上の損傷を与えれば時間稼ぎにはなる。

そうと知ればクルタダは得意技である"クイックドロー"の嵐を邪魔する魔物達に食らわしていく。

同じように気づいたラズファードも追従していき、片手剣だけでは威力は足りぬと判断し、禁じられた外道の技たる青魔法が次々と魔物を蹴散らしていった。

もはや貴族との距離が縮まるのは時間の問題だ。頃合いを見た貴族は逃げ出す準備に入り、その目は戦いに巻き込まれないように縮こまる鈴仙を見た。

 

(ほう……?)

 

人間の皮を被っていた時は気付かなかったが、不老不死としての肉体を解放した貴族の眼は一種の魔眼と化している。

その眼は、鈴仙が人間でない事を見抜いていた。

人間ではない。魔物ではない。蛮族でもない。

どちらにも属さぬその生物。よく見てみれば、肉体的にも蛮族に劣らぬ素材を秘めている。

娘共々、ここで逃がすのには惜しいと思い、貴族は考えを固めた。

 

「さて、必死に戦ってる海賊と宰相殿。名残惜しいがそろそろ逃げさしてもらう」

 

「何言ってやがる?逃がすとでも思ってるのか?」

 

可笑しな事を言い始めた。そう思ったクルタダは、モーションも無しにクイックドローの弾丸が貴族の脳天を狙うも、手前の時点で弾丸が止まってしまう。

魔法の障壁だ。鈴仙によって解除されたのが、再び展開されている。

 

「逃げれるさ。この力を使えば!」

 

言葉が言い終ると同時に、貴族の背から翼が生える。

蝙蝠のような翼であった。赤と黒の混じった、人間の背にあるのには可笑しい翼。

 

「なぁ!?」

 

「!」

 

これにはクルタダとラズファードも驚きが隠せない。

 

「だが、逃げる前に……」

 

「……え?わ、私!?」

 

変貌した貴族の眼は鈴仙を捉えていた。

 

「逃げろ、鈴仙!」

 

「遅いわ!」

 

足止めをするために放ったクルタダの弾丸は障壁によって弾かれ、眼に見えぬ速度で動いたかと思えば、すでに鈴仙の目の前に立っていた。

本能的にヘキサガンを抜き取り、突き付け、引き金を引こうとするが、それよりも早くヘキサガンを跳ねのけられてしまう。

もはや武器がない。

貴族と眼が合った時、鈴仙の意識が消えてしまいそうになる。

魔眼を持つ今の貴族は、眼が合ってしまえば意識が途切れてしまう。鈴仙はそんな事も知らずに、ヨミを抱き抱えながらも気絶してしまい、それを貴族が無造作に持ちあげた。

 

「では、諸君、さようならだ。もう二度と会う事もないだろう」

 

「待て――!」

 

銃を放つよりも早く、大きな蝙蝠の翼で貴族は鈴仙とヨミごと空高く飛んで行ってしまった。

逃げられた。しかも仲間も拉致られて。

クルタダは自分の不甲斐無さに呆れて怒る気にもなれない。

 

「――糞っ!」

 

今すぐ追わなければならない。

入り口へと向かおうとし、膝をついたラズファードに視界が入る。

 

「すまん……今は、痛み無く眠ってくれ……」

 

ラズファードの唱えたのは青魔法。

それは羊が眠りへと誘う歌であった。

その歌を聞いた者は、安らかに夢の世界に旅立ってしまう。

"シープソング"を聞き、魔物の涙を流し続けた瞳はだんだんと閉じていった。再生力も低下している。

無理な再生が魂の消耗に繋がるのなら、眠らす事でそれを抑える。

眠ったところで再生しないとも限らないのだが、どうやら成功したようだった。

 

『船長!聞こえるか!?大変だ!!』

 

声が脳内に響いた。

クルタダの耳に付けたリンクパールから響くのは赤毛のお調子者。

船の管理を任せ、いざという時にすぐさま逃げられるように手配してある。

 

『見えないところから当然、船が現れやがった!姐さんが言うにはプリズムパウダーを大量に塗した布で隠してたって言ってたが、そんな事はどうでもいい!

その船にターゲットの貴族と……レイセンちゃんが捕まってて船に乗り込みやがった!船は真っ直ぐと中の国に向かおうとしてる!』

 

「……逃げる先は中の国か。国によっては確かにアトルガンじゃ手出しはできないかもな……」

 

貴族の逃げ出そうとしているのは、冒険者がいた大陸であった。

逃げる手筈を元から作り、逃げる時はさっさと逃げる。

なるほど。引き際を心得てるからこそ出来る芸当だ。だが……。

 

「俺から逃げられると思うなよ……聞こえるか、アズナーフ!」

 

リンクパールに集中し、念心を始める。

心と心を繋げる魔法の真珠は、どれだけ遠くに離れても会話する事が可能だ。

 

「今すぐブラック・クレイドルの出港を急がせろ!俺が船に乗り次第、今すぐ追うぞ!奴はこのまま逃がすわけにもいかねぇ!」

 

『了解!聞こえたか、野郎ども!船長が来る前に準備を整えろよ!』

 

暗礁ではない、彼らにしか知らない場所に隠された海猫党の船。

その名は黒い揺り篭ブラック・クレイドル。

 

アトルガンの、それも一代でしかない貴族が他国に逃げてしまえば、閉鎖的な考えを持つ上がまだ多いアトルガンでは、追うのが難しくなる。

ようやく追える頃には、姿を眩ましてる可能性が最も高いだろう。

それを避けるために、逃がすわけにはいかない。

 

「……待て」

 

「宰相か。今はあんたに構ってる暇はない」

 

今すぐ港に隠してある船に向かわなくてはならない。

そのクルタダを止めるのはラズファードだった。

 

「その船は、奴の船を追えるか?」

 

「リンクパールから言うには船の型は一昔前のものらしい。大方、貴族の道楽とやらで買ったもんだろうよ。それなら俺達の船で追いつくなんて楽勝だな」

 

クルタダの耳に付けたリンクパールから届く情報。

それは姿を隠していた船の特徴だった。

大陸と大陸を結ぶ機船が開発され、何年にも渡って人を乗せ続けた。

その機船が出来る前の船があり、その船を貴族は買い取っていたのだ。

クルタダは、その船で海賊行為をしていたのだろうと予測をしていた。

 

「そうか。今、己が呼べる不滅隊は三人だけ。残りはこの魔物の監視をさせなくてはならん」

 

「……何が言いたい?」

 

「貴様の船に己を乗せろ。奴を仕留めるのが……まず貴様を捉えるより先の事だ。この緊急時に船は用意できんしな」

 

ラズファードの言葉に、クルタダは少しばかり理解するのが遅かった。

 

「本気かよ?……言っておくが、後ろからばっさりと切られるのがごめんだぜ?」

 

「お互い様だ。安心しろ。奴を捕まえるか、もしくは消せば今回ばかりは貴様を見逃してやろう。どうする?」

 

乗るか、反るか。

不滅隊を率いる宰相の言葉に、クルタダは――。

 

「この賭けに乗らない奴は男じゃねぇよなぁ……いいぜ、宰相。あんたを俺達の船に乗せてやる」

 

宿敵と言っていい程の相手を、誇りあるコルセアの船に乗せる。

その結果がどうなるのかを、コルセアであるクルタダは賭けたのだった、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴仙が気づいた頃には、そこは薄暗い船の中であった。

頭がはっきりとしないのを、振るって無理矢理にすっきりさせていく。

 

「……そうだ、ヨミは!?」

 

「おねえちゃん……」

 

いた。自分のすぐそこに。

手足が縛られていているが、ヨミがいる事にほっと息を吐いた。

だが、状況が最悪だということに変わりはない。

鈴仙は思いだし、頭が痛くなりそうだった。

貴族に拉致られた。それも、自分自身が赤い眼という魔眼の使い手であるはずなのに、逆に魔眼を食らってしまう形で。

 

(……でも、あの眼は……)

 

何処かで見た覚えがある。

はっきりとした記憶ではない。たぶん、一瞬だけ眼に映ったとかそのぐらいだ。

それでもその眼は覚えがあった。

 

「目覚めたかね?」

 

明かりすらない暗闇の中、妖獣の眼ははっきりと目の前にいた貴族の姿が見えた。

翼がなく、貴族の眼も"魔力"はない。何処から見ても普通の人間にしか見えない……はずだった。

 

「……こんなところに連れてきて……何が目的よ」

 

「何、お嬢さん達をこのまま捨ておくのも惜しいと考えてね」

 

鈴仙は疑問に思う。

なぜ自分達を捨てるのが惜しいと考えたのか。

 

「疑問かな?まぁ、そうだろう。だが単純な事でもある。魔物の肉体を維持するのに人間の魂が必要だと言ったが……実は人間の魂とやらは何でもいいわけでもないのだよ」

 

貴族は心底めんどくさそうに口を開いた。

 

「相性、というのがあるんだろうね。魔物の肉体を維持するのに、そこらの魂を使っても拒絶反応を起こして簡単に消滅してしまう。ゆえに、維持をするのに耐えられる魂をいちいち探し出す必要があるのだ」

 

「それで、ヨミを?」

 

「その通りだ。ゴミとはいえ、それでも貴重な魂を持つ事に変わりはないのでね」

 

「私からすればあんたのほうがゴミ……いえ、それ以下よ」

 

「よく吠えるなぁ。状況が分からんでもないはずだと言うのに。さて、確かにそこの少女は惜しいが、今はそれ以上にお嬢さんが興味深くてねぇ」

 

貴族の眼は、まるで品定めをするかのように鈴仙を見つめる。

蛇のようにねちっこい気持ち悪さに震えつつ、貴族は嗤う。

 

「人ではない。蛮族でもない。お嬢さんは何者だ?くくく……特にその眼、私の眼すら凌駕する魔眼だ……いやはや良い拾い物をしたものだ」

 

貴族の眼は、まるで御馳走を目の前にした子供のように笑っていた。

鈴仙は、目の前の男が人間であるはずなのに、人間ではない。ヒトの皮をかぶった"何か"に見えた。

それは正解なのだろう。

不老不死という生きる事をやめて永遠の時に残される事を選んだ者に、正常な考えも思考もあるはずがないのだ。

 

「そこの少女とお嬢さんを融合させ、食らい、私はまた一歩、不老不死に進める。感謝したまえ。偉大なる私の肉体の一部になれる事を」

 

「下種が……!あんたみたいなのは地獄ですら生温い!」

 

「地獄か。私には縁遠いものだな。何せ死ぬ事がないのだから」

 

鈴仙は悔しかった。

こんな、どうしようもない奴を野放しにされていることが。

そして、それに立ち向かう事もできないことが。

赤い眼を持つ鈴仙ですら気絶させる、謎の魔眼を持つ貴族に幻惑をかけられるか未知数だ。

下手な行動を取れば、最悪の事態を招きかねない。

だからといって、このままいればヨミと融合されてこの貴族に食われてしまうだろう。

 

「ここでは儀式は行えん。中の国に着き次第、隠れ家と儀式を作って、不老不死を進めなくてはな……金を得るのはその後でも良い」

 

中の国。それはサンドリア、ウィンダス、バストゥーク、そしてジュノという四国家が存在する大陸を指すもの。

鈴仙には何時ごろその国に辿りつくか分からないが、一日もタイムリミットもないはずだと考える。

船乗りの基礎として、アトルガンから中の国まで半日もあれば辿りつけると教えられているからだ。

 

「それまで大人しくここで、うぉ!?」

 

突然、船が大きく揺れた。

まるで何かが爆発したかのような轟音が鳴り響く。

先程まで震えていたヨミは、鈴仙にぎゅっとしがみついている。

 

「ええい、何事だ!」

 

今のが貴族も想定外のことなのか、わざわざ外へと出て行った。

暗闇の部屋の中、鈴仙とヨミの二人は取り残される。

 

「……こわい」

 

「大丈夫、私がいるからね」

 

いったい何が起こっているのかは鈴仙も分からない。

だが、助けがきたのは理解できた。

その助けに来たのは……。

 

 

 

「大当たりだ!さすが土壇場のベアード兄ぃ!一発命中だぜ!」

 

「馬鹿野郎、ハッチ!それじゃあ、俺がいつも土壇場にいるみてぇじゃねぇか!」

 

「煩いよ、馬鹿二人!!大砲当てるのはいいけど、沈めるんじゃないよ!!」

 

大きな丸い月が照らす海、本来なら青く輝いていた海は、月の光だけで照らされるために闇と入れ混じった摩訶不思議な光景を作りだしていた。

その海を高速で駆け抜けていくのが闇に溶け込むように真っ黒な外装が施された船。

大きなマストと帆を広げ、舳先に付けられた女神像がその船を祝福しているかのようだ。

この船こそが、海猫党が保有する海賊船。

船そのものは旧型とはいえ、独自の手が加えられたその速度は機船にも劣らず、コルセアが乗るのに相応しい船となっていた。

 

その船に乗り込むのは当然、泣く子も黙り、不滅隊の宿敵である海猫党。

大砲を撃ち込んだのは髭男のベアードだった。大砲が撃ちこまれた先には、近年アトルガンを騒がせた海賊の船が海を駆け抜けている。

 

「まずは足を止めるんだ!そうすればブラック・クレイドルならすぐに追いつける!」

 

「ま、あの足の遅さなら無理に撃ちこまないでも追いつけるだろうがね」

 

船にはおなじみにクルーが乗っていた。

ムティーブは大砲の弾を大砲に設置をしながら言い、アズナーフも飄々とながらも目は遊びではなかった。

 

「さて、あの船には囚われのお姫様と俺達の仲間がいる……そして相手は悪い悪い貴族だ……野郎ども!!殴り込みの準備が万全か!!!」

 

「「「「「「「「「ヤー!!」」」」」」」」」

 

クルタダの声に、何十人という海猫党の全クルーが答える。

そのほとんどがコルセアだ。

ヘキサガンを操り、海を自由に駆ける荒くれ者ども。

 

「お頭!真横まで追いつきました!」

 

「よし!ロープを出せ!船を固定させろ!!」

 

クルタダの指示に、クルー達は次々と鉤爪のついたロープを真横までに追いついた船に投げ入れた。

そのロープの先端には鉤爪が備え付けられており、船に届くと木製の床が鉤爪によって食い込み、固定される。

 

「Let's start the most crazy Party!!!」

 

イカれてトチ狂ったパーティの始まりだ。

クルタダの叫びにクルーも乗せられるかのように大声を張り上げる。

高揚としてくる心が身体を熱くさせる。

 

「クルタダ。熱くなってるけど、ちょいと聞くよ」

 

「ズィーハか。なにか用か?」

 

「なにか用か?じゃないよ! あいつらを乗せていいのかい!?」

 

ズィーハの指を刺す方向には海猫党のクルーとは違った者がいた。

腕を組み、仁王立ちをしている若者。

アトルガンの宰相であるラズファードだ。

ズィーハの怒りはもっともである。なぜなら、ラズファードを含め、彼の周りにいる不滅隊は海猫党の天敵であり、宿敵でもあるのだから。

 

「利害は一致してる。安心しな。俺の賭けに狂いはない」

 

「そう言って何度も危ない橋を渡ったがね……クルタダ、今度という今度は許さないよ。後でしばき倒すから覚悟しな」

 

今をやらないのは、状況を分かっているから。

どうやってクルタダが不滅隊を引き入れたかはズィーハには分からないが、今は猫の手も欲しいぐらいなのだ。

 

「こりゃ、完全に怒らしたな……まぁ、いい。行くぜ、てめぇら!!」

 

クルタダの号令と共にクルーは格それぞれの武器を掲げ、隣接する船へと乗り込んでいく。

船の甲板は広い。

機船と違い、機械的な部分が少ないこの船は、その分広く感じてしまう。

 

「お、お頭!何か出てきやしたぜ!」

 

「さっそくお出ましか」

 

船に乗り込んだと同時に、次々と貴族の館で出会った魔物達が船の中から這い出てくる。

いったいどれだけの魔物が乗り込んでいるのか、次から次へと限りはないと言わんばかりに出てくる。

 

「船長、手筈通りに行く!俺たちはこいつらを……!」

 

「ああ!任すぜ!」

 

クルタダはその魔物に目も暮れずに奥へと進む。

魔物はクルタダを追いかけようとするが、銃弾が、ダーツが、投げ矢が、わずかの間も置かずに狙撃される。

クルタダ以外のコルセアが、クルタダを狙おうとした魔物に"クイックドロー"したのだ。

あまりの数の多さに、隣接したブラック・クレイドル号にすら乗り込む魔物達を相手をするのは海猫党のクルー達である。

そして、クルタダの相手をするのは決まっている。

 

「また、貴様か!海賊が!!」

 

「よぉ、お姫様達を返して貰うぜ?貴族さんよ!」

 

何時抜き取ったのかが分からないヘキサガンを、のこのこと現れた貴族の頭に突き付ける。

貴族は信じられない顔をしている。

逃げれたと思ったら、ここまで早く駆け付けた。

彼は知らなかったのだ。コルセアの持つ船の速さを。

 

「返すだと?何を馬鹿な事を!あれは私の理想のために役立たせなくてはならん!」

 

「傲慢だな。なんでもかんでもお前のために世界はまわらねぇよ。素直に返して貰えないなら仕方ない」

 

マズルフラッシュ。

銃声が響くと同時に、貴族の身体に弾丸が叩きこまれた。

 

「海賊らしく、貰い受けるとしようか!」

 

「ぐっ、ガァ!」

 

もはや手加減なんていらない。

殺す覚悟を持って放たれる弾丸は次々と貴族の急所を狙っていく。

重要な内臓器官は当然として、脳から心臓まで、銃声が響くたびに貴族の身体が血に染まる。

だが、死なない。どれだけの弾丸を急所に狙い撃っても、貴族は不敵な笑みを浮かべるだけだった。

 

「終わりかね?海賊」

 

「……ちっ」

 

弾丸を急所に叩きこむだけでは死なない。

そう判断したクルタダは手段を変え、肉体をバラバラする方式に切り替える。

 

「ならこいつはどうよ!」

 

「ぬぅ!」

 

常識を超えた引き金を引くスピードがクルタダ独自の神速の早撃ちへと変貌し、貴族の肉体を狙い撃つ。

一回の銃声で響いたというのに、貴族に届いた弾丸の数は六発。

その魔弾は、容易に貴族の腕を千切れ飛ばす。

それもたった一発で終わらさない。クイックドローからクイックリロードに繋げ、そのまま貴族の残った四肢を狙っていく。

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

早すぎる。ただそれだけ。早撃ちという技が、神業の域に到達している。

コルセアという二百年近い歴史が築き上げ、尚も残り続けるコルセアの技。

その技をもっとも色濃くコルセアの技を継いだクルタダの放つ弾丸は容赦無く貴族の四肢を吹き飛ばした。

 

「今だ、やれぇ!!」

 

クルタダが声を上げる。

貴族は四肢が飛ばされながらも、クルタダの言った事に疑問を持ち、それはすぐに分かった。

急激な悪寒が後ろから感じ取り、それは――

 

「燃えるがいい。『火炎の息』!!」

 

不滅隊と不滅隊を率いるラズファードの青魔法が大きな火炎となって貴族に襲い掛かる。

砂漠に住まう、マンティコアと呼ばれる怪物が放つブレス。

その威力は火山に住まう芋虫が吐く火葬インシナレートに劣らぬ火力を持つ。

魔物の技を己の技として扱う外道の魔道士である彼らだからこそできる、技であった。

 

四肢を吹き飛ばされ、三人の不滅隊とラズファードの火炎を食らい、甲板の上で明るく燃え続ける。

普通の人間であればこれで死んでいる。クルタダは、そう思いながらも銃を構え続ける。

これで終わった気がしなかった。嫌な、予感がする。

コルセアの悪い予感というのは、不思議な事に的中するのが問題であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クルタダもめんどくさい事をさせるもんだね、たくっ」

 

海猫党のNo.2であるズィーハは、甲板の上で魔物と戦っていなかった。

今、彼女がいるのは船の中。囚われた鈴仙とヨミの救出。それがズィーハの仕事である。

甲板の上には魔物が多くいたが、中身もまだ多くの魔物がいる。

これでは、ズィーハ以外の者が救出に向かえば、鈴仙の下に辿りつけるのはいなかっただろう。

 

「邪魔!」

 

ズィーハのヘキサガンが行く手を遮ろうとする魔物の足を撃つ。

クルタダほどではないとはいえ、ズィーハの早撃ちが的確に足に穴を開けていき、最後に放った六発目の弾丸が千切れ飛ばす。

再生能力が特化された魔物を単純に攻撃しても、効果はない。即座に再生されてしまうのがオチだ。

だが、足止めとして足を狙い、上手く転倒させればそれだけで効果はある。

倒せないとはいえ、無理に倒す必要もない。ズィーハから見ても、魔物自体の強さは大した事はなかった。

 

「ここか?」

 

頑丈そうな扉を銃で撃ち抜き、無理矢理に鍵を抉じ開ける。

扉を蹴飛ばし、薄暗い部屋の先を見つめる。

 

「ズィーハ……さん!?」

 

「レイセン!無事だったか!」

 

「……おばちゃん?だれ?」

 

明かりがないので、見えづらいが確かに鈴仙はいる。

近くにも幼子であるヨミもいた。

急いで近寄りナイフを手に持つと、鈴仙を縛っている縄を切り取り、手足の自由を取り戻していく。

 

「武器は?」

 

「すみません……取り上げられてしまいました」

 

鈴仙の武器であるヘキサガンは貴族に拉致られた時に取られてしまった。

今の鈴仙は完全に素手だ。

 

「仕方ないね……あんたはそのガキを抱えてな。道は私が作る」

 

「わ、わかりました」

 

部屋を出れば、ズィーハが先程までに叩きのめした魔物達が再び動き出していた。

千切れ飛んだ足はすでに再生しており、しっかりとした足取りでズィーハ達に歩み寄ってくる。

 

「めんどくさい奴だね……まるでゾンビか、何かだよ」

 

「……おねえちゃん!」

 

「こんなに数がいるなんて……あっ」

 

ゾンビという言葉に、鈴仙の脳裏に一つの事を思い出した。

貴族の持つ魔眼。あれに似たようなものを幻想郷でも見た事がある。

それはちらりと見た程度。しっかりと見つめたわけでもない。

だが、覚えている。その魔眼の持ち主は……。

 

(今日は、満月……!やばい、クルタダが……やばい!!)

 

数多の弱点を抱え、血を吸わなければ生きていけない化け物としての半端者。

それでいながらも、化け物として最悪の二文字を与えられ、幻想郷のパワーバランスの一角を担う者。

そう、貴族の眼は、『吸血鬼』という怪物の眼と同じである事に、鈴仙はようやく思い出したのだ。

 

 

 

炎がばちばちと燃えあがり、炎の中心にいる貴族の身体は丸焦げのはずだ。

クルタダはその貴族のなれの果てを見ながら、一種の危機感を感じた。

 

やばい。逃げろ。死ぬ。ここにいたら死ぬ。今すぐ逃げろ。やばいやばいやばいやばいやばい。

 

コルセアでも、クルタダ本人の意思ではない。

生きる者なら誰もが持つ危機管理能力。

それが、異常なまでに働いた。

気づけば動いていた。身を捻り、攻撃を回避するかのように。

眼に入ったラズファードも同じであった。

 

風が、船を切り裂いた。

クルタダの近くになった巨大なマストは真っ二つに切り飛ばされ、帆ごと海に落ちていく。

その風は炎を吹き飛ばし、回避が遅れた不滅隊は遠くへと飛ばされ、海に落ちかける。なんとか、船にしがみついたようだが、何時落ちてしまうか分からない。

 

そして、見た。

クルタダの眼は、船の中央に現れたそれを見て、背筋が凍った。

月の光をバッグライトのように浴びて、まるでオペラ劇場の主役が天から舞い降りたかのように、それは姿を表したのだ。

 

「マジモンの化け物かよ……」

 

クルタダは、そうとしか言えなかった。

 

月の光を浴びるそれはもはや人の姿ではなかった。

丸々と太った貴族の姿ではない。

人型で二足歩行というのは人間に似てるかもしれない。

身長はエルヴァーンのクルタダよりも二倍近くは大きく、この時点で人間とはかけ離れている。

剣の攻撃すらも弾かんと言わんばかりの筋骨隆々の肉体を持ち、闇色に輝くそれは、月の光と合わさり一種の芸術にも見える。

右手から伸びる爪は凄まじいほどに鋭利的であり、あんなもので引き裂かれたら鉄の鎧を着てもそれごと真っ二つになるだろう。

大きく広げた蝙蝠のような翼は、マントのようにも見え、後ろ首からは赤い角のようなものが生えていた。

極めつけは頭部の部分である。

人の顔ではない。悪魔……まるで髑髏のようにも見えた。

 

それは人に近く、人とはかけ離れていた。

化け物でありながら、美しく、絶望的であった。

そこにいたのは貴族という人間ではない。

貴族という人間を辞めた……化け物の姿でしかなった。

 

「ヴァンピール……だと!?どうすればこのような化け物になれるのだ!」

 

ラズファードは恐るべき化け物の正体を知っていた。

 

アンデッドには、王というべき存在が幾つかいる。

最も有名なのは中の国にあるパラダモの丘に埋葬され、古の王族が死者として蘇ったコース。

そしてアトルガンで死者の軍団を率いるラミアだろう。

 

だが、ラズファードの言うヴァンピールはどれにも属さない死者の王ノスフェラトゥ

己の身を不死者へと変貌させた人間のなれの果て、死者を束ねる存在として生まれた王。

数多の説が唱えられ、いまだにはっきりとしない魔物であり、確かな事はその強さが死者を統括するのに相応しいものを持っている事。

数多の戦場を渡り歩いたクルタダとラズファードですら、目の前にいる化け物には、畏怖の念を抱かずに居られなかった。

 

『化け物とは人聞きの悪い。この姿こそ、私の理想する不老不死の姿なのだよ?』

 

「……ふん、死者の王に堕ちたものが何を言うか。貴様の言う不老不死というのは、ある意味達成しているだろうよ。

なぜなら貴様はもう死んでいる。そして死んでいるから死ぬ事のない蠢く死者となったのだから」

 

不老不死とやらどんなものかと思えばと、ラズファードは冷めた視線で貴族に睨みつける。

多くの犠牲が生まれ、その果てにある不老不死とやらは死者に堕ちるというものだったのだ。

この者は青魔道士の末路であるソウルフレアになりたくないから別の道に進んだ。

だが、結局のところ、この貴族が進んだ先もまた化け物という末路でしかなかったのだ。

 

『理想を理解できぬか……宰相もまだお若い。理解できなくて当然か』

 

「貴様の考えなど理解する必要はない。なぜなら貴様は……」

 

「俺達の手で倒されるんだからなぁ!!」

 

確かに目の前の敵には恐れはある。

だが、百の戦場を経験した二人は伊達ではない。

片や海猫党の船長であり、コルセア最強の実力を持つクルタダ。

片やアトルガン皇国宰相であり、元前線部隊の隊長でありながら、現在でも不滅隊を率いる実力を持つラズファード。

ヘキサガンの銃弾が、ラズファードの曲刀がヴァンピールへと変貌した貴族へと攻撃をし、

 

『温い、温いなぁ』

 

銃弾はその筋肉質の肉体に弾かれ、曲刀は右手から生える爪によって遮られた。

 

「「なっ!」」

 

ラズファードは力を込めるが、曲刀はビクともしない。

弾かれたとはいえ、続けて銃弾を叩き続けるが、これも有効打となっていないかった。

 

「こいつ……!障壁も使ってねぇのに!」

 

人間の姿であった時は、魔法の障壁によって遮られた。

だが、今回は純粋に防がれている。

どれだけの"クイックドロー"を撃っても、掠り傷すら負わない。

 

「放て……!『キャノンボール』!!」

 

己の身に眠る魔物の姿を呼び起こし、ラズファードの"魔力"と魂を糧にして、それは姿の見えぬ球体となって、貴族に襲い掛かる。

爆発と衝撃。

本来であるならば、どれだけ相手が頑丈であっても効果的なダメージが見込めるはずの技。

しかし、爆発によって生じた煙幕から鋭い斬撃が襲い掛かり、ラズファードは曲刀によって紙一重に受け流す。

 

「馬鹿な、この技を食らっても無傷だと……!?」

 

『もはや私は人間を超越している!!その程度の技などぉぉぉぉおおお!』

 

「『金剛身』!!」

 

左拳を固め、高速で薙ぎ払われる。

回避する事が不可能だと判断すると行動は早い。

己の身を金剛の如く肉体を変貌させ、攻撃に耐えるトロールの技を使う。

 

「ぐっ……!ぎぃ……!!」

 

歯を食いしばり、肉体が"改造"されるのを耐える。

本来、この技はトロールが過酷な火山という環境に耐えるために、肉体の改造を前提にした技だ。

いくら魔物の肉体を移植された青魔道士とはいえ、大部分が未改造の人間でしかない。

だが、ヴァンピールの攻撃をまともに耐えるとしたらこれしか手段はない。

たった一打を加えて分かった。目の前の怪物の攻撃を一発でも食らってしまえば、そこまで頑丈ではない青魔道士では即座に裏世界でひっそりと幕を閉じる事になるからだ。

貴族の左拳から来るボディブローがラズファードを渾身の力で殴り上げ、そのままアバラ骨を何本も叩き折りながら空へと浮き、地面へと叩きつけられた。

"金剛身"を使いながらもこの一撃。

たった一撃、それだけで瀕死に近いダメージを負ってしまう。

 

「ごっ……はぁ……!」

 

血を吐き出し、甲板が赤い血で染まる。

それでも早々と息を整え、青魔法を唱えた。

 

「癒、せ……!『マジックフルーツ』!!」

 

折れたアバラ骨が繋がっていく。

傷ついた身体が再生していく。

曲刀を棒代わりに、ラズファードは立ち上がる。

 

『し、ねぇ!!!』

 

立ち上がった直前を狙われ、貴族の拳がラズファードを叩き潰そうと空気の音を鳴り響きさせながら振り落とされる。

 

「あぶねぇ!」

 

「ぐっ!?」

 

間一髪。

青魔法で肉体的には治療されたとはいえ、それでもまだ動けなかったラズファードを救ったのは彼を押し出したクルタダであった。

 

「まさか……貴様に助けられるとはな……」

 

「今の状況で宰相を失うのはごめんだ。それに、気づいたか?」

 

「……ああ。奴に攻撃は一切通じん、いったい何をしているのかは分からんがな」

 

「幸いなのは、あちらさんが戦闘の素人だってことだな……動きは早い。だが、それだけだ」

 

貴族と戦い、分かった事。

まず、如何なる攻撃を用いても、貴族に有効なダメージを与えられないという状況。

そしてもう一つ。貴族自身が戦い慣れてないのが二人を生かす要因であった。

如何に圧倒的なヴァンピールのパワー&スピードを持っているとはいえ、それを使いこなしていないのだ。

今まで自らが戦う事をしてこなかった貴族。それによって、ヴァンピールの力をまるで生かせていない。

 

「だがあまり悠長な事はしてられん。万が一でも当たればそれだけで致命傷だ」

 

「もうちょい作戦会議をしたいところだが……来るぜ!!」

 

怪物を迎え撃つのは飄々とした海賊の頭と、皇国の宰相。

真っ赤に輝く満月の夜、海賊と宰相と化け物は、剣と銃と魔法と暴力によって踊り続ける。

 

 

 

鈴仙とヨミがズィーハに救出され、魔物の手から逃れて、甲板へと急いで駆けあがっていく。

その中で、急いで駆け抜けるのは鈴仙だった。

魔物から逃げるために早く走るのか?

違う、クルタダに貴族の正体を教えるためだ。もしかしたらすでに知ってるかもしれないが、それでも万が一に備えてである。

 

「しつこい奴は嫌われるよ!!」

 

後方のズィーハは走りながら後ろ向きになり、ヘキサガンを撃った。

銃は追いかけようとする魔物を撃ち抜いていく。

しつこいぐらいに追いかける魔物にズィーハはうんざりとしていた。

しかし、外までは後少しであった。甲板に続く扉を開き、その先の光景を見た。

 

「え?」

 

船は荒れに荒れ、壊れていない部分を探すのが難しいほどになっていた。

隣接する真っ黒な船も、戦いの余波で傷ついている。

海猫党のクルー、そして青魔道士の装束に身に包む者たちが魔物と戦っている光景が映る。

だが、それよりも最も眼についたのが、化け物と戦う二人の男であった。

 

悪魔、もしくは吸血鬼とも言うべき巨漢と真っ向から戦っている。

三角帽子を被った男がダイスを掲げ、それをカードにして撃った。

真っ赤な鎧に身に包んだ男は、巨漢の攻撃を受け止め、逸らし、反撃を加えていく。

一見、互角のようにも見えたが、無傷の巨漢に対して、血に染まった二人の装束が痛々しい。

 

「どうなってるのかがまだ理解できないけど……」

 

「理解しな。あんた達を助けるために、戦争状態さ」

 

同じように甲板に上がり、扉を閉め、更に傍にあった木片で開けるのを遮るズィーハ。

これで魔物が扉から出るのに時間は稼げるだろう。

 

「クルタダが……!」

 

「……とんでもないね。なんだい、あの化け物は……」

 

一級廃人を超える実力を持ちながら、化け物相手に一歩も引かずに戦うのは賞賛するべきことだろう。

だが、鈴仙とズィーハには分かってしまった。あの化け物に、二人は勝てないという事が。

どれだけの攻撃を加えてもまったく通じず、化け物の攻撃が振るわれるたびに船は軋み、一発でも食らえば致命傷となる。

あのままでは決して勝てない。

鈴仙の思考は、なぜそうなってるのかは検討が付いていた。

 

(初めて見るけど……あれがヴァナの吸血鬼なら……)

 

上を見上げる。

今宵は満月。まん丸とした赤い月が妖しく照らしている。

夜にだけ輝ける月には"魔力"がある。

その"魔力"を浴び続けた動物は妖怪になると言われ、ヴァナ・ディールの月にも、幻想郷の月と同じように"魔力"を発している。

満月の月はもっとも"魔力"を放出する形態であり、夜に生きる妖怪。その中でも吸血鬼は最も御身を受ける事ができる。

さっきから有効打になりえる攻撃が何回も当たっているのにも関わらず、掠り傷すら負わないのはそのためだ。

弱点の多い吸血鬼であるが、満月の時間に関しては最強の名に恥じぬ強さを持っている。

 

(月……月からの魔力さえ、途切らせれば…)

 

あの吸血鬼が化け物染みた強さを発揮してるのは満月が原因だ。

"魔力"の放出を止めるか、もしくは邪魔さえ出来ればなんとかなるかもしれない。

そしてそれを可能する手段は、ある。

鈴仙の持つ赤い眼は、波長を合わせる事で幾らか自由度の高い事が可能となる。

この能力を使えば、理論上は月からの"魔力"を途切らす事も可能だろう。

 

(今の、私に出来るの?そんなこと……)

 

これをするのには"霊力"が足りない。

仮にあったとしても、常に月が大地に放出する"魔力"を邪魔する事など、鈴仙には難しい事でもあった。

能力を使いこなしてない。

それが、今になってツケとして現れた。

目の前に、仲間だと言ってくれた、助けてくれた人が危険な目にあってるのに。

自分は何もできない。

 

「……レイセン。そのガキを渡しな」

 

「え?」

 

「そしてこいつは私の銃だ。自衛代わりに貸してやる」

 

ヨミを無理矢理引き離され、更にズィーハの銃を手渡された。

ずっしりと来る。

重さが、ではない。取り上げられたヘキサガンとまったく同じ形状、重さをしながらも、それは重みを感じた。

海を勇猛果敢に荒らした海賊の数多の夢と栄光を吸い込んだ銃。

同じヘキサガンであっても、積み上げた歴史が違いすぎた。

 

「あんたは、今やれる事がある。あんたは、今何かをしようと思ってる」

 

「ズィーハさん……」

 

「レイセン。今やれる事があるんなら、失敗を恐れずにやりな。失敗に恐れてやらないのは、最低の恥晒しだよ」

 

今の状況でズィーハのやれる事は、悔しい事に精々魔物を相手にする程度しかない。

あの化け物と二人の戦いに入るには、No.2と言われながらも実力が足りなかった。

 

「この私がガキの子守をするんだ!だったら、あんたは自分のしたい事を、力一杯やりな!!それが私の言える事だ!」

 

「……おねえちゃん」

 

ヨミは、鈴仙に六角形の石を渡した。

それはダイスだ。アトルガンでは珍しくない、コルセアの扱うダイスであり、コルセアにしか扱えぬダイス。

なぜヨミがこんなものを持ってるから分からない。きっと、人民区に捨てられたものを拾ったとかその辺りだろう。

 

「がんばって……」

 

「……うん」

 

出来る事をやる。

失敗を恐れずにやる。

単純で、普通の事で。

それでも鈴仙が今までやらなかった事。

やるしかない。やらなければ、自分の大切な何かを失う。

そう、思ったから。

 

ヨミを抱えたズィーハと別れ、鈴仙は静かに眼の力を解放した。

赤く、紅く、朱く、何処までも赤い眼が、闇夜の中に現れる。

波長を感じる。

船にいる魔物の数、魔物に内蔵される人の魂、船で戦う人間達、人間以外の魂が混じった人間達。

そして月を見上げ、月の波長を感じる。

幻想郷の月とは違い、純粋で、膨大な"魔力"を感じ取った。

これでは"霊力"の少なさで波長を操る事ができない。

少ない"霊力"を感じ取り、細く、より細く、更に細く。少ないのならその分、質の良さを引き上げる。

だが、足りない。まだ足りない。

 

(こんなもんじゃ足りない……もっと、もっと集中力が……!)

 

どれだけ細く、更に質を高めても届かない。

これでは月の波長を狂わせるのに至らない。

今の集中力でも、以前の鈴仙では届かなかった域だと言うのに。

 

「コル、セア……」

 

足りないのなら補えばいい。

ヨミから渡されたダイスを手に取り、それを握りしめる。

クルタダにダイスを渡され、この世界に来るまで、鈴仙は一度もダイスの力を引き出した事はなかった。

 

「まだ……私はダイスの意味を理解できてるわけじゃない……」

 

掌に乗せられたダイスが光った。

まるで、鈴仙の言葉に答えるように。

 

「それでも、みんなを……助けられるなら……!!」

 

鈴仙は、光輝くダイスを天に投げ、高らかに声を上げる。

 

「スカラーロール!!!」

 

宙に投げられ、くるくると回りながら輝くダイスはそのまま宙に静止する。

回る六角の面は、組み立てた箱を丁寧に壊すように一枚一枚と剥がれ、それはみるみる内に大きくなる。

ダイスは数字の描かれた幻影の魔札となり、鈴仙の周囲を回り始める。

まるで鈴仙を守る盾のようで、それは盾の役割を果たさないだろう。

なぜなら、幻影の魔札であるがゆえに実体がない。これは、あくまでコルセアの内なる覚悟を試す儀式なのだ。

 

魔札に対して、鈴仙は手を銃のように指を曲げた。

弾幕を撃つように、慣れた形で。

幻影の魔札を、撃った。

 

弾幕が出たわけでもないのに、射抜かれた魔札はくるくると回り始め、〈6〉という数字を出しながら消滅する。

残った五枚の魔札は、六枚に戻り、再び回り始める。

 

「ダブルアップ!」

 

鈴仙は倍賭けダブルアップを宣言する。

コルセアのダイスは、数字が大きければ多い程、高い効果を引き出す事ができる。

しかし、数字が〈12〉よりも大きくなれば、込められた力は暴発バストしてしまい、逆に不利益な効果したもたらさない。

 

まさに賭け技だ。高い数値を目指して賭けるか、それとも数値が低くても安全値を取るか。

幸運――賭けに挑む強い意志が生み出す力を、ダイスは引き出してくれる。

 

二枚目の魔札を撃ち抜いた。

数値は〈4〉

これで合計は〈6〉+〈4〉で〈10〉となる。

 

「……っ!」

 

その数値に、鈴仙は下唇を噛んだ。

もしもこのまま倍賭けダブルアップを続けたら、〈1〉以外を出したその瞬間に暴発バストだ。

〈10〉という数字でも、充分に高い効果を望める。

確率的に〈1〉という数字を出すよりも、そのままのほうがいいはずだ。

ここで魔札を提示するか、それともまだ続けるか。

 

鈴仙が悩むその一瞬で、化け物は鈴仙の姿を見た。

 

『お嬢さん……逃げ出すのは、感心しませんねぇ!』

 

「っ!気付かれた!?」

 

もっと見つからない場所でやるべきだった。

後悔しても時既に遅し。

化け物は標的を鈴仙に変え、真っ直ぐと行こうとした時、

 

「てめぇの相手は俺だろうがっ!!」

 

海賊の頭が撃つヘキサガンの弾丸が、眼の部分を正確に狙い撃った。

 

「鳴り響け……!『フライパン』!!」

 

宰相の唱えた甲高い音が鳴り響き、一瞬だけだが化け物の動きを封じた。

 

化け物の相手は再び、二人に戻り、鈴仙からターゲットは変更される。

その時、鈴仙の姿を見たクルタダの顔は、笑っていた。

心底楽しそうで、もはや怖い者など何もないと言わんばかりの顔だった。

 

また守られた。

また助けられた。

ただ、それだけのに、鈴仙の心は決まった。

 

「ダブルアップ!!」

 

失敗してしまうかもしれないと心の中の自分が囁いてくる。

あなたには無理よ。ここは妥協しましょう。大丈夫、無理をしなくても行ける。こんなの自己満足じゃない。なんでそんなに頑張るの?

そんな事を言ってくる弱気な自分に、鈴仙は答えた。

 

「もう、逃げない!自分から逃げない!私にだって……!」

 

鈴仙の指は、最後の魔札ラストダイスを撃ち抜いた。

 

「守りたい宝は……ある!!」

 

どうしようもなく弱くて、どうしようもなく汚れてて。

それでも必死に生きようとしている命を汚すほど、鈴仙・優曇華院・イナバは腐ってはいない。

そして、それを冒そうする者を野放しにする愚か者でもない!

 

撃ち抜かれた魔札はくるくると回る。そして、静かに消滅していき、数字が浮かび上がった。

魔札の数字は〈1〉。

 

〈6〉+〈4〉+〈1〉で、合計〈11〉!!

 

その数字は奇しくも、初めてクルタダがダイスを見せた時と同じ、数字の出だった。

 

回り続けた札が全て消滅していき、元のダイスに戻っていく。

その瞬間、鈴仙の身体から膨大な力が噴出され、元に戻るかのように降り注いでいく。

集中力が桁違いに深まってくる。

ダイスの力によって、潜在能力が引き出されてるのだ。

ましてや最高峰の〈11〉を引きだしたのだから、今の鈴仙ならそれこそ、離れた一人一人の人間の血液の流動音が聞こえるほどである。

月に顔を向け、赤い眼の力を最大限までに引き上げる。

 

「これ……なら……!!」

 

波長が狂っていく。

月から送られる"魔力"の流れが狂う。

死者の王に届くはずの"魔力"が途切れていく。

あまりの集中力と負担から赤い眼から血涙が流れ、少ない、それでも質が極限まで高められた霊力を注ぎ込んでいく。

そして――――

 

『な、んだ!?急に力が!?』

 

「貰ったぁ!!」

 

「狂い、引き裂け!『フレネティクリップ』!」

 

月からの"魔力"により、大幅な強化がされたその肉体は、鈴仙の能力によって"魔力"が途切れ、二人の攻撃が吸血鬼の肉体を貫いた。

ヘキサガンの弾丸が鋼のような胴体に穴を開ける。

三つの切り裂きが長い爪を切り飛ばし、吸血鬼の爪は宙に舞う。

ようやく、ダメージを与えられるに至った。

 

『馬鹿な!?なぜ!!?』

 

貴族は、突然の事に戸惑いを隠せなかった。

満月からの光を浴び、彼の肉体は如何なる攻撃をも無効化するようになっていた。

だが、その光が突然に途絶えた。

月はまだ空高くにあり、今も海と船を照らしている。

しかし貴族だけ、ピンポイントにその光が届かない。

月の光を失ってしまった今の貴族は、強靭な肉体を持つだけのアンデッドに過ぎない。

ヴァンピールの持つ、絶対的な不死性を失われた。

 

そして、鈴仙のダイスの効果は、鈴仙だけに降り注がれてはいない。

この場にいる、人間全てにダイスの効果が等しく降り注いだ。

潜在的な能力が覚醒し、集中力は限界を知らずに高まっていく。

 

(神よ……海を見守る、碧海の女神よ……)

 

その力を分け与えた者は、クルタダは知っている。

ゆえに、彼はまた一人、自由に空を飛び続ける一羽の海猫の誕生したことを祝福する。

 

(今、ここに一人の剛胆なる自由人が生まれた。せめてその祝福は、水平線の遥か彼方まで届かん事を祈る……)

 

道は鈴仙が作った。あとはそれを走り切るだけ。

これが出来なければ、男ではない。

 

「さぁ、ラストゲームだ!ここまで来たら、賭けから降りる事は許されないぜ!!」

 

いつも通りにヘキサガンに弾丸を込め直し、撃つ。撃つ。撃つ。

傷付きながらも"クイックドロー"に微塵も遅れを感じられない。

高まった集中力はコンマ単位の狂いも無く綺麗に弾丸が吸血鬼の脆い部分を狙い撃ち、確実に損傷を与えていく。

絶対的な加護を失った吸血鬼の化け物など、もはや彼らの敵ではなかった。

 

 

 

時を同じくして、ブラック・クレイドル号の奥深くの部屋に、ズィーハとヨミがいた。

 

「いいかい、ここから一歩も出るんじゃないよ」

 

「うん」

 

コルセアが乗る船の内部にも魔物が徘徊するようになっている。

海猫党のクルーと不滅隊ですら相手を仕切れないほどに、数が多かった。

そのため、安全と言える場所がここでしかない。いくらズィーハでも子供一人を抱えては満足に戦えない。

 

「これは……!」

 

ダイスの力を感じた。

誰かが引き出したダイスの力は、ズィーハにも降り注がれる。

そのダイスの力を引き出したのは、簡単に頭に浮かんだ。

 

「なんだい……やればできるじゃないか」

 

まだまだ未熟と言える少女。

だが、それでも一人のコルセアが生まれた。

ズィーハはふっと笑みを浮かべ、腰にある短剣を片手に戦場へと戻った。

 

 

 

『なぜ!?なぜ私が、こんなところで!』

 

「いい加減に諦めろ。駆けろ……『リフュエリング』!」

 

吸血鬼特有の再生能力はある程度は残っているとはいえ、傷を与えられるようになった貴族の肉体は、再生能力が追い付かない勢いでダメージを与えられていた。

ラズファードの身体の中で燃料が充電するかのように燃え上がり、"眼にも止まらぬ斬撃"が、"眼にも映らぬ斬撃"となって襲い掛かる。

丸太のように太い腕が一本切り飛ばされ、貴族は絶叫をあげる。

 

『ぐっ……ならば!』

 

「馬鹿の一つ覚えだな。『ヘッドバット』!!」

 

大きな鉄球でもぶつけたかのような音が鳴り響く。

ラズファードから溢れ出る力の流れが頭に集まり、まるで頭突きのように当てたのだ。

その攻撃は傷自体はそこまで与えられないが、何かをしようとした貴族の動きを完全に止めた。

 

『貴様ァ!!』

 

「貴様が如何なる行動をしようとも、己が全てを止めて見せる。それに、己だけを見てもいいのか?」

 

『ちぃ!?』

 

貴族の背中に銃弾の感触を感じた。

それも一発一発に"気"が込められている。

一発の銃弾が四発として放たれる武技ウェポンスキルであり、クルタダはあろうことか、ただ一撃を放つだけではなく、六連銃であるヘキサガンに込められた六発の弾丸を纏めて武技ウェポンスキルとして放った。

 

「スラッグ、ショットッ!!」

 

合計にすれば死者に対して天敵でもある"気"が込められた二十四発の弾丸。

六撃必滅の弾丸は一斉に貴族の背中を貫き、爆散させ、マントのような大きな翼が無残にも千切れ飛ぶ。

 

『げぶぼぁああ!?』

 

単純なダメージよりも、"気"が込められた一撃によって吸血鬼の肉体が崩壊へと蝕んでいく。

"気"は、生きている者の証であり、それがないのは生きていない証拠でもある。

死者と化した貴族の末路なぞ、最初から決まっているようなものだった。

 

「今までその身を得るために犠牲にした者を思い、懺悔し、冥界の奥底で罪を償い続けるがいい」

 

ラズファードの曲刀に"気"が込められる。

放つ技はただの武技ではない。アトルガン中興の祖にして、最大の英雄と称えられているバルラーン。

そのバルラーンの残した秘宝であり、若かりし頃のバルラーンが愛剣として使用した英魂武器。

ミシックとも言われる古代から語り継がれるその剣は、"気"を流せば剣に込められた神器の余波ミシック・アフターマスが使用者の肉体を強化し、独自の技が使えるようになる。

その眼でしかと見るがいい。

これこそがアトルガン皇国が古来より受け継がれる霊剣にして宝剣。

妖精が鍛え上げたとされるティソーナは"気"によって海のように蒼い刀身が黄金に輝き、神器の余波ミシック・アフターマスによって極限まで肉体が強化されたラズファードは、贖罪の名を冠する一撃を放った。

 

「罪は罪を、罰には罰を。犯した己の罪科を背負え!!エクスピアシオン!!!」

 

横一文字によって切り裂かれ、至高にして必滅の意味を込められたそれは余波だけで貴族の周辺にある甲板が捲りあがり、消滅していく。

黄金の曲刀から放たれた濃密なまでの"気"の斬撃は、美しいまでの蒼色をしていた。

切り裂かれ、一瞬の間を置いて大きな蒼色の爆発が発生する。

だが、この技はまだ終わらない。

 

「でぃやああああああああああああ!!」

 

先程の一撃でも致命的な致命傷を与えられるだろうが、この技は二段構えの必殺剣なのだ。

上段から叩きつける勢いで胴体を真っ二つに引き裂かれ、蒼色の"気"は更に相乗的な爆発を引き起こした。

そして青魔道士の攻撃はこれでは終わらない。まだ、続きはある。

 

「ブルーチェーン!」

 

青魔法は定義的に見れば魔法に属するものであり、本来は冒険者達の戦闘術である"連携"に使う事ができない。

だが己の魂をも燃料にする青魔法は一度だけ、武技ウェポンスキルと同じように扱う事ができる。

それは、青魔道士はたった一人で"連携"を行う事が出来る事に他ならない。

 

「無常に切断するは一輪の花……『バーチカルクリーヴ』!!!」

 

追い打ちをかけるように、ラズファードの青魔法が貴族の肉体を大切断をした。

鋼のような肉体は何も意味を為さないように、"エクスピアシオン"によって切り裂かれた胴体は、今度こそ真っ二つに切断されたのだ。

そして異なる二種類の"気"が混じり合い、"連携"が発生する。

闇色の孔が生まれ、それは"連携"として最高峰の属性である"闇"であった。

その闇は同じ闇の死者であるはずのヴァンピールの肉体を飲みこみ、磨り潰していく。

 

『ぎぃぃいああぁぁぁぁあ!』

 

貴族は吠える。

後少しで、死なずの肉体に届いたというのに。

後少しで、理想が届いたというのに。

 

『わ、たしはぁ、こんなところ、でぇ!!』

 

Sweet dreamオネンネしてな。悪夢の時間はもうおしまいだ」

 

それは技の名前のない、ただ"気"を込めただけの一撃。

だが、最後を締めくくるのに相応しい、クルタダの技でもあった。

 

「Jack pot!!」

 

『あ……』

 

骸骨でありながらも、呆けた顔をした貴族の脳天に、"大当たり"の弾丸が貫いた。

その一撃が止めになったのか、頭から爆散していき、身体の大部分を失った貴族は塵へと還っていく。

不老不死を望み、死者に堕ちた人間のなれの果てはこの世から消え去る。

アトルガンを騒がせた元凶は消え、それと同時に使役されていた魔物達も塵となっていった。

ようやく楽になれる。魔物に張り付いた人の顔は、とても安らかな顔をしながら還って行った。

 

終わった。長い悪夢はようやく終わった。

"霊力"と集中力が切れ、鈴仙は腰が抜けたように倒れ込んだ。

頭はずきずきとして、力がまったく入らない。

天は、星屑の海に満ちていた。

 

「レイセン!」

 

男が走る。

コルセア伝統の衣装は台無しだ。ボロボロで、血で汚れている。

それでも自称色男と言うだけあって、そんな状態でも格好良く見えた。変な変装をしているより、こっちのほうが似合っている。

鈴仙はそう思う。

 

「やったじゃねぇか。ダイスの意味……ようやく分かったんだな」

 

「……ううん。まだ、わからないよ」

 

手に持つのは石ころのようなダイス。

自分を変えた、コルセアのダイス。

 

「でも、ちょっとだけ……理解できたと思う」

 

ダイスとは仲間を護り、鼓舞をする力。

守るべき宝を守り、掴みべき宝を掴む者。

鈴仙は、それが少しだけ、分かった気がした。

理屈ではなく、魂で。

 

「……今回の賭けも俺の勝ちだな。これだからコルセアはやめられねぇ」

 

これから鈴仙がコルセアに進むかは分からない。

でも、クルタダには確かな事が分かる。

それは鈴仙がどれだけ迷っても、自分だけの道を歩ける自由人になったという事なのだから――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★アナザーエピローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アトルガンを騒がせた貴族との死闘を繰り広げ、ラズファード達と海猫党は別れる事にした。

海猫党はブラック・クレイドル号で、そのまま隠れ家に向かうだろう。

ラズファードは、半壊した貴族の船でアトルガンに戻る事にした。

不滅隊には船を動かすように指示し、ラズファードは一人、貴族の自室らしき部屋にいた。

 

「……ふん。独学でここまで進めるとはな……」

 

自室にある資料という資料。

それは、アトルガン皇国でも有用になり得るものもあった。

特に死者の王であるヴァンピールになってしまったとはいえ、魔物の肉体を人間の魂で維持させて副作用無しに移植するという行為は、確かに肉体を強靭にさせてもおかしくないものだった。

青魔道士を作りだすのにはリスクが大きい。

魔物の肉体と魂を、強靭な心で受け止め、使役する外道の魔道士である青魔道士は、少しでも心が揺れてしまえ人間の身から完全に魔物へと変貌する。

しかし、貴族の行った事をすれば、ある程度のリスクをなしに、青魔法が使えなくても強靭な兵士を増産する事が理論上は可能であった。

 

「……下手すればラウバーンのような兵士を量産する事も可能か……」

 

あの貴族が間違いと言えるのは、無節操に魔物の肉体を移植していたことにある。

その結果、人間その物の肉体が消滅し、知らず知らずに死者の仲間入りをしていたのだ。

だが、人間の身体、魔物の身体、魂の三つのバランスを上手く施せば、リスクも無しに青魔道士を生みだせる可能性があった。

それどころか、不滅隊の隊長であるラウバーンと同じ肉体を持った戦士を生みだせるかもしれない。

ラウバーンの異名は死なずのラウバーン。

青魔道士として数多の魂を食らい、魔物の肉体を移植され続けた結果、どれだけの致命傷を負っても死ななくなった者である。

それは貴族の理想としていた不老不死に最も近いだろう。

 

「この資料は廃棄するか……新たな戦火の火種になりかねん」

 

青魔道士を安定して造り出す技術としては魅力的だが、ラウバーンのような兵士すらも造れるようになると話が別だ。

こんなものが流出してしまえば間違いなく、争いの火種となる。

何百何千という兵士が死なずに戦い続ける。それを知れば、戦争を起こしたがる者も出てくるだろう。

今のアトルガン皇国は中の国との関係で戦争をやっている暇などありはしない。

そもそも定期的に侵攻を始める蛮族すらも相手を取らなくてはいけない。

無駄に技術を広め、その結果が争い事になるというのは、ラズファードにとっては防がなくてはならない事だった。

 

「……ん?」

 

新しい資料を見つけた。

どうやら内容は不老不死の事柄ではなかった。

アズーフ島には異なる動物や魔物を組み合わせるキメラという人工生命体を作り出す実験場がある。

ハザルム試験場と言われ、造られたキメラが反乱を起こし、皇太子暗殺事件から閉鎖されるようになっている。

わざわざ試験場に行く物好きは冒険者ぐらいなもので、何もないただの洞窟に期待外れと言う者も多い。

その試験場の"魔力"を調べている資料だったのだ。

数値は平均よりも比べて高い値を出している。

 

「イフリート……ガルーダだと?」

 

そして、最も注目するのは、召喚士が操る「偉大なる存在」の目撃情報であった。

本来は中の国にある巨大なクリスタルに眠っている存在であり、断じてアトルガンの、それも皇国からすれば辺居とも言える場所にいるはずがない。

召喚士が召喚したものだと思いながらも、その情報には冒険者の文字はない。

そして、ラズファードの疑問は更に深まった。

 

「オーディンの目撃情報……」

 

その試験場では、アトルガンで恐れられる冥府の騎士の情報まであった。

「偉大なる存在」にしろ、オーデインにしろ。

目撃されたのは一瞬だけ。本当にいたのかもすら信憑性に欠けている。

 

ラズファードにとってはオーディンは特別であった。

皇国の宿敵であり、すでに滅んだ王国の王子が契約していた異世界の神。

最後の最後まで敵対し、ラズファードの妹であり、聖皇であるナシュメラと共に戦争を止めるために動いていた。

 

「まさか……また起きるのか。最終戦争ラグナロクが……」

 

オーディンだけではない。

資料には、数多の「偉大なる存在」と霊獣、そして皇国の守護神であるアレキサンダーの姿までもが確認されていた。

 

 

 

 

 

……To Be Continued?

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