万魔殿包囲網による一斉突入――作戦開始まで残り少し。
ゲヘナ上空を飛んでいるUFOは流石に目立つので、光学迷彩を展開して静止している。コックピット内で、俺たちは眼下の様子を映し出す巨大ホログラムモニターを囲んでいた。
超科学のセンサーで拡大表示された映像の中には、万魔殿の南側エリアに展開した部隊の物陰で、俺が貸した『ヘイロー透視望遠鏡』とスマホを駆使し、庁舎内の内部調査に必死に勤しんでいるアコの姿が映し出されている。
「よし、回線が繋がったぞ。そのまま念じれば、アコの頭に直接声が届くはずだ」
通信傍受対策として、俺は自身の『広域テレパシー』を起動していた。
俺のすぐ隣に立ったヒナが、俺の肩にそっと小さな手を置き、モニターの中のアコを見つめながら意識を集中させる。
『――アコ。聞こえる?私よ、ヒナよ』
俺を経由して、澄んだヒナの声が地上へ向けられた。
するとモニターの中で、スマホを覗き込んでいたアコの肩がビクンッと大きく跳ねた。
キョロキョロと周囲を見回したアコは、やがてハッと息を呑み、自分の胸に手を当てて何やらうっとりと目を閉じた。望遠鏡の読唇術機能が、彼女の呟きを字幕で拾い上げる。
『……ああっ、ついに極度の緊張とヒナさん不足の禁断症状で、私の脳内にヒナさんの幻聴が響き始めました……!でも、こんなにクリアに響くヒナさんの声……なんて心地よい響きでしょう……!』
『ち、違うわアコ!幻聴じゃなくて本物の私!作戦変更を伝えるから聞いて、アコ、アコったら!』
『いいえ、心配はいりません、私の脳内のヒナさん……!この天雨アコ、たとえ幻聴に導かれようとも、ヒナさんのためにこの包囲作戦を確実かつ完璧に決めてみせます……!はぁ、脳内ヒナさんの声、録音できないのが悔やまれます……っ』
自分の記憶が生み出した都合のいい幻覚だと完全に勘違いし、むしろ頬を染めて空回りの決意を固めているアコ。
これには俺の肩に手を置いていたヒナも、こめかみを押さえて深いため息を吐いた。
「……だめね。あの子、思い込みが激しすぎて私の言葉をまったく聞き入れる気がないみたい。どうしましょう、時間は刻一刻と過ぎているのに……」
呆れ果てるヒナの横で、モニターを覗き込みながら腕を組んでいたマコトが、ピクリと角を動かした。
何かろくでもないことを思いついたらしく、ニヤァ……と実に悪い顔で口角を吊り上げると、俺の耳元へ顔を寄せてこっそり耳打ちしてきた。
「おい円ショウ。あいつを一発で現実に引き戻す特効薬があるぞ。今すぐそのテレパシーで、こう言ってやれ――」
マコトから吹き込まれたセリフの内容に、俺は思わず深く眉をひそめた。
いや、いくらなんでもそれは悪趣味というか、火に油を注ぐだけじゃないのか? ……だが、時計を見ればもう残り時間は五分を切っている。このままアコが暴走して旧議事堂ルートへの進軍が遅れれば元も子もない。
(……くそっ、緊急事態だ、割り切るしかねえ!)
『アコ、いい加減に気づきなさい!』
俺は心の中で合掌すると、まだ念じているヒナの言葉に横から割り込み、できる限り低く色気のある声を作って、アコの脳内へ直接こう語りかけた。
『――ああ、アコだったか?夜分にすまないな。……実は今、ヒナは俺のすぐ隣で、俺の体にぴったりと寄り添っているところなんだよ』
(……って、なんで俺が昼ドラの間男みたいなセリフを言わなきゃならないんだよ!?)
自分で言いながら猛烈な羞恥心に襲われた俺だったが――地上のアコに対するその『効果』は、文字通り絶大だった。
モニターの中で、恍惚としていたアコの目玉がカッと見開かれ、全身が落雷でも受けたかのように硬直する。
そして次の瞬間。
『――ッッ!? な、なな、なんで私の神聖な脳内ヒナさんの隣から、あのアビドスの不審者の声がするのですかァァァッ!?寄り添っている!?ヒナさんが!?あの男に!?嘘です、幻覚です、こんなNTRみたいな悪夢ぜったいに認めませんああぁぁぁぁーーっ!!』
俺のスマホと望遠鏡を大事そうに抱えたまま、地面にバッタリと倒れ込み、頭を抱えてゴロゴロとのたうち回り始めるアコ。
『えっ、アコちゃん!?』
『どうしたの、敵の攻撃!?』
突如として地面を転がり始めた指揮官の姿に、周囲で待機していた同級生の1年生部員たちがと慌てて駆け寄っていく。
『おのれ円ショウ、ヒナさんの隣を今すぐ明け渡しなさい……っ、それと私の脳内から出ていけぇぇっ!』
しかし、血走った目で虚空に向かって呻き続けるアコの言葉を聞いた瞬間。
『……あー、なんだ、また空崎さん絡みの発作か』
『いつものことね、放っておきましょ』
駆け寄った生徒たちの顔からスッと緊張が消え、逆に冷めた目で呆れられて散っていく様子がバッチリ映し出されていた。
「…………ちょっと、マコト。正気に戻すどころか、完全に悪化したじゃない、このバカ」
俺の肩から手を離し、絶対零度のジト目でマコトを睨みつけるヒナ。
「キヒヒヒッ!見たかヒナ、あのアコが芋虫みたいに転げ回っているぞ!いやぁ、傑作だ、実に愉快痛快じゃあないか!ハッハハハハハ!!」
だが、当のマコトは悪びれる様子など微塵もなく、腹を抱え涙を流して爆笑している。
そんな騒がしい俺たちのやり取りを、コックピットの特等席に座って不思議そうに見ていたイブキが、ぱちくりと目を瞬かせて小首をかしげた。
「ねぇねぇ、おにーさん。さっきから、なんのお話をしているの?『よりそってる』って、どういうこと?」
「うっ……! い、いやぁ、それはだな、イブキちゃん……」
純粋無垢な瞳で真っ直ぐに問いかけられ、俺は変な汗をかきながら視線を泳がせた。
さすがにこんな小さな女の子に、今のアコが陥っている歪んだ嫉妬と妄想のメカニズムを説明するのは教育上よろしくなさすぎる。
「ええと……ほら、冬だからな!外は寒いから、みんなでぎゅっと集まっておしくらまんじゅうしてるぞー、って教えてあげたんだよ。な、ヒナ?」
「えっ……? あ、ええ、そうよイブキ。お外で頑張っているお姉さんに、風邪をひかないようにねって伝えただけよ」
俺が苦し紛れに普通のごまかし方をすると、ヒナも少し頬を染めながら慌てて話を合わせてくれた。
「そっかぁ!おにーさんたち、やさしいね!」
イブキは無邪気にニコニコと笑ってくれたが――俺はもう二度と、マコトのろくでもない耳打ちには乗らないでおこうと固く心に誓ったのだった。
『――ぐ、ぅ……っ!?……あ、あれ…?声の主が幻聴ではなく、本当に脳内に直接響いてきて……しかも今のは円ショウじゃなくて、このトーンはもしや……っ!?』
地上では、アコがのたうち回るのをようやくピタリと止めた。
慌てて起き上がったアコの耳に、今度はマコトの厳かなテレパシーが直接叩き込まれる。
『――天雨アコ!いつまで地面で芋虫のように転げ回っている!作戦を変更するぞ。これから私の指揮の元、南側の旧議事堂ルートから3年生の寝返り工作を兼ねて一気に雪崩れ込むのだ!』
『は、羽沼マコト……っ!?戻ってきたのですか……っ!?って、え、旧議事堂ルート!?しかしあそこは3年生の派閥が……っ!』
『いいから私の指示通りに動け!……それと、先ほどの通信は……ほんのりと趣向を凝らした演出だ、深く気にするな!』
『演出って何ですか一体……っ!』
アコが赤面しながら頭を抱えているのを見届けた俺は、そのままテレパシーの回線を北側と東側に展開しているカヨコとサツキの脳内へも同時に繋いだ。
『――カヨコ、サツキ!聞こえるか。このマコト様が作戦を変更する。お前たちの部隊は庁舎の北と東から派手に火の手を上げて親衛隊を引きつけろ!本命の南ルートはマコト様直々にこじ開ける!』
マコトの威勢のいい声が飛んだ瞬間、モニターに映し出されていた北側エリアのサツキと、東側エリアのカヨコの動きがピタリと止まった。
『……っ! あらぁ、マコトちゃんのそのやかましい高笑い……本当に無事だったのねぇ!よかったわぁ、私、マコトちゃんがひどい目に遭っているを見て、もう心配で胸が張り裂けそうだったのよ!』
画面の中のサツキは、いつもの余裕たっぷりなお姉さん口調を取り繕ってはいたものの、その目尻をきゅっと緩ませ、安堵のあまり自分の胸元を強く押さえて心から嬉しそうに微笑んでいた。
一方、東側の路地裏で物陰に身を潜めていたカヨコはというと。
『……はぁ。まったく、捕まって拷問されてたってのに、耳がキンキンするくらい元気じゃない。……ほんと、どこまで行っても悪運だけは強いタヌキなんだから』
言葉だけ聞けば呆れ果てたような素っ気ない態度だったが、モニターに拡大されたカヨコの横顔を見れば一目瞭然だった。これまでずっと張り詰めていた肩の力がスッと抜け、誰にも見えない暗がりの中で、ほんのわずかだけ口角を上げてホッとしたように優しい息を吐き出している。一見すると分かりづらいが、彼女なりにマコトの生還を心の底から喜んでいるのがよく分かった。
『キキキッ!心配かけたな二人とも!だが、このマコト様がそう簡単にへばるわけがないだろう!そういうわけだ、陽動は任せたぞ!』
『ええ、任せてちょうだい。マコトちゃんを傷つけたお礼、たっぷり弾丸に込めて返してあげるわ!』
『了解。……あんたがまた無茶して捕まらないうちに、さっさと片付けるよ』
マコトの健在ぶりを知って士気が最高潮に跳ね上がった二人が、それぞれ部下たちへ鋭く号令をかけ、北東エリアへと一斉に部隊を動かし始めた。
よし、これで地上の反抗部隊の準備は万端だ。
「よし、地上のみんなも動き出したな。じゃあ、いよいよこっちの番だ」
俺はUFOの広大な操縦席――その中央に置かれた、子どもでも座りやすいように低く改造した特等席へと視線を向けた。
「イブキちゃん。ちょっとこっちにおいで」
「な〜に、おにーさん?」
トコトコと歩いてきたイブキを、俺は操縦席のメインコンソールの前にちょこんと座らせた。
目の前に広がる無数の立体ホログラム画面には、万魔殿本部庁舎の内部、廊下を慌ただしく走り回る雷帝の親衛隊や、警備にあたる3年生たちの姿がバッチリ映し出されている。
「いいか、イブキちゃん。この画面に映ってる奴らの中に、君やマコトをいじめて、嫌な思いをさせた連中がたくさんいる。……だから今から、このUFOの『イタズラ装置』を使って、あいつらにちょっとした仕返しをしてやろうと思うんだ。ボタンをポチポチ押すだけでいいから、やってみるか?」
俺が優しく尋ねると、イブキはキラキラと目を輝かせ、小さく両手を握りしめた。
「うんっ、イブキ、やってみる!」
「よし、いい返事だ。じゃあ、このコンソールの一番目立つところにある『赤いボタン』を見てごらん」
俺が指し示した先には、いかにも「押してください」と言わんばかりの大きな赤い丸ボタンが鎮座している。
もちろん、UFOのメイン兵器ではなく、過去に宇宙人と宇宙旅行した際に作ってもらった『誰も一切傷つけないが、ターゲットの威厳を木端微塵に粉砕する、地球外超科学の嫌がらせ専用ビーム砲(通称:お笑いトライブレイク)』が連動するように設定してある。
「えいっ!」
イブキは小さな両手でその赤いボタンを元気よく押し込んだ
UFOの底面から、目に見えないほどの超高速で発射された無数の光線が、万魔殿の庁舎の屋根をそのまますり抜けて、内部にいる雷帝軍の兵士たちへと一斉に降り注いだ。
その瞬間。
地上のあちこちで、驚愕の悲鳴とシュールな光景が次々と巻き起こった。
『……え?』
庁舎の廊下をガチガチの重武装で固めて歩いていた雷帝の親衛隊長が、光線を浴びた瞬間に固まり、次の瞬間には頭のヘルメットが爆発四散して、代わりに超ボリュームのピンク色のアフロヘアーがモフモフと生え揃った。
『な、なんだこれ!?頭が、頭がフサフサして重いぞ――って、あ、アフロに!?それに銃が、銃がギターに変わったぁぁぁっ!?』
手に持っていた突撃銃がやけにゴテゴテしたギター変形してしまい、部下たちの前で大パニックに陥る。
さらに別の部屋では、3年生の厳つい幹部たち。彼女らにも異変が起こっていた。
『なんだこの光線は――って、く、くすぐったい、やめろ、笑わせるなっ、ふははははははっ!』
全身の服が急にウサギやパンダなど、モコモコした動物の着ぐるみへと強制変換され、真面目な顔をして会議室で床を転げ回りながら爆笑し始める始末。
庁舎のあちこちから、敵の威厳が完全に消え去ったマヌケな悲鳴と笑い声が響き渡り、雷帝が築き上げたはずの恐怖の鉄拳政治の防衛網は、ものの数分でギャグアニメのような大混乱のるつぼへと叩き落とされた。
「あははははっ! 見てマコトさん! あのこわいおねーさんたちが、ウサギさんになってるーっ!」
UFOのモニターに映し出された敵の惨状を見て、イブキはお腹を抱えてケラケラと可愛い声を上げて大笑いした。
さっきまでの怯えや涙が嘘のように晴れ、その頬には満面の楽しげな笑みが咲いている。
「キ、キキキッ……!なんということだ、あの私のことを尋問していた奴が、見事なピンクのアフロに……いやぁ、実に見事な見世物じゃあないか!」
「……はぁ。予想の斜め上すぎて呆れる気力も湧かない……」
隣でその様子を見ていたマコトも、腹を抱えて大爆笑し、ヒナもそう言いつつも、どこかスッとした表情で微笑んでいた。
庁舎の内部が完全に混乱し、敵の士気がズタズタになったのを確認したマコトは、コンソールから顔を上げ、すっきりと晴れやかな瞳で俺とヒナを見据えた。
「――よし! 敵の指揮系統も士気も完全に崩壊したぞ!これなら南側の旧議事堂ルートからの突入は無傷でいける! ヒナ、アコたちに総攻撃の号令を出せ!」
「ええ!」
形勢は完全にこちらに傾いた。
いよいよ、ゲヘナの未来を決める最終局面の幕が上がろうとしていた。
マコトの指揮権が復活し、UFOからのイタズラ光線で敵陣が大混乱に陥った現状を絶好の好機と見た1年生主体の反抗グループは、一斉に雄叫びを上げて万魔殿の本部庁舎へと突撃を開始した。
「突入ーーっ!!雷帝の親衛隊を押し通れぇっ!!」
重厚な正面扉を蹴り破り、意気揚々と内部へ雪崩れ込んだ1年生たちだったが――その直後、目の前に広がっていたあまりの光景に、先頭を走っていた生徒から順番に足を止めてしまった。
そこは、戦場などという言葉すら生ぬるい、文字通り『混沌のるつぼ』だった。
「お、おほほほっ!なぜわたくしがこのようなフリフリのドレスを着ておりますの!?銃を撃とうにも日傘が開いてしまいますわ〜っ!?(なんで私、お嬢様言葉しか喋れなくなってんの!?)」
厳つい顔をした親衛隊の精鋭が、フリルとレースが幾重にも重なったこってこてのゴスロリ服に強制変換され、自分の口から勝手に飛び出す流暢なお嬢様言葉に涙目でパニックを起こしている。
かと思えば、その横の廊下では。
「うわあああっ、止まれ、止れえっ!!なんで床の摩擦がなくなってぇっ!?」
靴底と床の摩擦係数が完全に消滅した生徒たちが、氷の上よりもツルツルと猛スピードで滑りながら手足をジタバタともがき、その進路上にいたモコモコのパンダやウサギの着ぐるみ姿の3年生たちへ次々と激突しては、ボーリングのピンのように重なり合って潰れている。
「「「………………」」」
決死の覚悟で突入してきたはずの反抗グループの生徒たちは、銃を構えたままポカンと口を開け、完全に絶句して立ち尽くしていた。
そして後方では、俺が貸した『ヘイロー透視望遠鏡』とスマホで内部の様子をモニタリングしていたアコもまた、画面に映し出される地獄絵図を前に、微動だにせず石像のようにフリーズしていた。
そこへ、UFOのトラクタービームで地上へと降り立ったヒナが静かに歩み寄り、固まっているアコの肩をポン、と軽く叩いた。
『……アコ。気持ちは痛いほどわかるけれど、今は前へ進軍して』
『――っ!? ひ、ヒナさんっ!?は、はいっ、ただいま再起動いたしました!全員、目の前の奇行は無視して進軍しなさーいっ!!』
ヒナの声でハッと我に返ったアコが、すぐに立ち直って鋭く号令を飛ばす。
『キキキッ!道は開けたぞ、一気に踏み潰せぇっ!』
同時に、別地点へ降り立ったマコトもカヨコたちの部隊と合流し、先頭に立って突貫を開始した。
「あははははっ!おにーさん、あのゴスロリのお姉ちゃん、くるくる回ってる〜!」
「ははっ、ほんとだな。ちょっと出力サービスしすぎたか?」
高みの見物を決め込んだUFOのコックピットで、俺とイブキは眼下で繰り広げられる大パニックを指差しながら、二人で腹を抱えて笑っていた。
だが、それでも万魔殿の全員がギャグ時空に呑まれたわけではない。
「ええい、怯むな!雷帝様のために反乱分子を排除しろーっ!」
イタズラ光線の直撃を免れた一部の親衛隊や、雷帝への忠誠心が強い部隊が、必死に陣形を立て直して立ち塞がってくる。
しかし、すでに戦局の天秤は完全にこちらへ傾いていた。
最前線に降り立ったヒナがデストロイヤーの圧倒的な弾幕で敵のバリケードを粉砕し、マコトが豪快な突破力で敵陣のど真ん中をこじ開けていくことで、抵抗勢力はみるみるうちに数を減らしていく。肝心のトップである雷帝が地下で悶絶して指揮権が完全に麻痺していることもあり、反抗グループは破竹の勢いで次々と各フロアの重要区画を制圧していった。
――と、その時だった。
「えいっ、もういっかーい〜♪」
コックピットでご機嫌にボタンを連打していたイブキの指が、少しだけ横にズレたコンソールのスイッチを弾いた。
UFOの底面から放たれた一筋の細いピンポイント・ビームが、庁舎の吹き抜けを通り抜け――あろうことか、下で指揮を執っていたアコの胴体へと誤って直撃してしまったのだ。
「あっ、やべ」
俺が思わず声を上げた瞬間。モニターの中で、ビームを浴びたアコの着ていた制服の『胸の両横の部分』だけが、なぜかしら本当にピンポイントで綺麗に弾け飛ぶように破れ去り、豊かな横乳がパックリと露出するデザインへと強制改造されてしまった。
『きゃあっ!? ア、アコちゃん、大丈夫!?』
すぐ近くにいた同級生の女生徒が、敵の狙撃かと慌ててアコの元へ駆け寄る。俺は読心術モニターから音声集音マイクに切換えて、恐る恐る二人の会話に耳を澄ませた。
胸の横がパックリと破れているにもかかわらず、当のアコは眉一つ動かさず、妙に落ち着いた様子で自分の脇腹あたりを見下ろしている。
『ええ、大丈夫です。怪我はありません』
『で、でも、胸の横の布が破れて中が見えちゃってるけど……上着、貸そうか?』
心配して上着を脱ごうとする同級生に対し、アコはスッと手を挙げてそれを制し、どこか悟りを開いたような穏やかな顔でこう言った。
『いえ、それが……なんだか平気なんですよ』
『……え?』
『なんと言いますか、こうしてこの部分だけが外気に触れていると、これが妙に心が落ち着くんです。うまく言葉では言い表せないんですけど……本来出すべきところを正しく出している安心感というか、人間とはこうあるべきだという、確信に満ちた安らぎのようなものを感じているんです』
『……………………』
大真面目な顔で謎の性癖と哲学を語り始めたアコに、駆け寄った同級生が「うわぁ……」と音を立てて数歩後ろへドン引きしているのが画面越しにもはっきり伝わってきた。
『……この感覚、わかりません?』
『ちっとも』
『なら、貴女も今すぐそこを破ってみてください。そうすればきっと、この真理がわかります』
『わかりたくないよ!!……っ、もう! アコちゃんといいサツキちゃんといい、どうしてマコトさんの周りの知り合いには変な奴しかいないのよぉ!?』
『…………?(心外ですね、という顔)』
頭を抱えてツッコミを入れながら走り去っていく同級生と、不思議そうに小首をかしげながら、なぜか破れた横乳スタイルにすっかり馴染んで再びバインダーを構えるアコ。
「…………うん。今のは見なかったことにしよう」
俺はそっと目を逸らし、モニターのカメラを北側と東側から攻め込んでいるカヨコとサツキたちの部隊へと切り替えた。
画面を切り替えた先では、ちょうど二人が、俺が事前に渡しておいた『特製ヘイロー閃光弾(ランダム効果付与)』を敵の密集地帯へ投げ込んでいるところだった。
『それっ!』
サツキの腰の入っていない投球フォームと共に投げられた閃光弾。弾七色の美しい閃光が廊下に弾けた直後。
銃を構えて待ち伏せしていたはずの雷帝軍の生徒たちが、一発の銃弾も撃たれることなく、全員その場にバッタリと倒れ込んだ。
ある者は
『うわあああ!スカートがめくれてパンツ丸出しのまま式典に参加した記憶が消えないぃぃっ!』
頭を抱え、またある者は足の全てのツボを同時に押されたかのようにビクンビクンと
『ぷぎゃあああっ!ぴぎぃいいいいっ!!』
泡を吹き、まるで陸に打ち上げられた魚のように床の上でビチビチとのたうち回っている。
『……ふぅ。本当に一発も撃たずに無傷で制圧できちゃったね。やっぱりあの人、絶対敵に回しちゃいけないタイプだ』
『ふふっ、でもおかげで弾代の節約になって助かるじゃない。 さあ、このまま奥までお掃除しちゃうわよ〜』
呆れ顔のカヨコと、楽しそうに微笑むサツキが、のたうち回る敵の横を悠々と通り抜けていく。
そうして突入開始からわずか数十分後。
通信傍受システムを管理していた中枢ルームも無事に制圧され、万魔殿本部庁舎の全フロアが反抗グループの手によって完全に掌握された。
やがて、普通に使えるようになった庁舎内の館内放送と無線回線を通じて、ヒナとマコトの二人から「万魔殿の完全制圧」と「旧体制の打倒」を告げる勝利宣言が高らかに響き渡り――ゲヘナの歴史を塗り替える一夜限りのクーデターは、一人の重傷者も出すことなく見事な大成功を収めたのであった。
激動の夜が過ぎ去り、東の空が白み始める頃。
万魔殿から少し離れた、人目につかない路地裏の目立たない空き地に、朝の澄んだ冷たい空気が流れ込んでいた。
UFOを宇宙へと帰した俺の前には、見事にクーデターを成し遂げた主要メンバー――ヒナ、マコト、アコ、カヨコ、サツキ、そしてイブキの六人が揃っていた。
ちなみに、地下で涙と鼻水を流してのたうち回っていた『雷帝』は、突入した部隊によってあっさりと拘束され、予定通り万魔殿およびゲヘナ学園から『卒業』が下されることが決まったらしい。野望も完全に潰え、俺たちアビドスへ向けられていた危険な火種も無事に消え去ったというわけだ。
ちなみに、最後に発見された場所がトイレなのは、ゲヘナの闇に葬っていたほうがいいだろうとはマコトの談である。
「――ふむ、こうして揃ってみると壮観だが……おいアコ貴様。その格好はどうしたのだ?なぜ胸の横だけそんな綺麗に破れている?」
合流したマコトが、いまだに胸の両横がパックリと破れて豊かな横乳が丸出しになっているアコの制服を見て、目を丸くして尋ねた。
するとアコは、返却するスマホとヘイロー望遠鏡を俺に差し出しながら、至って真面目な顔で胸を張った。
「ええ、戦闘中に少し流れ弾が掠めたのですが……なぜかしっくりくるので、今後はこれを私の正装にしようかと」
「「「………………」」」
大真面目に語るアコの姿に、マコト、ヒナ、カヨコ、サツキの四人が「うわぁ……」と無言で半歩ほど後ろへ引いた。
そして、その原因(イブキが撃ったUFOのビームの誤射)を作った張本人の片割れである俺だけは、気まずすぎて視線を明後日の方向へ逸らし、何一つ言葉を挟むことができなかった。
「すー、すー…」
そんな微妙な空気の中、俺は自分の腕の中で規則正しい寝息を立てている小さなイブキへと視線を落とした。
地下室での極度の緊張と恐怖から解放された安堵感と、その後のUFOでの大はしゃぎによる遊び?疲れが一気に押し寄せたのだろう。今は俺のジャケットの胸元に顔を埋め、安心しきった顔でぐっすりと眠り込んでいる。
俺はイブキを起こさないよう、そっとマコトの腕の中へとその小さな体を受け渡した。
「……おやすみ、イブキちゃん。……これで、あの暗い部屋での嫌な記憶が、今日のメチャクチャな夜のことで『楽しい笑い話』に上書きされるといいな」
マコトが優しくイブキを抱き留めるのを見ながら、俺は先ほど無理やりにでもイブキに『お返し』をさせた本当の真意を、ぽつりと口にした。
ただ助け出されただけの無力な被害者としてではなく、自分の手で悪い奴らをやっつけて大笑いしたという痛快な記憶があれば、きっとこの子はこれからも悪夢にうなされずに前を向いて歩いていけるはずだ。
俺のその言葉を聞いたマコトは、腕の中のイブキの寝顔を愛おしそうに見下ろし、それからヒナやカヨコ、サツキたちと静かに視線を交わして、普段の傲慢な態度とは違う穏やかな笑みを浮かべた。
「……フン、余計な気遣いをする男だ。だが……礼を言うぞ、円ショウ。イブキの笑顔を取り戻してくれたこと、このマコト様が一生忘れないでおいてやろう」
「いいってことよ。そうだ、まだ『特製プリン』があるから、こいつは目が覚めたイブキちゃんへと、ついでに頑張ったお前たちへの差し入れだ」
俺がヘイローの中心から取り出したプリンをカヨコとサツキに手渡す。
「ふふ、ありがとう。喜んで頂くわ」
「いただくよ。後でゆっくり食べようかな」
二人も柔らかく微笑んで受け取ってくれた。
「――よし。それじゃあ、そろそろ俺はアビドスへ帰るよ。あんまり遅くなると、うちの先輩と相棒がうるさいからな」
俺が軽く伸びをして別れを切り出すと、イブキを片腕で抱えたマコトが一歩前に出て、急にそれまでの笑みを消し、真剣で鋭い表情を俺に向けた。
「帰る前に一つだけ、貴様に伝えておかねばならんことがある」
「ん? なんだ、改まって」
「……雷帝のことだ。あいつはゲヘナ内部だけでなく、キヴォトス全土のあちこちで、何かしらの開発や研究を秘密裏に行っていた形跡があるのだ」
マコトの低く落ち着いた声に、隣に立つヒナやカヨコたちの表情も引き締まる。
「奴自身はこれでゲヘナから完全に追放するが、奴が外にばら撒いた研究施設や遺物、あるいはそれを受け継ごうとする残党が、今後キヴォトスのどこで牙を剥くか分からん。特に、お前たちアビドスの砂漠は前々から奴に目をつけられていたからな。……もしアビドスや他校の自治区で、少しでも『雷帝の足跡』や不審な技術を見つけた時は、迷わずすぐに私かヒナへ連絡してくれ。いいな?」
一国のリーダーとして、これからのキヴォトス全体の脅威を見据えたマコトの真剣な眼差し。
俺も自然と背筋を正し、真っ直ぐに頷き返した。
「……わかった。頭に入れておくよ。もし何か見つけたら、すぐにそっちへ知らせる」
「うむ、頼んだ。……では、またな、アビドスの円ショウ!」
マコトはそう言い残すと、「行くぞお前たち、庁舎に戻って戦後処理の続きだ!」と号令をかけ、カヨコ、サツキ、そしていまだに横乳を風に晒しているアコを連れて、路地裏の奥へと去っていった。
空き地に残ったのは、俺と、見送りのために足を止めたヒナの二人だけ。
「……本当に、何から何までありがとう、ショウ。あなたがいてくれなかったら、今頃どうなっていたか分からない」
朝日を受けてキラキラと輝く白い髪を風に揺らしながら、ヒナが俺の前に歩み寄り、瞳を真っ直ぐに向けて深く頭を下げた。
「よせよ、水臭い。友達が困ってたんだ、手伝うくらい当たり前だろ。……それより、これからまた万魔殿の再編だなんだで忙しくなるんじゃないか? あんまり無理して、また目の下にクマなんか作るなよ」
俺がいつもの調子で気遣うと、ヒナは顔を上げ、ふっと穏やかで年相応の少女らしい笑みをこぼした。
「そうね……マコトを生徒会長に据えたまま万魔殿の内部にいたら、きっと毎日尻拭いばかりで過労死してしまいそう。だから私、これを機に万魔殿や情報部からは身を引いてゆっくりしようと思っているの……これから毎日お昼寝でもしようかな?」
そんな冗談を言いながら、ヒナは少しだけ名残惜しそうに俺の顔を見つめ――やがて、小さな声でぽつりと付け加えた。
「……ねえ、ショウ。今度、ううん、いつでもゲヘナに遊びに来てちょうだい。……その時は、クーデターのお手伝いとかじゃなくて、ただのお茶友達として、またあのお店で待っているから」
少しだけ頬を染め、恥ずかしそうに視線を揺らすヒナ。
俺は笑って、彼女の小さな頭の上へぽんと軽く手を乗せた。
「ああ、約束だ。次はどうでもいい話でもしながらゆっくりするか」
「……っ、ええ。楽しみにしているわね」
俺が手を離すと、ヒナは自分の頭をそっと押さえながら、朝日の中でこれまでで一番綺麗な笑顔を見せてくれた。
「じゃあな、ヒナ。また今度!」
俺はくるりと背を向けると、地面を軽く蹴って、朝焼けに染まる冬の空へとふわりと舞い上がった。
ポケットから取り出したスマホの画面には、アビドスで俺の帰りを待っているホシノから『もう朝ですよ!今どこですか!?』、ユメ先輩から『おみやげのおまんじゅう、楽しみにしてるねぇ〜♪……だから早く帰ってきてね』という新着メッセージが並んでいる。
(さてと。ゲヘナの長い夜は終わったし、俺たちの賑やかなアビドスへ帰るとしますか!)
眼下で小さく手を振っているヒナの姿へもう一度だけ大きく手を振り返すと、俺は頭上の七色ヘイローを朝日以上に眩しく輝かせ、懐かしく温かい砂漠の街――アビドスへ向かって、一直線に空を翔けていった。
1〜3話を目安に書きます
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ゲヘナ雷帝編(雷帝ナシ)
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アヤメ誘拐編
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どっちも書いて♡
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別にいらないな、回想でいい