「けひゃはぁっ!!皆殺しだぁああっ!!」
「今までの借り!きっちり返して貰う!」
俺の合図が終わるか終わらないかの刹那、二つの影が同時に地を蹴って先陣を切った。
ホシノとツルギだ。
最初に見せつけられたのは、小柄な体を極限まで活かしたホシノの神速の機動だった。
「ひっ…う、撃て!撃て撃て撃て!!」
「だ…駄目です!早すぎて当たりません!!」
砂を巻き上げることもなく低く滑り込むように距離を詰め、カイザーの兵士たちが撃ちながら銃口を合わせるよりも早く懐へ潜り込む。
「この…!」
「生徒程度に…!」
「ユメ先輩以上に切り返しがなってませんね!遅いですよ!」
敵の射線を紙一重で見切りながら、装甲の継ぎ目へ寸分の狂いもなく散弾銃の一撃を叩き込んでいく。
「只のショットガンに、なんであんな威力があるんだ!?」
それだけに留まらない。
ホシノは引き金を引く瞬間、銃身に自らの神秘を濃密に注ぎ込んで威力を跳ね上げていた。
放たれた弾丸の猛烈な反動をそのまま推進力へと変換し、重力を無視するかのように軽々と宙へ跳躍する。
「がべっ!」
「畜生!当たれ…当たぎゃばっ!!」
空中で器用に体を捻って体勢を制御し、真下に密集する敵集団の死角を捉えて二発目を撃ち下ろす。そしてその反動を再び利用して横方向へと弾かれるように跳び、着地することなく次々と空中で位置を変えながら、正確無比な散弾を浴びせ続けていた。
まるで重力そのものを手玉に取っているかのような、流麗で立体的な曲芸撃ち。まさに黒服が言っていた空を制する戦士に相応しい動き。
一方で、もう一つの影――ツルギの戦いぶりは、暴力そのものを具現化したような嵐だった。
両手に握られた二丁の中折れ式ショットガンが、機械兵たちの分厚い装甲を問答無用で粉砕していく。
密集した敵の真正面から堂々と踏み込み、左右の銃口から容赦のない弾幕を叩きつけて前列を一瞬で挽き肉ならぬ屑鉄の山へと変えていた。
「なんだコイツ!?弾が当たってるはずなのに!?」
「きへはははあぁっ!!無駄なんだよぅ…スクラップ共がっ!」
もちろん、敵の自動小銃による集中砲火が無数に彼女の体を捉えている。
衣服は裂け、弾丸が皮膚を削り、生々しい傷が刻まれる。
だが、その傷口は煙を上げる間もなく瞬時に塞がり、次の瞬間には何事もなかったかのように滑らかな肌へと戻っていた。
「ば、化物!?」
「だったら何だぁ!?お前らは犬かぁ!?それともぉ…」
傷を負うそばから回復する異常な再生力。痛みなど最初から存在しないとばかりに、ツルギは嘲笑を浮かべて前進を止めない。
「弾が切れたな、今が……ぐべぁっ!!」
「人間かあぁ!?…お前らはロボットだったなぁ!きぃーへへへへっ!!」
弾切れを起こせば、装填の隙すら惜しむように重量のある重厚な銃身をそのまま鈍器として振り抜く。
剛腕から繰り出される打撃は、機械兵の頭部を支柱ごと叩き折り、頑丈なボディをくの字にへし折って後方へ吹き飛ばしていた。
だが、彼女の戦いぶりは決して単なる無軌道な狂乱ではない。
「ロケットランチャーだ!これでっ!!」
「!」
「…な、何を!?」
不意に背後から狙いをつけてきた重装甲兵の射線を察知するや否や、目の前でよろめいた敵兵の首根っこを片手で掴み上げ、強固な盾代わりに構えて斉射を防いでみせる。
「やったか!」
爆発がツルギの前で起こる。仕留めたと敵兵が思った矢先、硝煙が晴れた先には、黒焦げになり一部のパーツが取れたロボットを掴んで持ち上げたツルギが堂々と立っていた。
「な、なあ!?仲間を盾にしやがった!」
「近くにいた……お前が悪いっ!!」
弾丸を遮られた敵が狼狽した隙を見逃さず、盾にした兵士ごと走り寄り、勢いよく叩きつけ至近距離から撃ち抜き、射手もろともまとめて沈めていた。
本能的な狂気と、戦場を知り尽くした冷静な判断力。
その両方を兼ね備えた規格外の暴れっぷりに、敵の防衛線は文字通り瞬く間に瓦解しつつあった。
前線で嵐のように暴れ回るホシノとツルギ。だが、その二人が背後を一切気にすることなく突進できているのは、後方を支えるハスミの精密無比な狙撃があってこそだった。
「心は熱く、頭は冷静に…参ります」
長大な狙撃銃の照準器を覗き込むハスミの指先が、一切の狂いもなく引き金を絞っていく。
突出した二人の死角から回り込もうとする敵や、物陰からロケットランチャーを構えようとしたカイザー兵の急所を、正確無比な一撃で次々と撃ち抜いて排除していた。
当然、カイザー側もその厄介な援護射撃を放置するはずがない。
「厄介な狙撃手を先に落とせ!重火器班、あの黒翼の生徒に照準を合わせろ!」
指揮官らしきロボット兵の号令と共に、複数の長距離ライフルや重火器が一斉にハスミへと向けられ、一斉射撃が敢行された。
だが、その集中砲火がハスミを捉えることはなかった。
「すいません!もう少し右に移動してください!」
「!」
ハスミが一声かけると、彼女を乗せている木は極めて素直にその指示に従った。太い根は猛烈な勢いで蜘蛛の足の様に動き、車もかくやという凄まじい速度で砂の上を滑るように横へと急制動をかける。降り注ぐ弾幕の軌道を綺麗にすり抜け、完全に射線を外してみせた。
「な、なんだあの木は!?車両並みの機動力でこちらの射撃を回避したぞ!」
「植物がこちらの偏差射撃を読んで避けるなど、あり得ん!」
「そもそも何で動いているんだ!?動きが気色悪い!」
混乱の声をあげるカイザー兵たち。だが、見ていて本当にすさまじいのはその回避性能だけではなかった。
あれだけの急制動と高速移動を繰り返しているにもかかわらず、ハスミが乗っている幹や枝にはほとんど揺れが生じていないのだ。まるでそこだけ重力や慣性が固定されているかのように安定しており、ハスミは一切姿勢を乱すことなく、落ち着き払ったまま次弾の装填と狙撃に専念していた。
その援護の隙間を縫うように、後方から勢いよく声を張り上げたのは元グルグルヘルメット団の面々だった。
「アタシらも姉御たちに続けー!」
「姉御ばっかりにいいかっこさせんじゃねーぞ!」
「アビドス魂見せてやれー!」
「突撃ー!!」
ルキを先頭に、作業着姿の少女たちが武器を握り直して突撃を開始する。個々の戦闘技術や装備の性能だけで言えば、正規の軍事訓練を受けたカイザーの私兵部隊には遠く及ばない。
しかし、その絶対的な実力差を完全に埋めていたのが、アロナの卓越した戦術指揮だった。
「どういうことだ、たかが野良のヘルメット団風情に、なぜこちらの十字砲火が通用しない!?」
「こちらの防衛ラインの隙間を正確に突かれているぞ!配置が筒抜けなのか!?」
格下のはずの相手に手玉に取られ、隊列を乱されたカイザー兵たちが次々と狼狽の声を漏らす。
「思う存分に暴れちゃってください!そこのあなたは右方向に一斉射撃を!ルキさんは前の敵を足止めしてください!ハスミさん3秒後出てくる左奥小隊の対処を!ツルギさんとホシノさん…は言うことはないですね!」
シッテムの箱を掲げたアロナが、戦況の推移を完全に先読みしながら次々と的確な指示を飛ばしていく。
彼女の示す進行ルートや射撃のタイミングは、まるで精密な歯車のように戦場の動きと噛み合っていた。味方にとっては淀みなく進める綺麗な一本道を作り出し、敵にとってはどこを向いても袋小路へと追い込まれる巨大な迷路のように、カイザーの防衛網を徹底的に惑わせ、瓦解させていた。
「ユメさん!今です、思いっきり投げちゃってください!!」
そしてユメ先輩だ。
ホシノやツルギを差し置いて、今この戦場で最も暴れ回っているのは間違いなく彼女だった。
「え〜い!」
のんびりとした気の抜ける掛け声。しかしその声とは裏腹に、ユメ先輩は突進してきたカイザーの戦車を正面から受け止め、あろうことかその巨体を両腕で軽々と持ち上げてみせた。
「う、嘘だろ……」
眼前で起きた信じがたい光景に、カイザーのロボット兵が絶句する。
ユメ先輩は狼狽するロボットたちめがけて、持ち上げた戦車を力任せに投げつけた。装甲同士が激突し、敵の密集部隊が一瞬で圧殺される。
その直後、上空から飛来した攻撃ヘリが、ユメ先輩へ向けて機銃による支援射撃を浴びせてきた。
だが彼女は慌てることもなく冷静に盾を展開し、降り注ぐ弾雨を完全に防ぎきってしまう。
「ちょっと遠いかも……それなら!」
ユメ先輩はそう呟くと、手元の盾から固定を外した。
「いつか見た映画の真似だけど……それっ!」
大きく体をひねり、円盤を投げるように上空へ向けて盾を全力で投擲する。
宙を切り裂いて飛翔した盾は、狙い過たずヘリの回転翼の根元へ直撃し、主軸ごと叩き折った。バランスを失った機体は黒煙を噴き上げながら砂漠の向こうへと墜落していく。
激突した盾は不思議な反射と軌道を描き、まるで最初からそう設計されていたかのようにユメ先輩の手元へと戻ってきた。
彼女は何事もなかったかのようにそれを受け止めると、ハンドガンと盾を構えて前進を再開する。盾による強烈な打撃と射撃を組み合わせた圧倒的な力技で、残ったロボット兵たちを次々となぎ倒していった。
「ば、馬鹿な!アビドスの生徒会長といえば、お人好しで戦うことすらままならない無力な小娘だと聞いていたぞ!」
吹き飛ばされ、砂地に倒れ伏したカイザー兵が恐怖に震える声を絞り出す。
「それはとっくの昔!!私だって、ホシノちゃんやショウくんの先輩なんだから!」
ユメ先輩は凛とした声で堂々と言い放ち、怯む敵を大盾で豪快に弾き飛ばした。
そう、俺たち二人の特訓にはユメ先輩も参加していたのだ。
俺が教えた神秘の引き出し方のコツを彼女なりに掴んだこともあって、基礎能力が劇的に向上し、今や人型の戦車と呼ぶにふさわしい凄まじい馬力を獲得していた。
……何故かそれに伴い、身体の様々な部分まで急激に成長してしまったのが事の発端だった。
強くなれたことを無邪気に喜んでいたユメ先輩が、ふと困ったように眉を下げてこぼしたのだ。
『強くなれたのはすごく嬉しいの……でも最近、胸もお尻も急に大きくなって、制服も下着も全然合わなくなっちゃって困ってるんだよねぇ』
その言葉を聞いた瞬間、隣にいたホシノが自分の全身を見下ろし、平坦な胸元へそっと手を触れた。
『うぎ…うぎぎぎぎ……!』
そして一切の成長の兆しが見られない己の体と比較した瞬間、凄まじい羨望と悔しさのあまり、歯をぎりぎりと食いしばりながら文字通り血の涙を流していた。…俺のヘイローで……いや、やっぱなし。これ以上キヴォトスに戦火の元を振りまくわけにはいかない。
『あー、ユメ先輩?そういった事はここでは言わないほうが…』
年頃の少女の極めてデリケートな話題に対し、男の俺としてはどう反応すればいいのか分からず、困惑しながら視線を逸らして頬を掻くことしかできなかった。
『え?………あ゛』
すると、男である俺の前でとんでもない話題を口にしてしまったことにようやく気づいたユメ先輩が、顔を真っ赤に染め上げ、両手を慌ただしく振って混乱し始めたのだ。
『あ、ああああのね、ショウくん!今のはなし!今の言葉は綺麗さっぱり忘れて〜っ!』
そこへ、怒りと絶望で我を忘れたホシノが詰め寄ってきて、俺の胸ぐらを掴んで激しく前後に揺さぶってきた。
『どうして……どうしてユメ先輩は成長して、私は全く成長しないんですか!?同じ特訓をしているのに不公平じゃないですか、答えてみろショウ!』
『知らねえよ!?』
『万能のヘイローで私の胸の一つでも大きくしてみろって言ってんですよ!消費者センターにでも訴えますよ!?』
『よーし、分かった!ホシノ!お前は疲れているんだ。今すぐ帰ってご飯食って風呂入って布団かぶって朝まで寝てろ!!』
あの時の収拾のつかないカオスな光景を思い返し苦笑いしながら、俺は目の前で豪快に敵を薙ぎ倒していく頼れる先輩の背中を見つめていた。
さて、このままの勢いで一気に基地の奥深くへと切り込んでいくぞ。
アロナの誘導と、ホシノ、ツルギ、ハスミ、そしてユメ先輩や元ヘルメット団たちの獅子奮迅の活躍により、カイザーPMCの防衛戦は完全に粉砕された。
「アロナ!後は任せていいか!?」
「はい!ショウさんは理事を追ってください!」
俺はそのまま、逃げ去った理事と、証拠となる地下第3サーバールームを目指して走り出した。
「っと……中々広いな。場所は分かっていても、これじゃ道順までは分からねえぞ」
「ぺろろ……」
逃げ去った理事をとっ捕まえてヴァルキューレに差し出すために、基地内部を走り回っていた。
しかし迷子になってしまい、このドタバタに紛れて連れてきたペロロが肩の上で、所在なげに首を傾げていた。
基地の内部は要塞じみて入り組んでおり、初見で迷わず進むのは骨が折れる。もっとも、防壁のロックや電子セキュリティについてはアロナが遠隔で綺麗に解除してくれているおかげで、立ち止まることなくスムーズに駆け抜けられているのは助かる点だった。
「しゃーねえな。アレを使うか」
俺は頭上のヘイローを指先でつまみ、端を少しだけもぎ取って細長い棒状の形へと整えた。
それを床にまっすぐ立て、手を離して自然に倒れるのを待つ。一瞬で保っていたバランスが崩れ、乾いた音を立てて棒が右側へ倒れた。
「あっちだな。行くぞペロロ!」
「ぺろ〜!」
迷った時に愛用している棒倒し式ナビゲーション。俺の勘と神秘が混ざり合っているせいか、これが馬鹿にならない精度で目的地を当てるのだ。
何度か同じ手順を繰り返して通路を駆け抜けていくうちに、事前にヘイロー望遠鏡で透視していたサーバールームの重厚な扉が見えてきた。
電子ロックはすでに落ちており、隙間から中へ滑り込む。
部屋の中央では、俺が踏み込んできたことにすら気づかないほど焦り狂った理事が、端末のキーボードを激しい勢いで叩きつけていた。
覗き見たモニターには、データの完全破棄を示すプログレスバーが映し出されており、その進行率はすでに九割を超えている。
「させるか! いけペロロ、舌を伸ばせ!」
「ぺ〜ろ〜!」
ペロロの口から勢いよく伸びた桃色の舌が、理事の目の前にある操作端末に巻き付いた。
そのまま一瞬で引き寄せられ、端末は俺の手元へと綺麗に収まる。そして急いでパソコンを操作し、更新を停止した。
「なっ……!?き、貴様!円ショウ!なぜここにいるのだ!」
目の前から忽然と端末を奪われた理事は、驚愕に目元のセンサーを見開き、狼狽の声をあげた。
「決まってんだろ。悪党が土壇場でやることなんて、逃走か証拠隠滅の二択だ。それに、お前の行動はとっくに筒抜けだと表で言ったはずだぞ」
「ぐ、おのれ……!………クク、ククク……!」
歯噛みして呻いていた理事だったが、その口元が次第に歪み、不気味な笑い声へと変わっていく。
「何がおかしい」
「馬鹿め!この私が、ただ無様に尻尾を巻いて逃げるだけだとでも思ったのかね!」
その瞬間、手元のパソコンのスピーカーから、激しい砂嵐のようなノイズ混じりの通信音声が響き渡った。
『り、理事……!砂漠の深部より、目標……ビナーの誘導に成功しました!しかし我が別働隊も被害は甚大、すでに壊滅状態で――』
絶叫と共に通信は途絶え、激しい地響きのような唸り声だけが残響となって消えた。
「ハハ……ハハハハハ!これで貴様らもおしまいだ!一人残らず、この砂漠の藻屑となるがいい!」
狂気じみた笑い声を上げる理事を、俺は冷ややかに見据えた。
「どういうことだ!」
「貴様らは考えたこともないだろうな!なぜ我が社が、こんな不毛な砂漠の奥地にこれほどの巨大拠点を築き上げたのかを!」
理事が両腕を広げ、荒い息を吐き出しながら吠える。その声音には冷静さなど微塵も残っておらず、破滅に狂った凶暴性が剥き出しになっていた。
「この地下には、私すら知らされていない何かが眠っている……それを発掘するための拠点であると同時に、ここはアビドスの砂漠を悠々と泳ぐ巨大な機械の化物……『ビナー』の縄張りなのだよ!この基地は奴の侵攻を監視し、撃退するための防衛線でもあったのだ!」
赤く明滅するカメラアイが、俺を呪わしげに射抜く。
「本社にトカゲの尻尾切りにされ、全てを失ったこの私が、貴様らだけを無傷で帰すと思ったか!別働隊に命じ、奴を刺激してこの基地へと標的を誘導させたのだ!私を破滅へ追いやった貴様ら全員、あの災厄の胃袋の中で仲良く後悔するがいい!」
やけっぱちになった男の、道連れを狙った狂乱。
基地の外から、これまでとは比較にならないほど巨大な地鳴りが、地中を伝って急速に近づいてくるのが分かった。
俺は舌打ちを一つ鳴らすと、床を蹴って理事の懐へと肉薄した。抵抗する間も与えず、その鋼鉄の巨体を勢いよく肩の上へと担ぎ上げる。
「お、おい!貴様、一体何をするつもりだ!?」
「うるせえ!俺は別にテメエに死んでほしいとか、何もかも滅びちまえなんて思っちゃいねえんだよ!反省してアビドスと真っ当に向き合ってくれりゃ、それで良かったんだ!」
俺たちがここへ来たのは、理不尽な侵略に落とし前をつけさせるためだ。
こいつを捕らえたところで借金そのものが消えてなくなるわけじゃないし、完済したところで奪われた土地を買い戻すための金は稼ぎ続けなきゃならない。
地鳴りは加速度的に増大し、頭上の天井から細かな瓦礫と乾いた砂が降り注ぎ始める。
「少なくとも、命の奪い合いをしに来たわけじゃない!そりゃ思うところは山ほどあるが……俺たちはテメエと違って、最初から何も諦めちゃいないんだよ!」
「ぐ……」
自暴自棄になってすべてを道連れにしようとした理事は、俺の言葉に反論の言葉を見つけられず、ただ担がれたまま沈黙した。
その時、一際大きな揺れが地下空間を襲い、前方の退路を塞ぐように天井のコンクリートが崩落した。巨大な瓦礫の山が、地上へと続く唯一の通路を完全に塞ぎ止めてしまう。
「道が塞がれたぞ!?」
「上等、ショートカットで行く!」
俺は立ち止まることなく足元に重心を落とし、頭上の天井へ向けて渾身のハイキックを真上へ振り抜いた。
鍛え上げた膂力に、ヘイローから引き出した神秘の力を上乗せした一撃。鋼鉄の補強材が入ったコンクリートが衝撃に耐えきれず粉々に砕け散り、真上へ向けて巨大な縦穴が穿たれた。
頭上から眩しい太陽の光が差し込み、地上と直結したことを確認する。
俺は肩の上の理事と脇に抱えたペロロを落とさないようしっかりと掴み直すと、両脚のバネを最大限に利かせて一気に跳躍した。
地上へと飛び出し、砂地へ着地する。
周囲を見渡すと、駆け寄ってくるホシノの姿が真っ先に視界に入った。
「ショウ!……そいつは!?」
「ついでに回収した!外はどうなってる!?」
「基地の戦力は完全に制圧し終わりました。ですが、それと同時にこの揺れが始まって……この継続的な地響きは、一体何なんですか」
ホシノ自身も原因を掴みかねて警戒を強めていたその時、後方からユメ先輩やツルギたちを引き連れて歩み寄ってきたアロナが、平然とした声で口を開いた。
「ビナーです」
さっき聞いたばかりの名前に、俺は思わず眉をひそめた。なぜアロナが当然のように知っているのか。
「ビナー?」
怪訝そうに首を傾げるホシノに対し、アロナはシッテムの箱を抱えたまま淡々と説明を継いだ。
「詳しい説明は省きますが、簡単に言えば、自意識を持った超大型の機械の蛇です」
「機械の蛇……!?ちょ、ちょっと待ってくださいっすよ!もしそんな化け物が実在するとして、なんでキヴォトス全域で噂になってねえんすか!? こんな地震を起こすほどのサイズなら、何かしらの映像や写真に残って大騒ぎになってるはずっすよ!」
ルキが目を丸くして声を上げる。
その至極もっともな疑問に対し、意外なところから重い声が返ってきた。
「……それが、違うのだ」
砂の上に力なく座り込み、うつむいていたカイザー理事が、自嘲気味に呟いた。
「我が社にとっても、あのビナーは目的に対する最大の障害だったのだよ。発掘予定地に現れては、縄張りを誇示するように砂漠の底を泳ぎ回る。一度奴を観測し、データを分析しようと調査班を派遣したことがあったが……おそらく奴自身が発する強力な妨害機能のせいだろう。持ち込んだ最新鋭のカメラや記録媒体には、ノイズ以外何一つ映っていなかったのだ」
「お前は……」
ツルギが冷徹な視線で理事を見下ろす。感情の起伏を押し殺した底冷えのする眼光に気圧され、理事はただ虚ろに砂を見つめ返すだけだった。
「で、どうしますか?無理にそのビナーとやらと戦う理由は、もはや私たちにはないと思えますが。目的の証拠も確保し、基地も制圧した以上、速やかに撤退するのが筋かと」
ハスミが冷静に戦術的判断を口にする。
だが、その提案を遮るようにアロナが首を横に振った。
「そうはいかないのです。ビナーが真っ直ぐここへ向かっているのは確実ですが、問題なのは、この前線基地が本来の奴の生息域よりも遥かにアビドスの市街地に近いという点です。ここ一帯を破壊し尽くした勢いのまま、街の方へ向かってしまう可能性が極めて高いのです」
アロナはそこで言葉を切り、かつてないほど深刻な眼差しを俺に向けてきた。
「……それに。おそらくビナーは、ショウさんを目指してきています」
「どうして……!?ショウくんが、一体何をしたっていうの!?」
唯一の最上級生であるユメ先輩が、困惑を露わにして声を張り上げる。
「アレはおそらく、強大な『神秘』に強く惹かれ、反応する生体……いえ、防衛機能のようなものを持っているのでしょう。今までアビドスの砂漠で静観を保っていた怪物が、カイザーの小手先の挑発程度でここまで本気で活動を活発化させるはずがありません。ショウさんの持つ規格外の神秘を感知し、排除するために進路を取っているんです」
「……どうして、そんなことまで知っているんですか、貴女は」
ホシノが、鋭いオッドアイでアロナを射抜くように問い詰める。しかし、アロナは視線を逸らさず、張り詰めた声で告げた。
「それを説明している時間はありません。……ショウさん、選んでください。ここで迎え撃つか、それとも……」
言い淀むアロナの口元を遮るように、俺は無言で手のひらを前へ突き出した。
「そこまでだ、アロナ。言いたいことは分かってる」
選ぶまでもない。
ここで迫り来るその化け物を止めなければ、アビドスの街はもちろん、学校も、オアシスも、そして何より目の前にいるこいつら全員が危険に晒される。
逃げ出す選択肢なんて、最初から俺の頭の中には存在しなかった。
俺は全員の顔を一人ずつ見回した。砂埃にまみれながらも、まっすぐに俺を見つめ返してくる仲間たち。
「……俺はさ、アビドスが好きなんだ」
静かに、だが肚の底から絞り出すように言葉を紡ぐ。
「最初は本当に適当だった。こっくりさんで偶然選んだだけの場所で、砂だらけで、借金まみれで、どうしようもない程に廃校寸前の学園だったよ。だけど……ユメ先輩と出会って、同じ1年のホシノと出会って、柴関ラーメンの大将。そこから街の連中や、アビドスでの縁が繋いでくれた者たち……。くだらないことで笑い合って、一緒に飯を食って、降りかかる理不尽から守るために走り回っているうちに……いつの間にかアビドスは、俺にとってかけがえのない居場所になってたんだ」
緊張の中で、全員が息を呑む気配が伝わってくる。俺は息を吸い込み、胸を張って右手を差し出した。
「だから、そんな居場所を守るために――俺と一緒に戦ってくれないか?」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、迷いのない明るい声が砂漠に響いた。
「あったりまえだよ〜!」
ユメ先輩が太陽のような満面の笑みを浮かべ、俺の手の上に真っ先に自分の手を重ねてきた。
「ショウくんやホシノちゃんと出会うことができたアビドスだもん!私たちが紡いできたたくさんの夢を、砂の下に埋もれたままになんて絶対にさせないよ!」
「……はぁ、本当に意地が悪いですよ、ショウ」
呆れたように吐息をこぼしながら、同級生のホシノが小さく笑った。
普段の気だるげな表情を引っ込め、対等の相棒としての信頼を宿した引き締まった顔つき。
「同じ一年生として、これまでどれだけ無茶に付き合わされてきたか。本当に手のかかる相棒です。でも、貴方と並んで走ってきたからこそ、私たちはここまで前を向いて歩いてこられた。私とユメ先輩の二人きりじゃ、絶対にこの場所には立てていませんでした」
ホシノがそっと、ユメ先輩の手の上に自分の手を重ねる。
「……きひっ、悪くない。お前たちが退かないというのなら、私も引く理由はない。立ちはだかる標的は、ただ粉砕するまでだ」
普段の挙動不審な態度ではないツルギが冷徹な声音で言い放ち、冷静沈着な眼差しのまま迷いなく手を重ねた。過剰な狂気も感傷も交えず、戦場の実力者として、そして一人の友人として淡々と背中を預ける覚悟を示してくる。
「ふふ、正義実現委員会としても、無辜の市民や学園に迫る巨悪を前にして背を向けるわけにはいきませんね。ショウさん、援護はお任せください」
ハスミが凛々しい笑みを湛え、長い黒翼を広げながら手を添える。
「アニキたちが命張るって言ってんのに、アタシらだけ尻尾巻いて逃げられるわけねえっすよ! 元ヘルメット団の根性、見せてやるっす!」
ルキたちも作業着の袖をまくり、気合いに満ちた声を上げて手を重ねてきた。
「はい。ショウさんならそう言ってくれると信じていましたよ。最後まで最高のサポートをお約束します」
アロナが微笑みながら手を添え、輪が完成する。
重なり合った温もりと確固たる覚悟の上に、俺は一番上から自分の左手を力強く重ね合わせた。
「……みんな、ありがとう」
その光景を、地面にへたり込んだカイザー理事が呆然と見上げていた。
理解不能なものを見る目。だがその奥には、どうしようもない羨望と絶望が混ざり合っていた。
「な、なぜだ……なぜ貴様らはそこまで足掻くのだ……。いくら子供が束になって抗おうと、圧倒的な力と世界の理不尽の前には何も残せぬというのに……!」
理事が絞り出した哀れな問いかけに、答える者はいなかった。
足元から伝わる地鳴りはもはや地震の領域を超え、鼓膜を直接揺らす轟音へと変わっていた。砂漠の底から、途方もない質量を持った何かが急速に浮上してくる。
俺たちは誰一人として後退することなく、その災厄を正面から迎え撃つように、砂の上に横一列に並び立った。
「確かに、吹き荒れる砂漠に足跡は残らないかもしれない!」
足元の砂が波のように大きくうねり、地割れが走る。
前方の砂丘が信じられない勢いで盛り上がり、巨大な山のように膨れ上がっていく。
「それでも人の意思は!誰かを想う願いは!砂に埋もれることなんて決してねえんだよ!なぜならな!!」
激しい衝撃と共に数千トンの砂が天高く弾け飛んだ。
砂塵のカーテンを突き破って姿を現したのは、太陽の光を浴びて冷たく輝く、圧倒的な白銀の装甲。
蛇のしなやかさと鯨の重厚さを兼ね備えた、全長数百メートルにも及ぶ機械の巨神。
その頭上には神聖にして異様なヘイローが存在し、赤く冷徹に光る四つの複眼が、砂上の俺たちを明確な敵として捉えていた。
アビドスの災厄――『ビナー』
その絶望的な巨躯を見上げる俺の口元は、自然と不敵に吊り上がっていた。
「ここに!何度埋もれようと掘り起こす俺たちがいる!諦めを知らず、泥臭く前に進み続ける俺たちがいる!!」
ユメ先輩が大盾を構え、その隙間からハンドガンの照準を据える。
ホシノが鋭い光を宿したオッドアイでショットガンの銃口を跳ね上げる。
ツルギが冷徹に銃身を握り締め、鋭い気迫と共に射線を見据え、ハスミが正確無比な手つきで狙撃銃のボルトを引き絞る。
アロナがシッテムの箱を胸に抱いて静かに頷き、ルキたちが気勢を上げて一斉に銃の安全装置を解除した。
俺は腰のハンドガンを抜き放ち、指先で鮮やかに一回転させてから、天を突く白銀の蛇めがけてまっすぐに突きつけた。
「俺たちの名はアビドス高等学校、アビドス生徒会!!」
砂嵐を切り裂き、肚の底から叫ぶ。
「覚えておけ!!これからキヴォトスで躍進する、俺たちの学園の名だ!!」
気づいたらショウが熱血漢な口調に……まあ、上下関係にきっちりしているだけで、本来はこっちが素みたいなものと捉えよう、そうしよう。
1〜3話を目安に書きます
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ゲヘナ雷帝編(雷帝ナシ)
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アヤメ誘拐編
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どっちも書いて♡
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別にいらないな、回想でいい