バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
ハオの部下たちをワンパンで消し飛ばし、当のハオ本人からスカウトを受け、さらには戻った通路でアンナから理不尽な往復ビンタを喰らうという、散々な本戦初戦から数日。
オラクルベルに表示されたトーナメント表を眺めながら、俺は自身の第2戦までのタイムラグを消化していたが、パッチの村のリーグ戦は、原作のタイムラインに沿って血生臭い激動のステージへと突入していた。
その日、俺――御門 蓮夜(みかど れんや)は、決戦場の一般観客席の隅っこ、最も目立たないポジションを陣取っていた。
視線の先、中央の戦場に立っていたのは、麻倉葉たち『ふんばり温泉チーム』ではない。エックス・ローズの本隊である『X-Ⅰ』――マルコ、リゼルグ、そして巨大な鉄の拷問器具『アイアン・メイデン(鉄処女)』を背後に浮かべた、正義の象徴。
対するは、エジプトの古代文明の霊を従える、強豪チーム『ナイルズ』の3人。
「我らが秘術の前に、エックス・ローズのボスがそんな錆びついた鉄屑とは笑わせる! 我々への勝利を捧げるため、まとめて血祭りにあげてやる!」
ナイルズのリーダーが叫び、エジプトの神々の力を借りた巨大なオーバーソウルを展開してマルコたちに襲いかかる。
だが、その強固な防壁と攻撃が届くより早く、戦場に酷く静かで、悲しいほどに美しい少女の声が響き渡った。
「――世界から、争いの憎しみを無くすために。迷える魂に、正義の『裁き』を」
キィィィン……と、耳鳴りのような鋭い巫力の共鳴音が決戦場を支配する。
ゆっくりと開く鉄処女の扉。その内側の無数の鋭い針にその身を刺され、鮮血を流しながら姿を現したのは、痛々しい抱擁の網に囚われた、髪の長い少女だった。
聖母アイアン・メイデン・ジャンヌ。
巫力――数十万。ハオに対抗し得る、エックス・ローズの絶対的な神。
「顕現せよ――シャマシュ」
直後、彼女を縛る血濡れの拷問器具が形を変え、空間そのものを圧殺するほどの圧倒的な巨大法の神『シャマシュ』が具現化した。
その霊的プレッシャーは、俺が前戦で放った『神鳴の一矢』の最大出力すらも子供騙しに見えるほど、ただ純粋に、圧倒的な神の絶対量としてその場を支配していた。
「な、何だこの化け物じみた巫力は……っ!? 我々を侮るなァァ!」
恐怖に駆られたナイルズのメンバーが、全巫力を込めた一撃をジャンヌへと放つ。
だが、それは届かない。
巨大神シャマシュが振り下ろした『法の処刑器具』が、ナイルズのオーバーソウルを、文字通り塵一つ残さず正面から紙切れのように圧殺した。
ガギィィィン!!!
悲鳴をあげる暇さえ与えない、圧倒的な死の洗礼。
エックス・ローズの掲げる正義とは、すなわちハオに連なる悪の完全なる「抹殺」。シャマシュの放つ断頭台の刃が、敗北したエジプトチームの肉体ごと、その魂を容赦なく引き裂き、現世から消滅させていく。
「ひ、ひえええええっ……!!」
観客席の別の場所で、小山田まん太が腰を抜かして悲鳴を上げているのが聞こえた。葉も、道蓮も、そのあまりにも残虐で冷徹な「正義」の暴力に、息を呑んで拳を握りしめている。
(……胸糞悪いな)
俺は一歩も動かず、ただ静かにその惨劇の一部始終を網膜に焼き付けながら、内心で激しい嫌悪感を抱いていた。
世界から争いを無くすために、牙を剥く者を皆殺しにする。ハオを倒すためなら、無抵抗の敗者の魂までをも無慈悲に消滅させる。そんなエックス・ローズの掲げる狂信的な正義の矛盾に、現代日本人の価値観を持つ俺の魂は、猛烈に嫌気が差していた。
そして同時に、俺の魂の奥底で、かつてないほどの激しい焦燥と、一つの『決意』が冷たく燃え上がっていた。
(これが本戦の、世界のトップクラスの現実か……)
ハオの持つ125万、そしてジャンヌの数十万という、あまりにも絶望的な桁違いの巫力。
一般モブとして気配を隠し、特等席からただ傍観するつもりだった。だが、ハオに目を付けられ、ソロ枠に隔離された今の俺が、このまま生温い野良として立ち止まっていれば、いずれあの巨大な神の天秤か、あるいはハオの紅蓮の炎に魂ごとすり潰される。
(ここに介入して誰かを救うなんて高尚な真真似はしない。……だが、俺には魂に刻まれた累積バグがある。どんな化け物が相手だろうと、この1周目の世界で、俺は俺のやり方で最強を貪り尽くしてやる。誰も俺の頭上から理不尽を押し通せないほどの、圧倒的な力を手に入れてな……!)
指輪の内側から、俺の決意に共鳴したサクヤの、獰猛で歓喜に満ちた気配が伝わってきた。
《……蓮夜。あの少女の巫力、固定化されたあの持霊……本物です。現段階の我らが正面から撃ち合えば、確実にこちらの魂の器ごと消し飛ばされますね》
(ああ、サクヤ。ハオだけじゃない、エックス・ローズのトップも完全に化け物だ。でも、介入もしなけりゃ敵対もしない。俺はただ、あの圧倒的な『神の巫力』の運用をここで観察し、自分の血肉に変えるだけさ)
戦場の中央、血濡れた鉄処女の中へと再び戻っていくジャンヌ。
その無慈悲な完全勝利を見つめながら、俺は左手中指の指輪をそっと撫で、自身の内側のバグ巫力をさらに深く、鋭く内隠(ステルス)させた。
「――クク、素晴らしい正義(おままごと)だね」
不意に、少し離れた特等席から、ハオのいつもの澄んだ、しかし酷く冷ややかな嘲笑が聞こえた気がした。ハオにとっても、自分の息がかかった駒がゴミのように処理されたジャンヌの力は、まだ「楽しむための余興」でしかないのだろう。
ハオ、エックス・ローズ、そして麻倉葉。
三つ巴の絶望と因縁が本格化していく本戦のリーグ戦。俺はその嵐のど真ん中で、誰の手助けもせず、ただひたすらに自身のバグ火力を進化させるための牙を研ぎ続けるのだった。