皇国と蛮族との定期的に引き起こる防衛戦が終わった後、冒険者の場合であればすぐに身体を休めようとする者、もしくは自分の用事で何処かに冒険する者がいる。
冒険者とは元気なもので、戦いが終わった後だと言うのにすぐに行動する者が大半だ。
しかし、今回ばかりの防衛戦は違った。
2000を超える大軍勢を相手にし、ほとんどの冒険者が心身を消耗させている。
動けるのはそれこそ一級廃人と言われるような冒険者だけであり、それ以外はモグハウス、もしくは病棟などにいる。
苦しい、それでも何とか勝ち残れた戦い。
しかしそれでも皇国の将軍である五蛇将に休む暇などない。
特に軍を率いる長でもある天蛇将ルガジーンは、戦いが終わって身体を休める暇もない。
精々、蛮族との戦いによって返り血を浴びた鎧を外し、清潔に保つ程度だ。
「ルガジーン様、今回の被害報告が纏まりました」
「……判った、話してくれ」
兵舎には皇国軍の兵士以外にも五蛇将専用の自室がある。
天蛇将の部屋にいるのは報告に来た兵士であり、向かい合うのは蛮族の血を洗い落とされ、真っ赤な鎧を着込むルガジーンだ。
疲れはあっても、それを顔に出さないのはさすがと言えるが、それでも防衛戦で勇猛果敢に戦っていた時の気力を感じない。
「行方不明者は無し……どうやら蛮族は最初から拉致をする、という手段はなかったようです」
防衛戦に置いて、蛮族は時折アルザビの住民を拉致する事もある。
理由は様々だ。
マムージャであれば優れた技術を持つ者を拉致して己の軍備を増強させたり、他の蛮族であれば身代金目当てというものもある。
しかし今回の防衛戦だと拉致をするという目的は最初からなかった。
「軽重傷者は、傭兵と軍を合わせて400名を超えます。現在は病棟にて治療中でございます」
「そうか……」
あれだけの激戦なのだ。
傷ついていない者は存在しない。誰もが戦い、傷つき、それでも諦めずに勝利を目指し続けたのだ。
とはいえ、勝利の要因となったのは冒険者でも兵士でもなく、一太刀で持って切り捨てた闇の神の力なのだが。
「……そして、死傷者の数は、軍は23名、傭兵が12名となります」
「…………」
これも、当然と言えた。
いつもの防衛戦であればまだ少なかっただろう。
しかし、2000を超える数に加えて巨大な怪物が幾つも現れ、更には蛮族の長が三体同時に戦場に現れたのだ。
長の方は早々と引いたとはいえ、それでも引き起こされた被害はとてつもなく大きい。
目を深く閉じ、ルガジーンは戦いに散っていた者達に対して黙祷をする。
一分ほどの無言の時間が流れ、沈黙を破るのはルガジーンであった。
「他の五蛇将は?」
「ザザーグ様も怪我を負っていられたのですがすでに回復された様子で他の者と共に復興作業に従事しています」
「ふっ、あの者らしいな」
ガルカだけあってか体力も並外れているのか。
激戦の後であっても、休まずに兵士と共に復興作業に従事するのもザザーグが他の兵士や冒険者から慕われる理由なのだろう。
隊長であるルガジーンとしては身体を休んでほしいというのが本音であるが、今は傷ついたアルザビの復興もまた最優先にしなくてはいけない事でもあった。
「しかし、ナジュリス様、ミリ様の怪我が深刻です。特にミリ様はメドゥーサの矢を受けましたので……」
「むぅ……」
一騎当千の五蛇将と言えども、無敵でもなければ不死身でもない。
傷つきすぎれば戦闘不能になるし、最悪の場合は死に至る。
ただ、強いだけの人間に過ぎないのだ。
そして五蛇将は防衛戦の要だ。
『魔笛』の封印を担うための五蛇将が戦闘不能になれば、『魔笛』への道が開かれてしまう。
「そしてガダラル様の怪我は少ないのですが、最後の最後まで魔法を使い続け、魔力の使いすぎて昏睡状態に陥っています」
「……そう、か」
今に動けるのはルガジーンとザザークの二将軍のみ。
三人の戦線復帰に時間をかかる事を予測し、蛮族に攻め入られる格好のチャンスと見られてもおかしくないだろう。
しかし、それは心配無用と言える。
2000の軍勢を追い返し、防衛戦が終わって一日も経ってないのだ。
なので体勢を整える時間は十分にある。ルガジーン達のするべき事はその時間の間にそれだけ体勢を整えるか、だ。
「現状の報告は判った。それ以外には?」
「はっ、それ以外にですと――」
街の被害報告、死傷者の名前と身元、今回の戦いで消耗した薬品や武具の数。
様々なものを伝えられ、それを確実に処理していく。
軍を取り締まる天蛇将は、戦いの後であってもこのような事もしなければならないのだ。
「これで報告は終わりとなります」
「ああ、ではすぐにこれを皇国に届けてくれ」
「はっ」
纏めた資料を兵士に渡し、兵士は部屋を出ていく。
報告を纏め上げるのに三時間ほどかかってしまったが、判明しているだけでこれだ。
これからまだ増えるだろう被害報告を想像すると、ルガジーンの心が若干重く感じる。
その重さを払い除け、自室に出る。
五蛇将の部屋の近くだというのに通路では様々な兵士が忙しく動き続けている。
あれだけの大激戦をこなしたのだ。皇国側に受けた損害も馬鹿にはならないために、この騒がしさが止まるのはもっと先になるだろう。
「……やっかい、と言えるな」
今まで蛮族は協力するという事はなかった。
だが、今回の戦いでは互いの弱点を補完し合うように攻めてきたのだ。
蛮族とは協力するような間柄ではない。
皇国の持つ秘宝である『魔笛』を奪わんとする事が共通しているだけであり、仮にマムージャ軍が『魔笛』を奪えば残りのトロールとラミア達がマムージャを襲いに掛かるだろう。
しかしそうなる前に冒険者達が『魔笛』を奪い返している。
過去に皇国は『魔笛』を奪われる経験があるとはいえ、その度に冒険者が取り返している。
恐らく、それが蛮族の協力した要因の一つだとルガジーンは考える。
『魔笛』の本来の持ち主であり、数多の傭兵を抱えるアトルガン皇国。
なら、その皇国が無くなってしまえば?国として維持するのを不可能ぐらいに痛め付ければ?
そもそも2000の軍勢と蛮族の長が同時に襲い掛かれば時間はかかっても、『魔笛』は奪えたはずだ。
それなのに巨大な魔法陣を描き、制圧魔法でアルザビを消そうとしたのもそうした意図があったのだろう。
蛮族同士が『魔笛』を取り合う間に、冒険者が取り返してくる。
蛮族が協力をした、という事実が残れば後々の戦いがより厳しくなるのも目に見えている。
恐らく、次の防衛戦に置いても蛮族が協力してくる事を前提として防衛をしなければ『魔笛』を守れないだろう。
考えれば考えるほど頭が痛くなる。
まずは傷ついた五蛇将たちの見舞いをするためにルガジーンは足を動かす。
天蛇将が頭を痛めている一方で、皇国にある冒険者の借宿であるモグハウスの一室では少女が四人、更に獣人のヤグードが一人いた。
「あーそうそう、ちょいと用事が終わったらすぐ帰るからさ。ああ、ライオン達にジュノで集まるように言ってくれよ」
片手に宝石のような真珠であるリンクパールを持ちながらプリッシュは誰かと会話するように喋っている。
魔法貝殻であるリンクシェルから生まれるリンクパールは、同一のものであれば遠く離れた土地でも会話が可能となる。
本来であれば声を出さずとも会話は可能であるのだが、そうしたほうが伝わりも実感しやすいのである。
「何時帰れるって?早けりゃ明日の朝ぐらいに帰るからよ。ああ?早すぎる?どうにかしろよ。じゃあ切るぜ」
会話を終えたのか、リンクパールを鞄の中に突っ込む。
リンクパールの声が届く先は天晶堂のボスであり、無茶ぶりをされた事に紅白の巫女少女である博麗霊夢は少しばかりの同情をする。
「そんなにすぐ帰ってこれるものなの?」
「伊達に裏のボスをやってないぜ?その気になれば世界の経済を動かせる奴なんだ。人を呼び戻すぐらいはちょろいもんさ」
ジュノを旅立って数日になるが、世界中を行き来しているはずのライオン、そして元罪狩りのマグ。
この二人に連絡を取れる手段は、世界の情報を持ち合わせる天晶堂の頭領アルドぐらいなものだ。
「魔理沙と薬師の兎さんが戻り次第、すぐにジュノに向かいますわ。隙間能力も元に戻ったことだしね」
召喚士のアーティファクトに似ながらも、道士を思わせる奇妙な服に身を包む八雲紫は言う。
カーバンクルという偽りにして力の持たない獣から、元の美しき美貌を持つ妖怪の肉体を取り戻した紫は、紫の代名詞ともいうべき隙間を操る程度の能力も同時に取り戻した。
この能力を使えば理論上、ヴァナ・ディールの何処にでも隙間による移動が可能だ。
「元の世界に帰ることができない、というのが惜しいがね」
いつものグレーの服とは違い、パジャマにも似た服を着ながら、傷ついた服を縫うナズーリンは呟く。
確かに紫の能力は元に戻ったとはいえ、本来であれば幻想郷とヴァナ・ディールの世界を行き来することが可能なのだが、隙間による世界移動ができないのだ。
それは二つの世界に隙間すら無くなるほどに密接な融合がしつつあるのだが、幻想郷に帰れないという事は異変が終わるまでに幻想郷にいる冒険者や住民の助けを呼べない事にも繋がるのである。
「しっかし、いまだに信じられないぜ。あのムラサキもふもふが、本当に……よう、よう……」
「妖怪でござるな」
「おお!そうだ、ヨウカイだ!」
言葉が出かける時、ヤグードの忍者であるゲッショーが代わりに答える。
プリッシュからしてみればもふもふとした獣だったのが、幻想郷の管理者でもある紫である事に信じられないような顔で見ている。
しかも見た目で言えば人間とほぼ変わりはないのだ。
同じ妖怪ではナズーリンもいるが、人間にはない鼠の耳と尻尾を持っている。
「ところでユカリおばちゃん、本当にナグモラーダの奴が今回の黒幕なのかよ?」
「おば!?くっ、この子は私の身体を弄るわ、おばちゃん呼ばわりするわ……」
「そうそう、このおばちゃんはおばちゃん呼ばわりされる事が心にダメージを食らうからせめて呼び捨てぐらいにしておきなさい」
「霊夢……あなた私の事嫌いなの?;;」
少し半泣きになりながらも理不尽に負けずに紫はプリッシュの問いに答える。
「ええ、カーバンクル達の話が正しければ、ナグモラーダという男が何かをやっている事は間違いないわよ」
「うーん、そっかぁ……」
世界を守る事を使命する霊獣の言葉だ。
今更、男神が復活するかもしれない中で嘘を吐くような連中でもないのを知っているため、紫の言う答えは真実なのだろう。
だからこそ、プリッシュは疑問を抱く。
霊獣達も分からぬ疑問、なぜナグモラーダは男神の力を得ようとするのか、だ。
真世界と男神の真実を知り、心から慕っていた巫女の死、そして女神からの贈り物。
それぞれを知ったのなら、決して男神の力を得ようとも、そして復活させようともさせないはずだ。
とち狂ってしまったか。思わずそう判断したくなってしまう。
「しかしまぁ、私の宝塔探しはまだ先になりそうだな」
「ああ、あんたがここにいるのってうっかりご主人の探し物だっけ」
元の世界に帰れるにせよ、何にせよ。
男神の復活とは世界の破滅でもあるために、それは絶対に阻止しなくてはならない。
そんな中、ナズーリンだけは別にそういったのを止める義理はない。
なぜなら彼女は元々、主人が落とした宝塔を探すためにいるのだ。
霊夢達についていっているのは土地勘と頼れる者がいないためである。
「ダウジングロッドとアミュレット、そして今の霊力なら探せるのでなくて?近い場所であるなら私が隙間で送ってあげますわよ」
「それは感謝感激、と言いたいところなんだがね。力が戻っているのにも関わらず、宝塔の場所が分からないんだ」
ナズーリンの探し物を見つける能力、そしてその場所に移動できる紫の隙間。
その二つがあれば即座に落し物を見つけるのは容易であるが、一つの問題があった。
最初の頃にヴァナ・ディールに来た時は、アミュレットの破損と霊力の低下で大まかな位置でしかダンジングロッドを示さなかった。
そして、今のようにアミュレットも直り、霊力もほぼ全開に戻りつつある今ですら、ダウジングロッドは大まかな位置しか示さないのだ。
ダウジングロッドは何もない空を示すだけであり、アミュレットの場所を把握する力も効果を示さない。
まるで、宝塔のある場所を隠されているように見つける事ができない。
「何はともわれ、二人が戻ってくるまでゆっくり身体を休めましょう。時間はないけど、まだ焦る時間でもないわ」
霊夢達も、紫も。
先ほどまでに長時間の戦闘をこなしていたのだ。
時刻で言えば夕日が見え、今でもモグハウスの外から防衛戦による被害から立て直す音が聞こえる。
戦いによって傷ついたアルザビは、被害によって街並みが破壊されたとしても、厳しい戦いを乗り越えた者たちの活気でかき消されるようにも誰もが感じたのだった。
★
皇国から遠く離れたアラパゴ。
その島に行くには港から船で行くか、もしくは皇国の転移装置である移送の幻灯を使うかの二つだ。
冒険者であればほとんどが後者である転移装置を使う。
船を使えば八時間近い航海をする事になるが、移送の幻灯なら一瞬だ。
夕方になる少し前だと言うのにまだ蒸し暑いアトルガンから肌寒いアラパゴに行くと、気温の変化によって身震いをする。
「じゃあ、この薬品を使ってください。道中までアンデッドに襲われるとめんどうなので」
「ありがとう」
金髪のヒュームの青年であるムティーブから消音効果のあるサイレントオイルと姿を隠すプリズムパウダーを受け取る。
海賊ルックにも似たコルセアの衣装を着る兎耳の少女である鈴仙・優曇華院・イナバは道具を使いながら思う。
(いったい何の用なのかしら……)
本来であれば再会した幻想郷の住民と共に行動するはずが、海賊である海猫党の頭クルタダに呼ばれたのだ。
ムティーブはその案内人であり、これから向かう場所は海猫党の隠れ家であるアラパゴ暗礁域だ。
海猫党の隠れ家であると同時に死者の軍団の住処でもあるために、慣れた者以外が一人で歩けば危険がマッハで危ない場所だ。
なので、海猫党の一員であるムティーブが案内人として同行するのである。
隠蔽の道具を使い、音も姿も消えてから先に進む。
皇国からアラパゴに転移した先である沼地にもアンデッドなどはいるのだが、先日に全滅させる勢いでなぎ倒したためにまだ魔物の数は少ない。
隠蔽を見破る魔物もいないため、アラパゴ暗礁域へとどんどん先に進んでいく。
数時間ごとの徒歩から数十分の休憩を挟みつつ、時刻で言えば夜に突入した辺りで廃船の残骸が見える海域に辿り着く。
昼間ですら薄暗いため、夜になれば真っ暗で何も見えない。空から照らす月と星々の輝き、そして海域に漂う魂のような光がなければ歩く事すら困難だっただろう。
それでも何事は例外はある。
慣れたように進んでいくムティーブ、そして赤い眼を解放した鈴仙だ。
暗く見えづらい道であっても海猫党のメンバーであるなら迷えずに進める上に、鈴仙の眼であれば少しの光があればはっきりとした道に見えるために動きづらいという事もない。
そのため、アンデッドに気をつければいいだけの話のために、危なげもなく海猫党の隠れ家である廃船へと辿り着いた。
「部屋の中に船長がいます。では、俺はここで」
案内を終えたムティーブはそのまま何処かに行ってしまう。
廃船、甲板にいるのは鈴仙一人。他に誰もいない。
「……開けるわよ」
ガチャリ、と音を立てながら甲板から船長室に繋がる扉を開く。
中には古ぼけた机に足を乗せ、壊れかけた椅子に座るエルヴァーンの青年がいた。
「おう、来たか」
「おう、来たか、じゃないわよ。いったい、何の用なの?」
クルタダが何か言いたいことがあれば先ほどの青年が伝言に頼めばいいし、用があるならクルタダ本人が皇国の近くにいれば早いはずだ。
回りくどい事をする鈴仙は少しばかりご立腹であり、その証拠に眼がいつものと比べて赤く染まっている。それを知ってかクルタダは喉の奥から笑う。
「何、少しばかり試したい事があってね。ついてきな」
「え、ちょっと!」
鈴仙が入ってきた扉から外に出ると、クルタダは廃船を降りて何処かに向かっていく。
クルタダの意図が分からない鈴仙は必死に後を追いかけるが、途中で行き止まりにぶつかってしまった。
「……あれ?」
ここに向かったはずなのに。
消えたクルタダに不審に思いつつ、行き止まりの道に行こうとすると、急に視界が真っ暗に染まった。
一瞬の浮遊感と虚脱感。
移送の魔法による転移だと感じ、視界が元に戻るとまったく別の場所にいた。
「う……こ、ここは……」
見渡してみると見覚えのない通路である。
そして、通路の先は大きな広間であった。
人を超える視力を持つ鈴仙には、少しばかり薄暗い広間でも見えていた。
広間にある大岩や地面などには、数多の銃弾が刻まれている事を。
「……来たか」
いつもの飄々とした姿とは違う。
右手には剣を、左手には六連式の銃であるヘキサンガンを持ちながら、クルタダは広間の中央に立っていた。
「ここはコルセアの試練の場だ。誰にも縛られず、勇猛果敢に海を荒らしまわったコルセアが真なる意味で「自由」の意思を掴み取る者を見極める場」
「何を、言ってるの?」
思わず後ずさる。
「お前の道はどうなっているかなんて俺にはわからねぇ。だが、その果てに行ける者なのかを、俺が見極めてやる」
銃弾が後ずさる鈴仙の足元を撃った。
逃がすつもりはないという意思表示だ。
「だから何を言ってるのよ!なんであんたが!」
「俺でもお前がどんな困難に挑もうとする事ぐらいはわかるさ。だからこそ、見極めなくちゃならねぇ。
お前が本当にその道を迷わずに進めるのか、それとも力足らずに死んでしまうのか。それがお前をこの地で拾った、俺なりの義務だ」
ヴァナ・ディールと幻想郷で引き起こりつつある異変。
まだそのすべてを紫から聞いていないとはいえ、それでも過去の異変を大きく上回るものだと理解できる。
鈴仙は臆病者だ。そして、力もそこまであるとは言い難い。
幻想郷でのグラットン異変で異変解決の仲間として力を発揮したとはいえ、鈴仙以上の力を持つ者などいくらでもいるのだ。
ヴァナ・ディールに来てから心がそれなりに強くなったとはいえ、これまで以上の異変に、本当に鈴仙はついていけるのか。
ただそれだけが、気掛かりな問題でもあった。
「ふさけないで……確かに自分でも私は強いとも言えないし、あんたみたいに心だって図太くないわよ。
でもね、私は決めたのよ!自分の道ぐらい、自分で決めるって!
見極めるですって!?それこそいらないお世話よ!」
「……くっくくく……本当にいい女だな、お前は……なら……」
足元に撃った時の弾丸を即座にリロードし、銃口を鈴仙に向ける。
鈴仙もまた、ヘキサガンを構え、銃口をクルタダに向ける。
「銃に込められた弾丸は六発ッ!リロード分を含めて計十二発ッ!!それがお前の超えるべき壁だ!超えられるものなら超えて見せろ!お前の道と信念を賭けて!!」
「上等!前から一発入れたいと思っていたのよ!」
互いの銃を構え、二人のコルセアの決闘が始まる。
掛けるモノは己の信念。己の進むべき道。
数百年にも渡るコルセアの試練の場で、コルセアの決闘が始まろうとしていた。
「食らいなさい!」
先手必勝とばかりに鈴仙のヘキサガンがクルタダを狙う。
少しばかり距離を離れているとはいえ、充分に適性距離だ。音速に近い銃弾は真っ直ぐと飛んでいく。
「おおっと、簡単に当たっていられねぇな!」
棒立ちのままのクルタダではない。
弾丸を回避するように横に走り抜き、走ったまま銃を構えて鈴仙に撃とうとする。
神速の抜き打ちからなる"クイックドロー"ではなく、ただ構えて撃つだけの銃弾だ。
一発目の弾丸が回避の行動を打とうとした足元を撃ち抜き、動きが止まった瞬間に二発目の弾丸を頬を掠めた。
「……遊んでるつもり?」
「さぁ、どうだろうな?」
クルタダが超えるべきと自らにハンデを加えたのは十二発の弾丸。
つまり、その弾丸を撃ち切らせれば鈴仙の勝ちになるというのに、クルタダは二発の弾丸を使った。
残りは十発である。
「そら、ビビって動けなくなっちまったか?」
くるくると銃を回しながら如何にも余裕であると誇示をしている。
その姿にむっとしそうになるが、決して冷静さを失わないように心を落ち着かせる。
分かっている事だ。単純な銃の指し合いでは勝負にならない。
実力差があまりにも開きすぎているのだ。戦いの上手さ、という意味では百回戦っても百回負けてしまうだろう。
それを、覆せるものがあるとすれば……
「ボルターズロール!」
「ブリッツァロール!」
互いのダイスを宙に浮かし、コルセアの覚悟を試すための試練が始まる。
六面ダイスは一枚ずつに剥がれていき、それは幻影の魔札となって回り続ける。
指の形を銃のようにし、一枚の魔札を狙い打つ。
鈴仙の数値は〈5〉、クルタダの数値は〈2〉
「「ダブルアップ!」」
ダイスの試練はたった一度だけでは終わらない。
幸運の数字である〈11〉を引き出すまでに、何度でも倍掛けの宣言が可能となる。
そして二枚目の魔札を狙い抜き、鈴仙は〈6〉を、クルタダは〈2〉の数値を引き当てた。
「よし!」
二枚の魔札によって〈11〉の数字を引き当てる事に成功し、目に見えない不思議な力が鈴仙から汲み上げられ、潜在的に隠された力が活性化される。
"ボルターズロール"が引き出すのは風のように走りぬける俊足の早さ。
妖獣としての身体能力も相まって、鈴仙は素早くクルタダの懐に飛び込もうとする。
銃使いであるなら接近戦は鬼門だ。それはクルタダとて変わりは無い。
そしてクルタダの二枚の魔札の数値は〈4〉。ギャンブラーの彼なら倍掛けを宣言をするか、それでも低い数値から魔札を提示しても大した効果は得られない。
そうした見込みがあってこそ、鈴仙は接近戦を仕掛ける。
「思い切りは良くなったが……まだ甘いな」
鳩尾に一発の拳を叩きこもうとした時、ゾクリとした悪寒に合わせて一歩だけ下がってしまった。
前髪は数本飛んだ。
クルタダの手には、振り切られた片手剣を握られている。
「忘れちまったか?ダイスにはラッキーナンバーがあるって事をよ……」
「この、土壇場で……!?」
もしも一歩引き下がらなかったら、鈴仙には見えない速度で振り切っていた片手剣によって致命的な致命傷を負っていただろう。
しかし、如何に卓越した剣術の持ち主とはいえ、"クイックドロー"と勝るとも劣らぬ居合抜きの腕前は持っていない。
その理由は、ダイス。"ブリッツァロール"の効果にある。
攻撃速度を極限まで潜在能力を高める事が出来るダイスによって、今のクルタダの剣術の速度は達人中の達人だ。
それも、ダイスのラッキーナンバーを引き当てた状態での。
「確か……ブリッツァロールのラッキーは〈4〉……」
「よく覚えてるな。だが、呆けてる暇はないぜ!!」
ラッキーとアンラッキー。
ダイスを使う者であるならこの二つは必ず覚えておく必要のある事だ。
確かにダイスは高い数値であれば潜在能力を深く引き出せるのだが、時折低い数値であっても〈11〉と同等の効果を得られる事もある。
それが、ラッキーナンバー。
クルタダの使った"ブリッツァロール"のラッキーは〈4〉。低い数値であっても最高の効果を得るようになったのだ。
接近戦を仕掛けたのが完全に仇となった。そしてそれすらもクルタダは見抜いていたのだ。
「ぐっ!」
「どうした!もっと楽しませろ!」
ヘキサガン以外では無手の鈴仙では勝負にならない。
急いで離れようとするが、それを遮るかのようにクルタダの剣が襲い掛かる。
ほとんど妖獣の勘で紙一重に回避をしていくが、回避し切れなかった部分が少しずつ、肌が裂かれていく。
「お、女の子には、優しく!しなさいよ!」
「それだけ無駄口叩けるなら結構!」
ガチャリ、と音がした。
クルタダの左手にはヘキサガン。銃口の先は鈴仙の腹。
しまった、と言うには一瞬遅かった。引き金を引かれ、三発の鉛玉が身体を貫通した。
そしてその衝撃は鈴仙の軽い身体を吹き飛ばし、大きな岩に叩きつけられる。
腹と口から大量の血を吐きだしてしまい、身体の自由を一気に奪われてしまった。
「ごふ、がは……!ぐ、あ……!!」
「……五発か。こんなもんか」
人間を遥かに凌駕する妖獣とはいえ、妖怪ほど出鱈目な生命力を持っているわけでもない。
傷を負えば痛がり、人間の致命的な致命傷は、妖獣にとっても似たようなものだ。
鈴仙の身体から溢れ出るように血の水たまりが出来ようとしている。
「ぐ、ぐ、あぁ、あぁぁ」
傷口を抑えても何も意味は無い。
ただの三発の鉛玉と思うなかれ。コルセア最強に近い男から放たれる弾丸は速射から成り立つ破壊力によって常識を一脱している。
もしも六発の速射になっていれば、それこそ腹の一部が消し飛ぶ威力に変貌していただろう。
「もうよせ、お前さんの負けだ。無理に動く事はねぇよ」
「が、ぐぅ……あぁぁ……」
立ち上がろうにも力は出ない。
血が流れる度に命が失われていく。
力の差を思い知らされ、心がへし折られようとしている。
このまま、クルタダの言う通りにしていればどんなに楽だろうか。こんなに痛くて、苦しいのなら無理に動く事もないだろう。
「ま、だ……」
それでも、鈴仙の赤い目は死んではいない。
「終わって……な、い……」
左手には傷を抑え、右手にはヘキサガンを握る。
これだけの傷を負いながらも、手放す事の無かったコルセアの銃。
それは、ゆっくりとクルタダに向けられる。
「で、どうするんだ?」
その銃を向けられても、クルタダの強い意志は変わらない。
撃てば必ず当たる距離だと言うのに、目の前の男には微塵の恐怖を感じさせない。
その強さに、鈴仙は羨ましくなる。
「……決まってる、でしょ……勝つ、のよ……」
目の前の男こそが、鈴仙の超えるべき壁なのだ。
あの強さが、あの生き方が、あの道が。
超えなくてはいけない壁だと、鈴仙は感じ取ったのだ。
「なら、どう勝つんだ?」
「こう、するのよ!」
ヘキサガンから銃弾が発射される。
しかし瀕死に近い状態である鈴仙の撃つ弾丸は、クルタダのいる方向とは明後日の方向に向かって行く。
それも一発だけではない。
ヘキサガンに込められた弾丸全てを撃ち尽くすように引き金を引いていく。
カチリカチリと弾切れの音が空しく響き、鈴仙の打つ手は完全に失われた。
「いったい何処に撃って……!」
何も考えないで撃ったような銃弾は、クルタダの右手を後ろから貫いた。
いったい何処からと一瞬だけ振り返るが、何もない。鈴仙のいる場所に視線を戻せば、血の水たまりを残して忽然と消えていた。
「何!?何処へ……」
ここに留まり続けるとやばいと感じ取ったのは歴戦の修羅場を潜ったが故か。
すぐさま岩石を盾にするように隠れると弾丸の嵐が襲い掛かる。
「……やってくれるじゃねぇか」
あれだけの傷を負いながらどうやってすぐに動けたのか。
その事に疑問を抱きながらも、岩石から少しばかり顔を出す。
岩石の向こうには、腹から血を流しながらも、銃を構えながら必死にこちらを撃ってくる若きコルセアがいる。
「ふぅーふぅー……」
息が荒い。押せば倒れる程度に疲労はしていると目に見えて分かる。
さてどう出るか。岩石に隠れながらもヘキサガンを握りしめ、出所を伺っていると、今度は左足を撃ち抜かれた。
「う、お!?」
射線上には決して入ってないというのに、なぜか弾丸がクルタダを狙っている。
鈴仙の撃ち方を注意深く見る。よく見ればクルタダの事を最初から狙っていないように的外れな場所を狙っている。
天井であったり、壁であったり、地面であったりと無差別に撃つ姿。
「そう言う事か!」
盾にしていた岩石から急いで離れた。
その事が幸いしたのか、隠れていた部分の岩石に幾つのも銃弾の穴が開く。
あのまま隠れていたら、ハチの巣になっていたのはクルタダのほうだ。
そしてまんまとおびき寄せられたクルタダに向かい、今度こそ真っ直ぐとした銃弾が向けられた。
「ちっ!」
二発の弾丸の内、一発が右肩に当たり、もう一発が腹を掠めた。
お返しとばかりに最後に残っていたクルタダの弾丸は鈴仙の右太腿を貫通する。
「ぐぉ!」
「ッ!」
そのまま二人の行うのは弾丸を補充するためのリロードだ。
傷を負っても速かったのはクルタダの方であり、遅れて鈴仙のリロードも終えて銃を構える。
「……見かけによらねぇとは、この事だな……まさか跳弾なんてもんを使えるとはな」
「……成功率は、そこまでないんだけどね……」
鈴仙の行った射撃とは、本来は真っ直ぐと飛んでめり込むはずの銃弾が、とんでもない方向に跳ねて飛んでいく事だ。
撃った本人ですら予想外に行く事も多く、跳弾をメインにした銃使いなど滅多にいない。
過去に軍人であった鈴仙も跳弾という概念は知っていても、それを使う事はしない。
なぜなら鈴仙の腕前で持っても、運任せにしかならない跳弾など使う気にもなれないからだ。
「私を鍛えてくれた人なら、もっと上手く出来るんでしょうけど……!」
「はっ!そりゃ一度は会ってみたいもんだな!」
互いの引き金を引くと同時に、互いの銃弾が身体を貫き、コルセアの試練の場は真っ赤に染まっていく。
ここまで来ればもはや意地と意地との勝負となる。どちらが勝つかどうかは、文字通り。己の信念の強さとなる。
「残るは五発!超えられるか!」
「超えて見せる!」
身体中が穴だらけになりながらも動けているのは、鈴仙の癒しの術を持っているからだ。
本来は媒体である薬品を用いて使うとはいえ、薬品の力無しでも効果を発揮させる事は可能だ。
それでも回復量としては"ケアル"などの癒しの魔法、そして博麗霊夢の持つ術ほどの効果は望めない。
精々、応急での治療が一杯一杯。それでも身体が動けるだけでもマシだ。
「ふっ!」
鈴仙の"クイックドロー"に届かないとはいえ、それでも速射と言える弾丸が襲い掛かる。
実に丁寧な射撃だ。両足、両腕、腹。計五発の弾丸が綺麗に射線を捉えている。
「狙いが綺麗すぎるな」
しかし、クルタダはあろうことが二発の弾丸を撃つと両腕を狙っていた弾丸に当て相殺する。
それだけではない。着弾したと同時に両腕を狙うはずだった弾丸の動きは逸れ、両足の銃弾を続けて相殺する。
そして両腕の弾丸を相殺した二発の銃弾は腹を狙うはずだった一発を両側から潰してしまったのだ。
弾丸を相殺するだけならまだしも、跳弾を繰り返す事による完全無効化。
「うっ!」
跳弾の動きは止まらずに、自ら放ったはずの弾丸の内、一発が見事に自分の元へと返ってきた。
左腕を撃ち抜かれ、ただでさえ残り少なく感じる血が吹き出てしまう。
恐るべきクルタダの腕前は、鈴仙では運任せに頼るしかない跳弾を容易に成功させてしまったのだ。
(せめて、あの……剣を!)
クルタダに勝てる可能性があるとすればただ一つ。
高速で振るわれる剣がなければ、あとは接近戦をする事で片を付けられる。
しかし無理に剣を狙っても意味はないだろう。そのようなヘマをクルタダがするはずがない。
加えて接近をしてから銃を如何に向けさせないかもさせる必要がある。
「考えてる暇すらないわね!」
クルタダのヘキサガンに装填された弾丸数はすでに三発。
それを知ってか、銃を構えながらも撃とうとしない。弾丸も撃ち切らせれば勝てる。
弾丸のリロードを行い、傷つきすぎた身体で取れる行動はただ一つ。
特攻だ。
「血迷ったか!」
わざわざ近付くのであれば銃を使うまでもない。
剣を構えようとするが、それこそが鈴仙の狙いとなる。
「あら、私だけ見てもいいの!?」
「こいつは!」
鈴仙を中心として円形上の弾幕が形成される。
"霊力"の力を取り戻し、今ではスペルカード、そして弾幕の使用は可能だ。
最後の最後に取っておいた数百の弾幕は一斉にクルタダへと襲い掛かっていく。
「ちぃ!」
その全ての弾幕を剣で斬り抜けようとするがさすがに無茶の一言だ。
全方位から襲うように操作されている弾幕はクルタダの死角を中心に狙って行く。
埒が明かない。
そう判断したクルタダは残り三発の内、二発の弾丸を弾幕へと狙いを定める。
その二発だけで百を超える弾幕を消せるとは思ってはいないが、それでも大半の数を消す自信はある。
驕りでも何でもない、クルタダの実力から照らし合わせた当然となる事実。
引き金を高速で二回引かれ、二発の弾丸を発射した瞬間だった。
「なっ!」
撃った瞬間に、弾幕は霧散した。
弾幕とは"霊力"で構成する、いわば実体のない銃弾。
それを霧散化させるのも、構成したままでもいるのも。作った本人次第となる。
その事を知らぬクルタダは一瞬の虚を突かれ、鈴仙はその一瞬を見逃すはすがない。
「これで!」
「何!?」
一発の弾丸が片手剣に当たり、クルタダの手から離れる。
そして左手に持つヘキサガンは鈴仙に向けられていない。一足で持って懐に飛び込み、ヘキサガンを向けようとする。
「最後の弾丸が……」
しかし鈴仙が飛び込むよりも早く、クルタダのヘキサガンが鈴仙に向けられる。
鈴仙が撃つよりも早くクルタダが引き金を引こうとし、十二発目の弾丸が放たれようとしていた。
「残って……!?」
引き金を引いた。
しかし、弾は出ない。
空しく響くのは弾切れによる音であり、鈴仙のヘキサガンはすでにクルタダを捉えていた。
鈴仙の最後の銃声が鳴り響く。
「ぐっ、お……」
腹に鉛玉が貫通し、血がコルセア伝統の衣装を赤く染めていく。
尻持ちをつくように倒れ、後ろにある大岩によって背中を預けるようになる。
「弾切れ、だと……」
クルタダの銃に込められていた弾丸の数は六発。
リロード分を含めて十二発。
たった一発でも数え間違いなんてヘマはクルタダはしない。そのはずだった。
「……いつからだ」
「最初、からよ……」
気づくべきだった。
鈴仙の持つ最大の力、それは赤い眼に宿る波長を操る能力。
その気になれば幻影を作り出すこともでき、しかしながらクルタダの決闘では一度も使っていなかった。
いや、使えなかったのだ。
「私の力は相手が強ければ強いほど、効果が強く望めない……それこそ、油断して心の隙間が生まれてもいないとね」
鈴仙とクルタダが廃船の船長室で再会した時、すでに鈴仙は赤い眼を使っていたのだ。
本来、二人の実力差を考えるとクルタダの波長を操るのは難儀な事だ。
それこそ戦いのよる心の壁を作らない、最初の出会いで眼の力を使う必要があった。
結果は成功したものの、いつ波長が途切れるかも分からず、そのためにも他の事で赤い眼の力を使う事が出来なかったのだ。
そして波長を合わせて鈴仙が行ったのは一種の幻覚だ。
六発をリロードしたつもりが、実際には五発しかリロードを行っていない。
これが鈴仙がクルタダに行える幻覚の限界であり、同時に勝利による賭けを成立させた。
「随分とまぁ、したたかになりやがって……」
「ふん、いったい誰がそうさせたつもりよ。賭けをするなら常に乗るか反るかを見極めろ……あんたの口癖じゃない」
鈴仙がクルタダにいきなり眼による波長を合わせたのも、一種の賭けでもあった。
何もなければそれでいい。
だが、波長を合わせたからこそ、勝利を得た。
「そう、それでいい。それがコルセアの在り方だ。銃も剣も関係ない。お前なら……道を間違えずに進めるだろうな」
言い終えるとクルタダは胸のポケットから一枚のカードを取り出す。
何の変哲もない、魔文字すら書かれてないただの紙切れだ。
それを投げるように鈴仙に渡し、受け取る。
「ここぞ、という時に使え。今のお前ならそのカードも答えてくれるだろうからな」
「ちょ、ちょっと、その前に治療をしないと」
「こんなもんかすり傷だぜ。お前はとっとと自分の道を行きな」
止めどなく血が流れる中、腹に手を押さえながら立ち上がる。
傷を負いながら微塵にそれを表に出す事なく、クルタダは去ろうする。
何かを言いかけようとして、鈴仙はそれを止めた。
彼と自分の行く先の道はもう違う。
これから自分が道を歩き続けなくてはいけないのだ。
一人になった鈴仙は拠点へと戻る呪符デジョンを使い、皇国に戻る。
傭兵の証である≪サンクション≫は冒険者の持つ《シグネット》と同じように拠点を記録する事が可能だ。
鈴仙が黒い移送の魔法に包まれ、離れた位置にいるクルタダはようやく息を吐くように身体から力を抜いた。
「たくっ、そんな傷で歩いてるんじゃないよ。死にたいのかい?」
声の方向から硝子細工の小さなビンが投げられた。
受け取るとビンの中身は薄緑の液体が入っている。肉体を癒す効果を持つハイポーションだ。
それを飲むと弾丸によって開いた傷は治っていき、血の流失が止まる。
「振られちゃいましたね、船長」
クルタダの前に姿を現したのは、海猫党の船員達だった。
赤毛のエルヴァーンが飄々と言いながらも、クルタダはふっと笑う。
「子供から大人になれば旅立つもんさ。あいつはそれが早かった……それだけだ」
弱く、頼りなく、臆病者で。
それでもそれなりに海猫党の皆は鈴仙の事を気に入っており、コルセアとして覚醒した今なら新たな海猫党の一人として加入するのも良しとしていた。
だが、鈴仙はヴァナ・ディールの住民ではない。
鈴仙がここにいるのは事故であり、鈴仙には鈴仙のやらねばならない事がある。
それを止めるわけにも行かないのだ。
一羽の頼りない兎は、海へと自由に飛べる海猫の翼を得た。
彼女が行く先は何処に向かうのか、それは本人しかわからない。
海猫党の彼らにできる事は、海の女神の加護があるようにと祈るだけであった。
東方幻想鉄~プロマシアの幻影~
第八章「海霧の向こうには」
「おーい、ガッサドさん!マトンの修理はできてるか!」
「来たか、マリサ。もう出来ているぞ」
皇国では一つの名物とも言うべきからくり人形オートマトン。
その製造工房に霧雨魔理沙は足を踏み入れていた。
「話は聞いたぞ。相当な大規模の戦いがあったそうじゃないか。戦いの音がここまで響くほどだった」
「ま、結構疲れたけど私達の大勝利で終わったぜ!」
マトン工房の工房長ガッサドは魔理沙を迎え入れると、工房の奥に進んで行く。
つい先程、アルザビでの防衛戦の戦闘音は皇都内にも響いたらしい。
ガルカである彼は大きな身体に見合うような高さに置いてある棚から一つの鞄を取りだす。
「修理は完了済みだ。見るが良い」
「……こいつが……」
鞄の鍵を開き、中身が露わになる。
大きな鞄の中にあるのは一つの人形だ。薄汚れていたターバンや胴体の面影はない。
装飾に至るまでの全てが新品同然に輝き、一本の細い腕ですら巧みの技術によって作られている。
アトルガンの技術の粋によって作られたオートマトンが鎮座していた。
「これ、どうやって動かすんだ?」
「必要な認証を行っていればマスターの掛け声と共に動きだす。認証はすでにしている。やってみたまえ」
ゴミ捨て場から拾い上げ、ようやく修理を終えたオートマトン。
何十年の時を得て蘇ったマトンは、魔理沙の手に渡ろうとしていた。
「掛け声って何だっけ?」
「アクティベートだ」
「よぉし……アクティベート!!」
マトンを起動させる掛け声が工房に響き、マトンが突然ガシャンと音を立てながら動きだす。
きょろきょろとまるで人間のように辺りを見回し、魔理沙の姿を確認すると、鞄から抜け出して立ち上がる。
こうして立ち上がると意外に大きい。小柄とはいえ魔理沙の腰辺りの大きさだ。
「初メマシテ。マイマスター」
「おお、喋った!」
丁寧なお辞儀をしながら喋るマトンに魔理沙は驚く。
マトン自体が喋る事は知っていても、それでも生物で言う口に当たる部分がないのだから驚いてしまう。
「マスター、私ノ名前ハ何デスカ?」
「名前……?そういや、何だろうな」
マトンから名前を聞かれ、そういえばマトンの名前なんて考えてもいなかったと思う。
ただ道具として使うだけなら名前などいらないのだろうが、オートマトンはただの人形ではない。
からくり士の唯一無二の友として、言わば竜騎士に置ける飛竜と同等の存在なのだ。
「こいつは最古の人形であると同時に同盟国に贈呈されるはずだった人形の一つだ。そしてその数は四つあり、それぞれに名前がある」
助け舟を出すのはガッサドだ。
そのまま話を続ける。
「音楽家のアルレッキーノ、頭でっかちのドットーレ、偉そうなパンタローネ、小間使いのコロンビーヌ。
個性的な人格を備えていた玩具の意味合いの強いマトンでな、そしてこのマトンの名はコロンビーヌだ」
改良の段階に置いて、人格などを備え付けられるマトンには様々な人格を宿されたマトンが生まれた。
四つのマトンもその一つ、何ともマトンらしくない人間のような考えを持つマトンも生まれたのだ。
「コロンビーヌ、お前の名前はコロンビーヌだ」
「……ハイ、私ノ名前ハ"コロンビーヌ"デスネ」
ガッサドの手によって修理された際に、マトンを動かすための制御装置と自立回路が破損しており、それ以外にも人格を宿すための部分も変える必要があった。
今のコロンビーヌは数十年前のコロンビーヌではなく、生まれ変わったオートマトンなのだ。
記憶しているモノもあれば、忘れているモノもある。
だから知っているはずの自分の名前を覚えていなかったのである。
「マスター」
「ん?なんだ」
「私ヲ拾ッテ、アリガトウゴザイマス。マスターニ見ツケ出サレナカッタラ、私ハゴミノ中ニイタママデショウ」
それでもコロンビーヌは覚えている事があった。
同盟国に向かう途中の船で、沈没によって長い時の中を海底で過ごす事となった。
動かないままでいるのは一つの幸せだったのかもしれない。
薄暗い海の底でただ永久にいる苦しみは、人格があっても感情のない人形は味わう事はなかった。
そして海賊の手によってサルベージされ、鞄が開かない事を理由にゴミ捨て場に捨てられる事となった。
魔理沙が見つけてくれなければ、ずっとそのままにいただろう。
「ヘッ、気にすんなよ。私の魔法とお前のパワーで何でも打ち破るぜ!」
「アイアイ。乱暴ニシナイデネ。マイマスター」
普通の魔法使いに生まれたのは一個の相棒。
捨てられ、忘れられ、その果てに忘れられた者が集う楽園の住民が拾ったのだ。
こうして世界を駆け抜ける仲間がまた、増える事となった。
「盛り上がるのは結構なんだが……君はマトンの操作を知っているのか?」
「えっ」
ガッサドの問いに、魔理沙は固まった。
魔理沙の知る事ではなかったが、マトンとはからくり士の操作が無ければ一部の例外を除いてまともに戦う事ができない。
特殊な器具を使う事によってマトンに適切な指示を出す。それがからくり士の役割だ。
友人には優れた人形遣いがいるとはいえ、幻想郷の人形とヴァナ・ディールのオートマトンでは操作方法は全然違う。
つまり、魔理沙にはコロンビーヌを動かす事は出来ても、操作する事は出来ないのである。
「私の出番ね!」
「うわっ!」
急に魔理沙の前に飛び出たのは一人の少女だった。
赤い軽装服をし、傍には赤と白のマトンがいる。
「ア、アフマウ!?なんでここにいるんだよ!」
「へっへーん、ちょっとアルザビの様子を見に行こうとしたらマリサがいたから後を着いて来たのだ」
皇国の住民であるアフマウはえっへんと薄い胸を張る。
その様子を呆れた顔で見るのはガッサドであった。
「ナシュ……いえ、アフマウ殿。いったいなぜこのような場に」
「話は全て聞かせて貰ったわ!マリサ、特別に私が貴女にからくり士のイロハを教えてあげる!」
確かにアフマウは卓越したからくり士だ。
彼女からの教えを頂ければ魔理沙の技術も早く伸びる事になるだろう。
「いや、待て!お前ってこの国もががが!」
「オっと、それマデだ。喋リすぎハ命に関わルぞ」
アフマウの正体を知る者として、なぜこのような場所にいるかを言おうとしたら、赤色のマトンが魔理沙の口を塞いだ。
口だけではなく鼻すらも防がれて息が出来ない。思わず拳が飛び出て口を塞いでいたマトンをぶっ飛ばしてしまった。
殴り飛ばされて転がる赤マトンは製造中のマトンの群れに突っ込んで大きな音を立てながら直撃する。その光景にガッサドは大きな溜息を吐いた。
「ぜぇ……ぜぇ……死ぬかと思った」
「ごめんね、マリサ。アヴゼン、無理をしては駄目よ」
「いや、私も少し迂闊だった。でもよ、なんで私に人形繰りを教えるんだ?」
本来であるならこんな場所にいるはずのない程の大人物。
ちらりと顔を伺えばガッサドもアフマウの正体に気付いているようだ。
「だって戻って政治をするよりもこっちのが面白……ううん、新米からくり士のためのお節介よ」
「今、絶対面白そうだとか言いそうになっただろ?」
陽気で好奇心旺盛、それがアフマウを現す言葉と言える。
魔理沙にマトンの操作を教えるのも深い意味はないのだろう。ただ興味に引かれたから。それだけだ。
「まぁ、他に頼るのもいないしな……よろしく頼むぜ」
「まっかせなさい!ふふ、妹がいたらこうしてマトンを教えるのが夢だったんだぁ~」
年齢で言えばアフマウのほうが年上となるのだから、こうして見ると魔理沙と比較すると身長的な意味でも負けている。
慣れないマトンの器具を扱いながらも、アフマウがそれを教えている姿はまるで姉妹のように見えていた。
数時間の指導によって、ようやく一通りの操作がこなせるようになった。
やはり身近にいた人形遣いの技術を見ていたのが大きかったのだろう。見る見る内にマトンの操作を吸収し、その速度は熟練のからくり士であるアフマウと驚かせるほどだった。
「凄いね、マリサ。もうこんなに動かせるなんて」
「どうだろうなぁ。アリスなら数分で動かせるかも……」
実際に操作して分かった事だが、マトンは細かな操作ならともかく、簡単な指示を出す程度なら初心者である魔理沙でもすぐに習得できるのだ。
コロンビーヌがくるくると踊る動作も、ほんの少しの指示を与えるだけで出来るようになる。
何はともわれ、後は実践などで慣れていくしかないだろう。外はもう暗い。そろそろモグハウスに戻るべきだ。
「世話になったな、アフマウ。ガッサドさん」
「ああ、コロンビーヌを大事にしてくれよ」
「うん、頑張ってね、マリサ」
二人に見送られる形で工房を出ていく。
見上げれば真っ暗な空に輝く星の海がある。いったいどのくらいの時間をマトンの指導に費やしていたのか。
気が付けば腹も減っている。モグハウスに帰る前に何処か飯でも食べに行くか。そう考えた矢先だった。
「鈴仙!?お前、その身体どうしたんだよ!」
「……魔理沙?」
血だらけでボロボロの鈴仙を見つけると、駆け寄ると同時に絶句した。
塞がっていない傷口から血が流れ、血の匂いが鼻につく。
鈴仙の眼には力が失いかけている。血を流しすぎているのだとすぐに察しがついた。
「おま……!なんつー怪我で歩いてるんだよ!」
「……ああ、そういえば傷があったんだっけ」
己の傷に無関心とも取れる反応。
傷つきすぎた身体はむしろ痛みを感じなくなると聞いた事があるが、まさに鈴仙はそれかと魔理沙は考える。
辺りを見回せば数は少ないが冒険者はいる。癒しの魔法を使える魔道士を急いで連れてこないと鈴仙の命に関わる。
「あーとえーと……コロンビーヌ、こいつを見張っておいてくれ!私は人を探してくる!」
コロンビーヌに鈴仙を任せると、魔理沙は魔道士の格好をした冒険者を見つけ出すために走る。
癒しの魔法が使える魔道士が見つかったのは、その七分後の事だった。
★
世界の経済を一手に担い、世界の中心とも言われるジュノ大公国で拠点にする天晶堂では情報というのは特に重要にされるものだ。
いったい何が売れて、何を求めているのか。
単純ではあるが、そうしたものを常に把握するからこそ、一ギルドに過ぎないはずの天晶堂は国家が危険視するほどに大きくなれた。
若くして数千の荒くれ者の部下を持ち、曰く付きの代物を一手に取り扱う頭領アルドは朝早くからして各国の情報を纏めながら整理をしていた。
精々、密輸程度のものなら部下に任せる事は出来るが、大物が求めるようなものだと直々にアルドが仕事をこなさなくてはならない。
これがサンドリア王家なら高級な酒で済むだろうが、ウィンダスなどの魔法国家であるなら禁輸でもある魔法物資を求めている場合もある。
大物であればあるほど、求めるものが危険な代物になる。だからこそ、細心の注意を持って売るべきか、売らないべきかを見極める必要があるのだ。
「……まだか?」
「まだ朝早いだろう」
アルドの自室には全身青色の鎧で身を包み、背中に槍を背負うミスラがいた。
フルフェイスの兜なので顔こそ見る事は敵わないが、何気なく呟いた声だけで妙齢の女性だと分かる。
間違いなく歴戦の戦士だ。
「プリッシュもこちらの都合も考えないものだな……」
「いつもの事だ。気にしたら負けだろう」
破天荒な少女を思い浮かべ、ミスラの竜騎士であるマグは静かに息を吐く。
アルドのほうはその事に諦めている様子だった。
「プリッシュ……か……久しぶりに……、会う事に……なるな……」
マグの隣に立っているのは大柄な男だった。
顔全体に髪と髭を覆うガルカであり、所々繋ぎあわされた後の残る古ぼけた茶色の服装をしている。
彼の名前はジャボス。
ガルカでありながら獣人であるモブリンとの和解を目指し、百年近くをモブリンと共に生きる者。
かつてはプリッシュと共に男神復活の異変に同行した仲間であり、温厚な性格ながらも背中にある巨大な斧は立ち塞がる敵を断ち切る事も辞さない。
異変が終わってから彼は再びモブリンと共に暮らし、プリッシュと出会うのは一年ぶりとなる。
「スカリー……いや、マグ。バストゥークに行ったのなら彼らもいたんじゃないか?」
「一応、誘ってみたんだが断られたよ。暫く会わない内に随分と腑抜けになったものだ」
バストゥークの方面に向かっていたマグのやる事とは、かつての異変の仲間を揃える事だった。ジャボスもその一人だ。
バストゥークではプリッシュ達を支えた冒険者、そのパーティを纏めていたリーダーがいる事を知ったマグは当然に声をかけた。
だが、そのリーダーは世界の危機であるというのに誘いを断った。理由を問い質そうにも答えてくれず、結局ジャボスを連れて帰る事しかできなかった。
「そうか……彼がいれば心強いと思ったのだが……」
なぜリーダーが断ってしまうかの理由を知るアルドは考える。
せめて彼の仲間だった男……謙虚なナイトであるブロントがいれば別だっただろうが、無いものねだりをしたところで意味はない。
暫くの静寂を終えた後、扉が開く。
入ってきたのは露出のあるヒュームの女、赤色のヘッドギアを身に付けたエルヴァーンの男、そして見麗しいエルヴァーンの女だ。
「遅れた……わけじゃないわね」
「プリッシュはまだ来ていないからな、ライオン」
マグと同じように世界を駆けて異変の仲間を探しまわっていたライオンもまた帰還した。
「ふっ、またこうして我らが集う事になるとは……」
数枚の黒鉄板で身体を守り、亜麻布のサーコートである革鎧に身を包む男は辺りを見回す。
懐かしい顔ぶれに会えた事に頬を上げながらも、その目付きには一切の隙が見つからない。
蒼く輝く大剣を持つ男の名はルーヴランス・ミスタル……の格好をしたアタルフォーネ盗賊団の首魁アタルフォーネである。
泣く子も黙るとも評されるほどにタブナジアを拠点に世界中を荒らしに荒らした盗賊団。
そんな盗賊団の首魁がなぜここにいるのか。
理由は三つ、壊滅したタブナジアの復興と新生騎士団の再建、そして己の出自であるレヴメル家の復活である。
没落した貴族したとはいえ、ミスタル家の者に成り変わり、自らの素性を隠しつつも表立って行動するため、自らをルーヴランス・ミスタルである事をルーヴランス本人に認めさせた。
その後プリッシュ達と行動を共にしながら、異変の奥底まで関わる事となった。
ちなみに水晶大戦が起きる前からアタルフォーネ盗賊団は活動をしていたため、今の年齢で言えばかなりの歳となっているのだが、エルヴァーンだからこそか、美麗の表情には皺一つ見えなかった。
「よぉぉぉぉ!プリッシュ様の御帰りだぜ!!」
蹴飛ばされるように扉が開いた。
閂が壊れたのをアルドはそれを見て頭を痛め、一斉に少女の姿を見る。
ようやく主役が遅れて登場したようだった。
「プリッシュ!もう、心配かけて!」
「うわ、ウルミア!?」
エルヴァーンの女はプリッシュの友人であるウルミアだった。
彼女はタブナジアからジュノまで転移して音沙汰のないプリッシュをずっと心配していたのだ。
無事だった友人を見て急いで駆け寄り、力一杯抱きしめてしまう。
「ちょーと!ちょーと待ってくれ!みんな見てるから!」
「……あ」
ようやく一目にある事に気付き、ウルミアはプリッシュから離れる。
過保護とも見れるその姿を見れば、どちらが姉でどちらが妹かなんて一目瞭然だ。実際の年齢差は置いといて。
「うわ、結構人いるわね」
プリッシュに遅れて霊夢達も入ってくる。
狭いアルドの自室に何人もの人がいるのだからより狭く感じる。
見慣れない人物が数人おり、尚更そう感じた。
「ルーヴランスに、ジャボス!お前達も来てたんだな!」
「まったく、またこの格好になるなんて思いもしませんでしたよ」
「久しぶりに……、なるな……」
一年ぶりとはいえ、久しぶりの再会となるかつての仲間との再開にプリッシュは喜んだ。
これは心強い援軍だ。まだいない者もいるとはいえ、さすがに時間の無さが全ての仲間達を集める事は出来なかったらしい。
「いやぁ、すまんすまん。ちょいと出遅れちまったぜ」
後ろの方にいた魔理沙は振り返ると、ガルカの戦士が立っていた。
黒鉄の鎖によって鎧として形成され、黒と白のホーバークの重鎧を着込んでいる。
背中に背負うのはジャボスと同じ両手斧だが、高度な魔法の効力がかけられており、業物の部類だと分かった。
そのガルカを、魔理沙は知っている気がした。
何処で出会ったかを思い出そうとし、一つだけ、脳内で思い当たる人物を探し出す。
その頃には自然に口から言葉が漏れだしていた。
「あんたは……船で会ったあん時のおっさんか!?」
「ん……嬢ちゃんは……おお!あの時のか!久しぶりだな、元気だったか?」
意外な再会をしてしまった。
霊夢と魔理沙達が以前、冒険者としてヴァナ・ディールを冒険していた時の事だ。
船に乗り込んで別大陸に行く途中で出会ったガルカの戦士。
理由こそは分からなかったが、一級廃人相当の実力でありながら世界を当ても無く旅をする男。
なぜこんな所にいるかは魔理沙には分からない。
「ちょっと、ジャルベリン。いったい何処で道草食ってたのよ」
「おお、ライオン。久しぶりにジュノに来たんでな。腹も減ってたし、ウナギの串焼を頼んでたんだよ」
大きな手であるためか、小さく見えるジュノの高級旅館名物ウナギの串焼。
串に刺して焼かれたウナギをオリーブオイルで更に油を強くして焼かれている。
ジャルベルンという名前の男に、ライオンは呆れ顔だった。
「あんたも来たんだな」
「プリッシュか。こうして会うのも久しぶりと言いたいところだが、そんな状況でもないんだろ?」
ジャルベリンの言葉にプリッシュは頷く。
事態は一刻を争う。
いったいどれだけの時が残されているかは分からないが、早々と行動を移さなければ取り返しのつかない事になる可能性も少なくないのだ。
「おっさんとプリッシュって知り合いだったのか……?なら……」
「ライオンから少しばかり聞いたぜ。お前さん、ブロントさんと知り合いなんだろ?」
ライオンからの話だとすると、それは魔理沙のいた場所である幻想郷の事も含まれるだろう。
「ああ、ブロントさんなら幻想郷で元気にしてるぜ」
「……そうか、そいつは良かった。へへっ、一年以上も会ってないからな。いったいどうしてるのか、気になるところだぜ」
ジャルベリンという冒険者は、かつてはブロントと共にパーティを組んでいた仲間である事を明かした。
初心者冒険者の時代からずっと組み続けた関係でありながら、とある出来事によって絆ブレイクを引き起こしてしまった。
ほんの些細な事なのだ。
効率に効率を重ねすぎた結果、ほんの些細な失敗すらも許容できないパーティに見切りを付けたブロントに始まり、彼もまた、長く続いたリンクシェルのメンバーから抜けた。
出来るならブロントが今何をしているのかを知りたい所であるが、そんな暇はありはしない。
「じゃ、説明のほうは、おば……ユカリに任せるぜ」
「またこの子は……!」
プリッシュは紫に説明を丸投げをするようにしながらも、またおばさん発言をしかける。
アルドは見慣れぬ美女の姿に顔を顰めた。
「失礼、あなたはいったい?」
「こうしてお話するのは初めてですわね、アルド殿。あなた方ヴァナ人からは異世界である幻想郷の管理者、八雲紫ですわ」
丁寧な会釈と言葉遣いに一瞬の虚を突かれ、すぐにアルドは自分を取り戻す。
数多のヴァナ人、そして魔物を呼び寄せ続けている異世界、幻想郷の管理者が目の前にいるのだから当然だ。
「証拠となるものは?」
「さすがに証拠と言えるようなものは用意できませんが……そうですわね」
隙間を開いた。
紫の能力によって空間に一本の線が入り、そこから空間が割れると嫌悪を催す大量の眼がアルド達を見つめる。
その大量の眼と、理解できぬ言い知れぬ恐怖が紫を知らぬ者全てに襲った。
ナズーリンですら背中にある武器を手にかけ、戦闘の構えを取るほどだ。それほどの恐怖が、隙間から通じて伝わってしまう。
「失礼、妖怪を見慣れぬ者にこれは刺激が強すぎましたわ」
「……今のは、いったい……」
認めざる得なかった。
論理などは存在しない。ただアルドは魂が理解してしまう。
目の前にいる紫は、人間の形をした正真正銘の化け物であるという事を。
「分かった、貴女が幻想郷の管理者だとして……プリッシュから話をある程度を聞いている。話してくれ、これから何をすればいいかを」
そして、紫の話が始まった。
近東の地で出会った霊獣との出会い、そして今回の異変の真実。
掴み取った手掛かりは、バハムートからの最後の一言にあった。
「砂漠、か……アルテパ砂漠のガルカが昔住んでいたとされる都市遺跡の事か?」
バハムートの言葉が正しければ、アルドの思い当たる場所はただ一つ。
クォン大陸の南西に浮かぶ島 ゼプウェル島にあるガルカの古代都市の事だ。
全域がほぼ砂漠となっており、過酷な環境となっている場所だ。冒険者以外は好き好んで向かおうとしないだろう。
「明星の巫女と言ったら、それ以外にないだろうな。となると大体の察しが付くがな」
「リキュア砂漠……ガルカの……、都市が眠る場所……」
ジャルベリンも砂漠と聞いて同じ答えに行き着いたようだが、それ以外にも何かしら察する部分もあったようだ。
同じガルカであるために、ジャボスも遺跡都市に感情を示す。
モブリンと共に暮らすようになったとはいえ、繁栄していたはずのガルカの都市を捨てざる得なかった真実を知らないため、一度も見た事のないガルカの故郷を知りたいという欲求は存在した。
「紫、あんたの能力ならパパっと行けるんじゃないの?」
紫の能力であるならどれだけ遠く離れていても移動する事は可能だ。
そう霊夢は提案するが、紫は首を横に振るう。
「駄目よ、霊夢。確かに砂漠自体には行けるけど、肝心の古代遺跡、それも何処に向かえばいいのか分からないのよ?当てずっぽうに行っても見当違いの場所……それこそ石の中に埋まる可能性だってあるわ」
移動手段としては破格の能力とはいえ、全てが万能ではない。
隙間移動とはいえども、それは紫の知っている範囲でしか動く事はできない。
南西にある砂漠に行く事は可能だろう。しかし、向かうべき場所をピンポイントに行くには紫がその場所を知っていなくてはならないのだ。
「なら、道案内は俺に任せろ。バハムートの言ってる事と俺の考えてる事……それが正しければ俺は道を知っているぜ」
自信のある笑みを浮かべ、ジャルベリンは親指を立てた。
この場にいる者で砂漠の案内が出来る者は、彼一人だけのようだった。
「よし、なら行ってみよう」
「あ?アルドも行くのかよ?」
「当然だ。ここまで関わっておいて知らんぷり出来るか。それに古代人には返し切れない貸しもあるんでな。蘇るならその度に黙らせてやるさ」
「同感ね。いったい何を目的にしてるか分からないけど、ヴァナを好きにさせないわ」
アルドとライオンはプロマシアの異変が起きる前から、古代人との因縁が存在する。
カムラナートとエルドナーシュ、二人の王子によって随分と痛い目を合わされたからだ。
特にアルドは義妹を拉致られた事もあって、古代人であるナグモラーダが関わるというのならアルドもまた、異変に参加する気であった。
「では、行くとしましょうか」
パチンと指を鳴らすとそれぞれの者達に足元に隙間が生じ、一瞬で飲み込まれる。
有無を言わさずに転移させると、紫も遅れて隙間の中に入り込んで姿を消す。
頭領の部屋は空っぽとなり、人っ子一人存在しなくなったのだった。
「へぶっ!」
顔面から地面にぶつかり、顔を抑えながらぷるぷると震えている。
突如として隙間に飲み込まれ、外に出たと思ったらこれだ。プリッシュの鼻が赤くなっていた。
「んお!?……ここは!?」
他の者達もようやく気付いたようだ。
アルドは辺りを見回すと、一面が黄色の砂漠で覆われた大地であった。
何処を向いても砂漠だらけであり、先を見ようとすると蜃気楼でぼやけている。
そして何よりも熱い。
照りつける太陽の熱によって、とても熱いのだ。
時刻は朝を迎えて幾らか経った程度でしかないというのに、熱される大気で見る見る内に汗が噴き出てくる。
「どわちゃちゃちゃ!」
プリッシュもまた、立ち上がる時に素肌で砂漠の大地に触ったためか、とても熱がっているように見えた。
これでは長く持つはずがない。急いで日陰に隠れる必要がある。
「こっちでござる!」
獣人であるゲッショーの声が響く。
声の方向に向けば、人工物のような入り口にゲッショーがいる。
急いで入り口の中へと入り、一息を付く。
「あっつ……どういう熱さよ、あれ……」
「今の装備だと長く外にいれば早々と熱中症になって死にますね」
比較的に軽装である鈴仙ですらほんの少しだけ外にいただけで、額から汗が出ている。
ルーヴランスの言う通り、砂漠を歩き渡るための装備と道具がなければ、広大な砂漠の中で簡単に倒れて動かなくなるだろう。
「あんたねぇ!不意打ち染みたやり方で隙間を使うなって言ってるでしょうが!」
「あら?長々と説明した所でこの力は"理解のできない"代物ですわ。それなら実体験をした方が早く済みますわよ」
霊夢は怒りながら紫が突然能力を使った事に詰め寄るが、紫はまるで悪びれていない。
紫の言う通り、隙間の力は誰にも理解できないし、されないものだ。仮にそれを説明した所で意味は無い。さっさと移動をしたほうが早くて済むのである。
そして隙間に飲み込まれた者は本能的に理解する事が一つだけある。
隙間、その力は人間には及ばぬ領域の代物であるという事を。
「とりあえず砂漠、だよな?行けた事は行けたんだ。早く目的の場所とやらに行こうぜ」
砂漠を見る事は初めてとなるプリッシュだが、こうして論争するよりも早く行く事を選択する。
それ以上に顔がニヤけていた。冒険の始まりに心が躍っているのは確定的に明らかだ。
中に入れば意外とばかりに涼しかった。
ひんやりというほどでもないが、少なくとも外の砂漠より遥かにマシだ。
砂のある階段を降り進んで行き、折れ曲がった道をどんどん進んで行く。
途中で巨大なカブトムシのような魔物がいたが、こちらを見ても敵意がないため、刺激さえ与えなければ襲い掛かってこないようだった。
「さて、問題はここからだな」
案内人であるジャルベリンが先頭に歩いて行くと、大きな広間に通じる所で立ち止まる。
高い天井からは何処からか漏れた砂が常に降り注ぎ、かつては栄えていたはずだろう、都市の面影は一切存在しない。
ジャボスはその光景を見て、なぜか言い知れぬ悲しさを覚えた。それは転生によって失った、故郷を求めるガルカの意志なのかもしれない。
「問題?何かあるんですか?」
「ああ。あれを見ろ、紅白の嬢ちゃん」
指を示す方向に霊夢は目に力を入れて見る。
そこには人型の何かがいる。
人ではない。鎧を纏い、剣を持ち、盾を装備している姿でありながら、それは人とはかけ離れた存在だ。
紫はその異形を見て納得する。
「アンティカね……確か、ここはアンティカの巣になっているはず」
「その通りだ。あの蟻野郎どもがいる限り、ガルカはこの地を取り返す事はできないって事だな」
屈強なガルカが栄えた土地を、膨大な数で奪った獣人がいた。
虫のような社会を構築し、依存の生命体とはまったく違う倫理を持ち合わせる異形の怪物。
アンティカ。それが今の砂漠、そして都市を根城にする獣人だった。
ガルカとて個々に力は決してアンティカに劣っているわけではない。しかし、アンティカが武器とするのは人間を遥かに超える数にあった。
倒しても倒しても減る事のない数の暴力によってガルカは土地を奪われ、アンティカは今でも虎視眈眈に砂漠以外の根城を広げようと画策している。
「なんだよ、別に倒して進めばいいだけの事じゃねぇか」
「駄目だ駄目だ。ここに一体どのぐらいのアンティカがいると思うよ?何百何千がきかねぇ。それこそ万単位の蟻どもがここにいるんだぜ?まともに戦ったら終わりだ」
プリッシュはいつものように殲滅しながら進めばいいと言うが、それは無茶な事だ。
繭の中で眠っている者を含め、アンティカは一つの巣に何万ものを数を保有しているのだ。
たった一匹と戦うだけで巣の内部から何処からともなく次々とアンティカが侵入者を撃退するために襲い掛かってくる。
それと下手に戦おうとすれば、間違いなく消耗戦となって負けるのはこちらだ。
「なら戦わずに行くべきだとして……この場に隠蔽の魔法を使える者はいるか?アンティカは音によって反応する。スニークさえあれば襲われる事はないだろうが……」
マグが知る限りでは、白魔法を使える者はこの場でプリッシュぐらいなもの。
そのプリッシュですら隠蔽の魔法は使えないのだ。
「その心配ならございませんわ」
紫が言うと同時に、一人一人を手で触っていく。
なんだ?と疑問を抱くと、魔理沙は気付いたようだった。
「……あれ?足音がしないな」
強く足を踏んでもまるで音がしない。音を打ち消すスニークと同等の効果が得られているのだ。
紫は隙間の能力によって、「音と消音の境界」を操ったのだ。
今の彼らに足音は響かない。これでアンティカの前で喋らない限り、襲われる事もないだろう。
「便利なものね……」
ライオンは紫の能力の何でもアリな力に感嘆の声しか上がらない。
ともわれ、これでようやく進めるようになった。声を決して出さずに広間の先へと進む。
"インビジ"によって姿を隠す必要もないために、合計十四人という大人数が古代遺跡を歩いていく。
無言のままジャルベリンが指で方向を示す所を歩き、固く閉ざされた扉の前に辿りついた。
「……ここからどうするんだい?」
周りにアンティカがいない事を確認し、ナズーリンが声を出す。
「こいつは扉の前にあるスイッチに乗れば重さに反応して扉が開くようになってるんだ」
ジャルベリンに言う通りに、扉の前には巨大なスイッチがある。
プリッシュと魔理沙はスイッチの前に乗ってみるが反応がない。
続けて霊夢も乗ってみると、スイッチが光輝くと同時に扉が開こうとしている。
つまり少女三人分の重さが、ガルカの重さと等価分になるらしい。
「うん?」
「どういうことだ?」
扉が開こうとした時、わずかな隙間を残すだけで止まってしまった。
マグとアルドは扉を調べようとするが、うんともすんとも動かない。
「……おいおい、簡便してくれよ。壊れちまったか?」
手で頭を抑えながらジャルベリンは何とも嫌な出来事に出くわしてしまった。
なにぶん、古い遺跡なのだ。こうした機能が残っているだけでも奇跡であり、不具合の一つや二つは存在するだろう。
しかし、こんな時に不具合が生じるのも運が悪かった。
「せめて反対側のレバーを引ければどうにかなるんだが……」
「この隙間じゃ子供でも通るのは難しいぞ」
スイッチのある反対側には、扉を開くためのレバーがある。
しかし出来た隙間は大人のアルドでは通る事は無理だ。霊夢やプリッシュでも通るのは難しいだろう。
「仕方ない、紫。あんたの力で……」
「よし、ここで私の出番だな!」
魔理沙が声を張り上げると同時に、冒険者用の鞄から更に鞄を取りだす。
その鞄を開き、起動の宣言を言う。
「アクティベート!」
「……オハヨウゴザイマス、マイマスター」
くるくると回りながら陽気に動きだすオートマトン。
魔理沙のマトンであるコロンビーヌは絶好調のようだった。
「よし、今からあの隙間を潜ってレバーを引くんだ」
マトンを指示するための器具であるストリンガーを手に持ち、軽やかにガシャガシャと動かしていく。
このストリンガーによってマトンに大まかな指示を与える事によって、操り手の思うままに動かす事ができるのだ。
魔理沙からの指示を受けたコロンビーヌは狭い扉の隙間に入る。胴体こそ太いとはいえ、少し無理をするとスポンと音が聞こえそうなぐらいに中へと入る。
そのまま姿が見えず、マトンの足音が近くに響く。
コロンビーヌが扉の奥に入って数十秒後。大きな音を立てながら扉がようやく全開に開いた。
「ほぉ、やるもんじゃないか」
アルドは素直に関心した声を出した。
からくり士の人口も少ない為か、オートマトンをまじまじを見かけるのはそうないため、魔理沙のように実際に動かす姿はこれが初めてなのだ。
ガルカの位置に合わせているからか、高い位置にあるレバーを飛びかかって引き下げたらしいコロンビーヌはレバーに張り付いたままだった。
扉の全てが開くのを確認すると、レバーから手を離して魔理沙の元に走ってくる。
「よし、よくやったぜ!」
ターバンでできている頭を撫でるようにすると、何だか自分のマトンに愛着が沸いてきた。
なるほど、知り合いの人形遣いが自分の人形を大事にするのはこういう事かと実感する。
「よくやった、嬢ちゃん。ここまで来れば後少しだ。中にもアンティカはいるから音は出さないでくれよ」
名残惜しいが、音を出さないためにもコロンビーヌを鞄の中に仕舞い、先に進む事となる。
扉の先も至って変わらぬ遺跡都市なのだが、アンティカの強さが目に見えて変わっているのが分かる。
装備しているものも、最初の方で見かけたアンティカに比べて良いものを持っているからだ。
足音が出ていないため、声を出さなければ襲われない。とはいえ、すぐ近くにガルカを滅亡にしかけた怪物がすぐそばにいるのも良い気はしないだろう。
入り組んだ迷路のような道を進んで行き、ようやく寂れた印象のある場所から一変し、白い外壁のある広間へと到達する。
「ここは……」
「久しぶりに来たもんだぜ……懐かしいってもんじゃないな……」
都市の面影を残すアンティカの巣から一変し、古代遺跡らしい広間へと変貌した空間に魔理沙は言葉を失う。
広間の先には八つの台座と中心に大きな台座が存在している。
八つの台座には元素を思わせる色が光り輝いている。
「それで、いったい何を調べればいいのかしら?」
「さてなぁ……とりあえず色が灯ってるってことは機能としてはまだ生きてるみたいなんだが……」
ライオンが見た限りでは特におかしいものはない。
精々、一番奥にある壁に設置されたクリスタルに輝きが増している事ぐらいだ。
「あら?」
ふと、紫は自分の持つ杖を見た。
真龍の王から託された召喚士の杖、その先端にある黒光する水晶が七色の輝きを放っている。
「……なるほど、そういう意味ね」
意味を一人で理解した紫は魔法陣を描き、召喚の構えに入る。
突然と召喚に入る紫に誰もが振り向くがすでに召喚は終えていた。
「来なさい、カーバンクル!」
召喚陣が割れ、七色の輝きである虹を司る霊獣カーバンクルが召喚される。
青色の毛皮を持つはずの獣はそのまま地上に降り立つ事もなく、何と七色の光に分裂してしまったのだ。
その光は七つの台座にあるクリスタルに吸収されるように消えていく。
そして、異変が起こった。
七つの台座が激しく活性化され、膨大なエネルギーが中心の台座へと集おうとしているのだ。
「な、何!?」
「ライオン!」
中心の台座から生まれる光はライオン目掛けて飛んできたのだ。
かわす事もできず、光がライオンを包みこみ、アルドは駆け寄ろうとするが、それをプリッシュが止める。
「何をする!」
「黙って見てみろ!あれって……!」
光がライオンの姿を変えていく。
露出のある軽装から、黒を基調としながらも金の装飾が施された手首まで伸びる袖のある服装へと変貌する。
獅子のような髪型は、栗色の髪を二つに分けた髪型に変わり、金の額当てを身に付けたものとなる。
大人びた女性から、より成熟した女性へと変わっていく。
「な……」
その光景に誰もが言葉を失い、ライオンだった女性の瞼が開く。
「よくぞ参られました。私の名はイブノイル。暁の女神に仕えし巫女……」
「イブ、ノイルだと……」
アルドは知っている。いや、この場にいる者全てが知っている。
古代ジラート民の女神に仕える明星の巫女にして、ジラート王国の王女。
なぜ、このような場に現れるか検討も付かない。しかしそれを気にせず、イブノイルは口を開く。
「五種族の子、そして幻想の集う楽園に住む者達よ。ここに来たと言う事は、世界がどのようになっているかを知っていますね?」
「ああ、知ってるぜ。ナグモラーダの馬鹿が、男神の力を得ようとしているって事をな」
プリッシュの言う事に、イブノイルは悲しげな表情を浮かべながら首を振るう。
「違うのです。彼は……ナグモラーダは決して、男神の力だけを得ようとしているのではないのです」
「……どう言う事なの?カーバンクル達は確かに、男神を蘇らせ、それを己の手に加えると言っていたわ」
霊獣達は確かに言っていた。男神の力をナグモラーダは得ようとしている事を。
それが間違いというのなら、いったい何が目的なのか。
「……待つでござる、男神の力"だけ"ではないと?まさか、別の力も得ようとしてる事でござるか?」
ゲッショーは気付いた。
彼女の言い方が正しいのであれば、ナグモラーダは別の力すら手に入れようとしている事となる。
「その通りです、堕ちたる者よ。彼は男神以上の力を得ようとしている。ただ、たった一つの望みを叶えるために」
「その、目的って何なの?」
「それは……」
霊夢の問いを答えようとした時、イブノイルから光が漏れだす。
クリスタルのエネルギーが分散しようとしているのだ。
「ぐっ!……闇のクリスタルを欠けているからこそ、この子の身体を借りてしましたがもう、限界ですか……」
せめて消える前にと、イブノイルは手を振りかざすと八つの台座に再び輝きが増していく。
その輝きは中心の台座に集い、七色の光を持ったクリスタルへと構成された。
クリスタルが砕け、砕けた光は霊夢達の身体に吸収され、溶けて消えていく。
「な、なにこれ!?」
「それさえあれば、失われた空中都市トゥー・リアの道は開かれる……どうか……」
光が輝くと同時にイブノイルの身体が崩れ、ライオンの姿に戻っていく。
それを見て真っ先に駆けたのはアルドだった。
「ライオン!」
「……う……ある、ど……?」
身体を起こし、体調を確かめる。
少しばかり意識がはっきりとしていないようだが、大事には至っていないようだ。
ライオンを包んでいた光が霧散していき、最後の一言だけが伝わった。
――どうか、ナグモラーダを……古の幻影と呪縛から救ってください……
イブノイルの言葉の意味を理解した者はどれだけいただろうか。
誰もいない。なぜ、イブノイルがそのような言葉を言ったのか、分からないのだ。
「トゥー・リア、と言いましたね……ガルカの戦士さん。ご存じですか?」
紫の言葉に、呆けた空気が一変する。
イブノイルの言った通りなら、トゥー・リアという場所にナグモラーダはいる。
「ああ、よぉくご存じだぜ。なぁ?」
「まったくだ……つくづく古代人というものは高い空が好きらしい」
まだ頭を振って意識をはっきりさせようとするライオンを支えながらも、アルドはジャルベリンの言おうとしている事を理解した。
ようやく、ようやくだ。
ようやく今回の異変の首謀者の居場所を突き止めた。
古代ジラート人が建造し、神の世界に行くための空中都市。
トゥー・リア。
それが、決戦の舞台となる事が、多くの謎を生みながらもはっきりと分かった事であった。
……To Be Continued?