ハスミが壁に手をついて世の終わりのように項垂れ、ツルギが「ギヒッ」と邪悪な笑みを浮かべるという地獄のコントをなんとか終わらせ、俺たちは作戦のまとめ役である二年生の先輩を交えて、路地の物陰で改めて額を突き合わせていた。
「……で、どうします?」
ホシノがショットガンの銃身を指先でトントンと叩きながら、淡々と先を促す。
ハスミは深呼吸を繰り返し、なんとか精神崩壊の淵から這い上がってキリリと表情を引き締めた。
「……コホン。取り乱して失礼しました。問題は、あのビルの中にいる敵の戦力と動向です。このサングラスで見える限り、敵の数は百近く。正面から闇雲に突入すれば、こちらの包囲の薄い場所を突かれて取り逃がしが出ますし、最悪の場合、相手が外へ撃って出て市街地戦に発展します」
「かといって応援を待つ時間もない。奴らが出撃する前に、袋の鼠にして一網打尽にしたいところだが……」
ハスミとツルギの言葉を聞いた二年生の先輩も腕を組み、難しそうに眉根を寄せる。
その様子を一通り見届けた俺は、ふうと短く息を吐き出すと、地面に木の枝で雑居ビルの簡単な断面図を描いた。
「要はさ。連中を外に逃がさず、混乱させて指揮系統を一瞬で叩き潰せばいいんだろ?ちょうど手堅くて効率のいい作戦があるぞ」
「あら、ショウさん、何か妙案がおありですか?」
ハスミが期待の眼差しを向けてくる。
俺は至って真面目な顔で、地面の図をトントンと叩きながら説明を始めた。
「作戦はシンプルだ。『屋上と地上の二面同時襲撃』でいく」
「二面襲撃……手堅いですね」
ホシノが小さく頷く。
「ああ。まず突入の初動だが、俺がホシノを小脇に抱えて、空を飛んで一気にビルの屋上へ着地する」
「…………」
その場にいた全員の思考が、ピタリと停止した。
だが、俺は気にせず淡々と枝を動かして解説を続ける。
「屋上に着地したら、俺が自分のヘイローを変えて『釣り竿』を一本作る。このサングラスで三階にいるボスの位置は完全に丸見えだからな。屋上のコンクリートの床からスルスルと釣り糸を垂らすんだ。糸と針は壁を透過する仕様にしておくから、そのままボスの襟首に針を引っ掛けて――グ屋上まで一本釣りする」
「…………」
「釣り上げたボスをそのまま人質にして、『お前らの親玉は預かった!武器を捨てて投降しろ!』って館内放送か拡声器、そのままもいいから脅す。指揮系統を失ってパニックになったところで、地上で待機してたツルギたち正義実現委員会が正面から突入、屋上の俺とホシノが上から階段を制圧して、上下から挟み撃ちにして全員お縄だ。どうだ?完璧だろ」
俺は枝を放り投げ、会心の作戦だとばかりにフッと親指を立ててみせた。
――だが。
返ってきたのは、賛同でも感嘆でもなく。
夜風の音すら掻き消えるほどの、絶対零度の静寂だった。
「…………」
「…………」
「…………ぎひ?」
ハスミは目を点にしたまま口を半開きにして固まり、二年生の先輩は持っていた作戦資料をパサリと地面に落とした。あのバーサーカーのツルギですら、凶悪な顔芸が完全に抜け落ちて、小首を傾げている。
そして――俺の真横にいたホシノが、すっと右手を挙げた。
その瞳は完全に座り、声のトーンは恐ろしいほど平坦だった。
「……はい、質問です」
「なんだい、ホシノくん」
「どこからツッコミを入れていいのか脳の処理が追いつかないんですが、まず最初に一つだけ聞かせてください」
ホシノはギリギリと音を立ててショットガンのグリップを握りしめ、顔面を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「空を飛ぶって何ですか!?!?」
鼓膜を突き破らんばかりの絶叫。
「貴方は鳥ですか!?ヘリコプターですか!?そうじゃないでしょう!?当たり前のように『空を飛んで』とか言いましたけど、そもそも人は自力で空を飛べません!!あと何ですか小脇に抱えるって!私は荷物じゃありませんよ!!」
「いや、重力の反発をちょっとイジれば浮力くらい発生するだろ。それにホシノは軽いから小脇に抱えた方が空気抵抗が少なくて――」
「そういう問題じゃないでしょうが!!」
息を荒げるホシノの隣で、ハスミがこめかみを押さえ、眩暈に耐えるように震え声で口を挟んだ。
「え、ショウさん……?つ、釣り竿とは……?壁を透過する釣り糸……?相手は武装マフィアの首領であって、川のコイやフナではないのですが……?」
「釣り竿は釣り竿だよ。針を襟首に引っ掛けてリールを高速で巻けば、暴れる前にスッと屋上まで抜けるだろ。ボスの重量なら三号のハリスで十分耐えられる」
「耐えられるとかそういう話ではありません!!」
ハスミまで必死の形相でツッコミを入れてくる。
その横で、二年生の先輩が幽霊でも見るような怯えた目で、恐る恐る挙手した。
「あ、あの……小鳥遊さん……?アビドス高等学校では、空を飛んで敵のボスを一本釣りするのが一般的な突入戦術なんですか……?」
「違います!!アビドスをそんな魔境扱いしないでください!ショウが一人で頭がおかしいだけです!!」
ホシノが両手を振り回して全力で否定する。
俺としては至って真面目に、最も味方の損害が少なく、相手を無力化できる最短ルートを提案したつもりなのだが、なぜか全員から狂人を見るような目を向けられていた。
「……え、ダメか?できるぞ、俺?」
「できるからってやっていいことと悪いことがあるんです!!」
ホシノの至極真っ当な怒号が、トリニティの夜空へと虚しく響き渡った。
「いや、そもそも貴方、本当に飛べるんですか?」
ホシノがジト目を向け、疑わしそうに腕を組む。
ハスミもツルギも、流石にハッタリでしょうと言いたげな顔でこちらを見ていた。
「飛べるかって?見てろ」
俺は意識を頭上のヘイローへ集中させ、光の波長をフワリと広げた。
すると、身体からふっと重力が抜け、俺の両足がスッと地面を離れた。そのままスーッと空中へ上昇し、一同の目線の高さ――地上から一メートルほどの位置で、何もない空間にプカプカと浮かんでみせる。
「ほらな。浮くだろ?」
「「「…………」」」
ハスミが持っていたスナイパーライフルを取り落とし、ツルギが「ふぇ……?」と素っ頓狂な声を漏らし、他の生徒は腰を抜かしてへたり込み、二年生の先輩はついに頭を抱えて座り込んだ。
ホシノに至っては、ショットガンを持ったまま天を仰ぎ、乾いた笑いを零している。
「……アビドスに帰ったら、物理の教科書を全部焚き火にくべて暖を取ることにします」
文句を言いながらも、実際に飛べるとなれば話は早かった。
ハスミに向かいのビルの屋上へ移動してもらい、ツルギたち地上部隊が正面玄関に張り付く。配置完了の合図を無線で受け取った俺は、路地裏でショットガンを構えるホシノの横に立った。
「じゃ、行くぞ。ちょっと我慢しろよ」
「ちょっと待っ――きゃっ!?」
俺はホシノの細い腰をガシッと小脇に抱え込むと、地面を軽く蹴って一気に跳躍した。重力加速度を無視した急上昇。
夜の突風が俺達の髪を激しく揺らす。
「ひゃああっ!?ち、ちょっとショウ、揺れてます!落とさないでくださいよ!?お、落としたら撃ちますからね!?」
普段はどれだけ修羅場でも冷静沈着なホシノが、俺の脇の下で必死に俺のジャケットの裾を掴んでジタバタと暴れていた。いくら銃弾が飛び交う戦場に慣れていようと、生身で空を飛ぶのは人生初の経験らしい。
「暴れるなよ、バランス崩すだろ。……ほら、ちょっと下を見てみろって」
「見られるわけないでしょう――」
半泣き気味で文句を言おうとしたホシノが、恐る恐る視線を下へ落とした。
その瞬間、彼女の声がピタリと止まった。
眼下に広がっていたのは、白亜の建造物群を優しく照らす街灯の明かりと、夜の闇に浮かび上がるトリニティの全景だった。
砂埃に霞むこともない、遮るもののない上空からのパノラマ。まるで地上にぶちまけられた宝石箱のように、柔らかな光の海がどこまでも広がっている。砂漠に覆われた現在のアビドスでは決して見ることのできない、息を呑むほど美しい光景だった。
「…………」
ホシノは掴んでいた俺の服の力を少しだけ緩め、ポカンと口を開けてその景色に見惚れていた。
オッドアイの瞳に、トリニティの街の明かりがキラキラと反射している。
「……綺麗、ですね……」
ぽつりと漏れたその呟きに、俺は小さく笑った。
「だろ?――っと、感傷に浸るのはここまでだ。着くぞ」
俺は雑居ビルの屋上へと狙いを定め、ふわりと音もなくコンクリートの床に着地した。
ホシノを地面に下ろすと、彼女は名残惜しそうに一度だけ空を見上げ、すぐに咳払いをしてキリッとした戦闘態勢に戻った。誤魔化すように耳を少し赤くしているのが実に分かりやすい。
「さあ、ショウ。ここからどうするんですか」
「言っただろ、一本釣りだ」
俺は頭上のヘイローを毟り取ると、手早くこねて一本のルアーロッド――釣り竿へと成形した。
先端から伸びる半透明の糸は、俺のイメージ通り無機物を透過し、有機物や衣服にのみ干渉するという仕様にしてある。
特性サングラスを目元にセットし、屋上の床を見下ろす。
分厚いコンクリートの階層を透過して、三階のフロアが丸見えになった。
奥の応接ブースのような場所で、豪奢なスーツを着て金のネックレスをジャラつかせ、葉巻をふかして子分たちに怒鳴り散らしている狸の獣人――どう見てもあの空間で一番偉そうな『ボス』がくっきりと浮かび上がっていた。
「見つけた。あいつだな」
「……本当にやる気なんですね」
呆れるホシノを横目に、俺は釣り竿を軽く振りかぶると、屋上のコンクリート床へ向けて勢いよくキャストした。
釣り糸と針は、まるで水面に沈んでいくかのようにコンクリートの床をスルスルと透過。四階の天井を抜け、三階の天井を抜け――部下たちに偉そうに檄を飛ばしていたボスの真上へと音もなく到達した。
そして、ボスのスーツの襟首に、ガチリと針が引っかかる。
「よし、アタリだ!」
「魚じゃないんですから……!」
俺は腰を深く落とし、リールを高速で巻き取りながら、竿を一気に天へとしゃくり上げた。
「フンッッ!!」
捕らえた獲物は三階の天井と四階の床、そして屋上のコンクリートを突き抜けて――
「ぶぎゃあああああああああっっっ!?!?」
凄まじい絶叫と共に、スーツ姿の狸の獣人が夜空高くへと勢いよくすっ飛んできた。
屋上の床に派手に転がり、何が起きたか分からず白目を剥いて泡を吹きかけるボス。
首元にはしっかりとヘイローの釣り針が引っかかっていた。
「な、なんだぁぁぁっ!?え!?空!?天井は!?俺は今どこに――!?」
「はい、大物一丁上がり」
俺が竿を消滅させてサムズアップすると、真横にいたホシノはわなわなと両手を震わせ、唇をキュッと引き結んでいた。
『どうして床をすり抜けて釣れるんですか』
『天井に穴も空いてないのはどういう原理ですか』
『そもそも何で本当に釣れてるんですか』
ホシノのツッコミを受けてきた俺なら分かる。今のホシノに数々のツッコミが喉元まで出かかっているのが痛いほど伝わってきたが、必死の形相で奥歯を噛み締め、超人的な精神力でそれを飲み込んでいたのだろう。今ここで突っ込んだら負けだと本能が告げていたのだ。
「……っ、ぐ……っ!な、ナイスキャッチです、ショウ……!」
「おう」
俺は身動きの取れないよう、ギャーギャーと喚くボスの背中に膝を乗せ、背負っていたロープで手際よく手首と足首をガチガチの亀甲縛りに縛り上げた。
そして、胸倉を掴んで強引に立たせると、ショットガンを構えるホシノと顔を見合わせる。
「よし、頭は押さえた。……下で待ってるツルギたちと挟み撃ちにするぞ」
「はい! 一気に叩き潰しましょう!」
「き、貴様ら!何処の木っ端かしらんが、私にこれ以上…ぐえっ!」
俺はボスの襟首を掴んで盾のように掲げると、屋上からフロアへと続く鉄の扉を、渾身の前蹴りでドカンと蹴破った。
「おいコラァ悪党どもぉっ!!てめぇらの親玉は預かった!! 痛い目見たくなかったら銃を捨てて這いつくばりやがれェッ!!」
怒号と共に、俺たちは混乱の極みに達した敵のアジトへ、上から一気に殴り込んだのだった。
「誰だテメェッ!?」
「畜生、正義実現委員会の奴らが来やがったぞ!!」
「待て、おい!ボスが捕まってるぞ!?」
「てか、何で亀甲縛りされてんだよ!?」
蹴破った鉄扉の向こう、四階のホールになだれ込んだ俺の耳に飛び込んできたのは、怒号とパニックが入り混じった敵の絶叫だった。
そりゃそうだろう。カチコミ直前で気合を入れていたはずの現場に、正義実現委員会が突入してきた挙句、突如として上から、縄でガチガチの亀甲縛りにされた自分たちの親玉が人質として掲げられて突っ込んできたのだ。状況を飲み込めという方が無理な話である。
「う、うぐぐ……お、お前たち、撃つな……!わしを盾にするでない、この極悪人がァ……!」
「よくいいますよ。トリニティを巻き込んで抗争を起こそうとした癖に」
俺の左腕にガッチリと抱えられた狸の獣人のボスが、ふさふさの尻尾を情けなく震わせながら呻き声を上げる。
キヴォトスの大人といえば獣人かロボットばかりだが、こいつは裏社会で美味い汁を吸いすぎたのか、恰幅のいい狸親父だった。縄が腹の肉に食い込んで実に苦しそうだ。
「だあぁぁっ、知るか!敵だな!死に晒せぇぇぇっ!!」
怒声を上げたのは、マフィアに金で雇われていた前衛のスケバンたちだった。
後先を考えない血気配りの不良少女二人が、反射的にアサルトライフルの銃口をこちらへと向けて引き金を引こうとする。
だが、その引き金に指がかかる直前――
「バカ野郎、やめろッ!ボスに当たるだろうが!!」
隣にいたマフィア側の構成員――無機質なカメラアイを明滅させたロボットの部下が、慌ててスケバンの銃身を力任せに跳ね上げた。
天井に向かって数発の銃弾が空しく跳ね返る。
「離しなさいよ鉄くず!あいつらごと蜂の巣にすればいいでしょ!」
「ボスの安全が最優先だ!貴様ら傭兵風情が勝手な真似をするな!」
大人であるロボット構成員と、雇われた生徒であるスケバン。
利害も指揮系統もバラバラだった寄せ集めの脆さが、人質を取られたこの一瞬で最悪の形で露呈し、敵の陣形に致命的な隙が生まれた。
――そして、その隙をうちの突撃槍が見逃すはずもなかった。
「お喋りはそこまでです」
冷え切った声と共に、俺の背後からホシノが滑り出ていた。
ピンを抜いた手榴弾が、放物線を描いて敵の集団のど真ん中へと正確無比に放り込まれる。
「しまっ――!?」
「伏せ――」
爆風と轟音が狭い階段ホールを揺るがし、先ほど怒鳴り合っていたロボットとスケバンを含む数名が、まとめて吹き飛んで壁や床に派手に転がった。
「ナイス、ホシノ!」
「ショウ、残りの武器を!」
「任せろ!」
俺はボスの襟首を掴んだまま、腰のホルスターから愛用のハンドガンを抜き放った。
狙うのは連中の身体じゃない。奴らが握りしめている『銃器』そのものだ。
連続でリズミカルよくトリガーを引く。放たれた弾丸は、俺の頭上のヘイローがピコピコと明滅するのに合わせて、物理法則をあざ笑うかのように直角に曲がり、残った敵たちの銃身へとピンポイントで着弾した。
その瞬間――俺の神秘が、着弾した武器のルールを滅茶苦茶に書き換えた。
「な、何だこれぇぇぇっ!?」
左側にいたスケバンのサブマシンガンの銃口から、突如として鮮やかなヒマワリと極彩色のチューリップがドカンと音を立てて満開に咲き乱れた。銃身の隙間という隙間からツタが伸び、トリガーをガッチリと巻き込んで完全に発砲不能に追い込む。
「銃から……花が咲いた!?」
さらに、中央にいたロボット構成員が構えていたショットガンは、被弾した瞬間にぐにゃりと軟質化。
金属の質感を保ったまま巨大なボクシンググローブの形へと変形するや否や
「グワシャアッ!?」
自律駆動でも始めたかのように、持ち主であるロボットの顔面へ強烈な右ストレートをクリーンヒットさせた。首の関節火花を散らしながら、ロボットなのに白目を剥いて卒倒する。
そして極めつけは、右奥のアサルトライフル持ちだ。
俺の弾丸を食らったそのライフルは、ドス黒い紫色のオーラをボワッと吹き上げると、まるで自我を持った呪いの装備のように持ち主の腕を無理やり引っ張り回し始めた。
「ひ、ひぃぃぃっ!?腕が、腕が勝手に動くぅぅぅっ!?」
引き金に指が張り付いたまま、スケバンの腕がカクカクと不気味に旋回。
「うわあああ撃つなバカ!」
「どっちに撃ってんだテメェ!」
「あ、あたしが知るわけねえだろっ!?」
逃げ惑う味方の不良たちの足元へ向けて、けたたましい銃声を響かせながら乱射をぶちかまし始めた。
花が咲き、銃に顔面を殴られ、呪いの武器が味方を撃ちまくる。
非常識と理不尽の波状攻撃を食らった四階のフロアは、突入からわずか十数秒で、完全に阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
正義実現委員会の突入もあって混戦と混乱が渦巻く中、俺の横を一条のピンク色の疾風が駆け抜けた。
「ふー……突撃します!」
ホシノだ。
普段のローテンションな姿からは想像もつかないほどの爆発的な初速。彼女は床を滑るように前傾姿勢で間合いを詰めると、流れるような無駄のない動きで敵陣のど真ん中へと突貫していった。
その戦い方は、孤児院で見たハリウッド映画のガン・アクション――いわゆる『ガン・フー』を彷彿とさせる、射撃と近接格闘が完璧に融合した異次元の代物だった。
「なっ、こっちに来るぞ!?」
「迎撃! 撃ち殺せぇぇっ!」
まず先頭にいたスケバン三人。
全員が室内戦用の銃器を構えていたが、ホシノの踏み込みはその射撃体勢すら置き去りにした。
「……っ!」
鋭い呼気とともに、サブマシンガンを向けた一人目の銃身を下から左手で跳ね上げ、天井へ向けて空撃ちさせると同時に懐へ潜入。
「ひゃっ――!?」
金切り声を上げる少女の顔面へ、バトンの様に振り回したショットガンの銃床を下顎へ鋭くカチ上げた。
「がふっ……!?」
脳を揺らされた少女が白目を剥いて前のめりに崩れ落ちる。
「てめぇ、離れろっ!」
同時に二丁拳銃を構えていた二人目の手首を掴んで捻り上げ、射線を無理やり隣のアサルトライフル持ちへと向けさせる。
「あ、ちょっと、こっち向けるなバカッ!?」
引き金を引いた二人目の銃弾が三人目の足元へ跳弾し、三人目がたじろいだ瞬間――ホシノは二人目の背中に回り込み、そのまま三人目へ向けて力任せに蹴り飛ばした。
「きゃあっ!」
「うわっ、重――っ!?」
折り重なって体勢を崩した二人へ、ホシノは軽く息を整えながら跳躍、空中で散弾を連射。
「うそでしょぉぉっ!」
「ぎゃあああっ!!」
至近距離の衝撃波で二人まとめて床へ叩き伏せ、瞬時に無力化した。
「目標捕捉。近接戦闘モードへ移行――」
「排除スル」
着地したホシノの視界を、二体の警備ロボットが塞ぐ。
一体が突撃銃を構え、もう一体がサブマシンガンで牽制射撃を放ちながら間合いを詰めてくるが、ホシノは短く息を吐き、ステップ一つで二体の射線が重なる狭い死角へと滑り込んだ。
突撃銃を向けたロボットの銃身を巻き込むようにして腕の関節を極め、無理やり銃口を隣のサブマシンガン持ちへと向けさせる。
「味方誤射、装甲損傷率四十パー――警告、エラー発生ッ!」
同士討ちの弾幕を浴びて火花を散らす前方のロボット。そのセンサーアイのど真ん中へ、ホシノはショットガンの銃口をゼロ距離で突き刺し、躊躇なくトリガーを引いた。
「シ、システム……全損……沈、黙……」
至近距離から放たれた散弾が頭部ユニットを粉砕し、巨体が糸の切れた操り人形のように倒れ込む。
「近接格闘ユニット、迎撃ヲ再開――」
残ったもう一体が至近距離からサブマシンガンを薙ぎ払おうとした瞬間には、ホシノは既にそのロボットの足元へスライディングで潜り込んでいた。
「……はっ!」
脚部のアクチュエーターを蹴り崩して巨体のバランスを奪い、床へ倒れ込むロボットの動力炉がある胸部装甲へ、空になったシェルをガシャリと排莢しながら真下から散弾を叩き込んで完全に機能を停止させた。
「動力源……ロスト……機能……停、止……」
「クソが、ガキ一匹に何を手こずってやがる!」
「蜂の巣にしてやるぜぇぇっ!」
さらに、奥から飛び出してきた重武装の獣人三人。
大型リボルバーを構えたオオカミ男が引き金を引くよりも早く、ホシノは床を転がりながらの片手撃ちでオオカミ男の手首をピンポイントで撃ち抜いた。
「ぐぎゃあああっ!?お、俺の腕がぁぁっ!」
リボルバーが甲高い音を立てて床を跳ね、怯んだオオカミ男の顔面へホシノの鋭い飛び膝蹴りがクリーンヒットする。
「がはっ……!?」
「ぶっ潰してやるわァァッ!」
続けざまに大型コンバットショットガンを構えた恰幅のいいヒグマの獣人がホシノの背後から怒号を上げて突進してきた。狭い廊下でショットガン同士の撃ち合いになれば厄介なところだが
「……せいっ!」
ホシノは突進してくる巨躯の懐へ躊躇なく飛び込んだ。突き出された重い銃身を外側へ受け流し、ヒグマの突進の勢いと体重をそのまま利用して腕を抱え込み、小柄な身体からは信じられない鮮やかな一本背負いで宙に躍らせたのだ。
「な、なんだとぉぉぉっ!?」
宙を舞ったヒグマの巨体は、ライフルを構えて射撃態勢に入っていたイノシシ獣人を直撃。
「ブヒッ!?ちょ、先輩、降って――ぐえぇぇぇっ!?」
壁に叩きつけられ、折り重なって呻く二人の頭上へ、ホシノは音もなく着地した。
残弾をシェルキャリアから流れるような手つきで装填し、二人の間の床へ向けてドンッと威嚇射撃を一発。
「ひぃぃっ、ごめんなさいぃぃっ!」
「も、もう勘弁してくれぇぇっ!」
散弾の破片と凄まじい衝撃波を浴びせ、二人の意識を完全に刈り取った。
銃を持った八名が、わずか十数秒で全滅。
無駄のない足運び、相手の射線を奪う流れるような体捌き、そして要所要所で確実に致命打を叩き込むショットガンの轟音。室内戦のセオリーと格闘戦を極限まで突き詰めた、恐るべき制圧力だった。
「……ふぅ。クリアです」
ふわりとピンク色の髪を揺らし、ホシノがショットガンの銃口から立ち上る硝煙をフッと吹き消した。
惚れ惚れするような強さだ。マジで頼もしすぎるだろ。
「ナイスだホシノ!下へ行くぞ!」
「はい!」
俺はといえば、床に転がっていた狸親父の縄の端をグイッと掴み、まるで引きずり回すトランクケースのように引っ張りながら階段へ向かって歩き出した。
「待て、待たんか若造!わしを誰だと思っとるんだ、トリニティの裏社会を牛耳る『ラクーンファミリー』の幹部だぞ!命だけは助けてくれ、頼む!見逃してくれたら口座に数千万……いや一億振り込んでもいい!あ、痛っ、痛い痛い!引っ張るな!縄が……縄の結び目がそこはおかしい、変なトコに食い込んどるぅん……♡」
「…………」
「あひぃっ……♡そ、そんな荒々しく引っ張られたら……わ、わしのデリケートな毛皮が……ああんっ♡」
みっともなく脅迫と命乞いを高速で切り替える器用さも大概だが、それ以上に縄が急所に食い込んでいるせいで、五十を過ぎたオッサンの獣人が裏返った気色悪い嬌声をフロア中に響かせていた。
「うわ、キモ……」
俺は心の底から嫌悪感を露わにし、耳を塞ぎたい衝動を抑えながらその声を完全にガン無視して階段を駆け下りた。
階下からは、既に銃声と爆音――
「キエェェェェェッッッ!!」
「ひぃぃぃっ!!ゆ、許してぇぇっ!!」
そして、敵のマフィア共が涙目で命乞いとツルギの狂気の奇声が、バリバリと響き渡っていた。合流の時間は近かった。
一階のエントランスホールへ駆け下りた瞬間、俺たちの視界に飛び込んできた光景――それは、上階とはまた違ったベクトルの、正真正銘の地獄絵図だった。
「キヘエェェェェェッッッ!!死にたいたい奴から前に出ろォォォッ!!」
鼓膜を劈く金切り声と共に、黒髪を振り乱したツルギが猛威を振るっていた。
敵の放つ銃弾が制服をかすめようが、肌を削ろうが、そんなものは痛痒にすら感じていないかのように完全無視。全身から血飛沫のような濃密な殺気を吹き上げながら、ショットガンをデタラメな連射速度でぶっ放し、逃げ惑う敵を獣のように追い回している。
「ひ、ひぃぃぃっ!化け物!化け物だァッ!」
「ごめんなさい!もうしません!武器捨てますから撃たないでぇぇぇっ!」
「おかあちゃぁあああん!!」
百戦錬磨のはずの裏社会のマフィアも、傭兵崩れの血気盛んなスケバンたちも、完全に戦意を喪失して涙目で命乞いをしていた。
正義実現委員会の一年生――その肩書からは到底想像もつかない圧倒的な突破力と凶暴性に、ホールを埋め尽くしていたはずの敵勢力は、既に九割方が床に這いつくばって沈黙していた。
「ツルギ!!」
俺がフロア中に響き渡る声でその名を呼ぶと、狂乱のステップを踏んでいたツルギが、ピタリと動きを止めた。
ギチ……と首が不気味に旋回し、血走った眼光がこちらを捉える。
だが、その視線の先――俺の足元で、亀甲縛りにされたままビクンビクン痙攣している狸のボスを視界に収めた瞬間、ツルギの異様な殺気がふっと霧散した。
「そいつが、ボスか……。作戦は成功したのか……?」
前髪の隙間から覗く瞳に、年相応の少女の光が戻る。百人規模の武装集団を相手取った、初めての大捕物。まだ実戦経験の浅い一年生にとって、敵の頭目を完璧に無力化したという事実は、張り詰めていた神経を弛緩させるには十分すぎるほどの『達成感』だった。
――だが。その一瞬の気の緩みが、致命的な油断を生んだ。
「お、おい……嘘だろ……ボスが……!?」
崩れた瓦礫の物陰、倒れ伏していたマフィアの部下の一人が、拘束されたボスの無様な姿を見て逆上したのだ。
絶望と自暴自棄に染まった目で、懐から何かを引き抜く。
「ふざけんじゃねえぞトリニティのガキ共がァッ!こうなったら道連れだァッッ!!」
カチリ、と信管を叩く乾いた金属音。
放り投げられた破片手榴弾が、綺麗な放物線を描いてツルギの足元へと飛翔する。
「ツルギ、後ろ――!」
ホシノの鋭い警告が飛ぶ。
だが、ショウを見て気が抜けていたツルギは、背後から迫る凶弾の気配に反応がワンテンポ遅れていた。振り向こうとした時には、すでに緑色の鉄塊がすぐそこまで迫っている。
(しまっ――!)
考えるよりも先に、身体が動いていた。
俺は掴んでいた狸親父の縄をドサリと床へ投げ捨てると、爆発的な踏み込みでコンクリートの床を蹴った。視界のすべてがスローモーションに引き延ばされる。
その中でツルギの瞳が、驚愕に見開かれるのが見えた。
「――っ、危ねぇ!!」
手榴弾が床へ着弾する寸前、俺はツルギの細い身体を正面から力任せに抱きすくめた。
そのまま勢いをつけて床へと倒れ込み、自分の背中で信管を覆い隠すようにして、彼女の頭を抱え込んで完全に覆いかぶさる。
奥歯を噛み締め、背中に叩きつけられるはずの爆風と破片の衝撃に備えて全身の筋肉を硬直させた。
床を転がる手榴弾の無機質な音。
爆発音……はしない。息を呑む音がいやに響く。
三秒。
五秒。
だが――。
「…………?」
待てど暮らせど、爆発の轟音も、背中を焼き焦がす熱風もやってこない。
恐る恐る目を開けて背後を盗み見ると、俺たちの足元から数歩離れた場所に転がった手榴弾が、気の抜けた細い煙を一本だけ吐き出して、そのままコテリと完全に沈黙していた。
どうやら、湿気っていたのか信管がイカれていたのか――ただの『不発弾』だったらしい。
「……ふぅ、助かった……」
不発弾だと分かり、張り詰めていた肩の力を抜いて息を吐き出した。
冷や汗を拭いながら、俺は胸元で抱きしめたままのツルギへと視線を落とした。
「そうだツルギ、怪我はないか――」
そう声をかけようとした瞬間、俺の思考はピタリと停止した。
「…………っ、あ…………ぅ……」
腕の中にいたのは、さっきまで奇声を上げて敵を血祭りにあげていた歩くバーサーカーではなかった。
前髪の隙間から覗く大きな瞳は、涙目になって潤み、今にも零れ落ちそうに揺れている。
白磁のような肌は耳の先までリンゴのように真っ赤に染まり、形の良い唇がワナワナと小さく震えていた。
荒い息を吐きながら、俺の胸元にギュッと押し付けられた手で、俺のシャツの布地をきゅっと握りしめている。
どこからどう見ても、可憐な少女そのものの表情だった。
(……だ、誰だお前!?)
あまりの落差に、頭の警報がけたたましく鳴り響いた。
失礼だが、顔芸のプロフェッショナルなツルギが、いきなり少女漫画のヒロインみたいな超絶純情フェイスを至近距離で晒してくるなんて誰が予想できるんだ。
だが、何はともあれ無傷なのは確認できた。
そして我に返る。いくら窮地を救うためだったとはいえ、年頃の女子生徒を、男の俺が床の上で正面から抱きしめ倒している状況は、どう考えても教育的にも倫理的にも不味すぎる。
「と、とりあえず怪我はないみたいだな。悪い、すぐ離れる」
俺は慌ててツルギの身体から腕を解き、サッと後ろへ下がって距離を取った。
床にへたり込んだツルギは、解放された後も両手をもじもじと指先を絡ませ、顔からポッポと湯気を吹き出しそうなほど真っ赤になったまま固まっている。
(……ん? やっぱりどこか痛むのか……?)
さっき飛びついた時に、腰でも強打したんだろうか。
「おい、大丈夫か?どこか打ったんじゃ――」
俺は純粋に心配になり、様子を見ようと一歩踏み出し、彼女の肩へ手を伸ばした。
それが、致命的な最後の一押しだった。
「――っっっ!?!?!?」
ツルギの羞恥心のメーターが、一瞬で限界値をぶち破った。カッと見開かれた瞳から知性が完全に蒸発する。
次の瞬間――
「ギエエエェェェェェェェェェッッッッ!!!!」
今日一番の、いや、今夜の銃撃戦の中で間違いなく最大のボリュームを誇る、鼓膜が破裂しそうな大絶叫がホールに木霊した。
敵を威嚇する奇声と、乙女の悲鳴が5:5でブレンドされた謎の絶叫である。
そしてツルギは、床のコンクリートを派手に蹴り砕く凄まじい脚力で跳躍すると、正面玄関のガラスの破片を巻き上げながら、外の闇の中へと脱兎の如く猛ダッシュで逃げ去っていった。
「ホシノさんからマフィアのボスを確保して制圧したと聞いて……えっ!?ツルギ!?何処に行こうとするのですか!?ツルギ!ツルギー!!」
外の援護から戻り前線に加わろうと駆け寄ってきたハスミが、隣を通り過ぎ去ったツルギを呼び止める。しかしツルギは風のように走り去り、その背中は見事なまでに一直線だった。
「……えぇ……?」
取り残された俺は、伸ばした右手を虚空に彷徨わせたまま、ポカンと口を開けて嵐の去ったエントランスを見つめるしかなかった。
俺、何か地雷でも踏んだか? 手榴弾を投げ捨てて庇っただけなんだが……。わけが分からず頭をポリポリと掻いていると、背後からペタペタと静かな足音が近づいてきた。
「…………」
振り返ると、そこには愛銃のショットガンを肩に担ぎ、冷え切ったジト目をこちらに向けているホシノが立っていた。
オッドアイの瞳の奥から、底冷えのするような冷気が漂っている。
「ホシノ、ツルギの奴いきなり逃げ出して――」
突如、ホシノのローファーのつま先が、俺の向こうずねを的確に小突いてきた。
白から戻りつつある黒服(シマウマ)が言うには、俺の身体は神秘による身体強化の恩恵をバリバリに受けている、らしい。なので戦車の主砲をゼロ距離で直撃食らっても煤で汚れる程度の頑丈さである。
それでもツルギを庇った時、手榴弾にビビっていたのは、突破的な対処に今だ慣れていない証なのだろう。
そのため、ホシノの手加減された蹴りなど、そよ風で裾が揺れた程度の感覚しかない。痛みなんて微塵も感じなかった。
だが、蹴り込んできたホシノの顔は、ぷくーっと絵に描いたように頬を膨らませて不満全開だった。
「……この、スケコマシ」
氷点下の声で、ぽつりと落とされた罵倒。
「いや、俺はただ庇っただけで――」
「言い訳無用です。最初から最後まで、バッチリ見てましたからね」
ホシノはフンッと鼻を鳴らし、これ見よがしにツンとそっぽを向いた。
明らかに理不尽な八つ当たりだし、俺には何一つやましいことなどなかったはずなのだが――その全身から溢れ出る「猛烈に面白くない」というオーラに圧され、俺は何故かそれ以上言い返すことができず、その抗議を甘んじて受け入れるしかなかった。