東方幻想鉄   作:AmanatuTaruTaru

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第七章「憑り代」:後

終わりのない戦い、というのはこういう事なのか。

箒で空を飛び、攻撃が当たらない場所にいながらも魔理沙は思う。

どれだけ相手の屍を増やしても、それ以上の数で持って押し寄せてくる。

街中であるというのに血の臭いと戦火によって立ちこめる煙臭さに鼻がおかしくなりそうな程だ。

 

「恋符「ノンディレクショナルレーザー」!」

 

空中から放ったのは三本のレーザー攻撃。

八卦炉を無しにしても魔理沙自身が使える幻想郷の魔法であり、スペルカードでもあるが、今の魔理沙であるなら問題無く使える。

向かう先には巨躯にして、蛮族であるラミアが保有する最も悪名高い魔物ハイノートリアスモンスター。

獅子のような顔には羊の角を持ち、筋肉質の胴体に似合わない蝙蝠のような翼とサソリの尻尾を持つモノ。

合成獣の一つであり、今では皇国に悪名を轟かせるネメアンライオンという名のキマイラである。

 

三つの光線によってネメアンライオンの丸太のような足が突き刺さる。

貫通する勢いで照射したレーザーは肉を焼き焦がしながら突き破り、体勢をほんの少しだけ崩す。

 

「よくやった、嬢ちゃん!でりゃああああああああああああ!!」

 

体勢を崩した所をすかさず狙い、倒れたかけた足をふんづけて一足の飛び掛かり。

それだけで高い位置にいた獅子の顔面まで届き、ミリアムの斧が振るわれる。

一回、二回。

それだけで太い角が真っ二つに折れ、ネメアンライオンの絶叫が広がる。

 

――ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

「くっあ!?」

 

ただの咆哮であるというのに酷く耳に残ってしまう。

一瞬の耳鳴りに襲われ、魔理沙は頭を振るう。

しかしそんな状態であっても、地上で戦う冒険者達の動きは微塵も衰えなかった。

 

「リミララァ!」

 

「分かってます、師匠!」

 

騎士と黒魔道士の二人が踊るように蛮族の相手をしている。

本来、黒魔道士が前線で戦う事はありえない事だ。如何に一級廃人と言っても前線で戦う戦士などに比べて肉体が脆すぎる。

しかしシルバーはその常識を壊すようにナイトであるグッ・テと共に戦っている。

複数の蛮族が一斉に襲い掛かり、大半はグッ・テが受け持つがどうしても取りこぼしがシルバーへと向かう。

マムージャの喜々とするような顔をして剣で斬りかかるが、シルバーに攻撃が当たる直前で弾かれてしまう。

 

「その程度じゃ届かないよ」

 

即座に魔法を唱え終え、雷撃の矢がマムージャを貫いた。

シルバーを覆うのは光の元素が固まって出来た壊れ続ける盾・・・・・・である"ファランクス"だ。

赤魔道士の使える魔法であり、本職が黒魔道士の一級廃人でありながらも赤魔道士の兼業としてかなりの腕前を持っている事が分かる。

 

「おっと、行かせないよ!フラッシュ!」

 

数匹の取りこぼしを纏めて引きつけるように閃光の魔法を唱え、グッ・テに一斉に蛮族が集まっていく。

その間にシルバーは魔法を唱え、光の盾を再び身に纏う。

効果が切れたのを見計らっての引き付け。言葉で言うのではなく、アイコンタクトでもするわけでもなく、まるで心を通わせているかように息が合っている。

 

「はああああああああああ!ファイガⅢ!ストンガⅢ!エアロガⅢ!」

 

「さすが兄者!炎蛇将と勝るとも劣らぬ墨っぷりだな!って、あ!プークまで回復しているぞ!」

 

周りの被害を気にせず、ひたすら範囲魔法をブッパし続けるのが一人。

そのせいで次々と蛮族と魔物が吹き飛んでいくが、中には元素による特性で回復しているのもいた。

被害を与えながらも相手を回復させるという不思議な光景により、どうやら接近戦に置いては並みらしい二人はプークの群れから全力疾走で逃げていた。

 

「っと、黙って見てるだけじゃ駄目だな」

 

激戦区で戦う者だけあってか、その実力のほとんどが一級廃人、もしくはそれに準ずる者ばかりだ。

それであっても奥に行かれてしまうほどの取りこぼしが発生するし、一級廃人であっても苦しい敵も多く出る。

単純に強いだけなら対処は出来ても、黒赤兄弟が追われているプークは風の元素を吸収して肉体を回復させたり、攻撃を加える事で巨大化にして爆発する不可思議な魔物などもいた。

巨大な体躯を持つ最も悪名高い魔物ハイノートリアスモンスターの内、マムージャの保持するハイドラ、トロールの保持するケルベロス。

そして残りの一体となったキマイラを倒せば戦況は少しでも楽になるはずだ。

 

「無念に響き渡るは嘆きの風!非情なる凍てつく吐息を知り、絶望への真実を知れ!ブリザガⅢ!」

 

氷の元素を急速に集め、それはだんだんと形を作り出していくと人間サイズよりも大きな氷柱が形成される。

先端が突き刺さる事を前提とした尖った形状し、その数は十を超える。

魔理沙の腕が振るわれ、それはネメアンライオンに襲いかかった。

だが、いくら最上位に位置するような魔法でも簡単には当たらない。

内部に蓄えられた雷を解放し、ネメアンライオンを中心とした雷撃が魔理沙の"ブリザガⅢ"を一つ残らず粉砕していく。

 

「大技を使った後は!」

 

渾身の魔法を防がれたとはいえ、魔理沙のする事は倒す事ではない。

 

「隙を晒すってね!」

 

背後に回っていたミリアムが声を張り上げる。

ネメアンライオンが気付いた頃にはもう遅い。大技を使い、隙を出す事に誘導されたのだ。

ミリアムの斧が振るわれ、右翼とサソリの尻尾が空中を舞う。

そのまま頭をふんづけ、くるりと回りながら地面に着地。追撃とばかりに魔理沙の"ブリザドⅢ"が決まり、足の一部が完全に凍結させられる。

 

「よぉし、このままトド!?」

 

動けないネメアンライオンに斧を振るおうとした時、ミリアムはバックステッポし、緊急離脱をした。

そのすぐ後に、空中から何かが地響きと共に降り立った。同時に、キマイラの巨大な首が、胴体から離れる。

 

「おや?外してしまったようだ、ね。人間の癖に、勘が良いようだ、ね」

 

「人間だからこそだからじゃないか、ね?人間は我々と違ってすぐに死んでしまうから、ね」

 

それは、マムージャでありながらマムージャではなかった。

平均的なマムージャの大きさはアルタナの民とあまり変わりはない。大きくてもエルヴァーンと同じぐらいだ。

だが、目の前のマムージャは二倍近くはありそうな体格をしており、両手に持つ無骨な剣には、血塗られた跡があった。

あの剣で、太いキマイラの首を落としながらミリアムごと斬ろうとしたのだ。

しかし何よりも異形なのはその二つの頭。

胴体から首にかけて二つに別れ、茶色と青色の頭部を持っている。

 

「グルルゥルルルッ!鱗なき者ども、よ、我々に降伏せよ!」

 

「ゲッグッグッグ……どの道、ソナタらに、逃げ場など、ないんだけど、なぁ~」

 

マムージャ蕃国の頂点に君臨する僭主。

一つの身体に、戦士としての頭と賢士としての頭を併せ持つ、グルージャジャの襲来であった。

異なる二つの頭を持ちながらもそれぞれに人格を持っているらしく、自分で自分との会話が成立しているその姿に鳥肌が立ちそうなほどに異様な光景だった。

 

「ちっ、僭主様はもう出陣かい。随分と早いじゃないか」

 

「知っている、ぞ!貴様、我々と幾度無く、戦い合った鱗なき者!」

 

「丁度いい、ね。我々の相手に、申し分ない相手だ」

 

ミリアムとて何度も防衛戦ビシージに参戦し、数えるほどだが蛮族の長との戦闘経験はある。

その中でグルージャジャは単純に強い相手と言えるだろう。

やっかいな能力の多い蛮族の中、純粋に実力が求められる。

 

「まぁ、ここで抑えられるなら戦うがね!」

 

引く、という文字はない。

グルージャジャを含めた長の強さは単独にして戦況を一変に出来る。

それに加え、五蛇将を優先して狙う特性を持っているため、足止めができるならそれに越した事もない。

そしてミリアム自身もまた、足止め程度でする気もない。

可能であれば倒す。その意志の表れとしながら、斧を握る力が高まる。

 

「嬢ちゃん!一つ言っておくけど、魔法は唱えないでよ!」

 

「はっ!?そりゃどういう……」

 

ミリアムが魔理沙に言うと同時に、素早く駆け抜ける。

女性の身長であると考えると高めのミリアムですら、子供のように感じるほどの体格の差。

近付いたミリアムに対して二つの剣が高速で振るわれる。

二刀流のグルージャジャに対し、ミリアムの武器は一つのみ。

攻撃自体は目で追える。片方の剣は首を、もう片方の剣は胴体を狙う。

首からの攻撃を力任せに斧で払い除ける

その衝撃によって一瞬だが腕がしびれ、このままもう片方の斧を払い除けようとしても、払い除ける前に真っ二つに切り裂かれるだろう。

だからこそ、更に一足突き進む。

 

「相変わらず無茶をするな!」

 

「悪いね!」

 

蛮族を相手にしていたはずのグ・ッテが同じように駆け付け、ミリアムを狙う攻撃を防ぎ切ったのだ。

一足を恐れずに進んだぶん、もはやミリアムとグルージャジャとの差は存在しない。

力を込めた斧の斬撃は五回。

かわしようのない上下左右からの同時に襲い掛かるかのような武技ウェポンスキルである"ランページ"を解放する。

 

「人間、学習しないのか、ね?滑稽だ、なぁ!」

 

「隙を晒すのは、貴様のほうだった、な!」

 

不可能なはずだ。

魔理沙でもわかるほどに、完璧に決まったはずのミリアムの一撃。

しかし切り裂かれたはずのグルージャジャは存在せず、グルージャジャから熱量が発せられ、離れた位置にいるはずの魔理沙が熱いと感じるほどに熱が爆発した。

当然、真正面にいたはずのミリアムとグッ・テはその攻撃を回避する事はできない。

精々腕をかざして身を守るだけであり、グルージャジャの技の一つである"タイラニックブレー"によって大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「つぅ……事前に空蝉を張ってたか!」

 

「大方、ここに来る前に張っていたんだろうね。用意周到の奴だよ」

 

何事も無かったように立ち上がる二人だが、熱量による一撃は鎧の隙間に浸透し、肌は焼き爛れている状態だ。

かろうじて女の顔は防いだとはいえ、それでもダメージとして安くはない。

 

「蝉か……なら!」

 

ミリアム達が建て直している間、グルージャジャは片っ端から冒険者達を薙ぎ倒しながら暴れている。

その強さをさることながら、最もやっかいとされるのはグルージャジャが忍術、つまり攻撃を無力化する空蝉の使い手である事だ。

事実、ミリアムの一撃を無効化するだけではなく、グルージャジャに攻撃を加えようとする冒険者がいるがそのほとんどが当たっていない。

しかし、空蝉にも弱点は存在する。

それは幻影ごと叩き潰す範囲魔法。

 

「食らいやがれ!エア…!」

 

「やめろ!そいつに魔法は!」

 

プークから逃げ続けていた黒魔道士の青年が叫ぶ。

それよりも早く魔理沙は魔法を唱えてしまい、グルージャジャの青い頭部の目が光る。

 

「魔法、使わせる、わけないだろ?」

 

左手に持つ斧のような剣に旋風が集う。

それはくるくると回り続け、投げつけるように魔理沙に向かって放たれた。

風の輪は真っ直ぐと魔理沙を狙い、魔法を唱える事に集中する魔理沙は気付かない。

 

「まずい!すまん、許してくれよ!エアロ!」

 

シルバーはその輪は届くよりも早く、風圧を作り出す。

敵を引き裂くための風の刃ではなく、ただ押しだす程度に加減した風魔法。

それによって魔理沙は空中にいながらも風の風圧によって体勢を崩し、詠唱が止まると同時に意識を取り戻す。

 

「うおぉおお!?」

 

間一髪。

帽子の一部分が引き裂かれ、ついでとばかりに数十本の金髪が舞い散る。

もう少し気付くのに遅ければ空中に飛びながら首と胴体が泣き別れをしていただろう。

 

「お嬢さん、グルージャジャに魔法を使ってはいけない!そうすると反撃がやってくるからな!」

 

「な、なるほど……」

 

兄に遅れて弟のロートの怒声にも似た声を聞いて魔理沙は納得した。

グルージャジャの二つの頭部はそれぞれ仕事が別れている。

茶色の頭部は戦士としての強さを持ち、接近戦を主とした役割を持っている。

そして青色の頭部は賢士としての強さを持ち、忍術や戦況の見極めを主とした役割と持っている。

 

魔法に反応したのは常に戦況を見る賢士のほうだ。

空蝉が魔法に弱い事など百も承知。ならばその魔法を撃とうとする者を即座に反撃するようにしているのだ。

考えも無しに魔法を使おうとすれば、唱えてる間に生じる動けない隙を突かれ、離れた位置からでも反撃可能な技である"ボーパルホイール"によって魔道士に魔法を使わせないのだ。

 

「こうなると魔道士はグルージャジャに対して魔法を唱える事すらできない……しかもその反撃は正確だ。下手に唱えようとすれば自分の首が飛んでるだけさ」

 

戦況を見つめながらも、グルージャジャが襲来してから魔法を一回も唱えていないシルバーが両手棍を持ちながらも言う。

まだ他の蛮族もいる中、魔法も唱えられない状況が続けば不利になるのは間違いなくこちら側だ。

グルージャジャも暴れ回っていき、次々と冒険者が倒されていく。

 

「……まぁ、だったら魔法を使える状況を作ればいいだけだがね」

 

カン、と地面を棍で叩いた。

それは合図であり、すでに傷を薬で癒したミリアム達は配置についている。

あとは空蝉さえ剥がせばいい。だが、生半可な攻撃では当てる事すら至らないだろう。空蝉を無しにしても戦士としての技量も一級廃人を凌駕するのだから。

 

「……ディスペル」

 

青の頭部が反応するよりも早く、ロートの"ディスペル"がグルージャジャの空蝉を消滅させる。

ようやく気付く頃には、すでに空蝉が存在しない。

 

「もらったぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

斧が投げられる。

膨大な"気"が込められた斧は重力を崩しながら回転し、グルージャジャの胴体を引き裂いていく。

 

「そぉら!」

 

ミリアムの手に投げられた斧が戻ると共に、グッ・テは片手剣に"気"を込め、刀身は光の元素によってちらちらを輝きを増していく。

そのまま"ミストラルアクス"によって体勢を崩してしまったグルージャジャに三つの光の刃を叩きこんだ。

一度目の斬撃が胸のある装飾品を砕き、二度目の斬撃が斧によって引き裂かれた傷を更に深くし、最後の斬撃が力いっぱい叩きつけられた。

"ミストラルアクス"と"スウィフトブレード"、二つの技が互いに重なり合い、強力な"重力"となってグルージャジャの肉体を押し潰そうとする。

 

「うご、ごごご!?」

 

連携による攻撃すらも耐え切ろうとする中、すでに魔道士は次なる手段に映っている。

今の状態であるならグルージャジャは反撃の行動ができない。

ならば、連携を利用とした魔法の攻撃に一気に攻める!

 

「大地のうねりは父なる怒り!その怒りを受け、滅びに委ねよ!ストンガⅢ!」

 

「燃やしつくしてやるぜ!ファイガⅢ!」

 

シルバーとヴァイツの魔法が同時にグルージャジャを襲う。

岩石の塊と爆炎の嵐。

"重力"によって動けないはずのグルージャジャが、剣を握りしめる力を更に、更に力を込め始める。

 

「舐めるで……」

 

「ないわぁ!!」

 

振るい切れないはずの"重力"を力任せに脱出し、そのまま二つの剣を大きく十字に構えながら振り切り、返し刀で二度振るう。

単純で、それでいながらもグルージャジャの力をフルに生かした二つの斬撃は岩石と爆炎を粉々に引き裂いた。

渾身の魔法を避けられ、自由となったグルージャジャであるが、彼を囲んでいたはずの冒険者が離れている。

なんだ、と疑問に思う頃にはすでに遅かった。青い頭部が察知する先は、自分のいる場所の真上だったのだ。

 

「さっきはよくもやってくれやがったな……食らいやがれ!」

 

真上から八卦炉を構え、"魔力"を流し込む。

いつも通りで撃てば街に被害を齎しかねない魔砲であるが、真上から真下に放てば何も問題はない。

 

「星符「ドラゴンメテオ」!!」

 

高出力の砲撃が一直線に振り落とされた。

断罪の一撃と言わんばかりにグルージャジャの真上から落とされ、押し潰そうと地面が割れ、尚も"魔力"も込めて威力を高める。

極太のレーザーはより太くなっていき、トドメのばかりに"魔力の泉"を解放して威力の底上げは更に加速していく。

撃ち終わる、そして爆発が響き渡る。

あまりの威力の余波に周りにいた蛮族や冒険者にすら被害が及び、地面は大きなクレーターが生まれていた。

 

クレーターの中心にいるのは、見事に耐え切ったグルージャジャの姿があった。

消し飛ばす勢いで放ったはずなのに耐え切るその姿に舌打ちと、少しばかりの称賛も生まれる。

無傷ではない。膝をつき、茶と青の鱗は所々焼け焦げた跡が残っている。息も少しばかり荒い。

"ドラゴンメテオ"によって両方の剣が半ば溶けかかった状態だ。

 

「まさか、これほどの傷を負うとは、ね」

 

「うむ、油断を、しては、いなかったのだが、ね」

 

息の荒さもすぐに消える。

すぐに立ち上がると先程の一撃が効いていないのかと冒険者に動揺が広がる。

だが、グルージャジャの取った行動は意外なものだった。

 

「時間だ、ね。長居は無用だ、ね」

 

「そう、時間だ。さらばだ、鱗なき者たち、よ。我々は鱗なき者を軽蔑するが、強き戦士には敬意を払う」

 

移送の魔法がグルージャジャを包んだ。

待て、と誰かが言うがその頃にはグルージャジャの姿は消え、クレーターには何も存在しない。

そして蛮族は行動を開始する。アルビザを侵略し、『魔笛』と奪うための行動を。

冒険者達は呆ける暇もない中、蛮族との戦いを開始した。

なぜ、まだ戦えたはずのグルージャジャがすぐに戦線を離脱したのかという疑問を残して。

 

 

 

1000を軽く超えるような後続隊が到着し、アルザビ全土で休める場所など存在しなくなった。

どの区画でも激戦区となり、常に何百の蛮族と魔物が押し寄せてくる。

倒しても倒しても一向に減らない敵の前に、体力よりも先に気力のほうが尽きそうになる。

その頃には戦場の吐き気は無くなっていた。

どれだけ苦手な事であっても、時間を忘れるほど続ければ感覚が麻痺してしまうものだ。

戦闘をし続ける事で無意識の内に鈴仙の目が赤く染まっていき、乱戦状態の戦場の全てを見通してしまいそうになる錯覚にしそうになる。

 

(見える……)

 

だが、錯覚ではない。

研ぎ澄まされた感覚、そして目の力によって百を超える冒険者と蛮族の動きがはっきりと分かる。

ならば簡単だ。

銃を構え、ゆっくりと狙いを定めて撃つ。

六連銃であるヘキサガンに込められた六発の弾丸。

その全てがバラバラに向かいながらも全てが個々の蛮族の頭部へと命中した。

そして弾が切れたらリロードをし、更に撃つ。

引き金を引くたびに敵は倒れ、まるで戦場を支配したかのように思えてしまう。

コルセアのダイスを使う事すら忘れてただ無心に撃ち続ける。

撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ…………。

 

「正気に戻られよ!前に出過ぎでござる!」

 

「……え?」

 

誰かの声が聞こえ、鈴仙はハッとした。

蛮族がどんどん増えつつあるとはいえ、それでも魔道士を始めとした者達は出来る限り後衛にいる。

それなのに今、鈴仙がいるのは前線中の前線であった。銃を使う狩人やコルセアの脆さは魔道士とあまり変わりはない。

戦いの空気、鳴りやまない刃と魔法の音、濃いまでの血と煙の匂い。

鈴仙はその雰囲気に呑まれ、正気を失いかけたのだ。

 

ようやく正気を取り戻した鈴仙、それを狙おうとする蛮族は数知れず。

他にも前線で戦う冒険者はいるとはいえ、彼女一人に気にかけている余裕は存在しない。

 

「ひっ!」

 

殺意に塗れ、狂気すらも宿る蛮族の瞳に背筋に凍る。

あんな、あんな者達を相手に戦っていたのか。

いっその事、正気を失い続けていたほうがマシだったかもしれない。

足が震え、銃を構える腕が安定しない。いや、そもそも弾が切れている状態だ。

逃げられない。殺される。

リロードできない。殺される。

 

「空!」

 

駆けた忍者の姿が消えた。

梵字と共に出現と消滅を繰り返し、鈴仙を狙おうとした蛮族は等しく切り裂かれていく。

姿を現したゲッショーは怯んだ蛮族に対してすかさず回り蹴りを放つ。

そのまま動かない鈴仙を抱え、すぐさま後方に退避した。

 

「う……」

 

「戦の気に中てられたか……」

 

反応が鈍い。

手を目の前でかざすが、どうも鈍ったように見える。

緊張の糸が切れたか、それとも相手の気に押されたか。

どちらにせよ、今の鈴仙は戦える状態ではない。

 

「やれやれ、何処も戦闘だらけで休む場所がない……そう思わないかい?」

 

「なずーりん殿でござるか」

 

すでに払い切れないほどの血を纏った槍を携えた少女が近付いてきた。

灰色の服装は所々ボロボロになっている。ここまで来る途中による戦闘で傷を負ったのだろう。

クビラも同様に傷があり、疲れているようだ。アルタナの民とは違うために癒しの魔法の効果が効きづらく、竜騎士の飛竜が傷つくと戦闘中に治すのが難しくなる。

軽そうに言いながらも、それは顔に出していないだけだ。ナズーリン自身の疲労は確実に蓄積していた。

 

「彼女は私は見ておこう。君は遠慮せず戦いたまえ」

 

「しかしそなたの傷は決して小さくは無きにあらず」

 

「何も一人で戦う必要はない。後ろに徹していれば問題はないさ」

 

後方に下がれば魔道士、そしてそれを守るための冒険者がいる。

彼らと協力すればお荷物を抱えていても何とかなるだろう。そう言いながらもゲッショーは渋々と承知する。

今の戦況でゲッショーほどの実力者を後方に下げておくのは得策ではない。

今も尚、蛮族が限りなく送られてくるのだ。

そろそろ冒険者にしても皇国兵士にしても、戦線を離脱する者が現れても不思議ではない。

 

「承知した。油断なさらぬよう」

 

「ああ、そっちもな」

 

一旦の別れを告げ、ゲッショーは再び激戦区へと戻っていく。

防衛戦ビシージを休みなく戦い続ける者に心の中で称賛しながらも、ナズーリンは身体を震わせる鈴仙の手を引きながら後方へと向かう。

戦場の空気というのはすぐに慣れるようなものではない。

一種のハイの状態になればともかく、それが切れてしまえば何もできなくなるケースも多い。

今の鈴仙がそれだ。この状態では殺されるのを待つだけに過ぎない。本来であれば戦線を離脱するべきなのだが、他の冒険者はそのような余裕もなく、ついで言えばあまりの数を相手にするために離脱するための道が構築できない。

せめて街中の構造さえ把握していれば良いのだが、アトルガンに来て三日しか経っていないのだから無茶な話でしかない。

 

「ここでいいか……」

 

モグハウスの扉を背にし、魔道士達は次々と冒険者に強化魔法をかけたり、もしくは蛮族に魔法を唱え続けている。

そしてそれを狙われても冒険者が一匹も残さず遮っていく。

魔道士部隊は冒険者、そして皇国軍の重大な要となる。彼らがいなければ前線で動き続ける冒険者はすぐに瓦解する事もありえるだろう。

 

「……わ、わたし……」

 

「おや?正気に戻ったようだね」

 

目に力が宿り始めた。

恐慌状態に陥る寸前から自我を取り戻し、身体の震えが止まっている。

それでも戦える者としての気力は宿っていない。まだ油断は禁物だ。

 

「た、たたかわなくちゃ……」

 

「やめたまえ。今の君が戦場に向かっても邪魔なだけだ」

 

恐怖を知り、それでも戦おうとする意志は認めよう。

しかし今の鈴仙は戦うための気力を失っている。その状態で戦いに向かっても意味はないのだ。

その事を指摘され、鈴仙は唇を噛む。

何も、これでは何も変わっていない。

戦場に呑まれ、怯え、逃げようとしていた過去の自分と。

 

「あれwwwwwwwww何何wwwwwwwwwどうしちゃったのwwwwwwwww」

 

こちらに気付いたように、一人の男が近づいてくる。

草を生やしながらブーメランを片手に持つ男は戦死であった。

 

「連れが少しね……」

 

「ああwwwwwww防衛戦ビシージ初心者にはよくある事だから気にすんなwwwwwwwwww」

 

鈴仙を見た戦死は一人で納得する。

今でこそ規模は大きいとはいえ、それでも数の少ない防衛戦ビシージであっても辛い戦いである事には変わりない。

戦争と変わらないような戦い、街中を戦場とする戦い、何時終わるのかも分からぬ戦い。

そうした空気に耐え切れず、精神が参る者も少なくないのだ。

 

「わたしは、たたかえるちからが、あるの……だから、戦わなくちゃいけないのよ!」

 

悔しかった。情けなかった。

ここまで思えるほどに鈴仙の心は成長している表れであっても、今の鈴仙は、自分自身はここまで弱かったのかとしか言えなかった。

だけど怖い。恐ろしい。

数多の魔物、そして幻想郷の住民と戦ったとはいえ、蛮族達の目はどれもが違う。

純粋に殺しにかかる、殺意と狂気。

狂気を操れるはずの自分が、その狂気に負けてしまったのだから。

 

「おkkwwwwwwwwwwwwwwなら俺と一緒に行こうぜwwwwwwwwwwwww」

 

「はっ!?ちょっと待ちたまえ!」

 

答えを聞かずに鈴仙の手を引っ張り、ナズーリンを目を丸くしながら遮ろうとする。

話を聞いていなかったのか。今の鈴仙は戦える状態ではない。

そうした目をしながらも戦死は言う。

 

「この嬢ちゃんに何の理由があるかは知らないけどよwwwwwww戦いたいなら戦わせればいいんじゃねーのwwwwwwwww」

 

「待て待て、それでのこのこと戦場に出て何もできないと邪魔にしかならないぞ!」

 

「大丈夫wwwwwwww俺と飛子を信じろwwwwwwwwwwww」

 

「理由になってないだろ!?」

 

迫りくる蛮族を相手に手に持つブーメランが次々と滅多打ちにしていく姿にナズーリンは驚き、構わずに戦死は突き進む。

 

「戦うのを選んだのは嬢ちゃんwwwwwwwwなら戦えるまで俺が守ってやんよwwwwwwww俺は嬢ちゃんの意志を信じたwwwwwwwww俺がそう決めたwwwwwwwwwww」

 

そして、戦場のど真ん中へとたどり着いた。

耳に響くのは戦いの音だけ。鈴仙の息が荒くなる。身体が震えそうになる。

それでも、選んだのは鈴仙自身。気合いを入れるかのように己の頬を思いっきり叩いた。

 

「……ありがとう。もう、大丈夫だわ」

 

まだ銃を握るための腕が震えるが、鈴仙の目に力が宿る。

覚悟を決め直し、戦場へと顔を向ける。

それは、恐れは存在しても屈する表情をしていなかった。

 

「やれやれ……巫女といい、魔法使いといい……無茶な者が多いものだ」

 

「私は霊夢や魔理沙ほどじゃないわよ……」

 

戦場であっても、恐らく変わらずに戦い続ける事のできる二人ほど、鈴仙は強くない。

 

「それでも、負けられないわ」

 

「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 

弱くても、怖くても。

精一杯に足掻き続けて先に進む事を選んだのだ。

理由は知らなくても鈴仙の覚悟を感じ取った戦死は笑い続けている。

 

このまま行けば戦いは勝てただろう。

だが、戦況は一変とする。

今まで冒険者達は蛮族を相手に一歩も譲らない戦いを繰り広げてきた。

だが……

 

「ホホホホホ……随分ト数ガ、イルモノネ。人形トシテ、持チ帰ル事ガ、デキナイノガ残念ダケド……」

 

突如、冒険者は同じ冒険者に牙を向いた。

剣が冒険者を、杖が冒険者を、槍が冒険者を、人間が人間を襲うという光景を作り出した。

それによって前線が一気に瓦解しかける。

冒険者の半数近くが、虚ろな目をしていた。

 

「サァ、私ト踊リマセウ!」

 

美しい女だった。

その姿を一目見るだけで心すら奪われてしまいそうになるほどの、美貌だ。

しかしそれは人の姿をしていない。

上半身だけなら人間と変わりない。だが、下半身が完全に蛇となっている。

しかも頭からは何匹もの蛇を生やしており、先端には黄金の仮面を付けている。

肩にあるのは弓、そして右手に持つのは血塗られた剣。

絶世の美しさと残虐な心を併せ持つ死者の軍団の長、メドゥーサであった。

 

冒険者が虚ろな目をしているのはメドゥーサの同じラミアですら魅了しかねないほどの美しさにあった。

種族も性別も関係なく、メドゥーサの姿を認識してしまえば魅了されてしまい、メドゥーサの家来となってしまう。

メドゥーサ自身が戦わなくても、メドゥーサの魅了に惑わされた者達が勝手に戦ってくれるのだ。

 

「くっ、これはいけないな!」

 

そして操られた冒険者達がナズーリン達にも襲いかかる。

技のキレがまるでないとはいえ、それでも共に蛮族を相手に戦った者達を攻撃するのはできない。

剣を槍の棒で防ぎ、せめて気絶する程度に腹に目掛けて峰の部分で打った。

このままではまずい。半数以上の冒険者が操られている状態では自滅してしまいかねない。

現にナズーリンですらメドゥーサを見た瞬間に惑わされそうになったのだ。見ただけでこれでは本気で魅了の技をかけられた時、カダーバでラミアに操られた時と同じになる。

 

「その首、貰い受ける!!」

 

操られなかったのはゲッショーだった。

カダーハのラミアとの戦闘で魅了をされたとはいえ、二度も食らうほど間抜けではない。

己の心を水面の如き純粋に、そして己を見失わずに存在し続ける。

その極意、明鏡止水の一つ也。

 

「迅!」

 

三撃からなる渾身の技が無防備であるメドゥーサの首を狙う。

不意打ちとして決まった。ゲッショーの刀は見事、メドゥーサの首を刎ねるはずだった。

 

「……無粋ナ男ネ……」

 

「なっ!」

 

衝撃がゲッショーの腕に伝わる。

完全に決まったはずの一撃。それは、メドゥーサの頑丈すぎるまでの首で止まっているのだ。

ほんの少しだけ刀が食いこむ程度であり、刎ね飛ばす程に至っていない。

 

「私ノ僕ニナラナイノナラ消エナサイ」

 

「う、おぉお!?」

 

影すらも残さぬ手刀がゲッショーを貫いた。

幻影すらも無視し、本体のみに狙いを定めた一撃はゲッショーの肩を貫く。

獣人の血で濡れた左手を舐めあげ、妖艶なる笑みを浮かべる。

 

「……不覚ッ!」

 

矢が天から降り注いだ。

ゲッショーを含め、メドゥーサに操られなかった者全てに雨のように降り注ぐ。

その一つの矢に込められた力は岩盤である地面を容易に砕き、それが人間である冒険者に向ければどうなるか分かり切った事だ。

一人残らず、矢に縫いつけられるように串刺しにされた。

半数が操られ、もう半数がほぼ全滅に近い状態となる。

 

「っがは!……ま、ずい!」

 

ナズーリン、鈴仙はその被害をもろに浴びてしまった。

背中から腹へと矢じりが突き出るとそのままの衝撃に大地に叩きつけられ、矢が地面に食い込む。

血反吐を吐きながらも起き上がろうとするが、矢が地面に強く食い込んでいるので抜け出せない。

そんな中、一人だけ矢の被害を受けない者がいた。

"気"を高め、それは手に持つ投擲武器へと注がれていく。

 

「食らいやがれwwwwwwwwwwwwwクレセントォォォォォwwwwwwwカッタァァァァァァwwwwwwwww」

 

「!?」

 

ブーメランがメドゥーサ目掛けて飛んでくる。

たかがブーメラン、刃のないただの木で出来た玩具などで、実力者の刃ですら傷一つ付ける事のできないメドゥーサの肉体を通す事はできない。

だが、一つの危機感が生まれた。

正確に見極め、剣で持ってブーメランを弾く。

普通のブーメランであればそのまま明後日の方向へと飛んでいくだろう。

だが、戦死の持つ飛子はただのブーメランではなかった。

剣で弾いたと思ったら、そのまま再びメドゥーサ目掛けて飛んできたのだ。

蛮族であるメドゥーサとはいえ、さすがに物理法則を無視する動きに唖然となった。

更に剣で弾く。ブーメランが飛んでくる。また弾く。またブーメランが飛んでくる。

そしてついに、弾けきれなかったメドゥーサの剣を乗り越え、頭から生えた蛇の一匹を切断した。

 

「ア、アアアアァァァァ!?私ノ、私ノォォォォォ!」

 

蛇の一匹を切り落とされ、見れば分かるほどに狂乱する。

それを切り落とした張本人である戦死の元にブーメランが戻ってきた。

 

「ふっ……さすが飛子だぜwwwwwwwwwwww今日もブゥゥゥゥゥゥゥメラン!の切れ味は修正されないねwwwwwwwwwww」

 

ブーメランをこよなく愛し、ついには存在しないはずのブーメラン専用武技ウェポンスキルすらも生み出してしまった戦死。

効果は見ての通り。如何なるモノも断ち切る技へと昇華させ、ついにはメドゥーサの肉体を引き裂ける程度の威力を発揮したのだ。

 

「オノレ、オノレェェェェェェェ!ヨクモ私ニ傷ヲ!!」

 

ラミアは総じて自分自身の美しさに自信を持っている。

それを傷つけた者に対して容赦の二文字はありえず、メドゥーサの美しき顔は憤怒に染まる。

 

「次は決めるでござる」

 

「……ナ」

 

五つに増えたヤグードの忍者。

確かにゲッショーの刃は通じなかった。ならば、それ以上の攻撃で持って仕留めるのみ。

忍法「影灯篭」によって実体を持つ幻影が作り出され、その幻影はメドゥーサの周囲を囲む。

そして、幻影が光ると同時に大きな爆発がメドゥーサを包んだ。

己と同じ能力を宿すのなら忍者の奥の手である"微塵がくれ"も当然に使える。

 

「グ……ココマデ、トハ……」

 

煙が晴れ、メドゥーサの姿が現す。倒し切れていなかった。

金の装飾が煤で汚れ、美しいラミアの鱗一枚一枚が剥がれ落ちている。

 

油断を、していたか。

メドゥーサの心に生まれたのは絶対的な力を持つが故の慢心。

それによって高貴なる己の肉体を傷つけてしまったのだから。

 

「ダガ、マダ私ノ人形ハアルゾ!」

 

「ぬぅ……」

 

手刀と矢の攻撃によってゲッショーの負った傷は深い。

肩と背中から血を流し、満身創痍一歩手前と言ったところだ。

先程の"微塵がくれ"を決められなかったのが痛かった。

そしてゲッショーを囲むのは蛮族、そして操られた冒険者だ。

今のゲッショーでは逃げ切る事が難しい事に顔を歪める。

 

「……せ、めて……洗脳、だけでも……!」

 

矢が刺さったままとはいえ、それでも鈴仙には能力が使える。

赤い目、赤い視界に映るのは魅了されて心が奪われた冒険者達の姿。

痛みで集中できない、だがこのまま放っておけば全滅しかねない。

狂気による波長が無防備となっている心に干渉する。

百を超える冒険者の洗脳を解くのは骨が折れるが、それでも干渉をし続ける内に操られた者達の動きが鈍くなっている。

 

「ホホホ……私ノ魅了ヲ解クノカシラ?」

 

気付かれた!

メドゥーサの独り言であるが、鈴仙の耳にはっきりと届く。

関心は完全にこちらに向かっている。まずい、早く抜け出す必要性があるのに動けない。

少しずつ魅了を解いていくとはいえ、それでも数は数だ。解ける前に確実にメドゥーサがこちらにやってくる。

 

「ちょいちょい」

 

「アラ?」

 

メドゥーサは何かに叩かれて後ろを振り向いた。

それは、人間でもなければ蛮族でもない。

鼠のような人型をしたキキルンであった。

 

「ぴゅー!」

 

メドゥーサからの魅了に逃れていただろうキキルンは、そのまますぐに逃げ出してしまった。

その逃げ出した理由とは、メドゥーサの足元に置かれた幾つかの球体。

チッチッチと音を奏でるそれにメドゥーサは気付いた。

 

キキルンマイン。

 

ゴブリンに迫る技術を持つキキルンは作り上げた爆弾であり、それは簡単な壁を粉砕できるほどの威力を持っている。

逃げようにももう遅い。

設定されたタイマーの針が0を示し、大きな爆発音が響く。

 

「出来たっ!」

 

その間に鈴仙の目がついに洗脳を解く。

虚ろだった目は次第に生気を取り戻していき、次々と正気を取り戻していく。

 

「おいwwwwwwwwwこっちだこっちwwwwwwwwwwwwww」

 

戦死が手を振りながらこちらを示す。

やってきたのは魔道士だ。

戦死は魔道士が来たのを見計らい、適当に千切ったような布を口に入れると、未だに突き刺さる矢に手をかける。

 

「耐えてくれよwwwwwwwww矢を抜かないと治療できないからなwwwwwwwwwww」

 

「ああ、頼む……」

 

他の魔道士がナズーリンの身体を無理矢理固定し、戦死は一気に矢を引き抜いた。

瞬間、身体が暴れそうになるような痛みが襲い掛かり、口から血を吐き出してしまう。

矢を抜き、魔道士達から癒しの魔法が一斉に降り注ぐ。矢によって開けられた風穴は塞がり、顔色も目に見えて良くなっていく。

同じように鈴仙も治療を受け、体勢を立て直す事に成功した。

 

「あのキキルンは……確か船での……?」

 

キキルンはアトルガンで商売を営む以外にも、冒険者と同じように傭兵として活動しているのもいる。

先程のキキルンもその一匹だ。

 

確証があるわけではないが、メドゥーサの爆弾を置いて行ったキキルンは何処かで見た覚えがあった。

似たような外形が多々あるキキルンとはいえ、鼠という根本的な部分が同じであるためにナズーリンは見分けはつく。

初対面だと言うのに自分を告白してきた奇妙なキキルンであるが、何とか危機を救われる一因となったのだ。

 

「クビラ、もう私の中で休むんだ」

 

「ぐぅ……」

 

度重なる戦いと先程のメドゥーサによる攻撃でクビラは戦闘不能だ。

このまま放っておけば死んでしまうために、竜の帰還リコールワイバーンを使って自分の心の中へと帰還させた。

傷ついていたが契約した竜騎士の異界に戻れば治りも早くなる。しかし致命傷に近い状態では半日から一日までは戻す事はできないだろう。

 

黒煙が晴れてくるが、キキルンマインといえどもメドゥーサを倒すほどの威力は無い。

だが、己の魅了が解けてしまった事にメドゥーサの歯軋りが聞こえる。

自分の持つ美貌にプライドを持つために、その魅了が解かれた事は我慢ならないのだ。

 

「……口惜シヤ……今日ハ、ココマデネ」

 

まだ戦えるだけの力があるのにも関わらず、メドゥーサの姿が消える。

移送の魔法によって何処かに転移したのだ。

しかしまだ数多くの蛮族がおり、皇国兵士を含んだ半数近くが負傷をしているためにメドゥーサ突然の帰還に気を止める者は少なかった。

 

 

 

「――え?」

 

まだ防衛戦ビシージは終わってはいない。

何百もの軍勢が押し寄せる中で、戦闘中にも関わらず、霊夢は呆けるようにその場を立ちつくす。

それを狙うマムージャ兵士。

 

「レイムさん、危ないですよ!」

 

呆けたままの霊夢から護るように、樽ナは小さな体ながらも遮り、マムージャの攻撃を防ぐ。

そのままアルの剣によって引き裂かれ、マムージャは少しばかり声を上げながら倒れ伏した。

 

「ごめん!ちょとばかしぼーっとしてたわ!」

 

何か嫌な予感がした。

自分の知る誰かが、いなくなってしまったような感覚。

気のせいだと思いたかった。こういった勘はよく当たるのだから。

 

「この辺りの敵はだいたい片付いたか?」

 

山積みのように盛られた蛮族と魔物の屍。

プリッシュが打ち倒した魔物は数知れず。それでもまだ一向に減る気配のない蛮族達。

イーリスのほうは休む暇すらない現状に、"魔力"の消費を感じているのか息が荒い。

 

「イーリス、少し休んだほうがいいよ」

 

「ありがとう。でも、それは無理みたい」

 

扉が壊されればそのまま放置をする事はない。

魔物がいなくなれば、手の空いている冒険者がこじ開けられた扉を直そうとするのだ。

扉を閉め、木の板で大雑把に遮られた大扉。その扉の先から、地響きが鳴り響く。

大型の何かが、近寄ってくる。

 

「……赤魔子さん」

 

「(コクン)」

 

樽ナに言おうとしている事を理解した赤魔子が頷く。

"魔力"を少しずつながらも回復する"リフレシュ"をイーリスにかけ、続けて強化魔法を再び霊夢達にかけていく。

減った分の"魔力"を回復するためにも有り余る"気"を変換する"コンバード"によってすぐさま回復させた。

 

「来る!」

 

アルが叫んだ。

一発の拳によって破壊された大扉。

扉から出てくるそれは、普通のトロールに比べて二回りは大きかった。

美しいと感じるほどの白い髭を顎から生やし、煌びやかな装飾を身に付けている。

トロール傭兵団の中では珍しい、鎧を一切に身につけないタイプである。

褐色そのものと言うべき肌をしたそれは、トロールの長である怪物。

脅威の二つ名を持つ、グーフールーであった。

 

「あいつ!」

 

プリッシュの拳が自然と力が入る。

以前にも戦った事があるため、面識はあった。

その戦いでは両者の実力はほぼ互角であり、決着付かずにして勝負は終わった。

 

「ゴジョシャアヘごじゃしょうは、デカドどこだ?」

 

難解極まりないトロール語で呟きながら、グーフールーが探しているのは五蛇将である。

長は『魔笛』の道を開くために封印を担う五蛇将討伐を優先としている。

それを止めるべく様々な冒険者がグーフールーに挑もうとするが、トロールの中で特に頑丈さを誇る彼の肉体を貫ける者がいなかった。

度重なる強化手術の果てに、魔法を吸収し、どれだけの攻撃を叩きこもうがまったく堪えないほどの肉体を得た。

グーフールー自身の戦闘力も加わればまさしく一騎当千というべき強さを持ち、まだ蛮族の情報が十分に出回っていない頃、グーフールーだけで冒険者側が壊滅しかけた事もある。

今でも最強に近い強さを維持し、群がる冒険者を腕の一振りだけで一蹴する。

 

「へ、久しぶりだな、おっさん」

 

グーフールーの目、小さな少女が映った。

その少女には見覚えがある。自分よりも小さな存在でありながら、トロールを率いる自分と真っ向から戦う戦士。

長の顔に、笑みが浮かんだ。

 

「オナテクネあのときの、マソムケむすめか」

 

「……相変わらず言葉のつうじねぇ奴だな」

 

トロール以外でトロール語を知っているのは極少数。

特にグーフールーの扱うトロール語は古いらしく、同じトロールであっても言葉が通じない事もある。

トロール語なんてものをプリッシュが知るわけないので言葉も通じない。

 

「エミソレウおもしろい。オヌタコナカッチェキヲあのときのけっちゃくを、タカリコつけるか」

 

「どうやらやる気満々みたいだな……来い!」

 

プリッシュを敵として認識し、五蛇将よりも優先順位を上げるのはそれだけ脅威であると判断したからだ。

その大きな体格に惑わされがちだが、グーフールーの動きはかなり素早い。

目にも追えぬ速度でもって、五発の拳が一気に襲い掛かる。

 

「当たるかよ!」

 

その全ての攻撃を紙一重で回避していく。

だが、紙一重では回避し切れない。風圧だけで肌が避け、血が滲み出る。

しかし当たらないよりはマシだ。当たってしまえば、さすがのプリッシュでも致命的な致命傷として喰らいかねない。

 

「おぉ!」

 

反撃とばかりにプリッシュの拳が突き刺さる。

気持ちいいほどに響き渡る炸裂音。一撃だけでは終わらさせずに、二撃、三撃と次々と攻撃をぶつけていく。

鍛え抜かれたプリッシュの拳は、グーフールーの肉体を貫く破壊力で持って攻めていく。

 

「モデまだ、ドだ」

 

反撃されるばかりのグーフールーではない。

小さきアルタナの子であるプリッシュを一撃でもって仕留めるためにグーフールー自身の攻撃速度も上がっていく。

互いの攻撃速度はついには連鎖に連鎖を重ねるモンクタイプの奥義、"百烈拳"へと至らせる。

 

「とんでもない戦いをするわね……!」

 

プリッシュとグーフールーの戦いに入れない霊夢は、その凄まじい殴り合いを見てるだけしかできない。

互いが一歩も引かずに己の拳を出し続け、一方では当たればそれで勝ち、一方では最後まで拳を出し続ければ勝てる。

どちらかが勝つかは文字通り、集中力が切れなかった者だ。

 

「赤魔子さん、魔法の支援はできないんですか?」

 

「(フルフル)」

 

せめて入れないのであれば魔法による支援を霊夢は浮かぶが、赤魔子は首を振るう。

 

「駄目だよ、グーフールーは魔法を吸収してすぐに体力を全開にしちゃう。あれを下すのは、文字通りに実力で捻じ伏せるしかないの」

 

樽ナは目の前の戦いを悔しそうに見つめている。

本来であれば騎士として、メイン盾として戦うはずの彼女であっても、グーフールーの馬鹿げた拳を受けようとすれば簡単に吹っ飛ばされてしまう。

 

「魔法は駄目……なら、気でしたら?」

 

「え?まぁ、効くには効くけど」

 

"魔力"の元素を余す事なく吸収し、瀕死の状態から全開までに回復するグーフールーの特性。

しかしさすがに"気"によって生みだした元素の力はともかく、純粋な"気"の力なら通じる。

 

「なら!」

 

空中に浮かび、霊夢は"霊力"を練り上げる。

弾幕では効果は薄い。ならば、スペルカードで持って攻撃を集中させる。

そして、霊夢の十八番であり、最も使われている術を放とうとする。

 

「霊符「夢想封印」!!」

 

虹色をした球体が七つ。

その七つの球体が一斉にグーフールーに襲い掛かる。

殴り合いに集中しすぎたために反応が遅れてしまい、霊弾は次々と顔に着弾すると爆発していく。

 

「どわっ!?」

 

「え?え!?何、今の技!?」

 

「わぁ、綺麗……」

 

真正面から戦っていたプリッシュは思わず巻き込まれるところをバックステッポで回避する。

樽ナはその技に驚き、イーリスは霊夢の弾幕に戦闘中でありながら見惚れていた。

元々美しさを競う弾幕ごっことして使われているスペルカードだ。

煌びやかな弾幕はヴァナ・ディールであっても変わりはない。

 

「……モザレスエンゾヲめずらしいわざを、タコオつかう。アミソレオおもしろい」

 

プリッシュの拳であっても拳の衝撃を与えれても傷つける事は難しいグーフールーの皮膚。

頭から血を流し、霊夢に対して感嘆の声を上げていた。

通じる。目の前のグーフールーは"霊力"の攻撃が有効だ。

次なる"霊力"を練り上げようとするが、グーフールーの目にはすでにプリッシュは映ってはいない。

己を傷つけた珍しい技を使う霊夢のみ、注がれていた。

雄叫びをあげながら霊夢に向かって突っ込んでくる。巨体に似合わない素早い動きに、霊夢の行動が遅れる。

 

(ま、ず!)

 

空蝉を張る余裕もなければ回避し切れるかすら怪しい。

一発でも当たれば間違いなくグシャグシャの肉塊になってしまうだろう大振りの拳が霊夢に突き刺さろうとしていた。

 

「フラッシュ!」

 

閃光がグーフールーの視界を遮る。

如何に魔法を吸収するとはいえ、それは肉体を傷つける作用に限られる。

樽ナの"フラッシュ"によって拳の直撃は避けた。

だが、掠った。

それだけで、大きな質量に跳ねられたかのように、吹き飛んでしまった。そのままゆっくりと地面に叩きつけられる。

 

「が、あ!?」

 

「レイム!」

 

イーリスが急いで駆け寄ると、霊夢のしなやかな左腕が折れ曲がっていた。

掠っただけでこれだ。直撃していれば見るも無残な状態になったに違いない。

急いで回復をしようとするが、アルがそれを遮る。このまま回復しては意味はない。

 

「待て、イーリス!赤魔子さん!」

 

「(コクン)」

 

赤魔子が適当に布を千切り、痛みに耐えようとしている霊夢の口に入れた。

その状態で身体を固定し、アルは折れ曲がっている左腕を無理矢理矯正をする。

 

「――ッ!!?」

 

布を噛み千切る勢いで耐え、折れた腕は真っ直ぐとなる。

それを見たイーリスはすぐさま癒しの魔法を唱えた。

 

「女神よ、慈愛に満ち足りた御身を人の子に注ぎたまえ!」

 

"ケアルⅣ"が霊夢に降り注ぎ、折れていた骨がくっ付き始める。

赤魔子も癒しの魔法を唱え、霊夢の息が収まってくる。

もしも折れ曲がった状態で癒しの魔法を使ってしまえば、曲がったまま骨がくっ付いてしまう。

それを避けるためにもまず真っ直ぐと矯正する必要があったのだ。

 

「てめえええええええええええええ!!」

 

右拳を地面に突き立てたままのグーフールーにプリッシュは渾身の飛び蹴りを放つ。

しかし、それは当たらなかった。空いているほうの左手で、プリッシュの足を掴んだのだ。

 

「ゾワヌワざんねん、ヅットノだったな」

 

まずい、と口に出す頃にはもう遅い。

プリッシュの足を掴んだまま、グーフールーは全力で左腕を上に掲げながら回し始めたのだ。

上下左右に猛烈な遠心力がかかり、プリッシュは何もできない。

充分な加速をつけ、そのまま近くにある民家へと全力で叩きつけた。

その破壊力に煉瓦造りの家が崩れ、内部の部屋の中にお邪魔してしまう。

遠心力を加えて叩きつけられた衝撃はsYれにならない威力となって、さすがのプリッシュもすぐには起き上がれなかった。

 

「うわぁぁ!」

 

「な、なんだ!?」

 

「家がぁ!」

 

民家に避難していただろう貧弱一般人が騒ぎ出す。

すぐに起き上がろうとするが、身体が動かない。想像以上に傷が深く、視界が赤く染まる。額を切ってしまったようだ。

 

(や……べぇ……)

 

グーフールーが近付いてくる。トドメを刺すために。

祈りを捧げ、女神からの祝福を授かろうにもその前にグーフールの拳がやってくる。

崩れた民家の前に立ち、貧弱一般人が怯えている中で、拳をゆっくりとプリッシュ目掛けて振り下ろした。

 

「させない!インビンシブル!!」

 

爆音が響く。

グーフールーの拳から身を呈して護ったのは小さな小さな小人の騎士。

到底は受け止めるのは無理な攻撃であっても、女神の加護を授かった騎士はほんの少しだけ、無敵になれる。

何十何百と暴風染みた攻撃を、小さな盾で樽ナは耐え続ける。

 

「こっちに来い!」

 

剣と盾を鳴らし、アルはグーフールーを"挑発"する。

いくら無敵になれる技を持ってるとはいえ、効果は長続きするような代物ではない。

グーフールーが向いた先に居るのは先程までの冒険者と比べて貧弱そうなヒュームの戦士。

一撃で壊すと言わんばかりの右拳が、アルを狙う。

盾で受け止めても盾ごと粉砕され、下手に受け流そうとすればそのまま押し切られて潰される。

飛び込むように大きく横に回避し、アルの後ろにあった壁が粉々に粉砕されてしまう。

 

「爆っぜろぉ!!」

 

「夢符「封魔陣」!!」

 

護られていた間に"女神の祝福"によって肉体を全回復させ、渾身のドロップキックである"崑崙八象脚"を横からグーフールーを蹴り飛ばす。

一撃でもって態勢を崩され、すかさず戦線復帰した霊夢は符を掲げ、陣をグーフールーを中心に組み立てると光の柱が構成すると、重量級のグーフールを高く吹き飛ばした。

そのまま地面に叩きつけられ、地面が響く。

蹴りによってグーフールーの右肩には足跡が、霊夢の結界術によって背中の一部分が削られたように傷ついていた。

 

「…………ゼクワコじかんか」

 

グーフールーの並外れた体力であればまだまだ戦えるはずであった。

それは、一対一で戦った事のあるプリッシュだから分かる事。

それだと言うのにグーフールーは一言だけ呟くと、いきなり移送の魔法によって姿を消したのだ。

拠点へと転移する黒き輝きに包まれ、トロールの長はいきなり戦線を離脱してしまった。

 

「……どういうことなの?」

 

霊夢の問いに答えられる者はいない。

時期を同じくして、死者の軍団の長であるメドゥーサ、マムージャ蕃国軍の僭主であるグルージャジャも同じように戦線を離脱。

しかし長が離脱しても多くの軍勢がアルザビを侵攻しつつある。

解けぬ疑問を生みながらも、まだ戦いは終わろうとしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『終わったか……所詮、人ならざる者。人と同じように運命は越えられぬか』

 

『……………』

 

バハムートの落胆とも取れる呟きがアストラル界に響く。

いや、奮闘したほうであろう。

眠れる神であるイフリート達に、霊獣であるフェンリルとディアボロス。

たった一人で戦い抜き、それらに打ち勝ったのだから。

だが、オーディンとアレキサンダー。異界の二柱の前には、あっけなく、消えてしまった。

 

『しかし大義であった。勝てる事はできぬにせよ、ここまでの活躍、その魂、後世の先まで語り継がれるのに値する』

 

そしてバハムートは消滅した紫に対し、敬意を払った。

勝てる勝てないの話ではない。

人ではない、異世界の住民の持つ意地と強さ。それを見せつけた者に対しての敬意である。

 

『紫……君は……』

 

口を噛むようにカーバンクルは顔をゆがめていた。

彼女の覚悟、彼女の強さ。

一時的とはいえ、同化していたから分かる、その思い。

幻想郷を守ろうする意志。

その世界で住む者達を守ろうとする意志。

それは決して、人が抱く思いとは勝るとも劣らないものだった。

人であれば運命を乗り越えられたかもしれない。

かつて、男神が蘇り、世界が滅亡するという運命を乗り越えたように。

 

『いや、まだだ』

 

セルテウスが呟くように言った。

 

「まったく…さすがに今のは死ぬかと思いましたわ」

 

それは神獣の驕りだったのかも知れない。

運命を超えられるのは、人だけだと言う事を勝手に思っていた。

いないはずの女の声が、聞こえた。

 

『なんと……まさかあの二柱の攻撃を受けて…』

 

『紫!!』

 

アレキサンダーの影と光から隙間が生まれ、そこから流れるような金髪を持つ美しき女が現れる。

"斬鉄剣"と"聖なる審判"を食らったのは紫のダミーであった。

それも、大半の"妖力"と着ていた服をそのまま乗せた特別製。

力を持たない分身であるが、それでもオーディンとアレキサンダーの目をごまかすのに足りた。

手に傘を携え、音速を超える勢いでアレキサンダーの下腹部へと狙い、突き立てた。

 

――汝……崇めよ……我がともし火…

 

「遅い!!」

 

傘が四本の足が支える下腹部へと鉄の鎧を突き破って突き刺さる。

この程度では致命的な致命傷にならない。この程度では再生してしまう。

だったら、再生出来ぬ程に中から粉々に吹き飛ばす!!

 

「紫奥義……!」

 

残る"妖力"の全てを注ぎ込むほどに傘の先端に集中させ、爆発させるかのように紫最大の奥義を撃ち放つ!

 

「弾幕結界!!!」

 

アレキサンダーの中で弾幕が荒れ狂った。

本来は全本位に隙間を開き、弾幕を縦横無尽にバラまいて纏めて敵を葬り去るスペルカード。

だが、これは一点集中型にし、何百何千の弾幕でもって塵一つ残らず消滅させる技。

これにはさすがのアレキサンダーも長くは耐えられない。

ただでさえアレキサンダーを支える中枢ユニットが近い下腹部にこれを食らい続ければ、機能を停止してしまう。

そうはさせぬと、行動途中の続きに入り、無防備となった紫を狙いを定める。

 

――…汝の咎を……赦し……焼き払おう……

 

光の矢が作りだされ、天高く射出されると、光の矢は紫を眩しく照らすと同時に背中から胸までかけて貫通した。

それは皮膚を焼き、臓を焼き、紫の全てを焼き払うようにじりじりと燃え続け、光が爆発した。

傷の治りが遅い。スペルカードの使用途中なのもあるが、"妖力"を使いすぎているのだ。

だが、止まらない。

光の矢でどれだけ傷ついても、紫は弾幕を撃ち続け―――

 

「さようなら、白き神よ」

 

弾幕はついに中枢ユニットに干渉し、破壊した。

アレキサンダーの目に力が無くなり、全身に蒸気をあげながら機能を停止する。

 

傘を引き抜く紫であったが、上半分が見事に消し飛んでしまっている。

これでは愛用の傘はもう、直す事はできないだろう。

 

(おつかれさま…)

 

壊れた傘を隙間に送り、オーディンと対峙する妖怪の賢者。

その姿はもはやボロボロであった。

全身血だらけは当然として、もはや服を復元する"妖力"と余力すら惜しいのか、魔の美貌とも言うべき裸体をこれでもかと見せびらかしている状態だ。

妖怪としての再生力も低下している。

最初に戦っていた頃にはすぐに再生していたであろう、光の矢を受けた胸の傷は、中々回復してくれない。

焼け焦げた部分は元の白い肌に再生しつつあるが、貫通した傷と、臓器の傷がそのままであった。

しかも左腕が千切れかけている。

空間も距離すらも無視して魂ごと切り捨てるはずのオーディン最大の必殺技は避け切れなかったのだ。

例え隙間の中に逃げ込んでも、オーディンに狙われたら逃げる事は不可能に近い。

 

神に祈った結果、神の加護でも得られたか。

紫は柄にでもない事を思った。

 

痛々しい姿であった。

神と対峙するにはあまりにも小さすぎるようにも見えた。

だが、それ故に今の紫は、ただあまりにも美しかった。

 

――見事だ……まさか我が仇敵を下すとは………

 

オーディンの仇敵であるアレキサンダーを打ち倒した紫に感嘆の声をあげ、すぐさま槍を構える。

 

――ハァァァァァッ……仇敵をも下す者ならば、その眼で見るがよい。仇敵の血を吸いし此が魔槍の真の姿を!

 

「その前にあなたを倒して見せましょう!!」

 

もはや残り滓のように少ない"妖力"を己の肉体に注ぎ込み、弾丸のようにオーディンの元まで飛んだ。

しかし、それよりも早く、オーディンの槍が投げられようとしている。

"斬鉄剣"が万物を切り裂く魔剣であるならば、オーディンの槍は万物を貫く魔槍である。

食らってしまえば、今の紫では一溜まりもない。

 

紫が辿りつくのが先か、魔槍が投げられるのが先か。

コンマ数秒にも満たぬ緊迫の中、一発の銃声が響いた。

 

――……これは!

 

投げられようとしていた魔槍。

そのオーディンの掌に届く一発の銃弾。それによって、紫を狙う魔槍の軌道がほんの少しだけ、ズレてしまった。

 

――すまない。オーディンよ。だが、さすがに多対一をしていたのだ。これぐらいは許されるだろう?

 

アストラル界では存在できぬはずの人間。六連の銃身を持つヘキサガンを構えた男は頬を浮かべながら静かに消えていく。

それはかつて、オーディンが冥府の騎士として契約した今は亡き没国の王子。

国を滅ぼした皇国に復讐するために蘇った死人でありながらも、たった一人の少女の出会いによって復讐ではなく、今生きる者のために動いた男。

 

放たれた魔槍は超音速すらも飛び超え、光に迫る速度でもって紫を狙い撃つ。

だが、銃弾によって生じたズレによって、本来は紫の肉体目掛けて飛ぶ槍が左腕に掠る程度で済んだ。

それでも左腕が根元からもぎ取られるように、魔槍の一撃で消滅する。

それだけなら何も問題ではない。

 

「……ぁぁぁぁぁぁぁぁ、ぁぁぁぁ、ぁぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

槍を戻そうとするオーディンであるが、もう遅い。

右手に"妖力"を込められた渾身の手刀がオーディンの白き鎧を砕き、胴体を撃ち貫いた。

それだけでは終わらない。

紫は能力を発動させ、貫いた腕に隙間を作り出し、自分の腕を切断したのだ。

境界によって切断された腕から大量の血飛沫は舞うが、それに気にせず紫は残った腕に術をかけた。

 

わずかに起きる静寂。

 

切り取り残された紫の腕は大爆発を引き起こし、オーディンは内部からの爆発を浴びてしまった。

如何に神とも言えども、これにはさすがに耐えきれない。

口を開いたのは紫であった。

 

「…なによ……やれば、できるじゃない……私」

 

止まらぬ腕の流血から倒れ、そのまま意識がぶつりと消えてしまう。

それと同時にオーディンも膝をついた。

 

『そなたの力……よくぞここまで……』

 

『言葉が出ないや……まさか、本当に打ち勝つなんて……』

 

バハムートとカーバンクルは驚きが隠せなかった。

単なる者に過ぎない、一つの妖怪である紫は見事、たった一人で神々を撃ち破り、勝利したのだから。

 

"妖力"が枯れ果て、傷つきすぎた紫にはもう意識はない。

両腕を失い、いくら"魔力"が満ちているアストラル界でも危険であった。

 

『まずいな。フェニックス!』

 

このまま放っておけば死なない妖怪であっても滅しかねない消耗をしているのが分かったのか、セルテウスは己の中に眠る半神の力を解放する。

紫の全身が炎に包まれるように燃え上がる。

勢いよく燃える炎は、紫の肌、髪を焦がさなかった。それだけではない。

紫の傷口がみるみるうちに塞がり、傷を癒していく。更に失った両腕が生え変わるように再生されていくのだ。

失った服すらも再生していき、顔色もだんだんと良くなり、全身の血の気が戻っている。

十秒としない内に、瀕死だった紫は完全に回復した。

 

『絶対的な者に抗う意志、見させてもらった。貴女ならプリッシュと共に、運命も乗り越えられるだろう』

 

倒された神獣と霊獣。

それは次々と再生していき、元の形を取り戻していく。

 

『見事だ。そなたの力、とくと見せてもらった。そなたならば、世界を託し、偉大なる存在を使役するのに足りるであろう……』

 

バハムートの言葉と共に、

イフリート、シヴァ、リヴァイアサン、タイタン、ラムウ、ガルーダ、フェンリル、ディアボロス、アレキサンダー、オーディン。

それぞれの神々は光の球体となり、紫の周りをぐるぐると回り始める。

 

『バハムート。僕もいくよ。彼女達と共に、世界を救うためにも』

 

『そなたならばそう言うだろうな。行くがいい。世界は"今を生きる者達"だと言う事を示した。世界の行く先はその者に任せよう……』

 

バハムートの言葉と共に、カーバンクルも光の球体となり、同じようにぐるぐると回り続ける。

球体は紫の中へと入り、溶けるように消えた。

そして変化が起きる。

六属性の神獣と運命と夢と虹を司る霊獣、そして光と闇の二柱。

十一の神との契約によって、その過剰化された"魔力"が紫の服装に変化が与えたのだ。

道士であるようなドレスを基調としながらも、召喚士のアーティファクトにもよく似た緑と紫を併せ持つ服へと変貌していく。

 

『私は真世界に戻ろう。決戦の日、再び彼女達と共に戦うその日を待つ』

 

そう言い残すとセルテウスはアストラル界の何処かへと消えていく。

同じように役目を終えた神々が眠る巨大クリスタルも消え、元の場所へと戻って行った。

後に残るは帝龍バハムートのみ。

 

……もう一つ、巨大な存在がいた。

ただそれは大きかった。言葉にするという表現すらおごましいと感じるほどに大きかった。

長い長い身体を持ち、巨大な身体に見合うほどの巨大で、強大で、美しくも感じる鱗を持つ存在が現れた。

 

『おお、そなたは……』

 

それは遥か昔、人類が誕生する更なる昔。

世界が生まれ、自然がこの世に芽生えた時から存在する絶対的にして超越的存在。

一言で言うのならばそれは龍。

幻想郷を見守りし最高神であった。

 

『我が古き友よ、母なるクリスタルがまだ数多の世界を生み続けていた時代の友よ。そうか、そなたは分かってあの者を送ったのだな』

 

―――――――――――――――――!

 

彼らは世界が違えど、龍と呼ばれる存在を束ねる絶対者であった。

幻想の龍は自然そのものであり、自然と共に存在する者。

真龍の王は世界を守護する者であり、新たなる世界で神である者。

遥かなる古の時代。あらゆる神々がまだ存在していた頃の時代。

二つの獣は友と言える関係であった。

 

もしもバハムート達が幻想郷に攻め込むのならば、幻想郷の最高神である龍神が行動を開始しているはずである。

魔剣によって幻想郷にやってきたバハムートの分霊、その分霊が呼ばれたのは魔剣の持つ力以外にもバハムート自身が幻想郷がヴァナ・ディールにとって害を為すかどうかを監視するためであった。

グラットンのダークパワーを用いているとはいえ乗っ取られたのは予想外であったが、魔剣の力を失ってもバハムートが幻想郷に残り続けているのはそのためだ。

そして龍神もその事は知っている。バハムートも己の世界を護るためであるならかつての友と戦う事も決意していた。

 

だが、龍神は分かっていたのだ。

幻想郷とヴァナ・ディールが融合してから、世界が終わりを迎えそうになる異変を多々ありながら、彼は行動を起こさなかった。

それは自分が出なくてもその世界に生きる住民が解決をするからだと信じているからだ。

 

『ならば我らのするべきことは見守る事。世界の待つ先が滅びなのか、救われるのか。人の可能性、そしてそなたの知る妖怪の可能性。それを信じようではないか』

 

――砂漠に埋もれし古代都市に向かうが良い。明星の巫女の力を受け取れば、クリューの生き残りに辿りつけるであろう。

 

 

 

夢を見ていた気がする。

どんな夢であったかは忘れた。

ただ、とても悲しくて、とても暖かい夢だった。

猛将、鳥、巨人、賢者、海蛇、女王、宝石……意味がわからない、それでも魂が理解した。

不思議な夢だった。

 

「…………こ、こ…は?」

 

紫が目を覚まし、何処かの見た事のある暗い洞窟である事が分かる。

そうだ、「偉大なる存在」と勝負し、戦い戦い、戦い抜いて、それで―――

どうなった?

 

「あっ!」

 

ばっと立ち上がると自分の体が、獣ではなく、本来の肉体である事を確認する。

服が無くなったはずであるが今はいつもの着慣れた道士服……に似たようなモノを着ている。

膨大な"魔力"が込められている。アストラル界で戦った時と同じような肉体の解放感を感じた。

そして"妖力"も問題なく、肉体の方も傷一つない。

土で汚れた服を叩き落とし、ゆっくりと息を吐いた。

 

「そうか……勝った、のね……」

 

危ない戦いであった。

本当に自分が勝てたかすら今でも疑問に思えるほどの激闘だった。

しかしこれが現実。

八雲紫は、試練に打ち勝てたのだ。

 

「……杖?」

 

目の前にあるのは一本の杖であった。

質素な木の棒のように見え、先端の膨らんだ部分には黒い結晶が埋め込まれている。

それに触れると記憶が流れだした。

一瞬に脳裏に浮かべるのは「偉大なる存在」を使役し、操る術。

即ち、召喚術。

 

「なるほど……ありがたく使わせてもらいますわ、バハムート」

 

真龍の王の力が込められたバハムートスタッフを引く抜く。

召喚術士としての能力を高める効果が込められたその杖は、召喚初心者となる紫には最適な代物と言える。

 

「あら……?」

 

隙間を開いてまず試したのは幻想郷に帰還できるかどうか。

しかし開いてみるとまるで何かに"遮られてる"かのように行く事ができない。

その事に紫の頭が働き始める。

 

(……世界との融合が中途半端に終わりかけてるわね。これじゃ無理にいけないわ)

 

世界と世界が一つになろうとしている中、すでに隙間がほとんどないぐらいに終わっていた。

これでは隙間と隙間の間を潜りぬけて世界を移動できる紫でも帰還はできない。

 

「仕方ないわね……まずは霊夢と再会する事から始めましょう」

 

元凶は分かったのだ。

ならばそれをとっちめれば世界との融合は終わり、元の世界に帰れるはず。

そう考えた紫は霊夢の元に行くために隙間を開き、その中に入っていく。

後に残るのは何もない。キメラの墓場であるハザルムは元の漆黒の空間へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファ・イ・ガ~~!!」

 

炎蛇将の放った魔法がまた一つ、蛮族を焼き払った。

さすがの無尽蔵に等しい"魔力"を持つガダラルとはいえ、同じように無尽蔵に沸き出る軍勢に精神的な疲れが生じている。

ここまでの防衛戦ビシージでの激戦は数えるほどしかない。

いや、一回に攻める量での数だけならこれが最高だ。

 

過去に13日連続防衛戦ビシージという休む暇がない大激戦を経験している。

そんな状態になっても魔笛を守り切ったとはいえ、運が良かったのも言える状況であった。

だが、その連続防衛戦ビシージであっても、一回に攻める敵の量は200にも届かず、一度追い返せばある程度は休む暇はある。

 

だが、今回の防衛戦ビシージでは最低でも2000を超える大軍勢だ。

倒しても倒しても文字通りキリがない。

また、本来は協力する事はなかった蛮族は今回に限って互いの弱点を補完し合っているのがやっかいであった。

 

トロールは持ち前の超プゥワーで次々と扉を破壊していき、壊された扉からマムージャは俊敏に進軍を、それを止めようとする傭兵やアトルガン兵士を邪魔するアンデッドとラミア達。

蛮族だけではない、多種多様な魔物を引きつれた蛮族軍に、苦戦を強いられていた。

防衛戦ビシージの要になる五蛇将が倒されそうになったのは一度や二度ではない。そのたびに傭兵の支援で建て直されていたが、その傭兵の体力も着々と限界が近付いていた。

 

「将軍!前方よりトロール三体、マムージャ二体!左方よりスコーピオンが二体、ワモーラが五体がこちらに!」

 

「ちっ!屑どもがうっとしい!!」

 

次なる魔法を唱え始め、敵を迎え撃つガダラル。

戦い始めてガダラルを護衛する傭兵はすでに三割が戦線を離脱している。

ある者は傷つきすぎ、ある者は"魔力"を失ったためだ。

それでも尚、戦い続けるガダラルを含めた五蛇将は蛮族からしてみれば恐るべき存在である共に、傭兵とアトルガン兵士からすれば頼もしき戦力と言えるだろう。

 

「サ・ン・ダ・ガ~!!!」

 

鎌を振るい、のこのこと現れた蛮族達に雷撃の雨を降らしていく。

羅刹の名に相応しきその実力を見せつけ、ガダラルは勝利という結果を求め続け、戦い続ける。

 

一方で霊夢達も尚も戦い続けるが、疑問が浮かんでいた。

なぜ有利となれたはずの蛮族の長が早々と引いたのか。あのまま戦っていれば傭兵は元より、五蛇将に対しても致命的な致命傷を与えれただろう。

しかし疑問を浮かぶよりも戦わなければならない。

敵の数は減るどころか増えている一方なのだから。

 

「霊夢!」

 

「魔理沙!?」

 

箒に跨りながら空中を飛ぶ黒白の少女。

霊夢が戦っていたマムージャの兵士は魔理沙の不意打ち染みた火の魔法によって火達磨となる。

 

「みんな!」

 

「ご無事でなによりでござる」

 

火達磨になりながらも暴れ回ろうとするマムージャの足を撃ち抜き、トドメとばかりに刃が煌めくと首を落とす。

ゲッショーと鈴仙も戻ってきたようだ。

 

「おや、私が最後か」

 

遅れてナズーリンも空中から着地してやってきた。

傍には子竜こそいないが、竜騎士はたった一人でも飛び掛かる術は失わない。

 

「一人も脱落しないでいたみたいだな」

 

民家に叩きつけられ、服がボロボロになりはしたが足取り軽くプリッシュもやってくる。

防衛戦ビシージによってバラバラになったが、ようやく集ったようだ。

 

「おい、なんだありゃあ!?」

 

冒険者の一人が気付いたように声を上げていた。

驚いて冒険者の指を示す方向には、皇国を囲むように立てられた防壁。その上に蛮族らしき者達が何百も並んで立っている。

それに気付いた者達からざわめきが広がるが、目の良い狩人は気付いた。

あの防壁に昇っているのは全て、魔道士である事を。

 

「何をする気だぜ?」

 

「さぁ?」

 

わざわざ何百も防壁に登る行為。

まさかあそこから侵入するわけではあるまい。

空も飛ぶ手段も無く飛び下りれば間違いなく落下した衝撃で裏世界にひっそりと幕を閉じる事になる。

蛮族の魔道士が始めた事。それは魔法の詠唱であった。

しかしいくら魔法を詠唱したところで防壁の上から街中に届くまで遠すぎる。

蛮族の唱える魔法はアルザビの空中に巨大な魔法陣を作り出していく。

 

「あれは……」

 

蛮族が唱え続ける度に魔法陣は更に巨大化していく。

陣に書きこまれている魔術文字。

勘の良い魔道士は、そして魔理沙は顔を青ざめるように気付いてしまった。

 

「あ、あいつら……!何をしようとしてるか分かってるのか!!?」

 

魔理沙は思わず絶叫してしまった。

蛮族の唱えようとしている魔法は単純なものだ。

複数の魔道士が同時に唱え上げる事で作り出す極大制圧魔法。

言ってしまえば範囲魔法をより広くしたようなものとはいえ、あの巨大な魔法陣から放たれる魔法の威力は想像ができない。

 

下手すればアルザビが一発で消し飛ぶかもしれない。

 

魔道士らしき冒険者が呟き、今の状況をようやく全ての者が理解した。

ある者は止めるように叫び、ある者は防壁に向かおうとする。

そして気付いた。

防壁に行ったとしても登り切るのに時間がかかる事。

そして、登れた頃には手遅れになっているという事も。

 

そしてそれでも蛮族と魔物達は絶えずに攻め込んでくる。

防壁に向かおうとしても遮るかのように邪魔をしてくるのだ。

 

「こいつら……!!」

 

魔法陣から魔法を放たれれば街だけではなく、傭兵も、五蛇将も、等しく吹き飛ばしていくだろう。

それは街中にいる蛮族も同様のはずだというのに。

勝利のためであるなら己の犠牲すらも問わないか。

狂気に蝕まれた蛮族の目を見て、霊夢は狂ってるとしか思えなかった。

 

「私なら行ける!!」

 

空を飛べる魔理沙なら防壁へとすぐに向かえる。

霊夢も同じように行こうとするが、トロールとラミアが霊夢の前に立ち塞がり、他の者も魔物達が襲い掛かってくる。

 

「ここならっ!!」

 

街中であるならスペルカードは使えない。

しかし防壁は平面となっており、先には何もない。

つまり魔理沙の全力がここでなら出せる。

 

「恋符!」

 

防壁の上に辿りつき、八卦炉を構え、己の"魔力"を注ぎ込んで魔法と唱え続ける蛮族へと狙った。

 

「マスタァァァァァスパァァァァァァァク!!」

 

太いレーザーのような魔砲が放たれ、その光線に呑まれた蛮族は次々と吹き飛ばされ、街の外へと落ちていく。

このまま他の蛮族を狙おうとするが、空を飛ぶモノに対しての対抗策も蛮族側も考えていたのか、魔法陣の詠唱に関わらなかった別の蛮族達が魔理沙に目掛けて魔法を唱える。

 

「うわっ、と、ととと!」

 

疾風の刃が襲い掛かり、紙一重に避けたと思ったら雷撃の雨が降り注ぐ。

それを器用に避けてながらも次々と防壁の蛮族を得意のスペルカードで撃ち落としていった。

 

「うおっ!?な、どこから!?」

 

後ろからの魔法に回避し、振り返れば倒していなくなったはずの蛮族が再び魔法を唱えているではないか。

よく見れば倒された端から次々と防壁を蛮族が登っているようで、その登るための梯子を作るための時間を稼ぐために、先発隊、そして蛮族の長が戦っていたのだ。

長があっさりと引いたのは梯子が完成し、これを始めるためか。

悔しい顔をしながらも蛮族を倒そうとするが、こちらを狙ってくる魔法があるために思うように進まない。

そして突然の光で目を晦ましてしまい、視界が閉じられてしまう。

白魔法の"フラッシュ"だ。これでは先が見えない。

 

「ぐっ!」

 

ここぞとばかりに魔法が魔理沙を狙い打った。

視界が見えない状態で回避は困難だと判断し、目を閉じながら地面へと降り立っていく。

緊急の回避のためにスピードが早く、地面に突っ込む形で叩きつけられた。

 

「いづぅ……」

 

落ちる瞬間にスピードを緩めても衝撃はそこまで低減できなかった。

まだ視界がはっきりとしない。ただでさえ戦場と化してる街中でこの状態は危険だ。

なぜなら魔理沙のすぐ後ろには、剣を下ろそうするトロールがいるのだから。

 

「魔理沙ァァァァ!」

 

霊夢は駆け抜ける。

間に合わない。弾幕を撃ってもその前に魔理沙は剣で斬られる。

そうなれば頭をかち割られ、魔理沙は死ぬ。嫌な未来がはっきりと浮かんでしまい、霊夢が届くよりも早く、トロールの剣は振り下ろされた。

 

「残念」

 

その剣は空間に歪が作られ、隙間によって折られる。

 

「届くのが少し」

 

隙間から現れ出るのは金髪の美女。

上半身だけの姿から、杖を持つ腕が現れるとトロールに向けられる。

 

「遅かったですわ」

 

風の刃がトロールの肉体を縦横四等分に引き裂いた。

一瞬だけ杖から緑色の魔法陣が現れると、そこから翼を生やした"何か"が疾風のように引き裂いたのだ。

霊夢はその美女の姿を呆けるように見つめている。

 

「ゆ、紫……?」

 

「ええ。みんなのピチピチアイドル、美少女大妖怪八雲紫ですわ」

 

霊夢に遅れた形にナズーリンやプリッシュ達もやってくるが、紫の姿に見覚えがないような顔をしている。

当然だ。

プリッシュは紫の元の姿は知らない上に、ナズーリンも紫の事は人づてに聞いているだけで実際に見た事はほとんどないのだから。

 

「……誰だ?」

 

「……管理人、か?」

 

気付いたのはナズーリンであったようだ。

例え獣の姿から人の姿になろうとも、個人の発する雰囲気を感じ取ったのだろう。

 

「紫!後ろに!」

 

霊夢が叫ぶ。

蛮族からしてみれば召喚士の風貌をした何かが参戦した程度しか認識していない。

自分達の計画は絶対に成功する。

その確信を込めた剣を、マムージャは紫に振るおうとする。

 

「シヴァ!」

 

その程度の動きを見切れない紫ではない。

振り向いたと同時に杖を振るい、薄い水色のような魔法陣が形成され、その魔法陣から氷の女王が現れる。

シヴァが腕を振るい、それは氷の結晶をちらちらと生み出すと紫を守る盾となる。

剣が氷の盾とぶつかり合い、異変が起きた。

マムージャの剣を持つ腕が凍っていくのだ。

両腕を凍らされ、驚きの声を上げる中、突如として日が遮られた。

視線を見上げれば、そこには土色をした巨人が立っていた。

その巨人は拳を構え、マムージャを狙う。

 

「タイタン!」

 

拳が、振り下ろされた。

皇国全土に響き渡るような地響きが起こり、拳を引き上げるとマムージャが地面にめり込みながら倒されていた。

召喚詠唱を破棄した紫の召喚術。

それは共に戦う事はできない代わりに、一瞬だけ力を借りる事のできるように紫が考案した戦闘術。

スペルカードルールという、一瞬一瞬の決め手が鍵となる世界にいたからこそ、作り出せるものだった。

 

「さて……」

 

ようやく"フラッシュ"から解放された魔理沙を尻目に、紫は上空の魔法陣を見上げる。

あれは普通の方法では破壊できないだろう。境界を操ればその限りではないが、魔法陣の大きさからしてすでに完成は間近。時間はない。

ならば……

 

「さっそくですけど、使わせて貰いましょうか。皇国に伝わる機械仕掛けの神よ」

 

妖怪の持つ"妖力"とはまた別の力。

あまり慣れたものではないが、紫は全ての"魔力"を解放する。

ヴァナ・ディールに置いての召喚とは、虹の光に到達出来た者が使える秘術。

虹とは七色の光に闇を加えた、この世に存在する八の元素を示す。

火、氷、風、土、雷、水、光、闇。

万物を理解し、万物と同義になれるモノこそが使い手となれる。

八属性の神に認められた八雲紫は、正しく召喚士と呼ばれる者に至ったのだ。

 

呼びかけるように。

招き入れるように。

 

指を術として編むように印を結び、腕を広げながら己と契約した神を呼び起こす。

紫を中心として魔法陣が生まれ、更に膨大な"魔力"を注ぎこみながら詠唱を始める。

 

「ゆえに、我は命ず、命ずるは我なり、きたれ疾く、疾くきたれ、アストラルの地より、我が腕かいなの下に、我と契約を結びし、鉄巨人よ!」

 

光るように輝く魔法陣は更に、更に大きくなり、全ての"魔力"を放出するかのように空間が荒れ狂う。

それはアトルガンの守護神。

それは鉄の甲冑を纏う白き神。

 

ヴァナ・ディールとアストラル界を繋げるアストラルゲートを開き、神と呼ばれし存在を、今ここに使役する!

 

「此の地の光が途絶えし、此の地に闇が訪れし、神につかふる者の祈りを聞き届けたまえ!アレキサンダー!!」

 

魔法陣から現れるは膨大な"魔力"を媒体に構成された機械仕掛けの神。

駆動する四本足が石作りの大地の上に踏み砕き、実世界に召喚されたのだ。

 

そしてそれはアトルガンの者にとって、そして冒険者からしても驚きの事であった。

アトルガン伝説に伝わる神の再来。しかも召喚士が召喚獣として召喚した事が。

 

――汝……安んじよ……私は不朽であり……不滅であり……不可量であり……不可侵である……

 

アレキサンダーの飛び出た両肩から、守護の魔法と同じ光の壁が一人一人のアトルガン兵士、そして冒険者に張られていく。

その技の名は"絶対防御"。

文字通り、あらゆる攻撃を無効化する、防壁の名に相応しいアレキサンダーの技である。

 

マムージャ、トロール、アンデッドの相乗魔法攻撃が襲い掛かる。

あらゆる元素の範囲魔法は、全てを焼き尽くし、全てを切り刻み、全てを壊しつくすはずだった。

事実、何十では効かない。何百もの魔法が一斉にアルザビに襲い掛かった。

これでは冒険者や五蛇将だけではない。街にすら壊滅的な被害をもたらすはずだった。

 

だが、通じていない。

そのまま食らえば全滅もありえただろうが、守護神の防御壁によって守られた者達は、傷一つ負う事無く姿を現した。

そしてアレキサンダーの"絶対防御"は人だけに留まらず、街すらも守り通してしまった。

渾身の魔法攻撃を防がれてしまい、蛮族も戸惑いが隠せない。

 

「……とんでもないね、これは。管理人は力を取り戻すどころか更なる力を手に入れたようだ」

 

ナズーリンの呟きが漏れる。

アレキサンダーを維持する"魔力"が無くなってしまい、幻影に消えるように消失しそうになる。

"アストラルフロウ"を使った紫の"魔力"はすでに無くなり、もはや戦えないはずなのだが、彼女は再度、"アストラルフロウ"を発動させる。

すでにないはずの"魔力"を隙間を開く事によって"魔力"の満ちたアストラル界に繋げる事により、半永久的に"魔力"を吸収する荒技をやってのけているのだ。

擬似的であるが黒魔道士の"魔力の泉"に近いそれによって、紫は再び召喚陣を描き、次なる「偉大なる存在」を呼び寄せる。

 

「ゆえに、我は命ず、命ずるは我なり、きたれ疾く、疾くきたれ、アストラルの地より、我が腕の元に、我と契約を結びし、冥路の騎士よ!」

 

アレキサンダーが光の魔法陣であるなら、これは闇の魔法陣。

それは今は亡きイフラマドの守護神。

それは神獣スレイプニルに跨る黒き神。

それは冥界ヴァルハラの主神。

 

「漆黒の光閃き、大気の震えとなれ!斬鉄剣!オーディン!!」

 

魔法陣から飛び出るように現れ出でる冥路の騎士。

黒い巨大な馬に跨る全身鎧の騎士の風貌に、誰もが近寄りがたい雰囲気を出していた。

 

――研ぎ澄まされし白銀の刃は、魂の住み家を断ち切るため……

 

馬に跨りながらも巨大な槍に膨大な闇を注ぎ込み、それは万物を断ち切る巨大な剣となる。

 

――反り返りし漆黒の峰は、魂の寄る辺を振り切るため……

 

その危険性に気づいた蛮族の行動は別々であった。

ある者はオーディンに挑みかかり、ある蛮族は逃げ出そうとしていた。

だが、如何なる行動をしても、オーディンの技から逃れる術無し。

 

――ヴァルハラに散華せよ。斬・鉄・剣!

 

オーディンの斬撃が振り払われる。

あれだけの軍勢がいた蛮族部隊。

長く戦い続けた防衛戦ビシージ。

それは、たった一撃、オーディンのたった一撃で終焉を迎えた。

まだ何百といた蛮族はオーディンの一振りによって対象を捉える事無く"例外無しに両断"されたのだ。

マムージャも、トロールも、ラミアも、それ以外の魔物すらも。

 

あまりのあっけない勝利に兵士も、五蛇将も、冒険者すらも呆けてしまう。

 

八雲紫によって召喚された黒と白の神。

それはまるで、勝利を呼び寄せた女神に尽き従う騎士にように存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

……To Be Continued?

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