バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
――パッチの村の裏手、切り立った崖の上。
お土産屋の賑やかな喧騒から離れたこの場所は、心地よい夜風だけが吹き抜ける静かな空間だった。
俺――御門 蓮夜(みかど れんや)は、崖の縁に腰掛け、パッチの売店で買った冷たい缶コーヒーを飲みながら、夜空に浮かぶ羅睺(らごう)の残光を眺めていた。
葉との買い食い、エックス・ローズとのヒリつくニアミス。本戦を前にして、俺の周りの人間関係は不本意極まりない方向へと加速している。
「はぁ……。どいつもこいつも、一般モブの俺を巻き込みやがって」
「クク……。誰も君をただの『モブ』だなんて思っていないさ。少なくとも、僕はね」
――ッ!?
背後から響いた、鈴の鳴るようなひどく澄んだ少年の声。
心臓が跳ね上がるのを必死に抑え、感情の波をフラットに保ちながらゆっくりと振り返る。
そこには、大きなマントを夜風に揺らし、こちらを見下ろして不敵に微笑む少年が立っていた。
ハオ。
125万の巫力を持つ、この世界の絶対的な絶望。
(クソ、いつの間に……! バグじみた俺の巫力センサーすら、一切の予備動作を感知できなかった……!)
ハオは俺の隣まで歩み寄ると、物怖じする様子もなく崖の縁に腰掛けた。隣から漂ってくる、精霊(スピリット・オブ・ファイア)の圧倒的な熱量と霊的プレッシャーだけで、皮膚がジリジリと焼け焦げそうな錯覚に陥る。
「……何の用だ、未来の王様。俺みたいなバックボーンのない野良シャーマンに、何か面白いことでもあるのか?」
「あるさ。僕の『霊視』はね、他人の心がすべて視えるんだ。どんなに隠そうとしても、魂の形や思考は僕の前に曝け出される」
ハオは缶コーヒーを持つ俺の左手――指輪のチャームをじっと見つめる。
「だけど、君の魂は奇妙だ。読めるようで、奥底が酷く歪んでいて、まるで別の世界のノイズが混ざっているように不確かなんだよ。こんなに不条理で面白い魂(バグ)、1000年生きても初めてだ」
ハオの切れ長の瞳が、獲物を見定めて楽しむように細められる。
人の心を読み取る霊視。だが、俺の魂には「何度も世界を周回するためのシステム(バグ)」が内包されている。だからこそ、ハオの全知全能の能力をしても、俺の思考のコアな部分だけは『ノイズ』として弾かれ、完全には読み切れていないのだ。
《れ、蓮夜……! だめです、呼吸を乱してはなりません。この男、本当に底が知れません……!》
(分かってる、分かってるからサクヤ、お前も絶対に霊力を漏らすなよ……!)
俺はあわあわと慌てたフリをして、頭を掻きながら大きくため息をついて見せた。
「勘弁してくれよ。俺はただ、本戦の隅っこで適当に記念受験して、一般モブらしく平穏に生きたいだけなんだ。お前みたいな化け物に目を付けられたら、命がいくつあっても足りない」
「アハハ! 面白いことを言うね。君ほどの巫力の密度を持っておきながら、一般モブを自称するなんてさ」
ハオは子供のように無邪気に笑った。だが、その笑みの裏にある殺気は、いつでも世界を滅ぼせるほどに冷酷だった。
「安心するといい。君を今すぐ殺すような真真似はしないさ。せっかく見つけた面白い玩具を、本戦の前に壊してしまうのは勿体ないからね。……興味があるんだ。君のような不確かな魂が、僕の作る新しいシャーマンの世界で、どんな風にもがいて、どんな風に輝くのかをさ」
ハオは立ち上がり、マントを翻した。
「せいぜい生き残りなよ、御門蓮夜。君が僕を失望させない限り、君のその命、まだ奪わずに泳がせておいてあげるから」
紅蓮の炎の残滓を残し、ハオの姿は夜の闇へと掻き消えた。
「……はぁぁぁぁぁぁっっっ!!! マジで死ぬかと思った……!!」
ハオが完全に去ったのを確認し、俺は地面に大の字になって倒れ込んだ。全身から冷や汗が吹き出し、制服のシャツが肌に張り付いている。
ラスボスの気まぐれによる「生存許可」。ハオに興味を持たれたことで、とりあえず即死ルートは回避できたものの、本戦で常に彼に見張られるという最悪の綱渡り状態に突入していた。
《……生き延びましたね、蓮夜。あの男の余裕、癪ですが……今はそれを利用して、我らも本戦でさらに力を蓄えるしかありません》
(ああ。まだ殺されないなら、それが俺たちの勝機だ。本戦のリーグ戦、ハオの特等席の前で、ド派手に暴れ回ってやろうじゃねえか)
俺は冷え切った缶コーヒーを飲み干し、不敵に笑う。
未来の王の興味を惹きつけながら、裏では誰も追いつけない強さへと進化していく。
不確かな多世界周回の1周目。御門蓮夜の命懸けの本戦リーグ戦が、最悪の注目の中で、いよいよ幕を開けようとしていた。