銃声、そして人知を超えた神秘が日常に溶け込む巨大な学園都市、キヴォトス。
数多の自治体と無数の巨大学園が覇を競うこの街へやってきたとき、俺、円ショウはどうしても入りたい学園や、胸に抱く崇高な理念だとか、大いなる野望といったものが一切なかった。
トリニティ総合学園、ゲヘナ学園、ミレニアムサイエンススクール。配られたパンフレットに並ぶきらびやかな学校案内を前にして、時には風呂でゆっくりと、時にはベッドですやすやとしながら俺は三日ほど考え込み、最終的にひとつの結論に達した。
自分だけで決められないなら、人知を超えた何かに委ねるのが一番筋が通っているんじゃないかと。
そう思い立った俺は、机の上に白い紙を敷き、五十音と「はい」「いいえ」、そして鳥居の絵を描いた。十円玉の中央に人差し指をそっと乗せ、部屋の窓を少しだけ開けて風を通す。
「こっくりさん、こっくりさん。俺はいったいどこの学校へ行くべきでしょうか」
十円玉は迷うことなく滑らかに動き始め、カチカチと紙の上を滑っていった。
『あ』『び』『ど』『す』。
指定されたのは、砂漠化によって衰退の一途を辿っているという、アビドス高等学校だった。
意思疎通が成立した以上、相手が無機物だろうが俗信の霊だろうが約束を違える理由はない。
俺は「ありがとうございました」と十円玉に丁寧に頭を下げ、用意していた稲荷を添えると、アビドスへの入学手続きを郵送したのだった。
そうして迎えた春。
電車に揺られた俺は砂塵の吹き荒れるアビドス自治区へと降り立った。
見渡す限りの赤茶けた砂漠と、砂に埋もれかけたアスファルト。郊外に比べ、学校のある中心は砂嵐の影響かどこか寂しく過疎化している。
治安が悪いのか、時折すれ違うマスクの不良たちやヘルメット団の集団は、灰色の髪を風になびかせる俺の顔を見るなり
「ヒッ……!?」
「な、なんだあの目つき……殺し屋か!?」
「目を合わすな、消されるぞ!」
「っていうか、なんだあの頭のあれ!?ヘイローなの!?」
と小声で怯え、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
ただ道を尋ねようと右手を軽く挙げただけだったのだが、この街の人々は少しばかりシャイなのだろうか。
やがて辿り着いたアビドス高等学校の本校舎は、かつての栄華を思わせる巨大な建築物だったが、大部分が砂に呑まれ、壁にはヒビも見受けられた。風が吹く音が割れた窓に通る音を残す以外、静まり返っていた。
案内の通りに進んで、埃っぽい体育館の重い扉を開けると、がらんとした広大な空間に、パイプ椅子がポツンと二つだけ並べられていた。
ステージの上には、大きな胸に生徒会長の腕章をつけ、長い緑色の髪を靡かせ、人当たりのいいゆるふわな笑みを浮かべた上級生が立ち、手作りの紙吹雪をパラパラと撒いて出迎えてくれた。
そして、俺より先にパイプ椅子に腰掛けていた小柄な少女が、すっと立ち上がり、俺の方へと歩み寄ってきた。
腰に無骨なショットガンを携え、どこか警戒心を滲ませながらも、毅然とした態度を崩さない少女。
「初めまして。貴方がもう一人の新入生……ですね? 私は小鳥遊ホシノと言いま…す…」
「ああ。俺は円ショウ。よろしく頼む。……どうかしたか?」
ホシノは努めて丁寧な敬語で右手を差し出して、俺の顔を認識したかと思えば、急に止まった。その瞳は、俺の顔――というより、俺の頭上の一点に釘付けになり、かすかに見開かれてプルプルと震えていた。
(……え? な、何なんですかあの人の頭の上……!? ヘイロー……? あれがヘイローなんですか……!? というか、どうしてあんなに輝いてハッキリと形が見えてるんですか……!?)
彼女の心の叫びが聞こえてきそうなほど、その視線は激しく動揺していた。
まあ、無理もないか。自覚しているが、俺の頭上にはクラブハウスの音響設備めいて七色に発光し、呼吸や環境音に合わせてピコピコと激しく上下運動を繰り返す、円形のオーディオスペクトラム型ヘイローが輝いているのだから。
手を伸ばしたまま固まってしまった小鳥遊に俺がその手を握り返すと、ホシノはビクッと肩を跳ね上がらせながらも、なんとか平成を保って頷き返してくれた。
そうして始まった入学式は、ハイテンション気味な梔子生徒会長による歓迎の辞、校歌斉唱(テープが伸びきっていて途中で止まった)、そして記念撮影という、およそキヴォトスで最も簡素な内容で、ものの十五分ほどで幕を閉じたのだった。
式が終わり、俺とホシノは一年生の教室へと案内された。
たった二つの机と椅子が並ぶ広々とした教室で、できるだけ前の方に寄せ、向かい合って座る。窓の外からはサラサラと砂が割れていない窓ガラスを撫でる音が聞こえていた。
「改めて……ですね。さっきは式中でしたし、さっきできなかった自己紹介でもします、円さん」
「よろしく、小鳥遊さん。俺の事はショウって呼んでくれ」
ホシノは腕を組み、ツンとした涼やかな表情を取り戻しながら口を開いた。どこか探るような、だが同級生としての距離を縮めようとする真面目な眼差しだ。
「同い年ですし、私もホシノでいいですよ。私はこのアビドス自治区の出身で……まあ、見ての通りの現状ですからね。かつて栄えていたこの街と学校が砂に呑まれていくのを、ただ指をくわえて見ているのが嫌で、ここで戦うことを決めました。……貴方から見れば、無駄な足掻きに見えるかもしれませんけど」
少し自嘲気味に、だが瞳の奥に確かな地元愛と強い意志を宿して語るホシノ。
なるほど、非常に立派な志だ。この砂漠の廃校に身を投じるだけの覚悟が、彼女の言葉からはひしひしと伝わってきた。
「いや、素晴らしい志だと思う。感銘を受けるよ」
「あ、ありがとうございます……それで、ショウはどうしてこのアビドスへ? これだけ広いキヴォトスなんですから、もっと栄えている学校なんていくらでもあったでしょうに。なぜあえて、この砂漠のここを選んだんですか?」
赤くなった顔を誤魔化すようにホシノが真剣な顔で尋ねてくる。きっと、俺にも何か並々ならぬ覚悟や、隠された目的があるのだろうと期待しているのかもしれない。
俺は至って平然と、ありのままの事実を口にした。
「こっくりさんに聞いてな、アビドスに行けと言われた」
「………………は?」
ホシノの動きが完全に静止した。
彼女のオッドアイの瞳が、信じられないものを見るように点滅する。
「あの……すみません、私の聞き間違いでしょうか。今、何とおっしゃいました?」
「こっくりさん。十円玉に指を置いて、どこの学校に行くべきか尋ねたら、綺麗に『あ・び・ど・す』と動いて。意思疎通が成立した以上、相手が無機物だろうが俗信の霊だろうが、約束を違えるのは筋が通らないだろ」
「……約束……こっくりさんと……?」
「うん」
「こっくりさんで進路を決めたんですか貴方はァッ!?」
ホシノのツッコミと同時に、教室の後ろの扉が勢いよく開いた。
「お〜い、二人とも〜! 新入祝いにお茶淹れて持ってきたよ〜! って、あれ? なんだか盛り上がってるねぇ?」
盆の上に湯呑みを三つ乗せた梔子先輩が、ポヤポヤとした笑顔で教室に入ってきた。大きな胸を揺らしながら、俺たちの机の横へとトコトコと歩み寄ってくる。
「ユメ先輩、聞いてくださいよ! この同級生、何を考えてアビドスに来たのかと思えば、こっくりさんのお告げで来たとか言い出したんですよ!?」
「えっ、こっくりさん? ふふっ、あはは……そっかぁ、こっくりさんかぁ〜……」
ユメ先輩は一瞬ポカンとした後、なんとも言えない困惑の苦笑いを浮かべて頬をかいた。
「う、うん! まあ、きっかけは何であれ、選んでくれたのは嬉しいかな〜! あはは……あははは……」
「ユメ先輩、笑い事じゃないですよ。この人、頭が大丈夫なんですかね……?」
ホシノが早くも額を押さえて深いため息をつき、ユメ先輩は「まあまあ」とお盆を揺らしながら苦笑いを浮かべている。
そのやり取りは、今日初めて顔を合わせた生徒会長と新入生というよりは、どこか気の置けない長年の腐れ縁のようにも見えた。
二人の間に流れる妙に息の合った空気感を見て、俺はふと気になって口を開いた。
「なあ、ちょっと気になったんだけどさ。二人って前から知り合いだったりするのか?随分仲がいいけど。」
「えっ? あ、うん! そうなの〜! 実は私とホシノちゃん、ホシノちゃんが中学生の時からの知り合いなんだよ〜!」
ユメ先輩が嬉しそうに胸を張り、パッと笑顔を輝かせた。
だが、横にいたホシノは「あっ、先輩……!」と慌てて声を上げ、少し気まずそうに視線を泳がせる。
「ユ、ユメ先輩、余計なことまでペラペラ喋らなくていいですから」
「え〜、いいじゃない。減るもんじゃないし〜! あのねショウくん、私が自治区の街中で、すっごく重たい復興資材のリヤカーを引いてて砂に車輪を取られちゃって、途方に暮れて泣きそうになってた時にね?」
「ちょっ、先輩、やめてくださいってば……!」
「通りがかった中学の制服を着たホシノちゃんが、『……はぁ、見てられませんね。貸しなさい』って言って、一人でリヤカーをグイグイ引っ張り出して助けてくれたんだよ〜! それから何かと放っておけないみたいで、よくお手伝いしてくれるようになってねぇ」
「だ、誰があんなポンコツを放っておけますか! あのまま放置してたら干からびて行き倒れてたでしょうが! ただの通りすがりです、通りすがり!」
耳の先まで真っ赤にして抗議するホシノ。
ツンツンと棘を逆立ててはいるが、要するに困っている人をどうしても見捨てられない、根っからのお人好しということだ。自分の危険や損得よりも先に体が動いてしまうタイプなのだろう。
「なるほどな。ホシノ、すげえいいやつじゃん。情に厚くて優しいんだな」
「なっ……!? か、勘違いしないでください! 目の前で人が倒れそうだったから最低限の手伝いをしただけで、別に優しさとかそういうのじゃないですから!」
俺が至極真面目に感嘆の言葉を伝えると、ホシノはカッと顔を赤らめ、誤魔化すようにそっぽを向いてしまった。
不器用だが、実に気持ちのいい奴らだ。こっくりさんの導きに従ってここへ来て、本当に良かったと思う。
「ふふっ、照れちゃって可愛いねぇホシノちゃん」
「先輩は本当に黙っててください!! ……コホン。そ、それよりです」
ホシノは強引に咳払いをひとつ挟むと、照れ隠しをかなぐり捨てるように、姿勢を正してじっと俺の頭上を凝視してきた。
先ほどからずっと言いたくて堪らなかったというように、眉間にシワを寄せている。
「……あの、ショウ。進路の件は一旦置いておくとしてですね。さっきからずっっっと気になっていたんですが……その、貴方の頭の上の『それ』は、一体全体何なんですか?」
「それ?…どれのことだ?」
「それですよ、それ! 貴方のヘイローです!」
ホシノが椅子から立ち上がり、身を乗り出して俺の頭上を指差した。
「そもそもキヴォトスにおいて、他人のヘイローというのは『そこにある』と概念的に認識する程度のもので、色や形をここまでくっきりと視覚で捉えられること自体、あり得ないんですよ! それなのに、貴方のヘイローは誰の目にも疑いようもなく鮮明に見えています! しかも……何ですかその、ピコピコ上下に動き回る七色の形状は! 時々ゲーミングパソコンみたいに激しく発光して、目がチカチカするんですけど!?」
「あ、やっぱり見えるんだ。実は昔からよく光る所が子ねって言われる」
「いや、そういう意味で言っている訳じゃないと思いますし、感想が軽すぎます!!」
ホシノの鋭いツッコミが教室に木霊する。
横で梔子先輩も、目を丸くして俺の頭上をまじまじと見つめていた。
「ほんとだぁ〜! すごいねショウくん、音に合わせてピコピコ跳ねてるみたい! とっても綺麗〜! お祭りの電飾みたいだねぇ」
「ユメ先輩、呑気に感動してる場合じゃないですよ! 常識外れにも程があります! 大体、そんなヘイローが存在するなんて、どこの自治区の記録にも――」
ヒートアップするホシノを前に、俺はおもむろに右手を頭上へと伸ばした。
そして、激しく上下運動を繰り返していた七色の光のバーの1本を、親指と人差し指でガシッと鷲掴みにした。
「あ、これな。実は触れるんだ」
教室中に、パキッ、と小枝を力任せにへし折ったような、生々しい破壊音が響き渡った。
「………………え?」
ホシノの声が裏返った。
梔子先輩のお盆の上の湯呑みが、カタカタと音を立てて震え始める。
俺の手には、頭上から引っこ抜かれた長さ十五センチほどの、七色の内、黄色に明滅する光のバーが握られていた。もぎ取られた頭上のヘイローは、一瞬だけ光の粒子をパチパチと散らしたが、数秒後には何事もなかったかのように新しいバーがニョキニョキと生えて元通りになっている。
「ぎゃあああああっ!? と、取れたぁぁぁっ!?」
「な、ななな……ショウッ!? 貴方自分のヘイローをもぎ取りましたよね今!? 何やってるんですか、正気ですか!? 死にますよ!?」
梔子先輩が叫び、ホシノが顔面を蒼白にして俺の肩を掴んで激しく揺さぶってきた。
ツンとした警戒心など完全に消し飛び、目の前で同級生が致命的な自傷行為に及んだと本気でパニックになっている。その必死な形相からは、彼女の根底にある優しさと情の深さが痛いほど伝わってきた。
「落ち着いてくれ、ホシノ。痛くも痒くもないし。ほら、ちゃんと生えてきた」
「生えてくるとかそういう問題じゃないでしょうがァッ!! ヘイローですよ!? 命そのものなんですよ!? どうして物理的に掴んで引っこ抜けるんですか!?」
「うーん、昔からこうなんで。あ、これ、結構便利なんだ」
俺は立ち上がり、教室の後ろにある黒板へと歩み寄った。
黒板の端には、いつかの生徒が残していったのか、油性マジックで書かれた落書きが残っていた。俺は引っこ抜いたヘイローの先端をその落書きに当て、ゴシゴシと擦り始めた。
「あ、あれ……?」
梔子先輩が目をしばたたかせた。
擦られた部分の油性インクが、消しゴムのカスひとつ出すこともなく、まるで光に融解するように綺麗さっぱりと掻き消えていったのだ。黒板の緑色の塗装を痛めることすらなく、そこだけ新品同様の美しさを取り戻している。
「ほら、消しゴムになる」
「消しゴムになるヘイローがこの世のどこに存在するんですかァッ!!」
机に両手を叩きつけ、ホシノの咆哮が教室内に炸裂した。
彼女は両手で頭を抱え、まるで天地がひっくり返ったような顔で天を仰いでいる。
「な、何なんですかその物質……文房具になるってどういうことなんですか……わけが分かりません……」
「あ、ちなみに」
俺はさらに、消しゴムとして使ったヘイローの棒を、両手の指先でパキパキと細かく折り砕き始めた。ゴリゴリとすり潰すと、それは七色にキラキラと光る微細な粉末へと姿を変え、手のひらの上にこんもりと積もった。
「これ、粉末にして飲むと健康にいいんですよ。梔子先輩、さっきから重そうなお盆を持ったままで肩がこっていませんか? これをお茶に溶かして飲むと、一瞬で肩こりが消えますよ。どうぞ」
「わぁ〜、綺麗な粉だねぇ! かき氷のシロップの匂いがする〜! ショウくん、私の肩こりに気づいてくれたの? ありがとう〜、じゃあ早速お茶に入れて――」
「絶対に口に入れたらダメですユメ先輩ッッ!!」
ホシノが猛烈な勢いで割り込み、ユメ先輩の手からお茶の湯呑みを奪い取った。
その顔は青筋が何本も浮き上がり、もはや鬼気迫るものがある。
「貴方はどうしてそうやって何でもホイホイ口に入れようとするんですか! 出所不明、原理不明、そもそもヘイローの粉末なんて劇薬以外の何物でもないでしょうが! 飲んだらどうなるか分かってるんですか!?」
「いや?」
「分からないものを先輩に飲ませようとするなァッ!!」
「効果が毎回完全ランダムなんだよ。一昨日は肩こりが治った、昨日は牛乳に溶かして飲んだら身長が三センチ縮んで丸一日元に戻らなくなった。ちなみに一昨日の夜は、試しに焼いた鶏肉にまぶして食べたら異常に目が良くなって、三キロ先の砂漠を歩くサソリの足の本数が見えた」
「やっぱり劇薬じゃないですかふざけてるんですか!? 縮んだらどうするんですか! 先輩がこれ以上縮んだら只のマスコットになっちゃいますよ!?」
「え〜、ちっちゃい私も可愛いと思うんだけどなぁ〜」
「先輩は黙っててください!!」
ホシノの怒涛のツッコミが教室中に木霊し、彼女は肩で激しく息をしながら、机に突っ伏して「うぅ……頭が痛い……入学初日なのに頭が割れそうに痛い……」と唸り声をあげた。
教室がしばし、静寂に包まれる。
カチコチに固まったホシノと、困ったように眉を下げる梔子先輩。
俺は自分の手のひらに残った、いつの間にか赤色と青色に点滅している粉を見つめ、それから二人の顔を交互に見つめた。
……どうやら、俺の行動はまたしても空回りしてしまったらしい。
生まれつき目つきが鋭く、放っておくと周囲から「殺し屋」だの「テロリスト」だのと誤解されがちな俺だ。だからこそ、せっかく同じ学校に通うことになった仲間には、少しでも親しみを持ってもらいたかった。自分のできることで役に立ち、仲良くなりたかったのだ。
だが、俺に取っては当たり前でも、他人に取っては常識外れな方法で押し付けてしまっては、ただの迷惑でしかない。
「……ごめん、ホシノ、梔子先輩」
俺は姿勢を正し、二人に深々と頭を下げた。
「俺は昔から目つきが悪くて、人と打ち解けるのが下手だったんだ。だから、俺にできることで二人の役に立とうと焦ってしまった……」
鋭い目つきのまま、だが濁りのない声音で誠心誠意の謝罪を口にする。
すると、机に突っ伏していたホシノが、ピクッと反応してゆっくりと顔を上げた。
彼女は俺の顔をまじまじと見つめた。
凶悪な刺客のように鋭い眼光の奥に、ただ純朴で、不器用なまでの善意と思いやりの光が灯っているのを、彼女は見逃さなかったのだろう。
怒気はすっかり抜け落ち、代わりにその顔には、呆れと、少しばかりの気恥ずかしさが浮かんでいた。
「……はぁ。本当に、とんでもない同級生が来ちゃいましたね」
ホシノは小さく息を吐き出すと、ポリポリと頬を掻きながら視線を逸らした。その耳の先が、ほんの少しだけ赤くなっている。
「……別に、怒ってるわけじゃないですよ。ただ、突拍子もなさすぎて心臓が止まりそうになっただけです。貴方が……その、悪い人じゃないっていうのは、ちゃんと分かりましたから」
ツンとした口調を保ちつつも、その声音には確かな温かみが滲んでいた。
ホシノはそっと湯呑みを自分の前に引き寄せると、少し伏し目がちに、だがしっかりと俺を見据える。
「貴方のそのヘイローも、進路を決めた理由も、理解できる日は一生来ないと思いますけど……でも、これから同じ一年生として、よろしくお願いしますね、ショウ。あ、でもヘイローをもぎ取って人に食べさせるのだけは、金輪際絶対に禁止ですからね!」
「善処するよ」
「そこは約束してくださいよ!」
口を尖らせるホシノの横で、梔子先輩が「ふふっ」と胸に手を当てて嬉しそうに微笑んだ。
「よかったぁ〜! ショウくん、すっごく優しい子なんだね! 見た目はちょっと大人っぽくて強そうだけど、全然怖くないや!」
ユメ先輩は両手をポンと合わせると、満面の笑みを咲かせた。その瞳には、ずっと待ち望んでいた新しい仲間を迎えられたことへの、心からの喜びが満ち溢れていた。
「こんな砂漠の、借金だらけの学校だけどね……ショウくんが来てくれて、ホシノちゃんとお友達になってくれて、私、本当に嬉しいよ! ようこそアビドスへ、ショウくん! ホシノちゃん!これからみんなで、仲良く頑張ろうね〜!」
「はい、梔子先輩。よろしくお願いします」
「ユメでいいよ!あと、敬語もなしで大丈夫!」
「ありがとう、ユメ先輩」
俺が頭を下げると、ユメ先輩は二人に用意していたお茶を一口すすり、「あぁ〜、美味しい!」と幸せそうに目を細めた。ホシノは「もう……先輩は呑気なんですから」と苦笑しつつも、どこか安心したように小さく息をついている。
窓の外では、今日も赤茶けた砂嵐が吹き荒れている。
生徒会長が一名、新入生が二名。
たった三人きりの、砂に埋もれかけた小さな学び舎。
ここからは始まる新生活のときめきで、頭上で七色にピコピコと強く明滅するゲーミングヘイローの光に照らされながら、少し騒がしいアビドスでの学園生活が、確かにここから始まったのだった。
「所で借金って?」
「「……あ!」」
ホシノがあっさり仲良くなったって?そんなの、目の前のインパクトで消し飛びましたよ。