バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第105話:『白いベレーと、不届きな匍匐前進』
「さあ、シロ。まだメニューには隠された伝統料理があるみたいだぞ。次は空島の珍味とやらを調理しにいこうか」
「うんっ! クロウ、シロね、まだまだいっぱい食べられるよ! 次の美味しいもの、早く持ってきてもらおう!」
周囲の穏やかな喧騒を斜め上から見下ろしながら、俺たちは神の国の特等席で、誰にも邪魔されない至福のディナータイムをどこまでも優雅に繰り広げていくのだった。
――はずだった。
「…………おい、シロ。動くなよ」
「ふぇ? どうしたの、クロウ?」
デザートの余韻に浸りながら次の注文を考えていたその時、俺の『見聞色』……いや、バグ巫力による空間知覚が、テラス席の床を這い寄る奇妙な動体を捉えた。
気配を完全に殺しているつもりなのだろうが、俺たちの前ではただの盛大なノイズでしかない。
ズリッ……ズリズリッ……。
高級レストランの白雲の床を、妙に統率の取れた動きで進む一団。
白いベレー帽をかぶり、全身白タイツのような奇妙な制服に身を包んだ男たちが、真剣な面持ちで匍匐前進(ほふくぜんしん)をしてきている。
「(……出やがったな、ホワイトベレー部隊。原作知識で知っちゃいたが、生で見ると想像以上に不審者だな)」
現代日本の原作知識を持つ俺は、彼らの存在を瞬時に思い出す。
と同時に、俺の脳裏にある確信が浮かび上がっていた。
「(あの野郎ども、大真面目な顔して匍匐前進してやがるが……あれ、街行く女性のスカートの中を見放題にするための不届きな移動法だろ。間違いない、合法的な覗き魔の集団だ)」
呆れ果てて言葉を失う俺を余所に、先頭を這う立派な髭を蓄えた男――ホワイトベレー部隊の隊長、マッキンリーが、何を血迷ったか俺たちのテーブルの下へと潜り込もうとした。
その瞬間、マッキンリーの視線が、椅子に座るシロの足元へと向く。
術の偽装によって可愛らしい地元の女の子に化けているシロの、ふわりと広がったスカートの裾。その隙間へと、隊長の場違いに鋭い眼光が向けられた。
「あ……っ!?」
シロが短い悲鳴を上げ、顔を一気に林檎のように真っ赤に染める。
自分の背中の羽をバタバタと激しく羽ばたかせながら、内股になって両手で必死にスカートの裾をパタパタと押さえた。
「く、クロウ……っ! あの下の人、シロのスカートのなか、見てる……っ!?」
「――あ?」
俺の脳内で、何かがブツリと切れる音がした。
ヤクヤクの『反転調律』を微弱に回すまでもない。確信が最悪の形で的中した不快感と、純粋な殺意が混じった視線を、床の覗き魔(マッキンリー)へと見下ろす。
しかし、マッキンリー隊長はそんな俺の冷徹な視線などどこ吹く風。
シロを驚かせたことなど一ミリも気にする様子もなく、床に文字通り這いつくばった姿勢のまま、右手をすっと上げて妙にキレのある敬礼を繰り出してきた。
「へそっ!!」
「へそ、じゃねえよ。何してんだお前は。即刻消し炭にされたいのか?」
「いや失礼! 我々はスカイピアの治安を守る警察、ホワイトベレー部隊! 神の国に不穏な分子が紛れ込んでいないか、常にこうして最先端の警戒態勢(ほふくぜんしん)を取っているのだ!」
大真面目な顔で、堂々と変態極まりない言い訳を宣うマッキンリー。
彼はそのまま芋虫のようにズリズリと身体を動かし、俺たちのテーブルの真横でようやくその上体を起こした。もちろん、姿勢は低いままだ。
鋭い眼光が、俺とシロの顔を交互に凝視する。
「……ふむ。見慣れん顔だな。このエンジェル島広しと言えど、私は住民の顔をほぼ把握しているつもりだが……お前たちのような兄妹、このあたりでは見かけないな?」
質問攻めにするような威圧感を醸し出しながら、マッキンリーが髭を撫でる。
術の偽装によって『白い羽を持つ地元の住人』に見えているはずだが、流石に警察を統括する隊長ということか、不自然な『新顔』の登場に目ざとく気づいたらしい。
「(まあ、見つかったところでどうとでもなるが……。せっかくの美味い飯の途中だ。無粋な戦闘で皿を割るのも趣味じゃねえな)」
俺はワイングラスを弄びながら、冷ややかな笑みを崩さずに、この雲の上の警察官をどうあしらうべきか脳内でハッキングを開始する。
「ああ、無理もねえさ。俺たちは遠くの未開拓の雲……一般の地図にも載ってねえような辺境の雲(島)から、妹を連れて美味いもんを食いに来た、ただの旅の美食家(グルメ)だ。ロジャーの旦那に昔教えてもらった両替の場所がここだったからな、エクストルの蓄えだけは腐るほどあるんだよ」
「ほう、辺境の未開拓雲だと……? 確かにこの国へ至る白々海ルートはいくつかあるが……」
マッキンリーが顎に手を当てて考え込む。
身分証の提示だの、不法入国の疑いだのと面倒な法律を突きつけられるかと思った、その時だった。
ジリリリリリリリッ!!!
マッキンリーの懐から、けたたましい音を立てて電伝虫の呼び出し音が鳴り響いた。
隊長は眉をひそめ、素早くそれを取り出して耳に当てる。
「私だ、どうした!」
『マ、マッキンリー隊長! 緊急事態です! たった今、天国の門を突破して不法入国した青海の船が一隻! 入国審査官のアマゾン殿の警告を無視し、エンジェルビーチ方面へ向かっています!』
「何だと!? 不法入国者だと!?」
スピーカー越しに聞こえる部下の悲鳴に、マッキンリーの目の色が変わった。
青海の船。天国の門の突破。
間違いねえ、下にいたルフィたちが、ついにノックアップストリームでこのスカイピアへと上がってきたタイミングだ。
「……辺境の旅人よ、お前たちの身元については後ほど改めて調べさせてもらう! 今は国家の非常事態だ! 総員、これより不法入国者の拿捕へと向かう! 匍匐前進、急げ――っ!!」
「「「へそっ!!」」」
マッキンリーの号令とともに、ホワイトベレー部隊の面々は再び凄まじい速度で床に伏せ、ズリズリと芋虫のように猛スピードでテラス席から去っていった。
あの不届きな移動法のまま、文字通り飛ぶような速さで去っていく姿は、あまりのシュールさに呆気に取られる。
《おやおや。なんとも珍妙な男たちでしたね。おかげでクロウ様の不快な羽虫が自ら去ってくれて助かりました》
(全くだ。シロのスカートを覗いた罪は重いが、まあ、ルフィたちの足止めに免じて今回は見逃してやるか)
影の中から呆れたようなマタムネの念話が響き、俺は小さく息を吐いた。
「ふぅ……びっくりした。クロウ、シロのスカート、もう大丈夫……?」
「ああ、もう安心だ。よく我慢したな、シロ」
怯えたように服の裾を握るシロの白い髪を優しく撫でてやると、彼女はすぐに安心したようにいつもの満面の笑みに戻った。
「さて……青海の連中が上がってきたとなると、ここもすぐに神の軍勢だの、エネルのマントラだので騒がしくなる。せっかくの美味い飯の余韻が、泥臭い戦闘で汚されるのは御免だ」
俺はテーブルの上に、これまでの飲食代を遥かに上回る大量のエクストル紙幣をポンと置いた。
本来ならこのままスカイシーフードの串焼きでも買い食いしたかったが、原作の嵐に巻き込まれるのは本意じゃない。俺たちはあくまで、世界の裏側で気楽な美食の時間を楽しむ強者(ゲスト)だ。
「シロ、行くぞ。『隠形・万里縮地』をさらに重ねる。ここでの贅沢は十分に骨の髄まで満喫した。ルフィたちが大騒ぎを起こす前に、俺たちは俺たちの拠点(ホーム)へ戻るとしようか」
「うんっ! レヴァナント号に帰ったら、クロウのご飯、またいっぱい作ってね!」
「ああ、約束だ」
俺はシロの手を優しく引き、バグ巫力による空間支配を完全に発動させる。
次の瞬間、俺たちの姿は高級レストラン『エンジェル・ラウンジ』のテラス席から、陽炎のように跡形もなく掻き消えた。
地上を震撼させる3億2000万の亡霊たちは、神の国の警察(覗き魔ども)すら煙に巻き、誰にもその足跡を悟らせることなく、優雅にスカイピアの空を後にするのだった――。