トンテンカン、と金槌を叩く音が響く。
タブナジア地下壕は二十年も続く人の暮らす街だ。
補強しなければならない部分が所々発生するため、こうした音は珍しくない。
「なぁ、プリッシュ。いい加減話してくれないか?」
「あー?」
タブナジア自警団の団長であるプリッシュとリーダーのジャスティニアス。
あまり二人同時に行動するという事もないが、それでも役職の関係上で揃っていても不思議ではない。
「世界は救われた。それでいいんじゃね?」
「お前らしいな。だが、世間はそれを許すと思うか?」
世界の命運を賭けた戦いから、プリッシュとウルミアは気づけばタブナジア群島の外れにいた。
最初に発見したのは畑の視察に出かけていた地下壕の纏め役であるデスパシエールだった。
あの時の慌てようは他では見られないほどだろう。
ジャスティニアスの言いたい事は分かっている。
あの戦いの影響によって、ヴァナ・ディールの世界全国は復興作業に追われている。
幸いにも地下壕という立地を生かしていたのでタブナジア地下壕の被害そのものは少なかった。
獣人ですら人間国家に攻め入るのを一時休戦するほどであり、それほどまでにアビセアンの被害は大きかった。
ならば事情を知る者からの説明が求められるのだ。
ジュノ大公国の大公代理であるエシャンタールは休む暇も無く各国に足を運んでいるほどに、なぜ世界がこうなったのかの理由が欲しかった。
人間とは理不尽な目に合うとなぜそうなったのかの理由を求めたがる。
そうしないとぶつけようの無い理不尽に対しての怒りを発散しようがないからだ。
今更、世界のどの国家にも戦争をする気力も余力もないだろうが、その先に対しての溝を埋めるのにエシャンタールは動き続けているのである。
「難しく考える事はないっての。
世界は理不尽だらけで優しくないかもしれないけどよ、誰かが優しくすればそれで救われるだろ?それの延長戦だって事さ」
「やれやれ。何を言っても言うつもりはないか……ああ、そういえばあの三兄妹、皇国の王族の付き人をやっていたらしいな」
「あー。あいつらどうしてんだ?」
「風の噂だがクビを切られたようだ。長く持ったほうじゃないか?」
「だーはっはっは!」
チェブキー三兄妹はアトルガン皇国の王族付き人をしていたのはジャスティニアスも風の噂から聞いていた。
しかしながらその続きとして、どうやらリストラもされてるというのも聞いた。
あの手この手でどんどん出世したのはいいが、皇国内での覇権争いに利用されるだけで利用されていたのだ。
プリッシュも同情はしない。
腹黒の三兄妹を更に出し抜く上手の者がいたのだ。むしろそいつに褒めてやりたいぐらいである。
「こら、プリッシュ!あなた何サボってるの!」
「げっ、ウルミア!?」
ガシリと頭を鷲づかみにしたのはウルミアであった。
「まったくあなたは!立派な司祭様になる勉強を抜け出して!」
「だぁー!だから俺は司祭になるつもりはないっての!」
現在でもアルタナに仕え、アルタナの教えを導く司祭になるための勉強は地下壕であっても行われている。
元修道士のプリッシュだが、今更アルタナに仕える身は変わりなくても司祭になろうという気はない。
ウルミアから脱出してすぐさま離脱、プリッシュは地下壕から外に向けて走っていく。
「んじゃ、また外に行ってくるぜ!じゃーなー!」
居ても立ってもいられない。
元よりプリッシュは一箇所に立ち止まれる人間ではないのだ。
次なる世界を見続けるために、プリッシュは地下壕から飛び出る。そこに新たな出会いと発見を求めて。
呆れたウルミアと苦笑するジャスティニアス、そして住民に見送られて少女は旅立っていった。
ベヒーモスがねぐらとする場所で、白魔道士の女は歌っていた。
燦々と季節はずれの雪が降り積もり、肌寒く感じても歌い続ける。
元の世界に戻れた時、淡い希望を抱いてこの場所に戻った。
だけど、誰もいない。
彼女が求める者は誰もいなかった。
それでも彼女は待ち続ける。
いつの日か、また一緒になれるという日を信じて。
「やっぱりいた」
「あっ……」
歌が途切れた。
モインに話しかけたのはシーフのミスラ。
彼女の仲間の一人であるフゥだ。
「ま、分かってた事だけど……あいつら、ゲンソウキョウ?ってとこのままらしいね」
「です、ね」
セルテウスの言っていた、自分の戻りたいと願う世界。
ブロントと汚い忍者がヴァナ・ディールに戻っていないのなら、きっと幻想郷に居続けている。
もしもヴァナ・ディールに戻っているのなら、騒がしい世間であっても特徴的とも言える二人の噂はすぐに世間で広まるだろうからだ。
「……ね、行っちゃう?」
「えっ?」
フゥの言葉にモインは言葉が詰まった。
「一年だよ、一年。待たせすぎだっての!もう待つのも飽きたでしょ?だったらさ――」
腰掛けたままのモインに手を差し伸べる。
「こっちから行こうよ。あいつらの関係には手を出さなくても、こっちには言いたい事なんていっぱいあるんだからさ」
ずっと、待っていた。
何ヶ月も、何年も。
モインはずっとずっと、待ち続けていた。
ブロントと汚い忍者の関係が壊れてから、幾多の試練を潜り抜けたパーティが壊れてから。
もしも誰かが戻ってきた時、寂しくないようにずっと待ち続けていた。
「でも、行き方知ってるの?」
「知らない。でも、いい加減我慢できないよ。やっぱアレが決まったね。やっと出会えたのに、上手く言葉に出来なかったから」
それはモインも同じだ。
ブロントとようやく顔を合わせて、それでも言いたい事が何も浮かばなかった。
戦いの中、というのもあったが、モインにできる事はただ白魔道士として癒し続けるだけだった。
「他のみんなは……」
「とっくに声かけてるよ。リーダーの奴もむりやり捕まえた。知ってる?リーダー、ちょっとずつだけど元に戻ってるらしいよ」
冒険者としての活動を一切止めていたモイン達のリーダーであった男は、少しずつリハビリをしているらしい。
簡単な、初心者冒険者でもできるような依頼をこなしているとフゥは言う。
行く宛のない旅路になるだろう。
一年も待ち続けて、モインは決断する。
「……うん、行くよ。行って、直接会いに行こう」
「そうだね。へへっ、知らない道を探して目的の場所に行こうなんて冒険者らしいじゃん。さ、頑張っていこう!」
フゥの手を掴み、モインは立ち上がる。
色んな思い出がある場所から、モインは旅立っていく。
もうここには戻らない。戻るとしたら、みんなが本当の意味で集まった時だ。
そうした誓いを胸に秘めて、冒険者達は異なる世界に向けての旅が始まった。
復興が行われつつも、半壊しかけた永遠亭は問題無く営業中であった。
アビセアンの戦いによって幻想郷には多くの怪我人がいるとはいえ、永遠亭で預かるのはあくまで重症の身だけにし、それ以外は人里のほうに帰ってもらう事になる。
「はい、治療の大半終わり。後は治るまで絶対安静ね」
「いてぇ!?て、てめぇ!」
身体中が包帯塗れであり、顔すらもミイラのようになりながらも黒い目線で怪しさを爆発させた汚い忍者。
その治療をしていた永琳は軽く叩いた程度なのに、汚い忍者はベッドの上で悶絶している。
「まったく、冒険者だからと言ってもここまで無茶をしているのは初めて見たわ。あなた、下手したら冒険者生命どころか日常生活すらも怪しかったわよ」
ナグモラーダとの戦いによって汚い忍者が最大の技を出すためのリスクは今でも身体が動かないほどの代物だった。
永琳の優れた治療が無ければ冒険者としての活動すらも終わっていた事に、今更ながら背筋が凍る思いである。
「でも、事前に治療されていたのは幸運だったわね。感謝しておきなさいよ、その人に」
「……ふん」
事前に汚い忍者を回復したのはおぼろげな記憶だが分かっている。
何処までもお人よしで自信があるのか無いのか分からない白魔道士の事だ。
今は、どうしているかも汚い忍者は分からない。
「それじゃこれが治療の費用ね。ビタ一文下げないからそのつもりで」
「はああああああああああ!!?おいヤブ医者なんだよこのおかしい値段はよ!?」
「あら?本来なら日常生活すら怪しい所をちゃんと治してあげたのよ?むしろ安いもんでしょ」
永琳から差し出された一枚の紙。
それは汚い忍者に使われた医療費であり、その額はありえないぐらいに飛んでいた。
具体的には彼の仲間の一人である白魔道士が臼魔道士になっての授業料が安く思えるほどである。
さすがに理不尽だと抗議しようと思ったらすでに永琳はいなかった。
が、幾ら戦えない身になっても気配ぐらいは探れる。
外の扉が開き、そこからぞろぞろと彼の見知った者が入ってくる。
「忍者ー!あ、あんた、なんで地底じゃなくてこっちにいるのよ妬ましい!!」
「んんんんんんんんんんん!!!!!!!大丈夫ぅぅぅぅうううううううううううう!!?」
「あわわわわ、忍者さんがとても大変な事に!?」
「うおー!ノブオかっこいい!まるでミイラじゃん!」
「だー!騒ぐんじゃねぇ傷が響くだろうが!あと不破うるせぇ!!いっでぇぇぇぇ!?触れるな抱きつくな耳元で叫ぶなぁぁぁぁ!!」
「はー本当に騒がしい馬鹿ばかりだな。少しはエルドくんの配慮もしてほしいところだ(*´_ゝ`)」
「エルドしゃん、次はここにお薬を運ぶでしゅ(´・ω・`)」
その騒がしさは止まる事を知らない。
永遠亭で静かにいる方が少ないのだ。誰もが生き残れた事に喜び、涙し、騒がずにいられない。
だから彼らが騒がしくいても、気に留める者もいなかった。
「はぁ……それでもちょっとは静かにしてほしいけどね」
コルセアの衣装ではなく、幻想郷の私服でもあるブレザー姿の鈴仙はそんな冒険者達を少しだけ見ていた。
戦いが終わって戻ってくれば、いつも以上の騒がしい永遠亭。
休もうにも休む暇もない。幻想郷は復興に向けて誰もが忙しいのだ。
「おっと、鈴仙見っけ」
「ん?てゐじゃない。どうかしたの?」
「ちょっくら薬品届けに行ってくれない?私は別件で用事あるからさー」
振り向けば小さな兎妖怪であるてゐからガチャリと重そうな箱をいきなり手渡しされた。
中身は永琳特性の薬品セット。丁寧にも妖怪の山宛と箱に書かれていた。
「なーに?あんたサボるわけじゃないでしょうね?」
「んなわけないウサ。永遠亭の再設計に携わるだけウサ」
やや半眼でてゐを睨むが、その言葉に嘘はないだろう。
壊れる前の永遠亭の改造に手を出しているてゐは永遠亭の構造を把握している人材だ。
辛うじて患者を泊める場所には屋根があるとはいえ、それ以外の部屋には屋根がほとんどない状態なのだ。
いつまでも永遠亭を壊れたままにしておけないため、設計のできるてゐは必要不可欠なのである。
しかし胡散臭い口調からまた何かいらないモノを付け加えそうだと鈴仙は思った。
「わかったわよ。その代わり、ちゃんと直しておきなさいよ?」
「この因幡てゐ様にかかれば以前よりも凄い永遠亭を作ってやるウサ」
どうせ侵入者対策の罠を更にグレートアップなのだろうが、下手にお客様にも迷惑がかかるような罠をつけていたら永琳の折檻があるので気にしない事にする。
永遠亭から竹林に、竹林から幻想郷の世界へ。
ヴァナ・ディールに行った日が遠く思えるような青い空を見つめ、鈴仙は向かっていく。
その手に自らの道を切り開く、ダイスを持って。
常に戦い続けていた冒険者や妖怪と違い、人里の住民はずっと避難をしていたので復興に特に役に立ったのは人間であった。
壊された家々の修理に始まり、外での炊き出しを行って飯を配っていく。
喫茶ベヒんもスの店長であるあやねは半壊した喫茶から食料を片っ端から用いれて料理をする日々だ。
幸いと言っていいかもわからないが、家が潰されても中にあった食料や家具などは無事な者も多く、人里が復興する頃には食料の問題も今の食材で何とかなるという見解だった。
そんな中、慧音は戦いの余波で崩れかけた寺小屋を見て溜息を吐く。
長年を共としてきた学び舎であり、自分の家でもあったのが壊れるのは誰だって落ち込むだろう。
ましてや物事には優先順位というものがあり、壊れかけた学び舎よりも貧弱一般人の住民の家を新しく建て、更に農作物を育てる畑も新しく耕さなければならない。
影が薄いと言われて嘆き悲しんでいた秋神の姉妹も、次の秋に向けて大忙しなのだ。秋の農作物が豊作ではないと飢え死にする者がでかねないからだ。
つまり、壊れかけた学び舎が修理されるのは何時になるかも分からない。
途方に暮れるとは正にこの事だ。
「おwwwwwwwwwwいたいたwwwwwwwwwww」
「慧音先生チースwwwwwまたここにいたのかwwwwwwwww
・えちょ 未練たらたらすぎるだろいい加減諦めろよワロスwwwwwwwwwwwwwwミスwwwwwwwwwwwwwチルって最近聞かなくねwwwwwwwwwwww」
草を生やしながら近づくのは痛風と糞樽だった。
糞樽のほうは愛用であったレリック装束の帽子ではなく、お古のアーティファクトの帽子を被っている。
「そろそろ時間だぜwwww子供たちも待ってるからよwwwwwww」
「内藤もいるからガキども先にやってるかもしれねぇけどなwwwwww主に遊ぶ事にwwwwwwwwww」
人里の住民の多くは命蓮寺に仮住居として住んでいる。
中身の空間は白蓮の法力によって幾らでも広げる事もできるため、白蓮の計らいによって部屋の一室を寺小屋として使わせてもらっているのだ。
もうじき授業の時間になるというのに、痛風と糞樽は戻ってこない慧音を迎えに来たというわけである。
「それは大変だな。よし、命蓮寺に戻るぞ」
糞樽の言葉を聞いて慧音の頭には内藤と子供達が一緒に遊んでいるのがすぐに浮かぶ。
人里を歩けば人も妖怪も関係無く、互いに協力し合っての復興をしていた。
建築が得意な鬼も、今では地底から天界まで大忙しだ。
この時ばかりは地底の妖怪が地上に出るという禁止は特例として解かれている。
「はああああああああ!パーフェクトフリーズ!!」
「うはwwwwwwwwグレイズ回避wwwwwwwwwww」
命蓮寺の一室に戻ればチルノと内藤が弾幕ごっこをしていた。
ギャラリーとなっている者は野次を飛ばしながら応援している。応援の大半がチルノであった。
「お前達は!神聖な場所で!何を!やっているかぁぁぁぁぁぁ!!!」
ゴンゴンゴンゴンゴン!
あまりの速度に近づいてから頭突きをするという動作が熟練の冒険者である糞樽ですら見えなかった。
後に残るのは額にコブを幾つも作った金髪の雑魚と氷精の雑魚だけであった。
「痛風ちんおかえりにゃ!ご飯にする?お風呂にする?それとも……」
「【せっかくですが遠慮します。】wwwwwwwwwwwwww」
「まだ全部言ってないにゃ~><」
「じゃあ、何を言うつもりだったのよ猫^^^^^♪♪」
これでは授業をする空間ですらない。
いつまで経っても騒がしいままの教卓の中、慧音は苦笑を隠しきれずにいても、平和である事を噛み締めていた。
そして冒険者がバザーなどで使っていた集会所では、一人の少女が歌っていた。
二つの想いが重なる時、如何なる困難であっても乗り越えられるという、勇ましい歌だ。
聞く者に勇気を与え、活力を漲らせる歌は人里中に響いていく。
ミスティアが歌を終えれば、ふと気づいたように近くにいた男に話しかけていた。
「リューサン!」
「うわっと、みすちー!?」
見慣れた紫プラモのような鎧ではなく、薄地のシャツとズボンの格好している。
特徴的な竜の兜はそのままだが、それ以外の鎧は損傷が激しく修理に出しているのだ。
幻想郷を探してアーティファクトという失われた製法の防具を修正できるのは香霖堂の主人である霖之助だけだ。
相棒のmikanは欠伸を掻きながら暢気に寝ている。陽気な気温に眠気が誘うのだ。
今はラフな格好をして人里の復興に従事しているのだが、ミスティアはご立腹な顔をしていた。
「んもー。ちゃんと私の歌を聴かなくちゃ駄目じゃない!」
「い、いや、みすちー。ちゃんと歌は聴いていたぞ?聴きながら作業をしていたが」
どうやら作業に夢中になって歌を聴いていないと思っていたらしい。
冒険者であるリューサンにできる事は限られている。
精々齧った程度の木工で伐採された木を削って、家の材料として加工する程度だ。
しかしこれが手作業になると時間もかかるし、難しい。
ヴァナ・ディールでは普通に使われているクリスタル合成があるが、クリスタルが貴重な幻想郷ではホイホイと使う事ができないのだ。
「じゃあ、今度はしっかり聴いてね」
いったい何処から覚えたのか分からない歌詞で歌い始める。
その曲を聴いていると、リューサンは不思議と懐かしく思えた。
初めて聴いた曲だというのに、誰かと誰かが繋がるのは自分と誰かと歌うためだと分かる内容だ。
気づけばリューサンも歌詞のフレーズを聴きながら一緒に歌い始める。
たどたどしく、それでも生きている者はみんな繋がっているのだと感じながら。
香霖堂は奇跡的にだが、アビセアンの襲撃から免れていた。
主人の霖之助は柄にも無く神様に感謝の言葉を捧げるほどであり、彼の集めたガラクタとしか言いようの無いものはほとんどが無事だ。
霖之助が現在しているのは冒険者の使うアーティファクトの修理だ。
なにせ異変解決のため、ナグモラーダと戦った者達のほとんどの防具が損傷している。
アーティファクトの修理が可能なのは彼だけであり、戦いが終わってから幻想郷にいる冒険者からも纏めて修理の依頼をされたのだ。
お陰で商売は繁盛はするが、これでもかなり忙しい身でもある。
一つ一つの防具を丁寧に修理し、眼鏡を外して目をほぐす。
まだ先は長い。
一休み気分にレジのほうに向かうと、珍しく客がいるようだった。
「やぁ、店主。邪魔しているよ」
「これは珍しい客人だ。まさか命蓮寺の方が来てくれるとはね」
ナズーリンが香霖堂に展示された商品を物色していると、霖之助に軽い挨拶をする。
世間に疎い霖之助でもナズーリンの事は知っている。
主な情報源は魔理沙の話と天狗の新聞からだが、人里に出来た寺の関係者だと記憶している。
「しかし今は人里は大変だろう。時間はいいのかい?」
「何、必要なものがあってこそ、ここに来ているのさ。私が求めているのは今の人里にはないからね」
ゴチャゴチャとしている品物は霖之助のちょっとした物臭の影響だ。
仕入れたものを片っ端から陳列しているため、霖之助本人でも時折、何処にどの品を置いたかが分からなくなる事もある。
時には売り物ではない、霖之助の私物すらもまぎれているため、この辺りが本当に商売をする気があるのかを疑問視されているところなのだ。
「ああ、これだこれ」
どうやら目当てのものが見つかったようだ。
幾つかの紙を纏めてコンパクトに情報を纏めやすくする品物。
霖之助は手帳、と名前が分かっているものだ。
外の世界の代物なのだろう。高品質な紙を使われているため、確かに人里にはあそこまでの品はないかもしれない。
「しかしいったい何に使うんだい?」
「何、ご主人がちゃんと物忘れをしないためのものさ。おっと、これは秘密で頼むよ?」
どうやら何かとうっかりしがちな彼女の上司のために、うっかり癖を直すために与えるらしい。
手帳に随時自分の行動をメモし、そこから何か抜けている所がないかを確認するためだろう。
しかし、うっかり癖があるなら肝心の手帳すらも無くしてしまわないだろうか?
霖之助はそう思いながらも、ここで言ってしまえばせっかくの品物を買ってくれるチャンスを失ってしまう。
商売人としてちゃっかりしている霖之助は料金を貰い、ナズーリンは店から出る。
店の外には彼女の飛竜であるクビラが元気に飛んでいた。
「待たせたね。さぁ、行こうか」
「くるぅぅぅぅぅ!」
共に飛びながら幻想郷の空を行く。
再び世界が分かつ事になろうとも、契約を結んだ二人は果てるその日まで永遠に一緒だ。
子が親と共にいるのが嬉しいと思える感情を出す飛竜にナズーリンは笑みを浮かべながら、幻想郷の竜騎士は仕えるべき主の下に戻っていく。
冥界にある白玉楼。
屋敷の修復もままならず、美しかった庭は見る影もなく荒れ果てている。
本来は裁きを受けるまでの間、安らぎを得るはずの亡霊たちが忙しく働いている。
さすがにここまで荒れている状態で安らげと言われても無理な話であり、結局やる事もない以上は白玉楼の復興に力を貸すしかなかった。
「幽々子様、起き上がっても!?」
「大丈夫よ。それに、せっかくだから見送ってあげないと、ね?」
異変の最中に苦しみ続けていた幽々子は起き上がっていた。
幻想郷に平和が戻った後もしばらく寝込み続けていたが、急に起き上がったのも理由があった。
妖夢を引き連れながら半壊した屋敷の中を歩き、外に出れば冥界で唯一の純粋な二人の人間がいる。
外の世界、ヴァナ・ディールとも違う別世界からの来訪者であるカイ・キスクとライトニングだ。
彼らの身体は異変が終わってから薄くなり始めている。
これは、彼らが元の世界に戻ろうとする前兆なのだ。
「幽々子か。もう起き上がっても平気なのか?」
「お陰様で大丈夫よ、ライトニング。お別れね」
「幽々子さん、妖夢さん。今までお世話になりました。このご恩は決して忘れません」
なぜいきなり彼らが元の世界に戻るのかは分からない。
しかし感謝をしたいのは妖夢のほうだ。
あの異変の中、彼らの力が無ければ間違いなく白玉楼は落ちていたのだから。
「いえ、礼を言いたいのはこちらのほうです」
「謙遜するな、妖夢。お前の剣にはこっちも助けられたさ」
「ええ。私もそう思います。良き師に恵まれていたのでしょう……迷い無き太刀筋でした」
あまり付き合いとしては深くは無いが、共に剣を交えたからこそ分かるものもある。
そして、ライトニングとカイの身体が消えて無くなろうとする。
「セラ……ようやく、みんなの……」
「忘れませんよ。この地にあった戦いを……」
最初からそんなものはなかったと言わんばかりに静寂が訪れる。
彼らは本当に元の世界に戻れたのだろうか?そう思いながらも、妖夢は後ろから抱きしめられた。
「うわ、わぁ!幽々子様、何を!?」
「んー。ご褒美?ふふっ、よく頑張ったわね」
頭を撫でながら幽々子は微笑む。
一流剣士であるカイが迷いの無いと評するほどの太刀が見れなかったのは残念だが、
出会い、そして試練を乗り越えた者の成長を間近で見れた事に幽々子に喜びは隠せなかった。
一方で幻想郷中が復興されている中、一向に兆しが見えないのが紅魔館であった。
なにせ働いている多くの者が妖精メイドであり、掃除すらも役に立たない者が多いのだ。
加えて元の世界に戻ってから、屋根のない崩れた館で吸血鬼の主はとても苦労する事に繋がってしまう。
朝には屋根のある崩れかけた図書館か、地下に篭もるしかなく、夜になれば紅魔館の主であっても復興作業の手助けはしなくてはならない。
建設に定評のある鬼も紅魔館に力を出せるほどの余裕もなく、寂れた廃墟と化しているのが現状だった。
「あややや~。これはどうなるんですかね」
「どうなるんですかねぇ」
門番をしている状況でもないため、美鈴は片っ端から崩れたレンガを運んでいる。
まともに働けるのは美鈴、咲夜、小悪魔だけであり、主のレミリアと妹のフランは朝だと日傘を指しながら作業するなど無理であり、パチュリーに至っては喘息持ちなのだから体力仕事をするのは酷というものだ。
加えて咲夜は紅魔館の食事係であり、小悪魔はパチュリーの世話役だ。
図書館の何万冊という本が崩れ、小悪魔が一人で整理している今、必然的に朝で復興作業できるのは美鈴だけになってしまうわけである。
「ファイナルタツヤさんも人里に行ってますし、正直これ私一人でやるとか無理ですよね……文さんのほうから手助けの要請は……」
「無理ですね。アリスさんは自宅のほうに行ってますし、河童は妖怪の山で作業があります。ついでに天狗のほうも手助けできませんよ。どこもかしこも自分の事が精一杯ですから」
「ですよねぇ……はぁ」
哀愁のある背中だった。
文からすればいっそのこと、崩れた部分を綺麗さっぱり消し飛ばして新しく建て直したほうが早いんじゃないかと思うほどだ。
「今回の異変について紅魔館からの取材をしようとしたんですが……」
「すみません、今忙しいんで……ノルマこなせなかったらお嬢様にどやされますし……」
「仕方ありませんね。また夜にお伺いしますよ」
文のやっている事は情報を幻想郷に分散させる事だ。
異変が起きた時、なぜそうなったのかを異変に関わらなかった者は知りたがる。
同時に、今回の被害は過去に類を見ないほどに大きい。
何処が被害が大きく、何処に助けを求めているのか。
幻想郷最速と名高い文が取材して情報をまとめ、それを幻想郷中に知らせるのも大切な仕事なのだ。
そのため、彼女が一番書きたいと思うネタを書くのは暫く後になりそうだと思う。
頭の中には、勇敢な二人の冒険者が一柱の神様と一緒になって妖怪の山の神社を守り抜いたという構想を練っていた。
所変わってアビセアンによって全壊に等しい博麗神社。
しかし、鬼の技術によって簡易だが、住める程度の家と神を祭る祭壇と賽銭箱は設置されている。
神社の巫女である霊夢は、暢気にも家の中でお茶を啜りながら気楽に過ごしていた。
元より妖怪退治と結界維持が主な仕事である彼女にとって、する事もないのだから当然だ。
ルーミアは元気に外で遊んでいる。
重症の身になったと聞いたが、その話が嘘のように動いているのだから問題ないだろう。
「あらあら。暇そうにしているわね」
「あんたほどじゃないわよ」
霊夢の言葉にまるで心外だと言わんばかりに扇子で頭を叩いた。
後ろから隙間を開いて上半身だけ飛び出たのは紫だ。
戦いによって失った右腕はすでに治っている。
妖怪の治癒力だけではなく、紫の能力を駆使すれば失った部位を取り戻すのはどうという事もない。
ただ幻想郷に戻ってから、紫は召喚術を失ってしまった。
元々は世界を守るために契約して得た力だ。
契約が果たされた今、紫の元からヴァナ・ディールの守護者である力を失った。
アーティファクトに似た導師服は込められた魔力を失い、今では見慣れた紫色のドレス姿になっている。
「そんなわけないでしょう。ヴァナ側にも説明をしなくちゃいけないし、外の世界から有事の際の食料も調達しないといけないのよ?やる事が多すぎて困っちゃうぐらいだわ」
幻想郷に帰ってきてからというもの、特に忙しさを増しているのは紫だった。
何せ幻想郷の復興だけではなく、ヴァナ・ディールにも此度の異変についてにヴァナ側の国家の指導者との話し合いに参加しなければならないのだ。
もはやヴァナ・ディールのほとんどの住民が異変によって幻想郷という存在を知っている。
いや、幻想郷だけでもなく、地球という別世界にすら知ってしまっただろう。
世界と世界を行き来できるのは隙間を操る八雲紫だけであるが、幻想郷にはヴァナ・ディールでは行方不明となった者が多くいる。
そういった者達がどうなっているのかという説明もしなくてはならない。
確かに自由に世界を行き来できるのは紫だけだ。
だが、ヴァナ・ディールという世界は幻想の存在が幻想ではない、言ってしまえば奇跡という体現が可能な世界でもある。
特に魔法に特化された国家であるウィンダス連邦が魔法によって幻想郷の道を作って、行き来できるという可能性も不可能ではないのだ。
そうなってしまって最悪なのは戦争だ。
何せ一年以上も行方不明となった者もいるのだから取り返すために武力を示そうとする者も少なくは無いだろう。
「外の世界、ね……幻想郷みたいにアビ……なんだっけ?そいつらが暴れてたらしいけどどうなったの?」
「どうもなっていないわ」
「えっ」
「所詮、幻想郷と繋がったヴァナ・ディールでの異変に過ぎない。外の世界でアビセアンは現れたという現象が忘れられたのよ」
神竜の戦いから受け取った光の想い。
その想いから外の世界でもアビセアンが暴れていたのを知っていたが、紫が外の世界に移動して見た光景は、何も変わらない人間達だけが住まう世界だった。
立ち並ぶ高層ビル、行き交うのは鉄の車、元気に学校へと登校する子供達。
最初から異変など関わっていなかったような光景だけが映った。
今回の異変はヴァナ・ディールと幻想郷が融合し、幻想郷で蘇った者の起こした異変だ。
つまり、異変が解決されれば何も関係の無い外の世界では、アビセアンが襲来したという部分が無くなってしまうのである。
一部の者は異変の事を覚えているが、夢の中で出来事だと認識しているのがほとんどだ。
「なにそれ……ずるいわねぇ」
「本当にね。苦労するのはいつだって私達だわ」
それでもそれが外の世界の住民の強みなのだろう。
過去は過去として忘れ去り、どんな時でも未来に進んでいける力を持つ。
そういった力があるからこそ、霊夢達が戦っていた時に光の力の一つとして役に立ったのだから。
「で、なんで紫がここにいるわけ?」
「そうね。ブロントさんか……魔理沙がいれば面白い話を聞かせてあげようかと思ってね」
冒険者であるなら誰もが興味を抱かせる話だと紫は語る。
ヴァナ・ディールで指導者との話を整理するのにアルドと会話し、その時に興味深い話を聞いたのだ。
霊夢は興味をなさげに聞いていた。そういった話は冒険好きの冒険者に聞かせてあげればいいのだ。
霊夢も冒険者をやっていたとはいえ、やっぱり自分は家の中でゆっくりと暮らすほうが性に合っていると思っているのだから。
ほら、紫のお目当ての人物が帰ってくる。
片や人里の依頼を片付けて、ルーミアを肩に乗せる謙虚な騎士。
片や森にある家の片付けが終わったらしい黒白の魔法使い。
紫の口が開く。
その話が、また新たなる物語を紡ぐのだと霊夢は確信しながら。
★
少しだけ時間が戻って、異変が終わった直後の外の世界にある日本という島国。
京都という街があり、その大学に通う二人の女子学生が歩いていた。
大学の近くにある喫茶店。
こじんまりとしているが、店内は常に清掃されていて、何よりも落ち着きのある装飾がされている。
白を基調とした壁、今となっては珍しい木製の床。
なによりも店内から見た窓際の位置だと京都の町並みを見れる位置にある。
宇佐見蓮子はその喫茶店がお気に入りで、大学に通い始めてからのお得意様だ。
大学の授業が早く終わり、友人のマエリベリー・ハーンと一緒に食事をするために来たのだ。
店内に入ってからウェイトレスに案内され、人気の高い窓際の席に座る。
時間的に昼時なので、昼食メニューを渡された。
値段もリーズナブルで学生の身としてありがたいものだ。
「えーと、カツサンド二人分とヘルシーサラダ、あと紅茶二つください」
蓮子が注文を取り、ウェイトレスがすぐにキッチンに向かっていく。
手間のかかる料理ではないため、すぐに来るだろう。
窓から街を見ればいつも通りの光景が広がっている。
機械的に進んでいく京都は自然が少ない。
いずれ、植物が一つも存在しない冷たい街になってしまうのではないかと錯覚してしまう。
「あーそうだ。メリー、今日酷い夢見ちゃってたさー。世界が終わっちゃう夢とかやめてほしいよね。今日は午前だけで助かったよ」
よく見れば蓮子の目元には隈が出来ていた。
整った顔立ちの少女のため、一際目立っていると言っていい。
あまり化粧のしない蓮子であるが、さすがに隈ができるほどだとごまかし程度の化粧はする。
寝不足と言っていいほどであり、喫茶店から自分の家に戻るとそのまま爆睡してしまうだろう。
「……ううん。それは夢じゃないと思う」
「えっ?それってどういう……おっと、来た来た」
ウェイトレスが注文を持ってきた。
ヒレカツを挟んだサンドイッチにサラダ、そして空腹を刺激するような匂いがする紅茶だ。
メリーが気になる事を言っていたが、蓮子の頭の中で食べる事でいっぱいだ。
眠いがそれ以上に空腹なのである。
値段が安いが、悪くない味とソースの味付けがされたカツサンドを頬張り、胃を満たしていく。
サクリと柔らかな肉を堪能しつつ、紅茶を飲んで一息付き、メリーのほうを見ればテーブルに一冊の本を出していた。
奇妙な本であった。
赤と白の陰陽を表すような表紙であり、題名が書かれていない。
それもかなり分厚く、大きかった。
図書館であるような専門書ぐらいの大きさはある。
「これを読めば、わかると思う」
メリーに言われるままに蓮子は本を開いた。
文字は日本語。
多少古い言い回しがあったものの、純日本人の蓮子には問題は無い。
内容は騎士と巫女の出会いから始まる物語だった。
違う世界から来訪した騎士が異なる土地で数多の者と出会い、数多の困難を潜り抜け、数多の絆を深めていく。
そして騎士が来訪した世界が問題であった。
蓮子とメリーが所属するサークルである『秘封倶楽部』は幻想となったオカルトを探しだし、その本命は幻想郷を見つけ出す事。
そう、メリーから渡された本の物語の舞台は幻想郷なのだ。
それを裏付けるようにメリーが夢を見る事で幻想郷の世界を知り、その土地でもあった博麗神社、人里、妖怪の山など至る所に幻想郷のキーワードが書かれている。
頁を早送りしてみれば、世界が壊れるという蓮子が夢で見たものが実際に起きていたものだと分かってしまう。
「こ、これ……何処で手に入れたの!?」
「え、と……私もたぶん、蓮子と同じ夢を見ていたんだけど……夢の中で気絶をしてからかな」
世界の持つ境界線が崩れ、世界が終わっていく瞬間を自分の持つ目で見てしまい、意識を失った所までは覚えている。
そこからメリーは人知れぬ場所を歩いていた。
数を数えるのも愚かしいと思える本が陳列された場所を無意識のまま歩き続け、そこでメリーは出会ったのだ。
姿もはっきりと覚えていない。だけどとても綺麗で、暖かいと思った何かがいた。
その何かから本を受け取った。
そこから先もメリーは覚えておらず、夢から覚めればメリーの隣には本があったのだ。
「不思議な事も、あるんだね……」
蓮子の脳裏に浮かんだのはアカシック・レコードという言葉だ。
この世には運命という定められた結末が存在し、そうした結末という情報が全て記録されている場所をアカシック・レコードというのだ。
もしかしたら現実に起きたかもしれない夢の狭間から、メリーはそうした場所に迷い込んだのかもしれない。
メリーと出会ったのは同じようにアカシック・レコードに来れる者か、その場所を管理する者か、もしくは正真正銘の『神』と呼ばれる者かもしれないと予測する。
喉に乾きを覚えて紅茶を飲むと、ふと気づいた事もある。
「この本の題名って、なんだろうね」
もしもこれが世界の歴史の記録なら題名なんてものはないかもしれない。
だからこそ、蓮子は疑問に思えたのだ。
メリーにわざわざ手渡しをするほどなら、きっと物語としての名前があるはずだと。
「うん、これをくれた人が教えてくれたよ。この本の題名は――――」
結末を知る者は外の世界でただ二人。
しかし物語の中の住民は語り継がれていくだろう、その物語の名は――――
東方幻想鉄~プロマシアの幻影~
最終章「東方陰陽鉄」
そして……
いつか、遠い日……
青く、広大な海にポツンと動き続けるのは船だった。
機械仕掛けで、飛空挺の登場からヴァナ・ディールでは寂びれてしまった船。
だが、これから向かう場所は飛空挺は使えない。元々空路がはっきりしていないと使用許可が下りないため、見知らぬ場所に赴くとなると船を使うしかないのだ。
鉄製の床が歩く度に響いていき、階段を登って扉を開けば視界は大海原が待っている。
右を見ても、左を見ても、前を見ても。
何も変わらぬ海の光景しか見えてこない。
そんな清々しいほどの光景を独り占めしながら、冒険者である彼は心を弾ませていた。
ヴァナ・ディールには幾つかの大陸があり、ほとんどが判明されている。
サンドリア王国、バストゥーク共和国、ウィンダス連邦、ジュノ大公国のあるクォン大陸とミンダルシア大陸。
アトルガン皇国のあるエラジア大陸、オーク帝国軍があるとされるラゾト大陸、幻の大陸と言われたウルジア大陸に、ミスラ本国のあるオルジリア大陸。
冒険者がいけないのはラゾト大陸、ウルジア大陸、オルジリア大陸であり、道が出来ていないためにまだ冒険する事はできない。
だが、突如として新たな大陸が生まれたのだ。
今も記憶に残っている、青い空が赤く染まり、世界中で魔物が大量発生した異変。
何とか大事に至らなかったものの、それでも全国の国家は今でも復興に忙しい。
始まりは偶然だったのだ。
ひんがしとの貿易をしていたブラック・マーケットである天晶堂の船が、航海の途中であるはずのない大陸を見つけたという事を。
最初は船乗りの見間違いか、幻だったと思ったらしい。
当然だ。海図を見れば海しかないような場所に、小さな島ならまだしも、大陸としか思えないものがあるなんて信じられない。
しかし調査を進める内に、正真正銘の大陸である事が判明し、世界は驚いた。
新たなる大陸が今更になって見つかるなどと、これもまた新たな何かが起こる前兆ではないかと危惧する者もいる。
だが、冒険者は違う。
誰も知らないような土地があり、その場所を冒険する事こそ誉れを抱く冒険者が共通するのはただ一つ。
新たに生まれた大陸を冒険し、自分だけの冒険譚を作り上げる事。
まだ大陸なんて見えてこないが、それでも抑えきれない衝動が身体を突き動かして外に出てしまう。
この船は天晶堂の保有するものだ。
今はどの国家も復興に力を入れる段階であり、新大陸に調査を出せる余裕はない。
そこで出番になるのは冒険者だ。
信頼があり、力のある選りすぐりの冒険者達がこの船に乗っている。
カンカンと足音が鳴り、後ろを向けば少女が船の中から出てきたようだ。
どうやら彼女も、居ても立ってもいられずに外に出てきたようだ。
しかしながら冒険者としては見慣れない格好だ。
黒いスカートに白いエプロンドレス。掃くことを目的とした箒姿に冒険者ではなく、魔法使いのような帽子がなければただの一般人にしか見えない。
だが、胸元に輝く《シグネット》の輝きが、少女もまた冒険者の一人だと分かった。
その証拠に彼女の横にはからくり士が使うオートマトンが一緒にいる。
そして少女のほうもこちらに気づいたようだった。
にやついた顔から、なぜここにいるのかも察したようだった。
「へへっ、お前さんも我慢できずに外に出た口かい?実は私もだぜ」
少女と言うには勇ましくも思える口調だが、その言葉には"楽しみ"という感情が込められている。
ああ、分かっている。
この少女は自分と同じだ。
未知なる世界に挑み、未知なるものを体験したくて堪らない、そんな人間なのだ。
「凄いもんだよな、人間って。まだまだ大変な時期だっていうのに、それでも目的のためなら幾らでも力を発揮できるんだから」
確かにそうかもしれない。
冒険者が自由人と言っても、全てが全て、自由にできているわけでもない。
ただでさえ国家の維持に力を入れている状態にもしも獣人が攻めてくればタダでは済まないだろう。
「私は、人の力なんてちっぽけなもんだと思ってた。どれだけ頑張っても吹けば終わってしまうようなもんだと、心のどこかで思ってた。
でも、違うんだよな。
人間は……いや、生きているのはみんな強いんだ。強いって事に気づかないで、諦めてしまう奴が本当に弱いんだ。それをこの世界の住民に、みんなに教えられたよ。
……なんで今日知ったお前に話してるんだろうな。すまん、忘れてくれ」
独り言のように少女は甲板の前に立つ。
じっと見つめる先に彼女が待ち焦がれる何かを見つけ出すために。
そして、ガタリと少女の身体が動いた。少女の顔は笑って、武者震いのように身体が震えている。
「見えた!見えたぞ!!」
気づけば自分の身体も甲板の前に来ていた。
まだ、見えない。少女の目が良いからなのか、大陸の姿が見えない。
少女の大きな声に引き寄せられたのか、船の中にいた冒険者が次々と甲板に出てくる。
「おいィ?俺の視界には何も映らないんだが……」
「だー!なんでエルヴァーンとガルカとヒュームばっか前にいるんだよ!タルタルにも配慮しろっての!!」
「何処だー!新大陸!」
「あ、イルカが見えた」
「ブロ――さん!何か見えたか!?」
「おー、ここにもイルカっているんだな」
「……それ、ギャグか?」
「えっ?」
「おい、押すなっての!?海に落ちる!」
種族も、性別も、所属する国家すらも違う冒険者達。
それでも彼らが共通するのは未知なる土地に足を踏み入れるためにここにいる。
そして、段々と彼らの視界にも新しい大陸が見えてきた。
あれこそがヴァナ・ディールで突如として生まれた未知なる大陸。
「見えたぜ!あれが――」
そこに、新たなる物語が始まろうとしている。
「あれが、新大陸――エオルゼアか!!」
少女の声が響くと共に冒険者の歓声が広まる。
もはや次なる物語は目と鼻の先にある。抑え切れない笑みが浮かんで熱意が燃え上がる。
新たなる大陸に夢を見て、機船は母なる大地と名づけられたエオルゼアに向かうのであった。
こうして、ひとつの物語は、静かに幕を閉じた。
だが、今日もまたきっと、どこか世界のかたすみで、新しい物語が紡がれようとしている。
伝説の、あらたな一頁が。
夢みることを決してあきらめない、誰かの手によって……。
そしてその時、そこにはきっと、どんな嵐の夜をもつらぬいて輝く一つの星があるだろう。
どんな獣の叫びにも消されず、流れるひとつの歌があるだろう。
漆黒の闇に輝く、無数のクリスタルの輝き。
おお、輝け、星よ!響きわたれ、唄よ!
われらが夢と祈りよ。
かの地の名は、ヴァナディール。
忘れじの、ヴァナ・ディール……。
こうして
一万年に続く幻影は終わり
男神が抱き続けた呪縛を打ち破り
全ての終わりが閉ざされる事となった
幻想郷
ヴァナ・ディール
二つの世界が繋がった物語
東方陰陽鉄という世界に
ありがとう
この物語を見てくれた者たちに
ありがとう
世界に在りて君は何を想うのか
そこに確かな絆が生まれていくのを信じている