バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
ふんばりヶ丘での激闘を終え、予選を通過したシャーマンたちに与えられた本戦への切符。それは、パッチ族が用意した巨大な霊体飛行機『パッチ・ジャンボ』への搭乗だった。
アメリカのパッチの村へと向かう機内は、世界中から集まった曲者シャーマンたちの熱気と殺気で、座席に座っているだけでも肌がヒリつくような独特の空間と化している。
そんな中、俺――御門 蓮夜(みかど れんや)は、エコノミークラスの目立たない席に深く腰掛け、一般モブとしての気配遮断を全開にしていた。……はずだった。
「ひ、ひえええええっ!? なんで御門くんがここにいるのさぁぁぁっ!?」
通路を通りかかったちびっ子、小山田まん太が、この世の終わりでも見たかのような絶叫をあげた。その声に引っ張られるように、彼の後ろを歩いていた麻倉葉、そして道蓮、木刀の竜たちが一斉に足を止める。
「よお、麻倉。随分と賑やかだな」
「げ、御門くん……っ!? お前、まさか本当に予選突破して本戦まで来ちゃったの!?」
葉は驚きに目を丸くしながらも、どこか嬉しそうにへらへらと頭を掻いた。一方で、道蓮は鋭い尖った髪を揺らしながら、俺を睨みつけるように一歩前に踏み出してくる。
「貴様が葉の言っていた『隣の席の野良』か……! ふん、不愉快なほどに気配の薄い男だ。このようなモブが本戦の舞台に紛れ込むとは、今回のシャーマンファイトも大したことはないな」
「おいおい、蓮! 御門くんを舐めない方がいいって。オイラがオラクルベルを貰った時、すでに同じものを持ってたんだからさ」
葉の言葉に、蓮が「何だと……?」とわずかに眉をひそめる。木刀の竜も「へえ、このお兄さんもお仲間だったんスか」とリーゼントをなでながら感心したように俺を見た。
(おい頼むからこれ以上俺に注目を集めるな……! 隠密モブムーブが台無しだろ……!)
俺が内心で盛大に頭を抱え、冷や汗を流しながら「いや、本当にただの運が良かっただけの一般モブだからさ。気にせず先に行ってくれ」とあわあわと手を振っていた、その時だった。
ガタ、と機内の空気が不自然に重く沈み込んだ。
世界中から集まった凶悪なシャーマンたちの殺気が、一瞬にして恐怖の静寂へと塗り替えられる。
「――クク、随分と楽しそうだね、葉」
背後から響いたのは、鈴の鳴るような、ひどく澄んだ少年の声。
ゆっくりと通路を歩いてきたのは、長い髪を揺らし、大きなマントを羽織った一人の少年だった。
ハオ。
この世界における最悪の絶望であり、未来の王を冠する、125万の巫力を持つ化け物。
「ハ、ハオ……ッ!」
葉が息を呑み、蓮や竜が瞬時に身構える。そのハオの背後には、彼の部下である『星組』のシャーマンたちが不気味な笑みを浮かべて控えていた。
ハオは葉の前で足を止めると、いつものように傲然とした、全てを見透かすような笑みを浮かべた。だが、彼の視線は、すぐに葉の後ろ――座席であわあわと冷や汗を流している俺のほうへと向けられた。
その瞬間、俺のバグじみた巫力センサーが、過去最高クラスの警報を脳内でガンガンと鳴り響かせた。
(マ、マジかよ……! なんでこっち見てるんだ、目を合わせるな、俺はモブだ、ただの背景の椅子だ……!!)
心の中で必死に念じ、完全に一般人のフリをして視線を泳がせる。しかし、ハオの切れ長の瞳は、おもしろい玩具を見つけた子供のように、じっと俺の左手中指の指輪を見つめていた。
「……へえ」
ハオが小さく、愉しげに呟いた。
彼は人の心を完全に読み取る『霊視』の持ち主だ。しかし、俺の魂は「何度も世界を周回するためのバグ仕様」によって、思考のノイズや魂の器の絶対量が不自然に歪んでいる。さらに、サクヤという高位の人間霊が指輪の内側で完全に息を潜めている。
ハオからすれば、目の前の一般モブの心が「読めるようで、奇妙なバグのせいで奥底まで読めない」という、人生で初めての異常事態に直面しているはずだった。
「面白いね。葉、君の隣には、随分と『不確かな魂』を持ったお友達がいるみたいだ」
ハオは俺の正面まで歩み寄ると、顔を近づけて、その底の知れない瞳で俺を覗き込んできた。
「君、名前は?」
「え、あ、いや……み、御門、蓮夜です……。ただの、あの、補欠合格みたいな野良シャーマンでして……」
最強の累積バグ主人公のはずが、ハオの圧倒的なプレッシャーと霊視の恐怖の前に、完全に余裕を失ってあわあわと言葉を詰まらせる。これほど心臓に悪いイベントは、赤ん坊からスタートしたこの1周目の人生の中で初めてだった。
《れ、蓮夜……! この男の背後の精霊(スピリット・オブ・ファイア)、格が違いすぎます……! 下手に動けば、私の魂ごと焼き尽くされます……っ!》
(分かってる、分かってるから大人しくしててくれサクヤ……!!)
冷や汗が顎を伝って床に落ちる。ハオは俺の怯える姿をじっと観察していたが、やがて満足したようにフッと不敵な笑みを深くした。
「クク……。怯えなくていいよ。君のことは、僕のオラクルベルにも登録しておいたから。本戦の舞台で、その面白い魂がどんな風に輝くのか、楽しみにさせてもらうさ」
ハオはそれだけ言うと、マントを翻して、葉や俺の横を通り抜けてファーストクラスの奥へと去っていった。
「……はぁぁぁぁぁぁっ!! 死ぬかと思った……!!」
ハオの気配が遠ざかった瞬間、俺は座席に崩れ落ちるように深くため息をついた。
原作知識があるからこそ、あの男の危険性が誰よりも骨身に染みて分かっていた。ただの一般モブとして特等席から傍観するつもりが、最初の合流地点で、最悪のラスボスにバッチリと興味を持たれてしまうという、最悪の原作破壊が発生していた。
「……御門くん、大丈夫? ハオの奴、なんで君にあんなに興味を持ったんだろうね?」
「うるさい麻倉! お前らが通路で立ち話なんてするからだろ! 本戦が始まったら、絶対に俺の近くに寄るなよな……!」
俺は赤くなった顔を隠すように顔を背け、激しくオラクルベルを握りしめた。
ハオに目をつけられるという最悪の波乱を含みながら、パッチ・ジャンボは轟音を上げ、世界の強者たちが待つアメリカの本戦の舞台へと飛び立っていくのだった。