バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第1話:『プロローグ:累積バグの産声』
――なぜ、俺なのだろうか。
魂に刻まれた【バグ】のようなシステム。
死ぬたびに、前世の記憶をすべて保ち、培った知識や力、能力のすべてを内包して次の生へと進む。
強くてニューゲームを強制される、果てのない周回仕様。
幸運、などとは思えない。
世界のバグか、それとも誰か高次元の存在の悪趣味な実験か。
その理由も、原因も、俺には何も分からなかった。
確かなのは、今、俺の『1周目』の人生が始まったということだけだ。
◆
「ひぃ、ひぃ、ふぅー――ッ!!」
「奥さん、頑張って! 頭が見えてきましたよ!」
喧騒が聞こえる。ひどく蒸し暑く、圧迫感のある、暗く狭い場所を通り抜けるような感覚。
現代日本で呆気なく事故死したはずの俺の意識は、猛烈な全属性の不快感に叩き起こされていた。
(しまっ――息が、できな――)
肺が潰れるような錯覚のあと、視界が一気に開ける。
あまりの眩しさに視界は酷くぼやけ、大人の思考のすべてを受け止めるには、今の脳の器はあまりにも未熟だった。
耐えきれず、俺は本能のままに叫び声をあげる。
「オギャア、オギャア、オギャア!」
元気な男の子ですよ、という看護師の声が遠くで聞こえた。
生まれたばかりの赤ん坊の脳では、前世の記憶を処理しきれずに焼き切れてしまうのが普通だろう。だが、俺の魂はその記憶を完全に内包し、守っていた。
それだけじゃない。身体の奥底、いや、魂そのものから溢れ出る、奇妙な『生体エネルギー』のようなものを感じる。
前世の俺はただの凡人だった。しかし、生まれ変わった今の俺の魂には、なぜか最初から常人離れした強大な『何か』が満ち満ちていた。
(本当に、前世の記憶が残ってる……。なんだこの力は、いや、それよりここはどこだ……?)
◆
それから数年が経ち、俺は言葉を覚え、世界の輪郭を理解していった。
俺の新しい名前は、御門 蓮夜(みかど れんや)。
実家はふんばりヶ丘にある、ごく普通の一般家庭だ。怪しげな宗教もやっていなければ、退魔の家系でもない。
だが、この世界は明らかに『普通』ではなかった。
幼稚園に通うようになったある日、居間のテレビから流れてきたニュースを何気なく眺めていた時のことだ。
『――続いてのニュースです。アメリカ・サンフランシスコにて、正体不明の謎の装束を纏った一団が目撃されました。彼らは自らを『パッチ族』と名乗り、500年に一度の聖なる戦いが近づいていると――』
テレビ画面に映し出されたのは、独特な幾何学模様の衣服を身に纏い、大きな羽飾りを頭につけた褐色の男たち。
それを見た瞬間、俺の脳内に前世で貪るように読んだ漫画の記憶が、濁流となってフラッシュバックした。
(パッチ族……!? 嘘だろ、500年に一度って、じゃあまさか……!)
衝撃に固まる俺の視線が、今度はカレンダーへと向く。西暦は――原作の戦いが始まるあの時代と完全に一致している。
さらに、俺の身体に満ちているこの謎のエネルギーの正体。精神力を糧とし、霊を従えるための力。
(これ、巫力(ふりょく)か……! ここは『シャーマンキング』の世界なんだ!)
麻倉葉、長きにわたる因縁、そして未来のシャーマンキングを決める戦い『シャーマンファイト』が存在する、霊能力者たちの世界。
自分が信じられないほど莫大な「巫力」を生まれつき持っていた理由も、これで合点がいった。何度も人生を繰り返すための俺の「魂の器」が、ハオや麻倉の血筋にも劣らないほど、最初からデカすぎたのだ。
「……だったら、やることは決まってるな」
十数年後、14歳になった俺は、自室の学習机でポツリと呟いた。
俺は自身の左手中指に嵌められた【銀色の指輪(リング)】を見つめる。指輪の頭には、精巧に細工された小さな『弓矢のチャーム』が据えられている。
《ふん。独り言ですか、蓮夜。それより、今日もあの『麻倉』の情報を集めないのですか?》
俺の脳内に、凛とした涼やかな少女の声が響く。
実体化し、ベッドの上にちょこんと腰掛けているのは、俺の持霊である『サクヤ』だ。
白を基調とした和装の袴に、長い黒髪を一つに結わえた、戦国時代を生き抜いたという女武者の霊。
生前は一国に仕える凄腕の弓取り(スナイパー)であり、戦場で数多の敵将を射抜いた末に若くして散ったという。阿弥陀丸と同じ「人間霊」に分類されるが、四百年以上の年月を経たその魂は精霊に近い高位の霊格へと昇華しており、その辺の浮遊霊とは格が違う。
数年前、強力な霊を引き寄せる俺の無自覚な巫力に当てられて現れた彼女を、俺は話し合いの末に持霊(相棒)とした。
彼女をこの世に繋ぎ止め、戦闘時にオーバーソウル(O.S)するための媒介――それが、この指輪だ。
本物の和弓は持ち歩けば不審者極まりない。だから俺は、この指輪のチャームを媒介にし、サクヤの生前の卓越した射撃技術と俺の巫力を掛け合わせることで、『目に見えない光で形成された巫力の弓』を具現化する戦闘スタイルを死に物狂いで確立させていた。
「麻倉葉なら、まだ島根(出雲)で修行中か、そろそろ東京に来るかってところだろ。わざわざストーカーみたいに追いかける必要はねえよ」
《素気ないものですね。原作の知識とやらがあるのでしょう? ならば、今のうちに接触して恩でも売っておけばよろしいのに》
サクヤがくすくすと不敵に笑う。
彼女には、俺が前世の記憶を持っており、この世界が物語の世界であることも全て話してある。
「バカ言え。原作の知識があるからこそ、迂闊に動けねえんだよ。特にこの世界には……ハオっていう、心を読む化け物がいるからな」
俺は指輪のチャームを親指でなぞる。
俺の目的は、この1周目の世界で、手に入れられる最強の力と、最高の経験を貪り尽くすこと。そして、この「不確かな周回仕様の謎」を解き明かすヒントを見つけることだ。
そのためには、原作のルートを遵守するにしろ、破壊するにしろ、もっと圧倒的な力がいる。
「サクヤ、今日も裏山で修行だ。お前の弓の精度、もっと引き上げさせてもらうぞ」
《望むところです、主。我が一矢、どこまでもお供いたしましょう》
指輪のチャームが、俺の膨大な巫力を吸い込んで、静かに、だが鋭く青い光を放ち始めた。