元の世界に戻る為に   作:瑠奈地 里多

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今回は決闘なし、輪廻の一人語りとなります。
よろしければ読んであげて下さい。


番外編
番外編 一日遅れのバレンタイン


「……準備、よし」

 

 二月十四日、バレンタインデー当日。渡す人数分のチョコレートを持った私は、真剣な面持ちで息を吐く。

 この日までの準備期間と定めた一週間は長いようで一瞬だった。色々考えつつ作るのは大変だけどとても楽しい。楽しすぎて時間を忘れて昇に気づかれそうになるのも多々あったけれど。

 さて、まずは誰に渡すとしようか――、

 

「ちょっと遊馬、待ちなさいよ!」

「へっへーん、先に行ってるぜ小鳥!」

 

 丁度渡そうと思っていた人物の姿が見えたので、これは好都合だと呼び止める。九十九遊馬は怪訝な顔をしながらも一度自分の前で止まり、そのすぐ後に息を切らしながら観月小鳥も私の前で足を止めた。

 

「急に呼び止めてどうしたんだ?」

「……これ。あげる。一応義理ってことで」

 

 怪訝そうに近寄ってきた少年にチョコを渡すと、嬉しそうに礼を言われる。こういう素直と言うか正直な所は彼の美徳であり好感を持てる所だ。喜んでいる彼の後ろでふくれっ面で私を睨む小鳥が少し怖いが。

 

「……はい、小鳥の分も」

「あ、あいがと。じゃあお返しにはい、ハッピーバレンタイン!」

「……ありがと。後で頂く。じゃあこれで」

 

 小鳥とチョコレートを交換し合った所で二人と別れ、次の相手の元へと向かう。今度の相手は休日に家から出るような奴じゃないが、さて、私の予想通りだと良いのだが。

 歩き始めて十五分。目的の場所まで着いた私は、逡巡することなくインターフォンを押した。

 

『開いてるよー。早く入ってきてー』

 

 拍子抜けな声色の軽さに毒気を抜かれつつも私は本日休業の看板がかけられた門を潜り扉を開ける。

 

「ハッピーバレンタイン! はい、私からのチョコだよ」

「……あ、ありがと」

「どうしたのさ、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

「……いや。まさかスタんばってるとは思わなかったから」

 

 扉の前で自分が来るのを待っていたらしい月夜に苦笑しつつ、それぞれチョコレートを交換する。月夜とは一度会ってからずっと仲良くして貰っている、いわば友人と言える存在だ。最も月夜が最も頼みにするであろうあの男とは一生仲良く出来る気がしないが。

 

「そういや輪廻さんや」

「……その話し方気持ち悪いからやめて。で?」

 

 入れて貰った紅茶を飲みつつゆったりと話している時、唐突に月夜が婆言葉を使い始める。

 こういう時の彼女は絶対に何か悪いことを考えている。にやにやと底意地の悪そうな笑みを浮かべているのがその証拠だ。とは言え自分も百戦錬磨、そうそう動揺することはない。寧ろ何を言ってくるのかを楽しみに

 

「恋人に渡す分のチョコは当然苦めに作ったんだろうね?」

 

 飲み込んだばかりの紅茶があやうく逆流しかけた。

 

「ケホッ、ケホ……い、いきなり何を……」

「当然甘すぎにはしてないだろう? どうせそれを渡すってだけで甘ったるくなるんだから」

「……御免、急に用事思い出した。またね月夜」

 

 挨拶もそこそこに荷物だけ持って全速力で彼女の家から出て数分、私は安堵の息を吐く。今のは冗談抜きで危なかった、あのままあそこにいれば間違いなく茶化され続けただろう。全く、月夜はいい友人なのだがああいった所が玉に傷だ。もう少し人をおちょくるのをやめてくれれば完璧なんだけれど……夢想して現実が変わるのなら、世界はもう少し優しかっただろう。

 そんなことはさておき、次は一体誰に渡そうか。

 

「よう輪廻。今日は月夜は一緒じゃないのか?」

「……あ、シスコン兄貴」

「誰がシスコンだ誰が! 全く、お前じゃなかったら掴みかかってるぞ……」

 

 バイクから降りてヘルメットをかけた凌牙にこれ幸いと二人分のチョコレートを差し出す。呆けた顔をする少年の頬をチョコレートで叩くと、憮然としながらも受け取ってくれた。

 

「……これから、妹さんの所?」

「そうだな。お見舞いのついでに花でも買っていくつもりだ。今日はバレンタインデーだからな」

「……とんだロマンチストね」

「……お前、俺のこと馬鹿にしてるだろ」

「……じゃ、私用事あるから」

「おい、せめて答えてから行け!」

 

 あえて真っ当な返答を返さず私は凌牙と別れて歩きだす。真実を言うのは時として人を傷つける。こうして濁してしまえば彼に無用な傷を負わせることもない。後ろから向けられている殺気にはあえて気づかないフリをしておこう。

 さて、次は――と。もうこんな所まで歩いてきていたのか。

 

「はい、どちら様で……あ、輪廻さん!」

「……こんにちは、Ⅲ。今他に誰かいる?」

「今父様は私用で出られていますが、兄様は全員いますよ! ただ、Ⅴ兄様は……」

「あいも変わらず部屋で引きこもっている、と」

「はい……折角来ていただいたのに申し訳ありません」

「……大丈夫。気にしてないから。それより上がってもいい?」

「はい! 輪廻さんなら大歓迎です!」

「……お世辞でもありがと。それからこれ、良ければ受けとって貰えると嬉しい」

 

 差し出したチョコを笑顔で受け取るⅢの姿に私も顔にも思わず笑みが浮かぶ。やはり一生懸命作った物をこうして喜んで貰うというのはとても嬉しい物だ。

 さて、後は。

 

「……安心して。貴方の分もあるから」

「別に僻んでなんかねえよ。そんなことよりお前どうやって入った」

「……Ⅲに開けて貰った」

「あいつか、全く仕方のねえ奴だ……ん?」

「……バレンタイン。ホワイトデーには三倍返し、期待してる」

 

 四角い箱に入れたチョコレートを渡すやいなや、Ⅳは大声をあげて笑った。

 

「俺のファンサービスを舐めているのか? 安心しろ、お前の度肝を脱ぐ物でたっぷりとサービスさせて貰うぜ」

「……そう、期待してる。出来ればⅤにも直接渡したいのだけれど……」

「兄貴はねとげとかいうのにご執心中だ。今日も一日部屋に閉じこもるつもりなんだろ」

「……そう、残念。じゃあこれⅤとトロンの分。渡せる時に渡しておいて」

「おう、分かった……って、もう行くつもりか?」

「……うん。まだ渡しに行く所あるから」

「……そうか。また来てくれ、少なくとも俺とⅢは歓迎するぜ」

 

 見送ってくれた二人に頭を下げ、私は次の目的地へと向かう。Ⅳは口は悪いが根は悪い人間ではない。言葉の端々に自分を心配するような気持ちが込められていた。Ⅲも歓迎してくれたし、次はしがらみなしで遊びに行くとしよう。

 ともあれこれで殆ど予定していた相手には渡し終わった。残るは――、

 

「……輪廻か。こんな所で何をしている?」

 

 唐突に後ろから響いたのは、聞き覚えのある特徴的な声。

 

「……貴方こそ、こんな所で何を?」

「俺はハルトへのチョコレートを狩ってきた所だ」

「……それ、字違う」

 

 カイトの言葉に笑いを堪えつつ、私は残り少なくなったチョコレートを押し付ける。数は三個、フェイカー、ハルト、そしてカイト本人の分。

 

「……何のつもりだ?」

「……義理チョコ。ホワイトデーには三倍返し、期待してるから」

「ほう、いいのか?」

「……別に要らないのなら処分は任せる。焼くなり捨てるなり好きにするといい」

「貰った物を粗末には出来ないさ。フェイカーとハルトの分も礼を言わせてくれ。ありがとう、大切に頂かせてもらう」

 

 オービタルを背中に装着し飛び去っていったカイトを見送ってから、私は深々と息を吐く。

 前座は終わった。そして、これからが本番だ。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 二月十五日、午前二時。ベッドの上に腰を下ろした私は、一人深々と息を吐いた。

 

「……結局、渡せなかった、か」

 

 手元にはハートの形をしたチョコレートが一つ。他人に渡す為の義理チョコは幾つか作ったが、この形だけはこの他には一つも作らなかった。義理は対して緊張せず渡せたのだが、本命だとどうしてこう渡しずらくなるのだろう。

 

「……バレンタインデー、終わっちゃったな」

 

 恋する乙女、という言葉は私には似つかわしくないことは分かっている。なにせ本命の相手と同棲までしているのだ。恋愛という面においてこれ以上恵まれている状況などそれこそ空想の世界でしかお目にかかることはまず出来まい。

 ただ、それでも尻込みしてしまうのは、偏に私の弱さからか。

 

「……はぁ」

 

 ほんの一言、ほんの数秒、それだけあれば渡せたはずだ。それでも渡せないいくじなしっぷりには本当嫌気がさす。これで通算三回目。三回とも同じように渡そうとして渡せないのだから始末に負えない。

 どうせ来年も同じ失敗を繰り返すのだし、このチョコを渡す機会は未来永劫訪れまい。もう今日はこのまま不貞寝してしまおう。夢の世界に逃げてしまえば、少しは気分もマシに――。

 

「ごめん急に。なんか今日溜息ばかりついてるけどだいじょ……輪廻?」

 

 時間が数秒、止まったかのような錯覚を覚えた。

 

「の、ののののの昇、なな何で私の部屋に!?」

「いや、なんか今日の輪廻変だったからさ。無理してないか心配になって、つい」

 

 ベッドの上でテンパる私に近寄り、昇は何があったのかと頭を撫でてくる。こういった優しさは本当にずるい。普段とは違う、本当に私だけを気遣う優しさ。私が他人とは違うという、私だけを見てくれているという証明。

 ああ、卑怯だ。昇は本当に卑怯者だ。こんなに、こんなに優しく、大切にされてしまったら。

 

「……昇」

「どうしたの、輪廻?」

 

 もう、惚れてしまうしかないじゃないか。

 

「……はい、これ。バレンタインデーのチョコレート」

「え、いいの?」

「……うん。昇の為の特別製。食べてみて」

 

 包装を解き、姿を現したチョコを見てから、昇は端を軽く齧る。

 それから彼が浮かべた表情は、私の予想通りの物だった。

 

「少し、苦すぎないかな?」

「……うん。だってそのチョコ、砂糖少ししか入ってないから」

「確かに特別製なんだろうけど……次はもう少し甘いチョコが食べたいかな」

「……善処、する」

 

 彼の胸の中で抱き留められながら、私は内心でしてやったりと舌を出す。

 月夜の予想は半分合ってて半分違う。私は確かに昇に渡すチョコだけ意図的に砂糖を少なめにしたが、それは甘い空気を中和するためではない。

 

 本当に甘いチョコを渡すのは、私の思いが結ばれてから。

 それまで彼に渡すのは、ビターチョコで十分だ。

 

 

 

 

 

 

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