霧雨魔理沙は、手元の魔法の書物を手に持て余しながらモグハウスのベッドに寝転がっていた。
埋れ木を探しにシャクラミの地下迷宮へ行き、命がけで帰還してすでに三日経っている。
何とか埋れ木を採掘し、シャントットからの依頼を果たした。
ようやく報酬を貰った霊夢達であったが、魔法の書物見て魔理沙は溜息を付いた。
「まだまだ使えないぜ…」
シャントットが適当に選び、渡された報酬品。
その魔法の書物スクロールには"ファイガ"と"デジョンⅡ"、"スリプガ"であった。
"ファイガ"は、単体の火の魔法である"ファイア"を範囲にした魔法だ。
そして"デジョンⅡ"は、《シグネット》に記録した拠点に飛ばす、移送魔法。
最後に"スリプガ"は、範囲内の対象を眠らす事のできる弱体魔法。
しかし、それは冒険に慣れ始めたばかりの魔理沙には使えない中級レベルの魔法であった。
一番早く習得できる"ファイガ"でも、もう二回りは力量を高めないと使えない。
魔理沙は魔法の書物をモグハウスを管理するモーグリに倉庫に入れるように言った。
モーグリは移送の魔法を得意とし、それを利用した特殊な倉庫を可能としている。
そのため入れる数に限りはあっても大きさに関係無く預けられる事ができる。
「外にでるかぁ」
今、モグハウスにいるのは魔理沙と机に向かって何かを書いている射命丸文だけだ。
今日は冒険者の活動をやめ、お休みしている。
そのため、各自はやりたいように自由に行動している。
博麗霊夢は何処かで茶を飲んでるか、魂魄妖夢はいつも通り鍛錬に励んでいるか…。
今の文には声をかけないほうがいいだろう。
幻想郷でも一度集中し始めた状態に声を掛けたら途端に機嫌が悪くなる。
触らぬ神に祟りなし。
こっそりとモグハウスを抜けだし、魔理沙はウィンダスの空気を吸いながら歩いて行った。
東方幻想鉄
第二・五話「私、不良だからよ休暇中でも合成をこなすし、鍛錬もやる」
ウィンダス水の区にある調理ギルドは、世界でも有名なギルドだ。
数々の傷跡を残し、今でもその影響がある二十年前に起きた水晶大戦。
その大戦から、数年後に平和祭典がウィンダス連邦各地で催される様になると急速に料理の需要が高まり、全国から調理師が集まって来た。
そのグルメブームにウィンダス連邦は好景気となっていった。
調理師のアロンマイロンは天晶暦870年(大戦終戦から六年後)に調理師の地位向上の為に好景気の波に乗りながら調理ギルドを結成した。
更に数年後、これが切っ掛けとなり全国から数多くの調理師が加入し支部が全国にできる程に規模が大きくなった。
そしてウィンダス連邦の調理ギルドはいわば本部であり、調理師を目指す者なら誰もが憧れるギルドなのだ。
魔理沙は大きな袋を持ちながら、その調理ギルドの扉を開く。
調理ギルドはただ料理をするだけではない。
クリスタルを用いたクリスタル合成で調理をする事もあるのだ。
元素の力を加えられたクリスタル合成で調理された料理は、普通の料理より体に良い効果を与える。
ギルドはそうした技術をギルドに加入した者に伝えて行く。それが冒険者であっても。
魔理沙もヴァナ・ディールに来てから調理ギルドに加入している一人であった。
「マリサじゃないか。今日はどうした?」
出迎えたのはエルヴァーンの青年だった。
首と手足が長く、スラリと細く見えるその肉体は頑健そのもの。
その精悍な顔つきは女性なら思わず見惚れてしまうだろう。
「おいおい、冒険者がギルドに来たらやる事なんて一つだぜ。ジャコドー」
ジャコドーと呼ばれる青年はニヤリとする。
彼はギルドで働く調理師であり、合成をする冒険者をサポートする者であった。
その顔立ちと誇り高く、一部では驕慢とも取られるエルヴァーンの割には、気さくな口調でよくしてくれる事から人気が高い。
「だろうな。今日は何を持ってきた?」
魔理沙は袋からクリスタルと魚を取りだす。
クリスタルは薄い緑色をしている。風のクリスタルだ。
「魚か。それでいいのか?」
「安かったからな。結構買っちゃったぜ」
ウィンダス港にある漁師ギルドでは、安価で魚を買う事ができる。
クリスタルのほうは《シグネット》に記録されている討伐した魔物によって支給されるものだ。
「じゃあ、魔法をかけるぜ。…照れずに俺の目を見て」
魔理沙とジャコドーの目が互いの姿を映す。
見た目は整えられている二人だ。こうした姿だと絵になっている。
いくら魔理沙と言えどもジャコドーの顔が近いためか、ちょっと照れてしまう。
魔理沙も女の子。端正な顔立ちがしたエルヴァーンが顔を近づけて「照れるな」と言われても無理な事だ。
今ジャコドーは、合成を成功しやすくするために魔法をかけている。
集中力を上げ、イメージを頭の中で明確にしやすくする暗示のようなものだ。
魔法をかけられた魔理沙の頭はいつもよりもすっきりとしていく。
クリスタル合成は普通に何かを作るのと違い、器具や手順を必要としない。
作るモノの明確なイメージと本質があれば、材料次第で何でも作る事が可能だ。
錬金術を極めた者は錬金術師や魔法使いにとって、一つの到達点である賢者の石すらクリスタル合成で作る事ができる。
「しかし、君も頑張るね。他の冒険者も見習ってほしいぐらいだ」
魔法を掛け終えジャコドーはコンロに向かい、フライパンを片手に調理し始める。
彼は調理ギルドの調理師だ。
隣にある音楽の森レストラン用の調理を作らなくてはならない。
「合成も中々楽しいからな。これも興味が尽かないぜ」
魔理沙は風のクリスタルを掲げ、"魔力"を流す。
元素の力が解放された風のクリスタルは結晶の形を失い、小さな風の竜巻ができる。
この空間に材料を加えれば合成が可能となる。
「ふむ……料理のできる女をアッピルと言った所かな?」
魔理沙は、息を詰まらせた。
「だ、誰が男にそんな!」
「なるほど、男だったか」
カマをかけられた。
悔しがる魔理沙に、その姿を見て笑うジャコドー。
「ま、頑張れ」
「何がだよ!」
完全にからかわれている。
そう気づいた魔理沙は、ニヤニヤとするジャコドーを無視して合成に入る。
持ってきた魚に風の元素が解放された空間に投下する。
頭にイメージをする。魔法をかけられた御蔭で完成品がイメージしやすい。
が、魔理沙の心に雑念が生じていた。
幻想郷に帰ったら、合成で香霖にでも食わせてやるかなぁと考え、あの物臭で鈍感な奴にいい感想は期待できないな、と改める。
やっぱ感想を求めるならブロントさんだな。さすがナイトは格が違った!!
合成は合成するモノ以外に、何かを浮かべると失敗してしまう。
それは作ろうとしているイメージが疎かになってしまうからだ。
合成の初心者はそうした事になりやすいため、ギルドのサポートを受ける事が多い。
「うわ!」
風の空間が一瞬で結晶化し、パリンとした音と共にクリスタルが砕ける。
合成が失敗してしまった。再結晶化した際に、クリスタルと共に素材の魚も消えてしまう。
それを見ていたジャコドーは何やってんだか…と言った顔で呆れていた。
合成を一通り終え、調理ギルドから出る魔理沙。
袋には切り身となった魚が沢山入っている。
釣りの餌として使うのもいるが食べる事も可能だ。数があるので夜食に回そうと魔理沙は考えていた。
「あれ?」
ウィンダスを歩きまわっていると顔見知りを見つけた。
「おーい、ルゥー」
手を振り、相手の名前を呼ぶ魔理沙。
それに気づいたのは、ミスラの女性だ。ウィンダスなら何処にでもいる猫のような種族。
「マリサ?偶然だね」
顔見知りの名前はルッ・ヅゥ。
冒険者を支援するガードだ。いつもなら鎖帷子を身に付け、門の前でガードの仕事をしているはずだ。
しかし、今の彼女は肩まで伸ばした山吹色の髪を纏めず、服もまるで下着のようなものだ。
大事な所を隠しているだけで、肌の大半を晒している。
「どうしたんだぜ?こんなとこで。ガードがクビになったか?」
「それは冗談にしてはちょとsyレにならんしょ…
今日のガードはお休みだよ」
どうやら彼女も休暇中のようだ。
「そうなのか。まぁ、それはいいんだけどよ…」
魔理沙はルゥの服を凝視している。
「いくらなんでも露出が激しくないか?」
「そうかい?」
正直、女の目から見ても今の彼女の姿は扇情的だ。
豊かな胸とそれをはっきりとさせる、くびれのある腰。
そしてキュっと引き締まった尻が実に艶やかだ。
魔理沙は自分の体を見る。そして溜息を思わず付く。
まだ成長期とはいえ、胸はぺったんこ。身長も高いとはいえない。
そんなお子様体型な自分に、目の前の"女"として完成されたルゥにちょっとばかり嫉妬した。
「僕達ミスラ族は自然の息吹を感じる事が重要だからね。ガッチリとした服とか、鎧は苦手なんだよ。
ガイアが僕にもっと息吹を感じ取れと囁いてるんだ」
ミスラは自分達の住む土地とそこから感じる事ができる自然の息吹を大事にする。
大地には偉大なる神が眠っていると考え、その息吹こそが自然の御身だと考えているからだ。
そのため、ミスラは自然の息吹を自分の体で感じ取るために露出をしているのが多い。
例外は冒険者のミスラだろうが、それでも自然の息吹を感じ取りづらい胴衣ローブや鎧を苦手に感じるのも少なくない。
「む。君の持っているのは魚かな?」
ルゥは魔理沙の持つ魚の匂いをかぎ分けたようだ。
「よかったら食べるか?」
「うん。ぜひ頂くよ」
切り身となった魚の数は多い。
ルゥと共に、ちょっと遅めの昼飯を食べる事にした。
クリスタル合成によって骨が綺麗に抜かれた切り身を食べて行く。
肉質がとても柔らかいため、軽く噛むだけでも魚のさっぱりとした味が口の中で広がる。
「やっぱり魚は美味しいね。僕としては生のままが良かったけど…」
ほくほくとした顔で切り身を食べて行くルゥ。
猫だけあってか、魚は好物のようだ。
「御馳走様でした」
「お粗末さまだぜ」
魔理沙も切り身は食べ終えたようだ。
次は塩で焼いて食ってみるかなぁ、と思っている。
「ボスもさー。やれガードたる者、もっとしっかりと規律ある格好になれとか、やれ休暇でも身だしなみは整えろとか口煩くて」
ルゥの話は仕事の愚痴であった。
どうやら彼女の上司は中々厳しそうである。
魔理沙の知りあいである、幻想郷の死神 小野塚小町と気が合うかもなと魔理沙は思った。
サボリストの彼女は例え上司の閻魔様に雷を落とされても懲りずにサボる、正にクィーン・オブ・サボリスト。
とはいえサボリストの彼女と違って、ルゥはキチンと仕事はこなしているのだが。
「そういえば、ルゥって真珠みたいなのを持ってたよな。あれってなんなんだ?」
初めてルゥと出会った時、真珠を取りだすとそれでぶつぶつと呟いていた。
それで霊夢たちの事を確認した時、一種の通信機みたいなものではないかと魔法使いの魔理沙とアリス・マーガトロイドは思った。
「ああ、これかい?これはリンクパールさ」
ルゥは腰にあるポーチから、真珠を取りだす。
「リンクパールはね、魔法の貝殻から採れる特殊な真珠なんだ。
同じ貝殻から採れるパールを持つと、離れている場所でも話す事が出来るわけ」
「【へぇー】」
どうやら予想通りのようである。
リンクシェルと呼ばれる貝殻から採れるリンクパールは、天晶暦563年に、ウィンダス連邦の初代手の院 院長メダダにより発明された魔法の貝殻だ。
今、現代で使われるのはそれを改良したものであり、貧弱一般人にも広く使われる代物である。
「私にも使えるのか?」
「誰でも使えるよ。ようは思念をパールに通じて送ってるらしいからね。詳しい事は魔道士じゃない僕にはよくわからないけど。
あ、これはあげれないよ?ガード用のパールだからね」
魔法の品を蒐集する癖を持つ魔理沙にとって、リンクパールは中々興味のそそる品だ。
それを感づいたのか、前もって釘を刺しておくルゥ。
「一応、リンクパールを採れるリンクシェルは売ってるには売ってるよ。そこから買えばいいんじゃないかなぁ?」
「いくらするんだぜ?」
「確か6000ギル超えてたかな」
「げっ」
それは中々の大金だ。
今、魔理沙達のパーティは金欠気味に陥っている。
装備の新調に加えて、特に魔法に金がかかる。
魔法の書物は一度使うとその書物に書かれていた魔法の字が消えてしまい、魔法の書物としての効果を失ってしまう。
そして黒魔道士の魔理沙、白魔道士のルーミアはまだかぶりようがないが、赤魔道士のアリスはその両方の魔法が使える。
そのため同じ魔法を二個買う事になるため、余計に金がかかる。
シャクラミの地下迷宮で大量に採れた宝石の原石や、ガラスの材料になる珪砂がそれなりに高く売れたとはいえ、
それでも六人分の装備となると金の掛かり具合が半端では無かったようだ。
「一つ思ったんだけどさ…」
「ん?」
ルゥは疑問に思った事を、魔理沙に聞いてみた。
「アヤだっけ?あの翼生やした子。…あれって本当に生えてるの?」
「【えっ!?】」
返答に困った。
文は幻想郷の妖怪であり、ヴァナ・ディールの世界では獣人に近い存在だ。
馬鹿正直に話したらややこしくなるため、どう答えればいいか迷い、魔理沙は答えた。
「あ、あれは。うん、飾りだ、飾り!文は翼を付けて、空を飛べると信じてる奴なんだよ!」
「そ、そうなのかい?」
「そうそう!だからあまり気にしないで欲しいぜ!」
我ながら何と苦しい嘘だろう。
すまん、文。と心で詫びながら、魔理沙の休暇は過ぎて行った。
★
くしゅん。
可愛らしいくしゃみをし、鼻を抑える文。
「誰かが噂でもしてるんですかね。人気者はつらいものです」
くだらない事を口走りながら、彼女は紙に何を書いていた。
それは彼女がこの世界に来てから集めた情報だ。情報ごとに整理し、書かれている。
幻想郷では文文。新聞を制作する妖怪の山の門番兼新聞記者である彼女は、情報とは如何に集め、それを分かりやすく纏めるかと考えている。
どれだけ情報を集めても難解であれば分かりづらく、情報を伝える新聞として役不足だ。
貧弱一般人でも情報を分かりやすく伝えるのが新聞なのだ。
「ま、こんなもんですか」
ペンを置き、腕を大きく伸ばす。
紙にはヴァナ・ディールで集められた情報と、この世界で冒険者となり、どんな冒険をしたかが正確に書かれている。
後はこれはどう面白く新聞にしていくかが新聞記者としての腕の見せ所だろう。
中身の残りが少ない酒瓶を手に持ち、一気に飲む。
喉で熱く感じる液体が通り過ぎて行く。安物とはいえ中々度数が高く、味も癖があって美味い。
「くぽ~。アヤさん、持ってきたクポー」
モグハウスに移送魔法の一種なのか、突然白い獣が現れる。
ぼんぼんを生やしたモグハウスの管理人。モーグリだ。
ぱたぱたと小さい翼で文の元に飛んでいく。
倉庫を開き、そこから大量の紙を取りだしていく。
「おお、ありがとうございます。これがヴァナの新聞ですか」
一枚一枚、紙を手に取り、読んでいく文。
文が読んでいく紙はヴァナ・ディールの新聞であるヴァナ・ディール・トリビューンだ。
世界に起きた事柄や、冒険者の活動などを取り上げている。
中には重要人物のスキャンダルなども取り上げているようだ。
「何処の世界も、新聞は変わりませんねぇ」
ネタが違うだけで文文。新聞とヴァナ・ディール・トリビューンのやっている事はあまり違いはない。
とはいえ参考になるのはいくつかある。
「詩ですか…そういえば、そうしたモノを書いてませんでした」
ヴァナ・ディール・トリビューンには吟遊詩人の詩が綴られている。
身分の違う、二人の男女の悲しき恋…らしい。
その次の号を見ると女性から中々好評のようであった。
「むむ!これは…絵でしょうか?物語と台詞のある絵とは珍しい」
文の見ているのは所謂、四コマ漫画であった。
幻想郷ではどこぞの姫を除いて漫画の概念があまり広まっていない。
そのためこんな新聞もあるのか、と感心していた。
「ふーむ、ネタだけでなく、遊び心を入れる事で親しみやすくしてるのでしょうか?いやはや勉強になりますね」
異世界の新聞に久しぶりに心が躍っていた。
自分の書く新聞とは違う、別の新聞を見て楽しく思えるのは初めてだ。
「くぽぽ。アヤさん、こんないっぱいの新聞どうするクポ?」
全ての新聞を出し終え、倉庫を閉じるモーグリ。
その量は、大きな山のように積まれている。
「当然、読みますよ。私の書く新聞を更に面白くするのに、参考にしなければなりませんしね」
「くぽ?!アヤさん、新聞記者だったクポ?!」
「ええ、訳あって、冒険者をやっていますが元のいた所ではそれなりに有名な記者でしたよ」
その有名は、良い意味か悪い意味かで結構分かれるのだが。
良い意味では、天狗達の書く新聞の中では当てになる程度。
悪い意味では、妖怪の賢者曰く「外の世界の文明を真似た劣化品」。
文にとって好きで新聞を作っているため、後者の意見はガン無視であるが。
「凄いクポ!応援してるクポ!」
「ええ、ありがとうございます。とはいえ、この量はさすがに骨が折れそうですねぇ…」
ヴァナ・ディール・トリビューンが発行されて、数年以上。
その年月が作り上げた山のように積まれた新聞を、文は黙々と読みだした。
★
妖夢は剣と盾を構え、目を閉じている。
鎧は身に付けていない。これはあくまで鍛錬だ。
自分の生きている部分から"気"を練り上げていく。
半人半霊…半分生きて、半分死んでいる妖夢にとって、生きている者なら誰もが持つ"気"は感じ取りにくい力であった。
しかしシャクラミの地下迷宮の冒険から一皮剥け、今では自由に"気"を練り上げれるまで成長した。
とはいえ、油断と慢心は禁物。
慢心は腕を鈍らせ、油断を招き、最後には死に招き入られる。
こうした毎日の鍛錬が、実践で生きていく…そう祖父に教えられた。
今、妖夢の頭で思い浮かべるのは、師匠である祖父の姿だ。
長い白髪を後ろで縛った老人。数多の刀すら及ばない鋭い、その眼光。
魂魄妖忌
妖夢の知る中で最強の剣客。老人でありながら、その肉体は極限まで鍛え抜かれている。
その強さはすでに別離して数年は経つというのに、明確に思い出せる程。
目を開ける。
妖夢の目の前に、"妖忌"の姿が映る。
イメージによって作り出した鍛錬の相手だ。
戦士となり、強さがリセットしている妖夢にとってこれほど鍛錬の相手に適任となるのはいまい。
剣を構える。
同じように"妖忌"も二本の刀を抜き、構えを取る。
隙がない。だが、それは分かっていた事。
例え幻想郷にいた時の強さで挑んでも百回挑んで、百回負ける。
そのぐらいの差がある。
一気に踏み込んだ。
"妖忌"との差を、詰め、剣で斬りかかる。
しかし、それを軽くいなされると斬り返される。
早い!
目の良さは失われていない。
斬る場所さえ分かれば回避する事は可能だ。
とはいえ、その早い斬撃を完全に回避するのは困難。
盾を即座に構え、それを防ぐ。
これが本物だったら、盾ごと斬り捨てられていた…。
所詮は、妖夢のイメージによって作られた幻影に過ぎない。
直接ダメージがあるわけでもない。
直接脅威が伝わるわけもない。
だが、剣士として、侍としての到達点の一つがそこにある。
ならば、剣士であり、侍であり、そして今は戦士である妖夢が目指さないはずがない。
その半人半霊の剣客達の剣劇は激しさを増していく。
剣と剣が打ち合う。剣を回避し、逆に斬りかかる。単純で、祖父と孫がじゃれあうように見えるチャンバラが続いていく。
劣勢なのは、間違いなく妖夢。
"妖忌"は一度たりとも、攻撃を食らっていない。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
"気"を練り上げる。
体が熱く燃えるように、"気"を練り上げていく。
その"気"は剣を通って、妖夢は"妖忌"に異世界を通じて習得した武技を放つ。
「レッドロータス!」
剣が燃える。
"気"によって生じた火の元素が剣に纏わりつき、炎の剣と化したのだ。
"妖忌"はそれを短刀で防いだ。
その瞬間には、もう片方の長刀で妖夢は斬られていた。
倒れる妖夢。
同時に消える"妖忌"。
空には大きな白い雲と、どこまでも広がっている青い空が見えている。
「まだ、まだだなぁ…師匠…ブロントさん…」
未だ見えぬ強さの果て。
少女は、青い空をずっと見上げていた。
★
「スターオニオンズ団、第一のてっそーっく!」
「ウソはつかない!人をだまさない!悪い大人についていかない!」
「スターオニオンズ団、第二のてっそーっく!」
「悪い大人はスターオニオンズ団がせーぎのテッツイを食らわせる!」
「スターオニオンズ団、第三のてっそーっく!」
「ヤクソクは絶対に破らない!!」
「そーなのかー」
並ぶ丸屋根の倉庫の裏手に、子供達が集まっていた。
その中にいつもの黒い服を着たルーミアもいる。
「スターオニオンズ団、正義と勇気とタマネギと!愛と夢あるカギシッポ!
ぼくら、正義のイチミ!スターオニオンズ団~っ!」
その中で一際目立っているタルタルの少年、コーロラコロ。
彼こそが、ウィンダスで、良くも悪くも、目立つ名物集団スターオニオンズ団の団長だ。
「にぅにぅ、ルーミアちゃん、今日は来てもよかったにゃぁ?」
舌足らずなミスラの子供ピョ・ンゾンは、ルーミアが冒険者である事を知っている。
冒険者とは冒険するものと知っているピョにとって、ルーミアがスターオニオンズ団として活動するのは不思議だった。
「いいよー。今日はお休みだから」
「そっかぁ。じゃあ、ピチチと一緒に行こうね」
ルーミアの隣にいるのは、可愛らしいタルタルの少女ピチチ。
胸元には手作りの玩具のような「正義バッチ」をつけている。これはスターオニオンズ団の団員の証だ。
ルーミアも同じものを付けている。
これを意味するのは、彼女もスターオニオンズ団の一員になっているという事だ。
「今日の活動はー!…何するんだっけ?」
「悪い奴を見つけて、やっつける!」
「違います。今日は、ウィンダスの見回りです」
ゴマダ・ヴィマダが言う今日の活動を訂正するのはパポ・ホポ。
同じタルタルの少年であるが、大雑把な性格のゴマダと、博識で丁寧な性格のパポ。
正反対な二人であるが、割と仲がいい事で知られている。
「よーし!スターオニオンズ団、しゅっぱーつ!
新人も遅れるなよ!」
コーロラコロは積まれた荷物の上から飛び降りると、ウィンダスの見回りという活動を開始する。
ウィンダスの平和を乱す悪い大人はいないか、調べにいくのだ。
新人扱いのルーミア。とはいえ、仲間はずれにされないだけでもいいだろう。
一時期、コーロラコロは妹のシャンルルを仲間はずれにしていた。
子供特有の意地悪だろうが今ではメンバーに加えられ、スターオニオンズ団として活動している。
(チルノちゃんは今どうしてるかなぁ)
幻想郷のトモダチである氷精チルノ、虫の女王リグル、歌が好きな夜雀ミスティア・ローレライ。
ルーミアを加えて、バカルテットと一纏めされている。
スターオニオンズ団として活動して彼女は、元の世界でのトモダチの事を思い出してるようだった。
「ルーミアちゃん、早く行こうー!」
「おにーちゃん、はやいよー」
少しぼーっとしていたルーミアの手を引くのは、赤毛の子ミスラ ヤファ・ヤーだ。
兄の後を、とことことついていくシャンルル。
異世界で出来たトモダチと共に、ルーミアの休暇は過ぎて行くのだった。
★
ウィンダス森の区にある手の院。
その由来は「兵器がタルタルの"手"の延長として働く」という意味があり、旧名は"魔導器製作所"である。
水晶大戦時、先代院長ゾンパジッパが前衛不足のウィンダスの兵力増加のため、カーディアンを制作。
そのコスト面から当初は疑問視されていたが、大戦最大の激戦と言われた"ザルカバード会戦"にて意外な活躍を見せ、その評価を改めた。
現在では現院長アプルルがカーディアンの製作及び改良をしており、
人間との会話やコミュニケーションの可能にしたのは彼女の成果だ。
これにより本来は戦闘用の兵器であったカーディアンは街中の案内などが可能となり、冒険者を支援するガードの仕事もこなせるようになった。
自立が可能となるカーディアンは、一部では危険視されながらも今でも愛用されるのは彼女の手腕によるものだ。
そしてそれは、人形の自立化を目指すアリスにとって理想形の一つ。
手の院に通い、カーディアンの事を教えて貰おうと院長であるアプルルに頼み込んだ。
さすがにカーディアンの体の製造は企業秘密のため教えられないと断るが、カーディアンに命を吹き込み、自立させる方法は了承した。
「これをこうすればいいのね?アプルル」
「ええ。カーディアンは、魔導球からの魔力で、全身にある筋肉と骨に当たる繊維を動かしているの」
カカシのような体に車輪を付けた人形。カーディアン。
仰向けに寝かされており、まだ命は吹き込まれていない。
なぜカーディアンは自立し、動くのか?
アプルルから丁寧に教えられ、その知識をスポンジのように吸収していく。
それは幻想郷では会得できない、異世界だからこその知識だった。
「それにしてもアリスさんは凄いわ。どんどんカーディアンの事を覚えて行くんですから」
「アプルルの教えがいいからよ。とても分かりやすいし」
カーディアンの命の元になる魔導球を持ちながら、アプルルは顔を少し赤くしている。照れているようだ。
「で、では魔導球に命を吹き込む作業に移ります。命を吹き込む魔法だけど、私がサポートするから、安心して」
「頼むわ」
カーディアンの命の元となる魔導球。
それは、サルタバルタの各地にあるホルトト遺跡にある装置によって出来る魔法の球だ。
命を吹き込む事ができる魔法がかけられている。
その魔導球に独自の魔法を施せば命を吹き込まれ、カーディアンの心臓部は完成する。
アリスは、アプルルからその魔法を習い受けた。
本来は難易度の高い魔法ではあるが、幻想郷では器用さにかけては右に並ぶ者はいないと言われた魔法使いであったため、魔法の扱いは慣れている。
今は赤魔導士となり、少ない"魔力"さえどうにかすれば使用は可能だ。
その"魔力"は、アプルルから支援を受ける事になった。
「命を吹き込まれたカーディアンの性格は術者に反映されるから、もしかしたらアリスさん似になるかも」
それがカーディアンの特徴であった。
カーディアンを製作する"手の院"では、アプルル以外にも製作を担当する者はいる。
アプルルは変人の多い院長の中で真面目なためか、彼女の作るカーディアンは礼儀正しく、親思いだ。
しかし、他の製作者は作るカーディアンは何処か性格的にズレてたり、間違った事を覚えていたりする(これはカーディアンの教育担当が悪いとも言える)。
見た目だけでは分かりづらいが、よく観察して見るとカーディアン一体一体の性格が大きく違ってるのが分かるのだ。
魔導球が置かれ、アリスは魔法を唱える。
命を作るのではない。命を吹き込む魔法だ。
自然に存在する形のない"何か"をこの地に呼び寄せ、定着させる魔法。
アプルルはアリスの"魔力"が途切れないように、サポートしていく。
伊達に手の院を若くして継いでいない。その"魔力"の量は並みの魔導士を超えている。
数分近い魔法を唱え終え、一息つくアリス。
額には汗が出ている。難易度は高いのに加えて、体力の消耗を感じる。
魔導球には魔法がかけられ、わずかに輝いて見える。
命を吹き込むのに成功したようだ。
あとはカーディアンに、この魔導球を埋め込めばカーディアンは完成する。
仰向けに寝かされたカーディアンの胸のカバー部分を外すと、魔導球を埋め込む部分がある。
アリスは魔導球を埋め込み、カバーを付ける。
無意識に、唾を呑む。
「………………オハヨウ☆ゴザい☆まス」
カーディアンはゆっくりと起き上がり、車輪を大地に付け、立ちあがった。
「おはよう、カーディアン。私達が誰かが分かりますか?」
「ハい☆アプルル☆オカアサン☆とアリス☆オアカサンでス。ワタシを☆ツくッタひと☆です」
「うん、上出来ね。これから宜しく頼むわ」
アプルルは完成したカーディアンの出来に満足しているようだ。
「えっと、お母さんって?」
「あら?私たちが作った子供ですもの。母親と認識してもおかしくないわ」
知らない人が聞いたら誤解されかねない発言だが、アプルルにとって自ら開発に関わるカーディアンは子供のように愛情を注いでいる。
このカーディアンは、アリスとアプルルの共同制作だ。
二人の作るモノを大事にする心が、カーディアンの性格にも反映されているのだろう。
「ドウシましタか☆アリス☆オカアサン?」
いきなりの母発言に少しばかり呆けたアリスを心配するカーディアン。
まだ生まれたばかりだというのに、中々出来た子供のようだ。
「いえ、何でもないわ」
自立した人形を作る事。
それはアリスの夢であり、目の前のカーディアンはアプルルの共同とはいえ、作り上げた夢の形。
謙虚の騎士の持つ魔剣が引き起こした、グラットン異変。
それによって自立した上海人形と伊太利亜人形。
グラットンソードのダークパワーの力を失い、今はただの人形になっているが、いつの日か自立した彼女達は、アリスを母と呼ぶのだろうか。
そんな当てもない未来を浮かべ、アリスは完成したカーディアンの頭を撫でているのだった。
★
ウィンダスには、気配りの利いた宿屋がある。
優しく行き届いた接待が特徴で、憩いの宿というキャッチコピーを持つ水の区にある宿屋だ。
名はララブのしっぽ亭。
その居心地の良さから、つい長逗留してしまう客や冒険者が多い。
そんな宿に腋を晒した拳法着を着た少女がいる。
ウィンダスティーと呼ばれる熱い緑茶を飲んでいるようだ。
「はぁー。中々いい味してるわね」
随分と爺さん臭い事を言う少女だが、霊夢にとって茶を飲むのは日課であった。
異世界に来てからもそれは欠かしたことは無い。
「それはうれしいわ、レイムちゃん。ウィンダスティーを求めるお客様は、音楽の森レストランのほうに行っちゃうもの」
赤い前髪を真ん中で分け、後ろ髪はポニーテールにしているタルタルの女性は小さな皿を持ちながら霊夢の所へと向かう。
彼女こそ、ララブのしっぽ亭の女将チャママだ。
「あの、さ…その霊夢"ちゃん"ってのはやめてほしいんだけど」
霊夢にとって、ちゃん付けされるのは慣れていない。
幻想郷ではほとんどが呼び捨てか、さん付け。初対面の時は博麗の巫女や紅白扱いだった。
そんな霊夢をニコニコとちゃん付けをするチャママが霊夢は少し苦手だった。
「あら、だってレイムちゃんは可愛いもの」
可愛ければちゃん付けしていいのか。
霊夢はチャママがちゃん付けをやめさせるのを諦めると、皿に入った菓子を見た。
「煎餅?」
薄い形状をした焼き菓子だった。
穀物の粉を使って作る菓子であり、霊夢の好物だ。
「娘の菓子に作ったんだけど、ちょっと量が多くてね…レイムちゃんにあげるわ」
「いいの?」
「ええ。私のウィンダスティーが美味しいって言ってくれたお礼も兼ねてね」
まぁ、タダなら頂くか。
そう思い、皿に置かれた煎餅を手に取り口に運ぶ。
パリッと音がし、煎餅を噛み砕いていく。
味からして醤油の煎餅のようだ。
緑茶であるウィンダスティーと相性が合う。
気がつくとすでに煎餅は無くなっていた。
一週間以上、煎餅を食べていなかったためか食べるのが早かったようだ。
チャママは皿を片づけ、振り返る。
「おかわり、食べる?」
「…頂くわ」
こうした気配りが人気の秘訣なのだろう。
一児の母であるチャママに押されながらも、霊夢は気ままに休暇を堪能していたようだった。
六人の少女達は体を休め、次の冒険に備えている。
次の冒険は何が待っているのだろう?
ウィンダスは冒険者とそこに住まう者たちを見守り、優しげな風が吹き始めていた。
……To Be Continued?