元の世界に戻る為に   作:瑠奈地 里多

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第二章 霊衣
第十二話


「さて、行こうか」

 

 自宅に存在する近倉庫、その深奥に存在する幾つかの金庫。その中の一つからデッキを取り出した昇は、自分自身落ち着けるかのように気を吐いた。

 

「……昇、本当にそのデッキ使うの?」

「使うけど……輪廻は嫌?」

「……本当のことを言えば嫌かな……そのデッキ見てると、昔の私を思い出しちゃうから」

 

 彼女はそう言ってはいるがこのデッキが自分達の計画に必要なことを理解している。ただそれでも、輪廻自身はこのデッキに良い感情を抱いていないことは顔を見れば一目瞭然だ。

 そんな彼女の耳元に口を寄せ、昇は小さな声で囁いた。

 

「心配しないで。僕が、輪廻を必ず守るから」

「――――!」

 

 顔を真っ赤にした輪廻は周囲をきょろきょろして誰もいないかを確認し、それから照れ隠しのつもりか少年の胸元に顔を埋めた。

 

「……誰もみてないのは分かってるけど、それでも恥ずかしい」

「ぼ、僕だって恥ずかしいよ! ……けど、こうでもしないと納得してくれないと思ったんだ」

「……ばか」

 

 顔を朱に染め、昇は顔が真っ赤になった輪廻の背中に手を回す。

 

「……一緒に、帰ろ」

「うん。約束だ」

 

 抱き合ってた時間は僅か数分。しかしそれは二人にとって、悠久にも感じられる物だった。

 

「まずは勝とう。お互い、今日中にハートピースを揃えよう」

「……分かってる。昇こそ、気を抜いて負けたりしないように」

「僕は負けないよ。君がいるからね」

「……馬鹿」

 

 ここから先は別行動だ。昼夜関係なくハートピースを集め、眠る時は好きな時間に合鍵を使って家に入って寝る。余程時間が噛みあわない限り、この二日間顔を合わせることはないだろう。

 予定していた物とはいえ、少し寂しくなるのもまた事実。

 

「……気にしていても、仕方ない」

 

 頭を振る。過ぎたことを考えていても仕方ない、今は今するべきことだけを考えるべきだ。  

 時刻は正午より少し前。多少出遅れたとはいえまだ多くの決闘者が相手を求めているはずだ。さて、このデッキの試運転が出来そうな丁度いい相手はいないものか――、

 

「……お前、プロデュエリストの相剋昇だろ?」

 

 背後から、声。

 

「そうだけど、何か用かな?」

「その質問はおかしいだろ。今日はWDCの開催日だってのによ」

 

 ニヤニヤと笑いながら、男は自らのハートピースを掲げる。

 年は恐らく二十代前半、神の色は黒、瞳の色は白。乱暴な言葉遣いとは裏腹にフォーマルな服装を身に纏い、主の傍らに立つかのように一歩引いたその姿から一つの職が思い当った昇は、場にそぐわぬことを承知で尋ねる。

 

「……執事、かい?」

「おいおい、詮索はなしにしようぜ。そんなことよりお互いのハートピースを賭けて、勝負といこうじゃないか」

 

 埋められた箇所は三個。つまり彼は、既に二人の決闘者を下しているということになる。

 そのう上で自分に勝負を挑むとは、余程の自信があるのか――あるいは。

 

「自分を、試すのかい?」

「随分察しがいいな。その通り、俺はこのお前との戦いで自分を試す。もしお前に勝ったのならこの大会でも優勝が狙えるだろうし、逆に勝てないようじゃ優勝の目はねえ。この戦いで負ければ、俺は俺が持つ全てのハートピースをお前にやるよ」

「オールオアナッシング、か。随分とリスキーだね」

「ルールだからな。それに、俺にはこの生き方しかできねえ」

 

 自嘲気味に笑う男だが、その目から感じられる意志は本物だ。

 

「……いいよ、僕と決闘しよう。君の名前は?」

「名乗るほどのもんじゃないさ。この大会には多くの決闘者が参加している。いちいち名前なんて聞いてたら身がもたねえぞ」

「それでも、だよ。いつか忘れることになるとはいえ、倒した相手の名前は僕も知りたいからね」

 

 変な奴だな、と青年は笑う。しかしその笑みは、昇の目にはどこか嬉しさが込められているように感じられる物のように映った。

 

「星守天馬、だ。自己紹介はこれくらいでいいだろ、」

「そうだね。今必要なのは闘いだけ、その意見には同意するよ」

 

 決闘盤を構え、数歩離れた場所でお互いに視線を重ねる。

 これ以上の言葉は不要だと、お互い何も言わずとも分かっていた。

 

「「決闘!」」

 

「先攻は俺が貰う! 俺のターン、ドロー! 俺は魔法カードおろかな埋葬を発動! このカードはデッキからモンスター一体を墓地に送る魔法カードだ。この効果で俺は、デッキから星因子(サテラナイト)デネブを墓地に送る!」

 

 天馬の墓地へと送られたのは、星の光を纏う戦士にして夏の大三角の一角。

 星因子デネブ。厄介なモンスターが送られた物だと思いつつ昇は率直に呟いた。

 

「テラナイト、か」 

「ほう、よく分かってんじゃねえか! さらに俺は、星因子アルタイルを通常召喚! 光纏いて現れろ、星因子アルタイル!」

 

 通常召喚されたのは、デネブと共にこの世で最も有名と思われる夏の大三角を成す一角。

 星因子アルタイル。攻撃力は1700、守備力は1300。攻撃力はアタッカーラインを超えない程度の物しか備えていないが、その効果は鮮烈だ。

 

「星因子アルタイルの効果発動! このモンスターが召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した場合、墓地のテラナイト一体を特殊召喚出来る! 来い、星因子デネブ! さらに星因子デネブの効果発動! このモンスターが召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した場合、デッキからデネブ以外のテラナイトモンスター一体を手札に加える! 俺は、星因子アルタイルを手札に加える!」

 

 僅か一瞬で天馬の場には二体のモンスターが揃い、手札には後続が加えられた。しかしそれを今まさに目の当たりにしているはずの昇の瞳には驚愕も恐れもない。それも当然、元の世界で飽きるほど見た光景だ。久しぶりに見るとはいえ驚くことなど有り得ない。

 

「アルタイルの効果はこの効果を使ったターンテラナイト以外は攻撃出来ない、だったかな? でも先攻ではそんなデメリット、何の意味もない」

「本当に良く知ってやがんな。流石は無敗の決闘者か……だが、その無敗神話に今日こそ土をつけてやるよ! 俺はレベル4の星因子アルタイルと星因子デネブでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」

 

 現れるのは妖精の王。山札の僕を使役する効果を持つ、ランク4のエクシーズモンスター。

 

「現れろ、キングレムリン!」

 

 妖精の王は場に出た瞬間、主の敵に向かって威嚇する。

 それは自らの強さを示威する物か――あるいは、敵としている物に怯えた証か。

 

「キングレムリンの効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキから爬虫類族モンスター一体を手札に加える! 俺はカゲトカゲを手札に加える! さらに俺はカードを二枚伏せて、ターンエンド」

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードを見た瞬間、思わず少年の口元が微かに緩む。いい。いや、これは自分からしてみれば明らかに出来すぎた手札だ。

 カードが意思を持つ、などとは考えてはいない。肝心な時に碌なカードが引けない昇にとって、ドローとはあくまでも逆転の要素ではなく単なる手札補充の手段だ。そんな彼でも今の手札は、明らかに何かの意図を感じずにはいられない物だ。

 あたかもそれは、再び手に取った自分に感謝してくれているようで。

 

「……ハハッ」

「てめえ、何がおかしい」

「いや、馬鹿なことを考えた物だなと思っただけだよ」

 

 そんな物あるわけない。もしあるとするのならそれはただの感傷だ、今この時点で必要な物ではない。

 自分にしては馬鹿な物を考えた物だと昇は内心で苦笑する。そう、今必要なのはただ一つ、

 

「僕はマンジュ・ゴッドを召喚」

 

 眼前の敵を、徹底的に叩き潰すことだけだ。

 

「……儀式だと? インフェルニティでないのはともかく、そんな廃れたカテゴリーで何が」

「マンジュ・ゴッドの効果、このモンスターが召喚した時、デッキから儀式モンスターまたは儀式魔法一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのはブリューナクの影霊衣(ネクロス)。さらにブリューナクの影霊衣の効果、このカードを手札から捨てて、デッキから影霊衣(ネクロス)モンスター一体を手札に加える。僕が手札に加えるのはユニコールの影霊衣(ネクロス)だ。さらにクラウソラスの影霊衣の効果、このカードを手札から捨てて、デッキから影霊衣儀式魔法一枚を手札に加える。僕は影霊衣(ネクロス)の万華鏡を手札に加える」

 

 天馬が怪訝そうに眉を潜めるのも無理はない。従来の儀式モンスターの欠陥は、手札に儀式モンスターと魔法が揃わない限り腐ってしまうこと、そして召喚する際に儀式魔法、そして生贄とするモンスターの二枚を消費してしまうこと、この二つだ。効果は確かに強力な物もあるがそれは言ってしまえば割に合わない物であり、そんなことをわざわざやるくらいならチューナー含む数体のモンスター、もしくはレベルが同じモンスターを数体並べた方が遥かに楽で強いからだ。

 そんな中、儀式を中心とするカテゴリもまた姿を現してきた。一つはリチュア。リチュアの効果モンスターで専用儀式魔法である儀水鏡と儀式モンスターを手札に揃え高速召喚を行うカテゴリだ。儀水鏡自体に墓地の儀式モンスターを手札に戻しつつデッキに戻る効果があったため儀水鏡の使い回しも可能とされた為面白がられ一時期は聖刻リチュアとして環境にも姿を現したが、手札をデッキに戻させるガストクラーケの規制と同時に環境からは姿を消した。

 リチュア自体の自力もそこまで高い物ではなかった。強いのは確かに強い。が、所詮は儀式。わざわざそんなことをしなくても他にもっと安定して強いデッキは幾らでもあり、そうであるが故にリチュアは一部の好事家に使われるに留まっていった。

 そして、リチュアの後に現れた物が。

 

「僕は影霊衣の万華鏡を発動。このカードは、手札またはエクストラデッキのカードをリリースして儀式召喚出来る」

「エクストラデッキのモンスターをリリース出来る!? そんな儀式魔法、聞いたことねえぞ!?」

「僕はエクストラデッキの虹光の宣告者(アーク・デクテアラー)をリリース。来い、ユニコールの影霊衣」

 

 影霊衣(ネクロス)。あらゆる儀式の頂点にして完成系であると同時に、あらゆる儀式を殺したカテゴリー。

 その中の一体である青年は、己が槍を主の敵へと向ける。

 

「ユニコールの影霊衣の効果、このモンスターが場に存在する限りエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターの効果は無効となる。如何なるモンスター・エクシーズだろうとエクストラデッキから出てきている以上はユニコールの前では無力だ」

 

 昇の言葉通りキングレムリンは力が抜けたかのように膝をつく。その様はあたかもスキルドレインに描かれた効果を無効にされたハ・デスのよう。

 奇しくもその効果はエクストラデッキからという条件こそつくが、スキルドレインと全く同じだ。

 

「リリースされた虹光の宣告者の効果、このカードが墓地に送られた場合デッキから儀式モンスターまたは儀式魔法一枚を手札に加える。僕はトリシューラの影霊衣を手札に加える。場のマンジュ・ゴッドとユニコールの影霊衣でオーバーレイ。エクシーズ召喚。来い、ラヴァルバル・チェイン。チェインの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、デッキからカードを一枚墓地に送る。僕が墓地に送るのは儀式魔神リリーサー」

「これだけやって、手札が殆ど減ってねえ……だと!?」

 

 場に出ているのはチェイン一体、対して手札は五枚。普通のデッキであれば極々当然であるが、儀式を絡めているとするならば従来の儀式しか知らない者からすれば異常とさえ言えてしまう状況だ。

 しかしそれを可能にするのが影霊衣(ネクロス)と、儀式がまだ隆盛でなかった頃に登場した儀式サポートの数々。圧倒的なカードパワーとそれまでからすれば異次元とさえ称される戦略で環境の頂点に立った異端児。

 その真価は、未だに片鱗さえ見せてはいない。

 

「僕は儀式魔法影霊衣の降魔鏡を発動。このカードはリリース素材を墓地のカードを除外することで補うことが出来る儀式魔法だ。僕は、墓地のブリューナクの影霊衣と儀式魔神リリーサーをゲームから除外」

 

 剣を携え、翼を生やした姿は、術士であった頃の面影を残し成長した物だ。

 太古に封印された三匹の龍の一角。圧倒的な力を誇り、一時期は牢獄への収監も経験したレベル9のシンクロモンスター。その力を纏った青年は、携えた剣を引き抜き天へと掲げる。

 

「現れろ、トリシューラの影霊衣」

 

 召喚と同時に頷いた青年は、切先をキングレムリン、天馬の手札、そして墓地に存在するデネブへと向け、己が剣を振り下ろす。

 音もなく切り裂かれる次元。

 場のキングレムリンと墓地のデネブ、そしてトリシューラに選ばれた手札が異次元へと吸い込まれ姿を消す。ここまでほんの数秒弱、トリシューラの効果を知らない天馬は何が起こったか分からず狼狽えていた。

 

「い、一体何が起こった!?」

「トリシューラの影霊衣の効果、このモンスターが儀式召喚に成功した時、相手の場のカード、墓地のカード、そして手札をランダムに一枚ずつ対象にとった上でそれをゲームから除外する。僕が対象に取ったのはキングレムリン、墓地の星因子デネブ、そしてそのランダムに選ばれた手札一枚。どうだい、場だけでなく手札と墓地のカードを奪われた感想は」

 

 何も言えずただ立ち尽くすその姿は、彼の心境を如実に示していた。

 本来墓地と手札というのは相手からの干渉を受けない場所だ。故にそれを利用するギミックもまた非常に多い。特に星因子の核はデネブ。あらゆる召喚条件全てに対応しデッキから後続を手札に呼び込むという効果は非常に優秀であり、アルタイルからデネブを出しアルタイルを出すことはテラナイトの単純にして最強の動きと言える。

 そしてそれを失ったことは、半ば勝ち筋を失ったに等しい。

 

「バトル、行け、チェイン、トリシューラ。天馬にダイレクトアタック」

「罠発動! 和睦の使者! このターン、俺への戦闘ダメージをゼロにする!」

 

 瞬く間に現れた虹色の障壁が、チェインの炎とトリシューラの剣を受け止める。

 和睦の使者は確かに優秀な防御罠だが、使い方によっては劣勢を凌ぐだけの物になりかねない。今回がそのいい例だ。ただ一ターンの攻撃を凌ぐ為だけに一枚のカードを使った。このゲームにとって手札一枚がどれほど重要かは周知の通り。その一枚を時間稼ぎの為だけに使ったという事実はすぐに響いてくることとなる。

 

「防がれた、か。僕はこれでターンエンド」

 

 小さく息を吐く昇だがその目に焦りの色はない。現状は圧倒的に有利、このまま優勢を保ち続け勝機を逃さなければいいのだからそれも当然のこと。今はただ機が熟するのを待つだけ。功を焦ったあげく自分から不利になるような行動をするほど昇は愚かではない。

 逆にこうなってくると焦ってくるのは天馬の方だ。奪われた手札は先程デネブの効果で手札に加えたアルタイル。さらに墓地に存在するデネブまで奪われてしまった。手札に死者蘇生もあるが、それは現状全く意味のない札であることは天馬自身重々承知している。

 儀式魔神リリーサーの効果は、このモンスターを素材として儀式召喚されたモンスターが場に存在する限り相手はモンスターを特殊召喚出来ないという極めて強力な物だ。今昇の場にはリリーサーを素材として儀式召喚されたトリシューラが存在している。つまり、攻撃力2700のトリシューラをなんとかして除去しない限り自分に勝利は訪れない。

 ……除去した所で、勝利の目は蜘蛛の糸のように細く小さいが。

 

「……何をしているのです、天馬!」

 

 横から響いたのは、天馬にとって聞き覚えのある声。

 

「な、なんで貴女が……」

「全く、急に家からいなくなったと思ったらこんな所でほっつき回って……言っておきますけど、私貴方を探すのにかなり苦労したのですよ?」

 

 格好が変わった程度で見違えるはずもない。この世で誰よりも見てきた少女の顔だ、例えプロが変装させたとしても見破れる自信がある。自分で町に抜け出してきました程度の変装など、それこそ赤子同然だ。

 問題は、何故ここにいるかという点だが。

 

「お嬢様、俺は既に辞表を出した身です。それでも俺はこの大会に出たかった。育てて貰った恩を忘れた恩知らず、という罵倒は甘んじて受けます。ですが」

「あら、何のことかしら? 私は辞表なんて受け取ってませんけど? ああ、枕の横に置いてあった封筒でしたら中身を見ずに燃やしました。何やら書かれていたようですが、そんなこと知ったこっちゃありません」

 

 呆気にとられた表情で天馬は少女を凝視する。焼いたというのは事実だろうがそれ以外は間違いなく嘘だ。彼女の頬にはまだ涙腺が残っている。恐らく起きてすぐ置いておいた辞表を読んで、それから全力で自分を探していたのだろう。

 だがそれでも彼が誰よりも愛する少女は、涙の後を隠すこともせず、獰猛に笑ってみせた。

 

「とやかく言う前にそこの優男を倒しなさい! 貴方は私の執事なのです、私の目の前で敗北など許しません!」

 

 自分勝手なお嬢様だ。思わず口から呟きが漏れるが、気にすることなくデッキトップに指を掛ける。

 親愛なるお嬢様の命令は絶対だ。それがこの状況下で自分に勝てと言っているのだ、自分がやることはただ一つ。

 

「……俺のターン、ドロー!」

 

 このドローで、勝機を手繰り寄せるまで。

 そして主の求めに、デッキは最高の形で応えた。

 

「俺は魔法カードブラック・ホールを発動! 場のモンスター全てを破壊する!」

 

 黒き真円が場の全てを吸収し、チェインとトリシューラを破壊する。これで特殊召喚出来ないという縛りはなくなった。手札のアルタイルと墓地のデネブこそ失ったが、まだ何とかなる。

 

「俺は星因子ベガを召喚! このモンスターの効果は召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した時手札の星因子モンスター一体を召喚出来る! さらに俺はカゲトカゲを特殊召喚! このモンスターは俺がモンスターの召喚に成功した時手札から特殊召喚出来る! そしてベガの効果、俺は手札の星因子ウヌクを召喚! ウヌクの効果でデッキから二枚目のデネブを墓地に送る!」

 

 レベル4のモンスターが一ターンで場に三体揃うという普通のデッキでは困難極まりないことを平然とやってのける、それがテラナイトの本領にして真骨頂だ。

 テラナイトのエクシーズモンスターは一部の例外を除いてレベル4のモンスター三体という重い指定を受けている。効果はそれに見合った強力な物だが、テラナイトの効果は全て一ターンに一度である上肝心要のアルタイルの効果には発動ターンテラナイト以外の攻撃を封じる制約じみた効果まである。故にアルタイルだけでは素材を揃えることが出来ない、その為のベガだ。

 ベガでアルタイルを召喚し、アルタイルでデネブを墓地から呼び出し、デッキから後続を呼び込む。単純にして最強の動きだが、そうであるが故に知られていれば非常に妨害を受けやすい。天馬はその為にカゲトカゲを積むことで事故の可能性を少なくすると同時にレベル4のモンスターを揃えやすくした。

 そしてこの場に三体のモンスターが揃った今、彼が出すのはエースをもって他にない。

 

「俺は星因子ウヌク、星因子ベガ、カゲトカゲでオーバーレイ! 三体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築、エクシーズ召喚! 星々の煌めきよ、輝きよ、今ここに集え! 我らが敵に断罪を! 星輝士デルタテロス!」

 

 光輝く剣を手に天より舞い降りたのは、星々の輝きを秘めた一体のエクシーズモンスター。

 星輝士デルタテロス。デルタの名が示す通り大三角の完成系にして、テラナイトデッキのエースモンスター。

 

「バトル! いけ、デルタテロス! 昇にダイレクトアタック!」

 

 直接攻撃の命を受けた戦士は主の敵たる少年に剣先を向ける。守りのカードはない。これで昇のライフは1500、圧倒的に不利とさえ言える状況から幾分か持ち返したことになる。

 

「僕は手札のヴァルキュルスの影霊衣の効果発動」

 

 だがそれは、どこまでいっても攻撃が通ればの話。

 そして昇にわざわざ攻撃を通してあげる優しさなど、あるはずもなく。

 

「手札から儀式モンスターの効果を発動する……だと!?」

「墓地のクラウソラスの影霊衣を除外して攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる」

 

壮年の男が身に纏ったローブで攻撃を受け流し、それと同時にバトルフェイズが強制的に終了させられる。

 

「……俺はカードを一枚伏せ、ターンエンド」

 

 デルタテロスの効果はオーバーレイ・ユニット一つと引き換えに場のカード一枚を破壊する物、昇の場にカードがない以上その効果は使えない。

 が、破壊された瞬間デルタテロスの効果が発動する。その効果は、デッキからテラナイトモンスター一体を特殊召喚出来るという優れものだ。これでアルタイルを壁として出してデネブを蘇生しベガを手札に加えられれば、まだ勝機はあるはず。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 そんな儚い願いを、昇は全力で潰しにかかる。

 

「僕は魔法カード大嵐を発動。場の魔法、罠カード全てを破壊する」

「何だと!?」

 

 巨大な竜巻が場の全ての魔法、罠カードを巻き込み、塵へと変えていく。これはたった今引いたカードではなく、元々手札にあった物。それを使ったということは、言わばこのターンで終わらせるという予告に等しい。

 

「僕は手札のクラウソラスの影霊衣を捨ててデッキから影霊衣の反魂術を手札に加える。さらに墓地の万華鏡の効果、このカードと影霊衣カード一枚をゲームから除外し、デッキから影霊衣儀式魔法一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのは影霊衣の降魔鏡。さっき手札に加えた影霊衣の反魂術を発動。手札の影霊衣の術士シュリットをリリースし、墓地のトリシューラの影霊衣を儀式召喚」

「墓地の儀式モンスターを儀式召喚だと!?」

 

 効果を聞くたびに驚いている天馬だが、それも仕方のないことかと昇は思う。このデッキは従来の儀式とはわけが違う。なんせ儀式の話題が出る度に「あれは儀式じゃない新カテゴリ影霊衣だ」なんて冗談を半ば本気で言われていた連中だ、驚くのも無理はない。

 だがそれは、裏を返せばそれだけ儀式として新たな可能性を打ち出したこともまた事実だ。

 エクストラデッキのモンスターを生贄に使うなど、考えたことがある者がいただろうか。

 墓地に存在する蘇生制限を満たしていない儀式モンスターの蘇生など、予想した者がいただろうか。

 今まで儀式が廃れていたのは、その可能性を開花させていなかったから。

 適切な強化を与えてやれば、儀式はここまで強くなる。

 

「トリシューラの影霊衣の効果、儀式召喚に成功した時相手の場、墓地、そして手札のカードを一枚ずつ除外する。僕が選択するのはデルタテロス、ブラックホール。デルタテロスの効果は墓地に行った時に発動する効果だ、除外では発動出来ない」

「くっ……」

「さらに言うなら君の手札にオネストがあったとしても無意味だ、君の場にはモンスターがいない、従って攻撃力を上げる対象がない。墓地のシュリットの効果、このカードが影霊衣と名の付いた儀式魔法のリリース素材となった時、デッキから戦士族の影霊衣儀式モンスター一体を手札に加える。僕が手札に加えるのはブリューナクの影霊衣。さらに僕はセンジュ・ゴッドを召喚。センジュ・ゴッドの効果、デッキから儀式モンスター一体を手札に加える。僕はユニコールの影霊衣を手札に加える」

 

 壁を失い、策も破れ、前に見えるのは敗北のみ。

 敗北を認め目を閉じる少年を見据え、昇は言った。

 

「決闘が終わる前に一つ、間違いを訂正しておくよ。君は僕が無敗だと言ったね。でもそれは誤りだ、僕は一度負けている」

「お前を倒す奴がいるとは到底思えないがな。俺も相当な修羅場を潜ってきた自信はあるが、それでもお前以上の奴は知らねえ」

「この大会にも出てるから、もし会ったら戦ってみるといい。バトル、センジュ・ゴッド、トリシューラの影霊衣でダイレクトアタック」

 

 千本の腕からなる拳と鎧を纏った騎士の剣が天馬に迫る。

 

「……すみません、お嬢様」

 

 彼が勝負が決する寸前に残したのは積念の吐露ではなく、敬愛する主に対する懺悔だった。

 

天馬

LP4000→2600→-100

 

「天馬!」

 

 青年の元に駆け寄った少女が昇を睨む。嫌われた物だと思いつつ、昇はいつものように手を差し出した。

 

「大丈夫かい?」

「ああ、大丈夫だ……それより約束だ、俺のハートピース、全て持っていけ」

 

 ハートピースが差し出される。全てのハートピースを差し出すことは、この大会の出場資格を失うことと同義だ。

 そして昇は元より、彼のハートピースを全て奪う気はない。

 

「そうだね……じゃあ僕は、この欠片だけ頂いておくよ」

「おい、ルール上勝者は全てのハートピースを得なきゃならないはずだぞ?」

「そこはまあ、特別処置ということで。それに、一つしかハートピースを持ってない僕がいきなり三つも手に入れるというのも考え物だとは思わないかい?」

「……食えないヤツだな、お前は」

 

 差し出された欠片の中で自分が持っていない物を受け取って、昇は会釈してから背中を向けた。

 

「じゃあ僕はこれで。再戦を期待しているよ」

 

 背中に向けられた視線を気にすることなく、昇は次の相手を探しにかかる。

 これでハートピースは二個。残り三個集めてしまえば、とりあえずの目標は完遂される。

 

「さて、次は一体誰と戦うことになるのやら」

 

 デッキの試運転をしつつ、ハートピースを集める。いかに昔使っていたデッキとはいえこのデッキはかなり難しい。とはいえ数戦戦えばその間にカンも取り戻せるはずだ。

 そんなことを考えていた昇の口元には、いつの間にか旧友と再会したかのような笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 




 軽く手を振ってから立ち去っていく昇の姿が見えなくなってから、天馬は右腕に抱き付いていた少女に頭を下げた。

「すみませんお嬢様、度々の命令違反、返す言葉もありません」
「……そう、ね。天馬には言わなければいけないことが沢山あります。私は本来であれば叱らなければならないのでしょう」

 そうだろうな、と天馬は思う。度々の命令違反に加えて、身勝手な行動、辞表を出しているとはいえ彼女には上げる頭もないくらいだ。
 彼女の家に仕えてから早十数年、これまでの生活に不満はない。彼女の執事として世話を焼く生活は楽しい物であり、同時に掛け替えのない物だ。
 それでも自分の中に、ある夢があり続けたのもまた事実。
 それは単なる憧憬だ。今の自分には不分相応、とても抱いていい物ではない。そうだと分かっていながら、自分はその夢を捨てられなかった。
 プロデュエリストになる、という夢を。

「天馬、これを読みなさい。お父様からの手紙です」
「ご頭首からの?」

 怪訝な顔をしながら、天馬は差し出された手紙を受け取り中身に目を通す。

「……はあ?」

 書かれていた内容は、天馬の予想以上に素っ頓狂な物。
 理解がおいつかず声をあげる天馬の貌を覗き込み、少女はしてやったりとでも言いたげに笑みを浮かべた。

「分かりましたか、天馬?」
「いや、何ですかこれ」
「私をWDCの観光に連れて行け、開催期間中私に何もなければ何をしていたかは不問にする――別に、何もおかしなことは書いていませんけれど?」

 何もおかしな、どころではない。そもそも堅物で有名な頭首がそんな命令を出すこと自体おかしいし、少女の身を何よりも優先すべき執事に何をしていても良いなどという命令を出すなど考えられない行動だ。

「……お父様は、こうも言っておられましたわ」

 そんな天馬の心境を察していたのだろう、少女は言葉を続ける。

「天馬ももう二十を超える。今まで何の文句も言わず我が家に仕えてきてくれたのだ。そろそろ、独り立ちをしてもいい頃なのではないか――と」
「ご頭首……」
「WDCは大きな大会です。この大会で勝ち抜けばいいスポンサーもつくでしょうし、天馬の腕を知って貰ういい機会になります。天馬のことですし、そういったことも考えていたのでしょう?」
「……う」

 返す言葉もない。自分でいい考えだと思ったことは、既にこの少女に看破されていたというわけだ。

「さあ、行きますよ天馬! 予選の日は短いのです、次の相手を見つけましょう!」
「ちょ、待ってくださいお嬢様!」

 手を引っ張られるようにして立ち上がり、先を行く少女を追いかけるように天馬は走り出す。
 追いかけるのに必死な彼は、彼女がぼそりと呟いた言葉を聞き取ることは出来なかった。

「……私は、認めませんからね」
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