バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
――翌日、ふんばりヶ丘の街は原作通りの喧騒に包まれていた。
学校では、ちびっ子の小山田まん太が「幽霊を見たんだ!」と必死に騒ぎ立て、クラスメイトたちから失笑を買っていた。その様子を、隣の席の麻倉葉はいつものへらへらとした顔で眺め、俺――御門 蓮夜(みかど れんや)は読書を装って完全にスルーを決め込んでいた。
そしてその日の夜。
俺はふんばりヶ丘の首塚(墓地)を見下ろす、小高い丘の上の大樹の影に身を潜めていた。
「……やっぱり、こうなるか」
夜風に髪を揺らしながら、俺の視線の先では、昼間にまん太を人質に取った『木刀の竜』の一味が、阿弥陀丸の墓の前で大暴れしていた。
そこへ、のんびりと現れる麻倉葉。
「ケッ! タタリ? 首塚? くだらねえ!! ありもしねえ霊なんざに墓をやるほど、東京の住宅事情は甘かねえんだよ」
木刀の竜が下品に吐き捨て、その手に握られた木刀を容赦なく振り下ろす。
鈍い破壊音と共に、阿弥陀丸の拠り所であった墓石が、無惨にも叩き割られて破片を散らした。
ここからの流れは、前世の記憶にある原作漫画の第1話そのものだった。
墓石を壊され、さらに竜に痛めつけられるまん太。それを見た葉が、ついにその本性を現す。
「――お前、さっきから阿弥陀丸の心を傷つけてるぞ」
葉の言葉と共に、破壊された墓石の奥から凄まじい霊の気配が立ち上った。六百年前に百人斬りと恐れられた伝説の侍、阿弥陀丸の魂が、葉の呼びかけに応えて現世に顕現する。
《……ほう。あれが噂に聞く、六百年前の鬼神ですか。人間霊としては、確かに破格の霊格を持っていますね》
俺の隣に実体化したサクヤが、腕を組んで感心したように目を細めた。
戦国時代を弓取りとして生き抜いたサクヤから見ても、同じ人間霊である阿弥陀丸の放つ純粋な剣気は一見の価値があるらしい。
「ああ。あれが阿弥陀丸だ。傷つけられた己の墓よりも、他人のために涙を流せる奴さ。……そして、今から麻倉の『真骨頂』が始まるぞ」
俺がそう呟いた瞬間、葉が阿弥陀丸の霊を自身の身体へと憑依させた。
――シャーマンの基本技術、魂を重ね合わせる『憑依合体』。
「憑依合体――阿弥陀丸!!」
直後、葉の雰囲気が一変する。
ただの中学生の身体から放たれる、圧倒的な剣豪のプレッシャー。葉は近くにあったを卒塔婆を持つと、瞬く間に木刀の竜とその手下たちを文字通り一刀両断に叩き伏せていった。
繰り出されるは剣技にて、竜のリーゼントは斬られた。
竜の仲間達の悲鳴が響き渡り、勝負は一瞬で決した。
葉と阿弥陀丸、二人の魂が完全に共鳴し、最高の相棒(パートナー)が誕生した瞬間だった。
《お見事。主の器の広さと、霊の技の鋭さが完璧に噛み合っています。これほど鮮やかな憑依合体、中々見られるものではありませんね》
「同感だ。やっぱり本物の戦闘を見ると、解像度が違って見えるな」
俺は左手中指の指輪をそっと撫でる。
葉の憑依合体を見たことで、俺の魂の奥底にある巫力が、共鳴するようにジワリと熱を帯びていた。
何度も世界を渡り、培った力を内包して強くなる俺のバグシステム。
俺の器のデカさは、今の麻倉葉をも上回っている自負がある。だが、今日の彼らの戦いを見て確信した。俺に必要なのは、ただ膨大な巫力を集めることじゃない。サクヤという最高の持霊の力を、100%、いや200%引き出すための『同調(シンクロ)』だ。
「サクヤ。あいつらはここからどんどん強くなるぞ。道 蓮、ファウスト、ホロホロ……。原作のインフレに置いていかれないよう、俺たちも裏で徹底的に鍛え直すぞ」
《くすくす、望むところです。あの侍の刃に負けぬ一矢、いつでもお見せしましょう》
サクヤは不敵に微笑むと、静かに霧のように消えて俺の指輪へと戻っていった。
ふと首塚を見下ろすと、戦闘を終えた葉が、夜空を見上げながら不思議そうにこちら(丘の上)へと視線を向けた。その鋭い直感センサーが、俺のわずかな巫力の残滓を捉えたのかもしれない。
「……じゃあな、主人公。お前の物語を、ここからせいぜい引っ掻き回させてもらうさ」
俺は葉がこちらに気づくより早く気配を断ち、夜の闇へと溶け込むようにその場を去った。
1周目の世界での本格的な修行、長きにわたる戦いの裏で、静かに牙を研ぐ日々がここから幕を開ける。