バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
――ふんばりヶ丘中学校、3年A組。
新学期が始まって数日。俺、御門 蓮夜(みかど れんや)の平穏な日常は、担任の教師が連れてきた一人の転校生によって、呆気なく終わりを告げた。
「みんな、静かに。島根の出雲から転校生を紹介する。麻倉葉君だ。みんな仲良くするように」
黒板の前に立っていたのは、ゆるくウェーブがかった髪に、首にかけた大きなオレンジ色のヘッドホン、そして制服のシャツのボタンを大胆に開けた、ひどく気の抜けた少年だった。
「麻倉葉です。まー、のんびりよろしく」
へらへと笑うその顔を見た瞬間、俺の背中に冷たい汗が伝わった。
間違いない。前世の記憶にある、この世界の主人公だ。
だが、俺が本当に驚いたのは、彼のルックスでも、呑気な挨拶でもなかった。
(……おいおい、マジかよ)
俺の魂に備わったバグじみた巫力センサーが、ビンビンと警報を鳴らしている。
麻倉葉の身体の奥底に眠る、静かだが底の知れない、驚くほど純度の高い『巫力』の気配。
今の彼にはまだ、相棒となる持霊(パートナー)はいない。にもかかわらず、その身に宿る霊的なポテンシャルだけで、そこらの並のシャーマンを遥かに凌駕しているのが肌で分かった。
《……蓮夜。あの男、ただ者ではありませんね。霊を従えておらぬというのに、その魂の器……酷く底が深く、清らかです》
脳内に響くサクヤの警戒を含んだ声。
俺の左手中指に嵌められた指輪のチャームが、彼女の緊張を映すように、ほんの僅かに熱を帯びた。
「サクヤ、落ち着け。霊力を出すな。あいつに気づかれる」
《……心得ました》
俺は小さく息を吐き、指輪を右手で覆って自身の巫力を完全に内隠(ステルス)させる。いくら葉がのんびりしているとはいえ、こちらがシャーマンだと初手でバレるのは、今後の立ち回りとして悪手でしかない。
「ええっと、麻倉の席は……。よし、窓際の御門の隣が空いてるな。麻倉、あそこに着席しろ」
教師の言葉に、俺は思わず天を仰ぎそうになった。
まさかの主人公の隣の席。神様の配置換えにしては、いささか出来すぎている。
「よろしくな、御門くん」
葉は机にカバンを置くと、隣の俺に向かって、屈託のない笑みを浮かべて手を挙げた。
「ああ、よろしく、麻倉。俺は御門蓮夜だ」
俺はなるべく『普通の一般中学生』を装って微笑み返す。
隣の席から漂ってくる巫力のプレッシャーは凄まじい。普通の人間なら本能的な恐怖で鳥肌が立つレベルだろうが、俺の魂の器は、それすらも「ふーん、美味そうなエネルギーだな」と呑み込めるほどにデカい。
「……ん?」
その時、葉がほんの一瞬だけ、不思議そうに首を傾げた。
ヘッドホンをいじりながら、じっと俺の顔、そして俺の左手の指輪を見つめてくる。
「どうした、麻倉? 俺の顔に何かついてるか?」
「いや、なんでもない。……たださ、御門くんの周りって、なんか妙に空気が澄んでるっていうか、静かだなぁと思って。居心地が良さそうだなーってさ」
葉はそう言って、再びへらへらと笑った。
(恐ろしい直感力だな、麻倉葉……。巫力を完全に隠していても、魂のデカさのせいで周囲の霊的密度がバグってることに気づきかけてやがる)
さすがは原作の主人公。麻倉の血筋のセンスは伊達じゃない。
だが、俺の正体を見破るには至らなかったようだ。葉はそのまま机に突っ伏すと、授業が始まる前から早くも眠そうに目を閉じ始めた。
(さて……。同じクラス、しかも隣の席になっちまった。まだ持霊も得ていないってことは、ここから小山田まん太と出会い、あの『阿弥陀丸』と出会う原作の物語が始まるわけだ)
俺は窓の外、ふんばりヶ丘の街並みを眺めながら、指輪のチャームを静かになぞった。
原作の知識はある。この後に起こるイベントも全て分かっている。
共闘するか、それとも裏から手を引いて原作をぶち壊すか。
いずれにせよ、俺の『1周目』の多世界周回は、この呑気な主人公の隣から、本格的に動き出すことになりそうだ。