決闘だけが読みたい方は飛ばすことをお勧めします。
「っと、ここか」
翌日の朝。ちょうど学校が休みでるということも手伝って、昇はハートランドシティの中心付近へと赴いていた。
「しかし全く、輪廻には困ったな」
前日の決闘での要求の件を電話した際、話したいこともあるからウチまで来いと言われここに至る。輪廻はあんな奴と会いたくないと言って外出してしまい、今ここにいるのは昇一人。
元々一人で会う予定だった故、問題は何もないのだが。
「さて、とりあえずインターフォンを……あれ、開いてる?」
門に鍵がかかってないことを確認した昇は、一応インターフォンを押して何も反応が返ってこないことを確認してから中へと入る。家の方にも鍵はなし。不用心なのか剛毅なのか分かったものじゃないが、少なくとも歓迎されてないという最悪の状況だけは避けているのだろう。
最も、この家全てが自分を始末する為に用意した罠である可能性も否定しきれないが。
「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」
明かりがついている方へと進み、数十秒かけて人の気配のある扉の前へと辿り着く。
気合一発。一つ気持ちを落ち着けるべく息を吐いた昇は一息で扉を開け、
「開幕のダムドファング渡がずうずうしいー!」
「ドラゴンインストール!? 何やってんだこいつー!」
コントローラーを手に、ディスプレイの前でソファーに座りゲームに興じている少年少女が一組。
「……おや、来たようだね。わざわざここまで来てくれたんだ、一緒にギルティでもどうだい、相剋昇君?」
コントローラーを差し出しながら、少女は笑う。
予想だにしない歓迎を受けた昇は一瞬あっけに取られてから、手厚い歓迎だと独りごちた。
「……しかし、暇」
最寄りのゲームセンターで適当に時間を潰しつつ、輪廻はそう呟いた。
「……こんなことなら、昇についてけば良かったかな」
ゲームセンターから出た輪廻は、買っておいたアイスを舐めながら町並みを歩く。
掃除用ロボットが清潔な環境を保ち、空中に浮いた自動車やバイクが当然のように走り回る世界。昔は一目見るだけで頭痛がしたものだが、そう考えてみると慣れた物だと思う。
それでもこの嫌悪感だけは、ここにいる限り取れることはないのだろうが。
「……もう一度、ゲーセンに戻ろうかな……」
どうせ昇が帰ってくるのは夕方近くだ、潰さなければならない時間はまだまだある。家に帰る、という選択肢もないわけではないが、折角の休みに家で引きこもっているというのはあまり面白いものではない。
「……さて。悲運天賦はもう使ったし。片翼七本槍でも使うかな? 真田は使っててあまり面白くないから没、でも華芯入り羅漢というのもなかなか」
「あ、六道さん」
「……矢雨は論外、あんなの別ゲー。大津の包囲戦もなかなか……え?」
動き続けていた少女の足が止まる。
知らないわけではない、むしろ聞き覚えがある声だ。それどころか昨日聞いたばかりの声だ。
問題は、聞いた場所であるという点であるが。
「……な、なんで」
「もしかして一人? 昇さんは?」
私服姿の小鳥とキャッシーを前に、輪廻は面倒なことになりそうだと一つ息を吐いた。
「いやー、強いね! まさかあそこまで儀式を完璧に決めるとは驚いたよ! ああそうだ、自己紹介がまだだったね。私は
「じゃあ、月夜と。僕は」
「大丈夫大丈夫、分かってるよ。私らがウチに呼ぶ人間の情報を調査していないはずがないだろう?」
不敵に笑い、一呼吸の後月夜は再び口を開く。
「相剋昇。年は十四歳、最もこれは此方の世界の年齢だからどこまで信じられるかは分からんがね。五年前から突如プロリーグに登場し、ありとあらゆる大会でインフェルニティを使って勝ち続け、タイトルの山を築き上げる。が、二年前に突然謎の引退。今現在は世界中の富豪が集う会員制クラブに呼ばれた時だけ、豪華客船などで決闘を見せている。プレイスタイルとして常に先攻を相手に譲るという特徴がある、ここまでが表の情報だ」
「……裏の情報は?」
「これ以上はたとえあんたと言えどもタダでは教えらんないね。金を払うか、もしくは決闘盤を用いての決闘で私に勝つかしないと。私も幸也も命は惜しい。口が軽い奴から死ぬってのは、どこの世界でも一緒さ」
にこやかに、しかし強い意志をもって、月夜は昇の言外の要求を拒絶する。
先程まで温暖な空気が広がっていた場所が今は地獄だ。昇からは殺気が放たれ、幸也は立ち位置を変えて月夜をいつでも庇える姿勢をとっている。一触即発。何か一つ不用意な言葉が発せられた瞬間、不発弾がその本来の仕事をすることになるだろう。
それを、どちらかが望んでいればの話だが。
「分かった、これ以上は聞かないよ」
「おや、やけにあっさり引いてくれたね」
「前にも言ったけど僕は君たちに敵意を抱いてない。脅しにも屈服しないことが分かったし、今僕からは何も手出しをすることはないよ」
「……ま、その方が有難い。俺達はあくまで話をするためにお前を呼んだんだ。そういやお前、いつも一緒にいるお嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「君に会いたくないってさ」
「マジか、そりゃあ嫌われたもんだ」
諦めたように幸也は息を零し、月夜は堪え切れないとばかりに笑みを漏らす。周囲に暖かい空気が戻った頃合いを見てから、昇は新たに話を切り出した。
「さて、本題に入ろう。君達はどこまで原作に介入したんだい?」
「以前、遊馬がどこからか俺の噂を聞きつけてきてな。全然勝てないから俺を強くしてくれなんて言い出したから、適当にデッキを弄ってやったんだよ。俺がやったのはそれだけだ、エクシーズモンスターも渡してなければナンバーズについても教えていない」
「それをやったのはいつ頃かな?」
「二か月ほど前だな、少なくともアストラルが遊馬に憑く前のことだ。ある意味で異世界人である俺らはアストラルの姿を視認できるから、それについては信用してくれていい」
幸也が差し出したコントローラーを受け取り、ディスプレイの方へと身構える。昇のキャラはポチョムキン、対して相手は月夜が操作するカイ。投げキャラ対スタンダードキャラの戦いだ。
「……なるほどね」
「俺からの話は以上だ。何か質問はあるか?」
「いや、ないよ。これだけあれば十二分だ」
戦況は極めて一方的だ。ハンマフォールブレーキ、通称ハンブレを中心としつつ様々な技を駆使し何とか近寄ろうとする昇に対し、月夜はスタンエッジとチャージスタンの二種類の飛び道具を効果的に使いつつ間合いを自分が有利になるよう操作していく。決して逃げてるだけではなく一度触れば徹底的にガードを強要させ中下段の二択を迫ってくるというのが辛く、なかなかポチョムキンの代名詞であるポチョムキンバスターを決めることが出来ない。
「さて、幸也の話も終わったことだしここからは私達渡総合事務所として話をさせてもらうよ」
「何だい、藪から棒に」
画面から目を離さずに反応を返した昇に、月夜はまるで世間話をするかのような軽さで言った。
「昇君、私達の力を借りる気はないかい?」
「……なんで、こんなことに」
「輪廻さん、こっちの服も着てみて! きっと似合うから!」
「キャット! 小鳥、次はこっちの服を着てもらう約束よ!」
そんな約束した覚えは一度もない、などと心の中で愚痴りながら、輪廻はどうしてこうなったのかを思い返す。確か彼女達二人とばったり出くわしたのが二時間程前で、そこから予定を聞かれてゲーセンで時間を潰すと答えたらあれよあれよという間に着せ替え人形になっていた。何か素材はいいんだからなどと言われた気がするが、こうなればただのおもちゃにされている感が否めない。
「でも輪廻さん凄い、どんな服着ても似合う……」
「キャット! 羨ましいわ!」
「……もう、勘弁して」
とりあえず一度昼食にしよう、ということで着せ替え地獄から解放された輪廻は、昼食を取るためと連れられたカフェの一席でぐったりと腰を下ろす。正直な所これなら昇と一緒にあいつの家に行っていたいた方がまだ数倍マシだったかもしれない。少なくともこうなることが事前に分かっていれば間違いなく付いていっただろう。
(……善意、であるのは分かっているのだけれど)
それがタチの悪い部分であるのも事実だ。善意の押し付けは時として悪意を上回る厄介さを示す。何故ならそこには純粋な親切心しかない。それを勝手に裏切られただの何だのと勝手に考え勝手に逆恨みされたら目も当てられない。
善意というのはあくまでも主観的なモノであって、それがどう受け取られるかは受け取った者にしか分からない。どんなに善行をしたつもりでも、受け取った者によっては面倒事にしか感じないことも多々ある。今回がそのいい例だ。
「――ねさん、輪廻さん!
「……小鳥、どうしたの?」
「輪廻さんは昇さんのこと、どう思ってるの?」
「……へ?」
突然言われたことに思考が追い付かず、輪廻は目を丸くする。
「ねえ、どうなの!?」
「……ちょ、ちょっと、それどういう」
「キャット、決まってるでしょ! 輪廻さんが昇さんのことを好きかどうかって話よ!」
今度こそ本当に、輪廻の頭が真っ白になった。
「「さあ、どうなの!?」」
「……ちょ、ちょっと待って。どういう流れでそういう話に」」
「「いいから早く!」」
問答無用、と言わんばかりに迫る二人の圧力に、輪廻は泣きたくなる気持ちを必死で抑える。
助けて昇、と内心助けを求めるがいつもであれば二人をとりなしてくれるであろう彼はいまこの場にいない。元々自分から別行動を提案したのであるが、今となってはあの時の自分をぶん殴ってでも一緒に行くべきだった。
後悔先に立たず、というのは恐ろしい。ならば私が新しい未来を切り開こうとどこぞの赤い人なら言うのだろうが今の自分にそんなことが出来るとは思えない。ただ一つ言えるのはこんなもの想定の範囲外だよ。
「……私と昇は、ただの協力者。少なくとも貴女達が勝手に思い描いてる関係ではない」
「え? ……でもあんなに仲良いじゃない」
「私達には恋人同士にしか見えないわよ!」
「……恋人同士、ね。ふふ」
二人は冗談とばかりに笑い、輪廻も口元を歪ませる。
最もそれはいつものように呆れを含んだ物ではなく、どこか自虐的な笑みだったが。
「……もしそうだったら、本当に良かったのにね」
特級の地雷を踏んだ、と理解した二人だが既に手遅れ。
「こ、この話はやめましょ!」
「こ、小鳥の言う通りね! 何か別の」
「……もしも私と昇がごく当たり前のように出会ってたら、そんな現在もあったのかもね」
悲哀を漂わせ自嘲気味に輪廻は呟く。
その姿は年齢には見合わないほどに艶っぽく、魔性とさえ呼べるまでの色香を漂わせていた。
「……御免なさい。この話は終わりにしていい?」
「も、勿論! いいに決まってるじゃない!」
「キャット! 次はどこに行く?」
提案に賛成するが早いか全力で話の方向転換を目論む少女二人に苦笑し、輪廻は彼女らに気づかれぬよう溜息をつく。
ifは所詮はifでしかなく、今ここで生きている以上現実を直視せねばならないのは分かっている。
それでもなお、夢想したことがない、と言えば嘘になるが。
「……昇」
少年の名前を呼び、今一度小さく息を吐く輪廻。
それを見ていた二人からは、彼氏の帰りを待つようにしか写らなかった。
「……ふう。今日は疲れた」
「全くだ、まさかあそこまで厄介な奴だったとはな。
昇が帰ったのを見送ってから本日休業の看板を門に掲げた後、事務所の中で幸也と月夜は疲れ切った表情で淹れたばかりのコーヒーを啜っていた。
「ともあれ、平穏無事に終わってよかった。仕事の契約も取り付けれたし、結果だけ見れば万々歳だ」
万々歳、と言いながらも口にした月夜の顔は暗い。
「……なあ幸也、お前はあいつをどう見る?」
「それは俺にも分からん。あいつは本物の怪物だ、俺達は奴の本性の片鱗すら見せてもらうことは出来なかった。でも、一つだけ分かったことがある」
「ああ、私もその一つは分かったよ」
目を見合わせ二人は笑う。同じことを考えているのが分かったし、これ以上この話を続けるのはやめよう。
「しかし結局、一回も勝てなかったな。もう少し立ち回りを考える必要がありそうだ」
「全くだ。あそこまでポチョを扱われるって、どれだけの修練を積んだんだよ」
「……裏を返せばそれは、ポチョで勝つためにそれだけの時間を犠牲にしたってことなんだろうね」
コーヒーを飲み終わった少年もまた、重々しく頷く。
「さて、この話は終わり! 幸也、一緒にギルティしよう!」
「あれだけあいつに負けてまだ懲りないのか……まあいいや。俺も負けまくって苛立ってた所だ、付き合ってやるよ」
空になったコーヒーをテーブルの上に置き、ソファーの上へと移動する二人。
「お、おい膝の上に乗るなって!」
「誰も見てないんだしいいだろ? ここが私の特等席だからいいじゃないか」
「画面が見えないんだよ! 後で幾らでも乗せてやるからどいてくれ!」
ゲームに興じつつ、そんなことをしながら笑う幸也と月夜。
二人の休日は、こうしてゆっくりと過ぎていった。
「お帰り輪廻」
「……ただいま。今日はなんか疲れた」
「分かった。なら輪廻は家で休んでてくれてもいいよ」
「……? 何かあったの?」
「トロン一家からの連絡がついさっきあってね。急な話ですまないけど僕達に会えないかってことらしい」
「……分かった。私も付き合う」
「でも輪廻、さっき疲れてるって」
「……昇は、私と一緒が嫌なの?」
「そう言われたら何も言えないな……輪廻、一緒に来てくれる?」
「勿論」
二人の休日は、まだ終わらない。