バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
聖地マリージョアで五老星や海軍元帥、王下七武海といった世界の最高権力どもが、俺たちの『異常接触』を巡って勝手に大パニックに陥り、世界転覆の陰謀だ何だと大真面目に深読みしているなど――。
当然、その時の俺たちは露知らず、ただのんびりと次の美食の目的地を満喫していた。
「んん〜〜〜っ! クロウ、これすっごく柔らかい! お肉なのに、お口に入れた瞬間にジュワッてお水みたいに溶けちゃうよ!」
「だろうな。これが水の都ウォーターセブンの名物、『水水肉(みずみずにく)』だ」
美しい水路が街中を網の目のように巡る、世界一の水の都ウォーターセブン。
その上層街にある、海を一望できる最高級レストランのテラス席で、俺とシロは至福のランチタイムを繰り広げていた。
バギーたちとの懐かしい宴会を終えた後、俺たちは『レヴァナント号』をドックの死角に隠形させ、ヤガラブルに乗って優雅にこの上層街へとやってきたのだ。目的はただ一つ、この街でしか食せない幻の肉を堪能するためだ。
「普通の肉と違ってな、水水肉は水分含有量が異常に高い。だから普通に焼くだけだと旨味が全部水と一緒に逃げちまうんだが……流石は街一番の高級店だ。完璧な火加減で肉の表面を瞬間的に硬化させ、内側にその『奇跡の水分(スープ)』を完全に閉じ込めてやがる」
目の前の大皿に盛られているのは、水水肉の厚切りレアステーキ。
フォークを軽く突き立てただけで、信じられないほどの肉汁が溢れ出し、特製の甘酸っぱいタレと混ざり合って極上の香りを漂わせている。
俺も一枚、ナイフで切り分けて口へと運ぶ。
「(……なるほど、これは美味いな。肉の繊維の一本一本に、上質なフォン(出汁)が極限まで染み込んでいるような感覚だ。噛む必要がほとんどねぇ)」
環境による味の再現が難しかった空島の食材とは違い、この水水肉は地上(青海)の食材だ。
バグ巫力による『空間調律』と『成分解析』を脳内でハッキングしながら味わえば、我が拠点『レヴァナント号』の厨房で、さらにこの味を何倍にも美味くブラッシュアップして再現するレシピが瞬時に構築されていく。
「クロウ、シロね、このお肉のバーベキューも食べてみたい! あっちのテーブルの人が食べてるやつ!」
「おう、好きなだけ頼め。金なら腐るほどあるからな」
シロが小さな指で指し示したのは、骨付きの水水肉を豪快に直火で炙り、特製のスパイスをこれでもかと振りかけた、下層街の屋台発祥のガッツリ系バーベキューだ。高級店のシェフがアレンジしたそれは、香ばしい炭の香りがテラス席まで漂ってきている。
ウエイターを呼び、シロの欲しがるままに追加の料理を次々と注文する。
世界の裏側で3億2000万ベリーの『百鬼夜行の亡霊』と恐れられ、海軍本部に最大級の警戒網を敷かれている指名手配犯が、特等席で少女に飯を奢って財布を緩めているのだから、我ながら随分と気楽なものだ。
「はい、お嬢ちゃん、お熱いから気をつけてね」
運ばれてきた山盛りの骨付きバーベキューに、シロは「わぁ……!」と再び目をキラキラと輝かせた。
過去のトラウマを乗り越え、アルビダのスベスベの肌に触れて「自分は誰かを傷つけるだけの存在じゃない」と実感できたからだろうか。今のシロの笑顔には、以前よりもどこか突き抜けた明るさがある。
「あむっ……もぐもぐ……んんん〜〜〜っ! こっちは外側がカリカリしてて、中はやっぱりジュワジュワだよ! クロウ、あーん!」
「お、おう。……美味いな。スパイスの塩気が肉の甘みをさらに引き立ててやがる」
シロから差し出された肉を一口齧りながら、俺はテラス席の向こう、活気溢れる水の都の景色を見下ろした。
巨大な噴水、行き交う船、そして遠くに見える世界政府の専用列車『海列車』の線路。
「(麦わらの一味がここへ辿り着くまでには、まだもう少し時間があるはずだ。ルッチたちCP9の連中が裏でコソコソ動いてる時期だが……まあ、俺たちの美食航海(グルメツアー)の邪魔をしない限りは、大目に見てやるさ)」
もし万が一、あの鳩を乗せた男たちが俺たちの気楽な時間を汚すような真似をすれば、その時は世界政府の諜報機関ごと空間の塵にしてやるだけだ。
「ふふ、クロウ、お顔がちょっと怖いよ? 美味しいもの食べてる時は、ニコニコしなきゃダメ!」
「あ……悪りぃな、シロ。ちょっとこれの再現レシピを考えてただけだ」
「もうっ、レヴァナント号に帰ったら、またシロと一緒に作ろうね!」
「ああ、約束だ」
俺はシロの口元についたタレを優しく拭ってやりながら、ワイングラスを傾けた。
海軍がどれほど恐怖に慄き、闇の勢力がどれほど蠢こうとも関係ない。俺たちは俺たちのルールで、この世界の美味をどこまでも優雅に喰らい尽くすだけなのだから――。