バグ魂(ソウル)の不確かすぎる多世界周回 作:カミト6622
第61話:『神の国からの船出と、命がけの自由落下』
黄金の鐘の支柱に、ロジャー船長の足跡が古代文字で刻まれた。
おでんさんによって紡がれたその一文を見届け、空島の住人たちとの名残惜しい宴もひと通り終えた俺たちは、いよいよ青海へと戻るための準備を進めていた。
もっとも、その戻る方法というのが、これまたこの世界らしく狂っているわけだが。
オーロ・ジャクソン号が白々海の端――つまり、ここから先はただの虚空という「境界線」に船首を向けた時、甲板はちょっとした騒ぎになっていた。
「ひ、ひぃぃ……! おいクロウ! マジでここから飛び降りるのかよ! 冗談じゃねェ、死んじまうって!」
バギーが青い顔をして、船べりから下を覗き込みながらガタガタと震えている。
隣にいるシャンクスも、麦わら帽子をしっかりと手で押さえながら、さすがに今回は少し緊張した面持ちだ。
「諦めろバギー。空島に上る時にあれだけ無茶をしたんだ、下りる時だけ普通の方法なんてあるわけないだろう」
「そうだよバギー! 泣き言言うなよ、むしろ空を飛べるなんて最高じゃんか!」
「お前は呑気でいいよなシャンクス! 失敗したら全員真っ逆さまで即死だぞコンチクショー!」
見習いどものいつもの騒ぎを他所に、ロジャー船長は満足げに黄金郷の遺跡を振り返り、ニカッと豪快に笑った。
「わはははは! 心配すんなバギー、運を天に任せて飛び降りるだけだ! 野郎ども、錨を上げろ! 出航だァ!」
船長のその一言が、引き金だった。
オーロ・ジャクソン号が雲の切れ目から完全に「外」へと押し出される。
――フワッ、と一瞬だけ身体が宙に浮き、直後。
「「「うわあああァァァァァーーーーーー!!!???」」」
凄まじい重力と風圧が、俺たちの身体を襲った。
船ごと真っ逆さまに落ちていく、文字通りの自由落下。はるか下の青い海が、恐ろしい速度で迫ってくる。
船員たちが悲鳴を上げながら必死にロープやマストにしがみつく中、ロジャー船長が風圧に負けない大声で叫んだ。
「おっしゃ、今だ! タコを出せェ!!」
船長の号令と同時に、船尾に仕込まれていた空島特産の巨大なタコ――『タコバルーン』が一気に解き放たれた。
落下による凄まじい風圧をその体内に急速に溜め込み、タコがみるみるうちに巨大な気球のように膨らんでいく。
――ガガガ、グググンッ……!
バルーンが膨らみ、急ブレーキがかかったような凄まじい衝撃が船体に走る。
《クロウ様、バルーンの各部に一気に凄まじい負荷がかかっています。この風圧では、海に到達する前にタコの皮膚が保ちません》
俺の影から現れた持霊『サクヤ』が、俺にだけ聞こえる念話で緊迫した声を上げた。
(分かっている。……シャンクスのやらかしで食っちまったこの『ヤクヤクの実』、こういう時こそ使い時だろ)
俺は手首のロザリオに手を当て、呪いの果実の力を解放する。
本来なら周囲に不運を撒き散らす厄災の能力。だが、俺の魂の巫力で「調律」を施せば、それはあらゆる『厄(破損、不運、限界負荷)』を吸い取り、逆転させるチート能力へと変わる。
「……陰陽調律」
俺が呟くと同時に、不可視の波動が船体と、今まさに風圧で引き裂かれそうになっていたタコバルーンを包み込んだ。
急激な膨張と空気抵抗によってかかっていた限界寸前の負荷(厄)が、俺の手元へと吸い上げられ、そのまま霧散していく。
「……あれ? おい、なんか急に揺れが収まったぞ……?」
涙目でマストにしがみついていたバギーが、不思議そうに目を開けた。
おでんさんも「ハハハ! どこまでも退屈させねェな、ロジャー!」と、風に吹かれながら大興奮で笑っている。
レイリーさんが、俺の方をチラリと見て、ニヤリと不敵に笑った。
「助かるよ、クロウ。お前が乗船してくれてから、ウチの船の『悪運』はさらに磨きがかかったな」
「いえ、見習いの仕事ですから。……それより船長、そろそろ着水ですよ」
俺が前方を指差すと、そこにはもう、見慣れた青海のきらめく海面がすぐそこまで迫っていた。
「ハハハハ! 最高の着陸だ! 野郎ども、衝撃に備えろォ!!」
ロジャー船長の号令が響き渡る。
激しい水しぶきと共に、オーロ・ジャクソン号が青海へと帰還した。
死ぬたびに強くてニューゲームを強制される、バグだらけの俺の周回人生。
神の国から帰ってきた俺たちの航海は、ここからさらに、世界のすべてを知るための最果てへと加速していく。