バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第47話:『三日三晩の激闘と、解き放たれた厄災』
新世界のどこかにある、名前もなき緑豊かな無人島。オーロ・ジャクソン号がその海岸に錨を下ろした直後、突如として島全体の空気が爆ぜるように重くなった。
水平線の向こうから島へと近づいてきたのは、巨大なクジラを模した船――「白ひげ」エドワード・ニューゲート率いる、白ひげ海賊団のモビー・ディック号だ。
「がははは! ニューゲート! やっと会えたなァ!」
「グララララ! ロジャー、息災だったか!」
互いの船長が島に降り立ち、挨拶代わりに武器を交えた瞬間、天の雲が真っ二つに割れ、凄まじい覇王色の衝突が島全体を激しく震わせた。それが合図だった。両船の海賊たちが一斉に叫び声を上げ、武器を手に島の大地へと飛び出していく。
(これが、世界最高峰のぶつかり合いか……!)
俺は懐のロザリオの結界を解き、右手にヤクヤクの『不運』のエネルギーを凝縮させながら、島を埋め尽くす敵陣へと躍り出た。
この2周目を気ままに自由に進めるためにも、新世界のトップクラスがどれほどのものか、その身で知っておく絶好の機会だ。
島を舞台にした戦いは、文字通りの地獄だった。そしてそれは、一日では決して終わらなかった。
初日。島を駆け回りながら、俺は自慢のヤクヤクの力(接触発動)を使い、向かってくる白ひげ海賊団の構成員たちを次々と自滅させていった。触れた瞬間に足元を滑らせ、武器の耐久度を狂わせ、面白いように敵が倒れていく。陰陽術で気配を絶ちながら戦う俺の戦闘スタイルは、乱戦の中で十分に機能しているように思えた。
だが、二日目に入り、戦線が島の密林へと移って混沌を極める中、俺の前に凄まじい威圧感を放つ白ひげ海賊団の『隊長格』の男が立ち塞がった。その構えには一切の隙がない。
(へっ……上等だ。俺のヤクヤクの力がどこまで通用するか、試してやるよ!)
俺は俊敏に地を蹴り、男の懐へと潜り込んだ。ひらりと相手の鋭い斬撃をかわし、男の武装色の施された前腕に、俺の掌をパチリと接触させる。
(かかった! 武器が壊れるか、体勢でも崩しな――)
だが、その瞬間。男の身体から放たれた圧倒的な『武装色の覇気』が、俺が流し込んだ不運のエネルギーを、力づくで押し返してきたのだ。
「……なっ!?」
「妙な術を仕掛けてきたな。だが、お前のそれは『意志(覇気)』の密度がまだまだ足りねェ!」
男の豪快な裏拳が、俺の防御の上から炸裂した。
ハオ直伝の陰陽術の防御波形で直撃こそ和らげたものの、大人と子供の圧倒的な体格差、そして練り上げられた本物の覇気の前に、俺の身体は島の大地を何メートルも吹き飛ばされ、巨木に激しく叩きつけられた。
「くっ、は……っ!」
《クロウ! 持ちこたえろ! 相手の魂の強度が、お主の今の未熟な肉体を遥かに上回っておる!》
マタムネの焦ったような声が響く。
ヤクヤクの不運は、世界のルールをバグらせる強力な力だ。だが、相手の「絶対に揺るがない強固な意志(覇気)」がそれを上回っている場合、小さな不運程度では、その強引な肉体と実力でねじ伏せられてしまうのだ。新世界の壁は、俺が思っている以上に高くて厚かった。
「そこまでだ、ガキ。あと10年修行してきな!」
上空から振り下ろされる追撃の刃。万事休すかと思ったその瞬間、銀色の閃光が俺の前に割り込み、敵の刃を火花と共に弾き飛ばした。レイリー副船長だ。
「そこまでにしてもらおうか。うちの見習いが世話になったな」
「ちっ、冥王のお出まし。……またな」
隊長格の男は不敵に笑いながら、島の奥へと身を引いていった。レイリーは俺を引き起こしながら、「怪我はないか。これが本物の覇気の世界だ」と静かに告げた。
俺は口元の血を拭い、フッと笑った。折れるどころか、もっと肉体と覇気を鍛え上げてやるという闘志が魂の奥底で青く滾っていた。
そして三日目。島の至る所で戦闘が続き、夜の休戦を挟みながらも、敵も味方も限界を超えて武器を交え続けた。シャンクスもバギーもボロボロになりながら戦い、俺もまた、レイリーの背中を見ながら、ヤクヤクの力だけに頼らない「素の体術と覇気の連動」を必死に島の大地で模索し続けた。
――そして、四日目の朝。
「いやぁ、今週の物資はこれで全部か?」
「ああ、そっちの酒も持ってけよ! マルコ!」
昨日までの島を揺るがす殺し合いが嘘のように、無人島の海岸にはのどかな空気が流れていた。
両海賊団は笑い合いながら、互いの船から持ち寄った物資を交換する「プレゼント交換」を行っていたのだ。海賊たちの現金な関係に、俺は呆れ半分、感心半分でその光景を眺めていた。
俺は首元にかけたロザリオに触れ、ヤクヤクの力を完全に封印した状態で、物資の箱の前に立っていた。すると、白ひげ海賊団の若いクルーの男たちが、こちらの様子を品定めするように近づいてきた。
「おいおい、何だぁ? ロジャーのところの見習い坊主、そんな安物のロザリオなんか首にかけやがって。海賊が神にでも祈るってのか? がははは!」
男の一人がそう言って品下した笑いを浮かべ、俺の首元へ無遠慮に手を伸ばした。
「おい、よせ――」
俺の制止よりも早く、男は冗談半分で俺の首からロザリオを強引に毟(むし)り取った。
カチリ、と頭の中で封印が完全に外れる音がした。
「あ」
その瞬間、近くにいたシャンクス、バギー、事情を知っているロジャー海賊団の大人たちの顔色が一瞬で変わった。
レイリーが鋭い口調で「野郎ども、下がれ!」と短く合図を出す。それを聞いたロジャー海賊団の面々は、一切の躊躇なく、蜘蛛の子を散らすように俺の周囲からサッと一定の距離を取った。
「あん? なんだよロジャーの奴ら、急に距離を取って……」
残されたのは、ロザリオを奪ってニヤついている男と、何も知らない白ひげ海賊団のクルーたちだ。
そして次の刹那、抑え込まれていたヤクヤクの『厄災のエネルギー』が、堰を切ったように周囲へ向かってドス黒く溢れ出した。
バキィッ!!!
「うわあああっ!?」
まず、ロザリオを奪い取った男の足元にあった頑丈な木箱が、何の前触れもなく突然真っ二つに爆ぜるように叩き割れた。驚いた男は体勢を崩し、不自然に足首を激しく捻ってその場に転倒する。
「痛ぇっ!? な、なんだ!? 蜘蛛の巣にでも引っかかったか!?」
不幸の連鎖はそれだけでは終わらない。すぐ隣で物資を運んでいた別の白ひげクルーが、何もない平らな砂浜で思い切り足を滑らせ、抱えていた高級な酒樽を放り投げた。
宙を舞った酒樽は、さらに奥にいた大柄なクルーの頭へ直撃し、ゴチィン!と鈍い音を立てて砕け散る。
「ぶべらっ!? 誰だ酒を投げた奴はァ!」
「うわっ、ごめん! 突然足がもつれて……って、おい! 運んでた肉の袋に大きな穴が空いて砂まみれに!」
「ギャーッ! 俺のハサミが突然サビて動かなくなったぞ!?」
半径数メートル以内で、ありとあらゆる「ちょっとした不幸」がまるでドミノ倒しのように次々と巻き起こっていく。奇跡的な自滅のオンパレードに、白ひげ海賊団のクルーたちは大混乱に陥っていた。
離れた安全圏からその様子を見ていたバギーとシャンクスは、冷や汗を流しながら引き攣った笑いを浮かべている。
「ひぇぇ……やっぱりロザリオ外すとロクなことになんねェ……」
「白ひげ海賊団の人たち、完全に巻き込まれてるな……」
「がはははは! 面白いものが見られたなァ、ニューゲート!」
遠くからロジャーの豪快な笑い声が響く中、その隣にいた巨漢――『白ひげ』ニューゲートは、大きな酒杯を片手に、自分の息子たちが次々と妙な自滅をしていく光景を怪訝そうに眺めていた。
「グララララ……おいロジャー、そこのガキ、一体何を仕込みやがった?」
俺は転倒して痛がっている男の手からロザリオをひょいと奪い返し、再び首にかけて封印を施すと、何食わぬ顔でロジャーと白ひげの座る大岩の前へと歩み寄った。
「仕込んでなんかないさ、ニューゲートのおっさん。これが俺の食べた悪魔の実の能力だよ。超人系(パラミシア)の『ヤクヤクの実』。周囲に理不尽な不運や不幸をまき散らす、厄災人間さ」
俺は飄々とした態度で、自分の能力の詳細を白ひげに直接説明してやった。
「今はまだ制御が甘いからさ。そのロザリオで外側から封印してないと、半径数メートル以内の奴全員に、さっきみたいな細かい不幸がランダムで強制発動しちまうんだ。……だから、あんたのところの息子が気安く剥ぎ取ったのが悪い」
俺の説明を聞いた瞬間、白ひげの笑顔がピタリと止まった。
そして、その大きな顔に、これ以上ないほどの露骨で、心底「嫌そうな顔」を浮かべたのだ。
「……ヤクヤクだと? 周囲に不幸を垂れ流す能力だと……?」
白ひげにとって、何よりも大切なのは「家族(クルー)」だ。その最愛の息子たちが、ただ近くにいるというだけで、防ぎようのない『不運』によって怪我をしたり、食べ物を台無しにされたりする。それは“家族の平穏”を愛する白ひげにとって、最も関わりたくない、一番タチの悪い嫌がらせのような能力だった。
「グラララ……いや、笑えねェな。ロジャー、お前ぇ、とんでもねェババ抜きを船に引き込みやがったな」
白ひげは顔を顰め、本当に嫌そうに俺からわずかに身を引いた。
「がははは! そう言うなニューゲート! こいつは普段はいい奴なんだぜ!」
「うるせェ。おいマルコ! プレゼント交換が終わったらすぐに船を出すぞ! あのガキの近くには絶対に近寄るんじゃねェ!」
白ひげが本気で嫌そうな声で息子たちに指示を飛ばす。
俺はそんな世界最強の男の反応を見ながら、フッと口元を不敵に歪めた。
「さあ、おっさん、プレゼント交換の続きだ。俺から手渡す箱、ちゃんと不運が起きないように受け取ってくれよ?」
「……ガキ、お前はそこに置いてろ。俺が自分で拾う」
最後まで徹底的に嫌な顔をする白ひげ。
三日三晩の激闘の後に訪れた、ささやかな厄災の悪戯。世界の広さを知り、そして『ヤクヤクの実』が世界最強の男にすら精神的ダメージを与えられる最高の玩具であることを確信した俺は、飄々とした笑みを浮かべながら、次の不敵な一歩へ向けて自らの牙を研ぎ始めるのだった。