東方幻想鉄   作:AmanatuTaruTaru

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第四章「卯月の夜に神無月の前夜」

幻想郷には吸血鬼を主とした館が存在する。

真っ赤に染められたそれは、赤のペンキではなく、血によって赤くなっているようにも見える。

広大な泉の先にある紅魔館。館の主レミリア・スカーレットの気まぐれで時折、宴会の会場にもなり、今日もその館では数多の妖精メイドが働いている。

 

そしてその館の中には、宴会でもないのに錚々たる顔ぶれが集まっていた。

まずは館の主であるレミリアは当たり前として、冥界の管理人にして亡霊の姫君 西行寺幽々子、妖怪の山で神社を開いた戦神 八坂神奈子、迷いの竹林の奥の奥にある屋敷、永遠亭の薬師 八意永琳、妖怪最強の力を持つ鬼の四天王が一人 伊吹萃香。

忌み嫌われる元地獄に置いて、地霊殿で住む覚妖怪 古明地さとり、そして幻想郷では最も新参で、人妖の平等を掲げる聖人 聖白蓮。

それ以外にも、幻想郷ではある程度、名の知れた妖怪や冒険者が一堂に集まっている。

冒険者の中には謙虚なナイトであるブロントや、ヴァナを駆ける一陣の風を自称するリューサンなどもいた。

 

「さて、なぜ私達を呼んだのか。それを説明してくれる?」

 

まず口を開いたのはレミリアであった。

薄いピンク色のワンピースに、ナイトキャップ…通称ZUN帽を被った少女。

背中から生える蝙蝠のような翼が無ければ何処かのお嬢様と言わんばかりと優雅に豪華な椅子に座っていた。

 

「幻想郷の管理者、八雲紫の式……八雲藍」

 

皆の視線は一つに集まる。

美しい毛並みである九本の狐の尻尾を持った美女、道士服で身に包む八雲藍は真剣な面持ちをしながら言葉を紡ぐ。

 

「……今、幻想郷に生きる者を集めるだけ集めたのは、やっかいな事が起きたからだ」

 

「やっかいな事ねぇ……幻想郷じゃやっかいな事だらけで、感覚が麻痺しちゃうよ」

 

死した者の魂を運ぶ事を仕事する死神 小野塚小町はカラカラと笑いながら言うも、藍の難しげな顔が崩れない。

 

(ありゃ、こら本気でやっかいな事が起きたね)

 

それなりに長く生き、様々な魂に触れたから分かるが、相手の顔を見れば何を考えているかある程度分かるため、小町は藍の言葉が冗談抜きでやばい事を知る。

 

「単刀直入に言おう。幻想郷が消えてなくなるかもしれない。紫様の結界と博麗大結界の消失によって」

 

藍のいきなりの言葉に皆が反応できなかった。

神々の愛する世界が、忘れられたモノが最後に行き着く楽園が、消える。

何人かは冗談か何かかと思っているようだが、藍を知る者なら彼女がそういった事を言わない事をよく知っている。

 

「いきなり消えると言われてもねぇ……もっと詳しく言ってくれない困るよ」

 

丸い鏡のついた赤い服を着る女、守谷神社の神である神奈子は藍の言っている事が理解できないと言った。

しかし幻想郷が消えるというのは神奈子にとってはsYれにならない事である。

幻想郷の外の世界、そこでは信仰の力が失われて神としての存在が維持できなくなり、神奈子と相棒の土着神、そして娘のように可愛がっている現人神と共に、幻想の集う幻想郷にやってきた神奈子にとって、冗談であっても心臓に悪い事だ。

幻想郷が消える事。それはそこに住まう外の世界で過去となった者達が消える事に他ならない。

 

「正確に言えば幻想郷から紫様が消失したのだ。ここにいる冒険者であれば知っているかもしれない、虚ろによって。

それは紫様だけではない。博麗の巫女も含まれている」

 

最近になって現れ始めた『虚ろ』。

それは特別な害を持たなかったが、近寄れば全てを呑みこもうとする謎の闇であった。

それに、管理者たる二人が呑まれた。

 

「おいィ!それは本当なのか?嘘だったらお前の頭意味ないな後ろから破壊してやろうか」

 

「やめときなよ、ブロントさん。藍がそんな下らない嘘をつくかと思うかい?」

 

『虚ろ』に飲まれ、消えた霊夢に戸惑いとそんなはずがないと怒りを込め始めるブロントだが、傍にいた小さな鬼、萃香がそれを諌めようとしている。

古くからの紫の友人である萃香は、同じぐらいに知り合ってからの歴の長い藍が幻想郷が消えるという嘘をつくはずがないと弁護した。

 

「皆を集まる前の事だ。私は里の集落にいる冒険者に虚ろの数と位置の把握の依頼を、紫様は虚ろを隙間を通して監視をしていたのだが……

その紫様が虚ろに飲み込まれていくのが伝わった。恐らく、とっさの事で時間も無かったのだろう。

必要な事を伝えると同時に、紫様の気配がこの幻想郷で完全に消失したのだ」

 

何時如何なる時も冷静沈着、妖怪の賢者に相応しい存在であったのだが、その時の焦燥感の混じった精神を通じて伝わった紫の言葉は今でも藍の脳裏にも残っている。

確かに『虚ろ』は紫を象徴する能力が効かないとはいえ、なぜあそこまで焦っていたのか。

紫は、虚ろに触れて何を知ったのか。何を感じたのか。それは藍にも分からなかった。

 

「分からない事が一つある。八雲紫と霊夢が虚ろに飲まれて消えたとして、なぜ貴様がそこにいる?なぜ大結界が問題無く稼働している?」

 

話を聞いてレミリアは思った事を言った。

幻想郷に置いて、もっとも重要な人物が二人も消えた瞬間、結界の維持など不可能のはずだ。

普通であれば、この二人が消えた瞬間に幻想郷も消えてもおかしくないのだ。

そして紫の式である藍も、主である八雲紫がいなくなれば式として解除されるはずである。

 

「仮説であれば、だけど分かってる事があるわよ」

 

手をあげ、存在をアッピルするのは赤と青の奇妙な服を着る美女。

永琳はそのまま自分が計算した仮説を言う。

 

「虚ろを計算して分かったのは、あれはゲートの一種なのよ。それも恐ろしく不安定で、少しでも行き先がズレたら何処に飛ぶかもわからない代物ね。

偶然が生みだしたのか、人為的に生み出したのかは分からないけど、それでもアレが何処に繋がっているかは……ま、だいたい見当はつくでしょ?」

 

『虚ろ』の行き着く先、それは冒険者の元のいた世界。

察しの良い者は気付いた。虚ろに飲まれた者が行った先は……。

 

「ヴァナ・ディール……それが八雲さんや霊夢がいる場所でしょうね。虚ろに巻き込まれたでしょう。鈴仙もそこにいる可能性も高いわ」

 

『虚ろ』の調査に向かわせた部下は、何時まで経っても帰らなかった。

魔物に殺されたとは考えにくい。あれでも一級廃人には劣るとはいえ、それなりに実力を持っている幻想郷の住民だ。

それなら、『虚ろ』に巻き込まれた可能性が最も高いと永琳は考えていた。

紫が消失した時間、霊夢が消失した時間、そして鈴仙が調査に向かわせ、『虚ろ』のある場所に辿りついたであろう時間はピタリと一致しているからだ。

巻き込まれたその時、各地にある『虚ろ』は一斉に活性化していたのだろう。

 

「まさか、ナズーリンも……」

 

白蓮の傍に付き沿う僧服を着た寅丸星は顔を青くしている。

地上にいた人間や妖怪が、博麗の巫女を最後に見たのは、妖怪の山であり、そして彼女の部下であるナズーリンも、星の無くした宝塔探しに妖怪の山に行ったはずだ。

最後の事態になっているかもしれない。そう考えると取り乱しそうになる。だが、仮にも毘沙門天の代理を務めるほどの妖獣である。

いくらが部下が危機に巻き込まれているかもしれないとはいえ、それを決して顔には出さなかった。

 

「確か魔理沙も霊夢と一緒にいたわよね……ここに来ていないのを考えると、巻き込まれてるのは確実でしょうね」

 

青いワンピースに白のケープをつけた人形遣いは、友人である黒白の魔法使いが巻き込まれたであろうことに溜息をついた。

あれはあれで、中々のトラブルメーカー持ちだ。

何かの異変が起きれば必ずと言っていいほどに巻き込まれるか、もしくは関わっている。

 

「それがなぜ幻想郷が消えない事に繋がるのかしら?」

 

「分からないの?簡単な事なのよ。幻想郷と異世界であるヴァナ・ディールが融合したと言っても、二つの世界が簡単に繋がるわけないでしょう?

本来なら数百年、もしかしたら何千の時間のかけても足りない。いえ、そもそも再び世界が別れる可能性のほうが高いわ」

 

「話が長い。天才ならさっさと結論を言いなさい」

 

「500年しか生きてないのにせっかちね。結論から言えば、霊夢と紫がヴァナに行っても、幻想郷には何も問題がないぐらいに世界が融合してるって事よ」

 

永琳の出した結論を理解できたものはこの場でどれだけの人がいるだろうか。

彼女の言っている事。それは、異なる二つの世界が、完全に一つになろうとしている事なのだ。

 

「……話のスケールが大きすぎるね。それならなんで紫は帰ってこないだろ?」

 

世界規模の話についていけない顔をする萃香であるが、それならなぜ紫がさっさと戻ってこないのかを考える。

紫の能力を使えば世界の壁なんてあるようでないようなものだ。

 

(紫の事だから、今の状況を楽しんでる……?いや、あいつは愉快犯な事はあるけど、だからといって自分を異世界に飛ばした虚ろをそのままにするとは思わないし……)

 

長年の友人をやってるとはいえ、時々その友人の考えが分からない事だってある。

時には幻想郷に不利益とも言える行動を出す事もあるし、グラットン異変のときだっていくらブロントと愉快な仲間達がいたとはいえ、ほとんどがノータッチであった。

幻想郷を愛してるが、幻想郷の危機になっても自分からの行動を起こす事が少ない。むしろその異変解決をしている者たちを面白おかしく見ているのが紫なのだ。

 

「ねーねーリューサン、それより虚ろって何なのかな~♪」

 

少しばかり静まり返った場で言葉を出したのはミスティア・ローレライだった。

彼女は難しい話が苦手なので、藍の言っている事の大半を流していたが、虚ろというものだけは興味があるようだ。

 

「……いや、俺も詳しい事はわからないな。ここに来る半年以上前に、虚ろが世界で確認されたと聞いただけだ」

 

紫色の鎧を着込むのは槍を使いし、一人の竜騎士。

長身ながらも、無駄のない肉体をしており、しなやかな筋肉は飛び上がるために鍛えられている。

ミスティアの質問に答えるリューサンだが、彼は『虚ろ』の事を聞いてはいるが、それに関与したことはなかった。

精々、虚ろに呑まれた者は帰ってこないという噂を聞くだけである。

 

「それならファイナル師匠、あなたはどうかしら?」

 

レミリアの近くに立つのはブロントと同じエルヴァーンの騎士。

しかし、彼は生きながらにして"終焉"の二つ名を持ち、様々な伝説を作り上げてきた。

神話から語り継がれる武具と共に、あらゆる困難に打ち勝ったファイナルタツヤ。

現在では人里の集落でファイナル道場を開き、咲夜とレミリアはその門下生に当たる。

 

「俺もファイナルリューサンと同じだ。ファイナル虚ろの事は深くは知らない」

 

そのファイナルタツヤでさえ、『虚ろ』の事は知らなかった。

『虚ろ』とはいったい何なのか。

一級冒険者ですら知り得ない『虚ろ』とはいったい――。

 

「……ブロントさんは、知ってるんだよね?」

 

小さな女の子のように見える宵闇の妖怪ルーミアは、静かにそう言った。

全ての者の視線が、ブロントに集まる。

 

「ブロント殿……知っているのか?あれが、何なのかを」

 

「ああ……まぁ、知っているには知ってるな」

 

さすが謙虚なナイトは格が違ったのか、藍の問にブロントは『虚ろ』を知っていると答えた。

だが、ブロントの顔は思わしくない。

まるで、やっかいな異変が起きる事が目に見えているような、そんな顔をしていた。

 

「ブロントさん、知っている事を説明してくださる?」

 

レミリアの言葉に、ブロントは頷いた。

 

「まず虚ろが何なのか何だが……実は俺もよくわからん」

 

「え?だってさっき知ってるって……」

 

「駄目よ、妖夢。話を遮っちゃ」

 

「あ、すみません。ブロントさん。先をどうぞ」

 

「だが、虚ろの出た原因は知っているぞ。ヴァナの世界だと「世界の終わりに来たる者」が原因となってる」

 

ブロントの口から出た初めて聞く言葉。

それは黙って見過ごすことのできない、不吉な言葉であった。

 

「世界の……?それはいったい何だ、ブロント殿」

 

「詳しい事を説明すると冗長みたいに長くなる。短く言うと……神の器みたいなものだな」

 

「……どんな神だ?ヴァナの神である事は予測付くが」

 

「プロマシア。ヴァナじゃ男神だとか呼ばれる神の器が現れ、その時に虚ろが世界に現れるようになった……らしい。俺もこの辺は聞いただけで確信はもてにぃが……」

 

プロマシア。

それはヴァナ・ディールに生きている者なら誰もが知っている神だ。

曰く、世界を滅ぼした神であり、アルタナの女神はそれを悲しみ、涙から世界とアルタナの五種族が生まれた。

曰く、獣人の神であり、アルタナの五種族を滅ぼすために獣人を生みだした。

ヴァナ・ディールの聖書などではそのように書かれており、基本的に女神であるアルタナとは正反対として存在している。

 

この場にいる者でも、プロマシアを知っている者はいる。

リューサンやファイナルタツヤなど、ヴァナ出身の冒険者は当たり前として、異変の解決に活躍したブロント、アリス、咲夜、妖夢、小町もだ。

グラットン異変の際に、白玉楼の主である幽々子がグラットンの欠片の持つダークパワーによってプロマシアを呼び寄せた。

神というだけあってか、絶大の力を持ち、ブロントや博麗霊夢を含めた異変解決チームを苦しめ、全滅一歩手前まで追い込まれた。

辛くも勝利できたとはいえ、充分にその逆も有り得た戦いであった。

 

「……つまり、そのプロマシアとやらが復活する前兆が虚ろであると?」

 

「可能性が高いがそうとも言えないのが汚いところ。さっき言った通りに虚ろは俺もよくわからねぇからな」

 

ブロントは藍にそう言った。

虚ろで関係するとしたら、まずプロマシアの復活に、その器である「世界の終わりに来たる者」が幻想郷に、もしくはヴァナ・ディールに現れたと考えるのが適切だろう。

ならばその器は何処にいるのか?ブロントにはそれが分からなかった。

なぜならブロントが知る限りでは、「世界の終わりに来たる者」であった者達はブロントがまだヴァナ・ディールで仲間と一緒に冒険をしていた頃に倒している上に、全てが終わった後にこの世に生きる全ての者が「世界の終わりに来たる者」としての宿命を背負っている事を知ったからだ。

 

「でもプロマシアって、確かブロントさん達が異変で倒してるんだよね?なら大丈夫じゃない?」

 

幽々子がプロマシアを呼び寄せ、それに打ち勝った者がいる。

その代表がブロントであり、異変解決チームだ。

ミスティアは、例えプロマシアが復活しても大丈夫ではないかと言うが、目線を付けた忍者のような黒い装束を来た男は馬鹿にするように笑った。

 

「無理だな。何も対抗策もなしにプロマシアと戦っても無様に負けるだけだ」

 

地霊殿の主であるさとりの護衛(報酬はちくわ12個分)として着いてきた汚い忍者は、楽観視するミスティアの考えを切り捨てる。

 

「なぜそう言えるのかしら?私は話に聞いただけだけど、グラットン異変の時に亡霊姫がプロマシアを呼んだ事、そして打ち倒した事を知っているんだけど」

 

その時の異変は、持病のせいで動くことが出来ず、パチュリーは異変が終わった後にブロントから話を聞くだけであった。

 

「はっ!何も知らねぇ奴にわからねぇだろうな。グラットンが引き寄せたプロマシアなんぞ、ただの形を真似た殻でしかねぇって事だ。

てめえもよく知ってるだろ?ブロント。アレが本当のプロマシアだったら、幻想郷が滅んでも可笑しくなかった事を。そして、グラットンを持ってる限り、あれには勝てないってこともな」

 

「……………」

 

汚い忍者の言葉に、ブロントは答えなかった。

どんな相手でも、守り、打ち勝つと豪語する騎士が無言であることに、みなの動揺が生まれ始める。

 

「むきゅ……そんなに強いってことなの?プロマシアって」

 

「強い事は強い。少なくとも、本調子でもねぇのにバカガラスに取りついてた真龍よりかはな」

 

バカガラスとは、地霊殿の家主であるさとりのペット霊烏路空の事だ。

グラットン異変の際にグラットンの欠片を手にして、ダークパワーを使って暴れに暴れまくった。

その時、ダークパワーが異世界であるヴァナ・ディールから真龍バハムートを引き寄せてしまった。

全ての龍を統べる霊獣。

その龍から放たれるブレスは数多の冒険者を骨にし、バハムートと融合したお空はブロント達、異変解決チームを苦しめてきた。

しかし、プロマシアの強さはそんな単純なものではない。

 

「プロマシアのやっかいなのはな、俺達ヴァナ人の心の闇、もっと言えば負の感情を操れるんだよ。ここ風で言うなら「負の心を干渉する程度の能力」って感じだな」

 

「負の感情……?」

 

「生きてる奴なら普通に持ってるだろ。あいつより上に行きたい、あいつが羨ましい、あいつが憎くて堪らない。そんな感情を干渉しやがるんだよ」

 

「見事にあんたが全て当てはまってるわね」

 

「うるせぇぞ、水橋!」

 

「つまり、そこの橋姫みたいな力なわけ?」

 

パチュリーの指刺すのは汚い忍者の隣にいる金色の髪を持つ女。

嫉妬という感情を操る水橋パルスィとプロマシアの能力は似たようなものなのかと聞くが、汚い忍者は首を横に振った。

 

「んな生易しいもんじゃねえ。どんな感情でも、心さえあれば負に干渉して膨れさせるのがプロマシアの能力だ。

そうなったら、完全に動きを封じられて能力すら使えねえ。どんな力を持ってても意味はねえ。奴と向かい合った時点で例え同じ神であっても負けは確定しているんだよ」

 

汚い忍者が言い終えると、辺りは静まり返った。

この話が本当であれば、プロマシアが復活するということは、対抗すら出来ずに負ける。そういう事なのだ。

 

「じゃあ、どうやって勝ったのさ?」

 

萃香の素朴な疑問。

それだけの怪物相手に、ブロントは打ち勝った。だからブロントはここにいる。

 

「……ヴァナ人の心の闇を知ってるか?」

 

「確か……無知だとか、臆病とかだっけ?アトリちゃんに少しだけ聞いただけで私もよくわからないけど」

 

ヴァナ・ディールの人間が持つとされる心の闇。

 

ヒュームの"無知"

エルヴァーンの"傲慢"

タルタルの"怯懦"

ミスラの"嫉妬"

ガルカの"憎悪"

 

誰が言ったのかは分からないが、ヴァナ人には定められた心の闇が存在する。

その心の闇は同じ人間という種族でありながら互いが互いを傷つけ、争う原因にもなっていた。

 

"無知"であるがゆえに他者の痛みを気付かず、

"傲慢"であるがゆえに他者を見下し、

"怯懦"であるがゆえに他者を必要以上に恐れ、

"嫉妬"であるがゆえに他者を許せず、

"憎悪"であるがゆえに他者を憎み続ける。

 

水晶大戦を得て、同盟を結んだとはいえ、それまでにアルタナの五種族は何百年、何千年と争い続けていたのだ。

本能的に存在する、心の闇に動かされて。

 

そしてプロマシアはそれを操る事ができる。

心の闇がある限り、プロマシアと戦う事すらできない。

 

「俺とブロントがプロマシアと戦えたのは……クリスタルの加護とアルタナの加護を得た事。そして、それによって心の闇を打ち砕いたからだ」

 

汚い忍者は語った。

復活までに至った男神と世界を守るために戦った冒険者の話を。

いくら冒険者といえども、ただの人間に過ぎず、心の闇を有してる限りではプロマシアと戦えない。

しかし、クリスタルの加護を得て、女神アルタナの祝福を受ける事により、心の闇を打ち砕く事によって五つの虚ろは五つの光となって世界を救ったのだ。

 

「へぇー、忍者ってブロントさんと一緒にプロマシアと戦ってたんだ」

 

「昔の事だ。話を戻すぞ。俺らの場合は心の闇に打ち勝てたからプロマシアと戦えた。あの頃は、プロマシアもまだ本調子じゃねぇし、強力な助っ人もいたからな。

でも、今じゃ無理だ。……俺も、ブロントも。あの頃みてぇに自分の心の闇に勝てる気がしねぇよ」

 

ただ、汚い忍者はそう言った。

心の闇を打ち勝つというのは容易ではない。

いったいどれだけのヴァナ人が自らの闇に惑わされない者がいただろうか。

いったいどれだけのヴァナ人が心の闇に打ち勝てた者がいただろうか。

 

あの頃は、まだ良かった。

仲間がいて、隣に相棒がいて、どんな敵にも負ける気がしなくて。

如何なる困難にも立ち向かい、如何なる壁をも乗り越えて。

それが今では、互いが互いを険悪しあい、ただ己こそが強いと証明するようになってしまった。

 

こんな小さな事に拘ってるようでは、心の闇に打ち勝つなど夢のまた夢。

ブロントもまた、それを知ってか口を出す事はなかった。

 

「そういえば、グラットンを持ってる限り倒せないって言ってたけど、あれは?」

 

「ん?なんだ、ブロントの仲間なのにまだ知らなかったのかよ」

 

汚い忍者は小馬鹿したように、何も知らないアリス・マーガトロイドに答えた。

 

「グラットンにダークパワーがあるとか言ってるがな、実際の七罪武器にそんなもんはねぇんだよ」

 

「……は?」

 

汚い忍者の言ってる事に、皆は理解する事ができなかった。

数々の異変を引き起こし、魔剣であるグラットンソード。

その力の要であるダークパワーは、グラットンには備わっていないと言ったのだ。

 

「教えてやるよ。グラットンは元々暴食の名を冠する武器でな。武器としては精々、中の上に落ち着く程度だ。

単純に武器としてみるなら、グラットン以上のものなんて腐るほどある」

 

そう。ヴァナ・ディールに置いて、七罪と言われる武器はさほど珍しくないのだ。

暴食の名を持つグラットンソード、色欲を冠するラストダガー、強欲を司るグリードシミターなのがある。

ブロントの持つのはグラットンであり、価値としてはそこまでは高くない。むしろ、数としては溢れかえってると言っていいだろう。

 

「七罪の特徴的なのは、その罪に適した力を引き出す事にある。

例えばグリードシミターなら強欲になって如何なる物も手にしたいという欲求と相応の力が手に入るし、エイヴィーピアスなら憎たらしい誰かに嫉妬してそれ以上の力を得る事だってできる。

もちろん、そんな事ができる奴なんて俺はブロント以外に見た事がない。なぜならそんな事をしてしまえば頭がおかしくなって死ぬ・・・・・・・・・からな」

 

「じゃあ、ブロントさんは暴食だから……まさか!?」

 

汚い忍者の言ってる事に、パチュリーは気付いた。気付いてしまった。

グラットンの持つ、ダークパワーの秘密に。

 

「気付いたみたいだな。そうだ。ダークパワーはブロントの持つ心の闇を増幅し、吸収した力だったのさ」

 

「ま、待ってよ。それだとレミィや、薬師さんにグラットンに取りついたダークパワーは……」

 

「大部分はブロントのダークパワーが混じってたが……グラットンの暴食が取りついた奴の心の闇に反応してたのも事実だな。

そもそもおかしいと思わなかったのか?グラットンがぶっ壊れてるにも関わらず、ブロントや巫女のガキ、そしてそこの死神が物真似とはいえダークパワーを使ってるのがよ」

 

「……え?それだと私の心の闇ってあんな……み、認めませんよ!私は絶対に認めません!」

 

天狗である射命丸文は自らがダークパワーの力を受け、見るも無残な化け物にメタモルフォーゼしてしまった事を思い出し、それが自分の心の闇である事を否定をした。

なにせ天狗とはかけ離れたキメラのような怪物になってしまったのだ。

文にとっては忘れたいことであった。

 

「なるほど……それがブロントさんがプロマシアに勝てない理由だったのね」

 

「おいィ、俺はまだ勝てないと言ってないんですがねぇ?」

 

「だけど、話を聞く限りではブロントさんに勝ち目は見えないわよ?ブロントさんがこちらの世界に来てから、ダークパワーの力を使わなかったのは一体どれほどかしら?」

 

レミリアの言葉に、ブロントは反論しようにもできなかった。

ブロントが幻想郷に来る前から、彼は仲間を守るために暴食の力を使用し、光の闇が両方備わり最強に見える力でもって仲間を守り通した。

そしてそれは幻想郷に来てからも変わっていない。必要であれば、ブロントは敵にダークパワーを向けていたのだ。

 

「ん?となると、ブロントさんってまだ忍者と組んでた時はグラットンを持っていなかった?」

 

「……ああ、そうなるな」

 

萃香が思いついたように言い、汚い忍者は肯定した。

汚い忍者の脳裏に浮かぶのは、もう取り戻せない、まだ冒険者として輝いていた頃の時代。

その時の汚い忍者は、目線を付けていながらも何かを思い出してるような顔をしていた。

 

「藍様!た、た、大変です!!」

 

「橙!?いったいどうした!」

 

当然、大きな扉から入ってきたのは赤いワンピースを着ている猫又の少女であった。

薄緑の帽子を被った可愛らしい女の子であるが、藍の式である橙は、息を切れ切れながらに藍に報告を伝えた。

 

「う、虚ろが!監視していた虚ろが小さくなってます!」

 

橙の言っている事に、藍はすぐさま監視用の式の視覚を繋げ、虚ろのある場所を見る。

全てを呑みこまんし、あるはずなのに何もないような印象を受ける『虚ろ』。

だが、それは目に見えて小さくなっている。あとすこしで消滅してしまう。それほどまでに。

 

「とんずらァ!!」

 

「あ、おい!ブロント!!」

 

止めようとした汚い忍者を介せずにブロントは走る。

彼が走ろうとしているのは、紅魔館の近くにある『虚ろ』。

橙もその『虚ろ』を監視していたのだろう。そして異変が起きたから報告に来た。

『虚ろ』に向かって普通なら急遽辿りつかないところを駆け抜け、ブロントの目に、懐かしくとも忌々しい『虚ろ』が見えてきた。

初めて見た『虚ろ』を思い出す。

あの時と、何も変わっていない。

存在自体が虚ろであり、あやふやで、本当にそれが存在してるのかもわからないそれは、確かに小さく小さく縮んでいた。

 

「う、ぉおぉぉぉぉぉ!」

 

手を伸ばす。

虚ろに手を伸ばし、そして……

 

「ぐっ!」

 

ブロントの手が届く瞬間で『虚ろ』は完全に消滅し、手は空を切った。

 

「ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

意味もなく、ブロントは叫んだ。

虚ろの先に守るべき者がいるかもしれないのに。

虚ろの先に倒すべき何かがいるかもしれないのに。

ブロントはただ、消えてしまった虚ろの先を睨み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東方幻想鉄~プロマシアの幻影~

第四章「卯月の夜に神無月の前夜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上を見上げれば白い鳥の集団であるカモメが青い空を自由に飛んでいる。

広々とした、雲一つのない空は心を晴れ晴れとしてくれるようだ。

そして、鼻を嗅げば潮の匂いが強く感じる。

今立っている所から前を見れば何処までも広がる大きな海。

遮るものは何もない、青い海がそこにある。

 

黒白の服が特徴的な霧雨魔理沙は海をずっと見続けている。

飽きたりはしない。

船に乗ってから二日が経とうとしているが、少女は海という大きすぎるまでの光景に飽きるという文字はなかった。

 

「世界ってでっけぇよなぁ。なぁ、霊夢!」

 

「え?ああ、そうね」

 

魔理沙の声に適当に反応したのは腋の開いた奇妙な巫女服を着る博麗霊夢であった。

船からの風を当てられるだけに外に出た霊夢は、特に海に対して興味もなさそうに言った。

 

「こんなところにいたのか。レイム、マリサ」

 

「プリッシュじゃない。どうかしたの?」

 

二人の少女に声をかけたのは、歳の近そうなエルヴァーンの少女だった。

エルヴァーンだけあってか、可憐という言葉の似合う容姿をしていながらも、男らしさを感じさせる笑みが可憐な見た目を忘れさせてくれる。

地下壕の住民であるプリッシュは、腕に紫の宝石を額に付けた紫色の獣を携えながら、近付いてきた。

 

「もうそろそろノーグにつくから準備したほうがいいぜ」

 

「ん……ようやくか」

 

「結構長かったなァ」

 

「ま、タブナジアとノーグは遠いからな」

 

少女達の乗っている船は今、南の大陸にあるとされる海賊の秘密拠点であるノーグに向かっている。

その理由はタブナジアと裏取引に置いて知らない者はいないとされるノーグ海賊団との交易のためだ。

海賊に売りつけるのは他国でも貴重とされるタブナジア産の織物や宝石などだ。

こうしたのは他国に普通に売るよりも、海賊であり、裏取引も行うノーグに売れば双方に旨味が出る。

 

プリッシュがここにいるのは、ノーグにいる知人に会うためだ。プリッシュが冒険者になってから半年以上経って、その間に一度も会っていない。

なので、プリッシュは交易用の船に乗っているのだが、霊夢と魔理沙はただの付き沿いだ。

魔理沙は海賊の住処に興味深々であるのだが、霊夢はさほど興味は持っていなかった。

ただ「働かざる者食うべからず」というタブナジアの決まりに置いて、合法的にタダ休みが出来ると聞いて霊夢もついてきたのだ。

 

「それより、あんた。それお気に入りねぇ」

 

「おー!こいつ、もふもふして感触がいいんだよ。あとなんかどっかで嗅いだような匂いもするし」

 

紫色の獣をぎゅーと抱きしめてその感触を味わう。

色鮮やかな紫の毛皮の感触は素晴らしく、さらさらとしながらも、もふもふとした不思議な感覚が気持ち良かった。

当の獣は抱きしめられて苦しそうであったが。

 

「あ、あとこいつ乳首なんてあったぜ!霊獣にもあるんだな!ほれ!」

 

「きゅー!;;きゅー!;;」

 

腕を掴んで、バンザイとした形を取らせる。

そのまま空いた手で胴体……人間で言う胸の部分をさらさらと触ると、哺乳類であるなら有している小さな突起状が見える。

 

「そのへんにしときなさいよ。虐めすぎたら駄目よ」

 

「いや、虐めたつもりはないんだが……」

 

精々、可愛らしい動物を弄る程度なのだが、それでも小さな紫色の獣には色々な意味で負担が多かった。

きゅーきゅーと言葉のならない声で鳴き続け、さすがにそれを見かねた霊夢はプリッシュから紫の獣を取った。

もさもさもふもふと感触が手に伝わり、霊夢も思わず顔を埋めたくなるようになるが、この獣の正体を知っているがゆえにそれはできない。

 

「おっと、わりぃ。なんか呼ばれてるみてぇだ」

 

船のクルーらしき者に呼ばれ、プリッシュは船の中に入って行った。

あとの甲板に残るのは霊夢と魔理沙、そして紫の獣だけである。

 

「……私達以外に声が聞こえないってのも不便ね。紫」

 

「も、もう……お嫁に行けませんわ……」

 

獣から発する声は獣ではない。

貴婦人のような喋り方で発する声は間違いなく女性のそれであった。

もう私汚されちゃったと言わんばかりの声で言いながら、さめざめと泣く姿。

霊獣とも言われるカーバンクルの姿をした紫色の獣が、幻想郷では妖怪の賢者と言われた八雲紫であると誰が気付くだろうか。

 

「でもなんで私達にしか聞こえないんだろうな」

 

魔理沙の疑問に誰も答える者はいない。

滅んだ国であるタブナジア、その聖堂に安置されたオルガンの素材を取りに行く時に少女らは『虚ろ』に出会った。

その虚ろは何も呑みこまずにただ突然と現れ、更に召喚魔法陣がオルガンを中心に現れ、それに召喚されたのが紫であった。

 

タブナジア地下壕で目を覚ました紫であったが、なぜこのような姿になっているかはまったく分からないと言う。

幻想郷で虚ろに呑まれたのは覚えているが、そこから記憶がブツリと途絶えたと紫は言った。

 

獣の姿になってしまった紫であるが幾つか問題点がある。

それはどれもが致命的な致命傷なものであった。

 

「でも今の姿のほうが可愛らしいぜ。ほーれほーれ」

 

「ちょ、お腹なでないでぇ」

 

仰向けに寝かせて、魔理沙は柔らかい獣の腹をくすぐりはじめる。

抵抗できないのか、手足をぱたぱたさせる紫の姿に霊夢は溜息をはいた。

 

今の紫には大妖怪 八雲紫であった頃の能力が一切使えなかった。

まず紫の代名詞である境界線を操る能力は当然として、紫自慢の素の能力の高さ、更には頭脳の良さすら失われてるという状態だった。

これでは無力な獣でしかない。

事実、魔理沙や先程のプリッシュに言い様に弄られているのだ。

そして境界の能力が使えないのがかなり痛い。

なにせ紫の能力は世界の壁すら飛び越えて移動が可能だ。

いざとなったら紫の能力で幻想郷に帰ろうと霊夢は考えていたためにこれは予想外であった。

 

「紫の声が他の人には聞こえないっていうのが分からないわね……」

 

紫が何かを喋っても、それは霊夢と魔理沙以外には届かなかった。

他の人からは獣の声しか聞こえないのだ。

紫は「霊夢と魔理沙が幻想郷の住民だからかもしれない」と推測するが、それが何処まで正しいのかは分からなかった。

 

「それより紫、聞きたい事があるんだけど」

 

「な、なにかしら?」

 

「前に来た時は一切の霊力が使えなかったのに、今回来た時は微弱だけど使えるのよ。理由分かる?」

 

今まで疑問にあったことがあった。

ヴァナ・ディールでは世界の法則という壁によって幻想郷で使えた能力の類が使えなくなっている。

元から備わっている力ならまだ良いのだが、霊力などの類が無くなってしまったのだ。

 

「あー、それは私も思ったな。もうちょい感覚を取り戻せば箒で空が飛べそうだぜ」

 

「日に日に力が戻ってる気がするのよね……このまま行けばスペルカードの一枚か二枚は普通に使えるかも」

 

本来力を失っているのにも関わらず、ヴァナ・ディールに来てから失った力が元に戻り始めている事が分かっていた。

今はまだ大規模な術を使うのは無理でも、数日もすれば霊夢と魔理沙の代表とする技を使えるぐらいに力が戻るのを感じ取っていたのだ。

 

「……あくまで推測、いえただの予想ね。霊夢と魔理沙の力が戻りつつあるのは単純な事だわ」

 

「単純な事?一体なんだぜ?」

 

「水と油は混ざらない。でも水と水、油と油なら混じる事ができる。つまりそういうことよ」

 

獣の姿をしても相変わらずに話が遠まわしであった。

だが、彼女の言いたいことは理解できた。

水(幻想郷)と油(ヴァナ・ディール)は混ざらない。

だけど、同じなら?

異なる世界が本当の意味で"一つ"になるのなら、世界の法則もまた変わる。

言ってしまえば、ヴァナ・ディールでありながら幻想郷と同じ法則は生まれる事で、霊夢と魔理沙の力も元に戻ろうするのも必然なのだ。

 

「つまり、幻想郷とヴァナが一つになろうとしている……?」

 

「本当なら百年近くはかけないとこうなるはずはなかったんだけど……それも完全に融合せずに別々の世界に戻る可能性のほうが大きかったぐらいよ」

 

「ノーグが見えたぞぉぉぉぉ!」

 

マストのてっぺんにいる船乗りが叫んだ。

目的地までもう近い。次なる地へと、少女達は見据えていた。

 

 

 

船は洞窟のようなところに入った。

薄暗く、先が見えづらいが進むにつれてだんだんと明かりが見える。

松明だ。火によって燃え続ける事によって、薄暗い洞窟であっても明るく照らしてくれる。

 

そこはもう、海にいるものなら誰もが知る海賊の住処であった。

頭領ギルガメッシュを知らない者は、このヴァナに置いていない。

船はノーグの船置き場に隣接し、二日近く動き続けた船はようやく止まった。

 

「荷を出せー!」

 

船に乗っていた船長は言った。

その声に反応して、船乗り達は次々と船に積まれていた荷を取り出していく。

ノーグにいた者たちも、タブナジアから来た船に気付いて人が集まってきたようだった。

 

「ライオン!!」

 

船から飛び降りる少女が一人。

そんな活発そうな少女に、一人の女性は気付き、にこやかな笑みを浮かべた。

 

「プリッシュ!久しぶりね!」

 

「ああ!」

 

パシンと手と手を合わせ、二人はまるで長年の友のように挨拶をした。

プリッシュの会いにきた知り合いとは、まるで獅子のような女性であるライオンだったのだ。

互いが共にいた時期は少ないとはいえ、それでも長年に付き沿ってきたような印象を受ける二人であるが、プリッシュが冒険者になってからしばらく連絡が出来ず、今ここで再開を果たす事になったのだ。

 

「半年、ぶりかしら?噂は聞いてるわよ。あなたが冒険者になったのはね」

 

「へへっ。さすがに知ってたか」

 

「当然よ。東のほうだと凄いわよ?トロールの将軍相手に互角に戦って、アトルガンの将軍にスカウトされたんでしょ?」

 

「まぁな。ま、俺は将軍だとかめんどくさくてきっぱり断ってやったがな」

 

「あなたらしいわね。プリッシュの将軍姿なんて想像できないけど」

 

プリッシュとライオンが雑談する一方で、霊夢と魔理沙も遅れて船から降りてきた。

洞窟の中にある海賊の住処というのが珍しいのか、魔理沙は田舎者のようにきょろきょろとしながら見回してる。

 

「おぉー……すげぇな」

 

「何が凄いのよ?」

 

「え?秘密基地っぽくてかっこよくないか?」

 

子供のような事を言いだす魔理沙に、霊夢は呆れたように顔を振った。

 

海賊の住処であるノーグは洞窟を切りぬかれたような街をしており、海と面していながらも人が住むのには何も問題はない作りとなっている。

住民のほとんどが海賊とはいえ、仕事は仕事と割り切っているのでノーグに来た者に略奪行為をする者はいない。

現にタブナジアから来た船の住民を襲うどころか、荷運びの手伝いや雑談をしている姿から分かるだろう。

 

「おーい、こっちだこっち」

 

暫くノーグの街並みを見ていると、プリッシュが手を振りながら呼んでいた。

隣には見慣れない女性がいる。

 

「初めまして。貴女達がプリッシュの言っていたレイムとマリサ……で合ってるわよね?私はライオン。見ての通り、冒険者よ」

 

首からかけられ、豊かな胸の上にある橙色の宝石。冒険者の証である《シグネット》があった。

ライオンと出会うのはこれで初めてのはずだというのに、霊夢達の名前を知っていた。

その事に疑問を覚え、霊夢は言う。

 

「何で私達の名前を?」

 

「リンクパールで連絡を取り合っていたのよ。まぁ詳しい話は中でしましょう」

 

小さな真珠を取り出し、それは遠く離れたところからでも連絡が取り合えるリンクパールであった。

プリッシュも同じパールを取り出すと、色が同じである。

 

ライオンの言われるようにノーグの中に入っていく。

外からでも分かるが、長年ギルガメッシュを筆頭にした海賊団の住処はしっかりとした作りとなっている。

何らかの敵が侵入された場合を考え、すぐにでも簡易な防護壁を立てられるようになっているのだ。

海賊でありながらも世界中の国々と交易するノーグといえども敵は多い。

同じ海賊である同業者、更に国家の中には海賊を疎ましく思うのもいる。

そういった存在から何時でも身を守れるようにノーグは作られているのだ。

 

客室用の一室に入り、部屋の中にいるのは霊夢と魔理沙、プリッシュとライオンの女四人。そして紫のカーバンクルである。

ライオンは慣れた手つきで棚に置かれたカップを取り出し、紅茶を入れ始めた。

五人分の紅茶を作るとテーブルに置き、ライオンが口を開く。

 

「まず色々と説明しなきゃいけない事が多いよね……」

 

「説明?何をだぜ?」

 

「今、ヴァナで起きてる異変の事よ。もしかしたら虚ろに関係があるかもしれないわ」

 

ライオンの言った内容に、霊夢と魔理沙の顔が少しばかり強張る。

幻想郷の住民である霊夢達がヴァナ・ディールに来てしまったのは、幻想郷に現れた『虚ろ』が原因だ。

 

「リンクパールから世界に散らばる巨大クリスタルが無くなったって聞いたけど本当かよ?」

 

「私の目で見たから間違いないわよ」

 

「……あんなでかいクリスタルが無くなるなんて穏やかじゃねぇな……」

 

珍しく神妙な顔立ちをするプリッシュ。

ヴァナ・ディールで起きている異変の事をライオンから一通り聞いていた。

その内容とは世界を構成する元素の結晶であり、世界にエネルギーを循環させると言われるクリスタルラインの要となる巨大クリスタルの消失であった。

プリッシュはクリスタルラインが無くなる事で発生する影響をある程度は理解はしている。

話が本当であれば最悪だ。

自然に悪影響が出る事は間違いなく、下手すれば構成している理のバランスが崩れ、世界が崩壊してしまう可能性があるのだ。

 

「ごめん、話がついていけないんだけど……」

 

「あ、ごめんなさいね。貴女達にも関係のある話になりそうだから、一から説明しておくわ。もちろん……」

 

ライオンが言いかける時、客室の扉が開き、誰かが入ってきた。

それは少女であった。幼い外形をしながらも、背にある武器、両手槍が玩具でない輝きを持っている事が分かる。

小さな空飛ぶ蜥蜴である飛竜を引き連れた少女の頭には鼠のような丸い耳を持っている。

 

「ライオン、いきなり呼びだして何の用――」

 

「あ、あんたは!」

 

「な!?紅白の巫女!??」

 

少女の名はナズーリン。

霊夢達と同じ幻想郷の住民であり、人ではなく妖怪と呼ばれる人ならざる者。

今は飛竜と共にある賢将との再会は、非常に唐突であっさりとしたものであった。

 

「もちろん、ナズーリンと一緒に説明をしておくわ。でもその前に貴女達の正体、そして何処から来たのかを説明してもらうけどね」

 

してやったりとした顔をするライオン。

食えない女だ、とプリッシュは一人で呆れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノーグにある客室。

さすがに女が五人もいると狭く感じるが言うほどでもない。

 

「……とまぁ、私から言えるのはここまでですね。言っておきますけど私が言ったのは嘘じゃないですから」

 

腋の開いた巫女服姿の少女、博麗霊夢はライオンに自分の事を言い終った。

ライオンはすでに気付いていたのだ。

ナズーリンを含め、幻想郷から来訪した三人の少女がヴァナ・ディールの住民ではない事を。

 

「幻想郷……ねぇ。聞いた事はないわ。プリッシュ、貴女は?」

 

「俺もだ。……てか俺にそんな事を言わないなんて水臭いぜ」

 

「悪いわね。ただこんな事を言っても普通、信じないでしょ?私達の世界でもヴァナと融合した時なんてすぐに信じられなかったもの」

 

霊夢の語った内容は自分達が異世界の住民であること。

そして異世界の名前が幻想郷であり、その幻想郷はヴァナ・ディールと融合している事でもあった。

幻想郷にはヴァナ・ディールの住民である魔物の他にも冒険者、更には一部の生態系すらやってきている事も話した。

 

「なるほどね。ここ最近の一年、冒険者が行方不明になっていたのはその幻想郷にやってきたから、なんだ」

 

飲み込みの早いライオンは霊夢の話に順応していた。

知らない者が聞けば霊夢の話は夢物語のように聞こえるが、伊達にベテランの冒険者ではないライオンの順応性はそこらの貧弱一般人を超えている。

それなりにだが人の見る目のあるライオンにとって、霊夢が嘘をついているようにも見えないのも理由の一つだった。

 

「一つ聞きたいんだけど、その幻想郷にいる冒険者であるブロントって人はいるかしら?」

 

「さんを付けろよ、デコスケ野郎!!」

 

「……ブロントさん、ね。謙虚な騎士が口癖のエルヴァーンなんだけど」

 

ライオンの言う冒険者の名前。

それは霊夢のよく知る者であった。

なぜライオンがその名を出したかは分からないが、一緒に暮らしているエルヴァーンと見て間違いないだろう。

そして魔理沙はいつも通り、ブロントの名前を呼び捨てにされて舎弟根性を丸出しにしていた。

 

「知ってるわ。だって同じ神社で暮らしてるし」

 

「えっ!?そんなのか!【へぇー】あのブロントさんがレイムと一緒にねー。【へぇー】」

 

なんだ急にニヤニヤしてきた>>プリッシュ。

どうやらプリッシュもブロントの事を知っているらしく、やっぱり元の世界だと有名なのかしら、と霊夢は思った。

 

「幻想郷にいるブロントさんを連絡を取る、もしくは呼ぶ事はできるかしら?」

 

「……それは無理ですね。出来たら私達は一旦、幻想郷に帰っていると思いますし」

 

ライオンはブロントをどうにかヴァナ・ディールに呼びよせる事を考えていたらしいが、そんな事が出来たら霊夢はとっくにそれをやっている。

そもそもこの世界に来たのも完全に偶然なのだ。

世界を行き来する事のできる紫も今では無力な獣と化してるために、どうにもならないのが現状だ。

 

「一つ気になってたんだがライオンさんよ。ブロントさんの事を知ってるのかい?」

 

「知ってるわよ。良くも悪くもこの世界だと有名な冒険者だし、何よりもある異変で組んだ事もあるもの」

 

「俺もだな。これでも世界の危機を救った事もあるんだぜ?凄いだろ」

 

さすがに世界を救ったと言われて、はいそうですかと傾けないが、どうやらライオンとプリッシュはブロントとパーティを組んだ事があるようだ。

それも幻想郷で異変を解決したように、世界の危機から異変を解決するという形で。

 

「ブロントさんがいてくれれば問題解決も楽になるんだけどね……妙に勘が冴えてるというか、彼が行く先が解決の糸口にもなるし」

 

「とはいっても、ブロントさん以外の冒険者がすでに活動をしている、だよな。ライオン」

 

「そうね。信頼のできて実力のある冒険者はヴァナにはいるけど……今回の異変はかなりやっかいよ」

 

今、ヴァナで起きている異変はまったくもって原因が分からないのだ。

巨大クリスタルの消失、自然の影響、虚ろの出現。

いったい何が原因で起きているのか見当もつかない。情報が少なすぎた。

 

「話がズレたわね。そっちの話を聞かせてもらったし、今度はこちらの話をするわ」

 

「お願いします」

 

霊夢からの話を聞き終え、次に話すのはライオンであった。

まずは各地で起きている異変。つまり巨大クリスタルの消失とそれによって起きる被害予測であった。

ヴァナ・ディールではクリスタルとは冒険者にとっても、職人であれば貧弱一般人でも欠かせないものだ。

そして世界各地に存在する巨大クリスタルはクリスタルラインの要である。

もしもそれがなくなってしまえば、文字通り天地が荒れる可能性もないわけではない。

 

「俺達の世界が最初に虚ろが現れた原因はクリスタルラインを無理矢理通って、その影響で虚ろが現世に噴き出す形になったんだよ。クリスタルの消失とラインの影響、この事から虚ろの影響は出てる可能性はたけぇ」

 

「クリスタルラインを通る?そんな奴がいたのか?」

 

「おう。そんな奴がいたんだよ。ま、その理由は後々説明するけどな」

 

クリスタルラインとは巨大クリスタルのエネルギーを世界に流す道のようなものだ。

それを通る者がいるとすれば、それが物質の肉体を持つ者ではなく、エネルギーとしての肉体を持つ者。

すなわち巨大クリスタルに眠るはずの神獣や、神の域に達した獣である霊獣に限られる。

 

「つまり……今回の虚ろが現れたのはクリスタルの消失が原因?」

 

「その可能性が高いわね。穏便に済めばの場合だけど」

 

随分と不吉な事を言い残すライオンであるが、霊夢はその程度でこの異変が終わる気もしない事も分かっていた。

長年、異変を解決しているとどうも簡単に原因の事が運びすぎてると感じているのだ。

 

「まずはクリスタルを見つける事。それが今回の異変の解決になるはずよ。ナズーリン」

 

「なんだい?」

 

「今回貴女を呼んだのは貴女が幻想郷の住民である以外にも、クリスタルの探索を手伝ってほしいからなのよ」

 

「……そうか!ナズーリンの能力ならクリスタルの場所を見つける事もできるってことか!」

 

合点がいったように魔理沙は感心した。

ナズーリンの能力は物探しに置いては右に出るものはいない。

確かに消失した巨大クリスタルの居場所を見つけるのには最適だろう。

 

「ライオン、前に言ってると思うが今の私は……」

 

「分かってるわよ。レイムの言ってた影響とやらで本調子が出ないんでしょ?」

 

「それもあるが、この通り。能力の要であるペンデュラムが壊れているんだ。方角はともかく正確な位置と距離までは測れない。近ければまた別なんだろうけどな」

 

ナズーリンの首からかけている青色の宝石。

それは罅が入っており、宝石としての価値が無くなっているほどであった。

ナズーリンの能力は物探しであるが、それは腰にあるダウジングロッドとペンデュラムによって発揮できる力でもある。

どれか一つでも欠けると物探しの能力は一気に半減してしまう。

 

「でも今の現状、何も情報がないのも確かだからね。やるだけやってみてくれない?」

 

「この世界に来てから探し物をしてばかりだな……私は」

 

幻想郷に帰るにしても、まずはヴァナ・ディールの異変を先に解決しなければどうにもならない。

そう思ったナズーリンは本調子ではない能力を発動させる。

ダウジングロッドを構え、能力によってロッドは方角を指し示していく。

だが、ペンディラムがないためか正確な距離が掴めない。巨大クリスタルの示す先は本調子ではないナズーリンの能力の範疇を超えているようだった。

 

「東の方角だな……」

 

「東……?ひんがしかアトルガンのことかしら」

 

分かったのは結局、方角だけ。

それでもクリスタルの場所がわかっただけでも御の字だろう。

東と聞くと真っ先に浮かぶのは二つの国。

ひんがしと言われる侍と忍者の国、そして近東に長き歴史を作るアトルガン皇国だろう。

 

「せめてペンデュラムがあればもっと距離か位置程度は見つけられるんだが……」

 

「いえ、これだけでも充分よ。ありがとう」

 

「……いや、待て。東以外にも何か反応があるな……西だ。ここにも似たような反応がある」

 

能力に引っ掛かったのは東の方角。そして微弱だが西の方角にも反応があった。

 

「西……?西っていうとサンドリアか、タブナジアか?確かにタブナジアのほうは虚ろが現れたが」

 

「実際に行って確かめるしかないわね……プリッシュ、私は他の冒険者と連絡を取り合ってサンドリアとアトルガンを中心に行ってみるわ。貴女は……」

 

「タブナジアのほうを調べろって事だろ?りょーかいりょーかい」

 

もしもナズーリンの示す先に巨大クリスタル、もしくは虚ろを見つければ異変解決の大きな前進となる。

頼れる情報もない以上、ナズーリンの能力だけが頼りになる。

異世界の住民であるナズーリンの能力を簡単に信じるライオンであるが、それだけ彼女の事を信頼している証なのだろう。

 

「あ、ライオン。少し頼みがあるんだけどよ」

 

「なにかしら?頼みなんて珍しい」

 

「レイムとマリサのシグネットを修理するか代わりのものを持ってきてくれないか?ノーグならできるだろうし」

 

プリッシュは二人の持つ《シグネット》の修理をライオンに頼んだ。

冒険者の証である《シグネット》であるが、霊夢と魔理沙の橙色の宝石は《シグネット》として機能しなくなっている。

本来は宝石に記録された冒険者のデータなどを国の衛兵や冒険者を支援するガードが読み取り、その者が本当に《シグネット》の持ち主である冒険者かどうか調べる必要がある。

《シグネット》さえあればほとんどの国をフリーパス同然に入れるのだが、その《シグネット》を狙う者も少なからずいるのだ。

その対策として《シグネット》が壊れたり、記録された人物とは違う者が身に付けていると《シグネット》は冒険者の証としての機能を失ってしまう。

そうなると国に入るためのフリーパスとして役に立たなくなり、現に霊夢達は初めてタブナジアの地下壕に入る時も足止めを喰らってしまった。

 

これから異変を解決にタブナジアに一旦戻るとはいえ、ライオンの報告次第ではサンドリアやアトルガンに行く必要がある。

スムーズに国を行き来するためにも《シグネット》は必要不可欠なのだ。

 

「さすがに修理するのは無理ね。これを作れるのはガードでも一握りだし。戦績が溜められないけど、シグネット代わりになる模造品なら用意できるわよ?」

 

「じゃあ、それにしてくれ。レイムとマリサはそれでいいよな?」

 

「戦績を溜める必要は今はないしね。構わないわよ」

 

「私もだぜ」

 

《シグネット》に記録された戦績はその功績に応じてガードから様々な支援を受ける事ができる。

戦績を溜めるには多くの魔物を倒す必要があるのだが、元の世界を帰るために異変解決が最優先となるため戦績を溜める暇などない。

そのため、霊夢と魔理沙は代わりとなるものが模造品なのを了承した。

 

「私は父さんと話し合ってくるからゆっくりしてらっしゃい。ナズーリンもね」

 

「俺はちょいと船に戻るわ。ちゃんと荷が運ばれてるか見に行かねぇといけないからな」

 

そう言い残すとライオンは霊夢と魔理沙の《シグネット》を預かり、プリッシュと共に部屋に出た。

 

「久しぶり……というのもおかしいね。君たちもこの世界に来ていたんだな」

 

「ああ。一緒に虚ろに呑まれたから何処かにいるかと思ったらこんな所にいたんだな」

 

「お互い災難よね。こんなやっかいごとに巻き込まれるなんて」

 

部屋にいるのは幻想郷の住民である少女。

虚ろに呑まれた者同士、互いの無事を確認しながら現状の報告をし合った。

ヴァナ・ディールに来てからすでに一週間近くが経とうとしている。

その間に少女らの身の周りに起きた事を話し合っていた。

 

「飛竜、だっけか。リューサンと同じ奴なのか?」

 

魔理沙の指すのにはナズーリンの周りを飛んでいる青い竜がいる。

竜騎士が友として使役する飛竜だった。

 

「うん、まぁ。こっちも色々とあってね。クビラを育てるのに忙しい日々さ」

 

「クビラ?」

 

「この子の名前。いい名前だろう?」

 

何処かで聞いたような名前であると魔理沙はうなり、霊夢は気付いたように声をあげた。

十二神将に同じような名前はなかったか、と。

 

「よく気付いたね。その通り、クビラの名はそこから取っているよ」

 

クビラという名前を気に入ったのか、飛竜クビラはナズーリンを中心に飛びまわっている。

十二神将とは、薬師如来の十二の大願に応じて、それぞれが昼夜の十二の時、十二の月、または十二の方角を守護する存在である。

それぞれが名のある有名な仏、神の化身と言われ、その中で宮毘羅大将は弥勒菩薩の化身という説もある。

ナズーリンの飛竜の名はそこから与えられた。

化身の一つとして鼠の顔を持ち、様々な武具を使いこなすことから戦神の一種とも称えられたクビラの名は、小さいながらも強大な力を秘めた竜の子に継がれるのも納得と言えるだろう。

クビラが親のように慕っているナズーリンが鼠の妖怪なのだからその繋がりもある。

 

「ふーん?このちっさいのがクビラの名をねぇ……ほーれほれ」

 

「クルゥゥゥゥ?」

 

なーに?と言った感じに顔を傾げるクビラ。

霊夢の知る限りでは竜騎士と言ったら、幻想郷でもソロプレイのリューサンが真っ先に思い浮かぶ。

彼は己の飛竜を溺愛しながらも、飛竜と共に心を繋げて戦う実力は一級廃人の域に到達している。

伊達にブロントが一対一だと負けるかもしれないと言わした竜騎士は伊達ではないのだろう。

とはいえ、話を聞く限りではまだ生まれたてのクビラはそこまで強そうには見えなかった。

霊夢に首を撫でられ、くすぐったそうにしている姿は竜ではなく、どちかと言うと猫か何かのように見える。

 

「ところでそっちの獣はなんだい?確かカーバンクルという召喚獣であったのを覚えているが」

 

今度はナズーリンが魔理沙の抱える紫色の獣を指した。

ナズーリンが過去に見たのは召喚士であるとある冒険者が召喚した霊獣カーバンクル。

あの時の色は美しい毛並みの蒼色をしていたが、ナズーリンの見るカーバンクルは紫色をしている。

 

「あー、これは、ねぇ……」

 

「八雲紫って言ったら信じるか?」

 

「……すまない、それはジョークか何か?」

 

ナズーリンは自分の大きな耳で聞き間違いをしたのかと思った。

直接見た事がないとはいえ、幻想郷の管理者である八雲紫が獣姿でした、と言われて素直に信じられるだろうか?

しかしそのナズーリンの心境に追撃がかかる。

 

「こうしてお会いするのは初めてですわね、数多の鼠を纏め上げる賢将さん。魔理沙の言う通り、正真正銘八雲紫ですわ」

 

獣の口から出される女性の声。

確かに紫色のカーバンクルは、自分が八雲紫だと名乗った。

ナズーリンは自分の頭が痛くなるのを感じた。

 

「どうなったらこうなるのか私には理解不能状態なんだが……これってかなりまずい事じゃないか?」

 

「まずいぜ。超まずいぜ。何せ帰れないからな」

 

「せめて紫の能力さえあれば元の世界に帰れるのにね……」

 

ヴァナ・ディールと幻想郷の行き来はまだ謎である以上、自由に行き来できる紫の隙間能力は霊夢達の知る唯一の帰還方法であった。

今の紫には妖怪であった頃の能力は何一つ使えない。

なぜこんな姿になってしまったのか?どうすれば元に戻れるのか?そもそもなぜカーバンクルなのか?

少女達には答えを出すための術が存在しなかった。

 

「まずはこの世界の異変に関わるしかないわね。どんな異変かは分からないけど、私達の世界の虚ろと関わってるのはまず間違いないわ」

 

「だな。ナズーリンはどうするんだ?ライオンって人と仲良さげだったけど」

 

元の世界に帰るためにも、まずはこの世界の異変に関わる必要がある。

数多の異変を解決してきた異変解決のスペシャリストである二人の少女は、ヴァナ・ディールの異変が元の世界に帰るための一歩であると確信していた。

 

「私の目的はまず宝塔だからなぁ……とはいえ、幻想郷に帰るためにも管理人殿の力も必要になるだろうし、君たちについていくよ」

 

ナズーリンの目的の優先順位はまずは彼女の上司が紛失した宝塔の探索である。

そして宝塔がヴァナ・ディールの何処かにあるのは分かっているとはいえ、ペンデュラムが壊れている以上、満足な探索ができない。

かといって、宝塔を見つけ出したとしても、元の世界に帰るための手段がないのも問題があった。

 

「その代わりと言ってもなんだが、異変の解決と管理人殿が元に戻るように手を貸す代わりに宝塔探しを手伝ってほしい。なにぶん、ほとんどが知らない世界だからね」

 

「……まぁ、そのぐらいなら別に構わないかな。魔理沙は?」

 

「私も別にいいぜ。道案内なら任せろー(バリバリ」

 

「やめて!? とはいえ、探し上手な貴女がいるだけでも心強いですわね。私の身体を何処にあるかを探してほしいなぁ(チラチラ」

 

露骨にチラ見する獣が一匹。

ナズーリンが困ったような顔をしながら話した。

 

「別にしても構わないが、見つかるとは限らんぞ?もしかしたらその身体は変化の類で能力そのものが眠ってるだけかもしれないし」

 

「その点なら問題ないですわ。この身体はあくまで仮初ですもの」

 

「仮初……?紫、アンタ何か知ってるの?」

 

「……あら?そういえば何で知ってるのかしら」

 

「ボケたんじゃないか?」

 

「失礼な!妖怪の中じゃまだ若いほうよ!」

 

獣と黒白の少女がギャーギャーと言い争いを始める中、ナズーリンは試しに能力を発動してみた。

探索内容は『八雲紫の肉体及び能力』。

おおよそ見つけたくてやるような内容ではないのだが、ナズーリンの能力に引っ掛かったようだった。

 

「見つかった……方角は西だ。先程の巨大クリスタルとほぼ同じ方角にある」

 

「つーことはクリスタルと紫の肉体があるのは同じ所ってことか?」

 

「タブナジア、かしらね。紫が出た所もあそこなわけだし」

 

紫がヴァナ・ディールに出た時も滅び去ったタブナジアの大聖堂であった。

巨大クリスタルの反応があった場所も西。そして紫の肉体があるかもしれない場所も西。

これは、偶然と片付けるのも怪しかった。

 

「決まりね。タブナジアに帰ったら色々と調べてみましょう」

 

「となると、船が動くまでは暇だなぁ。シグネットがないからデジョンは使えんし」

 

「それまでゆっくりしていきたまえ。ここも住めば都というものだ」

 

話が纏まり、硬いベッドでぐてっとなる魔理沙。抱きしめられた紫もぎゅっとされて苦しそうであった。

帰りの船は明日の昼に出向を予定している。

時間にすれば丸一日の時間がある。それまで各それぞれが自由に行動する事に決め、少女らは別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで来たわけだけど結構なガラクタがあるな、おっちゃん」

 

「いきなりなんだ小娘」

 

魔理沙が来ている場所はノー"のガラクタ置き場であった。

住民の大半が海賊であるとはいえ、やるのは略奪だけではなく、海に沈んだ船のサルベージなども行う。

そのサルベージをするとお宝を見つける事もあれば、魔理沙の今いるガラクタ置き場のように、使い物にならないゴミも一緒に手に入れる事だってあるのだ。

中には使えるものも紛れていたりもするが、そんなものは稀である。

 

「へへっ、こういった"お宝の山"には目が無くてね。海賊だからもしかしたらぁと思ったけどやっぱあったぜ」

 

「このゴミの山をお宝ねぇ。よくわからん考えだな」

 

ゴミ山に新たなゴミを持ってきた男は、次々と使い物にならない何かを捨てていく。

壊れたり錆びた武器や防具、割れて中身が無い酒瓶、破れたカードなど様々であった。

 

確かに一般的な観点で見ればゴミでしかないが、魔理沙という少女はそういったゴミをリサイクルなどをしたりする術が長けていた。

幻想郷では古道具を専門に扱っていた霧雨店の一人娘であったためか、使い物にならなくなったものでも、興味の向くものであれば自分で修理して自分で使う癖ができているのだ。

そのため数多のゴミとガラクタが山にように積もったこの場所は、魔理沙にとってはお宝でしかない。

掘り出し物を見つけるのも得意である。

 

「もったいねぇ。これなんて修理すればすぐに使えそうだぜ」

 

ガラクタを漁ると出るわ出るわと錆びて使い物にならない武器達。

しかし光のクリスタルで錆びた部分を直したりすればすぐに使えるようになるはずだ。

合成技術が求められるとはいえ、錆びた武器を修理すれば高く売れる武器になる可能性だってあるのだ。

 

「さすがヴァナ産だぜ。興味深いのがちらちらとありやがる」

 

ガラクタは魔法の掛けられた道具であったりする事が多い。

これはヴァナ・ディールでの船の積み荷がそれだけ貴重の品であった証拠だろう。

中には腕のある工芸士が作ったであろう食器一式もあった。錆びたりしていなければ充分な高値がついただろう。

 

「お?こいつは……」

 

玉のようなものを見つけた。

手にとって鑑定してみると"魔力"を蓄積する道具のようだった。

"魔力"がほとんど失われ、利用価値すらもよくわからないのだろうから捨てられたのだろう。

 

「へへっ。儲け儲け」

 

それをポケットに仕舞い、更にガラクタを探しまわっていく。

小柄で非力な少女である魔理沙が持ちあげるのに厳しい機材をどかしながらも奥にあるガラクタを探索し続けた。

 

「ん……鞄か?」

 

薄汚れた鞄を見つけた。

中身を調べるために開けようとするが、中々開かない。

 

「魔法がかけられてるのか?」

 

どうやら鞄には魔法がかけられているらしく、力押しでは開く事すらできない事を魔法使いである魔理沙は見抜いた。

 

「力が戻りつつある魔理沙様の敵じゃないぜ」

 

魔法の系列が違うとはいえ、鍵開けの魔法を鞄にかける。

魔理沙は幻想郷にある紅魔館、その中でもトップクラスの大魔法図書館で時には封印されていた魔道書すらも借りている・・・・・

魔法で鍵がかけられ、その封印を解いたりするのは経験から言って得意技でもあった。

この辺りの経験が魔法使いでありながらもサポシと呼ばれるに至る能力の発現だったのだろう。

 

「……人形?」

 

鞄を開くとそこには人形があった。

やや色が無くなっているが、仕立ての良い布でターバンのように巻かれた頭部部分。よく見れば顔がない。空洞であった。

自立で立ち上がるのも不可能だろう細い手足をしており、その割には寸胴な胴体部分が目立つ。

厳重に保管されていたはずの鞄の中身は人形であった。それも何処か見覚えのある人形である。

 

「んー……確か魔法の森でも似たようなのを見たな」

 

数多の魔法茸が生え、人間が住むのには不適切な環境である魔法の森。

魔法使いである魔理沙、そして同僚の人形遣いが暮らしている森なのだが、魔法の森は"魔力"が満ちている環境なので魔法使いが住むには適している。

当然、そんな環境になればそれに適応した妖怪などもおり、同時にヴァナ・ディールの魔物も多く現れるようになった。

元素の塊であるエレメンタルなどがいい例だろう。

そしてそこまで数を見なかったが、鞄の中にあった人形と同じようなものが自動で動き、更に襲い掛かってくるのを経験している。

濃度の高い"魔力"を浴びてしまった壊れた人形は、魔物に堕ちてしまったのだ。

 

自動人形オートマトンだっけか。まだ動くかな」

 

冒険者の中にはこの人形を専門に操り、時には大芸道のように動かし、時には共に戦う相棒として操る者もいる。

そういった者はからくり士と呼ばれるのだが、自動人形オートマトンを器用に操れる者は少なく、同時にマトンの改造と修理、更にメンテナンスなどの費用もかかるのだ。

一級廃人相当のマトンともなれば、一回の改造に数百万近い金をかける必要もある。これも一種の銭投げである。

 

マトンを動かすためには特殊なアイテムが必要であり、ストリンガーと呼ばれるものが無ければマトンに指示を出す事ができない。

ある程度は自立する事も可能なマトンとはいえ、基本的に操り人形であるのでその真価はストリンガーを操るからくり士がいてこそ発揮されるのだ。

鞄の中を漁ると人形を動かすためのストリンガーを見つける。

 

ストリンガーには、じっと見つめていないと見えないほどの細い糸で人形と繋がっている。

これで人形を動かし、指示をする事も可能になる。

ストリンガーを手に取り、適当に動かしてみるがうんともすんともしない。

人形のほうを調べてみるが、イマイチ原因がわからなかった。

 

「うーん……?糸の繋がりは特に大丈夫っぽいんだが……」

 

人形遣いが身近にいたためか、それなりに人形に対する知識はある。

それでも専門的な部分にもなると分からなくなるし、なぜマトンが動かないのかも見当もつかなかった。

一旦、マトンとストリンガーを鞄の中に仕舞い、魔理沙はゴミ山から下りていく。

それなりに戦利品を手に入れ、壊れているのかもしれないマトンを面倒を見るためにも、魔理沙は部屋に戻ってゆっくりと調べるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異世界であろうと海賊の住処であろうと。

博麗の巫女である霊夢がいる場所は大概は限られている。

酒、もしくはお茶を呑める場所。

そうなると彼女の行く先は決まって食堂であった。

待つ事にせよ、趣味と言えるのは掃除と家事ぐらいの霊夢にとってノーグで時間を潰せるのは呑む事ぐらいしかないのだ。

 

「ヨアトルワイン?美味しいんですか、これ」

 

「気軽に飲める酒はこれくらいしかないけど味も保障するわよ~」

 

食堂の一角にある席に、霊夢はワインを飲んでいた。

ユタンガの森林を更に超える密林。ヨアトル大森林から採れる天然ワインだ。

野生のオポオポが作ってるとされ、独特の癖と酸味があることから酒好きには一種の高級ワインとされている。

とはいえ産地であるユタンガでは採るのは難しいが、高級と言えるほどでもない馴染みのある酒とされている。

ノーグでも同じ事であり、ノーグにある酒の大半がヨアトルワインなのだ。

 

タルタルながらも厨房を任されている忍者娘シヴィヴィに出されたワインを飲めば、自然を感じ取れる独特の酸味が広がった。

飲めば飲むほどに広がるのはワインでありながらも甘味ではなく苦味が感じる。

どちかと言えばワインではなく、幻想郷でいつも飲んでいる日本酒に近いだろう。

慣れ親しんだ味を堪能し、霊夢はシヴィヴィに感謝した。

 

「ありがとう。久しぶりにいい酒を飲ませて貰ったわ」

 

「うふふ。いいのよ。ナズーリンのお友達だから、お酒の一つや二つはサービスしちゃうわ」

 

赤毛のタルタル娘がウィンクをするとそのまま厨房に戻っていく。

霊夢以外にも海の荒くれ者が食堂で各それぞれが飯を食ったり、雑談したりなどしている。

この場で若い者は霊夢以外にいなかった。

 

「あら?」

 

シヴィヴィが去ったあとを見てみると下に一枚の紙切れがあった。

拾い上げると何らかの呪術らしきものが描かれている。

霊夢にはその紙に見覚えがあった。

 

(なんだったかしらねー。何処かで見たような……)

 

自分の記憶を探ってみるが、中々該当するものが浮かんでこない。

確か幻想郷でも似たようなものを見ている。

 

「……汚い忍者が使ってた奴かしら?」

 

それは忍者が忍術を使うのに必要な触媒であった。

忍び道具とも言われ、紙のようなものを触媒に術を唱えれば氷を出したり、炎を生んだりする事が可能である。

幻想郷ではブロントに粘着し続ける、汚い事に定評のある目線の付けた忍者が多用していた。

威力自体はそこまで高くはないが、熟練した忍者は遁術回しと呼ばれる攻撃忍術を連続で唱えていく。

地味ながらもバカにもできない火力であり、しかも忍者を支えていると過言でもない"空蝉の術"が盾としての能力を跳ね上げている。

そのため日夜、ナイトとしてブロントが、忍者として汚い忍者がメイン盾の座を奪い合っている日々である。

 

「えーと、確かこうだったかしらね……」

 

紙を指に挟んで術を唱える。

見様見真似に汚い忍者がしていたように術を唱え始めた。

あまり手にする機会のなかった忍術の触媒だ。自分にもできるかどうか、ちょっとした好奇心であった。

 

「臨、票、闘、者、皆、陣、列、在、前……」

 

本来であれば見様見真似でこなせるほど忍術というのは安くない。

いくら天賦の才である霊夢であってもだ。

だが、霊夢は触媒と使った術というのは腐るほどこなしている。

札と陰陽玉を入れ混ぜたスペルカードに始まり、彼女が弾幕ごっこで扱うのは大半が触媒である札なのだ。

 

そのための経験が生かされてしまったのか、術が唱え終えると同時に霊夢が指に挟んだ紙が盛大に燃えた。

呪札の名前は打竹。

見た目は紙でありながらも、実は竹の中に油を入れ、布で隠したものをクリスタル合成によって紙に似せたものなのだ。

そしてその忍具で起こされる忍術は"火遁の術"。

 

霊夢の手が燃えるのも当たり前であった。

 

「あっちゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

さすがの霊夢と言えどもこれには耐えられない。

自分の手が燃えて大丈夫なのは妖怪ぐらいなのだ。痛がりである純粋な人間には無理な事である。

その声に食堂にいた男どもはびっくりしながらこちらを見る。

 

「おい、床が燃えてるぞ!」

 

「水だ!水!」

 

火遁の術によって燃え続ける紙は霊夢の手から離れ、それは床に移って燃え始めた。

ノーグの床は木製だ。燃える事には何の支障もない。

 

「や、やば……これはどう足掻いても私のせいになる……!」

 

まだ手が火傷でひりひりしながらも食堂が燃え続ける事に霊夢は「どうしてこうなった^q^」と言わんばかりに焦っていた。

このまま食堂が燃え続ければ炭の食堂になってしまう。

 

「水遁の術!!」

 

少女の声が響くと同時に燃え盛ろうとした炎は突然の水飛沫によって掻き消された。

水による忍術を使ったのは厨房にいたはずのシヴィヴィであった。手には包丁とフライパンの二刀流、口には忍具らしきものを加えている。

突然の火事は鎮火し、食堂にいたものは一息ついた。

 

「危なかった危なかった。ノーグは燃えやすいから火の下厳禁なのよねぇ」

 

包丁とフライパンをまるで武器のように腰に仕舞い、ついでに口に含んでいた忍具を鞄の中に入れた。

忍者という見た目通りに、忍術の使い手であったようだ。

 

「あ、これ私の忍具かぁ。んー」

 

燃えカスとなった忍具を見て、それが自分のものだと分かると周りを見渡す。

すると自分の手をふーふーと冷やそうとしている紅白の少女がいる。

 

「さっきの火、レイムちゃんがやったのかな?」

 

「え?あ、はい」

 

まさか損害賠償でも請求されちゃうのかなぁ、と霊夢は思うが、どうやら違うようだった。

 

「なるほどなるほど……ふーん、見た所忍者でもないのに忍術を使うなんて……まぁ制御のほうができてないみたいだけど」

 

じろじろを霊夢を見ていると、ぽんと手を叩いてシヴィヴィは言った。

 

「こーんな逸材を逃すなんてないわね!レイムちゃん、ちょっといらっしゃいな!」

 

「え、ちょ!」

 

にんまりと頬を浮かべながら霊夢の手を取り、シヴィヴィは厨房とは違う場所に連れて行かれる。

まだひりひりとする手を掴まれ、ちょっぴりと痛かった。

 

「あ、ごめんね。まだ火傷したままだったんだ。氷遁の術!」

 

少し広めの広場まで来ると氷の術を唱える。

ぽん、と掌サイズの氷が出ると、それに布を被せて霊夢に渡した。

 

「これで冷やすといいよ」

 

「ありがとう」

 

布越しから伝わるひんやりとした冷たさが火傷した手を和らげてくれる。

ケアルやポーションで治すのが手っ取り早いのだろうが、この程度の火傷で癒しの術を使うまでもないだろう。

 

「改めて自己紹介、私はシヴィヴィ。見ての通り、ノーグの厨房係だけど忍術開発をしていたのよね」

 

鞄から取り出したのは巻物であった。

シヴィヴィは忍術とは本来、魔法のスクロールと同じように巻物に描かれた内容を見て覚える代物だと言う。

 

「でも最近、忍者をやる人が多くても忍術を極めようとする人が少なくてさー。せっかくの新しい忍術を開発してもみーんな使うのは空蝉ばかりだもん」

 

前衛職と呼ばれる前に出て戦う者、そういった冒険者の大半が忍者の職業ジョブを修得しているのだが、その理由の多くは"空蝉の術"にあった。

唱えれば三回の攻撃をほぼ確実に幻影が身代わりになる事で回避し、広い範囲で攻撃するといった弱点を除いて万能の回避率を誇っている。

前に出て戦う事はそれだけ魔物の攻撃に晒される事に他ならない。

そういったリスク、更に攻撃を喰らった際に起きる回復による後衛の負担を抑えるためにも、"空蝉の術"は急速に広まってしまった。

そのためか、"空蝉の術"を使うために忍者をやる者が増えたのだが、だからといって空蝉以外の術を使う者はあまり増えなかった。

初級の忍術は使い勝手が悪く、それなりに熟練をしないと実践で使えないのが理由の一つだろう。

そして空蝉は初級の忍術でありながらも効果は絶大。そのためか、新たな忍術が増えてもそれを覚えるのは忍者をメインにする冒険者だけなのだ。

 

「というわけでここからが本題。良かったら忍術を学んでみない?」

 

「忍術を?」

 

「忍者でもないのに忍術を使えるなんて凄い事だよぉ。私としてはそんな逸材を野放しにしたくないしぃ」

 

新たな忍術を開発したりするシヴィヴィからしてみれば骨のある奴がいない今の状況に大きく嘆いていた。

忍者=空蝉という認識に溜息しかでないのだ。

忍術を極めんとする者が出ないかと思い、そうして現れたのは忍者でもないのに忍術を使う少女が一人。

シヴィヴィの目は光った。これだ、と。

この少女こそが忍術を正しく使ってくれるに違いない。空気で分かる、と。

 

「そ・れ・に、事故とはいえ食堂を燃やしちゃったわけだしね。いやならやめてもいいんだよ?(チラ」

 

「き、汚いなさすが忍者きたない……それって間接的に見て脅迫と同じことでしょう?」

 

街の食堂を燃やしたとなると、下手すれば街から追い出される危険性もあるだろう。

断ればどうなるかわからないぞ。そうシヴィヴィは言ってるようなものだ。

その事をチラつかせながらやる姿に幻想郷で人里の村長をしている事を思い出した。

 

「忍術、忍術かぁ……」

 

しかし思えば別に悪い事でもないのではないか?

食堂での騒ぎに対するお咎めも無く、ついでに力も得られる。

忍術の効果は身を持って知っている。

それは汚い忍者の使っていた各種忍術、そしてスペルカードの猛攻すらも幻影で回避する"空蝉の術"が立証している。

力が戻りつつあるとはいえ、それでも戦える、使える手段を常に用意しておくのが戦闘の基本だ。

しかし忍術というのは彼女の知る謙虚な騎士が大嫌いなものであった。

少し悩んで、霊夢は決めた。

 

「明日には帰るんですけどそれまでで」

 

「おっけー!そこまでの時間があれば十分に基礎はできるわ!」

 

シヴィヴィは嬉しそうに指を鳴らした。

明日にはタブナジアに帰る必要があるため、忍術を学べるのは実質的には半日程度だろう。

しかし数多の忍術を作り上げたシヴィヴィに掛かれば忍術の基礎を叩きこむのに半日もあれば十分だ。

こうして霊夢の忍術習得が始まろうとしていた。

確かにブロントは忍術が嫌いであっても、霊夢からしてみれば力は力でしかない。

だから習得する事自体には特に迷いは無かったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナズーリンは部屋の一室でペンデュラムの修理をしていた。

能力の補助に使われる蒼い宝石であるが、壊れても霊力を流し続ければ修理は可能だ。

ヴァナ・ディールに来てから少ない霊力をやりくりしながらも修理をし続け、ようやく目途が立ってきた。

戻りつつある力の分をこのまま流し続ければ、数日もすれば元の姿に戻ってくれるだろう。

 

「くわぁー!くわぁぁー!」

 

「……遊ぶなら後にしてくれ。今は駄目だ」

 

そんなナズーリンの周りに飛び回るのは飛竜だった。

遊んでほしいのかくるくると回ってアッピルするクビラであるが、それをスルーする。

まだ生まれて一週間ほどしか経っていないとはいえ、その大きさはすでに冒険者の竜騎士が連れて歩く飛竜とほぼ変わりないほどに成長している。

成長の早い飛竜の特徴だ。生まれてすぐに戦闘が可能になるほどの成長速度、一週間もあればすでに成竜になれる。

しかし身体が大人になっても心はまだまだ子供に過ぎない。

親であるナズーリンと一緒に遊びたいのか尚もアッピルしている。

 

「そんなに遊びたいならそこの管理人殿と遊んでおいで」

 

「くわー♪」

 

「ちょ」

 

指す方向にはベッドの上で寝転んでいた紫色の獣。

そこに突撃するかのようにクビラは突っ込んで行った。

 

「い、痛い!爪が痛い!」

 

「くわーくわー♪」

 

飛竜の足にある爪は鋭利的だ。

竜の持つ身体のほとんどが戦うためなのだから当たり前だろう。

ナズーリンが他の者が怪我をしないために幾らか整えているとはいえ、それでも引っ掻けば肌は裂けるし、肩などに乗ろうとすれば重量と相まって痛い。

クビラの爪が紫の身体に食い込む形になってとても痛かった。

紫色の毛が壁になってるお陰で怪我にはならないが痛い物は痛い。

クビラからすればお友達を遊んでる感覚なのだろうが、無力な獣になってしまった紫からしてみれば堪ったものではなかった。

 

「……あー、やっぱり駄目だ。餌を上げるから大人しくしてなさい」

 

「……くぅー」

 

それを見かねてか鞄から適当な餌を出すとそれを与えてクビラを大人しくさせた。

ちょこんと座りながら餌をはむはむと食べてる姿は竜ながらも大変可愛らしいのだが、その顔は少し残念そうであった。

 

「大変だねぇ。色々と」

 

「早く元に戻りたいとここまで願ったのは初めてですわ……」

 

カーバンクルの姿になってしまい、八雲紫の能力のほとんどが失われてしまった。

なぜそうなってしまったのか?原因は?元に戻る手段は?

そのほとんどが分からず八方塞がり。光明と言えるのは西にあるとされる"何か"だけだ。

この獣の姿になってから紫は碌な目にあってなかった。

人形のように抱きつかれるわ、もふもふされるわ、身体を弄られるわ、しかもそれらを抵抗すらもできないわ。

大妖怪としてのプライドがズタズタであった。

 

「しかし分からないな……」

 

「何がですの?」

 

「なぜカーバンクルの姿なのかってことさ。この世界だとカーバンクルは霊獣と呼ばれる存在らしいじゃないか」

 

ヴァナ・ディールには神の域に達した二つの存在がある。

一つは神獣であり、女神アルタナによって世界の理、即ち元素を司る神となった者。

それぞれが異なる元素を司り、「偉大なる存在」とも言われて崇められる。

 

もう一つが霊獣。神の獣とも言われ、ヴァナ・ディールという世界が生まれる前から存在していたとされる者だ。

世界の理を司る神獣とは違い、彼らは元から神に属する存在であり、元素ではなく異能の力を有している。

代表的なのはウィンダスの指導者 星の神子が契約しているフェンリルだろう。

フェンリルには未来と見通す力があり、それは絶対にして不変の予言力を持っている。

 

そして紫の今の姿であるカーバンクルは霊獣の一種。つまり神の獣を象っているわけだがなぜその姿なのかが疑問として現れる。

紫を今の姿にしたのは霊獣が関わっているのか?そして今回のヴァナ・ディールの異変は神獣が眠る巨大クリスタルの消失。

あながち無関係と言い切れなかった。

 

「まだ真実とは程遠い今、私達に出来るのは進む事しかできませんわ」

 

「難しいものだね。いや、この世界だと冒険者というものはそれが当たり前なのか」

 

真実を得るために進むしかない。世界を渡り歩き続けるしかない。

それがヴァナ・ディールに置ける冒険者の姿。

せめて紫が元の姿であればもっと楽に真実に辿りつけるだろうが、ない物ねだりをしてもしょうがない。

 

「ペンデュラムの修復が終わればもっと楽に探せるんだがね」

 

「そういえば……霊夢達のシグネットも壊れていたそうですし、何か関係があるのかしらぁ!?」

 

「くぅーくぅー!」

 

べしりと紫の頭に乗るクビラ。

どうやらナズーリンから渡された餌を食べ終えて満足しているようだ。

むぅーむぅーと起き上がろうとするが頭から乗られているためか紫は身動きが取れない。

その姿に前途多難である事にナズーリンは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各それぞれの少女が一日を過ごし、ノーグは朝を迎える。

海賊の朝は早いためか、まだ日の出が出始めた頃から男たちがせっせと自分の仕事をしている。

そしてタブナジアからやってきた船は帰るための準備をしていた。

 

「じゃあ、プリッシュ。タブナジアのほうがお願いね」

 

「任せておけ!」

 

その船に乗ってタブナジアに帰るのはプリッシュと霊夢、魔理沙に再開したナズーリン。そして紫とクビラだ。

ライオンとは一旦別れ、別行動に入る。

異変の情報を掴めるかもしれない方角、西と東に別れるのだ。

模造であるフリーパス用の《シグネット》も受け取り、これで国の行き来が楽になるだろう。

 

船の中にはすでに少女達がいる。

魔理沙は人形とにらめっこをしながら唸っていた。

 

「何処が悪いんだ、これ……アリスがいれば分かるかもしれないけど……わっかんねぇ……」

 

壊れたマトンを修理するために色々と弄ってるみるが、その内部は魔理沙には理解が及ぶものではなかった。

マトンが作られたアトルガン皇国の技術の粋を集め、様々な部品、それこそ魔物の肉体なども使われるマトンの製造技術はそれこそ人形を専門とした者でも分かりづらい代物である。

齧った程度の人形の知識ではマトンを修理するまでに至らない。だが負けず嫌いの魔理沙に諦めるという文字もない。

何処が悪いのかが検討が付かず、それでも彼女はマトンと向かい合っていた。

 

「忍術を使うたびに忍具を使うってのが痛いわねぇ……幸いシヴィヴィさんから貰ったけど」

 

そして忍術を学んだ霊夢は一枚の紙切れを指に挟みながらぼやけてた。

忍術は使うたびに一枚の忍具を消耗する。

それは同時に金も減る事を意味しており、使用頻度の高い忍術であればあるほど、その忍具の消耗も激しい。

ある程度の忍具はシヴィヴィから貰ったものの、これから先に忍具を失ってしまえば自分で忍具を補給する必要がある。

買うためのお金がない今、どうしたものかと霊夢は唸っていた。

 

「賢将さん、ちょっとこの子を何とかして!さっきからこの調子ですのよ!」

 

「気に入られたんだ。諦めてくれ」

 

「ちょ!」

 

「るぅぅー♪」

 

そして逃げ出す紫色の獣を追いかけるのは青色の竜。

それをやれやれと言った感じに見つめるのは鼠の賢将。

たった一日でクビラは随分と紫の事を気に入ったようだが、反対に紫はクビラを苦手にしているようだった。

 

「よし、帰るぜ!タブナジアに!」

 

船に乗り込んだプリッシュの声と共に船の帆が上がる。

朝日が海を照らす中で船は動き始まる。

異変の解決に繋がる何かがあるかもしれないタブナジア。果たしてそこで何が待ち受けるのか。

今はまだ、誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

……To Be Continued?

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