闇に飲まれてどれだけの時が流れたのか。
数時間か、数日か、それとも数分もかかっていないのか。
意識が闇へと闇へと沈んでいき、ただそれに委ねたい気持ちもあった。
「――――!―――沙!――――――!!」
声が聞こえた。
長い付き合いとなる少女の、よく知る声が闇の外から聞こえてくる。
その声がきっかけとなったのだ。
意識が、霧雨魔理沙という意識が戻ってくる。
そして意識が戻った矢先に感じたのは明確な"痛み"だった。
息を吸えば全身に酷い痛みが広がり、呼吸すらもままならない。
「……あっ……!……!」
目を開こうにもそれどころではない。
まるでばらばらになったかのような痛みに全身を丸めてしまいたい。
それすらもできない痛みの中、魔理沙のできる事は浅い呼吸を繰り返して肺に何とか空気を送り込む事だけだった。
その後、すぐに暖かな風が魔理沙を包んだ。
暖かな風は魔理沙を包むと同時にばらばらになりそうだった身体がだんだんと楽になるのを感じる。
ゆっくりとだが目を開いていき、視界に映るのは紅白の少女だった。
「……れい、む……?」
「よかった!目を覚ました!?」
珍しく緊迫した面持ちをしていた。
意識がまだはっきりとしないが、魔理沙は辺りを見回す。
仲間達は、全員いた。
いたにはいたが、それでも全員の容態は思わしくなかった。
中には魔理沙がつい先ほどまでそうであったように、蹲る形で地面に倒れている。
博麗霊夢は何か言いたげであったが、それよりも早く容態の思わしくない者に向かっていく。
癒しの術を使える者は少ないため、彼女も仲間を癒すことを優先したのだろう。
「こ、こは……」
随分と暗いな。
そう思って空を見上げて、目を擦る。
光すらもない闇。夜よりも深い闇。
「…………なんだよ、これ……」
空だけではない。
横も見て、辺りを見回し、鳥肌がした。
ただ、また意識が失いかねない光景だけが魔理沙の視界に入った。
何もない。
今立っている、砂の大地を除いて何もなかった。
全てに置いて闇が広がり、何処まで言っても先のない空間に正気を失いそうになる。
世界が終わっている。そうとしか言えなかった。
「これが虚ろだよ、マリサ」
魔理沙に声をかけたのはプリッシュであった。
見れば疲労が溜まっているような顔をしている。魔法の使いすぎに見れる"魔力"の消耗だ。
傷ついた者たちを癒すために癒しの魔法を使いまくったのだろう。
「虚ろ?これが?」
「そうだ……世界の裏側に存在する、本来は母なるクリスタルが浄化するはずだった闇……そして、俺達人間が抱える虚ろなる闇でもある」
確かに、虚ろというのも的確な言葉であった。
魔理沙達が立っている大地を除いて、闇以外に何もないのだ。
人間の生きる世界以外、つまりアストラル界などの異界と呼ばれる法則外の世界が存在する。
しかしその異界ですら、この虚ろには及ばないだろう。からっぽとしか言いようのない世界は、言い知れぬ悪寒しか呼び覚まさない。
「プロマシアがなんで自殺をしたがるのか分かった気がする……こいつは、きつすぎるぜ……」
魔理沙だけではない。
幻想郷の住民であれば誰もが思うだろう。それこそ、邪神とも呼ばれるミジャクジャを纏める神ですら。
なぜ闇を抱えるだけで死ぬ事を選ぶのかと。
その答えがこれだ。
こんな、こんな闇を抱えて果たして自分は生きていけると思えるか?
否だ。そんなの無理に決まっている。
何をしてもからっぽでしかない空虚な心、想像できないからこそ恐怖を知らない故にプロマシアの死ぬ考えを理解できない。
でも今は違う。
虚ろを見てしまった。
からっぽで、何もない、見るだけで発狂しかねない"終わった世界"で本能的に理解してしまう。
――救いが、なさすぎると。
「まさか、またここに来るなんて思っても見なかったがな……くそ、ナグモラーダの野郎……何を考えてやがる」
すでに見慣れてしまっているのか、吐きそうな魔理沙に対してプリッシュはこの世界に送った者に悪態をついていた。
確かに闇を見てしまってグロッキーの一歩手前とはいえ、そればかり考えている暇はない。
世界が終わりを迎えそうになっている事ぐらい、ナグモラーダのやろうとしている事は分かっているつもりだった。
「そういえば……私達、どっから落ちたんだ?」
「たぶん、あれだな」
なぜ転移をしたはずなのに全身に打撲を食らうほどの傷を負っていたのか。
その疑問を回答するようにプリッシュは上に指を向ける。
指の先、もっと先。
魔理沙は目を細めて見つめる先には、闇が広がる中、空間が歪んでいるのを見つけた。
「たけぇ……よく生きてたな……」
「よくよく高い場所から落ちるのに縁があるよな」
タブナジアでの帝龍の飛泉を思い出す。
あのときに出会った人工生命体マメットの戦闘の後、転移の札を使われてジュノまで飛ばされてしまった。
飛ばされた先はジュノであっても、転移した場所が上空であった。
結果、高い位置からの激突で生死を彷徨う羽目になってしまったのだ。
あんまり関わりたくない縁ではあるが、どうにかしてこの世界から脱出するためにはあの歪んだ空間を通り抜けないといけないのか。
「あそこまで行けないかな……空を飛べれば……」
「いや、無理だな」
空を飛べるのは幻想郷の住民だけとはいえ、それでも八雲紫の力を借りれば何人かを一斉に飛ばす事ぐらいはできる。
しかし、プリッシュをそれすら含むように断言した。
「ここだと俺達の記憶と力が抑制されちまうんだ。さっきユカリも力を試そうとしたが召喚術すら使えないぐらいだ」
「抑制?異界だからか?」
「それもあるが……あんまり長くいるとこの闇に飲み込まれて記憶も意思も、全部消えてなくなってしまうからさ」
ぞっとしない話だった。
プリッシュの話が正しければ、虚ろの空間に長くいればいるほど人間としての意思が消失してしまう。そういうことなのだ。
人間だけではない。
妖怪であるはずの紫ですらそうなのだから、この空間は等しく飲み込んでいく"虚ろ"なのだ。
「じゃあ、どうすれば……」
「むぅ……」
一応、虚ろの中に飲み込まれても脱出する方法はあるにはある。
それは虚ろの奥地にある『虚ろ』を吐き出す空間のゆがみだ。
ナグモラーダが真世界を作り上げた時、クリスタルラインの影響で闇が飲み込んだとすれば、反対に噴き出す歪みも現れる。
しかしそれを探し出すのには骨が折れる。
何せ大地と闇以外に何もないのだ。
何処から向かえばいいかもわからず、歪みを探す時間をかけてる間にナグモラーダの目的が達成しかねない。
加えて仮に虚ろを乗り越えた先でもそれが必ずしもヴァナ・ディールとは限らないのだ。
それこそ幻想郷の虚ろからヴァナ・ディールへと流れ込んできた魔理沙のように、まったく見知らぬ場所に飛ばされる可能性だってある。
――珍しく困っているようだな、プリッシュ
声が聞こえた。
それはプリッシュと魔理沙だけではない。
この場にいる誰もがその声を聞いた。
空間が割れた。
ガラスを割るかのような音と共に、声の主が現れる。
一言で言うなら、華奢な少年であった。
色白な肌に、黒衣の服。凍るようなアイスブルーの瞳を持ちながらも少年の瞳に似つかわしくない老成した雰囲気が感じ取られる。
髪の毛すらも白髪のように真っ白となっているその姿から、瞳の色以外はまるでクリスタルの戦士、アークエンジェルのようにも見えた。
「セルテウスじゃねぇか!?」
「久しいな、プリッシュ。元気そうでなりよりだ」
少年が人間と違う部分と言えるのであれば、それは背中に生やした赤と白の翼。
これこそが不死鳥と崇められる霊獣フェニックスの力であり、同時にその神を宿した少年の名はセルテウスと言った。
懐かしき、かつての仲間。
まさか虚ろに現れるとは思っても見なかった。
「もはや時間は限られている。八雲紫はいるか?」
「こちらにいますわ」
妖怪だけあってか、癒しの魔法を使わずにしても元々身体が頑丈なのでそこまで傷は負っていない。
虚ろの闇を見ながらも少しも正気を失わない紫を見てセルテウスは口を開く。
「ナグモラーダ……彼は恐ろしい事を成そうとしている。私はそれを伝えるのと、そして君達を現世に戻すために現れた」
「あんた、あの男が何をしようとしているのか分かっているのか?」
話だけを聞いても魔理沙はナグモラーダが何をしようとしているのか分かっていない。
いや、ナグモラーダを知っているプリッシュですら理解ができないのだ。
「真世界の召喚、それによって注ぎ込まれる虚ろと世界の融合……間違いない、ナグモラーダの目的は真世界をコアにした二つの世界の衝突だ」
セルテウスの言っている事が理解できなかった。
世界の衝突。
いったい、どういう事なのか。
魔理沙の頭が真っ白になりそうだった。
「幻想郷とヴァナ・ディール……融合ではなく、ぶつけるというの?」
「正確には幻想郷だけではなく、外の世界と呼ばれるモノも含まれている。そして、その二つが衝突し合えば……消滅だ。何も残らない」
「……頭が、痛くなりそうですわ。今まで長くは生きてきたけど、世界を消滅だなんて初めて聞いたわ」
頭痛を抑えるように指を頭で押さえながらも、セルテウスの言う事が冗談ではないと分かってしまう。
国と国との争いで国を滅びたのは腐るほど見てきた。
世界を壊滅させるような兵器を作り上げる人類には紫は恐怖を感じた。
しかしセルテウスの言っていることはどれも該当しない。
何も残らないのだ。
世界も、そこにいた命も、積み重ねてきた歴史も。
全てが無に帰そうとする。
「バハムート達はそれを阻止するために、全ての霊獣と神獣が世界と世界の壁となって耐え凌ごうとしている。しかし、それも長くは持たないだろう」
幾ら世界を世界に生きる者達に委ねたとはいえ、世界を守護する役割までは失っていない。
霊獣達が本体である肉体すら持ち出して世界との融合を阻止しようとしている。
だが、世界そのものの衝突だ。如何に神ともいえどもそれを防ぐには無理がある。
「今から私は八雲紫の世界、幻想郷へと送る。そして、呼んでくれ」
もはや自体は一刻も許されない。
だからこそ、必要だ。
誰もが超えられないと思っていた呪縛を乗り越えられた者達を。
「ブロントさん、そしてノブオ……真なるクリスタルの戦士達を」
「ブロントさん!やっぱ、幻想郷って世界にいるのか……てかノブオもいたのかよ」
その言葉に真っ先に反応したのは、ブロントの元仲間であるジャルベリンだった。
自分の見知らぬ世界にかつての仲間がいる。
そのことに、ほんの少しだけ心が高鳴った。
「それだけではない。ヴァナ・ディール側の戦士達も呼ばなくてはなるまい。これは、絶対に負けられない戦いなのだ」
かつての異変を解決した全ての者達の集結。
そこまでしなくてはこの異変を解決する事はできない。
失敗は許されない。
敗北とは二つの世界の消滅なのだ。
「待ちなさい。ヴァナ・ディールに誰かを送るって事になるの?」
「世界との融合はすでに終わっている……彼女の能力であるなら好きな世界に行くことができるだろう」
ようやくだいたいの者たちの治療を終えた霊夢も話に参加するが、ヴァナ・ディールの戦士とやらを呼ぶにはヴァナ・ディールにも人材を送る必要があるだろう。
ここで役に立つのが紫の隙間移動だ。
世界との融合を完全に終えてしまった幻想郷とヴァナ・ディールであるなら確かに紫の力で世界中を渡り歩けるだろう。
「確かに戦力を増やすのはいいが、あいつの手駒になっているクリスタルの戦士……あれの対処はどうする?」
「あれはナグモラーダの記憶、そして集められた虚ろから生み出された幻影だ。加えて虚ろがあればあるほど力を増す性質があるが、トゥー・リアに溜められた虚ろはすでに真世界の構築に使われている」
「……つまり次は倒せるってことだな。それだけ聞ければ安心だ」
ナグモラーダが宝塔と集められた虚ろによって生み出した幻影の人造兵器アークエンジェル。
最初の戦闘では倒せない現象が起きていたが、次の戦闘であれば倒せる可能性があるという事だけでもアルドには十分に過ぎた。
「そうか、あの時に戦ったマメット……あれもあいつが作った奴だったのか」
アルマター機関が厳重に保管しているはずのマメット。
それは決して持ち出しされていないはずなのに帝龍の飛泉で現れたのはナグモラーダの作った幻影のマメットなのだとプリッシュは理解する。
「では送るぞ。意識をしっかり保て!」
フェニックスの翼が大きく広がり、光が一行を包んだ。
眩しいほどの光は虚ろの世界であっても輝き、光が収まる頃には誰もいない。
目が眩しくて開けられない。
まるで暗い中で何時間も寝た後にいきなり眩しい外に出たような、そんな感じであった。
「ここは……?」
森だった。
鬱蒼と茂る木々の群れであり、緑の隙間から太陽の光が差し込んでいる。
続いて感じ取ったのは匂いだ。
葉と土の匂いがはっきりと感じ取れる。
ナズーリンは妖怪である事を差し引いても、あまりもはっきりすぎる匂いに疑問を抱き、すぐに答えを導いた。
(匂いすらもなかったのか、あの世界は……)
気づかなかっただけであり、たかが匂いの一つや二つ。
しかしそれすらも疑問を抱かせなかった虚ろに、今更ながらもナズーリンも恐れを抱いた。
「私は一度、真世界に行く」
「たった一人でか!?」
「時間があまりにもない。ナグモラーダの妨害が少しでもできるのは手が空いている私だけだ。ここに扉を作っておく。この歪みの先が、真世界へと繋がっている」
プリッシュが止めるよりも早く、セルテウスは自らが生み出した歪みの中へと消えてしまった。
そしてそれ以外の者達が思うのはただ一つ。
ここがいったい何処なのか。
セルテウスが言うとおりであればここは幻想郷であり、霊夢のよく知る世界でもある。
その証拠に、霊夢は今まで感じ取れなかった博麗大結界が肌に感じ取れるぐらいに分かるし、紫も式と繋がりが感じ取れていた。
音が聞こえる。
森の奥から、何かが迫ってくる音だ。
アルド達は魔物か何かだと考えて武器を手に取る構えを取り、霊夢達も無意識的に戦闘の構えに入った。
そして、姿を現したのは誰もが知る人物だったのだ。
「……お、お、お、おいィ!?」
「ブロントさん!?」
「ブ、ブロントさんじゃねーか!」
白銀の鎧に手に持つのは暴食の魔剣。
幻想郷もヴァナ・ディールも、二つの世界でよく知られる謙虚なナイト。
プリッシュは一年ぶりとなる再開を、そして霊夢は虚ろに呑み込まれてからの再開を果たしたのだった。
東方幻想鉄~プロマシアの幻影~
第十章「集うは神の摂理に挑む者達」
『虚ろ』に呑み込まれた者たちが帰還した。
その情報がすぐさま、烏天狗達の手によって幻想郷中に広まった。
ある者は帰還した事に安堵し、ある者は心配をさせるなと殴っていた。
しかし和気藹々などしている余裕など、どちらも存在しなかった。
幻想郷にいる有名人を集めるだけ集め、人里集落に集結。
そしてこれまでも経緯を話し合っていた。
「……また突拍子もない話になったもんだ。ヴァナ・ディールというのはかなり危険らしいな」
瀟洒なメイドに太陽避けの傘を差しながらも、吸血鬼であるレミリア・スカーレットは呆れたかのように言う。
世界の支配、破壊による壊滅などならまだしも、世界の消滅という話を聞いて納得できる者はこの場にいるだろうか?
誰もいない。いるはずがない。
世界の消滅など、誰も望んでいない事なのだから。
「私としてはアビセアンというのも初耳ですわ。よくまぁ好き勝手に荒らしてくれたわね……」
一方で紫はアビセアンにご立腹だ。
なにせ自分の世界ともいうべき幻想郷が見ず知らずのもの達に荒らされているのだ。
これで怒らない者などいない。
幸いながらも住民と冒険者の働きによって万が一は免れているとはいえ、アビセアンは一向に減る気配が見えなかった。
「よぉ、ブロントさん……」
「お前は……」
こうして会えたのも、何年ぶりとなるだろうか。
最後に話をしたのも、いったいなんだっただろうか?
ブロントもまた同様だった。言葉が思いつかない。いったい何から話せばいいのか。
「いや、いいさ。あんたが"まだ"騎士でいられた事でも十分だ。安心したぜ」
「ほう、経験が生きたな。確かにあの忌々しい事件から年単位で経ったが至高のナイトである俺は休む暇もないからな「はやくきてー;;」「はやくきてー;;」と誰かが叫べばカカッっときゅうしゅつするのが俺流ナイト道」
「はっはっは!たくっ、少しでも心配した俺が馬鹿だったぜ。あんたは何も変わってない……羨ましい限りだ」
何年も組んでいたパーティを解散してからどれだけの月日が流れただろうか?
ジャルベリンはただ旅をしていた。
あてもなく、かつて自分が仲間と共に旅をしていた道を辿っていた。
一方でブロントは、決して腐らずにナイトとして護り通していたのだ。
強い人だ。改めてそう思ってしまう。
「積もる話はあるけど、それは今度だ。ここに俺がいるのも異変のため……それが終わったら、ブロントさんの話を聞かせてくれよ。ここでの冒険話って奴をな」
「いいぞ。それならカカッっと終わらせてやるからよ。まぁみてなw」
「(あ、これ早く終わらないフラグだな……)そういや、ノブオの奴は何処だ?あいつもここにいるって聞いたんだが」
「汚い忍者は嫌われ者の雑魚なので地底暮らしが長い。今は限界ジジイの依頼で俺とは別のアビセアン狩りをしてたな。そこから見てねぇ」
ノブオ……幻想郷で言えば汚い忍者に該当するのだが、ジャルベリンはセルテウスの話から幻想郷にもかつての仲間がいる事を知っている。
しかしブロントの反応はそっけないものだった。
当然だ。誰が好き好んで粘着し続ける相手の事をよく思わなければならないのか。
「ノブオの仲も相変わらずか……飽きねぇのか?」
「おいィ、むしろ汚い忍者のほうが粘着してきてうざさがマッハなんですけどねぇ……」
「昔は仲が良かったぐらいなのにな……わからんもんだ」
ジャルベリンもブロントと汚い忍者のパーティメンバーであったために、彼らのいざこざは知っている。
なぜここまで仲がこじれるようになったのだろう?
効率と理想の間の苦しさを知っているとはいえ、それを超えてまでの仲だったはずなのに。
「話は終わりまして?」
「っと、すまねぇなユカリさん。話を遮っちまったか」
「構いませんわ。さて、まずはブロントさんを含めて冒険者にお願いがあります」
ジャルベリンとブロントの会話の間に紫はこれからすべき事を纏め上げた。
時間がないからこそ、すぐさま行動に起こさなくてはならない。
「私の式と繋がって永遠亭との薬師との大雑把な計算を終えたわ。世界と世界の衝突、恐らくは早くて六時間後に衝突します」
「六時間!?いくらなんでも早すぎるだろ!」
「ええ、本当の意味で時間はありませんわ」
魔理沙の頭に、無理かもしれないという言葉が浮かんでしまった。
幻想郷の中で随一の知恵者が導き出した計算なのだ。たとえ大雑把と言えどもそこまで微々たる差はあるまい。
「ブロントさん達は今すぐに幻想郷にいる、真世界に行ける程度の実力者を全て集めてください」
「そして、私とユカリさんはヴァナ・ディールでの実力者達を集めてくるわ」
「準備を終えたら先に行っても構いませんわ。時間がなさすぎるぐらいです」
セルテウスは実力者を集めて真世界に行くべきだと行ったが、悠長に探し回って突入すれば時間切れになると紫は判断した。
そこで幻想郷側は同じ冒険者であり、かつアークエンジェルなどと言った強敵相手に戦える実力者を集めるようにするのだ。
そして集まり次第にすぐさまナグモラーダのいる真世界へと突入し、ナグモラーダの妨害程度には進めなくてはならない。
その間に紫、そして実力者の居場所を知るライオンの出番だ。
二人でヴァナ・ディール側の実力者を呼んでいき、文字通りの総力戦を行う気なのだ。
「紫様、一つ聞きたい事があります。それは私達も行くのですか?」
「いえ、貴方達は幻想郷に残ってもらいます。……幻想郷に害を成すアビセアンは放っておける代物ではありません。それを止める戦力は最低限でも必要です」
紫の式の式である橙も真世界に行くのかと質問するが、それは却下した。
今もなお増え続けるアビセアン。それを対処する者を残しておかないと、仮にナグモラーダを倒して世界を救っても救うべき世界が荒れ果てては意味はないのだ。
「ふん、この私が防衛とはね……まぁいいわ。紅魔館の連中にも言っておく。帰るわよ、咲夜」
「はい、お嬢様」
幻想郷にここまで舐めた事を仕出かした相手に対して何もできない事に、表面上には出さなくても心の中では腸が煮え返っているのが誰もが共通している事だった。
宴会をすればどうでもよくなる精神を持つ幻想郷の住民でも、好き勝手にされて怒らないほど聖人君子でもないのだ。
「紫、行く前に聞きたい事があるわ」
「何かしら?」
「あれ……私と一緒の姿だったあれは何なの?」
紫が隙間を開くよりも早く霊夢は己の中にある解けない疑問を紫に問い質そうとする。
トゥー・リアでの戦いに現れた存在しないはずの六体目と七体目のアークエンジェル。その姿は霊夢と魔理沙に酷似していた。
そして紫は確かに、平行世界の自分だと言ってた。もしかしたらあれを何なのかを知っているのかと思ったのだ。
「初めは私の偽者だと思った……でも違うわ。あれを見て、あれは私だとしか言えなかった。理由は分からないけどね」
「……そうね。それは正しいわ。細部は違っているように見えたけど、あれは間違いなく貴女、「あったかもしれない」という別の可能性の博麗麗夢よ」
世界には数多の可能性が眠っている。
それは何十何百に枝分かれする「もしも」の可能性であり、それこそ人が考えられる以上の世界が存在する。
紫は何でもありとも言うべき隙間の力によって並行世界の住民を覗き見する事ができる。
ほんの気まぐれであった。別世界の幻想郷を覗き見た別世界の霊夢と魔理沙。
巨大な剣と鎧を身に着けているという違いはあれど、ハクレイレイムと名乗ったアークエンジェルは間違いなく紫の知る平行世界の霊夢だったのだ。
「そう……」
「なんであれがアークエンジェルとして出たのか……そこまではまだ分かりませんわ」
「疑問を少しだけ解決できただけでもいいわ。今度出会ったら遠慮無くぶちのめすから」
普通であれば自分と瓜二つの敵が現れれば戸惑うはずなのだが、博麗霊夢という少女はそんな事は気にしない。
敵は敵、立ち塞がる者は叩き潰して前に進む。
そんな事を言えるのは霊夢だけだぜと魔理沙は呟くが、必要以上に動揺をしていない巫女と魔法使いに紫は少しばかり安心をする。
話は終わり、紫は隙間を開く。隙間の世界はヴァナ・ディールと通じている。
「それでは一時解散とします。行きますわよ」
「オッケー。でもこの隙間移動って勇気いるわね……」
隙間の開いた先を潜ればライオンの知る世界とはいえ、それでも隙間から覗かせる数多の瞳には嫌悪感を抱かずにいられない。
それを振り切って隙間の中に潜っていき、遅れて紫も入る事で隙間が閉じる。
紫とライオンがいなくなった後、間髪いれずに誰もが行動を開始した。
自分のするべき事を、最善なまでにやりつくす。
本来は幻想郷の住民に身に付かない事が、ヴァナ・ディールの来訪者達の手によって変わりつつ変化の象徴であった。
隙間を潜った先は雲よりも高い空中であった。
しかし足には確かな地面を付く感触があり、太陽の眩しい光が照らしている。
美しいまでに整えられた宮殿のあるそこは、ジュノ大公国の屋上……ル・ルデの庭。
世界の中心とも言われるジュノに二人の美女が突然と姿を現し、しかも大公の謁見に使われるはずの扉前なのだから衛兵は誰もが驚いてしまう。
「な、お前は……!」
「あんたはお呼びじゃないの!急いでGMの幹部である爺さんとエシャンタールを呼んで!緊急なのよ!」
親衛隊の隊長であるウォルフガングはライオンの姿を見て気づいたように声を上げるが、それよりも早くライオンの言葉が遮った。
しかしだ。いきなり押しかけて大公代理という人物をアポも無しで呼ぶなどとできるだろうか?
普通なら無理だ。絶対に無理である。
「貴様、いきなり何を言っている!?そんな無茶なことが通るわけないだろう!」
「うっさい、あんたじゃ話にならないから呼んでって言ってるのよ!緊急事態なのよ!」
ライオンも知らず知らずの内に焦っているのか口調が荒くなっている。
これでは決まるはずの話も決まらないだろう。
やや呆れながらも紫を介入しようとするが、それよりも早く何者かが介入をした。
「ふぉっふぉ!どちらも元気な事で結構。しかしここは宮殿じゃぞ?わしらのLSに言えた事でもないが騒がしくしないのが礼儀じゃろう?」
真っ赤な老人。彼を見れば誰もがそうした感想を抱くだろう。
金属のような肩当をした真っ赤な革鎧に、真っ赤なグローブ、真っ赤なブーツ……そして羽の付いた真っ赤な帽子。
赤魔道士のアーティファクトの着る老人は見た目の姿に惑わされるかのような軽やかな足取りで近づいてくる。
「へそだし美人に妖艶な美人wwwwwwwwwww生き返るのうwwwwwwwげぶらwwwwwww」
「そう言いつつセクハラしようとするな糞爺!!」
しかしゆっくりと近づいたのはつかの間だった。
あと数歩という距離で一瞬でライオンの傍に近づくと、そのまま尻を手で撫でようとしたのだ。
当たる直前に裏拳が炸裂して鼻血を出しながらも飄々とした笑いを隠さない。
その姿にウォルフガングは頭を痛めるように手で押さえた。
「赤爺殿……仮にもGMの幹部がそのようでは困ります。ましては海賊の娘に……」
「なぁに、固い事言っておるんじゃ若造がwwwwwwwwwww美人がいたらナンパセクハラガン見はせんと老いぼれる一方じゃわいwwwwwwwwwwwwww」
「いっそ老いぼれたまま死ね」
「ひどいぞいライオンちゃんwwwwwwwwwwwわし泣いちゃうwwwwwwwwwwwww」
冒険者を監視し、世界の平等を取り締まる審判者がヴァナ・ディールには存在する。
荒くれ者揃いの冒険者とはいえ、問題ごとを起こさない者など存在しない。
しかしそういった存在が多くなれば冒険者の信用、引いてはそれを支援する国家の信用にも関わる。
そうした冒険者を取り締まるために生まれたのが「誓約の助言者」という名を与えられたジュラメント・メントレなのだ。
そんなGMの幹部である赤爺という老人は見てのとおりにスケベ爺であり、どう見ても冒険者を取り締まるような人物に見えない。むしろ取り締まられる側の人間にも見えるだろう。
「ま、冗談は置いといてじゃ。始めましてとなるかの?異世界の管理者殿。わしの名は赤爺。しがない冒険者も兼業するGMじゃわい」
「知っていらしたのでしたね……それなら話が早い」
雰囲気が一瞬にして変わる。
これが彼の素なのかはまでは紫は知らぬが、彼は紫を異世界の住民だと即座に見抜いてた。
何処から知ったのか?という疑問など一つしかないだろう。
「ふむ?大公代理と言っていた通りの人物じゃな。ウォルフガング、今は特例として謁見の間を開け。これは命令じゃ」
「……承知しました」
如何に親衛隊長とはいえども、GMの幹部ともなればその権限はかなりの上までに及ぶ。
それこそジュノの政府機関に口出しをできるために、ウォルフガングは赤爺の命令に逆らえない。
そこまでの権限を持ちながらも大公代理から紫の正体を伝えるほどならば、少なくとも信用に値してもいいと判断した。
「たくっ、いつもそうしていればいいのに……」
「なんじゃwwwwwwwwわしのだんでぃーな姿に惚れちゃった?wwwwwwwww」
「それは未来永劫ないから安心なさい」
残念無念と草を生やしながら謁見の間に入る赤爺の後を追いかける。
謁見の間は広々としていた。不必要なものは一切置いておらず、シンプルに三国とジュノを表す旗を壁に掲げ、奥には誰も座らない玉座がある。
その玉座の前に、彼女は立っていた。
古代ジラート文明からの生き残りであり、真実の歴史を知る数少ない人物。
エシャンタールである。
彼女はいつもどおりの黒衣の服装ではなく、まるで戦いに行くかのような姿をしていた。
ダルメル、雄羊、剣虎、ベヒーモスの革をふんだんに使われたオレンジ色の鎖鎧バーニーを身に付け、背中には両手で持つはずの斧を背負っている。
「またお会いしましたね、紫さん」
「エシャンタールさん、ですわよね?その姿は……」
「お待ちしておりました。貴方がここに来るのをセルテウスに言われたのです」
セルテウスが虚ろに来る前の事であった。
彼はまず虚ろに行くのではなく、ヴァナ・ディールに行くことでエシャンタールと接触をしていたのだ。
「私が仲間を集めようとするならまずここから……なんだか心の中が読まれた気がするわね……」
「そう悲観になることもあるまいwwwwwwwwwだからこそある程度の準備はこちらも終えておるぞwwwwwwwwwwww」
仮に紫がヴァナ・ディールに行くにしても、真っ先にジュノに行く事など必ずではあるまい。
しかしヴァナ・ディールの者達を効率よく集めるのであればライオン、もしくはアルドが適任だろう。
そうした事すら見抜いてセルテウスはエシャンタールに紫が来る事を連絡していたのだ。
「まずわしらからのLSは呼べるだけ呼んであるぞいwwwwwwwwwwwwwwさすがに連絡が取れない者や取りにくい者は今すぐなのは無理じゃがなwwwwwwwwwww」
「こちらも急ぎで男神の呪縛を乗り越えた者達を探していますが……さすがに他国にいる者達はすぐには無理ですね」
「なら私の能力であればブロントさんのかつての仲間達とやらを呼んできますわ」
赤爺の呼ぶ冒険者がどれほどかは知らないが、ブロントの仲間であるなら実力はそこらの一級廃人を超えている者揃いだろう。
居場所を教えられるとライオンと共に移動しようとするが、エシャンタールに引き止められた。
「お待ちを。失礼ですが紫さんはひんがしの国に行くことはできますか?」
「ひんがし……?ええ、行けない事はないですけどれど」
「ではこの手紙を持ってとある侍に届けてください。彼ならば、この危機にも力を貸してくれるでしょう」
東の果てに存在する別大陸。
ひんがしの国と呼ばれるほどに文明を作りだす国であるが、紫の能力ならば一瞬で辿り着く事ができる。
移動する前にエシャンタールから託された手紙。裏にはジュノ大公代理の封書である事を証明する判子が押されていた。
「その侍の名は?」
「テンゼン……彼の力もまた、必要となるでしょう」
手紙を受け取り、侍の名を記憶すると紫とライオンは再び隙間の中に入っていく。
残ったエシャンタールと赤爺のするべき事は準備に準備を重ねる事。
何処まで役に立つかは知らないが薬品の準備、そして赤爺が呼びつつある者達の説明も必要になるだろう。
彼の持つLSの名前は「Boomerang」と言い、ヴァナ・ディールでは知らぬ者などいないと評されるぐらいに良くも悪くもむしろ悪いところしか噂が広がない集団。
しかしその実力は赤爺を入れて折り紙付きだ。それにエシャンタールの話を聞く限りでは異世界である幻想郷にはLSの代表的存在とも言うべき奴らがいるらしいではないか。
一年も何処にほっつき歩いていたのやら。久しぶりに会える馬鹿達との再開に赤爺の笑いは絶えなかった。
ジュノの大公代理とGMの幹部が戦力を集める一方で、各国では様々な思惑を抱いていた。
さすがに一年以上も原因不明の行方不明が続けば異常事態である事ぐらいは誰でも分かる。
信頼のできる冒険者に調査を依頼しつつ、各国は行方不明となっている冒険者の居場所を突き止めようと躍起になっていた。
国と言えども馬鹿ではない。一年も調査をし続け、更に動きのある情報を集めると原因の形が浮かび上がってくる。
「虚ろ、行方不明の冒険者……やれやれ、やっかいごとというのは何時まで経っても消えないものだな」
工業都市バストゥーク。
三国の中で一番若く、それでいてサンドリア、ウィンダスの二国に劣らずの国力を持つ国家の一つ。
木々が枯れ果て、荒れ果てたグスタベルグを拠点にしながらもバストゥークがそこまでに発展したのはヒュームの並ならぬ産業の熱意が根本にあるからだろう。
希少鉱石であるミスリルの鉱山から発展していき、金属の精製加工が盛んになる頃は工房都市としての名が広まった。
「ならばシド工房長。あなたの考えはどのように動くと思いますか?」
「それをわしに聞くかルシウス。まぁわしにもまだわからんな。わしの本業はあくまでも科学。異世界というのはさすがに専門外だな」
元は砦として建造され、何十年にも渡って改築を続けられた大工房。
今ではバストゥークを支える鍛冶ギルドを支える巨大な炉を持ち、二階には大統領官邸、防衛のための砲台、各国の領事館などがある。
そしてもう一つ、バストゥークを代表とする「天賦の技師」という異名を持つ者の研究室がある。
彼の成した事は正しく偉業の一言としか言いようの無い。
ヴァナ・ディールでは普通に空を飛び交う飛空挺の設計に加え、様々な開発品はバストゥークを今に発展させたと言っても過言ではない。
その名はシド。
五十代という年齢ながらも青いエプロンから覗かせる筋骨隆々の肉体は十代ほど若く見えるほどだ。
もじゃもじゃとした白い髭を蓄えながらも、難しい顔をしながら見ているのは一枚の書類であった。
そのたった一枚の書類が、ヴァナ・ディールに起きている異変を突き止めるかもしれないと誰が思うだろうか。
「しかし危ない橋を渡ったものだな、ルシウス。冒険者を使い捨てるだけならまだしも、天晶堂にもスパイを送らせるとはな。バレたらジュノとの関係が危うくなるところだったぞ?」
「それだけ情報が得られない、ということでもあります。しかし幸いだったのはその危ない橋を渡った甲斐もあった事です」
シドと話しているのは大統領の補佐をするルシウスであった。
まだ三十代の若さながらも大統領を支えるのは彼だけと評されるほどに上司の信任が厚く、部下からも尊敬と信頼を集めている。
バストゥークのガルカは扱いの悪さからヒュームに対して鬱憤を溜めているが、彼の言葉に対しては渋々ながらも納得する辺りに彼の信頼性を伺えるだろう。
「まことに信じられんがあのアルドの残した情報だ……いや、もしかしたらわざと流した可能性があるな」
「彼が本気で情報の隠蔽をするのならこの情報も見つけられなかった可能性が高いですからね。ありえる事です」
一年近くも各国が探し続けた情報が、ジュノにある天晶堂を探らせるとあっさりと見つかったのだ。
それもここ最近となるほかほかの情報だ。
ヴァナ・ディールと見知らぬ異世界と融合し、その異世界にヴァナ・ディールの住民を呼び寄せている。
これがもしも真実であるならそう簡単に漏らないはずである。それも若くして裏ギルドの頭領となった男に抜け目の文字はないはず。
それなのに見つかるという事はシドの言うとおり、わざと見つける場所に残している可能性もあるのだ。
「それで、どうしますか?」
「ふん、これを仮に国会に言ってみろ。大半の者が夢物語だと一蹴するに決まっているぞ」
アルドが嘘を書く男には見えない。
しかし書類に書かれた内容はあまりにも現実的ではない。
シド自身は数々の異変に携わった事があるのに加え、クリスタルラインの研究にも携わった事もある。
そしてルシウスもまた、優れた魔法の研究家でもあるのでクリスタルラインに関してはそれなりに詳しい。
しかし国を動かすための政治家はそのような事を知らない。
もしかしたら異世界と融合しているのもありえる話だと思えるシドとルシウスと違い、政治家達は基本的に己の知る範囲でしか結論が出せないのだ。
「だからこそわしはお前に聞きたいのだ。英雄なき時代の英雄よ……フォン・F・ファブレ」
研究室にはシドとルシウスの他にも、バストゥークでは冒険者以外に滅多に見ないエルヴァーンの青年もいた。
端正な顔立ちの多いエルヴァーンの中でも更に、女性すらも羨む様な顔立ちをしており、細身ながらもガッチリとしているエルヴァーンでありながらもこの男はどちかと言うと線の細いようにも見えた。
腰のあるのは片手剣、そして音を鳴らすための楽器だ。
胸にかけた《シグネット》が冒険者の証である事を証明する彼は吟遊詩人であった。
「この話が真実なのか、そうではないのか。どちらだ?」
「……真実、でしょうね。先日にスカリーZからの誘いがありました」
何処かやりきれないような顔をしながらもフォン・F・ファブレはシドの問いに答える
その答えにシドはどうも不思議そうな顔をして、そのまま一人で納得した。
「ああ、すまん。以前のお前なら行ったと思うんだが……」
「彼女からも失望されましたよ。貴様は何処まで腑抜けになったのだ、とね」
掌を返しながらも力の無い笑みを浮かべる。
シドは、ルシウスは知っている。
この目の前の吟遊詩人は、数多の困難に立ち向かった冒険者の一人であり、その纏め役であったリーダーであると。
しかし、ほんの些細な出来事が結末となって、彼の立ち上げたパーティは壊れ、彼自身の心も折れてしまった。
冒険者の身なりをしながらも今の彼は冒険者ではない。
ただその場にいるだけの、亡霊のような存在になっていた。
「同情はせんよ。人間関係まで口出すほどにわしはお前らの事を知っているわけではないからな」
それなりに付き合いの長いとはいえ、関係で言えばあくまで利害の一致から出会った程度でしかないのだ。
パーティが壊れた原因も、なぜ彼がこうしているのかも知っている。
しかしそれに口を出せるほどにシドは彼を理解しているわけでもないし、そもそも冒険者の厄介ごとでしかない問題はシドの関わるべき事ではない。
「しかしお前はあれだな、久しぶりに会ったというのにエルヴァーンらしくないとよく思う」
「それは傲慢ではないと?」
「よく知っているじゃないか。お前は何時だってそうだ。どんなに苦しい事があってもその苦しさすらも押し潰してまでも生きようとする。一般的なエルヴァーンとは真逆の生き方だろうな」
全てのエルヴァーンがそうではないとはいえ、シドの知る限りでは偉そうなエルヴァーンというのは冒険者であっても存在する。
そんなエルヴァーンの中でもフォンは珍しい例外と言えた。
いや、もう一人いたか。謙虚が口癖の、フォンの仲間の一人。あれも彼以上の変人だった。
「まぁ……それ以外に生き方を知らなかったからでしょうね」
「知らないのなら学べばいいさ。ヒュームの象徴とする無知すらも、学べば未来に繋がるらしいしな」
元気な嬢ちゃんがここに来た時に嬉しそうに語ってたよ、とシドは付け加える。
フォンは不思議と、その嬢ちゃんの姿が簡単に思い浮かんだ。
彼を誘ったミスラの戦士は仲間を集めていた。
再び現れた虚ろの異変、ヴァナ・ディールと繋がっていた異世界の真実、その全てを聞いた上で彼は誘いを断った。
理由があるとすればただ一つ。
昔のように、冒険をするほどの気力が持てないからだ。
冒険者としての原動力を失ったフォンは理不尽に挑むような力は持っていない。
そんな自分が異変に関わっても邪魔になるだけ……そう判断した上での選択だった。
「それでその情報はどうするので?」
「私としてはミスリル銃士隊には教えておきたいですね。特にフォルカーはザイドの行方を知りたがっていますから」
「わしとしては賛成じゃな。ああ、だがナジはオブラートに包んでやらないといけんな。あやつが知ったら何処かに突っ走りかねん」
フォンは書類の情報をどうするかと提案すると、ルシウスはすぐさまミスリル銃士隊に教えるべきだと主張する。
大統領直属の部隊であり、もしもの有事の際にはすぐさま動けるようにしておく必要があるだろう。
シドも賛成するが、ミスリル銃士隊を若くして入った青年を思い浮かべると苦笑が隠せない。恐らくこのような事を知ったら門番の仕事を忘れて目的地など知らぬ癖に暴走するだろうからだ。
バストゥークが動きがあるようにも二つの国でもバストゥークと同じような情報を手に入れつつあった。
その中でもウィンダスはバストゥーク以上の情報を手に入れている。
「なぁぁぁぁぁぁっっっっとくができませんわ!」
「シャントット博士、君が納得できなくてもウィンダス連邦は手出しが出来ないんだ」
バストゥークを象徴とするのが大工房であるならば、ウィンダスを象徴とするのは街の中央にある巨大樹である。
何百年、何千の月日があればここまで成長できるのかと言うべき巨大樹の中身はウィンダスの行政を管理する場所となっている。
加えてウィンダスの指導者である星の神子が住まい、未来視をするための星詠みを行う場もある。
その巨大樹……天の塔には会議を開くための場がある。
目の院、鼻の院、耳の院、口の院、手の院。ウィンダスを支える五院による五会議が開かれていた。
目の院 院長トスカポリカ、鼻の院 院長ルクスス、耳の院 前院長コルモル、口の院 院長アジドマルジド、手の院 院長アプルル。
それに加えて元老院主席にして最強の魔道士シャントット、書記官クピピと錚々たる顔ぶれであった。
激昂するシャントットに対してなんとか収め様とするトスカポルカであるが、彼にもシャントットが納得できないのも無理がないと分かる。
「だ・か・ら!なんでそんなに諦める必要があるのでして!?なんだったらわたくしが次元を超える魔法でも作って不届きな異世界に攻め入ってもいいですわよ!」
「やめてくれ!そんな事して戦争でも発展したらどうなるんだ!」
むしろ本気でやりかねないシャントットにはトスカポリカは冷や汗もかきかねない。
話も話題はもちろん、ヴァナ・ディールと融合している異世界の事であった。
冒険者の行方不明に関係している以上、五院の博士が会議を開いて対策を練るにしても解決策が浮かび上がらなかった。
なぜなら世界と世界の融合など、もはや人のやれる範疇を超えているからだ。
それこそ、この問題を解決するのであれば神様でも呼ばないと何も出来ない。
だからこそウィンダスは「現状維持」という選択を出したものの、軟弱弱腰な態勢にシャントットは激怒しているのだ。
「だが何もしないまま、というのも私も同意しかねるな。冒険者が現在進行形で行方不明になってるのも事実なんだ。ウィンダスでも信頼できる者を何名も失ってその損害は測り知れん」
シャントットの一番弟子であり、ウィンダスで二番目に優れた魔道士の名を上げるとしたら彼の名が挙がる程度に有名なアジドマルジドは手を上げる。
冒険者の数が多いと言っても国家からすれば荒くれ者揃いでしかない中、信頼足りえる人物となると数が少なくなる。
そうした人材は国の財産と言っていい。なぜなら報酬さえ払えば多少の無理は効く上に大きな仕事も任せるからだ。
逆に少なくなればなるほど大事な仕事を任せられる事も減っていき、国が回らなくなる危険性も多い。
「でも、お兄……アジドマルジト院長、ならどんな手を使うのですか?」
「さてな。今回ばかりはヤグードどもとのいざこざとはわけが違う。力技でどうにかなるものではないだろう」
場が場なので、兄妹でありながらも敬語を使うアプルルに対してアジドマルジドはそっけなく答える。
何もしない、という事を否定しながらも、代わりの代案を言わなければ何も意味はない。
こればかりはアジドマルジドも頭を捻らなければならない。いつもはシャントットの一番弟子だけあってか魔法による力技解決が多いために、力だけでどうにかなる以外に関してはやや専門外と言えるのだ。
「シャントット様も、アジドマルジド院長も脳筋すぎるの!クピピはもっと平和的解決を望むの!暴力で解決したらクピピにツケが回ってめんどくさいの!」
「ワシもめんどくさいのは嫌いだのう~」
シャントットとアジドマルジドを相手にして毒舌を叩けるウィンダス民は彼女だけだろう。
解決策も糞もない事を言う二人に対してクピピは怒りながらも書記官としての仕事を全うしている。
院長が話せばそれを漏らさず一言一句間違えずに書いていくのはさすがだろう。
そしてクピピに同意するのはコルモルであり、心底めんどくさそうに欠伸をしていた。
「なら彼女にどうするか決めたらいいのではないですか?彼女はその異世界の住民と出会った一人。このまま五院会議を続けても平行線を辿るだけでしょう」
ルクススが椅子に座りながら指を向ける。
向けた先には甘い菓子を頬張るタルタルの少女がいた。
全ての者に視線を向けられてもマイペースに菓子を食べ続けている。
「……話題を振られたのですからもう少し反応してはいかがかしら?」
「えー?まだ残ってるのにぃ」
国家を代表する著名人に見つめられてこの反応をするタルタルに対し、シャントットは滅多に見せる事のないため息を吐いた。
まるでこんなのが友人であったのが嘆かわしい、そんな顔をしている。
「いいからペタ様はとっとと知ってる事を全部吐きやがれですの。クピピは知ってるのですの。ペタ様が情報を集めるためにウィンダスと天晶堂に大きな借りを作ってる事を」
「あーはいはい、そうでしたねー。本当は借りる予定はなかったのにねぇ」
最後の菓子を食べ終え、ペルタタ・ポルタタ・プロンプタは食器を適当に片付ける。
南国の大地で鼠の妖怪と共にした冒険者である彼女がここにいる理由はウィンダスに集めた情報を持ち帰るためだ。
本当はウィンダスには来たくも無かったのだが、パシリにしようとしていた少年の手が空いてなかったので仕方なく故郷に帰郷したのだ。
クピピは催促するように情報を提示している。ある程度の情報はすでにペタはウィンダスに伝えてあるとはいえ、さすがに全ては出し終えていない。
さて、どうしたものかとペタは考える。
ペタが集めた情報の内容は大きく分けて三つ。
一つは今回の異変、『虚ろ』の出現にはヴァナ・ディールと融合しつつある世界が原因かもしれないという事。
一つはその異世界の住民との接触に成功した事。
一つはそんでもって今回の異変が近東の地で噂になっている神々が集まっており、各地に存在する巨大クリスタルの消失、ついでに一年も騒がせた冒険者の行方不明は異世界との融合が関わっている事。
後になってでっかく返す羽目になるために借りたくも無い国家の支援、そして天晶堂に関わって手に入れた貴重な情報だ。
ペタが現在提示しているのはヴァナ・ディールと融合している異世界がある事、そしてその住民と出会っている事だ。
それ以外の情報を言えば長くもなるし、信じてもらえるかも分からない。だからこそ見極めというのも大事になる。
言うべきか、言わざるべきか。その選択が大事になるのだ。
始まりは本当に偶然だった。
まずは同じ『虚ろ』を調査をしようとしている者達と行動を開始しようとした時、ペタは出会った。
人の姿をしながらも人ではない気配を持つ奇妙な少女と。
彼女は自分のいる世界とは違う異界の住民ではないかとカマをかけ、見事に成功した。
思わぬ進展だった。まさかこうも簡単に『虚ろ』に関わる情報を得られるとは思いもしなかった。
更に協力者からの話を聞けば、彼女はいた異界にも『虚ろ』が現れ、それに飲まれてからヴァナ・ディールに来たらしい。
それが鍵かとペタは推測する。
一度は国に帰り、彼女が次に行動を起こしたのは異界の住民が他にもいないという情報集めに切り替えた。
ウィンダスに借りを作る事を承知にしながらも国の助けを借り、一つだけ奇妙な点が見つかった。
それは半年以上の昔、新たな冒険者が登録されているところだ。
ひんがしの国からの来訪者であり、冒険者を志望とする履歴がありながらも、ひんがしのほうにはそのような者など知らないとあるのだ。
これには奇妙に思えたペタは更に調査を続け、六人の冒険者の名を頭に刻み込んで更に天晶堂へと活動を広げた。
そして天晶堂の集める膨大な情報から、ペタの考える通りとなる情報が舞い込んだ。
南国の地で出会った少女以外にも異界の住民は来ていないのか。ペタの持つ勘がその考えを至らせ、行動を開始をして、ようやく実を結ぶ。
近東の地に、不慣れな印象を持つ兎の耳を付けた海猫党の一員がいると分かったのだ。
それだけなら単なる装飾品を付けているだけの新人かもしれない。しかしペタの考えは一味違う。その少女こそが、異界の住民だと見抜いた。
同時にウィンダスに記録されながらも行方不明となった六人の冒険者の内、二名の冒険者が海賊の住処であるノーグで見つけたと情報も挙がった。
そしてその二名の冒険者は鼠の少女と合流をし、タブナジアへと帰還したのも分かった。
恐らく異界の住民は自分と同じ住民同士が合流しようとしている。
ペタはそう結論付けると、とある噂を耳にする。
それは近東の地アトルガンで、「偉大なる存在」達の姿をしたという滑稽な噂だ。
普通ならば笑って切り捨てる程度の噂だろうが、ペタは知っているのだ。
「偉大なる存在」が眠るである巨大クリスタルが、いずこへと消失しているのを。
ならば異変の元凶、もしくは手掛かりになるのはアトルガンにある。
そしてそれを知れば、異界の住民はその場に向かおうとするだろう。
自分達を異世界へと送った『虚ろ』、その情報が得られるのであれば藁にすがる思いで飛びつくはずだ。なぜならそれが唯一の帰還方法でもなるはずなのだから。
だったら話は簡単である。ペタは自分の手足にもなってくれるタルタルの少年に連絡すると海猫党に宅配で送る手紙を送るように依頼する。
その手紙の内容とは、海猫党の抱える異界の住民かもしれない少女、その少女と同じ住民がアトルガンに来るかもしれないという連絡だ。
海猫党のボスは頭の切れるいい男だ。ほんの些細な情報からでも必要な事を読み取ってくれるだろう。
サラサラと手紙を書き上げて宅配に送ると、更なる情報が舞い込んでくる。
それはアトルガンの抱える不滅隊が「偉大なる存在」が目撃された場を閉鎖している事だ。
これにはペタも困った。
仮に異界の住民がアトルガンに来たとしても、不滅隊がいるとなると手出しが出せないだろう。
ペタも協力してやりたいのだが、ウィンダスからの報告はまだかと言われたのだ。
たかだが一週間もかかってないにも関わらず、早期に報告提示を言われるのはそれだけウィンダスの借りを大きくしすぎたのだ。
何せ半年以上の重要履歴すらも回覧したのだ。一般的な冒険者が見れるようなものではない機密すらも含まれている。
そこまで借りを作ってしまっている以上、如何にペタでも国には逆らえない。
異界の住民がジュノへと来る前に、ペタはウィンダスに帰国してしまった。
その帰国する前にペタは手紙を書いていた。宛先は鼠の少女なのだが送ったのは海猫党に手紙を渡すように指示した少年だった。
内容は「もしも行き詰ったらアトルガンでの現地に協力者を探せ」という事、内容が内容なのでアトルガンにいる少年からの手渡しをしたほうがいいだろうという考えであった。
そして今に至るわけだが、後に天晶堂にて異界の名は幻想郷という名前だと分かる。
天晶堂のボスであるアルドが残した貴重な情報でありながら、まるでわざと残したと思える代物だった。
しかしながらも今まで進展の「し」の字も無かった中、ペタの集めた情報を裏付ける決定的な証拠とも言えた。
今までの考えとやってきた事を振り返りながらも、ペタはゆっくりと口を開く。
「いいわ。でもこれから話すことは全部真実。覚悟はいいわね?」
国の一つ二つどころではない。もしかしたら世界を揺るがしかねない真実を話していく。
それが良いか悪いかではなく、この場にいる者であるながら正しく受け止められるだろう。
ペタという冒険者は、人を信じるのに値するかどうかぐらいの区別はきちんと付けられるのだ。
バストゥーク、ウィンダスが情報を集めて動きがある一方で、初動が遅れているのはサンドリアであった。
良くも悪くも騎士国家としてまかり通り国であるために、ある意味で情報集めに苦労している。
そもそもサンドリアでは冒険者の行方不明などさほど重要視はしていないとも言えるのだ。
国家だけに属さず、基本的に自由に生きる冒険者はサンドリアではあまり馴染み深いと言えるものではない。
特に宰相であるハルヴァーは冒険者嫌いで有名だ。何でも屋であるために必要であるなら所属する国家をサンドリアから他国にすぐさま変える事もある冒険者は信用しにくいと言う面もある。
しかしさすがに冒険者嫌いの多いサンドリアでも信頼に値するほどの冒険者が消失したためか、ようやく重い腰をあげて情報を集めるようになったのだ。
如何に騎士国家とはいえども、過去の水晶大戦から二十年。
他の国々と同じように傷が言えていない以上、信頼するほどに選ばれた冒険者の消失はさすがに痛いのだ。
「兄上、ここにいらしたか」
「む、ピエージェか……何用だ」
王国に聳えるドラギーユ城。
城の奥には今亡きローテ王妃が残した庭に、二人の男達がいた。
トリオン・I・ドラギーユとピエージェ・I・ドラギーユ。現サンドリア王デスティンの息子であり、二歳差の兄弟でもある。
エルヴァーンらしく銀色に輝く鋼鉄鎧を着込むトリオンに対し、ピエージェは反対にゆったりとした胴衣を着ている。
兄弟でありながらもその性格は正反対だ。
勇猛果敢猪突猛進な兄トリオンは外征を主任務とする王立騎士団を取り仕切り、ピエージェは王都防衛と治安維持を主任務とする神殿騎士団の司令官である。
正反対であるがゆえに双子の仲はさほど良いとも言えず、言い争いは絶える事はない。
しかしそれでも緊急時には息が揃うようにお互いが分かり合うのも兄弟だからこそと言えるのだろう。
「何、兄上が花を愛でる姿が珍しいと思いまして」
「失礼な奴だ。私が庭園を見るのがそんなにおかしいか」
苦虫を噛むような顔をする兄を見てピエージェは少しばかり笑ってしまう。
世間話はここまでにし、ピエージェの目は細くなる。
「ハルヴァーからの話はすでに?」
「当然だ。まだ信じたわけでもないが、一年も続く冒険者の消失に関わりがあるのならばそれだろうな」
「……ふむ」
珍しいとピエージェは思う。
トリオンは考えるよりも身体が動くタイプのはずだ。
ハルヴァーからもたらされた異世界とやらの話。ピエージェもまだ信じてはいない話だが、トリオンがそれを聞けばこんなところで花なんて見てるよりもすぐさま行動を起こしているはずである。
具体的には金色の鎧を纏って賢者を名乗り、世界中を渡り歩くぐらいはやってのける。
「兄上も成長された、という事か。弟としては嬉しい限りです」
「……もういいわい」
猪突猛進からの成長にピエージェは感動を表すように手で顔を押さえ、そのまま涙を拭うように大げさに表現した。
それを見てトリオンは呆れ顔でしか見る事はできなかった。
「しかし兄上の事だ。何もせず、という事はないだろう?」
「当然だ。私の持つ、戦士としての心が叫んでいる。『今は動くべきではない』と。ならば動くべき時とはいつだ?今はそれに備えるための準備段階だ」
サンドリア一として誉れ高い戦士だからこそ、トリオンは考える。
何も考えずに動くだけなら誰だって出来る。だからこそ、今はそれをせずに待たなくてはならない。
いずれ、世にも恐ろしいことが引き起こる。言い知れぬ悪寒が身体を蝕む。
トリオンのするべき事は、力を蓄える事であった。
軍備の強化まで行かずにしても、呼び戻せる王立騎士団は呼び戻してある。
「出来るなら兄上の予感が外れて欲しいものですね」
「うむ……」
嫌な予感がするのであれば外れる事に越したことは無い。
だからこそ、それに備えなくてはならないのも事実。
準備をせずに嫌な予感が的中する事。それが最悪な状態と言えるのだ。
「ブロントは……異世界とやらの行ったのだろうか」
「幻想郷……ふっ、もしや楽園とはその場所を言うのかもしれませんね」
嘘か真かは分からないが、異世界である幻想郷は神すらも住まう世界らしい。
それはサンドリア教会が長年追い求める楽園ではないだろうか?
ピエージェもそう考えながらもトリオンはまた別の事を考える。
冒険者でありながらも王家であるトリオンと唯一無二の友にまで信頼する騎士。
一年も音沙汰なしとはいえ、異世界に行っていたのなら説明は付く。
「お兄様方!お父様がお呼びになっていますよ!」
兄弟が振り返ると、真っ赤なロングフレアスカート姿をした女性が呼んでいる。
妹であるクレーディ・I・ドラギーユが大きく手を振っている姿を見て兄弟は父王の下へと向かった。
恐らく話の内容はこれからのサンドリアが取るべき行動だろう。
閉鎖的な考えを持つ者が多いサンドリアがどのような道を取っていくのか。
それは若き両王子の手腕にかかっているのは、間違いない事だろう。
★
「頼む!お前らの技術で修理できないか!?」
「無茶言わないで!いくらなんでも無理があるわよ!」
紅魔館の大図書館に少女の声が響く。
魔理沙が頼むように手を合わせている少女は人形遣いのアリス・マーガトロイドであり、その内容は魔理沙のマトンであるコロンビーヌの修理だ。
アークエンジェルとの戦闘で全壊一歩手前までに破損をしており、魔理沙の知識でこれを修復するのは不可能だ。
だからこそ、彼女の腕を頼りに頼んでいるわけである。
「修理するだけならそりゃ可能さ。でもさすがに一時間以内にやるのは無理があるよ」
魔法使いではない、技術者である河童の河城にとりはそう告げる。
人形に精通しているアリス、そしてマトンを修理したことのあるにとり。この二人がいれば確かにコロンビーヌの修理は可能だ。
しかしアトルガンにあった修理用の予備パーツがあるマトン工房ならともかく、下半身をまるごと失っているコロンビーヌを修理をするのに最低でも寝ずにしても三日はかかる。
新しくパーツを組み上げ、更にそれを接続させてからの起動実験。
それをわずか一時間でやるのは無茶でしかなかった。
「……魔理沙も何も考えなしに修理は頼まないでしょ」
「さすがパチュリー、分かってくれたか」
図書館の主であるパチュリー・ノーレッジは椅子に座りながら本を読みつつ呟いた。
河童であるにとりがわざわざ図書館にいるのもこれが理由だ。図書館の主は滅多に動くことはないため、こうして魔理沙の知る人物を集めるならここが理想的なのである。
「いいか?修理するのはあくまで外形……見た目だけでいいんだ」
「見た目だけ?それじゃ戦闘なんてできないわよ」
確かにマトンの見た目を整える程度ならアリスとにとりの共同作業でギリギリ間に合うかもしれない。
だがマトンほどの精密な構造をしており、その精密な構造であるがゆえに人形でありながら戦闘を可能にしている。
それを無くしてしまえば少しだけ大きな人形でしかないのだ。
アリスのような人形繰りならともかく、魔理沙程度の腕前であれば動かすのも精一杯にしかならないだろう。
「いや、いい。変わりにこれを嵌め込む」
「八卦路……そうか、この子を固定砲台に使う気だね?」
破損している胴体の胸に置くようにして、魔理沙は八卦路を取り出した。
にとりは察する。ろくな戦闘ができないのであればマトンを砲台にして使う気なのだ。
幸いなのか中身にある"魔力"を生み出すための装置は無事だ。それと直結させればコロンビーヌが"マスタースパーク"を放つ事も可能になるだろう。
「アリスとにとりはコロンビーヌの見た目を、パチュリーは私と一緒に魔力路と八卦路を繋げるのを頼む」
「ま、仕方ないわね……にとり、私は足のほうと装飾をやるわ」
「装飾もやるの?了解、なら私は腕と中身の部分だね」
「しょうがないわね……その代わり借りた本を少しぐらい返しなさいよ」
急ピッチの作業が進められた。
ハリボテに近いとはいえ、コロンビーヌの失われた身体が次々と作られていく。
その間に魔理沙とパチュリーは八卦路を埋め込むように加工した胴体にピタリと嵌め込み、内部の魔力路と繋げていく。
アリスのほうはさすがとも言うべきか、様々な人形を作っていただけあって鮮やかな手並みで人形の基礎部分を作り上げていく。
そのまま装飾となる部分も一緒に作っているのだから驚きだ。
にとりのほうもマトンの修理してきたのは伊達ではないのか、コロンビーヌの壊れた部分をあっさりと修理していき、更にアリスの作り終えたパーツを片っ端から組み込んでいく。
時間を忘れるほどにマトンの修理をしていくと、アリスはふと呟いた。
「本当に行くつもり?」
「は?なんだよいきなり」
「……だって貴女以外にも沢山の人が行くのよ?それにちょっと意外と思っただけよ」
異変の解決をしてきた普通の魔法使いとはいえ、今回の異変は何も魔理沙が行く必要は何処にもない。
アビセアンの脅威がある以上、幻想郷に残っているのも手なのだ。無理をして異変の現場に行く必要などない。
「別に今までそうだっただろ?」
「そうね。貴女はいつだって人間のくせに幻想郷の異変に挑んできたわ。でもこれはまったくの別。言ってしまえば貴女は巻き込まれた側なのよ?」
魔理沙が異変を解決するとき、基本的に自らの意思で行ってきた。
それは興味本位であったり、それは異変を引き起こす何かを調べるために。
彼女は自分から挑む事を選択していた。
しかし今回は別だ。
いきなり『虚ろ』に呑み込まれ、ヴァナ・ディールの秘密に触れてしまった。
自分の意思が無く、流されるようにここまできたのだ。
「確かにそうだけどよ……でも今は違うぜ?」
「言ってみなさい」
「私はヴァナに行って真実を知ったんだ。どうしようもなく悲しくて、やるせなくて、救いがあったのかすら分からない真実だった。
でもさ……私はヴァナが好きなんだ。もちろん幻想郷も、お前らも好きだぜ?それを許可無く無かった事にする奴がいるんだ。戦うのにこれ以上の理由が必要か?」
魔理沙は何処まで行ってもただの人間だ。
確かに魔法の腕前も、持ち前の意思の強さも、一級廃人に迫るほどに手に入れてきた。
しかしそれでも彼女は人間でしかない。
才能のある者には勝てない。確固たる意思を持つ者には適わない。純粋な魔法の腕前にしても目の前のアリスには勝てる見込みなどないだろう。
それでも彼女の愛した世界はある。
幻想郷が好きなんだ。理不尽もある世界であっても、星々を降らせる魔法と出会えた世界だったから。
ヴァナ・ディールが好きなんだ。自分の夢を本当の意味で叶えさせてくれた、人々の愛する世界だったから。
その二つの世界を愛してしまった魔理沙には、その二つの世界を消滅させようとする者を許せる通りはないのだ。
「はぁ……分かってた事だけど本当に馬鹿ね」
「んな!馬鹿とはなんだよ!」
「人間らしいってことよ。良くも悪くもね……さ、修理は終わったわ」
パチリと布の糸を鋏で切り、マトンの修理は完了した。
失ったはずの下半身と両腕は外形だけなら元通りではあるが、実際はハリボテだ。
胴体に煌く様にある八卦路が眩しい。
「ああ、それと魔理沙。これに着替えなさい」
「ん?」
大きな鞄からアリスは黒色の衣装を取り出してきた。
なんだ?と見てみると、それは黒魔道士のアーティファクトであった。とんがり帽子もキチンとある。
「なんでアリスが持ってるんだ!?まさか、私の家を……」
「違うわよ!アビセアンって奴が魔法の森にも出て貴女の家も襲撃食らってたのよ!」
アリスが自分の家を空き巣したのかと疑うが、アリスは力強く反論する。
幻想郷中に湧き出るアビセアンは当然のように魔法の森にも現れている。
その頃のアリスは一先ず避難を始めるが、避難中に魔理沙の家にも襲撃されているのを見たのだ。
見て見ぬ振りもできず、というのも魔理沙からアリスの私物が幾つか勝手に借りられているため、それの回収が主の目的だった。
ついでにパチュリーの魔道書なども同時に回収しており、そのことを聞いてパチュリーは安堵をしていた。
「ありがとう、アリス。恩に着るわ」
「それほどでもないわ。どうせ戦いに行くなら万全に行きなさい。それに……」
くるくると回しながらとんがり帽子を魔理沙に被せる。
「この帽子がないと決まらないでしょ?魔法使いさん」
お気に入りの帽子がバラバラにされてしまい、今の魔理沙はエプロンドレス姿の少女であった。
魔法使いっぽく見せる。そのために帽子を愛用していたのだ。
「……へっ!感謝するぜ、アリス!」
服を受け取ると人に見られない場所で着替え始める。
アークエンジェルとの戦いによってボロボロになったエプロンドレス、脱いで見ると分かるがもう服として直すのは困難だろう。
そのまま黒魔道士のアーティファクトを着ていく。
濃い青と茶色を基調をしており、如何にも魔法使いという格好を強調とされている。
スカートではなく少しゆったりとした感じのズボンであり、足首を皮のプロテクターで絞ることでバルーン状に膨らませてある。茶色の縦縞模様が特徴的だ。
最後に尖って後ろに折れた帽子を被り、着替えを完了する。
「そろそろ時間じゃないかな」
「だな。じゃあ、行ってくるぜ」
にとりが時間を計るように言うと、魔理沙はマトンを入れた鞄を持ちながら箒で浮かび上がる。
パチュリーは詠唱を無しに唱えると図書館の窓が開く。あそこから出て行けという無言の合図なのだろう。
適当に挨拶を済ませると魔理沙は旅立つ。向かう先に、異変を解決させる者達が集っている事を確信して。
「うはwwwwwwwwwwwwwwwおkkwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「いきなりそれじゃ話の流れわかんねーよwwwwwwwwwwwwwwwww」
「・えちょ 内藤が冒頭でそれしか言わないのはもはやお約束だろwwwwwwwwwwwwwwミスwwwwwwwwwwwwwランタルタルってマジ抜けるwwwwwwwwwwwwwww」
竹林の奥の奥、迷いの竹林を抜けた先にある永遠亭で草を生やした者たちが騒いでいた。
両手剣にさらさらとした金髪をした内藤、内藤の台詞を突っ込む痛風、そして誤爆する糞樽の三人である。
それに対してすかさず笑顔で叩くのが臼姫であった。叩くと言っても武器が鈍器なので頭がめり込み、特に糞樽は五発ほどプレゼントされた。
「あんたらいきなり話を脱線させない^^^^^^^^^^^^^^特に糞樽のそれは崖上では禁止よ♪♪♪♪^^^^^^^^^^^^」
「毎度のことだけど話が進まないにゃー」
「いつものことでしゅね……(´・ω・`)」
やや呆れ気味に見るのは猫狩と獣様だった。
幻想郷にいるお騒がせ集団が永遠亭にいるのは竹林などに湧き出るアビセアンを退治するために依頼されて来たのだ。
幻想郷の管理者の帰還はすでに永遠亭にも渡っており、その式である八雲藍は普段見せないような疲れた顔をしていた。
「ああ……こいつらの相手をするのは疲れる……」
藍からすればまともに話を聞いてくれない内藤はまさに相手をしたくないランキングでトップ5に入る。
主が帰還して喜んだのも束の間、たまたま永遠亭にいるせいで実力者……つまり内藤達に事情を説明しないといけないのだ。
普段が普段で見えそうにはないが、幻想郷にいる冒険者の中では一級廃人に到達している数少ない者達。
それでもいくら主の命令とはいえ、話を聞かない連中に話をするのは死ぬほど疲れる事なのである。
「アルドしゃんも久しぶりでしゅね。まさか幻想郷で会えるとは思いもしなかったでしゅ(=´▽`=) 」
「俺もだ。まぁ、お前達が一年も行方不明になっていてこっちはこっちで平和だったんだがな」
永遠亭とはまったく無関係であるはずのアルドがいた。
彼がいる理由はただ一つ。かつての仲間が永遠亭にいるのをここの住民であったコルセアの少女に聞いたからだ。
しかしまさかここで内藤達と再会するのも予想外だったらしく、驚く一方であった。
「アルドwwwwwwwwwwwwwちょいと聞きたいことがあるんだけどいいか?wwwwwwwwwww」
「ああ、なんだ?」
「こっちにはアビセアンなんてものがいるけどよwwwwwwwwwwヴァナではそういうのは生まれてないのか?wwwwwwwwwww」
糞樽は竹林のアビセアンを殲滅しながら一種の不安を覚えていた。
アビセアンがもしも世界との融合とやらで生まれた歪みのある生命体であるならば、同じようにヴァナ・ディールにも生まれてもおかしくないのではないか?
その質問にアルドは首を振るう。
「幸いと言ってもわからんが、そのような報告は一度もないな。だが彼女の話を聞く限りでは何時生まれてもおかしくないとも言えるがな」
藍、そして永遠亭の薬師がアビセアンの正体を世界との融合に生まれたと推測する。
それが正しいのであれば、幻想郷だけではない。融合しているヴァナ・ディールにもその魔物が現れる危険性があるのだ。
まだヴァナ・ディールにいた時に、ライオンから伝えられた情報を纏めた書類を隠さずにいたのは正解だったと思える。
アビセアンがもしもヴァナ・ディールに現れたとしても、各国がその情報を何処からか手に入れて勝手に対策をしてくれるだろう。
「どちらにしろ六時間もあれば世界が終わるけどなwwwwwwwww」
「それを阻止するためにも、我らが動かなくてはならないのだ」
のそりのそり、と音を立てながら近づくのはガルカの戦士だった。
全身を漆黒の鎧に身を包み、顔が隠れているマスクを身につけていた。
背中に背負うのは内藤のような鈍い金属の輝きがあるものではなく、どこまでも黒く塗られている暗黒の剣だった。
「ザイド……」
「ふっ、久しいな。アルド……話は聞かせてもらった。俺もその異変の解決に力を貸すとしよう」
ヴァナ・ディールでの工業発達が著しいバストゥーク共和国のエリート部隊の一員でありながら放浪の旅をする暗黒騎士ザイドは異変の解決に力を貸す事に異論はないようだった。
元々、彼はアルドと今はいないライオンと共に数々の異変に関わっているのだ。しかも古代人が黒幕と分かれば断る理由もない。
「・えちょ プリッシュタソがここにいるとはマジかよwwwwwwwwww早く会ってちゅっちゅしたいですけどーwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「…………」
「ミス^^;」
「……どいつもこいつも一年かそこらで変わる事はないか」
何度も組んでいるのだからザイドの性癖を知るアルドはため息を吐いた。
ヴァナ・ディールから行方不明になっている者達を再開できた喜びよりも、何も変わらない者達には呆れしかでなかった。
「随分と騒がしいな~。もうちょっと静かにしてくれないとネトゲができないだけど(´_ゝ`)」
金色に輝く髪を二つに分け、左目に眼帯をした少年が愚痴愚痴を文句を言いながらやってきた。
黒と赤の幻想郷でも見ないような服を着ており、顔つきだけなら幼いながらも整っている。
アルドはその少年を見てすぐさま戦闘の構えに入った。なぜ、己と敵対し、しかも義妹を拉致った古代人がここにいるのか。
「エルドナーシュ!?てめぇ、まだ生きてやがったのか!?」
「……ん?(´_ゝ`)」
倒されたはずの、いないはずの古代人に警戒心を持ち始めるがさすがにここで戦闘をされるとまずいと判断したのか痛風が止めに入る。
「ちょっと落ち着けwwwwwwwwwwwwwここで喧嘩するとやばいからよwwwwwwwwwwwww」
「痛風か?だが、あいつは……!」
「落ち着けって言ってるのよ^^^^^^^^^^^^^^^まずは話だけでも聞きなさい^^^^^^^^^^^^^^^^」
半ば臼姫に脅された形にアルドは落ち着きを取り戻し、少年のほうは無言を保っていた。
なぜジラート王国の王子であるエルドナーシュが幻想郷にいるのか。それは獣様の口から語られた。
幻想郷に起きた異変の際、薬師がダークパワーによって暴走をしてしまい、更に魔剣の力によってジラートの兄弟を引き寄せてしまった事。
本来、魔剣の力で引き寄せられたモノはダークパワーを得た人物が倒されると元の世界に戻ってしまうのだが、なぜか幻想郷に留まってしまった事。
話を聞いているだけではアルドは納得ができそうにない顔をしながら、まだ何も喋らないアルドに問おうとする。
「ふん、お前はまだ自分が神になることを諦めていないのかって?一万年の夢をそう簡単に終わりにできるの思っているの?それが答えさ」
「エルドナーシュ!」
アルドが言うよりも早く、エルドナーシュは答えた。
ジラート人の生き残りである彼は人の心を読む事など容易い事だ。
一万年前から続こうとしているジラートの夢、人間を超えた先にある次なる生命体へと進化する事。
冒険者達に阻まれた計画であるが、エルドナーシュはまだその夢を諦めていないと豪語する。
「でもアルドちん、今のエルドちんはそこまで危険じゃないから安心するといいにゃ」
「そうでしゅ!エルドしゃんとまた友達になれて嬉しいでしゅ(=´▽`=) 」
「……お前の妹さんが拉致られたのは俺も知ってるがよwwwwwwwwwwwwww許せとは言わんが、もうちょい落ち着いてくれね?wwwwwwwwwwww」
エルドナーシュはアルドの義妹であるフェレーナを攫い、己の計画を実行するためにフェレーナの持つ感応能力を利用された。
後に用済みとされて取り返したとはいえ、一時期は昏睡状態で目を覚ますかも怪しい事だった。
そのような事を仕出かしたエルドナーシュは絶対に許せないのだが、痛風の言われる通りに落ち着きを取り戻す。
猫狩と獣様の言う事を100%信じるわけでもないが、少なくともこの二人がここまで言うのなら当面の間は無害とも言えるだろう。
「ふぅん、なるほどね……」
この場にいる者の全てを見て回っていく。
全てを見通すかのような瞳に藍ですら気味が悪くなっていく。
「……ナグモラーダか。あいつめ、僕を差し置いて何をする気だ?」
今回の異変を探るために心を読んでいき、黒幕はナグモラーダというのも分かる。
だからこそ気に入らない。
クリューである事にコンプレックスを抱き、己の野心を隠そうとしなかった男。
そんな奴が偽者とはいえ真世界に行き、なぜ二つの世界を消滅させようとするのか。
別に二つの世界がどうなろうとエルドナーシュからすればどうでもいいが、それでも彼からすれば世界とは遊び場なのだ。
その遊び場を好き勝手にされて怒らない者などいるだろうか?
「……ご主人もこの異変に関わるんだよね?(´_ゝ`)」
「そうでしゅよ?(´・ω・`)」
「なら僕も行くよ。僕はご主人のペットだからね(´_ゝ`)」
その言葉に、誰もが驚いた。あの臼姫ですら。
仮にもジラート王家の王子であるエルドナーシュを獣使いである獣様が操って以来、それからエルドナーシュは獣様に忠誠を誓っている。
それでも彼は元来めんどくさやがり屋なのだ。
彼をよく知る者達が驚くのも無理はない。
「まwwwwwwwwwじwwwwwwwwwかwwwwwwwwwwwあのニート姫にも劣らないニート王子がwwwwwwwwwwwwwwwつwいwにw動くのかwwwwwwwwwwwww
・えちょ エルドナーシュが動く宣言キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!世界の終わりが近いようですwwwwwwwwwwwwwwwww」
「やべぇwwwwwwwwwwwwwwこれ明日はオメガの雨が降るwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwまじやべぇwwwwwwwwwwwwwwwww」
「世界の終わり、早かったわね^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^」
なんとも酷い言い草であった。
しかしこれも悲しいかなエルドナーシュの評価でもある。
なぜなら彼が動く事は滅多に無く、ヴァナ・ディールにいた頃でも全ての行政を弟であるカムラナートに任せて遊び呆けていたのだ。
彼が動くということは、それだけ世界が危機に瀕しているようなものなのだ。
「カムラナートは……置いておくか。前衛多いみたいだし、今更ピッチリ鎧の一人や二人増えても大して変わらん(´_ゝ`)」
カムラナートも仮にもエルドナーシュと同じジラートの王子であるため、その戦闘力は一級廃人を凌駕している。
しかしエルドナーシュは非情にも置いておく事を決断した。特に意味はない。これもエルドナーシュの気まぐれなだけである。
今は竹林でアビセアンを狩っているカムラナートは知らず知らずの内にお留守番が決定していたのだった。
「ちょっと待てwwwwwwwwwwさっきから静かだと思ったら内藤の馬鹿がいねぇぞwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
糞樽が辺りを見回すと所構わず草を撒き散らす騎士がいなくなってる事に気づいた。
また勝手にほっつき歩いているのか。そう思いながらも内藤の探索をし始める。
一方で永遠亭に帰っていた鈴仙・優曇華院・イナバは自室にいた。
ようやく帰ることができた自分の居場所。
半月足らず空いていただけだというのに、随分と久しぶりに感じる。
「落ち着くなぁ……」
半月ぶりとはいえ、やはり自分の部屋というのは格別だ。
異世界に行ってしまい、そこで数々の困難に直面してしまった。
以前の鈴仙なら……ヴァナ・ディールと繋がる前の彼女であったら、乗り越える事はできなかったかもしれない。
しかし異変は終わっていない。むしろ世界の破滅というのがすぐ間近に迫っている。
落ち着いてから一分も経たずに鈴仙は準備を始めた。タンスを開き、ヘキサガン用の弾丸を取り出していく。
「あらあら。せっかく帰ってきたのに慌ただしいわね」
「師匠?」
部屋に入ってきたのは鈴仙の師匠であった。
藍と共に世界崩壊の対策をしているはずであり、わざわざ鈴仙に会いに来る余裕などないはずだ。
「まったく、せっかく帰ってきたのに私と姫様に言葉無しなんて」
「うっ、でも忙しそうでしたし……姫様はいつも通りでしたけど」
永遠亭に帰ってきたのなら、真っ先に帰還報告をするのなら八意永琳と蓬莱山輝夜だ。
しかし永琳は忙しそうで手も出せず、輝夜に至ってはこんな状況になっても引きこもっている。
下手に声をかければこっちが危なくなるのを本能的に察知したのだ。
「そこまで私も心は狭くないわよ……それよりも行くのね?」
「はい」
「……不思議なものね。以前の貴女なら異変なんて関わろうとしなかったはずよ。それなのに今の貴女は自分から望もうとして挑もうとしている」
永琳とて鈴仙が月から逃亡をして匿い、弟子にしてからそれなりに年月が経っている。
それだけ付き合いの長い関係だからこそ、鈴仙の事を一番よく知っているはずだった。
鈴仙は積極的に何かを関われるような性格をしていない。それに挑むような心も持っていない。
しかし今はどうだ?まだ生まれたばかりのような弱々しいながらも、心の強さを持っているではないか。
「見つけたんです」
掌に乗せたのは小さなダイス。
鈴仙を変えてくれた、未来と掴み取るための力。
「私はもう逃げません。絶対に逃げません。そして一度でも関わったなら、最後まで見届けます。それが私の見つけた、私の道です」
少しだけ、永琳は寂しく思った。
どれだけ自分が彼女の弱い部分を直そうとしても直せる事はできなかった。
どんなに傷を帯びても治す事のできる薬師であっても、人の奥底にある心を変える事はできなかった。
しかし鈴仙は知らずの内に成長していた。
いや、鈴仙だけではない。
永遠亭にいる者達全てが、ヴァナ・ディールと融合したその日から変わっているのだ。
「分かったわ。精々頑張りなさい……てゐ!」
「はいはい!」
名前を呼ばれて飛び出したのは兎耳を付けた小さな少女であった。
因幡の兎の纏め役である因幡てゐは見慣れぬ服を持っている。
「私もアーティファクトの構造には興味を持っていてね。それを自分なりに再現できないか試していたのよ」
「量産できれば売る予定だったんだけどね。ま、ちったぁ前に進めた鈴仙ちゃんにプレゼントって奴ウサ」
天才の名に偽り無しか。
すでに制作方法が失われたアーティファクトを薬師の身でありながら再現するとは感嘆の声しか出せない。
軍服に近い地味な色合いであるコルセア衣装とは違い、全体的に真っ赤な色合いをされている。
かけられた魔法の効力も鈴仙の着るアーティファクト以上だ。
「さすがにまだ試作段階だからハイドラ戦隊だっけ?それのレリックには及ばないけど、それでも鈴仙の着ているアーティファクト以上なのは保障するわ」
「あ、それと姫様からの伝言。精々怪我しない程度に頑張って帰って来いだとさ」
必要な事を言い伝えると永琳とてゐは部屋から出て行く。
残された真っ赤な装束を手に取れば、不思議と重みを感じる。
今だからこそ、少しだけでも視野が広がっているからこそ分かる。
自分は、鈴仙・優曇華院・イナバは沢山の人達に支えられて今に生きているという事を。
「……頑張ります」
気づかぬうちにボロボロになっていたコルセア装束から着替える。
ポケットの付いた真っ赤なジャケットに、真っ赤なスカート。コルセア装束にもあるような長靴にもベルトが付けられている。
首輪のような首飾りから覗かせる小さな真っ赤な宝石。そして最後に被るのは如何にも海賊らしい真っ赤な三角帽子。
全身が真っ赤な姿となったその装束の名は海の船長を意味するナバーチ。
新たな装束に身を包んだ少女は、ヘキサガンとダイスを手に取り、最後の戦いの場へと向かっていく。
人里では冒険者の数がめっきりと少なくなってしまった。
アビセアンが沸き続ける今、冒険者はそのアビセアン狩りに休む暇もなく働き続けている。
まだ守られているからこそ、変わらずの日常をしているがそれもすぐに崩されるだろう。
人里の守護者である上白沢慧音はそう考える。
戦う者がほとんどいない人間達がもしもアビセアンに襲われたらどうなるか考えたくもない。
増え続けるアビセアン、そして迫り来る世界の崩壊。
パニックを起こさせないために人里の住民にはあと六時間もあれば世界が崩壊するという事実を伝えていない。
まるで夢のようで、いっそ夢であってほしい事態に慧音の頭は痛くなる一方であった。
「すっげー!おじちゃんの剣でっけー!」
「ははは。おじちゃんですか。いやまぁ私の年齢ならそう呼ばれてもおかしくないか」
寺子屋も休館にした矢先に、親の元に帰るように伝えたはずの子供達がヴァナ人らしき者達と戯れているのを見つけた。
今ではそう珍しくの無いヴァナ人とはいえ、それでも子供達が間近に冒険者などを見る機会はそうはない。
エルヴァーンの青年……エルヴァーンは種族上、老人ぐらいの年齢になるまで見た目の変化がそう起きないのだが、慧音の目からしても若く見える青年も子供からすれば「おじちゃん」らしい。
背中に背負う大きな剣に男の子は目を輝かせている。
「こら!お前達!早く帰りなさいと言っただろうが!」
「うわ、慧音先生だー!」
「にげろー!」
怒鳴り込むように声を上げると子供達は散って逃げていく。
知らない者にはついていかない。そう教えているのだが珍しいものにはほいほいついていく子供は手に負えない。
「ふぅ、助かりましたよ。なにぶん、子供の扱いというのは慣れてませんからね」
「羽根を幾つか千切られたでござる……」
「いえ、こちらも失礼な事をしてしまったようだ。申し訳ない」
丁寧なお辞儀をする慧音に対してルーヴランスは苦笑する。
獣人であるヤグードがいる事に慧音は不信感を心の産むが、獣人が人里にいて問題はないという事は無益に暴れるような者でもないと把握できる。
何処か羽根の一部分を千切られた跡が残るゲッショーは子供達の容赦ない行動には溜息しか出なかった。
「……子供が……元気でいることは……、いいことだ」
口数の少ないジャボスはそう呟く。
俗世から離れてモブリンと共に暮らしているとはいえ、彼はモブリンの赤子の相手もしたことがある。
子供は未来に繋げるための宝だ。その宝が元気でいる事はとても素晴らしい事である。
だからこそ、その未来を無くそうする者の企みを阻止しなくてはならない。そのために彼らはここに集まった。
「八雲紫から聞いているよ。あなた達は異変を解決するためにヴァナから来たのだろう?私も事情の全てを分かってはいないが、今頼りになるのはあなた達だ。頑張ってくれ」
「お任せを。ここまで来たからには世界の破滅なんてさせはしませんよ」
慧音は人里から離れる事はできない。
人間の守護者である以上、沸き続けるアビセアンに目を光らせなくてはいけない。
ルーヴランスも世界が違えど、世界の崩壊を見て見ぬ振りができるほど擦り切れてはいない。幻想郷の崩壊がヴァナ・ディール、そして故郷のタブナジアの破滅に繋がっているのなら尚更だった。
「ほら、フィック!早く運ばないと慧音先生に見つかるわよ!」
「さ、さすがに重い……」
「頑張れ、たくっちゃん!」
「やっぱり大人の力が必要だったんじゃないかなぁ」
子供達の声がした。
また子供が戻ってきたのかと慧音が思うが、どうやら寺子屋の方面から来たらしい。
小さな子供が持っているのは頑丈そうな植木鉢だった。土が入って芽吹かせているため、子供がそのまま持つには重いだろう。
「げげっ!慧音先生がなぜかいるし!」
「チルノ……私は急いで帰れと言ったはずなんだがな……」
氷精のチルノだけではない、何十人の子供達が植木鉢を持っている。
恐らく寺子屋にある花壇から植木鉢に入れ替えたのだろう。
「フィック、お前もか」
「姉ちゃん」
「……大方、花壇の花を持ち出すため、だろうな」
妖精や妖怪などが入れ混じる子供の中、一際目立つ子供がいた。
犬を人のように立たせた外形をし、小柄ながらも大きな鞄を背負う獣人……ゴブリンだ。
大きさからしてゴブリンの子供のようであり、彼も同じように植木鉢を持っていた。
(子供は感受性が高い……今起きようとしている異変に気づいているのか?)
なるべくいつも通りに生活をさせているとはいえ、寺子屋を休館させて急ぎに親元に帰す事に対して何処か異常であると感づいているのだろう。
種族を超えて育てた大事な花、それを安全な場所に避難させるために彼らは動いているのだろう。
「お前達は一度帰りなさい。だが外が危険だ。チルノ達は私の家に来い」
「でもまだ花が……」
「それは私が何とかする。そら帰った帰った!」
慧音の言葉に子供は渋々ながらも自分の家へと戻ろうとしている。
さすがに人里ではない所に住む場所のある妖精などは慧音の家兼寺子屋に住ませるしかない。
妖精達も獣人の子供と一緒に寺子屋へと向かおうとしている中、それを見て三人は驚いていた。
「これは驚いた……幻想郷は人間とピクシーが共存するだけではなく、獣人までも……」
「ううむ、珍しい光景でござるな」
ヴァナ・ディールでは妖精は絶滅している。ゆえに妖精が見られる幻想郷が珍しい。
しかしそれだけならまだしも、人と関わる事のないはずの妖精と人間が共存し、しかもアルタナの五種族と敵対関係のある獣人と仲がいいのだ。
ゲッショーのような例外もあるとはいえ、それでも子供達は友達のように接していた。ヴァナ・ディールでは滅多に見る事のない光景だ。
「まぁ、あれは少しばかりの例外だがな。仲が良いのはいいんだが、良すぎる時もある」
口ではそう良いながらも慧音の顔はやや照れたように頬を掻いた。
フィックというゴブリンが寺子屋に居つくようになり、種族の違う者同士の子供が当たり前のように仲が良くなっていた。
教師であり、人と獣の間にいる慧音にとって、絶対に守らなければならない尊きものだった。
それは彼らも同じである。
「ゴブリンと……人間が……。モブリンも……いつかは……」
モブリンと人間との和解はいつになるからは分からない。
もしかしたら長い寿命を持つガルカであるジャボスが生きている内に見る事ができないかもしれない。
それほどまでに人間と獣人との関係は根強いほどの溝がある。
だけど、何時の日か……何時の日か、ジャボスが理想とするような世界が来るかもしれない。
それを見るためにも、この世界には未来が必要なのだ。
世界の消滅など、いらない。
慧音に言われる通りにチルノ達が寺子屋に着き、急ぐように内部に入っていく。
何十人も一斉に授業を行う寺子屋であるが、たかだが数人程度の子供だけなら逆に広々と感じてしまう。
そんな時だ。何処からともなくこちらに近づくような足音がやってくる。
ガラリと勢いよく扉が開き、その姿を現した。
「/sh 西京催促の俺様wwwwwwwwww居間呱々荷後輪wwwwwwwwwwwwwwwww」
「あ!内藤だ!」
「うはwwwwwwwwwチルノちゃんみっけwwwwwwwwwwwあれwwwwwwwwwなんか数少ないwwwwwwwwwwww」
如何にも騎士のような風貌をし、背中には大剣を背負う男。
輝くようなさらさらとした金色の髪に童顔ながらも整った顔立ちをしながら草を生やしまくるために台無しだった。
きょろきょろと見ると寺子屋にいつもは沢山の子供がいない事に気付く。
「慧音先生が今日から暫く休館だってさー。私達は外が危険だからここにいるらしいけど」
「おkwwwwwwwwwだいたい把握wwwwwwwwwwwwwww」
考え無しのように見える内藤だが、さすがに幻想郷で引き起きている異変ぐらいはどのぐらいに危険かは理解している。
なにせアビセアンは人間、妖怪、妖精だけではなく、同じ魔物や獣人にすら襲い掛かるのだ。
力の弱い妖精が外に出歩いていればいいカモだ。慧音はそれを考えてチルノ達を自分の近くに置いておくのだろう。
「でも内藤、あんた永遠亭にいるんじゃなかったの?」
「なんか難しい話してたから飽きちゃったwwwwwwwwwwwwwwww呪符使って即帰還wwwwwwwwwwwww」
藍からの話を開始一分で飽きてしまい、何やら難しい話が続くようになってから内藤は飽きて集落に戻ったのだ。
わざわざ貴重な拠点に戻るための呪符を使って戻るぐらいに、彼は難解な話が苦手である。
本能で生きているような存在なのである意味当然かもしれなかった。
「なんか変な奴が増えてきてるけど……ま、あたいには適わないわね!だってあたいサイキョーだし!」
「駄目だよ、チルノちゃん!大人しくしないと慧音先生にまた怒られちゃうよ!」
「妖精風の子元気な子wwwwwwwwwwwww俺様もラグナロクが全壊なぐらいに元気だぜええええwwwwwwwwwwwwwwww」
騒がしいとはこの事を言うのだろう。
チルノの友人である大妖精が収めようにも内藤が更にうるさくしていく。
突っ込み役が不在である以上、際限無く騒ぎ続け、扉が開くとにっこりとした美女がかつかつと音を立てながら近づいてくる。
そして内藤の頭を手で固定すると、その後すぐに内藤の視界を埋めるのはデコであった。
続けてチルノも同じように頭突きをされ、内藤と仲良く白煙を上げるように倒されていた。
「まったく……外まで聞こえるぐらいに騒ぐんじゃない!特に内藤はなぜここにいる!」
「だってだってwwwwwwww永遠亭にいても何か面白くなさそうだったしwwwwwwwwwwww俺様は楽しい事を何よりも優先する(キリwwwwwwwwwwwwwwwww」
面白いか面白くないか。
仮にも村長からの依頼をこのような理由で投げ捨てるのは目の前の内藤ぐらいなものだろう。
頭突きをした本人である慧音のほうが頭が痛くなってくる。
「ならナイトウ」
「wwwwwwwwwwwwwwww?」
「ナイトウは面白ければ守ってくれるのか?」
フィックの純粋な問いに、内藤は草を生やしながら笑うだけ。
慧音には分かっている。
騎士でありながら騎士とはかけ離れている内藤だが、それでも彼らは理不尽をそのまま許せるような冒険者でもない。
自らが楽しいと思える世界が侵す者がいるのなら、全力で彼らは抗うだろう。
「うはwwwwwwwwwwwwwwwおkwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww世界の一つや二つを加齢に救って女の子からモテモテフェスティバルwwwwwwwwwwwwwww
これには霊夢タンも姫も慧音先生もメロメロだねwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「あら♪♪♪♪^^^^^^^^^^^^^面白い冗談を言えるのね♪♪♪♪^^^^^^^^^^^^^^^^^」
数秒後、そこには血の海に沈む金髪の雑魚がいた。
血に塗れた鈍器を携えながら、臼姫は怖気の走るような笑みを絶やさない。
「ようやく見つけたぞこの馬鹿野郎wwwwwwwwwwwwww勝手にいなくなってんじゃねーよwwwwwwwwwwww」
「そして内藤の奴が死んでるとかwwwwwwwwwwwwwwww
・えちょ 戦う前に消耗しているとか地雷ってレベルじゃねEEEEEEEEEEEEEwwwwwwwwwwwwwwミスwwwwwwwwwwwwター・ブシドーって正体モロバレだよねwwwwwwwwwwwwwww」
遅れて痛風と糞樽もやってくる。
勝手にいなくなる仲間を探し出したと思ったらいつも通りに血の海に沈んでいる内藤に糞樽は指を指しながら笑っている。
そうこうしている内に他の仲間もやってきた。
世界の命運がかかっている中、何も変わらず彼らは世界を救ってしまうのだろう。不思議と慧音はそう思ってしまう。
なにやら怪しい視線をしつつザイドがチルノに近寄ろうとして臼姫がザイドを撲殺し、それを見てアルドは呆れて他の者が爆笑する。
緊張感のない奴らだ。呆れ顔をしつつも決して変わらない彼らを見て慧音はそう思った。
アビセアンの蔓延るようになった幻想郷では何処も危険であった。
特に力の無い妖怪からすれば理不尽の一言でしかない。住まう場所を追われ、辿り着いた場所は人里にある寺。
人間と妖怪の平等を掲げる大魔法使い聖白蓮が住まう命蓮寺であった。
白蓮の魔法によって少し大きめの寺の内部は弾幕ごっこを行える程度の広さとなっている。
住む場所を追われて避難をする妖怪、そして力なき神は寺に身を寄せるしか己の安全を図る方法は存在しなかった。
「ナズーリン、無事で、無事で何よりです!」
「ああ、分かったから抱きつかないでくれ」
わずか半月程度の別れというのに随分とオーバーなリアクションをしてナズーリンに抱きしめるのは主人である寅丸星だ。
仮にも主人と部下という立場でありながらも星はナズーリンが行方不明になってからずっと心配をしていたのだ。
何せ呑み込まれたら戻ってこれないと噂される『虚ろ』に呑まれ、連絡が取れなかったのだから。
「しかしすまないね、ご主人。宝塔は見つけられたが取り返せなかったよ」
「いえ、貴女が無事であっただけでも御の字です。よくぞ戻ってくれました」
主人が無くした宝塔は見つかった。
ヴァナ・ディールという世界で生まれ、幻想郷の力で蘇った亡霊が持っていた。
取り返そうにもそれを邪魔する者に遮られ、あと少しという所で失敗してしまったのだ。
「しかし感動の再会はこれまでだ。私も行かないとね」
「……貴女も、ですか」
ナズーリンが命蓮寺に顔を出したのも自分の無事を報告するだけに過ぎない。
彼女もまた、最後の決戦に参加する気であった。
「ナズーリン、此度の異変に置いての原因は宝塔を無くしてしまった私にもあります。代わりに私が行っても……」
「ストップだ、ご主人。一つ言っておくが、これは別にご主人のために行くのではないと言っておこう」
今回の異変を引き起こした原因と言うのならばなんだろうか?
ナグモラーダを幻想として蘇らした幻想郷か?それとも彼に力を与える事となった宝塔を無くした星なのか?
誰が悪いという話ではない。ナズーリンからしたらどうでもいい話だ。
「私はご主人から宝塔を探す仕事をしているのだ。これは情だとか、擁護だとか、そういったものではない。それにだね……」
ナズーリンの行う事は仕事でしかない。
ナグモラーダが復活しようが、星が物を無くそうが、世界が破滅を迎えようが、彼女は仕事を全うするのみ。
「私は少しばかり、負けず嫌いでもあるのさ。やられっぱなしというのも気に食わない」
ナズーリンは無駄な事を極力しない主義だ。
完璧主義者というほどでもないにしても、出来ることなら失敗をせずに行うタイプである。
しかしその一方で、ナズーリンという少女は負けず嫌いでもあった。負けてしまったのなら、リベンジを行える機会があるのならば行っている。
今度こそは宝塔を目の前で取り返す。その意気込みを感じられた。
「それに私は一人じゃないさ。来い、クビラ!」
「くぅぅぅぅぅ!!」
片腕を広げるとナズーリンの小さな身体から小さな飛竜が現れる。
青色の鱗を持ち、翼を羽ばたかせながら飛ぶ姿。
「わわ!?な、なんですかこれ!?」
「クビラ。私の子竜さ」
首筋を撫でると気持ちよさそうに目を細めるクビラに星は呆けたような顔をしている。
なにせ幻想郷では、竜とは幻想の中では神というカテゴリーには収まりきらないほどの超存在。
ヴァナ・ディール産の竜はまた別物とはいえ、それでもトカゲに翼が生えて飛ぶ姿は初めて見た。
「ふむ……」
「どうしました?」
「いや、何……少し疑問が浮かんでな」
子竜が飛んでいるのを見ていると、ナズーリンは難しい顔をしていた。
思えば最初から疑問を抱くべきだったのだ。ヴァナ・ディールに飛ばされて色々とありすぎて忘れていた。
「私以外にも虚ろに呑まれてヴァナに渡った者がいる……虚ろが呑まれると最後、虚ろの闇に呑まれて何も残らない……虚ろの世界を見たから確信して言える事だ。あれは"地獄"という言葉すら生ぬるい」
虚ろなる世界を見て抱いた感想は、魔理沙と同じであった。
何も無さ過ぎる空っぽの世界。あまりにも救いが無さ過ぎる無の世界。
確かにこの闇に囚われれば何も残るまい。思い出せば鳥肌が立ちそうになる。
「管理人殿の話を聞けば彼女は虚ろに呑まれた時、肉体と魂の消滅を感じ取ったらしい。まぁ九死に一生を得たみたいだが、なぜ私を含めて巫女や魔法使いも無事だったのか、だな」
「なるほど……」
ナズーリンの疑問に星も少しだけ理解した。
虚ろに呑まれると消滅するのは己の肉体を取り戻した紫の話を聞いてからのことだった。
思えばあの時に疑問が浮かんでいたのだろう。なぜ、自分が無事にヴァナ・ディールに移動できたのかを。
「んんーこれ、私の予想というかたぶん間違ってるとは思うんですけど……」
「言ってみてくれ」
「たぶん、ヴァナに対しての縁の品か、もしくはそれに近いものを持っていたから、とか……?あははは、ちょっと安直すぎますかね?」
きっと的外れなんだろうなーと思いながら笑っている星だが、意表を突かれた顔をナズーリンはした。
そうだ、そういえば霊夢と魔理沙がヴァナ・ディールに来ていた時、冒険者の証である《シグネット》が破損していたと小耳に挟んだ事がある。
そして自分の持つアミュレットもまた、ヴァナ・ディールに来た際には破損をしていた。
《シグネット》の材料に使われるのはクリスタルであり、クリスタルとはヴァナ・ディールが神々の時代から存在する母なるクリスタルの微小な一部分から生まれたようなもの。
そしてナズーリンの持つアミュレットもまた、クリスタルとは違うが神によって送られた一種の神器と言わずにしてもそれに近いほどの代物だ。
やや暴論になってしまうが、ナズーリンは自分の犠牲となって砕けたアミュレットのお陰で自分を見失わずにヴァナ・ディールに来れたのだ。
「ど、どうしましたかナズーリン?」
「……なに、ご主人もたまには凄いじゃないかと思っただけさ」
「何ですかそれ!?」
時折だが自分でも驚かせる洞察力を働かせる主人にはやはり飽きようがない。
何処まで自分を楽しませてくれるのか。そう思うと喉奥から笑いを隠せず、クビラは主を不気味がっていた。
「そ、そうでしたナズーリン。背中からの武器を見るに槍を使うのですね?」
「まぁ、ヴァナ人からすれば私は竜騎士らしいからな。それに体格を考えると槍のほうが合っている」
「では、これをお貸しいたします」
カチャリと、星はナズーリンに槍を渡す。
シンプルな造形がされた一本槍であり、ナズーリンが今使うような槍と違って派手さはない。
しかし星は毘沙門天の弟子であり、その弟子が使うほどの槍となれば見た目だけに収まらない。
武器としての格は間違いなく、今使っている槍よりも数段上の代物と言えるだろう。
「待て待て待て。何を言ってるだご主人」
「見るところによるとその槍は磨耗が激しい。それならこの槍のほうが役に立つはずです」
確かにこの槍を武器として使ってから激しい戦闘の連続によって磨耗はしている。
加えてナズーリンはそこまで武器の整備が得意ではない。
刃が少しばかり潰れており、切れ味も鈍くなっているだろう。
「部下である貴女を無事に帰ってきて欲しい……そう考えるのは高慢ですか?」
「……やれやれ。反則だよ、ご主人は」
神のスパイである自分をここまで優しくできる主人には敵いそうにもない。
槍を受け取ると、その重さに腕がカクンと下がりそうになった。
見た目と違ってかなりの重さだ。重量のある槍を自在に振るえる技量を持つことに、ナズーリンは改めて寅丸星は毘沙門天の弟子なのだと理解する。
「じゃあ、行って来る。今度のおかずは一品追加しておこうじゃないか」
「はい、貴女に毘沙門天の加護があらんことを……」
寺の門を開け、長い階段を降りて行く。
降りて行く途中にふと気づいて鞄を探っていくと、厚い手袋が見つかった。
強い"魔力"を感じる装備であるが、今のナズーリンの実力なら何も問題無く身に付けられる。
やや大きめに感じた手袋であるが付けてみると意外にフィットする。手袋を身に付けた瞬間にクビラが元気そうに飛び交った。
「そういえばこれを付けたら竜の体力を上げると聞いたな」
思い出せば随分と昔のようにも思える。
この手袋を貰った時に、ナズーリンの竜騎士としての道が始まったのだ。
「話は終わったか?」
「なんだ、待っててくれたのかい?」
階段を下り終えたところにミスラの騎士がいた。
相変わらずフルフェイスの仮面を身に付けていて顔が伺えないが、マグは少しばかり嬉しそうな声をしていた。
「なるほど、竜騎士としてそれなりに成長しているようだ。お前の竜を見れば分かるよ」
「そうかい?私からすればまだまだと思えるがねぇ」
何せ目の前には自分以上の竜騎士がいるのだ。
飛竜を呼ばずにしてアークエンジェルとの力勝負に勝てるのだからとんでもない力自慢である。
「謙遜するな。今のお前なら竜騎士の真髄も理解できるだろう……行くぞ」
「ああ、宝塔も早く取り返さないとね」
二人の竜騎士は進もうとする。
異変の奥地、最後の決戦の舞台へと。
妖怪の山から人里へと戻る道中。
疲労が溜まりながらもちゃんとした足取りをしているのは汚い忍者とその仲間達であった。
アビセアンとの長い戦いは一端の区切りを終え、まずは集落に戻って身体を休める事を選択した。
長い戦いは鍵山雛とメディスン・メランコリーの"魔力"のほとんどを消耗させ、忍具も数が残っていない。
さほど変わっていないのは凄い漢である不破刃ぐらいのもの。メディスンを肩車しつつ叫ぶぐらいの元気が残っている。
妬ましいが口癖の水橋パルスィですらうるさいと言う気力が残っていない。
「あーくそ、やっぱり割りにあわねぇな……」
頭の中で消費した忍具と貰う報酬の額を考え、汚い忍者はわしゃわしゃと髪を掻いてしまう。
今回の報酬を貰っても消費した忍具と疲労をあわせてもトントンになるだろう。
効率厨の彼からすれば必要な分を消費したらそれだけの報酬を貰うだけでは意味のないものだ。
必要な分を極力抑えてそれ以上の報酬を得る。それが最大限の効率というものだ。
「妬ましい……まずは頑張った私達を褒め称えてねぎるのリーダーの務めじゃない?」
「あ?こんなもん出来て当たり前だろうが。むしろ赤字になりかねないぐらいに手裏剣使いすぎなんだよ」
仲間のことを労わるよりもまず報酬。
汚い忍者の思考は間違ってはいないと同時にリーダーとしてはどうかと思う考えにパルスィは声を出して汚い忍者は一蹴する。
そのことを言われるとパルスィも少しだけ言葉が詰まる。
何せ強敵揃いのアビアセンであるために、パルスィの技量で接近戦をするのは難しい。
なので大判振る舞いと言わんばかりに手裏剣を投げまくっていたのだが、手裏剣は消耗品で意外と高い。
「でも依頼受けたのはノブオでしょー?じゃあ悪いのノブオじゃん。効率厨(笑)」
「うるせぇ!俺だってこんなにきついとわかれば最初から受けんわ!!」
そんな汚い忍者の痛い部分を的確に突くのがメディスンであった。
意地の悪いニシシとした笑い顔をしながらも雛は苦笑した笑みを隠せない。
そして不破は相変わらず叫んでいた。
「だからうるさい、少し黙ってろ!てかなんでお前だけ元気有り余ってるんだよ!」
汚い忍者の記憶が正しければ不破はアビセアンとの戦いで重症を負ったはずだ。
それは汚い忍者も同様とはいえ、傷だけなら一日二日で治るような代物ではないほどに深い。
しかし不破は傷が回復したら早期に戦線を復帰し、不破忍道流の力を天狗達に見せつけながら縦横無尽に活躍をした・・・・凄い漢だ。
仲間の理不尽っぷりはまざまざと見せ付けられ、汚い忍者は何度目になるかも分からぬ溜息を吐いた。
「おい、水橋。お前もその刀を貸してやるんだから接近出来るようにしておけよ」
「わ、わかってるわよ」
突然話を振られてるが、パルスイは本来は一刀しか持たぬはずが、腰には二刀をかけていた。
一本は一般的な片手刀であるが、もう一本は透き通るような刀身が特徴の名刀だった。
汚い忍者がお古として渡した名刀であり、秋水の名を聞けばヴァナ人ならばパルスィを熟練の忍者だと思わせるだろう。
そんな刀をパルスィを持つ事となり、なぜ汚い忍者が長年愛用していたはずの刀を貸すように至ったのか。理由を聞いても「効率的だから」の一点張り。
はてさて如何に効率という言葉が好きでも大事な刀を忍者の道を歩んでから一年も経っていないパルスィに渡すだろうか?
やや邪心的な考えに雛はニコニコとするが、何やら目の前の道から爆走するように走ってくるのが見える。
「……アビセアンか?」
砂埃が舞い上がるほどの速度で走るのは魔物か、妖怪か。もしくはそれだけの速度で走れる冒険者か。
油断せずにいた汚い忍者は武器を手に取り、メディスンを肩車したままの不破もいつでも戦闘に入れるように構える。
そのまま爆走する何かが汚い忍者に近づいた時、少女の声が響いた。
「あれー!?もしかしてノブオじゃねーか!」
「……あ、あぁぁ!?」
キキィーとブレーキ音が鳴るように立ち止まる。
爆走して走り続けていたのはプリッシュであった。
プリッシュを見た汚い忍者は最初は分からなかったような顔をして、そのまま驚愕に染まっていく。
「おま、え!?なんでお前がここにいるの!?」
「おー!やっぱ未知な世界ってのに来た以上、冒険心がくすぐられちまってな!少しばかり様子でも見ようとしてな!」
汚い忍者に言いたい事はそういうのではない。
なぜ異世界の、ヴァナ・ディールの住民であるプリッシュがここにいるかだ。
汚い忍者達は幻想郷の管理者が帰還した事と、世界に迫りつつ壊滅とプリッシュが幻想郷に来た理由など知らないのだ。
「あれ?ノブオって俺がここにいる理由って知らなかったのか?」
「知るわけねぇだろ」
仕方の無い奴だなぁ~とプリッシュ先生の三行で分かる状況説明が始まった。
世界がやばい。
黒幕はナグモラーダ。
虚ろに飲まれたらなんか幻想郷に来てた。
「どうだ!」
「逆に意味がわからん!」
どや顔で胸を張るプリッシュに対して汚い忍者の切れのある突っ込みが冴え渡る。
むしろその三行ですぐに理解できるほうが凄いだろう。
「それよりノブオってなんで目線なんて付けてるんだ?似合わないぜ?」
「うるせぇ!あとさっきから本名で呼ぶな!俺の名前は汚い忍者だ!」
「……おいおい、いつからお前はばっちくなったんだよ」
「その汚いじゃねぇよ!?」
汚い忍者は完全にプリッシュのペースに飲まれていた。
普段は見せないような汚い忍者の姿に仲間達も唖然している。
「あの、忍者さん。この子はいったい……?」
「ちっ、このガキはタブナジアっつー国の自警団の隊長だよ。昔会った事があってな」
説明するのすら心底めんどくさそうな汚い忍者に雛も少しばかり引き気味だ。
汚い忍者がここまで苦手そうにする姿は初めてかもしれない。
「ま、んな事はどうでもいいんだよ。ノブオ、さっきの話を聞いて分かっただろ?前みたいに力を貸してくれ」
プリッシュの、何処までも真っ直ぐな目をしている姿に汚い忍者は直視できなかった。
まるで疑うことを知らずに世界を冒険していける目をしている。まるで自分の大嫌いな騎士の目をしている。
今の汚い忍者に耐え切れない、目をしている。
「……断る」
「は!?なんでだよー!」
まさか断れるのが予想外だったのか、プリッシュは騒ぎ始める。
そもそも汚い忍者とて異変に携わるつもりなど欠片もないのだ。そういったのは大嫌いな騎士と愉快な仲間達に任せておけばいい。
汚い忍者の目的はあくまでもブロントを倒し、そしてメイン盾の座を奪い取る事なのだ。
「このたわけが、何のために拙の刀を貸したと思うてる。今がその時だろう」
「うるせぇ……」
不破の怒りも最もだった。
名刀である秋水に変わって、不破から借り受けた無名の刀。
それはこの異変に介入するための力ではないのか。汚い忍者もそう考えてはいても、やっかいな心がそれを邪魔してしまう。
「そっちがその気ならこっちも手段を選ぶ気はないぜ!ノブオ、そこまで言うならお前の仲間達にお前の恥ずかしい過去を暴露してやる!」
「えっ」
「そうだな、お前がおねしょをしなくなったのは確か六歳の……」
「うおおおおおおおおおおおおおお!何言ってるんだてめぇえええええええええええええ!!」
とんでもない事をプリッシュは暴露し始めた。
なぜプリッシュがそのような事を知っているのか。汚い忍者は思い当たる節を思い出す。
それは心読みだ。今は失っているとはいえ、プリッシュは過去の男神が蘇りかけた異変が起きる前は普通に心が読めたのだ。
そして過去すらも見通せるジラート人の心読みも可能としており、プリッシュは汚い忍者の弱みを握っていたのだ。
「プププ、ノブオっては六歳までおねしょしてたんだー」
「駄目よ、メディ。人間の子供は十歳ぐらいに成長するまでおねしょをしてしまうらしいわ」
そしてこの場で暴露をされれば当然仲間にも知れ渡る。
新たな弱みを握ったと言わんばかりに汚い笑みをするメディスンに、雛はやんわりとフォローをするが逆効果でしかない。
「初恋は十二か十三だったか?近所のお姉さんに告白して玉砕したらしいな」
「やめろ!やめてくれ!何俺の黒歴史を開帳してるの!?」
「『俺のクリムゾンブラックソードが火を噴くぜ!!』」
「げふっ!」
次々と明かされる汚い忍者の黒歴史に、ついに吐血を吐いて倒れた。
もはや虫の息である。
「クリムゾンブラックソードwwwwwwwwwwwwないわーwwwwwwwwwwwwww」
「妬ましく……ないわね。その頃から厨二病だったのね」
「年齢を考えれば普通、じゃないですか?ネーミングセンスは……え、と……ごめんなさい」
そして仲間達の容赦ない攻撃にノックアウト。
汚い忍者は仲間によってトドメを刺される結果となったのだった。
「てめぇ……なんで、それを知ってるんだよ……」
「いや、弱みになるかなーと今まで覚えてたんだよ。すげぇな、ノブオ。あいつらの中じゃトップクラスに弱みがあるぜ」
「うれしくねぇよ、こんちくしょう!!」
プリッシュが心を読めた頃、ブロントや汚い忍者がタブナジアに辿り着いた時にどんな人物かを読んでいた。
初めは性格面程度であったのだが、冒険者という世界中を渡り歩き、数々の困難を乗り越えた者達の記憶に興味を抱いたのだ。
そこからずるずると内面までの記憶を呼んでいき、ついには彼らの黒歴史を手に入れるまでに至ってしまったのである。
「よし、そろそろ協力してくれるよな!」
「汚い……お前のほうが汚すぎる……!」
これでは逆らえない。逆らえるほうが凄い。
汚い忍者は悪態しか付けない中、プリッシュはようやく待ち望んだようにニカッと笑う。
「汚いは、褒め言葉だ!なーんてな!」
アビセアンが幻想郷の全てに沸きつつ一方で、不思議と博麗神社だけは襲撃に合った事は一度も無かった。
人間のみならず、アビセアンすらも見向きもしなくなったか。魔理沙がいればそう呟くだろう。
神社にはわずか半月とはいえ、神社の主である霊夢が戻ってきた。妙に懐かしくも感じる神社に一息付く。
「ルーミア、あんまり引っ付かれると動けないんだけど」
「やーだーよー」
少女の隣に寄り添うようにいるのは神社の居候妖怪ルーミアだった。
引っ付くようにする姿に仲の良い姉妹か、もしくは親子のようにも見えた。
タンスから引き出しているのは白色の服だ。強い"魔力"が込められたアーティファクトであり、本来は白魔道士が着るための衣装。
霊夢が自らアレンジを加えており、脇が開くように改造をされてある。
「ほら、着替えるからちょっと離れて」
「むー」
さすがに引っ付かれたままだと着替えにくいのでルーミアを無理やり引き離し、紅白の巫女服から真っ白な腋胴衣になっていく。
いちごのような頭の帽子が特徴的であり、その外形から白魔道士のアーティファクトは別名『いちご』と付けられるぐらいだ。
肉弾戦を主にこなす霊夢であるが、同時に癒しの術の使い手であるのでアーティファクトが癒しの力を高めてくれる。
「ブロントさん、着替えましたよ」
「おう」
霊夢が着替え終えるのを待っていたのか、外からの襖を開いてブロントが入ってくる。
どちらも白銀の鎧と真っ白な胴衣。戦いに行くための姿をしている。
「もう行っちゃうの?」
「時間、ないしね」
ルーミアに構っていられる時間などない。
準備を終えたらすぐにでも行くべきだ。本当は半月も寂しい思いをさせてしまったルーミアの相手をしてやりたい。
その考えが以前の霊夢には存在しないはずの感情であり、同時に彼女が悩ませる要因でもある。
「安心すろ。舐めた真似を仕出かしてくれた貧弱一般古代人をすぐさまかなぐり捨ててハッピーエンドにして帰ってくるからよ。異変を終わらせるのがナイトじゃない終わらせてしまうのがナイト名倉もだは前門にナイト後門に鬼巫女の包囲に囲まれて物理的に死ぬ」
霊夢が虚ろに呑まれるという異変から、ブロントも霊夢もルーミアを構っていられる事はなかった。
「異変をちょちょいのちょいで終わらせて戻ったら全力で甘えても良いぞ」
「うん……絶対、絶対だよ!」
何時からだろうか?
霊夢にとって、ルーミアという存在が大事に思えたのは。
何処にでもいる低級妖怪に過ぎないのに、今では自分の知らなかった"家族"というものを感じ取れる。
守りたい、という思いは彼女を戸惑わせた。そんな感情など、今まで知る機会はなかったのだから。
「ブロントさん、アビセアンというのもまだ分かりませんけど博麗神社は安全とは言い切れません。私としてはルーミアを人里に避難さえておきたいんですけど」
「俺もそう思った感。恥知らずなアビセアンには俺にも対処が困っている系の話があった。今は良くても後が駄目というのも予測内なのはバレバレで……」
ブロントとルーミアの話ではアビセアンは博麗神社に攻め込んだ事は一度もないとはいえ、それも何時まで続くかは分からない。
加えてブロントと霊夢は異変の解決のために黒幕のいる世界へと乗り込むのだ。
ほんの少しだけであるなら幻想郷の実力者と同等以上の力を発揮できるとはいえ、それ以外は貧弱一般妖怪でしかないルーミアには一溜りもない。
ならばそうなってしまう前にルーミアを避難させるべきだと霊夢が言うが、反発したのはルーミアだった。
「だ、駄目だよ!私は神社のHPだもん!みんなのHPを守るためにお留守番してなくちゃ!」
「反論は許さないと言ってるサル!そりゃあんたの気持ちだって分からない事もないけど……」
ルーミアとて自分の力の無さを感じ取っていた。
力が無いからこそ、利用されてしまったのは一度や二度ではない。
そんな時でもブロントは帰る場所である神社の留守番を任せたのだ。役立たずであると泣いているルーミアに対し、ルーミアこそが神社の唯一ぬにのお留守番だと。
「ルーミアの気持ちも「」確かになと俺も思うそもそもるみゃを神社のHPを任せたのは俺なわけだし俺が言うのもおかしな話になるわけだが黙って聞け神社の守りとして光と闇が両方備わっているryーいあが適任であるのは確定的に明らかだが同時にお前は俺達にとって大事な【大事なもの】なんですわ?ボロ神社がどれだけ壊されようが木工スキルA+の俺と芋なら立て直せるがルーミアの代わりはいにい!安全な場所でお前は全力で俺達の無事を祈るべきそうすべき」
「相変わらず話が長いけどそういうことよ。もしも、ってのがあってからじゃ遅いのよ。特にあんたは無茶しそうだしね」
ブロント達はルーミアが博麗神社を守ろうとして無茶をしているのを知っている。
このまま神社に置いたままにして、もしもアビセアンが博麗神社に侵攻を開始すれば必ず無茶をしようとするだろう。
「うん……わかった……」
ルーミアとて親のように慕う二人の気持ちを分からないはずがない。
自分を大事にしてくれるからこその気遣い。
それは分かっている。
そのまま三人は神社を後にし、集落へと向かっていく。
商売敵とはいえ、妖怪であるルーミアを匿えるのは命蓮寺ぐらいだろうと霊夢は考える。
街道を進んでいき、集落へと潜っていく。いつものように歓迎をするゆっくり娘すらもいない集落は少しばかり寂れてるように見えた。
「お、ブロントさんじゃないか!」
「リューサン!無事だったか!」
集落で再会したのは竜騎士のリューサンだった。
彼とは同じアビセアンを狩るはずだったのだが、途中の急用で抜けてしまってから会ってなかった。
こうして無事に再会できたという事は、彼の問題は片付いたのだろう。
「あ、ブロントさん……こうしてお話にするのはお久しぶりですね」
「ウリミアじゃにいか。そういやプリシュもいたから当たり前と言えば当たり前か」
ブロントと同じエルヴァーンの女性だった。
プリッシュの事をよく知るブロントだからこそ、ウルミアの事もまた知っている。
「まったくプリッシュったらいったい何処に行ったのかしら……」
「おっとと、その様子だとまたほっつき歩いていると予想できるな」
ウルミアの様子を見てブロントは彼女の考えている事が理解できる。
大方、友人であるプリッシュがまた勝手な行動をしている事に腹を立てているのだろう。
突然の再会からそこまで話してはいないが、どうやらプリッシュは最後に出会って何も変わっていないらしい。
「このお姉さん、すっごく歌が綺麗なんだよー!」
「ミ、ミスティアさんも素敵な声をしていますよ」
リューサンの隣にいたミスティア・ローレライはやや興奮した形に飛び出してきた。
タブナジア聖歌隊では最も美しい歌声を持つと評されるほどのウルミアなのだ。
同じ歌い手であるミスティアですら嫉妬すら覚える事もなく感動をしてしまうほどらしい。
「それよりリューサンもここにいるって事は……」
「ああ、ここにいるウルミアさんに聞いたよ。俺もその異変に参加するつもりだ」
これは心強い仲間が来たと霊夢は思う。
基本的にぼっちにされるリューサンとはいえ、目の前の危機を放っておけるような性格ではない。
孤高の竜騎士の力は、大きな力となってブロント達の助けになるだろう。
「じゃ、ミスティア。ルーミアをお願いね。寺のほうに行けば匿ってもらえるはずだから」
「うん、任せて!そっちもリューサンをお願いね!」
ルーミアをミスティアに任せると、霊夢達はそのまま集合場所へと向かっていく。
遠くなっていく後ろ姿をじっと見つめていき、ルーミアはあっと声を上げた。
「どうしたの、ルーミア?」
「……ううん、なんでもない」
気のせいでいて欲しかった。
ブロントも、霊夢も、そして魔理沙達すらも……二度と会えないような予感がした事など。
紅魔館の玉座には小さな少女が座っている。
黄昏の向こう先を見つける目は何を映しているのか分からない。
「ファイナル師匠、なぜあなたはブロントさん達のほうへと行かなかったのかしら?」
吸血鬼の主が少女の近くに立つ騎士に尋ねる。
レミリアの師匠である彼の強さは一級廃人という枠組みの中で規定外に属する者だ。
ブロントのようなダークパワーを持たず、汚い忍者のようなコピー能力を持つわけでもなく。
ただ己の実力だけで伝説を作り上げた生きる偉人。
ブロントと瓜二つな顔立ちをしたファイナルタツヤは、異変に関わるつもりはないように紅魔館を拠点にしていた。
「ファイナル紫嬢が言っていたのだろう?ファイナル幻想郷のファイナル防衛は必要だと。俺はそちらを優先させたに過ぎないさ」
「あら?ファイナル師匠から見たら私達は守られる程度にか弱いと?」
確かに目の前の人間は人間の身でありながら化け物であるレミリアに匹敵する存在だ。
しかし如何に強くてもレミリアは人間に守れるほどの落ちぶれてはいない。
事実、紅魔館に侵入を試みようとしたアビセアンなど、レミリアを筆頭にする紅魔館の戦力が完膚無きまでに叩き潰している。
「そうではない。俺もファイナルお嬢の強さはよく知っている……だからこその、ファイナル予防線だ。そのために彼女もここに残っている」
俺と同じファイナル鉄壁の盾を持つファイナル騎士がな。
それを聞いてレミリアも噂程度には聞く騎士が思い浮かぶ。
幻想郷で鉄壁の名を冠するほどの盾を持つ騎士といえば、伝説のレリックであるイージスの保持者だ。
ファイナルタツヤもイージスの使い手であり、もう一人だけイージスの使い手がいる。
確かブガードだが何だかを万匹を殺しまわっただのそういう噂が流れている系な話をレミリアは知っている。
「予防線ね……」
「ファイナルお嬢の場合はどうだ?君のファイナル能力なら未来を見通せるのではないか?」
レミリアの能力は運命を見通し、操作を可能とする力だ。
吸血鬼には過ぎた力と言っても過言でもなく、レミリア自身の馬鹿げた強さもさることながら、この能力の大きさが幻想郷のパワーバランスを担うと言ってもいいだろう。
ファイナルタツヤの言うとおりに運命を見通すという事は、未来すらも見る事ができる。
つまり、この異変の先を見る事ができるはずなのだが、レミリアの顔は渋かった。
「……見えないわ。こんな事は初めてよ。数時間後に起きる未来が、完全に無に染まっている」
如何なる未来、たとえ覆しようの無いはずの運命すらも見通しが可能となるレミリアの力でもってしても、これから起きようとする未来が見れない。
いや、違うとレミリアは心の中で訂正する。
見える事は見えるのだ。
見えた先は、何も無かった。
レミリアの知る世界の全てが消失し、何も残らない。
世界の消滅という言葉が過ぎる一方で、一滴の光もまた見えた。
大きな大きな……母なる温かみすらも感じられる巨大な「石」……それがレミリアの見た未来の映像だった。
あれはなんだったのか。世界の全てを失い、世界に暖かさを照らす石だけが残っている。
奇妙で、理解もできない未来に冷や汗をかきそうになる。
「それだけファイナル予想外な事が起きる事がありえる、という事だな」
「私ですら予測のできない事態……霊夢達、大丈夫かしら」
いったい世界で何が起きようとしているのか。
そのことだけが気がかりになりつつも、レミリアは運命を見続けるしかない。
世界の消滅が決められているのならば、それを覆すのが「運命を操る程度の能力」であるレミリア・スカーレットの真髄なのだ。
可能性が残されている限り摸索し続ける。今のレミリアに出来るのはそれだけだった。
「お嬢様、今日のおやつはカラメルソースのプリンでございます」
「うー☆咲夜大好きー☆」
先ほどまでのカリスマは何処へやら。
忠誠心を鼻から噴き出すメイド長を見てファイナルタツヤも苦笑してしまう。
幻想郷とヴァナ・ディールを巻き込んだ異変は、ついに終局を迎えようとしている。
迎える先は消滅か、それとも消滅を望まぬ者達による未来か。
「世界の終わり」の時間は、間近に迫ろうとしていた。
……To Be Continued?