『安楽死』の個性を持つ透明な"僕"と血を吸う少女 作:汚れっちまった哀しみに
誰が殺したクックロビン――
それは私と雀が言った――
私の弓で私の矢羽で――
私が殺した駒鳥を――
イギリスの童謡マザーグースの歌にその一節はある。
駒鳥を殺したのは自らであると雀が告白する言葉。
けれどもその詩の続きには、他の生き物達が想い想いに死んだ駒鳥を悼む描写が続くだけで、もう二度と雀の名が帰ってくることはない。
結局誰も雀の真意は知らないし、知ろうとはしなかったのだ。
どうして雀は駒鳥を殺したか?
そんなことは誰も気にせず、以降、雀は居ないものとして扱われる。殺されたのかもしれないし、存在を無視されているのかもしれない。どちらにせよ居ないものとして扱われているのは間違いない。
はたして駒鳥を殺し、それを告白した雀の気持ちはどんなものだったのだろうか。
僕には、駒鳥を殺した雀の気持ちがわかるような気がした。
雀の心が先に死んだのだ。
ヒミコちゃんと別れた足で、住み慣れたアパートへと帰宅する途中。既に暮れ始めていた空は遠く向こうの方で群青に近い鋼色へと変わり、夜の帳が日常のすぐ側へと落ちようとしていた。
アーケード街の中を僕は歩く。繁華街の喧騒を聞きながら、人々の影が流れていく中を一人きり。透明な空気下、照明の光の底を二足歩行して泳ぐようにして。
頭の中ではかすかな自問が続いている。自分にとってヒミコちゃんはどんな存在なのだろう。
普段なら感じることはあっても特段気にすることもないような違和感。
ヒミコちゃんとはいつも一緒にいると言っていい。それでもこういう考えを自分の中に見つけたことはなかった。
初めて買い物に出かけたせいなのだろうか。あるいはその最中に起きた出来事ゆえに?
わからない。わからないが、自分を定義する引っかかりはそこにこそあるのかもしれないと思った。
僕は足を止めた。帰宅したわけではない。未だに繁華街の中に僕はいる。しかし周囲からは人の気配が薄れつつある。そういう陰気と活気の狭間。光と闇の間へとこの空間はなっていた。
とはいえ人がいないわけでもない。まばらに親に手を引かれる子供の姿や、遊び帰りの学生だろうか、自分と同じ年くらいの少年達が歩いている。
僕が足を止めたのは彼らを見据える姿を路地裏の奥に認めた為だ。街路灯や扉が開き始めた夜の店の照明とは対照的に、真っ暗な闇の中で彼女はポツリと佇んでいる。
紫黒の衣装はどこか競技用の衣服のように機能美を感じさせるもの。波打つような紫色の髪には、弾ける飛沫のように桃色が混じっている。それを後ろ手に縛り一つにまとめ上げ、鋭さを残す瞳はしかし今は僅かに呆けたように緩み、焦点が合っていないようにも見えた。
彼女は息を切らせフラフラ歩きながら、繁華街の光の方へと左手を伸ばそうとして、しかし右腕へと視線をやると伸ばしていた掌をゆるゆる落していった。
――ヒミコちゃんへの意識が遠くへとおいやられていく。
腐っている。爛れている。膿んでいる。穢されている。
その姿は人の形をした腐敗そのもので、しかし混濁とした内部には未だにそれでも芯があるように見えた。
たとえそれが取り返しのつかないほどに崩れかけた弱々しいものであろうとも。
外面からではそれが分からないとしても、痛みという苦しみはいつだって彼女の内側で渦巻いているように。
僕は彼女の姿を知っていた。その人はあまりに元ヒーローとして稀有な才能を持つ有名な存在だった。
レディ・ナガン。
それは今はただの人殺しとして国家権力に追われる女性の名前だった。