天地を揺るがす咆哮と共に、ビナーの巨体が砂の海へと滑るように沈み込んだ。
「潜ったぞ!足元に警戒しろ!」
「反応、真下から急速浮上してきます!狙いは――ショウさんです!」
シッテムの箱を抱えたアロナの鋭い警告と同時に、俺の足元の砂が渦を巻いて猛烈な勢いで吸い込まれ始めた。
直後、砂の津波を巻き上げながら、巨大な白銀の頭部が真正面から突進してくる。
数百トンの質量による純粋な体当たり。まともに直撃すれば骨も残らない。
「ここは先輩に任せなさーいっ!」
退避しようとした俺の前に、緑色の髪をなびかせてユメ先輩が割って入った。
小柄な身体の筋肉を軋ませ、砂地へ大盾を深々と突き立てて巨頭を真正面から迎え撃つ。
激突の瞬間、凄まじい衝撃波が砂漠を吹き飛ばし、先輩の足元の地面が数メートルにわたって削れ飛んだ。
「う、ぐぐ……!やっぱりすっごく重たいけど……え〜いっ!!」
ユメ先輩は神秘を滾らせた両腕に馬鹿力を込め、あろうことか突進の軌道を強引に斜め上へと跳ね上げた。
軌道を逸らされたビナーの首元ががら空きになり、白銀の喉笛が宙へと晒される。
「ナイスです、ユメ先輩!合わせますよ、ショウ!」
ホシノが砂を蹴って弾丸のように跳躍した。
放った散弾銃の強烈な反動を推進力へと変換してさらに高みへと跳び上がり、空中で器用に体を捻りながら、剥き出しになった装甲の継ぎ目へ『Eye of Horus』の銃口を突きつける。
「装甲の隙間、もらった……!」
轟音と共に放たれた至近距離の散弾が、ビナーの外殻を激しい火花とともに削り取った。
さらに、宙を舞う巨大な胴体へと、黒髪を振り乱した人影が獰猛な獣のように飛びつく。
「けひぁっ……デカいと、壊し甲斐があるなぁッ!!」
ツルギだ。引き攣った歓喜の笑い声をあげながら装甲へしがみつき、二丁の中折れ式散弾銃を外殻の裂け目へ強引にねじ込む。
「くたばれぇぇッ!!」
ゼロ距離の乱射が巨躯の内部を抉り抜く。機械に痛覚があるのかは分からないが、悶えるようにビナーが巨体を激しく回転させ、振り払われたツルギの体が砂上へと猛烈な勢いで叩きつけられた。
だが、砂煙の中で彼女の傷は瞬時に塞がり、狂気に満ちた笑みを崩さずバネのように跳ね起きる。
「あはぁっ、全然足りない!もっと壊させろォッ!」
仲間たちが切り開き、無防備に晒された白銀の巨体。
「流石だ!後は俺が叩き込む!」
俺はこの場にいる誰よりも高い己の身体スペックのすべてを解放し、砂を爆発させるように地を蹴った。
頭上で激しく明滅する七色のヘイローから神秘を限界まで引き出し、全身の筋肉へ循環させて右拳を固く握りしめる。
「吹き飛べッ!!」
宙でバランスを崩していたビナーの側頭部めがけ、渾身の右ストレートを叩き込んだ。
分厚い金属装甲がベコッと歪む凄まじい破壊音と共に、大気を震わせる衝撃波が炸裂する。数百トンはある超弩級の巨体が、たった一発の拳骨で横方向へと文字通り弾け飛び、猛烈な砂煙を上げながら砂漠の上を激しく転がり落ちていった。
巨大な鉄の蛇が、生身のパンチ一発で宙を舞って砂漠を転がっていく。
そのあまりにもあり得ない光景を前に、戦場の空気は一瞬で凍りついた。
「な、生身の一撃であの怪物を吹き飛ばしただと……!?貴様、本当にただの生徒なのか!?」
「アニキ!?いくらなんでも人間辞めすぎっすよ!?」
地面に座り込んでいたカイザー理事が顎を外さんばかりに目元のセンサーを点滅させ、ルキたちも絶叫している。ハスミも目を丸くして言葉を失い、あのツルギですら一瞬だけ狂気じみた笑みを止めて目をパチパチと瞬かせていた。
もっとも、日頃から俺の規格外な馬鹿力に散々付き合わされているアビドスの二人は別だったが。
「わぁ〜、相変わらずショウくんのパンチは豪快だね〜!」
「まあ、ショウのデタラメっぷりは今に始まったことじゃないですしね。いちいち驚くだけ疲れますよ」
ユメ先輩とホシノだけは、至極当然といった顔で受け流している。
だが、俺は驚愕するギャラリーにも、相棒たちの呆れ顔にも構っている暇はなかった。
「ここで一気に畳み掛けるぞ!」
砂を蹴って高く宙へと跳び上がると同時に、頭上のヘイローを限界まで眩く輝かせる。
そのまま重力の引力を振り切って空中に留まると、俺は頭上のヘイローを複数のパーツへと一気に分裂させた。
バラバラになった七色の光の破片たちが、リズミカルに順繰りと空を跳ね上がり、俺の頭上高くでひとつの巨大な塊へと組み替えられていく。
ガチリ、と組み合わさって形成されたのは――巨大な光のブーメランだった。
回転しながら手元へと降下してきたその光の刃をしっかりと掴み取り、空中で全身を弓のようにしならせて投擲の構えを取る。
足場のない虚空を踏みしめるように神秘を爆発させ、喉が千切れんばかりに気合を叩きつけた。
「ヘイロー……ブゥゥウウメランッ!!」
渾身の力で放たれた七色の刃は、空間を切り裂くような凄まじい風切り音と渦を巻き起こしながら、砂煙の中のビナーめがけて一直線に襲いかかった。
だが――砂漠の災厄と恐れられる古代の巨神も、ただ無様にやられるだけの木偶の坊ではなかった。
吹き飛ばされたのが嘘だったかのような、滑らかで恐ろしいほどの反応速度。
砂漠を滑るように巨体を捻って一瞬で体勢を立て直したビナーは、蛇のような長大な尾を唸りを上げて跳ね上げた。
しならせた白銀の尾が、音速を突破する鋼の鞭となって大気を叩き割る。
砂漠全域に響き渡る強烈な金属の衝突音。
猛烈な回転で迫っていたヘイローブーメランが、その尾の一撃によって無慈悲に弾き飛ばされたのだ。
あまつさえ、弾き返されたブーメランは猛烈な勢いで俺自身めがけて逆流してくる。
だが、元はといえば俺自身の頭から引っぺがしたヘイローだ。慌てることなく意識を集中させ、軌道上に手をかざして念じる。
光の刃は俺の顔面に激突する寸前で元のリング状へとスッとほどけ、何事もなかったかのように頭上へと吸い込まれて元通りに収まった。
「あぶねえ……危うく自分のヘイローで自爆するところだったぜ」
胸を撫で下ろした瞬間、地上で体勢を整えたビナーの背部装甲が一斉に跳ね上がった。
内部のミサイルポッドから無数の弾頭が顔を出し、空中に留まる俺へと照準を合わせて一斉に火を噴く。
油断した隙を狙われ、回避が間に合わないかと思われた刹那――
空気を切り裂く重厚な狙撃音が響き渡り、発射されたばかりの先頭ミサイルが、寸分の狂いもなく撃ち抜かれて大爆発を起こした。
巻き込まれた後続のミサイルが次々と連鎖誘爆を起こし、黒煙と紅蓮の炎がビナーの頭上を包み込む。
「空中のショウさんを狙わせはしません!」
遠方から凛としたハスミの声が届く。
硝煙を吐くスナイパーライフルを構え、完璧なタイミングの援護射撃で俺の退路を確保してくれていた。
その隙を見逃さず、砂煙を蹴立ててビナーの足元へと殺到する影があった。
「オラオラァ!アビドスのデカ蛇もどきが、姉御らのシマでデカい顔してんじゃねえっすよ!」
ルキたち元ヘルメット団だ。
しかも驚いたことに、彼女たちが乗っている「歩く木」はいつの間にか根の構造を変化させ、完全な二足歩行へと進化を遂げていた。ルキたちを枝の両腕で抱えながら、太く長い二本の根の脚で力強く砂地を蹴り、まるで俊敏な陸上選手のような軽快さでビナーの周囲を高速旋回している。
「撃て撃てーっ!さっきの戦闘でカイザーからかっぱらった弾ならいくらでもあるっすよー!」
(……あいつら、すぐそこにいるカイザー理事の前でよく堂々と言えるな)
二足歩行の木の上から、ルキたちがサブマシンガンやアサルトライフルを乱射して牽制の雨を降らせる。
小口径の銃弾などビナーの装甲に傷ひとつつかないのは明白だったが、視界の隅でチョロチョロと走り回る羽虫のような存在に、ビナーも苛立ちを隠せなかったらしい。
鬱陶しそうに身震いしたビナーが、その長大な巨体を横倒しにし、巨大な丸太のように砂の上をごろりと転がした。
数千トンの鉄塊による広範囲の圧殺攻撃。ルキたちを木ごとまとめて押し潰さんと、白銀の壁が迫る。
「危ねえ、ルキたち逃げろ――!」
「大丈夫、させないよ〜!」
俺が叫ぶよりも早く、砂煙を突き破って飛び込んできたのはユメ先輩だった。
転がり込んでくる巨体の軌道上へ滑り込み、両足で砂を深く削りながら盾を正面に構える。
「え〜〜いっ!!」
凄まじい轟音と共に、転がる山のような質量がユメ先輩の盾へと激突した。
衝撃波が同心円状に広がるが――ユメ先輩の構える盾はびくともしない。先輩は火花が散る盾を両手で必死に支え、歯を食いしばりながらその規格外の怪力でビナーの回転をガッチリと押し留めてみせた。
「今です、撃ち込みますよ!」
「けひゃははははは!!今度こそ止まったなぁ、もう動くんじゃねえぞぉっ!!」
完全に動きを止められた巨躯の両脇へ、ホシノとツルギが同時に肉薄した。
ホシノが散弾銃に神秘を込めて装甲の隙間を的確にゼロ距離射撃で抉り、ツルギが狂乱の笑みを上げながら二丁の中折れショットガンを同じ裂け目へ狂ったように叩き込み続ける。
至近距離からの容赦なき集中砲火が、強固な外殻を完全に粉砕し、露出した内部フレームを容赦なく食い破った。
『……! ……!!?』
装甲の奥深くを激しく損壊させられたビナーが、大気をビリビリと震わせるような声なき悲鳴を砂漠に響き渡らせた。
「っしゃあ!効いてる、効いてるっすよ! あのデカブツをのたうち回らせたっす!」
二足歩行の木の上で、ルキたちが拳を突き上げて歓声をあげた。
あれだけ頑強だった装甲を粉砕し、内部に痛打を浴びせられたのだ。誰もが確かな手応えを感じて士気を高めていた。
だが――後方で全軍の指揮を執るアロナの表情は、晴れるどころか険しく強張っていた。
シッテムの箱のモニターを睨みつけるその眉間に、焦りの色が濃く滲んでいる。
「……アロナ、どうした?」
不穏な気配を察した俺は、空から降り立つと砂を蹴ってすぐさま彼女の隣へと駆け寄った。
「ショウさん……皆さんが喜んでいるところに水を差すようで申し訳ないのですが、状況は芳しくありません。シッテムの箱の解析データを見る限り、ビナーへ実質的な有効打を与えられているのは……ショウさん、ユメさん、ホシノさんの三人だけなんです」
「なに……?ツルギ達の攻撃は通ってないってのか?」
あんなにも苛烈に外殻をぶち破り、ミサイルを撃ち落としていた二人の猛攻が効いていないはずがない。俺が怪訝そうに眉をひそめると、アロナは悔しそうに唇を噛み締めながら首を横に振った。
「お二人の純粋な破壊力や戦闘技術は一年生としては規格外です。ですが……お二人はまだ、自らの『神秘』を意図して完全にコントロールする領域には至っていません。あのビナーの根幹を削り取るには、研ぎ澄まされた純粋な神秘による干渉が不可欠なんです。今のままでは表面の装甲を削るだけで、決定的な打撃にはなり得ません……結局、攻略の鍵はショウさんの負担になってしまいます」
サポート役として全員を十全に機能させきれていないと責任を感じているのか、アロナは申し訳なさそうに視線を落とし、小さく肩を落とした。
だが、その分析を聞いた俺の口元には、自然と不敵な笑みが浮かんでいた。
「なんだ、要するに『神秘のこもった攻撃』なら、なんでもいいんだな?」
「……え? ええ、原理としてはそうですけど……」
拍子抜けした様子の俺に、アロナが戸惑いながら頷く。
「そうと分かれば話は早い。なら、これが一番手っ取り早いな」
俺は腰から愛用のハンドガンを引き抜くと、マガジンキャッチを押して空になった弾倉をカチャリと排出した。
そして迷うことなく頭上へ手を伸ばすと、自らの七色ヘイローをガシッと掴んで引きちぎり、手の中で光り輝くマガジンの形状へと捏ねて成形していく。
それを躊躇なく、ハンドガンのグリップの装填口へと力任せにねじ込んだ。
「……は、はい?」
緊迫した戦場のど真ん中で繰り広げられた、キヴォトスの常識を宇宙の彼方へ放り投げる光景に、アロナが素っ頓狂な声を漏らして完全にフリーズした。
「ちょっと行ってくる!」
絶句するアロナを置き去りにし、俺はヘイローという名の『純度百パーセントの神秘』が装填されたハンドガンのスライドをガシャンと引き、初弾を薬室へと送り込むと同時に前線へと一気に駆け出した。
「いくぞ……ッ!」
走りながら、ただでさえ神秘の塊であるヘイロー弾に対し、さらに己の全身から引き出した莫大なエネルギーを惜しげもなく銃身へと注ぎ込んでいく。
過剰な出力に耐えかねた黒いハンドガンがバチバチと激しい紫電を散らし、銃口の先から溢れ出した眩い七色の光が、急速に凝縮を始めた。
空間そのものを歪めるような甲高いチャージ音が砂漠に鳴り響く。
銃口の先に生まれた高密度の光の球体は、周囲の砂を渦状に巻き上げながら、放てば一帯を消し飛ばしかねないほどの凄まじい威力をその内に留め、臨界点へと達しようとしていた。
「ホシノ!ツルギ!一瞬でいい、あいつを留めてくれ!」
臨界寸前の光球を銃口に宿したまま、俺は前線へ向けて喉が千切れるほど叫んだ。
二人は言葉による返答など待たなかった。
俺の声が鼓膜を震わせたコンマ数秒後には、すでに砂を蹴ってビナーの懐へと肉薄していた。
突進してくる二つの小さな影を鬱陶しそうに睨みつけ、ビナーは鋼鉄の巨躯を大きくよじらせて薙ぎ払おうとする。山が崩れるような質量の暴力。だが、その一撃を前にしても、ツルギは足を止めるどころか嘲笑を浮かべてさらに加速した。
「ショウさん頼みだっ!!退くわけにはいかねえなぁあっ!!」
振り下ろされる巨体の軌道の内側へ紙一重で滑り込み、外殻の裂け目めがけて二丁の散弾銃をぶち込む。
それだけに留まらず、ツルギは吹き飛んだ装甲の隙間へ無理矢理銃口を強引に深くねじ込み、内部機構の奥深くに直接銃身を突き刺した。
ゼロ距離での連続発砲。
体躯の内部で炸裂した散弾が、逃げ場のない衝撃波となって銃身を通じてツルギの腕へ、全身へと逆流する。骨が軋み、皮膚が裂けて鮮血が飛び散るが、彼女はその激痛すら極上の快楽であるかのように狂気じみた哄笑を響かせ、引き金を乱射し続けた。
「けひっ、もっと暴れろ!壊れるまで撃ち込んでやる!!」
不死身の再生力と狂気に任せた内部への零距離乱射が、機械の神経系を直接かき乱したのか。
あの巨大なビナーに激痛あるみたいに、まさに生物が如く身を震わせ、その恐るべき動きが一瞬だけ完全に硬直した。
「ナイスです、ツルギ!」
その千載一遇の隙を、ホシノが見逃すはずがなかった。
硬直した白銀の胴体へ飛び移ると、まるで重力など存在しないかのような軽快さで、垂直に近い装甲の起伏を駆け上がっていく。散弾銃の反動で推進力を得ながら、わずか数歩で一気に巨体の頭頂部――顔面へと到達した。
「目潰し、いきますよ……!」
冷徹な眼光を放つホシノのオッドアイ。
至近距離で赤く不気味に明滅するビナーの四つの複眼へ向け、ホシノは一切の躊躇なくショットガンの銃口を突きつけた。
連続して叩き込まれた散弾が、センサーレンズを無慈悲に粉砕し、激しい火花と黒煙を撒き散らしながらビナーの視界を次々と奪い去っていった。
『!?!?!?』
視界を奪われて激しく身をよじるビナーの頭頂部から、ホシノがふわりと宙へ身を躍らせた。
落下しながらも彼女の動きには一切の淀みがない。空中で『Eye of Horus』の銃口を巨体へと向け直し、立て続けに引き金を引く。
放たれた散弾の強烈な反動を空中で受け止め、それを推進力へと変換したホシノの小柄な身体は、鮮やかな放物線を描いてビナーの脅威圏から大きく後方へと離脱していく。
「役目は……果たしたぞ!!」
同じく足止めを完遂したことを悟ったツルギも、爆ぜる火花の中から獰猛な獣のようなバク宙を切って巨体から飛び離れた。
着地したツルギを追撃しようとビナーの装甲の一部が蠢くが――それよりも早く、後方から飛来したハスミの精密無比な狙撃弾と、二足歩行の木の上からルキたちが浴びせかけた銃弾の雨がビナーの注意を逸らし、ツルギが駆け抜けるための完璧な退路を切り開いた。
仲間たちが繋いでくれた、千載一遇の決定機。
地上で待ち構えていた俺は、臨界までチャージを終えてバチバチと紫電を散らす黒いハンドガンの銃口を、真正面からビナーへと突きつけた。
だが――砂漠に住まう災厄たる古代の巨神もまた、ただ黙って討たれるつもりはないらしい。
『――――ッ!!』
大気をビリビリと裂くような金属質の咆哮と共に、ビナーの白銀の顎がガキリと大きく開かれた。
その巨大な口内の奥底で、太陽を呑み込んだかのような眩い黄金色の光が急速に収束し始める。周囲の砂が熱で一瞬にしてガラス質へと融解していくほどの、圧倒的な熱量の充填。
(複眼はホシノが全部潰したはずだ……!なのに、迷いなく俺をロックオンしてやがる!)
視覚センサーを失ってなお、ビナーの巨頭は寸分の狂いもなく俺の立ち位置を捉えていた。
きっとアロナが言っていた通りだ。こいつは目で見ているんじゃない、俺の全身と銃口から溢れ出している莫大な『神秘』の波長そのものを本能的に感知し、排除すべき最大の標的として照準を合わせているのだ。
それでも、俺の指先は微塵も震えなかった。
逃げる気も、躱す気もない。次の一撃で、この戦いのすべてが決まると確信していたからだ。
ビナーの口内で臨界に達した黄金の熱線が解き放たれるのと――俺が迷いなくハンドガンの引き金を絞り込んだのは、完全に同時だった。
ハンドガンの小さな銃口から迸ったのは、俺の身の丈を優に超える極太の七色の光線だった。
対するビナーの大口から吐き出されたのは、全てを灰燼に帰す大口径の灼熱の奔流。
二つの巨大なエネルギーの柱が砂漠の中間地点で真っ向から激突し、空間そのものが悲鳴を上げるような轟音と共に、極彩色の火花を散らして激しく拮抗した。
本来なら質量など持たないはずの光の束。
だが、純粋な神秘と神秘が正面からぶつかり合ったことで、それは目に見えない巨大な鉄槌の押し合いとなって俺とビナーの双方へと襲いかかった。
「ぐ、うぅぅ……っ!!」
凄まじい反動と圧力が、握りしめたハンドガンを通じて全身の骨へと重くのしかかる。
踏ん張った俺の両足が砂地を深く抉り、地面に二本の深い轍を刻みながら、じりっ、じりっと後方へと押し下げられていく。
奥歯を噛み締め、頭上のヘイローからありったけの神秘を絞り出して銃身へと注ぎ込むが――数百メートルの巨体が持つ圧倒的な出力と質量の前には、わずかに分が悪い。
拮抗していた光の衝突点が、少しずつ、だが確実に俺の方へと押し込まれ始める。
頬を掠める熱風が肌を焼き、足元の砂が吹き飛ぶ。
(くそっ、出力が足りねえ……!このままじゃ飲み込まれる、一度離脱するか……!?)
脳裏に一瞬だけ撤退の二文字がよぎった、まさにその時だった。
暴れ狂う反動を必死に抑え込む俺の両手の上へ――左右から、二つの小さな手がそっと重なった。
「……え?」
視線を向けると、俺の右隣には目に強い光を宿したホシノが、左隣には太陽のように真っ直ぐな瞳をしたユメ先輩が並び立ち、俺が握るハンドガンのグリップを両脇から力強く支えていた。
「ユメ先輩に、ホシノ!?どうしてここに……流石に危ないって――」
「ここが踏ん張りどころですよ、ショウ!」
俺の言葉を遮るように、ホシノが砂を踏みしめて鋭く叫んだ。
「そうだよショウくん! 一人で背負わないで!これは私達、アビドス生徒会みんなの戦いなんだから!」
ユメ先輩が歯を食いしばりながらも、いつもの温かい笑顔を浮かべて声を張り上げる。
二人が俺の隣で足を踏みしめ、一緒に反動を受け止めてくれた瞬間――後退していた俺の足が、ピタリと止まった。
それだけじゃない。
重ねられた二人の手のひらから、確かな体温と共に、優しくも力強い『何か』が俺の身体の中へとドクンと流れ込んできたのだ。
アビドスを誰よりも愛し、守り抜こうとするユメ先輩の揺るぎない祈り。
砂漠の学び舎で戦うことを選び、隣で背中を預け合ってきたホシノの不屈の闘志。
アロナが言っていた、ビナーに有効打を与えられる俺たち三人だけの『神秘』が、握りしめた一丁の拳銃の中でひとつに溶け合い、爆発的な共鳴を始めた。
たった三人きりの教室から始まった俺たちの日々が、今、この手の中に全て詰まっている。
こんな最高のお膳立てをしてもらって――ここで決めなきゃ、男じゃねえ!!
俺は肚の底から息を吸い込み、隣に立つ最高の仲間たちと共に、限界を超えた力を引き金へと叩き込んだ。
「「「いっけええええぇぇぇっ!!」」」
三人分の声が重なり、砂漠の空へと轟く。
俺の七色の光に、ユメ先輩の温かな緑と、ホシノの鮮やかな桃の輝きが螺旋状に絡み合い、銃口から放たれる光線がこれまでの数倍の太さへと膨れ上がった。
次の瞬間、押し込まれていた極彩色の奔流が、ビナーの黄金の熱線を正面から完全に呑み込んだ。
力関係を強引にねじ伏せた神秘の濁流は、大気を切り裂きながら逆流の勢いを加速させ、抵抗するビナーの巨大な白銀の体躯を、頭から尾の先端に至るまで眩い光の中へと丸ごと呑み込んでいった。
極彩色の奔流が砂漠の空へと霧散し、辺りに立ち込めていた眩い光がすうっと収まっていく。
「はぁ……はぁ……っ、や、やりましたか……?」
「う、うん……!手応えはバッチリあったよ……!」
俺の両脇で、肩で大きく息をしながらホシノとユメ先輩が前方を睨み据える。
光線が薙ぎ払った跡には、ガラス質に融解して赤く発光する巨大なクレーターが穿たれていた。
その中心に横たわっていたのは――白銀の輝きを完全に失い、頭から尾の先まで炭のように真っ黒に焼け焦げたビナーの巨体だった。
「っしゃあああ!やった、やったっすよアニキ! 姉御!」
「あの巨大な化け物を、本当に沈めてしまいました……!」
ルキたちが歓声を上げ、ハスミも安堵の息を漏らす。ツルギも荒い息を吐きながら散弾銃を下ろし、地面に座り込んだカイザー理事に至っては、信じられないものを見る目で呆然と見ていた。
だが――ただ一人、後方でシッテムの箱を見つめていたアロナの顔から、急速に血の気が引いていった。
「……え?う、嘘……そんな、まさか……!?」
「どうした、アロナ? まだなにかあるのか?」
震える声でモニターを凝視するアロナに俺が問いかけた、その瞬間だった。
融解したクレーターの底で、炭化したはずのビナーの巨体が不気味に脈動した。
焼け焦げた漆黒の装甲の隙間から、ドス黒い紫色の瘴気めいたオーラが噴き出し、砕け散ったはずの四つの複眼に、以前よりも遥かに禍々しい深紅の光が灯る。
「なっ……!?まだ動くんですか、あいつ!?」
ホシノが驚愕に目を見開く。
それだけではない。本来の白銀の色ではなく、黒く変貌したビナーの装甲がギチギチと軋みながら再構成され、まるで神話の邪竜を思わせるような凶悪で禍々しいシルエットへと変貌を遂げていくのだ。
「そ、そんな……最悪の条件が揃ってしまいました……!」
アロナがシッテムの箱を抱きしめ、青ざめた顔で叫んだ。
「条件って、どういうことだ!?」
「いいですか、よく聞いてください!まず、ショウさんの神秘によって砂漠の真ん中に復活した、湖レベルの『大オアシス』!そして、同じくショウさんの神秘が暴走してオアシスに生えた『世界樹』サイズの巨木! そこへ来て、今のお三方の合体光線で真っ黒に焼け焦げた『巨大な蛇』……!」
アロナは頭を抱えながら、震える指先で漆黒の巨神を指差した。
「泉と、世界樹と、黒き大蛇……! ショウさんたちがアビドスの環境を魔改造しすぎたせいで、この土地そのものが神話の体系を模倣してしまい、最後のピースがカチリとはまってしまったんです! あれはもう単なるビナーではありません……世界樹の根を喰らう黒き邪竜の概念をその身に降ろした個体、『ビナー・ニーズヘッグ』です!!」
「「「ビナー・ニーズヘッグぅぅぅ!!?」」」
俺とホシノ、ユメ先輩の声が綺麗にハモった。
「ニーズヘッグの最大の特徴は、神話の終末まで決して滅びない異常なまでの『しぶとさ』です! 今の攻撃で倒しきれなかったどころか、不死性に等しいタフネスを獲得して復活してしまいました!」
『オォォォォォォォッッ!!』
アロナの解説を裏付けるように、ビナー・ニーズヘッグが先ほどまであげなかった、天地を揺るがす咆哮を上げた。それだけでビリビリと空間が揺れるのを肌で感じてしまう。
その全身から放たれる威圧感は先ほどまでの比ではない。
「くっ……!ま、まだやれます……!」
「わ、私も……まだ盾を持てるよ……!」
ホシノとユメ先輩が必死に武器を構え直そうとするが、その足元はふらつき、肩で息をしている。
当然だ。さっきの一撃に、二人は残っていた体力も神秘もすべて注ぎ込んだのだ。ツルギはともかく、ハスミ、ルキたちは先ほどからの連戦で消耗が激しく、あの神話級のしぶとさを得た化け物をもう一度最初から削り切る余力は残っていない。
(……しゃーねえ。まだピンピンしてる俺が、一人で時間を稼ぐしかねえか!)
俺は一歩前へ踏み出すと、再び襲いかかってきたビナー・ニーズヘッグの真正面へと単身で飛び出した。
「全員下がってろ!あいつは俺が食い止める!その間に逃げる準備をしておいてくれ!」
「あっ、待ってショウくん!一人でなんて危ないよ〜っ!」
俺の背中へ向けて悲痛な声を上げたユメ先輩だったが、その時、彼女の脳裏にピコンと何かが閃いたらしい。
「……あっ!そうだ、アレがあったかも!」
ユメ先輩はくるりと踵を返すと、後方でルキたちが予備の弾薬や荷物を牽引してくるために使っていた軍用ジープの荷台へと猛ダッシュで駆け寄った。
そして荷台のトランクをバンと開け放つと、中から雑多なガラクタが詰まった段ボール箱を引っ張り出し、腕いっぱいに抱えて戻ってきたのだ。
「ユ、ユメ先輩!? こんな非常事態に、一体全体何を持ってきてるんですか貴方は!!」
膝をつきかけていたホシノが、目を剥いて絶叫ツッコミを入れる。
「だ、だってぇ! 前にみんなでアビドスの砂漠をお掃除してた時に掘り起こした不思議なガラクタ、何かの役に立つかもって積んでおいたんだよ〜! ひぃん、こういう時は何でも試してみるしかないよぉ〜!」
ユメ先輩も完全にいっぱいいっぱいの涙目で、抱えてきた箱の中身を砂の上にザラザラとぶちまけた。
「まったく、ただのゴミに決まってるじゃないですか!そもそも先に出せばよかったでしょう!!」
「まあまあ。あのショウくんが見つけた物ですよ?何ができる…か……も………?」
ホシノの隣でその山を覗き込んだアロナの動きが、ピタリと止まった。
砂の上に転がり出たのは、アビドスの地下から発掘されたと思しき、明らかにキヴォトスの技術体系から逸脱した謎のオーパーツの数々。
いつの間にか追加されていた不気味な目の模様が刻まれた黄金のパズルボックス。青白く発光して空間を歪めている四次元的な立方体。さらには表面に『M』の文字が刻印された紫と白のツートンカラーの球体――。
「な、ななな、なんですかこの危険極まりない遺物の山はー!?ひとつ間違えれば世界が改変されるレベルのオーパーツがなぜ無造作にみかん箱に入っているんですか!?どれだけカオスなんですかアビドスの地下は!!」
日頃は冷静なアロナが、シッテムの箱を取り落とさんばかりにうろたえてパニックを起こす。
だが次の瞬間、アロナの視線が『M』の文字が書かれた紫色の球体――『マスターボール』の上に釘付けになった。
「……待ってください。これ……もしかして、いえ、もしこの世界の法則がこれにも適用されるなら……!」
一方その頃、前線で単身囮となっていた俺は、文字通り何でもありの総力戦を繰り広げていた。
「オラオラァ!どこを見ている、俺はこっちだ!」
「いや、こっちだね!」
「それともそっちかな!?」
神秘を乱反射させ、砂漠の上に十数人の『俺の分身』を生み出してビナー・ニーズヘッグを取り囲む。
「ねばつきやがれっ!」
さらに、迫り来る巨体の足元の砂漠へハンドガンの神秘弾を撃ち込み、周囲数百メートルの砂をすべて巨大な粘着スライムへと変質させて奴の進撃をドロドロと鈍らせた。
『グギャアアアアアッ!?』
足を取られて苛立つビナー・ニーズヘッグが、漆黒の尾で俺の分身をまとめて薙ぎ払う。
ならばと俺は両手を高く掲げ、周囲を走り回っていた十数本の「歩く木」たちへ向けて鋭く指笛を吹いた。
「よし、お前ら!今こそ合体の時だ!!」
俺の号令に応え、二足歩行に進化していた木々が次々と宙へ跳躍した。
「
複数の木を組み合わせ、一本の巨大なった木をコアとして、右腕、左腕、右脚、左脚、そして胴体へと、六本になった巨木が神秘の光を放ちながらガシーン!ガシーン!と轟音を立ててシンメトリカルに合体していく。
「――ウッドジュピターッ!!」
砂漠に誕生した全長数十メートルの巨大木人・ウッドジュピターの頭頂部に乗り込んだ俺は、スライムから抜け出そうとしたビナー・ニーズヘッグの巨頭を真正面からガッチリと組み止めた。
神話の邪竜と巨大木人による、怪獣大決戦さながらの取っ組み合い。
「うおらぁっ!根性見せろウッドジュピター!!ウッドファイ……」
視界確保のために開けてある窓から暴れるビナー·ニーズヘッグを確認し、ここから俺が気合を入れてビナーを投げ飛ばし、必殺技への牽制を放とうと踏ん張った――まさにその最中だった。
「ンナッ」
パコン。と、そんな間の抜けた軽い音と共に、俺の後頭部に何か硬い球体が激突した。
もちろん俺の頑丈な頭蓋骨に痛みなど微塵もないが、あまりにも不意打ちだったため、俺はウッドジュピターの上から後頭部をさすりながら後ろを振り返った。
俺の足元にコロコロと転がったのは、『M』と書かれた紫色のボール。
そして遥か後方の地上では、ホシノが鬼のような形相でユメ先輩の胸倉を掴み上げていた。
「何やってるんですかこのノーコン先輩!!ビナーに投げるならビナーに当ててくださいよ!なんであの巨体を外して、よりにもよって味方のショウの後頭部にピンポイントでクリーンヒットさせてるんですか!!」
「ひぃん!? ご、ごめんなさぁい!力いっぱい投げたらすっぽ抜けちゃってぇ〜っ!!」
ガタガタと揺さぶられて悲鳴を上げるユメ先輩の横で、アロナが必死の形相でこちらへ向かって両腕をブンブンと振り回していた。
「ショウさん!そこにあるボールです!その紫色のボールを拾って、今すぐ思いっきりビナーに投げつけてください!早くーっ!!」
「は?このボールをか!?」
一体何の冗談だと思ったが、アロナの声はかつてないほど切迫している。
俺はウッドジュピターから飛び降りざまにボールを鷲掴みにすると、スライムの沼から強引に抜け出してこちらへ大口を開けたビナー・ニーズヘッグの眉間めがけ、飛び上がりながら全力の投球フォームでそれを投げつけた。
「よく分からんが――くらえッ!!」
剛速球となって飛翔した小さなボールが、ビナー・ニーズヘッグの漆黒の額にカツンと当たった。
次の瞬間。
ボールがパカリと二つに開き、中から眩い赤いレーザーのような光が迸った。
その赤い光は一瞬にして数百メートルあるビナー・ニーズヘッグの巨体を包み込むと、物理法則も質量の概念も完全に無視して、その巨躯をぐにゃりと光の粒子へと変換し――掌サイズの小さなボールの中へと、丸ごと吸い込んでしまったのだ。
「…………は?」
空中でパチンと閉じたボールが、重力を取り戻して砂の上へとポトッと落ちた。
先ほどまで天地を揺るがしていた神話級の邪竜が、文字通り一瞬で消え失せた戦場に、耳が痛くなるほどの絶対の静寂が降り注ぐ。
砂の上に落ちた小さなボールが、まるで生きているかのように、ゆっくりと右へ揺れた。
ティロリ……
どこからともなく響く電子音。
ホシノも、ユメ先輩も、ツルギも、ハスミも、ルキたちも、そしてカイザー理事でさえも、呼吸を完全に止めてその小さな球体の一挙手一投足を凝視していた。
ティロリ……
ボールが、左へと揺れる。
誰も動けない。風が砂を撫でる音すら止まったかのような錯覚の中、ボールがもう一度、ゆっくりと揺れて――。
ティロリ……カチッ☆
軽快なロック音と共に、ボールの継ぎ目からキラキラと小さな星のエフェクトが弾けて消えた。
それきり、ボールは完全に沈黙し、二度と開く気配はなかった。
「……………………」
「……………………」
砂漠の真ん中で、全員が石像のように凍りついていた。
あまりの超展開に、誰の脳みそも処理が追いついていない。
そんな完全なる思考停止の空間を破り、アロナがトコトコと小走りで、飛び降りて地上にいる俺の隣へと駆け寄ってきた。
そして、背伸びをするようにして俺の耳元へと顔を近づけ、真剣な声で何かをヒソヒソと耳打ちしてくる。
「……え?いや、この状況でそれを言うのか!?」
「いいから!これでお約束が完璧に成立して、概念的に完全封印が確定するんです!さあ、早く!」
アロナに背中をバシバシと叩かれ、俺は困惑しながらも砂の上に転がるボールへと歩み寄り、それを拾い上げて全員の前で高く掲げた。
そして、少しの気恥ずかしさを押し殺しながら、言われた通りのセリフを口にした。
「ええと……ビナー、ゲットだぜ?」
直後、俺の隣で胸を張ったアロナが、満面の笑みで両手を頬に当てて可愛らしくポーズを決めた。
「ぴっぴかちゅ〜♪」
一秒の間。そして――。
「「「いやどういうオチィィィッッ!?!?!?」」」
ホシノを筆頭とする全員の魂の絶叫ツッコミが、晴れ渡ったアビドスの砂漠の空へと果てしなく木霊していったのだった。
実はビナー戦はほぼカットの予定でした。理由は……まあ、ね?
1〜3話を目安に書きます
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ゲヘナ雷帝編(雷帝ナシ)
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アヤメ誘拐編
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どっちも書いて♡
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別にいらないな、回想でいい