「おーい、昇ー! 輪廻ー!」
放課後。自宅に帰り二人でゲームでもして遊ぼうかと考えていた昇と輪廻の耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「……どうする?」
「流石に無視は出来ないからね。少し時間を割くけどいいかな?」
「……まあ、仕方ないかな」
立ち止まって小声で頷き合った二人の前に、一人の少年が姿を現わす。九十九遊馬。皇の鍵と不屈の精神を持ちナンバーズを集める使命を持った少年。
遊戯王ゼアルという物語の、主人公だ。
「ちょっと遊馬!」
「おう小鳥、どうした……って痛えな、何すんだよ!」
「いきなり声をかけたら驚くでしょう⁉︎ 本当に遊馬はバカなんだから!」
「バ、バカってなんだよ! 俺はただ、昇か輪廻に決闘して貰おうと」
「なんかそっちも忙しいだろうし、先に答えを返しておくよ。遊馬、悪いが僕の答えはノーだ」
苦笑しながらの返答に不満げな顔を向ける遊馬であったが、少年の答えは変わらない。
「凌牙を倒したって話は聞いてるよ。そこまでの成長、僕は本当に嬉しく思う」
「なら!」
「けどまだだ。まだ僕が相手をするには君の実力は足りていない。今はもっともっと強敵と戦い、研鑽し、実力を磨くんだ」
「けど……」
「大丈夫。僕との戦いの時は、自然と訪れるさ。まあ、それとは別に一つ今日は一つ、面倒な用事を抱えていてね」
「昇が面倒っていう用って、一体何なんだ?」
「簡単だよ。僕達が生きて行く為の、単なるバイトさ」
遊戯王の世界には、多種多様なデッキが存在する。
装備したモンスターを墓地に送る事で効果を発揮するカードや、リリースされた場合に効果を発動するカード。異常と言っても過言ではない程のカードプールからは文字通り十人十色と言えるデッキが出来上がり、デッキ作りもまたこのカードゲームの一つと言っても過言ではない。
そして、ギャラリーが最も沸く瞬間と言えば。
「僕のターン、ドロー」
昇
LP3400
手札0
伏せカード一枚
圧倒的不利な状況下からの逆転、これにつきる。
「手札がゼロでこのカードをドローした時、このモンスターは特殊召喚出来る。現れろ、インフェルニティ・デーモン!」
太陽が沈み、月が天頂に位置する時間帯。とある豪華客船の中に存在する決闘場で、昇はプロデュエリストと相見えていた。
夕食を自宅で取った後クライアントが遣ったヘリコプターに乗り輪廻と共に乗り、金持ち相手の見世物として戦っている所。面倒臭いのは事実だが、金払いが非常に良い相手ということもあり仕方なく今ここに立っている。
さて、現場自分の手札はゼロ、伏せカードは一枚。相手の場にはモンスター・エクシーズであるキングレムリン。攻撃力2400を持ち爬虫類族をサーチできる優秀な先鋒だ。伏せカードは二枚、手札は三枚。これが通るかどうかが勝負の決め手といっても過言ではない。
「インフェルニティ・デーモンの効果、このカードが手札ゼロで特殊召喚に成功した時、デッキからインフェルニティと名のついたカード一枚を手札に加える。僕はインフェルニティガンを手札に。さらに手札に加えたガンを発動し、効果発動。手札ゼロでこのカードを墓地に送ることで、墓地より二体のインフェルニティ・ネクロマンサーを一体は守備表示、一体は攻撃表示で復活させる。さらにネクロマンサーの効果発動、墓地よりインフェルニティ・デーモンを蘇生」
前のターンインフェルニティ・インフェルノの効果で墓地に送っていたネクロマンサー二体を蘇生し、同様に前のターンダーク・グレファーの効果で墓地に落としておいたデーモンを蘇生させる。
このターンデーモンを引いたのは偶然でも何でもない。単に前のターンチェインの効果でデッキトップに置いていただけのこと。自らのドローに全てを託せるほど、昇は自らの運を信用してはいない。
「インフェルニティ・デーモンの効果でインフェルニティ・ブレイクを手札に。カードを一枚伏せ、さらに二体のインフェルニティ・デーモンでオーバーレイ・ネットワークを構築。エクシーズ召喚、現れろラヴァルバル・チェイン」
胸には特徴的な紋章、体は焔の竜。再び場に姿を現した海竜は、己が存在を誇示するが如く咆哮する。
「チェインの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ墓地に送ることでデッキからモンスター一体を墓地に送る。僕が送るのはトリック・デーモン。さらにトリック・デーモンの効果、このカードが効果で墓地に送られた時、デッキからデーモンと名の付いたモンスター一枚を手札に加える。僕が手札に加えるのはインフェルニティ・デーモン」
「きた……きた……」
「ハンドレスコンボだ……」
プロの場ではこのデッキを多用しているからか、気づき出した観客が騒ぎ出す。相手も苦虫を噛み潰したような顔をするが既に手遅れ。妨害札を握ってない以上、手札ゼロとなったインフェルニティは主の命が尽きぬ限り止まることはない。
「墓地のヘルウェイ・パトロールの効果、このモンスターを除外することでインフェルニティ・デーモンを特殊召喚。デーモンの効果、デッキからインフェルニティバリアを手札に加える。カードを一枚伏せ、ネクロマンサーの効果発動。墓地よりインフェルニティ・デーモンを蘇生。デーモンの効果、デッキよりインフェルニティ・ミラージュを手札に。二体のデーモンでオーバーレイ・ネットワークを構築。鳥銃士カステルをエクシーズ召喚」
帽子を被り、猟師のように銃を携えた鳥人間。二つの凶悪極まりない効果を持つ銃士は狙いを定めるが如く妖精の王に愛銃を向ける。
「カステルの効果、オーバーレイ・ユニットを二つ取り除きこのカード以外のフィールド上に存在する表側表示のカード一枚をデッキに戻す。僕はキングレムリンを選択しよう」
「させるかよ!罠カード、毒蛇の供物!俺のフィールドの爬虫類族モンスター一体とお前のフィールド上のカード二枚を破壊する!俺はキングレムリンとお前の場のカステル、チェインを破壊!」
妨害札を使ったタイミングに眉を潜めるが、昇は何も言わずに効果を通す。サクリファイス・エスケープによりカステルの効果は不発に終わり、フィールドには悪魔の蘇生師だけが残った。
「……ただではやらせてくれない、か」
「当然だろうが! これでお前のフィールドには攻撃力がゼロの雑魚が二体。俺のライフは削れまい。さあ、早く俺にターンをーー」
「忘れたかい? 僕はまだ、通常召喚を行っていない」
相手と観客の息を呑む音が、確かに昇の耳に届いた。
「僕はレベル3のネクロマンサー二体でオーバーレイ。エクシーズ召喚、現れろ虚空海竜リヴァイエール。リヴァイエールの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ使い、除外されているレベル4以下のモンスターを一体特殊召喚する。戻れ、ヘルフェイ・パトロール。さらに僕は、インフェルニティ・ミラージュを召喚」
攻撃力ゼロ、守備力ゼロ。レベルはたったの1。ステータスという面において、このモンスターは考えられる全てのモンスターの中でも最底辺に位置するといっても過言ではない。
しかし、ステータスの貧弱さを嘲るような効果こそ、このモンスターの真骨頂。
「インフェルニティ・ミラージュの効果、このモンスターをリリースし、墓地よりインフェルニティ・デーモンとインフェルニティ・ネクロマンサーを攻撃表示で蘇生する」
名前の如く消えたミラージュの変わりに、二体のインフェルニティがフィールド上に現出する。
蜃気楼とは、光の屈折により起こる幻影を元にして作られた言葉だ。一体の悪魔が二体の悪魔に変わる様を見せつけられた相手は、今まさに蜃気楼を目の当たりにした気分を味わっているに違いない。
「インフェルニティ・デーモンの効果、デッキからインフェルニティと名のついたカード一枚を手札に加える。僕が加えるのはインフェルニティ・ブレイク。カードをセットし、墓地のネクロマンサーの効果発動、インフェルニティ・デーモンを特殊召喚。この効果で特殊召喚されたデーモンの効果は発動しない。僕はフィールドのヘルウェイ・パトロール、デーモン二体でオーバーレイ! エクシーズ召喚!」
そしてこれが、この世界行った動きの一つ。
「現れろNo.16、色の支配者ショック・ルーラー」
ナンバーズ・カード。世界に一枚ずつしか存在しないカードであり、アストラルの記憶の断片。その一枚であるショック・ルーラーを見た者は、まず言葉を失うだろう。
種族こそ天使族であるが姿形は異形そのもの。機械の如き身体に仮面のような顔。紫に染まる全身は不気味さを助長しており、観客全員の言葉が失われる。
「ショックルーラーの効果、オーバーレイ・ユニットを一つ取り除き、魔法、罠、モンスター効果のうち一つを宣言する。そして宣言された相手のカードの効果は二度目の相手ターン終了時まで無効となる! 僕が宣言するのはモンスター効果。そしてバトルフェイズ、ショック・ルーラーでダイレクトアタック」
「甘え! リバースカードオープン、聖なるバリアー―ミラーフォース―! お前のモンスターはこれで全滅だ! 爪を誤ったな、罠カードを宣言しておけば勝ってたってのによ」
にんまりと口元を歪め、勝ち誇ったように叫ぶ相手。虹色に輝く障壁を目の前にして、昇もまた微かに目を細めた。
「それはどうかな?」
「……何?」
「リバースカードオープン、インフェルニティ・バリア。効果モンスターの効果、魔法、罠の発動を無効にして破壊する。壊れろ、ミラーフォース」
ネクロマンサーから放たれた透明な障壁が虹色に輝く障壁と相殺する。これでもうルーラーの攻撃を阻むことは、もう昇の相手には出来ない。
「いけ、リヴァイエール。彼にダイレクトアタック」
プロ
LP4000→1700→-100
「……なあ、一つ聞いていいか」
「話せることなら、何でも」
決闘の後。今日の相手に話がしたいと言われた昇は、指定された豪華客船の甲板で手摺に腕を絡めてそう応えた。
「何故、俺の毒蛇の供物にインフェルニティ・バリアを打たなかった」
「ああ、そのことか」
インフェルニティ・バリアは万能カウンター罠だが、発動条件が一つある。それは、インフェルニティと名のついたモンスターが攻撃表示で立っていること。
ガンの効果で出したネクロマンサーの一体が攻撃表示であったのも、最後に立てたネクロマンサーが攻撃表示であったのもその為だ。万全を期し、そしてその通りに勝利した昇であったが、バリアの発動タイミングに違和感を感じたのだろう。
「あの時ネクロマンサー二体を狙われていれば、僕は確かにバリアを使っただろう。でもその場合、僕は攻撃しなかっただろうね」
「誤魔化すな。俺が聞いているのはどうしてモンスター・エクシーズの破壊を向こうにしなかったのかってことだ」
「なら、こう言うしかないね。別に破壊された所で、幾らでもリカバリーが効いたからだ」
決闘を頭の中で思い返したのか、相手は自嘲気味に苦笑する。
「……なるほど、確かにそうだ」
「そういうことなんだよ。じゃあ、今日は僕はこの辺でお暇させて貰うよ。また戦う時がきたら、その時はよろしく頼む」
「それは俺の台詞じゃねえかなぁ……まあいいや。此方こそよろしく頼むぜ、相剋のぼーー」
周りの時間が、文字通り止まる。
「貴様、ナンバーズを持っているな」
空から甲板に降り立ったのは、鋭い眼光を向ける少年。
「ああ、持っているよ。ナンバーズ・ハンター」
「ほう、俺の事を知っているとはな」
「小耳に挟んだ程度だよ、天城カイト。さて、一介のデュエリストである僕に何の用かな?」
「知れたこと。貴様を倒し、ナンバーズを奪いにきた」
獰猛な笑みを浮かべながら話す天城カイトと視線を合わせた昇は、内心でにんまりとほくそ笑む。計画通り。このタイミングでナンバーズを使えば、十中八九カイトが釣れるのは分かっていた。
さて、後はどうやって上手く事を運ぶかだが――。
「……その決闘、待った」
静寂を打ち払ったのは、小さいながらも響いた少女の声。
「貴様……この空間で動けるということは、貴様もナンバーズを持っているな」
「……その通り。そして、昇の前に貴方と戦うのは私」
「ほう。マネージャー如きが俺と戦おうというのか」
「……如きかどうか戦ってみれば分かる。最も、その時には貴方は地に伏しているのだけれど」
声の主である六道輪廻はにこやかな笑顔を向けて挑発する。怪訝そうな顔をしていたカイトであったが、輪廻が放った再度の挑発を受けるやいなや楽しそうに笑みを零す。
「面白い!デュエルモード、フォトン・チェンジ!」
「……昇、いいでしょ?」
「……どうせ、僕が駄目って言ってもやるんだろう?」
「……うん。まあ、そうだけど」
恥ずかしそうに苦笑する輪廻に、昇もまた精一杯の笑顔で応じる。
「僕からは何もないよ。輪廻がやりたいと言うなら好きにやるといい。ただし、一つだけ約束だ」
「……負けるな、でしよ?」
「その通り。それだけ分かっていれば大丈夫だね」
ここで負ければ全ての計画が水泡に帰す。それを忘れていないのなら、もう大丈夫だ。
幸いここで輪廻が勝てば上手く計画を進められる。なら後は、彼女を信じるしかない。
「「決闘!」」
時の止まった空間で、誰にも知られることなく。二人の決闘者は己が剣を引いた。