バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第97話:『百鬼夜行の露払いと、夜闇の抜錨』
「……“百鬼夜行”クロウだと?」
ごうごうと燃え盛る火炎の壁の向こう。テンガロンハットの下で、エースの瞳が強者特有の鋭さを帯びて光る。
海軍が十数年前に定めた『不気味な亡霊』の二つ名。それが目の前の涼然とした気配を纏う少年のものだと知り、白ひげ海賊団の主力たる彼もまた、俺たちの『格』をはっきりと再認識したようだった。
だが、そんな因縁に浸っている暇を、追跡者は与えてくれない。
「火拳ォ――ッ!! 亡霊のガキ共々、ここで燻り殺してやる!!」
火炎の壁を強引に喰い破るように、爆発的な白煙の塊――スモーカー大佐が広場へと躍り出てきた。
その背後からは、十手や銃を構えた無数の海兵たちが、波濤のようにナノハナの広場へと雪崩れ込んでくる。
「にししし! 煙野郎、また来やがった!」
「おいルフィ、お前は一味を連れて先に行け! ここは、おれが引き受ける!」
エースが不敵に笑いながら両腕に爆炎を宿らせ、突っ込んでくるスモーカーの白煙へと正面から激突した。
炎と煙が激しく絡み合い、広場の空気が一気に沸騰する。まさに原作通りの大捕物。本来なら、俺たちはその特等席でのショーをのんびり眺めているだけでよかったはずだ。
だが、運命のいたずらか、それとも海軍本部の命令への忠実さ故か。
「麦わらだけじゃない! ガープ中将の因縁の亡霊――“百鬼夜行”もここにいるぞ! 包囲網を狭めろ、絶対に逃がすなッ!!」
指揮官を失った海兵たちの半分以上が、あろうことかルフィたちではなく、俺とシロの周囲を完全に取り囲むように殺到してきたのだ。
「……チッ、無粋な羽虫どもめ。お前たちの相手をしてやる義理はねェんだよ」
俺は手首のロザリオを弄びながら、冷徹な眼光を押し寄せる海兵たちへと向けた。
俺たちの『基本傍観スタイル』をこれ以上汚されるのは、心底不愉快だ。
「クロウ、あイツら、私たちを捕まえる気だよ……」
シロが俺の背後から顔を覗かせ、その両手にガラガラの実の硝子化の波動をピキピキと宿らせ始める。
「いいさシロ。手加減はいらないが、陰陽師の名を冠する俺たちの術理を、こんなモブ相手に全開にする必要もない。レヴァナント号へ戻るための『露払い』だ。――『反転調律・厄禍禊(えっかのみそぎ)』」
俺が静かに呟き、足元から目に見えない調律の波動を同心円状に広げた瞬間――世界が狂った。
突撃してきていた海兵たちの足元が、砂漠の砂の結合という『バグ(概念過負荷)』によって底なしの流砂へと強制変貌する。
それだけではない。彼らが俺たちに向けて放った銃弾の雨は、空間の調律によってその全ての軌道(厄)を反転させられ、自らの足元や武器を正確に撃ち抜く跳弾となって四散した。
「な、なんだこれは!? 体が砂に沈んでいく……っ!」
「銃が……銃が勝手に暴発したぞ! うわあああっ!!」
悲鳴と怒号が広場に木霊する。物理的な攻撃ではない、陰陽の理すら歪める『厄災の操作』を前に、海兵たちは指一本触れられることなく、自滅の地獄へと叩き落とされていった。
《クロウ様、露払いは十分かと。これ以上の介入は、この世界のタイムラインに余計な歪みを生みます。さあ、こちらへ》
腰の黒き妖刀『黒死一文字』の刀身から、実体化を抑えたマタムネの冷静な声が響く。
「ああ、そうだな。用は済んだ。……おい麦わら、お前のおかげで最高に不愉快なドライブになったぞ。次に会う時は、その妙な肉体を陰陽の呪いで木っ端微塵にしてやるからな」
遠くで海兵たちをなぎ倒しながら「え? なんだ、ありがとなクロウ――っ!!」と間抜けた声を上げるルフィを他所に、俺はシロの小さな手をしっかりと引き寄せた。
「――隠形・縮地(しゅくち)」
俺が前世の記憶に刻まれた陰陽術の歩法を起動した瞬間、俺たちの身体はナノハナの広場から、文字通り『煙のように』かき消えた。
空間そのものを跳び、物理的な距離を無視して移動する術理。
エースとスモーカーが死闘を繰り広げ、海兵たちが原因不明の厄災にのたうち回る広場に、俺たちの気配は最初から存在しなかったかのように一瞬で消滅した。
◇
次の瞬間、俺たちの視界に飛び込んできたのは、見慣れたレヴァナント号の重厚な黒い甲板だった。
周囲を包むのは、陰陰術の「幻形(偽装)」によって完全に外界から隔離された、静寂に満ちた夜の海。
「ぷはっ! ……ん、戻ってきた。やっぱりクロウの船が一番落ち着くね」
シロがほっとしたように胸を撫で下ろし、いつもの幸せそうな笑顔を取り戻す。
「ああ、お疲れシロ。全く、主役に捕まるとロクなことがねェな」
俺は腰の刀を軽く叩き、自らの影からナノハナで仕入れた大量の最上級スパイスや水、日持ちのする乾物を取り出して船倉へと収めていく。不不意な巻き込みはあったが、補給という本来の目的だけは、俺の調律のおかげで完璧に完遂できている。
《ふふ、災難でしたなクロウ様。ですが、これで砂漠の支配者も、海軍の追跡者も、我らの正確な足取りを見失ったはず。ここからは再び、我らの独壇場でございます》
実体化したマタムネが、キセルを咥えながら満足げに夜の水平線を見つめた。
「そうだな。アラバスタでの用事はこれで完全に終わりだ。クロコダイルの理想郷(ユートピア)ごっこがどう転ぼうが、俺たちの知ったことじゃねェ」
俺が不敵に笑いながら舵輪へと手をかけると、レヴァナント号の漆黒の帆が、夜風を孕んで音もなく一気に広がった。
サクヤが満足そうに俺の背後で微笑み、不死の怨霊の軍勢が世界の裏側で静かに駆動を始める。
「さあ、シロ、マタムネ、サクヤ。出航準備(抜錨)だ! 砂漠の砂埃を洗い流すくらい、次なる未知の美味が待つ広大な海へと、ガリガリ舵を切るぞ!」
「うん! 新しいスパイスのご飯、早く食べたいな!」
ナノハナの街が火拳と白猟の激突で大騒ぎになり、クロコダイルが「百鬼夜行」の影を血眼になって追跡しているまさにその夜――。
我がレヴァナント号は、世界の激動を特等席から見下ろしながら、絶対の傍観者として、どこまでも気楽に夜の海へと滑り出していくのだった――。