バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第31話:『二周目の産声と、ロジャーの船』
――そこは、前世の記憶にある、あの海賊漫画の世界だった。
魂に刻まれた【累積バグ】。
死ぬたびに記憶を保ち、培った知識や力、能力のすべてを内包して次の生へと進む、強くてニューゲームの多世界周回。
ここが、俺の『2周目』の人生だ。
◆
「オギャア, オギャア、オギャア!」
視界が酷くぼやけている。五感が鈍く、身体が全く思い通りに動かない。
1周目の『シャーマンキング』の世界で、最悪の絶望だったハオを救うため、自身の全生命力と全巫力のすべてを賭して【生命の答え】を紡ぎ出した俺の魂は、今、海の広がる新たな世界の薄暗い船室のベッドの上で、赤ん坊として産み落とされていた。
(……本当に、前世の記憶が残ってる。それだけじゃない、魂の最深部にあるこの『温もり』は……!)
生まれたばかりの赤ん坊の脳では、処理しきれずに焼き切れてしまうはずの大人の記憶。だが、俺の魂はそのすべてを完全に内包し、守っていた。
それだけじゃない。前世で命と引き換えにハオへ放った、あの『計測不能な巫力』。ハオとの密約によってカンスト状態で完全固定化された『陰陽術』と『泰山府君祭(たいざんふくんさい)』の術式。そのすべてが一滴も溢れることなく、俺の魂の器に完璧に累積(スタック)されていた。
《……無事、次の世界へ辿り着いたようですね。お体の調子はいかがですか?》
《お久しゅう御座います。新たな世界への転生、実に見事で御座います》
魂の深淵から響く、二つの涼やかで愛おしい声。
戦国を生き抜いた光弓の女武者『サクヤ』。そして、1周目のラストにハオから最大の贈り物として託された、千年の歴史を持つ猫の霊『マタムネ』。
記憶も霊格も保ったまま、俺の魂と完全に融和して一緒に旅をしてくれる、最高の相棒(パートナー)たちもそこにいた。
(ああ、二人ともありがとよ。……それより、外が随分と騒がしいな。なんだこの大気の震えは……?)
赤ん坊の俺が寝かされている木製の揺りかごのすぐ外から、楽しげな笑い声と、世界を揺るがさんばかりの凄まじい『覇気』の残滓が、波の音と共に響いてきた。
◆
それから数年が経ち、俺は言葉を覚え、自分が生まれ変わったこの世界の状況を理解することになる。
俺の新しい名前は、クロウ。
この世界でつけられた、ありふれた名だ。
生まれ落ちたのは、のちに海賊王と呼ばれる男が、その覇権へ向けて偉大なる航路(グランドライン)を突き進んでいた『ロジャーの時代』。
俺はとある島で拾われた素性の知れない「孤児」であり、たまたまオーロ・ジャクソン号に連れてこられ、そのまま船のクルーたちの手で赤ん坊(モブ)として育てられていた。
前世の俺は、この世界が『ONE PIECE』という漫画物語の世界であることは知っていた。だが、前世で死んだ時点ではまだ物語の結末は描かれておらず、俺は世界の「完結」を知らない。
ルフィたちがどんな冒険をし、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)が何なのか、最後はどうなるのか……その核心は何も分からなかった。
(結末を知らない。だからこそ、自分の好きなように自由に旅ができるってわけだ……)
そして、俺を育てている伝説の海賊団の大人たちは――。
「おいガキ、生きてるかァ! 飯の時間だぞ、しっかり食って強くなれよ!」
豪快に笑いながらドアを開けて入ってきたのは、立派な口髭を蓄え、圧倒的な生命力と覇気を放つ一人の男。
――未来の海賊王、ゴール・D・ロジャー。
「おいロジャー、赤ん坊をそんな大声で起こすな。……それよりレイリー、お前からも船長に言ってくれ。また見張りのシャンクスとバギーが、どっちの故郷が寒いかで喧嘩を始めやがった」
通路の奥から呆れたように声をかけてきたのは、眼鏡をかけた若き日の『冥王』シルバーズ・レイリー、および『魔鬼』ダグラス・バレット。
さらに、甲板の方からは、まだ幼い見習い時代のシャンクスやバギーの騒がしい声が聞こえてくる。
(……マジかよ。ロジャー海賊団の船の上かよ……っ!!)
世界で初めて偉大なる航路を完全制覇する、伝説の海賊団。その影で、俺は孤児として育てられていた。
《ふん……。完結を知らぬからこそ、不確かで面白い。相変わらず、とんでもない特等席に放り込まれたものだな、クロウ》
俺の傍らで実体のない半透明な『霊体』として姿を現したマタムネが、煙管をふかす仕草をしながら、呆れたように、しかし不敵に微笑んだ。
(ああ、サクヤ、マタムネ。1周目でカンストさせた俺の陰陽術と泰山府君の技術……この世界には『悪魔の実』や『覇気』ってのがあるが、俺たちのハオ直伝のチート能力がどこまで通用するか、試してやろうじゃねえか)
俺は赤ん坊の小さな手を握りしめ、魂の奥底で青く静かにバグ巫力を滾らせた。
一般モブとして伝説の影に隠れながら、裏では誰も追いつけない異次元の最強へと再び牙を研ぐ。
不確かな多世界周回の2周目。ロジャー海賊団の騒がしくも熱い航海の中で、結末を知らないクロウの、自由で気ままな旅が、今、静かに幕を開けるのだった。