東方幻想鉄   作:AmanatuTaruTaru

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第六章「視るだけが真実とは限らず」:後

黄色の鳥は疲れを知らずにただ走り続ける。

強靭な足から生まれる走力は、人間とは比べ物にならない

硬い地面が足跡を残る勢いで走り抜け、背に乗る者達はチョコボを巧みに動かしていく。

 

ウィンダスから旅立ってすでに半日が経過しようとしている。

昼を過ぎ、太陽は徐々に落ちようとしていた。

 

今、チョコボが走っているのはウィンダスを囲む平原地帯サルタバルタを超え、自然のある平原地帯から乾燥した過酷な大地に移り変わる。

太陽が落ちかけているとはいえ、タロンギ大峡谷は日差しが強い。

チョコボの走る速度によって起きる風を受けていなければ汗が止まらないところだっただろう。

 

高低差のある細い道を四匹のチョコボが順番に走っていく。

並んで進めば通れない事を考慮してだろう。

前から順に霊夢とナズーリン、魔理沙と紫、プリッシュ、ゲッショーの順番だ。

細い道を通り過ぎればあとは簡単だ。道なりに進んでマウラのあるブブリム半島を目指せばいい。

 

「この谷を越えたらアウトポストで休みましょ」

 

さすがに体力の限界が近いのを悟ったのか、霊夢は休憩の提案をすると皆はそれに頷いた。

徒歩であればここまでの道は何日もかかるだろうが、チョコボであれば一日もすれば辿りつける。

もうすぐ夕方となる時間だ。休憩を挟んで出発したのを考えるとマウラに辿りつくのは夜中になる。

 

狭い谷を進んでいき、赤茶けた大地から白い砂利の大地に変わっていく。

タロンギ大峡谷が見渡す限りが赤茶色なら、ブブリム半島は見渡す限りの灰色だ。

変化の差に驚くべきか、それとも変化のない世界に戸惑うべきか。

環境の差が著しい、それでもヴァナ・ディールの大地では日常茶飯事の光景でもある。

 

チョコボの騎乗というのは慣れていなければかなりの疲労を要する。

プリッシュとゲッショーはまだしも、霊夢と魔理沙はチョコボに乗らなくなって半年近くは経っている。

チョコボの体力も考えるとさすがに休み無しにマウラまで行く事は不可能だ。

 

谷を抜け、ブブリム半島に入ったすぐの場所に国がその地域を見張るためのアウトポストがある。

アウトポストに掲げられた旗は緑の大樹がシンボルとなったウィンダス国旗だ。

つまり、この地域はウィンダスが管理している事となる。

 

全世界を巻き込んだ水晶大戦から二十年、三国とジュノの四国家は領土を管理する事に関して長い話し合いの結果、戦争に変わる一つの代案を生みだした。

それは国家ごとに所属する冒険者が地域ごとに活躍した記録を纏め上げ、その記録が上位であった国がその地域を領土として管理するコンクェスト政策が生み出されたのだ。

晴れて領土となった国は管理する地域の特産物を優先的に仕入れる事ができ、例えばブブリム半島を含むコルシュシュ地方の名産と言えば酒の材料になるチュリーやグレープ、更にウィンダスでは珍しくないニンニクなどがウィンダスの特産売り場でお手頃価格に買えるのだ。

 

「でも肝心のここで特産物が買えないってのも変だよなぁ」

 

アウトポストに従事するガードから食料を買った魔理沙はそう愚痴る。

特産物を買えるのはあくまで国の特産売り場だけであり、領土となった場所にいるガードや商人から買う事はできない。

干された肉と水を胃に流し込み、腹を満たして休憩する。アウトポスト周辺には襲い掛かってくるような危険な魔物がいないので休み放題だ。

 

一時間ほど休むと再びチョコボに跨り、走らせる。

白い砂利を踏みつぶしていきながら道なりに進んでいき、夜になっていくからか身体も冷えてくる。

獣人であるゴブリンなどがこちらを見かける事があっても襲い掛かるような事はしなかった。

実力差を見抜いているのもあるが、チョコボの早さに追いつけないのも知っているからだ。

 

数時間ほども走り続ければ、海が見えてくる。

マウラまで後少しまで、といったところだった。

木製の門が見えてくればチョコボから降り、背中を叩いて元の場所に帰す。

頭の良いチョコボは一人であっても元の場所に帰れる能力を持っているため、降りてから背中を叩けば冒険者が自ら元に戻す必要はない。

 

クォンとエラジア。二つの大陸を繋げる港町は土造りの建物となっている。

古ぼけた木製の門を潜った先には天然の自然をそのまま流用したような外形となっている。

道が曲がりくねり、建物が全体的に丸まっているのもそのためだろう。

 

「船はもう来ているね」

 

真っ直ぐと進めば巨大な船……機船が港に隣接しているのにナズーリンは呟いた。

飛空艇の登場以降から廃れていき、アトルガンに繋がるようになって人を乗せる機会が多くなっている。

まだまだ現役として動き続ける船は、今か今かと出港を待っている。

 

「二分後にアトルガン皇国、エラジア大陸方面へと出港致します!乗りたい方はお早めに、渡航免状をお持ちである方に限定されます!!」

 

船の近くにいる船員らしき者が叫んでいた。

今待っているのは丁度良くアトルガン行きの船であるようだが、すぐに出港するようだ。

休む暇も無く走っていき、入場料を払うと同時に渡航免状も見せて急いで船に乗ろうとする。

 

「休む暇もないってのは正にこれね……せめて一息ぐらいつきたかったわ」

 

「さすがに干し肉だけじゃなぁ……船で何か買えるか行ってみようぜ」

 

港町であるマウラは海産物の料理が豊富であり、とても美味しい。

せめてそれを食べてから出発したかったが、嘆いていてもしょうがない。

船員が叫んだ二分後ぴったりに船は出港し、巨大な船を動かすための内部機構が働きだす。

数多の冒険者を乗せる機船は今、近東の地の傭兵として運ぶために海へと出発した。

 

 

 

ギシギシと音が鳴るのは、それだけ人を乗せ続けた時代の重みなのか。

柄にもない事を魔理沙は考える。

灯りは天井にある角灯だけ。朝も夜も密閉された空間されたために明るさは変わりない。

薄暗い中、鼻が感じ取るのは潮の香り。

そして耳を澄ませば波の音が感じる。

 

海。それが部屋の中でいてもわかるもの。

魔理沙のいるのは船の部屋だった。紐状のハンモックが幾つも吊らされており、魔理沙以外の冒険者達が眠っている。

時刻は夜。人間であれば誰もが寝ている時間だ。

魔理沙のすぐ隣にいる霊夢もすやすやと夢の中である。

 

「……ねむれねぇ」

 

風を当たりに行こうと魔理沙は寝室から出ようとする。

他の者達を起こさないようにそっと部屋を出るとそのまま甲板へと登っていく。

空を見上げれば幾つもの星々が出迎えてくれた。

月と星の光が海を淡く照らし、青色の海は妖しく照らされているようにも見えた。

 

「ふぅ」

 

甲板の手すりに腕を置き、風を感じながら黙って海を見続ける。

朝であっても夜であっても変わり映えのしない、広大で生命を育む大海原。

幻想郷では見られない雄大な景色だ。海という単純なものでも感動はできる。

 

「単純な問題じゃない、ってことだよなぁ……」

 

世界を見る目が変わるということは、こういうものだろう。

エシャンタールは言っていた。真実を知るという事は己の知る世界観を大きく変えると。

それがこの答えなのかもしれない。

つい先程前は、はしゃいでいた海も、今ではかつては神の世界であった、と考えが過ぎるようになる。

海だけではない。

このヴァナ・ディールという世界全てが、かつては神々の住まう真世界だったのだ。

 

「随分浮かない顔してるじゃないか」

 

「……プリッシュ、まだ起きてたのか」

 

「そりゃお互い様だろ」

 

声をかけられ、後ろを向けば桜にも似た藤色の髪をする少女がいた。

寝ていると思ったら彼女もまだ起きていたらしい。

 

「聞いた時にはそう思ってなかったけど……やっぱ、重いな」

 

「まぁ、そりゃそうだろ」

 

自分がその真実に立ち合ったわけではない。

エシャンタールから"聞いただけ"の話。それでも、その話を聞いてまるでその場にいたかのように感じる嘘の無さ。

今更このような真実を知ったところで魔理沙の本質は変わるわけでもない。

それでも、世界の見方が変わるのは事実であり、そう簡単にケリが付けられない内容でもあった。

 

「怖くなっちまったか?」

 

「……全然だぜ。今は眠れないけど、それ以上にアトルガンとやらが楽しみなんだ」

 

神がいた世界が本物だとしたら、自分達が今いる世界は偽物なのだろうか?

違う、それは絶対に違う。

たとえこの世界が異世界であっても、幻想であっても、嘘だったとしても。

霧雨魔理沙が冒険して感動した事は嘘偽りのない"本物"だ。

その"本物"の思いがあれば魔理沙は決して真実に絶望したりなんかはしない。

強く、自分の足で歩いて行ける。

 

「心配したのは杞憂だったな。明日に備えてもう寝ようぜ。アトルガンは美味い飯があるからな!」

 

「へっ、そりゃ楽しみだぜ!」

 

プリッシュは以前にアトルガンに行った事がある。

その時にアトルガンのある食堂をあらかた制覇した事もあるため、何処の店が美味いかも知っている。

明日の朝一番には近東の地に辿りついているだろう。

新たなる冒険のためにも魔理沙とプリッシュは寝室へと戻っていく。

朝日が差し込むまでは、まだまだ長い夜の時間が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海の地平線から日の出が上がろうとしている。

長い夜を乗り越え、朝日が差し込む事で青い海はきらきらと反射しながら輝いている。

そんな海の中、一隻の船が航海を続けている。

甲板の上では朝早くから船員達がモップを手に掃除をし、中には釣りを勤しむ冒険者の姿も。

内部では食堂があり、ゆっくりと食事をする冒険者と船員がいる。

航海での食料は貴重だ。もしも遭難した時に備えてからか、一食に与えられる食事はそこまで多くはない。

新鮮な魚の切れ身、果実、水。基本的にそれだけだ。

 

「まずはアトルガンについてから何処に行くか、ね」

 

オレンジの皮を剥き、霊夢は中身の果肉を食べていく。

もうじきにアトルガンに辿りつくとはいえ、何処に行けばいいのか見当もつかない。

 

「紫はわからないのか?」

 

「きゅー……(そこまでは分からないわ……)」

 

カーバンクルの姿をした紫はもきゅもきゅと可愛らしく切れ身を食べながら答えた。

試練を受けるという事を霊獣カーバンクルに言われたとはいえ、いったい何処で行うのかが分からないのだ。

 

「スカリー……いや、マグの話だと魔笛の影響がおかしいって言ってたな」

 

天晶堂で出会った元罪狩りミスラのマグ。

彼女の集めた情報によると近東の地の秘宝である魔笛が活性化していると言っていた。

 

「では、その魔笛とやらに行けばいいと?」

 

「そう簡単に行く代物ではないでござる。魔笛は文字通り、皇国の秘宝であるがために厳重に保管されたもの。余所者には近付く事すらも許されぬであろう」

 

獣人忍者のゲッショーの言う通り、皇国という国を作り出す『魔笛』は同じアトルガンの民であっても見る事のできない厳重な管理体制が設けられている。

無機物にすら命を宿すと言われるほどの"魔力"をアストラル界から引き出し、流れ出る不可聴の音は数多の効果を引き出してくれる。

それを狙ってたか、近東の地での獣人……蛮族は常日頃から魔笛を狙い続けている。

ゲッショーの話を聞いてナズーリンはふと気付いた。

 

「確か彼女は魔笛の事以外におかしな事が起きてるのを言ってなかったかい?」

 

「……アラパゴってとこで召喚獣を見たって噂だったか」

 

皇国で起きている不審な出来事。

それは『魔笛』の活性化と何らかの繋がりがあるとされる噂。

アラパゴ諸島のとある墓場では、召喚士が使役する事のできる召喚獣、「偉大なる存在」の姿を見たという内容だ。

 

「ならアラパゴという場所に行けばいい、と」

 

「『あらぱご』に向かうのであれば『なしゅも』に向かう船に乗る必要があるでござるな。八時間もあれば着くでござる」

 

「うぇ、また船に乗るのとか……」

 

アラパゴに向かうにはアトルガンからナシュモという港町に行く必要があり、そこには定期船で行く事が可能だ。

ゲッショーの言うように時間で言えば八時間かかる。今でも半日近い時間を船に乗っているのだ。

乗り下りた後にまた船に乗る。その事に霊夢は嫌そうな顔をした。

 

「六門院が使えればすぐに行く事も可能でござるが……」

 

「りくもんいん?」

 

聞きなれない言葉に魔理沙は聞き返した。

アトルガンには蛮族の敵地などに少数の先鋭部隊を送りこむ急襲作戦アサルトというものがある。

現場に急行するためにも近東各地に監視哨を設置し、その監視哨と皇国を繋げる移送の装置を作り上げたのだ。

六門院にある移送の幻灯ルーニック・ポータルを使えば、皇国から数時間はかかるアラパゴまでほんの一瞬で辿りつける。

 

「しかしあれを使うのには現地に赴いて己の『でーた』とやらを登録する必要がある。拙者は問題ないでござるが、拙者以外の者は……」

 

「当然だがしてるわけない、か。わざわざ船のほうで行く必要があるね」

 

分かり切っている事だが、ゲッショー以外は移送の幻灯ルーニック・ポータルの登録をしていないので移送の機能が使えない。

プリッシュもアトルガンに滞在していたとはいえ、監視哨に向かった事はないので同様だった。

 

「問題はその後、だな。道なんて知らないぜ?」

 

「俺もだなぁ……ナシュモはそこまで行った事はねぇし。ゲッショーは?」

 

召喚獣が現れたとされる墓場。そこを知る者はさほど多いとは言えない。

道中にも魔物がいる事を考えると、道を知らないまま進むのは自殺行為だ。

この中でアトルガンの土地勘を詳しいのはゲッショーだ。過去にアトルガンでの傭兵をしていたと聞いた事もある。

 

「墓場、というのであれば二種類あるでござるな。一つは過去に人間同士が戦争をしていた時代、戦死者を弔う墓があるでござる」

 

国と国との大激戦が幾度も無く行われたカダーハの沼地。

そこでは度重なる戦火によって失った命を弔う墓がある。

しかし墓として弔われてもこの世に残した怨みを持ち続けているのか、年中に渡って墓の周辺にはアンデッドモンスターが蠢いている。

 

「もう一つは人工的に作られた魔物、『きめら』と呼ばれる者の実験場であり、墓場でもある場所でござる」

 

皇国中興の祖である聖皇バルラーンの時代、様々な魔物を組み合わせ、新たに魔物を生みだす事件が繰り返されていた。

作り出された合成獣は数知れず、中には今でも人間の害を与え続けているものもある。

キメラの反乱によって皇太子が暗殺されかけ、それ以降にキメラ製造の全ては禁止され、実験場として使われたハザルム試験場は事実上の閉鎖がされた。

 

「やっかいと言えるほどの道ではないでござる」

 

「そうかい。なら道案内は頼むぜ」

 

『十分後にアトルガン白門の港に辿りつきます。荷物のお忘れ物は無く――』

 

鉄のパイプから声が響き、船内放送によってもうじきアトルガンに辿りつく事を知らせている。

異変の真実、それは近東の地にあるはず。

魔理沙は胸を踊らさせながら、今か今かと辿りつくのを待ち望んでいた。

 

 

 

船が出ると真っ先に感じたのは蒸し暑さだ。

まだ太陽が出て、そう時間は経っていないはずだと言うのにじりじりと熱される。

袖まである黒白のエプロンドレスであり、露出も少ない事があって余計に暑く感じる。

 

「あっちぃ……ここがアトルガンかよ」

 

この暑さ、太陽の日差しが登ればいったいどれほどになるだろうか?

隠れるように影のある場所に行くが、それでも焼け石の水であり、さほど効果があるものでもない。

 

「船はこのまま真っ直ぐ行ったところにあるぜ」

 

プリッシュは暑さに気にせず先に行こうとする。

魔理沙も慌ててついていこうとするが、ケロリとするプリッシュが言うには太陽が登り切った時の暑さはこれとは比にならないと言った。

それと比べればまだまだ耐えれる。けらけらと笑うプリッシュに魔理沙はげんなりとしそうになる。

冒険者に比べれば軽装とはいえ、それでも暑苦しい格好なのは確かなのだ。

あまり効果があるとはいえないが袖を捲り、細い腕を露出した。こうでもしないとやっていられないからである。

 

「へぇ~~……色々な国に行ったけどあまり見ないタイプね」

 

煉瓦の石積みによって作られた都市、アトルガン皇国は霊夢には珍しく映っていた。

ウィンダスは自然をベースに作られた都市であり、同じ石作りのサンドリアやジュノと比べても雰囲気が違う。

港を出ると大きな扉が開けられた道があり、真っ直ぐと進んで行くと噴水のある十字路に辿りつく。

噴水の周辺には多くの冒険者がおり、仲間を待っている者、共に冒険に行くための仲間を呼び掛けている者など様々だ。

 

「凄いな。ジュノ以上の人がいるんじゃないか?」

 

色々な国を見てきたとはいえ、人の多さという意味ではジュノ、そしてこのアトルガンが凄まじい。

冒険者の数で言えばジュノ以上はいるだろう。ナズーリンはそう思う。

 

「移送の魔法でジュノに飛ばしてくれるのがいるし、交通の便もあって冒険者の拠点って意味じゃジュノからアトルガンにするのが多いんだよ」

 

腕をつけた冒険者が拠点に置き、更に腕に自信のある者はアトルガンへと拠点に置く。

その理由は単純なものだ。より困難な依頼を受ける事ができ、実力を高める事ができるから。

ジュノ周辺の魔物とは比べものにならないほどに強力な魔物が多く生息するアトルガンでは、レベリングとしての拠点では最適だ。

中には傭兵としての任務を従事し、アトルガンから送られる貴重な装備などを目当てにする者もいる。

更には貨幣を渡せばジュノに飛ばしてくれるサービスもある事で、アトルガンに拠点を置く冒険者は多いのだとプリッシュは語った。

 

噴水を通り過ぎ、更に進むと先には港があった。

船はまだいないようである。

船は何時頃に来るのかを近くにいた船乗りらしき人物に聞くと、あと一時間もすればやってくるのだと言う。

それぐらい時間があるならまず腹ごしらえだ。

船でも食事は取っていたとはいえ、必要最低限でしかない。

 

そして食事と言えばプリッシュだろう。

アトルガンの飯を制覇したと豪語する彼女に道案内に美味い飯がある場所へと進んで行く。

 

「これ買って行こうぜ。おばちゃん!シシケバブを五つ!」

 

アトルガンには多くの出店、屋台などがある。

噴水の近くにあるタコス屋という看板のある出店からプリッシュはシシケバブを買った。

黒胡椒とにんにくが串焼きにされた肉の香ばしさを引き上げる。

ウィンダスから旅立ってろくなものを食べていないため、これはとても美味しそうに見えた。

 

「これが中々美味いんだぜ?」

 

プリッシュに渡され、食べてみると肉汁が溢れ出るように口の中で広がる。

にんにく特有の癖も無く、黒胡椒によって味も濃く、食べる事がやめられない。

そして意外と辛いのだ。美味しく、焼き立ての肉なので熱い。そして辛いから汗も出る。

アトルガンの蒸し暑い気候もあって汗が止まらない。でも食べる事はやめる事ができない。

 

「前に食べたミスラ風の串焼きだっけ?それに似てるかも」

 

ぺろりと食べ終えた霊夢はそう感想を残す。

素材としては似ているミスラ風山の幸串焼はシシケバブ以上の辛さを持った肉の串焼き料理だ。

シシケバブでこの汗だ。ミスラ風山の幸串焼を食えばこれ以上の汗が出るのは間違いない。

 

「プリッシュ、一つ聞きたいだが」

 

「ん?」

 

「この街で飛竜を出すのは許されているかい?」

 

チラリと掌を見せると紅い珠に閉じ込められた飛竜が恨めしそうな目でこちらを見ていた。

美味しそうなものを食べていながら、自分だけ食べれないのが我慢ならないのだろう。

 

「隣のアルザビなら出せるんだが、白門だと無理だぜ」

 

「そうか。残念だったね、クビラ。今日はお預けだ」

 

「なんか唸ってるようにも見えるわよ」

 

「色々あってお仕置きを忘れてたからなぁ。まぁ、いい機会さ」

 

タブナジアでの戦闘で勝手な行いをし、お仕置きをする前にジュノへと飛ばされた。

ナズーリンはその事を忘れておらず、クビラは唸るような顔をしながらじっと見つめているだけだった。

 

「よし、次はあっちだ!あそこのケバブが美味いんだぜ!」

 

「金足りるのかよ!?」

 

「安心しろ!アルドからぶんどれるだけぶんどった!」

 

次々と食事を買っていくが、その資金はプリッシュではなく、天晶堂の頭領であるアルドからぶんどった金であった。

一つの会社の社長とはいえ、そのような役割であるアルドにナズーリンは一種の憐れみを感じた。

 

アトルガングルメツアーをしていると、もうじき船の時間が来る予定に近付いた。

港に行けばマウラの機船とほぼ同じの船が接舷されている。

乗り込む客に冒険者はほとんどいなかった。わざわざナシュモ方面に行くのに船を使う冒険者は移送の幻灯ルーニック・ポータルを開通していない者ぐらいだ。

直接ナシュモに行くために船に乗る者もいるが、そんな者は漁師やナシュモで特殊な商売をしているキキルンと呼ばれる鼠の獣人ぐらいだ。

 

「はぁー……これからまた船に乗るなんて憂鬱だわ」

 

霊夢にとって船に乗る事はあまりにもやる事がなさすぎるのだ。

海を見ても広大な大海原に変化はなく、食堂にはお茶も無ければ酒もない。

一般的な冒険者であればその待ち時間に己の腕を鍛えるなり、合成をするなりをするだろうが、霊夢はそのような事はあまりしない。

 

入場料を渡し、船に乗り込んで行く。

客は少ない。冒険者ではない貧弱一般人、そしてキキルンがいるぐらいだ。

 

「あっなーたー、ひゅぅむむぅ?」

 

「ん?」

 

キキルンの一匹がのんびりとしながら、たどたどしい癖のある言い回しをしながらナズーリンに聞いていた。

どうやらナズーリンがヒュームであるかどうかを聞いているようだ。

 

「ちがうんぅぅぅ。ひゅむぅにみえなーい。ぼっくたちとおなじん?」

 

「な、何を言ってるんだ、こいつら……」

 

「さぁ?」

 

キキルンを初めて見る魔理沙は理解不能状態だった。

よく見てるとそれは鼠というよりもモグラに近いかもしれない。

小さな身体に細い手足が伸びており、先には三本の鉤爪を生やしていた。

頭の上にはとんがったような耳を持ち、鼻が長い。大きな瞳はきらきらと輝くような青い色をしており、瞳孔は縦に細かった。

 

「く、くふふふふふふふ」

 

「うわぁ……」

 

一匹不気味に笑うキキルンに魔理沙は引いた。

今まで色んな獣人を見てきたが、その中でこれは中々異色を放っている。

 

「きーめたー!あーなたー、ぼっくとけっこん、しったいー!」

 

「お断りだよ」

 

「がーん!」

 

キキルンの告白にナズーリンは笑って断った。

わざわざショックである事を口に出してしまうぐらいに落ち込み、その姿に他のキキルンが慰めてるぐらいである。

慰められ、めそめそと泣きながらキキルンは立ち上がる。

 

「ぼっく、あきらめないよー!」

 

そのまま別の場所に行こうとした時にナズーリンに告白したキキルンはこちらを振り返り、そう言った。

 

「……なんだったんだろうな」

 

「知るか、そんなこと」

 

何と言うか突発的すぎる展開に皆はぽかんとし、魔理沙の声にナズーリンは疲れたように溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナシュモは、その島でたった一つの街だった。

絶えずに霧に覆われていて陰鬱なその島で唯一、安らげる場所だった。

かつては皇国海軍の補給基地として利用され、港町ながらそれなりに栄えていた。

だが、とある疫病の猛威によって、街に人の姿は消えた。

今ではその街にアルタナの民の姿はほとんどない。寂れた街を細々ながらも復興し、商売を営む者。

獣人であるキキルンだった。

 

「霧……?」

 

ナシュモに辿りついた霊夢の一言がそれだった。

目を細め、先を見据えようとするが何も見えない。

アズーフ島を覆うほどの霧は時には街の中にも浸透し、足音すら霧の中に消えてしまい、この街の住民は誰もいなくなってしまうのではないか。

思わずそう思ってしまった。

 

「相変わらずすげぇ霧だな」

 

「むぅ……これが夜であれば目が効かぬでござるな」

 

ナシュモに来た事のある二人もこの霧には慣れていない。

特に鳥目のヤグードのゲッショーでは、夜になればナシュモでの視界はほとんど零になってしまうのだ。

優れた忍者であるため、目が効かない程度で身動きが取れない事はないのが幸いと言えるが、鳥目を抜きにしても先が見えないほどの霧は不安になれる。

 

「目的の場である『はざるむ』は西の門から行けばすぐでござる。しかし道中には蟲にご用心なされよ。この霧の中、拙者であっても見切れるのが難しい小ささを持つ故」

 

この街に疫病を運び込み、多数の死者を出した災厄の蟲は今でも住み着いている。

草木に紛れ、しかも霧の深さからして熟練した冒険者であっても見つけ出すのは難しい。

今では疫病に対する対策があるとはいえ、その蟲は隠蔽の魔法を見破る性質を持つ。その性質で突然と襲われ、隠蔽が切れたところを周辺の魔物に襲われる者も少なくは無かった。

 

「ま、用心はするが心配しすぎるのもアレだけどな。夜も近いし、早く行こうぜ」

 

霊夢達のパーティに隠蔽の魔法をかけられる術者はいない。

どのみち、道中の魔物は出会ったら戦って突き進む事に変わりはないのだ。

夜になれば邪魔をする魔物も増えるため、魔理沙は早く行くように言った。

 

ナシュモの南門を超えた先にあるのは広大な沼地だ。

カダーバ。

イフラマド王国では「迷夢」という意味があり、その名の通りの場所である。

沼地に足を踏み入れれば最後、地図があっても迷いかねないほどの湿地帯が待っている。

一年中を通して霧に覆われ、昼の三時を過ぎようとしているのに薄暗い。

夜になれば灯り無しでは歩く事も困難になるだろう。

 

だが、この場で灯りをかけることは許されない。

死者の群れ、ラミアが率いる死者の軍団に見つかってしまうからだ。

身体中に呪いの紋様を施された骸骨やら、腐臭のする腐りかけた肉を持つクトゥルブ。

それらが信仰し、崇めるラミアが治める死者が迷いし大地なのだ。

 

「邪魔だ!」

 

そんな死者が蠢く大地の中、変わらずに突き進む者がいる。

 

「アンデッドなら火は効くよな?ファイアⅣ!!」

 

冒険者と呼ばれる者は例え死者を相手にしても怯まない。

 

「クビラ!火を吐け!」

 

「るぅうううううううううう!」

 

彼らには目的がある。生きている者には確固たる目標がある。

それがある限り……死者の群れには負けない。

 

「カァァァァ!」

 

「砕けなさいッ!」

 

ハザルム試験場までの道中、戦争の犠牲者である墓場を通る必要があった。

そこには夜でないにも関わらず、怨みを持って現世に彷徨い続ける亡霊が蠢いていた。

普通であれば隠蔽の魔法をかけてやり過ごすだろう。

しかし、彼女らは普通の枠組みには入らなかった。

"邪魔なものは叩き潰して進む"というなんとも無茶苦茶な気質の集まりだったのだ。

 

「私は違うがね」

 

「るぅ?」

 

竜の送還コール・ワイバーンによってナズーリンの元に呼び出されたクビラは首をかしげる。

お仕置きの件で暫く顔をツーンとしていたが、戦闘になればそれを忘れるほどに戦った。死者に対して炎のブレスは非常に有効だ。火に包まれた骸骨やフォモルはそのまま塵へと還っていく。

 

「魔理沙、やっぱり……」

 

「ああ。やっぱ力が戻ってる……」

 

片鱗はタブナジアでもあったが、すでに霊夢と魔理沙は七割近い力を取り戻していた。

幻想郷の強さではヴァナ・ディールでは発揮されないはずだというのに、今では弾幕を撃とうと思えば撃てるし、空の飛行も可能だろう。

紫は言っていた。

力が戻るという事は、それだけ幻想郷とヴァナ・ディールが一つになろうとしている事を。

 

「きゅー……(嫌な予感がするわね……)」

 

戦闘に巻き込まれるのを避けて隠れていた紫。

ナシュモ周辺の魔物の強さは、力が戻る前の霊夢と魔理沙、ナズーリンでは到底一人で勝てるほど弱くはない。

今では一人で戦おうと思えば充分に倒せるほどに力が戻りつつある彼女らに、紫は不安を感じ始めた。

力が戻るのがあまりにも早すぎるのだ。まるで世界と世界の融合が急いでいるのにも感じるほどに。

 

「きゅきゅぅ……(何が、起こるのかしらね……)」

 

異変の真実がどのような事に繋がるのかまだ知る余地もない。

急がなくてはならない。そうしなければ取り返しのつかない事になる。

言い知れぬ焦燥感が紫に襲い掛かり、何も力のない獣の姿では何もできない事に悲しくなった。

 

襲い掛かり、道の邪魔になるアンデッドを薙ぎ倒していき、ハザルム試験場まで後少しというところだった。

戦闘によって傷つく事もあったが、プリッシュの持つ癒しの魔法。そして力を取り戻した霊夢の持つ術によって回復に関しては問題はなかった。

 

「レイムもサポ白だったんだな」

 

「正確に言えば元からヴァナで言うと白魔道士だったんだけどね」

 

幻想郷だとどちかと言うとリアルではモンクタイプの霊夢だが、その本質は神の力を宿し、術を行う巫女だ。

異変の解決に際では癒しの魔法に匹敵する術によって数々のピンチを凌いできた。

博麗の巫女が異変を解決する役目があるから当然とはいえ、グラットン異変の解決に彼女無しで解決するのは不可能だったと言えるだろう。

 

「この先が『はざるむ』でござるが……誰かいるようでござるな」

 

ナシュモから出発して数時間。

霧深い島はすでに夜に近い暗さになっている。

ようやく目的の場につき、洞窟のようなこの先がキメラを生みだし続けた墓場だ。

 

『……この先は立ち入りを禁止している。去れ』

 

洞窟の前に立つ二人の男。

顔が薄い布のようなもので隠しており、全身が青い服装とターバンで身を包んでいる。

節々には煌びやかな装飾がされているが、それは見た目のような代物ではない。

魔法の力、それも魔物に近い気配がする力が込められている。

真っ先に反応したのは霊夢だ。

ほぼ無意識の状態で構え、戦闘体勢を取る。

 

「おい!霊夢何を……」

 

「気付かないの、魔理沙。あいつら……人間じゃないわ」

 

妖怪退治を仕事とする霊夢は見抜いていた。

あの二人は人間ではない。

人間の皮を被った、"何か"である事を。

まず声からして異質だったのだ。人間の感情らしい感情がなく、言葉の羅列を並べただけのような違和感。

吐き気がこみあげてきそうだ。

人間であるはずなのに人間ではない。

ただそうとしか言えなかった。

 

「霊夢殿、あの者らは『あとるがん』の戦闘部隊が一つ、不滅隊の一員でござる。敵ではござらん」

 

「ああ。青魔道士っていう魔物の力を持った奴だけど一応、人間だぜ」

 

ゲッショーとプリッシュに治められ、霊夢はようやく戦闘体勢を解く。

しかし警戒だけは解かない。

長年の博麗の巫女として勘が、「決して心を許すな」と最大警報で鳴らすのだ。

皇国最強の戦闘部隊である不滅隊は青魔道士で構成されている。

青魔道士の真髄とは魔物の肉体を移植し、魔物の技を使う事。

その事に霊夢は反応してしまったのだろう。

 

「済まないが、なぜ通れないんだい?私達はこの先に用があるのだが」

 

『言ったはずだ。この先は通す事は許されない』

 

「失敬、この先は『あとるがん』からしてもさほど重要ではない場所であるはず。何故先に行く事を禁じるでござるか?」

 

『その問いには答えられない』

 

話は文字通り、平行線のままだった。

どれだけ「通せ」と言っても「通せない」としか言い返さない不滅隊。

いっそのこと、倒して進んでやろうかと霊夢は提案するが、さすがのプリッシュもやめておけと言った。

倒して進む事も別にかまいはしないが、不滅隊の一員を倒したと皇国に伝わればもれなく犯罪者としての汚名を被る。

そうなればもし奥に進んで目的を果たしたとしても、紫の能力が元に戻らない限り、皇国からジュノへと戻る事ができないのだ。

馬鹿正直に皇国に帰れば皇国軍と不滅隊が待ち受けているのは確定的に明らかである。

 

「ちっくしょー……どうするんだよ」

 

「せめてあの二人がいなければね」

 

ハザルム試験場から離れた場所に行き、今後の行く先を話し合っていく。

ここまで来たのはあの洞窟の奥に行くためだ。

それなのに通せんぼをしているのがいて進めない。

このままでは立ち往生のままだ。いっその事、霊夢の案で無理矢理突破するべきか。

そう考えた矢先であった。

 

 

「―――――!!」

 

 

「……声?」

 

声が聞こえた。

冒険者であっても滅多に来る事のない沼地で確かな、人の声が。

ナズーリンは辺りを見回すが何処にもいない。声は聞こえるがもっと別の場所にいるらしい。

 

 

「――け――――!!」

 

 

また声が聞こえた。しかも声が近付きつつある。

用心に備え、武器を構える。

声は確かにこちらへと向かってくる。

 

 

「たーすーけーてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

姿が見えたのは、小さな男の子だった。

長い耳に黒い鼻。ぼさぼさな茶色の髪をしたタルタルだ。

拳法着の姿からモンクタイプかもしれない。

 

 

「いぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

そして二人目は軍服に近い衣装で包んだ少女だった。

薄紫色のストレートロングを揺らし、紅い瞳を持ち、三角帽子の間から兎のような耳を付けている。

崩れた軍服にようにも見え、服の間から見せる黒い下着はわずかな胸の谷間を作らせている。

裾を切り詰めたホットパンツ、その上で結ばれた飾り紐に仕舞われた六連銃。

 

「あ……?ちょ、ちょっと待て、お前って!?」

 

魔理沙にはその少女の見覚えが非常にあった。

見間違いでなければ彼女は幻想郷にいるはずだ。

しかし考える暇も言う暇もない。

 

タルタルの男の子と兎耳の少女は追われていた・・・・・・のだ。

ならば追う者も当然やってくる。

 

――逃ガスモノカ!殺セ!我ガ領土ヲ荒ラスモノヲ!!

 

蛇のような女。

そう言っても間違いではない存在だった。

女の肌は海を思わすかのような青色。しかし種族によって色の違うのもいるのだからそれを気にする者はいないだろう。

人間という種族に青の肌を持つ者がいないだけ。

胸を覆うわずかな装飾具、露出の激しさがある中で腹の所にはヘソがなかった。

それもいい。ヘソのない生物も魔理沙が知らないだけど何処かにいるかもしれないのだから。

 

だが、上半身は人の形を取りながらも下半身は蛇だった。

それは、死者の軍団を率いる死人達の主だった。

 

彼女に命じられるまま、二体の亡霊が姿を現す。

道中で姿を見る事のなかった、クトゥルブとブフートだったのだ。

 

小男のような風貌をしているが、腐敗を抑えるために全身を防腐帯で覆った死人であり、ラミアの美しさに屈し、彼女らに永久に奉仕するために生きながらに不死化を目論んだなれの果て。

煌びやかな装飾を身に付け、質の良かっただろう布を服のように纏っているのは生前の欲望を残しているからだ。

腐っていく血肉を維持するために屍肉を喰らい続け、宝飾品を貪るように収集した姿が、今のクトゥルブなのだ。

 

そしてブフートは布切れが彷徨い続ける亡霊であり、その姿はゴーストと呼ばれるアンデッドと変わりはない。

違いがあるとすれば布の色が青色であり、ラミアの施した呪いの紋様が刻まれているのだ。

これがある限り、どれだけ成仏を願っても解放される事はない。

 

クトゥルブとブフートは死者の軍団が保有するアンデッドの中で上位に位置する強さ。

杖を持つラミアが号令するかのように振るう。

 

――殺セ!我ガ軍団ノモノニスルタメニ!!

 

突然の戦闘が始まろうとしていた。

 

 

 

クトゥルブが真っ先に襲い掛かったのは霊夢と魔理沙であった。

若い女の肉が欲しい。そんな欲望めいた事が目を見れば分かる。

死しても尚、愚かにも生きながらえるその姿に憐れみと吐き気がしてきた。

 

「ふっ!!」

 

ナックルを身に付け、馬鹿正直に突っ込むクトゥルブの顔を殴りつけた。

アンデッドに手加減は無用。

死者に対して天敵である生きている力、"気"を込められた拳は顔面に突き刺さる。

 

「意外に素早いじゃない」

 

当たったと思ったら直前で避けられていた。

奇妙な笑い声をしながらこちらを馬鹿にしている。

ムカッとしそうになるが簡単に挑発には乗らない。

 

「魔理沙!」

 

「任せろ!フロスト!!」

 

動きが素早いのなら落とせばいい。

弱体魔法である"フロスト"をぶつければ動きが鈍くなるはずだ。

そう思いながらも攻撃をしていくが、当たらない。

霊夢の拳がことごとく、紙一重で回避される。

 

「こいつ、回避が上手い!?」

 

回避しているだけのクトゥルブではない。

時には反撃とばかりに短剣を攻撃するが、それを見抜けない霊夢ではない。

攻撃をし、回避し、反撃をされ、打ち落とす。

膠着状態が続いてしまう。このままでは千日手だ。

 

「スタン!」

 

霊夢と魔理沙の目が合い、頷く。

長年一緒にいたのだ。アイコンタクトぐらいは可能である。

一瞬でも動きを止め、最大の攻撃で仕留める。

雷の元素が集中的に集まり、バチリとした音と共にクトゥルブの動きが一瞬だけ止まる。

 

「一撃で!」

 

"気"と"霊力"。

異なる、それでも本質は同じ力を生みだし、右腕に集中させる。

大気がまるで右拳に引き寄せられるかのように集まり、竜巻のようにうねりを上げる。

 

「仕留める!!」

 

左足を強く踏みしめ、真っ直ぐと突き出した拳が動かないクトゥルブを狙い打った。

形としては正拳突きに近いが、"気"と"霊力"によって上乗せされた拳は風を纏いながら二重の威力となって敵に襲う。

"空鳴拳"が見事に決まり、クトゥルブの身体が「く」の字に折れ、吹き飛んでいく。

渾身の一撃が完璧に決まった。

いくら痛みのない死者であっても、これはただでは済まされないはずだ。

だが、吹き飛ばされて、クトゥルブは軽やかに起き上がった。

まるでダメージなどないようにケタケタと笑う。

 

「な、冗談でしょ!?」

 

「効いてないのか!?」

 

先程の一撃を喰らいながらもまるで支障のない姿に顔をこわばらせる。

 

「いや、ちゃんと効いているよ。その証拠に彼の腹は崩れかけている」

 

突然の襲撃者であっても冷静に戦況を見ていたナズーリンは言った。

彼女の指を指すところには"気"の力によって崩れかけた腹が見えている。

 

「恐らく、常識外れなまでの肉体の頑健さを持っているのだろう。一発や二発程度では倒れないほどに」

 

肉体としての強度はさほど高くないが、簡単に倒れないほどの強さを持つのがクトゥルブのやっかいなところだ。

霊夢の攻撃は並みのアンデッドを一撃で粉砕できる威力であったが、クトゥルブを倒し切るまでに至らなかったのだ。

 

「やるとしたら一発一発でやるのではなく、協力してからの攻撃だね。魔法使い、先程の魔法はあと何秒かかる?」

 

「再詠唱まで三十秒は欲しいぜ」

 

「先手は私、トスはあんた……タイミングは?」

 

「初めてだが任せたまえ。……来るぞ」

 

急造ではあるが作戦を立てると同時にクトゥルブがやってくる。

内容は至って簡単、一発で倒せないのなら"連携"によって倒すのだ。

異なる技を合わせ、高める気がより大きなダメージとなる。

これを用いればクトゥルブとて倒す事も可能だろう。

 

――ヒィーーーヒィィヒヒヒヒヒヒ!!!

 

「変な笑い声するんじゃないわよ!」

 

いったい何がおかしいのか笑い続けるクトゥルブを殴ろうとするが当たってくれない。

"空鳴拳"によって動きが少しでも鈍るかと思ったが、その動きは微塵も衰えない。

 

「クビラは出番があるまで待機だ、大人しくな」

 

「くぅぅ」

 

霊夢でも容易に当てる事のできないほどの相手だ。

ナズーリンとクビラが戦闘に参加しても逆に邪魔にしかならない。

虎視眈眈と、力を蓄えていく。

込められた力は槍へと向かい、薄い光を帯びていた。

 

「つっ、むかつくわね!」

 

実力は拮抗している。

ちょっとムキになって弾幕を撃ってみるがその全てを紙一重で回避する事から弾幕は効果は無いと判断する。

この異常な回避からシーフであると考える。生半可な攻撃をほとんど回避していき、逆に反撃とばかりに鋭さの増す短剣を振るい続ける。

 

「このぉ!」

 

今まで使わなかった蹴りを放った。

さすがに反応しきれなかったのか、その蹴りは短剣を持つ右腕に当たり、あまりの衝撃に短剣を零してしまう。

ようやくまともに当たった一撃とはいえ、腕だけという事実に舌打ちする。

 

――ヒ、ヒ、ヒ……ヒィィィイイイイイイイイイイイイイイ!!!

 

「な、なに?」

 

狂ったように声を上げた。

零した短剣を拾おうとせず、腐りかけた拳を固めて"見えない一撃"を放った。

 

「ぐ、がぁ!!」

 

離れていた魔理沙は辛うじて見えていた。

固めていた拳を手刀のように変え、霊夢の腹を引き裂いたのだ。

その一撃で腹の横に、鋭い刀のような切れ傷ができる。

腹からはぼたぼたと血が流れ、霊夢の血がこぼりついた手を嬉しそうに舐めているクトゥルブに怖気が走った。

 

「もう、ちょっと遅れたら、はら、わた……ぶちまけてたわよ……!」

 

博麗の巫女の勘。

霊夢はこれによって助けられた。

不可視の刃ともいうべきクトゥルブの一撃を察知し、少しでも回避するために身を捩った。

ほんの少し、コンマ秒でも遅れていたら霊夢の腹は裂け、その中身を出してしまう事になっていただろう。

 

「ふぅぅぅぅ!!」

 

相手が血を舐めて笑みを浮かべている間に、"チャクラ"を回す事で肉体を回復させる。

見た目は酷いが、それほど深い傷でもない。傷を塞いで動ければそれでいい。

 

「待たせたな!」

 

同じ魔法を二度続けて行うには再詠唱時間というものが発生する。

魔法を使う際に集中力、元素を集中させるための"魔力"の乱れ、様々な要因が重なって魔法は続けて詠唱する事ができないのだ。

そして、その時間は稼ぎ終えた。

 

「スタン!」

 

二度目の拘束の魔法がクトゥルブを包んだ。

最初の一手は霊夢である。

 

「よくもやってくれたわね……!」

 

くるりと一回転をし、"気"が込められた裏拳が凄まじい音を響かせ、クトゥルブの顔を粉砕した。

"バックハンドブロー"によって"気"はクトゥルブの内部に残留する。

 

(1、2、3……)

 

技の後にすぐ技を出してもそれは"連携"となって発動しない。

ある程度の時間を置き、それに合わせてやる必要があるのだ。

 

「決める!ライデンスラスト!!」

 

武器には"気"によって込められる事で元素の力を解放する事ができる。

槍の引きだすのは力は雷。

それは"霊力"によって代用していても変わりはない。

雷を纏った突きを見舞い、クトゥルブの肉体を槍が貫通した。

そしてタイミングよく技の"気"が重なりあい、それは"連携"となってクトゥルブの身体が爆発した!

"連携"と追撃のクラビのブレスによって炎に包まれ、絶叫を上げるがそれでもまだ倒れない。

恐るべき執念深さを見せるが、そろそろ幕引きだ。

 

「さっさと還りやがれ!!マスタァァァァァァァスパァァァァァァァァク!!!」

 

身動きが取れないのなら予備動作の多い魔法を当てる事なぞどうという事はない。

愛用の八卦炉から放たれた高出力の砲撃魔法。

元に戻りつつある力で放たれた魔砲はクトゥルブを消し飛ばしていく。

その光線はクトゥルブだけではなく、霧すらもほんの一瞬だけ晴らす程だった。

ラミアに仕え続けた憐れな死者はもういない。

晴れる事のない霧の中、一瞬だけ晴れた時に見えた星の海に還れたのだろうか。魔理沙は少しだけそう思った。

 

 

 

「お前いったい誰だよ!?」

 

「せ、説明は後にして!来るわよ!」

 

まったく知らないコルセアらしき少女が銃を構えるのを見て、プリッシュもまた拳を構える。

やってくるのは青の亡霊であるブフート。亡霊であるがために普通の攻撃は通りづらい。

 

「らぁ!」

 

殴る殴る殴る。

モンクタイプのプリッシュにはそれしかできぬと言わんばかりに殴り続ける。

しかし布に悪霊が乗り移ったブフートに効果はない。

ボスボスと布を叩く音が空しく響くだけである。

 

「離れて!」

 

少女の言われたとおりにバックステッポで下がると六連式のヘキサガンが銃声を響かせる。

布を殴っても効果はないが、弾丸は布を貫通する。

しかしそれだけだ。布はあくまで悪霊を宿すだけの媒体に過ぎず、ブフート自体にダメージを与えるものではない。

 

「詠唱!?させるかよ!」

 

そして生前が何であるかは知らぬが、悪霊になった者は高位の魔法を使う事ができる。

死ぬ事で世界の理から外れてしまい、理を理解してしまった為か。

ゴーストの使う魔法はほとんどが高位とされている。素直に使わせたらこっちに被害が出る。

 

「くっだけろぉ!!」

 

普通に殴っても効果がないのなら"気"を乗せた拳をお見舞いする。

当たった瞬間に"気"の力が爆発し、ブフートの身体、正確に言えばブフートに宿る悪霊が"揺れた"

しかし魔法の詠唱は止められない。止めるほどの威力は発揮されなかった。

 

「伏せろ!」

 

「う、わわわぁぁぁ!」

 

身体が急速に冷えた。

手足が震え、呼吸が苦しいと感じるほどに。

氷の元素を極限に高め、それは形となってプリッシュと少女に襲い掛かってくる。

 

「なめんな!」

 

巨大な氷柱だった。

冒険者の黒魔道士であっても使い手がほとんどいないとされる最上級魔法の一つ"ブリザガⅣ"が完成した。

雨霰のように人一人を容易に押し潰すようなものが降りかかってくる。

それはプリッシュは、あろうことか拳と蹴りで次々と粉砕していく。

一個でも食らえばただでは済まない。それを知っているから、彼女は難しい回避ではなく迎撃という手段を取ったのだ。

その非常識極まりない行動に少女は口をぽかんと開いて呆けている。

 

「思い出したぜ!ゴーストにはこれが有効だ!」

 

今までモンクタイプとして戦っていたため、白魔法の初歩中の初歩を忘れていた。

戦士が戦えば苦戦するアンデッドだが、女神に仕える白魔法の使い手であるなら打倒する事も可能なのだ。

 

「怨念に満ちた不浄を照らし出せ!そは女神の光よ!バニシュⅢ!」

 

光がブフートを包んだ。

白魔法の中で数少ない攻撃型の白魔法がブフートを包むと、光の元素がブフートの悪霊を蝕んでいく。

目に見えて苦しそうにもがき、光から逃れようとする。

 

「そらぁ!!」

 

それで「はいそうですか」と許すプリッシュではない。

光から逃れようとするブフートの身体に渾身の拳が突き刺さる。

手応えアリ。

布ではなく、悪霊そのものを捉えた感覚に頬を浮かべる。

 

"バニシュ"は白魔法の攻撃魔法でありながらも威力はさほど高いとは言えない。

純粋な攻撃力で言えばプリッシュが殴ったほうが高いだろう。

しかしこの魔法には、一つの特性を持っている。

それはアンデッドに向けて放てば光の元素が悪霊を捉え、直接攻撃が有効になる事だ。

布に過ぎなかったブフートの身体は、"バニシュ"の光によって悪霊が浮かび上がっている。

こうなれば弱点をそのまま晒しているようなものだ。あとは倒れるまで殴り続ければ勝てる。

 

「おらおらおらおらぁぁぁ!!」

 

鬱憤を晴らすかのように殴り続け、ブフートはその拳を余すことなく浴び続ける。

後ろからの銃の支援もあり、ブフートは目に見えるぐらいに弱まってくる。

しかしブフートはただでは倒れない。

ラミアに奉仕続けるために呪いの刻印がされているとはいえ、その本質は悪霊。

他者を自分と同じ死者に引きずりこむのが本質であり、それがブフートがアトルガンの民で最も恐れられているところなのだ。

 

「なんだ?」

 

声が聞こえる。

ブフートの手のような部分が招き入れるように動くと、プリッシュの頭に声が響く。

それは怨念だった。

殺され、凌辱され、犯され、冒され、侵されて。

死者の魂になっても彷徨い続ける怨念がプリッシュの魂に干渉してきたのだ。

 

「ぎぃ!?ぐがぁぁぁ!」

 

胸の部分を抑え、倒れこんでしまう。

一瞬でも気を緩めればそのまま魂を喪失し、この世とお別れしてしまう。

ブフートの持つ最も恐れられ、抗いようのない必殺の技。魂の喪失パーディションはプリッシュの命を明確に奪おうとする。

どれだけの実力を持っても関係はない。

直接、魂に干渉する事で命を奪う。死者という世界の理から外れているからこそ出来る禁忌の技だった。

 

「まずい!」

 

少女はあの技を知っている。

あれを喰らえば大概の者は魂を奪われ、死んでしまう。

魂を奪われれば賦活の魔法である"レイズ"も意味はない。

 

「メガスズロール!」

 

魂が奪われるかどうかが心の強さに決まる。

悪霊の言葉に負けず、干渉を跳ね退けた者が生き残れるのだ。

 

「一つ!」

 

少女はダイスを掲げるとそれは六枚の魔札となって周囲を回る。

コルセアのダイスは覚悟を決め、覚悟は己の潜在能力を引き出してくれる。

それは魔法の力でも何でもない。

己が掴み取ろうとする宝を守る意志が力になるだけなのだ。

 

一枚の魔札を撃ち抜いた時、それは〈3〉の数字を出して空中に消える。

そのまま倍掛けダブルアップを宣言すると共に再び魔札は六枚となって回り続ける。

ダイスの数字は大きければ大きいほどに高い効果を引き出す事が可能だ。逆に低ければ効果として行き渡らない。

二枚目を撃ち抜いた数字も〈3〉であり、合計〈6〉の数字となる。

 

「やばっ」

 

しかしダイスの数字というのは単純なものではない。

時には高い低いに縛られない事もあり、それが"ラッキーナンバー"と"アンラッキーナンバー"だ。

ダイスは〈11〉の数字が一番高い効果を得る事ができ、逆に〈12〉を超えると暴発バストする。

そして〈1〉の数値が最低であるのだが、ダイスの中には"ラッキーナンバー"を出す事で最低の数値でありながらも〈11〉の出目とほぼ同じ効果をもたらす事が可能である。

しかし反対に"アンラッキーナンバー"を出してしまえば高い数値を出しても無いも同然の効果しか得られない。

 

魔に対する効果を得る今のダイス、その"ラッキーナンバー"は〈2〉であり、"アンラッキーナンバー"は〈6〉である。

つまり少女の出したダイスは効果もないと同じなのだ。

 

「っ!ダブルアップ!」

 

このままでは意味がないと言わんばかりに次の宣言を立てる。

せめて今の数値を脱しなければいけない。

三枚目の魔札を撃ち抜き、その数字を見て絶望した。

 

「そ、そんな!?」

 

数字の出は〈6〉。

〈6〉と〈6〉で合計〈12〉となり、魔札は引き裂かれるように消えていき、溜めこんでいたコルセアの力が爆発したかのように霧散する。

それだけではない。

少女の身体に重く圧し掛かったような状態となり、覚悟を決めるのに失敗したペナルティが襲い掛かったのだ。

幸運が形となって加護を得るように、不運も形となって加護となる。

土壇場で失敗してしまった少女は泣きたそうになるが、せめてブフートの呪いを邪魔するためにヘキサガンを撃ち続ける。

"バニシュ"の効果はまだ残っているのか、弾丸は悪霊を撃ち抜いていく。

耳障りな甲高い声を上げながらも呪いを与え続け、プリッシュはただひたすら耐える。

 

(くそ、が……!)

 

魂が奪われようとしている。

魂が侵されようとしている。

悲しくて、辛くて、痛くて、どうしようもない悪霊の怨念がプリッシュの心を埋め尽くそうとする。

 

「ふ、ざけんなよ……!」

 

それは、プリッシュの怒りに触れた。

生きようとしている強さこそが人間の証だ。

涙を流し、血を流し、それでも歩む事をやめないのが"生きる"という意味だ。

しかしこの亡霊は、歩む事をやめた。

ラミアに囚われる以前から悪霊として存在し、己のようなものを生みだし続けるために亡霊となって彷徨い続ける。

負けない。負けるはずがない。

このような、人間の強さを忘れた弱い奴に、負けるはずがない!!

 

「う、ぉおおおおおおおおお!」

 

起き上がり、自力で怨念を跳ね退ける。

魂の凌辱は消え、身体と心が軽くなる。そして、それ以上に。

 

「思い出させてやるよ!生きようとしている奴の強さを!!」

 

この世に蝕み続ける亡霊に安らかな救済を。

その技は、肉眼で捕らえる事はできなかった。

数で言えば八発の攻撃。ただそれだけ。

大拳法家として名高いモンクが遺した最後の奥義。

 

「夢想阿修羅拳ッ!」

 

ブフートの布は、その攻撃によって千切れていく。

阿修羅の如き、容赦無き八発の拳と蹴りは悪霊を完膚無きまでに叩き潰していく。

ようやく、ようやく解放された。

声を上げる事もなく、ただ無言で、ブフートと呼ばれるに至った亡霊は安らかな笑みを浮かべて消えていく。

プリッシュもまた、何も言う事はない。

ただ手を合わせ、女神に祈るだけ。

その時の姿は、修道士として生きていた事が偽りではないものだった。

 

 

 

少女らがアンデッドと戦い続けている一方で、ゲッショーの刃は着実とラミアを追い詰めていた。

ラミアとしてアンデッドの主だ。弱いはずがない。

それだというのに追い詰められるのは単純な話。戦闘経験の差だ。

 

「何とも堪えぬ動きか。死者を弄び、己が戦うとせずにしたツケでござるな」

 

――キサマァァァァァァ!!

 

杖を持っている事から、魔道士に近いだろう。

しかし獣人というのは魔道士であってもその強さは冒険者の戦士と変わらずの力を持つ。

人間以上の力を有しているが為の優位性。

刀と杖を打ちあって分かったが、このラミアの力はゲッショーよりも上だ。

力と力の押し合いになれば間違いなく負ける。そのはずだった。

 

「魂の愚弄は如何に女子であっても容赦はせぬ!御免!」

 

――グゥゥゥ!?

 

動きの速さが違う。

技のキレも違う。

戦いとは、単純な力で決まるものではないのだ。

 

――ナラバ!燃エテシマウガイイ!ファイ……

 

「遅い!」

 

魔法の詠唱すらさせぬ高速の一撃がラミアの腕を断ち切った。

青い肌は切り裂かれ、人間のように赤い血ではない、魔物特有の青い血を流す。

 

――己!高貴ナルラミアニ傷ヲ!

 

「戦場に高貴も何も無し。あるのは生者と死者だけでござる」

 

このままでは勝ち目がない。

いくらラミアでもそのぐらいの考えは浮かぶ。

ならばどうする?己の手駒であるアンデッドは倒されようとしている。

そうなればたった一人で何人もの冒険者を相手にする必要がある。

だが、相手をする必要もない。アンデッドを倒し終えた者達がのこのことやってくるではないか。

 

――オホホホホホ!手駒ヲ失ッタノナラ……増ヤセバヨイ!

 

「ぬ!?」

 

腕を上げ、手を合わせながら妖艶に踊る。

戦闘中に踊るという行為をしながらも、ラミアには洗脳にも等しい誘惑を持っている。

頭の中がぼんやりとし、何も考える事ができなくなる。

ラミアの魅了に惑わされ、ゲッショーの人格が閉じようとしていた。

 

「ちょ、何をするのよ、魔理沙!」

 

駆け付けた少女達も同様だ。

虚ろな目をした魔理沙は手に持つ箒で霊夢に殴りかかったのだ。

ラミアの踊りを見てしまい、見事に魅了状態となっている。

例外なのは状態異常を受け付けない霊夢、そして気合いで振り切ったプリッシュだけだ。

ナズーリンですら魅了に陥ってしまい、飛竜は困ったような顔で周りを飛びまわっている。

 

――サァ、人間同士デ争ウガイイ!

 

自らが戦う必要が無い。

このように、己の誘惑に踊ろされる者を手駒にするだけで死者の軍団は大きくなるのだ。

誤算があるとすれば、彼女の誘惑を「お子様」であるが故に効かなかった、最初に追っていたはずの男の子を忘れていた事だろう。

 

「真内、参上!!」

 

先程まで逃げ続けていたタルタルの男の子は得意気に現れたのだ。

その拳には膨大な"気"が溜めこまれているのか、拳が輝いているようにも見えた。

 

「いっくぜぇぇぇぇ!」

 

ラミアの周辺には何もいない。

守るべき者は誰もおらず、操った者も同士打ちさせるためにいない。

無防備となった隙を狙ったのだ。

 

――下ラヌ真似ヲ!

 

ラミアは舐めていた。

小さな小人のような男の子が突っ込んできたとしても、自分なら容易に討ち倒せるはずだ、と。

それは間違いだ。

冒険者には、容易に倒せるような者はいない。

ましてやアトルガンにやってくるような冒険者のほとんどが実力者であるのだ。

見た目で侮る。

とても単純な事が、ラミアの運命を決める。

 

「ら・ん・げ・きぃぃぃ!!」

 

小さな拳。

それでも鋭い、確かな一撃。

ラミアの腹には五つの拳の跡が突き刺さる。

 

――ぎぃ?

 

「うおりゃあああああああああ!」

 

ムーンサルトによる足の一撃が、ラミアの顎を砕いた。

そのまま仰向けに倒れ、もう起き上がってこない。

ラミアが倒されたと同時に魅了も解け、戦闘が終わったのだった。

 

「よっしゃあぁぁぁぁ!」

 

拳を天に高く上げながら雄叫びをあげる。

強い。タルタルという力のない種族でありながら、格闘家としての実力は高いと見える。

しかし……

 

「なんで逃げてたのかしら……」

 

すでに魅了が解けている魔理沙を締め上げ、霊夢は疲れたように言った。

 

 

 

「じゃあ、何か?私達がヴァナに来た時に、お前もヴァナに来てたのか?」

 

戦いが終わり、ようやく一息がつけた。

ラミア達に追われていたのはタルタルのモンクタイプであるチット、そして幻想郷での知り合いである鈴仙・優曇華院・イナバ。

なぜこの場にいるかは分からないが、同郷の者とまた出会えたのだ。

 

「まぁね。大変だったわよ……土地勘も無ければ知ってる人なんて誰もいないんだもの」

 

これがまだ冒険者のいる三国ならまだしも、アトルガンは危険地域がいっぱいだ。

下手に動けば危険な魔物や蛮族がおり、むしろ今まで鈴仙が生きてこられたのは一種の幸運でもあった。

 

「それで何で君達は襲われてたんだい?」

 

「んー?俺はペタ様に言われて海猫党から情報を集めろって言われてさー。そんで海猫党のボス?にペタ様の手紙を渡したらコルセアの姉ちゃんと一緒に皇国に戻れば分かるって言われて……」

 

「帰りの途中でラミアに襲われた、か」

 

ナズーリンの問に答えたのはチットだった。

チットが言うには彼の上司からとある情報を集めるために、アトルガンで名を馳せる海賊と交流を取れと言ったのだ。

そして海賊の場所へと一人で行き、上司の手紙を渡すとその海賊の船長は鈴仙と一緒に皇国に戻るように行ったのだ。

 

「あんた海賊と一緒にいたの?……想像できないわねぇ」

 

「うるさいわよ」

 

真面目だが気弱でもある鈴仙が海賊といる事を想像したが想像できない。

何の冗談かと霊夢の顔はそう書いてある。

 

「……待て、ペタだと?」

 

「ペタ様の事知ってんの?」

 

「……それはタルタルでほにゃほにゃとして何を考えてるかよくわからない放浪だったか放蕩だったかの賢者か?」

 

「おお、よく知ってるじゃん」

 

ナズーリンは思い出す。

南方のカザムで出会った、賢者という異名を持つタルタルの女性を。

 

(そうか、彼女が言っていたチットとは彼の事なのか。)

 

ペルタタ・ポルタタ・プロンプタという長い名前を持つ賢者と共に冒険をした事があり、その時に彼の話を少しだけ話していたのを思い出す。

 

「あ、そうか。ペタ様が言ってた鼠みたいな女の子って君のことか」

 

どうやら彼もナズーリンの事を知っているらしい。

腰にある鞄を開くと、もぞもぞと漁りながら一枚の封筒を渡す。

 

「これは?」

 

「ペタ様からの手紙。もし出会ったら渡しとけって」

 

それはどのぐらいの確率になるのだろう?

ナズーリンとチットは初対面のはずだ。

赤の他人に過ぎず、なぜ手紙をチットからナズーリンへと渡すようにするのか。

すれ違う事でペタの書いた手紙はナズーリンに届かないはずなのに、奇妙な縁でナズーリンに渡り届いた。

どんな内容かは分からないが、チットが手紙を海賊に届けなければ鈴仙も再会する事ができなかったかもしれない。

賢者はいったい、何処まで見通していたのだろう。

手紙を受け取り、中身を見る。

 

 

『やっほー。これを見てるという事はチットに渡した手紙がちゃんと届いているようね。

さて、私の予想では今回の異変はアトルガンの何処かであると目星は付いているよ。

でもそういった場所には不滅隊か、もしくは皇国軍がいるかもしれない。

そうなると普通なら手も足も出せないよね。私もそう。

でも安心しなさい、ナズちゃん。普通の方法じゃ取れないのなら普通じゃない方法を取ればいいのよ。

 

協力者を探しなさい。

皇国には危機感を感じ取れる頭の良い人はいるわ。

そういった人から協力を得る事ができれば道は開けるはずよ。

私が協力できないのもちょっとばかり悔しいけど、その代わりにチットをこき使っていいから。

 

じゃあ、またねー。                 永遠の少女ペタ。より』

 

 

賢者、という異名は伊達ではない。

それを知ったナズーリンは頭が痛くなりそうになる。

アトルガンに異変の"何か"があると目星が付けられるのはさすがだが、それを切り開くための協力者を作れと簡単であるように書いてあった。

 

「どんな内容だったんだ?」

 

「あー……」

 

どうしたらいいものやら。

魔理沙の問にナズーリンは、

 

「まぁ、一度皇国に戻ってみるのはアリじゃないかなって所か。あとそこの少年をこき使ってもいいとあったな」

 

「何それ!?」

 

奪い取るように手紙を見ていると、チットががっくりと膝を落とす。

ぼそぼそと「酷いや」「なんでいつもこんな……」と言っている事から、ペタの性格を熟知しているらしい。

 

「皇国に戻るか……ならなんとかポータルを通って、いつでもアラパゴに行けるようにするか?」

 

戻るにしてもアトルガンとアラパゴは遠すぎる。

ここに一々来るのにも船に乗り続けなくてはならない。

移送の幻灯ルーニック・ポータルを使えば一瞬でアトルガンから来れるためにその開通をする事を提案するプリッシュに頷き、再会した鈴仙とタルタルのチットと共にアズーフ島監視哨へと向かった。

 

監視哨はさほど遠い距離ではない。

途中で餓鬼に蝙蝠の翼を生やしたようなインプなどがいるが、強い相手でもないので構わず突き進んでいく。

 

「姉ちゃん達すげーな。普通なら隠蔽の魔法かけて進むもんだぜ?」

 

感心しているように言ったのはチットだった。

確かに霊夢達のように殲滅しながら進むのは稀だ。無駄な戦闘を避けるためにも隠蔽の魔法は欠かせない。

しかし隠蔽の魔法を行える者がいないのだからしょうがないのだ。

監視哨の道を知っているのはチットであり、チットの道案内通りに行くと、頑丈そうな木の板で遮られた門があった。

中を開けば小さな小屋と、大きな台座のようなもの。

そしてハザルム試験場にもいた不滅隊らしき女性がいる。

 

「あ、姉ちゃん達にこれ渡しておくよ。門を使うのに『差し入れ』が必要だからさ」

 

チットから手渡された小さな箱。

振ってみるとカラカラと音がなり、中には丸い何かが入ってそうだった。

言われた通りに台座の近くにいる女性に渡すと、妖しい眼でこちらを見る。

 

『アハハハ……なぁに?あなた……傭兵の証を持たないで……門を使いたいの……?』

 

妖しい魅了を持っていると言うのなら、素直に信じられる女性だった。

ラミアとはまた違う妖しげな妖艶さを持ち、試験場と出会った不滅隊に比べるとまだ感情は残しているようにも見える。

じっとその瞳を見続ければ心ごと持っていかれそうになる。

霊夢は同じ女同士であるというのに、そう感じ取ってしまった。

ラミアの魔法のような魅了ではなく、その女性だからこそ感じ取れる妖しさは一種の凶器だ。

 

『あぁ……!差し入れを……持ってきてくれたのね……洗われるわ……私の身も……心も……流される……』

 

表情が病んでいるようにも見えたが、霊夢の持つ差し入れの箱を見るとにこやかな笑みを浮かべた。

何とも近寄りがたい雰囲気に霊夢以外の者が少しばかり引いている。

 

『良い……良い子ね……本当は、傭兵にしか……冒険者にしか……駄目だけど……差し入れを持ってきたなら……別よ……』

 

パチン、と指で音を鳴らした。

そうすると台座にきらめくような青白い輝きを出していく。

あれこそがアトルガンの錬金術師が作り上げた移送装置である移送の移送の幻灯ルーニック・ポータルなのだ。

テレポや"デジョン"とは違う、不可思議な移送に言葉を失う。

 

『これに乗れば……一瞬で……分解され……粒になって……王都に飛ばされ……一つになるわ……』

 

実は幻灯の機能を完全に理解している者はいない。

装置に乗れば物体を粒子状まで分解し、現地に移送させると再構成する仕組みなのだが、なぜそうなっているのか誰もわからないのだ。

何ともおっかない装置であり、皇国の絵本には蟲と蛮族が合体した「怪人ラミアホーネット」なんてものがあるぐらいだ。

 

『怖い……怖いわ……でも……あなた達には……関係ないでしょう……?あたしも同じ……使えれば……いいんだもの……』

 

おっかない事は確かなのだが、今でもアトルガンで使われているのは有効性があるからだ。

離れていても即座に移動する事ができ、利用する冒険者は後を絶たないのだから。

 

『あ……でも……傭兵じゃないのに……開通したのは……黙ってね……あたしは……大丈夫……でも、あなたは……保証しない……』

 

そう言い残すと差し入れの箱を嬉しそうに撫でながら小屋に行ってしまう。

何とも意味深な女性であった。

不滅隊というのはああいった連中揃いなのだろうか。

 

「あの姉ちゃんも相変わらずだなー」

 

「なんというか、すげーな……」

 

アトルガンで出会う者、それは魔理沙でも絶句するような者揃いであった。

しかしこれで幻灯が使えるようになる。

青白く輝く台座に乗り込むと、移送の魔法のように視界が真っ暗となった。

次に起きるのは浮遊感である。空中に投げ出されたような感じ。

気付けば監視哨にあったのと似た台座が幾つもある場所にいた。

魔理沙が振り返るとみんないた。チットだけは吐きそうな顔をしていたが、移送の魔法というのは慣れないと吐き気がこみあげてくるのだ。

 

皇国に戻った時、すでに時刻は夜を回っていた。

夜だと言うのにまだ明かりは消えず、冒険者は忙しそうに街中を走って行ったり、中にはこんな時間から急襲作戦アサルトに向かう者もいる。

冒険者というのは夜であっても騒がしいのは何処の国でも変わりはないらしい。

それを知ってか、冒険者に商売をする者も夜であっても呼び込みを続けている。

 

「疲れたなぁ……」

 

腕を上に引きのばし、疲労を現すかのようにする魔理沙。

他の者も同じだ。せっかく目的の場に辿りついたと思ったら、その先に行けなかったのだから。

 

「あ、なら俺知ってるよ!疲れた時には甘い菓子ってイーリスねーちゃん言ってたし!」

 

はいはーいと言った感じにチットは手を上げた。

菓子にしろ何にしろ。まぁ、腹が減ったのだから何かを食いたいと思う。

チットの姿を見て「チルノを男の子にするとこんな感じかしら」と霊夢は考えていた。

 

チットの案内通りに行くと、シャララトという店に行くと言う。

甘い菓子に加え、紅茶とコーヒーのが有名なのでアトルガン市民の憩いの場となっている。

六門院のあるエリアから北に行き、階段を登った二階の場所にそれはある。

二階への階段に登って行こうとした途端、魔理沙の身体が誰かとぶつかった。

 

「うわぁ!?」

 

「きゃ!」

 

お互いの姿をよく見てなかったからだろう。

尻もちをついてしまい、起き上がると、ぶつかった少女のほうも何とか起き上がろうとする。

 

「大丈夫かよ?」

 

「う、うん。ちゃんと見てなくてごめんなさい」

 

手を差し伸べし、少女は手を取った。

まるで大芸道のような格好だった。

赤いガウンにゆったりとしたズボンのような装束から、冒険者のような姿にも見えない事はない。

冒険者ではないのだろう。なぜなら彼女の首には《シグネット》をかけていない。

しかし、それよりも驚く事があった。

向日葵を思い浮かべるような金色の髪をしており、両側を装飾品によって纏めている。

見た目は若い。霊夢と魔理沙と同じか、少し上ぐらいだろう。

 

「アリス……!?」

 

「え?マウはアリスって名前じゃないよ?」

 

その少女はとても似ていた。

魔理沙のよく知る、人形遣いの魔法使いに。

それは無手の傀儡師と称されるほどの腕前を持つ、一人のからくり士との出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――茶屋シャララト

 

アトルガン白門の北にある施設であり、住居件のないアルザビ市民であっても憩いの場として愛される店である。

その名の通り、紅茶などの茶請けを専門とした店であり、それに付随して菓子の類を売られている。

アトルガンの菓子はひんがしによく似た菓子があり、どれも甘いものだ。

その甘さからどちかというと女性から人気が高く、一般庶民でも買えるようなものがあるため、子供からも愛されていた。

 

茶屋には何人かの客がおり、その大半が冒険者だ。

夜まで開店しているとはいえ、さすがに貧弱一般人が夜遅くに菓子を食いに行くような者はあまりいない。

一日の冒険が終わり、各自がゆっくりとしながら茶を飲んでいるのを満喫していた。

 

「じゃあ、アフマウはからくり士って事なのか?」

 

「うん、これでも中々の腕前なんだよ?」

 

道中でぶつかり、出会った少女。

その少女はアトルガンが誇るマトンを手足のように動かすからくり士であった。

アフマウという活発そうな少女は魔理沙の問に答える。

 

「アヴゼン、メネジン、ご挨拶して」

 

「オう!キミョウなやつらダナ。クルシュウないゾ!」

 

「……メネジンだ」

 

赤い帽子を被ったようなマトンと、白い兜を被ったようなマトン。

それぞれが赤いほうがアヴゼンであり、白い方がメネジンと言った。

 

「……あー……」

 

「シッ!」

 

「むぅ……」

 

その姿を見てゲッショーは何かを言いたげであったが、アフマウは手を唇を置いて黙るようにする。

傍から見ればバレバレだ。どう見ても知り合いだと分かる。

 

「おぉ……凄いな、完全に自立してるんじゃないか、これ」

 

「イヤン、そンなにミツめチャだめヨ」

 

からくり士の持つマトンは半自動とはいえ、ここまで明確な自我を持ち、動くものを魔理沙は見た事が無い。

見つめられてアヴゼンはくねくねと身を捩っている。

 

「ここの菓子は美味しくてマウはよく来るんだー」

 

「へぇ。そりゃ楽しみだな」

 

ニコニコとしながら注文をした菓子を待つアフマウの姿。

やはり見れば見る程似ている。

魔理沙の知り合いであるアリス・マーガトロイドと横に並べても姉妹で通じるかもしれない。

アリスをお転婆娘にした感じがアフマウになるだろう。

 

暫く待つと注文した菓子が並んでくる。

饅頭、菱餅、パイにプリン。

様々な菓子類が並んでいる。飲み物は紅茶であるチャイとコーヒー。霊夢だけはウィンダス茶葉による緑茶を頼んだ。

饅頭を手の取り、口に運ぶ。

柔らかい皮はさくりと簡単に食べる事ができ、中身の餡子で甘味が口の中に広がっていく。

久しぶりに食べる甘い食べ物に舌を唸らせる。

煎餅派の霊夢であるが、甘いながらも舌を楽しませる昔ながらの味に満足しているようだ。

もぐもぐと紅茶に手を出さずに饅頭ばかり食べ、餡子を口の付けるチット。

ナズーリンはというとリンゴのパイを切り分けて食べやすいようにする。

それぞれが自分の楽しみとする菓子を食べ、腹を満たしていった。

 

「あ、そうだ。ちょっと聞きたい事あるんだけどいいか?」

 

「ふぁーに?」

 

「ここにマトンを修理するところはないか?アトルガンはマトンを作った所って聞いたしさ」

 

魔理沙がアトルガンに来た目的の一つはマトンの修復だ。

海賊の住処であるノーグで見つけた壊れたマトン。それを何とか修理しようとするが、人形遣いではない魔理沙に根本的に壊れているマトンの修復は不可能であった。

しかしアトルガンなら別だろう。

からくり士の持つマトンのほとんどがアトルガン製であり、マトンの修理を行うのにうってつけだ。

そして二体のマトンを持つアフマウに聞いてみる事にしたのだ。

もぐもぐと餅を噛んでいき、飲み込むと答える。

 

「イフラマド港……あ、ナシュモに行く船の港ね。そこから東に工房があるからそこで修理ができると思うよ」

 

「本当か!?いやぁ、これでようやく私のマトンが動く姿が見れるわけだな」

 

アフマウのマトンを見る限り、半自立でも可能であれば研究の手伝いとしてかなり役に立つはずだ。

自ら動く事のできるマトンというのは純粋な魔道としては感心もある上、自分のマトンなのだから好き勝手に弄れるという利点もある。

 

「ところで姉ちゃん達ってなんであんな場所にいたの?」

 

饅頭の次にアップルパイに手を付け、食べながら口を開いたのはチットだった。

追われた所を助けて貰ったとはいえ、助けて貰った場所に冒険者が寄る事は極稀だ。

その事に疑問を抱いたのだろう。

 

「ハザルム試験場って所に用があってな。ただ入り口で遮られてて先に進めないだよ」

 

「あー、なんかあんちゃんが言ってたなー。監視哨からナシュモに行く途中に不滅隊を見たって」

 

魔理沙が答えると、チットは何かを思い出したかのように腕を組む。

不滅隊はアトルガンの部隊であるが、基本的にアトルガン内部に従事している。

そのため、アラパゴ方面にいる事は珍しく、更に言えばハザルム試験場は封鎖するような場所でもないので余計に不滅隊がいる事に不思議であるのだ。

 

「アフマウは何か知らないか?」

 

「うぇ?わ、私?」

 

恐らく現地の人間であるはずのアフマウに聞いてみると、少しばかり慌てたようになる。

 

「えぇと……私の知り合いのお兄さんに聞いた話だと……ハザルムに本来はいないはずの中の国に伝わる神が現れてるって聞いたかな」

 

アトルガンで言う中の国とは、クォン大陸とミンダルシア大陸えの事だ。

即ち、イフリートやシヴァなどといった伝説上の存在である神、「偉大なる存在」がハザルムで見かけたとの情報があった。

それはアトルガンを中心に噂となって広がっており、皇国の上層部は念のためにと閉鎖をするようになったのだ。

 

「ビンゴね……そこに行けば何とかなるはずよ」

 

「問題はどのようにして行くかだね」

 

ハザルムを防いでいる者を説得する事はできないだろう。

国に忠誠を誓い、国だけに尽くすという存在は考えを曲げる事はない。

色々な神々に仕え、神に仕える様々な者を見ていたからナズーリンには分かる。

 

「一つ聞きたいんだけど……何のためにハザルムまで行くの?」

 

「やマしいコトがあるニちがいなイワ!いヤらシい!イやラシい!」

 

「アヴゼン、お前は黙っていろ」

 

アフマウからして見れば純粋な疑問だったのだろう。

ハザルムはキメラの墓場であるとはいえ、実際には何もないような場所だ。

神を見たという噂があるとはいえ、本当にいるのかすら怪しい。

 

「そこに真実があるかもしれないからだぜ」

 

曖昧な答えだった。

本当に真実を知れるかもしれないのに、魔理沙の目には嘘はない。

真っ直ぐと、何処までも真っ直ぐと進むような目に、アフマウはじっと見つめ返す。

 

「な、なんだ……」

 

「ううん、やっぱり冒険者って一緒なんだなぁって」

 

さすがにじっと見つめ返されると照れるのか、魔理沙の姿を見てくすくすと笑う。

残ったパイの一切れを食べ、アフマウは立ち上がる。

 

「うん、あなた達なら大丈夫そうかも。ハザルムに行けるように私の知り合いに頼んであげる」

 

「かんシゃしろヨ。レイはわれにツカエることダー!」

 

「……本当か!?って、お前の知り合いって何者なんだ?」

 

魔理沙の疑問ももっともだ。

わざわざ不滅隊で封鎖させるほどの中、通れるようにするにはそれなりに権力の大きい物ではないと駄目だろう。

そんな問いにアフマウは舌を出しながら言う。

 

「ひ・み・つ!またね、マリサ!明日に朝にここで集合ねー!」

 

カシャンカシャンと音を立てながらマトンと共にアフマウは去っていく。

予想外の展開でありながらも、ナズーリンは紅茶を飲みほし、カップを置く。

 

「これもまた、予想通りの筋書きなのかい?ペタ……」

 

協力者を探せと書かれていた。

そして協力者は見つかった。

何処にでもいそうな、活発な少女。普通なら盲点となりえる少女こそが道を開く鍵であった。

 

チットが手紙を海猫党という海賊に手紙を渡さなければ鈴仙と共に戻る事はなかっただろう。

鈴仙と共に戻らなければカダーバで再会する事も出来なかっただろう。

そしてチットからペタの手紙が届かなければすぐにアトルガンに戻る事もなく、アフマウと出会う事も無かったかもしれない。

 

偶然に偶然が重なれば、それは一種の必然だ。

長年を生きるナズーリンであるが、その末恐ろしいまでの読みに背筋が凍りそうになる。

しかしもしペタがこの場にいれば「え?こんなの偶然偶然。そこまで読んでないよ」と笑いながら言うだろう。

 

「私はこれから工房とやらに行くけど、お前らはどうする?」

 

「もう少ししたら先にモグハウスへ帰るわ」

 

さっそく魔理沙は工房へと行くとするが、霊夢は手をひらひらとしながら見送った。

他の者も同じようだ。

チットは紫色のカーバンクルが珍しいのかぽふぽふと叩きながら毛皮を堪能しているし、プリッシュもまだ菓子を食べている。鈴仙もあまり行く気ではないらしい。

ゲッショーとナズーリンも考え事をしているようで声をかけづらいため、渋々一人で工房に行く事にした。

 

「確か港の近くだったよな……」

 

さすがに夜が深まってくると店仕舞いをするのも多いのか、灯りもそれに比例して少なくなる。

冒険者の数も、昼と比べて減っている。それでも活動するのが多く見えるのはそれだけアトルガンに冒険者の数が多いのだろう。

ナシュモ行きの港から東に行き、通路を通っていく。

冒険者の数としてはそこが一番多かった。

上を見れば二階のほうは競売所があるらしき、冒険者が何かを競り落とすための声が聞こえる。

地図も無く、土地勘もないので何処に工房があるのかきょろきょろとしながら歩いていく。

見つけたのは看板だった。マトンのような絵が張られた看板。

 

「ここか?」

 

看板のある建物はまだ灯りがある。

扉を開き、中に入ると何人かの職人らしき男達がいた。

彼らは一つ一つ、細かい部品を作っているようだ。よく見ると人型である組み立て途中の人形がある。

 

「見物か?悪いがそろそろ店仕舞いなんだが」

 

魔理沙の前に立った男。

それは巨大だった。魔理沙よりも二倍近くもある大きさを持っている。

頑丈そうな革で作られた職人用のエプロンを身に付けており、厳つい顔に黒いサングラスをかけたその姿は子供が見たら泣きかねない。

肌の白さと巨大な体躯、そして何よりも特徴的な尻尾からガルカだと分かった。

 

「あ、い、いや……ここでマトンの修復が出来るって聞いたんだけど……」

 

「ふむ?まぁ、立ち話もなんだ。奥に来たまえ」

 

ガルカというのは大半が厳つい顔をしているが、どうやらこの男は温厚らしい。

男の言われるように工房に入っていくと、工房内には多種多様の部品や未完成のマトンが飾られていた。

 

「私の名はガッサド。ここの工房長を務めている者だ。さて、修復したいオートマトンは?」

 

「こいつだぜ」

 

ガッサドに言われる通りに魔理沙は手に持つ鞄を開き、マトンを見せた。

古ぼけ、壊れたその姿はただの人形にしか見えないだろう。

ガッサドはサングラスを外し、片眼鏡を付けると注意深く見ていく。

 

「これは……すまないが、中身のほうも見せてもらっていいか?」

 

「あ、ああ……」

 

魔理沙の了承を得るとエプロンから数種類の工具を取り出し、慣れた手つきでマトンを分解し始める。

胴体部分を外し、中身の歯車を抜き取り、ガッサドは驚愕した。

 

「こ、これは……!?……なぜこれが……いったいこれは何処で手に入れたのだ?」

 

「ノーグ……まぁそこのゴミ捨て場で見つけたんだが……」

 

正確に言えば沈没した船をサルベージされたお宝の内、中身が開かなかった鞄が捨てられたのを魔理沙が見つけたのだ。

その事を話すとガッサドは手を顎に備えてブツブツとし始める。

 

「ノーグ……聞いた事はないが沈没していた……なら……いやしかし……」

 

数分ほどの時間が経つと、ようやく考えが纏まったのか、ガッサドは持ち続けていた工具を置く。

 

「このマトンは最初期に作られていた最古の人形だ。本来は当時の皇国同盟国に贈呈されるはずだったのだが……まさかこうして再び会えるとは、な」

 

オートマトンが作られてから五十年近い時が流れ、最初のオートマトンが開発されてから次々とマトンの改良がされていった。

魔理沙の持つマトンはその中で、改良という名の思考錯誤の間に生まれたマトンの一つであり、同盟国に信頼の証として送られるはずだった人形だったと言う。

しかしそのマトンを運ばれていた船は大嵐によって沈没し、マトンも同時に失われていたと考えられていた。

 

「それで、修理は可能なのか?」

 

「詳しくは更にバラしてみないと分からないが、恐らく制御装置と自立回路が長い海の中で腐っているのだろう。そこを変えれば動くはずだ」

 

マトンを動かすための制御装置、そして半自立で動くための回路はマトンには必要不可欠な機能だ。

それが見分ける知識がないからこそ、魔理沙は今まで修理は出来なかったのだ。

 

「本来はゴミとして捨てられるはずだったというのに一人の少女に拾われた……それも一つの運命なのだろう。明日の昼に来たまえ。それまでに修理は完了しているはずだ」

 

「ああ、頼むぜ」

 

長い時の中で壊れたマトンは拾われた。

ならばこのマトンはまだ、必要とされている事に他ならない。

最初のマトンを作り上げ、今も尚マトンを作り続ける職人ガッサドは、力強く「任せろ」と言った。

 

 

 

一方で茶屋のほうに残ったほうは気ままにティータイムを楽しんでいた。

菓子が美味しいとは当然として、シャトララは紅茶とコーヒーがメインとなっているため、飲み物だけでも楽しめるのだ。

幻想郷ではあまり馴染みのないコーヒーにナズーリンは気に入っており、逆に永遠亭だとコーヒーは普通にあるため紅茶を好んで飲む鈴仙。

 

「命蓮寺ではこのようなものはあまりないからねぇ。いい味をしているよ」

 

「そう?こっちの紅茶も良い茶葉を使ってるからいいと思うけど」

 

シャララテでよく起こるのはコーヒー派と紅茶派の論争だ。

いったいどちらが美味いのか。長年の間の論争が続けられるが決着は未だについていない。

幸い、ナズーリンと鈴仙は論争をするほどに味にうるさいわけでもないため、自分の好きなように飲んでいた。

 

「しっかし、ようやく再会したっていうのにあんまり話す事ないわよね、私達」

 

「……うーん、考えてみれば……」

 

幻想郷の住民同士、再会した霊夢達と鈴仙であるが、いったい何があったか程度しか話していない。

霊夢達は今回の異変、つまり『虚ろ』の現れた原因を確かめるために、そして鈴仙は『虚ろ』に呑まれ、アトルガンの地で海賊に拾われたぐらいだ。

 

「早く師匠のところに帰りたいって気持ちなんだけどね……」

 

「今更焦っても仕方ないわよ」

 

幻想郷に最も早く戻るべきなのは管理者である紫、そして博麗大結界を担う霊夢の二人だ。

しかしいくら嘆いてもそれで戻れるはずがない。

『虚ろ』に呑まれ、ヴァナ・ディールに来た事に何か意味があるのだとしたら、それに身を任せる以外にやるべき事はないのだ。

 

「ねぇ、あれって……」

 

「ん?どうした、イーリス」

 

二人の冒険者が茶屋に来ると、少女のほうがこちらを指してきた。

その二人組に霊夢も気付くと、少女は大声を上げた。

 

「あーーー!チットじゃない!」

 

「あ、本当だ」

 

どうやら指で示していたのは霊夢達ではなく、チットのほうだったようだ。

この大声にチットも気付き、二人の姿に少し驚いていた。

 

「あれ?アルあんちゃんとイーリスねーちゃんじゃん」

 

腰までもある黒髪の少女、気の強そうな顔立ちをしており、ゆったりとした魔道士の服装をしている。

そしてもう一人のほうは茶と金が入れ混じったようなさらさらとした髪をした少年であり、やや童顔に見える顔立ちをしている。

頑丈そうな鎧を身に付けており、武器には片手剣を、そして盾を身に付けてる事から戦士かナイトかもしれない。

どちらもヒュームであり、見た目の年齢からして霊夢よりも2~3は年上に見えた。

 

「いつ戻ってきたんだ?確かペタと一緒にウィンダスに戻るって言ってたけど」

 

「そのペタ様にお使いを押しつけられてさー。まぁ、ついさっき戻ってきたばかりなんだけど」

 

少年と少女、二人の冒険者はチットと知り合いのようである。

 

「そんで帰りの途中にラミアに襲われてさ、隣にいる姉ちゃん達に助けてもらったわけ」

 

「そうだったのか。よく無事だったな」

 

ラミア、というとアラパゴ周辺の中で最も危険な魔物の一つだ。

それから襲われて逃げ切れる者は少ないため、こうしてチットが生きているのも霊夢達のお蔭と言えるだろう。

 

「ま、さすがにあれだけ大声で助けを呼ばれちゃあね。こっちも襲われる所だったから成り行きよ」

 

「なぁに、チット。あんたまだ助けを呼んだんだ。デジョンの呪符を持っていけばよかったじゃない」

 

「う……い、一緒に連れていく人がいたから一枚だけじゃ足りなかったんだい。モンクに複数相手にするのも辛いし……」

 

タルタルには不向きのモンクの道を進んでいるとはいえ、チットはそれなりに長く冒険者として生きている。

相応の実力はあるのだが、なぜか彼は魔物に会えば逃げていた。

その理由はモンクとは本来、複数体を同時に相手にできないからだ。

薄い拳法着を身に包み、魔物の攻撃を直に受けてしまうため、それを避けるためにも極力、複数の相手を取る事はできない。

同じモンクタイプである霊夢も格闘技だけで複数の魔物を相手にしろと言われても格下ならともかく、同じぐらいの強さである敵を相手をして無傷で勝てるのは無理だろう。

つまりチットが逃げ続けるのは複数の魔物に追われているからであり、なぜか彼は大量の魔物を引きつけてしまうタイプでもあった。

 

「えぇと……」

 

「霊夢、博麗霊夢です」

 

「ハクレイレイム?レイムが名前で、ハクレイが名字、かしら?」

 

幻想郷、そして外の世界である名前の順番というのはヴァナ・ディールの住民では馴染みがない。

少女は霊夢の名前を繰り返し言い続ける。

 

「うん、覚えた。私はイーリス・ウェイレス。チットを助けてくれてありがとうね」

 

ついでに職業ジョブは白魔道士である事も告げ、イーリス・ウェイレス」は礼を言った。

チットとは長く冒険を続けている仲間らしく、彼の上司が本国に帰ったばかりなのにすぐにアトルガンにいる事を驚いたらしい。

 

「あんちゃん達はナシュモからイルルシ環礁監視哨に行くって言ってたけど?」

 

「ああ。届け物を終えて今戻ったばかりなんだ。ジェドさんとシェラさんは別の用事があるみたいでジュノに帰ったみたいだけど」

 

アルフレッド・リードのほうはなぜここにいるのかを説明していた。

幻灯の開通のため、死者の軍団の根城と化したアラパゴ暗礁域へと仲間と共に向かい、ラミアを避けながら進んだのだ。

隠蔽の魔法が使えるイーリスがいるとはいえ、隠蔽を見破るインプのいるアラパゴ暗礁域は油断はできない。

何日もかけながら少しずつ先に進んでいき、ようやく幻灯のある監視哨へと辿り着いたのだ。

 

「じゃあ、あんちゃん達はここで飯を食うの?」

 

「うーん、夜食を買うついでだからここでは食べないかな」

 

すでに夜は遅く、食事を売っている店は少ない。

そのため、まだ開いている茶屋で適当に夜食を買う事で凌ぐらしい。

競売所で買うのも有りなのだが、競売所の食事はクリスタル合成されているので普通のものよりに高めであり、一度食べると半日近くは腹が空かないので感覚が狂うのだ。

 

「へぇ、じゃあハクレイさんはまだ傭兵のサンクションを貰ってないんだ?」

 

「そもそもサンクションってのもよく分かりませんし……あ、それと霊夢でいいですよ。名字のほうは呼び慣れてませんし」

 

アトルガンで活動する冒険者のほとんどは、傭兵である証の《サンクション》を身に付けている。

山猫傭兵会社の社長の笑ってる絵が彫られ、中央には赤い貴石が嵌めこんである認可証。

チット、イーリス、そしてアルもその徽章を胸に付けている。

 

「観光とか長く滞在しないならあまり必要ないけどね。でもあると便利かな」

 

《サンクション》を身に付けていると傭兵として認められ、傭兵会社の仕事である急襲作戦アサルトを行え、蛮族が攻めてきた時の防衛線ビシージに置いて薬品の支給を受けられる。

その他にも皇国の秘宝である『魔笛』とサンクションには繋がりがあり、傭兵としての位が高まればその分、『魔笛』から送られる"魔力"の御身を受けられるのだ。

そういえばアトルガンに入るとプリッシュは赤い貴石の嵌めこんだ徽章を付けていた。最初は装備でのアクセサリーかと思ったが、そのような意味があったのかと霊夢は思った。

 

「じゃあ、チット。私達はモグハウスに戻るから」

 

「うん、ねーちゃんもまたねー」

 

アルが適当に選んだ夜食を買い終え、二人はモグハウスに戻っていく。

それを見た霊夢もそろそろこちらも戻ろうとし、冒険者の宿へと向かった。

空を見上げれば遮るものなど何もない星屑の海。まだまだ夜は長そうに見えた。

 

 

 

清々しい朝を迎え、アトルガンは今日も晴れ晴れとする青空をしていた。

モグハウスで一泊し、朝になってから茶屋に集まった霊夢達。

アフマウの言う協力者が来るかどうか、それを待っているのだ。

ペタの手紙ではこき使ってもいいと書かれていたが、本来は部外者であるのでチットはいなかった。

 

「朝、と言ったけど何時だったか聞きそびれてたわね」

 

「暑い……」

 

鈴仙も涼しそうなコルセアのアーティファクトを着ているとはいえ、それでもアトルガンは蒸し暑い。

茶屋の近くで待ちぼうけなだけで体力は減っていく。

 

「ところでゲッショー、お前はアフマウの事を知っていたのか?」

 

アフマウと出会った時、ゲッショーは何かを言いたげであった。

その事に気付いたプリッシュであるが、ゲッショーは少し悩みながら言う。

 

「……拙者の予測が正しければ、すぐに分かるでござる」

 

太陽が着々と昇っていき、朝の9時を超えようとした時だった。

カシャンとマトンの歩く音が聞こえる。

音の方向に顔を向けると、赤と白のオートマトンを連れて歩く白の少女がいた。

 

「遅れてすみません。少しばかり時間を取らせてしまいました」

 

赤色の服装ではなく、その白の装束は昨日のアフマウとは別人ように見せた。

服装だけではない。アフマウの口調も変化しており、まるで何処かの王族のように高貴さがオーラのように見えている。。

 

「あ、アフマウ、だよな?」

 

念のために聞いてみた。

明らかに違うのだ。活発でお転婆のように見えたのが180度反転して別人となっている姿に。

 

「お前!皇女様に図が高いぞ!」

 

「そうだ!控えよ控えよ!」

 

「土下座をして控えよー!」

 

アフマウの後ろから三人のタルタルが現れた。

上から順に緑髪のボサ毛少年、赤茶のトンガリ少年、水色のツインテール少女。

その姿を見てプリッシュは「あっ」と気付いたように言った。

 

「お前ら……なんでここにいるんだよ?」

 

「げげ!!」

 

「な、なんでプリッシュがいるの!?」

 

「俺のほうが聞きたいぜ」

 

そのタルタル三兄弟は、タブナシアを代表とする悪ガキであった。

プリッシュも大層なガキ大将だったとはいえ、性格の悪さという事に関してはチェブキー三兄弟こと長男マッキー・チェブキー、次男クッキーチェブキー、末女チェルキキに敵う者はいない。

何せプリッシュ達が過去の異変に挑んでいる時、父親探しにウィンダスで隠し子騒動を引き起こすわ、味方を裏切って敵につき、そこから更に裏切るわとやりたい放題である。

しかし悪さをすればプリッシュにお仕置きをされるため、昔からプリッシュだけには頭が上がらず、出た時には高圧的態度だったのが一変し、プリッシュがいる事に驚きが顔に出ていた。

 

「てかお前ら、タブナジアに一度帰ってきてから父親と一緒にいるとか言ってなかったか」

 

チェブキー三兄弟は異変が終わっても父親を探し続け、ようやく見つける事ができた。

その時にタブナジアに一旦帰り、父親と一緒に暮らす事を言ったのだ。

 

「分かってないな、プリッシュ!パパンはビックになっても僕達を受け入れてくれたよ!」

 

マッキー達の父親はプルゴノルゴ島を買い取るだけの財力があり、南海の孤島でひっそりと暮らしていた。

妻子と生き別れになり、父親のほうも十数年ぶりとなる子との再会に喜んだ。

初めのうちは貧しい人生とは無縁の生活に喜んだ。タブナジアは復興しつつあるとはいえ、復興する前は一食を食えるかどうかと言うぐらいに貧しかったのだ。

 

「毎日ステーキを食べれる贅沢な毎日……でも、不思議と一つだけ満たされなかった……」

 

金持ちで優しい父親、ゆったりとした楽園、そして贅沢に出来る毎日。

それでも一つ、たった一つだけ満たされない事をクッキーは言う。

 

「そう、それは他人をこき使える偉い立場!」

 

ジュノで賄賂をするなど汚い手で成り上がり、ある程度の部下を持てるぐらいに偉くなった事もある。

その過去に影響されてしまい、高い地位にいる感覚が忘れずに再び成り上がる事を決めたのだ。

しかしジュノで散々とやりたい放題としてきたため、今更戻ってきても信頼は何一つ得られない。

そのため金持ちの父親の財力を当てにして渡航免状を手に入れるとアトルガンに行く事にしたのだ。

アトルガンであるならチェブキーの悪名が届いてないため、成り上がるのもやりやすいと知っていたのだろう。

 

「……変わらねぇな、お前ら」

 

久しぶりに会ったというのに頭が痛くなりそうだった。

プリッシュは何一つ変わっていない三兄弟に頭を痛めつつ、一方で魔理沙はアフマウに疑問を言った。

 

「聖皇って……」

 

「ええ、わらわはこの皇国を治める聖皇ナシュメラ。騙してごめんなさい」

 

皇国の国家元首であり、世俗的権威と宗教的権威を兼ねた絶対君主である聖皇。

第16代聖皇ナシュメラ二世が、彼女の本当の名前であった。

 

「本当は聖皇として出歩いちゃ駄目なんだけど、ハザルムに行くのに予想外に手間がかかっちゃってね。だから手っ取り早く通るためにもこの姿で来る事にしたの」

 

イタズラ成功、と言った感じに舌を出すナシュメラを見て、魔理沙は少しだけほっとした。

ナシュメラとアフマウ。なぜ二つの顔を持っているかは分からないが、それでも自分の知っている少女の姿に安心を持てたのだ。

 

「それであのタルタル達は?」

 

「ううーん、何だか無理矢理付いてきちゃって……元々、聖皇として外に出るなんて滅多にないから……」

 

そういえば、と思う。

アトルガンにとって聖皇とは一種の信仰の対象にもなりえる存在だ。

それだと言うのに誰も彼女に関心は向いていない。先程のタルタルの声に反応した見知らぬ冒険者がいたが、すぐに興味のなく立ち去ってしまった。

 

「たぶん、ポイント稼ぎかなぁと思う。わらわに良い所を見せて早く昇格したいんじゃないかな」

 

ナシュメラはとっくのとうに見抜いていた。

チェブキー三兄弟がアトルガンで成り上がろうとし、そのためにナシュメラすらも利用している事を。

聖皇のお忍びともなればそれを護衛とするだけで聖皇の目に止まり、運が良ければそのまま覚えてくださるだろう。

それを考えていたチェブキー三兄弟であるが、そのような輩を何度も見ているナシュメラにとって見慣れているものだった。

 

「話が逸れましたね。マリサ、これをあなた達に差し上げましょう。アヴゼン」

 

「ほイ!ありガたくウケとるガイイ!」

 

じゃらじゃらと音を立てながらアヴゼンが差し出したのは徽章だった。

赤い貴石が嵌められた、山猫傭兵の証だ。

 

「サンクション?」

 

「知っていらしたのですね。それがあれば『魔笛』からの支援を受けられると同時に、アトルガンで活動する際にはシグネットとは別の証明書代わりになると思います」

 

アトルガンのエラジア大陸限定とはいえ、その区画内であれば『魔笛』の支援が受けられる。

まだアトルガンに長く滞在するわけではないとはいえ、ハザルムで何が起こるか分からない。

戦力として役立つものであれば歓迎するべきだろう。

数は四枚。魔理沙、霊夢、ナズーリン、鈴仙の分がある。

どうやらゲッショーとプリッシュの分はあると分かっていたのか、《サンクション》のない者だけを用意したようだ。

 

「それではハザルムに行きましょう。移送の幻灯は使えますね?」

 

「ああ。使えるけど……まさかついていくつもりか!?」

 

「わらわを無しにハザルムの不滅隊を退かす事はできませんよ?」

 

ハザルムまでの道中は危険な魔物が多い。

それは幻灯から近道をしても同じ事だ。

仮にも一国の皇がわざわざついてくるなど危ない上に有り得ない。

 

「大丈夫、わらわにはアヴゼンとメネジン。そしてあなた達冒険者がいる。どんな苦難があろうとも、切り開いてくれるのでしょう?」

 

まるで冒険者がそうであると見ていたようにナシュメラは言う。

色々とありすぎて頭がパンクしそうであるが、魔理沙は何とか納得していく。

 

「はぁ……なんつーかあれだな。アトルガンの女は強いんだな」

 

「ふふっ、褒め言葉として受け取っておくよ、マリサ」

 

軽くウィンクをするその姿は、聖皇でありながらもアトルガンという大地に生きる強い女である事を証明していた。

 

その後、移送の幻灯ルーニック・ポータルのある六門院へと向かい、開通仕立てのアズーフ島監視哨へと繋がる台座へと乗る。

途中で台座を操作していた担当官らしき男がナシュメラに気付き、幻灯の機能を止めるように叫ぶがもう遅い。

一瞬の暗闇と移送による酔いが来ると、すでに霧深い島へと転移していた。

 

「……さっきの人、騒いでたわよ」

 

「お、お国のためだからノーカンだから」

 

やはり聖皇が気軽に利用できるものではないのだろう。

子供のような言い訳をするナシュメラに霊夢は呆れ、とりあえず先に進む事にする。

霧深い事に定評のあるアズーフ島は、朝の朝霧であれば更にその濃度は増す。

はっきり言って目の前が碌に見えない状態だ。

 

「鈴仙」

 

「任せて」

 

そんな時に役に立つのが鈴仙の持つ赤き魔眼だ。

例え霧深いの中であっても、レーダーのように周囲を把握できる鈴仙の目であれば迷う事なく進める。

魔理沙はその事を知っていたため、昨日の内に鈴仙がどの程度の能力が使えるか聞いていたのだ。

 

「この辺りに敵はほとんどいないわね。昨日の時に倒したのが幸いだったわ」

 

ハザルムから監視哨までに行く際に、邪魔な敵を殲滅しながら進んだのが今になって功を奏したのだ。

道中で最もやっかいとなるのはアンデッドであるが、薄暗いとはいえ夜になるまでに湧く事はない。

そして隠蔽を見破るインプもいないため、特に危険も無くハザルムまで辿りつく事ができた。

 

ハザルムに立つのは二人の不滅隊。

昨日から同じような姿勢で立っているが、まさかずっとこのままの態勢なのだろうかと魔理沙は思う。

 

『二度来ようとも無駄だ。ここから先は通れない』

 

こちらに気付き、感情のない声で静止してくる。

その中で前に出たのは、ナシュメラだった。

 

「引くがよい、我が皇国の守護者よ。今日を持ってここの閉鎖は解除する」

 

感情のないはずの不滅隊の男達の顔が、驚きに顔を染めた。

当然だ。聖皇である人物が、なぜこのような危険な場所にいるかが理解できないのだろう。

 

『しかし……この任務は宰相からの任務であり……』

 

だが驚きは一瞬だけだ。

すぐに己を取り戻し、元の無表情な顔のまま任務を続けようとする。

 

「くどい。わらわに二度も言わせるな。宰相についてはわらわが説明しておく」

 

『…………了解、それが聖皇のお言葉であるならば……』

 

男の姿が霞みのように消えていく。

気付けば道を遮る者は何もなく、目の前に広がるのは洞窟の闇だ。

 

「……これで先に進めるでしょう」

 

あのやっかいであるはずの不滅隊を閉鎖していた男達を引き下がらせ、ナシュメラは息を吐いた。

いくら男達を引き下がらせたとはいえ、このやり方は権力をそのまま使ったようなものだ。

皇としてあまり褒められたものではない。

 

「……なぁ、なんでここまでしてくれるんだ?」

 

魔理沙は疑問を抱いた。

一緒に菓子を食べた仲とはいえ、彼女達は特別親しいわけではない。

一日出会っただけでの、赤の他人に過ぎないのだ。

それなのにナシュメラは、自分達の道を開いてくれる。聖皇としての力を使って協力してくれる。

これで疑問を抱くなというのが難しいだろう。

 

「知っているからね。マリサと同じような目をした、私達を救ってくれた人達に」

 

ナシュメラは元から王族としての関係ではない。

幼少の頃に寺院に預けられ、母と共に市井で暮らし、マトンを父母から教わりながらも一般人として生きていた。

しかし、彼女の兄であるラズファードは第一皇位継承者だったが、反対を押し切って参戦した東方戦線で重傷を負ってしまい、その時の治療で魔物の血を輸血したために皇位継承権から外れてしまう。

そうなると後に残った聖皇の子供が、寺院で預けられていたはずのナシュメラであった。

政治を知らぬナシュメラが即位をし、実際に政治を執り行うのは兄であるラズファード。

兄の傀儡となりながらも、ナシュメラは自分なりに皇国の再建を図ろうとするが中々上手くいかず、そのたびにラズファードから叱責を買う日々だった。

 

自分の理想とする皇国と、兄が理想とする皇国がすれ違いを起こしていき、ナシュメラは皇国に隠された秘密を探っていくと、兄を頂点とする皇国そのものが諸悪であると分かってしまった。

皇国に復讐を誓う亡国の王子ルザフと共に、彼女は真実と皇国に行く先である答えを探すためにアトルガンを飛びだした。

その時に彼女を支え、協力してくれたのが、中の国から傭兵としてやってきた冒険者であった。

 

その冒険者の目を知っているからこそ、ナシュメラは思った。

この人達なら信じられると。

いつか、自分と兄の確執から皇国を救ってくれたように、と。

 

まだまだ政治を行えるほどに物を知らない小娘でありながらも、人の本質を見抜いてその者が信用に値するかどうか。

ある意味で皇として求められる能力に関しては、若干16歳という年齢ながらも群を抜いていた。

いずれ、彼女が聖皇として成長した時。

それこそがアトルガン皇国が生まれ変わり、新たなる夜明けの時代が始まるのだろう。

 

「よくわからないけど、礼を言うぜ!」

 

そんな事を露知らず、魔理沙はナシュメラににかっと笑い、それにつられてナシュメラも微笑む。

道は開いた。あとは進むだけである。

薄暗いために先がよく見えないため、鞄から角灯を取り出して灯りを付ける。

道は入り組んでるようなものではなかった。真っ直ぐと進むだけで、大きな大きな広場に出たのだ。

その広さは船の二隻や三隻を収納できるほどだ。

ここが、かつては数多のキメラが合成され、捨てられた墓場。

しかし墓場と言いながらもキメラの死骸が何一つないのも奇妙に思えた。

 

「ここに、何があるんだ?」

 

プリッシュは辺りを注意深く見回すが、何も発見できない。

ただのだだっ広いだけの広間だけしかない。

 

「うーん?」

 

「ざわざわする!」

 

「ごわごわする!」

 

タルタル三兄弟が騒ぎ出した。

そして魔理沙もピリピリと何かを感じ始める。

"魔力"が広間の中心で乱れているのだ。まるで何かを待ち受けるように。

 

『来た、来たね……ようやく、君はここに辿りついたんだ』

 

巨大な魔法陣が広場を中心に出現する。

膨大な"魔力"の前にチェブキー三兄弟はひっくり返り、アヴゼンとメネジンは主であるナシュメラの前で構える。

そして、現れる。

それは虹。七色の光を帯びた小さな獣。

この世の元素である火、氷、風、土、雷、水である六つの属性に加え、光と闇を持ち合わせる万物と同義である存在。

 

陣が割れ、獣が降り立った。

神の世界ではただの獣であり、人間の世界では神となった存在。

流れるような美しいまでに蒼く輝く毛皮。

ピンと立った兎のような耳。

リスのような可愛らしい顔立ちをし、額に輝くのはルビーの結晶。

 

霊獣カーバンクルが、小さな存在だというのに、自らの存在を威風堂々とその場にいる者に証明させた。

 

「きゅー(カーバンクル……)」

 

『ここに来たと言う事は、もう理解しているのだろう?』

 

カーバンクルからの声に、紫は頷いた。

ならよろしいとカーバンクルは後ろを向くと、巨大な異空間の入り口が作り出される。

強大な"魔力"の流れにカーバンクルと紫以外の者が立っていられなくなる。

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」

 

「う、動けないんだぜ!」

 

「ぐぅぅぅぅ!」

 

プリッシュも、魔理沙も、霊夢ですらも例外ではない。

 

『来るのは君一人だ、紫。覚悟はいいかい?』

 

「当然ですわ。さぁ、行きましょう……」

 

その時だけ、幻想郷の住民にしか聞こえないはずの紫の声がプリッシュ達にも聞こえた。

カーバンクルと紫が異空間の孔に向かうと、異空間は閉じ、元の静寂した広場に戻る。

 

「つぅ……いったいなんだったのよ」

 

頭を抱えながら立ち上がり、土で汚れた自分の身体を払って行く。

意味がわからない。いったい紫は何処に行ってしまったのか。

他の者の様子を見ようとした時、マッキーは耳に手を当てながらぼそぼそと言っていた。

 

「…………ぇー……それって本当?……むー……」

 

更にマッキーは弟と妹を集め、霊夢達に聞こえないように秘密に会話をして行く。

その事にさすがに不審に思ったのか、霊夢が問い質そうとするが、それよりも早く三人はこちらに向いてきた。

 

「おい、よーへい達!よく聞け!」

 

「アトルガンが凄くピンチだぞ!蛮族が沢山攻めてきた!」

 

「だから特別に今すぐ帰すよ!」

 

言い終わると呪文の詠唱を始めた。

いったい何が何なのか分からないような顔をしているが、プリッシュとゲッショーだけは分かったようだ。

 

「ビシージだ!」

 

「ビシージだ!!」

 

「大戦争だー!!!」

 

そして三人一組の呪文が完成する。

 

「「「で~~じょ~~が~~~~!!!」」」

 

ナシュメラとチェブキー三兄弟以外の者全てを移送の魔法で包み込んだ。

プリッシュだけ騒いでいたがそれに気にせず魔法を完成させ、移送の光が消える頃には誰もいなくなってしまった。

 

「……やっぱりデジョガよりもテレポアトルガンのほうがいいんじゃないかなー」

 

「えー。でも語呂が悪い気もする~」

 

「でも今はそんな事関係なーい。聖皇様を皇国に送り届ける系の仕事があるよー」

 

"デジョン"と言っている魔法とはいえ、実際には兄弟が作り上げたのは皇国に移送するための魔法である。

そう言った意味では拠点に戻る魔法ではないので、テレポのほうが合っているだろう。

まだまだ改善の余地有りという事でちゃんとした名称を考える三兄弟。

 

「うーん、大丈夫かなぁ」

 

ナシュメラは困ったような顔で無理矢理に等しい状態で飛ばされてしまった冒険者達の事を思い、すぐに考えを切り替えると皇国に戻ろうとした。

彼らが言っていたビシージ。

それは、皇国に蛮族が攻められようとしている事に他ならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その空間は、紫の知っている異空間とは何一つ違っていた。

薄い緑のような流れが辺りを覆い尽くし、今歩いている岩石の欠片が作り出す道が無ければ上下左右の概念を失っていただろう。

カーバンクルの後をついていき、孔を超えた先はこのような空間だった。

 

それは"魔力"の満ちた神獣の住まうとされるアストラル界。

紫は気付いていなかったが、"魔力"で構成されている今の肉体であるため、アストラル界に入った瞬間に身体が軽くなっているのだ。

岩石を道を歩いていくと、まだ見えぬ先に大きな圧迫感に襲われた。

それは生きている者なら誰もが持つ、自分よりも大きな存在と出会った時に感じる危機感的なものだった。

 

いる。この先にいる。

ヴァナ・ディールで神として崇められ、絶対的な存在がこの先にいる。

 

石の階段を昇っていき、それは、姿を現した。

それは巨大な人型であった。

誰よりも雄大で、誰よりも強く、誰よりも美しい。

龍という存在をこれでもかと表しながらも、ただその圧倒的な存在感に押されてしまう。

 

違う、紫はこのような者を知らない・・・・・・・・・・・

幻想郷で見た事のある、魔剣によって呼び出された者とは、根本的に違いすぎる。

 

そうだ、紫の記憶の中で知っている中で目の前の存在と同格で言えるのはただ一つ。

幻想郷の最高神である、龍神。

巨大な体躯に恥じぬ大きな翼、巨大な体躯に恥じぬ龍の鱗、巨大な体躯に恥じぬ鋭爪。

真龍の王であるバハムートが、そこにいた。

 

『……よく来た。幻想の世界に生きる単なる者よ』

 

声が響く。

元の身体ならまだしも、力のない今の身体では声だけで身体が異常に響く。

これが、これこそが本来の王とでも言うのか。

 

『紫。なぜ僕達がここまで回りくどい事をしたか、理解できるかい?』

 

声を出せずに紫は首を振るう。

ここまでの力を持つのなら、わざわざ紫を獣に落とす必要はなかっただろう。

それこそ直接、紫を呼べばいいだけの話だ。

 

『紫、僕達の世界、ヴァナ・ディールは一つの危機に直面している。それだけは絶対に阻止しなくてならないほどに……だから――』

 

なぜここまで回りくどい事をしたのか?

その理由はバハムートから衝撃の一言を告げられる

 

――ヴァナ・ディールを守るために。男神復活を阻止するために。我らはそなたの世界を滅ぼす事に決めた

 

 

 

 

……To Be Continued?

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