バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第107話:『スベスベのレディと、純白の少女』
「ふふ、バギー、これ美味しいよ! シロ、このお魚だーいすき!」
「おう、シロ、いっぱい食え。おかわりはいくらでもあるからな」
バギー海賊団の船『ビッグ・トップ号』の甲板で行われている宴は、最高潮に達していた。
我が拠点『レヴァナント号』から持ち込んだ空島のスカイサーモンや特製カクテルは、泥まみれで腹ペコだったバギーたちだけでなく、同盟相手である“レディ”アルビダの心をも完全に掴んでいた。
「……信じられない。この私が、食べるのも忘れて見惚れるほどの味だわ。それにこのお酒、フルーティーでいくらでも飲めてしまうじゃない?」
アルビダは「スベスベの実」の能力によって得た完璧な美貌を少しだけ緩ませ、至福の吐息を漏らしている。
彼女の視線が、クロウの隣で無邪気にフリットを頬張るシロへと向けられた。
「それにしても……クロウ。3億2000万ベリーの『百鬼夜行の亡霊』なんて物騒な二つ名で呼ばれる男が、随分と可愛らしいお人形さんを連れているのね。その子はあなたの妹? それとも……」
アルビダが妖艶な笑みを浮かべ、品定めをするようにシロを凝視する。
その言葉に、シロは持っていたフリットを動かす手をぴたりと止めた。口元にソースを少しつけたまま、その大きな瞳にほんの少しの怯えの色が混じる。
「シロね……クロウの、シロだよ。お、お姉さん、お肌がツルツルでとっても綺麗……なんだかキラキラしてる……」
「あら……。フフ、お世辞でも悪い気はしないわね。この美しさは生まれ持ったもの(スベスベの実)だけど、目の肥えた女の子に褒められるのは格別だわ。あなた、名前はシロっていうの? 可愛い名前ね」
純粋な褒め言葉にアルビダはすっかり気を良くしたらしい。
ワイングラスを置き、トコトコと近づいてきたシロの、柔らかそうな白い髪を優しく撫でようとした。
だが、シロはその美しい手が自分に近づくと、ビクッと身体を小さく強張らせ、無意識に一歩後ろへ下がった。自分の服の裾をぎゅっと握りしめ、縋るように俺の顔を見上げてくる。
過去のトラウマ――自分が人間に居られない領域(バグ)を生み出す存在であり、他人に触れればその異質な能力で傷つけてしまうかもしれないという恐怖。その記憶が、シロの小さな胸を締め付けているのだ。
「あの……お姉さん。シロね……能力、あるの。普通の人間じゃ、居られないような……変なやつ……」
シロはアルビダのツルツルとした腕を見つめながら、恐る恐る、消え入りそうな声で尋ねた。
「本当に……シロが触っても、だいじょうぶ……? お姉さんのお肌、壊れちゃったり、しない……?」
その繊細で痛々しい質問に、アルビダは一瞬だけ驚いたように目を見張った。
が、すぐにすべてを察したようにフッと柔らかく微笑む。
「フン、何を心配しているかと思えば。いいこと、シロ? 私の肌はね、あらゆる摩擦を受け流すの。どんな異質な能力だろうと、攻撃だろうと、このレディ・アルビダの美肌を傷つけることなんてできやしないわ。安心してみなさいな」
アルビダは自らシロの手をそっと取り、自分の頬へと導いた。
その瞬間、シロの手のひらからアルビダの肌へと、微弱な何かが触れる。だが、スベスベの能力の膜がそれを滑らかに受け流した。
「わぁ……っ!」
シロの顔に、一気にぱあっと輝くような笑みが戻った。
「本当に、スベスベ……! シロが触っても、お姉さん痛くない……! 白雲よりもツルツルしてる……!」
「フフ、そうでしょう? でもね、シロ。男って生き物は、こういう美しさの価値がちっとも分からないのよ。特にそこの赤鼻の男なんて、色気より財宝なんですって。呆れちゃうわ」
アルビダが遠くでカバジたちと騒いでいるバギーを蔑むように一瞥する。
すると、アルビダはフッと視線を俺へと戻し、形の良い唇を弧に描いた。
「でも、あなたのトコの『お兄さん』は、少しはマシな男のようね。さっきから私があなたに触るたびに、いつでも私の首を撥ねられるような殺気を、微弱に放ち続けているもの」
「――ッ!?」
カクテルを飲んでいた俺は、思わず少しだけ視線を逸らした。
流石はグランドラインまで這い上がってきた海賊だ。俺がシロの過去のトラウマを想起させられた怒りと、シロを過保護に見守るが故の『警戒心(殺気)』を敏感に察知していたらしい。
「悪りぃな、癖なんだ。シロに不審な羽虫が近づくと、身体が勝手に『反転調律』の準備を始めちまう。お前がスベスベの能力者で、シロを泣かせない女じゃなきゃ、今頃その美肌ごと空間の塵にしてるところだ」
「あら、怖い。冗談に聞こえないところが、3億超えの化け物(ロジャー海賊団の元見習い)の恐ろしいところね。……でも、安心しなさい。私はこの可愛い子が気に入ったわ。傷つけるような無粋な真似はしないわよ」
アルビダはクスクスと笑いながら、シロの口元についたソースを、自分の指先でスッと優しく拭ってやった。その所作すらどこか芸術的に滑らかだ。
「クロウ、怒っちゃダメだよ? お姉さん、とっても優しいもん! シロの手、ぎゅってしてくれたよ!」
「……シロがそう言うなら、今回は見逃してやるよ」
俺がため息混じりに肩の力を抜くと、アルビダは満足そうに微笑み、再びワイングラスを傾けた。
「ねえ、お姉さん! 今度はクロウのレヴァナント号にも遊びに来てね! クロウ、もっと美味しいお菓子も作れるんだよ!」
「あら、それは魅力的ね。3億の男が作るお菓子……いつかバギーを置いて、こっそりお邪魔させてもらおうかしら」
「面白そうじゃねぇか! 俺様も混ぜろォ!!」
遠くからベロベロに酔っ払ったバギーが割り込んできて、宴会は再びドタバタとした喧騒に包まれていく。
アルビダの能力がシロのトラウマを優しく受け流した、どこか救いのある会話。
最弱の海を越えた航路の真ん中で、俺たちは原作の殺伐とした空気を忘れ、奇妙で賑やかな宴の時間を心ゆくまで楽しむのだった――。