バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
「……あう、あー」
オーロ・ジャクソン号の船内、高級な木材で造られた揺りかごの中で、生後間もない赤ん坊――クロウ(御門蓮夜の転生体)は、猛烈に不機嫌だった。
前世でハオを救うために全生命力・全巫力を賭して【陰陽救済の一矢】を紡ぎ出し、純粋な『死』を迎えたはずの彼だったが、死ぬたびに記憶を保つニューゲームの多世界周回の累積バグにより、前世の記憶と「50万そこらの巫力センス」を魂の最深部に内包したまま、この『ONE PIECE』の世界へ生まれ落ちていた。
しかし、転生したばかりの彼を待っていたのは、静寂とは程遠い環境だった。
「ロジャー! おれの右腕になれァ!!」
「おれは支配に興味がねェんだよ、シキ!!」
「おいシャンクス、帽子を押さえとけ!」「うるせェバギー、お前こそ足が震えてるぞ!」
防音の効いた船室にまで容赦なく響き渡る、シキの大声、ロジャーの怒号、 ロジャー海賊団の見習い少年たちの騒がしい喧嘩の声。さらに海を埋め尽くす金獅子艦隊の数千門の砲台が一斉に火を噴き、天地を裂くような重低音が船体を激しく揺らす。
(……うるさい。どいつもこいつも、大声で怒鳴り合いやがって。転生したばかりで、まだ頭がズキズキするっていうのに、これじゃあ安眠の一眠りすらできやしない。……あぁ、本当に鬱陶しいな。少しは黙れ)
イラ立ちが限界に達したクロウは、周囲の有象無象を「強制的に黙らせる」ため、揺りかごの外へと小さな右手を突き出した。
狙うは、オーロ・ジャクソン号の周囲で騒ぐ人間たちの『気配』と『音の波形』。ハオから叩き込まれた陰陽術の基本中の基本、気配や音を強制的に遮断する「隠形」の術式を無意識に編み上げる。周囲の音を呪いで縛り、完全な静寂の空間を作ろうとしたのだ。
だが、彼は一つ、重大な計算違いをしていた。
今の自分は、まだ生まれて間もない、骨も筋肉も未発達な「赤ん坊の肉体」であるということを。
(――しまっ、術の構築が……ッ!?)
赤子の肉体は、魂の最深部に眠る「50万そこらの巫力」というあまりにも膨大すぎるエネルギーの奔流を、まともに制御しきれなかった。
ただ音を消すだけの小さな術式に、バグ巫力の出力が爆発的に上乗せされ、制御のタガが外れて完全に暴走。ハッキングされた術式は、音を消すどころか、エッド・ウォー沖の海域全体の『大気と海原の物理波形』そのものを根底からひっくり返す大厄災へと変貌してしまった。
「ぶぅ、ふぅーっ!!」
赤ん坊のクロウが術の暴走に焦って、小さな唇から盛大に泡を吹いた、その瞬間だった。
ドガガガガガガガガガガガーン!!!!
エッド・ウォー沖の海域全体の因果がぐにゃりと歪み、一瞬にして空が真っ黒な闇に包まれた。
ただの静寂を求めたはずの術式は、出力ミスによって大気圏をパニックに陥れ、突如として超巨大な暴風雨と狂った雷雲を急発生させたのだ。
「な,なんだこの嵐はァーーーっ!? 予兆すらねェぞ!!」
「 大気が……気圧が完全に狂ってやがる!!」
金獅子海賊団の航海士たちが絶叫する。
金獅子海賊団の艦隊『だけ』を狙い撃ちにするかのように、異常な超重力と局所的な大厄災を伴う渦が海を割る。
オーロ・ジャクソン号に降り注ぐはずだった無数の砲弾は、壁のような逆風によってすべてシキの艦隊へと力任せに押し戻され、自らの船を次々と爆破していく。さらに、巨大な渦潮が金獅子の巨大な海賊船を次々と海の底へと引きずり込んでいった。
「何が起きたァ!? 悪天候だと!? このおれの大艦隊が、たかが自然の悪戯で壊滅していくというのか……っ!?」
シキがコントロールを失った旗艦の甲板で、激昂する。
その刹那――あまりの暴風と超重力によって根元からへし折れた、自船の巨大な『舵輪』が矢のような速度で宙を舞った。
ズブシュッ!!!
「ぎゃあああああーーーっ!! シキ提督の頭に舵輪がァーーーっ!!」
「抜けねェ! 脳まで達してて、無理に抜いたら死んじまうぞ!!」
頭のど真ん中に舵輪が深く突き刺さったシキは、激痛と衝撃に顔を歪めながら倒れ込み、伝説の大艦隊は一瞬にして壊滅・地獄絵図へと変わった。
一方、オーロ・ジャクソン号の甲板では、バギーが「天の助けだァーー!」と狂喜乱舞し、ロジャーが「野郎ども、この嵐を突き抜けるぞ!!」と豪快に笑って、包囲網を悠然と突破していった。
誰も気づいていない。
歴史に刻まれる伝説の戦いを終わらせた『奇跡の嵐』の正体が、船底の揺りかごで、術の出力ミスにより体力を使い果たし、「二度とこんな無茶はするまい……」と涙目でぐったりと眠りについた赤ん坊の、ただの『八つ当たりと制御ミス』によるものだとは。
(……はぁ、死ぬかと思った。危うく自分の起こした嵐でこの船ごと海の藻屑になるところだったぞ。……だめだ、この不自由な赤ん坊の体じゃ、前世の術を迂闊に使うのは危険すぎる)
溢れ出たバグ巫力の残滓を魂の奥底へと無理やり抑え込みながら、クロウは意識が遠のく中で深く胸に刻み込んだ。
(これからは余計な手出しは一切しない。誰が戦おうが、世界がどうなろうが知ったことか。僕はただの『傍観者』として、美味いものだけを特等席で眺める側に徹してやる……)
小さな赤ん坊が残した手痛い「教訓」。
それこそが、のちに成長し、悪魔の実を覚醒させて世界を恐怖させる賞金首『百鬼夜行』となってもなお、世界の激動を特等席からただ観測し、未知の美食を貪り尽くすことを至上目的とする、彼の絶対的な傍観スタイルの原点となるのだった。