バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第102話:『螺旋城からの跳躍と、雲の上の美食計画』
海軍本部の絶対包囲を陰陽の術理でスマートに煙に巻き、四皇や七武海たちが世界の裏側で俺たちの首に跳ね上がった懸賞金(3億2000万ベリー)を見て騒ぎ立てているなど、今の俺たちには知る由もない。
――我が絶対の拠点、『黒曜螺旋城(こくようらせんじょう)』。
外界からの干渉を完璧に遮断するこの城へと一度戻り、ナノハナで仕入れた物資の整理を終えた俺は、城のテラスから天を見上げていた。
隣では、シロが温かいお茶のカップを両手で包みながら、のんびりと一息ついている。
「シロ、次は空島へ行くぞ」
俺が何気なく告げると、シロは不思議そうに琥珀色の瞳を瞬かせ、お茶のカップを置いて見上げてきた。
「お空……? お空の上にお島があるの?」
「ああ。スカイピア――空島だ。普通、この海の連中なら『空に島があるわけねェ』って笑い飛ばすか、あるいはノックアップストリームなんていう理不尽な自然のバグに命がけで乗っかるしかないわけだが……」
俺は手首のロザリオを指先で軽く弄び、かつての記憶を思い返すように不敵に目を細めた。
ロジャー海賊団に赤子として転生して数年見習いとして過ごしてた頃、俺は一度、あのオーロ・ジャクソン号に乗って雲の上の世界へと足を運んだことがある。あの黄金の鐘の輝きも、地上には存在しない独特の生態系も、俺の記憶にははっきりと刻まれている。
前世(一周目)のシャーマンキングの世界で培った感覚だけでなく、今世の確かな経験としても、あそこがどれほど美味い食材の宝庫であるかは熟知していた。
「前に来た時、あそこには地上じゃお目にかかれねェ面白い食感の空魚や、珍しい果物が山ほどあったんだ。せっかくナノハナで良いスパイスも手に入ったことだし、お前にまだ見ぬ『空島の美食』を、たらふく食べさせてやりたいからな」
「空島の美食……! うん、シロ、すっごく食べたい! クロウ、お空の旅へ行こう!」
俺の言葉を聞いた瞬間、シロの瞳がきらきらと輝き、満面の幸せな笑みを浮かべて俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
《なるほど。かつてロジャー達と共に訪れたあの雲の上の世界ですか。独自の環境で育まれた空の珍味は、相棒のシロ様への御馳走としてはこれ以上の目的地はございませんな、クロウ様》
実体化したマタムネが, キセルの灰をトントンと落とし、どこか楽しげに喉を鳴らす。
「そういうことだ。サクヤ、準備はいいな」
俺の背後で実体化したサクヤが、俺の意思に応じるように、禍々しくも美しい霊気の輝きを放ち始める。
前世で大陰陽師たる麻倉ハオから陰陽術の真髄を叩き込まれた俺たちの術理があれば、命がけの突き上げる海流なんてシステムは容易く踏み越えられる。船を出すまでもねェ、俺たちの身一つを転移させればそれで済む話だ。
さらに、今回はただ移動するだけじゃない。神を名乗るエネルやその部下、あるいは住人どもにいちいち「青海人」として目を付けられるのは美食の邪魔だ。傍観者の特等席を維持するため、あらかじめ手を打っておく。
「――陰陰術・『幻形(げんけい)』」
俺が印を結び、俺とシロの身体に微かな呪いの衣を纏わせる。
術が馴染むと同時に、俺たちの背中には、まるで最初から生えていたかのように白く小さな『一対の羽』が出現した。髪型や服装のニュアンスも、空島の独特な風土に溶け込む形へと完全に偽装される。これで外見上は、どこからどう見ても生粋のスカイピアの住人そのものだ。
「わぁ! クロウ、お背中に羽が生えてる! シロにも生えてるよ、これ面白いね!」
シロが自分の背中を振り返りながら、パタパタと動かす真似をして嬉しそうにはしゃぐ。
「よし、カモフラージュは完璧だな。行くぞシロ。……直接、スカイピアの敷地内へ跳ぶ」
俺はシロの小さな身体を片腕でしっかりと抱き寄せると、前世の記憶に眠る最高位の陰陽の術式を俺たち二人の周囲へと巡らせた。
「――隠形・万里縮地(ばんりしゅくち)――」
瞬間、世界の因果がねじ曲がり、俺たちは黒曜螺旋城のテラスから、文字通り『煙のように消滅』した。
地上のあらゆるノイズが一瞬にして遠ざかり、世界の裏側を滑り落ちるような完全な静寂が俺たちを包み込む。
次の瞬間、俺たちの視界に飛び込んできたのは、目も眩むような一面の『純白の街並み』だった。
海流に揉まれることも、滝の頂(ヘブンズゲート)を通ることもなく、俺たちは空間を完全に飛び越えて、空島『スカイピア』の敷地内へと直接、音もなく降り立ったのだ。
ふかふかとした島雲で作られた大地、独特の形状をした建物、そして地上とは明らかに異なる神秘的で希薄な空気が、俺たちの肌を心地よく撫でていく。
《おやおや、これはお見事。完全にスカイピアの街のど真ん中ですか。術の偽装も完璧に馴染んでおりますな。これなら無粋なノイズに絡まれることもないでしょう》
マタムネもキセルを引っ込め、感心したように周囲の景色を見つめている。
「さて、主役(ルフィ)たちが地上で大騒ぎしている間に、俺たちは一足先に、この空の特等席で最高の美食を謳歌させてもらうさ」
俺は不敵な傍観者の笑みを深く刻みながら、影の収納からナノハナで仕入れたばかりの香辛料を取り出した。これからは生粋の空島住人の顔をして、この街に眠る未知の空の美食を、俺の調律の腕で最高の料理へと仕上げてやるつもりだ。
「クロウ、早く新しいご飯作ろう! 空のお魚、どんな味がするのかシロ、すっごく気になる!」
「ああ、そうだな。シロが満足するまで、いくらでも美味いもんを喰わせてやるよ」
ルフィたちが命がけのタイムラインを進み、海軍が3億2000万の亡霊の行方を血眼になって追っている裏で、俺たちはただ、神の国と呼ばれるこのスカイピアの上で、相棒のための贅沢で気楽な美食の時間を、誰にも邪魔されずに始めようとしていた――。