少女が目を覚ました時、視界に映ったのは見慣れない天井であった。
バチバチと何かが燃える音が聞こえ、顔を向ければ薪の山が暖炉の中で火が灯っていた。
なんでこんな場所で寝ているんだろう?
思考が定まらず、起き上がろうとした時、全身に痛みが走った。
「~~~!!?」
声にならない声を上げ、ぽすんと音を立てながら頭が枕に落ちる。
動くと全身が痛くて痛くて、身動きすら取れないほど。
その痛みによっておぼろげだった頭の中身が活性化し、意識を取り戻していく。
「こ、こは……」
自分の姿を見てみるといつもの黒白のエプロンドレスではなく、パジャマのような服装に変わっている。
身体中には包帯が巻かれているのも分かった。
霧雨魔理沙はなぜこうなっているのかを必死に思いだそうとする。
(あの時、私達はあの人形みてーな奴に……)
タブナジアの南に空高く浮かぶ岩塊。
龍が翼を休める場があり、魔理沙と少女の仲間達はそこに向かった。
帝龍の飛泉にはヴァナ・ディールで起こっている異変の鍵を握る何かがある。
向かった先にあったのは、突如として襲い掛かってくる人間の形をした人形のような敵であった。
苦戦はしたものの、何とか倒し終えたと思ったら、霊獣であるカーバンクルが現れたり、隠れていた敵によって移送の呪符によって飛ばされてしまう事があった。
そこから意識が途切れている。いったいその先で何があったのか、魔理沙は検討が付かなかった。
「あら?もしかして……」
考え事に夢中になっていたのか、扉から入ってくる女性に気が付かなかったようだ。
耳が丸いのでヒュームらしく、デコが見えるぐらいに短い髪をしている。
身体を動かそうとするが痛みで自由に動いてくれない。
「ああ。無理に動かないで。打撲が酷いからまだ安静にしないと」
「だ、打撲……?」
動けないぐらいに痛みの走る酷い打撲は初めてだ。
移送の呪符によって飛ばされ、いったいどうなってしまったのが知るのが怖くなった。
「突然高い所から落ちてくるんだもの。モンブロー先生の迅速の治療が無ければ死んでいたわよ」
話を聞くと、魔理沙達は雲一つないはずの空から降って来たらしい。
地面に叩きつけられ、人が来るころには意識がなく、危険な状態だったと言う。
一歩間違えれば死んでいた可能性も十分にあり得た事に、魔理沙は冷や汗をかいた。
「あの、ここって何処……?」
「モンブロー先生を知ってるかしら?ここはジュノ上層にあるモンブロー医院よ。今モンブロー先生を呼んでくるから大人しくしてて」
……ジュノ、ジュノ!?
魔理沙は心の中で驚きに染まっていく。
ヴァナ・ディールに置いて、三国を繋げる冒険者の国。
世界の中心であるジュノ大公国。
タブナジアからだとかなり離れた位置にあるはずの街なのだが、随分と遠くに飛ばされてしまったようだ。
「目覚めましたか。初めまして、この街で医師をしているモンブローです」
女性が戻ってくると、同じように部屋に入ってくる男。
エルヴァーンらしく、褐色の肌をしながらも白い髪を後ろで纏めている。
まだ春の肌寒さがあるのだが、白い薄着の姿をしているので寒そうにも見えた。
ジュノ上層で医院を開き、患者であるなら人間であっても獣人であっても治療を施すモンブローは、その優しい人柄で住民に慕われている医師だった。
「あ、あぁ……初めまして。私は……」
「キリサメマリサ、さんで合っていますね?彼女から聞いています」
「彼女?」
「ええ。プリッシュです」
自分の名前を言おうとした時、モンブローは先に魔理沙の名前を言い当てた。
彼の口から出た名前は魔理沙のよく知る少女だ。
彼女もまた、ジュノに来ていたのだ。
「プリッシュ?てことは、私以外にもみんな無事なのか!?」
「ええ。皆、命に別条は問題ありません」
考えてみれば分かる事だ。
移送の呪符によってジュノに飛ばされたのであれば、自分と同じように仲間達も一緒に飛ばされている。
モンブローの話では魔理沙以外の者は無事である事を聞き、ほっと息を吐く。
しかしモンブローの顔は険しかった。
「ただ、一緒に落ちてきた獣人の彼だけは別でして……」
「【えっ!?】ゲッショーのおっちゃんがどうかしたのか?」
「彼は貴方達、冒険者の証であるシグネットを持っていません。加えて獣人である事もあって、ジュノ親衛隊に連れて行かれたのです」
冒険者である身分証明書である橙色に輝く宝石《シグネット》。
これ一つで国々を行き来であるフリーパスであり、これがなければ冒険者として自由に動けない代物である。
本来、街の門にいる衛兵、もしくはガードに《シグネット》を見せ、冒険者である事を確認してから街に入るのが一般的だ。
だが、魔理沙達は空から転移したのに加え、人間の敵というヴァナ・ディールでは一般的な常識である獣人が街中に入ってきたのだ。
ひんがしの忍者であるゲッショーは荒野で出会うような獣人とは違い、人を襲うような事はしない。
それでも敵意がないとはいえ、突然に街中に獣人が現れればパニックとなる。
そういった観点もあって、ジュノの警備隊でもあるジュノ親衛隊の手によって囚われの身になってしまったのだ。
「なんだそりゃ!?プリッシュの話を聞いていればそんな事しなくてもいいって分かるだろ」
「私もそう言ったのですが、民の不安を招くよりはマシであると聞く耳持たずでして。ウォルフガングは敵対の意思が無いと認めれば釈放の余地はあると言っていましたが……」
ジュノには正規となる軍隊を持っていない。
精々、小規模の親衛隊があるだけであり、世界の中心と言われながらも軍事力に関しては三国とは比べ物にならない。
それに加え、水晶大戦ほどではないにせよ、ジュノの周辺には危険な魔物が数多く生息している。そうした環境からか、街中に獣人がいるというのは一番パニックを引き起こしやすい。
そうなると親衛隊の数もそこまでいない事もあって、止める事も一苦労となる。
ジュノでは民の不安を招くのを事前に防ぐためにもあまり妥協という事はしたくないのだ。
モンブローの旧知であり、ジュノ親衛隊の隊長を務めるウォルフガングは親衛隊としての責務を全うする一方で、やや柔軟性に欠けてる節もある。
全てはジュノとヴァナ・ディールを守るという使命感から来る事なのだが、ゲッショーが獣人である以上、釈放するのは時間がかかるだろう。
ジュノにも住居権が与えられた商売人のゴブリンがいるとはいえ、あれはあくまで人間に最も近しい獣人であるがゆえの例外だ。
「声がしたと思ったら……ようやく起きたか」
扉が開き、入ってくるのは藤色の長髪をしたエルヴァーンの少女だ。
黒を基調とするガウンのようなものを赤いリボンで押さえ、青い色のブローチを身に付けている。
プリッシュはいつも通りの格好で部屋に入ると、モンブローは慌てた様子で口を開いた。
「な!?プリッシュ、貴女はまだ絶対に安静と言ったでしょう!」
「あんまり悠長な事はやってられないだろ?もう完全だぜ!」
「……癒しの魔法を使いましたね?」
プリッシュもここに来る転移した時には魔理沙と同様の怪我を負っていた。
さすがに魔理沙よりも鍛えているだけあって、目覚めるのも早かったが、それでもすぐに動けるほどの軽いものではない。
それなのになぜこうしてすぐに歩いているのかと言うと、癒しの魔法を使って肉体を回復させたのだ。
リアルではモンクタイプのプリッシュであるが、元修道士でもあるので癒しの魔法に関しては心得がある。
「……?ケアルを使って何か不都合な事でもあるのか?」
医院であるなら患者を治療する場所であるはずだ。
それなら"ケアル"などといった癒しの魔法は怪我の治療に最も役に立つはずだと魔理沙は考えている。
「それらは結局のところ、もっと先に使うはずである健康を先払いしているようなものです。この医院では「医術」での治療をしていますから」
ヴァナ・ディールでは数多くの医院や教会があるが、魔法を使わない医院というのは珍しいものだ。
癒しの魔法である"ケアル"などは人の持つ自然治癒能力を高める事で傷を回復させる。
しかしそれは元々、普通に生きていれば回復するはずだった傷を無理矢理治している事でもある。
モンブローはそのような治療が将来的に歪みになると感じており、魔法に頼らない「医術」による治療を主にしているのだ。
「悪いな、モンブローさん。私もあまり悠長に治療している場合じゃない。プリッシュ、やってくれ」
「おう。波動に揺れる大気、その風の腕で傷つける命を癒せ!ケアルⅤ!」
プリッシュが魔法の詠唱が唱えると同時に暖かな光と風が部屋に流れ、魔理沙を包み込む。
光は魔理沙に吸収されるように消えていき、身体がぽかぽかと暖かくなる感覚になる。
身体を動かしてみると痛みがやってこない。完全に回復していた。
「はぁ……安静に言ったと矢先にこれですか……いや、冒険者であるなら一つの場所にじっとしていられないのも分かっている事ですが」
半ば諦め気味にモンブローは身体を動かし、自分の体調を確認する魔理沙を見て溜息を吐く。
本来は一週間近くは安静にしなければならない怪我だ。それを魔法によって一瞬に治すのは後々どれだけの歪みを生むが分かったものではない。
しかしそれでも冒険者はそんな事を気にしない。休む時間すらも惜しい。自分の目的のためならどんな無茶な事でもやってしまう医者泣かせの存在なのだ。冒険者というものは。
「そうだ、プリッシュ。霊夢とナズーリン達はどうなんだ?」
「まだ寝てるぜ。ケアルで治すのと意識を戻すってのは別物だしな。ムラサキもふもふと飛竜のほうはほとんどが怪我がねぇからあいつらが見てる」
移送によって飛ばされて、目覚めたのは魔理沙、プリッシュ、連行されたゲッショーだけだ。
まだ隣の部屋では霊夢とナズーリンが眠り続けている。
彼女らを見ているのは小さな獣姿なので先に落ちた者がクッションとなって怪我のない八雲紫。そして自ら飛ぶ事のできるナズーリンの飛竜クビラだ。
「まずゲッショーを連れ戻しにル・ルデの庭に行くぜ!ミルドリオン様なら話も通じるだろうしな!」
プリッシュが言うにはジュノ政府に深く関わりのある機関、その機関に属する者と知り合いらしい。
地位、権力がかなり上であるらしく、その人に訳を話せばすぐに釈放はできるだろうと言った。
「ああ、プリッシュ。一つ言い忘れました」
「ん?」
「何処から聞きつけたのか、天晶堂の彼が呼んでいます。用が済みましたら行ってみるといいかと」
「アルドが……?わかった、後でな」
ジュノに存在する裏取引の大手、天晶堂のボスがプリッシュを呼んでいる。
大きな街であるとはいえ、空からいきなり人が落ちてきた騒ぎは決して小さくなく、どうやら天晶堂の耳にも入っているようだった。
それを伝えるとモンブローと助手の女性は部屋を出ていく。医院で働く者は少なく、常に患者と向き合うモンブローは忙しいのだ。
「あの医者と親しいみたいだけどプリッシュの知り合いだったのか?」
「まぁな。ちと倒れた時に世話になっちまった」
「ふぅん。珍しい事あるもんだな」
体も心も一級廃人相応に鍛え抜かれた少女が倒れるとはいったいどのような状況なのだろうか。
プリッシュの性格を考えれば無茶のしすぎだろうと考え、傍にかけられていた愛用の黒白のエプロンドレスに着替えていく。
医院の誰かが直してくれたのか、タブナジアでの戦いで傷ついた部分が無くなっている。
まずは囚われたゲッショーの救出だ。霊夢とナズーリンの二人が目覚めるまでの時間にそうする事に決めた。
いつもの姿に着替え終え、医院の外に出ると空には青空がいっぱいに広がっていた。
巨大な橋の上から作られた石作りの街並みは、魔理沙がヴァナ・ディールで冒険をしていた頃と何も変わっていない。
医院のすぐ左には取引を行う競売所があり、数多くの冒険者が己の出品する道具が売れているかを確認したり、もしくは目当てのものがないか探していた。
懐かしさが込み上げてくる。
海の上から巨大な塔が立てられ、二つの大陸を結ぶための巨大橋がかけられたジュノは、潮の香りがその街で暮らす者達の鼻を掠めていく。
魔理沙も例外ではない。
外に出た時に、大きく息を吸って吐いてを繰り返すと、橋の下にある海からの潮の香りが鼻に感じた。
「寝てただけっていうのに外に出るのが久々に感じるぜ」
いや、寝ていただけだからそう感じるのか、と改める。
人間は動き続ける事で筋肉を酷使し、動かすための必要最低限の力が備わっていく。
寝るだけでまったく動かない日々が続くと筋力はすぐに落ちてしてしまい、一週間も寝続けると身体を動かすのも一苦労になるほどだ。
ジュノに飛ばされて丸一日は意識を失っていたため、その分の肉体が衰えている。
そのため、外に出て身体を動かすだけでもみょんに久しく感じてしまうのだ。
ル・ルデの庭に行くにはジュノの中心にある塔を昇る必要がある。
区画の構成として最下層である港、下層、上層、庭の順に上がっていく。医院のある場所は上層であり、一層を登ればすぐだ。
しかし天高く作られた塔の階段を登り切るには起きたばかりの魔理沙には少しきつい。
巻き付くような螺旋階段を昇っていき、小休憩を挟みながらようやく最上階に辿りついた。
太陽が近いからか、日差しが強く照らしてくる。
春の四月から数週間、季節的に暖かくなる時期でもあり、太陽の光と相まって暑く感じる。
それでも空中庭園であるル・ルデの庭は吹きぬける冷たい風もあるため、プラスマイナスゼロと言った感じだろう。
「まずは謁見の間に行くぜ。そこにミルドリオン様がいるはずだ」
庭には大公であるカムラナートの私邸や執政室、三国の大使館、更に競売所もある区画だ。
冒険者がここに来るのは大概、三国大使館でミッションを受けたり、もしくは冒険者同士が待ち合わせに利用するぐらいだろう。
しかし優れた冒険者であるなら、ジュノ直々からのミッションを受けるために庭の奥にあるオーロラ宮殿、即ち謁見の間に行く事もある。
吹き抜ける風に耐えながらも奥にある宮殿に急ぐ。
幾つかの建物があるとはいえ、さすが大公が政務を執る場所なのか、遠くから見ても大きな宮殿だと分かる。
宮殿には白銀に輝く鎧を身に付けた警護の衛兵がいるとはいえ、謁見の間と会議中の部屋以外を見る事は貧弱一般人でも許されている。
水晶大戦に置いて勝利の要因でもあった大公の私室ですら一般公開されているのだから何も知らない者からすれば驚きだろう。
宮殿に入り、二階に続く階段を上っていく。階段の先には大きな扉があった。この先が謁見の間であり、扉の両脇には衛兵が立っていた。
「ここから先は謁見の間だ。大公、もしくは大公代理である者が呼んだ者以外に立ち入りは認められない」
短い黒髪し、ヒュームながらも何とも頑固そうな男が扉の前に辿りついた少女達に言い放った。
仮にも一つの都市を纏める大公はそう気軽に会えるものではない。
例え三国の重鎮であっても然るべき手順をもってアポイントを取らなければ会う事すらできないのだ。
しかしプリッシュの会いたい人物はこの先にいる。
「緊急事態って奴だ。今すぐミルド……いや、エシャンタール様を呼んでくれ」
「……お前が大公代理の知り合いである事は俺も知っている。だが、そう簡単に「会いたいから通せ」という事も分かり通るはずもなかろう」
ジュノ親衛隊の隊長であるウォルフガングは少しばかり呆れた様子であった。
彼はプリッシュが大公代理であり、アルマター機関の幹部の一人であるエシャンタールの知り合いである事は知っている。
しかし知り合いだから簡単に通せるほど、謁見の間も安くはないのだ。
頑固そうだけあって頭も硬い。プリッシュとウォルフガングの話は続くが、平行線のままであった。
「だぁー!俺は早く会って話をしなくちゃいけないんだよ!お前じゃ話にならねぇ!」
「それなら正規の方法を使って会える準備をしておくんだったな」
全てが謎に包まれたカムラナートとは違い、大公代理のエシャンタールはアポイントさえ取れれば緊急時を除いて何時でも会ってくれる。
むしろいきなり押しかけて謁見の間を通らせろと言うプリッシュのほうがおかしいのだ。
「なぁ、ちょっといいか?」
「何だ?」
今まで沈黙を保っていた魔理沙がウォルクガングに質問した。
「ここにゲッショーっていう獣人がいるよな?そいつの解放はまだなのか?」
「……そういえばあの獣人とお前達は空から落ちてきたらしいな。あの獣人は危険性がないと判断された。時期に解放されるだろう」
元々、ここまできたのはゲッショーの釈放が目的だ。
それを聞いて魔理沙はプリッシュを抑え始めた。
「おっちゃんも解放されるみたいだし、もう用はなさそうだぜ?一旦戻ったほうがいいんじゃねーかな」
「……ちくしょー、せっかくミルドリオン様と久しぶりに会えると思ったのに……そうっすか……」
意気消沈をし始め、プリッシュはとぼとぼと階段を降りていき、魔理沙も後を追いかける。
口ぶりから察するにゲッショーの釈放に加え、プリッシュはミルドリオンという人物に会いたかったのだろう。
「なぁ、さっきからミルドリオンだとかエシャンタールだとか言ってるけどどっちが正しいんだ?」
「ん?そういや、言ってなかったな。俺が初めて会った時はミルドリオン、ここではエシャンタールって名前を使ってるんだよ」
まだプリッシュが修道士であった時代、初めてエシャンタールと出会ったのは枢機卿であったミルドリオンという名前で接していた。
タブナジア大聖堂の枢機卿を務めるほどの人物がなぜ一介の修道士であるプリッシュと接したかまでは話さなかったが、当時はよくしてくれた事もあってプリッシュはエシャンタールの事を尊敬している。
そして次に会った時にはジュノのアルマター機関に所属する幹部として再開した。
その時に出会った時の名前がエシャンタールであり、ミルドリオンという名前は偽名である事を知ったのだ。
ここまでの話を聞いて、魔理沙は疑問に思った。
エシャンタールという人物がタブナジア大聖堂で枢機卿を務めていたと仮定すると、どうもプリッシュの年齢と合わないのだ。
プリッシュの見た目は魔理沙とあまり変わらないように見える。高く見積もっても14~15歳程度だろう。
だが、タブナジア大聖堂で枢機卿が存在していた時代は水晶大戦によってタブナジアが滅亡する二十年以上の昔なのだ。
戦火から逃れるためにタブナジアの住民が地下にある水道を潜り抜ける際、枢機卿が結界をかけ、その後に姿を眩ませている。
そうなるとプリッシュの年齢が30代を軽く超えてしまう事になる。
プリッシュが嘘を言っているようにも見えない。だが、それでもプリッシュの見た目からして矛盾が生じているようにも感じていた。
(妖怪……ってのはないな。プリッシュも私と同じ人間だし)
歳を取っても見た目が変わらないと思い付くのは幻想郷によくいる妖怪達だ。
見た目だけなら可愛らしい少女と思っても、中身は数千年生きた化け物である事なんて珍しくない。
魔理沙は思った。この事を聞いたら、たぶん後戻りができなくなる事を。
数多の異変を解決し、その異変を起こしてきた人物と触れあう内に、魔理沙は相手の話を聞く事でその人物のとんでもない過去に触れる事を察知する能力が鍛えられていたのだ。
聞くべきか、聞かないべきか。
プリッシュも知っててあえてこの事を言わなかったに違いない。
ぐるぐると考えていると、上層の医院に着いたようだ。
「何かぼーとしてるけど大丈夫か?」
魔理沙の目の前にプリッシュの顔がドアップに広がる。
考えすぎて視界が散漫していたようだった。
「あ、ああ!大丈夫だぜ!霊夢達はまだ寝てるかな」
医院の中に入ると暖かく、冷えていた身体がぶるぶると震える。まだまだ外は肌寒い事を実感する。
中を見れば鼠のような耳と尻尾を生やしたグレーの髪を持つ少女がすでに歩きまわっていた。
穴の空いたスカートに、青色のケープを羽織ったナズーリンである。
ナズーリンの横にはふよふよと飛竜が浮かぶように飛んでいる。
「おや?おかえり。何処に行ってたんだい?」
「ナズーリン!もう出歩いてていいのかよ!?」
「ハハッ。おかしな事を聞くね。私は仮にも妖怪だよ?確かに起きるのは遅かったが、そのぶん肉体の方はすでに回復している」
あっと魔理沙も気付いたようだ。
妖怪はどれだけの致命的な致命傷を食らっても、滅せなければ殺す事のできない人外の生命力を持っている。
それこそ手足が千切れても死なないのだ。たかが空から落ちた程度の打撲で動けなくなるほどの肉体はしていない。
ヴァナ・ディールに来てから能力が落ちているとはいえ、妖怪としての特性は失われていないのだ。
「信じられない……あれほどの怪我を癒しの魔法無しに回復するなんて……彼女はいったい……」
モンブローは妖怪の事を知らないために、驚いた顔でナズーリンを見つめている。
まだまだ自分の知らない未知なる領域がある。
エルヴァーンながらも柔軟な考えの持ち主であるモンブローは結論付けた。
「霊夢のほうはどうなんだ?」
「彼女もすでに起きている。しかし人間というのは不便だね。まだベッドから起き上がれていないよ」
残った仲間のほうも起きているようだ。
魔理沙は急いで博麗霊夢の寝ている部屋を開けると、そこにはベッドで悪戦苦闘しているいつもの腋の開いた巫女服ではなく、珍しいパジャマ姿の霊夢がいた。
「ぐぐぐぅ~!」
「……何してるんだ?」
「ま、魔理沙!?起きたくても起きれないよ!チャクラを回してるのに全然追いつかない!」
モンクタイプの技には"気"を肉体に回し、治癒能力を高める事ができる。
とはいえ、その回復量は癒しの魔法に比べるとたかが知れている。今の霊夢には焼け石の水でしかない。
「あまり無茶をするのもどうかと思うわよ?彼女から癒しの魔法をかけて貰えばいいじゃない」
そしてベッドの隣にある椅子にいるのは紫色のした小動物。
八雲紫が呆れた声で座っていた。
「よう、起きてたんだな」
「プリッシュも……情けないわね。こんな姿を見せて」
全身包帯塗れでベッドから起き上がれない姿。
霊夢をよく知る者達からすれば何があった!?と言わんばかりの状態だろう。
「ほんじゃま、ちゃっちゃっと魔法をかけるぜ。いいか?」
「断る理由はないわよ。お願い」
このままの状態では何時起きて動けるかわからない。
そのためプリッシュから魔法を貰い、怪我を治す事にする。
癒しの魔法の中では最高峰でもある"ケアルⅤ"を貰うと、暖かな風は霊夢を包み込み、怪我という怪我を一つ残らず癒していく。
光が収まる頃にはすでに痛みも何もない。
ベッドから起き上がると、身体を動かし、異常が無いかどうかを確認した。
「問題ないわ。ありがとう、プリッシュ」
「それほどでもないぜ」
これでようやく転移によって飛ばされた者達は目覚める事になった。
後に釈放されたゲッショーと再開し、プリッシュの提案で下層にある天晶堂へと行く事になった。
会いに行くのは若くして裏ギルドのボスとなった者。
この出会いが、少女達が真実を知る事にも繋がる事になる。
★
下層エリアはジュノという街の中で一番賑やかと言える区画である。
その理由は装備、道具、更に合成済みの食事まで仕入れる競売所。
情報を集め、休息を得るための酒場。
中級程度の腕前からある程度の熟練した魔道士の扱う魔法スクロールの取り扱う魔法店。
更には獣人であるゴブリンが経営する店、アクセサリー装飾店、高級旅館などもあり、冒険者が準備を整える場として最適な場所と言えるのだ。
上層から下層に降り、塔から外に出ると多くの人がごった返している。
冒険者だけではなく、ジュノに住まう貧弱一般市民もまた、買い物のために下層エリアを行き来している。
「『あとるがん』も多くの民がいたでござるが、『じゅの』も勝るとも劣らず、でござるな」
ジュノ親衛隊から釈放された鴉の獣人であるゲッショーはそう呟く。
忍びであるために他国の諜報任務をしたことのあるゲッショーではあるが、ジュノの街並みを見るのは初めてである。
プリッシュに協力しているとはいえ、元々はひんがしの忍び。こうして見ているだけでもゲッショーの脳裏にはしかとジュノの街並みを刻みこむ。ひんがしに戻る際に報告する事を忘れないためだ。
道中、獣人であるためにゲッショーに驚く者がいるが、ジュノはゴブリンの住居が認められている国である。
街中で暴れないようであれば獣人であっても好奇の視線はあれど、すぐに騒ぎ立てるほどでもない。
しかしそれで騒ぎが大きなれば本末転倒、親衛隊が再びやってくることになるだろう。
その前に塔を出てすぐ先にある旅館 海神楼へと向かう。
木製の扉を開けば、中には赤く、長い絨毯が敷かれてていた。
「いらっしゃいませ、こちらは……」
受付嬢が営業スマイルをしながら少女達を見つめると、気付いたようにテーブルに置かれた鈴を鳴らした。
ちりんちりんと音が鳴り、奥にある突き当りの扉が開いた。
「アルド様がお待ちしております」
お辞儀をし、右手を扉のほうへと向けた。
プリッシュ達が来る事を知っていたのだろう。
開いた扉の先に行くと、そこからは高級旅館 海神楼ではなく、裏ギルド天晶堂に移り変わる。
場の空気というものが、今までのジュノとは一風変わったのだ。
橋の一部を利用して作られたためか、天井が低い。
薄暗い部屋には普通の武具店ではお目に掛かる事のできない珍しいのが沢山置かれていた。
値段も少しばかり高い。だが、その高い値段に見合うほどの品がある。それが天晶堂なのだ。
更に部屋の奥の奥へと進んでいき、最後の扉を開ける。
部屋の中には、三人の人がいた。
一人は若い男だった。
赤いターバンのようなものを頭に巻き、見るだけで高級そうな服を着ている。
観賞用と疑うような意匠が施された剣を腰に下げ、色は金色だ。
見た目の年齢で言えば20代の後半だがヒュームであるがためか、見た目よりも若く見えた。
二人目は若い女だった。
黄色の軽装姿であるが、身を守るにしては露出が激しい。
獅子と見間違えるかのようなたてがみの髪は女の気質をそのまま表しているかのようだ。
三人目は、全身に青色の鎧を着込んだミスラの女だった。
ミスラなら誰もが持つような猫のような尻尾。フルフェイスの兜を被っているため顔が見えないが、きっと頭には猫耳が生えているはずだ。
青く輝く鎧から強い"魔力"を感じ、それを着こなせる女は相当な実力を持っている事にも繋がる。
背負う武器は全てを貫くかのような三又の槍が武器である事から、戦士か、それとも竜騎士である事が分かる。
「ようやく来たか、プリッシュ」
「よう、アルド。久しぶりだな」
世界中の裏取引を纏め上げるのがこの若い男であるアルドだと誰が信じるだろうか。
それでもそれは真実であり、若いながらもその男は人間として大きく見える。
男の積み重ねてきた人生の重み、そして自信がそうさせているのだ。
「ん。お前達は……」
「お久しぶりです、アルドさん」
「よっ!」
「確か……レイムとマリサだったか。お前達も来ていたのか」
記憶の中から少女の姿を引き出し、思い出す。
あの時はモンクタイプの柔道着、そして魔道士の服をしていたが、今回は腋に空いた紅白の巫女服に黒白のエプロンドレス姿だ。
唯一の共通点は赤いリボンと魔女のような帽子姿。それだけなら冒険者の中にも似たような姿はいるが、アルドは裏ギルドのボスを若くして務めているのだ。
顔さえ見ればだいたいの人間の見分けがつく程度の記憶力はある。商売の基本であり、この二人には天晶堂に自由に入るための天晶堂会員証を渡しているのも覚えていた理由の一つだった。
「さっき言ったでしょ、アルド。プリッシュと行動している女の子の話を」
「……まさかこの二人だとは思っていなかっただけだ」
獅子のような女に言われ、アルドは予想外な顔をしながら答えた。
霊夢と魔理沙がアルドと知り合いなのは半年以上の前、ヴァナ・ディールで冒険をしていた時にアルドの依頼を受けた事があるからだ。
その時の縁で霊夢達は冒険の資金を稼ぐために時々アルドに押しかけては無理矢理依頼をせびってはこなしていった。
「ん、ライオンじゃないか」
「はぁい、ナズーリン。元気にして……あら?私が上げた槍は?」
「あの槍なら名誉の戦死を遂げたよ。いや、惜しい槍を亡くしたものだ」
「……まぁ、貴女が元気そうで何よりだわ」
ナズーリンの使っていた槍は知る人ぞ知る海賊の頭の娘ライオンから譲り受けたものだ。
しかしその槍は帝龍の飛泉での戦闘の際、古代魔法"フレア"に巻き込まれそうになり、手放してしまった。
三又の槍は核の如き炎に包まれ、消滅してしまった。
「スカリーZ……お前もいたのか」
「ふっ……噂は聞いているよ、プリッシュ。冒険者として世界を旅していたそうじゃないか」
「ああ。お前こそ何処に行ってたんだよ」
「王女に真実を伝え、罪狩りの名を降ろされてな。今では己の行うべき正義を探している。だから私はスカリーではなく、ただのマグだ。それを間違えるなよ」
南に存在するミスラの本国には、ミスラの掟に背いた者を裁く罪狩りが存在する。
基本的には同族のトラブルを秘密裏に処理するのだが、本国の主観的から基づく問題を調査、解決を行う事もある。
しかしその罪狩りは、贔屓に見ても「ミスラ本国の正義」でしかなく、見る者が見れば独善的にしか映らない事もある。
罪狩りとなる者はスカリーと一文字が与えられ、その戦闘能力の高さ、そして執念深さに関しては他国ですら恐れるほどである。
マグもまた罪狩りのスカリーを背負った者であり、数多の罪という名の同族を狩り続けていた。
プリッシュと知り合いなのは二つある。
それはプリッシュを罪狩りとして裁く事、もう一つはそれが間違いである事に気付き、裁くのではなく『正義』として戦うために協力した事。
世界を揺るがす異変に立ち合い、そこで知った真実を彼女は包み隠さず王女に報告した。
その時の彼女は、罪狩りの名を捨てるつもりだった。王女もその事を分かっていたのだろう。
ヴァナ・ディールの常識、信仰、真実の全てを覆す事をわざわざ王女に伝える意味がどれだけ重いという事を。
「そして今ここにいるのはお前も見当はついているだろう?」
「虚ろ、だな。だろう?アルド」
「ああ。ライオンからの報告で俺も独自に調査を出している。彼女もそうだ」
虚ろが出ると言う事は、ヴァナ・ディールで起きた異変が再び起きるという事もでもある。
もしかしたら違うかもしれない。だが、そのもしかしたらが外れた時点でもう遅い。
それに世界中から突如姿を消した巨大クリスタルの行方の探索などもしなくてはいけなかった。
ライオンから『虚ろ』が出現している情報を受け、アルドは裏ギルドとして部下を動かし、マグのほうは気になる場所へと足を運んだ。
成果としては著しくない。
「それでプリッシュ。そっちのほうはどうだったの?サンドリア方面には何もなかったけど」
「あったと言えばあったな。出来るならミルドリオン様に聞きたい事でもあるんだが……」
ナズーリンの能力によって、東と西に巨大クリスタルの反応らしきものが見つかった事がわかった。
そこでライオンとプリッシュ達は二手に別れ、ライオンはサンドリア、プリッシュ達はタブナジアの西へと向かった。
そしてタブナジア……正確には帝龍の飛泉に本来いるはずのないものがうろついていた。
「マメットだと……?それは妙だな」
「でも確かにこの目で見たぜ。あんな薄気味悪い奴なんて初めて見たぜ」
冒険者であっても近付く事のない帝龍の飛泉にはアルマター機関の保有する人造生命体マメットがいたのだ。
しかもそのマメットに襲われた事を魔理沙が説明していく。
「他には?カーバンクルが現れたって話だけど」
「それは俺もよくわからん。話も聞きとりづらかったし」
マメットの全てを撃退し、大きな魔法陣が現れたかと思えば霊獣カーバンクルが現れたのだ。
霊夢の抱き抱える紫色のカーバンクルと何かを話していたようだったが、プリッシュには聞こえなかった。
「近東の地に向かえ……と言ってますよ」
霊夢がそう言うと、みなが霊夢に視線を向ける。
「そういやレイムはムラサキもふもふの言葉が分かるんだっけか」
「ええ。紫……こいつが言うには、あのカーバンクルだっけ?あの話で近東の地に向かえと言ったらしいわ」
紫色の小動物になってしまった紫だが、なぜか霊夢、魔理沙、ナズーリン以外に言葉通じなかった。
きゅーきゅーと鳴く獣と話し合う霊夢を見て、プリッシュは一瞬友達がいないのかなと失礼な事を考えていたが、後に紫も幻想郷の住民である事、そしてそこに住まう彼女達が紫の言葉が分かる事も知ったのだ。
「近東の地……アトルガンか。なるほどな」
「何か知っているのか?」
「ああ。まだ確証を持っているわけではないが、どうも近東の地で不可思議な現象が起きているらしい」
アトルガンの調査はそこまでやっていないとはいえ、マグの集めた情報によるとアトルガンでは魔笛の活性化がしているらしい。
それだけであれば問題ないのだが、アトルガン皇国から離れたアラパゴ諸島、そこにあるキメラと呼ばれる合成獣の墓場では召喚獣の姿を見たという噂があった。
墓場とはいえ、何もない場所に召喚獣が現れる噂は広がり、冒険者がそこに押しかけようとした。
だが、皇国の軍事組織である不滅隊がその場を閉鎖し、冒険者が立ち入る事を許されなくなったという。
「近東の地とやらに行く必要があるってことね」
「だな。マトンの生まれた街らしいし、楽しみだぜ」
サンドリアとタブナジアが外れだとすると、近東の地アトルガンが当たりだったのだ。
新たなる新天地に心が高鳴る魔理沙であるが、水を差すようにマグが言う。
「だがアトルガンに行くのには渡航免状が必要だ。お前たちはそれを持っているのか?」
「あっ……レイム達は持ってなかったよな」
近東に行くための船はウィンダス連邦に属する都市の一つであるマウラから行く事ができる。
しかしただ船に乗って行けるものではなく、アトルガン皇国の傭兵として任に当たるための渡航免状が必要なのだ。
それがなければ船に乗ってもつまみ出されるだけ。
そして霊夢も魔理沙もナズーリンも、そんなものは当然持っていない。
「アルド!ここは裏ギルドの力を使って三枚の発行を頼む!」
「清々しいほどの頼み方だな」
手を合わせ、お願いするように頼んだ魔理沙にアルドは顔を引きつらせた。
アトルガンに行くために渡航免状を今すぐ発行しろ。そう言ってるようなものなのだ。
「アルド、俺からも頼むぜ。どのみち、こいつらも一緒に行く必要もあるんだ」
「……幻想郷か。本当にあるのか?そんなものが」
「信じられないでしょうけど、彼女達が行方不明になって一年も音沙汰なしの冒険者を知っているのは事実よ。証拠はないけど、彼女達が嘘を言っているようにも見えないしね」
ライオンから一通りの話を聞いているとはいえ、一連の異変には幻想郷も関わっている。
その事もアルドは聞いていたとはいえ、正直なところは半信半疑であった。
それでも彼女達が幻想郷の住民であり、ヴァナ・ディールの異変が幻想郷にも及んでいるのなら彼女達も介入する権利は充分にある。
アルドは暫し考え、口を開いた。
「分かった。免状の発行をしておこう。そちらの獣人はどうなんだ?」
「御気遣い感謝致しまする。拙者、『あとるがん』に行くための道は独自の筋から手に入れているがために不要でござる」
「ひんがしか……なるほど、その道なら免状を手に入れ方はいくらでもあるか」
ゲッショーの渡航免状が必要かどうか聞くアルドであるが、ゲッショーは過去にアトルガンに行った事がある。
そのため、すでに免状は手にしており、アルドの助けは不要であった。
「よし!これでアトルガンに行けるな!やったじゃねぇか!」
「ん、ああ……」
魔理沙は元気がなさそうな声で答えるが、プリッシュはそのことに顔を顰めた。
「なんだ?元気がないぜ?」
「いや、そんな事じゃなくてさ……」
頭をかきながら少し迷ったような顔をし、決心をした顔になって言った。
「いい機会だからさ、ここで知っておくべきだと思うんだ。私達は幻想郷の事を話した。だから、今度はここで起きた異変の事を話してほしい」
「魔理沙……?」
魔理沙は知らない事が多すぎた。いや、それは魔理沙だけではなく、霊夢とナズーリン、そして紫ですら同様だ。
今追っている異変は、過去に起きた異変と似ている。しかし魔理沙はその過去の異変を知らない。
精々、今は幻想郷にいる謙虚な騎士と、目の前のプリッシュが解決したことぐらいだ。
どんな真実になるかは分からない。それでも知る必要があると魔理沙は感じた。
きっとこの先、世界の真実に触れてしまうのではないかと思ったから。
「それは私が説明致しましょう、霧雨魔理沙さん」
扉が開き、見ず知らずの女性が入ってきた。
金色の髪を左に大きく分け、後ろ髪のほうは首ぐらいまで伸ばしている。
20代中盤ぐらいの見え、凛とした顔立ちからヒュームでありながらもエルヴァーンにも見える不思議な女性であった。
黒衣のコートを着込んだその姿は、帝龍の飛泉で戦ったマメットに似た服装である。
「うぇ!?な、なんでミルドリオン様がここにいるんだよ!」
プリッシュが驚くのも無理はない。
アルマター機関の幹部の一人であり、ジュノ大公の代理を務めるエシャンタールその人であった。
「魔理沙さん、真実を伝える前に一つ、言っておきたい事があります」
エシャンタールの真っ直ぐとした黒い瞳は、魔理沙の眼に向けられる。
まるで、知りたいと思うのなら逃げるなと言いたいような眼をしながら。
「これより語るは一万年前の悪夢。終わったはずの夢、幻に過ぎない消えたはずの夢。
悪夢を見る覚悟はありますか?これから話す事を聞けば貴女の知るヴァナ・ディールは大きく変わるでしょう。
世界の在り様が変わっていき、想像を絶する困難に挑まなくてはならない」
エシャンタールの話に、魔理沙は引きこまれていた。
これから先の話は、本来は知ってはいけない領域になる事が分かっている。
唇を噛み、震える手を抑え、ただ必死に耐える。
そんな中、口を開いたのはナズーリンだった。
「人間。真実というのは残酷なものでしかない。知らなければ良い真実もある、そういう幸せもある。だけど、それを望んだのは他ならぬ君だろう?」
その言葉に、誰も何も言わなかった。
しかしその言葉は下策だ。魔理沙は、冒険者の一人なのだ。知らない事に立ち向かう者なのだ。
大きく深呼吸して、息を整える。
答えは、決まった。
「話してくれ。真実を」
魔理沙の言葉に、エシャンタールは傾いた。
★
伝説は、こうはじまる。
すべての起こりは「石」だったのだ、と。
遠い遠いむかし、おおきな美しき生ける石は
七色の輝きにて闇をはらい、
世界を生命でみたし、偉大なる神々を生んだ。
光に包まれた幸福な時代がつづき、
やがて神々は眠りについた。
世界の名は、ヴァナ・ディール……。
「魔理沙さん、この世界の神々の行方を知っていますか?」
その問い掛けに魔理沙は答えられない。
そもそもヴァナ・ディールの神話に関してはほとんどノータッチなのだ。
幻想郷でこれを答えられるのは七色の魔女、もしくは魔理沙のよく知る新聞記者の天狗ぐらいなものだ。
「霊夢、お前知ってるか?」
「知ってるわけないでしょ」
霊夢に関してはヴァナ・ディールの歴史など興味が無いといっていい。
つまり霊夢と魔理沙はヴァナ・ディールの神々の行方がどうなっているかまったくもって知らないのだ。
「きゅーきゅーきゅー」
「『幸福な時代が続き、やがて神々は眠りについた』……って言ってるわね」
知っていたのは紫だったようだ。
民衆の伝説や寝物語として伝えられる歌を紫は知っていた。
それはヴァナ・ディールがかつて母なるクリスタルによって生命が満たされ、楽園を築き上げていたという話だ。
「そう、神々はとある場所で眠りにつきました。しかしその理由は母なるクリスタルにあります」
世界創生誕生の鍵でもある、母なるクリスタル。
そのクリスタルは生命を満たし、数多の神々を誕生させ、七色の輝きは闇を払う力を持っていた。
しかしそのクリスタルは突如として力を失い、五つの水晶に砕け散る事になる。
砕けたクリスタルはそれぞれの場所へと散らばっていき、神の世界に輝きは消え、神々は眠りにつくことになったのだ。
「きゅーきゅー(前に話した事があるでしょう?最初のクリスタル、つまりホラやメアの石は母なるクリスタルが砕けた石なのよ)」
「ふぅん」
紫の言葉を聞いて霊夢は思い出したかのように聞いていた。
龍神の一部をヴァナ・ディールから取り返した時に語った『最初のクリスタル』という意味。
忘れかけている言葉であったが、まさかここで繋がるとは思いもしないだろう。
母なるクリスタルが五つに別れる時、それぞれは現代ではこう呼ばれる。
ホラの岩、デムの岩、メアの岩、ヴォズの岩。
移送魔法のテレポイントに存在する巨大建造物。それぞれに砕けた母なるクリスタルが眠っている。
「しかしなぜ、母なるクリスタルが突如として砕けたのか?それは、己の確固たる死を望む男神プロマシアと、男神を救済するために母なるクリスタルの力を使った女神アルタナが原因なのです」
男神プロマシア。
女神アルタナ。
この二柱の神を知らない者はヴァナ・ディールでは存在しない。獣人であってものだ。
一般的な神話に置いては神々の楽園に行こうとした愚かな人間に激怒し、男神プロマシアが人間を滅ぼした。
その事に悲しんだ女神アルタナは涙を流し、その涙は五つに別れるとヒューム、エルヴァーン、タルタル、ミスラ、ガルカの五つの人間を生む事になる。
しかし新たなる人間が再び神々の世界に行く事を考えないようにプロマシアは人間に争い続ける呪いをかけ、更には獣人を生みだしたとされる。
「プロマシア……確か幽々子の時に出たな」
暴食の魔剣が生み出す異変。
亡霊の姫が魔剣によって呼び寄せたのはそのプロマシアであった。
その時は魔理沙は知らなかったが、自分に対するネガ発言が多いと思っていた。
一般的に語られるプロマシア、そして魔剣によって呼び寄せられたプロマシアとはどうもギャップの差が激しい。
「そう、プロマシアは己の抱える闇に耐え切れず、死を選んだのです。しかし神であるプロマシアは普通の方法では死なない」
神という枠組みにいる以上、死んだとしてもいずれ蘇る。
ならば、神という存在であっても問答無用に死ぬ方法を取った。
「母なるクリスタルが消しさるはずだった闇、世界に存在する『虚ろ』。その全てを吸収し、プロマシアは完全なる死を遂げたのです」
光あるところには闇あり。
世界には必ず闇が存在し、その闇は母なるクリスタルによって浄化される。
しかしプロマシアはその闇の全てを吸収したのだ。全てはただ死にたいがために。
「プロマシアはようやく望んだ死を得ました。しかし、それに悲しむ神もいた。それが……」
「女神アルタナ、だな」
慈愛に満ちた女神は、男神の死に悲しんだ。
女神の力では完全なる死を遂げた男神の復活はできない。
それならばと、数多の神々を生んだ母なるクリスタルの力を使い、男神の復活が可能ではないのかと実行したのだ。
「結果的に言えば男神は復活し、プロマシア復活のために力を使い切ったクリスタルは砕けました」
「その後、プロマシアはどうなったんだ?」
「……貴女の目の前にいます」
エシャンタールの言葉に、魔理沙は目を丸くした。
母なるクリスタルによって蘇ったプロマシア。それが目の前の、エシャンタール?
「完全なる死を望み続けるプロマシアを単純に復活させても再び死を願い、完全なる死を遂げようとするでしょう。
それを防ぐために、アルタナはプロマシアを小さな小さな個体に分け、『虚ろ』を分散させる器を作ったのです。それが人間であり、プロマシアの復活とは人間の歴史の始まりでもあるのです」
ヴァナ・ディールには何十万、何百万の人間がいる。
その全ての人間が、幻想郷にいる冒険者達も、男神の生まれ変わりであり、『虚ろ』を抑え込む器でもあるのだ。
魔理沙のよく知る謙虚な騎士ブロントも、飛竜と共にある竜騎士リューサンも、草ばかり生やす騎士 内藤も、全てはプロマシアの分身でもあるのだ。
「それでもプロマシアの闇は人間となっても無意識に死を望み続けている。それが一万年前の悪夢、ジラートが引き起こした悲劇の始まりです」
一万年前、ヴァナ・ディールでは世界を支配した人間種族がいた。
心の会話を可能とし、優れた技術を兼ね備えたジラート人である。
彼らを纏め上げる王子は、とある主張をした。
それは優れた種族であるジラートの民が神々が住まう真世界へと行き、我らが新たなる神となるという内容だった。
「魔理沙さん。貴女も魔道士であるならデジョンとテレポ。この二つの移送魔法が同じである事を知っていますね?」
「ああ。"跳ぶ"先の魔法陣があれば魔法を唱えるだけで行けるからな……待てよ、それって……」
「移送の魔法に必要なものは"跳ぶ"先の魔法陣、そして呪文と魔力。では、神々の世界にも移送の魔法陣があるとすれば?」
そこまで言われて魔理沙は見当がついた。
ジラート人は、一種の確信をしていたのだ。
神々の世界には後の人々のために魔法陣を用意をしたはず。そのために必要な膨大な呪文と魔力さえあれば跳べる事ができるはずだ、と。
「神の扉を開くためにジラートの民は膨大な魔力を吸い上げるために一つのシステムを作り上げました」
「それがメアの岩ってわけね……」
話を聞いている内に霊夢も答えに辿りついたようだった。
各地に存在する骨のようにも見える奇妙な建造物。
それらはたった一つの事に使われるために開発されたものだった。
母なるクリスタル、更には世界各地に存在する巨大クリスタルの持つ世界を揺るがすほどのエネルギー全てを汲み上げ、神の扉を開くために使われた。
「ですが、それは間違いだったのです。神の扉を開く事こそが、プロマシアの狙い通りだった」
ジラートの思惑通り、彼らの計画した神の扉は確かに神々の眠る真世界へと辿りついた。
しかし彼らに待っていたのは楽園ではない。
自分も他者も、全てが溶け合い一つになる、悪夢のような世界であった。
ジラートの民は真世界に転移し、知ってはならない真実を知ってしまった。
プロマシアの分身であり、自分達が死を望み続けるプロマシアの記憶を取り戻してしまったために、数多くのジラートの民はプロマシアの器へと一体化した。
それだけではない。
無理矢理に等しい現世と真世界に繋げた影響、更にジラートの計画を危惧していたクリュー人の反乱と成功により、ヴァナ・ディールはメルト・ブローの発生によって世界は終わりを迎えた。
メルト・ブローは栄華を極めたはずのジラート文明を一瞬にして消しさり、海中に没する事になる。
蘇りかけたプロマシアも、ジラートの王女にして明星の巫女であるイブノイルの犠牲により、封印される事となった。
「そしてクリューであった私達は霊獣と一つの契約をしました。
次なるプロマシアの復活、そのための器である「世界の終わりに来たる者」を打ち倒せなかった時、霊獣はこの世に存在する全ての人間を滅ぼすという計画を」
人間が『虚ろ』を宿すというのならば、その人間全てがいなくなればプロマシアの復活は防げるはずだ。
そのためにクリュー人は霊獣であるバハムートと契約し、未来予知の能力を持つフェンリルによって、器の誕生を予期した。
ジラートの滅亡から一万年後。つまり、今の時代にプロマシアの器が現れる事を予知したのだ。
「ちょっと待ってくれ。それっておかしくないか?今の話を聞いてるとエシャンタールさん、あんた一万年前からいるみたいな話になるぜ」
「その通りです、魔理沙さん。私は、心の闇である『虚ろ』を宿していたクリュー人であり、その闇を取り払ったジラートでもあるのです」
ジラートの民は『虚ろ』を宿しているのが極端に少なく、その影響からか不老に近い身体を持つ。
エシャンタールは元クリュー人でありながらも、ジラート文明によって作られた「暁の瞳」によって、心の闇を一切無くしたジラート人でもあるのだ。
しかし『虚ろ』とは本来人間には必要なものである。
死を望みながらも生きているという感情を宿す『虚ろ』、それを失ってしまったエシャンタールは永遠を生きる身になってしまった。
「そうか、だから私の名前を……」
「すみません。勝手ながらも貴女の心を読み、何者であるかを調べさせていただきました」
初対面でありながらエシャンタールは魔理沙の名前を言っていた。
それはエシャンタールが心を読む事ができるためであるからだ。幻想郷にも覚妖怪という心を読む力を持った妖怪がいるが、能力の強さではジラートのほうが上だ。
覚は表面的な心理を読むのに対し、ジラートは心の奥、それこそ何百年も積み重ねてきた記憶を読み取り、共感する事も可能なのだ。
「メルト・ブローの悲劇から一万年。時の流れによって人間の姿は変わっていきました。プロマシアの抱える五つの闇は、そのまま五つの種族へと変わっていくように」
一万年の中、エシャンタールは生き残ったクリュー人、そしてジラートの民を見てきた。
世界の崩壊によって五つの砕けたクリスタルのエネルギーが解放され、世界中に蔓延してしまった。
メルト・ブローによる影響によって内に秘める『虚ろ』がより顕著に浮き出る形となり、クリスタルの影響も相まってプロマシアの闇が分化した人間は著しく五種族となって顕在化してしまったのだ。
ヒュームの『無知』、エルヴァーンの『驕慢』、タルタルの『怯懦』、ミスラの『嫉妬』、ガルカの『憎悪』。
人間であるなら誰もが抱える闇。それはプロマシアの残す闇であり、メルト・ブローの影響によって特化して表出た後遺症なのである。
「そして、一万年の流れを得て私は出会った。タブナジアの枢機卿として己を隠し、プロマシアの器になれるほどの闇を抱えた少女を」
「それがこの俺、プリッシュって事だ。マリサ」
クリューもジラートもクリスタルの影響を受け、獣人に堕ちる者もいた。種族として退化する者もいた。人間として生きる者もいた。
されど一万年という膨大な流れに、エシャンタールの友と言うべき者は皆別れてしまった。
人間が変わりゆく中、エシャンタールはただ孤独になりながらも時を待った。
全ては人間とヴァナ・ディールを守るために。
そして出会った。フェンリルの予知通りに、タブナジアの地でプロマシアの器である「世界の終わりに来たる者」が生まれた。
修道士として神学を学んでいたプリッシュが、定めの子であったのだ。
神の器であるプリッシュを殺したところで意味はない。神は神。人間として殺したところで、『虚ろ』は再び輪廻する。
ゆえに「世界の終わりに来たる者」であるプリッシュの前で「神の歌」を歌う事で、プリッシュを贄にする事でプロマシア本体を呼び出し、葬る予定であった。
だが、その計画は何者かの采配か、それとも偶然か。
プリッシュは修道士としての洗礼の儀式の際、「暁の瞳」によって『虚ろ』が魔の力を宿す石によって変えられ、「世界の終わりに来たる者」ではなくなってしまったのだ。
この時に生まれた魔晶石は枢機卿であったエシャンタールによって封印されたのだが、二十年前の水晶大戦によって失われてしまった。
『虚ろ』は闇でありながらも人間にとって必要不可欠な要素でもある。
それが失われたプリッシュは不老の身体と心を読む力を得てしまい、エシャンタールと同じ境遇になってしまったのだ。
不老という神々に近い存在になってしまったために、宗教上の理由で「存在してはならない子」「忌むべき子」としてタブナシア大聖堂に幽閉されてしまった。
自分と同じ存在になってしまったプリッシュを不憫に思ったのか、エシャンタールはプリッシュをある程度の自由を与え、我が子のように見守り続けた。
プリッシュがエシャンタールを慕っていた理由はこれなのだろう。
今で言う、三十年前の話であった。
「三十って……私はまだ生まれてもいないぜ」
「お姉さん、お姉さまって呼んでもいいんだぜ?」
「お断りします(AA略」
プリッシュの正体が明らかになり、魔理沙は驚きながらもいつも通りであった。
目の前の少女が実は自分よりも遥かに年上であるのは事実だが、幻想郷だとそれ以上なんてものはいくらでもいるのだ。
むしろ変わらずに接するプリッシュに安心感を覚えるぐらいである。
「良い友人を持ちましたね、プリッシュ。
話を続けましょう。プリッシュが「世界の終わりに来たる者」でなくなり、私はアルマター機関の一員として介入しました。理由は一万年もの時を経て目覚めたジラートの生き残りを監視するためです」
寂れた漁村に過ぎなかったジュノだが、わずか数十年ほどの時間で世界の中心と謳われるようになったのは介入者がいたからだ。
世界の崩壊によって長い眠りに付き、それでも真世界の夢を諦めなかったジラートの民の生き残りである。
ジラートの王子であるエルドナーシュ、カムラナートが目覚めた時、真世界に行くために一つの誤算があった。
それは戦乱の時代、魔物の王が暴れ回る水晶大戦。
闇の王の影響によって、クリスタルエネルギーを一点に集めるためのクリスタルラインにノイズが生じてしまい、稼働ができなくなってしまったのだ。
真世界計画の準備を整え、闇の王を打ち倒すために人間諸国の力をかけ合わせるためにジュノ大公国を作り上げた。
ジラート人であるがための優れた技術、心を読めるために優れた外交や政治の手腕によって、小さな漁村は瞬く間に世界を轟かせる国へと変貌した。
三国連合であるアルタナ連合軍の結成、分裂気味であった三国を纏め上げる政治的手腕、飛空艇の開発。
様々な功績は留まる事を知らず、闇の王打倒の立役者として活躍した。
そしてジラートの民はエルドナーシュとカムラナート兄弟だけではない。
中にはこの二人に魅せられた信仰者であるジラート人もいるのだ。
エルドナーシュとカムラナートの二人は後に真世界の扉を開こうとしたが、冒険者達の手によってその計画は防がれ、一万年の夢は終わりを迎える事になる。
それでもエシャンタールは不在となった大公代理として動きながらもジラート人で構成されたアルマター機関の監視を続けていた。
「水晶大戦から二十年。母なるクリスタル、最後の一つはジラート王国の中枢都市であるアル・タユに存在します。そして、その都市は真世界へと転移したのですが……クリスタルの力が弱まり、現世に出現しました」
真世界に転移していたはずのジラートの都市アル・タユがヴァナ・ディールに現出しようとしていた。
それは即ち、アル・タユで眠り続ける真の「世界の終わりに来たる者」、プロマシアの器の封印が解けようとしている事に他ならなかった。
その事を察知し、真世界にいたためにただの獣であったバハムートの霊格が神である霊獣に戻る事になり、バハムートはクリューとの契約である人類抹殺のために行動を開始した。
全てはただ、世界を守るため。
「ブロントさんの話だと自分の力が失いたくないから人類を抹殺していたって聞いたけど……」
「彼ら冒険者からしてみればそうとられても仕方ない事でしょう。彼は一万年前の契約をただ果たそうとしていただけ。思惑に違いがあれど、世界を守りたいという気持ちが同じなのです」
幻想郷の異変では霊獣であるバハムートも魔剣によって呼び寄せられた。
その時ブロントは「自分の力を失いたくないから人類を滅ぼそうとした汚い龍」だと言った。
バハムートの理由を知る者は今となっては極少数。
むしろプロマシア復活阻止の方法が人類の抹殺しかないと考えて動いた事が悪手になっていた原因だろう。
「バハムートの降臨、アル・タユの現出、更に元「世界に終わりに来たる者」であるセルテウスがクリスタルラインを通ってヴァナに現れる事により、世界に虚ろが噴出するようになりました」
「セルテウス……そいつがプリッシュの言ってたクリスタルラインを通っていた奴か」
「彼は一万年前、わざと膨大な虚ろを溜めこみ、プロマシアの復活を阻止するために自殺という手を取りました。しかし男神の闇は人のまま死んでも意味はない。
集めた『虚ろ』が無意味に輪廻を回らないように霊獣フェニックスが復活させ、彼は蘇ると同時にプロマシアと戦うとしました」
プロマシアの復活と完全なる死には膨大な虚ろが必要となる。
ならば数多くのクリュー人の『虚ろ』を吸い取り、器のプロマシアを優に超える『虚ろ』を宿し、自らを自殺すればプロマシア復活阻止に繋がるのではないか?
クリューの少年である「セルテウス」はそう考えるが、それでは効果が無い事を知るフェニックスに蘇生される事になる。
一度はプロマシアと戦うとするが、プロマシアの『虚ろ』とセルテウスの『虚ろ』が共鳴し合い、正気を保つ事ができずに戦う事すらできなかった。
これがプロマシアとまともに戦えない理由の一つだ。心に闇を抱えている限り、その闇を吸収して死を願い、共感してしまうのだ。
絶体絶命に追い込まれたセルテウスであるが、イブノイルが犠牲になる事でプロマシアの器が封印されて難を逃れる。
一人取り残されたセルテウスは真世界と一体化したアル・タユで過ごす事となった。
そして時が流れ、アル・タユは現世のヴァナ・ディールに現れる。
アル・タユのクリスタルの力が失われているのを感じたセルテウスは五つに別れた母なるクリスタルの力を合わせ、再びアル・タユを真世界に戻そうとするべく、クリスタルラインを通って現世に降り立った。
しかしプロマシアの器に成り得るほどのセルテウスの抱える闇では母なるクリスタルの輝きに触れる事すら叶わない。
だから彼は利用とした。
世界中を渡り歩き、クリスタルの輝きを集めてくれる冒険者を。
「バハムートは人類の滅亡を、セルテウスはアル・タユに真世界に還す事を、そしてアルマター機関の一人であり、クリューの生き残りであるナグモラーダは完全であると信じるジラートとなり真世界に行く事。
様々な思惑が重なりあう戦いの始まりとなります」
混沌となるべく世界を守るため、抗うための者がいた。
プリッシュ、そして彼女を支える仲間達、冒険者、そしてエシャンタールだ。
没落した原因である汚名を返上し、かつての栄光を取り戻そうとする仮面の騎士。
最初は本国を狂わせ、今も忌み嫌われる魔の石を生んだプリッシュを狩るために派遣された罪狩りミスラ。
地下深く掘り進む獣人モブリンを説得し、争いをやめさせようとする心優しきガルカ。
ひんがしより来訪し、虚ろの解決のために不死鳥の力を宿した刀を振るう侍。
多くの仲間が集い、多くの困難に立ち向かった。
それでも彼らの計画は最終段階に向かう事になる。
セルテウスの思惑通りに冒険者はクリスタルの輝きを集める事に成功し、冒険者を真世界へと導いた。
あとは母なるクリスタルに魂ごと輝きを捧げるだけ。冒険者を殺す事になるが、それが世界のためにも繋がる事にセルテウスは迷いはなかった。
「何それ?それ以外に方法が取れなかったんですか?」
「セルテウスは過去にプロマシアと戦っています。それで分かっているのでしょう。復活を果たしたプロマシアと戦う事がどれだけ無謀であり、無意味である事も」
その時の冒険者というのは間違いなくブロントだろう。
霊夢はまるで最初から諦めているように行動するセルテウスに憤りを隠せなかった。
しかしセルテウスの目論見はプリッシュの説得とナグラモーダの妨害によって未遂に終わる。
そして、神々の楽園であるはずの真世界とはかけ離れた現実に困惑し、かつて敬愛していたイブノイルの変わり果てた姿を目の当たりにしてナグラモーダは暴走をしてしまった。
真実とは何か。それを知りたいがためにプロマシアの器の封印を解き、ナグラモーダは知ってはならない真実を知ってしまった。
壊れたように絶叫するナグラモーダを吸収し、蘇ったプロマシアは自らの分身にして心の闇が現世にある事を知り、アル・タユの降下を早めた。
もはや人類の滅亡と世界の終わりは目の前であった。
そこにプリッシュ、戦う意志を取り戻したセルテウス、そして冒険者達が立ちはだかった。
闇に耐え切れず、死ぬために戦うプロマシア。
闇があっても、生きるために戦うプリッシュ。
勝敗など、分かり切っている事だった。
「その後、母なるクリスタルに還り、虚ろが輪廻する事を防ぐためにも「世界の終わりに来たる者」となってしまった者達を呼び戻し、魔晶石として砕く事で長き戦いに終わりを告げる事になりました。
我々、人類の勝利として」
エシャンタールの長い長い歴史の話が終わった。
世界の真実、それはヴァナ・ディールの歴史を根本的に変えかねない恐るべき内容だった。
全ては男神の抱える闇にある。
己の死を望み続け、人間となっても終わりを迎える事を本能的に求め続けている。
「でも、勝てたんだな。人間は」
「俺達は確かにプロマシアの闇を抱えてるかもしれない。でも、同時に女神様の光も持っているんだ。それがある限り、俺達は自分の闇に負けやしないさ」
戦いの後、プリッシュは自分の心、虚ろなる闇を取り戻した。
何十年かかってようやく取り戻した自分だけの心。
幼い頃から相手の心を読めたのに、心を取り戻してからそれができなくなってしまった。
不安だった。恐ろしかった。
相手が悲しいのか、辛いのか、嫌なのか分からない。
でも、それが人間なのだ。
苦しいけど、嬉しい事もある。
辛いけど、幸せな事もある。
心の底から自分だけの感情を出して自分だけの考えを言う事ができる。
不老ではなく、他人と同じ時を生き、手を取り合って進んでいける。
それが、女神の流した『涙』であり、『愛』であり、人間である証。
この真実は知ってもいい事なのかはわからない。
それでも人間が抗いようのないはずの闇に打ち勝てた事に魔理沙は少しだけ笑った。
「ところでミルドリオン様。なんでここにいるんだ?」
長い話が終わり、プリッシュは次なる話題に移った。
大公代理でもエシャンタールはそう簡単に自由な行動は取れないはずだ。
「謁見の間で騒がしくしていれば嫌でも耳に入りますよ」
「うっ、聞こえてたのか」
謁見の間の入り口の前で騒がしくする者は冒険者であってもそうはいないだろう。
プリッシュが去った後にエシャンタールはウォルフガングからプリッシュが来ていた事を知り、ここまで来たのだ。
「さて、異変の内容のほうは皆さんの心を読んで理解しました。虚ろの出現、霊獣の残した言葉……捨てる事のできない問題のようですね」
バハムートが現れていないとはいえ、虚ろがどのような災害を齎すかわかったのものではない。
常に最善の手を用意しなくては手遅れになる事は確実だろう。
「私はジュノ政府に働きかけ、霊夢さん、魔理沙さん、ナズーリンさん、プリッシュ、ゲッショーさん。あなた達五名に飛空艇パスの発行を致します。
ここからチョコボで行ってもマウラに辿りつくまでに一週間近くはかかるでしょう」
「え!?いいんですか?」
霊夢の記憶が正しければジュノを代表とする飛空艇のパスは50万の金がかかる代物のはずだ。
それが五人分となると250万の大金になる。
ジュノから騎鳥であるチョコボを飛ばしてもアトルガンに行くためのマウラまで一週間近くはかかる。
しかし飛空艇でウィンダスから行けば二日もあればマウラに辿りつけるだろう。
「構いません。虚ろが今、何を齎すのかが分からない以上、迅速な行動が求められるしょう。私は政府に戻りますが、その前に……」
エシャンタールは霊夢の抱き抱える紫に指した。
「そのカーバンクルをお貸しください。すぐにお返ししますので」
なぜエシャンタールが紫を求めるのかが分からない。
怪訝な顔をしながら迷い、そのまま紫を渡した。
「手荒な真似はしないでくださいね」
「ありがとうございます。ふふっ、貴女は優しい子ですね」
なんだか見透かされているようで気分が悪かった。
赤の他人であるはずなのに、まるで母親のように感じてしまう。
紫を抱き抱えながらエシャンタールは部屋を出ると、誰もいない通路の場所で立ち止まる。
「ここでなら会話をしても怪しまれないでしょう」
「きゅー(あなた、私の言葉が通じるのかしら?)」
あの歴史の話が正しければ自分を抱き抱えるエシャンタールは一万年を生きてきた存在だ。
1000年以上生きた紫とは比べ物にならないほどの年長者。だからこそ、油断はできない。
そもそもあの話が真実とも限らないのだ。
「通じています。疑うのも無理はありませんが、先程の話は真実です、八雲紫さん」
どうやら獣のような鳴き声をしながらも話は通じているようだ。
そして自分の考えが見透かされているような気がして覚妖怪と話しているように感じた。
「話は手短に済ませます。なぜ霊獣であるカーバンクルが貴女を選んだのか、そして霊獣がやろうとしている事はある程度の予測がつきます」
紫の記憶を読み取り、カーバンクルとの会話をエシャンタールは聞いた。
近東の地に行けば、恐らく紫には想像を絶するものが待ち受けている事を予測した。
「1000年の時を生きた貴女にはお節介かもしれません。だからこそ、言っておきます。
諦めないでください。
プリッシュが、ブロントさんが、男神に立ち向かった者達のように、絶望を前にしても諦めないでください」
カーバンクルの言った試練。
その内容はある程度の予測は付く。
エシャンタールの言う事はお節介に過ぎない。しかし、異世界の住民だからこそ言わなくてはならない事でもあった。
「きゅーきゅー(問題ないわ。あなたは一万年諦めなかったのでしょう?人間に出来て私は出来ない通りはないわ)」
彼女もまた、試練の内容は予測できていた。
思い出したのだ。自分が『虚ろ』に呑まれ、カーバンクルによって肉体が分離された事。そしてカーバンクルが自分に対して行おうとしている事を。
エシャンタールは一万年を人間の身で生きて、諦めなかった。
ならば、1000年近い時の中、幻想郷を見守り続けた大妖怪である八雲紫もまた、負けるわけにはいかないだろう。
世界を見守り続けた大先輩に、紫はそう答える。
「はい、貴女に女神アルタナのご加護があらんことを……」
エシャンタールが去った部屋の中では免状発行のために席を外したアルドを除いてそれぞれが自由に会話をしていた。
発行までにどれだけの時間がかかるがは分からないが、それでも暇な時間というものがあった。
そんな中でマグはふと、ナズーリンとクビラを見つめ始めた。
冒険者の間では珍しくない竜騎士だが、どうも奇妙な目線で見つめている。
「……なにか用かな」
「いや、お前はその飛竜と契約を結んでいないのか?」
マグの言葉にきょとんとした顔立ちをするナズーリン。
どうやら何も知らない事が分かったマグはナズーリンに近付くと透き通った丸い玉を出してきた。
その透明な玉には小さな竜がうずくまるような姿勢で寝ている。
「竜と契約を結べば心を通わす事ができ、そうすれば誰にも教わらなくてもこのような事ができる」
飛竜と共にある竜騎士であるが、時には飛竜を己の心を異界として作り出し、その中に入れる事ができる。
そうすれば飛竜が入れないような場所でも竜騎士と一緒に行く事ができる。
本来、街中で飛竜が飛ぶ事は許されていない。街に入る時に衛兵によって止められるのが普通なのだが、クビラの場合は転移によって街中に入ったために許されているようなものだった。
「来い、パママ」
「るぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
玉を宙に放り投げると霞のように玉は消えていき、そこから一匹の飛竜が現れる。
クビラに比べると一回り大きく見え、身体中に刻まれ消える事のない傷が、歴戦の戦士であると思わせる。
マグの飛竜パママは狭苦しい玉の中から出られて自由になれた事を誇示するように飛びまわる。
「お前も竜騎士であるなら知るべきだ。飛竜は守る存在ではない。竜騎士は守られる存在ではない。共に守り、戦い抜くのが竜騎士なんだ」
マグの年齢は定かではないが、あの飛竜と共に罪狩りとして戦っていたのなら、長年戦い続けていたのは間違いない。
竜騎士とは飛竜と共に戦う騎士。守り守られる関係ではないのだ。
「しかし契約と言っても私にはわからんよ。私はヴァナ・ディールの住民ではないのだからな」
「幻想郷、といったところの住民だったか。しかしこれからその飛竜と戦うのであれば契約は必要不可欠だろう」
マグは腰になる短剣を抜いた。
「左手を出すんだ。何、少しだけ指を切るだけだ」
左手を差し出すと、マグは短剣を指に当てる。
さっと引くと指は短剣の刃によって浅く切られていた。傷口からぷくりと赤い血が盛り上がる。
傷としては小さい。この程度なら人間であってもすぐに治るだろう。
次にナズーズンの近くにいたクビラを捕まえ、抵抗する竜を抑え込むと翼の付け根部分に短剣を当てる。
「お、おい。何を……」
「うろたえるな。主が動揺すれば竜もまた怯える」
ナズーリンが慌てるのを制し、マグはそのまま短剣を押し当てていく。
クビラが高い声で鳴いた。
「抱えろ。そして自分の傷と竜の傷を合わせるんだ。優しくな」
翼の付け根から青い血を流し、マグを怯えたような顔で見つめるクビラを抱き抱える。
マグの言う通りに、自分の傷とクビラの傷を押しあてる。
妖怪の赤い血、竜の青い血が合わさり、混じり合っていく。
熱い。自分の中で自分以外の何かが混ざろうとしている感覚がある。
これが、契約なのだ。
「契約を結んだ飛竜と竜騎士は別れるその日まで一つとなる。そして繋がった心と心は飛竜の言葉を理解する事も可能となる」
クビラを拾い、育ててきたが明確に言葉がわかるものではなかった。
例えるなら主人とペットのような関係というのが当てはまるだろう。
契約を結んだ今は違う。
妖怪と竜、種族の違いが有れども二人は一つとなった。その関係は別れる日まで続く事となる。
「戻れ、我が心の中に」
手を胸に置き、マグの飛竜はその場で大人しくうずくまる。
竜の輪郭がぼやけてくると、青い身体は最初からいなかったのように消える。
手には球体があり、その玉の中には飛竜が狭そうな形で入っていた。
「プリッシュ。私は別のところに行く。この異変、黒幕は意外な者になりそうだからな」
「おう。そっちも頑張れよ」
プリッシュに着いて行って手を貸すのもいいのだが、今回の異変はそれだけで終わりそうにないとマグは感じた。
いざとなったら、集結させる必要がある。
かつての異変を解決させた者の全てとは言わないが、人手はあればあるほうがいい。
「私も行くわ。何人か何処に行ったかは心当たりがあるし、場合によってはタブナジアにいる彼女も呼ばないとね」
ライオンもマグに着いて行くようだ。
彼女、というのはタブナジアにいるプリッシュの友人だろう。
出来れば必要がない時までに異変を解決させたいが、結末によっては彼女の知る唄が必要になる。
「それと、ナズーリン」
「これは?」
「あとでアルドに渡しなさい。新しい槍が貰えるわ」
ライオンから渡された一枚の紙切れ。
ヴァナ・ディールの文字を読む事はナズーリンはできないが、数字が書かれている事から切手か何かかもしれない。
「悪いね」
「いいわよ。頑張ってるみたいだからお姉さんからのご褒美よ」
ウィンクをしながら手を振り、マグと共に扉を出ていく。
が、何かを思い出しかのようにマグが振り返った。
「言い忘れた。一つ忠告しておこう」
「何か?」
「竜は邪にも聖にも染まりやすい。それを忘れない事だ」
飛竜と契約を結び、心と心が繋がった状態だと飛竜は主の心の影響を受けやすくなる。
そうなれば悪しき心を抱けば邪に染まり、逆に優しき心を持てば聖となる。
どちらにも染まっていない竜を「印無き竜」と言われるのだが、万が一に邪竜になってしまえば災厄にしかならない。
そのため邪になるか聖になるのか、それが分からないために全てを竜を狩ろうとするドラゴンスレイヤーも存在していた。
今では数多の竜騎士がいる時代、ドラゴンスレイヤーと言えども人様の竜を狩る事はできない。
しかし邪竜に染まれば例え人の竜であっても問答無用に狩るだろう。
その事を伝えると今度こそライオンと共に部屋を出る。
ナズーリンに抱えられた飛竜はくわぁーと鳴きながらマグが去っていくのを見て安心したようだ。
雑談してくるのも飽きてきたのか、アルドの机にある紙を勝手に見始める行動を取る魔理沙とプリッシュであるが、突然扉が開いた。
アルドが帰ってきたのか?と思ったが違ったようだ。
栗色の長い髪をした女性である。
荒くれ者揃いの裏ギルドにいるには少しばかり似合わない、儚げなヒュームの娘だった。
「フェレーナ、さん?なんでここに」
「レイムさん!みなさん、お久しぶりですね」
アルドの義妹であり、先代天晶堂頭目の一人娘であるフェレーナであった。
彼女と出会うのは初めてではない。
霊夢達がまだヴァナ・ディールで冒険していた頃、ジュノに来てから数日後に彼女で知り合った。
その時は獣人の育てていた花が枯れかけていた事を知り、その花を枯らさないための薬の材料を取るため、アルドからの依頼を受けたのが始まりだった。
「皆さんがここに来ていると聞いて急いでやってきたんです。あ、これお土産のジンジャークッキーです」
クッキーの甘い匂いがフェレーナの持ってきた籠からやってくる。
そういえば目を覚ましてから何も食べていない事を思い出し、今頃になって腹の音が鳴った。
我先にとクッキーに手を伸ばし、その光景をやれやれと呆れた鼠の賢将がいた。
「ひょひょろでまんべごごびびぶんばべ?」
「せめて食べ終えてから喋らないかい?」
「るぅぅぅ?」
ハムスターのように口の中はクッキーだらけ。
その状態で喋っても何を言いたいのか分からないだろう。
「フィックの花は皆さんのおかげで枯れる事を防げました。その事にお礼を言いたくて……」
ジュノにはとある花が咲いている。
人間の子とゴブリンの子が植えた花の種。
それは長い月日をかけてようやく綺麗な花を芽吹かせた。
しかし咲いたばかりの花は枯れかけていた。
いなくなってしまったゴブリンの友のためにも手を尽くし、効果はない。
そんな状況を打破するために、古い花の薬を作るために依頼を受けた者がいた。
それが魔理沙達である。思えばあの時に初めてプリッシュと出会ったのだ。
「それほどでもないぜ」
「ま、あの時一番頑張ったのはプリッシュですから」
感謝をされても、彼女達にとってはそこまでのものではない。
依頼を受けたのは自分達とはいえ、実質的に素材を落とす敵を倒したのはプリッシュの力が大きかった。
今の実力なら一人でもやれるだろうが、あの時の実力はジュノの周辺にいる魔物に苦戦するぐらいである。
「なんだ、フェレーナ。またここに来たのか」
「兄さん」
部屋に戻ってきたアルドは義妹がいる事に驚いたようだ。
こうして見るとやはり似ていない。義理の兄妹だから当たり前なのだが。
「とりあえず発行した渡航免状、そして飛空艇パスもだ。絶対に無くすなよ」
「おお!これが!」
アルドから受け取ったそれぞれのパスを受け取り、魔理沙はそれを掲げるように見る。
偽装のできないように特殊な魔文字によって刻まれており、更に各それぞれの名前が最後に入っている。
これによってアトルガン行きの機船、そして三国を繋げる飛空艇に乗れるようになるのだ。
「プリッシュ、彼女からの伝言だ。『マメットを動かされている形跡はない。数もまた同様に減っていない』だ、そうだ」
「なんだそりゃぁ……」
エシャンタールからの伝言を聞いて、プリッシュは難しい顔をし始める。
アルマター機関のマメットが一つも動かされてない。それはいったいどういう事なのか。
ならば帝龍の飛泉で戦ったアレは何なのか。
「マメットが他の所で作られてるってのはないよな」
「それはありえないな。他国が作っているのなら俺の耳にも入るし、個人で作れるような代物でもないはずだ」
ジラート文明の技術も使われているマメットだ。どれだけ高い魔法技術を持っていても簡単に作れるものではない。
そして同様に個人で作れる代物でもないのだ。必要な設備を手に入れるとしたら個人で揃えるのは不可能に近く、クリスタル合成で作れるものでもない。
「ちっ、わかんねーな。とりあえず前に行くしかねーな」
「じゃ、さっそく飛空艇に行ってみようぜ!」
マメットがいったい何処から来たのか見当もつかない。
難しい事が考えるのが苦手なプリッシュは早々と諦め、魔理沙の言う通りに飛空艇に乗って先に進むしかない。
アルドとフェレーナに見送られ、天晶堂を出る。
そのまま塔に向かって下の階段に降りると港に辿りつく。
塔を出れば空を飛ぶ船の港だ。
空を飛ぶ船は幻想郷にも現れた。
だが、ヴァナ・ディールの船はいったいどのようなものなのか。
魔理沙はそれが楽しみであった。
★
空に大きな艇が飛んでいる。
幾つかのプロペラが回転し、それが家二つ分は置けるだろう大きな艇を浮かしている。
その艇はジュノの大公カムラナートが考案した独自のクリスタル推進機関を搭載し、バストゥークを代表とする天才技師が作り上げた飛空艇である。
飛空艇を乗せる客はもっぱら冒険者、もしくは何処かで飛空艇パスを手に入れた貧弱一般人だけだ。
国々の特産品を乗せる事もあるが、ジュノと三国の行き帰りをわずか十時間ほどで辿りつける飛空艇だと国の荷物を乗せる事はさほどない。すぐに荷物を運び終えてしまうからだ。
「うおー!はえー!」
甲板にいる魔理沙はそう叫んだ。
普通に行けば一週間はかかるだろうジュノと三国の道は、この飛空艇にかかれば五時間程度で着く。
当然、その速度はかなり早い。飛空艇の大きさから考えると早すぎるほどだ。
艇が出発して一時間ほどかかっただろうか?
遥かな眼下では一面を砂塵が吹きつけるソロムグ原野を超え、同じく砂塵が吹き荒れるメリファト山地に入ったところだ。
空から見下ろしているため、先には白い棒状の巨大な構築物が見えている。
メリファト名物のドロガロガの背骨だ。
空から見下ろせば小さく見えるが、実際には飛空艇よりも大きさを持っている。
「ちょっと危ないわよ、落ちたらどうすんのよ」
飛空艇の甲板は恐ろしいことに吹きさらしの状態になっており、そこから地上の眺めを見る事ができる。
幸い、落ちた者など飛空艇会社は聞いた事もないが、もしも落ちればまず命はないのは確実だ。
甲板にある荷車に捕まりながら、霊夢は騒ぐ魔理沙に注意を促した。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!風も気持ちいいぜ!」
吹き抜ける風が冷たく気持ちいい。
幻想郷の頃でも自分で空を飛べた時に感じたことがヴァナ・ディールでも同じように感じられる。
「空を飛ぶ船なんて幻想郷でもいたじゃない。ほら、聖なんとかって奴」
「あれに比べるとやっぱ速度が違うぜ」
幻想郷の空飛ぶ船とはとある聖人を救うために妖怪達が乗っていた聖輦船の事だ。
ナズーリンも住民の一人であり、お宝に目を光らせた霊夢、野次馬根性丸出しの魔理沙、そして妖怪退治に精を出す東風谷早苗の三人が乗りだした。
異変とはいえ、規模的にはお騒がせ程度に終わり、お宝が一つも無かった霊夢は落胆した。
その時に乗り込んだ聖輦船は古めかしい船であり、大きさも飛空艇よりも少し小さいぐらいだ。中身は魔法か何かで弾幕ごっこができるぐらいには広かった。
速度に関しては言うに及ばず。そもそも何処かに急いで行く必要も無かったため、聖輦船の本当の速度は分からず仕舞いであり、異変の後に船は寺に変形してしまった。
魔理沙達が初めての飛空艇を堪能している一方で、ゲッショーは室内で正座を組み、精神統一をしている。
飛空艇に乗って待つまでの間、乗り慣れていると暇になる事が多い。
ゲッショーも飛空艇自体は初めてであるが、飛空艇はひんがしに置いても有名であるのに加え、一通りの情報はゲッショー以外の者が集め切っている。
とりたて調べるものがなければやる事は己の鍛錬か精神を統一する事だけだ。
力量を上げる事に余念のない姿は、獣人であっても人間であってもひんがしの住民共通の事と言えるだろう。
「よう、ゲッショー」
「む、ぷりっしゅ殿でござるか」
声をかけたのはプリッシュであった。
プリッシュは飛空艇に乗る事は初めてではない。
エシャンタールの語った過去の異変の時、バハムートを含む真龍達を止めるために戦闘用飛空艇部隊に乗り込んだ経験があるからだ。
そのため魔理沙のようにはしゃぐ事はなく、暇潰しに話かけただけだ。
「ミルドリオン様の話を聞いてえらく黙ってたけどなんか言う事ないのか?」
「……ふむ」
テンゼンから虚ろの事を聞いているなら異変の事もある程度は聞いているだろう。
しかしいくらゲッショーといえども一介の忍びに過ぎない。
世界の常識を塗り替えかねない真実は知らされていないはずだ。
「確かに、驚いた事は隠せないでござる。拙者には理解できぬでござるが、まさかひんがしにも伝わる男神が人間の分身という真実……恐らく幾年の年月を重ねてもこの真実は世界に出されないでござろう」
理解できない、というのは獣人はプロマシアを崇めているという部分だろう。
一般的に獣人はプロマシアを神を崇めていると伝えられるがそれはまったくの間違いである。
例えばオークは戦う事こそがオークの生き方であり、神を崇めている暇があれば戦う事を使命とする。
そしてオズトロヤ城を拠点として活動するヤグードに至っては論外だ。彼らは唯一絶対である現人神だけを神として崇めている。
そしてこの真実が世界に伝えられる事はない。
まさか人間達が女神アルタナの涙から生まれた者ではなく、プロマシアの分身だと知ればどのような事が起きるだろう?
間違いなく世界の混乱が吹き荒れ、下手すれば宗教戦争に発展しかねない。
真実を知るのはごくわずか。だがそれでいい。
時には知らなければ良い事があるからこその平和もあるのだ。
「まぁな。でもそんなに驚いたふうには見えないな?」
「どのような真実であろうとも過去の異変は過去。すでに解決された問題でござろう?重要なのは世界、ひいてはひんがしが守られた事実があればそれで良い」
「クールだねぇ。あれか、『すといっく』って奴か?」
「それは少し意味が違うんじゃないか」
世界を揺るがしかねない真実であってもゲッショーからしてみればひんがしが守られているならそれでいい。
例え目の前の少女がかつて、男神の器だったとしても関係ない事なのだ。
間違った事を言うプリッシュに、槍を手入れするナズーリンが突っ込んだ。
新しい槍は新品のように輝いている。特に手入れの必要はないのだが、ナズーリンの小さな手でも馴染みやすいように棒の部分を馴染ませておくのだ。
「おーい!ウィンダスが見えてきたぞ!」
甲板から降りてきた魔理沙はそう言ってきた。
言った後にすぐに戻っていき、甲板から見える先を見据える。
赤茶けた大地を超え、自然豊かな約束の地が見えようとしている。
半年以上の月日が流れただろうか。
魔理沙と霊夢は道中に過ぎないとはいえ、再び魔法都市へと足を踏み入れようとしていた。
飛空艇がウィンダスの港に辿りつき、何事もなく着陸した。
波止場は降りた客が混雑しない程度の広さがある。ぐるりと柵が取り囲み、柵の一角から作られた受付の館からは出れない仕組みになっていた。
受付場から出るとウィンダスの風が吹いてくる。まるでウィンダスという街が歓迎しているかのようだ。
「なっつかしーな……何にも変わってないぜ」
「そうね。ま、半年ぐらいで変わるとも思えないけど」
すでに夕日が落ち、時刻で言えば夜だ。
このまま進んでもいいのだが、さすがに今日は一日休んで行くべきだろう。
途中でヤグードであるゲッショーに冒険者を支援するガードから質問などされたが、概ね問題はなかった。
ウィンダスでの宿屋だとララブのしっぽ亭がある。
半年ぶりの再会とはいえ、知り合いだった霊夢と宿屋の女将は夜中であるが宿を借りる事ができた。
朝になると宿屋で飯を済ませ、マウラまでの食料を買い込むと、次はチョコボ厩舎のある森の区に急ぐ。
ウィンダスは区画ごとに分けられており、先程の宿屋がある場所が水の区であり、森の区までは移送の魔法で届けてくれる魔道士がいる。
広い街であり、魔法の国だからこそできる移送サービスを受け、素早く森の区に辿りついた。
木々に囲まれた街だからか、朝日が木々から漏れ出る光が大地を照らしている。
緑も多いので空気もまた美味しい。自然に愛されたウィンダスの陽気さを表しているかのようだ。
チョコボのある厩舎に行く途中、ミスラのガードがこちらを見つめていた。
金髪を後ろ髪で纏めているその女は、何処か見覚えがある。
「あ、ああ~~!レイムにマリサじゃないかぁ!」
こちらを指しながら大声で叫んだ。
いったい誰なのか。記憶を辿っているとようやく思い出した。
初めてウィンダスに来た際に、冒険者として必要なものを渡してくれたミスラだ。
「ルゥ、か?」
「し、心配したんだよ!?シグネットの反応が途切れて死んでたかと思ったじゃないか!」
くわっ、とした剣幕で次々と言葉を出してくる。
どうやら話を聞くと、霊夢と魔理沙の《シグネット》が壊れてしまい、ウィンダスにもその《シグネット》の反応が途切れた事で二人が死んでしまった事を結論付けた。
半年前、六人の冒険者が行方不明となってしまい、ルッ・ヅゥはその事に大層悲しんだ。
ドの付く新人が初めてガードとしての仕事で接した冒険者というのがあるのだろう。思い入れがある分、死んだ時の報告を聞いた時にはぽかんとしてしまったほどだ。
「落ち付きなさいよ。見ての通り生きてるわ。てか勝手に殺すな」
「とりあえず無事で良かったよ…」
足がある事を確認し、霊夢が生きている事が本当であることがわかってくる。
改めて見るとすでに記憶から薄れてきた紅白の巫女服に、黒白のエプロンドレス姿だ。
そういえば、とルゥは思う。
彼女達以外にも仲間はいたはずだ。刀を持った少女、鴉のような翼を持った者、人形を操る人形遣い、幼い黒い女の子の四人。
それなのに今は竜を連れた鼠のような少女、霊夢とそう変わらなさそうな歳の少女に、ウィンダスの宿敵であるヤグード、更に霊夢は小さな獣を抱えている。
実に奇妙な集団だった。
「ねぇ、君達がここにいるってことはヨウムやアヤもいるのかい?」
「いや、あいつらはいないぜ。今いるのは私と霊夢だけだ」
《シグネット》の反応が途切れたのは霊夢と魔理沙だけだ。
過去にヴァナ・ディールで冒険していた残りの四人はまだ反応はある。それは四人の持つ《シグネット》が壊れていないからだ。
理由は不明であるが、世界が違っていても《シグネット》が輝き続ける限り、幻想入りした者達が死んでない事が国も分かる。
ゆえに、突如として行方不明になった者達は生きている事を知っている。しかし何処に行ったかまではわからない。
「その口ぶりだとアヤ達がいる場所……つまり君たちが行方不明になった場所を知っている、ってことでいいのかな」
冒険者の支援絵以外にも衛兵としての仕事も兼ね備えるガードであるルゥの目が光る。
おっちょこちょいと見られがちな新米ガードと言え、単純におっちょこちょいなだけでガードになれるほど甘い仕事でもない。
必要な事を素早く見抜く技能も当然必要なのだ。
「知ってる。よく知ってるけど……悪いわね、話すと長いし、急ぎなのよ」
久しぶりの知り合いに出会えたとはいえ、長話をしている暇はない。
霊夢はそう言うと、ルゥはあっさりと引き下がった。
「……本当はガードとして連行するなりして事情聴取でもしないといけないだろうけど……」
鞄を開き、紙のようなものを渡す。
チョコボを乗る際にタダ乗りができる優待券だった。
「君達が何をしようとしているのか分からないけど、それはきっと大事な事で、冒険者としても遮れないものなんだろうね。ボクは何も見なかった。それでいいよ」
「へへっ、悪いな。また会ったら魚を奢ってやるよ」
合成料理による魚を何度か奢ったことのある魔理沙は優待券を受け取り、見逃してくれるルゥに感謝した。
ルゥと別れ、ウィンダスにあるチョコボ厩舎へと急ぐ。
扉を開けば獣臭さが鼻に付く。厩舎特有の、チョコボと土が入れ混じった臭いだ。
金を出せばたかが数百ギル程度だが、チョコボ優待券を渡せば料金を払わずに乗れる。
人よりも大きく、飛べない翼を持つ黄色の鳥。
何十年、何百年と人を乗せ続けたチョコボが何匹も乗せる人を待っている。
霊夢と魔理沙は久しぶりに乗る事になる。騎乗し、背丈に合うかどうかを確かめる。
続いてプリッシュの騎乗するが、ふと気付く。
「そういやゲッショーとナズーリンは乗れるのか?」
獣人とはいえ、人の世界に紛れ込む程度には人のルールを知っているゲッショーだが、チョコボに乗れるかどうかは不明だ。
鳥が鳥を乗るというシュールな光景にもなる。
そしてナズーリンに至ってはチョコボを乗るための免許を持っていないのをプリッシュは知らなかった。
「心配は御無用。些か手間はかかったが馬鳥を乗る事に関しては我がひんがしの国で習得済みでござる」
「馬鳥?」
「この大陸では『ちょこぼ』と呼ばれているでござるが、ひんがしでは馬鳥と……」
「なにそれこわい」
その名前に霊夢は言い知れぬ悪寒を感じた。あまり聞かないほうがいい話題かもしれない。
「悪いが私はそれには乗れん。誰か相乗りしてくれるとありがたいんだが……」
ナズーリンはチョコボに乗れる者を見渡す。
霊夢を見て頷き、魔理沙を見て横を振り、プリッシュを見ても横を振り、ゲッショーを見て難を示す。
「博麗の、相乗りよろしく頼むよ」
「おい!今のは何だよ!」
出来る限り常識範囲での走り方が可能なチョコボ乗りから判断して、霊夢に決めたようだった。
先程の反応に不満を示す魔理沙であるが、思い出したようにナズーリンはクビラを呼ぶ。
「すまないが荷物がかさばるのでな……大人しくしてくれよ」
「くぅ……」
チョコボの速度は早い。それこそ飛行する飛竜でも追いつけないぐらいに。
間違いなく陸地では最速の乗り物なのだが、だからといって抱えて持ちするのにはクビラは大きかった。
まだ生まれたばかりであるならともかく、成体に成長したクビラを抱き抱えながらチョコボに乗るのは無理がある。
「私の心の中にいるんだ」
優しく、クビラの頬を撫でる。
そうするとクビラの身体が陽炎のようにぼやが出始める。
存在が不安定になっていき、やがて竜の存在は消えていく。
後に残ったのはナズーリンの掌にある紅い珠だけだ。
竜の帰還によってナズーリンの作り出した一種の異界でクビラを珠に入れたのだ。
竜騎士として飛竜と契約したからこそ出来る業。これならチョコボに乗りながらクビラを連れていく事も容易となる。
「紫は私だな。鞄の中に大人しくしてろよ」
「きゅー(お手柔らかに頼むわ)」
紫はチョコボに跨る魔理沙の後ろに飛び乗る。
カーバンクルの姿にも慣れてきたのか、随分と軽やかな動きだった。
そのままチョコボに備え付けた荷物持ち運び用の鞄の中に入る。
本来は冒険者の荷物を入れたりするものだが、魔理沙の手持ちは精々、杖代わりの箒と八卦炉、魔力の底上げに使う茸の粉末程度だ。
冒険者の鞄同様、ゴブリンの技術を使われた鞄の中身は見た目よりもあるため、紫も軽々と入れる。
「ちゃんと捕まってなさいよ?よーし!じゃあ、出発するわよ!」
霊夢の号令と共にウィンダスから三匹のチョコボが出発する。
徒歩なら何日もかかるだろうが、チョコボの早さなら一日もあれば辿りつける。
近東の地、アトルガン。
そこに行くための港町"マウラ"へとチョコボの足を走らせていった。
東方幻想鉄~プロマシアの幻影~
第六章「視るだけが真実とは限らず」