東方幻想鉄   作:AmanatuTaruTaru

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第七章「憑り代」:前

神とは完全なる存在ではなくてはいけない。

人知を超え、人智を凌駕し、全てを超えた領域を支配する存在ではなくてはいけない。

 

だが、それは悩んでいた。神であろう者が、ただ己の存在に悩んでいた。

その神はヒトを模っていた。

神の似姿がヒトであると云うのなら、ソレもまたヒトに似ているのも道理かも知れない。

だが、神であるというのに、その中身はただ黒い闇を含んでいた。

神であるなら闇を含んではならない。含むのなら完全なる闇でなくてはいけない。

中途半端な神である彼は悩んでいた。

神であるのに、神ではないモノが宿る矛盾。

 

悩みに悩み、苦しみの果てに彼は一つの"選択"する。

それは、『死ぬ』こと。

己の存在の完全なる消滅。あってはならない存在の消去。

ただ彼は、苦しみから解放される事だけを望んでいた。

 

だが、神としての死を迎えながらも彼の死を悲しむ女神がいた。

その者は完全に死したはずの神を神ではなく、人間として蘇らせる事にした。

母なるクリスタルの力を全てを使った結果、神は人間として蘇り、神々が眠りに付くと同時に世界は生まれ変わっていく。

 

即ち、人の歴史の始まりである。

 

人間として生まれ変わりながらも、神であった頃の闇を抱え続けている事には変わりない。

闇の意思である『死』を望み続け、女神の思いもむなしく、今度こそ『死ぬ』事を決意したのだ。

 

抗う者も、いた。

 

神の復活とは、人間の滅亡と世界の崩壊に他ならない。

打倒するのが無理であるのなら、人間はせめて神の器の封印を施す事によって難を逃れた。

 

それから一万年の時が流れ、神は再び蘇ろうとする。

全てはただ死にたいがために。

どれだけの時が流れても満たされぬ闇から解放されたいがために。

彼は、ただ死にたかった。

 

しかし、それでもまだ、抗う者がいた。

人間の形は変わっていた。

神の宿していた五つの闇を色濃く表したかのような、醜き姿となって。

 

だけど、何か忘れている気がした。

ああ、そうだ。

彼らは自分と同じ闇を宿していながら、とても綺麗な光を持っていた。

 

 

――調子に乗るなよカスザルが。メイン盾である俺が鬱属性の神に遅れを取るはずがないんですわ?お?

 

傲慢という闇が似合う男が、小さな盾を持ちながら仲間を護っていた。

 

――自殺するのに人類滅亡なんて効率悪すぎなんだよ!不効率の塊がっ!

 

無知でしかないはずの男が、児戯なる術で神へと挑んでいた。

 

――忍者のパクリじゃないけどさー。自殺するのに他人に迷惑かけるなんて晒されるよ?あ、にゃー

 

嫉妬に塗れるしかないはずの女は、盾となる二人の影に隠れながら隙を窺っていた。

 

――闇しかない心でも救いはあります!女神アルタナよ、我らに加護を!

 

女神の信仰者に過ぎない女は、仲間の勝利を祈って、女神からの祝福を祈った。

 

――兄者!俺達の魔法が神様に通じるかどうか試す日が来たようだぜ!

 

――弟よ!その通りだな!遅れんなよ!

 

無知に過ぎないがゆえに効かない魔法を延々と撃ち続ける兄弟。それでも彼らは勝利という二文字を確信している。

 

――パワー勝負なら負けないぜ!ぬぅぅぅぅぅぅ!!!

 

憎悪を持ちながらも、それに決して惑わされず、両手に持つ斧で持って神に斬りかかった。

 

――まさか神と戦うなんて誰もおもわねーだろ!ま、俺は負けないがな!

 

強気な口調ながらもその心は怯懦に塗れている。それでも男は一歩を踏み出す勢いで魔法を唱え続けていく。

 

――世界には絆という名曲が鳴り響いている。それを止める事は許されませんよ。神であってもね

 

如何なる心を押し潰す覚悟を持った一同のリーダーらしき男は美しき曲を鳴り響かせる。

 

――フェニックスよ!人の子らに、生きる意義を与えてくれ!

 

神である霊獣と同化し、一度目は神に抗おうとし、二度目は今の時代の者と共に戦う少年。

 

 

そして――

 

――俺たちが思い出させてやるぜ!生きようとしているものが、どれくらい強いか!

 

例え世界が滅びるかもしれない中でも、少女は己の信じるべき道を迷わず突き進んでいった。

 

 

生きる事は、彼にとって苦痛でしかなかった。

それは闇を宿し続けている事に他ならないから。

 

驕慢、嫉妬、怯懦、無知、憎悪。

 

その闇を抱えて生きるのには、彼は疲れすぎた。

 

だけど、彼に抗おうとしていた人間は違った。

闇でしかないはずのそれは光となって輝き、見事、彼を打ち破った。

彼の分身とも言える人間達は、己の闇に打ち勝ったのだ。

 

――…………ひ……か…………り………

 

今もまだ、彼は『死』を望んでいる。

しかし人間は可能性を見い出した。

例え闇を抱えていながらも、それを乗り越えて生きていく事ができるということを。

 

世界の何処かにある場所で、彼はまだ眠り続けている。

復活する、その時までに。

 

その時は、彼はいったいどのような"選択"をするのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東方幻想鉄~プロマシアの幻影~

第七章「憑り代」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アトルガン皇国には古くから伝わる秘宝が存在する。

それはミシックと呼ばれる神器を初めとした、過去の聖皇が集めた武器。

しかしそれを上回るものが、皇国の西の首都であるアルザビに存在する。

 

無尽蔵の"魔力"を引き出し、不可聴の音を奏でる『魔笛』。

その効力はかつて、疫病によって滅びかけた皇国を救った力を持つほどである。

しかし、その不思議な力に目を付けた者は『魔笛』を奪おうと虎視眈眈と侵略を狙っている。

 

アトルガンでは蛮族と呼ばれ、人々から恐れられる存在。

双頭の僭主であるグルージャジャが率いるマムージャ蕃国軍。

巨大な体格を持つグーフールー・ザ・メナシングが率いるトロール傭兵団。

数多の死者の王であるメデューサが率いる死者の軍団。

三つの軍勢がアトルガンの持つ『魔笛』を常に狙っている。

 

その軍勢から守る者こそが皇国の将軍である五蛇将であり、傭兵として雇われた冒険者達であった。

彼らは戦場を高い防壁で囲まれたアルザビ、つまり皇都内で戦う事で蛮族を追い返している。

本来であれば街に来る前に追い返したいのだが、追い返すのに蛮族の数が多い事、そしてアルザビという街の構造が防衛線に適しているために戦いは街の中で発生してしまうのだ。

 

アトルガンに甲高い声のような音が流れる。

それは、蛮族が攻めてくるという貧弱一般人に対しての避難勧告である。

真っ先に閉められるのはアルザビと白門を繋げる門であった。

これによって傭兵である冒険者以外は通る事ができず、アルザビに住まう者達は戦場となる場所から白門に逃げる事は出来ない。

アルザビで暮らす者の大半は市民権のない者であり、身を守るには家の中で隠れて戦いが終わるのを待つしかないのだ。

 

防衛線ビシージの始まりを予期し、数々の冒険者が集まろうとしている。

彼らの胸には例外なく、傭兵の証である《サンクション》を身に付けている。

そんなアルザビに移送魔法の煌めきが起きると、その後に何人もの少女達が転移してきた。

少しばかりよろめつき、辺りを見回すといったい何処にいるのか把握できないように見えた。

 

「あぁぁぁんのクソガキどもぉぉぉぉぉ!!後でもう一回会ったらお仕置きだ!!」

 

見るからに怒ってますと叫んだのはプリッシュであった。

その叫びに何人の冒険者が何事かを振り向いてくる。

チェブキー三兄弟からの突然の移送魔法にプリッシュは怒り心頭であった。

他の少女らも不意打ち染みた魔法に頭を唸らせている。

 

「頭がくらくらするわ……ここ、どこなの?」

 

辺りを見回すがアトルガンである事は分かる。

しかし今いる場所は、博麗霊夢には見覚えが無い。

横の広さだけで走り回れるほどの広さを持つ大通りであり、所々には片づけられた露店がある。

見た目としては白門で見た大通りと似ていた。すぐそこには巨大な防壁とも言うべき遮られた門が存在するのだから。

しかし、決定的に違うのは白門の大通りに比べて壁や道、建物の損傷があるのだ。

この違いが見覚えのない事に繋がるわけである。

 

「『あるざび』でござるな……しかしこの冒険者の数……」

 

「ビシージって言ってたよな、あのタルタル」

 

霧雨魔理沙は魔法で飛ばされる前に聞こえた言葉。

ビシージとはいったい何なのか。

これだけの冒険者の数、パッと見ても十や二十では効かない。百人近い冒険者が行き来しているのが見える。

 

「蛮族が攻めてきたのよ、この街にね」

 

移送の影響でふらつきながらも建て直した鈴仙・優曇華院・イナバは呟く。

その呟きに質問するのはナズーリンであった。

 

「戦争でも起きるとでも?」

 

「だいたい合ってる。ほら」

 

鈴仙が指を示すのは冒険者達、その隣にいるのは飛竜や召喚獣など、本来は街中では召喚してはいけないものだ。

 

「私は聞いただけだけど大規模な戦闘が起きるらしいわ。だから特別にこのアルザビではああいったものが許されるのよ」

 

「なるほど……」

 

霊夢達と同時期にヴァナ・ディールに飛ばされて、同じようにやってきた鈴仙はアトルガンに来てから十日近くはここにいる。

その間に鈴仙はヴァナ・ディール、特にアトルガンについての知識を得ている。

防衛線ビシージもその一つだ。

蛮族から街と『魔笛』を守る戦いの中で、竜騎士の相棒である飛竜や召喚士の召喚獣の出し惜しみはできない。

そのため、アルザビだけは特別に街中での召喚などは認められているのだ。

 

「あれ?レイムさん?」

 

「え?」

 

声をかけられ、声のほうに向くと黒髪の少女が立っていた。

勝ち気そうな顔立ちをしながらも格好は魔道士だ。

 

「イーリスさん、ですよね?」

 

「ああ、うん。あなた達も防衛線ビシージに参加するんだ?」

 

チラリとこちらを見てくると、視線の先にあるのは胸に付けた《サンクション》だ。

赤い貴石はちらちらを輝き、それは貴石と繋がっている『魔笛』からの"魔力"を通している煌めきだ。

 

「流れ的にはそうなるんでしょうけど……」

 

「そういえばまだアトルガンに来てそう経っていないんだっけ?ついてきて」

 

イーリスに誘われ、後に着いて行くと冒険者の人だかりが出来ている区画に着いた。

区画を通るための通路ですら人が多く、このままでは皆と離れ離れになってしまいかねない。

 

「そんなに詰めないでください!薬品の類が届いていない者はいますか!押さないで!押さないで順番にお願いします!!」

 

軽装の鎧姿である男達が次々と冒険者に薬品を配っていた。

あまりの冒険者の数に捌き切れていない様子である。

 

「サンクションを持っている傭兵には、防衛線ビシージに参戦する際に薬品の支給を得られるの」

 

《サンクション》を身に付けた傭兵は、防衛線ビシージが発令された時に、すべからく皇都防衛の任に就かなくてはならない。

しかしいくら屈強な冒険者といえども、何百人が集まってようやく押し返せるような大規模な戦闘を準備も無く突然行うのも無理がある。

そのため、正確に戦いの始まる時間を予測するのは難しいために"任務に合わせたパーティ"というのは組めない事が大半だ。

それに加えて冒険にしろ戦いにしろ、冒険者に必需品でもある薬品も持ち合わせていない事もある。

 

しかし冒険者というのは順応性の高さを生かして一つ目の問題を乗り切った。

己の得意とする技能を叫び、片っ端から捕まえてはパーティを作る事を覚えたのだ。

これによって突然の戦闘に対してある程度協力した戦いが可能になる。

 

そして二つ目の問題である薬品、これは皇国からの支援品によって解決する。

次々と男達によって配られる薬品の数々は皇国が誇る錬金術師の皆様が寝る間も惜しんで作られた一級薬品である。

一般的に売られるような薬品とは違い、高い効果を持っているのに加えて防衛線ビシージに参戦する冒険者には無料提供するのだ。

 

「イーリス!薬品貰って来たよ!……あれ?その子は?」

 

薬品の入った袋を持ってきたのはヒュームの少年であった。

イーリスの名を呼びながらも、霊夢に気付く。

戦士の風貌をしたその見た目には見覚えがあった。

 

「ごめん、アル。もう一回行ってきて。レイムさんのも宜しく!」

 

「なんだよ、それ!?」

 

アルフレッド・リードはイーリスの要望にガクリとした。

今も冒険者が群がり、わらわらといるあの中を再び行く?

 

「おっと、その必要はないぜ」

 

アルの後ろからやってきたのはプリッシュだった。

その手には二つの袋があり、片方の袋を霊夢に渡した。

 

「そっか、確かあんたは経験者だったわよね」

 

「おう」

 

前にアトルガンに行った事があるため、その時に防衛線ビシージを経験していたのだろう。

だからスムーズに薬品を取りに行けたのだ。

 

「他のみんなは?」

 

「わりぃ、逸れちまった。まぁあいつらなら平気だと俺は思うけどな」

 

この人数だ。

今も百近い人が押し寄せている中、離れ離れになってしまうのも仕方ない。

あまり同じ所にいると邪魔になるため、早々と区画から大通りに出た。

 

「プリッシュ殿ではないか。ご健勝で何よりだ」

 

「……ルガジーン、だっけ?」

 

大通りの中で比較的に空いていそうな場所に行くと、エルヴァーンの男が声をかけてきた。

長身痩躯である外形ながらも、真っ赤に染められた鎧を全身に身を包み、背中には両刃の大剣を背負っている。

冒険者のようには見えない。それは当然だ。

なぜなら彼こそが、皇国の誇る五蛇将の長である天蛇将ルガジーンなのだから。

 

「覚えておいでか」

 

「そりゃ俺をスカウトしたのはあんただからな」

 

プリッシュは過去に防衛戦ビシージしている。

その時に攻めてきたのはトロール傭兵団であり、傭兵団率いる団長グーフールーと真っ向から戦い合った。

蛮族の長のほとんどが強敵であり、特にグーフールーを相手に一対一の殴り合いなど五蛇将ですら不可能だ。

それをやってのけ、尚且つグーフールーを引かせたプリッシュに皇国軍からのスカウトが来るのも当然であった。

しかしプリッシュはそれをキッパリ断っている。彼女は軍に入るよりも気ままに旅をするほうが性に合っているのだ。

 

「ふっ、惜しいものだ。一騎当千の君が皇国の守護者となってくれれば心強いのだがな」

 

「それをあんたが言うか?俺らは精々傭兵のままが合ってるさ」

 

謙遜を言うような口ぶりであるが、ルガジーンとて五蛇将の長を伊達で務めているわけではない。

エルヴァーンながらも謙虚な心を持つが、戦闘に関してはプリッシュや霊夢に勝るとも劣らぬ一級廃人の実力を持っているのだ。

気高き精神、それを裏付ける力、そして聖皇と皇国を守るための心。

三つの力を持つルガジーンこそが、皇国の守護者に相応しい人物なのだから。

 

「ルガジーン様!!報告です!マムージャ蕃国軍が軍勢を率いて侵攻中!数は200!しかも先発隊のようでキキルン・ネットワークからの報告ですと本隊は二倍以上であるとの事!!」

 

兵士からの報告に、周りにいた冒険者がざわめいた。

今までの防衛線ビシージでは多くても蛮族は精々200程度の数しか襲ってこない。

しかしたった200と侮るかなかれ。蛮族として皇国に攻めいる事のできる蛮族軍の兵士、個々の強さは一級廃人に迫る者がごろごろといる。

それが先発隊として、しかも本体は倍以上の数で攻めてくる。その事実に戸惑いを隠せる者はいなかった。

 

「静まれ!確かに数が多い、しかし我らなら……」

 

「報告!報告!!」

 

ルガジーンが言うよりも早く、別の兵士からの報告が届く。

それは、絶望という道を知らせる聞きたくないものだった。

 

「死者の軍団!皇国を侵攻中でありますがその数は先発隊が200!!更に後方には倍以上の数が!!」

 

「ルガジーン殿!傭兵からの報告でありますがトロール傭兵団からの侵攻が!数は200!そして団長であるグーフールーが率いる後続隊らしきものがっ!!」

 

「……なっ」

 

その報告にさすがのルガジーンも言葉を失った。

三つの蛮族からの同時侵攻。

しかもその数は前例を見ないほどに多い。

もしも、もしも同時に皇国に辿りついた時、600の蛮族軍を相手にする必要が出るのだ。

 

「お、おい……大丈夫なのかよ」

 

「先発隊だけで600超えるんだろ……?本隊を入れると2000を軽く超えるぜ?」

 

「おい!今いる俺ら冒険者の数ってどのぐらいだよ!」

 

「わかんねーよ!でも400は行ってないじゃないか!?」

 

「LSで救援を呼べるだけ呼べ!今だけの数じゃ絶対にたりねー!」

 

「キキルン・ネットワークに繋いで我が軍で呼べる兵士を呼ぶのだ!いくらなんでも敵の数が多すぎる!」

 

「今のうちに競売所に行って買えるだけ買える薬品と食事を買いに行くぞ!」

 

「くそ!蛮族本気出しすぎだろ!本気で編成を考えるぞ!適当に組んでても勝てる見込みが見えん!!」

 

数として圧倒的に負けている。

兵士からの報告を受けて冒険者は次々と騒ぎ出し、行動を開始する。

過去に皇国は、長時間による防衛線ビシージを経験した事がある。

しかしこれは前例のない事だった。

その時の戦いは、蛮族が入れ替わるように次々と襲い掛かってくる代物。

長い戦いとはいえ、一つの戦いが終わればある程度の休む時間はあった。

 

しかしこれは違う。

明らかに蛮族の動きが同じだった。しかも戦力すら。

冒険者達は、そして皇国軍は一つだけ確信した。

蛮族軍は、協力して攻めてくるという事を。

今までのように戦っては守り切れない。そう感じた冒険者は次々と行動をするがどうにも浮き足のようになっている。

下手すれば2000を超えるかもしれない大軍勢の前に、正気を失いかけているのだ。

 

「諸君!静まれ!静まるんだ!!」

 

ルガジーンの声が、皇国全土に広がれと言わんばかりに響いた。

その声一つで、騒いでいた全ての者の動きが止まる。

 

「諸君、蛮族の不可解な行動、そして我らの戦力を容易に上回る相手に焦る気持ちはわかる」

 

ルガジーンとて、一人の人間である。

守り切れないかもしれない。

そう思わせるほどの軍勢を相手にして、ただ楽観的に「我らなら勝てる」と言える立場ではないし、子供でもなかった。

 

「だが、ここで焦る事が、勝利に繋がる事もない!聖皇様もまた、我らが烏合の衆になる事も望まないはずだ!!」

 

なぜルガジーンが五蛇将と皇国軍を率いる座にいるのかは、これを見れば分かるだろう。

これが、これこそが勇者と呼ばれるほどの逸材。

彼がいるからこそ、この皇国は落ちる事はない。

 

「勝利という二文字は我らの双肩にかかっている!いくら蛮族が攻めいようとも!我らの一人一人の心の強さを合わせれば負ける事はない!!」

 

皇国から伝わる秘宝剣を天に掲げ、ルガジーンは叫んだ。

 

「思い出すのだ!幾度無く蛮族に攻められ、その度に勝利をしたのは誰か!!

思いだすのだ!その戦いに置いて最も活躍したのは誰か!!

思い出すのだ!!その戦いに無力だった者はいるか!!

一騎当千の守護者達よ!勝利の栄光は聖皇様に、そして諸君らの手に!!」

 

ルガジーンが言い終わると同時に、歓声が沸いた。

あれだけに不安の声が上がっていた場は何処にもない。

リーダーとして求められる、場の空気を鼓舞する力。

それこそがルガジーンの持つ最大の力と言えた。

 

「耳が痛いわね~」

 

「相変わらずだな、あのおっさん」

 

その場であっても何も変わらぬ少女が二人。

さすがに何百の歓声が上がれば当然、耳に響くぐらいには煩いものだ。

 

「それで、プリッシュ」

 

耳をとんとんとしながら、霊夢は一つだけ聞いた。

 

「実際の所、勝てるの?」

 

「きつい、だろうな……俺がやってた時はたったの200。今回はその十倍以上だ」

 

そう言いながらも薬品を取り出し、次々と飲み干す。

空ビンとなっていく薬品が増えていく。

 

「ちょっと、そんな早く飲んで大丈夫なの?」

 

「ああ。薬品自体は長持ちするし、後でまた支給が受けれるしな」

 

だから早めに飲んでたほうがいいんだよ、と言い、霊夢も袋に包まれた薬品を飲んで行く。

薬品独特な味と匂いはしないが、だからといって美味しい味でもない。

何ともただの水にしか感じないようなものを喉に通すと、明確に力が沸いてくるのが分かってくる。

 

「ま……ここに来て色々な戦いがあったと思うが……」

 

最後の薬品を飲み終え、袋を鞄の中に仕舞う。

 

「トップクラスにやべーと思えばいいと思うぜ」

 

プリッシュがそう言うのならば本当にやべー戦いが待っているのだろう。

何とも気の滅入る事に霊夢は美味しくない薬品を飲み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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アストラル界とは世界の裏側に存在する異空間の一つである。

様々な分岐点にも繋がり、その"魔力"の流れる世界と世界の狭間は決して、生物が生きていけるような場所ではない。

ならばその空間に存在できるとしたらただ一つ。

生物という枠組みから外れた、幻想の存在に限られる。

 

「世界を……滅ぼす?まさか、幻想郷を……?」

 

霊獣の肉体を模した幻想の存在である八雲紫は、目の前の超越者が言っている事が理解できなかった。

自分の愛した幻想郷を、忘れ去られた者が行き着く最後の楽園を、滅ぼす。

その言葉は、管理者として放っておけないものだった。

 

『そうだ。もはやこの世界に時間は残されていない。一刻も早く、そなたの世界を消し去らなくてはならない』

 

バハムートの言葉に嘘偽りなどない。

明確に、はっきりと、告げられた。

神々の真世界から人の世界であるヴァナ・ディールとなり、神となった者が幻想郷を滅ぼすという事を。

 

『バハムート。それだけでは彼女も理解が追いつかないだろう』

 

バハムートの隣に浮かぶ色白の少年がいた。

黒衣の服に身を包み、人間のように見えるがその少年も人ではない事が紫にも分かる。

背から生えるのは不死鳥の如き翼。その翼からはカーバンクルやバハムートと同じ、神としての力を感じ取れる。

 

『そうだね。まず一つ一つ順序を追って説明しよう。なぜ僕らが、紫の世界を滅ぼそうとするのかを』

 

紫のすぐそばにいたカーバンクルが飛び上がると、そのままバハムートの隣に転移する。

こうして見ると大きさが歴然だ。バハムートが大きすぎてカーバンクルの姿が見えないようにも見える。

 

『さて、君はクリューの生き残りであるエシャンタールからこの世界の真の歴史を知っているはずだ』

 

遠くにいてもカーバンクルからの声は明確に届く。

どうやら彼らに音を届かせるための距離という概念はないらしい。

 

『僕ら霊獣の使命。それはプロマシアの復活を阻止し、世界を守る事にある。そして過去にプロマシアは復活しかけたけど……これは冒険者、そしてセルテウス達の活躍もあって防がれた』

 

エシャンタールから語られた真実の歴史。

それは男神プロマシアが己の死を望み、その死を願い続ける思いが、プロマシアの生まれ変わりとも言うべき人間が一つになろうとする事。

そしてそれは防がれた。

一万年前では器の封印を、一年前の戦いで器ごと倒された事によって。

かつてはプリッシュと共に戦い、今では霊獣フェニックスの力を宿した半人半神の少年セルテウスは確信しているように言う。

 

『しかし今、プロマシアは蘇ろうとしている……いや、違うな。蘇るのはない』

 

『プロマシアの力を得ようとしている者がいる、が正しいね』

 

カーバンクルが、答えを言った。

男神であるプロマシアの力を、得ようとする?

突然のことに紫は理解不能状態に落ちかけるが、最も重要な事を聞いていない。

 

「それが、幻想郷とどのような関係が?」

 

『大有りだよ。紫、幻想郷はいったいどういう概念で作られている?』

 

カーバンクルからの問に、紫は考える。

幻想郷とは、幻想となったモノを呼び寄せる性質を持っている。

忘れ去られた妖怪、人間、道具など様々だ。

 

「……待って、それって……」

 

『貴女の考えている通りだ。ヴァナ・ディールに置いて、忘れ去られた・・・・・・者が幻想郷に辿りついてしまった』

 

本来であれば異世界から幻想郷に辿りつくなど万が一、それこそ天文学的な数値にもなるだろう。

しかし忘れてはいけない。

幻想郷はヴァナ・ディールと繋がり、融合しつつあるのだ。

それこそ最初の頃からヴァナ・ディールの住民である冒険者や魔物を多く引き寄せてしまうほどに。

そうなれば幻想郷の性質が適応されてしまう。

ヴァナ・ディールで忘れ去られた者が、幻想郷に行き着くという結果が。

 

『幻想郷に辿りついた者の名はナグモラーダ。クリューの生き残りであり……私と同じ、イブノイル様を慕う友であった者だ』

 

その名には聞き覚えがあった。

ジラート文明がまだ栄えていた頃、心の会話ができない種族であるクリュー人の生き残りであり、過去の異変ではジラートになるべく真世界に向かおうとした男。

同じように心の闇を抱え、会話のできないセルテウスとは、女神の巫女である明星の巫女を心から慕う同期でもあった。

 

『彼は一万年前から存在する人間であり、本来はいるはずのない過去の人間。加えて彼は表社会に出る事はなかったから人々の記憶に存在されていない』

 

加えて言うのならば、ナグモラーダはすでにこの世界からは完全に消滅しているのだ。

プロマシアに吸収され、そのプロマシアが倒された後でもナグモラーダの『虚ろなる闇』は輪廻する。

男神の決戦後にプリッシュは己の『虚ろなる闇』が結晶化した魔晶石を未だにもがこうとする男神目掛けて投げつけたのだ。

膨大な『虚ろなる闇』とプロマシアと融合したナグモラーダの『虚ろなる闇』が融合してしまい、それが新たなる「世界の終わりに来たる者」として生み出す事になったのだ。

それを防ぐためにも「世界の終わりに来たる者」となった者達を呼び出し、魔晶石として砕く事で難を逃れた。

 

『例外はジラートの王子、そして闇の王だ。彼らは人々の記憶から忘れ去られる事はないだろう』

 

ナグモラーダと同じように消滅した者もいるとはいえ、彼らはヴァナ・ディールで忘れられる事はない。

片や大戦争を引き起こした魔王であり、片やその大戦争で英雄と今でも称えられる大人物だからだ。

 

「なぜ、その者はプロマシアの力を得ようとするのかしら」

 

『そこまでは分からない。でも確かに言える事は、彼が世界にある『虚ろ』を集めている事、そしてそれが男神に注がれている事さ』

 

カーバンクル達が調べても、ナグモラーダの行う事は理解できない事だった。

一度はプロマシアと融合し、真実を知っているのならばプロマシアの復活という考えはしないはずだ。そして、その力を得る前にプロマシアと一つなって今度こそ消滅してしまうだろう。

 

『ナグモラーダの存在は幻想郷の概念によって生かされている。ならば、幻想郷という存在を無くせばナグモラーダもまた存在できない』

 

セルテウスにとって、今のナグモラーダの行動は絶対に止めなくてはならない事だった。

敬愛する人が命にかけてまでも守ろうとした世界を、己の知る一万年前の者が壊そうとするのだから。

 

「……それならば、なぜあなた達が出ないのかしら?霊獣は、ヴァナ・ディール…いえ違うわね。真世界以外であれば神の霊格を持つはず」

 

目の前にいる強大無比の真龍の王。

彼のような存在が出れば問題はすぐに解決するだ。

わざわざ幻想郷を壊す必要性もないはずである。

それを答えたのはカーバンクルであった。

 

『僕らが出れない理由は二つある。

一つ目はバハムートやセルテウスの本体はあくまで真世界にあるということ。無理に現世に現れればそれだけでヴァナ・ディールに影響を与えかねない』

 

神という絶対的存在である彼らが現世に出ると言う事は、それだけ世界に負担をかけてしまう事にも繋がる。

世界を守るつもりが世界を壊すという、sYれにならない事を避けなくては行けない。

加えて霊獣が出張るようになれば、それこそナグモラーダを余計に刺激してしまい、ナグモラーダが計画を早めてしまう危険性もあった。

 

『もう一つ、霊獣は基本的に契約によって縛られているんだ。「世界の終わりに来る者」が生まれ落ちた時、すべての人を滅ぼす、という契約をね』

 

霊獣であるバハムートが過去にヴァナ・ディールに出現したのも契約という力も大きかった。

真世界では獣に過ぎない彼であるが、器の封印が解けかけ、更に本体である肉体も真世界が現世に降下すると同時に、己の格が神に戻る事になり、行動を開始した。

 

『どちかと言うと一つ目の理由が大きいんだけど……まぁ僕らはヴァナ・ディールでは神ではあるけど好き勝手に行動できないのさ。

確かにナグモラーダはプロマシアの復活を目指している。

でも霊獣の契約を果たすためにはプロマシアの復活に大事な「世界の終わりに来たる者」が生まれていない。だから契約の効果が現れない』

 

幻想郷で蘇ったナグモラーダだが、その心の闇は到底、プロマシアの器になれるほどではない。

この程度の闇では契約として効果が発揮されず、霊獣は自由に行動する事ができない。

ならばどうする?どうすれば世界を守れる?

 

簡単だ。ナグモラーダを復活させ、その存在を肯定する世界。

つまり幻想郷を滅ぼせれば、ナグモラーダも消滅し、世界は救われる事になる。

無理矢理世界を渡れば悪影響を与えるにしても、それがヴァナ・ディールとは関係のない幻想郷であるならば何も問題はない。

神としての力を存分に発揮し、幻想郷という世界を滅ぼす尽くす。

元の肉体であれば頬に汗をかいていただろう恐るべき計画に、紫は背筋が凍りそうになった。

 

「そんな事……本気で出来ると思っているのかしら?」

 

『するさ。僕らはヴァナ・ディールを守るためなら世界の一つを犠牲にしても実行する。それは、プロマシアの復活を阻止するためなら全人類を滅ぼそうとするバハムートがいい例だろう?』

 

幻想郷にも外の世界では忘れられたとはいえ、神は存在し、更に紫ですら出鱈目と言わざる得ない鬼などの妖怪もいる。

そんな化け物揃いの幻想郷であっても、彼ら霊獣は世界を守るために敵対する事を選んだ。

 

『しかし幻想郷にはヴァナ・ディールの住民はいる。そして、超える事のできぬはずの運命を乗り越えた冒険者達も』

 

セルテウスは知っている。

利用するはずだった冒険者達が、己の心の闇を乗り越えて男神を打ち倒した事を。

 

『プロマシアの復活は阻止しなくてはならない。だが、絶望を前にして戦い抜いた"今を生きる者達"を私は信じたい』

 

バハムートは幻想郷を滅ぼす事こそがヴァナ・ディールを守る事に繋がる最善の策と信じ、一方でセルテウスは過去の存在である自分達ではなく、今を生きる者達に委ねるべきだと主張する。

そしてカーバンクルは決断した。

ヴァナ・ディールの住民は、冒険者達は男神の呪縛を乗り越えた。

ならば、幻想郷の住民は?ヴァナ・ディールと融合した異世界に、絶望を前にして己を貫く覚悟はあるのか?

 

『わざわざカーバンクルにしたのは単純な話さ。幻想郷で最もやっかいと言えるのは君だ。

力だけなら何も問題はない。でもその頭脳、それがとても怖い。それを封じ、無力な獣となった間をゆっくりと、幻想郷を壊す事ができるのだから。

君の選択肢は二つある。

 

世界を守るために絶望に挑むか。

 

世界を守るために己の世界を殺すか。

 

さぁ、どうする?』

 

カーバンクルはあえて言わなかったが、別に幻想郷の住民を殺す必要性はない。

時間は限られているが、その限られた間に幻想郷の住民をヴァナ・ディールに呼び、空っぽになった幻想郷を壊せば事が足りる。

しかし幻想郷の住民は数が多い。中にはその地から離れようとしない者もいるだろう。

更に言えば幻想郷の忘れ去られた者が集うが故に、中には幻想郷が滅ぶとナグモラーダと一緒に消える妖怪と神々もいるはずだ。

つまり、どうしても取り残しが現れる。そして犠牲になるのは幻想郷と取り残しだ。

八雲紫と一つになったカーバンクルだからこそ知っている。

彼女はとても優しい。幻想郷を愛し、その住民も等しく愛するほどに、優しすぎる・・・・・。

 

その"優しさ"が仇となる。

カーバンクルの言わなかった案を言ったとしても、彼女は住民の事を妥協できない。

だから、彼女の返答は、分かり切っているものだった。

 

「決まっているでしょう……幻想郷は全てを受け入れる。それはとても残酷な事ではあるけれど……生憎、私の愛するモノを傷つける者をぽこじゃかと呼びよせる義理もないですから」

 

ああ、何たる滑稽な姿だろう。

力が何一つもない獣の姿でありながら、八雲紫は、二つの世界を守るために絶望に挑むのだから。

力のない勇気は蛮勇である。それを知らない彼女ではないというのに。

 

『いいだろう……そなたの選択が正しいか、見極めようではないか』

 

無言を保っていたバハムートが叫ぶ。

今こそ試練を受ける者が現れた者に対し、その答えが正しいのかを見極める者を呼ぶために!

 

『来たれ!世界を守護せし神の獣達よ!!今こそ選択の時が来た!!挑むは幻想の世界に生きる単なる者!!現れいでよ!!!』

 

クリスタルが浮かんだ。

人間よりも遥かに大きい、巨大なクリスタルが浮かび上がる。

それだけではない。

月の光を帯びた丸い池のようなものが現れ、更には影のような何かが魔法陣として構成されていく。

 

『……世界を護りたければ……その力、我らに見せるがいい……』

 

現れる。顕現する。これこそがヴァナ・ディールに存在する神々。

 

『……淡き幻想の果てに……消え去るのみか……』

 

クリスタルが割れ、その姿を紫の前に見せていく。

 

『…………それとも……人でなくとも……足掻き続けることはできるのか……』

 

身体が震える。それは恐怖か?それとももっと別の何かなのか?

 

『もはやそれは……汝の手にかかるもの……』

 

火が燃える。水が滴る。風が舞い上がる。土が揺れる。雷が蠢く。氷が氷結する。

 

『人でなき者よ…………』

 

月の輝きが照らされる。

 

『……その覚悟……我らに見せよ……』

 

影は形となって悪夢となっていく。

 

『貴様らに世界を救える力はあるか!貴様らに未来の真実を目にして貫く力はあるか!!』

 

神が顕現し、その力の影響によって実体無き世界であるはずのアストラル界が揺れる。

 

『夢とモ現実トモ知れぬ世界。真実は何処ニアルノカは貴様次第……』

 

しかとその目に焼き付けるがいい。しかとその魂に刻みこむがいい。

これこそ、これこそがヴァナ・ディールの守護者たる神獣と霊獣。

獣に過ぎない紫は、完全に気圧されている。

しかし、負けない。

ここで負けてしまえば意味がない。

震える足をしっかりと立たせ、その目には恐怖はあっても屈する事はない。

 

『ほう?』

 

バハムートに感嘆の声が出る。

この軍勢を前にして怯えない者はいないだろう。

かの男神を抜けば、間違いなく最強の戦力と言える。

それを前にして、紫は決して負けてはいなかった。

 

全ての神が揃ったのも束の間、次の瞬間、光と闇の珠が流れ着く。

その珠は巨大な魔法陣を作り上げると、何かが召喚される事をカーバンクルを感じ取った。

 

『オーディンに、アレキサンダー……だと?』

 

巨大な馬に跨る白の騎士、巨大な鉄の城とも言うべき黒巨人。

それが姿を現したのだ。

セルテウスにはその神の出現は予定外だった。

彼らはアトルガンとイフラマドの神とはいえ、この場にいる者としては無関係と言えた。

 

『違う。あれは本物の黒と白の神じゃない。たぶん、この地で崇められていた「人間が想像するオーディンとアレキサンダー」……つまり分霊という奴だね』

 

本物であるなら例えヴァナ・ディールが滅びようが何だろうか関係はないだろう。

彼らにとって闘争こそが全てであり、特にオーディンとアレキサンダーは敵対関係にもある。

こうして二柱揃っていながらラグナロクが発生しないのもそのためだ。

 

『害はないのか?』

 

『いや、紫の相手をしてくれるみたいだ。どうやらこの土地の分霊であるために見て見ぬ振りはしないようだね』

 

何ともありがたくない事であった。

ただでさえこれから起きようとしている試練に、広大なエラジア大陸を焦土までに追い込んだ二柱も参戦するのだから。

 

『君は戦う事を選択した。ならその決意に賞して、今一度、君の力を返そう』

 

カーバンクルの額のルビーが光る。

眩い赤色の輝きがアストラル界を照らすと、次元の歪が生じる。

その歪からゆっくりと出てくる。

それはクリスタル。神獣が眠るクリスタルと同じぐらいの大きさを持っている。

 

「私の、体だわ……」

 

巨大なクリスタルの中に、女性が眠っていた。

眠り姫とも言うべきか。クリスタルの中にいるのにも関わらず、その美貌は何一つ損なわれていない。

むしろ、神秘的な石の中にいるからこそ、より美しさを引き立てている。

懐かしく感じた。

一ヶ月も経っていないというのに、何年もの歳月を感じるほどに。

八雲紫の肉体は、何も変わらずにそこにあった。

 

クリスタルが砕け、肉体はそのまま紫の元に浮かびながら向かって行く。

そしてカーバンクルであった獣の肉体が分解されると、中身の魂は肉体に戻っていく。

魂が本来の肉体に戻り、肉体と魂が定着していく。

美しき瞼が開けられ、紫色の瞳が神達を捉えた。

 

『予め言っておくけど、逃げる事はしない事だね。その瞬間に僕らは幻想郷に攻め込むつもりだ』

 

「分かっていますわ、カーバンクル」

 

何日かぶりとなる本来の肉体。

手を広げ、握りを繰り返し、己の力を確認する。

今であるなら隙間を作り出し、幻想郷に戻る事も逃げる事も可能だろう。

しかしそれはできない。カーバンクルの言う通り、逃げ出す事は紫の選択が嘘だった事に他ならないのだ。

 

(……力が、上がってる?)

 

呑みこまれる前に比べて、力が上がっているように感じた。

それはアストラル界であっても魂のない肉体を保存するために、神獣のクリスタルによって保護されたのが原因だ。

高密度の"魔力"の塊であるクリスタルに保護された結果、今の紫は妖怪としての能力が全開まで活性化されているのだ。

 

「偉大なる存在と呼ばれし者達よ……我が名は八雲紫。幻想郷の管理者にして創設者。その幻想郷を壊させないためにも……」

 

隙間によって愛用の傘を取り出し、それを神々に向けて言い放つ。

 

「お相手させて頂きますわ。幻想郷の未来のために」

 

最強の妖怪と神々の決戦。

想像を絶する絶望への戦いが始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が昇り切る前に、その戦いは始まった。

外を遮る巨大門、それは蛮族達の手によって壊されようとしている。

広大な樹林と段丘、二つの門が同時に破られようとしている。

 

門を破るのは巨大な体躯に全身鎧を着込むトロール、トカゲをそのまま人型にしたようなマムージャ、そして下半身が蛇となったラミアが指揮する死者の群れ。

執拗に門を大きな槌で叩きつけられ、門に着実に亀裂が入ろうとする。

それを黙って見過ごすわけにもいかず、塚の上から皇国兵士が攻撃を加えるが何百もいる蛮族には焼け石に水だ。

そして皇都の門を支える閂が砕け散り、門がこじ開けられていく。

 

アルザビの住民は誰もが手近な建物の中に避難し、部屋の奥で丸まっている。

大通りの中門を通る事はできない。防衛線ビシージの警報が鳴った時には傭兵として参戦する冒険者以外は門を閉ざされてしまうからだ。

 

壊された門から次々と蛮族が、蛮族が率いる数々の魔物が皇都に侵入する。

全ての目的はアトルガンの秘宝である『魔笛』にある。

それを得るために『魔笛』が納められた封魔堂、その封魔堂を遮る封印を解くために五蛇将を倒さなくてはならない。

五蛇将も当然に簡単にやられない上に、冒険者達はそれを邪魔するかのように武器を構え、襲い掛かる蛮族との戦いが始まる。

 

アルザビにはそれぞれの区画に五蛇将が配備され、冒険者もそれを護衛するように分散する。

冒険者の数はまだ500にも満たないとはいえ、同じパールを持っていれば遠くからでも話せるリンクシェルによって救援を呼べるだけ呼んだ者もいる。

暫くすれば増えていくだろうが、それまでに迫りくる蛮族相手に耐え凌がなくはならない。

 

支給品である薬品を受け取り、霊夢達と離れ離れになってしまったナズーリンは区画の中でも最前線よりも少し後ろにいた。

もう少し後ろに下がるべきだと戻ろうとする頃には戦闘が始まってしまい、アルザビは蛮族と冒険者、皇国兵士による戦場となっている。

こうなれば自由に動く事もできないし、戦わずにいる事もできないだろう。

 

「クビラ、あれを狙え」

 

ナズーリンが子竜に命ずる。

指を示した方向には仲間と離れたであろうマムージャ兵士だ。

防衛線ビシージに参加する蛮族はそのほとんどが選りすぐりの強者だ。

あまり戦うのが得意ではないナズーリンでは真正面から戦うには分が悪い。

 

ならば真正面から戦わなければいい。

ナズーリンは正々堂々と戦って勝つということはしない。生き残るため、目的のためなら如何なる手も使う。

ナズーリンに命じられた子竜がマムージャへと飛びかかる。

空を飛び回る煩いトカゲに気付き、何処かに主がいないか探しだす。

マムージャにはクビラが竜騎士の操る僕だとわかっているのだ。

マムージャ帝国にも竜騎士がいるため、そういった事が分かるのだろう。

 

「――!」

 

剣を振り回し、子竜に攻撃をしているが当たらない。宙に飛ぶというのはそれだけで有利だ。地に足をつけて戦うマムージャにとって、中々当てづらい。

軽やかに剣を避け続けるクビラに苛立ちを覚え、マムージャは完全にクビラに釘付けだ。

だが、さすがは選りすぐりの戦士の一人か。

だんだんと剣はクビラを捉え始め、クビラも避けるのに余裕が無くなってくる。剣はついにクビラを狙い、マムージャは殺ったと確信し……

 

「ふっ!」

 

マムージャの後ろ首から槍が突き刺さり、それは喉を突き破った。

 

「―――!!?」

 

槍の使い手はナズーリンであった。

突然の攻撃に声をあげそうになるが、声が出せない。

当然だ。マムージャの首から喉に槍が貫いたのだから。

いくら人間より優れた生命力を持つ獣人でも不死身ではない。

首から刃を貫かれたらさすがに死んでしまう。

一瞬の硬直のあと、マムージャは地面に倒れる。首から流れる血が石作りの地面が赤く染めていた。

 

「やろうと思えばやれるものだな。クビラ、次はあれだ」

 

槍をマムージャから引き抜き、血に染まった刃を払う。

次なる獲物に指示を出し、ナズーリンは再び飛び上がる。

 

ナズーリンのしていることは単純なことだ。

普通に戦っては不利となる。ならば戦わずに即殺する。

これがナズーリンが出した答えである。

いくら魔物や獣人が強くても"生きてる"ことには違いはない。

ならば正確に急所を突いて一撃必殺をすればいい。

現に頑丈な鱗を持つはずのマムージャの戦士は一撃で倒されてしまった。

子竜を囮にし、隙を晒した瞬間を次々と狙うナズーリン。

その戦い方は騎士ではなく、むしろアサシンに近いと言えるだろう。

 

「クビラ、疲れてないか?」

 

「ルゥウゥゥゥゥ!」

 

三匹目になるマムージャを倒し、囮であるクビラに疲れがないか聞く。

戦いはいつもより体力の消耗を感じさせる。

だが、クビラはまだまだ行けるぜ!と元気よく答えた。

 

「いい子だ。では次を行くぞ」

 

クビラの返答にニヤリとしながら、次の獲物を狙い出す。

竜騎士の儀式をしてから、クビラが何を言いたいのか、何を思いたいのか理解できるようになってきた。

それは騎士と共に有り続ける子竜の誇り高き思いと感情。

一緒に戦い、一緒に生き、一緒の空を飛ぶ。

鼠と竜という違いがありながら、彼らは一つなのだ。

 

子竜が敵の目の前に飛びかかり撹乱を初め、ナズーリンは空を飛ぶ。

足に力を込め、竜騎士は高らかに空を舞う。

宙に浮かぶために飛ぶのではなく、自らの力だけで跳ぶのは不思議なものだが、それが竜騎士だ。

槍を構え、落下する速度で持って敵の首を貫く。

次なる標的はラミアであった。

人間の女のような上半身があるのは装飾品だけであり、青白いそれは扇情を煽りたてる。

だが、蛇のような下半身がある事からラミアは人間ではない。化け物の部類だと分かる。

アンデッドを操る蛮族の一つ、ラミアの首を槍で貫通し、いつも通りであればそれで終わっていた。

 

「なっ!?」

 

槍が首を貫いているというのに、ラミアは腕を動かし、左腕が槍を、右腕がナズーリンの片腕を掴んだのだ。

アンデッドの女王であるラミアは並みの生命力を持っていない。たかが喉と首が駄目になったぐらいでは死なないのだ。

 

「ぎっ……!?」

 

凄まじい力を込められ、ナズーリンの腕に悲鳴が走る。

見た目は女とはいえ、蛮族であるラミアの膂力は人間を遥かに超えている。

喉から刃が飛びだし、血を流しつつもその力はまったく衰えていない。

掴まれた腕は早々と限界に達し、ミシリ、という音と共に骨が折れた音が響いた。

クビラは主人を離すように攻撃をラミアに加えているが、腕の力はまったく衰えない。

 

「これ以上…!」

 

左手に持っていた槍を手放し、腰にある短剣を抜いた。

海賊の娘から最初に受け取った護身用の武器である。

その短剣で持って、右手を掴むラミアの腕を切り裂いていく。

鋭い切れ味を持つ短剣が綺麗にラミアの腕を切断し、すっと掴まれていた腕が楽になった。

続けて槍を握る腕も切り飛ばし、槍を引き抜いて、飛び上がる。

 

「クビラ!燃やせ!」

 

「くわぁ!」

 

ナズーリンの指示からクビラは小さな口を広げてブレスを吐き出す。

両腕のないラミアは燃え盛る火炎のブレスを受けてしまい、炎の中、叫び声を上げながら塵へと還っていく。

生命力の高いラミアと言えども、さすがに肉体のほとんどを燃やされれば生きて行けない。

 

腕を折られ、まともに動いてくれない。いくら妖怪といっても、たかが数秒程度では治りはしない。

しかし敵は傷が治るまで待ってくれないのだ。

アトルガンの兵士から支給された薬を口に含み、暫くすると腕の痛みが取れていき、動かせるようになった。

ヴァナ・ディールの薬品というのは随分と役に立つ。効果の高さより、即効性の高さに評価が高いだろう。

 

「油断しているつもりはないんだが……死者を相手にするのは避けるか……」

 

何度か腕を振るい、支障がないかを確かめる。

折れた骨は完全に繋がった事を確認し、一つの疑問が浮かんでいた。

この戦いに違和感を感じる。そう感じられずにいられない。

そして彼女は気付いていない。戦場での一瞬の考え事によって、飛竜がそれに気付く頃にはすでに巨大なトロールがハンマーで叩きつけようとしているのを。

 

「あぶねぇ!!」

 

そのハンマーから守ったのは騎士の男だった。

短髪の黒髪をしており、逆三角形とも言うべき盾でハンマーを防いでる。

 

「リンッ!!」

 

「はい!!」

 

男が呼びかけると同時に、槍を持った女はトロールの肉体を突き刺した。

鎧を貫き、頑丈な肉すらも貫通する一撃にトロールは絶叫する。

しかしトロールの生命力では少しぐらい肉体が傷ついたぐらいではビクともしない。

ほんの少しだけ男から注意をそらし、女に向こうとするがその隙は逃さない。

 

「おおおぉ!!」

 

自分よりも体格のあるトロールの首を、片手に持つ剣で刎ねた。

どれだけ頑丈であっても首を落とせば問題はない。

首を失い、血飛沫を出しながら静かに倒れ沈む。

 

「大丈夫か!?」

 

「あ、ああ。感謝するよ」

 

背の高い男だった。

ヒュームのようだがヒョロヒョロと伸びた身長はナズーリンよりも遥かに大きい。

ただ伸びているだけではなく、騎士としての修練を積んでいるのだろう。身体も鎧越しからでも鍛えられているのも分かる。

 

「あ、怪我をしてますよ」

 

女のほうはナズーリンの腕を指した。

折れた部分が青痣となっていた。どうやら骨折した部分を薬品だけで治し切れなかったらしい。

 

「ニム、頼む!」

 

「あーはいはい、まったく癒しの魔法ならダグも使えるでしょーに」

 

ギザギザとした白髪の髪型をしており、褐色の肌からエルヴァーンだと分かるがやや童顔にも見える。

ゆったりとした布の服装と、背に持つ両手棍から屈強な種族であるエルヴァーンでは珍しい魔道士のようだった。

 

「め~がみさん、め~がみさん!可愛い女の子に慈悲深い癒しを~くださぁいな~」

 

何とも力の抜ける詠唱だった。

しかし魔法が発揮された時、癒しの術がナズーリンにかかり、腕の痣が完全に消える。

魔法の腕は確かなようであった。

 

「オマケに護りもお付けしてっと」

 

"ケアル"をかけ、そのまま杖を振りながら守りの加護である"プロテス"がナズーリンにかかる。

女神の加護によって守られた状態であれば、敵からの攻撃を低減できる。

 

「ダグラスさん!前から敵が!」

 

「骨にクトゥルブか!リンはクトゥルブを!俺は骨をやる!」

 

槍使いの冒険者であるリンに骸骨のアンデッドの相手に不利であると考え、もう片方の小男のような風貌をした腐った死体に相手を任せ、はナイトであるダグラス・グラントは骸骨を引き受ける事にした。

よく見ればリンの隣には飛竜が寄り添うように飛んでいる。彼女はナズーリンと同じ、竜騎士だったのだ。

 

「……君は行かないの?」

 

「……ふむ」

 

エルヴァーンの少年はすでに完治しているナズーリンを様子見るが、戦いに参加しようとしない。

まず口を開いたのはナズーリンのほうであった。

 

「君は気付いてるんじゃないか?この戦いが茶番であるという事を……」

 

「……」

 

その言葉にニムラール・レヴァネールの瞼が細くなる。

エルヴァーンらしくない、切れた頭が高速で回転する。

 

「十中八九、茶番でしょーね。攻め込んできた敵に対して少なすぎる」

 

ナズーリンは気付いていた。

この戦いが、アトルガンからすれば必至であっても、蛮族からしてみれば茶番であるという事を。

先発隊の時点で600を超え、後続隊が合流すれば2000を超える。

その圧倒的な数でありながらも、実際に攻め込んでくる敵の数が少ないのだ。

いや、違う。少ないのではなく積極的に攻めに来ないのが正しいか。

皇国側の戦力と比較しても、一体一体の強さに関しては蛮族のほうが上だ。

中には一級廃人の強さを持つ傭兵がいるとはいえ、それは少数でしかない。

数が負ければ押し切られる。それなのに蛮族はその数という利点を生かしていない。

 

「敵さんが何を企んでくるかは分かりませんけど前半も後半も飛ばし過ぎずに程々じゃないと痛い目見ますね、これ」

 

蛮族側が何をしようとしているかまだニムには分からない。

しかし最初から全開に戦えば後々苦しい事になる事を見抜いていた。

 

「しかしまぁ、ダグもリンちゃんも脳筋だから、んな事は知らんと戦うでしょうけどねー」

 

前線で戦う二人は各個撃破という形ながらも魔物相手に一歩も引かずに戦っている。

もちろん一人で戦ったままだと危険なので、見ず知らずの冒険者が参戦し、着実に追い詰めていく。

 

「それをフォローするところが俺の辛い所というか。ところで何で俺が茶番だって気付いてるのって分かったの?」

 

「……まぁ、似ているからかな」

 

そういった抜け目のないところがね。

自分とよく似た性質を持つ少年にニヤリと頬を浮かべ、ナズーリンは再び戦場へと飛び上がって行った。

 

 

 

魔法使いである魔理沙にとって、たった一人で戦場にいるのは危険でしかない。

何時敵の攻撃が来るかもしれない中、のこのこと出歩いていればすぐに倒されてしまうだろう。

そうならないためにも魔理沙は箒に跨り、ヴァナ・ディールで初となる浮遊を試す。

幻想郷の頃から持っている力が戻りつつある今なら空中浮遊も可能なはず。

そう思い試してみると、魔理沙は空を飛べた。

 

「よぉし、これなら……」

 

魔法を使う者、遠隔武器を持った者。

それさえ気を付ければ魔理沙に攻撃が届く者などいない。

つまり一方的に攻撃できるのだが、一つの誤算があった。

力の戻っている今の魔理沙であるなら精霊魔法を使うよりも使い慣れたスペルカードによる魔法が攻撃力として望める。

事実、"マスタースパーク"を始めとした魔法は殲滅力にも秀でている。

しかしそれは使えない。

使う事が、できない場所だった。

 

「……駄目だ、ここじゃ撃てねぇ」

 

八卦炉を構え、巨大蠍のスコーピオンやアンデッドの骸骨を狙おうとするが、その真後ろには民家があるのだ。

このまま魔理沙のスペルカードを放ってしまえば、魔物ごと民家を吹き飛ばしかねない。

街中での防衛戦に置いて、魔理沙の魔法は範囲が広すぎるのだ。

 

「ほぉ……箒に跨り空を飛ぶ……まるで絵本の中にいる魔法使いのようだね」

 

「ん?」

 

こちらをじっと見つめるのはヒュームの青年であった。

黒衣の魔道士姿から前衛職ではない事は分かる。線が細い顔立ちと身体をしていた。

煌びやかな銀髪をしており、額の真ん中で分けた前髪が纏め切れずに頬にかかっている。後ろ髪を纏め、それを肩に乗せるような形をしていた。

 

「興味深いな……レビテトの使い手はいないと聞いていたがまさか近東の地で見えるとは……風の力を利用としているのか?それともグラビデを反重力として……?」

 

黙っていれば美青年と通じるというのに、魔理沙を見つめてからぶつぶつと語りだしている。

そういえばと思う。

ヴァナ・ディールでは自らの力で浮遊する者はほとんどいない。

魔法大国であるウィンダスですら浮遊魔法である"レビテト"を禁忌として扱われているほどだからだ。

 

「お、おい。なんだよあんた」

 

「おっと、これは失礼。どうも興味深い魔法を見ると研究せずにいられない性分でね。俺はシルバー。見ての通り、ただの黒魔道士さ」

 

まんまの名前であった。

銀髪だからシルバーであり、安直すぎて偽名と疑いかねない。

よく見てみれば二十代の前半のようにも見える、若い男だった。

 

「しかし本当に興味深いな。いったい何処でその魔法を覚えたんだい?君のような可憐な少女でありながらも俺の想像を絶するような魔法の修業をしたんだろうな」

 

「ちょっと待て!そんな事言ってる場合かよ!」

 

今のアルザビは戦場なのだ。悠長に話している暇などない。

しかしシルバーは気にせず、魔理沙が飛行している魔法に興味を抱きながらも三匹のスコーピオン、更にサイのような怪物に乗るマムージャ兵がやってくる。

魔理沙はある程度の被害を覚悟に八卦炉を構えようとするが、シルバーのほうが行動が早かった。

背中に背負う両手棍を構える事なく、しかも振り向きもせずに魔法を詠唱。

爆炎が広がり、シルバーを襲おうとした魔物が吹き飛ばされた。しかも民家などには被害が出ていない。

 

「……なっ」

 

「やれやれ。これだから防衛線ビシージは落ち着きがないから困る」

 

シルバーの唱えた魔法は"ファイガⅢ"。

火系の範囲魔法としては最上級の一つとして数えられるが、それは即座に詠唱ができるような簡単な代物ではない。

魔法の詠唱とは集中力が必要だ。魔法使いとして長い魔理沙であっても、息を整え、気合いを入れないと失敗する。

しかしこの男はそんな素振りを一切見せずに魔法を唱えたのだ。

最初はおかしな男だと判断した魔理沙はすぐに改める。

この男、間違いなく魔道士としては一級廃人だ。

 

しかし先程の"ファイガⅢ"でも倒し切れなかったマムージャが剣を振りかざしながら突っ込んでくる。

ようやくシルバーも敵の方に向くが、それよりも早くマムージャが吹っ飛んだ。

何が、吹っ飛ばしたのか。

シルバーの顔が少しだけ歪んで見えた。

 

「こぉぉぉらぁぁぁぁ!リミララ!!あんたあたしから離れんなって言ってんでしょうが!!」

 

サーコートと呼ばれる楔帷子に前掛けのようなものを施した白銀の鎧を着るミスラであった。

赤茶色の短髪を揺らしながら如何にも怒ってますという表情をしている。

やや歳と取った印象を受け、顔の節々には年季を感じさせる雰囲気を持っていた。

左腕に身に付けた盾が少しばかり凹んでいる。まさか、あれで殴り飛ばしたというのか。

 

「い、いや、勝手に離れたはむしろ俺じゃなくて師匠じゃ……」

 

「あんだってぇ!?」

 

「hai!すみません!俺が悪かったです!」

 

飄々としていた青年が一転し、ミスラの騎士に素直に傾くようになった。

 

「りみらら……??」

 

「あー、すみません。そっちの名前言わないでください、はい」

 

目を閉じ、困ったような顔をしている。

魔理沙の記憶が正しければリミララというのはウィンダスで最も有名な人物の名前だ。

ウィンダスで初めて魔法を発見し、星の神子として語り継がれる偉大なる指導者としての名前だ。

大方、偉大なる人物の名前を付ける事でそのような人物に育つようにと名付けたのだろうが、星の神子の名前であるならリミララは「女性名」だ。

シルバーの嫌がる部分はそこなのだろう。

 

「はっ!温い温い!そんなんじゃあたしに勝てないよ!!」

 

ドガンドガンと音を立てながら次々と魔物達を吹き飛ばす豪快な女性。

長い黒髪をポニーテールに纏めあげ、ミスラの騎士と同じぐらいの年齢に見える。

真っ赤で派手な色をする、肩当ての鎧であるハーネスを纏う戦士のように思えた。

手に持つ片手斧で滅多切りにして、頑丈であるはずのスコーピオンの甲殻をバターのようにぶった切って行く。

しかし彼女は戦士ではない。

女性の隣にいるのは巨大な二本足で自立する、青と白の紋様のある皮をした恐竜のような魔物であった。

その魔物はラプトルと言われる、本来は荒野に生息するはずの魔物だ。

 

「ジークハルト!噛みちぎってやりな!」

 

ジークハルトと呼ばれたラプトルは彼女の指示通り、小さくとも牙の生えた口で持ってラミアの喉笛を噛み千切る。

その上で女性が斧を振り上げる。

たぶん、四回か、五回。

遠くで見ていたはずの魔理沙であっても、その攻撃速度が見切れなかった。

 

「さすがは無敵のアルティメットミリアムだね。この程度じゃ満足できないか」

 

「ここんとこ雑魚ばかりだからね。腕が鳴るってもんよ」

 

この三人の冒険者の強さは一級廃人、それも飛び抜けた存在だ。

魔理沙は本能的に理解してしまう。

獣使いの女性であるミリアム・グラントは片手斧を、ミスラの騎士であるグッ・テは片手剣を、そして黒魔道士であるシルバーは両手棍を構える。

 

「そっちの空を浮かんでる嬢ちゃん!」

 

「わ、私か!?」

 

「嬢ちゃん以外に誰がいるよ!ちょっとどでかいの来るよ!用心しな!」

 

どでかい奴?

ミリアムの言うそれは、地響きを立てながらやってきた。

三つの頭を持ち、巨大な体躯を持つそれは伝説上の神話に存在する怪物。

竜のような頭部でありながらもそれは断じて可愛げのあるものではない。

体格だけで人間の何倍もある。足にある三つの鉤爪に引き裂かれればタダでは済まされないだろう。

 

「イルルヤンカシュ……ハイドラを早期に出すとは本気ですね」

 

「そうでなくちゃ面白くないがね!」

 

「バカ息子も頑張ってるみたいだし、あたしも負けてやられないよ!」

 

アトルガンでは最強クラスの怪物として恐れられるハイドラであり、マムージャ蕃国軍の所有するイルルヤンカシュは生半可の強さでは太刀打ちできない強さを持っている。

単純な戦力では蛮族の長に匹敵する強さを持ち、本来は何十人、何百人と対処するような怪物だ。

しかし蛮族軍は、まだ早い段階だと言うのに出してきた。

足並みの揃わない序盤だと言うのに、この難敵を相手にできるのは多くはない。

 

しかし、彼女達は違う。

一級廃人である彼女らなら充分に対処可能なのだ。

 

「でりゃああああああああ!!」

 

イルルヤンカシュが三つの頭部から繰り出すブレスを吐くよりも早く、素早く近付いては一つ目の頭を斧で滅多切りにしていく。

 

「さぁて、楽しませてくれよ!」

 

二つ目の頭部がブレスを吐き、それを盾で防ぎ切ると、飛び上がると共に剣を上から下顎までに串刺しにしていく。

 

「まぁったく、どちらも人の話を聞いてくれないんですから。エアロガⅢ!」

 

愚痴を吐きながらも魔法の詠唱を素早く済ませ、暴風とも言うべき風の刃が三つ目の首を斬り飛ばした。

 

怪物と恐れられているはずのハイドラをあまりにもあっさりと倒す三人に呆けてしまう。

もう自分はいらないんじゃ……。そう思い始めるとイルルヤンカシュの三つの首が生え変わるように再生したのだ。

 

「な、んだ!?こいつ!」

 

「やはり首を落としたぐらいじゃ駄目か。ハイドラを仕留めるなら胴体からってね……」

 

シルバーが分かっていたように肩を竦める。

ハイドラはその強さは元より、最もやっかいなのが再生能力にある。

三つの首が吹き飛ばされても、すぐさま元の首に戻る再生はやっかいの一言。

どれだけ首を落としても効果はなく、ハイドラを倒すのには胴体その物を消し飛ばすか、もしくは急所を狙わなければならない。

 

「どうやらハイドラに苦戦しているようだぞ、弟よ!」

 

「分かっているぜ、兄者!ここは俺達の出番ってね!!」

 

顔つきがそっくりなヒュームである二人組の男達が現れると、ハイドラに目を付けると同時に魔法の詠唱を始める。

赤魔道士と黒魔道士のアーティファクトに身を包んだ、それなりに実力がありそうに見える。

しかし生半可な魔法ではハイドラを打ち倒す事はできない。並外れた生命力を持つハイドラは文字通りの怪物なのだから。

 

「まずは浮かせる!エアロガⅢ!!」

 

兄者と呼ばれた黒魔道士の男がイルルヤンカシュではなく、あろうことか地面に叩きつけるように放った。

それの影響によって暴風がハイドラの体格をほんの少しだけ浮かす。

 

「ブリザガⅡ!ブリザガⅡ!もういっちょブリザガⅡ!!」

 

赤魔道士である彼に呪文の詠唱は素早く行える。加えて集中力を増せば増す程、再詠唱時間すらも短縮できる。

次々と唱えられる氷の乱舞。浮かされたイルルヤンカシュの足から腹にかけてが完全に凍結した。

 

「へぇ、やるもんだね。あの詠唱速度は見習いたいものだ」

 

シルバーの目が光るように二人組の魔道士を観察する。

魔理沙も同様だ。魔道士にとって重要なのはどれだけ旋律を崩さずに魔法の詠唱を唱えるかにある。

その点に関しては赤魔道士の男が唱える詠唱は"完成"されていた。

効率に効率を重ね、魔法詠唱短縮ファストキャストを極めてると言っても過言ではない。

赤魔道士のロート・ベルグと黒魔道士ヴァイツ・シュリーズは互いを『ブラザー』と呼び合う魔道士であった。

 

「むっ、少しやり過ぎたな」

 

「二度に抑えたほうが良かったな。あれでは動きを封じても攻撃が届かん」

 

イルルヤンカシュの脚を凍り付けにするつもりが、胴体部分すらも氷に包まれている。

これは胴体に攻撃する事ができない。野放しにされた頭を何度も潰しても倒す事には繋がらない。

 

「仕方ないな。そこの君!」

 

「私か?」

 

「ああ。古代魔法は使えるか?」

 

ヴァイツの問いに魔理沙は頷く。

黒魔道士の道を進んだ者が使える、燃費と詠唱時間の長さが極悪な代わりに威力も極悪という使いどころに困る精霊魔法。

今の魔理沙であるなら六元素の全古代魔法を扱う事はできる。

 

「俺も協力しよう。順番は……そうだな、俺がフレア、お嬢さんがフラッド、最後にあなたがバーストだ」

 

赤魔道士も兼業してるから詠唱速度には自信があるのさ、とシルバーは男でありながらもウィンクをする。

魔理沙を二番手にするのも古代魔法の特性が関係している。

膨大な"魔力"によって引き起こす極大魔法は、相対する属性の抵抗を著しく低下させる効果を持っている。

この中で実力の高さで言えばシルバーとヴァイツであり、魔理沙の扱う精霊魔法は一歩劣る。

ならば最初にシルバーのフレアで胴体に凍りついた氷を溶かしながら攻撃をし、続けて抵抗が下げられた状態で魔理沙の"フラッド"でダメージを更に加速させた後、最後の"バースト"でトドメを刺すのだ。

 

「それじゃあ、あたしらは足止めだね。しっかりやりなよ!」

 

魔法を詠唱している間はどんな魔道士であっても無防備だ。詠唱時間の長さに定評のある古代魔法では尚更である。

グッ・テが騎士としてイルルヤンカシュ以外の魔物を相手にし、ミリアムは頭だけでも暴れ回るイルルヤンカシュを相手にする。

三人の魔道士の"魔力"が荒れ狂い、古代から語り継がれる魔法が今、怪物を葬るために放たれようとする。

 

「フレア!」

 

シルバーの魔法が唱え終えると同時に巨大な核熱の光がイルルヤンカシュの胴体を包み込む。

魔理沙も一度は使った事のある魔法だ。その熱量は凍った胴体だけではなく、動きを止めていた脚の氷すらも一瞬で融かし尽くす。

だが、いくら身動きが取れるようになれても膨大な熱量の前に絶叫が上がる。

 

「母なる海よ、我は命ず!そは、わだつみの如く押し寄せる者なり!

我に仇なす我が敵を、津波の如く押し流せ!フラッド!!」

 

"フレア"によって火の元素が極限まで集中している中、魔理沙の唱える古代魔法によって今度は水の元素が集中する。

水が存在しないはずの宙から突如、激流の如き滝が襲い掛かった。

火の古代魔法によって肉体の大部分が炭化しかけている状態から、追撃とばかりに大氾濫が降り注ぐ。

傷つき、耐性が低下している状態に喰らったのだ。さすがのハイドラ特有の生命力がまるで追いついていない。

 

「トドメは貰うぜ!バーストⅡ!!」

 

幾つもの球体がイルルヤンカシュを包み込んだ。

その球体は小さな紫色の紐が繋がるように、バチバチと音を立てながら飛び出たりと吸い出しとしている。

一面に閃光が照らし出された。

何十の球体が同時に発光し、紐どころではない。プラズマと化した巨大な雷が生まれ、イルルヤンカシュを完全に包み込んだのだ。

爆音に爆音を重ね、イルルヤンカシュの三つの首は消し飛び、更に胴体と四つの脚は完全に炭と化していた。

オーバーキルにも程がある状態である。

 

「兄者……いくらなんでもやりすぎだぜ」

 

「あー……」

 

古代魔法を更に超える魔法を撃ち放ち、その被害は魔物どころか市街地すらも粉砕しかねない破壊力であった。

これが大通り近くであったから良かったものの、密集した街区で行えば民家の一つや二つは平気で吹っ飛んでいただろう。

 

「あっはっはっは!いいじゃないか!思いっきりがあってさ!ほら、あんた達!次のお客さんが来たよ!」

 

防衛線ビシージが終われば間違いなく皇国軍に連行されかねない破壊を齎したヴァイツにミリアムは豪快に笑う。

しきりに笑った後の顔は魔理沙の背筋が凍った。次なる"お客様"がやってきた事に対する笑みは、まるで猛獣が獲物を見つけたような顔だった。

 

「おっと、次はキマイラにケルベロスか。更に死者に軍団のアクロリスもいるね」

 

「ふっ、腕が鳴るものだな」

 

シルバーは軽い言葉をしながら次なる敵を見据え、騎士も剣を構えて待ち受ける。

 

「おいおい、なんでこんなにでかいのばかり来るんだよ?」

 

「知らないのか?ここは防衛線ビシージの最前線の一つだぜ。大型の敵なんていくらでも来るもんだ!」

 

魔理沙の疑問に答えながらも赤魔道士であるロートは次々と強化魔法を周りにいる冒険者達に分けていく。

魔理沙のいる場所。

それは防衛線ビシージの戦場の中で最も近い場所であり、特に大型種がやってくる事の多い区画。

そこで戦う者達は、冒険者も魔物も人外魔郷の巣窟である場所でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その戦いは常識を逸脱していた。

もはやラグナロクとも言うべき戦場、世界を壊しかねないほどの死闘が繰り広げられる。

神と呼ばれる次元を超えた存在達が、たった一匹の幻想の存在を追い詰めていく。

必殺の一撃が飛び交い、己の技をただ与えんと戦い続ける。

 

「幻巣「飛光虫ネスト」!!」

 

空中に飛びながら背後に隙間を開き、高速飛行物体を召喚する。

本来、弾幕ごっこに扱われるスペルカードは避けることを前提とした"遊び"に過ぎず、必殺と成りえない技だ。

しかし今の紫は違う。

"必ず殺す技"として最適な頭脳が作り出し、回避不可能を前提とした弾幕を何百という数で撃っていく。

否、何百では足りない。

妖怪として活性化した肉体は幻想という枠組みを超え、更に境界線を操る能力によって更なる自己強化を果たした紫のポテンシャルは大妖怪として恐れられた力を遥かに凌駕する。

弾幕の数にして千を超え、その一撃一撃が並みの妖怪なぞ塵すら残さない破壊力。

 

だが、対峙する敵は断じて並みの妖怪ではない。

何千もの弾幕が一発も逃さず偉大なる存在へと直撃する。

例え神と呼ばれし存在であっても傷の一つや二つは付けられるはず。

そう思った一撃は、完全に防がれていた。

 

それは厳つい顔をし、頭から伸びるは白髪を一本に纏めている。

岩石のような巨大な肉体を持ち、筋骨隆々とした土の神タイタンによって、紫の攻撃は完全に塞がれたのだ。

その頑健な肉体は普通の攻撃では如何に強力なものでも意味を為さない。

事実、戦い始めて紫はタイタンへの攻撃を加えても効果的なダメージを与える事ができなかった。

 

「くっ!?」

 

始めは動きの鈍いタイタンから潰そうとしたがそれは考え違いであった。

どれだけの攻撃を与えても意味がなければ無駄に力を消費するだけである。

しかも敵はタイタンだけではない。

四方八方からタイタンを含めた十の神々が襲い掛かるのだから。

 

――受けよ……我が炎を!

 

怖気が走るほどの膨大な"魔力"をかき集め、それは球体となって熱量を産み始める。

悪鬼と呼ぶのに相応しい外形を持ち、真っ赤な鱗と巨大な角、そして全てを切り裂かんとする鉤爪を持つイフリートは投擲の態勢に入る。

空中をカトンボのように飛び続ける紫を撃ち落とそうと算段なのだろう。

 

凄まじい熱量を孕んだ岩石が、空気を焦がしながら紫目掛けて投擲される。

当たればいくら紫でも無事ではいられないイフリートの攻撃だが、当たらなければどうという事はない。

 

「お返しいたしますわ」

 

隙間を開き、熱された岩石をその隙間の中に入れる。

それを別の場所に隙間を開き、岩石が投擲された異空間に繋げる事で岩石をそっくりそのまま氷の女王に飛ばした。

あれだけの熱量を孕んだ岩石だ。

同じ神にぶつければ大きなダメージになるのは確定的に明らかになるはずだったのだが…。

 

「……そう簡単には行かないか」

 

軽く舌打ちをしてしまう。

岩石がシヴァに当たる直前、空気すらも歪んで見えるほどの熱量を持つ岩石が完全に凍ってしまったのだ。

シヴァの美しく、細い指先がそっと凍った岩石に触れると氷の粉のようにバラバラに砕け散る。

外形上は同じ女であるというに、その紫ですら見惚れてしまいかねない美貌を持つ女王。

布の面積が少ない格好をしながらも、優雅に衣を揺るがし笑みを浮かべる。

 

しかし呆けてる暇も考えている暇も与えられない。

風に動きがある事を察知すると隙間を開いて元いた場所からすぐさま離れる。

その一瞬の後には巨大な竜巻が現れ、その中心には風の神獣が存在している。

竜巻が晴れ、髪と背中に緑の翼を持つ女の姿が見える。エルヴァーンのように背が高く、ミスラのように二つの胸は豊かだ。

しかし布一つ纏ってない素肌は淡い緑色をしている。両手両足に鋭い爪を生やしている。

もしも隙間を開かずに離れていなかったら、ガルーダの竜巻によって紫の肉体は細切れにされていただろう。

 

――逃げていてばかりでは我らを超えらぬぞ!!

 

「フェンリル!」

 

どれだけ宙に飛ぼうが関係はない。大狼が天高く飛び上がった。

紫が認識して隙間に逃れるよりも早くその巨大な前足に押し潰され、そのまま宙に浮かぶ岩石へと叩きつけられた。

 

「ぐ、はっ!!?」

 

陸の魔獣と恐れられるベヒーモスよりも巨大な肉体に押し潰され、岩石に亀裂が入っていく。

押し潰される度に肉体が崩壊していく。骨が圧迫され砕けていく。その度に血反吐を吐くが、相手の力は一向に緩めない。

そして押し潰され続けられた結果、後ろの岩石が砕け、一瞬だけ楽になる。

 

「――ッ!!」

 

その一瞬を見逃す紫ではない。

フェンリルの全方位に隙間を展開し、その隙間から頑丈な鎖が次々と召喚される度にフェンリルを拘束していく。

その間に紫の肉体は超速再生しつつあった。

不老不死である蓬莱人と見間違いかねないほどの再生によって、フェンリルによって壊された肉体が元に戻っていく。

拘束する間にかかった時間は一瞬。その一瞬の間に紫の肉体は完全回復したのだ。

 

「空餌「中毒性のあるエサ」!」

 

タイタンにはほぼ無意味であった弾幕。

しかしその"妖力"の残滓は残り続け、再び何千の弾幕として構成されてフェンリルに襲い掛かる。

回避のしようがないように多数のルートを刹那もかけずに構築し、そこを通るように高速飛行物体が突撃する。

 

――ぬるい!!!

 

紫の"妖力"が込められた鎖は普通では千切れない。

拘束という意味の術がかけられ、本来であればその術の効果によって身動き一つ取れないはずだった。

しかしその鎖は、いとも容易に引き千切られ、フェンリルの咆哮がアストラル界に響き渡る。

咆哮に込められた力は次々と襲い掛かる弾幕は"妖力"を失っていき、千を超える飛行物体のほとんどが霧散してしまい、当たったのは数個程度にしか届かなかった。

 

「なんて、出鱈目!」

 

前爪で攻撃されるよりも早く離脱し、紫は愚痴を吐いてしまう。

紫の持つ自慢の頭脳、それは勝利の方程式を生みだすために動き続けている。

しかしその方程式を出すのにあまりにも目の前の神達は強大すぎた。

 

――汝……悔い改めよ……門戸は……いつでも……開かれている……

 

唯一、まったく動かない神が存在していた。

鋼の如き甲冑を纏い、その外形は城壁、もしくは城とも評すべき存在。

四つの足で支える胴体部分、その頭から覗かせる二つの眼に感情が見受けられない。

 

「ちぃ!」

 

紫はその神に対しての攻撃は試みている。

タイタンと同レベルの頑丈さを持ち、生半可な攻撃では傷一つ付かない。

何をしでかすつもりかは分からないが一旦隙間を開き、様子を見る。

そのために開こうとするが、身体が動かなかった。

 

――啓示は……いつでも……現されている……

 

その声は戒めだ。

絶対神であるからこそ出来る強制的に相手を懺悔させ、悔い改めさせる。

アレキサンダーの声を聞いてしまえば誰であってもその動きは束縛されてしまう。

 

――案ずるがいい……貴公がこの世から滅せようともその魂、ヴァルハラに送ってやろう……

 

空中を駆けあがる蹄の音。

動きを止まった今の紫を見逃す者は誰もいない。それは冥府の騎士と恐れられるオーディンとて同じ事。

巨大な黒色の神獣スレイプニルに跨り、白銀に輝く鎧を身に付けた騎士が持つ得物は巨大な魔槍。

あの槍で貫かれてしまえばただでは済まないだろう。

 

「ッ!境符「四重結界」!!」

 

用途に合わせた結界を四重に重ねた結界で身を護る。

動けない状態であるなら己の持つ結界術で防ぎきるしかない。

スレイプニルの動きは更に加速し、オーディンの膂力を合わせた渾身の槍が四重結界と衝突する。

一枚目が砕かれ、二枚目が引き裂かれ、三枚目を貫き、四枚目が罅を与える所で停止する。

紙一重であった。もう少し加速がされていれば結界が破られていただろう。

 

――く、カカかかカかか!何処ヲ見てイる!

 

「今度は!?」

 

何、と言い切る前に影に飲み込まれた。

その影は紫を飲み込みながら形を作り出し、人型を作る頃には悪魔のような姿をしたディアボロスが紫を捕まえていた。

蝙蝠の翼を巨大にしたようなのを背中から生やし、人型でありながらも筋肉質な部分が見られる。

三本しかない指で紫を捕まえながらもその力が増してくる。

 

――幻想ノ世界、それモまタ夢の世界に消エるノダ

 

ディアボロスから滲み出る闇色。

それは紫を包むと、急激な睡魔に襲われた。いくら紫は睡眠に対する耐性がほとんどないとはいえ、抵抗レジストすら許さないディアボロスの悪夢に意識を落とされてしまう。

一瞬だ。現実の時間ではほんの一瞬。

その一瞬の間に見た夢の内容は悪夢であった。

己の世界が壊される。完膚無きまでに、何の情も無く、自分の愛した世界が混沌に包まれて壊される夢。

 

「あ、あぁぁぁぁあああああ!!?」

 

パッと手を離すと同時に踵落としを決められた。

妖怪に共通の弱点があるとすれば、精神面の脆さが挙げられる。

夢とはいえ、明確すぎるディアボロスの悪夢を見てしまったために無防備な状態に攻撃を喰らってしまったのだ。

 

「ぐ、がぁ……!」

 

悪夢の効果によって身体が思うように動かない。

それでも無理矢理にでも動かさなければ待っているのは嬲り殺しである。

隙間に退避するために境界線を開き、そこに待っていたのは……

 

――愚かな……如何に移動に優れようとも……所詮は……児戯に等しい事………。

 

「なっ!?」

 

隙間から隙間への移動。

これが紫の移動手段であり、誰にも破れた事のない回避手段でもあった。

どんな強力な攻撃であっても、隙間の中……つまり異空間の中であれば回避し切る事は可能なのだ。

しかし、リヴァイアサンは隙間の中に逃れたはずの紫を捉え、蛇のような蒼く長い体でもって絞め付ける。

 

「が……はっ………!」

 

その絞め付ける行為に、紫の肉体がゆっくりと壊されていく。

まず両腕の骨に罅が入り、嫌な音と共に砕けて行く。血管が千切れ、砕けた骨は中の肉を裂いた。

そのまま体の骨にも罅が入り始め、内臓が圧迫されていく。

呼吸ができない。一際大きく締め付けられるとあばら骨が完全に砕ける音が響き、多量の血を口から吐き出した。

 

そのまま投げ捨てられるかのように地面に叩きつけられ、蜘蛛の巣のように地面が割れる。

二回ほど血を吐きだし、肉体が回復していくのを感じながら立ち上がろうとする紫の前に、巨人が立っていた。

 

(―――ま、ず、ぃ……!)

 

隙間を開くよりも早く、手と手を合わせ、ハンマーのように振り落とすタイタンの攻撃に、地響きを立てながら無防備となった紫の頭上から叩きつけられる。骨が砕け、内臓が破裂し、砕けた骨が皮膚を突き破る。

頭上から振り落とされた一撃で頭蓋骨がミシミシと軋みを上げる。

痛い。苦しい。その痛みは、人間が感じるものと何も変わらない。

 

「が、は……!ぁぁあああ!」

 

それでも生きている。妖怪である彼女に、本来の力以上を得た彼女にその攻撃は即死にはならない。

砕けた骨が繋がり再生する。破裂した内臓が時計を巻き戻すかのように再構成される。傷ついた肌は傷一つない美しい肌へと変貌する。

わずかほんの数秒、血で汚れた服すらも元通りになる。

 

――堕ちよ、単なる者よ……

 

いくら身体がすぐに回復しても、すぐに動けるわけでもない。

隠者のような姿をし、見事なまでの髭を生やした老人であるラムウは杖を振りかざし、紫の肉体は雷撃の雨に晒される。

服は焼き焦げ、肌は切り裂かれるように血を噴き出し、せめての反撃として放つ弾幕はラムウの身を守る雷の鎧に阻まれた。

雷撃は止む事なく降り注ぎ続け、大爆発が起きると無様にも転がり続け、意識を失いそうになる。

いっそのこと、ここで意識を失ってしまえばどんなに楽な事か。

 

それでも、それでも立ち上がる。

ボロボロになりながらも再生する足を立ち上がらせ、腕の傷口を抑えながら、歯を食いしばって立ち上がろうとする。

眼前にいるのは己に歯牙をもかけぬ神々達。

何たる力の差か。

大妖怪として恐れられ、幻想郷の管理者である八雲紫が、完全に見下された位置にいるのだから。

 

――汝の力……これだけでは……あるまい?

 

炎が込められ、イフリートの身体全てに伝わっていく。

込められた力は右腕の鉤爪に集中していき、あまりの熱量は空間すらも歪め、地面は溶岩となって煮えて・・・しまうほどだ。

そして、それは紫に目掛けて放たれた。

 

地獄の火炎インフェルノ。

イフリートの持つ最大の必殺技であった。

 

亜麻色の髪に火が付く、燃え上がる。オーロラ色の焔にあぶられ、白いドレスが燃え上がり、見る間に皮膚がこげ落ちた。

大岩ですら蒸発させる威力の前に紫の喉から苦痛の呻きが漏れる。だが……

 

「……そうね、そうですわね」 

 

頬が溶け、紫水晶の眼が転がり落ちる。だが、その向こうには何も無い・・・・。

 

「偉大なる存在と戦うならば、こちらとて我が真実を見せるが道理」

 

べろりとめくれ上がった皮膚の内側で、紫は微笑んだ。チェシャ猫の笑み。顔の無い場所に笑顔だけが咲く。

そして傘を一振りした瞬間、すべてのページを戻すかのように、見る間にすべてが再生した。

 

勝てるはずがない。勝てる通りもない。

幻想郷にも神はいる。

魔界を創生した魔界神。

風や雨、農耕を司る神

ミジャクジャの祟り神。

それ以外にも、秋と実りの神、厄を集める神など数多くの神が住まう。

 

だが、これらは違う。

世界を構成する元素の頂点に座する「偉大なる存在」。

それらは所詮、人の信仰無しでは生きられない神とはかけ離れた存在なのだ。

自然にあるところに龍神が有り。

これは「偉大なる存在」も同じ事。

同一の元素に限定すれば、彼らは龍神と同じ存在とも言える。

実世界に召喚士が呼ぶ召喚獣など、「偉大なる存在」からすれば髪の毛一本にも満たないのだ。

 

例え自他が認める大妖怪であっても。

例え全力で戦える力があっても。

 

自然そのものである「偉大なる存在」に勝てる通りはないのだ。

だが、紫の目は諦める色をしていなかった。

 

「妖怪の真髄、とくと見よ!!!」

 

この感覚、何百年ぶりだろうか。

妖怪としての意地、これまで生きてきた中で、闘争に身を投じた事などの数える程度しかない。

それは紫以上の力を持つ妖怪が少なかったからだ。

 

境界線を操る。

 

ただそれだけの事で、神すら押しのけて彼女は最強の一角になれたのだから。

 

だが、目の前の存在はどうだ?

自慢の境界が効かず、自力の力では負けている。

勝っているのは妖怪が持ち得る再生力ぐらいだろうが、そもそも明確な実体のない彼らは傷ついても即座に再生する事自体は可能だろう。

 

だからこそやりがいがある。

勝てるはずのない戦いに身を投じるのはただの愚か者だ。

だが、そんな戦いを紫は何処かしら求めていたのかもしれない。

"己の力"を存分に発揮し、戦える相手を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混乱とする市街地の中、正確に敵と味方を見極めて行動するのは容易には行かない。

街中で人々が笑い合い、平和であったはずのアルザビは戦火の煙に晒されている。

何処に行っても冒険者が剣を振るい、蛮族は目的のために邪魔な者達を薙ぎ払って進もうとする。

戦争と言っても過言ではない戦場の中、鈴仙は吐き気と戦いながら銃を撃ち続けていた。

 

「はぁ……!ハァ……!」

 

呼吸が苦しい。

鈴仙にとって戦争とは、一種のトラウマに近いもの。

本来は月の住民として暮らしていたはずの鈴仙が地上に降り立ったのも、地球と月との戦争が原因だ。

結局は戦争に発展にしなかったとはいえ、地球の軍勢が押し掛け、仲間も街も月も蹂躙される事に怯えた彼女は、仲間を見捨てて逃げた。

戦争に逃げ、仲間すらも見捨てた結果、戦争という言葉自体に禁忌を覚えている。

 

「ねーちゃん、大丈夫かよ?顔が青いぜ?」

 

目の前のタルタルの男の子は、戦場の中であっても変わっていなかった。

少しだけ羨ましく思ってしまう。なぜタルタルというのはこうも能天気というか、変わらずに生きていけるのだろうと。

海賊の住処である海猫党に来てから頭に手紙を渡し、鈴仙と共に皇国に戻る事になったチットは戦場であっても息を乱していない。

 

「ええ、大丈夫……」

 

幸いと言っていいのかは分からないが、鈴仙のいる場所はそこまで蛮族は攻めてこない区画にある。

仮に攻めてきたとしても、鈴仙以上の実力を持った冒険者に加え、五蛇将の一人であるミリ・アリアポーがいるのだ。

防衛線ビシージの要である五蛇将ではあるが、常に前線へと戦い続ける彼らは同じ戦場を戦う者に大きな鼓舞を与える事になる。

そのため、将軍という地位でありながらも現在進行形で彼らは戦い続けているのだ。

 

「ああ、もう邪魔邪魔!数だけ多いんだから!」

 

五蛇将の証でもある真っ赤な鎧に身に包み、ターバンのような帽子を被るミスラの少女。

若いながらも多大な戦果をあげ、最年少で五蛇将の座に就いたミリは愛用の棍棒で次々と魔物を滅多打ちにしていく。

自分とそう変わらない体格の少女が、二倍近くの体格がある魔物を吹き飛ばす図を見て「どんなギャグだ」と鈴仙は思わずにいられなかった。

しかしミリの活躍によって皇国兵士と冒険者達の士気が高くなる。

特に五蛇将の中で最も冒険者から人気の高いミリが活躍すればするほど、紳士の特性を持った者の戦闘力は更に跳ねあがった。

 

「うわぁ……」

 

なんだか永遠亭にも似たような者はいた事を思い出す。

鈴仙の脳裏に浮かべるのは全身青タイツの変態どもであり、すぐに記憶から抹消した。

しかし結果的には蛮族相手に一歩も引かず、むしろ押している現状は喜ぶべきだろう。

今も尚、蛮族が少なくても減る事はないのだから。

 

「フン!」

 

冒険者達が魔物を相手にする一方で、獣人であるゲッショーも同じように刃を振るう。

例え乱戦に近い戦場であっても己の実力をキチンと発揮できるのはさすがだと言うべきか。

 

「じゃあ、俺はもう行くぜ」

 

「ええ」

 

息を整え、大丈夫だと判断したらしいチットは戦場に戻っていく。

鈴仙とて何時までも怯えてばかりではいられない。

この大規模な戦争に、今も尚隠れて戦いに巻き込まれないようにする者がいる。

ヴァナ・ディールに来てから皇国には顔も知らない者もいる。知っている者もいる。

だからこそ、その者達が巻き込まれてしまうのも寝覚めが悪い。

今の鈴仙には戦う力がある。それを今使わずに何時使うというのか。

逃げない事を選択したのは、自分自身なのだから。

 

「カオスロール!」

 

ダイスを指で弾き、宙に飛ぶ。

そのままダイスは光輝くと六つのカードに別れる。

一枚、二枚と撃ち抜くたびに数字が現れ、更なる倍掛けダブルアップへと挑戦していく。

覚悟を決めるための儀式を行うためのコルセアのダイス。

勝利を掴むために、己の宝を護るために、己の生き様を貫くために。

その覚悟さえ持てれば、ダイスは答えてくれる。

 

三枚のカードを撃ち抜き、出た数字は〈4〉。

一枚目の〈3〉と二枚目の〈4〉、そして三枚目の数字によって〈11〉となる。

その瞬間に鈴仙の身体から幸運がオーラとなって見えるように噴出され、鈴仙を中心とした全ての冒険者と皇国兵士にコルセアの御身が与えられる。

銃を引き抜き、撃つ。

それだけで頑丈な甲殻を持つはずのダンゴ虫のようなワモーラに弾丸が貫き、活動を停止させる。

鈴仙の使った"カオスロール"は自然と力を引き上げるダイス。その効果は銃にも及ぶ。

 

「うはwwwwwwwwwww行wくwぜw飛子wwwwwwwwwwwブゥゥーーーーーーーーメラァァァァァン!!!wwwwwww」

 

赤色が眩しい戦士のアーティファクトを着た男が叫んだ。

ガントレット、レガースと言った手足には鎧に該当するものを身に付けているのにも関わらず、胴体だけは薄い黒色の布のようなものであり、肩と腹を出している。

戦士のアーティファクトでありながらも重鎧ではなく、俊敏性を重視された見た目だ。

前髪を左右に分けたロンゲ調の髪型をしており、手に持つのは木の棒が曲がったような投擲武器であるブーメラン。よく見れば他に武器を携帯していない。

 

男がブーメランを投げた。

本来は投擲武器でありながらも硬い木から出来た程度でしかない。

刃の付けられた手裏剣や火薬の入ったグレネードは言うに及ばず、同じ投擲武器でありながらもブーメランと同じように宿主に戻ってくるタイプであるが、刃の付けられたチャクラム系列などと比べると武器として劣る。

精々、安全地帯の狩り場から魔物を引っ張りだす程度にしか使えない武器である。

巨大な人型であり、更には頑丈そうな鎧を身に付けたトロール目掛けて一直線に飛んでいく。

普通であればカツンと音が響くだけで何もダメージにはならないだろう。

しかし男の投げたブーメランはトロールの兜に当たり、ドガンと音と共に鉄製らしき兜を凹ました。

それだけではない。

本来は曲線を描きながらブーメランは宿主に戻るはずだというのに、トロールに当たってから更に追撃とばかりにくるくると回りながら攻撃をしていく。

 

(ち、違う!あんなのブーメランの動きじゃない!)

 

物理法則をガン無視するような動きに鈴仙は呆気に取られる。

意味のわからない機動をしながらついにブーメランはトロールを打ちのめした。

そして男の手に戻り、草を生やしながら勝利の雄叫びをあげる。

 

「おkkwwwwwwwwwwありがとなwwwコルセアの嬢ちゃんwwwwwwwwww」

 

「は?」

 

「ダイスの支援で倒しやすかったっていう意味だよ言わせんなよ恥ずかしいwwwwwwwwwwwwwwwww」

 

確かにダイスの力によって潜在能力として力が上がっている。

しかし鈴仙には自分を強化できればいい程度であったために、礼を言われる事を想定していなかった。

 

「い、いいわよ。ついでだし、ついで」

 

「ツンデレですねわかりますwwwwwwwwwwwww飛子みたいに素直になれよwwwwwwwwwww」

 

「ツンデレ言うな!」

 

飛子、という名らしいブーメランを主武器として使い、戦死は大笑いしながら再びブーメランを投げ続ける。

物理法則って何それ美味しいの?という動きで次々と蛮族を滅多打ちにしていく彼を見て、鈴仙に脳裏に浮かべるのは幻想郷にもいる、草を生やした三馬鹿達。

 

(まさか……同類って奴じゃないわよねぇ?)

 

大剣をこよなく愛する太陽の騎士、身も心もシーフである盗賊、誤爆によって本音を隠さない魔道士。

その三馬鹿の仲間であり、彼らを含めたとあるギルドのリーダーである者に出会っていた事を彼女は知らなかったのだった。

 

 

 

蛮族と魔物と人間。

種族の違いがあれど、彼らは各の目的に戦い続ける。

蛮族は『魔笛』の奪取を、人間は街の防衛を。

そんな戦いを何年も続けているのだ。『魔笛』とはそれほどまでに蛮族を引き寄せてならない何かがあるのか。

皇国に来てから数日程度の霊夢にそのような事は分からない。

だが、分かる必要もない。

所詮はただの部外者であり、傭兵として戦う彼女にとってなぜ蛮族が『魔笛』を求めるのかは知る必要もない事。

 

「11匹目!」

 

だから自分が今やるべきことは、のこのこと武器を振りかざして襲い掛かる蛮族達を叩きのめす事だ。

華奢な少女の身でありながら数多の妖怪を殺してきたリアルではモンクタイプの拳によって、次々と蛮族を倒していく。

倒しても倒しても、文字通り切りがない。

壊された扉から所狭しと蛮族がやってくる。目を向ければ二階に通じる階段からもやってくる。

大通りを真っ直ぐと進んだ少しばかり狭い四角形の区画。

広大な森林と密林である段丘を繋げる道を遮る巨大な壁が存在し、その奥では名の知れたほどの一級廃人の冒険者が戦い続ける激戦区。

その激戦区を乗り越えて次々と蛮族がやってくる。

 

「そらぁ!14匹目!!」

 

エルヴァーンの少女である拳が、ラミアを壁際に叩きつける勢いで殴りつける。

壁に叩きつけられたラミアは壁に罅が入り、そのまま倒れるとプリッシュは更に別の魔物を相手にしていく。

休む暇なぞ何処にもない。

戦うために身体を動かし続け、常に敵の意識を入れなければ危険で危ない、前線となる戦場で少女達は戦い続けていた。

 

「危ない!」

 

しかし如何に実力があっても、何十と一斉に襲い掛かれば霊夢といえどもすぐに対処はできない。

死角から襲う蛮族から護るのはナイトのアーティファクトである白い鎧を着たタルタルの少女であった。

小さいながらも騎士は騎士。

見事に霊夢を狙う攻撃を防ぎ切り、マムージャは自分よりも遥かに小さい騎士を押しこむ形で力を入れる。

 

「やらせるか!」

 

そこにすかさずヒュームの少年が剣を振るう。

大きく断ち切る勢いで振るわれた一撃はマムージャを引き裂き、ついでとばかりに蹴りを入れて倒していく。

タルタルの騎士とは違い、重鎧ではない姿から戦士なのだろうと予測がつく。

 

「赤魔子さん!私はアルを、そちらは樽ナさんとレイムをお願いします!」

 

「(コクン)」

 

魔物相手と前線で戦っている中、後方には魔道士達が冒険者を支援している。

貧弱な肉体である彼らが前線に向かえば危険極まりない。

白魔道士であるイーリス、そして真っ赤な服装に真っ赤な帽子を被るエルヴァーンの少女は無言で頷く。

唱える魔法は身体を軽くさせる"ヘイスト"。激戦となる防衛線ビシージに置いて重要となり得る強化魔法の一つだ。

イーリスが戦士の少年であるアルに"ヘイスト"を唱える頃、赤魔道士の少女である赤魔子は二人目の"ヘイスト"を唱える。

詠唱速度の早さに定評のある赤魔道士であれば、他の魔道士が唱える途中でありながら二つ目の魔法に取りかかれる事も可能である。

だからイーリスは一人に集中し、赤魔子には二人をお願いしたのだ。

 

「ありがとう、赤魔子さん!」

 

「礼を言うわ!」

 

タルタル騎士である樽ナと霊夢は支援を受け取りながら戦い続け、礼を言う。

遅れてアルも礼を言うが、こちらを向いている暇はない。そのような隙を作ればこちらがやられてしまうからだ。

 

彼女達は防衛線ビシージという大規模な戦闘の中に組んだ即席のパーティだ。

本来は作戦や戦う相手に合わせて組むパーティも、状況に応じて戦況が変化するこの戦いに置いて意味はない。

とにかく一人にならないためにも片っ端からパーティを組み、即席ながらも得意とする技を使い合って協力して戦う必要がある。

アル、イーリス、樽ナ、赤魔子。この四人は最初に組んでいた時に霊夢とプリッシュを誘う形となって今のパーティとなった。

即席ながらも息は合っている。己の役割が分担されているため、互いを邪魔する事なく戦えるからだ。

 

「16匹目だ!」

 

プリッシュが16体目となる蛮族を倒す。

遅れて霊夢が14体目を倒し、スコアに差が生じるようになる。

 

「へっへっ!このまま俺の勝ちと行かせてもらうぜ!」

 

「負けないわよ!」

 

後方から癒しの魔法や強化魔法の支援が受けれるために前に出て全力で戦える彼女達は、この戦いに置いて、どれだけの蛮族を倒せるかという数を競う。

霊夢とプリッシュはそのような事をしていた。

負けた方は食事抜き。そのぶんの食事は勝ったほうが貰う。

何とも彼女達らしい賭け内容であった。

 

「うわ、頑張るなぁ、あの二人。僕も負けてられないね!」

 

樽ナの仕事はそうした二人のフォロー、そして後方の魔道士を狙おうとする魔物から盾になる事。

伊達にアーティファクトを着た実力はタルタルであっても伊達ではないのか、高く飛び上がるとそのまま剣で宙に浮かぶプークを真っ二つに切り捨てる。

赤色のトカゲのようなものに虫のような羽根を持ったプークは二つに別れながらも暫く飛んで壁に当たると地に落ちる。

 

「ここから先は行かせるか!こっちに来い!」

 

剣を地面で叩いて鳴らし、魔道士を狙おうとするトロールが"挑発"をするアルに向く。

彼の仕事も樽ナとほぼ同じであるが、ナイトである樽ナと比べて自分を護る術が欠けているのでたった一人で蛮族をするのも骨が折れる。

それでも一歩も引かずにトロール相手に奮闘し、大きな槌を振り被ってくるとそれを横に避け、反撃とばかりに腕を断ち切る。

しかし腕を一本落としたぐらいではトロールは戦う気力を落とさない。片手で棍棒を振るうかのように槌を振り回すのは恐怖の一言と言えるだろう。

 

「うわっ」

 

盾で受け流すのに失敗し、大きく態勢を崩してしまう。

 

「…………」

 

赤魔子の声の聞こえぬほどの詠唱が始まる。

体勢を崩すアルにトロールが攻撃を加えようとするが、一瞬だけ、バチリとした音と共に行動が止まる。

その止まった間に態勢を整え、即座に剣に"気"を送っていく。

 

「ボーパルブレード!」

 

四回の斬撃がトロールに襲う。

一発ごとに込められた"気"の力によって容易にトロールの持つ頑丈な肉体をバラバラに引き裂いていく。

剣を振るい、こびり付いた血を払う。

 

「赤魔子さん、助かりました!」

 

「(グッ)」

 

赤魔子の"スタン"が無ければアルはトロールの攻撃に当たっていただろう。

よくやったと言わんばかりに喋らずに親指を立てる。

このエルヴァーンの少女はなぜか一言も喋らずにジェスチャーでコミュニケーションを取る。

それでも言いたい事が分かってくるのも不思議なものだと、アルは思った。

 

「むぅ~」

 

「な、なんだよ。イーリス」

 

それを見てどうも不機嫌そうになるイリースを見てアルは戸惑う。

こんな事をしている場合ではないのに、そんな二人を見て赤魔子は微笑んでいる。

 

「19匹を超えたぜ!」

 

「まだまだぁ!18匹目ェ!!」

 

モンクタイプの少女の声が響く。

自分よりも年下でありながらも蛮族を次から次へと倒していく二人の少女を見て、アルは引きつった顔しかできなかった。

 

 

 

戦いは続いていき、一時間が経とうとしていた。

それでも蛮族の減る気配は一向に見えず、600を超える軍勢はアルザビを囲んでいる。

ついに本隊とも言える後続隊がやってきた。

数は先発隊の二倍以上はあり、合わせれば2000を超える。

その報告がアルザビに響いた時、ついに来たのかと、冒険者達と皇国兵士は気を引き締める。

 

今までの戦いは前座の前座。

これからである。本当に苦しいのは。

 

そして、後続隊に合わせて蛮族の長達も現れる。

本来であれば長達が出るのはまだ先のはずである。

しかし、彼らは真っ直ぐとアルザビの門へと先に進む。

 

「分かっている、ね?この戦い、我々はあくまで囮」

 

「そう、やりすぎるな。これは時間との勝負」

 

一つの胴体に二つの頭。

茶色の鱗と青色の鱗が二つに別れながらもくっついた、マムージャらしき人型が確認するかのように言う。

 

「ホホホホ……ワカッテイル。ソノタメニ、オ前達ト協力シタノダカラネ」

 

下半身が蛇でありながらも、髪のような部分も金の装飾が施された蛇であるラミアは笑いながらも、ラミアで使う事が珍しい弓を携えていく。

 

「ソオジエ、オシマタン、サコンラノエヤアネセレワドネ」

 

「『せいぜい、あしもとを、すくわれないようにするんだな』と言ってる」

 

最後は巨体の中でも一際に大きな肉体を持つような髭のあるトロールであった。

難解なトロール語を翻訳するために雇われ、犬のようなマスクを被ったゴブリンに似た種族、地底を生活の場とするモブリンがトロールの言った事を二つの蛮族に伝えた。

 

「それは、ソナタにも言える事だと思わないか、ね?」

 

「やめるんだ、今はそんな事は関係ないだろう、ね?」

 

青い頭は皮肉染みた事を言いながらも茶色の頭がそれを遮る。

何とも奇妙な図でありながらも、奇妙であるがゆえの不気味さもあった。

 

「では、行こうか、ね。我々は、そのために協力をしたのだから、ね」

 

「我ガ僕ヲ新タナニ誘ウ事ガデキナイ事ガ誠ニ残念デハアルガ……仕方ナイ……」

 

「アカザいくぞ」

 

彼らは、個々の強さは五蛇将すらも超える実力者である蛮族の長。

後続隊と合流する事で2000近い軍勢となった蛮族軍。それだけでも防衛線ビシージは想像を絶する激戦となるだろう。

そしてそれを更に激戦へと招き入れる存在が協力し、三つの長が同時に戦場へと足を踏み入れた。

 

グルージャジャ

 

メドゥーサ

 

グーフールー・ザ・メナシング

 

単独で防衛線ビシージの戦況を一変とさせる怪物が襲来した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八雲紫の最大の力。

それは何だ?と言われて真っ先に思いつくのは境界を操る程度の能力が挙げられる。

なぜなら万物に置いて大概は境界が存在する。

それをほんの少し操るだけで、紫は最強になり得た。

第二に素の能力の強さもある。

膨大な"妖力"は全てに置いて寄せ付けない力を持ち、真っ向勝負からぶつかれば大概の相手は能力を使わずとも勝利できる。

さすがに鬼などと言った例外もあるだろうが、その例外も己の能力を使用すれば勝つ事も可能である。

 

しかし紫の持つ最大の力は、能力でも"妖力"でもない。

頭脳だ。あらゆる事を模索し、瞬時に最適な答えへと辿りつける計算能力の高さ。

星々が流れる距離、時間、光の速度を計算し、彼女はほんの戯れで対象の星が滅びるまでの時間を正確に計算できる。

カーバンクルが最も恐れたのはその並外れた頭脳にあった。

八雲紫の持つ最大の力。

それが今、発揮されようとしている。

 

「…………」

 

音を置き去りにするような速さの中、その速度を保ちながらを戦闘していく。

肉体が軋み始め、壊れていくほうから片っ端に再生されるのだから問題はない。

弾幕を放ち、防がれ、攻撃を回避し、反撃の糸口を見つけようとする。

十の神々の動きを正確に見つめていく。時には攻撃を喰らっても、最後までその動きを把握していく。

呆れるほどの攻防戦、その間に打ちのめされた回数は数知れず。

紫の頭脳は、ガチリと嵌めこむように歯車が繋がった。

 

「……見つけた」

 

ニィィィ。

淑女としての笑みではない。

妖怪としての、言い知れぬ悪寒と恐怖を招く笑み。

身体中を風穴だらけにされ、時には身体中を切り刻まれ、時には魂を凌辱するかのような攻撃を受け続け、ついに、勝利の方程式を見つけ出した。

 

あとはその方程式通りに動けば勝てる。

未だに溢れる"妖力"に身を任せ、何千の弾幕を組み上げると神獣目掛けて発射する。

 

――汝……安んじよ……私は不朽であり……不滅であり……不可量であり……不可侵である……

 

アレキサンダーの前脚にある両肩が回転しながら上に開いていくと光の壁が作り出されていく。

その壁は神獣全てを守り切り、弾幕を防ぎ切る。

これも計算済みだ。まずは弾幕によって動きの全体を把握すると共に神獣の動きを調整する必要性がある。

 

「外力「無限の超高速飛行体」!」

 

アレキサンダーの防壁の効果はそこまで長くはない。

次なるスペルカードを宣言する頃には効果が切れてるとはいえ、神獣がそれぞれの手段で持って防いでいく。

その様に紫はニヤリとする。

普通であれば渾身の一撃を防がれて笑みを浮かべる者はいない。

しかし紫は普通ではない。

全力の攻撃一つ一つが、勝利のための囮に過ぎないのだ。

弾幕の一つ一つが超高速で向かって行き、よく見れば一部の神には一つも向かっていない。

まんまと紫を追うのが限られ、紫の反撃が開始する。

 

最初に追って来たのはリヴァイアサンである。紫に迫る速度でもって泳ぐように追ってくる。

そのままの速度で紫に体当たりすればそれだけで紫の肉体を貫き、風穴をあけるだろう。むしろ胴体と下半身が真っ二つに別れるかもしれない。

だが、それでいい。むしろ加速すればするほど好都合となる。

水の神獣と紫の鬼ごっこが始まり、次に紫が向かうのはラムウであった。

待ち変えているかのように両手の杖を構え、バチバチと雷が鳴り響く。

 

「フッ!」

 

隙間を後ろに展開する事で恐ろしい数の弾幕がラムウ一体に降り注ぐ。

その弾幕は等しくラムウに纏う雷の鎧によって防がれ、一つも届く事はない。

これも計算済み。生半可な攻撃では通用しない。

ならば、それ以上の攻撃を持つ者に貫かして貰う。

そのために雷の鎧を出来る限り弾幕によって剥がす。全てを剥がした所で雷の鎧は一瞬によって再生する。

ならばその一瞬を紫を追っていたリヴァイアサンに任せるとした。

音速を超える速度を保ちながら紫を追い、隙間と隙間の移動によって一瞬の間で持ってラムウを突き刺した。

 

――……な……

 

――お、おお………

 

そしてラムウの持つ神獣として力が雷の鎧を纏い、貫いたままのリヴァイアサンに電撃が伝わる。

同じ神獣の雷を浴びてしまった水の神獣はただでは済まない。耳障りな雷撃がリヴァイアサンを身に包み、二つの神獣を同時に仕留めて見せたのだ。

 

「ふ、ははは……」

 

普通であれば、こんなに簡単にはいかない。

いくらリヴァイアサンを加速させて隙間に移動させたとしても、異空間を行き来できる彼らは咄嗟に避ける事も可能だ。

しかし紫の頭脳は更に回転をし続ける。

霊獣であるカーバンクルが恐れる頭脳は勝利の方程式を求め続ける。

 

――カァ!!

 

例え二体の神を倒してもまだ八体の神が残っている。

"魔力"で輝くような紫色の毛皮を持つ大狼であるフェンリルが上空から襲い掛かる。

隙間を開いて回避するのではなく、ラムウの持つ杖を拝借した。

紫の二倍近くはありそうな巨大な杖であり、漆黒の色塗りをされている。

しかしそれは雷の神獣であるラムウに許された神器と同等な代物。

使い手ではない紫が持った瞬間に雷撃が持っている手を焼き焦がし、指から少しずつ炭化していく。

 

「ッ!」

 

それに耐え、更に隙間を展開するとフェンリルを鎖によって動きを封じ込む。

意味などない。すでに破られた程度の代物だ。

しかし少しでも動きを封じられれば充分。再度隙間を開いて紫はフェンリルの真上に現れる。

杖を持つ手は次第に肘までも炭化していくが、決して握る手は崩れない。

真上からの加速を付け、ラムウの杖でもって串刺しにするつもりなのだ。

 

――その程度の策が通じると思ったか!!

 

鎖が砕かれ、フェンリルの咆哮が上空にいる紫に目掛けて放たれた。

弾幕の"妖力"を消し飛ばした咆哮ではない。

純粋な破壊の力が込められた"ハウリングムーン"によってラムウの杖ごと消し飛ばされていく。

 

「騙されてくれてありがとう」

 

――何……

 

紫のいる所。それはフェンリルの真下である。

馬鹿正直にラムウの杖を突き立てようにも意味はない事は分かっている。

上空に上がり、加速した時にはすでに隙間での移動を終えていた。

 

「使わせて貰いますわ……貴女達の技を」

 

再生し、元に戻った美しい手が握るは折り畳まれた傘。

その先端に強大な"妖力"が集中される。

脳裏に浮かべるは魔砲という強大無比な砲撃を行う二人の少女。

しかしそのまま撃ったとしても目の前の神には効果は薄い。

だから作り変える。ぶっつけ本番、しかし数秒もあれば元のスペルカードを作り変えて撃つ事なぞ紫の能力の前には造作もない。

 

「魔砲「マスタースパーク」」

 

光の光線がフェンリルの腹から背中へと貫通した。

その光線は上へと、更に上へと、更に更に上へと上がっていく。

際限無く上がっていく光線は肉眼では捕らえられない程に上がっていくとようやく終息していく。

限りなく"妖力"を圧縮させ、一点集中の如く撃ち出されたそれはフェンリルすらも貫くレーザーとなった。

フェンリルの腹に丸い風穴がぽっかりと開き、すかさず咆哮によって砕けかけたラムウの杖が埋めるかのように突き刺さる。

 

――ぐ、ぉ……見事なり……!!

 

一言の称賛を上げて崩れ落ちる。

紫の目は見抜いていた。神獣と言えども紫の攻撃は全く通じていないわけではない事を。

ほんの数発であったが、当たった時に生じる"魔力"の分散されるのを正確に見抜いていたのだ。

攻撃が通じるのであれば一撃必殺を与えればいい。

それがこの答え。

黒白の魔法使いとフラワーマスターの得意とする一撃必殺の魔砲を神獣の肉体を貫くほどに一点集中に作り変えた魔法であった。

 

(とはいえ、そう何度も使えないわね……)

 

一発の魔砲によって傘が悲鳴を上げている。。

如何に紫の"妖力"で強化し、ある程度の再生機能はあるといっても限界はある。

もう二発も全力で撃ち抜けば再生不可能なぐらいに砕け散るだろう。

そして紫自身で先程の砲撃を撃ち抜く事ができない。

フェンリルを貫いた高出力収束レーザーは媒体であり、一点集中に向いた傘があるからこそ可能な即席の技に過ぎない。

下手に自分自身が撃とうとすれば己の身体が吹き飛ぶ危険性があり、加えて隙間の砲撃もそこまで器用な真似はできない。

 

――……凍りなさい……心も、身体も……

 

急速な冷気が紫を襲った。

考えるよりも早く紫の身体がガチガチに凍っていき、服にはそこら中に霜が出来ていた。

身も心も凍りつくような中、シヴァが冷気を吹きかければチラチラと美しい"ダイヤモンドダスト"が生まれる。

もはや紫は身動き一つ取れない。あまりの凍える寒さによって思考力が低下しそうになる。

 

――砕けよ……

 

(そ、う……凍った、ところを……)

 

如何に不死身に近い再生能力を持つとはいえ、凍らされた状態で砕かれれば再生も糞も無い。

イフリートが拳に当たるであろう鉤爪で持って殴りかかろうとする。

しかしその拳は届かない。届く前にイフリートの背中には幾百の剣が突き刺さっている。

その剣は実体を持ちながらも"妖力"によって作られた剣。しかし紫は動けない。ならばどこに"妖力"を捻りだす?

ラムウに向けて放った弾幕を利用したのだ。

残留として残る"妖力"を再利用し、それを剣の形にして紫を狙う敵に対してオートの攻撃を向けた。

例え神であるイフリートとはいえ、死角からの攻撃には反応しきれない。

赤き鱗を貫き、ハリネズミのように背中に剣を生やしたイフリートは絶叫を上げる。

 

「爆破しなさい」

 

ピシリと音が鳴ると共に凍った身体を動かし、氷の束縛から解放される。

指を鳴らし、イフリートの背に刺さる剣は大爆発を引き起こした。

例え残留から作り出した幻影の剣とはいえ、名剣と勝るとも劣らない切れ味を持っている。その状態で紫の術によって爆散し、イフリートの背中はぽっかりと穴が出来たような空洞が出来上がる。

 

――幻想の存在で神を葬るか!ならば……

 

爆発によって煙幕が広がる中、その煙幕を振り払って目の前に出たのは冥府の騎士。

スレイプニルが走り切り、もはや目と鼻の距離となる。

巨神の持つ巨大な槍には漆黒の闇が注がれている。

結界を作り出そうにも間に合わない。仮に作ったとしても意味はない。

 

――我が魔槍で滅するがいい!!

 

オーディンの持つ槍が紫の胴体を貫き、そのまま槍を投擲した。

刃は背中を貫き、口からは多量の血液が流れる。

このまま行けば後ろに浮かぶ岩石が槍を貫き、縫い付けられた状態になるだろう。

痛みに耐え、隙間を作り出すと貫かれた時に生じる運動エネルギーを維持し、隙間から隙間へと移動する。

そして移動した先は土の神であるタイタンだ。

 

「これ、ならっ!!」

 

岩石に突き刺さるはずだったオーディンの槍はそのままタイタンの胴体を貫いた。

土のような肉体に罅が入り、紫の血を混じって赤く染まっていく。

単純な槍の一撃であるならタイタンは耐え切れていただろう。

しかしオーディンの槍に込められた闇。それは魔の術を妨害し、消滅ディスペルさせる。

タイタンの異常な頑健さは"魔力"による魔法の一種だと見抜く。ならばその魔法を問答無用に消滅させ、尚且つ倒す手段があるとすればオーディンの槍にあった。

槍を貫かれ、タイタンの目の光が失うと同時に槍は消滅し、元の使い手の手に戻る。

同時に紫も解放されるが傷が深い。魔の術を妨害するという事は紫の"妖力"すらも妨害し、再生能力を低下させてしまうのだ。

 

――次は……あたしで……遊びましょう……?

 

その回復は待ってくれない。

ガルーダの鉤爪が紫の頭を掴み、そのまま空中に飛び上がる。

ある程度飛び終えると三つの方向に竜巻が現れる。触れてしまえば切り刻まれてしまう風の力が込められている。

 

「生憎、遊ぶ暇はございませんので」

 

限界以上に"妖力"を込めた右拳で己の頭を掴み続ける腕を殴りかかった。

自ら受ける衝撃を無視した一撃によって、紫の右拳の骨が砕け、白い骨が皮膚を突き破る。

そのお陰でガルーダからの解放されると同時に竜巻が三方向から襲い掛かってくる。

 

「結界「魅力的な四重結界」!」

 

護るための結界ではなく、攻撃に転用させた攻めの結界。

大盤振る舞いと言わんばかりに四方八方にばらまき、竜巻は結界とぶつかり合い、吸収しながら竜巻と結界は消滅する。

今ここでガルーダの相手をしても意味はない。四方にばらまいたのもガルーダから逃げるためである。

 

――……力を……見せなさい……

 

逃げようとする紫をガルーダが追う。

あろうことか、ばらまかれた四重結界を全て迎撃するのではなく回避したのだ。

伊達に風の神獣ではないのか、身体が壊れかねない速度で飛んでいるのにも関わらず、ガルーダはすぐに追い抜こうとする。

 

「か弱い私に力を見せろなどとてもとても……」

 

追われながらも飄々と返し、更に速度を引き上げる。

ガルーダの速度はかの鴉天狗が子供に見えるほど。"魔力"によって過剰化された今の肉体でなければ何もできずにその速度によって嬲り殺しにされただろう。

如何に隙間の能力を持ったとしても、あまりにも早すぎる速度がそのハンデを帳消ししてしまう。

普通にやっても紫個人では攻撃を当てるのは困難。

 

「ですので彼女に動きを止めて貰いましょう」

 

速度を維持したまま突っ込むのは氷の女王。

シヴァはこちらの意図を読んだのか、猛烈な寒気が吹き荒れると同時に身体が凍っていく。

結界によって全ての部位が凍るのは防いだとはいえ、背中から下半身にかけては完全に凍ってしまった。

そして追いぬく一歩手前であったガルーダも同様に凍ってしまう。紫と違って結界で保護されていないために、速度を維持するための翼が完全に固まっていた。

 

――……力を……利用する……

 

「ええ。力のない私にはそれしかできませんから」

 

上半身さえ動ければ攻撃の指定は容易となる。

傘を向け、一瞬でも無防備となったガルーダを見逃す紫ではない。

 

「紫奥義「弾幕結界」」

 

傘を向け、ガルーダの周囲に展開する隙間の数々。そこから放たれる幾千の弾幕がガルーダに向けられる。

回避不可能の必殺の弾幕は次々と余す事なくガルーダを打ちのめしていき、凍った翼は砕かれ、翼をもがれた鳥のように墜落していく。

 

――……その後は……どうする……?

 

ゆっくりと、シヴァによって後ろから抱き締められた。

直接触れられた紫の身体は急速に体温を失い、凍っていく。

身体の節々から氷が生まれていき、このまま行けば紫を埋め込まれた美しき氷のオブジェが誕生するだろう。

 

「…………で……わ……」

 

喋る余裕すらもない状態であるというのに、紫の笑みは消えない。

ガルーダを打ちのめした弾幕、その残留はまだ存在する。

ならばその残留を利用してイフリートを打ち倒したオート弾幕によってシヴァを狙うつもりなのだ。

弾幕であった"妖力"が再び集い、それは幻影剣となってシヴァに襲い掛かる。

総数にして1000を超える剣が、シヴァの手前で止まった。

 

――……凍りなさい……

 

弾幕も剣も関係はない。

氷の女王である彼女に凍らせられないものなど存在しない。

幾千の弾幕から幾千の剣となり、その全ての剣はシヴァに当たる直前によって凍っていく。

イフリートに通用したのはあくまで死角という隙をついたからであり、バレバレの状態で使う二回目の策が神に通用するはずがない。

全身が氷に包まれようとする中、紫が念じるのは氷の上から身を守る結界。

今更結界を張っても遅いはずなのに。

シヴァが疑問に思う頃、凍ったはずの剣が大爆発を引き起こした。

 

剣のオート機能は二つある。

一つは紫が行動不能になった時に"妖力"の残滓が剣となって紫の近くにいる対象に向かう事。

そして剣が何らかの原因で刺さらなかった時、自動的に爆発をする仕組みを立てていたのだ。

その大爆発によってシヴァの衣が引き千切れ、氷の肉体が見るも無残に罅割れている。

そして、結界によって守られた氷の結晶が割れると同時に紫が無事な姿で脱出した。

 

――モう一度、悪夢に囚わレルるカ?

 

影が紫を捕らえようとする。

だが、その紫は偽物だ。

氷の反射によって作られた彫像であり、本物はディアボロスのすぐ前にいた。

 

「幻想の世界は夢のままに終わる……そう言いましたわね」

 

傘を構え、その光は限界まで収束していく。

 

「夢のままでは終わらせませんわ。なぜなら……」

 

一撃で仕留める。己の勝利のために。

 

「例え『幻想』だとしても『未来』は存在する。私が戦う理由はそれでいい」

 

幻想郷には本来、未来と呼ばれるようなものは存在しない。

なぜなら過去の存在である幻想が、幻想であっても生きられるように停滞とした世界として存在する幻想郷に未来を求めるのは自らの首を絞める事に他ならないのだ。

変化はない。未来に進む事はない。永久に過去という箱庭でひっそりと存在し続ける。

それが幻想郷、であるはずだった。

しかしヴァナ・ディールとの融合によって、幻想郷には大きな変化が現れたのだ。

先へ先へと進もうとし、未来へと進もうとする強い意志。

幻想郷の住民には存在しない、そんな意志がやってきたのだ。

 

それが幻想郷に現れた。つまり、幻想郷は『未来』を受け入れたのだ。

紫は愛する幻想郷を傷つける事を許さない。愛する住民が悲しむ事を許さない。

だが、幻想郷は全てを受け入れる。

ならば、『過去』の存在を『現在』に繋ぎ、『未来』へと託す事こそが幻想郷の管理人たる八雲紫の使命である。

それを為すためであれば、紫は絶望を前にしても諦めない。諦めるはずがない。

 

攻撃が放たれる前にディアボロスは闇の元素を集中的に集め、盾を作りだす。

それごと吹き飛ばさんと言わんばかりの光線が発射された。

闇の盾と光線が互いにせめぎ合い、一歩も譲らない。よく見れば盾は分散しながら壊れている。壊れる事で威力を分散し、防ぎ切るつもりなのだろう。

そのままディアボロスから闇が発せられ、攻撃中の紫の身体にまとわりつく。

再び悪夢を見せる気なのだ。

見える。己が殺される夢。

見える。世界が殺される夢。

見える。混沌に包まれ、愛する者全てが殺される夢。

 

「妖、怪に……同じ手は、二度も、通じません、ことよ……」

 

発狂しそうになるような悪夢を見ながら耐える。

紫の強い意志は、悪夢に勝ったのだ。

そしてついには光線が壊れ続ける盾を完膚無きまでに粉砕し切る。

一撃必殺の意味合いの強いその光線はディアボロスの上半身を吹き飛ばし、そのまま後方にいたアレキサンダーの胴体部分すら貫いた。

フェンリルすらも仕留めた一撃によってディアボロスは影が霧散するように消えていき、傘を支える棒に罅が入る。

 

「あとは、一つ!」

 

残る神は神獣に跨るオーディンのみ。

槍を構えながらも向かってこないオーディンに疑問を浮かべる。

いや、待て。

オーディンの視線はこちらを向いていない。

倒されたアレキサンダーを向いている?

 

――汝……称えよ……人に終わりが……あるように……私に終わりは……ないのだから……

 

「なっ!?」

 

白煙を上げながら胴体に風穴を開けていた機械神が再生していく。

倒したはずだというのに損傷した部分が修復され、傷一つない新品のように輝く。

紫もこれには予想外であった。まさか破壊したと思ったらアレキサンダーにとって致命的な致命傷ではなかったのだから。

如何に頭脳が高くても知らない・・・・事に関しては意味はない。

アレキサンダーの予想外な行動が紫の方程式を狂わせる。

 

――汝……悔い改めよ……門戸は……いつでも……開かれている……啓示は……いつでも……現されている……

 

「くっ、あぁ!!?」

 

方程式を修正しようとした矢先にアレキサンダーの"声"を聞いてしまった。

動けない。効果はさほど長くないとはいえ、大きな隙を晒す事には変わりはない。

動きを止めた紫をを見ると同時に、オーディンはスレイプニルから飛び上がり、魔槍を掲げると同時に大きな大きな闇を集わせる。それは白き鎧が漆黒に染まるのと同様に見える。

アレキサンダーも同様に機体の各部から蒸気を噴き出し、鋼鉄の鎧は白い膜のようなものに覆われる。

 

――研ぎ澄まされし白銀の刃は、魂の住み家を断ち切るため……

 

――汝……滅せよ……

 

黒と白の神が大技を繰り出す準備に入る。

止めるべきだ。

だが、どうやって?

二柱同時に繰り出す中、片方だけを止めた所で何の意味もない。

絶体絶命のピンチ、打開策を生みだすために頭を回転するが時間がそれを許してくれない。

思わず、神に祈り・・・・たくなる気持ちが芽生える。

 

――反り返りし漆黒の峰は、魂の寄る辺を振り切るため……

 

――万物の無限を願い……万物の無窮を思い……

 

脚部分を踏み鳴らし、それはまるで裁判の判決を表してるかのようだ。

アレキサンダーの鉄の鎧は、白き神に相応しいまでの禍々しい白き光を身に纏う。

それは光の柱を作り、全てを灰塵に還す聖なる審判。

 

オーディンの巨大な槍は、黒き神に相応しいまでの禍々しい黒き闇を身に纏う。

それは剣となり、万物全てを切り裂くオーディン必殺の斬鉄剣。

 

――ヴァルハラに散華せよ

 

――万物の無常を知り……万物の無痕を見よ……

 

それはかつて、世界の崩壊に導いた技。

それはかつて、ラグナロクを引き起こした技。

 

――斬・鉄・剣!

 

――ΩΩΩΩΩΩΩ

 

光と闇が閃光のように紫を襲った。

避けられない。いや、避ける事すら不可能に等しい。

冥府の騎士が放った斬撃は紫を上下に両断し、鉄巨人が発射した光の砲弾は両断された紫を塵一つ無く浄化していく。

 

魂すらも完全に消え去る二柱の奥義に……八雲紫はこの世から消滅した。

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