バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回   作:カミト6622

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第95話:『深き霧の死亡説と、砂漠の王の冷徹な眼光』

――海軍本部、マリンフォード。

激動を極める大海賊時代のタイムラインの中、海軍本部の情報管理室には、重苦しい焦燥感が立ち込めていた。

10数年前、東の海からグランドラインへと突入し、初手にして異例の3800万ベリーという懸賞金を突きつけられた謎の脅威

 

――“百鬼夜行”クロウ。

 

生きた仲間を一人も乗せず、不死の怨霊の軍勢と、大砲の直撃すら瞬時に修復する巨大な漆黒のガレオン船『レヴナント号』を従えたその少年は、あの海域での拳骨のガープ中将による急襲を境に、完全に世界からその消息を絶っていた。

 

「……あれから10数年の間、レヴナント号の目撃証言が文字通り『ゼロ』だと?」

 

 

長い机を囲む会議の席で、険しい表情で書類を睨みつけるのは海軍本部の少将だ。

10数年前にガープ中将が放った規格外の鉄球の直撃を受け、船ごと海の底へと沈んでいったという目撃報告。

ログポースの針を完全に無視し、いかなる島の港にも一切姿を現さないそのあまりにも不気味な空白期間。

 

「は、はい……。周辺の海域をいくら捜索しても、あの漆黒の船体はおろか、怨霊たちの気配すら一切感知できません。……本部の情報分析班の間では、あの時、ガープ中将のあまりの覇気の衝撃に耐え切れず、能力者ごと海の藻屑となったという『死亡説』が、この10数年間ずっと定説となっておりました」

 

「フン……。海賊王の船の元見習いが、あっけなく死んだか。生きた人間ならともかく、死人の軍勢などというオカルトを操る存在だ、海の理に嫌われて自滅したのなら好都合だ」

 

少将は手元の古い資料を書類の束の底へと追いやった。会議室の面々が「死亡」の二文字に安堵の息を漏らす中、会議室の片隅で、腕を組んでドッカと椅子に深く腰掛けていた老海兵が、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

海軍本部の生ける伝説――モンキー・D・ガープ中将その人だった。

 

「ふんっ! 机の上の書類ばっかり睨んどるからそんなマ抜けな結論が出るんじゃ!」

 

「ガ、ガープ中将!? しかし、あの時あなたの放った一撃は確かに奴らの船を――」

 

少将が慌てて反論しようとするが、ガープはそれを手で制し、鋭い猛獣のような眼光を少将へと向けた。

「あの時の『違和感』をおれが忘れとると思うか? おれの鉄球を正面から受け止めたあのガキの妙な光の刃……そして、海に沈む直前、あの船の周囲の空間そのものがねじ曲がったような、おかしな気配をな。おれの見聞色や覇気の理屈じゃあ説明がつかんが、おれの野生の感がこう言っとる。――あのロザリオのガキは、今もどこぞの海の底か霧の向こうで、ピンピンして生きとるわい!」

 

ガープのその絶対の確信に満ちた言葉に、会議室の空気が一気に張り詰めた。海軍の伝説が「生きている」と断言したのだ。生かしておけば、新時代のパワーバランスを根底から揺るがしかねない不不気味な亡霊。海軍本部の奥深くで、姿のない百鬼夜行の影に対する、本当の戦慄が再び広がり始めていた。

海軍本部のエリートどもが勝手に安堵し、ガープだけがその生存を本能で確信している頃――。

 

激動の嵐を控えた砂漠の国、王下七武海の一人であるサー・クロコダイルの統べる『アラバスタ王国』の地下深くでは、全く異なる空気が流れていた。

 

――秘密犯罪結社バロックワークス最高幹部室。

 

背もたれの高い椅子に深く腰掛け、高級な葉巻の煙をゆったりと燻らせている男がいた。

王下七武海にして、この国の英雄と称えられる男、Mr.0――サー・クロコダイル。

あいつの冷徹な、しかしどこか傲慢な眼光の先には、海軍本部が「死亡」と結論づけたはずの、あのフードを被った少年の色褪せた手配書が置かれていた。

 

「……10数年も前に消えたはずの、幽霊の手配書ね、Mr.0」

 

影から音もなく姿を現したのは、バロックワークスの副社長であり、ミス・オールサンデー(ニコ・ロビン)だった。彼女は冷ややかな笑みを浮かべながら、クロコダイルの手元にいくつかの独自の調査報告書を並べた。

 

「フン、政府の犬どもの目など最初から信じちゃいねェさ」

 

クロコダイルが低く、地を這うような声で葉巻を灰皿へと押し付ける。あいつの鋭い一瞥が、手配書に記された「3800万ベリー」の数字を射抜いた。

 

「海軍は10数年前にガープの拳骨で沈んだと抜かしているが、おれの網の報告は違う。最近になって、この国の港町ナノハナの市場で、不自然な『怪異』が起きた。姿も見えない何者かが、お代だけをきっちり残して、最高級の肉や果物を文字通り煙のようにかっさらっていったという報告だ。……さらに、ウイスキーピークにいたウチのミリオンズどもが、数分で全滅させられたあの不可解な『怪異』。……あのガキは死んじゃいねェ。10数年もの間、海軍の目を煙に巻きながら、このグランドラインの闇を、悠々と泳ぎ回っていやがる」

 

「……不可解な『怪異』ですか。まるで悪魔の呪いか、あるいは……」

 

ミス・オールサンデーが、感情の読めない微笑のまま言葉を濁す。彼女の持つ歴史の知識、そして何より『オハラの生き残り』としての嗅覚が、その謎の少年「クロウ」という存在の異質さを敏感に察知していた。

 

「能力の正体などどうでもいい。問題は、その幽霊がわざわざおれの庭(アラバスタ)に現れ、ミリオンズどもを不条理に壊滅させたという事実だ。……偶然にしては出来すぎている」

 

クロコダイルは不敵に、しかしその眼光に冷徹な殺意を宿らせながら、紫煙を大きく吐き出した。彼が長年をかけて築き上げてきた計画の最終段階(ユートピア作戦)を目前に控えた今、計算にない不確定要素が紛れ込むことほど不愉快なことはない。ましてや相手は、あのガープと交戦し、十数年もの間、世界の目を欺き続けたバグのような存在なのだ。

 

「オールサンデー。リトルガーデンへ向かった Mr.3 からの報告は?」

 

「ええ、まだ正式な報告は入っていないわ。ただ……少し前に、フロンティアエージェントの数人が、リトルガーデンの近海で妙な『商船』を目撃したと同時に、不可解な『厄災』に見舞われて全滅した形跡があるわ。古びた商船に見えるけれど、どこか不気味な気配を纏った船だそうよ」

 

「――リトルガーデンだと?」

 

クロコダイルの眉がピクリと跳ねる。ウイスキーピーク、そしてリトルガーデン。それはまさに、今クロコダイルが始末しようとしている、アラバスタの王女ネフェルタリ・ビビと、それを護衛する『麦わらの一味』の航路そのものだった。

 

「偶然、にしてはやはり話が繋がりすぎるな。その幽霊船は、麦わらどもと手を組んでいると?」

 

「そこまでは分からないわ。けれど、もし彼らが繋がっているのだとしたら……海軍本部すら煙に巻く『百鬼夜行』が、私たちの計画の前に立ち塞がることになるかもしれないわね」

 

ロビンは、楽しげですらある声音でそう告げた。だが、その言葉を聞いた砂漠の王は、むしろその裂けたような口元をさらに吊り上げ、凶悪な笑みを深めた。

 

「フン……面白い。海軍の犬どもが恐れる幽霊か、あるいはただの死に損ないか。我が『理想郷(ユートピア)』の邪魔をするというなら、砂の藻屑にしてくれるまで。……おい、オールサンデー」

 

「ええ、何かしら? Mr.0」

 

「 Mr.3 に伝えろ。麦わらどもだけでなく、その周辺にチラつく『ネズミ』も一匹残らず処理しろとな。もし仕損じるようなら……次はないと思え、と」

 

「了解したわ」

 

ロビンは優雅に一礼すると、音もなく影の中にその姿を消していった。

一人残された最高幹部室で、クロコダイルは机の上の色褪せた手配書を見つめる。「懸賞金3800万ベリー」。海軍が十数年前に定めたその数字が、現在の目の前の脅威を正しく表していないことなど、百戦錬磨の七武海である彼には痛いほど分かっていた。

 

(百鬼夜行、あるいは疫病神か。……死人が現世に未練を残すなよ、クソガキが)

 

ガシャリ、とクロコダイルの左手の金色の鉤爪が、怪しく鈍い光を放つ。激動の嵐を控えた砂漠の国。その裏で、絶対の傍観者たるクロウと、砂漠の支配者たるクロコダイルの因縁が、知らず知らずのうちに静かに加速し始めていた――。

 

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