拝啓、アビドスにいるみんなへ。
季節はすっかり移ろい、冬がすぐそこまで近づいてきて、めっきり寒くなりました。それと同時に、ユメ先輩の卒業の日も刻一刻と迫ってきました。
つい先日のことのように思い出します。ユメ先輩の絶望的だった単位と出席日数が、徹夜の補習と追試の末になんとか基準に足りて「無事に卒業できる」と確定した日のことを。あの時ホシノと二人、肩の力を抜いて分かち合った心の底からの安堵と、そこに至るまでの血を吐くような苦労は、今ではすっかり懐かしい思い出です。
アビドスの街も完全に落ち着きを取り戻しました。
あれだけ生徒会室を占拠して騒がしかった連邦生徒会の派遣スタッフのみんなも、カヤを筆頭に完璧な運営マニュアルの作成と業務の引き継ぎを終えて、D.U.へと無事帰っていきました。全員を見送ったあと、急にガランとしてしまった生徒会室に立った時は、あんなにやかましかった日々が嘘のようで、少しだけ寂しく感じたものです。
九億円あった借金も無事に完済し、念願だった『第178回アビドス砂まつり』も、なんだかんだと大騒ぎしながら最後まで完遂することができました。
カイザーから真っ先に土地の権利書を買い戻し、サプライズプレゼントとして渡した『柴関ラーメン』の柴大将も、涙を流して喜んでくれました。おかげで大将はこれからもあの場所で店を続けられるようになり、その恩返しとして砂まつりには特設屋台を出して全力で参加してくれましたっけ。『これからもお前らには、一生格安で腹いっぱい食わせてやるからよ!』と豪快に笑ってくれたのは、本当に嬉しかったです。やったぜ。
……ただ一つだけ言わせてもらえるなら、大将が祭りの目玉メニューとして開発した『特製ペロロ出汁ラーメン』は、ビジュアル的にどうかと思いました。
寸胴鍋の湯気の中で、ペロロが気持ちよさそうに半身浴をしながら旨味成分(?)を抽出している光景はなかなかにシュールでしたが、悔しいことに味は絶品だったのがまた腹立たしいところです。モモフレンズ公式に許可を取っている辺り、割と本気で考えていたのが大将らしいなと思いました。
特にペロロのグッズを付けたトリニティらしきの女の子なんか、目を輝かせながら三杯くらいおかわりしていましたけれど、あれは本当に大丈夫だったのでしょうか。
お祭りには、本当にたくさんの人が遊びに来てくれました。
トリニティからはツルギとハスミ(ハスミは屋台のスイーツを端から端まで制覇していましたね)。ミレニアムからはリオとヒマリ、ネルにアスナがプライベートでお忍び参加してくれ、連邦生徒会からはリンの厳重な監視付きでアロナが、そして以前手伝ってくれたスタッフのみんなも駆けつけてくれました。カヤも相変わらす天狗になっていたのでペロロを押し付けたのもいい思い出になりました。
さらにはゲヘナから、ヒナがわざわざ足を運んでくれたのも嬉しかったです。
ですが――祭りのメインイベントであるエキシビションマッチとして開催された、『黒龍ビナー・ニーズヘッグ VS 俺の操る木神合体ウッドジュピター』の超大型模擬戦は、今振り返っても明らかにやりすぎだったと反省しています。
大オアシスの上空と砂漠を舞台に、基本武装である極太のレーザーを乱射しまくるだけでなく、いつの間にかミサイルポッドや追尾式ビームまで追加されて武装がバチバチに強化されていたビナーは、冗談抜きで手強かったです。最終的には、六本の巨木の神秘を極限まで圧縮した必殺の大木剣を投擲する『スーパーファイナル・ウッドジュピター』で脳天をぶち当ててノックダウンさせましたが、観客席が熱狂のあまり暴動寸前になったので、もう二度とやらないと心に決めました。
そして、祭りの最後の夜。
喧騒が落ち着いたあと、ユメ先輩とホシノと三人で屋台を回り、大オアシスのほとりに並んで見上げた打ち上げ花火の美しさは、きっと一生忘れません。
途中で二人がなぜか俺を置いて隅っこでコソコソと何かを話し込んでいたかと思えば、戻ってきた途端、やけに積極的な態度で俺の両脇にピタリと張り付いてきた時はどうしようかと思いました。夜風に混じる二人の甘い匂いや、制服越しにダイレクトに伝わってくる柔らかい体温と感触のせいで、花火を見ている間ずっと心臓が柄にもなくドキドキと鳴りっぱなしだったのは、ここだけの秘密にしておきます。
――さて、そんな温かい思い出話はこれくらいにして、本題に入りましょう。
俺は今、アビドスから離れた『ゲヘナ学園』の自治区にいます。
なんでも、ゲヘナの老舗和菓子屋が一日五百名限定で販売している『幻の黒糖温泉まんじゅう』というやつがネットの口コミで絶賛されており、写真を見たらあんまりにも美味しそうだったので、みんなへのお土産と自分の勉強も兼ねて、休日に一人でふらりと買い出しにやってきたのです。
冷たい空気の中、無事に整理券を手に入れてホクホク顔で路線バスの後部座席に揺られていた俺ですが――現在、ちょっとしたトラブルに直面しています。
突如としてバスの前方を走っていた装甲車が急ブレーキをかけて進路を塞ぎ、けたたましい銃声とともにバスの乗車扉が外側から無理やりこじ開けられました。
車内に雪崩れ込んできたのは、ドクロのマスクや派手なペイントを施した武装スケバンたち。
「ヒャッハァー! 今からこのバスは、アタシたち『血塗られた鉄鎖』がいただくぜ! 乗客ども、蜂の巣になりたくなければ大人しく頭を抱えて伏せてな!!」
……せっかく手に入れた黒糖温泉まんじゅうの紙袋を膝の上に抱え、落ち着いて座席に座っている俺だが、現在進行形でバスジャックに遭てしまった。
さすがは混沌のゲヘナ自治区、こういう嫌な期待だけは絶対に裏切らないな……。
(……さて、現実逃避の回想は終わりにして、と。……どうしてこうなったかな)
天井へ銃を乱射して乗客を威嚇するスケバンたちを眺めながら、俺が遠い目をして軽い現実逃避をしていると、隣の座席から小さく弾むような笑い声が聞こえてきた。
「くふふっ♪ おにーさんも災難だねぇ、せっかくのお買い物中に急にこんな面白……じゃなかった、大変なことに巻き込まれちゃってさ」
銃声と悲鳴が響く車内だというのに、まるで遊園地のアトラクションにでも乗っているかのように目を輝かせ、ひょいっと俺の顔を面白そうに覗き込んでくる小柄な少女。
白髪のサイドテールを揺らす彼女は、ゲヘナの中等部に通う『浅黄ムツキ』というらしい。さっきバス停から乗り合わせた際、俺の頭上でピコピコと光る七色のヘイローと強面に興味津々といった様子で話しかけてきたため、ここしばらく移動中の話し相手になっていたのだ。
「な、な、な、なんでただ路線バスに乗ってるだけでバスジャックに遭うのよぉーーっ!?…… ひぃぃっ、…ってムツキ!ちょっと笑ってないで頭を下げなさいってばぁっ!」
ムツキの反対側の席では、ピンク色の綺麗なボブカットに丸眼鏡をかけた、いかにも真面目な優等生といった出で立ちの少女が、頭の上を通り過ぎた銃弾にビビり白目を剥いてガタガタと震えながら驚愕している。
彼女は『陸八魔アル』といい、ムツキの幼馴染なのだそうだ。初めは俺の顔面にビビり散らかしていたけれど、ムツキと仲良く話しているうちにアルもスムーズに話しかけてきて「お洋服を一緒に買いに行くのよ」とおっとり笑っていたのだが、今は完全にパニックに陥って自分のカバンを盾のように抱きしめている。
「ああ、どうしようかな……」
俺は膝の上の温泉まんじゅうが潰れないようそっと位置を直しつつ、小さくため息をついた。
いつもなら3秒で全員の銃をタオルに変えるなり、窓から空の彼方に飛ばすなり奈落に落とすなりして終わらせるところだが、あいにく今日は完全なプライベートだ。
しかもここは他校の縄張りであるゲヘナ自治区。暴力と破壊が日常茶飯事の土地柄とはいえ、よそ者であるアビドスの生徒が勝手に暴れて、あとでヒナに余計な迷惑をかかせるのも申し訳ない。
俺がそんな風に手を出すべきか悩んでいるうちにも、運転席を乗っ取ったスケバンが荒っぽくハンドルを切り、バスは本来の路線から外れて薄暗い裏通りの工業地帯へと進路を変えた。窓の外を見れば、数台の改造装甲車がバスの前後左右をガッチリと固めるように並走しており、完全にどこかへ拉致する5秒前のフォーメーションである。
車内では、依然として数人のスケバンがサブマシンガンの銃口を乗客たちへ突きつけ、ギラついた目で見張っていた。
ただの金品目当ての強盗にしては、装甲車まで用意してバスごと移動するなど手口が妙に大掛かりだ。連中の目的がさっぱり読めず、俺は隣で足をぶらぶらさせているムツキへ視線だけで問いかけた。
「……なあ、最近のゲヘナの不良は、みんなあんな風に軍隊みたいな真似事をするのが流行ってるのか?」
俺が小声で尋ねると、ムツキは「んー?」と悪戯っぽく唇に人差し指を当てた。
「そっか、ゲヘナじゃない外から来たおにーさんは、最近のこの辺の事情はわからないっけ。……くふふ、ちょっと耳を貸してね」
ムツキは監視のスケバンに気づかれないよう、俺の肩にちょこんと手をついて背伸びをし、俺の耳元へ顔を近づけてコソコソと囁き始めた。
「実はね、今のゲヘナはとにかくああいう武装グループの暴動がすっごく多いの。前までは単なる暴動や縄張り争いだったんだけど、最近はどれもこれも生徒会の万魔殿や風紀委員会と真っ向から対立する過激なやつばっかりでさ」
「へえ……ずいぶん景気のいい話だな。前に、俺の知り合いが北部の暴徒連合を一掃して静かになったって聞いてたんだけど」
「うん、北の方はあの『鬼の空崎』が一人で焼け野原にして黙らせたんだけどね。でも、まるであっちが鎮まったのを待ってたみたいに、今度は別の地区で一斉に火の手が上がったの。ただのバカなスケバンたちが、あんな装甲車や重火器を揃えて組織的に動いてるなんて……まるで裏で誰かが糸を引いて、ゲヘナ全体を引っかき回そうとしてるみたいでしょ?」
耳元をくすぐるムツキの吐息混じりの囁きに、俺はわずかに眉をひそめた。
誰かが裏で糸を引いて、意図的に学園の混乱を煽っている――。それはついこの間まで、俺たちがアビドスで嫌というほど向き合ってきた構図とよく似ていたからだ。
ムツキの耳打ちを聞いて俺が顎に手を当てていると、突如、制服のポケットの中でスマートフォンが軽快な着信音を奏で始めた。
ピリついた車内に響いた呑気なメロディに、監視のスケバンたちが「あん!? 誰だ今スマホ鳴らした奴は!」と色めき立つ。俺は構わずスマホを取り出すと、画面に表示された『空崎ヒナ』の文字を見て、素直に通話ボタンをタップした。
「もしもし、ヒナか? いやぁ奇遇だな、今ちょうどゲヘナでバスジャックなうなんだが」
『……何を言っているの? 寝言なら寝てから言ってほしいのだけれど』
受話器の向こうから、相変わらず落ち着き払った、それでいてどこか眠たげなヒナの声が返ってくる。砂まつりに遊びに来てくれた時以来だが、元気そうで何よりだ。
「冗談だよ。いや、バスジャックされてるのは本当だけどな。乗った路線バスが運悪くスケバンどもに絡まれちまってな。……ところでヒナ、こいつら俺がここで蹴散らしてもいいのか? 一応、他校の生徒である俺が許可なしに暴れるのも、お前ら風紀委員会のメンツに悪いだろ。先に確認しとこうと思って」
「わお♪」
「えっ!? ちょ、ちょっとこの人、電話で何を言ってるの!?」
俺が普段通りのトーンで『暴れる宣言』を口にした瞬間、隣で聞き耳を立てていたムツキが楽しそうに目を丸くし、その奥のアルが眼鏡がずり落ちるほど驚愕してこちらを見た。
電話の向こうのヒナは、俺の言葉に呆れたような、それでいて少しだけおかしそうな深いため息をつく。
『……ここはゲヘナよ。誰がどこで暴れようが今さら誰も気にしないけれど、まあ、あなたなりのその気遣いは受け取っておく。事後処理はこっちでうまくやっておくから、代わりにその場で鎮圧してくれると助かる』
「おう、話が早くて助かる。……ところでさ、これが終わったら後で少し会えないか? 今、手元に五百人限定の黒糖温泉まんじゅうがあるからさ。それをつまみに、久しぶりにゆっくり茶でもしばこうぜ」
『限定まんじゅう?…悪くないかも。それまでに片付いていれば、付き合ってあげる』
「よし、決まりだ。五分もかけないさ」
『うん、期待してる。じゃあ、事後回収のために風紀委員会の部隊をそっちの工業地帯へ送っておくから、手早くお願い』
「ん? おい、今俺が工業地帯に向かってるって一言も言ってないぞ。場所まで正確に把握してるってことは……やっぱ俺がゲヘナに来たの、最初から知ってたな?」
『さあ、なんのこと?それじゃあ、後で連絡するから』
ヒナは少しだけ弾んだ声で集合場所のカフェを指定すると、プツンと通話を切った。
まだバスがルートを外れて数分しか経っていないというのに、現在地を完璧に特定しているあたり、さすがは風紀委員会の情報部といったところか。どうやら俺がゲヘナ自治区に足を踏み入れた瞬間から、防犯カメラか何かでバッチリ捕捉されていたらしい。
「さて、と」
俺はスマホをポケットにしまい、膝の上の紙袋が潰れないよう、隣のムツキに「悪い、これちょっと持っててくれ」と預けた。
そして車内と窓の外へ、改めて静かに視線を走らせる。
(とりあえず、全員まとめて沈めるかな)
バスの中にいる見張りのスケバンが三人、それと運転席に一人。窓の外を並走している改造装甲車が二台……あの無骨な車種は、重火器や弾薬の装備スペースを入れると定員は一台につき六人乗りってところか。
しかし、あんな軍用レベルの装甲車を二台も揃えるなんて、ただの街のスケバンにそんな資金があるのか? ムツキの言っていた「裏で糸を引いている奴がいる」という話、あながち間違いじゃなさそうだ。
(……まあいいか。細かいことはヒナたちが調べるだろ。とりあえず合計十数人として、まずは車内の連中から――)
俺が肩を軽く回し、座席からすっと立ち上がろうとした、その瞬間だった。
ギュッ、と俺の袖口が、小さな手で必死に握りしめられた。
見下ろせば、ムツキの向こう側から身を乗り出した陸八魔アルが、今にも泣き出しそうなほど心配そうな瞳でこちらを見上げ、首を横に振っている。
「だ、ダメよお兄さん!相手はあんな武装をした不良たちなのよ!? 一人で立ち向かうなんて無謀だわ、蜂の巣にされちゃう! ここは大人しくして、風紀委員会の助けを待ちましょう……っ!」
どうやらこの心優しい優等生のお嬢さんは、俺がただの一般生徒なのにカッコつけて無謀な特攻を仕掛けようとしていると思い込み、自分の危険も顧みずに引き止めてくれたらしい。なんていい子なんだ。
一方、俺のすぐ隣でまんじゅうの紙袋を抱えているムツキはというと、アルの必死の制止をよそに口元を押さえて肩を震わせ、これから始まるショーを特等席で待つように面白そうな目をしていた。
「ありがとな。でも大丈夫――すぐに終わる」
俺はアルの頭をポンと軽く撫でて安心させると、袖からそっと手を離させ、通路へと一歩踏み出した。
「あ、おいテメェ! 勝手に席を立つんじゃねぇって言ってんだろ!!」
車内の前方にいたスケバンの一人が、俺の動きに気づいてサブマシンガンの銃口を向けてくる。
俺は立ち止まることなく、自分の頭上でピコピコと七色に発光しているヘイローへ無造作に右手を伸ばし――板チョコでも割るかのように、端っこの部分を素手でへし折った。
「……へ?」
銃を構えたスケバンの目が点になり、車内の空気が一瞬にして凍りつく。
「ちょ、お兄さん今、自分のヘイローを素手で折っ――!?」
アルが目を剥くよりも早く、俺は手の中の七色の破片をギュッと握りしめ、長大な『光のハリセン』へと一気に引き伸ばした。
「いっちょ上がり、っと」
「なっ、なんだそれ――ぶぎゃあっ!?」
俺が踏み込むと同時に振るった光のハリセンが、風を切る音とともにスケバンの顔面に炸裂する。
パァァァンッ!! と映画のの効果音のような快音が車内に響き渡り、先頭のスケバンはきりもみ回転をしながらバスの天井すれすれを吹っ飛んで、後部座席の窓ガラスに顔面から張り付いた。
「えっ……えええええっ!?」
アルの驚愕の声が上がる中、残る二人のスケバンがパニックになって引き金を引く。
「う、撃てぇぇぇっ!!」
至近距離から放たれた無数の銃弾。
アルが悲鳴を上げて目を覆うが――俺の制服に当たった銃弾は、まるで分厚い戦車の装甲に豆鉄砲でも撃ち込んだかのように軽快な金属音を立ててすべて床へ弾き落とされた。もちろん、制服には埃一つ付いていない。
「な、なんで無傷なのぉぉぉっ!?」
「ほらよ、お返しだ」
俺は腰のホルスターから愛用の黒いハンドガンを抜き放つと、軽く気合を込めて神秘を込め、二人のスケバンが構えるサブマシンガンへ向けて二発だけ引き金を引いた。
パン、パン! と乾いた銃声が響き、俺の放った弾丸が彼女たちの銃身に命中する。
次の瞬間サブマシンガンが、ボフンッ! とピンク色の煙を上げたかと思うと――そのまま甘い匂いを漂わせる『特大のミルクチョコレート』へと完全に変貌した。
「……は? えっ、アタシの銃が……チョコに!?………あま」
「こっちは銃がゼリーになったんですけど!?なにこれ呪い!?感触が気持ち悪いよぉっ!?」
混乱して武器を手放した二人の腹に、俺は光のハリセンで軽くと峰打ちを見舞う。それだけで二人は白目を剥き、気絶して通路へ綺麗に積み重なった。
「ひ、ひええええ!?」
運転席を乗っ取っていたスケバンがと悲鳴を上げて急ブレーキを踏んだところで、俺はバスの窓ガラスを片手でガラッと開け、並走してきていた二台の改造装甲車へと視線を向けた。
「す、す、すごい……っ! このお兄さん、不良たちを一瞬で……っていうか、今の魔法みたいな現象はなんなのぉぉっ!?」
座席から身を乗り出し、丸眼鏡の奥の目をぐるぐると回して混乱しているアル。
そんな幼馴染の肩に、隣で温泉まんじゅうの袋を抱えたムツキがひょいっと肘を乗せ、ニヤニヤと悪戯っぽく笑いながら言った。
「くふふっ、アルちゃんったら本当に勉強ばっかりで噂には疎いんだから。ほら、あの頭の上でピカピカ光ってる『七色のヘイロー』、見覚えな〜い?」
「な、七色のヘイロー……? ええと、どこかで聞いたような……あっ!?」
アルがハッと息を呑んだ瞬間、俺は開けた窓から身を乗り出し、並走する一台目の装甲車のタイヤの下へ自分のヘイローをフリスビーのように投げ込んだ。
アスファルトに溶け込んで巨大なゴルフカップ型の落とし穴へと変わり、装甲車の前輪がズボッ! とそこにハマって、車体ごと豪快に前転しながら宙を舞う。
「そ! 最近、裏社会の掲示板やSNSで持ちきりの都市伝説――『アビドスのやべー奴ら』の一人だよ♪」
窓の外で装甲車がひっくり返る爆音をBGMに、ムツキが楽しそうに指を折りながら解説を始める。
「元々は廃校寸前の弱小校だったはずなのに、たった数ヶ月でゲヘナや各地の凶悪な賞金首を根こそぎ狩り尽くした狂犬の賞金首狩り集団! 捕まえた悪党の数は数知れず、あの悪名高いカイザーコーポレーションの軍勢すら返り討ちにして手を出させなくした、超絶武闘派学校の生徒会メンバー!」
「ひっ、ひえぇぇぇ……っ!?」
「噂じゃね、あの科学の最高峰『ミレニアム』に正面から喧嘩を売って勝ったことがあるとか、お上品な『トリニティ』に乗り込んで悪党どもを片っ端から縛り首にして晒し者にしたとか! しかも連邦生徒会の中枢にヤバいコネを持ってて、あいつらに喧嘩を売った組織は法と物理の両面から社会的に抹殺されるから、今ではあの無法地帯のブラックマーケットすら恐れてアビドスには近づかないんだって!」
「ちょっと待ってムツキ、そのお兄さんそんな恐ろしいマフィアのボスみたいな人なの!? さっきまで私、普通にお菓子の話とかして頭まで撫でられちゃったんだけどぉぉぉっ!?」
後ろの座席でムツキが、事実が二割で残りの八割が尾ひれというめちゃくちゃなネットの噂を吹き込んでいるせいで、アルがガタガタと小鹿のように震え上がっている。
いや、ミレニアムとは普通に仲良く砂の取引をしてるだけだし、トリニティでも縛り首になんてしてないんだがな(釣り竿でビルの屋上へ一本釣りして亀甲縛りはしたけど)
「うわあああっ! なんだコイツ、装甲車が穴に落ちたぞ! もう一台の方で轢き潰せぇぇぇっ!!」
窓の外で、生き残ったもう一台の装甲車がエンジン音を轟かせ、バスごと俺を押し潰そうと横から体当たりを仕掛けてきた。
「おっと」
俺は小さく呟きながらバスの窓枠に足をかけ、迫りくる数トンの鉄の塊へ向かって、無造作に右足の裏を突き出した。
「「「ぎゃぁあああっ!!!」」」
俺の足の裏が装甲車のバンパーを受け止めた瞬間、衝撃波でアスファルトが蜘蛛の巣状に砕け散り、突進してきた装甲車の方が逆にフロント部分をへこませてピタリと静止する。
「よっと」
「「「うわああああっ!?」」」
そのまま俺が軽く膝を伸ばして蹴り返すと、数トンの装甲車は空き缶のようにゴロゴロと横転しながら工業地帯の空き地へと吹っ飛んでいき、中から目を回したスケバンたちがボロボロと転がり出てきた。
「はい、これで全員っと。ちょうど三分くらいかな」
「………」
「くふふ、あはははっ! 噂以上だねぇ!」
俺が靴底の砂をパンパンと払って車内へ戻ると、そこには口をあんぐりと開けて石像のように固まったアルと、お腹を抱えて大ウケしているムツキの姿があった。
俺はムツキから『黒糖温泉まんじゅう』の紙袋を受け取り、中身の箱が一つも潰れていないことを確認して、ほっと胸を撫で下ろした。
「兄さんすごいぞーっ!」
「助かったわ、ありがとうーっ!!」
バスの窓から顔を出した乗客たちが、拍手喝采の歓声を上げてくれる。
俺は片手を軽く上げてそれに応えつつ、バスの外へ降り立つと、頭上のヘイローを端から折り取って、空き地に転がっている十五人のスケバンたちを次々と『特製ヘイロー手錠』で後ろ手に捕縛していった。
七色に淡く光るこの手錠は、俺が賞金首狩りをしていた頃に編み出した自信作だ。
普段は鋼鉄以上の強度で絶対に外れないが、捕まった相手が『本当にトイレに行きたくなった時だけ、人道的な配慮で少しだけ緩む』という親切設計になっている。しかも、そのまま留置所へ放り込めば数時間で自然に光となって消滅するため、回収の手間もかからないとヴァルキューレのカンナたちにもすこぶる好評なのだ。
「よし、これで全員一丁あがりっと。……あとはヒナが手配してくれた風紀委員に任せるか。あ、もう安全ですよ運転手さん。あとで風紀委員会の部隊が回収に来るんで、このまま少しだけ待ってほしい」
「あ、ああ。助かったよ、ありがとう」
さて、お土産の温泉まんじゅうも無事だし、ヒナが待っているカフェへ急ぐとしよう。
そう思って紙袋を片手にバスのステップを降り、工業地帯の路地を後にしようとした――その時だった。
「あ、あのっ! 待ってください、お兄さんっ!!」
背後から、必死な声で呼び止められた。
振り返ると、バスから慌てて飛び降りてきた陸八魔アルが、丸眼鏡の奥の瞳をこれでもかと見開いて、俺のすぐ目の前まで駆け寄ってきていた。
さっきまで小鹿のようにガタガタ震えていたのが嘘のようだ。
今の彼女の瞳は、まるでショーウィンドウの向こうに飾られた憧れの金色のトランペットを眺める純粋な少年のように、キラキラと眩しいくらいの星を散らして煌めいていた。
(……なんだ? なんでそんなキラキラした目で俺を見るんだ?)
急な変化に理由が分からず、俺は首をかしげて彼女の顔を覗き込んだ。
「どうした?さっきの揺れでどこか怪我でもしたのか?」
俺が心配して尋ねると、アルはピンク色のボブカットが乱れるのも構わず、ブンブンッと激しく首を横に振った。そして、両手の拳を胸の前でギュッと握りしめ、頬を紅潮させながら身を乗り出してきた。
「ち、違いますっ! あの、私に教えてくださいっ! どうやったら貴方たちみたいに、どんな暴力にも屈せず自分を貫く『アウトロー』になれるんですか!?」
「……あ、アウトロー?」
予想の斜め上をいく単語が飛び出し、俺は思わず間の抜けた声を漏らした。
俺はただ、自分の学校を守って借金を返すためにバイトと人助けに精を出していただけなのだが……どうやらさっきムツキが吹き込んだ『カイザーもブラックマーケットも恐れる集団』という誇張された噂と、目の前の無双劇が、彼女の純粋すぎる頭の中で妙な反応を起こしてしまったらしい。
困惑する俺の横で、後からゆっくりバスを降りてきたムツキが「くふふっ♪」と楽しそうに口元を押さえて笑った。
「ごめんねぇ、おにーさん。うちのアルちゃん、普段は真面目な優等生なんだけど、最近はちょっと背伸びしてカッコいい『アウトロー』に憧れるお年頃なの」
「む、ムツキ! そういう言い方はやめなさいよっ! 私は本気なんだから!」
「ふふんっ、ふふんっ!」と鼻息も荒く、眼鏡が俺の学ランの胸元にぶつかりそうなほどの至近距離までグイグイ迫ってくるアル。
「あははっ、アルちゃんってばだいたーん♪」
そのあんまりにも一生懸命でピュアな姿がおかしくて、ムツキはさらにお腹を抱えて笑っている。
「おっと、近い近い。落ち着けって」
俺は苦笑いしながら、今にも頭突きしそうな勢いのアルの両肩をそっと押さえて一歩分の距離を作った。
そして「コホン」と一つ咳払いをして息を整える。するとアルもハッとして背筋をピンと伸ばし、ゴクリと固唾を呑んで、まるで神託でも待つような真剣な眼差しで俺の言葉を待った。
(参ったな……別にアウトローなんかじゃないんだけど、ここまで真っ直ぐな目で見られると、適当なことを言って誤魔化すのも悪いよな)
俺は頭上のヘイローをゆっくりと揺らしながら、アビドスに入学してから今日まで、ホシノやユメ先輩と一緒に駆け抜けてきた日々のことを思い返した。
「ええと……俺がアウトローかどうかは分からないが、強いて言うなら一つだけかな」
俺が口を開くと、アルは「はいっ!」と頭がもげそうなほど上下に激しく頷いた。
その純粋な瞳を真っ直ぐに見つめ返し、俺はこれまでの経験と尊敬する先輩の言葉を借りて静かに紡いだ。
「――『諦めないこと』、だな」
「……諦めない、こと?」
拍子抜けしたようにキョトンと目を瞬かせるアルに、俺はそのまま言葉を続ける。
「人の生き方を一本の『道』とするならさ、きっと進むのは当たり前のことなんだ。でも、生きてりゃ時には分かれ道で迷って立ち止まったり、後ろに進むこともあったり、あえて誰もが避けるような外れの道を歩こうとすることもある。……そうやって歩いていれば、どっかで理不尽に行く手を塞がれたり、後ろから足を引っ張られたり、いろんな妨害に遭うこともあると思う」
かつて砂に埋もれ、借金という鎖で縛られ、大人たちの都合で潰されかけていた俺たちのアビドスのように。
「だけど、どんな障害に出会っても絶対に諦めないからこそ、道は続くんだ。誰に何を言われようと、自分の意思で、自分の決めた意味を持って前に進むのなら――どんな困難にぶつかっても最後まで諦めなければ、その歩いた跡が、胸を張れる『君の進んだ道』になるんだよ」
冬の冷たい風が少しだけ吹き抜け、静まり返った路地に俺の声だけが落ちた。
アルは息をするのも忘れたように目を見開き、俺の言葉を一つ残らず魂に刻み込むように立ち尽くしている。
……と、そこで俺は、年下の中学生を相手に自分がとんでもなくクサくて真面目な説教を垂れていることに気づき、急に背中がムズムズするような気恥ずかしさに襲われた。
「――ま、要するにアレだ!」
俺は照れ隠しにポリポリと頬を掻きながら、一気に乱暴にまとめた。
「『ここは俺の道だ、邪魔する奴はそこをどけ!』くらいの図太い性根で生きてりゃいいんだよ。なっ?」
ニッと笑ってみせると、アルの顔がみるみるうちに感動で真っ赤に染まった。
「わ……私の、進むべき道……っ! 『ここは私の道よ、そこをどきなさい』……っ!!」
アルは雷に打たれたように全身をプルプルと震わせると、カバンの中から猛烈なスピードで可愛らしいデザインの手帳と万年筆を取り出した。
「忘れないうちに……っ! 一言一句、魂のバイブルとして刻み込まなきゃ……っ!」
ブツブツ呟きながら、凄まじい筆圧で今俺が言った言葉をページに書き殴り始めたのだ。
「くふふっ、あっはははっ! おにーさん、アルちゃんにすごい火をつけちゃったねぇ。これ、しばらくずっと鏡の前で練習するやつだよ♪」
「ありがとうございますっ! 私、立派なアウトローになります!」
ケラケラと笑うムツキの隣で、手帳を胸に抱きしめて深々と九十度のお辞儀をするアル。
……なんか将来、変な方向にねじ曲がった悪党にならなければいいんだが。まあ、こんな素直でいい子なら、どんな道に進んでもきっと大丈夫だろう。
深々とお辞儀をするアルに俺が苦笑いしていると、冬の冷たい風に乗って、遠くの大通りから風紀委員会のパトロール部隊のサイレン音が近づいてくるのが聞こえた。
「おっ、噂をすれば来たみたいだな」
俺は音のする方へ軽く視線をやってから、手元の紙袋をガサゴソと漁った。
事後処理はヒナがうまくやってくれると言っていたが、他校の生徒である俺がこのまま現場に残っていると、知り合いもいるとはいえ真面目な風紀委員たちに囲まれて事情聴取を受ける羽目になるかもしれない。そうなれば、せっかくのヒナとのカフェの約束に遅れてしまう。ここはさっさとずらかるのが吉だろう。
「ほら、これ。バスの中で退屈しのぎに話し相手になってくれたお礼だ」
俺は紙袋の中から、まだほんのりと熱が残る『黒糖温泉まんじゅう』を二つ取り出し、顔を上げたアルと、隣でニコニコしているムツキの手のひらへそれぞれポンと乗せた。
「えっ……? あ、あの、これって……っ」
「いいから食えって。冷めないうちにな」
目を丸くするアルに軽く笑ってみせると、俺は踵を返して路地裏のフェンス際へと歩み寄った。
そして軽く膝を曲げ、重力の反発をちょっといじりながら地面を蹴り、そのまま三階建ての雑居ビルの屋上へと音もなくひとっ飛びで跳躍する。
「それじゃあな、未来のアウトローさん」
屋上の縁から見下ろし、ひらりと片手を振って別れを告げると、俺はそのままビルからビルへと飛び移り、工業地帯の空の下から姿を消した。
――おにーさんの背中がビルの向こうへ吸い込まれるように消えて、数秒後。
冷たい風が吹き抜ける路地裏には私と、手の中のまんじゅうを見つめたまま石像みたいに固まっちゃったアルちゃんの二人だけが残されていた。
遠くから近づいてくる風紀委員会のエンジン音が、やけに大きく響く。
私は手の中のほかほかしたおまんじゅうの包装をペリッと剥がしながら、隣でプルプルと小刻みに震え始めた幼馴染の顔を横目で覗き込んだ。
「くふふっ♪ 行っちゃったねぇ、七色ヘイローのおにーさん。ほんと、最初から最後まで退屈させない面白い人だったなぁ」
ぱくり、と一口おまんじゅうを頬張る。
わぁ、これすっごく美味しい! 黒糖の香ばしい甘さがふわっと広がって、中のあんこがびっくりするくらいなめらかだ。おにーさん、あんなメチャクチャな戦い方をしたのに、この柔らかいおまんじゅうを一個も潰さずに守ってたんだから、やっぱりただ者じゃないよねぇ。
「……ム、ムツキ」
と、そこで隣のアルちゃんが、うわ言みたいに低く震える声を出した。
見れば、片手で手帳を、もう片方の手でおまんじゅうを壊れないように大事に握りしめたまま、丸眼鏡の奥の瞳をさっき以上にギラギラと輝かせて、おにーさんが消えていったビルの屋上を呆然と見上げている。
「な、なによ今の去り際……っ! 暴れ回るだけ暴れて悪党を一網打尽にしたあと、風紀委員が到着する直前に、名も告げず風のように姿を消すなんて……っ!」
「あはは、おにーさん、ただ面倒ごとに巻き込まれたくなかっただけだと思うけどなぁ」
「ううん、違うわ! しかも見てよこれ……っ! 去り際に、巻き込まれた私たちへさりげなく『分け前』まで置いていくなんて……っ! 強くて、無慈悲で、それでいて仲間や弱者には粋な計らいを忘れない……あ、あれこそが、私が目指すべき本物のハードボイルドなアウトローの姿よ!!」
誰もいない空へ向かって指を突きつけ、顔を真っ赤にして魂の叫びを上げるアルちゃん。
あーあ、おにーさんが最後にカッコいいこと言って頭まで撫でちゃうから、うちの純粋すぎる優等生のアルちゃんが、完全に変な方向へスイッチ入っちゃったじゃん。
「わたし、決めたわムツキ! 高校に上がったら絶対に自分の組織を作って、あのお兄さんみたいに裏社会に名を轟かせる大悪党になるんだから……っ!」
「くふふっ、そっかそっかぁ。アルちゃんが社長さんになるなら、あたしも同じ会社に入って、一番近くでその面白いショーを手伝ってあげるよ♪」
私はクスクス笑いながら、残りの温泉まんじゅうを口の中に放り込んだ。
甘くて温かいあんこの味が、冬の冷たい空気の中でなんだかとっても心地よかった。
無慈悲のアビドス砂まつり全カット。………言い訳をさせてください
砂まつりの描写。アニメでちょっとだけあったらしいのですが(作者アニメ未見)原作でも二次創作でも殆ど描写されない砂まつりを書くとなると、内容が完全オリジナルになる上に2〜話くらい書いて長くなるのでやめました。中弛みはよくない。
それとちまちま他キャラ視点も入れていきます。基本はショウ視点メインだけど。
1〜3話を目安に書きます
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ゲヘナ雷帝編(雷帝ナシ)
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アヤメ誘拐編
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どっちも書いて♡
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別にいらないな、回想でいい