バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回   作:カミト6622

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第96話:『砂漠の港のクイックターンと、理不尽な乱入者』

第96話:『砂漠の港のクイックターンと、理不尽な乱入者』

 

――アラバスタ王国、港町ナノハナ。

 

海軍が過去の亡霊の影に怯え、砂漠の王がこちらの動向に神経を尖らせているなど、今の俺たちには知る由もない。

 

カンカンと照りつける容赦のない太陽。視界のすべてを焼き尽くさんばかりの黄金色の砂世界。

陰隠術の「幻形(偽装)」を完璧に施したレヴァナント号を港の最果て、一般の航路からは決して視認できない死角へと滑り込ませるように係留し、俺とシロは「隠形(おんぎょう)」の術を解いて、熱気渦巻くナノハナの雑踏へと足を踏み入れていた。

 

「……ん。クロウ、ここ、すっごく暑い……。お肌がチリチリする……」

 

砂漠特有の乾いた、そして肌を刺すような強烈な熱風に、シロが冬島までの防寒具をすっかり脱ぎ捨てた涼しげな軽装の姿で、少し眉をひそめながら俺の服の裾を引く。

 

「まァ、あの極寒の冬島から一気に熱帯の砂漠の国だからな。身体がびっくりするのも無理はねェ。だが安心しろ。この程度の暑さを吸い上げるくらい、俺の調律の波動を使えば朝飯前だ」

 

俺が手首のロザリオを指先で軽く撫げ、俺たちの周囲に漂う『不快な熱気という厄(環境過負荷)』をほんの少しだけ反転調律してやると、次の瞬間には俺たちの周囲数メートルだけが、まるで高原の秋を思わせるような、すっと涼しく心地よい適温の空間へと変貌した。

一歩外に出れば陽炎が立つほどの酷暑だというのに、俺たちの足元だけは涼風が吹いているかのようだ。

シロは「ふふ、やっぱりクロウはすごいや。一瞬で涼しくなっちゃった」と、さっきまでの不機嫌そうな顔から一転して、満面の幸せな笑みを浮かべた。

 

前世において、大陰陽師たる麻倉ハオから陰陽術の真髄を叩き込まれた俺の視点からすれば、このアラバスタ王国という舞台は、近いうちに王下七武海のクロコダイル率いる秘密犯罪会社バロックワークスと、東の海のルーキーたちが国の存亡を賭けて激突する、前半戦最大の一大決戦の地だ。

歴史の裏で蠢く様々な陰謀、反乱軍の蜂起、そして砂漠の英雄の仮面を被った悪党の暗躍。

普通なら、そんな大冒険のシナリオに自ら首を突っ込んで英雄譚の一部になりたがるところだろうが、俺たちのスタンスはどこまでも『基本傍観スタイル』だ。この国を救うだの、王女を助けるだの、正義の味方の真似事をするつもりは毛頭ない。

 

「シロ、今回の目的はあくまでレヴァナント号の長距離航海に向けた補給だ。砂漠の国ならではの質の良い水、日持ちのする独特の食料、あとは航海食に彩りを添える珍しいスパイスなんかを必要な分だけ仕込んだら、とっとと次の海へ向けて出港するぞ。主役たちの泥臭いダンスに、俺たちが一歩一歩付き合ってやる義理はねェからな」

 

「うん、分かった! 珍しいお野菜とかスパイス、いっぱい買おうね」

 

シロが嬉そうに何度も力強く頷く。

 

活気に溢れるナノハナの市場を回りながら、俺たちは必要な物資を次々と買い込んでいく。

一般の商人が売る食材の中には、この過酷な気候のせいで鮮度が落ちかかっているものも混ざっていたが、俺のヤクヤクの能力にかかればそんなものは問題にならない。買い取った傍から、食材に付着した『劣化や傷み、乾燥という厄(不純物)』を空間ごと強制的に排除し、まるで採れたて、汲みたてのような最上級の状態へと「調律」していく。

乾燥地帯だからこそ発達した最高級の香辛料、乾物の数々。これらはこれからの自由の美食航海において、素晴らしいスパイスになってくれるはずだ。

 

買い物を終え、俺は満足げに、仕入れた大量の物資を自らの影の収納スペースへと音もなく収めた。

 

「よし、これで用は済んだ。長居する理由なんかねェよ。さあ、船に戻るぞ」

「うん、お買い物楽しかった!」

 

シロの手を引き、白い石造りの建物が並ぶナノハナの裏路地を通りながら、スマートにレヴァナント号へと引き返そうとした――その時だった。

 

「――どけどけどけェーーー!!! 捕まるかよコノヤローーー!!」

 

正面の路地の奥から、ナノハナの街を揺るがすような大絶叫。

直後、建物の角から凄まじい勢いで突っ込んできたのは、麦わら帽子を被った赤いベストの少年――ルフィだった。その後ろからは、怒号を上げながら追いかけてくる海軍の軍勢。

 

(げ、あの異常な生気の塊……!? なんでこっちに走ってきてやがる!)

 

俺の見聞色が捉えた時には、すでに手遅れだった。

リトルガーデンで一度顔を合わせている突進中の少年は、俺とシロの姿を見るなり、その野性的な直感だけでこちらの異質さを察知したらしい。

「おっ! クロウにシロじゃねェか! にししし、ちょうどいいところにお前らすっげェ涼しそうだな! おれも混ぜろ!」

 

ガシィッ!!!

 

「――は?」

すれ違いざま、少年の腕が、まるで生きた蛇、あるいは強靭な腱が異常に変質したかのような不気味な伸縮を見せ、俺の胴体に巻き付いた。

ハオから教わった陰陽の理でも測りきれぬ、異質な肉体特性(システムのバグ)。

それだけではない。少年は俺の服を掴んだまま、隣にいたシロの腕まで強引に引っ張り込んだのだ。

 

「わわっ!? クロウ、何これ! 引っ張られるー!」

「おい待てコラ、離せ……!」

 

俺の抗議など届くはずもない。少年の驚異的な身体能力と、その異質な伸縮による理不尽な推進力によって、俺とシロは地面から足を浮かせられ、そのまま街の裏路地を凄まじい速度で爆走する羽目になってしまった。

 

背後からは、白煙を巻き上げながら猛追してくる海軍大佐・スモーカーが迫る。

二本の葉巻を燻らせながら、すさまじい執念で距離を詰めてくる大佐の鋭い眼光が、ルフィの腕に絡め取られて引きずられている俺の顔へと真っ直ぐに向けられた。

 

その瞬間、スモーカーの顔が驚愕に凍りついた。

「……貴様、そのフードのガキ……! まさか、海軍本部の重要機密文書にのみ眠る、十数年前の亡霊か……!? “百鬼夜行”クロウだな!!」

 

海軍の生ける伝説であるガープ中将の部屋の奥深く。あの拳骨の一撃を受けて海の藻屑になったはずの、決して歳を取らない怪異の手手配書。スモーカーは海兵としての異常な記憶力で、俺の顔がその亡霊と完全に一致していることを見抜いたのだ。

 

「おい待て! 麦わらだけでなく、その亡霊のガキも絶対に逃がすなッ!!」

スモーカーの持つ海楼石の十手がカタカタと震え、海軍の追跡が一気に殺気立ったものへと跳ね上がる。

 

だが、ルフィが街の広場へと飛び出した瞬間、突如として俺たちの背後の路地を完全に遮るように、ごうごうと激しい『火炎の壁』が吹き荒れた。

 

「――そこまでだ、海軍」

 

炎の主――テンガロンハットを被った男が、立ち塞がる炎の向こうでニカッと不敵に笑う。白ひげ海賊団二番隊隊長、“火拳のエース”か。

あいつもまた、俺が周囲の『熱気という厄』を調律している陰陽の術理に、その研ぎ澄まされた戦士の本能で薄々と勘付いているのだろう。鋭い視線が、ルフィの腕に捕まっている俺とシロへと向けられた。

 

「おいおいルフィ、そいつらは一体誰なんだ? お前の仲間か?」

「リトルガーデンで会ったクロウたちだ! こいつらの周り、すっごく涼しくて気持ちいいんだぞ!」

「あぁ? ……なるほどな」

 

エースが納得したように深く頷く。

火炎の壁で海軍の足止めを完了したのを確認し、ルフィはようやくその驚異的な脚力を緩め、広場の隅で勢いよく俺たちを掴んでいた腕を離した。

 

「ぷはっ! ……ん、ケホッ、ケホッ……。びっくりした……」

シロが俺の背中に隠れながら服の裾をぎゅっと握る。

 

「悪ィ悪ィ! 助かったぞお前ら!」

ルフィが麦わら帽子を押さえながら「にししし!」と屈託のない笑みを浮かべるが、俺の内心は怒り一色だ。

 

「助かったじゃねェよ、この大馬鹿野郎……。俺たちはただ船の補給をして帰る途中だったんだ。誰が海兵どもの肉盾になると言った」

手首のロザリオを弄びながら、俺は冷徹な眼光をルフィへと向ける。

前世でハオから学んだ陰陽の理、そしてヤクヤクの反転調律の波動が、俺の怒りに呼応して周囲の熱気を一瞬だけピキリと凍りつかせていた。

 

「おいおいルフィ、お前またとんでもねェ奴を巻き込んだな」

エースが苦笑しながら一歩前に出て、俺たちの間に割り込むように立った。

「すまねェな、ウチの弟が迷惑かけた。おれはポートガス・D・エース。……さっきの煙の野郎、お前のことを『百鬼夜行のクロウ』とか呼んでたが、お前らどこの組織のもんだ?」

 

「組織なんてマヌケな縛り、俺たちには必要ないんでね」

俺が吐き捨てるようにそう言い放つと、エースの瞳の奥が、強者としての色を帯びて鋭く光った。砂のワニだけでなく、白ひげのガキの前でも、ついに俺の『手配書(百鬼夜行)』の存在が完全に表に引きずり出されてしまったわけだ。

 

「さあな。古い亡霊の噂を現世に持ち出すなよ。……俺はクロウ。こっちはシロ。ただの旅の美食家さ」

 

その時、広場の向かいの陰から、複数の足音が近づいてくるのが分かった。

「ルフィーーーっ!! 無事だったの!?」

「もう、本当に人騒がせな船長ね……っ!」

 

現れたのは、オレンジ髪の航海士を先頭にした、リトルガーデンで見届けた『麦わらの一味』の面々だった。

ビビやサンジ、ゾロたちが息を切らせながら広場へと駆け寄ってくる。だが、彼らはルフィとエースの姿だけでなく、その隣に佇む、街の過酷な熱気とはおよそ不釣り合いなほどに涼然とした気配を纏う俺とシロの姿を見て、一斉に目を見開いた。

 

「あ! お前ら、リトルガーデンの時の……!」

ゾロが腰の刀の柄から手を離し、意外そうな表情を浮かべる。サンジもタバコを粗野に咥え直しながら、俺たちの周囲だけが不自然に涼しいことに気づいて眉をひそめた。

 

「おいおい、冗談じゃねェ……。リトルガーデンで別れたと思ったら、こんな街の真ん中で鉢合わせるか。相変わらずお嬢ちゃんの纏う『力』は冷徹で不気味だが……それにしてもお前らの周り、どうなってんだ? 天国かよ」

 

「ルフィが無理やり引っ張ってきただけだ。俺たちは補給が済んだらすぐにここを発つ」

俺は心の中で毒づきながらも、どこまでも気楽な傍観者の笑みを崩さず、騒がしい広場を見つめるのだった。

 

『クロウ様、これは……なんという理不尽な悪戯(いたずら)。空間の調律を試みますか?』

腰の黒き妖刀『黒死一文字』の刀身から、実体化を抑えたマタムネの呆れ果てた声が念話となって脳裏に響く。

 

「いや、今ここで術を全開にしたら街ごと消し飛ぶ……! クソ、あの護謨な肉体の餓鬼め、後で絶対に陰陽の呪いで腹を壊させてやる……!」

 

海軍大佐のスモーカーが火炎の壁に阻まれて咆哮を上げ、エースが義弟の予想外の暴走に呆気にとられ、迅速に回るべき世界の歯車が歪んでいく。

 

補給だけでスマートに去るはずだった俺たちの『基本傍観スタイル』は、運命のいたずらという名の理不尽な乱入者によって、盛大に、そして強制的にナノハナの街のドタバタへと巻き込まれていくのだった――。

 

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