バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第103話:『白雲の市場と、未知なる空の果実』
「隠形・万里縮地」によって一瞬にして到達した、標高一万メートルの神の国『スカイピア』。
陰陰術の『幻形』によって背中には白く小さな羽を携え、髪型や服装のニュアンスまで完全にこの土地の風土に溶け込ませた俺とシロは、何食わぬ顔でふかふかとした島雲の街路へと歩き出していた。
どこからどう見ても、ただの仲の良いスカイピアの若い住人(兄妹)だ。
これなら地上で3億2000万ベリーの懸賞金を掛けられた“百鬼夜行”の亡霊だと海軍が血眼になって捜索していようが、世界の裏側で四皇どもが俺たちの格付けをしていようが、誰も気づくはずがない。
「わあ……! クロウ、見て見て! お家が全部白い雲でできてて、すっごく可愛い!」
シロがスカイピア独特の丸みを帯びた白い建物の数々を見上げ、その琥珀色の瞳をきらきらと輝かせている。地上の熱帯地帯だったナノハナとは打って変わり、ここは心地よい涼風が吹き抜ける天上の楽園だ。俺たちの周囲の空間を調律するまでもなく、実に適温で過ごしやすい。
「可愛いだけじゃねェぞ、シロ。あそこを見てみな」
俺指差した先には、島雲の大通りにずらりと並んだ活気溢れる青空市場があった。
地上とは明らかに異なる生態系を持つこの空島。露店には、地上ではお目にかかれない奇妙な形をした野菜や、パステルカラーの瑞々しい果物が山ほど積み上げられている。
「くんくん……なんだか、すっごく甘くていい匂いがする……!」
シロが鼻をひくひくさせながら、引き寄せられるように一つの露店へと駆け寄っていった。
店先には、まるでヤシの実をさらに頑丈にしたような、不思議な質感の大きな殻に包まれた果実が並んでいる。現代日本の原作知識、そして今世(二周目)でロジャー海賊団の赤子だった頃に一度だけ口にした記憶が、その名前を瞬時に呼び覚ました。
「いらっしゃい、可愛いお嬢ちゃん! 今日捕れたてのみずみずしい『コナッシュ』だよ。エンジェルビーチの最高級品さ!」
店番の空島人の男が、背中の羽を優しく揺らしながらニカッと笑いかけてくる。術の偽装が完璧なおかげで、こちらの正体を毛頭疑う様子はない。
「おじさん、そのコナッシュを二つ。あと、そっちの珍しい空の野菜も適当に包んでくれ」
「あいよ、毎度あり! ……うん、ちょうど頂くよ」
俺は懐から、この空島で流通している紙幣を数えてサラリと差し出した。
今世、ロジャー海賊団の赤子(見習い)としてこの空島を訪れたあの頃――俺はオーロ・ジャクソン号の財宝を地上(青海)の通貨から空島のエクストルへときっちり両替していたのだ。
当時の両替分が、拠点(黒曜螺旋城)の倉庫の奥に大量に眠っていたのを持ってきたわけだが、まさか十数年の時を経て、こうしてシロとの美食買い出しに役立つとは思わなかった。
手に入れた特大のコナッシュを、俺は影の収納から取り出した手頃な刃で器用に切り裂く。
パカン、と心地よい音が響き、中から溢れ出んばかりの、果汁という名の『栄養の塊』が姿を現した。
「ほら、シロ。まずは空島特産のジュースだ」
「わぁ、ありがとうクロウ! ……ゴク、ゴク……、んんっ……!」
シロが殻に口をつけ、喉を鳴らして一気に飲み干していく。その瞬間、彼女の顔が一気に至福の笑みへと染まった。
「すっごく冷たくて、甘酸っぱくて……お口の中が幸せ! 地上のお水より、なんだか身体がすっきりする気がする!」
「だろ? 空島の植物は、地上とは比較にならない高密度の水分と霊気を吸って育ってるからな。天然のデトックス(不純物の調律)みたいなもんだ」
俺ももう一つのコナッシュの果汁を口に含む。ピリッと締まった爽やかな酸味の奥に、脳が溶けるような極上の甘みが広がり、ナノハナの砂埃で渇いていた喉が一瞬で潤うのを感じた。さらにスプーンでくり抜いた白い果肉は、まるで高級なゼリーと完熟したメロンを足して二で割ったような、この世(地上)のものとは思えない官能的な食感だった。
『おやおや、これは見事。地上の穢れた土壌の厄を一切受けていない、まさに純粋無垢な自然の調律。相棒のシロ様がこれほど喜ばれるのも頷けますな、クロウ様』
俺の影から実体化を抑えたマタムネの、どこか満足げに喉を鳴らす声が念話となって響く。
「ああ、まだまだこんなのは序の口だ。シロ、次はあっちの露店で売ってる『スカイシーフード』の串焼きにいこうぜ。ナノハナで仕入れた極上のスパイスと、こっちの独特のダイアル(貝)の熱を組み合わせれば、地上じゃ絶対に食えねェ最高のメインディッシュが作れるからな」
「うん……! シロ、お腹ペコペコにしちゃう! クロウのご飯、いっぱい食べたい!」
シロが俺の腕にぎゅっと抱きつき、嬉しそうに何度もぴょんぴょんと跳ねる。
その背中で、術によって偽装された白い小さな羽が、彼女の機嫌を表すようにパタパタと楽しげに羽ばたいていた。
ルフィたちが地上でノックアップストリームを待って大騒ぎし、海軍が3億2000万の亡霊の行方を血眼になって追っている裏で。
空間と外見を完璧に支配した俺たちは、神の国と呼ばれるスカイピアの特等席で、誰にも邪魔されることのない贅沢で気楽な美食の時間を、どこまでも満喫し始めるのだった――。