「……こんな時間に呼び出すなんてどういうつもりかな、Dr.フェイカー?」
WDCの開催を目前に控えたある日。フェイカーに呼び出された昇は、自嘲を込めたな視線を城の主へと向けた。
時刻はまだ午前四時、草木も眠りについて程ない時間。眠気こそその目には感じられないが、常識外の時間に呼び出された怒りは感じていることが容易に察せられた。
「用があったから呼んだまでよ。それよりも輪廻はどうした?」
「輪廻はまだ寝てるよ。わざわざ君の呼び出しなんかの為に起こすのも忍びなかったし――それに、僕一人でも十分な用のはずだ、違うかい?」
「そうか。お前一人だけを呼び出す為にこの時間に呼んだのだが……それが功を奏したということか」
発言の意図が見えない。フェイカーの次の言葉を待つ昇を見下ろし、フェイカーは淡々と言葉を放つ。
「貴様に頼まれていた装置は完成したぞ」
「えらく早いね」
「自分が望む世界に行くのであれば流石に難しかったがな。元々いた世界に戻る、言わばふりだしに戻る為の装置ならば作りようはある。貴様が元いた世界はいわば貴様というピースが欠けた不安定な状態だ。故に世界の境界に貴様を放り込んでやれば、世界の方から貴様を取り込みに来るであろうよ」
フェイカーが吐いた言葉に対し、昇は一人眉を潜める。
「……わからないね。何故世界の側から僕を取り込もうとする?」
「貴様がどう考えているかは分からないが、世界にとって貴様の存在は死活問題に等しい。他の平行世界において存在する物が存在しないため、他の全ての世界で起こっている貴様に纏わる事象全てが起こらないのだ。もしも人間一人、などと考えているのであれば今すぐ訂正しておけ。貴様一人がいなくなることで、世界中の人間全てに影響を及ぼすことさえ起こりうるのだからな」
「六次の隔たりか。なかなか面白い例えを使うね」
「世辞は不要だ。だから世界はそれを避けるべく失ったピースを求めている。そこに失ったピースが投げ込まれたら、是が非でも手に入れようとするだろう」
「他の世界が僕を取り込もうとする可能性は?」
「貴様が世界だとして、自分から安定した状態を崩そうと思うか? 同一存在が全く同じ時間にいることの問題など幾らでもあるだろうに」
「愚問だったね。忘れてくれ」
ふん、と息を吐くフェイカーは、昇に何やら書かれた紙の束を投げ渡す。
「これがその資料だ。しっかりと目を通しておけ」
「ふう。全く、面倒な雇い主様だこと」
資料の枚数は数ページに及ぶ物であったが、そちらの方向に疎い昇であっても分かり易いように書かれていた。
「装置の起動に必要な膨大なエネルギーはどこから賄うつもりだい?」
「ナンバーズが持つ強大な力を利用する。数枚でも起動は出来るが貴様らを送り出した後消滅してしまう可能性が高いのでな……五十枚。それだけあれば事足りる」
膨大な数のナンバーズを要求されているにもかかわらず昇は眉一つ動かす気配はない。それも当然、既に識っていた情報を今更言われた所で驚くことなど何もない。
計画を立てることになった二年前のある日。自分はとある転生者と決闘盤を用いた決闘に勝利し、元の世界に戻る為の計画の礎となる情報を得た。
Dr.フェイカーが転生者を元の世界へと戻す装置を作れるようになるタイミング、それに必要なナンバーズの枚数。必要な情報全てを事前に手に入れていたからこそ、こうして綿密な計画を立てることが出来た。
残り一ページという所まで読み終わった少年は内心で安堵の息を吐く。目新しい情報は特にない、計画の修正を見直す必要もないだろう。後は、適当に話しつつこの場を切り抜け――、
天を衝くかのような衝撃が、少年の全身を襲った。
「……な、んだ、これは」
「それが事実だ。貴様が求めた物のな」
息がまともに出来ない。酸素を求めた肺が呼吸数の増加を求め、全身が痙攣し始める。
渡された資料の残り一ページ。読み終えた資料の量と比べれば極々僅かと呼べる程度の物だ。しかしそこに書かれた内容は、昇の計画全てを崩しかねない程に凶悪だった。
「どうやら、余程動揺しているようだな」
「どうかな? 貴方を欺くために動揺しているフリをしているだけかもしれないよ?」
薄ら笑いを貼り付け、白を切ろうとするが既に手遅れ。
こちらの心境など、あちらに取っては今や俎板の鯉に等しい。
「……やめても、良いのだぞ?」
優しげなフェイカーの言葉が、今の昇にとっては何よりも響く。
「今だけは貴様の雇い主であるDr.フェイカーではなく、ただのフェイカーとして話す。貴様が元の世界に戻りたいという気持ちはよく理解出来る。が、貴様が今の世界にいてはいけないというわけではあるまい」
情を感じさせる、暖かい言葉。裏を返せばそれは、それほどフェイカーが昇の事を案じている証明でもある。
「何故貴様が元の世界に戻りたがるかを聞きはせん。だが、元の世界に戻った所で貴様を取り巻く環境がこの世界より良い物であるとは到底思えん。勿論、貴様が戻りたいと言うのを止めなどするまい。が――無理に戻ることなどない、それだけは言わせてくれ」
息子であるハルトを救う為に全てを投げ出した男の言葉は重い。原作では実の息子にさえ理解されないまま自分が敗北する寸前まで真の目的を一切明かそうとしなかった人間だ、その意思の強さなど言うまでもない。
「そうだね、貴方の言う通りだ。僕が元々いた世界は、決して良い場所などではなかった」
フェイカーの言葉は本心から来るものだ。ならば自分も、本心をもって応じるしかない。
そうしなければ昇自身の何かが、音を立てて崩れ落ちる気がした。
「元の世界での生活は酷い物だったよ。煽りや叩きがはびこり、漠然とした不安が万人を包み込んでいた。それに比べればここは夢のような世界だ。全自動化されたロボットによる環境維持、元の世界とは比べ物にならない科学力を応用した生活、安定した治安、どれをとっても文句の付け処がないくらいだよ」
「ならば――」
「でもね、夢ならば覚めるのが道理だ。違うかい?」
フェイカーの疑念を込めた視線を躱すことなく、真っ向から重ねることで応じる。
「シミュレーテッドリアリティ、という考えを知っているかい? 現実性をシミュレーション出来るかどうかから派生した、真の現実と区別出来ないバーチャルリアリティーのことを」
「……私がそれを知らぬわけがあるまい。つまり、貴様はこう言いたいのだな? この世界は、
「その通り。この世界に来てもう数年になるけれど、僕にとってここはどこまでいっても飯屋の軒先で見る夢にすぎないのさ」
数秒、静寂が周囲を支配する。
沈黙は金、雄弁は銀という諺がある。淀みなく話す雄弁さよりも沈黙を守ることの方が大切だと述べる物だ。それを承知で昇は銀を愛用している。幾ら金と雖も能動的に使えなければ腐るだけ、ならば多少価値が劣れど一方的に仕掛けられる銀の方が使い勝手という面において遥かに勝っていたからだ。
しかし今はその金の価値が、何よりありがたかった。
「昇よ。貴様、幾らかカイトに似ているな」
「僕が? 笑わせないでくれフェイカー、僕は彼とは違う。そんな世迷言を吐くようになるなんて、そろそろ死期が近づいてきたのかい?」
「ふ、そうだな。忘れてくれ。今日の要件は以上だ、WDCの件は順を追って知らせる」
「WDCの警備員なら三日目以降なら入れるよ。僕と輪廻なら最初の二日でハートピースを完成させれるし、他の飼い犬にも血気盛んな奴がいるのだろう?」
「……む、う」
「異論もないことだしそういうことで。後は僕の提案通りに大会を動かして貰えると助かる。じゃあ僕はこれで」
息一つ乱すことなく、細心の注意を払いながら。昇はフェイカーの視線を背に彼の居城から悠々と引き揚げる。
いや、悠々と引き揚げるように見せかけていたと言うべきだろう。背筋からは汗が絶え間なく流れ落ち、両足は今にも崩れ落ちそうになっているのをなんとか耐えているような状態だ。それでもこれ以上、彼に弱みを握らせるわけにはいかない。自宅まで何一つミスを犯すことなく帰れたのは、偏に強固な精神力の賜物であると言わざるを得ない。
「……これは、輪廻に見せるわけにはいかないな」
フェイカーから貰った資料を火にくべ、そのまま一気に焼き捨てる。これでいい、これで彼女があの情報を知ることは万が一にもなくなった。
「輪廻、そろそろ起きなよ」
「……まだ、眠い」
「それでも、だよ。休日とはいえもう正午だ、そろそろ起きてもいいんじゃないかな?」
文句を言いつつ眠気眼をこする輪廻にお目覚めの珈琲を差し出しながら、昇は一人心の中で決意する。例え何があろうと自分達の計画は完遂する。それが自分の、ひいては輪廻の願いだ。ならばそれを果たすまでは、計画通りに粛々とことを運び続けよう。
たとえその果てに、輪廻と離れ離れになったとしても。
「……さて。このへんでそろそろ、一度情報を整理しようか」
机の上で組んだ手で口元を隠しつつ、暁月夜は笑みを浮かべた。
「そうだな、そろそろ一度整理しておくか。後月夜、それ止めろ」
「えーなんでー、黒幕っぽくて好きなんだけどー」
「お前がそう言うと洒落にならないんだよ! で、そう言うからには十分な情報が集まったんだよな」
幸也のけちー、いけずー、などとぶつくさ言っていた月夜であったが、幸也の挑発には当然とばかりに胸を叩く。
「一応、ね。まずは昇から行こうか。相剋昇、五年前に突如としてプロデュエリストとして姿を現し、二年前にこれまた謎の引退。現在は時折招かれる豪華客船内の見世物として決闘を披露して生計を立てている、この世界ではそこそこ有名なことだけど、はっきり言うけどこれって異常だよね?」
「ああ、異常だ。一人の付き人も、マネージャーもいない、まだ十にもなっていないないような子供がプロになり、三年間何事もなかったかのようにプロ生活を送っていた。その間、マスコミなんかにその件を全く注目されなかった、というのが一際異常性を強めているな」
「私達には異常に感じ取れるけど、この世界の人にはどうやら異常だと思われていないみたいだね。で、次に彼の目的だけど」
「元の世界に戻る、だったな。まあこれは、プレイスタイルを見て入ればどんな奴でも分かるだろうよ。それが理解出来るかどうかはさておくとして、だな」
「どんなデッキだろうと常に先攻を譲る、全く持って馬鹿げているよね、この世界ではまだ先攻ドローは廃止されてないってのに。でも裏を返せばそれは、彼はまだこの世界の住人であることを認めていない何よりの証明なんだよ。元の世界では先攻ドローはなかった、だから元の世界通りの決闘をする為にあえて先攻を譲り続けた――たった一人の抵抗、とでも言うべきかな?」
ふう仕事した、と呟いて月夜はあからさまに腕を伸ばす。次はお前から言え、と言外に告げられた幸也はいつものことかと息を吐き、昇といつも行動を共にしているもう一人の転生者について話し始めた。
「次はあの嬢ちゃんだな。六道輪廻、この嬢ちゃんの情報は昇以上に少ねえな。初めて表世界に姿を現したのが二年前、昇のマネージャーとして、だったか。それまで何をして生きてきたのか、はたまた丁度その時くらいにこの世界にきたのか。色々と考えさせられるな」
「そして幸也が完膚なきまでにボコボコにされた昇に唯一勝利経験のある決闘者である、と。ん? 幸也、悔しい? 悔しい? 先攻クエーサー二体並べたのに負けて悔しい?」
「鬼の首を取ったように笑うなっての。全く、こういったとこさえなけりゃ普通の可愛い女の子なんだがな……」
「私が悪かったからそう拗ねるなって。でもまあ、昇も負けっぱなしではないみたいだ。私が調べた限りでは彼らの決闘盤を用いた決闘に限定すれば戦績は一勝一敗、イーブンだね。幸也、私達の理は覚えているよね?」
「忘れるわけがないだろ、転生者が決闘盤を用いて他の転生者と決闘した場合、勝者は敗者への絶対命令権を得る。最もそれは、この世界で他の転生者と決闘して初めて分かることでもあるがな」
「全く面倒な決まりだ、これがあるおかげで迂闊に決闘盤なんて使えるもんじゃない。フリーでやる分ならテーブルを使えば幾らでも出来るけどね」
「あいつらはそれすら殆どないな。一週間張り込んでみたが、家にいる時ウィクロスやゼクス等別のカードゲームに興じたり俺らみたくギルティやポケモンをやったりはするが、遊戯王だけは絶対に手を出そうとしねえ。間違いなくプレイするのを避けてやがる」
「単に目的を遂行する為の手段として見ているのか、はたまたこの世界の一員であることを認めようとしない証明か、あるいはその両方か。そこまで徹底しているのを考慮すると、おそらく最後だろうね」
「とまあ、分かっていることはこれくらいか。肝心要の計画とやらも分からずじまいだったしな」
「それはまあしょうがないよ。私でも分からなかったんだ、幸也に分かるはずがない」
明らかにけなしているようにしか聞こえない言葉を平然と吐く少女であるが少年は文句一つ言うことなくそれを認める。純粋な真実の前には文句など無意味だ。月夜は淡々と事実を述べているだけならば、幸也はそれを粛々と認めるだけだ。
「さて、WDCも近づいてきたことだ。参加は当然として、どう引っ掻き回されることか。俺は今から胃が痛いよ」
「嘘ばっかり。だって幸也、なんか楽しそうだよ」
「まあ、楽しみじゃないって言えば嘘になるからな」
前代未聞の規模を誇る巨大な大会にして原作の一つのエピソードだ、楽しみでないわけがない。
「さて、私達は楽しませて貰うとしますか」
「そうだな、精々楽しませて貰うとしよう」
二人はこの大会の裏で繰り広げられている陰謀や企み等には一切の興味を持っていない。自分達に火の粉が降りかかるようであれば払うが、そうでなければ好きにやってくれとさえ思うほどだ。
わざわざ自分から舞台に立つなど真っ平御免、観客として楽しむことこそ最良。それが幸也と月夜の共通認識だ。そんな彼らが大舞台であるWDCを前に胸躍らないわけがない。二人はwDC用のデッキ構築をしながら、どうすれば一番この大会を楽しみ切れるかを模索する。
それぞれがそれぞれの思惑を抱く中、WDCの開催は刻一刻と迫っていく。