モブ剣聖 作:いとういっしんさい
「参ったな……」
お金がない。お代わり無料のコーヒーの傍らで、
空腹を紛らわす上でコーヒーのがぶ飲みは胃の粘膜に宜しくないのだが、最早彼はなりふり構ってはいられない。
凡そ一年前の事だ。三門市を未曾有の厄災が襲った。
特に東三門は壊滅的な被害を被り、今も復興の目途はたっていない。
現在中学二年生である鈴木は、絵にかいたような金欠っぷりに陥っていた。
先の一件から、一応の補助が受けられていたのだが残念ながら今の三門は困窮している者が多い。そして、補助というのはより困窮している者へと
兎にも角にも、金である、現金である、生活の糧である。
腹の虫を沈める為に、もう一度頭を上げた鈴木は、そこでふと店内のコルクボードを見た。
街の喫茶店という事もあって、地域に根差しているからかメニューなどのみならず、地域のイベントや電気店などの広告なども貼られていたそこに新たな仲間が加入していた。
「ボーダー……」
「興味あるかい?」
後ろから声を掛けられ、鈴木の肩が跳ねた。
振り返れば、穏和な表情の壮年のマスターが湯気に立つカップを手に立っているではないか。
「驚かせたね。熱心に見ていたものだから、つい声を掛けてしまったよ」
「あ、いや……大丈夫です。あの、コーヒーのお代わりを――――」
「君はこっちだよ」
追加注文を遮って、置かれるカップ。
中身は、湯気の立つホットミルクだった。
「お客様の注文を変えるのも良くはないと思うけれど、コーヒーの飲み過ぎは胃に悪いからね。勿論、僕のお節介だからお代は要らないよ」
「…………ありがとうございます」
触れたカップは、温かかった。
恐る恐るカップの表面を波立たせるように息を掛ける鈴木。大人しくホットミルクを飲み始めた少年を見てから、マスターは先の掲示板へと目を向けた。
「それで、ボーダーだけどね。熱心な子にお願いされて貼る事にしたんだ。嵐山君って知ってるかな?」
「…………テレビで観た事あると思います」
「まあ、その子にね。そのお報せにも書いてあるけど近々、入隊試験をするって話だよ。受けてみたらどうだい?」
「ボーダー、か」
先程よりもハッキリと口に出した。鈴木の目が、カップから掲示板へと向けられる。
@
ボーダー入隊試験。設立から一年を経て、入隊希望者が増えた事もあって行われる学力と身体能力を測るテストとそれから為人を判断する面談を経て合否が決定する。
「思ったより簡単だった」
筆記試験を終えて、その後行われた体力試験。
ジャージ姿で体を伸ばしながら、二つの試験を思い返した鈴木の感想である。
彼は存外、スペックが高い。勉強で苦労した事も無ければ、運動関係で後れを取った事も無い。スペックの高いモブ顔でもあった。
体力試験で思いの外消耗した他受験生を尻目に鈴木は、面接の為の部屋へと案内されていた。
「鈴木肇さん、ですね。先ずは、試験お疲れ様でした」
「あ、はい。ありがとうございます」
勧められた席に座り、鈴木は前を見る。
「それでは、今回の志望動機をどうぞ」
「えっと…………お金の為です。一年経って補助も切られるので、生活費を稼げればと思って志望しました」
ぶっちゃける。言葉を選ぼうとした鈴木だったが、止めた。下手に隠して、後々トラブルになる方が面倒であると判断したためだ。
面接官側も、金銭目当ての入隊は珍しくないと判断したのか特別突っ込むような真似はしない。
手元の資料へと目を落としつつ、口を開く。
「ご家族の方は……先の侵攻で亡くなっていますね」
「はい。父も母も、東三門に居たらしいので。祖父母や親戚もいません」
「では、今はどちらに?」
「知り合いの家に居候させてもらっています。ただ、衣食住の全部を賄ってもらうのは心苦しかったので何かしらの金銭を獲得する手段を探していたところで、ボーダーの広告を拝見しました」
「成程。では、続いての――――」
最初の志望動機を除けば、後は当たり障りのない質問ばかり。
十分と掛からずに、面談は終了した。
「後日、ご自宅に合否の通知が届きます。住所、郵便番号はお変わりありませんか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「畏まりました。では、これにて本日の入隊試験は終了となります。お疲れ様でした」
「はい。ありがとうございます」
退室を促され、鈴木は頭を下げて部屋を後にする。
無機質な廊下。金属ともそれ以外の材質ともとれる近未来的な内装は、僅かな時間で建設されたとは思えないほどに確りとした造りをしていた。
不意に、鈴木は喉の渇きを覚える。
自販機でもないかと立ち止まり、彼の視線の先にある曲がり角から誰かが出てきた。
ボリボリと一口大の揚げせんを食べる、首からサングラスを下げた青年だ。
「や。こんにちは」
「え……あ、はい。こんにちは?」
「そう固くならなくて良いよ。未来の後輩を見に来ただけだからね」
ぼんち揚げ食べる?と手に持った袋を差し出してくる青年。
ぱちくりと瞬きをする鈴木。状況に付いていけていないのだから仕方がないが、身体は勝手に差し出された袋へと手を伸ばし一つまみ手に取っている。
一口サイズだ。さっさと口に運んで噛み砕いて飲み込んで、助長された喉の渇きを覚えながらも彼は疑問を口にする。
「あの……未来の後輩って言うのは?まだ、合否発表貰ってませんけど……」
「まあね。通知が来るのは、今日から一週間後だよ」
「一週間後……」
「とはいえ、もう未来は確定してるからね。ちょっとおれに時間をくれないかな」
「は、はぁ……?」
胡散臭い。その一言に集約できる、今の鈴木の内心。
一応、ここはボーダーの施設。故に、声を掛けてくるとすれば関係者である事は確かなのだ。それは、スズキも分かっている。そして、分かっているからこそ目の前の相手にどう出て良いか迷っていた。
鈴木の内心を知ってか知らずか、青年は笑みを浮かべる。
「そう言えば、自己紹介してなかったね。おれは、迅。迅悠一。よろしく」
「あ、はい。鈴木肇です……よろしく、お願いします」
「うん、よろしく。それじゃあ、行こうか」
先導をするように踵を返す迅。
かなり強引な流れだったが、鈴木は一瞬の躊躇を挟んでから大人しくその後をついていく。
そもそも、今日の夕飯は鈴木は一人で適当に済ませるつもりだったのだ。コンビニのおにぎりを二つほど買えばそれでお終いだった。
時間はある。しかし、相手の目的が分からない。
「あの、迅さん」
「ん?どうかした?」
「いえ、その……迅さんは、ボーダーは長いんですか?」
「まあね。といっても、今のボーダーじゃなくて………うーん、旧ボーダーって感じかな。今の前身の組織から所属してる」
「!……知らないだけで、あの怪物の被害ってあったんですね」
「ここまでの規模は、今までなかったけど…………っと、詳しい話は目的地に着いてからにしようか」
「……ついてきて今更ですけど、どこに行くんですか?何か、施設出ちゃいそうですけど」
気付けば、施設の出入り口。
そこには一台の車が回されていた。
「おっ、来たな」
「悪いね、林道さん。使いっパシリみたいにしちゃって」
「ま、レイジも買い物に出てたしな。それよりも、そっちのが……」
「あ、鈴木肇です」
「おう、よろしく。俺は、林藤。玉狛支部の支部長やってる」
咥え煙草を携帯灰皿に消して、眼鏡を掛けた長身の男性は片手を挙げた。
気楽そうな態度だが、その一方で鈴木は内心で心臓が激しく鼓動している。
支部長。ボーダー内の階級は分からないが、それでも一支部の長を務めるような相手ならば十中八九上の人間であると思ったからだ。
そんな相手を足代わりにしている迅に対して、鈴木のジト目が飛ぶ。
もっとも、視線を受けた迅はというと肩を竦めて笑みを浮かべ、車の助手席へとさっさと乗り込んでしまった。
「悪いな。どうも今日のあいつは強引らしい。困っただろ?」
「え……あ、いえ、そんな…………特に今日は予定もありませんでしたし……」
「ま、そう固くならなくて良いさ。後ろに乗りな」
緊張か、眉を下げる少年の肩を軽く叩いて林道は乗車を促した。
三人が乗り込み、車は廃墟の街を走り出す。