東方幻想鉄   作:AmanatuTaruTaru

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最終章「東方陰陽鉄」:中

無貌の黒神となったナグラモーダはゆっくりと両腕を天へと掲げる。

空から見えるのは星々の輝きを照らす宇宙でありながら、ゆっくりと罅が入るように空間が歪んでいく。

 

――闇よ、我が元に

 

頭の中に響くような神としての声が伝わる。

ナグラモーダの声を、プロマシアとして呼びかける声として、ブロント達の持つ心の闇に反応した。

 

「う、おぉぉぉぉ!?」

 

「があああああああ!!?」

 

「ちょwwwwwwwwwwwまっwwwwwwwwwwwwwww」

 

身体から溢れ出るように纏わりつく闇。

ブロントも、汚い忍者も、内藤ですらその闇に包まれると同時に這い蹲るように叩き潰される。

身動きが一つも出来ず、他の者達も同様に抵抗できずに動けなかった。

 

「な、んだ、よ……こ、れ………!」

 

「わか、らない、わよ……!」

 

幻想郷の住民である霊夢と魔理沙ですら同じような現象が起こっていた。

何者にも囚われないはずの霊夢ですら闇を払いのける事が出来ず、必死に力を入れても立ち上がる事すら出来ない。

 

「……ナグラ、モォダァァ……プロマシアの力を、使って……!」

 

「これは、虚ろ、か……!フェニックスの力を持ってしても動けん!」

 

プリッシュが何度も腕の力を込めて立ち上がろうとしても、闇の力が強大すぎて押し負けてしまう。

フェニックスの力を宿すはずのセルテウスも自ら湧き出る虚ろなる闇によって行動を防がれている。

ナグラモーダの行ったのは単純な事だ。

生きている者であれば誰もが心の闇を持ち合わせている。そして、プロマシアはその闇を操り吸収する事が可能なのだ。

『死』の共感をするまでもない。如何に心に光を宿そうとも、少しでも闇があればプロマシアの前には無意味。

戦いにすらない状況の中、宇宙の罅は次々と広まっていく。動けない間に世界の消滅が迫っている。

 

「なん、だ……闇が……」

 

倒れているアルドから漏れ出す闇が、ナグラモーダの元へと流れていく。

これがナグラモーダの狙いなのだ。生まれ続ける虚ろなる闇を吸収し、より強大になるという目論見。

困難を乗り越え、ナグラモーダの場所へと辿り付いたという事は、それだけナグラモーダに力を与えるという結果になってしまった。

 

「何これwwwwwwwwマジ動けねぇwwwwwwww」

 

「いやwwwwwwお前誰だよwwwwwwwwww」

 

「?wwwwwwwwリーダー何言ってるんのwwwwww俺だよ俺wwwwwwwwww」

 

ブーメランである飛子を投げようにも闇が腕に纏わり付いてまともに投擲する事が適わない。

一方で戦死の見知らぬ男がうつ伏せになる形で必死に起き上がろうとする暗黒騎士のアーティファクトを着た金髪の男。

本来であれば誰からも視認できないはずの餡刻はLSリーダーである戦死に認知されているというのに、それに気づかずただ闇に抗い続けている。

 

「はぁ、はぁ……はああああああ!」

 

――……エシャンタール、そうか。お前には心の闇が存在していなかったな

 

一人だけ身動きが取れる者がいた。

心の闇をジラート文明の遺産の一つによって無くし、永遠を生きる事を義務付けられたクリューの生き残り。

しかし如何に心の闇がないとはいえ、エシャンタールもプロマシアから生まれた器の一つに過ぎない。

ナグラモーダの声を聞いたと同時に感じた、プロマシアの一つとなり『死ぬ』という記憶が蘇ろうとするのを耐えているのだ。

虚ろを失っているとはいえ、ナグラモーダにその気は無くてもプロマシアの声に強く反応してしまう。それを振り切って息の荒いエシャンタールは手に持つ両手斧でプロマシアとなったナグラモーダの足を斬ろうとする。

だが、硬い石を拳にぶつけたような音がして傷一つ与えられない。

 

――闇を持たぬ者には用はない。精々、この肉体の一つになれ

 

「が、あぁぁ!?」

 

巨大な手がエシャンタールを一瞬で掴むと、握り潰すように力を込める。

エシャンタールが苦痛に顔を歪ませる一方で、エシャンタールの攻撃によってわずかに弱まった闇の脱出に成功したプリッシュはナグラモーダの元へと走る。

 

「ミルドリオン様を……!」

 

食らわせるのはお得意の飛び蹴り。

スピードを乗せながらの渾身の蹴りがナグラモーダの無貌へと当たる直前に、プリッシュの動きが止まってしまう。

蹴りを防ぐようにしてプリッシュの両手足を束縛するのは、空間の亀裂から生じる隙間。

 

――終わりの時だ

 

キィンと甲高い音が鳴った。

それは無貌から飛び出る何かであり、その何かはプリッシュを通り過ぎていく。

 

「…………え?」

 

呆けたような顔をしながら、隙間から外されたプリッシュは地へと落ちていく。

少女の腹から流れるのは、赤い血であった。

 

「ぐぅ、うぅ……ま、にあえ!」

 

無理矢理でも動きを止めようとする闇から抜け出すようにし、リューサンは残像すら残さぬスピードのハイジャンプを行いながら落下するプリッシュを抱き抱えるような形で回収する。

各々が闇を遅くなりながらも抜け出す一方で、プリッシュの身体を見て絶句する。

 

「あぁ、あぁぁ!プリッシュ!プリッシュ!」

 

「これはまずいな!mikanたん、無理をしてしまうが出ろ!」

 

「冗談でしょ!?」

 

少女の身体に開けられた無数の穴。内臓ごとやられているのは確定的に明らかであり、血の噴出が止まらない。

間違いなく処置を誤ればそのまま死してしまう傷にウルミアは親友の姿に顔を青くさせ、リューサンはmikanを呼びながらヒールブレスを指示する。

しかし幾らヒールブレスをしても治らない。まだ闇が肉体にこびりつきながらも、霊夢は賦活の術をかけながらもあれだけ強さを保持していたプリッシュがあっさりと返り討ちになった事に驚きは隠せない。

 

「お退きなさい!……肉体だけではない、魂まで傷を負っている……?でも、虚ろが関わっていないのであれば!」

 

まだ大半に闇を抱えながらも、紫は隙間の移動を繰り返してプリッシュに近づく。

ヒールブレスと賦活の術をかけられているのにも関わらず、傷が回復してくれないのはプリッシュの魂に損傷を受けているからだ。

恐らく神としての一撃がそのような現象を生み出したのだろうが、紫はすぐさま隙間を使う事で魂の傷の修復に取り掛かる。

生意気な小娘でありながらも、プリッシュを今ここで失うのには惜しすぎる。

 

プロマシアの姿を見てしまって、紫は生まれて初めて理由のない「恐怖」を味わった。

今なら分かる。

紫を散々と痛めつけた神霊と霊獣、更にそれらを纏め上げていた真龍の王バハムートが男神プロマシアを恐れていた事を。

あれは、生きている者には抵抗すら出来ない存在なのだ。『死』と『無』の象徴である『虚ろ』を宿し、それを操れる者に最初から勝てる通りなどない。

希望があるとすれば、その絶望を前にして戦い抜いたブロント、そして今にも死にそうなプリッシュだけであった。

 

――人は実に脆く、哀れだ。神から生まれながらもその闇に対抗する手段を見せずに終わりを迎えようとする。させない、させるはずがない。私がそれを覆してみせる

 

動こうと己の身体が這い出るように現れる闇に動けない。

だが、プリッシュが倒された。今にも死にそうな傷を負ってしまい、メイン盾を言いながらも何も出来ずにいた自分。

それに、切れた。

 

「う、おぉぉおおおおおおお!!」

 

闇を跳ね除け、怒りを有頂天にしながら駆けるのはブロント。

普段は顔色一つ変えないはずの仏頂面を憤怒に染め、ブロントはプロマシアと化したナグラモーダへと全力で持って切りかかろうとする。

 

「バラバラに引き裂いてやろうか!?」

 

迎え来るエシャンタールを持っていない左腕での反撃がやってくるが、それすら力任せに払い除けてグラットンソードに相手を消滅させる勢いの闇が集う。

 

「ダァァァァァァクゥパワァァァァァァァァ!!!」

 

己の闇の全てを乗せたと言わんばかりの闇の一撃。

それを刀身に乗せた状態での斬撃ともなればあらゆるものを葬り去る一撃となる。

その一撃ですらナグラモーダには無意味であった。

グラットンソードに存在するダークパワーとは、宿主の持つ虚ろなる闇に反応した副産物に過ぎない。

その一撃をプロマシアが受けた所でどうなるか?

 

――ふっ、自ら私の計画を早めてくれるとはな

 

幻想郷の大妖怪に属する者ですらタダでは済まない一撃をまともに食らいながら、ナグラモーダには傷一つ存在していなかった。

ブロントから魔剣へと注がれるダークパワーは、更にナグラモーダへと渡っていく。

己の力が相手に渡っていると察して離れようとするが、男神の手による鋭い突きがブロントの盾を無視する勢いで持って黄金の鉄の塊で出来たはずの肉体を貫いた。

 

「ごはっ!?」

 

――その盾で数多の者を救っただろうが、私はそれ以上を救って見せよう

 

鎧すらも貫く衝撃はブロントの肉体を確実に壊していき、追撃とばかりに叩き潰すような拳が膝を付くブロントを襲い掛かる。

 

「お前の相手はwwwwwwこの俺wwwwwwwwwwwwwカモーンwwwwwwwwwwww」

 

その拳を相手に愛用の両手剣を盾にして防ぐ事でブロントを救ったのは内藤だった。

涼しげな顔をしながら防いでるように見えるが、内藤の笑った顔に冷や汗のようなものが際限無く溢れ出ている。

ぷるぷると震える剣を支える全身に、余裕など最初からない事を示していた。

 

「そのまま押さえててろ糞内藤!汚忍流が最終奥義……!」

 

「滾るは我が魂、不死鳥の息吹!天つ水影流……!」

 

「パママ、今一度我が元に!竜剣!!」

 

内藤の背後から飛び出たのは忍びと侍と竜騎士。

汚い忍者はレリックである鬼哭から力を限界まで引き出し、必滅の技を行うとする。

テンゼンは霊獣フェニックスの力を宿す鳳凰丸を抜刀しながら己の最高の技を叩き込もうとする。

マグはまだ疲労の消えぬ飛竜を呼び出し、その力を全てに槍へと乗せていく。

 

「生者必滅!」

 

「月影!」

 

「ソニックスラストッ!」

 

鍛え上げた最高の一撃、たとえ闇に囚われてもその破壊力に変わりは無い。

三つの斬撃から織り成す必滅の球体が神の肉体を包み込み、刀身に不死鳥の炎を宿しながらの分身するかのような高速斬撃が襲い掛かり、音をも置き去りにした強烈な刺突が全てを貫かんと言わんばかりの攻撃の数々。

しかしそれすら神となったナグラモーダには無意味だった。

必滅の闇は吸収されるように消滅し、数多の斬撃では傷一つ与えられず、音を置き去りにした槍の一撃は弾かれる。

 

――無駄だ、この肉体はお前達の知るプロマシアとは訳が違う

 

腕を一振り。

それだけで荒れ狂う大暴風が汚い忍者の空蝉ごと引き剥がしながら切り刻み、テンゼンの鎧を打ち砕き、マグの竜剣の加護すら無視するように身体と鎧を血に染める。

汚い忍者、テンゼン、マグ。

一級廃人である彼らを声すらも上げさせぬまま返り討ちにさせ、ナグラモーダの前に倒れた。

 

――他愛も、無し

 

「馬鹿な……以前と戦ったプロマシアよりも、更に強い……否、「世界の終わりに来たる者」であった器よりも本物に近い肉体だと言うのか!?」

 

魔法の詠唱すらせず、強烈な攻撃を食らいながらも無傷で抑える脅威の肉体。

もはやそれはセルテウスの知るプロマシアの強さを遥かに超えている。

 

――そうだ、二つの世界の虚ろをそのままこの肉体にも使われてる。だが、虚ろで肉体を構成させてもプロマシアとしての意識はあくまでヴァナ・ディールの人間に限られる。故に……

 

「宝塔の力を使い、男神とやらの本体を呼び出したというわけか!」

 

膨大な虚ろをかき集め、それによって作られたプロマシアの器。

だが、所詮は器は器に過ぎない。ヴァナ・ディールの住民である、プロマシア本来の虚ろではないので神としてのプロマシアが復活する事には繋がらない。

だからこそ、そのための宝塔である。

完成された本来のプロマシアと同等に近い肉体に、宝塔によって呼び出されたプロマシアの意識を定着させる事で肉体の器として真なる完成に辿りついたのだ。

とんでもない事をしてくれる。

まさかご主人の無くした宝塔を、そのような手段に用いるナグラモーダという人間にナズーリンは畏怖と驚嘆しか出ない。

 

――そしてそれもまもなく終わる。二つの世界の人間から虚ろを吸収し、プロマシアは本当の意味で復活する。その時こそ私が母なるクリスタルとなり、プロマシアも待ち望む『死』を迎える事になるだろう

 

「そんな、事を、させるわけねぇだろ!?ごふっ!!」

 

「プリッシュ、無理をしないで!」

 

紫の術で意識を取り戻したプリッシュはすぐさま起き上がろうとするが、ウルミアがまだ重症である身体を必死に押さえようとする。

案の定、無理に動いたために吐血をしてしまい、意識が再び朦朧としてしまう。賦活の術は肉体の全生命力を使ってしまうため、暫く衰弱してしまうためだ。

 

「紫、あんたはプリッシュを頼むわ。魔理沙、もう動けるわね?」

 

「ああ、まだ身体は重いがな……」

 

魂の傷ともなれば霊夢の術では効果が及ばない。

それならば今でも戦える者はすぐさまナグラモーダを戦い、そして勝利しなければならないのだ。

すでに闇を跳ね除けた霊夢、まだ闇が残りながらも動けるようになった魔理沙は箒に跨りながらオートマトンを再起動させる。

 

「糞、身体が、重い!モイン、連れてきたぞ!」

 

「くっ、まさか少し動くだけでここまで疲労感が出るとは……」

 

「わか、りました!女神よ、慈しむ御身は我等の加護に、そは慈愛の象徴として癒しの風となれ!ケアルガⅣ!!」

 

まだ闇が全身を覆うジャルベリンであるが、運んできたのは倒されたブロントであった。

鎖帷子を貫通し、内臓までのダメージは重く深い。

そしてリューサンもまた、竜騎士としての速度を生かして汚い忍者達を回収し終えたのだが、ベテラン冒険者であるはずのにもう息切れをしている。

油断をすれば『虚ろなる闇』が常に身体を蝕もうとし、その闇はナグモラーダへと吸収されていく。

自分の中にある大切な何かを失い続けるような感触が、いつも以上の疲労感が積もらせる。

モインは女神へと祈り、傷ついた者達を瞬間的に癒していく。

だが、いつもであれば瀕死の状態でも完全に癒すはずのケアルガⅣだと言うのに精々傷口を塞ぐ程度で傷が残っているのだ。

モインの身体を拘束しようとする闇が、癒しの術を妨害している。

 

「そんな!」

 

「ぐっ……モイン、か……ジュースを、奢ってやろう」

 

それでも意識を取り戻す事には成功する。

肉体さえ回復すれば立ち上がれる。メイン盾として戦う事ができる。

 

「ブロントさん、まだ立ち上がっちゃ!」

 

「俺はナイトなんだが?何度倒されても盾が倒されちゃ話にならねぇ。モイン、お前全力で回復しまくっていいぞ」

 

白魔道士のモインだからこそ分かるが、ナグモラーダの一撃は凄まじいものだ。

それこそプリッシュ、ブロント、汚い忍者共々、たった一回の攻撃で瀕死まで持っていかれている。

頑丈なブロントはレイズによる回復は免れたものの、それも何時まで続くかは分からない。

 

「……!わかり、ました!絶対に死なせません!」

 

「ブロントさん、情けない話だが俺らが自由に動けるのは時間がかかりそうだ。もう暫く耐えてくれよ」

 

一級廃人を腕の一振りで一蹴する今のナグラモーダを相手に、自由に動ける事が出来ずに戦えば死にに行くようなものだ。

それを知ってかブロントは傾き、ついでに目線が砕かれた忍者の頭を蹴っ飛ばした。

 

「さっさと起きろカス猿。死んだ振りとか俺には通じない忍者は雑魚でも働かないままとか俺のシマじゃノーカンだから」

 

「いってぇなこの野郎!今は衰弱してるんだよ!」

 

「汚い忍者は平気で嘘をつくからぜいいんの忍者の信用を落としてるもいんの治癒パワー舐めてるとお前は死ぬに死に切れないのは確定的に明らか」

 

舌打ちをしながらも、汚い忍者は渋々ながらも立ち上がる。

モインの回復魔法は虚ろによって全快と言わずにしても、瀕死であった汚い忍者の肉体を最低限戦える程度には治っていたのだ。

それでありながら倒れたままをしてたのはナグラモーダ相手に真正面から戦っても勝ち目はないと判断したためである。

肉体が全快になるまで待ち、勝ち目が見えるまで動かないつもりだったのだが、それを見抜いていたブロントにあっさりと潰されたわけである。

 

「不覚……!まさか鳳凰丸の力を乗せた一撃すら通じぬとは!」

 

「あれこそが、真龍の王が恐れていた男神の力というわけか」

 

汚い忍者に遅れる形であるが、テンゼンとマグも意識を取り戻す。

最高の一撃であると自負する攻撃を軽く防がれてしまったため、そのショックは計り知れないものだ。

しかしいつまでもそのままでいられない。ナグラモーダは着々と虚ろを集め続けている。

そして虚ろが集まるたびに、空の罅が更に広まっていくのだ。

 

「ブロントさん!」

 

「応!!」

 

霊夢の掛け声と共に再びブロントもまたナグラモーダへと走り出す。

 

――何度来ようとも無駄だ

 

「無駄かどうかは私達が決める事よ!合わせて!夢想!」

 

「ダァァァァァク!!」

 

ブロントと霊夢が同時に放つのは十八番の技。

幻想郷ではそれらを合体技のようにして使っていたダークパワー夢想封印は数多の妖怪と魔物を殺してきた。

霊夢一人でもダークパワーを使いながら放つ事は可能とはいえ、それでも本家であるブロントが使ったほうが威力も安定感もある。

しかしブロントがダークパワーを放とうとする直前に躊躇ってしまう。

ダークパワーの力を根こそぎ奪われてしまい、幾ら合体技とはいえども意味はないと心の中で思ってしまったのだ。

 

「封印!!……ブロントさん、何を!?」

 

「くっ、ハイスラァ!!」

 

結局放たれた攻撃は霊夢の弾幕だけであり、遅れてブロントの強斬が放たれる。

しかし七色の弾幕は神の肉体を傷一つ付ける事ができず、グラットンの刃も巨大な足に弾かれて仰け反ってしまう。

その隙を逃すナグラモーダではない。今度こそトドメを刺さんと言わんばかりに右手で手刀を作り出し、脳天を砕く勢いで持ってブロント目掛けて振り下ろされる。

 

「動けなくても魔法はできるんだよ!ドラゴンメテオ!!」

 

「燃やし尽くしやるぜ!wwwwwwwwwwwファイガⅢ!!」

 

「はああああああああああああ!燃えろ我が墨魂!!ファイアⅤ!!」

 

「タルタルの魔力舐めんな!フレアⅡ!!」

 

「兄貴達に負けないよ!ファイガⅡ!!」

 

その危機を救ったのは五人の黒魔道士であった。

未だに闇に囚われ、自由が効かない身とはいえ、それでも魔法を唱えるだけの頭と口は存在する。

空からの砲撃がナグラモーダの左半身を飲み込み、続けて何重にも重ねられた爆炎が神を燃やし尽くそうする。

 

「駄目、マスター!全然効イテナイ!」

 

「糞ッ!どうなってんだよ、あいつの身体は!」

 

身体に包み込んでいた炎が消え、やはりその漆黒の肉体にはほんの少しの焦げ痕さえも見当たらない。

 

――絶望が絶望を呼び、それは新たなる光と闇を生む。ならば……

 

ナグラモーダの背後から展開される幾多の魔法陣。

それらは全て、満足に動けない後衛へと向けられる。

 

――精々生き残るがいい

 

その魔法陣から百を超える多種多様の属性を併せ持つ弾丸が放たれた。

回避しようのない暴力に立ち向かえるのは、わずか一人と一匹だけであった。

 

「ランパード!センチネル!」

 

「キャリーしゃん!?」

 

魔術の加護を展開し、更に己の肉体を強固にさせる戦士の技を使いながらも仲間の盾となる樽ナ。

そして主人を、その仲間を守るために頑丈な甲羅を盾にするキャリーであった。

 

樽ナは小さいながらもナイトであり、白銀の鎧が砕かれ、盾が磨耗しても守りきれる。

しかしキャリーはそうもいかない。

如何に頑丈であろうとも魔物は魔物。人間のように小細工の出来る技は存在しない。

背後にいる主人を守り通そうとし、甲羅に打ち立てられた背負い物がバラバラに吹き飛び、盾のように使っていた両爪が割れる。

それでもナグラモーダからの攻撃は止まない。樽ナの盾に罅が入り始め、キャリーの胴体を支える脚すら割れ始める。

 

「あ、あぁぁぁ!もう駄目でしゅ!もういいでしゅから!(´;ω;`)」

 

獣使いであるためにキャリーとリンクし続ける獣様は嫌でも伝わってしまう。

主人を守ろうとするキャリーの肉体は、すでに死を迎えそうになっている事を。

それでも攻撃は止まない。止んでくれない。

ナイトであるブロントも盾として加わるが、焼け石の水状態。それならばと攻撃をして止めようとするがその攻撃自体が効いていない。

 

「ま、まず……い……この、ままじゃ……」

 

「マジふざけんなよずっと俺のターンをさせられる奴の気持ちを考えた事がありますかねぇ!?」

 

このままではジリ貧が確定的だ。

防げないわけでもない攻撃、というのが実にいやらしい。これでは長く耐えてしまうがために余計に苦しむ羽目になってしまう。

 

「…………お前」

 

位置的にそうなってしまったが、樽ナに守れる形となった古代人の少年であるエルドナーシュ。

エルドナーシュは右目を隠す眼帯を無造作に引き千切ると、エルドナーシュを包んでいた闇を一瞬にして霧散させた。

 

「ご主人が、泣いてるんだぞ……久々に切れちまったよ……ここまでプッツンと来たのは愚弟が僕のお気に入りの玩具を壊した時以来だ!!」

 

母なるクリスタルに触れ、エルドナーシュの身体にはクリスタルの加護を持っている。

そのために不老不死に近い神々に近い肉体を宿すことになり、その証明こそがエルドナーシュの右目に宿る刻印だった。

ただでさえ膨大な魔力を持ちながら、クリスタルの力を完全に解放させた彼の力は神に等しい。

心の読める彼にとって、唯一心を許した獣様とは擬似的に獣使いとペットの関係のように心が通じ合ってるようなものだ。

ゆえに獣様の考え方や気持ちを理解する事ができ、同時に友達を失うかもしれないという悲しみすらも分かってしまう。

だから、彼は怒ったのだ。

何十年、何百年、何千年。一万年。

生涯で数える程度の怒りを、ご主人が傷つけられたという理由でエルドナーシュはクリスタルの力を解放するほどまでに切れた。

 

「消えて無くなれ!ステラバースト!!」

 

クリスタルの力をフルに使われ、浮かびながら振り抜かれた腕から高出力のエネルギーがナグラモーダの胴体に集う。

それが見る見るうちに膨張をしていき、広げてた掌を握り締める事で爆発をする。

爆発したエネルギーが一本の槍のように構成され、神の肉体を貫いた!

 

――エルドナーシュ王子か……貴方が得たいと思っていた神の力、この程度では済まされんぞ

 

「なっ!」

 

しかし槍が貫いたままだと言うのに何の支障もなく左手で槍を引き抜き、風穴の開いた胴体はすぐさま塞がっていく。

 

「だったらこれは!オメガジャベリン!」

 

――笑止!

 

クリスタルの力によって空中に浮かぶ緑色の槍が幾つも構成され、それを全てナグラモーダへと投擲される。

しかし槍は二度もナグラモーダへと届かない。クリスタルの力が込められているはずのオメガジャベリンはナグラモーダへと当たる直前に何かに遮られるように弾かれてしまう。

 

「結界!?だったら……!鈴仙ッ!」

 

結界の事なら誰よりも詳しい霊夢がその壁を即座に見破る。

あれを破れるとしたら自分、紫、プリッシュ、そして闇からもがこうとしている鈴仙だ。

しかしプリッシュは重症、紫はその治療で手が出せず、空いているのは霊夢と鈴仙のみ。

霊夢からの声によって鈴仙もまた、動けないにしても赤い眼の力を開放する。

 

「……グッ!な、に……あ、れ…………!」

 

結界の流れを見るはずだったのが、ナグラモーダ……正確に言えば、プロマシアの肉体も見てしまった。

そして鈴仙の脳裏に叩き込まれたのは虚無だった。

何もない。

闇以外に何も無い。

虚ろの肉体でしかない、見るだけで発狂しかねないその肉体の器。

その肉体の中に、弱々しいほどの光がそれを動かしている。

あんな、あんな闇に、ただの人間が耐えられ操る事は可能なのか!?

 

「鈴仙!?何してんのよ!ああ、もうッ!」

 

鈴仙の眼に宿るのは絶望と恐れ。

それ以外に宿るモノは何もない。

いったい赤い眼で何を見てしまったのか。検討も付かない霊夢は一人で結界を壊そうと気合と覚悟を入れてすぐさまナグモラーダへと突っ走る。

しかし霊夢に待っていたのは避ける事が愚かしいと思える弾幕だった。

色とりどりで美しいと思える蝶の弾幕、しかし一羽でも触れれば人の命など簡単に奪えると思える悪寒を感じる。

 

――亡舞「生者必滅の理 -死蝶-」

 

「これ、幽々子の!?まず!」

 

亡霊姫の西行寺幽々子の弾幕であれば見慣れたものであり、本来であれば回避する事は可能。

だが、今の霊夢は突っ込む形でいるのだ。回避行動が確実に遅れてしまう。

 

「チィ!ディアボロス!!」

 

その霊夢を守るようにして魔法陣が形成され、現れたのは夢魔の霊獣ディアボロス。

細長い悪魔のような外形をしたそれは闇を集わせると盾を作り出し、弾幕から守ろうとする。

一発一発なら耐えられていただろうが、死蝶の数は数百を超える。闇の盾は容易に砕かれ、同時に紫に召喚されたディアボロスも粉砕されていく。

 

「破界「博麗決壊師」!」

 

しかしその間に霊夢はナグラモーダへと近づき、技の射程内に収める事に成功した。

何本の針を飛ばし、結界破壊ができる当たり所を見極める事のできる博麗の巫女だからこそ行える秘術。

しかしそれだけでは足りない。

この技だけではナグラモーダの結界を壊すのにもう一歩足りない。だからこそ、更に足に力を込めて飛び掛った!

 

「崑崙八象脚!」

 

今は倒れる少女の技である飛び蹴りを使い、結界の破壊を更に後押しを加えた。

蹴りの衝撃によって結界の破壊が成功をしたと確信するが、神の巨大な掌が霊夢を押し潰さんと襲おうとする。

 

「いえむ!!」

 

「あうっ!ブロントさん!?」

 

それを押しのけてかばうように盾となるのはメイン盾であるブロント。

しかしブロントの特徴の一つと言えた青い盾は罅が入り、褐色の肌である顔は血と傷で染められている。

ナグラモーダの弾幕攻撃が止むまで防ぎ続けたが、それでもブロントの肉体に確実な損傷を与えたのだ。

 

――何処までも忌々しい男だ!

 

「うぉわぁ!?」

 

如何にブロントと言えども傷つきすぎた身体では力が入らない。

簡単に跳ね除けられるように吹き飛ばされ、グラットンを杖のようにして立ち上がるが息が荒く、とてもじゃないが戦える状態ではない。

 

――トドメだ!

 

「させん!」

 

ナグラモーダがブロントに攻撃を加えるよりも早く、ザイドが空高くから両手剣による一撃を頭部へと食らわした。

傷が与えれず、微動だもしない。一瞬の硬直の後に訪れたのは己の肉体から湧き出る闇がザイドを捕らえ、再び地に這い蹲るように強制された事。

 

――愚かだな。お前にその虚ろは抜け出せない。闇の王になれる器を後悔するがいい

 

「お、のれぇ!」

 

ザイドとて一級廃人、それなのに他の者と違って虚ろからの脱出が遅れたのは身の内にある抱えてる闇が原因だ。

ガルカとして憎しみを抱いた事はザイドとて一度や二度では効かない。

その憎しみを過去に利用され、第二の闇の王になりかけた事もある。

そうした過去をナグラモーダは石の記憶から知り、今になってザイドを蝕もうとする。そして膨大な虚ろが更にナグラモーダへと流れていく。

 

「まったくジジイにはきついわいwwwwwwwww痛風、いけるなwwwwwwwwwww」

 

「任せろ爺さんwwwwwヘマするなよwwwwwwwwwwwww」

 

老人でありながらも赤爺も一級廃人。

剣で盾を叩きながら、本来は戦士の技能であるはずの挑発で相手の注意を引き付けようとするが、ナグラモーダはまるで相手をしていない。

俊足に高まるほどの技能を使いながら痛風はナグラモーダへと走るが、これも眼中にすら入っていなかった。

 

「ジジイ無視されちゃうと泣いちゃうwwwwwwwwwじゃが、その油断が命取りとなるwwwwwwww」

 

本来は奥の手であるはずの連続魔。

それを即座に開放させると赤爺の行ったのは魔法の連発だ。

魔力が続く限りに赤爺の行える中で最も強力な魔法の連続使用、魔力が尽きれば有り余る体力と魔力を相互変換させるコンバートによって無理矢理魔力を維持させる。

雷撃の槍が絶えずにナグラモーダへと降り注ぐ。

 

――鬱陶しい!

 

本職であるはずの黒魔道士の魔法すら通用しない中、赤魔道士の魔法如きで傷一つ付くはずがない。

しかし注意を呼び寄せる事に成功する。ナグラモーダは赤爺へと向くが、それこそ狙い通りとなる。

 

「内藤wwwwww足貸せwwwwwwwww」

 

「うはwwwwwww俺様の両手剣を足場とかwwwwwwwwwww」

 

いくらエルヴァーンである痛風でも今のナグラモーダとは大きさが違う。

これでは如何に不意を突く事に特化されたシーフであっても、狙いを付けるのが難しい。

まだナグラモーダの近くにいた内藤はそれを理解するとすぐさま大剣を構える。足場にしやすいように、痛風が峰の部分に乗る。

 

「不意打ちwwwwwwwダンシングwwwwwwwwwww」

 

例え神であっても背後から狙えば確実に不意を突けるのがシーフとしての技能となる。

大剣を足場にしながら飛び上がり、そのままエシャンタールを掴み続ける右手へと五連続の斬撃を浴びさせた。

単純に切り刻むだけではダメージすらも通らないだろう。攻撃力だけなら痛風以上の攻撃を連続して食らいながら無傷なのだから。

だが、痛風の目的は単純にダメージを食らわすのが目的ではない。短剣が壊れる勢いで放たれた五撃は数分違わずに同じ箇所へと叩き込まれた。

無理をした斬撃によって短剣の刃は潰れてしまい、切れ味を落としてしまう。その甲斐あってか、痛風の攻撃であってもほんのわずか、小さな小さな切り口を与えられた。

 

(まぁ、上出来だなwwwwwww後は任したwwwwwwwww)

 

虫を払い除けるようにナグラモーダに薙ぎ払われた痛風は地面に強く叩きつけられる。

意識を失う直前に女の叫び声が聞こえたが、彼はそれを聞く事無く意識を失ってしまう。

 

「痛風ちん!?にゃぁぁぁぁぁあああ!!なんで、なんで動けないのにゃ!?」

 

「距離は遠いけど!女神様、癒しの力を!」

 

自ら生み出していく闇に囚われ、痛風が傷つく様を見ていながら猫狩は動けなかった。

力任せに闇を解こうとも動いてくれない。自分に対する情けなさと怒りにどうしようもないような声が漏れる。

そんな中でも白樽はある意味冷静だった。白魔道士としての道が長いからか、冷静に魔法の届く距離を見極めて癒しの魔法を痛風に降り注ぐ。

遠目ではあるが、痛風は起き上がらないにしてもピクリと動いてるのを確認する。少なくとも死んではいない。

 

「痛風の仇wwwwwwwwwくらいやがれwwwwwww俺のブゥゥゥゥゥゥメランwwwwwwwwwwwwwww」

 

闇は戦死だけではなく、愛用のブーメランにすら纏わりつきながら、それすら振る切るように投げつける。

技のキレがないのを本人が自覚していながらも、それでも仲間が倒されて何もしないのもリーダーが廃る。

問題児揃いのリーダーだからこそ、誰よりもメンバーを信頼している男の放つ投擲は真っ直ぐとナグラモーダの指へと向かう。

赤爺も痛風も、何らかの策があったからこそ指という限定された場所を狙ったのだと戦死も理解する。

だから戦死の狙う場所もそこに決めたのだ。

しかし鋼鉄すらも引き裂くはずの切れ味を有する戦死の飛子は、あくまで戦死の投擲技術があってこそ成り立つ秘儀。

ただ力無く投げつけたようなブーメランは力無くナグラモーダの傷ついた指にカツンと空しい音を響かせるだけである。

 

「俺が後押ししてやんよwwwwwwwww」

 

飛子が跳ね返る瞬間を狙うように、大剣を持ちながら跳躍する内藤が大きく剣を振りかぶりながら更に押し当てた。

飛子と大剣、二つの力が重なり合い、ガツンと音を鳴らしながら更に傷を深くしていく。

 

「おー!あそこを狙えばいいんだな!ア~チング~アロ~!」

 

それを見たチェブキー三兄弟の長男であるマッキーは、愛用の弓術を空に向けながら構える。

兄弟と一緒に魔法を使う事が多く、魔道士と見られがちだがマッキーの本来の得意技は弓術なのだ。

タルタルに見合わぬ膨大な"気"を矢に込めて、空へと一本の矢が放たれる。

 

「便乗でござ~る♪す~と~ん~が~Ⅲ~♪」

 

兄の行動に便乗するかのように、次男のクッキーは兄とは反対に膨大な魔力に身を任せながら上位魔法であるはずのストンガⅢを内藤ごと目掛けて放ったのだ。

瓦礫の山という山が土の元素によって構成され、遅れてマッキーの撃ったアーチを描くように降り立つアーチングアローと一緒に内藤に向かっていく。

 

「ちょwwwwwwwwwおまっwwwwwwwwwwwwwww」

 

大部分は大剣を後押しするように指の傷が深まる。

しかし大部分以外は内藤に直撃し、瓦礫の山が内藤を押し潰すように地べたに叩きつけられる。

 

「綺麗さっぱり浄化タル~♪」

 

「ウボァーッ!!wwwwwwwwwwwwww」

 

トドメとばかりになぜか末妹のチェルキキのバニシュガⅢが炸裂した。しかも内藤目掛けて。

浄化という言葉に偽りはなく、押し潰そうとしていた瓦礫が暁の光によって消滅し、ついでに内藤はその一撃でさすがに瀕死である。

 

「あんたらいったいどっちの味方なのよ♪♪♪♪♪^^^^^^^^^^^^^^^^」

 

「いた~い!?」

 

「ぶったー!!とーちゃんにもぶたれたことないのにー!」

 

「何すんのよこのおばさん!!」

 

「^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^」

 

とっくのとうに闇から抜け出した臼姫はチェブキー三兄弟に拳骨制裁を与えた。

しかし反省の色は無く、特にチェルキキの発言によってプリケツを晒す雑魚タルが三人増えた事になる。

 

赤爺、痛風、戦死、内藤によってエシャンタールを握り続ける指に傷が出来たものの、それもすぐに再生してしまうだろう。

今でもクリスタルの力を解放しながら攻撃をし続けるエルドナーシュの攻撃に対してまったくと言っていいほど堪えてないのがその証だ。

掠り傷にも等しい傷を見て、赤爺は少しだけ振り返る。

 

「どうじゃwwwwwwこれでいけるかのう?wwwwwwwww」

 

「感謝しますわ。これで狙いやすくなります」

 

バハムートから託された両手棍を掲げながら、八雲紫は答える。

もとより倒すための手段ではない。あくまで囚われたエシャンタールを救い出すために必要な事だった。

あれから救い出せる力は、紫にはある。しかしその力は何よりも強大すぎて、エシャンタールすら巻き込みかねないのだ。

そして紫は勝利の犠牲になりえるのならエシャンタールごと切り捨てる事もできるが、それはできない。

神となってしまったナグラモーダに、これから行う一撃必殺の斬撃で倒せない。戦力を、一人でも戻さなくてはならない。

背中でまだ立ち上がれそうにないプリッシュだが、今は落ち着いている。ウルミアの活力を戻すための歌を聴いているために、時期に戦線を復帰できるだろう。

 

「ゆえに、我は命ず、命ずるは我なり、きたれ疾く、疾くきたれ、アストラルの地より、我が腕の元に、我と契約を結びし、炎の王よ!」

 

古の存在、神である超越者を現実に呼び出すために、アストラルゲートを開くための魔法陣を展開する。

赤き色の陣は紫の魔力に合わせるように大きく、更に大きくなっていく。

 

「創世の火を胸に抱く灼熱の王!灰塵に帰せ!イフリート!」

 

陣が割れて飛び出るのは灼熱を纏いし炎の王イフリート。

根源に存在する力を呼び起こすような雄叫びを張り上げ、その叫びは生きる者全てに力を引き上げる。

しかしイフリートを召喚したのはそんな理由ではない。

召喚されたイフリートの身体が炎となっていき、紫の持つ両手棍に集うのだ。

炎が纏わり続け、全ての炎が両手棍に集まり、炎が晴れた瞬間、それは一本の剣となる。

黄金の輝きを持つ刀身を持ち、刃が反り返った曲刀。

かつて将軍フリートが使っていたとされる剣にして、その銘はイフリートブレード。

業物を手にし、宙に浮きながら居合いを抜くかのように構える。

 

「研ぎ澄まされし白銀の刃は、魂の住み家を断ち切るため……」

 

イフリートブレードに注がれる力は炎ではなく、闇であった。

己から這い出る心の闇ではない。神気を帯びている闇はまったくの別の力である。

 

「反り返りし漆黒の峰は、魂の寄る辺を振り切るため……」

 

紫のしようとしている事は単純な事であった。

闇の神であるオーディンを召喚し、その斬鉄剣で断ち切ろうというのなら、それは無差別に全ての対象を切り捨てかねない危険の多い召喚術でもあった。

これがまだ味方と敵の位置が離れているのならばいいが、ナグラモーダに握られたエシャンタールは近すぎる。必殺の斬鉄剣はエシャンタールごと範囲に収まりかねない。

 

「ヴァルハラに散華せよ!」

 

だからこそ、対象を縮めるためにわざわざ紫自らオーディンの必殺剣を放つ。

神獣の武器であったイフリートブレードを媒体に、オーディンの力を注ぎ込みながら、小規模の必殺剣を今繰り出す!

 

「斬・鉄・剣!!」

 

そして居合いから大きく剣が振り払われた!

空間を超え、次元を超え、ナグラモーダの感知能力すら超える不可視の斬撃が、目印となる指を正確に狙い打つ!

再生しかけていたが、常人よりも遥かに眼が良い紫には造作もない事。見事、神の指の全てを切断する事に成功する。

 

――な、に……

 

指の全てを失い、エシャンタールが滑り落ちる。

地面に激突する前に受け止め、逃げるように引き返すのは姿を消していた汚い忍者とフゥであった。

 

「ほらほら!早く走って!」

 

「俺に指図するんじゃねぇ!」

 

鎧を着ているとはいえ、現役冒険者の二人が担ぐように運べば動きが鈍くなるような事はない。

忍者とシーフ、身軽な動きが可能だからこそナグラモーダの追撃から逃れる事ができる。

 

「お前の相手はこの僕だ!!」

 

――ちぃ!

 

エシャンタールを取り返そうとするも、エルドナーシュが次々と巨大な槍を投げつけてくる。

切断された指はすぐさま再生し、目印となる傷すらなくなる。

ナグラモーダもまた同じように、エルドナーシュが使うクリスタルの槍を同等の槍を構成し、ぶつかり合う。

 

「エシャンタール、無事か」

 

「……セル、テウス……」

 

如何に一万年の悠久の時を生きた不死者のエシャンタールとはいえ、肉体そのものは人間と同じだ。

握りつぶされかけ、全身の骨に罅が入っている。それを癒すようにセルテウスの翼から癒しの炎が舞い上がるが、セルテウスから湧き出る闇がそれを妨害しようとする。

本来であれば一瞬で肉体の癒しを終えるというのに、少しずつでしか回復してくれない。

 

「ゆえに、我は命ず、命ずるは我なり、きたれ疾く、疾くきたれ、アストラルの地より、我が腕の元に、我と契約を結びし、冥府の騎士よ!」

 

エシャンタールを救えたのならもはや手加減など無用。

イフリートの力を失い、元の両手棍に戻りながらも、紫は次なる神を召喚する。

紫が使っていた偽者の必殺剣ではない。

人も神も世界すらも断ち切る真の使い手が、神獣スレイプニルの足音を鳴らしながら召喚される。

手に持つのはオーディンにのみ許された魔槍。

その魔槍に「闇の神」と呼ばれるに相応しいほどの闇が注ぎ込まれる。

 

――研ぎ澄まされし白銀の刃は、魂の住み家を断ち切るため……

 

闇が魔槍から巨大な魔剣へと変貌させていく。

 

――反り返りし漆黒の峰は、魂の寄る辺を振り切るため……

 

その魔剣は全てを切り捨てる必殺剣。

 

――ヴァルハラに散華せよ。斬・鉄・剣!

 

決まってくれ。

紫の、切実たる思いが込められた一撃がナグラモーダへと向けられた。

エルドナーシュはその一撃を察してすぐさまナグラモーダから離脱し、次元を超えるオーディンの斬撃がナグラモーダが乗り移った神の肉体を真っ二つに断ち切った!

斬鉄剣の全てを断ち切るという言葉に偽りがないように、男神という存在すら無視して断ち切る事を証明したのだ。

 

誰もが思った。

これで、決まったはずだと。

魂すらも真っ二つにする一撃を食らってただでは済むはずがない。

現に、上半身と下半身に別れた黒き男神は膨大な虚ろを纏まり切れずに霧散しようとしている。

 

――時は来た……

 

空が割れた。

霊夢も、傷ついたブロントも、未だに起き上がれないプリッシュも、闇に囚われ続けるセルテウスも、オーディンを召喚し続ける紫も。

闇からもがき続けるナズーリンも、男神の闇に脅えていた鈴仙も、戦いに参戦できずに憤るアルドも。

 

割れた空を見上げてしまった。

空にあるのは、闇色が広がる大宇宙ではない。

それは一つの"世界"だった。

地上に広がるヴァナ・ディールの大地のように、空から見える大地。それを見た紫は、驚くように声を張り上げる。

 

「そんな……あれは、地球なの!?」

 

「地球!?おい、まさかあれって私達の……」

 

魔理沙が言おうとしている事に誰もが理解する。

あれこそがヴァナ・ディールと融合しようとしている幻想郷の本当の世界、地球。

青い海に人々が生きているであろう大地、そして白い雲。それは下にあるヴァナ・ディールと何も変わりは無い。

 

「何、闇が消え……?」

 

ライオンから突如して自分の身体を捕らえていた闇が消えていくのを感じ取った。

いや、ライオンだけではない。

自分以外にも闇からもがこうとしていた者全ての闇が霧散していく。

 

――ようやく、目覚める。人の恐れる存在、全ての神が恐れる存在、この世の天敵が……

 

倒されたはずの男神の虚ろが、再び集おうとしている。

戦いはまだ終わっていなかった。

 

――感謝しよう。お前達の闇はプロマシアを目覚めさせた。そして、世界との融合もまた早まる事になる。

 

闇が形を作ろうとする。

男神プロマシアは人の姿を象っていた。

当たり前だ。プロマシアこそが人の本当の姿であり、人の姿をしているのも当然である。

だが……

 

――だからこそ、その褒美をくれてやろう。人が最も畏怖すべき存在として。妖怪が最も恐怖すべき存在として。

 

もはやそれは人の姿ではない。

人である必要が無くなったのだから。

この世の全てに滅びを与え、新たな神として君臨しようとする。

それに相応しい存在ともなれば、一つしかない。

 

「人が畏怖する象徴……」

 

「妖怪が恐怖を感じる存在……」

 

「それを超える神としての存在、だと言うの……!?」

 

セルテウスと紫の声が重なり、霊夢の絶望にも似た声が空しく響く。

 

「男神を超えた、生きた者全てに畏怖を与える『神竜』になりやがったのかよ……!」

 

プリッシュの言うとおり、それは竜であった。

人間よりも何倍にも大きかったプロマシアよりも数倍の大きさを持つ巨大な竜。

大きな翼を広げた姿は、実際の大きさよりも更に大きく見せる。

二本の黒い角を持ち、赤い眼の竜の眼光は精神の弱い者が見ればそれだけで死を選んでしまうだろう。

竜の鱗の全てが漆黒に染まり、長い長い尾は先を見る事が叶わない。

今、見えているのはあくまで竜の胴体から頭、そして翼だけなのだ。本来の大きさともなればどれほどになるのか予測すら付けられない。

 

――私自らが、お前たちの『終わり』をくれてやる。

 

人を超え、神を超え、全ての虚ろを吸収し尽くしたその姿は、男神とはかけ離れた存在と化す。

世界すら驚嘆を与え、恐怖で身を揺らすだろう『神竜』となったナグラモーダは、全ての世界に届けと言わんばかりに絶望の咆哮を放った。

 

 

 

 

 

 

舞台は少しばかり地球に移す。

東の島国である日本。その国には京都という都があり、古き良き建築物を残しながらも文明の発展を感じさせる街並みをしている。

そんな京都のとある高層マンションの一室に二人の少女がいた。

一人は黒髪を左に纏め、軽いシャツと黒のスカートを着る宇佐見蓮子。もう一人はふんわりとしたウェーブのある金髪に紫色のワンピースを着たマエリベリー・ハーン。

二人は大学生という身分ながらも、今日は大学も休みなのでマエリバリー……蓮子はメリーと呼ぶ少女の部屋に遊びに来たのだ。

話す内容はもちろんオカルト関係。

大学ではすでに幻想となって消えてしまったオカルト関係を探し出す霊能者サークル『秘封倶楽部』に所属しており、二人だけのメンバーではあるが、

幻想となって消えた妖怪などが住まう幻想郷を探し出すために日々の活動は欠かしていない。

 

「これなんてどう?C地区にあった遺物なんだけど」

 

「ただの刀にしか見えないけど……?」

 

「えー?おかしいなぁ。偽物掴まされちゃったかなぁ」

 

蓮子の取り出すのは一本の古ぼけた刀だった。

鞘から刀身を抜き取る事ができず、力を入れてもビクともしない。

刀身が錆びついたのだろう。こうなっては無理に抜こうとしても意味はない。

 

蓮子がわざわざメリーに古ぼけた刀を見せたのは、メリーの目の力にある。

今となっては少ない、いわゆる超能力だとかそういったのに近いかもしれない代物。

蓮子もそれに近いのを持っているが、精々夜空を眺めて時間を正確に測る程度。時計要らずになる能力でしかない。

 

「だめね。境界も境の字もないわ。何の変哲もない、ただの刀よ」

 

「くわぁー!せっかくC地区まで行ったのにぃ!」

 

メリーの目には境界を見る事ができるのだ。

それは物事の分かれ目であったり、目に見えない遮られた壁を見えたりと様々だ。

幻想郷という誰も知らない楽園を彼女らが知っているのもその力のお陰だ。

メリーが睡眠を取る時、稀に幻想郷の風景を見る事があるのだという。

その目を使えば、もしかしたら幻想郷に辿りつけるのではないか?古くて幻想郷に関係のありそうなのを見つければ、メリーが何かしら反応をしてくれるかもしれない。

とはいえ結果は先ほどのように思わしくはない。古いからといって、そう簡単に幻想郷と関わりのあるのは見つけられない。

蓮子が大学の授業活動に合間に集めた古い道具類。その全てが全滅だった。

 

「あ、もうこんな時間かぁ」

 

「うん、そろそろ紅茶を用意するね」

 

片っぱしからメリーに鑑定していると、時刻は午後の二時を回ってる。

昼を少し回る前に来たので、だいたい三時間ほどは古い道具と睨めっこをしていたのだ。

休憩としてメリーが台所で紅茶を用意している間に、蓮子は点けっぱなしのテレビに顔を向けていた。

平和なものだ。蓮子はそう思う。

ニュースと言えるようなものはない。精々桜が散ったとか、今日も美味しいお野菜ができましたとか何気ない日常的なモノだった。

 

「はい、蓮子」

 

「うん、ありがとう」

 

高級そうなカップを受け取り、蓮子は入れられた紅茶を飲む。

休憩から入る紅茶は喉を潤し、少しばかり暖かい温度は身体をぽかぽかとさせる。

ふぅ、と一息付くと相棒の相変わらず美味しい紅茶に頬が緩む。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末さまです」

 

やる事と言えるようなものは終わってしまった。

蓮子の持ってきた道具を袋に詰め、これから何をしようかとぼーっとしながら変わり映えのないテレビを見ている。

だからこそ、その変化を見抜けなかった。

知らず知らずの内に、青い空が"割れて"いっている事が。

 

そして青い空がガラス窓が砕けるような音をして割れていく。

ようやくマンションの屋上付近に暮らしているメリーと同じ部屋にいた蓮子は気づく。

はっきりと、見えてしまった。

もはや見上げる空は心を晴れ晴れとするような青い色ではない。

血よりも濃く、不安という心を表していく深紅の空。

 

割れた空から見えるのは、もう一つの世界だったのだ。

昔、月旅行で宇宙から地球を見た事がある。

丸い惑星に大きな青い海と白い雲、そして少しばかり見えている広大な大地。

 

割れた空から見えているのはまさにそれだ。

空から世界が見えているという異常事態に頭がまったく働かない。

 

「な、なに……なんなの、あれ!?」

 

「あ、ぁあああぁぁあああああ!!?」

 

空を見上げた瞬間にメリーの顔が恐ろしいものを見てしまったように声を張り上げる。

その顔にあるのは恐怖と絶望。

 

「メリー!?メリー!しっかりしてよ!」

 

ここまで親友が見るからに正気を失っている姿は見たことがない。

身体が異様なまでに震えるメリーを抑えようとするが、メリーの目はしっかりと割れ続ける空を見つめている。

 

「境界が、世界の分かれ目が、全てが消えていく……世界が、終わる……!?」

 

その一言を最後にふっと意識を失ってしまう。

メリーを支えながらも、テレビではありがちなドラマから緊急のニュースに切り替わる。

普段は凛とした面持ちで情報を伝える女性アナウンサーだが、理解が及ばない顔をしながら別の映像を切り替えて伝えている。

その映像に映るのは、地球には存在しないはずの化け物が街を襲っている場面だった。

 

『これは本当に現実なのでしょうか!?現在、日本各地に何処からか現れ続ける正体不明の怪物が街を襲い続けています!

加えて未確定ではありますがアメリカ、ロシア、中国などでも同じような……新情報です!これらの怪物が現れる直前に空が割れているとの事!その映像を今から――』

 

部屋の窓から見えるのは、テレビで映っていたのを同じような怪物の群れ。

それが街を無差別に襲いながら侵攻を始めていた。

 

「何……何なのよ……何が、起きてるの……?」

 

いったい何が目的なのか。そもそもあの怪物達は何なのか。

蓮子は確かな確信で持って言える。今、自分達の知る世界が壊れつつある事を。

 

そして日本では突如として現れた怪物の軍団に次々と街が阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出していた。

技術の粋を集めた建築物が破壊され、世界遺産とも言われた建物が粉砕され、逃げ続ける人々を襲おうとしている。

人間は恐怖する。自分の知らないモノが現れたという事に対して。

それは、かつて妖怪を恐れていた昔の人間が抱いていた恐怖と同等の代物だった。

 

それでもそんな怪物から人々を守るための技術もまた、長い歴史で紡がれてきた。

日本を防衛するために結成された自衛隊はこの緊急時に対してすぐさま出勤命令が下された。

非番である者は除かれるが、それでもフル装備をしながら彼らは怪物が襲っている街に移動を開始する。

 

「食らいやがれ、この化け物がぁぁぁぁぁあ!!」

 

日本の技術が生み出した緑色の迷彩服は、ただの迷彩服ではない。

着るだけで筋力などが電気信号によって強化されるパワードスーツであり、それを着た者は普段の数倍の能力を得る事ができる。

それを生かして毎分650発を放つ機関銃を片手で振り回しながら正確に当てる事が可能となる。

日本を襲う怪物を相手にしながらも、強力な武器を持つ事で人間はある程度の恐怖を和らげる事ができる。

SF映画でしか見た事がないような二足歩行の恐竜もどきは、7.68mm弾によって蜂の巣にされていく。

 

「こいつら、いったい何処から沸いてくるんだよぉ!?」

 

「いいから、撃って撃って撃ちまくれ!こいつらを足止めして市民を逃がし続けろ!!」

 

巨大な木の怪物はロケットランチャーによって倒され、鳥にしか見えない怪物は銃弾の嵐によってズタズタに引き裂かれ、トカゲの頭を極端に肥大化させた怪物は手榴弾と集中砲火によって倒していく。

しかしどれだけの怪物を打ち倒しても一向に数が減らない。幸い死体が残らずに消滅するため死体が邪魔になるという事もないが、理解の追いつかぬ事が続けば先に待っているのは錯乱だ。

 

「来るぞ!ロケットランチャーを用意!」

 

「構え!!」

 

精々人間サイズの怪物を倒し続けていくと、戦車よりも巨大な怪物が姿を現す。

四足歩行でありながらも全長で10mは軽く超えそうな体格をしており、漆黒に染め上げる体毛に頭部から生えるのは捻じ曲がった角。

ゆっくりとだが、歩く度に地響きを大地に響かせるその姿は王という名が相応しい。

小山のような巨大な怪物に如何に機関銃でも豆鉄砲でしかない。

何十人の自衛隊は大きな筒状の兵器であるロケットランチャーを一斉に構え、生物であるなら弱点であるはずの頭部へとロックオンする。

 

「撃て!!」

 

隊長らしき男の声と共に筒からロケット弾が発射される。

後部の推進剤によって推力を持ちながら真っ直ぐと怪物の頭部へと全段命中を果たす。

 

「ちぃっ!本部!巨大な怪物にロケットランチャーに効果は無し!」

 

「戦車はまだなのか!?歩兵だけであいつは抑えられないぞ!」

 

爆薬の一撃をモロに食らいながらも、怪物に頭部には傷一つ存在しなかった。

機関銃による銃撃を浴びながらも漆黒の体毛がそれを遮るかのように効果がまるでない。

そして10mという巨大な体格は歩くだけでも一種の災害だ。地響きによってまともに立っていられず、建築物が次々と壊されていく。

 

『こちら、D基地よりスクランブル命令により出撃、これより正体不明の……なんだ、あれは!?』

 

空中から飛来するのは鉄の鳥であった。

かつて人間が空を飛ぼうと夢を抱き、飛行機と呼ばれるものから発展したのは戦争に使われる戦闘機。

音をも置き去りにする事が可能である空の支配者であり、そのパイロットである男は目の前に存在する怪物に恐れる。

その怪物は空を飛んでいたのだ。トカゲに翼を生やした体格でありながら、巨大な翼で物理法則上ありえない羽ばたきを行いながら戦闘機に追いつこうとしている。

 

『ド、ド、ドラゴン!?いったい何時から日本はファンタジーになっちまったんだ!?』

 

蒼龍とも称すべきか、その怪物は飛びながら口から熱量を発しながら巨大な火炎弾を戦闘機に当てようとする。

しかし長年の訓練が実を結んだのか、真っ直ぐと飛ぶ程度の火炎弾に対して横回転によるバレルロールをしつつ緊急回避、

一昔の戦闘機であれば血液が身体中をあっちこっちと言ったりして意識を失うような無茶な操縦でも、洗礼されてきた技術の進歩はその程度で意識を失うには至らない。

そのまま空へ行くように方向を転換しながら、ぐるりと一回転する事で怪物の背後を瞬時に取り、ロックオン画面が龍を捕らえる。

 

『くたばれ!』

 

操作レバーにあるボタンをポチリと押すと、翼に設置されたミサイルが唸りを上げながら龍に命中する。

ミサイルの一撃をまともに食らった事によって鱗を撒き散らしながら地に落ちていく。

だが、ようやくファンタジーな敵を倒し終えたかと思えば、敵を感知するためのレーダーが空一面を覆い尽くそうとするではないか。

 

『……いったい、どうなってんだよ……』

 

空から舞い降りてくるのは龍の群れ。

何十では効かない。何百という数が日本という国に襲い掛かってくる。

 

そして地上のほうでも巨大な怪物の対処に追われていた。

どれだけの攻撃を与えても怯みもしない怪物には恐怖を抱く以外にありえず、だからこそその恐怖を打ち倒すための兵器が到着した。

 

「戦車砲、狙え!狙え!」

 

「斜線上に味方無し!」

 

「よし、撃てぇ!!」

 

四角形の箱のようなものにキャタピラが付き、上には巨大な砲身を持ち合わせる戦車が到着したのだ。

中には指示をする者、外を確認する者、武装を動かす者の三人によって動かされ、それに見合うだけの堅牢な防壁と攻撃力を備えている。

120mmという巨大な砲身から撃ち出される巨大な砲弾は音速すら突き抜けて怪物の肩を貫いた。

どれだけの攻撃を加えても怯みもしなかった怪物が、初めて体勢を崩すようになった事に歓喜の声が上がる。

しかし怪物は死なない。

今まで相手の攻撃に気に止めもしなかった怪物が咆哮を上げる。

呼びかけるように、相手に畏怖を与えるように。

王としての咆哮が呼び覚ますもの、それは……。

 

「あぁ、あああ!?冗談だろ!!」

 

「退避!退避ーーー!!!」

 

「うわぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!?」

 

空中から飛来するのは隕石であった。

何百もの隕石が自衛隊達に無差別に降り注ぎ、それは自衛隊だけではなく、空を飛行していた黒龍を貫通させ、更に街を復興すら馬鹿げてると言わんばかりに破壊していく。

抵抗すら無意味と教える完全なる破壊。巨大な怪物はその破壊活動に満足するかのように再び咆哮を上げる。

 

「ああ、煩いわねぇ……私のお気に入りストロベリーケーキの店を潰しておいて……!」

 

その少女は、空を飛んでいた。

手に持つのは巨大な赤い果実のイチゴのようなものであり、草らしき部分を引っこ抜くと咆哮を上げていたために開いた口へと投げ入れた。

 

「いい気になってるんじゃないわよ!!」

 

怪物の体内にイチゴが入っていき、それは巨大な爆発を引き起こしたのだ。

どれだけ強固な肉体を持とうにも、さすがに内部からの攻撃には耐えられないのか怪物は初めて膝を付いた。

しかしまだ生きている。憤怒を顔に染め上げながらも、赤毛の少女はそれ以上の怒りの声で持って左腕に付いたパネルを操作し始める。

 

「ふん、瞬間超々高熱式イチゴ爆弾に耐えられるのは褒めてあげるけど、こいつには無理でしょうね!」

 

パネルの画面から映っているのは宇宙から見た地球と、衛星であった。

イチゴ型の衛星が次々と仕組みを変えていきながら、さながら何かを狙い打つかのような形状に変貌していく。

 

「岡崎衛星スペシャルの真価、とくと味わいなさい!!」

 

パネル画面に指定された位置にあるのは、ピタリと倒れかけている怪物に一致する。

そして遥か遠くの衛星に大規模なエネルギーが満ち溢れ、それはそのまま銃口らしき場所に集い、地表目掛けて発射された。

 

「ぶぁくげきぃ~!!」

 

速度にしてほぼ一瞬。

衛星から地表まで一秒もかけずに狙い打ちされた砲撃は怪物を包み込み、断末魔すら上げさせずに消滅させていく。

後に残るのはあまりの温度熱量によって、ガラス化された地面だけであった。

 

「ご主人様!こいつら、何とか生きてるみたいだぜ!」

 

「ぐっ……き、君達はいったい……」

 

隕石の攻撃よって倒れている自衛隊を救助しまわるのは金髪に海兵隊の格好に近い少女だった。

自衛隊隊員は見知らぬ少女に戸惑いながらも、どうも赤毛の少女には見覚えがある。

はて、何処かで出会ったか……。

 

「ちゆり!ここはもういいわよ!元大阪地区に巨大な魔力の塊が反応してるわ!」

 

「へっ!?い、いや!この人達はどうすんだよ!」

 

「軍人さんなんだから一人で何とかできるでしょ!ほら、早く行くわよ!」

 

怪物からは助けたが、そこから先は何もする気はないらしい。

そして思い出した。

髪の色も、瞳も、服装も、全てを赤一色に染めた大学教授がいると噂に聞いた事がある。

この世にある全てのエネルギーが解き明かされた現代に、存在しない魔力というエネルギーがあると立証するために学会に喧嘩を売った少女の噂。

 

破天荒で魔力を求めて世界すらも超える岡崎夢美と、その助手の北河城ちゆり。

世界の異常なる異変に対しても、彼女達のするべき事はただ一つ。魔力への飽くなき追求だった。

 

そして異変は地球だけに留まらない。

ヴァナ・ディールも同じようにして、青い空が割れると同時に世界の終わりを告げる深紅の空に変貌したのだ。

 

騎士国家であるサンドリアは王子トリオンが事前に集めていた王立騎士団の戦力が幸いをしたのか、対処そのものは早かった。

だが、錬度のある王立騎士団であっても襲い掛かる魔物の強さはほとんどが苦戦してしまうほどだ。

錬度のある者ですらそうなのだから、入隊して一年も経っていない新米兵士に出来る事はほとんど存在しなかった。

 

「うわぁぁぁ!?」

 

デーモンに近いながらも、それはデーモンではない。

相手の魂に死という概念を刻み込む瞳を持ち、牛をそのまま悪魔に転じたような魔物の名はタウルスという。

並みの兵士では相手にする事も叶わぬ怪物に対し、次々とサンドリアの誇るはずの兵士が倒されていく。

巨大な尖った爪が鎧ごと引き裂いていき、無様に倒れる所を踏み潰される。

しかしこのタウルスですら、沸き続ける魔物のほんの一つでしかないのだ。

 

「下がれ!貴様の相手は……!」

 

駆け抜けるのは白銀の鎧に纏いしサンドリア一、二と誉れ高い戦士。

真っ赤に染められた刀身を持つ彼だけに許された獅子の剣を握り締め、悪魔の腕を断ち切ったのだ。

 

「このトリオン・I・ドラギーユが相手をしよう!でやあああああああああああ!!」

 

タウルスが行動を開始するよりも早く、トリオンの刃がタウルスの首を一瞬で持って跳ね飛ばした。

追撃と言わんばかりに三連続の斬撃によって残った肉体を切り刻んでいく。

 

「お、王子……」

 

「無事か。お前達はクリルラとピエージュが率いる神殿騎士団と共にし、まだ都市部に残っている民間人を救助せよ」

 

「しかし!私も王立騎士団の一人であります!」

 

「足手纏いはいらんと言っているのだ!王立騎士団はサンドリアの剣、敵一つ斬れない剣は不要!ならばその身を盾にし、牙無き者を守り通せ!!」

 

新米とはいえ、王立騎士団に加入できるほどの剣士であればそこらの冒険者よりも腕のあるのは明白だろう。

しかし、新米には絶対的に足りないものが存在する。

それは戦闘経験の差。どれだけの修羅場を潜ったのか、それによって戦士として強さが決まる。

トリオンによって助け出された新米達は実戦経験など精々近場のオークと争ったぐらいだ。

ベテランの騎士団ですら苦戦する魔物の相手をさせるには分が悪すぎた。

トリオンに言い負かされて渋々ながらも新米達はトリオンの弟であるピエージュ・I・ドラギーユ、そしてサンドリア一の剣の使い手にして神殿騎士団の団長を勤めるクリルラが率いる神殿騎士団の元へと向かっていく。

元々は王都内の問題解決を主任務としている部隊のため、こういった街中まで魔物が現れる状況の中、上手く市民を移動させるのであればこれ以上の適任はいないだろう。

 

「トリオン様!」

 

「む、ラーアルか。如何にした!」

 

王立騎士団を率いるのがトリオンだとすれば、黒髪を後ろに纏め上げるこの男こそが騎士団の団長を勤めるラーアルだった。

ドラゴンスレイヤーの異名を持ち、彼と出会った竜は例外なしに切り捨てられているほど。

現にサンドリア王都内に現れる魔物の中、竜に属する魔物の大半はラーアルが打ち倒したのだ。

 

「サンドリア港、北サンドリアの市民は全てドラギーユ城への避難は終わりました。しかし、南サンドリアの貴族の避難が遅れている模様!」

 

「そうか、ならばラーアル!我等のするべき事は何だ?」

 

本来は王族と騎士団のみが入る事を許されるドラギーユ城であるが、現国王のデスティン・I・ドラギーユの素早い対応によって市民の避難場所となっている。

サンドリアは大きく分かれて三区画となっており、飛空艇の港であるサンドリア港、サンドリアを象徴とする城と木工及び鍛治ギルドを支える北サンドリア、そして市民や貴族などが住まう南サンドリアだ。

市民の多くは南サンドリアにいるために、避難が一番遅れているのだ。

 

「決まっております。我が剣はサンドリアの剣、その剣は眼前の敵を切り払い、民と国を守る事にっ!」

 

「ふっ、ならば我等も南サンドリアに行くぞ!ピエージュと神殿騎士団ばかりに良い所を取らせるな!」

 

「はっ!」

 

北サンドリアは他の王立騎士団に任せ、トリオンとラーアルは南サンドリアへと駆ける。

古き良き時代から受け継いだ美しきサンドリアの王都、それは恥知らずな魔物の手によって荒れ果て、壊されようとしている。

憩いの場としてあった噴水が砕かれ、自然のある草木は焼き払われ、何十年の歴史のある店舗が崩されている。

守るべきはずだった街並みに、知らず知らずにトリオンの握る剣の力が強くなる。

 

「それよりラーアル、気づいているか?」

 

「……身の内から出た闇の事ですか?」

 

「うむ、空が割れてからだが……あの闇が私より出た時、どうも我が剣が鈍い」

 

ヴァナ・ディールの空が割れ、見知らぬ世界が空を映した時だ。

その時にヴァナ・ディールの住民、人間も獣人も魔物すらも、身体から闇が溢れ出たのだ。

溢れた闇は天高く舞い上がり、闇を失ったトリオンは戦いながら感じ取っていた。

何処か、自分の大事な何かを失ったような。そんな気がするのだ。

 

「だが、そのような弱腰な態度では民を守れぬ!見えたぞ!喜べ、ラーアル!あれほどの巨体、魔物共の大将のはずだ!」

 

「ふっ、腕が鳴るものですな、王子!!」

 

南サンドリアに入る巨大門を潜り抜け、中心で暴れまわるのは先程トリオンが倒したばかりのタウルスと同種の存在。

しかし大きさが違う。通常のタウルスに比べて何倍にも大きい。

手にあるのは爪ではなく、叩き潰す事を重視した斧のようにも見えた。

漆黒の鱗を何枚にも重ねた強固な鎧は群がる兵士の攻撃をものともせず、鋭い斧爪と長い尾は一瞬でもってその兵士を薙ぎ払っていく。

市民はその巨大タウルスから逃げるようにし、神殿騎士団が相手に取ろうとしているがさすがに彼らではあれほどの魔物では分が悪いだろう。

 

「友よ、お前も何処かで戦っているのだろう?サンドリアはこの獅子の剣が守って見せよう!!」

 

一年前に行方不明となった騎士であり、唯一無二の友。

サンドリアに多大な貢献を残した男は今、何処にいるかは知らぬ。

だが、トリオンは知っている。

何処にいようとも関係がない。このような世界の異常に、あの男が動かぬはずがないのだから。

 

獅子の剣は気高く、真っ直ぐとした折れぬ誇りを武器に災厄へと立ち向かおうとする。

その剣に込められた思いが困難を切り裂き、未来へと繋げるための道標とならん事を祈って。

 

自然豊かなウィンダス、緑の街並みが戦火によって燃えようとしている。

逃げまとうタルタルとミスラ達、戦えぬ子供の手を母親が手を引っ張って必死に逃げようとしている。

だが背後から迫りつつあるのは二足歩行の青の斑点を持つ白い皮をした恐竜ラプトル。その足の速さは巨鳥であるチョコボに匹敵し、逃げる住民に追いつこうとする。

 

「はっ、はっ……!」

 

「早く!もうすぐだから頑張って!」

 

母親らしきタルタルは手を引っ張りながら子供と一緒に走っていく。

大人である母親が感じるのは恐怖だ。

臆病で知られるタルタルだが、この感情が思い出させるのは二十年前の水晶大戦にある。

家々が燃え尽き、戦いのよって地が抉れ、何処からも怒号が響き渡る。世界中が戦争であった時代の世代。

今の状況がまさにそれなのだ。

空が割れ、赤い空になってから平和であるはずのウィンダスが一瞬で戦火に巻き込まれた。

向かう場所はウィンダスを象徴とする巨大樹である星の大樹。二十年前の戦争でもそこで避難をしていた経験がある。

しかしウィンダスは広くて目的の場所へ辿り着くのは困難だ。本来であれば移送サービスを行っている魔道士の力を借りて各地区を移動するため、走って天の塔に辿り着く前に魔物に追いつかれてしまう。

 

「あぅ!」

 

「ああ、ミィちゃん!」

 

ミスラの少女が転んでしまった。

もはや背後にすぐ迫るラプトルが、血走った眼をしながら転んだ少女を噛み付こうとする。

子供の脳裏に浮かぶのは、仲の良い友達が食われ、殺されるという悲惨の光景。子供だからこそ明確なイメージが沸くわけでもなく、ただ漠然と友達は助からないと察してしまう。

 

「守って、カーディアン!」

 

「了解★しまシた」

 

その危機をきょうきょ駆けつけるように邪魔をしたのは、ウィンダスの自動人形であるカーディアンであった。

カカシのような人形を指示するのはカーディアンの製作者であり、手の院院長のアプルルだった。

しかしカーディアンは大戦が終了し、アプルルが手の院の院長となってからカーディアンには戦闘技術というモノは失われている。

カーディアンの持つのは大きな盾であり、車輪を全快に回しながら魔物に突撃して抑えているのだ。

 

「見つけたぞ!ウィンダスの平和を脅かすワルモノめ!」

 

民間人に早く逃げろとアプルルが言うよりも早く、何処からともなく少年の声が聞こえた。

その声の主は段差となっている上の部分にふんぞり返るように立っている。

 

「ウィンダスの平和はこのスターオニオンズ団が守る!泥棒ミスラも倒したこの……!」

 

タルタルとミスラの子供達が一斉に取り出したのはワイルドオニオンと呼ばれる玉ねぎだ。

 

「オニオン爆弾をくらえー!」

 

「ちょっとー!?」

 

カーディアンが押さえ込んでいるラプトル目掛けて一斉に爆弾が投げられた。

爆弾が当たる度にドガンドガンと爆発音を響かせ、爆弾の粉塵によってよく見えなくなってしまう。

しかもカーディアンごと当たっているのだからアプルルの叫びも最もだった。

 

「ま、まだ生きてますよ!」

 

「むむ!」

 

眼鏡をかけた理知的そうな子供が粉塵が晴れて露になるラプトルに大将らしき少年は驚く。

彼らが使ったオニオン爆弾というのは決して子供が使うような代物ではないのだが、それでも生粋な魔物からすれば毛ほどでもない。

しかし攻撃をしてきた者に対して怒りを持つのは魔物としての共通点なのか、押さえ込むカーディアンを払い除けて子供達の集団に襲い掛かろうとする。

アプルルも急いでカーディアンの再起動をかけて追わそうとするが間に合わない。

 

「うわ、わわわわ!」

 

ようやく自分の相手にしていたのが血に飢えた魔物だと理解したのか、迫るラプトルに慌ててしまう。

どんなに勇敢でも子供は子供。オトナすら容易に命を終わらせる魔物相手に抗う手段は持っていない。

 

「ふん、ここにも一匹紛れていたか」

 

だが、抗う事のできるオトナはいる。

本当の意味でウィンダスを守ろうとする志を持ち、そのために力を身に付けた男がウィンダスにはいる。

 

「ファイアⅣ!」

 

詠唱を一瞬で済ませての火柱がラプトルを狙い打った。

腹から背中にかけての火の槍は肉を焼き焦がしながら内蔵を炭化させ、炎の勢いはそのままラプトルを飲み込んで灰にしていく。

アプルルと同じ院長服でありながらも、玉ねぎのような奇妙な帽子が特徴的で小さな眼鏡をかけた男。

これほどの魔法を使いこなせるのはウィンダス広しと言えども二人だけ、その内の一人であるアジドマルジドであった。

 

「お兄ちゃん!?どうしてここに!」

 

「どうしてここに、じゃない。お前のカーディアンが不甲斐ないからわざわざ来てやっただけだ。案の定、ここに魔物を進入させている」

 

「あうっ」

 

兄からの容赦のない言葉にアプルルは倒されそうになる。

道案内に特化された防衛用に切り替え、迫り来る魔物から守っていくのは無理がある。

それでも進入された数で言えば大戦から二十年経ちながら未だに戦力を回復させていないウィンダスの部隊でも一般市民を避難させる程度には押さえ込んでるのも事実。

アプルルが今までに作り出したカーディアンがいなければ確実な犠牲者を出していただろう。

 

「わわぁ!なんだあれ!?」

 

まだ逃げていないタルタルの少年が指す方向。

それは巨大な竜だった。

真龍やワイバーンなどと言った類ではなく、細長い身体を持ちながらも赤黒い鱗を持っている。

竜の鼻の近くにある触覚らしき部分は髭のようにも見え、竜のように見えてそれは竜にあらず。

大戦が終わった境に姿を消したアンフィプテレという闇の王直属の魔物だった。

空中から高速で飛来してくるそれは真っ直ぐとアジドマルジドの方向に向かってくる。

水晶大戦で最も激戦と知られるザルカバード大戦では、数多の人間の命を奪ったその強さは並みの冒険者を文字通り一蹴可能なほどである。

だが、アジドマルジドは断じて並み程度で収まる者ではない。

最強にして最凶にして最狂の魔道士シャントットの弟子であるアジドマルジドの実力は、たかが魔物如きに苦戦するような男ではないのだ。

 

「フレアII」

 

真っ直ぐと迫るアンフィプテレに核熱の炎をカウンターとしてお見舞いし、強固なはずの鱗が蒸発していく。

 

「フラッドII」

 

核熱の炎によって弱まった水の耐性に対して濁流の如き水撃が一つも残らず鱗を引き剥がしていく。

 

「バーストII」

 

雷撃と雷撃の応酬が重なり合い、焦げ付くような臭いがウィンダスに広まっていく。

 

「クエイクII」

 

空中から地上に叩き落されたアンフィプテレに待っていたのは地割れによる一撃、天高くその巨体が放り投げだされる。

 

「トルネドII」

 

もはや瀕死に等しい状態に追撃とばかりに疾風の竜巻によって全身を細切れにしていく。

 

「フリーズII」

 

そして氷の元素が急速に高められ、バラバラになりかけているアンフィプテレは氷のオブジェとなるように固まっている。

 

「トドメだ。塵も残さん!コメットッ!!」

 

燃費が最悪と言われる古代魔法を詠唱無しに、かつ連続で唱え続けられる馬鹿げた魔力。

その魔力をフルにして使われて召喚されたのは隕石であった。

巨大隕石によって殲滅するメテオに比べても小さな石であるが、固まったアンフィプテレはその一撃を避ける事も防御する事も許されずに食らい、大爆発と共にアジドマルジドの宣言した通りに塵一つ残らず消滅していく。

何mはあろうかという魔物を一瞬で持ってケリを付けるアジドマルジドには誰もが呆けるような顔で見つめている。

 

「何をしている!ここももうじき戦火に入るのは見ての通りだ!星の大樹へと急げ!」

 

早く行けと言わんばかりのアジドマルジドの怒声に誰もが目的を思い出し、走り出していく。

今はカーディアンによって幾らか押さえられても、先程のアンフィプテレのような魔物が何匹も出てくれば守りきれるか怪しいものだ。

アジドマルジドも所詮は魔道士なため、複数体の相手をするのは苦手だ。それでもそこらの魔物程度だとアジドマルジドの前には相手にもならぬが。

 

「……何をしている。早くお前達も逃げろ」

 

「お、お、おいらはウィンダスの平和を守るスターオニオンズ団の団長だぞ!逃げてたまるもんかい!」

 

逃げずに残っていたのはラプトルにオニオン爆弾をぶつけた子供達だった。

アジドマルジドが巨大な魔物を瞬殺したとはいえ、結局は戦争を知らぬ子供達に過ぎない。

殺意というものを向けられて無事な者などいないのだ。あれだけ大口を叩いていた少年は、足をぶるぶるを震えている。

 

「……ふん。そうか、ならお前達に仕事をくれてやる」

 

「し、しごと?」

 

「そうだ。戦えぬ者が天の塔に避難しているのは分かるな?その守りは強固だが、万が一の事がある。お前達はその市民達を守ってやれ。ウィンダスの未来は、世界の光を導くのはお前達なのだからな」

 

「……わ、わかったぞ!よし、スターオニオンズ団、天の塔にいくぞ~!」

 

アジドマルジドの言う事に納得したのか、子供達は天の塔に向かっていく。

それを見ていたアプルルはクスリとした笑みを浮かべていた。

 

「何が可笑しい」

 

「ううん、まさかお兄ちゃんがあんな事を言うなんてね」

 

アジドマルジドの事をよく知るアプルルからすれば、先程の台詞はありえないような言葉だ。

その事にアジドマルジドは苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

 

「ちっ。昔の俺を思い出しただけだ」

 

まだ幼い子供の頃、大戦真っ只中の最中でありながらアジドマルジドは戦争に参加をして無茶をしていた。

タルタル特有の膨大な魔力に加え、天賦の才を持つがために無茶をしながら生き残れた。

だが、生き残れたのは単純に運が良かったと言えるからでもある。ほんの少しでも間違えていれば戦場の屍の一つになっていたのも確実だった。

だからこそ、子供達と幼い頃の自分がダブって見えたのだ。

これからの新しい時代を築いていく子供達がこのような泥臭い戦火など知る必要などない。

そういった泥臭い仕事の役割こそ、例え理由が分からなくても自分達オトナが背負うべき問題なのだ。

 

「!……カーディアン第三部隊突破されちゃった!ここに小隊規模の魔物がやってくるわ!第五部隊も突破されかけてる!」

 

カーディアンの製作者であるがゆえに、アプルルはカーディアンとの繋がりを強く保てる。

それはさながら獣使いと操られた魔物のように、召喚士と召喚獣の関係のように、カーディアンの見たモノがアプルルに繋がっているのだ。

カーディアンが壊され、乗り越えられ、ウィンダスに攻め込んでくる魔物の群れ。これからが本番なのだ。

アプルルが持つのは離れた位置であっても連絡が取り合えるリンクパールだ。

カーディアン部隊が突破された報告からすぐさま反応が返される。

 

『オホホホホ!!よござんす!丁度暴れ足りないと思っていた所でしたわ!

アジドマルジド、貴方は第五部隊の所にお行きなさい!わたくしは第一から第三までの進入をしようとする愚か者を制裁してきますわー!』

 

その反応を返したのはウィンダスの誇る最高戦力であるシャントットだった。

他の者を答えを聞かずにすぐさま向かっていったのがリンクパールから響き渡る怒声と嘆きと呆れの心の声から分かる。

主に苦労性になりやすいトスカポリカ、書記官であるクピピの声が特に強く響く。

 

「えぇと……」

 

「シャントット博士なら問題はないだろう。俺は第五部隊へ行く。お前も精々カーディアンを壊すなよ」

 

魔道士は一人であれば脆く倒されやすい。

そうした常識を捻じ曲げるシャントットであれば何も問題はないだろう。

一種の信頼感のある師匠と弟子の関係であるアジドマルジドからすれば、シャントットという魔道士は心配するほうが間違いである。

 

「う、うん!気をつけてね!」

 

アプルルの激励に、アジドマルジトは不敵の笑みを浮かべる。

 

「誰にモノを言ってる?俺はウィンダス口の院、院長アジドマルジドだぞ?」

 

ウィンダスの最高司令官という職務を若くして就いているのだ。

ゆえに、誰にも負けぬように鍛えて鍛え抜いた。

口の院の院長として敗北は認められない、少しでも無様な真似をすれば待っているのはシャントットからの理不尽な制裁だ。

今は亡き英雄が守り抜いたウィンダスを汚そうとする馬鹿共を駆逐するために、アジドマルジドは魔力を身に滾らせながら更なる戦場へと向かっていった。

 

工業都市として名を馳せたバストゥーク。

岩山から街を築きあげ、血と汗と誇りを糧に成長を遂げたはずの国家は、魔物の軍団との戦場となっていた。

何処を見渡しても貧弱一般人が魔物から逃げようとし、兵士達を指示しながらも理解の追いつかない分隊長の叫びが響き渡る。

ヒュームとガルカの確執が残る国でありながら、今はその確執など存在しない。

生き残るために誰もが心に支配される。

理解の及ばぬ『恐怖』という存在に。

 

「うおおぉぉぉ!待ちやがれぇぇぇぇぇ!!」

 

金髪を短く刈り上げた青年が必死な形相をしながら両手斧を持って走る。

待て、と言いながら背中を追いかけるのは巨大な虎だ。

剣虎とも言うのだが、荒廃とした土地であるバストゥークにはいないはずの魔物だった。

いくら追いかけようにも剣虎の足の早さには追いつけない。強靭でしなやかな筋肉を持つ剣虎の足の速度はチョコボにも匹敵するからだ。

しかし若くしてミスリル銃士隊に配属されたナジは諦めない。

剣虎はナジから逃げているのではない。目の前の人間を襲おうと走っているのだ。

剣虎とナジとの距離は引き離され、貧弱一般人に剣虎の牙が迫ろうとしている。

 

「部隊、構え!……撃てぇ!」

 

女の声が響いた。

響く声と共に走り続けていた剣虎が襲うのやめて身を捻るようにして自分に迫る脅威を回避する。

剣虎のいた場所に銃弾の跡が残り、紙一重でそれを回避したのだ。

 

「ようやく追いついたぞ、この野郎!!」

 

しかし銃弾を回避したと思えば後ろからのナジがやってくる。

散々走らせたためか息切れをしているが、怒りに身を任せるように愛用の両手斧を力一杯振り上げて首へと落とした。

まっすぐと斧は剛毛な黒毛をものともせずに肉を裂き、そのまま力任せに骨ごと砕いて切断した。

首を失い、力を失った身体はそのまま光の粒子へになっていく。

まるで、最初から存在などしていなかったように消えていく。

 

「ナジ!なぜ貴方がここにいるのですか!貴方の仕事は大統領の警備でしょう!」

 

「そ、そのプレジデントからの仕事だ仕事!俺も民間人の救護に迎えって言われたんだよ!」

 

バストゥークの技術の集大成の一つである銃、その部隊を率いるのはナジと同じく最年少でミスリル銃士隊に所属するアヤメであった。

頑丈な鎧に両手斧を武器とする戦士のナジとは違い、真っ赤に染められた具足に鋭い切れ味を持つ刀、動きやすいように黒髪をポニーテールにしている姿から侍だとわかる。

 

「大統領が……?」

 

「正確に言えばコーネリアから、だけどな。バストゥークの代表でもあるミスリル銃士隊が今ここで民を守らずにどうするかってプレジデントと言い争ってな」

 

国を取り締まる大統領の娘、コーネリア。

本来は大統領を護衛する任務にあったナジであったが、コーネリアはミスリル銃士隊の力を民を守るために使うようにと父である大統領と言い争ったのだ。

護衛し、安全な場所へ送るだけなら別にナジでなくても可能だ。

それならば兵士と民の士気を引き上げるためにもミスリル銃士隊全隊員に課せられた任務はただ一つ。

魔物を一匹でも多くを打ち倒し、一人でも多くの人命を救え。

それだけだ。

 

「なるほど……って、コーネリア様を呼び捨てにするとは何事ですかっ!」

 

「いてぇ!?殴る事はねぇだろ!?」

 

ガンといい音をしながらアヤメの拳がナジの頭に降り注いだ。

仮に大統領の娘に対して、大統領直属のミスリル銃士隊が呼び捨てなど不敬罪にされてもおかしくない。

バストゥークの危機であるというのに言い争う二人。この二人は互いが同時期かつ最年少で入隊したためか、割と対抗心が高かったりするのだ。

アヤメのほうは普段はナジの言い分には受け流しているとはいえ、それでも根が真面目であるためにナジの駄目な部分には容赦無く突っ込んだりするのである。

一般兵から見れば憧れと畏怖の存在であるエリート部隊であるミスリル銃士隊の二人の争いに何をすればいいのかとおろおろとしてしまう。

 

「その辺でやめろ。何時までもくだらない事で時間を潰しているんじゃない」

 

「フォルカー先輩!?」

 

「フォ、フォルカー隊長!?」

 

パンダナで白髪の混じった黒髪を纏め上げ、鼻には走るような一本傷を残す男。

ミスリル銃士隊の隊長にして、かつての水晶大戦で闇の王を討ち取った英雄の一人として世界中で語り継がれているフォルカーだった。

普段はあまり表の感情を出す事がないのだが、いつまでもくだらぬ事で騒ぎ続ける若い者にやや荒い声が出てしまう。

 

「ナジ」

 

「は、はい!」

 

「お前は大統領の任務によって、大統領の護衛から民間人を救助するための任務に就いた。ならばその仕事に責任を持て。ミスリル銃士隊の背中を背負うのならばな」

 

ナジからすればアヤメを除いたミスリル銃士隊は文字通り、自分よりも上の人間だと分かる者揃いだ。

元々なぜ自分がミスリル銃士隊に入れたのか疑問ばかりであり、自分をスカウトしたミスリル銃士隊の一人であるアイアンイーターにはボロボロにされている。

その更に上になるだろう隊長であるフォルカー、そして行方不明のザイドに至っては勝ち目すら見えない。

そのためか、お調子者であるナジでもフォルカーに対しては逆らえなかった。

 

「アヤメ」

 

「……はい」

 

「お前達はまだ若い。このような戦争にも似た状況に切羽詰るのも分かる。だからこそ、我等は自ら率いる兵士を、そして守るべき民の不安から守るための剣となり、盾ではなくてはならないのだ」

 

今の状況をフォルカーはよく知っている。

二十年前、誰もが戦火に脅えた忌まわしき時代。

普段は冷静であるはずのアヤメがこうも簡単にナジと言い争うのが、アヤメがその戦火に慣れていない証でもあった。

ナジとアヤメは若い。フォルカーの知る大戦争を知識としか知らないぐらいに。

しかしそんな言い訳は許されない。何千人の軍隊を背負い、何万人の民間人を守らなければならないのがミスリル銃士隊の役目。

 

「アイアンイーターは鉱山区に向かっている!ナジは商業区に、アヤメは港区に向かえ!私もナジと同じく商業区に向かう!各自、任務を達成し、必ず生きて帰るぞ!!」

 

フォルカーの指示によってその場にいた全ての兵士が動き出す。

もはやバストゥークに安全な場所など存在しない。如何に民間人を助け、魔物達の数を減らす事こそが勝負の分け目であった。

フォルカーを除く全ての兵士が迅速に行動する一方、フォルカーは赤く染まった空を見上げる。

 

「ザイド……こんな時にお前は何をしているんだ……」

 

友であり、同じミスリル銃士隊の仲間でもあるガルカの暗黒騎士の名を呼ぶ。

大戦が終わってからもよくふらふらと国を離れる事が多かったが、一年前から連絡の一切が途絶えて行方不明となった。

こんな時だからこそ、ガルカの英雄であるザイドがいればどれほど心強いか分からないものだ。

少なくともバストゥーク中のガルカの士気は上がる事は間違いない。性癖に関しては救いようがないが、それを抜きにしてもバストゥークでは無くてはならない人材なのだ。

 

「……いや、お前がこの状況で何もしないはずがないか……」

 

フォルカーは知っている。

ザイドという男が、このような異変で何もしない男ではない事を。

きっと、何処かで戦っているのだ。

自分の想像の及ばぬ何かと戦っている事ぐらい、長年の付き合いなのだから分かる。

だからこそ、守らなくはならない。

ミスリル銃士隊の隊長として、軍を率いる立場として、祖国を守るという任務を背負って。

フォルカーは覚悟を決めた目をしながらも、爆走し続けるナジの後を追いかけるように走り始めた。

 

三国がかつての戦争を思い出すような戦火に巻き込まれる一方で、世界の中心にして四国同盟の立役者、ジュノ大公国も例外ではないように魔物が襲来した。

家は崩され、火が大陸を繋げる橋を焼き、力の無い一般市民は逃げるしか手段は存在しない。

戦争を知る者は恐怖する。消えかけた戦をまた体験するのかと。

戦争を知らない者は恐怖する。身に降り注ぐ理不尽という名の暴力に。

 

「どうした。早く逃げろ」

 

「だ、だめだよ!フィックの花が!」

 

「うぅ~!重い~!」

 

ジュノが誇る親衛隊、そして冒険者達は絶えずにジュノに迫り来る魔物を撃退しながらも、同時に逃げ遅れる民間人の救助もしている。

軽めの革鎧を身に付けた銀髪のエルヴァーン、冒険者の一人がジュノの上層で見つけた子供たちを発見したが、かたくなに離れようとしなかった。

タルタルの少年が力を入れて運ぼうとしているのは花を咲かせた花壇だ。しかし、大人であっても持ち上げるのは困難だろうそれを子供が持ち上げる事など不可能だ。

 

「ジェド!何してるんだい!もうすぐここにも敵が来る!」

 

燃えるような赤毛をしながらも、やや切れ目のミスラの女性がエルヴァーンの青年の名を大きく呼んだ。

ジェドと呼ばれた冒険者よりも更に身軽かつ露出のある服装と、腰にある短剣からシーフである事が分かる。

 

「ジェド、何を……!?」

 

ジェドは膂力の優れたエルヴァーン、それも力仕事に慣れた冒険者だ。

確かに大人でも持ち上げるのは難しいモノでも、冒険者であるジェドは何も問題は無い。

タルタルとガルカの少年が唖然するように見ながらも、ジェドは軽々と言わずにしても花壇を両手で持ち上げたのだ。

 

「シェラ、急ぐぞ」

 

「あ、こら!たくっ……ほら、大人しくしてなよ、ガキども!」

 

自分が持つからお前は子供達を頼む。

長年の付き合いからか、無愛想で口数の少ない仲間であるジェドの言いたい事はミスラのシーフにも分かってしまうのだ。

何か言う前にさっさと避難所である塔内に向かってしまっただめ、片手ずつ使いながら子供の首を掴みながら後を追いかけるように走っていく。

そして塔内の避難所ではジュノ親衛隊らしき者が次々と民間人を安全な場所に案内している。中にはジュノに定住を許されたゴブリンもいるほどだ。

保護をした子供、そして花壇をその者に任せ、二人の冒険者は再び橋の方へと向かっていく。

 

「なんで花壇なんて運んだのさ?あんたらしくもないね」

 

「……大事なものは人それぞれだ」

 

ジェドの性格を熟知……とは言わずにしてもよく知ってるぐらいには知ってるシェラからすれば、わざわざ花壇を運ぼうとするとは思えなかった。

滅多にその無愛想な顔を変える事はなく、冒険者として困ってる人は見過ごせない面もあるとはいえ、それでも緊急時には容赦なく切り捨てられる非情さも兼ね備えてる。

今がその非常時だ。わざわざ子供の花の一つや二つに構っている暇などない。

今この時ですら、冒険者はジュノに侵攻する魔物の群れを食い止めているのだから。

 

「シェラ」

 

「な、なんだよ」

 

「死ぬなよ」

 

その言葉にジェドの言いたい事が分かってしまった。

子供にとって、戦火に巻き込まれるかもしれないと分かっていても、花壇に咲く花はそれ以上に大事なものだった。

そして、ジェドにとっての大事なものも、その戦火によって奪われる事を許さない。

口数が少なく、もしかしたら誤解で終わるかもしれないシェラの想像だ。それでも、長年の付き合いだからこそそういう考えに至ってしまう。

 

「~~!ああ、あんたもね!」

 

「ジェドさん!シェラさん!こっちです!」

 

やや顔を赤くしながらジェドに答えながら、階段を上がっていくと声が聞こえた。

ジェドにもシェラにも聞き覚えがありすぎるほどの若い男の声だ。

上層から避難所に向かい、そのまま元の層に戻るための途中の下層でヒュームの少年が手を振っている。

 

「よかった!二人とも無事だったのね!」

 

「なんだか大変な事になってんな、ねぇちゃん。ペタ様からの連絡も届かないし……」

 

そして少年だけではなく、同じ種族の少女、そしてタルタルの少年もいる。

それぞれがヒュームの少年はジェドよりも分厚い鎧から戦士、少女はゆったりとした胴衣から白魔道士、タルタルの少年は魔道士である事が多いタルタルには珍しい東方装束とも言われる拳法着を着込んだモンクだ。

シェラからしてみれば、ジェドと同じか、もしくはそれ以上の付き合いのある仲間達だった。

 

「アルにイーリス、チットまでも。何時の間にジュノに戻ってきたんだい?」

 

「つい先程です。戻ってきてジェドさん達に会いに行こうとしたら……」

 

アルと呼ばれる戦士の少年は細かなに説明していく。

近東の地であるアトルガンでの冒険を終え、一旦ジュノに戻ってみようとした矢先にこの騒ぎだ。

ベテランと言わずにしても、それなりに修羅場を潜っている冒険者であるはずのアルですら、この異常な事態には混乱しているようだった。

 

「あんたらがここにいるってことはもう話の流れはだいたい分かってるだろ?見ての通り、ジュノは魔物に襲われてる」

 

「な、なんで!まさか闇の王が!?」

 

「前触れもなしだからね。何にも分からないよ」

 

イーリスはかつての戦争を引き起こし、世界中の魔物と獣人を率いた闇の王を頭に浮かべるが、シェラは首を振るう。

空が突如として割れ、青い空は何処にも見当たらない。

深紅の空と、謎の大地。そこからシェラの知るヴァナ・ディールという世界は壊れたのだ。

平和であるはずのジュノは何処を見渡しても存在しない。

外を出ればすぐに戦火が飛び交い、塔内である場所ですら、傷ついた者が包帯に巻かれ、痛みに耐えるような人すらいるのだ。

 

――ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

「なんだ!?」

 

咆哮が聞こえた。

塔内にも響き渡る獣の声。アル達は急いで塔の外に出る。

外は黒い煙が上がり、無事な場所など一つも存在していなかった。

噴水は砕かれ、飛空艇パスを発行する建物は魔物の攻撃によって崩され、冒険者であるなら誰もが利用した事のある競売所は見る影もない。

冒険者が、そしてジュノ親衛隊が魔物と戦っている音が響く中、橋の先の先、巨大門を無理矢理にでも潜り抜けようとする怪物が遠目でありながら見える。

 

「ベヒーモス……陸の魔獣まで出るなんてなんでもありかい……」

 

シェラの呟きが漏れてしまう。

怪物の中で最も恐れられ、その力は空から流星すらも落とす個体もいる魔物の王。

本来はジュノと繋がった島、その更に奥に彼らの巣があるというのに、ジュノ下層と繋がった大陸と言えば果実ロランベリーの産地であるロランベリー耕地だ。

少なくとも、ベヒーモスが現れたという情報は一切存在しない場所からの奇襲。

頭が痛くなりそうだった。もはや、敵の現れるタイミングすらも計れない。

 

「……行こう、みんな。あいつを俺らで食い止めるんだ」

 

「アル!?いくらなんでも私達だけじゃベヒーモスは無理よ!」

 

陸の魔獣の異名は伊達ではない。

如何に一級廃人には狩られる存在とはいえ、アル達の実力ではベヒーモスを数人で戦いに挑むのはあまりにも無謀だった。

唯一、赤魔道士であるジェドだけはベヒーモスとの戦闘経験があるとはいえ、それでも何十人の冒険者がパーティを組む事にによって討伐できたのだ。

 

「それでも他の人は手が空いてない。今動けるのは俺達だけだ」

 

ベヒーモスの咆哮はジュノにいる者全てが聞いているはずだ。

それなのにベヒーモスに向かえないのは各自が自分のやるべき事で手が離せないからである。

魔物を倒すだけではない。

避難を遅れた者の救助、そして避難に向かうまでの護衛、避難場所の警護などやるべき事は沢山ある。

ただでさえ減ることの無い魔物の襲来に、いくらベヒーモスが現れても立ち向かっていけるのはアル達しかいなかった。

 

「決まりだな。アル、盾は俺がやる。手馴れているのがいい」

 

「分かりました!イーリス、危なくなったら引いてくれ!いざという時に白魔道士がいないと危ない!」

 

答えなど一つしかない。そう言わんばかりに真っ先にジェドが一歩踏み出た。

本来は分厚い鎧と盾を持つアルのほうが盾がいいのだが、ジェドはベヒーモスの戦闘経験があるために盾としての役割に打って出た。

そもそもジェドは戦士として兼業もしている。アルほどではないが盾としての能力はある。

 

「冗談言わないで!ここまで来て引くなんてないわよ!」

 

「危なっかしい事を真っ先にやるなんて損な役割だよ……やるからにはちゃんと生き残るよ!」

 

「こりゃぁ、逃げる事なんてできないよな……よし、頑張るぜ!」

 

そして五人の冒険者は駆けた。

矢と魔法が流れ弾のように飛び交い、戦場と化した町並みを走り抜ける。

人間と魔物との戦いを潜り抜け、倒されていく冒険者を見ながら歯軋りして耐えて、門を崩してまでも進もうとするベヒーモスにたどり着く。

でかい。噂に聞いていたベヒーモスは人間よりも数倍は大きいと聞くが、これはまるで小山のような大きさ。

筋肉の塊と分かる太い腕に覆われた毛は紫ではなく、漆黒の色に染まっている。浪打ように尻尾を揺らすだけで石造りの壁に罅が入り、人間が受け止めようとすればただでは済まされないだろう。

 

ベヒーモスもこちらに気づいたのか、殺気と狂気に満ちた眼光が狙い打つ。

もはや獣としての意識すらない。ベヒーモスにあるのは殺意のみ。

それぞれが得意とする武器を構え、声を上げながら陸の魔獣へと戦いに挑んでいく。

負けない。絶対に生き残ってみせる。そんな思いを込めながら、冒険者は絶望への戦いに向かっていくのだった。

 

空が割れ、赤い空となったヴァナ・ディール。

迫りくる謎の魔物の群れは四国同盟だけに留まらず、遠く離れた近東の地にすら現れた。

蛮族との戦いである防衛戦ビシージとは違う。

突如として、何の前触れもなく現れた魔物は防衛戦の舞台となるアルサビだけではなく、一般市民の住まう白門にすら現れたのだ。

アルサビの住民とは違い、白門の住民は魔物の襲撃に慣れていない。

いったい何処に逃げればいいのかもわからない。

ただ走り逃げ惑うだけであり、何も理解できぬ恐怖が身体を蝕んでいく。

 

そしてアルザビでは防衛戦ビシージではない襲撃に戸惑う皇国軍兵士がいた。

蛮族が率いる魔物だけではなく、噂に聞くクォン大陸とミンダルシア大陸を指す中の国の魔物の姿すら見えるのだ。

今までとは勝手の違う戦い、そして避難の遅れている市民。

この二つが悪い意味で折り重なり、いつものような機敏とした動きがとれずにいた。

傭兵であるはずの冒険者の数もそこまでいない。白門にいる市民の救助、そして魔物の退治に行ってしまったからだ。

何もかもが悪い状況の中、一人だけ大きな両手剣を振るいながらも魔物を倒し続けるエルヴァーンの戦士がいた。

 

「くっ……!挫けるな、諸君!諦めは我らの心を挫く一歩と知れ!!」

 

皇国軍の守護者にして、秘法である『魔笛』を守り抜く存在でもある五蛇将の長、天蛇将ルガジーン。

二本足でドスドスを足音を響かせながら襲おうとする茶色の巨大トカゲをかち割るようにして一刀両断し、そのまま返し刀のようにして四方八方からやってくるコリブリ、プーク、死鳥を薙ぎ払うようにして断ち切る。

人間サイズもあるほどの巨大狼、中の国では古い伝承としてノールという名を残す魔物が咆哮を上げながらもルガジーンの首を狙うべくして飛び掛る。

剣は振り切った後であり、到底防御も反撃も間に合わない。

 

「フラッシュ!」

 

騎士としての力を持つために、光の元素が急速に集まることで目くらましのようにノールの目に閃光が現れた。

間一髪、ルガジーン自身も身を捻るようにして首による噛み付きを紙一重で回避に成功する。

少しばかり掠ってしまい血が滲むが、致命傷には程遠い。

 

「はああああああああああ!!」

 

そして隙を晒すノールを見逃すほどルガジーンも甘くは無い。

振り上げた両手剣の刃はノールの腹を引き裂き、そのまま自慢の膂力を生かして振り切った。

結果、肉も骨も両断されて胴体と下半身が真っ二つとなり、そのままノールは光となって消えていく。

 

「……はぁ!……はぁ!」

 

思わず剣を杖にして休みたい。

ルガジーンの肉体はもはや限界間近であった。

つい先日の事なのだ。三つの蛮族が協力してアルザビに襲い掛かり、一歩間違えば陥落もありえただろう苦しい戦い。

ルガジーンとて人間だ。

如何に皇国軍の頂点に立ち、一級廃人を凌駕する実力者がなれる五蛇将。その長にしても、必要以上に働けば疲労も溜まる。

ルガジーンの身体は大型防衛戦の疲れが抜け切っていなかったのだ。

それだけではない。今は別の場所で戦っているだろう土蛇将ザザークを除き、他の五蛇将はその防衛戦で致命傷を負う事となって今も眠っている。

つまり、軍の要であり、象徴となるはずの存在の中、戦っているのはわずか二人だけなのだ。

 

「ぐっ!」

 

鳴り止まぬ戦の音と臭い。

兵士と傭兵の怒号、耳障りにも感じる幼子の泣き声。

そして、今にもアルザビの奥、皇街内を狙おうとする魔物の群れ。

アルザビと白門を繋げる隔たれた門を、ルガジーンはたった一人で守り抜いている。

ゆえに、休む暇などない。

呼吸をすぐさま整え、今まで以上に腕に重く圧し掛かる霊剣を掲げる。

 

「ひっく……ママ……どこ……」

 

「なっ!」

 

女の子が一人、戦場の中で歩いていた。

兎の人形を持ち、泣きながら親を探しているようにも見える。

この非常時に逃げ遅れた民だとルガジーンも分かるが、少女のいる場所はあまりにも危険すぎる。

今にも、剣虎と呼ばれる魔物の爪が少女を引き裂こうと――

 

「させん!!」

 

間に合うはずの無い距離でありながら、ルガジーンは女神に祈りながら少女の盾となるべく駆け出した。

普通であれば不可能とも言える距離の差を無視し、女神の加護を得られる戦士だからこそ可能となる技。

冒険者はそれを…ナイトと呼ぶ。

 

「ぐ……ふっ……」

 

「あ、あ……」

 

迫り来る爪の一撃を、ルガジーンは己の身を盾にして防いだ。

赤い鎧は容易に貫かれ、背中は皮を引き裂き、肉を抉る。

ぽたぽたと赤い血が足に流れながらも、ルガジーンは痛みに耐えながら少女に向かって笑みを浮かべた。

 

「ぶ、じか……」

 

「…………うん」

 

「ヨミ!ヨミ!」

 

薄汚れた女が誰かの名前を挙げながらこちらへとやってくる。

剣虎はその女に反応するが、それよりも早くルガジーンは爪の一撃から脱出すると手に持つアルゴルで持って剣虎の首を跳ね飛ばした。

 

「ママ……」

 

「ル、ルガジーン様!」

 

「その少女の親か……ここは危険だ。傭兵の仮宿であったモグハウスも避難所として使われている……急げ!」

 

尚も止まらぬ血流を無視するかのように、堂々としながら避難場所であるモグハウスのある方向へと指で示す。

元々女のほうも分かっていたのか、軽い会釈と感謝の言葉をしながら少女の手を引きながら走り去っていく。

そこでルガジーンの限界であった。膝が崩れ、片足を地に着けてしまう。

 

「……もはや限界か」

 

度重なる戦いによって魔力を失い、もはや自らの魔法で肉体を癒す事はできない。

そして身体の傷だけではなく、疲労によって一歩も動ける気がしなかった。

血も流しすぎた。剣を握る力が入らない。

 

「だが、私は皇国の盾。我が身が朽ち果てるその時まで、付き合ってもらおう」

 

ルガジーンの前には数十の魔物が所狭しとやってくる。

道の脇には倒れ、動かなくなった同胞の姿。

例え自分と同じく国のためなら命を投げ出す覚悟をしているとはいえ、同胞がそのような姿になる事に歯軋りをしながらも、力が入らないはずの身体に奮いを立たせ、剣を杖にしながら立ち上がる。

そして魔物もまた、瀕死であるルガジーンに気づいたのか、喜々としながらルガジーンへと向かってくる。

魔物の牙と爪、それらによってルガジーンは八つ裂きにされるであろう。しかしただ八つ裂きにされるだけでは終わらない。

せめて一匹でも多くの魔物を道連れに落とす。その意思を込めて一歩を踏もうとした瞬間だった。

 

「ファ・イ・ガ~!!!!」

 

凄まじいまでの熱量と爆炎がルガジーンを襲おうとした魔物の群れを一瞬にして焼き払ったのだ。

だが中にはその攻撃にも耐えた餓鬼のような悪魔インプが狂気に任せながら突撃してくる。

 

「させません!サイドワインダー!!」

 

風を引き裂きながらやってくるのは四本の矢。

その矢を察したのか回避行動を取ろうとするが、一本二本と軽やかに矢を回避したにも関わらず、三本目の矢が小さな翼を貫き、驚愕に変わる悪魔の顔に最後の矢が貫いた。

二本の矢を囮にしながら見事にインプに矢を当てた技量。そして先程の魔物の群れを焼き尽くす魔法の使い手。

 

「あーもう、こっちだってまだ万全じゃないのに一人だけ傷ついてさぁ。癒す身にもなってほしいよ」

 

まだ幼さが抜けていない少女の声と共に、ルガジーンの身体に温かな風が包み込んだ。

女神アルタナの癒しであり、その癒しの御身を受けたルガジーンの傷ついた肉体は完全に回復する。

さすがに失った血までもすぐに治らないとはいえ、少なくとも傷が塞がった事によってこれ以上の体力と気力の消耗は避けられるだろう。

 

「ガハハハハハハッ!それでこそ我らの長だ!遅くなって済まないな、大将!」

 

このような状況であっても何とも豪胆な声が響く。

如何なる場所であっても変わらぬ自信に溢れたその声は心に安心感を覚えるほどだ。

 

ルガジーンが振り返れば、いないはずの五蛇将が立っていた。

不機嫌そうな炎蛇将ガダラル、まだ疲労の色を顔に残すナジュリス、身体を伸ばそうとする水蛇将ミリ・アリアポー、そして大笑いをする土蛇将ザザーク。

アトルガン皇国軍が誇る最強にしてアルザビの守護者。

その五蛇将がようやく全員復帰したのだ。

 

「な、起き上がっても大丈夫なのか!?」

 

ルガジーンの心配も最もであった。

先日の大型防衛戦によって、ガダラルは魔力の使いすぎによる昏睡に、ナジュリスとミリは蛮族からの攻撃によって重症を負ってしまったのだ。

一日二日程度で治るようなものではない。最低でも一週間は完治に時間を必要とするはずだと医者から聞いている。

現にナジュリスの弓術の腕こそ落ちていないものの、顔色を見れば明らかに万全な状態ではないと分かる。

ガダラルもまた、時折頭を押さえるようにして痛みを抑えていた。

 

「ふん。こんな戦の臭いをぷんぷんとさせてゆっくりと寝ていられるかよ」

 

「そーそー。頼りにならない隊長様もいることだしね。私達がいなかったら危なかったじゃん」

 

根っこからの軍人であるガダラルからすれば今の状況でゆっくりと寝ていられるような男でもなかった。

戦と知れば戦場に赴き、羅刹としての力を存分に振るう。

それこそが炎蛇将としての役目。たとえ魔力の使いすぎからなる頭痛があろうとも、彼は構わず魔法を使い続けるだろう。

 

そしてミリもまた、理由は違えどアトルガンの危機に対して眠っているような少女でもない。

この国を愛する親友がいる。その親友は今でも民を守るために動いている。

本来は貴族などといった位の高い者以外立ち寄る事が許されない区画を避難所にし、アルザビの住民であっても白門の住民であっても避難所として受け入れている。

状況の理解できていない上層部はそのことに非難しているようだが、戦場に赴く前に聞いたこの話によって、ミリは親友のため、そしてアトルガンのために戦おうと決意を固めたのだ。

 

「ルガジーン様。我が身はアトルガンのためにあり、そのアトルガンを作る民を守るための戦いをせずに何が五蛇将でしょう」

 

「そうだ。俺らが集まれば敵うものなんて何も無い。恥知らずな奴らに分からせてやろうじゃないか!」

 

ナジュリスは若くして五蛇将の座についた者。

その責務を誰よりも分かり、ゆえに彼女は迫り来る災厄に対しても立ち向かえる。

それに同意するかのように、ザザークも愛用の刃の付いたナックルを身に付ける。

守るべき国がある。守るべき民がいる。

その理由があれば何処に戦わぬ選択肢があるだろうか。

戦う理由に違いはあれど、彼らは五蛇将としての責務を全うしようとするのみ。

 

「……諸君らには感謝をしてもし切れない。ならば、五蛇将として聖皇様に捧げるはアトルガンを、そして民を守り通す事!

聞け、我が皇国軍よ!!勝利の女神は我等にある!一騎当千の勇者達よ、決して諦めず、そして戦い抜け!!」

 

五蛇将の完全復活。

戦線復帰は厳しいとされていたはずの三人の五蛇将が戦場に戻り、それはすぐさまアトルガン全土に響き渡り、同時に皇国軍の士気上昇にも繋がる。

英雄の残した宝剣をより強く握り締め、ルガジーンは眼前にやってくる多数の魔物を相手に決して怯まず、仲間である五蛇将と共に荒れ狂う戦場へと身を投げ出した。

 

そして本来ならアルザビでの防衛戦で戦うはずの傭兵が白門で戦っていた。

さすがは順応性の高さに定評のある冒険者というべきか。

確かに皇街内奥地に現れる魔物達の襲撃に戸惑ったとはいえ、従来の防衛戦と同じように即席のパーティを作り、魔物の対応をしている。

今までの防衛戦の経験を生かされていたのか、貧弱一般人を守りながらアルザビとの街並みが似ている白門の陸地を生かして多くの魔物の分断をしながら貧弱一般人と魔物を引き離していく。

そして引き離された魔物の処理が冒険者、そして皇街を守ることに使命を持つ不滅隊の仕事である。

アルザビとは違い、戦火の傷を負うことのなかった白門に傷つかない場所はない。

地面は魔法によって抉れ、壁は魔物の爪によって引き裂かれ、何処を見渡しても剣を手に取って戦う者ばかり。

もはや安全な場所など一つもない。

 

「そらそらそらそらぁぁぁ!おぉぉぉしまいっ!」

 

そんな危険と隣り合わせとなる戦場でありながら、むしろ生き生きとするぐらいに戦う女戦士が一人。

真っ赤に染められたハーネスは戦場ではよく目立ち、黒髪のポニーテールを揺らし、それ以上に目にも止まらぬ速度で片手に持つ斧で持って次々と襲い掛かる魔物を返り討ちにしていく。

女だけではない。隣り合うように女が打ち漏らした魔物を己の牙で持って食い千切るラプトルもいる。

彼女は戦士ではなく、獣使いなのだ。それも戦士顔負けと言わんばかりの片手斧の使い手でもある。

 

「お袋、前に出すぎんなよ!こっちの事を考えてくれ!」

 

「あーん?なぁに、軟弱な事言ってるんだい、このバカ息子は。あたしらが前に出なくて何時出るんだい?敵さんはぽこじゃかとやってくるんだよ!!」

 

獣使いとラプトルが如何に常識外れの強さで魔物を薙ぎ倒しているとはいえ、それでも魔物の数が数だ。

街区に分散しようとする魔物がおり、そうした魔物は後方にいた冒険者達が遮る。

ただでさえ皇街内で混乱している中、これ以上の魔物が街区にいれば貧弱一般人の救護が遅れてしまう。

それを防ぐための冒険者の一人が叫ぶ。ヒュームの騎士のようだがヒュームにしては身長が高く、何処か顔立ちが獣使いの女と似ていた。

無敵の二文字が与えられたミリアム・グラント、その息子であるダグラス・グラント。

親子二代の冒険者であり、彼らはアルザビの防衛ではなく、白門の防衛に従事しているのだ。

 

「あんたもナイトなら前に出な!後ろでちまちま戦っても意味はないよ!」

 

「っ、あんたなぁ!今はただでさえこの混乱でリンとニムの連絡が取れないんだぞ!?」

 

ダグラスとて、可能であればミリアムの隣で、それ以上の戦場で剣を振るいたい。

騎士として力のない民間人を守り、そのために敵を倒すのも重要だからだ。

しかしダグラスは騎士であると同時に、己の仲間を守るナイトでもあるのだ。

魔物と戦い続けてすでに幾らか経ってるとはいえ、ダグラスの仲間との連絡が取れていない。

今、何処で何をしているのか。危険が迫っていないのか。それが気掛かりなのだ。

 

「はっ、んなくだらない事に悩んでんじゃないわよ。何時までもガキじゃないだからね」

 

しかしその悩みを母は一刀両断した。

口論をしながらも絶え間なくやってくる魔物の群れを何の支障も無く倒し続けるのはさすがとしか言いようが無い。

 

「リンちゃんも、ニムの坊やも、そしてダグラス。あんたも冒険者なのよ?ナイトである以上に仲間を心配するのは分かる。でもね……!」

 

基本が四足であるはずのノールが二足歩行となり、狼男となったノールは鋭い拳を放つ。

ミリアムはそれをあろうことか武器を持っていない左手で受け流すようにしてから相手の手首を掴み、そのままぐいっと引っ張ると、無防備となったノールに斧を用いて、閃光と間違える刃風で持って切り刻んだ。

 

「今するのは心配じゃなくて信頼!そわそわしてる暇があるんなら、"あいつらなら大丈夫だ"ぐらいの考えで突っ走りなさい!未熟者のあんたには……!!」

 

膨大な"気"が斧に集い、それはバチバチとした雷撃を纏わせる。

武器にはそれぞれ適した元素の引き出し方が存在し、"気"を纏わせる事で片手斧は雷の力を引き出せる。

しかし雷の力を引き出せるのは極少数。使いこなせる者など、無敵のアルティメットミリアムを除いて誰もいないのだ。

 

「それで十分!!クラウドスプリッタ!!!」

 

雲が割れた。

比喩ではない。赤い空であっても存在する雲は、ミリアムが振るった雷撃の斧によって真っ二つに割れたのだ。

そして、それを振るわれた数多の魔物。何十、何百では効かぬ魔物が消し炭となり、次々と光へと還っていく。

しかし何百の魔物が倒されれば、更にそれ以上の魔物が何処からともなく湧き出てくる。

切りの無い戦場を見ながらも、ダグラスは少しながら悩みながらも一歩二歩を歩き、ミリアムの隣へと立った。

 

「ようやく覚悟を決めたか、バカ息子」

 

「ああ、お袋。だがな、俺がここにいるのは信頼してるだけじゃない。俺がナイトとしてこいつらを足止めできれば、あいつらの危険もまた減る。それだけだからな」

 

それなりに満足の行く答えだったのか、うんうんと頷きながら拳骨一発。

いきなりの事にダグラスは怒るが、ミリアムは聞く耳を持たずと言わんばかりに片手斧を握り直し、戦場へと向かっていく。

誰もが叫ぶ。誰もが命を守ろうと戦い抜く。

己の信念を、己の進むべき道を信じて、戦いの果てに生き残ろうとする命の輝きに満ちていた。

 

 

 

ヴァナ・ディールが謎の魔物の襲来によって混乱するように、幻想郷も同じような状態になっていた。

アビセアンと呼称された魔物が急速に膨れだし、安全な場所であってはずの人里ですらアビセアンの脅威に晒されようとしている。

人間も妖怪も……この時ばかりは幻想入りをした獣人ですら身の安全のために妖怪と協力する者もいたほどだった。

その中で、地底との入り口をたった二人の妖怪が守り抜いている。

 

その拳は天を振り上げれば天をも砕く。

その足は地に振り下ろせば地をも砕く。

 

妖怪の中で最強ともされる鬼。

その鬼の中でも最も強く、デタラメとも呼ばれる英傑。

山の四天王である伊吹萃香、そして星熊勇儀。

 

幻想郷では数多に存在する妖怪と神、そして冒険者すらも彼女と互角に渡り合えるのは極少数。

如何にアビセアンと言えども数だけ集まっても勝負にもならないはずだった。

 

「鬼符「怪力乱神」!!」

 

「鬼火「超高密度燐禍術」!!」

 

しかし今の二人の姿は何だろうか。

苦戦のしようがないはずの相手をし、息切れを激しくしながら拳と技を振りかざす。

拳は敵を穿つ、技によって萃まった火球は消し滓すらも残さない。

何も知らぬ者が見れば、人には対抗の難しい魔物を相手に一撃で持って仕留めているとしか思わないだろう。

だが、そんな簡単なものではない。

技を使う本人が、己の使う技に顰めながら次々とアビセアンを葬っていく。

 

「随分と腰の入ってない拳だね?それじゃ蚊一匹も殺せないよ?」

 

「随分と切れのない技だったね?それじゃ蟻一匹も当てられないね」

 

本来であれば、鬼である彼女らの技は一匹づつ仕留めるような技でもないのだ。

全力で放たれた抗う事すら無意味に等しいと思わせる、理解をも超えた怪力乱神の拳を振り上げれば数十のアビセアンを一瞬で葬る事など容易い。

この世に存在するあらゆるモノを萃め、その萃めた火力は更に数百のアビセアンを無に帰する事も可能だろう。

しかしできない。

今の彼女達にはその全力であるはずの攻撃が、一匹程度に限定されるほどに弱体化している。

その理由は赤い空にある。

 

異変の解決のために真世界という神の世界に行ったブロントと霊夢達を見送り、萃香と勇儀は酒を飲みながら待っていた。

精々、地上から地底に侵入しようとするアビセアンを相手にする程度だったが、青い空が割れて自体は急変する。

己の身から闇が噴出し、それは赤い空へと昇っていったのだ。

萃香達だけではない。恐らく、幻想郷中の全ての生物が噴出したであろう闇が空へと向かっていった。

その闇が抜けた影響で、かつては最強と謳われたはずの力が発揮できないでいる。

幸いと言うべきなのは己の持つ身体能力の高さが残った事であり、鬼の肉体はそれ一つで伝説の武器とやらと渡り合えるのだ。アビセアンを相手にする分には何も問題は無い。

しかし赤い空になってから、いったい何処から湧き出ているのか際限無く大量のアビセアンの集団が地底に侵入しようとやってくる。

 

通すわけにはいかない。

勇儀の耳につけている真珠色の宝石。離れた位置からでも会話が可能となるリンクパールを、もしものために地霊殿の管理人から渡されている。

その管理人からの情報は、地底にも現れる事のなかったアビセアンの出現だった。

ただでさえ地底は突如として現れたアビセアンに混乱していると言うのに、地上からのアビセアンまで加わればどうなるか分かったものではない。

そもそもアビセアンは鬼である二人なら問題ない相手でも、一般的な妖怪や冒険者では対抗すら難しいのがいるのだ。

一匹も通さない。全ては己の拳で葬り去る。

萃香の方は必死とも言える顔でアビセアンを相手にしながらも、不利な状況に立たされながらも次々と自分の相手をするアビセアンに勇儀は笑みを隠せない。

殴って、蹴って、大岩を投げ、千切り、潰し、数える事すら諦めたほどの数を葬りながらも戦いは続く。

 

「……ようやく大将のお出ましかい。雑魚は飽き飽きしていたよ」

 

魔物を砕き、中身の体液を浴びてもそれも光となって消えるため、勇儀の身体にあるのは精々アビセアンに傷つけられた服と傷から滲み出る血だけだ。

妖怪としての治癒力すら失っているため、致命的な致命傷とも言える傷を負えば復帰できなくなる事を自覚しながらも、数百のアビセアンを相手にしてそれだけの傷で押さえるのもさすがと言えるだろう。

そして勇儀の睨み付ける先には、大量のアビセアンから人形のようなモノが現れる。

その人形が出た瞬間に、アビセアンの動きが止まった。あれこそがアビセアンのボスのようなものかと思案する。

見た目は、今まで戦ってきたアビセアンの中で異色と言えた。

まずヴァナ・ディールの魔物を象っているアビセアンと違い、それは人型なのだ。

まるでチェスのような駒をした不可思議な外形をしており、赤い空と同じ色で塗られた外装に生気を感じさせない。

両手にあるのは四本の鉤爪。あれで引き裂かれたら痛いでは済まされないだろう。

そして何よりも大きさが違う。エルヴァーンと言わずにしても、ヒュームと比較すれば高い身長を持つはずの勇儀の三倍近い大きさなのだ。

子供と大人、というよりも、人間と巨人ほどの違いがある。

頭にある黒い線のような部分から、二つの目のような輝きが灯る。

ゆっくりと、ゆっくりと近づくたびに勇儀の足が少し下がってしまった。

 

「はっ……あんたなら、楽しませてくれそうだね!!」

 

鬼である自分らしくない。あんな人形に恐怖を感じ取ってしまったか?

面白い、そのような恐怖を感じさせるほどの喧嘩なら、自分が今まで生きてきた中で最高の喧嘩を齎せてくれるはずだ!

その意気込みを乗せるように、力強く足を踏みしめながら拳を構える。

あれがアビセアンのボスであるなら、打倒すれば際限無く沸き続けるアビセアンの動きが止まる可能性もあるだろう。

故に、如何に力を失おうとも己の持つ最高の技を相手にぶつけるべく、三歩で持って、十数歩は離れていたはずの人形の距離を詰める。

 

「四天王奥義!三歩ひっさ……!!」

 

離れて見ていたはずの萃香は、そして技を放った勇儀は信じられないような目でそれを見た。

勇儀に怪力乱神の力を失おうとも、本質は力を司る鬼だ。

三歩と一撃、そこから成り立つ四天王奥義「三歩必殺」を放てば、如何なる存在とて消滅するのみ。

己の力のみで最強に成り得た勇儀に相応しいはずの奥義が、人形の右爪一本だけで、拳を止めていた。

 

「な、あ……があああああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!?」

 

呆ける暇すらも与えられなかった。

拳を引くよりも早く、左爪で持って勇儀の右腕を肘から切断したのだ。

宙に浮かぶ拳を固めた右腕、間髪いれずに萃香ですら動きが見えないほどの速さで右爪を動かすと、勇儀は全身を隈なく斬撃ような傷を負わせていく。

自分と二分するはずの、力の勇儀が倒れるのを萃香は見ている事しかできなかった。

 

「お、お前ぇぇぇっぇええええええええええええええええ!!!鬼神!ミッシングゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

右腕が地面に落とされる音と共に、萃香は滾るような怒りに支配されて自らの力を解放した。

勇儀を一瞬で持って倒すような相手に手加減は無用。

萃める。更に萃める。更に更に萃める。更に更に更に更に更に!!

極限まで萃められた力は萃香の小さな身体に集い、人形よりも大きな巨人と化す。

そのまま自分よりも小さな人形目掛けて音を切り裂くほどの拳を振り落とした。

 

「パワアアアアアアアアアアアア!!!」

 

山をも砕く破壊力を持つ萃香の奥義、万全な状態である勇儀の三歩必殺と互角だろう拳は、勇儀と同じように爪で止められた。

異常だった。

爆音を響かせるのではなく、無音のままピタリと止めるその光景が。

まるで、理解の範疇を超えた怪力乱神の力を思わせるような人形の力に、萃香はあっけなく地に叩きのめされた。

爪を振るう。

それだけで巨大サイズとなっていはずの萃香は全身に傷を負い、無理に萃めた力の全てが霧散してしまう。

動かない身体を必死に動かそうし、同じように倒れる勇儀は失った腕から血を流し続けたまま目を覚まさない。

 

(と、んでもない、化け物がきやがった……!こいつが地底に向かったら……!!)

 

鬼である二人を一蹴する化け物のような強さを持つ人形。

こんなものが地底に向かえばどうなるかなど分かりきっている事だ。

戦えぬ者も少なくない地底に地上のアビセアンが、そして人形が向かえば皆殺しにされかねない。

人形が動かなくなると、アビセアンは再び地底に目指そうとする。

そして動かない鬼を食らおうと一部のアビセアン……丸々と太ったようなトカゲの怪物が萃香の前に立つ。無様に魔物如きに食われようとする己の姿に歯軋りをしながらも何もできない自分が情けなく思えた。

 

(ごめん、アトリちゃん……約束、守れそうにない)

 

ヴァナ・ディールでは武神とも言われる格闘家と約束した。

一度は戦って、幻想郷を荒らしかねないから決着を付けずに終わった。

そして今度戦う時は、己の全力を持って戦おうと約束した。

今の腰に付ける黒帯がその証。真に強き者こそ託される黒帯。武神から託され、全ての格闘家が夢見る一種の到達点。

武神に認められながら、約束を果たせない自分に恥じる。

 

「やめてほしいなぁ。僕と決着付ける前に自分から諦めるのは」

 

声が聞こえた。

まだ幼いようにも感じる、それでも若さもないような、老成された不思議な声。

声と同時に萃香を食らおうとしたトカゲが吹っ飛ばされた。

一回二回ではない。何十もゴロゴロと転がっていき、最後は光となって消えていく。

血でよく見えない視界を腕で擦り、萃香は見る。

彼女を救ったのはタルタルの男だった。

格闘家の着る拳法着を身に纏い、ぼさぼさとした茶髪をしている。

しかし萃香は知っている。目の前の男はただのタルタルではない。

最強であると自負するはずの鬼を真っ向から渡り合える人間にして、武神の称号を許された人類の頂点。

アトリ・トゥトリ。その人だった。

 

「アトリ、ちゃん……」

 

「僕だけじゃないよ」

 

勇儀を食らおうとしたアビセアンの身体がズレる

チン、と剣を鞘に入れた音と共に数多のアビセアンがバラバラになったのだ。

勇儀を守るように鞘を握るのは、勇儀と同じように額に赤い角を生やし、黒い髪をポニーテールにした美麗の剣士。

人と妖怪と違う点があるとすれば、あるはずの足が存在せず、まるで亡霊のように身体が時折透けている事だ。

 

「さて、アビセアンとか言ったか…拙の剣を満たすに値するほどか?」

 

地底に入ろうとする者、勇儀を食らおうとする者。

その全てのアビセアンは剣士の刀によって引き裂かれていく。

異形の術を使うわけではなく、身体能力を生かした攻撃をしているわけでもない。

武器を使う上での技術で持って、アビセアンを圧倒せしめているのだ。

 

「勇儀、大丈夫ですか?」

 

「が……あ、んたは……」

 

血塗れとなった勇儀を起こし、ピンク色の髪をする少女は手をかざすと温かな"気"が勇儀に流れる。

生命のエネルギーである"気"は傷ついた勇儀の身体を癒し、地面を赤く染めていた流血がようやく止まる。

お団子頭と言われるシニョンキャップを頭に付け、薔薇を胸に付けた導師服の少女。

朦朧としていた勇儀の目がはっきりとしていき、ようやくその少女の顔が見えてきた。

 

「申し訳ありませんが、私の仙術では切断された腕を繋げるのに時間がありません」

 

「……いや、動けるだけでもマシさね。まだ左手が残ってる」

 

切断されたままの右腕であるが、少女の治療によって傷口が塞がっている。

武器は己の肉体そのものなのだ。たかが腕の一本や二本を失った程度で戦いをやめないし、戦えないほどでもない。

 

「コンガラに華扇!?あいつらまで!」

 

「本当は僕だけで行くはずだったんだけど、彼女達も付いてきてね」

 

萃香にやってくるアビセアンを話しながら相手にするアトリ。

武神の称号に偽りはないのか、拳を突き出すだけで風が生まれて何十と蹴散らし、蹴りを放てば地面が割れ、巨大な魔物は小さなタルタルの一撃で天高く吹き飛ばされる。

鍛えて鍛えて鍛え抜いた身体能力のみで鬼と渡り合ったのだ。たかがアビセアンでは相手にもならない。

 

「ははは……まったく、こんな状況で揃うなんて酒の一つが欲しくなるね」

 

コンガラと茨木華扇は、萃香と勇儀の古い友人だ。

鬼の一族でありながら、人の技で武を成そうとするコンガラと、俗世から離れて仙人になろうとする華扇は変わり者だった。

変わり者と言えば自分もかと改める。

人に愛想を尽きながらも面白い事になったと幻想郷に舞い戻り、勇儀は鬼らしい鬼ながらも面白い奴であれば人間でも認めている。

 

「萃香、あれですか?貴女を倒したのは……」

 

「うん……あいつは本当に強いよ」

 

萃香からの癒しの術を貰いながらも、ついに人形は動き出す。

同時にアビセアンの動きが止まり、地底に向かおうとしていたアビセアンを片っ端から斬り捨てていたコンガラも集う。

やはり、アビセアンと人形は何らかの関係があるのだ。

傷ついた身体も七割方は回復してくれた。まだ心もとないが、相手は待ってくれない。

 

「これは僕でも中々厳しそうな相手だね……だからこそ、やりがいもあるって事さ!」

 

武神の顔に笑みが宿る。己の力を出し切れると確信する相手に全てを感謝し、拳を構える。

 

「我が剣の相手を試すのは丁度良い相手か。しかし所詮は魂無き玩具、早々と終わらせよう」

 

人の身でないにも関わらず、人の武で持って武人となった者は己の全ての武をぶつけようとし、刀を構える。

 

「油断しないでください、あの萃香と勇儀が倒すほどの相手ですよ?無理をすれば私がフォローする役目にあるんですから!」

 

仙人は叱咤する。面白いと思うのは彼らには仕方ないとわかりながらも、包帯が取れていきながらも存在しないはずの右腕を構える。

 

「いやぁ、いいねいいね!眼前には心躍る難敵が、集うはかつての知人と来たもんだ!さぁ、楽しんでやるとするかい!」

 

鬼は笑う。今の状況を、まるで祭りを楽しむかのように全力で笑う。右腕はない。されど鬼の左腕はある。

 

「まったくだよ!この戦いが終わったら酒の一つや二つと言わずに三日三晩の宴会はしたいね!……来るよ!!」

 

もう一人の小鬼も笑う。去ったはずの同族が、戦いたかった者と再会できた事に笑う。

人形が襲い掛かる。

それを迎え撃つのは一人の武神と四人の鬼。

地底の入り口で繰り広げられる戦いは、遠く離れた幻想郷の端から端まで届いたと言う。

 

そして、戦いの場は地底の入り口だけではない。幻想郷の全て、それこそ冥界にすら及んでいた。

煌くように何かが通り過ぎる。

あまりにも早いそれは『光速』とも言うべきなのか。

美しい冥界に湧き出るアビセアンが何も反応できずに斬られ、撃たれ、倒されていく。

 

次々とアビセアンを葬り続けるのは女だった。

ピンク色にも近いブロンドの髪を揺らしながらも、青の瞳は大量に存在する全てのアビセアンを捕らえている。

複雑な機構で構成されているであろう、剣と銃を併せ持つ奇妙を武器を手に持ちながら、女を中心にして風が舞い上がる。

その風はアビセアンに引き寄せられ、回転するかのように剣を振るって一刀両断。

それだけでは終わらせない。回転をしながら斬り捨てる中、剣の機能を変形させながら銃の形に変貌させる。

凛とした顔立ちを一切崩さずに銃撃。

風によって引き寄せられなかったアビセアンは一瞬にして風穴を開ける事となり、光となっていく。

 

しかし銃撃によって倒せなかった巨大アビセアン。

蟹だった。

海も無ければ川もない場所であるはずの冥界に存在する蟹。

しかしその巨体は依存の蟹とはかけ離れている。女の身長は高く見積もって170cm程度に対し、その蟹は二倍以上はあろうかと言う大きさ。

青い甲羅には大量の藤壺が発生し、二本の鋭利的な両爪で引き裂かれたら命はあるまい。

蟹の前には潰れた銃弾が転がっている。女の銃弾では甲羅を貫通させる事ができなかったのだ。

 

「ふん!」

 

されど女には関係のない事だった。

確かに銃弾は効かなかった。それがどうした?

たかが攻撃の手段が一つ潰された程度で女は呆けるような真似はしない。

この程度の修羅場など、幾らでも潜り抜けたと言わんばかりに駆けた。

 

蟹もそれを察してか、何と蟹でありながら魔法の詠唱を唱えたのだ。

ヴァナ・ディールの魔物の中には確かに蟹でありながら魔法を唱えるのもいるとはいえ、これには女も虚を突かれたのか回避に遅れる。

単体のみに押さえ込んだ滝のような激流が女に襲い掛かる。こんなものに当たってしまえば人間など粉々になりかねないだろう。

 

「舐めるな!!」

 

剣を腰にある鞘に仕舞い、手に現れたのは波打つ巨大な二つの剣を柄で接続させた武器であった。

それを大きく振るうと真空波が生まれ、空から襲い掛かる激流と真空波がぶつかり合う。

均衡は一瞬、敗れたのは女の放った真空波であり、激流は風の刃を砕きながら女に襲う。

だが、女のいた場所にはもはや女はいない。

獲物を失った蟹は辺りを探すように触角のような目を動かすが、それよりも早く甲羅に衝撃が伝わった。

 

「ちっ、さすがに硬いな!」

 

女は蟹の背後に回りながら剣を振るっていたのだ。

鋭い一撃を確かに与えているにも関わらず、攻撃している側の女のほうの腕が痺れるほど。

これ以上無理に攻撃を加えようなら剣の刃が潰れかねない。

一旦引こうとするように蟹から離れるが、それが間違いだった。

 

「なに!?」

 

離れたはずなのに蟹の目の前に女がいた。

女の知らなかったのだ。ヴァナ・ディールの魔物の一部には、己の近くに引き寄せを行える存在がいる事を。

そしてまんまと獲物を引き寄せた蟹は巨大な爪で持って引き裂こうとする。

メガシザースと評すべき爪を食らえば例え冒険者であっても真っ二つに引き裂かれるのは想像できる。

引き寄せられてしまった女に回避も防御もする手段はない。

 

「何処を見ている!」

 

蟹の見る先は、引き裂かれた女の未来しか見えていない。

だが、女はそんな未来を覆す事をやってのける。

先程の激流を防ごうとした真空波を生み出す巨大な剣を取り出し蟹が引き裂くよりも早く、接続された柄を外し二刀流に構えながら突撃。蟹の右爪を斬り落としながら通り過ぎる。

あまりにも早すぎるそれは『閃光』と例える他にありえない。

獲物を仕留める事が出来なかった驚愕する蟹に対し、女は巨剣に更なる力を込める。

 

「せめて祈るんだな……!」

 

雷撃が剣に纏わり轟くような斬撃が頑丈であるはずの甲羅を引き裂き、

振り下ろす剣と共に雷撃が引き裂いた中身を焼き焦がしていき、

大振りだったはずの真空波、巨剣を片手で振るいながら発生させて残った左爪を切断。

そのまま二本の剣を己の身を中心に回しながら剣と雷撃によって蟹の甲羅が完全にズタズタにしていく。

 

「運命を断つ!」

 

トドメとばかりに二本を剣を回転しながら振るう。

まるでガラスが割れるような音と共に甲羅が完全に砕かれ、剣が振るわれる度に薔薇が撒き散らされる。

赤い赤い薔薇は戦場を染め上げていき、死した蟹を覆い隠そうとする。

だが、倒されたはずの蟹が動き出した。

アビセアンである蟹は倒されれば光となって消えるはずである。倒したと思って油断をしてしまったと己を叱咤するよりも早く、蟹の体当たりが女を弾き飛ばした。

体格の違いでただの体当たりでも女の肉体が悲鳴を上げる。身を防ぐように右腕を盾にするようにしたとはいえ、たった一撃で腕の骨が砕かれ、内臓を痛めるほどの傷を負ってしまった。

そして甲羅を砕かれ、全身に雷撃の跡を残すはずの蟹が動き出す。ギョロギョロと動く目が女を捕らえ、ブクブクと泡を吹き出しながら倒れる女に寄ってくる。

 

「させない!そこっ!」

 

雷の矢が女に近づこうとする蟹の足を狙い打った。

女の猛攻によって傷ついてるとはいえ、それでも割れた背中の甲羅以外は有効なダメージになりえるほどでもない。

だが、先程の雷撃の矢は蟹の足を貫通し、慌てるようにして蟹を引かせる事に成功する。

女の危機を救ったのは優男だった。

短く整えられた金髪をし、足まで伸びる白いコートを羽織った青年。

育ちの良さを伺える顔立ちをしながらも、その目は決してただの青年が持つような目でもない。

如何なる悪には屈せず、己の正義を死ぬまで貫いてみせる。

そのような覚悟を感じ取れる目だった。

 

「行くぞ!はああああ!」

 

自分の二倍以上はあるだろう怪物に臆せず走る。

獲物が自分から来る事に蟹は慌てずに口から吹き出る泡を更に噴出していく。

白い泡はやがて毒々しい紫色の泡となり、それを雨のように男に向けて噴出する!

 

「させません!」

 

男はそれを防ぐようにして己の身体から雷を放出した。

円形状となる雷の鎧は毒の泡を防ぎ、更に駆ける事で剣を射程内に収める。

白い細剣である男の剣では、女の巨剣でもなければ切り裂く事できなかった甲羅を貫くのは無理だと誰もが思うだろう。

だが、高速に突き抜けた一撃は容易に甲羅を貫通し、更に剣から伝わって雷撃が絶え間なく蟹の内部を焼いていく。

暴れるように身体を揺らそうとするが、それよりも早く男は剣を振り上げる。

一見、優男にも見える男が放った振り上げた剣の一撃によって、蟹が宙に浮かんだのだ。

 

そこから女以上の猛攻が始まる。

決して地面に落とさぬ連撃に次ぐ連撃。男自らも宙に飛びながらも振るわれる剣の速度が地面に足が付くよりも早いのだ。

斬る斬る斬る斬る斬る。

そして空中に斬り上げながらも相手を蹴り飛ばして自らも飛ぶ光景。

人間を遥かに超える超反応と身体能力があればこそ成せる技。もはや冒険者、そして妖怪にも成せぬだろう技を次々と蟹に叩き込む。

剣を叩き込む度に甲羅がひしゃげ、罅割れ、全身の甲羅が砕かれる。

好機と見たのか百に近い空中連撃を叩き込んでからようやく地面に叩きつける。

動けない。動こうにも甲殻類として骨の役割をするはずの甲羅を砕かれているのだから当然だ。

それでも光となって消えないのは死んでいない事とであり、恐るべき生命力を持ってる事でもある。

しかしそれもお仕舞いだ。剣にバチバチとした雷撃が集っていく。

突きの構えを取り、トドメの一撃を放つ!

 

「究極奥義!ライトニングフォース!!」

 

抵抗も無く突きによる一撃を浴び、剣に蓄えられた雷撃は蟹を消滅させるほどの威力で持って消し去った。

剣を振るい、黙祷を捧げるように瞼を閉じる。

蟹の甲羅に付着した薔薇は雷撃によって花を散らし、赤い雨のようになる様は、画家が描くような美しい光景と作り出していた。

 

「ぐぅ……カイか……」

 

「ライトニングさん、無事ですか!」

 

砕かれた腕を押さえながら女は立ち上がる。

回復術も習得しているのか、押さえている手から微弱ながらも癒しの魔法によって傷を治しているようだった。

剣と銃の特性を併せ持つ武器を使う女戦士ライトニング。

雷を自在に操り、雷の力を宿す剣を振るうカイ・キスク。

彼らは冥界に降り立った外来者であり、ヴァナ人とは違う異世界人だ。

元の世界に戻るまでに冥界の屋敷である白玉楼に居候をしている身なのだが、時折やってくるヴァナ・ディールの魔物を排除したりと警備の仕事もしている。

彼らは元の世界ではそれなりに名を馳せた実力者であり、先程の蟹だけでなく、数多くのアビセアンを葬っている事から一級廃人相当の実力だと分かるだろう。

 

「妖夢は何をしているんだ!今は一人でも手が欲しいというのに!」

 

「彼女は幽々子さんに付きっ切りなのでしょう。……それよりも、封雷剣の力が引き出せないのが気になります」

 

白玉楼の主である西行寺幽々子、そしてその従者でもある魂魄妖夢。

冥界の空が割れ、赤い空になってから幽々子に急変が生じた。

どんな状況でも飄々としているはずの亡霊姫が、何かに痛むように一歩も動けなくなったのだ。

今の冥界は何処にでもアビセアンが沸くため、ライトニングも幽々子を守るために妖夢が今の戦場に出れないのも頭では分かる。

しかし白玉楼の奥にでも幽々子を隠し、すぐさま手を貸して欲しいのも本音だった。

例え歴戦の戦士である二人でも、戦い続ければ疲労は溜まる。それよりもやっかいなのは力を出し切れないのもある。

カイであれば雷の力を解放すれば小さな街程度を吹き飛ばすほどの力を秘める封雷剣の真価を上手く引き出せないのだ。

そしてライトニングであれば、本来は巨大剣の本来の持ち主である心の中に存在するもう一人の自分、オーディンを召喚し共に戦う事が可能だ。

本来の力を出し切れば先程の蟹程度などは相手にもならない。しかし相手にもならないはずの敵に苦戦してしまうのが今の現状だった。

まるで自分の中の何かが欠けている。

赤い空を見上げ、世界が壊れたその瞬間にそう思って仕方が無かった。

 

白玉楼内の屋敷に、主である幽々子は身に蝕む何か耐えるようにしていた。

声にならぬ呻き声しか上げられず、亡霊でありながら苦しむ姿は人間と何も変わりはない。

それを押さえるようにするのは妖夢である。だが、突如として主の異変におろおろとする顔から彼女も余裕は存在しなかった。

冥界に現れた魔物を斬らないといけない。

しかし主がこの状態では放っておけない。

いったいどうすればいいのか分からず、どのような行動が最善なのか考えが浮かばない。

 

「どうすれば……ブロントさん、師匠……!」

 

屋敷の奥なのだからアビセアンも簡単にはやってこれない。

しかし奥からも聞こえるのは外の激戦だ。

あまり話した事はないが、女戦士と優男が今でもアビセアンと戦っているに違いない。

 

「よう、む……」

 

「幽々子様!ご無事ですか!?」

 

「そん、な……大声出さなくても、聞こえるわ……」

 

ゆっくりと瞼を開きながら、まだ苦しそうな顔を精一杯微笑むようにしている。

そのまま幽々子は手を妖夢の頬を触ると、むにーと横に引っ張る。

 

「ひゅひゅこしゃま!?にゃにを!?」

 

「んもー。私の事を心配するのもわかるけど、貴女の役割を忘れちゃ駄目」

 

パチンと頬から手を離し、ひりひりとする頬を妖夢は押さえながらも理解のできぬ顔をしていた。

それを見て幽々子は額をツンと突く。

 

「貴女の剣はいったい何のためにあるのかしら?貴女の剣はブロントさんのように守るための力じゃない。立ち塞がる者の全てを斬って、道を作るのは貴女の役目でしょう?」

 

妖夢も幻想郷で起きたグラットン異変で成長したと思っていたが、幽々子はまだまだだと改める。

確かに主君を守る事は重要と言えるだろう。

だが、妖夢の本質は決して守る事なのではないのだ。

剣を振るい、道を作り、仲間を導いていく事。

それこそがグラットン異変で彼女が成した事であり、今彼女が成すべき事でもある。

 

「そ、それでは幽々子様のお守りするのは!」

 

「それは彼女に任せてもらうわ。ねぇ、死神さん?」

 

「おっと、バレていたかい」

 

幽々子がチラ見をした先には、鎌を持った女性がいたのだ。

赤い髪を両側で止め、からからと笑う姿がよく似合う彼女は小野塚小町。

あの世の三途の河で死者の魂を渡らせる立派な死神だ。そして、妖夢と同じくグラットン異変では力を貸していたブロントの仲間の一人。

 

「小町さん、どうしてここに……」

 

「地獄の方もアビなんとかが沸いててね。四季様の命令で、冥界に行けと言われたのさ」

 

片方の瞼を閉じながら、あの世である地獄にすらアビセアンが沸いた事に妖夢は驚愕する。

その地獄を取り締まる閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥの命により、同じようにアビセアンが沸いているだろう冥界に小町は派遣されたのだ。

 

「とはいえ、あたしより妖夢が戦ったほうがいいだろ。あたしはこっちのお姫様を守ってるからあんたは外で戦ってきな」

 

迷う。

小町は死神とはいえ、それでもエースの絆で出来た信頼のできる仲間だ。

しかし、主を託して自分が戦ってもいいのか。一瞬の迷いを持ちながらも、幽々子の顔を見る。

苦しげだった。こんな顔を見たのは初めてかもしれない。それでも彼女は未熟者であるはずの妖夢を見送ろうとする目をしている。

それで、決意は固まった。

 

「分かりました。小町さん、幽々子様をお願いします!」

 

決まれば即時行動。

爆音を響かせるほどの走りによって妖夢は屋敷の外に向かっていく。

その妖夢にやれやれと言った様子の小町。まるで手のかかる妹を送り出す姉のようにも見えた。

 

「迷惑をかけるわね、死神さん」

 

「何、いつもの事さ。あの子は多少手がかかるほうが可愛げもある」

 

実力で言えば、小町と妖夢はさほど差はない。

むしろ大人としての余裕がある分、駆け引きを込みにすれば小町のほうが勝率が高まるだろう。

それでも妖夢を戦わせるようにしたのは、彼女の伸び代を知っているからだ。

未熟だからこそ不安定な面を持つが、それ以上に爆発力があるのも小町は知っている。

その爆発力によって生み出された力強い剣は、幽々子の呼び出した黄昏の男神を、永遠者が呼び出した古代人を、そして地獄鴉と融合を果たした真龍すらも断ち切った。

迷いを持ちながらも自分の道を見つけた妖夢は強い。良くも悪くも安定感のある小町よりも、こうした状況だからこそ妖夢の力もまた必須だと考えていたのだ。

 

「ふふっ……亡霊の私を死神さんが守るなんて……ね」

 

「まったくだよ。ブロントさんと出会わなかったらこんな台詞は言わないだろうね」

 

死神である小町からすれば、本来は幽々子のような亡霊を地獄に連れ出すはずだ。

幽々子には幽々子の冥界としての役職があるからそのような事はしないとはいえ、端から見れば死神が亡霊を守るなど滑稽の一言だろう。

こんな事をして何の疑問を抱かないのは、脳裏に浮かぶとある騎士しか理由は思いつかない。

そして、死神でありながら信じる。今も戦っているだろう騎士、そして彼を慕う仲間達を。

自らの価値観をほんの少しだけ変えてくれた者達の勝利を祈り、小町はノコノコと幽々子を狙うようにやってくるアビセアンに鎌を向けた。

 

「さて、死神の鎌で地獄送りにされたいのは誰だい?遠慮しないでかかってきな!!」

 

小町に幽々子を託し、迷いを振り切った妖夢は駆ける駆ける駆ける。

屋敷内に進入しようとしたアビセアンを斬り捨てながら、外へと躍り出る。

冥界として美しい光景を作り出す庭はもう存在していなかった。

手塩をかけて整備をした庭も、春には美しい桜色の花びらを咲かせる桜の木も、全てが砕かれ、引き裂かれ、踏み潰されている。

そしてそんな戦場となった庭に男と女が踊るように剣を振るっている。

ライトニングとカイだ。傷ついた様子こそはないが、それでも疲労が顔に出ているのも見えた。

 

「すみません、遅れました!」

 

「妖夢さん、幽々子さんは大丈夫なのですか!?」

 

「ここに来たという事はそうなんだろう!来るぞ、用心しろ!」

 

妖夢が来たと同時に、アビセアンの動きが止まった。

庭の奥地……数多の桜の木が春に咲かせる中、一本だけ咲かせる事のない木が存在する。

西行妖だ。八雲紫ですら手も足も出せないと言わしめた妖怪桜であり、それはとある少女の亡骸が封印となって満開になるのを防いでいる。

その木に、封印されているにも関わらずおぞましいほどの妖気が溢れ出ていた。

幽々子の体調が優れないのも分かる。幽々子の本体とも言うべき亡骸が眠る西行妖から妖気が溢れ出れば、その影響は当然幽々子にも出るだろう。

妖気はやがて形を作り出し、人型となっていく。

やや赤みのある外装をし、騎士のようにマントらしきものを身に付けている。

両腕にあるのは両刃の剣。人形そのものがカイとライトニングの三倍ほどの大きさもあるため、剣も妖夢の身長と変わらない程度の巨大さ。

二本の角らしきモノを頭から生やし、人形のようなものを見てから全身が震え上がる。

 

あれは、あれは倒せるものなのか?

 

生気を感じさせない人形でありながら、妖夢に感じるのは恐怖だ。

なまじ実力があるからこそ分かってしまう。

あれには勝てない。対峙をするまでもなく、あの人形と自分とでは実力差が見えないぐらいにかけ離れているのが分かる。

妖夢と同じように身体を震わせながらも、カイとライトニングは身に湧き出る恐怖をねじ伏せ、剣を手に取る。

 

「……ジャスティス……いや、それ以上か……だが、負けませんよ。ここで負けてしまえばソルに勝つなど夢のまた夢!」

 

「私は帰るんだ。みんなの、セラの元に!お前如きにそれを邪魔させてなるものか!!」

 

恐怖が信念に打ち勝ったのだ。

例え勝てない相手であろうと真っ向から戦おうとする意思。

そうだ、あの二人がそうであろうとしているのに、何を自分は諦めている?

勝てない相手など、グラットン異変で腐るほど相手をしてきた。身を竦む様な怪物と何度も戦った。

あの時は仲間を守るメイン盾がいた。だが、それは関係はない。

妖夢の成すべき事は道を切り開く事。ならば、それを邪魔しようとする人形を斬る事に今までやってきた事と何も変わりはない!

 

「斬る!あなたは私の恐怖であり、私の壁だ!ならば斬る!斬ってみせる!それこそが私の成すべき私の剣!私に、私達に斬り開けぬ道など何もない!!」

 

どんな絶望の道であろうとも、その三人はそれを切り開けると信じて戦う。

そういった意味では三人は異なる世界の者でありながら、似たもの同士と言えるかもしれない。

絶望の道を未来の希望へと塗り替えるために、剣士達は剣を振るう事に決めたのだ。

 

そして人里ではアビセアンの脅威に晒されている。

妖怪と魔物の襲撃なんてものはなく、平和で安全である世界を享受できるはずの人里はもはや過去でしかない。

耕したばかりの畑が荒れ、木製の家はアビセアンの爪によって引き裂かれ、コンサートから冒険者のバザーを行っていたはずの舞台も見る影も無く壊されている。

そして逃げる。人里に暮らしていた力の無い人間は逃げるしかない。

人間は恐怖した。妖怪以上に、明確な殺意を持って襲い掛かるアビセアンという理解のできない怪物に。

誰もが祈る。その恐怖を打倒する者が現れてくれと。

そんな都合のいい存在がもしもいるとすれば、人里の守護者である上白沢慧音以外にありえない。

 

「伏せろ!光符「アマテラス」!!」

 

アビセアンの群れから逃げていた人里の住民は一斉に伏せた。

そして空中から青と紅色の煌びやかな弾幕が一斉にアビセアンを狙い打っていく。

一匹のアビセアンに何十では止まらない事を知ってか、何百の弾幕で集中砲火だ。

 

「け、慧音様」

 

「皆の者は命蓮寺に急げ!魔物の侵攻は私が食い止める!!」

 

人里で唯一の安全な場所なのはもはや命蓮寺以外になかった。

力のない妖怪の避難所となっているとはいえ、今の状況であれば人間も避難所として利用はできるだろう。

こんな事であれば事前に人里の住民を命蓮寺に避難させるべきだった。

後悔をしても後先立たず、空中に浮かぶ慧音を無視して人間を襲おうとするアビセアンに弾幕を食らわせて足止めをするしかない。

人里にいるはずの冒険者も、他の区画に沸いているアビセアンの相手に忙しい。住民を守るために慧音はたった一人で戦わなくてはならないのだ。

 

「しまった!チルノ、フィック!!」

 

自分の経営する寺小屋から子供達が外に出ようとしている。

当然だ。もはや寺子屋ですら安全ではなく、寺子屋の三分の一が魔物の一撃で崩されかけている。

慌てながら妖精と獣人の子供が出てくるが、力のない子供では魔物の餌にしかならない。

しかし今の持ち場を離れれば弾幕で侵攻を食い止めているアビセアンがすぐさま人間を襲おうとするだろう。

 

「恨弓「源三位頼政の弓」!!」

 

子供を襲おうとしていたのは獅子の顔に魔獣の肉体を持ち、蝙蝠の翼にサソリの尻尾を持つ怪物だ。

合成された獣のような魔物の正体はキマイラと呼ばれる部類だが、そのキマイラは大きな口を広げて子供を丸呑みにしようとした瞬間、何百の矢に射抜かれたのだ。

ただの矢ではない。霊力で構成された矢だ。

それがハリネズミと言わんばかりに全身に突き刺さり、キマイラは絶叫を上げる。

 

「お、おお!?いったい何が起きた!?」

 

「いったい何が起きた!?じゃないわよ、⑨!ほら、あんたもさっさと逃げなさいよ!」

 

氷の妖精であるチルノが驚く一方で、弓を携えた封獣ぬえが呆れた顔で命蓮寺へと指した。

 

「ぬえか。今のは助かったぞ。アリガト」

 

「別にあんたのためじゃないわよ!ひ、聖が人間妖怪問わずに助けろなんて言い始めて!?」

 

ぬえが言い終わるよりも早く弓を構える。

かつて大妖怪『鵺』と恐れられ、そのぬえを討伐し、封印した人間の使っていた弓を使った弾幕は全力で放てば巨大な魔物であっても致命的な致命傷を与えられる。

しかしその弓からの矢を何百を浴びながらもキマイラの戦意は失っていなかった。否、むしろ怒りの咆哮から更に戦意が上がっていると分かる。

ビリビリと空気を震わせ、チルノ達が身を竦ませてしまう。ぬえも同様だ。

矢を放つよりも早くキマイラがその剛爪でもって引き裂こうとする。

 

「南無三!!」

 

空から流星が舞い降りた。

何かが高速で空から落ち、何かはキマイラを何十mも先に吹き飛ばしたのだ。

キマイラの横っ腹にあるのは、人間の拳の跡が残されている。

流星のように現れてぬえの危機を救ったのは、命蓮寺の尼僧である聖白蓮。

魔法使いでありながらも得意とする魔法は身体強化。

並みの妖怪を手玉に取れるほどの身体強化を施せる白蓮からすれば、キマイラ程度の巨体を殴り飛ばすなど朝飯前なのだ。

 

「ふぉふぉふぉふぉ、まったく人里で暴れるのも感心はせぬな」

 

分厚い毛皮を貫通するほどの拳を食らおうとも、キマイラとて一撃で屈服するようなアビセアンではない。

すぐさま起き上がれば、眼前にいるのは何ともひ弱そうな老人であった。

その老人を踏み潰そうと巨大な足を振り下ろすが、老人が行ったのは逃げるわけでも慌てるのでもなく、拳で持って返礼する事だった。

大きさの違いは見て分かる。老人よりも何倍も大きいキマイラは家のサイズとそう変わらないほどだ。

それなのに打ち勝ったのは老人の拳だった。思わずキマイラは仰け反ってしまい、老人の姿が見えない。

 

「状況が状況、悪いが手加減などしてられん。マイティストライク、百烈拳、エンブリザドⅡ、明鏡止水!」

 

キマイラが間違いがあるとすれば、老人をただの老人と見てしまった事だ。

15の星の輝きを手にした人類の頂点に近し者、人里の村長であるマートがただの老人に収まるはずがない。

目にも見えぬ拳の応酬であるモンクタイプの奥義である百烈拳を開放し、

更に元素の力を拳に集めるエンブリザドで拳を打ち込まれるたびにキマライの肉体が氷結し、

戦士の奥義である必ず急所へと狙い打つ技によって拳を一発叩き込まれる度にキマイラの絶叫が上がる。

百の拳を叩き込み、更に阿修羅の拳とも言わんばかりの八発の武技が、真空を貫くほどの正拳突きが、岩盤すらも捲るほどのタックルが、三連撃の技がトドメとばかりに放たれた。

それらによって悪魔のような角が折れ、丸太のように太い両足が折れ、一瞬にして戦闘続行不可能なほどまでに痛めつける。

 

「最後は私の炎ってね!蓬莱「凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-」!!」

 

倒れ、光とならないキマライにスタリと降り立ったのは赤いモンペ姿の白髪の少女。

その少女を中心に、まるで火山の噴火のように火柱が上がった。

あまりの熱量に巻き込まれたキマイラも光になるよりも早く灰になっていく。

だんだんと炎が晴れ、後に残るのは藤原妹紅一人だけだ。

 

「聖殿、マート殿、それに妹紅まで!すまない、助かった!」

 

「何、お互い様だよ慧音」

 

「うむ、この状況で何もしないというのもありえないからのう。冒険者の集落の被害がとんでもないわい」

 

「もはや人と妖怪、種族の差を言っている暇もありません」

 

見渡せば、人里の守護者として守るはずだった人里が見るも無残に荒らされていた。

幸いと言っていいかわからないが、今のところは犠牲者の報告はない。

マート、妹紅、白蓮の働きによって、慧音が動けなかった分の人里の住民の避難を終えさせたのだ。

 

「ぬえ、貴女は彼らを命蓮寺に運んであげてください」

 

「ええ?いや、でも⑨なら妖精だし空も飛べるから……」

 

「早く!」

 

普段は穏やかで声を荒くさせない白蓮が、珍しく剣幕のある声にぬえはビクっとする。

そして理解した。ぬえの持つ、妖怪としての勘が、もうじきここが想像を絶する戦場になるという事を。

 

「わ、わかったわよ!ほら、あんたら手を掴みなさいよ!」

 

獣人と妖精の手を掴みながら、ぬえはすぐさま空に浮かぶと真っ直ぐ命蓮寺に向かっていく。

これで守るべき者全ては寺に送られたはずだ。そして寺にも白蓮が信頼できる者達が守っている。

そして、彼らは振り返る。

キマライを倒した境に、アビセアンの侵攻はピタリと止まったのだ。

人里の入り口に立つ謎の存在。

人形のように見えた。すぐ近くにある崩れかけた家を比較して、先程のキマライと同等かそれ以上の大きさを持っている。

赤黒い鎧にも見える外装はまるで血のようだ。両手にはハンマーか、それともナックルのようなモノを付けている。

間違いなく強い。

一級廃人を超えるマート、白蓮は元より、彼らに一歩劣る慧音と妹紅ですらゆっくりと人里に入る人形に身体の震えが隠せない。

 

あれは災害だ。

人形という形をした災害で、人に抗える領域を遥かに超えた存在。

数多くいるアビセアンとは比較にならない存在。あれと戦うぐらいなら、何千のアビセアンと戦ったほうがマシだと言えるかもしれない。

 

「慧音?いける?月の力がないけど」

 

「当然だ。背後には守るべき人がある。それだけで、戦うには十分に過ぎる」

 

慧音に流れるもう一つの血。人間とは別の聖獣の力を解放できない。

それは満月の夜にだけ開放する事のできる力だ。それのない慧音では更に力が劣っているようなものだ。

しかしそれがどうした。確かに力はマート達に劣るかもしれない。

それでも上白沢慧音は人里の守護者なのだ。

例えそれが人間であろうとも妖怪であろうとも神であろうとも災害であろうとも。

人里を守り抜く事こそが使命。

己の意思を変えずに貫こうとする慧音に、妹紅はニヤリとした笑みを浮かべる。

 

「なら私も頑張らないわけがないわね。あーあー、あやねさんもいてくれればもっと楽なんだけど!」

 

人里にあるくつろぎ喫茶ベヒんもスの店長であるあやねは、命蓮寺の守り手兼食事係になっている。

妹紅を超える戦闘能力はマート、慧音に次ぐ人里の守護者に相応しいだろう。

しかしそのあやねはいない。彼女は彼女のやるべき事をしているのだから、無理強いはできない。

ならば自分のするべき事は、親友が守ろうとする者を一緒に守るだけだ。

 

「うむうむ。良き友情はよきかなよきかな。ふぉふぉふぉ、ワシも身体が滾ってきたわい」

 

「あの人形、恐らく生半可な力では抑えられないでしょう。この聖白蓮、全力で持ってお相手します!!」

 

人類の頂点に近し者でありながら、尚も己を鍛え続ける事に余念のないマートが目指すのは己の師匠に追いつく事だ。

どれだけ鍛えてもまだまだ師匠の下にすらいけない中、あの人形が現れた。

根っこからの戦士であるマートには待ち望んでいた相手だ。勝てる気がしないと思わせる相手など何十年ぶりだろう?

白蓮も例え勝てない相手であっても、己が守りたい思った者を守り抜くために全身に魔法の力を漲らせる。

幻想郷は楽園だ。人も妖も平等に暮らしていける、白蓮の目指そうとした理想に限りなく近い世界。

それを壊そうとする人形、そしてアビセアンは許せるモノではない。

守ろうとする者、壊そうとする者。

背中にある守るべき者をかけての戦いの火蓋が切って落とされた。

 

迷いの竹林とも言われ、その奥にある永遠亭もまたアビセアンの脅威に晒されていた。

以前から竹林からのアビセアンを処理し続けたとはいえ、赤い空になってから状況は一変する。

永遠亭に多く在住する冒険者達では対応し切れないアビセアンはついに永遠亭の襲撃に成功してしまい、屋敷の見た目よりも広く感じる永遠亭内では多くのアビセアンが跋扈するようになる。

力のない妖怪兎にできる事は逃げる事であり、冒険者も必死になってアビセアンを倒し続けても更に増えるのだから焼け石に水であった。

無論、冒険者だけではない。

ヴァナ・ディールとは違う世界から来訪した黒い鎧を纏う魔人、そして八意永琳がグラットン異変の際に呼び出してしまった古代人の片割れもいる。

その実力は片や隕石を落とし、片やクリスタルの力を解放した超パワーは神に勝るとも劣らない。

その強さを持ってしてもアビセアンの沸き続けるスピードが早く、永遠亭は刻々と崩れかけようとしていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

一人の女性が手を壁で支えながら歩いていく。

長い銀髪は無造作に解け、その歩く姿に力を感じさせない。

トレードマークとも言える赤と青の服を着るのは永遠亭の薬師である永琳だ。

しかし、疲労困憊とも言える姿は永琳を知る者であれば珍しく映るだろう。

如何なる時であっても己のペースを決して崩さず、相手に弱みと主導権を与えないのが八意永琳だ。

そして、何よりも異常だったのが背中にある傷であった。

魔物による爪の一撃だったのだろう。三本の傷が背中を傷つけ、今でも血を流し続けている。

ありえない事だった。永琳は不老不死である蓬莱人だ。例え死ぬような傷を負ったとしても死ぬ事はなく、この程度の傷であれば一瞬で回復するはずなのだ。

しかし今の永琳は歩く度に血を床に流し続け、美しい顔は痛みに耐えるように歯をかみ締めるようにしている。

 

「闇……虚ろ、か…………」

 

壁を背にして、ずるずると座り込んでしまう。

傷が回復せず、血が止まらない。普通の人間であれば意識を失い、そのまま死んでしまうだろう。

 

「ふ、ふふ……罪の証である、蓬莱の薬を飲んだから……?私の虚ろ……闇を持っていかれるなんて……まいったわね……」

 

世界が割れ、永遠者である永琳も例外なしに己の闇を失った。

その闇とは己の中に存在する「人が人として足らしめる証」である虚ろなのだ。

本来、永遠者となった永琳に虚ろなどは存在しない。そう思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

故郷である月では不老不死の薬である蓬莱の薬は禁忌とされている。

月にとっての罪の象徴、それを摂取してしまった永琳は罪の塊なのだ。

思えばグラットン異変で暴走したのもグラットンソードのダークパワーは元より、永琳自身の闇も関係しているのを失念していた。

概念的でしかないはずの罪を抜き取られ、今の永琳は永遠者では無くなってしまった。

 

「……まさか蓬莱の薬の力を失うなんて……輝夜を逃がして、正解だったわ……」

 

まったくの誤算であった。

まさか蓬莱人としての強みをこうした形で失うなどと誰が予測できるだろうか。

久しぶりに、いったい何万年ぶりに感じるだろうか。

明確な『死』という感覚が迫ってくる中、不思議と永琳には焦りも恐怖も無かった。

不老不死ではない今の永琳が死ねばもう生き返る事ができない。しかしそうした恐怖すら沸かないのだ。

長く生き過ぎた故に、例え一秒先に死ぬような事があっても、永琳からすれば「ようやく来たか」としか言えない。

未練があるとすれば、彼女が溺愛をする姫の行く先。

足音が耳に響く。『死』を間際にして感覚が鋭くなっているのだ。

大方、アビセアンか何かだろう。もはや永遠亭には自分を除いて誰もいないはずなのだから。

 

「傷が深いわね!ちょっと白魔法使える奴いないの!?」

 

なんで、一番来て欲しくない声が聞こえてしまったのか。

ややぼやけている視界に映るのは、永琳が姫と共に逃がしたはずの冒険者達と、因幡兎を纏める因幡てゐ。

てゐは小さな身体で永琳を押さえながらも、冒険者の一人が唱えただろう癒しの魔法が背中の傷を完治させる。

 

「な、んで……!てゐ、なんで戻ってきたの!あなた達は姫様達を!」

 

「はー?そのお姫様の命令ですしおすし」

 

茶髪をポニーテールにしているヒュームの娘が言った言葉に永琳は目を見開いた。

 

「むしろ竹林も敵多すぎwwwwwwwソボロじゃ力不足すぎて【エキサイト】できないwwwwwwwお姫様wwwwww報酬は義弘でよろwwwwwwww」

 

「下手に永遠亭から逃げるよりも、むしろここで防衛戦をやったほうが私の安全は取れると判断したのよ、永琳」

 

そのために冒険者にも相応の報酬を私から用意する事にしたしね、と蓬莱山輝夜はウィンクしながら言った。

永琳からすれば輝夜が勝手な行動をするのは想定内だ。想定内だが、それでも今はそれが外れて欲しかったというのに。

 

「輝夜……!わかってるの!?今の私と貴女は蓬莱人としての不死性を失っている!そんな状態に輝夜がもしもの事があったら!」

 

「ふざけないで、永琳。確かに今の私は不老不死としての特性を失ってるわ。たぶん、妹紅に全身を焼かれたらそのまま死んでしまうでしょうね」

 

それが分かっていながらなぜ戻ってくるのか。

永琳には一つだけ誤算があった。永琳からすれば、輝夜が守られるのであれば例え永遠亭だろうが因幡の兎だろうが冒険者だろうが、それこそ自分自身を犠牲にしても生かそうとする。

しかし輝夜は違う。彼女にとって必要なのは、自分が楽しいと思える今の日常なのだ。

その日常を作り出すのに何一つ欠けてはいけない。

永遠亭も、己の従者である永琳も、煩いぐらいの因幡の兎も、常に騒がしい冒険者達も。

 

「我が闇を導き、闇と光を掲げ……星をも越えて見せよ!!」

 

空から多量の隕石が舞い降りた。

空高くから飛来する巨大岩石は摩擦熱によって燃え上がり、百を超えるメテオが永遠亭の屋根を突き破り、次々と屋敷内のアビセアンを一瞬にして処理をしていく。

そのあまりの破壊力に地面が揺れ、まともに立っていられなくなるほどだ。

そこから追撃と言わんばかりに空に光が集っていく。

 

「クリスタルの力に消え失せるがいい!!」

 

永遠亭の一角が、光に包まれながら比喩表現を無しに消滅した。

空を見上げれば白銀の鎧を身に纏い、掘りの深い顔立ちをした青年が宙に浮かびながら剣を振るっている。

先程の光は青年が行ったものなのだ。隣には同じように宙に浮かぶ、魔人の如き黒き甲冑を着込む者もいた。

その二人の者達に向けられて突如屋根の板が投げられた。甲冑を装備した者は紙一重で避け、白銀の鎧を着た青年は回避が遅れて直撃をした。

 

「コラァァァァァァァァァ!!!あんたら何、永遠亭の破壊活動をしてるのよ!!アビセアンよりも性質悪いわよ!?」

 

屋根を投げつけたのは輝夜だった。

見た目は線の細い美少女で通じるというのに、腕力に関して言えばそこらの妖怪を超えるものを保有している。

蓬莱の力を失ったとはいえ、それでも自前の力というのは健在だ。

 

「ええい、黙らんか小娘!アレを相手にするのに手間取っていただけだ!」

 

「輝夜殿、覚悟なされよ。戻ってきた事を後悔する羽目になるかもしれぬ」

 

一万年前の古代人ジラートの生き残りであるカムラナート、そして黒甲冑は異世界から来訪した魔人ゴルベーザ。

二人とも、永遠亭の永琳、輝夜に次ぐトップクラスの実力者だ。

その二人が手間取るのは何か。消滅してしまった永遠亭の一角から、まったくの無傷となっている人形が姿を現した。

やや黒くも感じる無機質な外装をした人形であり、武器と言えるのは両手にある四本の爪だろう。

そして何よりも大きさが違った。ゆっくりと輝夜たちに近づこうとする中、永遠亭の屋根以上に達する巨大さ。

あれでは冒険者を剣を振るっても、精々足元程度にしか届かないだろう。

 

「……はっ、上等!生憎と過去は振り返らない主義なの!後悔してる暇があるなら私は前を向くわ!!」

 

そこらにある屋根を掴み、不適な笑みを浮かべる輝夜に逃げるという文字はない。

冒険者の中には逃げ腰の者もいる。恐らく人形を見た時に、実力差を愕然と感じてしまったのだろう。

カムラナートとゴルベーザを相手にしながら無傷に押さえるほどの相手だ。永遠亭にいる冒険者はそこまで強いと言える人材ではないのだからしょうがない。

しかしそれがどうした。目の前の災厄によって、蓬莱山輝夜にとっての楽しい日常を奪われるのはもっと嫌な事だ。

人形が腕を振り上げ、空からゴルベーザの放ったメテオと同等の隕石が降り掛かろうとしている。

 

「行くわよ、永琳。まさか私が行くのに貴女は動けないって事はないでしょ?」

 

「冗談にしては笑えないわ。むしろ姫の立場なんだから守られて頂戴」

 

その隕石はゴルベーザのメテオと相殺され、爆音と衝撃が幻想郷全体に響かんと言わんばかりに鳴り響く。

輝夜を守るようにして前に出る永琳は愛用の弓を構え、感情無き人形が爪を広げて襲い掛かろうとする。

自らの罪を失い、ただの人間となってしまった彼女らは、自分達の日常を守るために迫り来る災厄から抗う事に決めたのだ。

 

地上がアビセアンの脅威を受けている中、楽園とも言われる天界も例外ではないようにアビセアンが出現した。

天界に住まう多くの者は天人と呼ばれる徳のある者であり、楽園である世界を享受をしながらも、贅沢をするわけでもなく、歌えや踊れやと気ままに生活する者が多い。

そうなれば必然的に戦える者はほとんどいない事にも繋がる。

元来彼らの気質を考えれば仕方がない事。そもそも天人に至れるほどの人間は極限までに欲を無くすために争いを生み出す力を得る事など考えないのだ。

長い寿命を維持し続けるために死神を撃退できる程度の力はある。だが、その死神を超える力がやってくるモノが現れればどうしようもない。

ゆえに彼らに対抗手段はありはしない。アビセアンの持つ鋭い牙と爪によって引き裂かれ、数万数億の寿命を持つ天人達はあっさりとこの世を去るだろう。

 

されど何事にも例外はある。

その少女は天人でありながら欲に満ちていた。

我儘で、天人でありながら不良であり、天界の宝剣を持ち出して己の愛剣にする始末。

しかしそのような人間臭い天人がいるからこそ、天界はアビセアンの脅威から守られている。

 

「あーもう!数だけいて鬱陶しいのよ!」

 

赤い空となっている幻想郷とは対照的に、流れるように伸ばした青い髪を揺らす少女。

桃のついた黒い帽子をかぶり、煌びやかな装飾が施された白いワンピースを着る少女はお嬢様のように見える。

しかしお嬢様と言うには持っているのは些か物騒な剣であり、それを縦横無尽に振るい続けている。

燃えるような赤い刀身を持ち、棒状にも見えるために玩具か何かに見えるだろう。

しかしそれは玩具などという代物ではない。

天人にしか扱えぬ秘宝にして、気質と天候を操れる緋想の剣。

その本質は相手を斬れば「如何なる存在でも必ず弱点を突ける」という武器として法外ともいうべき力を有している。

 

少女の剣術はさほど優れているとは言えない。

目に見えぬほどの斬撃をする様を見れば武芸者か何かを思わせる一方で、武器を手に取り戦う者からすれば全てに置いて無茶苦茶なのだ。

敵との距離感をまったく考えず、骨ごと断とうと感じられない歪んだ太刀筋、いったいどれから倒すべきかを考えずに向かってくるアビセアンから片っ端から返り討ちにしていくその姿。

戦闘の素人というほどではない。むしろ戦い慣れているようにも感じる。

しかし戦う術に関しては素人にも感じるアンバランスな戦いを繰り広げるのは天人の娘、比那名居天子は気にせずにアビセアンを葬り続けている。

例え素人のような剣術であっても、掠り傷を与えるだけでも緋想の剣であれば相手に致命的な致命傷となりえる傷となる。

大きな口を開きながらオレンジ色の毛皮を持つ剣虎が天子を襲おうとするが、それよりも早く剣を振るう。

戦いによる技術が無くても身体能力だけならそこらの妖怪すら凌駕する天子にかかれば、単純に剣を振るうという後の動作からでも反撃は十分に間に合うのだ。

剣はほんのわずかに牙を掠め、その瞬間に牙が粉々に砕け散った。

これには驚く剣虎は一旦引こうとするが天子はそれを許さない。

 

「要石「天空の霊石」!!」

 

引こうとした剣虎に追い討ちをかけるが如く、空中から巨大な石が幾つも降ってきたのだ。

質量のある石は毛皮を貫く衝撃で持って肉体を打ちのめしていき、声をあげる事すらさせない。

比那名居家は地震を鎮める『要石』を護る神官の家系であり、天子はその血を最も色濃く受け継いでいる。

宇宙の万物である三才。即ち人、天、地の内の一つである『地』……『要石』そのものを操れるのだ。

その『要石』によって動きが止まってしまえば剣を握った事すらない者でも当てられる。そして当てるだけで相手を打倒可能なのが緋想の剣。

大振りをするかのように上段から真っ直ぐと剣を振り下ろし、剣虎の脳天を切り裂く。

頭だけではない。文字通り、真っ二つとなった剣虎は光となって消えていく。

 

「纏めて消えなさい!剣技「気炎万丈の剣」!」

 

剣虎を倒してからも次々と襲うアビセアン。

ご丁寧に正面から幾つもの群れを成してやってくるが、天子からすれば逆にチャンスでしかない。

正面から来るアビセアンに対し、不適の笑みを浮かべる天子も同じように真正面から突っ込んでいく。

そこから子供のチャンバラのように剣を無茶苦茶に振るう振るう振るう!

相手を切り裂く度に気質を生み出す事によって、まるで炎を纏うかのように剣が気質によって燃え上がる。

しかし防御も回避も考えず、自分の身体を傷つく事を許すかのよう突撃にアビセアンの爪は天子の身体を捕らえている。

少女の柔肌を容易に引き裂くだろう爪に対し、切り裂けたのは着ている服だけだった。

露になる少女の肌には掠り傷すら負っていない。

 

「き~か~な~い~わ~よ~!!」

 

歯軋りするかのように、それでも攻撃を効かない事をアッピルする。

天人は等しく身体が頑丈に出来ている。その理由は天界で取れる桃のお陰だ。

食べれば食べるほど身体が頑丈になり、ついにはナイフですら傷がつかないほどになる。

とはいえ、痛み自体は感じてしまうために天子は痛みを必死に我慢をしているのだ。

 

「衣玖ーー!そっちはどうなのー!?」

 

剣を振るいながらもあらぬ方向に顔を向ける。

天子の声をかける方向には羽衣を身に付けた女性が腰に手をやり、もう片方の手を天に指すという独自のポージングをしている。

しかしそのポージングをすれば雲一つのない空から突如として雷鳴が響く。

何十もの雷撃が天界に降り注げばそれらはアビセアンのみに注がれていく。

赤い触角のようなものが特徴的な帽子を被るのは永江衣玖。龍の言葉を理解し、龍と人間の世界の間に棲む竜宮の使い。

本来は雲の中で泳ぎ、龍神の様子を見守り続ける種族なのだが、幻想郷にアビセアンが出現してからも天界でのアビセアン退治に駆り出されているのだ。

 

「総領娘様、やはり数が多すぎます。もはや我らだけでは……」

 

「ぐぬぬぬ……せめて父様達が来てくれるまで耐えないと……」

 

天人で戦えるのは天子だけではない。

緋想の剣を持つ天子のように、数多の秘宝を持つ天界には戦うための道具は存在する。

まだ未熟の多い天子と違い、多くの地震を鎮めてきた天子の父親が戦場に出れば戦況は有利に運ぶだろう。

だが、急速に増え続けるアビセアンの混乱に続き、天人の避難と戦える者の選抜はまだ済んでいないのだ。

どれだけ倒しても倒してもそれ以上に増え続けるアビセアンにさすがの天子も疲労が顔に出始める。

加えて自身の持つ『要石』を操れる能力がいまいち発揮されないのだ。

全力で放てば目に見えるアビセアンを一瞬に葬れる程度に石の弾幕で覆いつくせるというのに、今はそれができない。

赤い空になってからだ。

どんな気質よりも赤く、紅く、深紅色の空になってから全てがおかしくなった。

 

ふと気づく。

アビセアンの侵攻が止まった事に。

強くて可憐で華麗なる美少女天人である比那名居天子の後光に恐れを成したかと天子はふんとしながら見渡すと絶句した。

今までは、ヴァナ・ディールの魔物を象っているとはいえ、地上の動物に似たアビセアンを倒し続けていた。

サイズこそ地球の虫とは違うが、それでも形自体はそこまで変化はないのが魔物だ。

しかしこれはなんだ?

まるで切り株に何十もの触腕を生やした醜悪な化け物!

そして何よりも臭いのだ!

黒に近い触腕を動かしながら着実に天子に近づき、その度に生ゴミを一ヶ月も腐らせたかのような臭いが強くなっていく。

どんな攻撃に対しても頑丈な肉体と自前の我慢強さで耐える事はできても、これにはさすがに耐える耐えられない以前の問題だ。

 

「くっさっ!なに、よ、これ!?うぇ、鼻が痛くなるぅ!」

 

「ごほ、ごほ!こ、れは……まさか、モルボルですか!?」

 

切り株に横線を入れたような部分から大きな牙のある口が開かれる。

その臭い、人間であれば三日三晩は苦しみ続ける最悪の吐息を発するアビセアンの正体はモルボルであった。

毒々しい色も、醜悪な外形すらもモルボルの吐息からすれば気にするようなものではない。

臭い息と恐れられる吐息をせずにこの異臭に天子も衣玖も行動すらできない。

鼻を押さえるようにするがまったく効果はなく、むしろ臭いが目に入り込んで涙を浮かべてしまうほどだ。

そして毒ともなる異臭はやがて肉体を蝕み、身体を麻痺させていく。

 

「あ、が……け、けん、が……」

 

声すらも出しにくいほどに身体が麻痺する中、カランコロンと右手に持っていた緋想の剣を落としてしまう。

天子がゆっくりと顔を動かすが、衣玖も同じように膝をついてしまい一歩も動かせない状態だった。

せめて身体さえ動かせればこんな奴なんて即死で瞬殺してやるのに!

悔しいという表情すらも作れないほどに麻痺をしていき、モルボルが更に一歩近づくたびに異臭だけが鼻の奥に入ろうとする。

これまでか。こんな最後なのか。

一種の諦めを抱いてしまうが、ほんの一瞬だけで身体が自由に動いた。

 

「――!!」

 

その後の行動が実に早い。

すぐさま剣を拾い、近づこうとするモルボルに向かって思い切り、剣を振り切った。

触腕の一本が傷つき、傷ついた部分から気質が噴出されるとパンと音と出すと共に触腕が千切れ飛んだ。

 

――ギェェエエエエエエエ

 

植物の分際で声を出すか。

そんな思いをしながらも、再び異臭によって身体が麻痺をしてくる。

だけどなぜ身体が一瞬だけ自由に動いたのか。

獲物の動きを止めたはずなのに思わぬ反撃によって警戒心を強め、モルボルは後ろに下がっていく。

それに釣られるように後方のアビセアンも後ろに下がった。どうやら同じアビセアンでもモルボルの臭いはきついらしい。

 

「天界という劇場に飛翔した黒騎士」

 

カツリカツリと明確に響く靴の音。

モルボルからの後方……地上からの出入り口とも言うべき場所から一人の男がやってくる。

天子は見る。その美しき男の姿を。

一目だけで見るならエルヴァーンの男だ。褐色の肌、手足と首が長い、長身痩躯でありながら引き締まった筋肉をしている。

しかしながらその肉体は晒されているのだ。身体を覆う部分など股間を隠す程度でしかない防具の白のサブリガ。

冒険者が必要最低限は身に付けるだろう防具を一切身に付けず、精々足音を鳴らす程度の無骨なレギンスと呼ばれる靴しかない。

ましてや顔など潔さを感じるフルフェイスの兜で覆われ、顔を見る事すら敵わない。

 

「ブリリアントなダンスの真骨頂、天地に見せ付けるのも悪くない」

 

勢い良くステップが踏みしめられる。

全身にある申し訳程度の装飾が煌くように光を弾き、全身を芸術として表現する気品さは美しさの頂点を極めし者が至れる獅子の貫禄。

誰にも真似できないハード&ワイルド、孤高に位置するファンタジスタ、圧倒的なオーラがこれでもかと感じられるほどのそれは黒部ダムでも止められない。

 

「ふ、ふつくしい……」

 

気づけば天子はそう呟いていた。

美しい男であった。半裸にサブリガで兜という奇想天外である男でありながら美しかった。

 

「し、師匠!?どうしてここに!」

 

天子にはその言葉の意味の理解が少しばかり遅れてしまった。

確かに美しい男であるが、端から見れば変態でしかありえない男を師匠と呼ぶなどと。

 

「ガイアが俺にもっと踊れと囁いている」

 

「……まさか、天界を舞台にして!?」

 

「伊達ワルは舞台を選ばない。このお嬢さんにもちょっと"大人"を感じさせるマイ・スピリッツを見せてやろう」

 

いったい何の会話をしているのか天子には理解不能状態であった。

とても突っ込みたいのだが身体が麻痺して無理に声が出せない状態だ。

モルボルも触腕の一つが駄目になったぐらいでは行動の停止には繋がらない。

天界でありながら地響きを感じさせるかのようにモルボルは謎の男に突撃をする。

 

「来いよ、何処までもクレバーに抱きしめてやる」

 

腰から取り出したのは玩具のようなハート型の先端が特徴的な二本の杖だった。

無茶でしかない。あんな武器でもないようなものでモルボルを押さえられるはずがない。

しかし天子はそんな常識を覆すモノを見てしまう。

大質量のモルボルが男に当たる時、なんと二本の杖で防ぎ切っているのだ。

クロスさせるように構え、当たる直前にほんのわずか後ろに下がる事に衝撃をできる限りの吸収をして受け流す。

言葉にするだけなら簡単のように思えるが、一歩間違えればそのままペシャンコになってしまう。

攻撃を受け流した男が次に行うのは踊りであった。リズムよく足でステップさせ、そのままワルツをするように腕を大きく広げる。

一連の踊りを終えた時、天子の身体から麻痺の効果が消えた。衣玖も同様に身体の自由が戻ったのだ。

 

「な、なに?あいついったい何なの!?」

 

「先程のはヒーリングワルツ。身体の毒もあれで癒したのでしょうが……あの方はヴぁーんさん。踊りの師匠というお方です」

 

踊りで毒素を消すのも驚きだが、衣玖の踊りの師匠があの男というのもまた驚きだった。

モルボルとの戦いは、否、戦いと呼べるものですらない男のコンサートは佳境に入ろうとしている。

どれだけ攻撃を加えても全てを受け流し、臭い息を吐いても踊っている最中だとまるで効いていないように振舞う。

モルボルはついに痺れを切らし、大きな口を丸呑みするために開く。

それこそが、『マッドロックの伝道士』とも言われるヴぁーんの狙い。

 

「ザ・ヴぁーん・ヒップ!!」

 

相手に背中を向けながら土下座をするかのように構える。

男が行うのは例えそれが土下座であっても美しい。

そして白サブリガによって隠され、モルボルに向けられた尻が爆発した!

爆発によって発生した炎は丸呑みにしようと広げていたモルボルの口に引火し、急速に炎がモルボルの全身を包んでいく。

ついでとばかりに爆風によってモルボルの巨体が吹き飛ばされ、燃えながら天界から地上へと落ちていく。

 

「……なんだろう、認めちゃいけないようなぐらいに理不尽なのを見せ付けられた気がする」

 

見事にモルボルを倒し終え、他のアビセアンも動き出す中でもヴぁーんは構わず踊り続ける。

ストイックなまでに踊りを探求し、天界の中心にして輝く彼は確かに美しい。

美しいのだが、これを認めてしまったら自分の何かが壊れてしまいそうで、隣にいる衣玖は心酔するかのような目をしていて思わず倒れこんでしまった、

 

「そ、総領娘様!?如何になされましたか!」

 

「いや、もう何というか……何なんだろう、これ……」

 

伊達ワルオーラを身体から噴出しながら次々と踊りによってアビセアンをいなし続ける光景に天子でなくてもやる気は失う。

しかしながらもヴぁーんの活躍によって天界に蔓延るアビセアンの脅威を一匹も天界の奥地に通さなくなったのもまた事実であった。

 

天界とは逆の地底。

忌み嫌われる妖怪が住まい、幻想郷の妖怪では通行が禁止されている場所。

ヴァナ・ディールと融合をしてもそれは変わりはないとはいえ、若干であるがその決まりも緩くなっている。

妖怪は禁止されていても人間が禁止されていないため、冒険者や幻想入りした人間がいるためだからだ。

忌み嫌われているとは言え、鬼などの種族もいるために元地獄でありながら騒がしい。

騒がしい地底がより騒がしくなる者を迎え入れるのは、異世界の来訪者の影響なのかもしれない。

しかし地底がどれだけ騒がしくなろうとも一般の妖怪にはあまり関係のない事だ。

力のない、力の弱い妖怪はひっそりと暮らしているために来訪者とはあまり関わりは持たない。

それが原因で、地底にも表れたアビセアンに逃げ遅れた者もいる。

 

一人の少女が右手に桶を持ちながら地底の空を駆けていた。

やや地味な印象も受ける茶色の服、ややダブついたスカート。

薄暗い地底でもきらきらとする金色の髪をポニーテールのようにする少女は黒谷ヤマメ。

千年前は鬼と二分するほどの大妖怪である土蜘蛛の末裔だ。

しかしながらヤマメには伝説と謳われるような力は持っていない。

病気を操れる力はあるとはいえ、それでも出鱈目極まりない鬼には及ばぬ。素の力にしても妖怪の中では中の下ぐらいだろう。

桶を持たない左手首から蜘蛛の糸を発射し、天井に張り付けてはそれを掴んで空を飛ぶ。

後ろからはしつこいぐらいに追ってくるアビセアンだ。

 

「うぅー!なんでこんなに追ってくるのよ!」

 

「……!」

 

病気の力はアビセアンには効くには効くが、即効性がないためにすぐに倒せる力でもないのだ。

身体の弱い人間であるならともかく、強靭な肉体をもつ魔物相手には意味はない。

桶からひょっこりと緑髪をツインテールにした幼い少女、ヤマメの友人であるつるべ落としの妖怪キスメが顔を出す。

顔を出したのは前から何かがやってくるのに気付いたからだ。

若い男だ。少女の外形をしたヤマメよりも2~3歳程度は上に見える、少年と青年の境目ぐらいに見える男。

デコを出すぐらいにヤマメと同じ色をした金の髪を広げ、ジャケットのようなものを着ているだけで細身に見えて筋肉質の肉体を晒している。

金属の装飾のあるズボンで動きやすさを重視しながらも、武器を一つも持っていない。

そして男は走りだした。

無茶だとキスメは思う。何処から迷い込んだか知らないが、ただの人間がアビセアンに挑むなど。

 

「喰らえ!」

 

素手であったはずなのに、何処から取り出したのか手にあるのはボウガンだった。

高速で撃ち出されるクロスボウボルトは迫ってくるアビセアンの足を狙い、それ以上の進行を食い止めようとする。

しかし中には魔物の肉体を貫くほどの矢を受けながらも構わず進行しようとするのもいる。

ダルメルだ。

長い首を持つ四足歩行の獣であり、体格だけなら男の三倍近くはある。

茶と黄色の毛皮を持つ大きな身体を支える細い足には矢が貫いているが、その動きを止める事ができなった。

 

「うわぁっと!?」

 

コブのある長いを首を振り回してきた。

身体をひねるようにして紙一重に回避するが、近くの岩がダルメルの頭によって粉砕される。

あんなものがまともに当たれば人間の身体なんて簡単に砕け散ってしまうだろう。

暴れるようにして大きな身体を更に揺れ動かし、だんだんと回避が追いつかなくなっていく。

 

「よっと!」

 

ダルメルの全身に白い糸が巻きついた。

巻きつかれた糸は動きを止め、首を振りまわそうにも動かない。

 

「助かった!ありがとう!」

 

「お兄さん、長く止められないから早く!」

 

ヤマメの糸によってダルメルは動きを止められたのだ。

男は礼を言いながらもボウガンの次に片刃の長剣を取り出す。

ヤマメの言う通りに糸をブチブチと音を鳴らしながら自由になろうとしているダルメルにトドメでも喰らわせようとしたのだが、突然と男は後ろに下がった。

 

「え、えええええ~~!?」

 

足を矢で貫かれて動きを止めていたアビセアンを踏み潰し、ダルメルごと男を焼き払おうと炎のブレスを"それ"は吐いた。

糸は容易に焼き払われ、ついでとばかりにダルメルは呻き声すら上げさせずに灰となっていく。

ヤマメも驚きの声をあげるのは無理はない。

それは妖怪であるヤマメですら化け物でしか映らなかった。

犬のような頭部をしながらも、その数は三つ存在する。

地獄の番犬と恐れられ、間違いなく最も悪名高い魔物ハイノートリアスモンスターに属する怪物であるケルベロスだった。

男はすぐさま呆けるようになったヤマメの手を引きながら走り去る。

 

「逃げるぞ!」

 

「うわわわ、ちょっと待ってよぉ!」

 

男よりも大きかったダルメルが更に子供に見えるほどのケルベロスは大きすぎる。

追いかけるようにケルベロスも走るのだが、走るたびに地底が揺れるようにも感じるのだ。

 

「俺、ヴァン!お前は!?」

 

「ヤ、ヤマメだけど!なんでいきなり!?」

 

「お前だけじゃ呼びにくいだろ?よっと!」

 

「ちょ!何すんのさ!」

 

見た目よりも力があるのか、ヴァンと名乗る少年は手を引っ張っていたヤマメを引き寄せ、お姫様抱っこをするようにしたのだ。

幾ら人間とはいえ、男にこうされて恥ずかしがらない少女はいるだろうか?

 

「こっちのが早い!それよりもあっちに糸を!」

 

抱きかかえながらも右手に示したのは右斜め上の崖上だ。

それもよく見れば小さな洞穴のような場所に繋がっていると分かる。

言われるとおりのままにヤマメは手首から糸を撃ち出し、崖上へと付着する。

 

「よし!」

 

その糸を掴んでからヴァンは崖上に向かって全力疾走。

大きく飛び上がると壁に足を付け、そのまま駆け上がるように糸を掴みながら崖上へと辿りついた。

追いかけていたケルベロスも急には止まれずに壁へと激突し、その衝撃で天井からパラパラと砂が舞い落ちる。

長居は無用とばかりにさっさと洞穴の中に入っていった。

 

「あ、あのさ。そろそろ下ろして欲しいだけど」

 

「あ、ごめんごめん」

 

助けてくれた礼は言いそびれてしまった。どうもこの人間は調子が狂うのだ。

空気が読めているのか読めていないのか。

悪い奴ではなさそうだが何者だろうか。

 

「でもよくここに洞穴があるって知ってたね」

 

「へへっ、こういった洞窟は慣れてるからな。ここに来てからこの辺の隠し通路とか全部覚えてるんだ」

 

薄暗い洞穴の中、ヴァンは鞄から松脂を取り出して明かりを付ける。

ヴァンの言う事にさすがのヤマメも驚く。

迷路のようなという言葉があるように、地底は入り組んだ道が特徴的だ。

何も知らぬ者が歩けば迷うのは必須。地底に長く暮らしている妖怪ですら、ヴァンの知る隠し通路を知っているのは少ないだろう。

 

「あんたも冒険者って奴かい?」

 

地底にも増え始めているヴァナ・ディールからの来訪者。

彼らは地底のような迷宮を探索する事を目的にする事が多く、ヤマメもそれなりに冒険者の数を見ている。

冒険者ならば地底に住まう妖怪からすれば日常的な道であっても、こうした洞穴を見つける事も可能だろう。

ヴァンも同じようなものかと思ったが、それは違うと首を振るう。

 

「俺は冒険者じゃなくて空賊さ。とは言っても、元の世界じゃまだ新米みたいなもんだけどな。こっちだと俺の船はないし」

 

ヤマメは知らない。

彼はヴァナ・ディールとは違う、まったく違う異世界からの来訪者という事を。

空に憧れ、空を自由に飛び回る空賊に憧れを抱いた者だと言う事を。

 

洞穴を潜り抜け、ようやく一息つけそうだとヴァンは身体を伸ばす。

だが、キスメは何かに気づいたような洞穴に顔を向けた。

 

「……」

 

「ん?どうしたの、キスメ」

 

「……きます」

 

何が、と問う前に洞穴……いや、壁すらも溶岩か何かに熱せられるように紅く染まっていく。

ピシリと壁が割れた時、炎が壁を砕きながら三頭首の怪物が姿を現す。

 

「う、う、う、うそぉぉぉぉぉぉ!?」

 

洞穴に入ってから潜りぬけるまで一体どれほどの壁があると思っているのだ!?

ヤマメは察する。

あろう事かケルベロスは、獲物を追いかけるために何10mはある壁を自慢のブレスによって無理矢理砕いて道を作ってしまったのだ。

 

「こっちだ!」

 

すでにケルベロスにはヴァンを食らおうとするしか頭に無い。

ヴァンに引っ張られるままに逃げようとするが、ヤマメは走っている道に気づいた。

 

「ちょっとちょっと!このまま行くと街に出ちゃうんじゃないの!?」

 

ケルベロスから逃げた先に行けば、そこは地底の住民が住まう街区に入ってしまう。

今の状況で住民が暢気に街にいるとは思えないが、それでも街から更にまっすぐと行けば避難所である地霊殿にまで繋がっている。

 

「いや、いい!朔也が何とかしてくれる!」

 

サクヤ、という名前からしてヤマメの脳裏に浮かぶのは吸血鬼を主にしたメイド長だ。

あまり顔を合わした事がないが、人間でありながら時を止めるという破格の能力を持つために記憶に残っていた。

しかしあのメイド長がまさか地底を守っているのはないだろう。彼女は地上の民だからだ。

走り続けている内に街が見えてくる。明かりを失い、黒煙が上がって建物が壊されている。

アビセアンの襲来は街区を容易に侵略していき、鬼がいながらも戦えぬ者の影響によって撤退を余儀なくされてたからだ。

そんな街にぽつんと一人の男が立っている。

少しばかりぼさぼさにしてある黒髪に二十台中盤に思える顔立ちをし、ややくたびれた感じの黒コートを着ている。

何処にでもいる普通の男に見え、ヴァンの後方から迫ってくるケルベロスを視界に納めた。

 

「地獄の番犬か……アンデッドでもあそこまで大きなモノは戦った事がないな」

 

呟きが漏れながらも、男は静かに腰を手にやる。

すると何も存在しない腰からベルトが出現し、クワガタ虫を基調とした絵が描かれた赤のカードを指に挟む。

腕を掲げる、腕を回す、それに合わせるようにベルトが唸る、闘志が満ちる!

そして男は唱えた。

世界との約束、弱き者達を己の身で持って救い続ける戦士を召喚する聖句を。

聖句はシンプルにただ一言。

 

「変、身ッ!!」

 

腕を回すと同時にカードをベルトに装填し、機械音声が響く。

 

『TUTN UP』

 

男の前にベルトに装填されたカードから人間大サイズのカードが出現する。

それに向かって男は走り、カードは男の身を変貌させた。

 

それは異形。

人類の敵を打ち倒すために、人類の科学が人を異形へと変貌させる技術。

されど人の身を超えた力に使われるのはただ一つ、『力無き者達の自由と平和のため』に使われる。

赤き身体に白銀の鎧とクワガタの仮面を身に付けた戦士は牙無き者の牙となる。

風のように現れ、嵐の如く戦い抜き、朝日と共に勝利を掴む者。

 

笑顔、居場所、願い、夢、友、弟子、己が道、時間、音楽、世界、街、絆、友情。

 

護る者。迫る魔の手をくじき、正義の炎をその魂に宿した戦士。

人はいつからか彼らをこう呼ぶ。

――"仮面ライダー"、と!

 

「おぉぉぉ!!」

 

仮面ライダーギャレン……またの名を橘朔也も外来者だ。

本来であれば異世界の危機に異世界人が介入する必要は無い。

しかし、誰かが助けを呼ぶ時に、例えそれが人ではなくても救い続けるのが仮面ライダーなのだ。

人ではなくなってしまうというリスクを抱えながらも彼の仲間は仮面ライダーとして戦い続けた。

ならば橘朔也も同じだ。

戦いの最中で信じられる者を全て失っても、どれだけ身体がボロボロになろうとも、後方に守るべき者がいる限り、彼は仮面ライダーとして戦う事を決意する。

 

右腰にあるホルスターからギャレンの武器である銃を取り出す。

ヴァン達が走り去ると同時にギャレンはケルベロスに向かって走りながら速射。

引き金を引くたびに次々と弾丸が飛び出ると、それはケルベロスの巨大な顔面に小さな穴を作り出す。

しかし幾らケルベロスの皮を貫く威力でも、ギャレンの弾丸はあまりにもケルベロスと比べて小さすぎる。

むしろ自分の身体を小さく刺すような攻撃に憤怒の咆哮を上げながらブレスを吐いた。

何十mもの岩盤を溶かし、粉砕する熱量の炎だ。まともに当たれば幾ら科学の粋を集めた仮面ライダーでもタダでは済まされない。

 

「ちぃ!」

 

そのブレスを当たらぬように身を回転しつつ回避するが、己の武器に有効無しと判断する。

人型サイズであればギャレンの武器である醒銃ギャレンラウザーは冒険者が使うような銃に比べて破格の威力を出せる。

それでも巨大すぎるという依存の生物からかけ離れたケルベロスからすれば掠り傷に抑える事ができるのだ。

 

「ならばこれを使う!」

 

左腕にあるカードを入れてあるホルスターを展開し、そこから一枚のカードを抜き取る。

カードをホルスターにある切れ目に差込む事によって、ベルトから機械音声が響く。

 

『ABSIRB QUEEN』

 

ギャレンの持つ能力とは、地球上の生物に置ける始祖たる不死身の生命体をカードに封印したものを己の強化として使える事。

差し込まれたカードの意味とは強化と召喚。

人類の敵である化け物を己の肉体を強化するために呼び出すのだ。

 

『FUSION JACK』

 

不死鳥の如き翼がギャレンを包み、黄金の輝きを放ちながら姿を現す。

赤い肉体は変わらずにしても、銀色の仮面と鎧は黄金に輝き、背中にあるのは三対である六つの翼。

そのままギャレンは翼を展開をしながらも飛翔する。

桁外れなまでのエネルギーが翼から銃へと集い、ケルベロスに向けて発射。

先程までは掠り傷しか与えられない程度の銃弾が、今度は大岩に匹敵するような巨大な銃弾となってケルベロスを襲う。

爆発音を響かせながらケルベロスの肉が焼け焦げて絶叫を上げる。

あの巨大な怪物に、引かせる事を成功した。

 

「すっごぉ……」

 

ただの人間があのような怪物を相手に一歩も引かずに戦いぬく姿にヤマメは感嘆の声しか出せない。

しかしギャレンの仮面の下にある顔は難しい顔をする。

今使っている攻撃はギャレンの攻撃の中で最も強力なものだ。それすらもケルベロスに後退させる事はできても倒す事には至らない。

 

「ヴァン、お前がやれ!もう準備は終わっているだろう!」

 

「任せろ!よぉぉぉし、行くぜ!!」

 

えっ、と声を上げるよりも早く、ヴァンはヤマメから離れてケルベロスに向かう。

ヴァンは決して戦いの素人ではないし、弱くも無いのはヤマメでも分かる。だが、それでもケルベロスと戦うには無茶のようにしか見えない。

しかしヴァンの身体から人の身でありえないほどの魔力を噴出する。

 

「くらえ!」

 

ありあまる魔力に身を任せながら右腕を一振り。

それだけで地面から火柱……レーザーの一種にも感じるそれがケルベロスの腹から背中に貫通し、そのまま地底の天井まで貫いた。

 

「あがれ!」

 

今度は火ではなく、水の奔流がケルベロスを押し潰そうとする。

水の奔流は次第に竜巻のようになり、ケルベロスの身体を引き千切ろうとするほどだ。

 

「弾けろ!」

 

両手を火炎玉を作りだし、あまりの熱量に空間が歪んで見える。

その込められた魔力を見れば、ヴァナ・ディールの古代魔法であるフレアと何ら代わりのない代物だと分かるはずだ。

二つの火炎玉が投げ入れられ、当たると同時に炎の奔流がケルベロスを覆い隠そうとしていた。

幾ら熱に耐性のあるケルベロスでも耐えられないのか、身をよじるようにして危機から脱出しようとする。

しかしヴァンの攻撃はまだ終わっていない。

 

「これでどうだ!」

 

手をまっすぐと突き立てながら大雑把な巨大魔法陣を形成。

残る魔力を全てつぎ込み、魔方陣から光線を発射する。

光線を当てられたケルベロスは三つの首の内、中央の首と右首が消し飛んだ。

そのまま魔力の余波がケルベロスを押し潰していき、残った左首が何かを言う前に肉体ごと消滅した。

この中で最も高い攻撃力を持つのは妖怪のヤマメとキスメでも、仮面ライダーであるギャレンでもない。

異世界人であり、ただの人間であるはずのヴァンなのだ。

 

「あ、ははは、ははははは」

 

「ちょっと大丈夫かい、お兄さん!?」

 

ケルベロスを倒した事を確認してからヴァンはバタリと倒れこんでしまう。

ヤマメは心配そうに近寄るが、妖怪でも感じ取れるほどだった膨大な魔力は一欠けらも感じられない。

 

「あれ、使うと結構疲れちゃうから。もー戦えない」

 

ヴァンの住まう世界では、とある才能に目覚めた者は特別な生まれでなくても魔力を宿せるようになる。

先程使っていたヴァンの必殺技、ミストナックがそれだ。

故郷イヴァリースでは魔力が微量ながらも空気中に含まれるほどに豊富であり、濃度が高くなれば霧となって姿を現す。

魔霧とも呼ばれるそれに当てられればただの人間でありながら膨大な魔力を宿す事も可能であり、それに耐えれるほどの器を持てたのがヴァンなのだ。

しかし、幻想郷はイヴァリースほどに魔力が空気中にあるわけでもなく、とっておきの必殺技を使えば一歩も歩けなくなってしまう。

 

「……まずいな。逃げるぞ」

 

「うわ、朔也!何すんだよ!」

 

ガシリと荷物を運ぶようにギャレンはヴァンを持ち上げると、ケルベロスがこじ開けた巨大な穴から遠吠えが聞こえた。

ケルベロスにも勝るとも劣らぬ咆哮だ。その声を聞くだけでキスメの身体が震えてしまう。

 

「声だけでも数は三体。ヴァンが倒れている以上一旦引くしかない」

 

ギャレンは有無を言わさずに撤退した。

声だけでも分かってしまう、恐らくはケルベロスと同等かそれ以上の怪物がやってきようとする。

今の戦力では足りない事を把握し、まだ街区で戦っているだろう者達に救援を頼むしかなかった。

 

地底の街区はすでに妖怪は存在しない。

最低限、アビセアンの侵攻を街区から止めるための戦力が残されているだけだ。

整備されていた道を歩くのは八本の脚を持つ巨大な虫であった。

黒色のボールに八本の脚があるようなモノに感じるのはダイアマイトと呼ばれる部類だ。

しかし、その大きさの桁が違う。

本来であればダイアマイトはダニでありながらも人間より少し小さめ程度の大きさでしかない。

だがこれは違う。街区に所々存在する家と同等に大きいのだ。

いったいどうすればここまで成長できるか。どうやればここまでの身体を虫でありながら支えきれるのか。

醜悪な体躯を見れば誰もが嫌悪感を抱かせずにいられない化け物が街区を抜け、地霊殿へ向かおうとする。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

何処からともなく、雄叫びが響いた。

あまりの大きな声にビリビリとダイアマイトの身体が揺れ、いったい何処にいると言わんばかりに脚を動かしながら声のある方に方向転換する。

 

「うるさいわよ、不破!!せっかくチャンス狙ってたのになんで声出すのよ!!」

 

「み、耳が……」

 

「んんんんんんんんんんんんんん!!もう気づいてたあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

家の天井に張り付くように、凄い漢と少女達の姿があった。

緑髪にフリル衣装を身に付けた厄神である鍵山雛は漢の大声に目を回し、水橋パルスィの方は未だに大声を出す漢を叱っていた。

しかしながら外の世界からの外来者にして忍者である不破刃は気づいていたのだ。

目の前に迫りつつあるダニの怪物が、こちらが伺っていたのを知っていたのを。

知りながらもダイアマイトは無視した。怪物からすれば取るに足らぬような小さなモノだと判断したのだろう。

このままチャンスを狙い続ければダイアマイトは真っ直ぐと地霊殿に向かう。それを察しての大声であり、見事にダイアマイトは不破に関心を抱かせた。

 

「うわぁ、気持ち悪いィ……」

 

「メディスンは弱体を入れて暫く様子見!あれがダイアマイトって奴なら水が弱点なはずよ。雛のほうは私と不破にヘイストをかけて支援をして!」

 

妖怪として数年という短い年数しか生きていない人形メディスン・メランコリーからすれば、巨大ダニであるダイアマイトのような巨大虫の怪物は初めて見るものだ。

パルスィですら嫌悪感の感じるダイアマイトとはいえ、それでも冷静に指示を下す。

本来は汚い忍者が指示を出すパーティなのだが、その肝心の汚い忍者はいない。

汚い忍者がブロントを倒すためにパルスィ達を鍛えていた一方で、ヴァナ・ディールの魔物に対する対処も教えられていた。

その時はなぜこんなものを覚えなくてはならなかったのかと、意外だが情報収集を怠らない不破と真面目な雛を除いて、パルスィとメディスンは愚痴を垂れていたがその知識がようやく役に立つ日がきたのだ。

 

「水なら任せなさい!ポイゾガⅡ!」

 

「わかりました!パルスィさんにヘイスト!」

 

汚い忍者のパーティに加わってから、メディスンと雛はヴァナ・ディールの魔法が扱える。

元々毒人形として適正の高かった水属性である毒の魔法、水の魔法を使えこなせるメディスンはダイアマイトの内部にある水の元素を狂わせていく。

ほんのわずかであるが動きが鈍るように見えた。

続けて身体を溶かし続ける緑色のヘドロのようなモノを付着させるバイオⅡを唱えるが、巨大な体躯を持つダイアマイトでは脚の一部分に定着させる程度しか効果が出ない

雛も送れて身体の動きを早めるヘイストを唱える。素早い動きを必要とする職業としての忍者には必要不可欠の魔法であり、特に忍術や魔法などの再詠唱するための時間を縮める効果もある。

 

「パルスィが一人、パルスィが二人、ファイナル分身!!」

 

パルスィの身体は決して頑丈とは言えない。

いくら妖怪とはいえ、あのダイアマイトの巨大な鍵爪で裂かれれば命はないだろう。

だからこそ、忍者を盾としての能力にしてしまった忍術の一つ、空蝉の術が必要となる。

人型の紙を指に挟み、印を指で組みながら詠唱。忍術に詠唱は必要ないのだが、気合を入れるには丁度いいと汚い忍者が語っていた。

しかし空蝉の術は高い集中力が必要だ。いくら三回の攻撃、最大では四回の攻撃を避けられる分身を作り出せるとはいえ、何度も使用できるほど甘くは無い。

ゆえに、支援魔法であるヘイストによって再詠唱を短縮する事で盾としての忍者は完成するのだ。

 

「いくわよ、不破!あんたが7割、私が3割!妬ましいけど、あんたのほうが耐えられるでしょ!」

 

「分かったああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

必要な支援をかけてから、屋根から地上に飛び降りてダイアマイトに向かうのは不破とパルスィ。

パルスィの忍者として歩んだ道は一年にも満たない。空蝉の術があるとはいえ、それだけで盾をこなせるほどに忍者は甘くないし、熟練は足りていない。

外の世界出身でありながらも熟練した実力者であり、空蝉の術も使えない脳筋忍者である不破のほうが敵を引き寄せる盾としては適任。パルスィの腕では純粋に劣っていた。

近くに近づけば分かったがやはり大きい。一本の脚の太さだけでもパルスィの胴体と同じか、それ以上だ。

そして脚の接続された部分を覗けば、胴体らしき場所の下からガチガチと音を鳴らせる口がある。

人一人は丸呑みはできるだろう怪物は、地面を脚で叩くように鳴らしながら威嚇をしている。

 

「やぁ!!」

 

ダイアマイトが狙っているのは不破だ。パルスィは狙われていない。

無防備にも等しい脚の一本に左手で握る刀を振るうが、鉄のように硬い甲殻によって一本の薄い線を作り出す程度だった。

切った本人の腕が痺れるほどであり、傷が与えられない。

不破の方は、八本の脚を巧みに操るダイアマイトの攻撃に避ける事を集中してるので反撃すらできない。

 

「だったらこいつは!烈!」

 

右手に持つのは龍の牙から鍛えられし業物。

透き通るような刃を持ち、汚い忍者が愛用をしていた秋水だ。

パルスィの霊力を込められた刀身は輝きを放ち、突きを入れてから即座に斬り上げる片手刀の初歩の初歩である武技を叩き込む。

業物に偽り無しか。秋水の刃は容易にダイアマイトの甲殻を貫き、引き裂いた。

傷口から体液のような白い液体が噴出し、口からは虫でありながら絶叫とも取れる奇声を発する。

有効なダメージを与えられた。しかしそれはダイアマイトがパルスィに脅威を覚え、不破からターゲットが切り替わるのを意味する。

 

「スロウ!パライズ!……うぅ、効いてないみたい」

 

「ぐぬぬ~!ポイズン以外に通りが悪いんだけど!」

 

屋根の上からひたすら弱体魔法を撃ち込み続ける二人だが、ダイアマイトは弱体したそぶりを見せない。

純粋に実力差が離れているのだ。魔法というのは実力差が離れるほどに効果が薄まっていくのだから当然と言える。

 

「……来なさい!」

 

左手の刀を前面に出し、右手の秋水をだらりとしたまま何時でも触れる態勢に。

防御と反撃を考慮とした構えであるが、何処までパルスィが耐えれるか分からない。耐えている間に不破が敵の関心を取り戻せなかったら一貫の終わりだ。

まずやってくるのは二本の前脚。貫くのでも、引き裂くのでもない。押し潰すようにやってくる前脚を後ろにバックステッポする事で回避。

しかし前脚の後ろにある更に二本の脚が横から襲ってくる。間接を無視するような攻撃に反応が遅れ、予め防御の構えであった左手の刀で受け流せたが、右からの爪に貫かれ、一枚目の分身が消失する。

 

「つぅ!火遁!雷遁!!」

 

攻撃され続けるパルスィではない。相手の攻撃の合間を狙うようにして火と雷の遁術がダイアマイトの身体を狙う。

火傷したような傷ができるが、それでも威力が小さすぎて傷もまた小さい。これでは傷とも言えないだろう。

前脚の一本が振り下ろされ、横に回避しつつも秋水で反撃し、スッパリと綺麗に傷が出来る。

はっきり言ってパルスィは生きた心地がしなかった。振るわれる脚の一撃がもしも綺麗に決まれば骨は砕け、内臓も破裂するだろう。

攻撃される度に風を切り裂く音が耳に残り続け、身体が竦む思いをしてしまう。

汚い忍者は……メイン盾と呼ばれた者達はこうした恐怖を常に戦い続けていたのかと嫌でも分かってしまう。

 

そしてダイアマイトは苛立ちを覚えていた。

自分よりも小さいモノでありながら、下らぬ児戯で耐えようとしている姿に。

普通の方法では時間がかかる。普通の狩りでは自分の身体に傷を負う。

だからこそ、彼のした選択は暴れる事だった。

駄々っ子のように、身体を揺らし回り始めるようにして暴れた。

普通のサイズであるダイアマイトであるなら、まだ耐えられる程度だったかもしれない。

しかし家のサイズを超えるダイアマイトが暴れた結果、近くにある家が粉々に粉砕され、地面が抉れていく。

 

「わあああああああああ!?」

 

「きゃああああああ!!」

 

家の屋根にいたメディスンと雛は粉砕された家諸共吹き飛ばされる。

近くにいたパルスィは悲惨であった。空蝉を一瞬にして剥がされてしまい、防御の構えにあった刀が爪に掠った瞬間に刀身が折れた。

幸いにして秋水だけは壊れずに済んだが、代わりに脚の一本がパルスィを吹き飛ばしてしまい、崩れた家に叩きつけられた。

 

「が、あぁぁ……あ……」

 

巨大な怪物が暴れるだけで脅威になる。

単純なまでの暴力は容易にパルスィを倒し、一瞬にして瀕死に追い込まれた。

 

「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

それでもまだ戦える者は存在する。

あろうことか暴れまわるダイアマイトの口の下に潜り込む事によって、台風の目のようにして被害を受けなかった漢。

 

「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

いつも以上の咆哮を地底に響かせながら、不破の身体から膨大なまでの"気"を開放した。

輝くようなオーラは不破を中心として立ち上り、口を広げていたダイアマイトは真っ直ぐと天高く放出された不破忍道流奥義である闘神翔をまともに食らってしまう。

牙のような部分が砕け、虫を焼いてしまうような臭いが立ち込める。

しかしダイアマイトはオーラの放出が止まると同時に素早く脚の一本を動かして不破を跳ね飛ばした。

まさか渾身の一撃に耐えれると思っていなかったためか、闘神翔の隙を狙われたために受身も取れずに地面に転がってしまう。

 

「さっきはよくもやってくれたわね!ウォタガⅢ!!」

 

「厄符「バッドフォーチュン」!」

 

屋根ごと吹き飛ばされたとはいえ、その家が身代わりとなっていたくれたために無事であったメディスンは水の魔法を、雛は厄が込められた弾幕を放つ。

巨大な水の牢獄がダイアマイトを包み込み、呼吸をさせるだけではなく、水の元素で持って更に狂わせていく。

それに合わせるように厄の弾幕はダイアマイトの体調を著しく弱めていく。災厄の元でもある厄はアビセアンとて例外なしに通用するようだった。

ダイアマイトは水の牢獄から逃れるために脚を滅茶苦茶に動かし、一本の脚が牢獄の外を切り裂く。

パシャリと大気中に還元し切れなかった水が地面を濡らし、不破の奥義と魔法を続けて食らいながらも生きていた。

やや身体をフラフラさせているようにも見えるがそれでもまだ致命的な致命傷と言えるほどに消耗をしているようにも見えない。

 

「ちっ。ヴァンを頼む」

 

「うわ、いきなり渡さないでよ!」

 

街区の外で戦闘を繰り広げていたはずの仮面の戦士が辿りついた。

状況を一目で把握するとここまでのデカブツがいることに気づけなかった自分を恥じるが、それ以上に早く倒すという意思も生まれる。

背負っていた少年を隣の少女に預け、ギャレンは素早く銃を抜き取ると銃からカードホルスターを展開し、三枚を指に挟みながら抜き取る。

それを順番にカードの差込む事によって機械音声が響く。

 

『DROP』

 

クジラをモチーフとしたカードは脚力を強化し、

 

『FIRE』

 

ホタルをモチーフとしたカードは火炎エネルギーを生み出し、

 

『GEMINI』

 

シマウマをモチーフとしたカードを差し込む事によってギャレンの必殺技の一つが生まれる。

巨大ダイアマイトよりも大きく飛び上がり、宙を捻りながら三枚目のカードの力によってギャレンは二体に分身する。

 

「おおおぉぉ!小夜子ォォォォォォ!!」

 

愛した女性の名を叫びながら、ギャレンの必殺技であるバーニングディバイドが完成する!

頭上から炎の力を込めた二段つま先蹴りを二人同時に叩き込み、火炎エネルギーを直接体内に打ち込まれたダイアマイトは暫しの硬直の後に大爆発した。

爆発が晴れれば後は何も無い。倒された事によって、アビセアンであるダイアマイトは光に帰ったのだ。

 

「無事か」

 

「助かったあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「だが、ここも時期に危ない。今すぐ……!?」

 

ダイアマイトが暴れた以上の地響きが地底に響く。

ギャレン達がここに来たのはパルスィ達を助けに来たわけではない。

街区を見捨てる必要があるほどの怪物が迫っているから退避していただけなのだ。

 

――グォォォォォオオオオオオオオオオオ

 

――ガアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア

 

不破の声すらも超える雄叫びと共に、それは姿を現す。

どっしりとした巨大な四つの脚で地面に立ち、鱗のある巨大な肉体と翼を併せ持つ龍の姿。

黄土色をした二匹の龍がようやく獲物を見つけたと言わんばかりの咆哮を上げている。

 

「な、冗談でしょ……!」

 

雛からの治療を受けているとはいえ、武器の一つを失って消耗しているパルスィ。

パルスィ以外にも気力と魔力を消耗している不破と雛達に加えて、強力な攻撃を見せ付けた仮面の戦士がいるとはいえ、傍にいる妖怪二人と背負われた少年は戦力外。

つまりまともに戦えるのはギャレン以外にいないという状況でありながらの龍の襲来。

パルスィでなくても愚痴りたくなるような展開だ。

 

「まだ一匹いるぞ!」

 

後ろに振り向けば、ギャレンの言うとおりにもう一匹の龍がいた。

黄土色の龍とは違い、漆黒に近い鱗を持つ真龍として恐れられる地底の猛者。

ヴァナ・ディールから幻想郷にやってきた魔物ではトップクラスに強く、そして危険とも言えるファヴニルであった。

前門に黄土龍が二匹、後門にファヴニル。

これでは逃げたくても逃げられない。

威嚇するように黄土龍が吼えるが、ファヴニルは翼を広げながら大きな風を巻き起こす。

 

「うおぉぉお!?」

 

「きゃああああああああ!!」

 

突風は容易にギャレン達を吹き飛ばし、次々と崩れかけた家に叩きつけられる。

仮にも仮面ライダーに妖怪、凄い漢は貧弱一般人とは違って傷になるほどではない。

ファヴニルがした事は単純な事。

目の前の邪魔者を吹き飛ばし、眼前にいる二匹の龍を狩るためだ。

大きな巨体に似合わぬ速度で持って近寄り、口を広げながら黄土龍の片方の首を食い千切るように噛み付く。

もう片方の黄土龍もまたファヴニルの翼に噛み付こうとするが、長い尾がそれを許さずに胴体に思いっきり叩きつけられた。

始まるのは三匹の龍の戦いだ。第三者が入れるような余地もなく、戦いの余波で地底の街は次々と荒らされていく。

 

「……一旦、引くしかないわね。あの龍が戦ってる間に、地霊殿にいくしかないわ」

 

パルスィに言葉に反論する者はいなかった。

あれほどの戦いを繰り広げる三龍に入るようなアビセアンはいないだろう。

地霊殿に向かうように引きながらも、街区が見えないほどに離れるまで龍の戦いの音は耳に残り続けていた。

 

地底の奥にある地霊殿は旧地獄であった中心に存在している。

灼熱地獄跡に続く穴があり、地霊殿はその穴を塞ぐための役割をしているのだ。

元は西洋風の建物だったというのに今ではやや古ぼけた印象も見られる小さな家でしかない。

幻想郷で起きたグラットン異変によって地霊殿が吹き飛び、今あるのは新しく建てられた急造の家だ。

その小さな家の周りには何百もの妖怪が寄り添っている。

地底の住民であり、地上では忌み嫌われた曰くつきの妖怪達だ。

彼らはアビセアンの脅威から逃げるようにしてこの場に辿りつき、今では力のない妖怪達の避難場所となっている。

家の中にいる、地霊殿の管理人である古明地さとりは一歩も動けずにいた。

アビセアンが地底にも沸き始めたのを遠く離れた位置にいる者に連絡できるリンクパールによって勇儀に連絡してからだ。

世界が壊れた瞬間に、覚妖怪としての力が世界の嘆きを感じ取ってしまった。

人の悲しみが、怒りが、憎しみが、嫌でも自分の頭の中に入り込んでくる。

 

(なん……て……救いの、ない……)

 

ぼろぼろと目から溢れ出るのは涙であった。

さとりも例外が無いように虚ろを失い、能力の大半を失っているはずなのに。

それなのに、感じ取ってしまう。

世界の裏側に、世界の隣に、全てのモノに存在する虚ろなる闇を。

悲しかった。

無知であろうとする闇が、驕慢でしかない闇が、臆病になろうとする闇が、嫉妬を抱かせる闇が、憎悪を呼び起こす闇が。

闇である事が全てであり、それが世界であったという真実が悲しかった。

 

「お姉ちゃん、悲しいの?」

 

「こ、い……し……」

 

目の前にいるのは自分の妹である古明地こいし。

涙で視界がよく見えないけど、妹は何一つ変わらない。

 

「悲しいよね。だってそれが私達が見てきた世界なんだもの。悲しくて、救いも無くて、何もかもが空虚に思えてしまう。

そんなものを知っちゃったら、まともでいられない。まともでいたくない」

 

だから自分の目を自分で潰した。そうしないと自分が世界を見れなくなるから。

こいしはそう呟きながら、姉のさとりの涙を指で拭う。

 

「でもお姉ちゃんはそうならないでね。悲しくても隣に他人がいれば受け止めてくれる。救いが無くても光はある。空虚であっても埋められる愛はあるんだから」

 

そう言うとこいしは何処かに消えるように姿を消す。

無意識を操れる彼女はさとりの意識の外から抜け出し、姿を消したように見せたのだろう。

地霊殿にどたばたとした音が響く。さとりの部屋に入ってきたのは、さとりのペットである火車の火焔猫燐と地獄鴉の霊烏路空。

 

「わーわー!さとり様どうなさったんですかー!」

 

「さとり様を泣かしたのは何処のどいつだ!姿を現せー!!」

 

動けずに涙を流し続けるさとりに慌てるお燐に怒りを露にするお空。

二人以外にも様々なペットがさとりの様子を見に来ている。

こんな自分でも、忌み嫌われた覚妖怪であっても心配してくれる者がいる。

もはや彼らの心を読めるほどの力は残っていなくても、想いだけは伝わってくるのは分かる。

だから、負けない。どんなに悲しい闇があっても、隣にいる者がいれば絶望するにはまだ早い。

 

「なんでも、ないわ……」

 

最後の涙を拭い、ゆっくりと立ち上がる。

まだ戦いは終わっていない。むしろ始まったばかりとも言える。

ペットでありながらも神の力を宿すために地底随一の実力を持つお空に次の指示を与えながらも、ふとこいしに疑問を抱いた。

あの時のこいしは何処か様子が違っていた。まるで違う誰かが傍にいたような、そんな温かみを感じられるほどに。

しかしそんな考えもすぐに吹き飛ぶ。たとえ立ち上がれても容赦なくさとりの頭には虚ろなる闇が感じ取れてしまうのだ。

闇に折れて負けてしまうのが先か、それとも今も何処かで異変解決のために戦う者達が勝利するのが先か。

それはまだ、自分自身でも分からない事だった。

 

赤い空と似合うように、赤い館で悪魔の住まう紅魔館は四方八方からアビセアンの襲撃を食らっていた。

魔法使いであるパチュリー・ノーレッジの大結界魔法によって、大量のアビセアンから一斉の攻撃を受けるのを防いでるとはいえ、屈強なアビセアンには何処まで耐えきれるか怪しいものだ。

そのため、一部分……門のある場所だけを結界を緩めて一か所の侵攻に収めるのだ。

門を守る場所に赤い長髪をなびかせながら駆ける走る。

紅魔館の門番である紅美鈴は己の持つ肉体のみでアビセアンと戦っている。

 

「ふぅぅぅ!!」

 

気を操る程度の能力を持つように、美鈴は生命エネルギーである"気"を操れる。

"気"は人の身であれば身体を鋼鉄のように硬くしたり、ヴァナ人であれば武器に元素の力を付加させる事も可能になる。

妖怪である美鈴は単純な強さに置いては紅魔館では下に位置するほうだ。

メイド長である十六夜咲夜であれば時を止める力と自力の力に適わず、弾幕戦にしたって魔女のパチュリー・ノーレッジには勝てない。

紅魔館の主にして吸血鬼のレミリア・スカーレット、その妹のフランドール・スカーレットに至っては言うに及ばず。戦いにすらならないだろう。

しかしそれでも美鈴が門番を許されてるのは弱いわけではない。

例え咲夜の攻撃を食らおうとも身体を鋼鉄にして耐える事もできる。例え魔女の弾幕を張られようとも神速の速度で持って拳を叩きこむ。例え化け物と戦おうとも紅魔館の門番としてのプライドが強さを支えてくれる。

いかなる相手でもオールマイティに戦えるからこそ、彼女は多種多様のお客様がやってくる紅魔館の門番を任されているのだ。

 

黄金の甲冑と鉄の武器を持った骸骨が群れを成してやってくる。

数は三。鈍い輝きを持つ太刀は切れ味の良さを表わすように刀身が輝き、あれで切られれば鋼鉄すら断つだろう。

加えて獅子の顔に巨大な肉体をもつマンティコアと呼ばれる魔物すらもいる。

本来は砂漠にのみ生息するはずの魔物がアビセアンとして出現するため、もはや何がやってくる事すらわからない。

"気"を十二分に肉体を行き渡らせ、少しばかり足に力を入れてわずか一歩で骸骨の群れに入る。

感情のないアンデッドに驚くというモノは存在しないのか、至って機械的に美鈴を捉えて剣を振るおうとするが剣を持つ腕が存在しなかった。

 

「お探しものはこれかしら?」

 

美鈴が手に持つのは、引き千切られた剣を持つ骨の腕だった。

妖怪としての力、そして"気"に引き上げられた美鈴の膂力は鉄を千切る程度は容易い。

それと同じように骸骨の横を通り過ぎる一瞬で持って腕を引き千切ったのだ。

腕を投げ捨て、間を開けずに人の目では映らぬ拳が骸骨の胸骨の部分に叩き込む。

三体の骸骨が大きく吹き飛ばされ、巨大な肉体を持つマンティコアが足下に転がる骸骨を踏みつぶし、バラバラにする。

使えない奴だ。

獅子の顔をしながらも人間のようにも感じるマンティコアの憤怒に染まった顔から美鈴はそう理解する。

 

マンティコアは大昔のヴァナ・ディールで人間と契約し、守護者としての一面を持ったと逸話が残っている。

門番と守護者。護るものに違いはあれど、護るものがある者同士だからこそ、美鈴はマンティコアの考えが理解できたのかもしれない。

しかし今のマンティコアは守護者ではない。

美鈴が護らなければならない門を攻め入ろうとする侵略者でしかないのだ。

 

拳を固め、地をしっかりと踏みしめ、身体全体をゆったりと脱力しながらもいつでも攻め入る構えを取る。

マンティコアも憤怒に染まりながらも中々やってこない。妖怪とはいえ、小さな人に見える美鈴を警戒しているのだ。

アビセアンを己の肉体のみで葬り続けているのだから当然と言える。

暫しの膠着が続き、両者は一歩も動かない。

一秒か、一分か、一時間か。

数秒程度の膠着の中、一瞬の隙を狙うために何時間にも感じる圧迫感と緊張感が続く。

先に動いたのはマンティコアであった。獣としての雄叫びをあげず、鋭い爪でもって引き裂くように最短の距離を詰めて右腕で突いた。

突いた先に何もいない。後手に回ったはずの美鈴はそれ以上の速度で持って懐に入っている。

相手の速度に合わせてカウンターをするように、美鈴の拳が七色の"気"が集い、アビセアンの頑丈な肉体に己の技を叩き込む。

 

「気符「猛虎内剄」!」

 

マンティコアの持つ毛皮は生半可な攻撃、それこそ鋼の剣でも切り裂くのは難しい。

美鈴の拳でも一撃二撃では沈まないだろうタフな魔物であっても、内側からに直接攻撃を叩き込めばどうなるか。

中国武術の一つであり、外側ではなく、内側を破壊する剄と呼ばれる技。

それをカウンターとして放たれたマンティコアの内臓は揺らされ、破裂する。毛皮も、筋肉も、骨すらも傷つけずに相手を破壊する。

人間が4000年の時をかけて作り上げた武術が、化け物を地に落としたのだ。

 

「トドメです」

 

倒れ、口から多量の血液を吐き出すマンティコアの顔に目掛けて更に同じ技を叩き込む。

直接脳を破壊され、呆けたような顔をしながらも血涙を流し、マンティコアは光に還っていく。

 

「つぅ……」

 

美鈴の左腕には引き裂かれた三本の線があった。

マンティコアの攻撃を避けきれず、緑色の中華服が見る見る内に赤く染まっていく。

妖怪であれば掠り傷なようなものだが、世界がおかしくなった瞬間に美鈴は妖怪としての治癒力を失っている。

幸いなのは能力のお陰で傷をある程度なら癒せる事。戦うために使っていた"気"を今度は身体を癒すために循環させ、傷口は塞がっていく。

まだ敵はいる。しかし美鈴がマンティコアと戦い、他の魔物を相手にしている者がいた。

 

純白のサーコートによって身を包み、手に持つのは白銀の宝剣ブルトガング、そして片腕に付けているのは黄金の盾イージス。

サーコートの色合いに似た白銀の短髪にヴァナ・ディールの人間であるエルヴァーンから、冒険者であるのは誰もが分かる。

しかし彼は冒険者でありながら、一代にして伝説を作り上げた超人。

手にするのは伝説の武具達。

 

終焉を呼び込む両手鎌アポカリプス。

如何なる攻撃をも防ぎ切る黄金の盾イージス。

伝説の武道家が手にした最後の拳スファライ。

そして司法を司る騎士の剣ブルトガング。

 

彼に協力する者はいるとしても、それでもこれほどの武具を一代で集めるのは不可能。しかしその不可能を可能にしてしまったからこそ彼は伝説の一人として数えられる。

忍術すらも使いこなし、終焉の二つ名を持つファイナルパラディン。

名はファイナルタツヤ。彼はたった一人で美鈴の相手をしていた以上の数のアビセアンと戦っている。

 

「ファイナルタツヤが一人、ファイナルタツヤが二人、ファイナル分身!!」

 

盾をつけた腕の手にあるのは人型の紙。

分身を作り出し、攻撃を回避するその忍術は騎士として真逆の性質だ。

己の身と盾でもって仲間を護るのがナイトでありながら、ファイナルタツヤは更に忍術を併用する事で護りを強固にする。

とあるナイトであればそんな忍術に頼るなとも言うだろう。しかしファイナルタツヤからすれば忍術はあくまで手段の一つに過ぎず、己の騎士道を貫くためであるのだ。

護るために如何なる技を使い、如何なる武具すらも使いこなせる。

騎士として、そして冒険者としての正しくも高潔な魂が、とあるナイトですら認めざる得なかったほどの騎士道。

それに現れるかのように次々とアビセアンからの攻撃を盾でいなし、剣で敵を引き裂き、対応仕切れなかった攻撃は分身によって防ぎ、傷一つ負う事なく門を守り通している。

 

「……さすがはファイナル師匠ね。問題も何も無い。心配する事すら愚かしいまでね。美鈴もほどほどに頑張ってくれる」

 

地上で活躍する二人を空から見つめるのは紅魔館の主レミリア・スカーレット。傍に付き従うのはメイド長である十六夜咲夜。

 

「咲夜、妖精メイドの調子は?」

 

「何も問題はありません。若干空が飛べなくなった者、弾幕が撃てなくなった者がいますがあのアビセアンでは何も意味はないでしょう。館の掃除を命じておきました」

 

「よろしい、パチュリーのほうは?」

 

「妹様のお部屋を封印しておりますが……いつまで持つやら、と言った具合です。異変に気づけばまず妹様は外に興味を抱かれるでしょうが、パチュリー様も能力が一段と落ちています。

図書館に留まったアリス、河童もそちらに力を貸してくれますが長くは持たないでしょう」

 

「そう、その辺りはあまり期待しないでおきましょう」

 

紅魔館で自由に動けるのは門の前で戦う美鈴とファイナルタツヤ、そしてレミリアと咲夜だけという事になる。

パチュリーは魔法の腕だけなら一級廃人とはいえ、魔法が無ければただの紫もやしと言われるぐらいに貧弱だ。

血よりも紅い空になってから紅魔館の住民の力は妖精から吸血鬼まで等しく力を落としている。

元々病弱のパチュリーに戦場を出す事は出来ず、客人として招かれた人形遣いと河童もレミリアの妹であるフランドールの部屋を封印する作業に手を貸している。

空を見上げる。時間にすればまだ太陽が出ている時間であり、吸血鬼のレミリアが傘も出さずに歩くのは自殺行為。

それなのに、今はなんとも無いのだ。あれほど忌々しいほどの太陽の光が何とも無い。

好奇心のある妹がそれを知ればどうなるか?間違いなく外に出ようとするだろう。

今は危険なアビセアンがいっぱいの幻想郷で妹を好き勝手にさせる事はできない。実力に関しては何も心配いらないとはいえ、問題なのはフランドールの気性の荒さだ。

アビセアンと戦い続け、もしもフランドールの気が触れでもしたら危なくなるのは逆に自分達のほうなのだ。

そうした懸念を抱きながらもレミリアは己の能力を開放する。

 

運命を操り、先にある未来を見通すはずの力。

しかし、先にあるのは何も無い。

未来が完全に閉ざされているのか、それとも己の力を完全に失ったのか。

 

「……手を打つ必要があるわね」

 

もはや自分の考える事すら超える、何かが起ころうとしているのを察していた。

いったい何をすればいいのだろう。何ができるのだろう。

刻一刻と時間が流れ、流れれば流れるほど不利になるのは自分達だ。

無尽蔵に増え続けるアビセアン、疲労だけ溜まるのは自分達、そして能力すらも失いかけている。

今も、きっと何処かで異変解決のために戦い続ける者達。

 

考えて、考えて、そして至った。

直接の力になれないかもしれない。それでも、幻想郷の力を持つ者達を集めれば何とかなるかもしれない。

そしてその考えに至った時、少しだけレミリアは笑った。

 

ああ、自分はこんなにも世界を愛しているのだと。

 

「咲夜、あなたはあとどれぐらい力を使えるかしら」

 

「二回……無理をして三回が限度です」

 

「上等よ。その力をいざっていう時に取っておいてお使いを頼むわ。妖怪の山に住まう戦神、地底の覚妖怪、そして天界の生意気な不良天人。こいつらを呼んでくるのよ」

 

レミリアの策にその三人が必要不可欠であった。

咲夜もなぜ三人が必要なのかを考えるが、レミリアのメイドとしての考えもまたある。

 

「しかし、お嬢様を一人にさせるわけには……」

 

「咲夜、貴女も私のメイドなら分かるでしょう?私はレミリア・スカーレット。人間に心配されるほど落ちぶれてもいな……」

 

レミリアが言い切る前に、やや自身気のある可愛らしい顔が弾けた。

頭を後ろから巨大な鉤爪で持って粉砕したのは、大きな翼で飛翔する巨漢の男。

赤黒い筋肉質の身体を持つヴァナ・ディールの吸血鬼であるヴァンピールであった。

自ら空を飛び、空に浮かぶ一人の少女を己の手で粉砕した事に骸骨のような顔に笑みを浮かべるが、頭を失ったはずのレミリアの身体が動き、小さな手がヴァンピールの首を掴む。

 

「こちらは話の途中よ……」

 

失ったはずの首から再生され、下顎まで戻ると夜の王の言葉が紅魔館に響く。

 

「無粋な男はお断り。もう少し礼儀作法を知るべきだったわね、ぼうや」

 

悪魔の笑みを浮かべながら完全な再生を果たしたレミリアはゴキリとヴァンピールの首をへし折り、そのまま宙へと落とす。

アンデッドの王でもあるヴァンピールはその程度では死なない。そんな事はレミリアがよく知っている。

だから芥子滓も残らないように、レミリアの手に紅い魔力が集っていく。

 

「神槍「スピア・ザ・グングニル」」

 

神の槍を模した紅い魔槍を己の魔力だけで作り上げ、落ちていくヴァンピール目掛けて投擲。

音を置き去りにするグングニルはヴァンピールの肉体を貫き、音速を超える余波によって光に還る事すら許さずに消滅をした。

が、あまりの速さで落ちるグングニルはレミリアが槍を消滅するよりも早く紅魔館にも被害を与え、出入り口である扉一帯も消滅する。

その破壊力と爆音によって美鈴も何事かと後ろを見てしまうほどだった。

 

「……お嬢様」

 

「い、今のは私の中じゃノーカンだから。悪いのはあの吸血鬼でFA!」

 

かっこよく決めたかったのにその結果が自分の住処を破壊してしまっては意味がない。

どうもシリアスな方面に進むと空回りする主にクスリと微笑み、咲夜はレミリアから離れる。

 

「かしこまりました。それでは迅速に集めてまいりましょう。お気をつけて、お嬢様」

 

パッと姿を消したのは時間を止めてから移動したからだろう。

咲夜も能力の制限がかかっており、だからこそレミリアもいざという時に使用を控えろと言った。

しかし集める事を優先させるのに能力を使ったのは例えアビセアンに襲われても自力で何とかできるという自信があるからなのか。

自分の従者だから当然よね!と答えを自ら出し、半壊した紅魔館から轟音と共に何かが飛び出た。

 

「あっははははははー!!何々々!?私が知らない間に何かあったのかしら!」

 

金髪のサイドテールを揺らしながら、面白いものを見つけたように笑う少女。

レミリアの妹であるフランドールが紅魔館から出てきたのだ。

 

「ごほ、ごほっ……!れ、レミィ!あなた何とんでもない事をしてくれるのよ!せっかく扉を封印しかけたのに!」

 

「お陰で封印術は失敗するわ、さっきので人形が崩れた本に埋もれるわと散々ね……」

 

「ひ、酷い目にあったよ……」

 

遅れてやってきたのは魔法使いであるパチュリー・ノーレッジ、アリス・マーガトロイド、河童の河城にとりだ。

崩れかけた紅魔館の粉塵によって咳き込みだながらも、必死にレミリアに怒るのも無理はない。

なにせフランドールの部屋を封印しようとしたのに、封印を命じた本人がそれを壊すのだから当然だ。

これにはさすがの反論の言葉も見つからないのか、レミリアもばつの悪そうな顔をしている。

 

「わ、悪かったわよ、パチェ」

 

「悪いで済んだたら天狗ポリスはいらないわよ……でも、問題はなさそうね」

 

フランドールが結界から抜け出し、好き勝手にアビセアンを葬り続けている。

妖怪としてのポテンシャルは幻想郷全体でも随一であり、多少の能力低下を物ともしていない。

巨大な炎を剣を作りだし、全てのアビセアンを飲み込まんと言わんばかりに殲滅している。

しかしながらレミリアの懸念していた、気が触れそうになる危険がなかったのだ。

楽しそうに、それでも己を見失わないように戦っている。

 

「……ブロントさんのリアルファイトの影響か、それともファイナルさんの影響かしら?あの子、自分を見失わないように戦えるみたいね」

 

気が触れれば確かに今以上に暴れているフランドールは強くなれるはずだ。

自分も、身の周りにいる者も、全てを破壊し尽すだけならどれだけ楽だろう。そしてそれを成せるだけの力をフランドールは宿している。

それでもフランドールには勝てないような猛者がいた。出会ってしまった。

吸血鬼を相手にリアルファイトを可能にする騎士が、人の身で化け物の局地に立つ騎士が。

その出会いが、フランドールに無意識の変化を与えていた。

気を触れずに戦える手法を身に付け、力を己の意のままに操れるのは戦いの幅を広げられる事なのだ。

 

「レミィもぼやぼやしているとフランに置いていかれるわよ。今のあの子、凄く強いわ」

 

「……うー」

 

妹の成長を姉として喜ぶべきか、それとも主として地位を脅かす存在が生まれたのに頭を痛めるべきか。

しかしフランドールの快進撃が突如として止まる。なんだとレミリアは先を見つめ、吸血鬼でありながら鳥肌が立った。

ゆっくりと紅魔館に近づく大きな人形。

細長い手足をし、マントを身に付けた紅い人形。

手らしく部分には斧に似たのがあり、近づくたびに圧迫感もまた膨れ上がる。

フランドールもその姿を見て顔を青ざめ、脅えていくように顔を変える。

気が触れるわけでもなく、パニックになるわけでもない。

ただ、ひたすら怖いと思えるほどの何かを感じ取ってしまう。

パチュリーも身体を震え、アリスは何も言えないのか口を閉ざしている。にとりに至っては人形を見た瞬間に気絶した。

これでは魔法使い組は戦う事ができないだろう。常に魔法式を考えながら戦う必要のある魔法使いがこうなってしまっては魔法を使えるかすら怪しい。

 

「……そう、あれが敵の持ち出した駒というわけでね……さながら、チェスの駒……カトゥラエとでも名づけましょうか」

 

アビセアンはほんの前座に過ぎなかったのだ。

あの人形が、レミリアの名づけたカトゥラエが敵からの本当の刺客。

たとえ元の力を持っていたとしても勝てる見込みがあるとは思えないほどに感じる力の差。

よくもまぁ、あれほどの駒を作り出せたものだとレミリアも感心してしまうほどだ。

 

「ファイナル感じるぞ……ファイナルイージス達が教えてくれる。あれがファイナル歪みの元だ。あれさえ破壊できればファイナルアビセアンもどうにかなるかもしれん」

 

「とはいえ、ちょとばかりきつそうですけどね。休暇届けを出したいぐらいです」

 

しかし門を護るファイナルパラディンと門番は一歩も引かない。

恐怖を感じないわけではない。いますぐ逃げ出したい気分もある。

それでも彼らは己の職務を全うするために残り続ける。意思の強さが恐怖を凌駕してくれる。

 

「フラン」

 

「お姉様……」

 

「怖くなったらお部屋に戻りなさい。無理をする事はないわ」

 

「……それは聞けない。だって、あいつら悪い奴なんでしょ?なら通さないもん。あんな奴らに壊させない。紅魔館みんなは絶対に壊させない」

 

この時だけ、妹を成長させた人間に感謝を捧げた。

気が触れ続け、いつか狂い続けてしまうのではないかと思っていた。

そんな心配はもういらない。フランドールは一個の吸血鬼として成長を遂げた。

 

「なら臆する事はやめなさい。貴女は紅魔館の主レミリア・スカーレットの妹であるフランドール・スカーレット。

貴女の大好きな紅魔館みんなを壊そうとする侵入者を恐れる必要なんて何も無い」

 

ヴァンピールを葬った槍を掲げ、それは真っ直ぐとカトゥラエへと向けられる。

 

「たかが駒の分際で紅魔館を落とせると思っている浅はかさが愚かしいわ。さぁ、行くわよ。未来と運命が見れなくても、自ら掴めばいいだけですもの」

 

優雅に言葉を終えながら、カトゥラエはゆっくりとしながらも襲い掛かってくる。

希望もなく、絶望しか存在しない未来。されど本当にそうなのかは誰にも分からない。

ならば掴むしかないのだ。

己の未来を、己の運命を掛けての戦いが始まろうとする。

 

数多の妖怪が住む妖怪の山。

アビセアンの襲来によって対処できる者は多くあれど、それでもアビセアンの固体によっては天狗ですら苦戦の免れないモノもある。

山の頂上近くにある戦神である八坂神奈子を祭る守矢神社であるが、その神社もアビセアンの度重なる襲来によって何本もあったオンバシラがへし折れ、神社も崩れかけている。

神としての力を振るいながらも息切れの激しい神奈子は弾幕としてオンバシラを操り、長く重量のあるオンバシラがアビセアンを押し潰していく。

生き残った虎型のアビセアンは白い何かによって囚われ、黒い毛皮が生気を失うように白くなり、光へと還っていく。

 

「やれやれ……片や操れるオンバシラは一本のみ、片やミジャクジャ一柱のみか……これ、きっついねぇ」

 

「まったくだ。お陰で私の神社がボロボロだね」

 

邪神であるミジャクジャの長に立つ洩矢諏訪子は愛用のカエル帽子を手で押さえ、空から地上にいる神奈子の横に降り立つ。

深紅の空になってから増え続けるアビセアンはついに守矢神社の進入を許すほどであり、神奈子と諏訪子の二柱は動けずに動けない状態であった。

今も妖怪の山では天狗達が動いているだろうに、神であるはずの自分達は自分達の住処を守るのに精一杯なのである。

 

「何が驚きってさ、これが人間が引き起こしている異変だって事だね。100年……いや、300年の昔じゃ信じられない事だよ」

 

「日清戦争からかなぁ。もう、人間が神の及ぶ存在であるのを超えちゃったのは。あの頃からミジャクジャの祟りすら薄まったから、ね」

 

状況からして世間話をする暇もないのだが、そうせざる得なかったのは異変の黒幕の事だった。

黒幕については紫の式、八雲藍から聞いている。

此度の異変はヴァナ・ディールの住民であり、ただの人間であるという事を。

だからこそ、神奈子からすればそれは驚きであり、一種の空虚感にも似た何かを感じた。

こうした力無き者達に恐れを与え、救いを与えるのは神の所業のはずなのだ。

祟りで持って恐怖を与え、人間に自制心を養わせ、そうした人間に救いを与える。

しかし外の世界の神であった神奈子は知っている。今の人間はそうした神の所業など不要な事を。

 

外の世界ではすでに過去の歴史でしかない大戦争があり、神奈子を含めた神はその頃から力を失い始めた。

神の如き所業を、祟りのように恐ろしい術を、人間は知ってしまったからである。

空を埋め尽くす爆撃機の群れは何千の人間を殺し、地上を地獄に変える太陽の光は何万の人間を塵に還す。

神の力を超えた人間の知恵は、己の技術の高さを恐れた。

その恐れが様々な形となって出てくるのだ。

何千ものを命を奪った技術は、何万の命を救う技術となる。

何万ものを命を奪った光は、何億の生活を支える光となる。

 

祟りを知り、祟りを恐れ、自らの足で立って歩ける人間に、神様の居場所など何処にもいなかったのだ。

 

「ヴァナ・ディールの人間もやるもんだね……神様の仕事を奪ってくれるなっての」

 

「神様は時代遅れって事かなぁ。ブルーな気持ちになっちゃうよ」

 

やる気を削ぐような考えになりながらも、一匹たりともアビセアンの侵攻を許さない。

時代遅れでもいい。神様の居場所を奪ってもいい。

だけど、神様が信仰をされている限り、神様も決して諦めない。

 

「いいえ、神は必要ですよ。神奈子様、諏訪子様。人は誰か綴る事でしか生きられない、か弱い者。だからこそ、神が生まれたんですから」

 

「まったくだね、早苗。それでこそ私の子孫!」

 

「だけど早苗、本当に残っていいのかい?人里のほうが安全だってのに」

 

神社から出てくるのは腋の開いた巫女服を着る若い少女。

守矢神社の風祝である東風谷早苗は、地上の避難場所であるはずの命蓮寺に行かずに神社に留まる事にしたのだ。

 

「当然じゃないですか。私は守矢神社の風祝ですよ?私の居場所はここにあるのに、その居場所を自ら捨てるなんて出来ませんよ」

 

神としての力を失った神奈子のように、奇跡の力は微妙程度しか感じられないのも分かっている。

危険だって事も分かっている。

戦争なんて知識でしか知らず、こうした命がけの戦いが幻想郷に起こっているなんて思ってもいなかった。

それでも、早苗の居場所はここなのだ。

外の世界にも友人はいた。居場所もあった。

早苗が選んだ居場所は守矢神社であった。その後悔なんてしていない。

だからこそ守矢神社に残り続ける事が早苗の想いであり、神に対しての信頼の表れでもあった。

 

「ヘイ、マイク!さすが俺達の早苗さんだな!」

 

「そいつは当たり前田のクラッカーだぜ、ボブ!KAZEHOHURIの早苗さんはニッポン最強のアイドルだからな!」

 

早苗の後ろに付き従うように表れたのは二人組みの男だった。

もじゃもじゃとした髭を生やした全身鎧の男に刈り上げた赤毛の青年。、

彼らもヴァナ・ディールの冒険者なのだが、遠く離れた異国が出身らしくやや言動が似非外国人っぽい事で知られるボブとマイクであっあ。

 

「あら、愚民共。まだ神社にいたの?豚は豚らしく豚小屋にいればいいのに」

 

「oh……マイク、最近早苗さんの言葉にKAIKANが生まれてきてるんだがどう思う?」

 

「HAHAHA、ボブ。それは俺もさ☆ 今ちょっとだけKOUHUNしてるぐらいだぜ!」

 

冷め切った視線を見つめる早苗を見れば誰だお前と思うかもしれないが、ヴァナ・ディールと幻想郷が融合してから奇想天外な事に巻き込まれ、

異世界の騎士であるはずのブロンドの喧嘩チームに加入してから更に変わってしまった。

世界の常識なんてあるわけない。常識という言葉は自分だけにある。

見事な不良に進化してしまい、ボブとマイクはそんな早苗に色々と開眼してしまってしまい付き従うようになっているわけである。

 

「む、神奈子……ちょとまずいかも」

 

「どうしたのよ。これ以上まずい事でもあるの?」

 

「ミジャクジャは操れなくても配置して目にする事はできるからね。それで……ルーミア、だっけ。博麗神社に住んでた妖怪の子が命蓮寺から博麗神社に向かってる」

 

諏訪子の言葉に神奈子はぽかんと口を開けてしまう。

ルーミアという少女は神奈子も知っている。博麗神社に住むようになった妖怪の子供だ。

しかし、子供は子供。妖怪とはいえアビセアンに抵抗できるほどの力を持っているわけではない。

いったい何のためにその少女が博麗神社に向かうのか。

目的は定かでないにしても、危険であった。

 

「それ、本当ですか!?」

 

「あんたは天狗の……!」

 

空から飛来するようにやってきたのは天狗のブン屋である射命丸文だ。

文はルーミアの事を知っている。なぜなら博麗神社に居候をしていた騎士と神社の主と共に異変解決に力を貸していたため、その神社に同じく居候をしていたルーミアも目に入るものだ。

 

「天魔様から力を貸してくださるように頼まれたけど……あの子、何やってんのよ!」

 

ルーミアの性格を熟知しているほどでもないが、考えている事ぐらいは分かる。

だからこそ、その考えに文は憤りを感じた。

何のためにブロントと霊夢が命蓮寺に預けたのかをまったく理解していない。

一時の感情に流されて博麗神社に向かっているのは間違いない。

 

「仕方ないね……諏訪子、あんたここ一人で守れる?」

 

「誰にものを言ってるのさ?楽勝すぎて欠伸が出るほどだね」

 

「そいつはよろしい。天狗の、早苗を連れてあんたは博麗神社に向かえ。私は天魔の手助けをしてやるからさ」

 

神奈子の言葉に早苗も目を見開く。

なぜそんな事を言ったのかと聞きたい目だった。

 

「そりゃ薄れちゃいるけどあの子の奇跡の力は残っている。少なくとも邪魔なアビセアンに出会わずに博麗神社に行けるぐらいはやってのけるだろう」

 

「しかし神奈子様、諏訪子様をお一人には!」

 

「hehe、マイク!ここは俺達が一肌脱ぐ時が来たようだぜ!」

 

「HAHA、ボブ!腕が鳴るもんだな!これで早苗さんの好感度も鰻登りだぜ!」

 

いくら諏訪子ほどの神とはいえ、今の状況下で一人にさせるのは得策ではない。

しかし天魔が助けを呼ぶほどに追い込まれた妖怪の山に神奈子が出なかったら更に悪い方向に進むだろう。

そんな中でボブとマイクが立ち上がる。

彼らの実力は決して高いとは言えない。

一級廃人は言うに及ばず。天狗である文、神である神奈子に諏訪子、現人神である早苗にすら劣る。

それでも彼らは冒険者なのだ。何処までも熱いハートを持ち続け、どんな失敗にもめげずに冒険を続ける。

困っている奴らを放っておけるほど、情もないわけでもない。ましてや彼らの崇める早苗が困っているのだから手を貸すのも当然だ。

 

「行ってくれ、天狗ガール!早苗さんを頼んだぜ!」

 

「ここは俺とマイクとケロちゃんに任せるんだ!」

 

「ふん、弱い人間の癖に……いいわよ、明日の記事にあんたらの活躍を書いておくから楽しみに待ってなさい!」

 

少しばかり戸惑いを隠せない早苗の手を取り、飛行しやすいようにお姫様抱っこをするようにしながら文は空を高速で飛んでいく。

奇跡の力がアビセアンに対する魔避けになる事を祈り、神奈子は次なる戦場へ、諏訪子とボブとマイクは守矢神社を守るためにアビセアンを迎え撃った。

 

時は少しばかり巻き戻る。

人里に住む多くの住民、そして力の無い妖怪達は命蓮寺に避難をしていた。

大人ですら過去に類を見ない異変に戸惑い、子供は恐れを成して泣きじゃくっている。

老婆は博麗の巫女様が何とかしてくれると諫めようとするが、あまり効果はないようだった。

そんな中、ルーミアはぽつんと蹲るように座っていた。

命蓮寺の奥にいるにも関わらず、外から響くのは戦いの音。

音が耳に入るたびにぎゅっと手を握る事しかできない。

 

「ルーミアちゃん、どうかしましたか?」

 

「あやねさん……」

 

心配そうに声をかけてきたのはくつろぎ喫茶ベヒんもスの店長であるあやねだった。

まだ若い女性の身でありながら幻想郷で女手一つの商売を始め、一つの店の主になった行動力溢れる人だ。

今では命蓮寺の炊飯を担当となり、食べやすいサイズのおにぎりが何個も置かれた皿を持っている。

外形からでは想像ができないほどの屈指の実力者ではあるが、彼女の本質は争いを好まない。

食事というのは大事なものだ。どれだけパニックに陥るかもしれない状況でも暖かい食事を取ればある程度の理性は保てる。

いざという時は命蓮寺にいる住民を守るために力を発揮するかもしれないが、それまで彼女は彼女のできる事を成そうとしているのだ。

 

「お腹空いてますよね?大丈夫、ブロントさん達なら何も心配はいりませんよ」

 

「……うん」

 

おにぎりを受け取り、あやねに励まされる。

今までの異変であれば何も心配はいらなかったかもしれない。

謙虚なナイトと博麗の巫女、彼らに集まった仲間達は喧嘩を売るほうが間違っているほどの集団であった。

根拠など何処にもない、それでも如何なる困難にも立ち向かって打ち破れると確信できる。

だけど、ルーミアは不安で仕方が無かった。

時間が経つにつれて膨れ上がる言い知れぬ不安。二度と会えないかもしれないという予感。

 

「まぁ、心配しているのは君だけじゃないけどね。隣、いいかな」

 

「あ、どうぞ」

 

眼鏡をかけた銀髪の優男がルーミアの隣に座った。

青色を基調とした和服に近い服を着ており、何処か老成した雰囲気を持つ男だった。

 

「えっと……こーりん、だっけ」

 

「森近霖之助だよ。それは店の名前」

 

人里から離れた古道具屋である香霖堂を営む店主、森近霖之助はルーミアの言葉を訂正した。

彼は店で売るはずのものを集めては売る気がないスタンスを取り、店にある道具は大切は霖之助のものであった。

異変があっても自分の店から離れないほどであったが、さすがに自らの命の危険もあれば話も別だ。

この状況だと霖之助が妖怪と人間のハーフであっても誰も気に留める者はいない。

 

「魔理沙にも困ったもんだ。一言ぐらい僕に声をかけてもいいだろうに」

 

「あ、魔理沙寄らなかったんだ」

 

「余裕がなかったんだろうね。あの子は自分で思っている以上に精細だから」

 

ルーミアは魔理沙が霖之助に特別な意識を持っているのは長年の付き合いで知っている。

バレていないのは本人だけと思っており、幻想郷にいる有名人だと大半は知っている事なのだが。

それなのに魔理沙は霖之助と最後の決戦の前に会話をしていなかったのだ。

 

「願わくば、霊夢もブロントさんも……皆無事に帰ってほしいものだ。特に霊夢はツケがありすぎて困るほどにあるからね」

 

後半の部分はともかくとして、前半の部分は霖之助の嘘偽りのない本音だ。

人間よりも生きているとはいえ、それでも妖怪ほど長生きもしていない霖之助からすればヴァナ・ディールの来訪者であるブロントさんは興味の対象だ。

なぜなら最初に出会ってから最後に死ぬその時まで変わらないだろう幻想郷の住民の生き方を変えてしまったのだから。

 

「あーもう、みんな気持ちがダウンしすぎ!これは私が演奏してハッピーにするしかないわね!」

 

「ちょっとメルラン、今の私達の音楽ってただの音楽に過ぎないのよ?」

 

「そうね……ヴァイオリンをどれだけ弾いても皆気持ちが滅入らないわ」

 

騒霊三姉妹の異名を持つプリズムリバー三姉妹は各々の楽器を持ちながら演奏を始めるが、静かに聴いている者は誰もいない。

そんな余裕がないとも言えるが、最も重要なのは三姉妹の演奏の力を失われているからだ。

ヴァイオリンを操る長女ルナサ・プリズムリバーであればやる気を失わせる欝の音を、

トランペットを吹く次女メルラン・プリズムリバーであれば元気の出る音楽を、

キーボードを奏でる三女リリカ・プリズムリバーは二人の姉の音を聴きやすくするための効果を持つ。

いつも通りであれば誰もが感動させる音楽を奏でながらも、誰もが聴いていない事に異変はまだ終わらないと予測が付けられる。

本来であれば彼女達は元の住処である屋敷を持つが、アビセアンの度重なる侵攻によって避難せざる得なかった。

今となっては屋敷はどうなっているのか分からずじまいのままである。

 

「……ごめん、あやねさん!ちょとばかり私も歌ってくる!」

 

同じようにルーミアと避難をしながらも、屋台の八目鰻屋をしていた腕を生かしてあやねと給仕をしていたミスティア・ローレライはプリズムリバー三姉妹が演奏を始めたのを見て歌い始めたのだ。

夜雀の妖怪であるために音楽、その中でも歌は特に彼女と深い繋がりがある。

その歌声を聴けば人を惑わす事ができ、ヴァナ・ディールから伝わった呪歌を自分なりにアレンジする事で吟遊詩人と同等の歌を歌える。

三姉妹の音楽に合わせるように、元気が出るようなピーアンが命蓮寺に響く。

それは凱歌を、勝利を願い祝う歌。癒しの呪歌とも言われるミスティアの歌は人間にも、妖怪にも心に響かせていく。

少しだけ、命蓮寺の雰囲気が安らいだ。ルーミアはそう感じた。

 

「……え?どういうことなの?」

 

「どうしたの、リグル」

 

ミスティアとルーミアと同じぐらいの外形に見せるホタルの妖怪である少女リグル・ナイトバグは耳に手を当てながら呟いた。

ホタルとはいえ、妖怪までに至れば虫達の王のようなものだ。そのため、幻想郷中にいるヴァナ・ディールの魔物を除いたほぼ全ての虫を操れる。

そして今のリグルの格好は遠く離れた虫との意志を相通するためだとそれなりに付き合いの長いルーミアは知っている。

 

「いや、魔物の侵攻を虫を通して見てたんだけど……人里に向かってた魔物が神社の方に向かっているんだ」

 

今更自分程度の力が今の状況ではどうにもならないのはリグル自身が一番理解している。

だからこそ、幻想郷の虫達を使ってせめて状況の把握だけでもしていると、多くのアビセアンが人里から急に方向を変えたのだ。

 

「その神社って……」

 

「うん、博麗神社だけど。ってルーミア!?」

 

「お、おい!君、何処に行くんだ!」

 

リグルと話を聞いていた霖之助の言葉を聞かずにルーミアは命蓮寺の外に飛び出そうとしていた。

慌てるように止めようとするあやねを、外に出る途中で驚いた顔をしたチルノにも目に暮れず、紅く染まった幻想郷の空を飛ぶ。

自分の能力が今の世界になって薄れているのは分かる。気を抜けば日常的に使っていたはずの浮遊ですら危ないほど。

それでも、ルーミアは行かなければいけなかった。今にも攻め込まれそうな神社のために、例えそれが自分が信頼する者達の裏切りだと知っても。

ルーミアは行かなければいけなかった。そこが今の自分における居場所なのだから。

 

「やめてよ……!」

 

恐らく、今まで生きてきた中で一番早く飛んでいる。人里から神社までの時間はほとんどかからなかった。

だからこそ、その光景は認めたくなかった。

賽銭が入ったところなんて見たことの無い賽銭箱が、謙虚なナイトが綺麗にしている石畳が、物臭な巫女の割には綺麗にされた祭壇が、春になればみんなで宴会をする桜木が、

家族としての安らぎを与えてくれた博麗神社が、アビセアンが群がり、見るも無残に崩されている光景など。

 

「みんな!みんな消えちゃえ!!私は、私は……!!」

 

ぶちりと力任せに金色の髪を止めていた黒リボンを引きちぎった。

リボンでありながらも、それは古い符としての役割を持っている。

ルーミアは幼く、妖怪としても未熟でありながらもそのポテンシャルは幻想郷全域でも随一。

あまりにも危険で、幻想郷の創設者の力すら通用しない『無』の力を封印されていたのだ。

それを開放した。たったの二分間だけの開放であるが、二分もあれば今のルーミアは無敵だ。

虚空から『無』を作り出し、聖剣の名を冠する分厚い刀身の巨剣を右手で取り出す。

闇色の翼が背から生えるが、ルーミアから闇が生まれる度に空へと向かっていく。

そんなものはどうでもいい。そんなものは関係ない。

ただルーミアは吼える。自分の大切なものを守るために、己の力の全てを振るう。

 

「博麗神社のHPなんだから!!!」

 

聖剣に己の力を注ぎ込み、空中から思いっきり剣を振るう。

境界すら存在しない『無』の斬撃を遠く離れたアビセアンに向けて放たれ、反応の遅れたアビセアンは直撃を受けて光にすら帰さない。

屋根を崩し、張り付いている巨大ダニを一刀両断し、続けて空いた左手から光すら無に包む闇色の光線ヴァニシングレイを発射。その一撃は射線上にいたアビセアンを有無を言わさずに消滅させる。

 

「……ふぅ!……はぁ!」

 

アビセアンを圧倒せしめる力を持ちながら、ルーミアの顔はいつも以上に疲労が濃い。

いつもであればこんな簡単に消耗などしない。いつもであればもっと戦える。

聖剣が重く感じ、力を使えば使うほど二分間という時間制限がより短くなると感じてしまう。

 

「…………!」

 

きっと長く戦えない。理由は分からないが、己の闇が空へと向かっていくのを見てそう確信する。

ルーミアは空に飛んで辺りを見渡した。

たった二撃とはいえそれなりのアビセアンを一瞬で葬ったはずなのに、数は減るどころか増している。

これだけの群れを統括する存在は何処かにいるはずだと思い、博麗神社の階段から何かがやってくる。

同時にアビセアンの動きも静止し、神社の階段から現れた怪物にルーミアは恐怖した。

 

大きな、神社よりも巨大な人形だ。

青色のマントを身に付け、紅い空にも負けぬ紅い外装をしており、頭らしき部分には三つの棘を生やしている。

両腕にあるのはハンマーに棘を生やしたような奇妙な武器。異質で、生き物とはかけ離れた人型の人形。

 

一目見れば分かる。

あそこまで異質な存在は、世界に存在する事のない決定的な"歪み"だ。

あってはならない存在であり、存在するからこそ歪みある生命体であるアビセアンもまた生まれる。

ガタガタと震える身体を押さえるように唇を噛み、重く腕に負担をかける聖剣を強く握り締める。

幻想郷での猛者なんてルーミアは腐るほど見てきている。宴会という場に限られていても、吸血鬼から神様まで見てきた。

それなのに、目の前の人形は格が違うと見ただけで分かる。

抵抗する事すら無意味だと分からせる威圧感。心臓がバクバクと鳴り響いて煩すぎる。いっその事心臓を潰したい程に。

 

「あなたを、やれば……!!」

 

聖剣に残された全ての力を注ぎ込む。

まともにやりあえば例えダークパワーの影響で全開の力を振るえたとしても勝負にならないほどの相手。

賭けるのはあらゆる存在を『無』にする力であり、闇の翼を広げ、相手に反応を許さぬほどの速度で駆け抜ける。

渾身の一撃を人形にぶつける。一刀両断する勢いで放たれる。

 

キィィィィィィィン

 

断つ直前に脳裏に浮かぶのは真っ二つとなった人形の姿。ルーミアが自信を持って言える最高の一撃。

だが、ルーミアの目に映ったのは聖剣が割れる姿であった。

『無』の力も、聖剣も。

全てが通じずに砕けるルーミアの剣が、人形の外装に掠り傷すら与えずに終わってしまった。

 

「そ、んな……」

 

呆けてしまった。

ほんの一瞬でも、それがいけなかった。

人形の腕が動くとハンマーの棘がルーミアの無防備となった腹に狙いを定め、棘が一直線に伸びた。

妖怪とはいえ、少女の柔らかい皮膚を貫き、内蔵を抉り、背中まで突き抜け、勢いを増した棘はルーミアごと半壊した神社に叩きつけられる。

 

「が、がぁ!は、がはっ……!あ、あぁあぁぁ……」

 

ずるりと棘が抜かれ、妖怪の治癒力を失っている今のルーミアには傷を癒す手段はない。

血を吐きながら絶望の表情し、信じられないような目で砕けた聖剣を見つめる。

もはや自分には何も残されていない。力を使いきり、残ったのは砕けた剣だけだ。

ゆっくりと近づく人形は死神にすら映らず、自分に残されたのは何も無いのだと悟る。

 

「ごめ、ん…な、さ、い……ブロン、トさん……霊夢……」

 

約束通りに、言われた通りに命蓮寺にいればよかったのかもしれない。

だけど一度、前に約束したのだ。

自分は博麗神社のHPに任された事を。

だけど守れなかった。自分から挑んで、あっさりと負けて、殺されようとしている。

ゆっくりと、ゆっくりと、

スローにも見える人形の斧が振り下ろされる。

 

「約束、守れなかったよ……」

 

情けない自分に、会いたくても会えない者達に、少女は一滴の涙が流れる。

 

金の装飾が施された白銀のサーコートに金色のポニーテールをした騎士は駆けていた。

黄金の盾を持ち、黄金の剣を携え、己の理念の赴くままに生きる騎士が駆ける。

彼女は他の冒険者達のように、決められた場所で戦うような事はしなかった。

ただ待っていたのだ。

己の力を振るえる場所を。己の理念に相応しい場を。

 

「いいや、貴様は約束を守った。己の理念を貫こうとした」

 

力の無いはずの少女は己の理念の貫いて見せた。

それが彼女の心が突き動かす。この戦いこそが、己の戦いにもなるのだと。

 

「下衆がっ!そこを退け!!」

 

ルーミアの前に立ち、黄金の盾を思いっきり振るう。

体格差を考えれば騎士が人形を殴り飛ばすなど無理な光景を、ありえない光景を作り出している。

突然の一撃に対処ができなかったのか、人形は無様にも倒れてしまう。

 

「……ブロントさん?」

 

自分を守った騎士の後姿を見て、何処か自分の見知った者との背中がダブって見えて意識を失ってしまう。

血がとめどなく流れ、危険だと察したのか癒しの魔法を唱えようとするが、空からやってくる者を感知する。

 

「ルーミア!?ちょっと、これ大丈夫なの!?」

 

「血、血がいっぱい!?わ、わ、わ、ま、まずは治療を~!?」

 

どうやら魔物の類ではなく、カラスのような翼を生やした少女と腋の開いた特徴的な巫女服姿の少女から幻想郷の住民だと分かり、騎士は治療されていく少女を見てから人形に向き直す。

脳裏に語りかけてくる先程人形を殴るために使った黄金の盾であるイージスだ。

ヴァナ・ディールの古来から伝わるレリックと呼ばれる武具はそれぞれに人格を宿している。

 

『そちも気づいておろう?あれはヴァナ・ディールとも、ましてやこちらの世界の産物ではない。あれは歪み。世界の闇が作り上げた世界の裏側。ほっほっほっ、さすがのそちでも苦労はしそうじゃな?』

 

「話にならんな。少なくともブガードを狩り続けた苦労よりはしないだろう」

 

『さすが私のマスター、理念の騎士ヴァレリアよ。己の行く様に騎士道を貫くならば世界の歪みすら障害にならぬか。

よいよい、それこそ私のマスターに相応しい。ならば私は楯として護り通すのみ。楽園も、地獄も、世界からすらも護って見せようぞ』

 

如何なる冒険者であっても、いずれ効率という概念に囚われるのは仕方の無いことだ。

どうすれば場所に早く辿り付けるか、どうすれば強くなれるか、どうすれば情報を集められるか。

熟練者になればなるほど無駄を省いていき、そうした者になってしまった冒険者を嘲称として効率厨と呼ばれるようになる。

 

ヴァレリアという騎士は間違いなく熟練の冒険者だが、彼女は決して効率などという言葉に惑わされなかった。

他人から見れば要領が悪いとも見え、それでも己の行くままに理念と貫き通した。

その結果、彼女は偉業を成し遂げた一人となった。伝説の盾であるイージスに認められる存在として。

 

起き上がった人形であるが、同時にアビセアンが行動を開始した。

人形ではなく、アビセアンの群れを使って殲滅する気なのだ。たとえ伝説の盾を持つヴァレリアと言えども神社を百を超えるアビセアンから同時に守るのは不可能だ。

選定の剣という意味を持つ黄金剣カリバーンを構えながらも、一つの奇跡が起こる。

砕けたルーミアの聖剣がカタカタと揺れると、ヴァレリアの持つカリバーンに向かって一つになろうとしたのだ。

突如として光り輝く己の剣にヴァレリアも目を閉じてしまい、開けてみれば手に持つのはカリバーンではない。

選定の剣から幾多の戦場を渡り歩き、聖剣と呼ばれるようになったレリック。

古の王が持ったとされる白銀の刀身を持つエクスカリバーたる姿であった。

 

『……ついに余の姿を見出したか。なるほど、悪夢の世界と似通っているがゆえに、余は一時期の姿を取り戻せたか』

 

「貴様……エクスカリバーか」

 

『汝が余の使い手か。感謝するがいい、その娘に。

聖剣とも言われた余を取り戻したのは選定の剣だけでは不可能だ。

世の混沌を沈める時、仲間のため、そして世界の正義のために戦える者がいるからこそ余は姿を表せる』

 

エクスカリバーの元となった選定の剣カリバーンを所持するヴァレリアだが、そう簡単にエクスカリバーの使い手になれるわけでもない。

己の人格を持つレリックは、レリック自らがあるべき主の元に現れる。

イージスが己の理念を優先するヴァレリアに、そしてもう一つの使い手であるファイナルタツヤの騎士道に惹かれたように。

エクスカリバーもまた、聖剣を使っていた少女の思いによってカリバーンから本来の姿に戻れたのだ。

 

ずっしりとした重さのあるカリバーンから、まるで羽のように軽く思えるエクスカリバー。

迫り来るアビセアンに対し、ヴァレリアは極限まで自然体に動く。

足捌き、敵から剣の届く範囲、斬るための動作。

イージスを完成させるための資金源のため、タブナジア群島に生息する巨大トカゲのブガードを何千と狩り続けている内に完成した動きは対魔物戦闘に置いて完成されてると言っていい。

牙が迫ろうとも届く前に剣で斬られ、爪で裂こうとも盾で受け流し、魔法が迫っても一歩も引かずに受け止めて、一匹一匹と丁寧にアビセアンを倒して行く。

何処までもナイトらしく、何処までも己の戦いに追及し続けたヴァレリア。気づけばアビセアンの注意は完全にヴァレリアのみに注ぎ、ルーミア達には目も暮れていない。

 

「ちょっと、傷が塞がないわよ!?」

 

「あ、文さんも妖怪なら知ってるじゃないですか!もう妖怪の回復力は当てにできないって!スペルカードも効果が薄いし……!」

 

ヴァレリアが何百のアビセアンを一人で相手にしている一方で、文と早苗はルーミアの治療に専念している。

人間であるなら致命的な致命傷を通り越して死んでてもおかしくない傷を負っているのだ。

妖怪であっても痛いでは済まない貫通した傷を治療するのは難しい。

文は持ってきた治療用のポーション、早苗は奇跡の力によって癒そうとするが中々傷が回復してくれない。

傷が深すぎるために、癒しの術が追いつかないのだ。

こうなれば不死鳥の尾から作られたフェニックスの尾や、賦活の術であるレイズが必要となる。

しかしフェニックスの尾は手元になく、賦活の術など早苗は覚えていない。

今出来るのは布で傷を押さえて出血を抑えるだけであり、このまま治療が怠ればルーミアの命が危ない。

 

「……やれやれ、見てられないね」

 

何処からともなく、呟きが漏れた。

声に気づいた文は辺りを見回すが誰もいない。いや、ルーミアのほうに向けば見知らぬ女がいた。

腰まである早苗と同じ緑髪に、黄色の太陽が描かれた青い三角帽子を被っている。

青色の装飾が施された服装にマントを羽織、三日月を象った杖を持っていた。足のほうは不思議と亡霊のように存在しない。

 

女は指をルーミアの傷を指しながら、ぼんやりとした光が傷に伝わる。

近くにいた早苗も暖かくなるような光は、塞がらなかった傷が治っていく。

傷が癒された事で落ち着きを取り戻したのか、ルーミアの呼吸も穏やかになっていった。

 

「あ、あなたは……」

 

「ん?あたしかい?ま、この神社の神だよ(うそだけど)」

 

こんな状況だと言うのに、あっけに取られる文に対してからからと女は笑った。

しかし女が陽気な雰囲気を出したのはそれまで。

杖を構え、膨大な魔力が女の身から溢れ出ると文の背筋がゾクリとする。

 

「あ~あ~、たくよぉ……魔界で旧知に会いに行ってたら世界がおかしくなってるわ、神社も壊れてるわ、血生臭いわ……」

 

顔は笑顔でも目は笑っていなかった。

そして文は思い出す。確か博麗神社では昔、悪霊が住んでいたということを。

今となっては霊夢が博麗の巫女になって姿を現さなくなったが、先代の巫女の時代では時には悪霊として異変を起こし、時には異変の解決をしていた悪霊の名は魅魔。

幻想郷に存在する魔法使いが子供だましに見えるほどの魔砲を神社の空から発射した。

 

「終焉、黄昏の閃光!纏めて消し飛びな!!トライワイトスパーク!!!」

 

三日月杖に文もちょっとわずかにビビるほどの魔力を一転に集中させ、杖を構えた先に現れる円形の光。

山一つを飲み込むほどの閃光が煌き、マスタースパークよりも太い光線を地上に向けて群がろうとしたアビセアンを一匹残らず纏めて飲み込んだ。

無論、そのまま放てば神社とアビセアンと戦っていたヴァレリアすら巻き込むために何十にもあわせた魔術結界によって守っていく。

閃光が収まれば壊れただけの無傷の神社に呆けた顔をした早苗に文、眠るルーミア。盾によって上からの砲撃から身を守ろうとしたヴァレリアが見えてくる。

 

「……ちっ、やっぱ力が落ちてる。それにほとんど無傷とはやるじゃないか」

 

魅魔も例外無しに力を落としているとはいえ、それでも桁外れの魔砲をしたというのに不満顔。

その理由はアビセアンを一匹も残らずに消滅させながらも、無傷のままで立ち尽くす人形の姿がある。

自分の持てる全力の攻撃を受けながら傷一つ負わない人形に対してしかめっ面をしながらも、魅魔が考えるよりも先に人形は動き出した。

手駒を失い、自ら稼動せざる得ないのだろう。ヴァレリアも魅魔に文句を言うよりも人形のほうへと剣を構える。

 

「さてはてどうするよ、異世界の騎士様。こいつは少しばかり骨が折れそうだよ」

 

「骨が折れるだけなら問題は無い。動こうとする意志があれば理念は効率すら凌駕できる」

 

「異世界の人間はこれだから骨があるねぇ。骨のないあたしゃには羨ましいばかりだよ」

 

今この場で戦えるのはヴァレリアと魅魔だけだ。

文と早苗は傷ついたルーミアを見なくてはならず、たった二人で魅魔から見ても化け物染みた人形を相手にしなくてはならない。

だが、それでいい。

この神社には帰ってくる者がいる。十数年も見てきて、今でも助言せずにいられない子がいる。

今まで通りの博麗の巫女なら問題はなかったかもしれない。しかし、今の博麗の巫女は異世界の騎士と出会って変わったのだ。

助言が必要のないはずの巫女に魅魔が思わず助言せずにいられない巫女となってしまって、悪霊だと言うのに随分と情が沸いてしまったと自分自身の事を笑ってしまう。

だから守ってやろう。戦いを終えて帰るべき家がないのは人間には耐えられないだろう。

ちらりと神社を必死に守ろうとした小さな少女を見つめ、にやりと頬を上げながら杖を構えた。

家族揃って馬鹿ばかり、それも守ろうとする自分は大馬鹿者だ。そんな顔をして、異世界の騎士と共に人形へと立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

美しき星々が見える母なるクリスタルが眠る真世界には、二つの世界から膨大という言葉が安く見えるほどに虚ろが集まろうとしていた。

その虚ろは全て神竜となったナグラモーダへと集まっていく。

集まれば集まるほど、ただでさえ巨大だった神竜が大きくなり、人間と比べれば如何に人がちっぽけな存在かが分かってしまう。

ナグラモーダが神竜となり、わずか二分足らず。

倒れていない者など、誰もいなかった。

 

「が……あ……」

 

謙虚なナイトであるはずのブロントも例外ではなく、グラットンを支えにして必死に立ち上がろうとする。

ケアルを自らにかけるがまるで回復してくれない。魔力が尽きたわけではない。

回復が受け付けてくれないのだ。人間として必要な『虚ろなる闇』を抜き取られた結果、まともに戦えるほどの力が欠けていた。

 

「これちょとsYれにならんしょ……回復できないとか絶対忍者だろ……」

 

「忍者じゃなくて竜ですけどね……でも、これはさすがにきついわ」

 

アーティファクトである白魔道士の衣装は傷ついてない部分がないほどにぼろぼろとなり、帽子の部分を無くしてしまった霊夢も立ち上がろうとする。

ケアルとは違う癒しの術でも満足に回復できず、動くだけで全身に激痛が走って倒れそうになる。

 

圧倒的な力の差だった。

回復ができないというのは些細な程度でしかなく、ナグラモーダの力は神そのものと言ってよかった。

こちら側の攻撃は一切に効果はなく、神竜の翼を突風のように巻き起こすだけで重症と言える怪我を負ってしまう。

魔法に至っては詠唱すら必要とせず、古代魔法を詠唱無しに使われて後衛が一発で戦闘不能にもなった。

 

「まだだ……まだ、負けちゃいねぇぞ……ナグラモーダ!!」

 

賦活による疲労はまだ抜け切っておらず、それでもナグラモーダと戦おうとしたプリッシュも傷は一際に酷い。

治り切っていない腹の傷から血が滲み、服を赤く染めていく。

もはや意識をはっきりと保つのも難しいのか、時折頭を振るって無理矢理に意識を繋ぎとめようとしていた。

 

――呆れたほどにしぶといな。もう諦めたらどうだ

 

「諦めたら試合終了ですねという名セリフを知らないのかよLSの中心人物でヌードメーカーが諦めたらPTが持つはずがないのは確定的に明らか」

 

――この状況下に置かれてもその驕慢さ、もはや呆れを通り越して尊敬に値するな

 

神竜の腕の太さだけで巨木に匹敵し、ふらふらとしたブロントに目掛けて突きを放つ。

盾を全面的に押し出すように防御だけに固めた状態でありながら手刀と盾が当たる瞬間にブロントの意識が失いかける。

続いてやってくるのは腕の痛み、そこからすぐに感覚を無くしてしまう。あまりの攻撃の高さは痛みを得るよりも腕の感覚が無くなってしまうほどに壊れてしまう。

それでも倒れずにいるのは後ろから大きな手でもってブロントが支えられているからだ。

 

「ジャルベリン……」

 

「へっへへ……ブロントさんが立ってるのに俺が倒れたまんまってのは格好つかないよな」

 

ブロントに負けず劣らぬの傷を負いながら立ち上がれるのはタフネスのあるガルカの戦士だからこそか。

余裕がないはずだろうに、それでも笑みを失わないジャルベリンに支えながらブロントは身体に力を入れようとする。

盾を持つ腕に力が入らなくても、右手で支えれば仲間を守れる盾ぐらいにはなる。

 

「……ゆえに、我は命ず……命ずるは我なり、きたれ疾く、疾くきたれ、アストラルの地より、我が腕の元に、我と契約を結びし、伝説の海蛇よ……」

 

倒れたままとはいえ、それでも詠唱自体は可能なのか紫は召喚の術式を描く。

予想外であった。まさかここまでナグラモーダが力を付けるとは知らず、一気に万事休すの自体に追い込まれている。

癒しの術はまったく効かず、倒されるだけしかなかった。今から紫が行おうとする事すら意味がなかったら待っているのは全滅でしかない。

 

「青き水の牙、青き鎧を打ち鳴らして 汚れ清めたまえ! リヴァイアサン!!」

 

青き魔法陣が割れると同時に何十メートルもある巨体、ほのかに青白く輝く鱗、伝説の海蛇にして大海の守護者リヴァイアンが姿を現す。

リヴァイアサンと比べても尚も巨大な神竜であるが、その神竜すらも飲み込む大津波を発生させた。

しかしこれでナグラモーダを倒せるはずがない。本命はもっと別だ。

リヴァイアンを中心に湧き出る湧水が次々と傷ついた者達を飲み込んでいく。

溺死をさせるわけでもなく、清らかな水は治らなかったはずの傷を癒していく。

 

――ぬるい

 

大津波に飲まれていたはずのナグラモーダであったが、翼を広げるだけで津波が一瞬で弾かれる。

同時に翼を広げる事で発生した真空の刃がリヴァイアサンをバラバラに引き裂いていく。

 

「ぐっ!?」

 

リヴァイアサンが倒された事で湧水の効果も途切れ、全開する前に治療が終わってしまった。

しかし神獣の持つ癒しの技であるなら効果はあっただけでも御の字だった。

 

「サンキュー、ユカリ!これでまだ戦える!」

 

「これは、リヴァイアサンの……」

 

「フェニックスの力でも自らを維持させるだけで精一杯か……!」

 

如何に神獣の癒しでもそう効果が高いものではない。

精々傷が塞がり、ようやく立ち上がれる程度だ。プリッシュは元気そうに振る舞うが、霊獣そのものを宿すセルテウスはそうもいかなかった。

本来は『虚ろなる闇』を自ら死ぬ事で抑えようとしたため、彼は一度死んでいるのだ。

フェニックスの力によって蘇ったとはいえ、逆にフェニックスの力が無ければ再び死ぬ事になるだろう。

自らの存在を維持させるためにしかフェニックスが使えず、癒しの炎を持つはずの力が使えないのもそのためだった。

エシャンタールも不死身に近いとされる肉体もすぐに回復できるわけでもないため、リヴァイアサンの癒しによって動かない身体に力が入る事を感じ取る。

 

――どれだけ打ちのめされても諦めないか……

 

「俺www様www大wwww復www活wwww勇者は最後に勝つもんなんだぜwwwwwwww」

 

「・えちょ 内藤が勇者なんて世も末だけどなwwwwwwwwwwwwミスwwwwwwww冗談なんて言ってられねぇwwwww」

 

「今の冗談じゃねぇのかよwwwwwwwいつもの本音の癖にwwwwwwwwwww」

 

内藤は根拠のない勝利のために、草笑いをしながら立ち上がるが満身創痍と言ってよかった。

いつものように掲げられるはずの両手剣はだらりと下げ、持つ事すら辛いのか腕が震えている。

糞樽も誤爆をしながらも冗談ではなく、むしろそうなって欲しいと思える言葉なのを痛風は長年の付き合いで感じ取ってしまう。

しかし痛風はまだはっきりとしない頭で状況は最悪だとしか考えられなかった。

自らの武器は壊れかけており、仲間達は起き上がるのも困難なのもいる。

それなのに相手はまだまだ元気でパワーアップも常にしているようだ。空を見上げれば自分達の世界ではない、幻想郷のある世界から闇がナグラモーダの元に集まっているのだから。

 

「ちく、しょう……ここまで来て、冒険者に託すしか他はないのか……!」

 

アルドとて決して実力が低いわけではない。

それでも一級廃人と呼ばれる部類になればさすが見劣りしてしまうのが常に前線で戦い続ける冒険者と裏仕事を主にする者の差だ。

立ち上がれても、歯向かう事すら愚かしいと思えるナグラモーダの今の姿に自分は足手まといでしかないのだ。

 

「……星の光は、まだ途絶えちゃいない……まだ、諦めるのは早いぜ」

 

魔法の腕前なら一流になれるように磨いても、身体のほうは冒険者に比べれば大きく劣ってしまう。

しかし魔理沙は諦めない。ここで諦めたら今までの全てが無駄になってしまうのも分かっているから。

精神が肉体を凌駕するように、必死になって敵に食らい付こうとしている。

 

ちっぽけな希望を胸に秘めて倒れていた者達は武器を手に取り、立ち上がろうとする。

まだ終わっていない。

まだ負けていない。

勝利のために、未来のために、世界を終わらせさせないために。

勝てる見込みがなくても、たった一滴の光が見える限り決して諦めない。

 

――天の力よ、ここに

 

だからこそ終わらせる。ちっぽけな希望が如何に無意味かを教えるために。

神竜と化したナグモラーダの力はもはや人間の及ばぬ領域すらも知覚できるようになっている。

終わりを告げるように、漆黒の空から呼びかける。

光で構成された無数の術式、しかしそれは人間のみならず、星の滅びすら計算できるはずの八雲紫にすら解析し切れない。

なぜならば、それは宇宙という空を埋め尽くす程の『魔法陣』が構成されているからである。

 

「嘘、だろ……」

 

それは不可能を容易に可能としてしまう力の差ゆえか。

魔理沙の諦めにも通じる呟きの声が、絶望が絶望に連鎖していく。

その魔法陣から次々と打ち出される流星。

千では効かぬ。万でも程遠い。億という数の空からの隕石メテオライトが一斉に降り注ぐ。

神だからこそ許された絶対的な力が襲い掛かる。

大陸を焼き払い、打ち砕く事を可能とした暴力が情け容赦無く降り注ごうとする。

 

「おいィィィィィ!!ランパード!」

 

「獣様とエルドは後ろに!インビンシブル!!」

 

「洒落にならんwwwwwwwエアロガⅢ!!」

 

「くっ、アレキサンダァァアアア!!」

 

「護界「博麗結界師」!」

 

「ちくしょぉぉぉ!薙ぎ払え!マスタァァァスパァァアァァァァク!!」

 

その暴力に出来る事は、己の技を持って抵抗する以外に他はなかった。

ある者は降り注ぐ隕石から仲間を守るように、またある者は自慢の技で持って隕石を砕き、そしてまたある者は神の加護によって耐え凌ごうとする。

だが、それも長くは持たない。

何十の隕石を防いでも何百の隕石が盾を砕き、何百の隕石を砕いても何千の隕石が剣を砕き、何万の隕石から耐え凌ごうとも何億の隕石が神の加護すらも突き破る。

一人、また一人と空から降り注ぐ流星によって倒れていく。

希望が、何の意味もなく砕かれていく。

 

――魂すらも消え失せるがいい!受けよ、我が波動をッ!

 

「そ、の……技は……!」

 

隕石による攻撃を防げず、左半分の身体に直撃を受けて身動きが取れないエシャンタールはナグモラーダのやろうとしている事に気づく。

それはあってはならない技だった。

聖なる七元徳が真世界に押さえなければならない程の災厄にして最悪の怪物。

絶対美徳の異名を持つ、プロマシアに次ぐ世界の天敵。

ナグモラーダは、その世界の天敵の技すらも己の身に取り込んだというのか。

 

――エクスプロシブ・インパルス!!

 

一言で言えば静寂であった。

凄まじい爆風があるわけではない。

誰もを吹き飛ばす衝撃があるわけではない。

見えないぐらいの光に包まれたわけではない。

 

波動であった。

ナグモラーダの、神竜としての魂のエネルギーを瞬間的に爆発させる。

ただ、それだけの技。

 

ヒュンヒュンと風を切る音が鳴り響く。

それは剣だ。くるくると回転しながら空から地上へと落ちていく。

グラットンソードであったり、鬼哭であったり、両手槍であったり、大剣であったり。

それらは等しく地面へと突き刺さる。

突き刺さったすぐ近くに倒れ動かなくなったのは武器の持ち手達。

まるで墓標のように突き刺さった武器達。使い手は誰もが動かない。動けるはずが無い。

魂の衝撃をそのまま相手の魂へとぶつける絶対美徳の技の前に、耐えられる者など存在しない。

 

ブロントも、汚い忍者も、内藤も、リューサンも。

霊夢も、魔理沙も、鈴仙も、ナズーリンも、紫も。

プリッシュも、アルドも、エシャンタールも、ウルミアも。

それ以外の者ですら、倒されていた。

 

世界を救えるはずの光を持った希望は砕かれた。

後に残るのは絶望による闇でしかない。

 

幻想郷に残り続けるルーミアは感じ取っていた。

もしかしたら霊夢もブロントも、二度と会えないかもしれないと。

それは避けられない現実になろうとしている。

 

今こそ世界は終わりを迎える。

母なるクリスタルが生んだ世界は、たった一人の男の手によって終焉へと導かれる。

その果てに、新たなる母なるクリスタルと世界の誕生を間近に控えながら……。




いま、罪なき血が流れる
ヴァナ・ディールの大地に
全世界が戦慄する災禍がため、絶望にのまれ

防げはしない、いかなる定めにも
とめられはしない、いかなる力にも

だが、嵐の夜を貫いて栄光の星が輝く
獣の叫びに抗いて歌の響きが湧きいでる

輝く星、鳴りわたる歌われらが夢と祈りよ



その星はあなたの星、その唄はあなたの唄。

そしていつの日かそれは、
わたし達みんなの夢となり、
祈りとなるだろう……。いつか、きっと。

おお、輝け、星よ! 響きわたれ、唄よ!

永遠を超えてさしのべられた手と手は
もう、放されることはない
もう、ほどけることはない
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