七 色 ヘ イ ロ ー   作:内海空洞

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作者調べですが、デカグラマトンが製作者と完全に確定していないので、ビナーの設定を一部オリジナルに変えています。


21話

あのアロナ命名『マスターボール』による前代未聞の捕獲劇で、砂漠の災厄ビナー・ニーズヘッグがゲットされた後、前線基地での戦後処理は驚くほどスムーズに幕を閉じた。

 

アビドス侵略計画の全データは無事にすべて回収され、基地の武装戦力も完全に無力化。そして首謀者であるカイザーPMC理事は、カヤの引き継ぎを受けて後から現場へ到着したヴァルキューレ警察学校の重護送部隊によって、正式に逮捕・連行されることとなった。

 

あれだけ出世や保身に執着していた男だ、最後まで往生際悪く暴れて抵抗するのではないかと警戒していたのだが――意外なことに、理事は拍子抜けするほど素直にお縄についた。

 

自分たちが長年恐れていた怪物が、手のひらサイズのボールに吸い込まれてゲットされるという理解不能な光景を目の当たりにしたことで、張り詰めていた狂気や執念がポッキリと折れてしまったのかもしれない。

 

護送車へと乗せられる直前、手錠をかけられた理事と少しだけ言葉を交わす機会があった。

 

「……すべてを失った身だが、不思議と頭は冷えている。これを機に、一から出直してみるのも悪くないかもしれんな」

 

憑き物が落ちたように、どこか穏やかな声色で砂漠の空を見上げる理事。

その鋼鉄の横顔にどんな心境の変化があったのかは分からないが、俺はふと思いついて、その背中に声をかけてみた。

 

「なあ。もし罪を償って出てきた後、行く当てがなかったらアビドスに来てくれよ。実は俺たち、まともに経営や経理ができる大人の人材がいなくて困ってるんだ」

 

俺が至って真面目に勧誘すると、理事は一瞬だけ目元のセンサーを揺らした後、呆れたように軽く鼻を鳴らして笑った。

 

「……フッ。何を言い出すかと思えば、最後まで何を考えているかわからない奴だ。…まあいい、もし他の企業で面接に百回落ちたなら、その時は考えてやろう」

 

そう言い残し、理事はヴァルキューレのパトカーへと乗り込み、砂煙の向こうへと去っていった。正直なところ、あいつはアビドスを潰そうとした。その所業には、到底同情などできない。

 

だが、理事もまたカイザーという巨大企業の権力や出世競争に踊らされ、最後は本社から無慈悲に捨てられた身だ。その生き様はきっと、俺たち生徒には計り知れない社会の世知辛い苦労や重圧もあったのかもしれないな――と、去りゆく車列を見送りながら考えるしかなかった。

 

それから間もなくして、行きと同じ方法でアビドスに戻った俺たちと共に戦ってくれた正義実現委員会コンビ――ツルギとハスミも、今日のうちにトリニティ自治区へと帰還することになった。

 

聞けば、二人が取っていた休暇は今日までらしく、アビドスからトリニティまではそれなりの距離があるため、今から出発しないと明日の朝の予定に間に合わないのだという。

 

「わざわざ助けに来ていただいたのですから、連邦生徒会からトリニティ側へ連絡を入れて、今回の作戦に伴う公欠扱いになるよう手配しましょうか?」

 

アロナがシッテムの箱を操作しながらそう申し出たのだが、ハスミは穏やかに微笑んで首を横に振った。

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、結構ですよ。私たち正義実現委員会は、トリニティの生徒たちの模範たるべき存在ですからね。私用で申請した休暇を、公務を理由に延長して遅刻するわけにはいきません」

 

背筋を伸ばし、どこまでも優等生らしく凛と言い切るハスミ。

 

「……!………!!」

 

……もっとも、その後ろに立つツルギはというと、もっとこっちに居たかったのか、あからさまに不満そうな顔で口を尖らせながら、ハスミの大きな黒翼の羽を指先でツンツンと引っ張っていじくり回していた。ハスミはというと、そんな相棒の子供っぽい抗議に慣れきっているのか、微動だにせず完全にスルーしている。

 

「今から電車を乗り継いで帰るのも大変だろ。なんだったら、俺が二人を小脇に抱えて、トリニティの境界あたりまで空を飛んで送っていこうか?」

 

日頃の礼も兼ねて俺がそう提案した瞬間、ハスミの背後で羽をいじっていたツルギの身体がビクゥッと跳ね上がり、顔面がみるみるうちに沸騰したヤカンのように真っ赤に染まった。

ハスミはそんなツルギの様子を横目でチラリと一瞥すると、やれやれとばかりに小さく溜息をついて俺を制した。

 

「……お気持ちは大変ありがたいのですが、それをするとツルギが色々な意味でショック死してしまいますので、やめておいた方がよろしいかと……」

 

「き、きひぃぃ……」

 

なぜ空を飛んで送るだけで頼れる切り込み隊長が死んでしまうのかさっぱり分からなかったが、そういう謎の諭され方をしてしまった以上、無理強いするわけにもいかなかった。

 

そして帰り際。荷物をまとめたハスミとツルギが、俺たちから少し離れた場所でアロナに呼び止められ、何やら真剣な面持ちで言葉を交わしているのが見えた。

常人より遥かに耳がいい俺の聴覚に、乾いた砂漠の風に乗って、彼女たちの会話の断片がわずかに届いてくる。

 

『――今後のエデン条約に向けた動き……』

 

『……ゲヘナ側、特に雷帝への牽制としても、トリニティのティーパーティーに取り次ぎを……』

 

「エデン条約」だの「雷帝への牽制」だの、外のから来た俺にとっては聞き慣れない固有名詞ばかりが並んでいて、話の全体像まではまるで把握できなかった。

 

ただ、普段は人懐っこい笑顔を浮かべているアロナが、連邦生徒会に身を置く者としての鋭い眼差しを見せていたことだけは、妙に強く印象に残ったのだった。

 

ツルギとハスミを見送った後、もう一人の頼もしい協力者であるアロナとも、お別れの時がやってきた。

 

当初の予定では、今回のアビドス支援活動と事後処理に一通りの目処が立つまでこちらに滞在し、それから連邦生徒会の本拠地がある『D.U.』へと戻る手筈になっていたらしい。

だが、連邦生徒会きっての優秀な人材をいつまでも辺境の自治区で遊ばせておく余裕は向こうにもなかったようだ。

 

アロナが持つシッテムの箱に強制通信が入ったかと思うと、モニター画面いっぱいに一人の女生徒の姿が映し出された。

 

長い黒髪を高い位置でポニーテールに結い上げ、知的な眼鏡の奥に冷ややかな瞳を宿した、尖ったエルフ耳のクールビューティ――連邦生徒会の『七神リン』という生徒らしい。画面越しでも肌がピリつくような重圧を放つ彼女に、アロナは真正面から詰め寄られていた。

 

「え〜!リンちゃん、もうちょっとだけ!せっかく新しい友達もできたんだし、ちょっとアビドスを満喫したら帰るから〜!」

 

「ぺろぎゅっ!」

 

以外と大きな胸に挟まれて苦しそうな声を上げたペロロを抱きしめながら、駄々をこねる子供のように唇を尖らせるアロナ。しかし、画面の向こうの七神リンは眉一つ動かさず、氷点下の声でピシャリと切り捨てた。

 

『誰がリンちゃんですか。……貴女が勝手に投げ出して出ていったせいで書類や仕事が、執務室に山のように溜まっているので駄目です。……それに、貴女自身が描いた草案の条約についても、早急に話を進めてもらう必要があります』

 

「……はぁーあ。リンちゃんのケーチ。しょうがないな〜、もうちょっとショウくん達と一緒にいたかったけど、また今度遊びに来ればいいか」

 

しぶしぶといった様子で肩を落とすアロナだったが、ふと真剣な思考の表情へと切り替わり、顎に指を当てて小さく呟いた。

 

「それに、”今回”のカイザーの一件で連邦生徒会の機動力の課題も浮き彫りになったし……帰ったら、『SRT』の早期創設を進めたほうがいいかな……?」

 

なんにせよ、どうやら俺に妙に懐いてくれていたアロナは、できることならこのままアビドスに居座る気満々だったらしい。

そして今のやり取りを聞く限り、彼女がわざわざアビドスまで直々に出向いてきた動機の半分くらいは、本拠地に山積みになった激務から逃亡するためだったようだ。

 

……お前も仕事からの現実逃避かい!と心の中でツッコミを入れたくなったが、あれだけ助けられた恩人にそれを口に出すのは野暮というものだろう。

 

だが――連邦生徒会の迎えの車へと乗り込む直前。

くるりと振り返ったアロナが、俺の頭上で明滅するヘイローを見上げながら残していった意味深な言葉だけは、今でも俺の耳の奥に強く焼き付いて離れない。

 

 

 

「七つの嘆き、七つの古則、七つの大罪、七つの美徳、そして七つの難題――」

 

 

 

普段の無邪気な笑顔をふっと潜め、どこか遠い世界の理を見透かすような、静かで澄み切った瞳で彼女は紡いだ。

 

「『七』という数字は、世界において『始まりと終わり』を繋ぎ止める、完全で、ちょっと残酷な楔」

 

風が吹き抜け、アロナの髪がふわりと揺れる。

 

「あなたの頭上で光るその綺麗な七色のヘイローは、たった一色が濁るだけで、すべてをバッドエンドに変えちゃう致命的な引き金にもなり得てしまうかもしれません。もし歩む道を間違えたら、その七色は世界を閉ざす『終末の黒』になっちゃうかもしれない」

 

そこまで言うと、アロナは再び太陽のように柔らかく微笑み、俺の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「……でも。今日あなたがアビドスで起こしてくれた奇跡を、私は特等席で見ていました。だから私は信じています。あなたがその光を、ただの嘆きなんかじゃなくて、誰かを救うための『祝福の虹』に変えてくれるって」

 

そう言ってモモトークの連絡先を交換し終えると、アロナはペロロを小脇に抱えたままアビドスを出ようとしたので必死に止めた。ペロロを持って帰れなかったアロナはぶーたれたまま迎えの車へと乗り込み、一足先にD.U.へと帰っていった。

 

残った連邦生徒会の人員は、ヴァルキューレ警察学校へのカイザー残党の引き渡しや現場の事後処理、そしてアビドスの支援活動がある程度収まり次第、順次帰還する手筈になっているらしい。しかも、作業が長引いた場合に備えてアビドス近郊の宿泊施設の予約まで事前にすべて押さえてあるあたり、連邦生徒会、いやアロナの実務能力の優秀さが垣間見えた。

 

そして、今回の戦いで誰よりも泥臭く俺たちの背中を支えてくれた功労者――ルキたち元グルグルヘルメット団の面々だ。

 

カイザー前線基地からの帰路につく前、俺とユメ先輩、ホシノの三人は自然と顔を突き合わせ、「アビドスの危機を一緒に救ってくれた彼女たちに、俺たちができる最大限の礼は何だろう」と話し合った。

 

出た結論は、ひとつしかない。俺たちは作業着の砂埃を払っているルキたちの前へと歩み寄り、以前一度断られたあの提案――「もう一度、正式な生徒としてアビドス高校に所属しないか」と、改めて問いかけたのだ。

 

「えっ……ア、アタシたちが、アビドスにっすか……!?」

 

目を丸くするルキ。もともと、彼女たちヘルメット団の大半は、何らかの事情で前の学校を退学になったり弾き出されたりして、キヴォトスにおける市民権である『学籍』と居場所を失った者たちで構成されている。

ルキ自身も、もとは『オデュッセイア海洋高等学校』の出身らしいのだが、向こうで派手なトラブルを起こして停学処分を食らい、そのまま飛び出してきた身で、今さら元の学校へ戻る気などさらさらないという。

 

「前にも言ったっすけど、アタシたちはまだ商店のボスにも、姉御やアニキにも恩を返しきれてないっすよ……」

 

戸惑いながら頭を掻くルキに対し、俺は首を横に振って一歩前へ出た。

 

「その話なら、今日でチャラどころかお釣りが来るくらいだ。ルキたちが命がけで一緒に走ってくれたおかげで、俺たちはアビドスを守り切れた。だから、今度は俺たちがルキたちに恩を返す番なんだよ」

 

「そうだよ〜!実はね、さっきアロナちゃんが帰る前にこっそり相談してみたの!」

 

ユメ先輩が嬉しそうに胸を張り、ホシノも小さく頷いて言葉を継いだ。

 

「連邦生徒会の超法規的措置として、前の学校の停学や退学処分に伴うややこしい手続きをすべてクリアにした上で、アビドス高校への正式な『編入届』を受理してくれるそうですよ。あとは貴女たちが首を縦に振るだけです」

 

その言葉を聞いた瞬間、ルキたちの動きがピタリと止まった。

 

「……え?ちょ、ちょっと待ってくださいっす。それって……アタシたちが、本当に姉御やアニキと同じ、アビドスの生徒になれるってことっすか……?」

 

最初は信じられないといった様子で視線を泳がせていたルキたちだったが、俺たちが笑顔で頷き返すのを見て、次第に事の大きさと実感が湧き上がってきたらしい。

 

ルキの瞳からポロポロと大粒の涙が溢れ出し、次の瞬間には全員

 

「うおおおおおっ!!」

 

「やったああああっ!!」

 

「これで気兼ねなくネットでアカウントを作って買い物ができるー!!」

 

「家に住んで自分だけのベッドで寝れるの!?やったー!」

 

帽子やタオルを宙へ放り投げ、砂の上で飛び跳ねながら体全体で喜びを爆発させた。

 

「ありがとうっす……!姉御、アニキ、ホシノさん……アタシたち、絶対にアビドスの名前に泥を塗らないよう、死ぬ気で頑張るっすよぉぉっ!!」

 

「うん、うん!ようこそアビドスへ〜!」

 

抱き合って泣き笑いする彼女たちの姿に、ユメ先輩も目を潤ませながら満面の笑みを咲かせていた。

 

……もっとも、ひとつだけ補足しておくと、彼女たちは停学や退学からの期中編入となるため、各学年の進級に必要な単位や出席日数がどうしても足りないらしい。

 

結果として、編入する全員が「一年留年」の形で一から学び直すことになったのだが――書類の手続きをしていて俺が一番驚いたのは、他のヘルメット団の姉貴分に見えていたルキが、実は俺やホシノと「同い年」だったという事実だ。

 

「へへっ、留年になっちまったっすから、学年としてはアニキやホシノさんの一個下になるっすね!改めて先輩としてビシバシ鍛えてくださいっす!」

 

同い年でありながら、これからは正式な「アビドスの後輩」として同じ校舎に通ってくることになる彼女たちとの日々は、きっとこれまで以上に賑やかなものになるだろう。

 

そんな風に現場が温かな空気に包まれていた頃、俺の端末へ、今回の騒動を聞きつけたミレニアムサイエンススクールの面々からも心配の連絡が飛び込んできた。

もっとも、通信を繋いできたのはリオ本人ではなく、ヒマリからだったが。

 

『誰もが見上げる夜空の北極星こと明星ヒマリです。…ふふ、皆さまがご無事で何より。アビドスにカイザーの魔の手が迫っていると思えば、巨大な機械の蛇が現れたと観測された時はどうなることかと思いましたが、見事に撃退されたようですね』

 

画面の向こうで車椅子に揺られながら、俺達しか知らない情報をさらりと言いながら優雅に微笑むヒマリだったが、やがて少しだけ困ったように眉を下げ、声を潜めて裏事情を明かしてくれた。

 

『……実を言いますとね、今回の件で一番動揺していたのは………リオなんですよ』

 

「リオが?」

 

『ええ。ほら、少し前にリオがアビドスへ偵察ドローンを飛ばしたことがきっかけで、あなた方三人をミレニアムへと招くことになったでしょう? リオは「私がアビドス生徒会の三人をミレニアムへ呼び寄せたせいで自治区を留守にする隙を作り、カイザーに襲撃される引き金を作ってしまった」と、すべて自分の責任だと思い詰めてしまっていたのです』

 

妙に似ているリオのモノマネを披露するヒマリ曰く、リオは表面上こそ冷静沈着。最近周りに呼ばれ始めた『ビッグシスター』の仮面を取り繕っていたため周囲の生徒には気づかれなかったものの、古くから彼女をよく知るヒマリとネルの二人には、その内心の激しい動揺と落ち込みっぷりが痛いほど伝わっていたのだという。

 

『リオったら、アビドスへ支援を送るのだと息巻いて、自分が開発した無人戦闘機械「AMAS」の軍勢をそちらへ直接派遣しようとまでしていたのですよ。さすがに大隊レベルの機械軍団を他校の自治区へ送り込むのはやりすぎだと、私が必死に止めておきましたが』

 

「だ、大隊レベルの機械軍団って……それ、カイザーとミレニアムと戦争が始まるところだったじゃないですか!」

 

『アタシもいるぜ!!無事だったかよホシノ!ショウ!ユメさんよ!』

 

ホシノが青ざめてツッコミを入れる横で、通信画面の奥から、スカジャンを着た小柄な少女――C&Cのネルの威勢のいい怒鳴り声が聞こえてきた。

 

どうやらネルもネルで、アビドス襲撃の報を聞くや否や単身で飛び出し、俺たちに加勢しようとミレニアムから駆けつけようとしてくれていたらしい。だが、俺たちが歩く木で基地へ乗り込んで電撃的なスピードでカイザーを片付けてしまったため、完全に出遅れて肩透かしを食らったとのことだった。

 

「リオちゃん、聞こえてる〜? そこにいるんでしょ〜?」

 

ユメ先輩が画面の向こうへ向かって、ふんわりと優しい声で呼びかける。

すると、ため息を吐いたヒマリがカメラを動かし、背後のモニターの端にいる、バツが悪そうに視線を逸らしたリオの黒髪がひょっこりと映り込んだ。

 

「私たちがミレニアムに行ったのは、私たちがみんなで行きたかったからだよ〜!リオちゃんのせいなんかじゃ全然ないからね!心配してくれて、本当にありがとう!」

 

「そうですよ、リオ。むしろミレニアムで息抜きができたからこそ、今回のカイザーの連中も一網打尽にできたんです。……落ち着いたら、また三人でミレニアムに遊びに行きますから、待っていてくださいね」

 

「ああ。俺が新作の和菓子でも作って持っていくからさ。またな、リオ」

 

ユメ先輩の真っ直ぐな励ましと、俺やホシノからの「また遊びに行く」という約束。

 

それを聞いた画面の向こうのリオは、驚いたように目を瞬かせた後――張り詰めていた肩の力をふっと抜き、口元にほんのわずかな、けれど確かな笑みを浮かべて小さく頷いてくれた。

 

通信が切れる間際に見せてくれたあの穏やかな表情を見る限り、きっと彼女もこれで立ち直ってくれたと思いたい。

 

そして俺たちがうっかり『ゲット』してしまった――ビナーのこと。神話の概念を降ろして真っ黒な『ビナー・ニーズヘッグ』へと変貌したあいつを、いつまでも手のひらサイズのボールの中に閉じ込めておくわけにもいかない。

 

かといって街中で出して暴れられたら大惨事になるため、俺は心配するユメ先輩とホシノに「もし敵意を見せて暴れ出したら、その瞬間に二人を抱えて全力で空を飛んで逃げる」という絶対の約束を取り付け、市街地から遠く離れた無人砂漠地帯でボールから解放してみることにした。

 

緊張の面持ちでホシノがショットガンを構え、ユメ先輩が大盾を構える中、俺がボールのスイッチを押すと――赤い光と共に、数百メートルの漆黒の巨体が砂漠の上へと再出現した。

 

「……っ!いつでも撃てますよ、ショウ!」

 

身構えるホシノだったが、当のビナーは咆哮を上げるどころか、まるで借りてきた猫……ならぬ借りてきた大蛇のように、砂の上でちょこんと大人しく頭を垂れていた。

 

拍子抜けするほど従順なその態度に、俺は試しに頭上のヘイローの波長を合わせ、テレパシーのような形で意識を繋いで対話を試みることにした。

あの巨体から直接音声が発せられるわけではないが、繋いだ神秘の回線を通じて、重厚でどこか呑気な思念が俺の頭の中へと直接流れ込んできた。

実際に言葉を交わしてみると、こいつが見た目に反して意外なほど話のわかる奴だということが判明した。

 

ビナーが語るところによれば、そもそも彼は遥か昔からここに存在していて、ある時を境にこの砂漠の底で長い眠りについていたらしい。

そこへある時、『デカグラマトン』と呼ばれる謎の存在が接触してきて、彼を強制的に目覚めさせたのだという。

 

だが、特に世界をどうこうするだのといった大層な使命を持たされていなかったビナーは、目覚めさせてくれたこと自体には多少の恩義を感じつつも、わざわざそいつの言いなりになって従う理由もなかったため、これまで通りアビドスの砂漠を住処にしつつ静観を決め込んでいたらしい。

 

「……じゃあ、なんで急に前線基地なんかに現れたんだ?アロナは俺の神秘を排除しに来たんじゃないかって言ってたが」

 

俺が疑問をぶつけると、ビナーは巨大な頭部を少しだけ傾げ、心外だとでも言いたげな思念を返してきた。

 

『ちがう。最近、砂漠の向こうにひどく心地よくて惹かれる場所ができたから、見に行こうとしただけだ。そうしたら、途中で小さき者どもが群がってきて、散々ちょっかいをかけてきた』

 

どうやら、俺の神秘で突如復活した大オアシスと世界樹の波長に惹かれ、純粋に散歩がてら見物に行こうとしていたところへ、カイザー理事が差し向けた別働隊から攻撃を受けたらしい。

いい気分で進んでいたところに水を差されてブチ切れたビナーは、そのまま攻撃してきた連中の大元であるカイザー前線基地を踏み潰そうと進路を取った、というのが真相だったようだ。

 

「いや、カイザーの基地を潰しに来たまでは百歩譲って分かる。……じゃあ、なんでカイザーを制圧した後の俺たちにまで、あんな殺る気満々で襲いかかってきたんだ?」

 

するとビナーは、漆黒の巨体をわずかにモゾモゾと揺らし、少し気まずそうな思念を寄越してきた。

 

『……怒りに任せた、ノリ』

 

「「「ノリ!?!?」」」

 

俺の口から通訳されたそのあんまりな理由に、後ろで聞いていたホシノとユメ先輩の絶叫が砂漠に木霊した。

 

「ノリ!?ノリであんな天変地異みたいな熱線を吐いて、私達と死闘を繰り広げたんですかこのデカブツ!?こっちは命がけだったんですよ!?」

 

「ひぃん……それで邪竜さんにまで進化しちゃうなんて、すっごくノリが良すぎるよぉ〜……!」

 

ホシノが頭を抱えて地団駄を踏み、ユメ先輩が涙目でツッコミを入れる。あの時、アロナがあんなに深刻な顔で考察して

 

『ショウさんの神秘を排除するための防衛機能が〜』キリッ

 

とか言ってたのに、蓋を開けてみれば単なる八つ当たりの勢いだったとは。あまりの脱力感に、俺も呆れて遠い目をするしかなかった。

 

「はぁ……まあ、事情は分かったよ。でお前、これからどうするんだ?また砂漠の底に戻って寝るのか?」

 

俺が尋ねると、ビナーはゆっくりと鎌首をもたげ、遥か遠くのアビドス市街地――その中心にそびえ立つ巨大な『世界樹』の方へと顔を向けた。

 

『できれば、あそこに住みたい。あの大樹の根元は、とても居心地が良さそうだ』

 

まさかの移住希望だった。

確かに今のこいつは『ビナー・ニーズヘッグ』、アロナが言った通りなら、文字通り世界樹の根元に棲まう黒き竜の概念を宿している。神話の再現としてはこれ以上なくしっくりくる収まり方ではあった。

 

「……まあ、街の連中や観光客に絶対に危害を加えないことと、勝手に暴れないことを約束するなら、住んでもいいぞ。一応、あの大オアシスも世界樹も、元を辿れば俺の神秘のせいで生えたようなもんだからな」

 

俺がそう説明して許可を出すと、ビナーの四つの複眼が驚いたようにパチパチと明滅した。

あの心地よい環境を生み出した張本人が俺だと知って深く感銘を受けたらしく、ビナーは巨体を低く屈めて俺の前へと頭を垂れた。

 

『感謝する。基本は我を捕らえた主であるお前の指示に従うつもりだが、最高の住処を与えてくれたこの恩義も含め、お前たちが困った時にはいつでも我が力を貸そう』

 

こうして、砂漠の災厄と恐れられた機械の巨神は、アビドスの頼もしい(?)用心棒兼住人として迎え入れられることになったのだった。

 

それからアビドスの大オアシスの中心にそびえる世界樹の太い幹には、真っ黒なビナー・ニーズヘッグの巨体がぐるりと気持ちよさそうに巻き付き、まるで日向ぼっこをして眠る大蛇のようにじっとリラックスして過ごしている。

 

最初は驚いていた住民たちも、ビナーが完全に無害で、時折ユメ先輩がホースでかける水しぶきを嬉しそうに浴びている姿を見てすっかり安心したらしい。今では『世界樹に棲む黒龍』として、オアシスと並ぶアビドスの新たな目玉観光名所としてキヴォトス中で話題沸騰中だ。

 

なお、後日この件で他校から「なぜアビドスに全長数百メートルの機械の怪物が巻き付いているのか」と大慌てで説明を求められたのだが――俺たちは至って真面目な顔で思いっきり

 

『アビドスの野生の自然生物が勝手に世界樹へ住み着いただけで、特に危害もないので放置するしかありません。自然ってすごい』

 

そう書類に書いて強引にごまかし続けている。

 

そして、ビナー以上に俺たちが一番どう扱っていいか分からず持て余している存在がある。

 

そう、俺の神秘が暴走?したことか、世界樹が株分けしたことのどちらかで街中に溢れかえった『歩く木』たちだ。

 

あいつらは戦いが終わった後も消えることなく、相変わらずアビドスの砂を養分としてガツガツ貪り食いながら、自治区内のあちこちを我が物顔で勝手に動き回っている。

しかもただ徘徊しているだけかと思いきや、個体ごとに妙な役割分担まで始まりつつあった。

 

市街地と砂漠の境界線あたりへ自ら歩いていってズボッと深く根を下ろし、街へ吹き込む砂嵐を真正面から受け止めて防砂林の役目を果たしてくれる頼もしい個体もいれば、住宅街の路地へ入り込んで、アスファルトや軒先に溜まった邪魔な砂埃を綺麗に吸収しながらお掃除して回る几帳面な個体もいる。

 

最初のうちは「木が歩いてる!?」と悲鳴を上げていた街の住民たちも、あいつらが完全に無害どころか生活の役に立つと分かったせいか、順応するのは驚くほど早かった。

今ではすっかり街の風景に溶け込み、放課後になると近所の子供たちが動く枝にぶら下がってブランコ代わりに遊んでいる光景まで見かけるほどだ。

 

街中での活躍っぷりも目覚ましい。復興景気に便乗して外からやってきた柄の悪い迷惑客が店先で騒いでいれば、どこからともなく現れた木が太い枝でそいつの襟首をひょいっとつまみ上げて自治区の外まで放り出してくれる。しつこい奴は顔だけ出す形で絡みついて無理矢理運び出すし、物珍しそうにカメラを向ける観光客がいれば、わざわざ隣に並んで枝振りのいいポーズを決めてツーショット写真に収まってやっている。

 

さらには、ハスミを乗せた時のように「どれだけ動いても枝の上が全く揺れない」という謎の安定性を活かして、足腰の不自由なお年寄りを優しく枝の座席に乗せ、買い物や病院への移動の足として送迎するタクシー代わりの個体まで現れる始末だ。

 

中でも最近、俺が一番笑ってしまったのは「木の美容室ブーム」だった。

街の片隅で老いのために引退していた元庭師のおじいさんが、通りすがりのボサボサだった木を見かねて、まるで美容師のように枝葉を綺麗に剪定して整えてやったことがあったらしい。

すると、丸く上品な風にカットしてもらったその木がいたく気に入ったらしく、街の大通りへ出て「どうだ!」と言わんばかりに自慢げに枝葉を揺らして見せびらかし始めたのだ。

 

その姿が仲間の木たちの美意識に火をつけたらしい。

 

今では引退した元庭師のおじいさんたちの家の前に、毎朝のように自分も綺麗に整えてくれと木たちが長蛇の列を作る一大ブームが巻き起こっている。

庭師のご老人たちも、大型犬のように素直に懐いて身を屈めてくる木たちが可愛くてたまらないらしく、「どれ、お前は盆栽風の男前にしてやろうな」と現役時代の鋏を引っ張り出し、生きがいを取り戻したように目を細めて喜んで手入れをしてやっている。

 

大オアシスと世界樹の出現も相まって、最近のアビドスは他校のニュースや観光雑誌で『砂漠に蘇った、緑が生きる街』なんて洒落たキャッチコピーで呼ばれているらしい。

 

……まあ、そういう記事を読んでやってくる連中も、まさか比喩表現ではなく、文字通り『緑が自らの意思で生きて二足歩行で歩き回っている』なんて夢にも思わないだろうな、と思わず苦笑いがこぼれた。

 

そんな激動にして奇妙極まりないアビドスの日々の記録を、俺は学校の生徒会室の机で活動日誌へと書き留めていた。活動日誌の最後の行を書き終え、俺はパタンとノートを閉じてペンを机に置いた。

ふと、ポケットの中で一度だけ短く震えていたスマートフォンの感触を思い出し、画面をタップして履歴を確認する。

 

そういえば黒服からも個別に連絡が来ていたのだった。

わざわざ電話をかけてきた用件は何かと思えば、今回のカイザーPMCによるアビドス襲撃を未然に止められなかったことに対する、ひどく慇懃な謝罪だった。

 

あいつはあいつなりに、事前の約束通りカイザーの上層部へ『円ショウがいる間は拙速な手を出すな』と何度も釘を差してくれていたらしい。だが、出世欲と焦りに駆られたあの理事の暴走までは制御しきれなかったようだ。

 

俺としては、いくら黒服が裏社会に通じていようと、巨大な複合企業を相手にたった一人で完全に動きを封じるなんて土台無理な話だと思っていたし、結果的にビナーごと丸く収まったもう終わったことだから「別に気にすんなよ」と軽く流したのだが――。

 

『クックックッ……ショウさんらしい寛大なご対応ですが、アビドスへの不可侵と不介入の維持も、私たちの大切な契約に含まれている事項ですので。私の監督不行き届きに対するこの件の埋め合わせも、いつか必ず、相応の形で賠償させていただきますよ』

 

受話器の向こうで、すっかり元の漆黒に戻ったであろうスーツの襟を正すような気配とともに、奴はそんなことを言っていた。

相変わらず何を考えているかわからない後ろ暗い奴だが、こと契約に関しては本当にどこまでも律儀な男である。

 

昔の孤児院の院長なんか、約束したおやつのプリンを自分で食っちまうような大人だったからな。それに比べればよっぽど信用できるビジネスパートナーというものだ。

 

ただ、通話を切る直前、黒服は少しだけ声を潜めてこんなことも付け加えていた。

 

『それと……近々、貴方と直接お話ししたいと強く望んでいる者がいましてね。今回のビナーの一件で、貴方という存在に並々ならぬ興味を抱いたようです』

 

黒服の仲間――『ゲマトリア』とかいう連中の一人だろうか。

面倒ごとの匂いがプンプンしたが、今は学校の再建やユメ先輩のテスト対策で手一杯だ。俺が「また今度、こっちが落ち着いたらな」と適当に受け流しておくと、黒服は『ええ、もちろんです。貴方の都合を最優先に調整させましょう』とあっさり引き下がってくれたのだった。

 

ただ一つやめてほしかったのは、今回の騒動を黒服が事細かに記した感想文……いや怪文書を送ってくるのは………

 

ほんっっ……とう!に!!やめてほしかった。最初は理性ある文章だったのに後半になるにつれかなり抽象的に変わっていき、最後の辺りなんか小学生の読書感想文だったぞ。

 

『自己概念たるヘイローを弾倉へ再定義し、三者の神秘を完全同調させた極大の収束光線。まさに神秘の時代を告げる美しい実証データでした……(中略)……なぜ神話の邪竜相手に植物が二足歩行し、なぜ六体の巨木が巨人になるのですか?木とは?合体とは?概念の輪郭が溶けて宇宙がマゼンタ色に踊っている……(中略)……紫の小さいボールに大きいビナーが吸い込まれて、すごくびっくりしました。最後の捕獲もとても面白かったです。私もショウさんみたいに何かゲットしたいと思いました。』

 

大の大人がアレを書いているのか……と、読んでて怖かったから、無理矢理回し読みさせたホシノ達もドン引きしていたぞ。

 

(まあ、どんな変な奴が来ようと、アビドスの商品を高値で買ってくれる太客なら大歓迎なんだけどな)

 

俺はスマホをポケットへ戻すと、椅子の背もたれに深く体重を預けて、両腕を天井へ突き出しながら大きく伸びをした。開け放たれた生徒会室の窓からは、青く澄み渡った空と、歩く木々が闊歩する緑豊かなアビドスの街並みが見渡せる。

 

ふうっ、と心地よい一息をついて窓の外の風に目を細めたあと――俺はゆっくりと視線を生徒会室の中へと戻した。

 

平和になったとはいえ、俺たちの日常が急に優雅なティータイムに変わるわけじゃない。

むしろ、平和になったからこそ浮き彫りになる現実が、この部屋には広がっていた。

 

俺の真向かいの席では、ホシノがテーブルに片肘をつき、うつらうつらと舟を漕いでいる。

 

ここ最近の疲れが一気に出たのだろう。カクン、カクンと小刻みに頭を揺らす姿は年相応の少女そのものだ。……ただ、半開きになった口元からキラキラと光るよだれが一筋垂れて、机の上に小さな水たまりを作っているのは少しばかり汚い。あとでティッシュで拭いておいてやろう。

 

では、我らがアビドス生徒会長のユメ先輩はというと――。

 

「うぅぅ〜……っ、ショウくん、この『エックス』っていう文字、なんで数字の計算の中に勝手に入ってくるのかなぁ……? もしかして迷子……?」

 

部屋の隅に置かれた長机で、頭から湯気を出しそうなほど必死にペンを走らせていた。

実は今、ユメ先輩にはビナーの襲来以上に深刻な、絶体絶命の危機が迫っている。ここ最近の激務に加え、普段から勉強をサボりにサボっていたツケが一気に回ってきて、『このままでは単位不足で卒業できないかもしれない』という恐ろしい事実が発覚したのだ。

 

せっかく借金を返して学校を守り抜いても、生徒会長が留年してしまっては笑えない。そのため、俺が過去の出題傾向を分析して作った『ユメ先輩専用・絶対にわかる特製対策プリント』と格闘を繰り広げている真っ最中なのだった。

 

「迷子じゃなくて変数っすよ、ユメ先輩。ほら、さっき教えた公式を当てはめればすぐに正体がわかりますから、もうひと踏ん張りです」

 

「ひぃん……数字たちが私をいじめるよぉ……」

 

べしょ泣きでプリントに突っ伏すユメ先輩を微笑ましく見守りながら、俺は机の上へとてててっ、と歩み寄ってきたペロロの頭を手のひらでぽよぽよと上下に弾ませた。

 

独特の弾力を楽しみつつ視線を横にずらせば、臨時で運び込まれた別のデスクで、連邦生徒会の不知火カヤが書類の山に埋もれながら受話器を握りしめている。

 

「――ええ、ですから! 街路樹が二足歩行で時速四十キロで走っているのはアビドスでは正常な光景ですので、発砲は控えてください! ……はい!? 違います、ここはアビドス生徒会室であって『柴関ラーメン』ではありません!生徒会の特設回線にクレームを入れないでくださいっ!!」

 

ガチャンッ! と受話器を叩きつけるように置いたカヤが、綺麗に整えられた髪を振り乱し、血走った目でこちらを睨みつけてきた。

 

「……なぜっ、なぜこの私がこのような雑務をさせられているのですかーーっ!!」

 

「なんでって、事後処理のために置いていった人員の中で、現場の連中に指示を出せる責任者が残ったカヤだけだからだろ? それに、アロナに『カヤちゃん、アビドスをお願いね♪』って頼まれて、顔を真っ赤にして二つ返事で引き受けたのはどこのどいつだよ」

 

「うぐぐ……っ! ど、どれもこれも、貴方たちアビドス生徒会が無駄に手広く業務を抱え込んだせいでしょう!? なんで道路の陥没修理から商店街の店番の応援まで、生徒会が窓口になって請け負っているのですか!? 普通は一介の生徒会でやることではないでしょう!」

 

カヤの魂の叫びに、俺は小さく肩をすくめた。まあ、それはぐうの音も出ない正論だ。当時は借金の返済と過疎化する街の維持で頭がいっぱいで、「俺たちがどうにかしないといけない」という強迫観念にも似た思いに支配されていたからな。

 

もっとも、その無茶な体制も今はだいぶ改善されつつある。

自治区の治安維持や砂嵐の掃除は、街中に増えた「歩く木」たちが24時間体制でやってくれているし、簡単な土木業務や商店の手伝いといった街の困り事解消には、ルキたち元グルグルヘルメット団が大活躍してくれている。さらには「アビドスに行けば前科を問わず真っ当な時給で雇ってくれるらしい」という噂を聞きつけて流れてきた各地のスケバンや、他のヘルメット団の不良たちまで日雇いで雇い入れたおかげで、現場の人手はなんとか足りるようになっていた。

 

そして一番ネックだった行政手続きや法的な事務処理は、こうしてカヤをはじめとする連邦生徒会の派遣スタッフたちが、山積みの問題を解決しながら今後のための運営ノウハウやマニュアルを一から作成してくれている。

 

(正直、餅は餅屋というか、実務のプロが入ってくれたのはめちゃくちゃありがたいんだよな)

 

だからこそ、俺も連邦生徒会のスタッフたちには最大限の誠意で報いるようにしていた。

疲労が溜まっている職員には、俺のヘイローから青い破片を折って枕元に置くリラクゼーションを提供し、小腹が空く時間には手作りの差し入れを配って回っている。特に自家製の『砂団子』や焼きたてのフィナンシェは連邦生徒会の女子たちに大好評で、作業効率が三倍に跳ね上がったほどだ。

 

俺は書類の束を抱えてフンスと息を荒げているカヤを見つめ、ふっと口元を緩めた。

 

「でも実際、カヤたちが残ってくれて本当に助かったよ。最初はストレスでぶっ飛んだ言い方をしてたのに、なんだかんだ文句を言いつつもアビドスのために真摯に働いてくれてるからな。さすがは連邦生徒会の未来のエリートだ。そういう所、尊敬するよ」

 

「なっ、何を急に……っ」

 

直球で礼を言われるとは思っていなかったのか、カヤの言葉がピタリと止まった。

みるみるうちに耳の先まで朱色に染まり、視線をあさっての方向へ泳がせながら、自分の後ろ髪を指先でくるくると弄び始める。

 

「べ、別に私は……このキヴォトスで、カイザーのように暴力と不当な契約に物を言わせてのさばっている連中が気に入らなかっただけなのですから……っ」

 

普段の威厳はどこへやら、素直に褒められ慣れていないのかモジモジと照れる姿は、年相応の少女らしくて妙に微笑ましい。

 

……と、思ったのも束の間だった。

 

「ま、まあ? こんな弱小自治区の終わりかけの学校を救済してあげるのも? 私たち連邦生徒会の崇高な役目でもありますからね!」

 

カヤはコホンと一つ咳払いをすると、途端に鼻を高々と天へ向けて胸を反らせ、得意げなドヤ顔を浮かべた。ちょっと褒めたらすぐこれだ。本当にチョロいというか、分かりやすい性格をしている。

 

俺は調子に乗り始めたカヤからスッと目を逸らすと、手元でぽよぽよと揺れていたペロロを両手でひょいっと持ち上げ、自分の顔の前に構えた。銃口ならぬ「くちばし」の照準を、演説モードに入ったカヤの顔面へとピタリと合わせる。

 

「ペロロ、ゴー」

 

「ぺろろ〜」

 

俺の短い号令とともに、手のひらから元気よく跳躍したペロロが、白い砲弾となって生徒会室の宙を舞った。

 

「だからこそ!この未来の超人たる私、不知火カヤがアビドスを正しく導いてさしあげ……あっ、ちょ……ちょっと!? まだ私が話している最中……んぎゃぁあああっ!?」

 

ペロロの口からビョッと伸びた桃色の長い舌が、うるさいカヤの顔面にベチンッ! と小気味よい音を立てて張り付き、そのままぐるぐると顔全体を包み込んでいく。椅子ごと後ろにひっくり返りそうになりながら、カヤがペロロを引き剥がそうと手足をバタつかせて悶絶した。

 

「ふがっ!? ……んぅ、ショウ、何が爆発……ああ、カヤがまた何か余計なことを言ったんですね……」

 

騒ぎに驚いて跳ね起きたホシノが、口の端のよだれを袖でゴシゴシと拭いながら、半分閉じた目でカヤとペロロの格闘を眺める。しかし、ここ数日ですっかり見慣れた光景だったのか、「いつものことですね」と言いたげにすぐさま興味を失い、ふわぁっと大きなあくびを漏らした。

 

すると、その隙を見逃さなかった人物が一人。

 

「うんうん、みんな仲がいいねぇ〜。えへへ、なんだか楽しそうだし、私もそっちに交じっちゃおうかなぁ〜……」

 

鉛筆をポロリと落とし、プリントの上から華麗にフェードアウトしようと腰を浮かせたユメ先輩である。

だが、その背後から音もなく忍び寄った「アビドスのツッコミピンク」の手が、逃亡を図った生徒会長の肩をガッシリと掴んだ。

 

「ユメ先輩はさっさと目の前の問題を解いてください。そのままだと卒業どころか、その前にやる『砂まつり』にすら補習で参加できませんよ」

 

「ひぃん……っ!」

 

寝起きとは思えないホシノの冷徹かつ的確な一言に、ユメ先輩は情けない悲鳴を上げて再び机の上へと沈没していった。

 

机に沈没したユメ先輩と、ペロロに顔を包まれてジタバタしているカヤ。そんな騒がしい日常の光景を苦笑いで見守りつつ、俺はふと生徒会室の壁に目を向けた。

 

そこには、真新しい画鋲で留められた一枚の特大ポスターが誇らしげに貼られている。

鮮やかな色彩で描かれた大オアシスと世界樹のイラスト。そしてその中央には、達筆な毛筆体でこう踊っていた。

 

 

 

『祝・第178回 アビドス砂まつり開催決定!! 会場:アビドス大オアシス周辺特設エリア』

 

 

 

――そう。たくさんの仲間や街の人たちの力を借りて、俺たちはついに、長らく途絶えていたアビドスの伝統の大祭『砂まつり』を再び開催できるところまで漕ぎ着けたのだ。

 

準備の目処が立ち、この完成したばかりのポスターをサプライズでユメ先輩にお披露目した時のことは、今でも鮮明に覚えている。

あの時のユメ先輩は本当に大変だった。最初は目を丸くして固まり、次の瞬間には大粒の涙をポロポロこぼしながら、文字通り全身で喜びを爆発させたのだ。俺やホシノに飛びついて窒息しそうなほど抱きしめたかと思えば、そのままの勢いで校舎を飛び出し、商店街の店主たちやルキたち、連邦生徒会のスタッフ、果ては街を掃除していた歩く木の一本一本にまで「ありがとう〜っ! 大好きだよ〜っ!!」と抱きついてお礼を言い回るという暴走っぷりだった。

 

「ほらユメ先輩、現実逃避してないで鉛筆を持ってください。ここ、公式が逆になってますよ」

 

「うぅ〜、ホシノちゃんスパルタだよぉ……」

 

ホシノに詰め寄られて眉をハの字に下げているユメ先輩を眺めながら、俺はここまでの道のりを思い出して、柄にもなく少しだけ感傷に浸っていた。

俺がこっくりさんのお告げでこの学校に入学したばかりの頃は、借金まみれで校舎も砂に埋もれかけ、将来どうなるかなんて誰にも分からなかったのになあ、と。

 

……そうそう、借金といえばだ。

今回のカイザーPMC理事の暴走の一件で、連邦生徒会から本社の首根っこを相当キツく詰められたらしく、俺たちが背負っていた借金の金利が劇的に引き下げられたのだ。

 

トカゲの尻尾切りをしたカイザー本社なりの「誠意」と取っていいのかは分からないが、まあ、連中の腹の内を今さら気にしても意味はないだろう。まだ大体の土地の権利書はカイザーの手に残っているとはいえ、立ち退きを迫られるような危機は完全に去った。

 

何より、元の九億円にしたって、今の俺たちからすれば「もう無いも同然」と言っていい状況なのだからどうにでもなる。

砂漠のど真ん中に奇跡の『大オアシス』が復活し、天を衝く『世界樹』と、そこに巻き付く黒龍『ビナー・ニーズヘッグ』という超ド級の三大観光名所が誕生した。それを一目見ようと、キヴォトス中から連日おびただしい数の観光客が押し寄せ、莫大な観光利益を落としていっているのだ。

 

さらに、歩く木々の活躍で治安と住環境が劇的に改善されたことで、一度は街を離れた元住民たちが次々と帰郷し、新規の移住者や店舗も急増した。

極めつけは、リオ――いや、ミレニアムサイエンススクール全体と正式に締結した「アビドスの特殊な砂を工業・研究資源として定期売買する大型契約」だ。

これら様々な要因が噛み合い、自給自足どころか一大経済圏として回せるようになったアビドスは、一気に力強い経済的な息吹を取り戻したのだ。

 

『この経済効果は凄まじいですよ! このペースなら、九億の借金なんて利息ごとあっという間に完済して、お釣りで校舎を丸ごと建て替えられますっ!』

 

すっかりアビドスの空気に馴染んだ連邦生徒会の経理担当の子が、電卓を叩きながら大興奮で報告してくれたのを思い出す。

俺としても、ユメ先輩が3年生のうちにすべての憂いをなくし、心から安心して笑顔で卒業できるようにしてやりたかったので、あの報告を聞いた時はホシノと二人、誰もいない廊下の隅でこっそりガッツポーズをして喜んだものだ。

 

俺は目の前で騒がしくしている仲間たちの姿に目を細め、これから始まるアビドスの新しい未来を心から楽しみに思う。

 

「――だいたい、今だから言わせてもらいますけど! ユメ先輩は生徒会長のくせに、いつも自分で現場に出すぎなんですよ!卒業するまでの残り少ない期間とはいえ、もうちょっと生徒会長らしい威厳を出してください。そんなんじゃ、新しく後輩として入ってくるルキたちにも示しがつきませんよ!」

 

「むーっ! ……いいもん! ホシノちゃんと違って、私にはこの『生徒会長の貫禄』があるもんね〜だ♪」

 

「なっ……!? 何、無駄に発育のいい胸を両手で持ち上げて強調してるんですか!キレますよ!? 最近ちょっと成長したからって私にマウント取りすぎです、その無駄にデカい胸を一発ぶっ叩きますよ!!」

 

「キャーッ! ホシノちゃんが怒ったぁーっ♪」

 

「あっこら! 何プリント放り出して逃げてんですか、待ちなさい!!っていうかユメ先輩、借金と廃校の不安がなくなってから、なんか図太い方向にキャラ変わってません!?」

 

机の周りでドタドタと追いかけっこを始めた二人を見ながら、俺はこれからの未来を楽しみに……。

 

「むぐーっ! むぐぐぐーっ!!」

 

「失礼しま〜す、追加の決裁書類を……はあ、今日も疲れ……って、またカヤちゃんがペロロちゃんに顔面を舌でぐるぐる巻きにされてるーっ!?」

 

生徒会室のドアを開けて入ってきた連邦生徒会の派遣スタッフの女子たちが、床で悶えるカヤを見て悲鳴を上げる。だが、その後ろから書類の束を抱えて入ってきた別の子は、一瞥しただけでスッと冷めた目をした。

 

「ほっときなさいよ、どうせまた『未来の超人たる私が〜』とか余計なことを言ってショウくんにけしかけられたんでしょ。それよりも、砂まつりで出店する屋台や企業の配置図をどうにかしなきゃ……ああ、もう! 応募が多すぎてわけわかんないよぅ!……ねぇショウく〜ん! おねが〜い、分身して、こっちの書類整理も手伝って〜!」

 

「あっ、だーめーでーすー!ショウくんにはこれから、私たちのご褒美にお菓子を作ってもらう約束なんですー!じゃないと、私たちがここまで死ぬ気で書類をさばいた意味がないよー!」

 

「え、ええと……ショウくん?お菓子の前に、ちょっとしたマッサージなんてどうかな……? あっ、私にしてもらうんじゃなくて、むしろ私がしたいというか……出来ればその、鍛え上げられた背中の広背筋あたりをじっくり揉ませてもらえると、私の精神衛生上とても助かるというか……っ」

 

「そこの筋肉フェチは引っ込んでてくださいね!それより誰かカヤちゃんを助けてあげないと! さっきまで床をバンバン叩いてタップしてた腕がピタッと止まって、完全にぐったりしてるけど!?」

 

「キャー! カヤちゃんがペロロちゃんに捕食されるーっ!」

 

「待ちなさいユメ先輩!!」

 

……俺は、カオス極まりない生徒会室の惨状を虚ろな目で見つめながら、これからのアビドスの未来を楽しみに……。

 

楽しみに…………。

 

 

 

「――できるかっ!!」

 

 

 

俺は腹の底からツッコミを叫びながら、自分の頭上に浮かぶ七色のヘイローの一部を素手でへし折り、部屋のど真ん中の床へ向かって閃光弾のように全力で叩きつけた。

パァァァンッ!! と小気味よい破裂音が響き渡り、極彩色の眩い光と、かき氷のシロップのような甘い香りの粒子が一気に生徒会室へ充満する。

 

「「「「「ひぎゃあああああああっ!?」」」」」

 

次の瞬間。

今回の効果――『これまでに人生で経験した最も恥ずかしい黒歴史やトラウマが、4K高画質のフルカラー映像で脳内に強制再生される』という無慈悲な精神攻撃を食らった全員が、一斉に頭を抱えて床へと崩れ落ちた。

 

「いやぁぁぁっ!?小さい頃に砂漠のサボテンを宇宙人だと思って自己紹介してた記憶がぁぁぁっ!ひぃん、消えてぇぇぇっ!!」

 

「うわあああっ!?やめろ、やめてくださいっ!中学の時、鏡の前で『漆黒の風』って眼帯つけてポーズ取ってた映像を再生しないでくださぁぁぁいっ!!」

 

「あ、あうぅ……っ!連邦生徒会の宣誓式の練習で、お風呂場でシャンプーボトルをマイクにして『私が新時代の超人、ゴッド・カヤですよ!』ってしてるところをお母さんに見られた記憶が……っ、死ぬ、死んでしまいますぅぅぅっ!!」

 

「「「わたしたちの黒歴史まで巻き込まないでぇぇぇーーーっ!!」」」

 

目の前で、自らの恥ずかしすぎる過去に直面し、顔を真っ赤にして床をのたうち回りながら悶絶しているユメ先輩とホシノ、そしてカヤをはじめとする連邦生徒会の面々。

ただ一人、精神攻撃が効かないペロロだけが、カヤの顔面から離れて「ぺろ〜?」と首をかしげている。

 

俺は立ちのめる甘い匂いの中で、床でビチビチと跳ねる彼女たちを見下ろしながら、深いため息をついた。

 

(……これ、本当にこれから大丈夫か?)

 

借金やカイザーという外敵がいなくなった今、俺はまったく別の意味で、アビドスの行く末を本気で案じるのだった。

 

 




これでアビドス編は一旦終わり。

しかし長かった……ここまで話を広げる気はなかったんですが、あのキャラを出せばコイツも出せるな?とか、ここに行かせれば、あのキャラも出せるな?とか考えていたらここまで膨れてしまいました。

特にアロナ。当初はマジで出す気はなかったんですが、出すと今後の展開で役立ちそうだな…と思ったのもありますが大体はノリ。

この先は前に取ったアンケート内容を挟みつつ、シロコとか登場させて原作へと進めようと思っています、が。

実は使用しているGeminiがこの前アップデートされました。文章のアレコレを最新のGemini 4 Argonに書かせていたのですが、すぐに1日の利用制限にいってしまい……じゃあ前のモデルに切換えて書いて貰えやという話なのですが、Gemini 4 Argonが便利すぎてまったくもって元に戻れそうにありません。

今まで通り2日の周期投稿ができない可能性が出てきました。すいませんがここで不定期更新タグに仕事してもらう事になりそうです。読者の皆様、どうも申し訳ありません。

1〜3話を目安に書きます

  • ゲヘナ雷帝編(雷帝ナシ)
  • アヤメ誘拐編
  • どっちも書いて♡
  • 別にいらないな、回想でいい
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