相克昇の朝は早い。
午前五時半には目を覚まし、身支度を済ませて外に出る。毎日の日課のランニング。十五分程度の走りは身体の眠気を振り払い、かつ体も鍛えられる。心地よい疲労感と共に自宅に戻った昇はシャワーで汗を流してから朝食の準備に取り掛かる。
一方、六道輪廻の朝は遅い。
放っておけば一日中眠っており、下手に起こせば文句を言って不貞寝する。致命的とも言えるほどの寝起きの悪さもそれを助長しており、一人では到底真っ当な中学生生活を送ることなど不可能だ。
故に、彼女が学校に出る為には彼女を起こす誰かが必要となる。
「輪廻、朝だよ。ほら、起きて」
「……後、五分」
布団を深々と被ったまま拒否の構えを取る少女を前に、少年は小さく息を吐く。
「別にいいけど、輪廻は一人じゃ起きられないでしょ?」
「……大丈夫、だから」
「折角輪廻の為に珈琲淹れたんだけどなー」
ぴくり、と丸まった布団が動く。
「冷めると不味くなるし、輪廻が飲まないんなら僕が」
「……さ、早く朝ご飯食べよ」
布団を蹴り飛ばして起き上がった少女に苦笑を堪えつつ、昇はキッチンへと足を向ける。輪廻は身支度に結構な時間をかける。ハートランド学園の制服を着て食卓に着くまでには短くない時間がかかるだろう。
その間に、珈琲の一杯くらい淹れる時間は十分にあるはずだ。
「やあ、凌牙。今日も不機嫌そうで何よりだ」
「……お前か。昇、輪廻」
頬杖をつきつつ自らの席で空を眺めていた神代凌牙は、声の主に目を向けると小さく息を吐いた。
「お前も笑いにきたのかよ。いいぜ、好きなだけ俺のことを笑えばいい。あんな初心者に負けるようじゃ、俺も終わりだな」
自嘲気味に嗤うその姿からは、未だに昨日の敗戦を引きずっているのが昇の目からも見て取れた。
九十九遊馬のデッキはエクシーズモンスターの召喚に特化している。そんな彼がエクシーズモンスターを持っていないことは、ジャンクドッペルのエクストラデッキにシンクロがないのと同義だ。
攻撃力もそれほど高くもなく、かといって直接アドバンテージを取る能力の少ないカード達。幾ら彼がまだ成長していないとはいえ、そんなデッキで勝てる程甘くはないことは彼の友人武田鉄男との五十連敗なる対戦成績からも察せられる。
そんな弱者として名が知られている遊馬に敗北した凌牙はまさしく、失意の淵に立たされていると言っても過言ではない。
「なら凌牙、試してみるかい?」
そんな彼を、昇は容易く挑発する。
「……なんだと?」
「放課後、駅前広場まで来なよ。僕が証明してみせよう。ーー君の牙は、未だ輝きを失っていないことを」
「ほう、お前が相手してくれるのか」
「流石に今の君は見てられないからね」
微かに瞳の輝きが戻ったのを認め、昇と輪廻は凌牙の机から静かに立ち去る。安い挑発だが、こうしておけば必ず来るだろう。
「「決闘!」」
そして、二人の予想通り凌牙は姿を現した。
「先攻は譲ろう。君のターンだ」
「その舐めた行動……煮え滾ってきたぜ! 俺のターン、ドロー! 俺はビッグ・ジョーズを召喚!」
フィールドに現れたのは巨大な鮫。ビッグ・ジョーズ、魔法を使ったターン手札から特殊召喚出来る、彼の優秀な先鋒だ。
「さらに俺は、シャーク・サッカーを特殊召喚! このモンスターは、水属性モンスターが召喚、特殊召喚に成功した時手札から特殊召喚出来る!」
これで凌牙の場にはレベル3のモンスターが二体揃った。同レベルのモンスターが二体。一瞬の内に現れたモンスター二体を前に、昇は微かに身を震わせる。
「エクシーズ召喚……来るか!」
「俺は、レベル3のビッグ・ジョーズとシャーク・サッカーでオーバーレイ! 二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!」
赤き渦に二体のモンスターが吸い込まれ、爆発と共に新たなモンスターが姿を現わす。
巨大にして凶悪。二体の鮫が合体したような、文字通りのフォルムを持つモンスター。
「暗き水底より浮上せよ、潜行母艦エアロ・シャーク!」
攻撃表示でフィールドに現れたのは、昇の予想通りのモンスターだった。
潜行母艦エアロ・シャーク。1800の攻撃力を持ち、除外されているカード一枚につき相手プレイヤーに100ポイントのダメージを与えるモンスター。そのあまりの汎用性のなさっぷりに、元の世界では産廃の名で親しまれていたカードである。
しかし、この世界でのエアロ・シャークは訳が違う。
「エアロ・シャークの効果発動! 一ターンに一度、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除くことで自分の手札一枚につき相手に400ポイントのダメージを与える! 俺の手札は四枚、合計1600のダメージだ! 喰らえ、エアー・トルピード!」
エアロ・シャークから発射された四本の魚雷が途中で四本ずつ分裂し、昇を襲う。
手札一枚につき400、それがこの世界でのエアロ・シャークの効果だ。広すぎる汎用性と使いやすい効果は、元の世界の物とは比べ物にならず、他のランク三モンスターと比べてなお優秀すぎると言える。コンマイの調整には謎の多い物があるが、まさにこれはその煽りを受けた一枚だということは疑いようもない。
そして今の昇の手札にそれを防ぐカードは、残念ながら存在しない。
「ぐ……っ」
昇
LP4000→2400
「俺はカードを二枚伏せて、ターンエンドだ」
「僕のターン、ドロー」
引いたカードを確認し、小さく息を吐く。エフェクト・ヴェーラー。相手ターンのメインフェイズに手札から墓地に送ることで、場のモンスターの効果を無効にするカード。
一手遅いと内心愚痴るが、まあ良くあることだ。どうせ既に、ある程度のパーツは揃っている。
「僕は魔法カード、
手札の魔法カードを見せ、昇は発動を宣言した。
「このカードは、相手フィールド上にエクストラデッキから特殊召喚されたモンスターが存在する場合、デッキのモンスターを融合召喚の素材に出来る。僕が素材にするのは、シャドール・ファルコンとシャドール・ドラゴン」
糸にて何者かに操られた獣と竜が融合され、新たな人形がフィールドに姿を現わす。
竜の上に立つ緑の髪を持つ少女。杖で竜を従えているように一見見えるが、よくよく見れば竜と少女から出ている糸に気づく。何のことはない、これは二つで一つの人形だ。
「現れろ、エルシャドール・ミドラージュ」
神の写し身が一体、捜し求める者の名を持つ人形は、自らの存在を誇示するが如く丁寧にお辞儀する。その姿は、どこか哀れを誘う物であり、同時に酷く滑稽でもある。
「更に墓地に送られたシャドール・ファルコンとシャドール・ドラゴンの効果を発動。まずドラゴンの効果、フィールド上の魔法、罠カード一枚を破壊する」
墓地から顔だけ出した竜の人形が炎を吐き、凌牙の場の伏せカード一枚を破壊する。割られたのはゼウス・ブレス。凌牙の憎々しげな表情に笑顔で返しつつ、昇は効果の処理を続けていく。
「シャドール・ファルコンの効果、このカードが効果で墓地に送られた時、フィールド上にセットする。さらに僕はクリバンデットを召喚。バトル、エルシャドール・ミドラージュでエアロ・シャークに攻撃」
主の命を受けた人型が嬉しそうに杖を振り、竜が己が力を見せ付けるが如く息吹を吐く。2200は何らかの妨害を行わない限り1800で受け切れる数値ではなく、その事実を示すようにエアロ・シャークは破壊された。
そして超過ダメージが、容赦なく凌牙を襲う。
「く、ぐおおおっ!」
凌牙
LP4000→3600
「更にクリバンデットでダイレクトアタック」
追撃とばかりにクリバンデットが助走をつけ、飛び上がりざまの体当たりで凌牙のライフが根こそぎ削られる。その一部始終見ていた昇と輪廻は同じ感想を抱いていた。
これ、どうみても青リログランドヴァイパーだ。
凌牙
LP3600→2600
「ぼ、僕はカードを二枚伏せてターンエンド。そしてクリバンテッドの効果、エンドフェイズにこのカードをリリースし、デッキトップからカードを五枚捲る」
「おい、なんだその笑いは」
「な、なんでもないさ。クリバンテッドの効果はまだ続く、この時捲ったカードの中から魔法、罠カード一枚を手札に加えることが出来、その後捲った他のカード全てを墓地に送る」
まさか元の世界の格ゲーのキャラの技とそっくりで噴き出したんですなどと言えるはずもなく、昇は誤魔化すようにデッキのカードを捲る。カード五枚の内訳は、ブレイクスルー・スキル、
「僕は神の写し身との接触を選択し、手札に加える。そして、残りのカードを墓地に送ろう」
「それで終わりか? なら」
「まさか。墓地に送られたカード達の効果を発動させて貰うよ。まずシャドール・リザードの効果、デッキからシャドールと名の付いたカード一枚を墓地に送る。僕はシャドール・ヘッジホッグを墓地に落とそう。続いて影衣の原核の効果、このカードが墓地に送られた場合、墓地のシャドール魔法、罠を手札に加える。僕が手札に戻すのは影衣融合だ」
ターン終了を宣言しておきながら効果処理を続ける相手に眉を吊り上げる凌牙と対照的に眉一つ動かさない昇の姿は対照的だ。それもそのはず、この世界と昇の元の世界では環境その物が違う。
環境が変わればそこで生きる人間が変わるのと同様、環境が異なれば同じカードゲームでも全く違うゲームになる。反応が違うのもある意味当然。大袈裟かもしれないが彼らは文字通り生きてきた世界が違うのだから。
「さらにシャドール・ビーストの効果、このカードが効果で墓地に送られた時、デッキからカードを一枚ドローする」
「やっと終わったか。なら」
「誰がターンを譲ると言った? リザードの効果で墓地に送られたシャドール・ヘッジホッグの効果、このカードが効果で墓地に送られた場合、デッキからシャドールの名を持つモンスター一枚を手札に加えることが出来る。僕が手札に加えるのはシャドール・ビースト。これで本当のターンエンドだ」
カードを公開し、昇はいけしゃあしゃあと二度目のターンエンド宣言を行う。それを聞いた凌牙は派手に笑い声をあげ、獰猛に笑った。
「こんなにイラッときたのは昨日以来だ……いくぜ、俺のターン、ドロー! 俺は魔法カード浮上を発動! 墓地のビッグジョーズを特殊召喚する! 甦れ、ビッグ・ジョーズ!」
「だけど僕の場のエルシャドール・ミドラージュの効果で君の特殊召喚は一ターンに一度となっている。これでもう君はこのターン特殊召喚は出来ない」
「ハッ! そいつを倒してしまえば済む話だろ? 俺はさらにを召喚! さらに魔法カードアクア・ジェットを発動! 場のビッグ・ジョーズの攻撃力を1000ポイントアップする!」
「……出た、シャークさんの」
「これ以上言ったら怒るぞ?」
「そうだよ輪廻、これはコンボと言うよりタクティク」
「バトルだ! 行け、ビッグ・ジョーズ! ミドラージュを噛み砕けッ! ビッグマウス!」
今更恥ずかしくなったのか吠えた凌牙の命に従うが如く鮫が己の牙を振るう。攻撃力2800にまで強化されたその力は、とてもではないがミドラージュが耐えられる物ではない。
だからと言って、ここで大人しく破壊を許せば敗北が見えてくるのも事実だ。
「リバースカードオープン、
先のターンに伏せた速攻魔法を使い、昇は反撃の一手を打つ。
「このカードは「シャドール」専用の融合だ。手札またはフィールド上からシャドール融合モンスターに指定された素材を墓地に送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。僕は手札のマスマティシャンとエルシャドール・ミドラージュを墓地に送り、融合召喚する」
現れるのは地のエルシャドール。その姿を見た者はまず不気味という感想を抱くだろう。
機殻に囚われた人形と見るか、はたまた人形が機殻を乗っ取っていると見るか。どちらにしようともこれを見た者はまず馬鹿げた大きさにただただ圧倒されるに違いない。
「現れろ、エルシャドール・シェキナーガ」
荘厳にして醜悪、機殻にして人形。神の写し身、栄光の弓。山を越える大きさを誇るエルシャドールが、主の命に従いフィールド上に現出した。
「まさかバトルフェイズに融合とはな」
「まあね。さて、どうする凌牙?」
守備表示で召喚されたシェキナーガの守備力は3000。一瞬前まで牙を輝かせていたビッグジョーズもその巨大さに怯えたのか萎縮した様子を見せる。
いかにアクア・ジェットの効果を受けているとは言えビッグ・ジョーズの攻撃力は2800。シェキナーガを噛み砕くには少しばかり数値が足りず、攻撃を諦めた凌牙の顔が憎々しげに歪む。
「さらに墓地に送られたミドラージュの効果、墓地のシャドール魔法、罠一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのは影依融合だ」
「チッ……ならば俺はカードを二枚伏せてターンエンドだ!」
「なら僕のターン、ドロー」
デッキトップのカードを確認し、昇は一つ頷く。カードは全て揃った。後はあの伏せカードがフリーチェーンの罠でないことを祈るだけだ。
「魔法カード大嵐を発動。場の魔法、罠カード全てを破壊する」
「何!?」
驚愕と同時に嵐が場を巻き上げ、場に存在する魔法と罠全てを墓地へと送る。凌牙が何も発動しなかったことから、あれは攻撃反応型か召喚反応型なのだと考えた昇であったが、どうでもいいかと思い直す。これでこの決闘は、もう詰めに入ったようなものだ。
「破壊された
栄光の弓に並び立つは、落ちてきた巨人。
ネフィリム。旧約聖書に描かれた、神と人間の間に生まれた巨人。その名を冠する人形は、下界を見下ろす神の如くフィールド上で佇む。
能面と呼ぶに相応しい表情からは、感情と呼べる物はとても感じられそうにない。その様は、奇しくも似た効果を持つ機械と同じ物だと感じた。
「エルシャドール・ネフィリムの効果、このカードが特殊召喚に成功した時、デッキからシャドールカードを一枚墓地に送る。僕が墓地に送るのはシャドール・ヘッジホッグ。さらにシャドール・ビーストの効果、デッキからカードを一枚ドロー。ネフィリムの効果で墓地に送られたヘッジホッグの効果も発動。デッキからシャドール・ファルコンを手札に加える」
「融合してるのに手札が減りやがらねえ……とんだデッキがあったもんだな」
「それを言うならエクシーズもよっぽどだと思うけどね。融合や儀式のように魔法を必要とすることなく、指定されたレベルのモンスター数体をフィールドに並べるだけで召喚条件が整う。とてもじゃないけど真っ当な融合じゃ勝てるわけがない」
「それは、そのデッキが真っ当な融合デッキではないと認めたようなもんだぞ」
「まあ、ね。魔法カード闇の誘惑を発動。カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスター一枚を除外する。僕が除外するのはシャドール・ファルコン。さらに墓地のクリバンデットとエフェクト・ヴェーラーを除外し、カオスソルジャーー開闢の使者ーを特殊召喚」
これで、詰み。
「バトル、エルシャドール・ネフィリムでビッグ・ジョーズに攻撃」
「攻撃力が同じネフィリムでビッグ・ジョーズに攻撃だと⁉︎」
凌牙の驚きを意に解する事なく神の子の名を持つ巨人は鮫へと狙いを定め、己が拳を振り下ろす。圧倒的と言える質量の暴力はビッグ・ジョーズを一方的に破壊しーーネフィリムは何事も無かったかのように昇の場に戻る。
「……テメエ、何をした」
「エルシャドール・ネフィリムの効果、このカードが特殊召喚されたモンスターと戦闘を行う場合、ダメージ計算を行うことなく破壊する。神の子の前では特殊召喚など許されないというわけだよ。さらに、開闢でスカル・クラーケンに攻撃」
攻撃力僅か600のスカル・クラーケンに攻撃力3000を誇る騎士の剣は止められる物ではなく、その事実を証明すろように蛸は一刀の元に両断される。
それは凌牙もまた、同じ。
「馬鹿、な……そのモンスターの攻撃は、既に終わっているはず」
「開闢の効果、このモンスターが戦闘を行ったバトルフェイズにもう一度だけ続けて攻撃が出来る。次元を越えた二の太刀の味はどうだい?」
「最悪だ、ぜ」
凌牙
LP2600→100→-2900
「僕の勝ちだね、凌牙」
差し伸べられた手を振り払った凌牙を見て、満足そうに昇は頷く。怪訝な顔を見せた彼であったが、昇の言葉を聞いた瞬間悔しそうに眦を落とした。
「僕が見た限り君の牙は錆びてない。あの全国大会の決勝で僕と戦った時と同じ、力強く鋭いままだ」
「だが俺は、あの初心者に負けた」
「そうだね。凌牙は全力を出した、でも九十九遊馬に負けた。でもその結果は果たして、君が弱くなったことだけを証明する物かどうか、もう一度考えてみてくれ」
「……ケッ!」
背を向ける凌牙に苦笑し、近寄ってきた輪廻と共に息を吐く。後ろで溜息を吐かれていることを察した少年は、顔を向けることなく言葉を返した。
「分かってるよ、昇の言い分も。だけどまだ俺はあいつに負けた事実が受け入れられてねえ。だから」
「時間は幾らでもあるんだ。ゆっくり時間をかけて、その上で彼を認めてあげてくれ。九十九遊馬は今、自分自身の殻を破ろうとしているんだ」
言うだけ言ってから不満そうな表情を浮かべた輪廻の頭を撫で、肩を抱き寄せ帰路につく昇。その姿を無言で見送った後、凌牙は思わず苦笑交じりに息を吐いた。
「全く、お節介にもほどがあるぜ。プロデュエリストのくせによ」