バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
「……はっ!? いやぁ、悪い悪い! またいつの間にか寝ちまってたみたいだな!」
ガクンと首を揺らし、口に咥えたままだった骨付き肉を器用に咀嚼しながら、火拳のエースがパチリと目を覚ました。
さっきまで死んだように爆睡していたというのに、起きた瞬間から全開のテンションに戻るのだから、本当に燃費のいい男だ。
「な、ななんなのよ本当に……。心臓に悪い男ね」
アルビダが呆れ果てて溜息を吐き、バギーは「おいクロウ、今のうちに仕留め損ねただろゥが!」と小声で俺にブツブツと文句を言っている。
だが、エースはそんな周囲の反応などどこ吹く風で、テーブルの上に並んだ冷めかけの料理へと再び猛然と手を伸ばした。
バグ巫力でほんの少し時間を止めて(鮮度を保って)おいたのが功を奏したらしい。一口食べたエースの目が、今度はこれまでにないほどギラギラと輝き出した。
「……美味い。おい、ナノハナの時は物資を補給してただけだったから知らなかったが、アンタこんな異常に美味い飯が作れたのかよ、クロウ! この魚の脂の乗り方も、ソースのコクも、白ひげの船(モビー・ディック号)のどの特級コックの飯より美味い!!」
「ハッ、当然だ。俺の料理の腕は、世界のどんな権力や財力をもってしても再現できねぇ、唯一無二のバグだからな」
俺がワイングラスを弄びながら不敵に笑うと、エースはゴクリと喉を鳴らし、真剣そのものの面持ちで俺を凝視した。
その瞳に宿る熱量は、先ほどティーチへの怒りを語っていた時と同等、あるいはそれ以上だ。
「おい、クロウ。アンタ、白ひげのオヤジの船に乗らねぇか!?」
「「ぶっ!!!!????」」
バギーとカバジたちが、今日何度目かも分からない見事なシンクロで酒を吹き出した。
「な、何言いやがるんだ火拳ェーーーっ!!!??? クロウは俺様の同期だぞ! それを天下の白ひげが引き抜こうっていうのかァ!?」
「あら、面白いじゃない。3億の亡霊が白ひげの専属コックだなんて、世界政府が聞いたら卒倒しそうな人事ね」
アルビダが面白そうに口元を隠す中、エースはぐいっとテーブルに身を乗り出し、熱烈な口調で俺に言葉を畳み掛けてきた。
「本気だぜ! アンタほどの料理人が、こんな一般航路で燻ってるなんて世界の損失だ! オヤジだって絶対に気に入る! マルコやジョズ、ウチの隊員たちにもこの飯を食わせてやりてぇんだ! 白ひげの看板を背負えば、海軍のバカどもだってそう簡単には手を出してこねぇぞ! どうだ、俺たちの仲間になれよ!」
5億5000万の大海賊からの、これ以上ないほど破格のスカウト。
白ひげ海賊団の仲間になれば、名声も安全も、あるいは世界中のあらゆる食材へのアクセスも思いのままだ。普通の海賊なら、涙を流して喜ぶような夢の提案だろう。
バギー海賊団の面々が「やっぱり3億ともなると四皇から直々に声がかかるのか……」と、息を呑んで俺の返答を待っている。
俺は静かにワイングラスをテーブルに置き、じっとエースの真っ直ぐな瞳を見つめ返した。
正式な誘いを受け、フッと口元を傲岸不遜に歪めてみせる。
「――だが断る」
「……え?」
エースがポカンと口を開け、甲板の空気が一瞬で凍りついた。
「だ、『だが断る』だァーーーっ!!!???」
バギーが頭を抱えて絶叫する。
「おいクロウ、てめぇ正気か!? 白ひげ海賊団からの誘いだぞ!? 四皇の傘下に入るチャンスを、なんでそんな、なんか格好いいポーズを取りながら一瞬で切り捨てやがるんだァ!!」
「うるせぇバギー。……いいかエース。俺が人生で最も好きなことの一つは、自分が世界の強者(ゲスト)として、誰の指図も受けずに気楽な美食航海(グルメツアー)を繰り広げることだ。そして、俺が最も嫌いなことの一つは、どんなに巨大な権力だろうが、四皇だろうが、俺の自由な時間を縛り付けようとする奴に『イエス』と頭を下げることだ」
俺は手首のロザリオに触れ、微弱なバグ巫力の波動で周囲の空間をピキリと鳴らしてみせた。
「俺は誰の部下にもならねえし、誰の船の専属にもならねえ。俺は、シロと一緒に美味いもんを食って回る、ただの気楽な傍観者だ。白ひげのオヤジに飯を食わせてやりたいなら、いつか俺がふらっとモビー・ディック号の近くを通りかかった時にでも、気が向いたら作ってやるよ」
俺の絶対的な拒絶と、それを裏付ける底知れない強者としての器量。
それを浴びたエースは、数秒間呆然とした後、突然――プハハハハ! と甲板が揺れるほどの爆笑を響かせた。
「プハハハハ! 参ったな、こりゃ完全にお断りだ! ロジャーの船の見習いってのは、どいつもこいつもシャンクスみたいに、オヤジの勧誘をサラッとかわす傲慢な奴ばっかりなのかよ!」
エースは頭のテンガロンハットを直しながら、嬉しそうに笑う。俺の不遜極まりない態度を怒るどころか、むしろその筋の通った生き方が最高に気に入ったらしい。
「もぐもぐ……クロウはね、シロのご飯を一番に作ってくれるの。だから、白ひげのおじさんのところには行かないんだよ!」
隣でシロが、誇らしげに胸を張ってエースに言い放つ。
「あはは、そうか。お嬢ちゃんにそう言われちゃ、これ以上は誘えねぇな。……よし、最高の飯をごちそうになった! これだけ美味いもんを食えば、どんなバグ野郎が相手だろうと、きっちりケジメをつけられそうだぜ!」
エースは満足げに立ち上がると、自分の小さなストライカー(火力を動力にする一人乗りのボート)へと飛び移った。
「クロウ、またどこかの海で会おうぜ! その時はまた、美味い飯を食わせてくれ!」
「ああ、お前がその時まで無事ならな。……死ぬんじゃねえぞ、エース」
「ハッ、誰に向かって言ってやがる! じゃあな、赤鼻の兄ちゃんたちもハデにやれよ!」
火拳のエースは炎を噴き上げ、一瞬にしてグランドラインの夜の海へと消え去っていった。
嵐のように現れ、嵐のように去っていった大物の背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。
「……さて、不届きな泥棒猫も去ったことだ。バギー、アルビダ。俺たちもそろそろ、次の美食の目的地へ向けて出発する。お前らも、あのクソゴムに負けない程度には、グランドラインで泥遊びを楽しめよ」
「て、てめぇ……どこまでも上から目線でむかつく野郎だぜ……! 次会う時は、俺様が世界中のお宝をかっさらって、てめぇに美味い飯を作らせてやるからなァ!」
バギーが悔しそうに負け惜しみを叫び、アルビダが「またいつでもレヴァナント号でお菓子を奢って頂戴ね、クロウ」と妖艶に手を振る。
俺はシロの手を引き、レヴァナント号の船首へと戻ると、バグ巫力で再び空間を歪め、船ごと陽炎のようにその場から消失した。
白ひげからの誘いすらも「だが断る」の一言で一蹴した3億2000万の亡霊たちは、四皇の影すらも踏み越えて、次なる未知なる美食の地へと優雅に舵を切るのだった――。